オマーン

2016年08月12日

様々な魅力溢れる国 オマーン

 先月発表いたしました今シーズンの西遊旅行のオマーンのツアー。ハイキング、トレッキング、キャニオニング、キャンプなど、様々なアクティビティーに富んだ4つのツアーを発表いたしました。

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                     【ルブ・アル・ハーリーの大砂丘】 

 オマーンは南北に広がる国のため、同じ国でも地域によって様々な異なる風景が広がります。
北部にはハジャール山地が連なり、麓には緑溢れるオアシスを持つ村々が点在します。ツアーでは、緑溢れるナツメヤシ畑や果樹園の中をウォーキングします。

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                     【緑溢れるハジャール山地の麓を歩く】

 この豊かな緑を培っているのが、ファラジという感慨システム。世界遺産にも登録されたオマーンの灌漑システムの歴史は古く、紀元前3000 年(5000 年前)にイラン系住⺠の⽂化から来たと考えられています。

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                【ミスファット・アル・アブリーン村に巡らされた水路】

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                        【貯水池で泳ぐ子供達】

 イランと地理的にも近いため、イラン本土のザグロスやエルブルース山脈の灌漑システムであるカナートの文化が伝わったのだと思われます。
 オマーンではオマーン海からの湿気が⻄ハジャル⼭脈にあたって⾬を降らせ、ファラジと呼ばれる独特の灌漑システムが生まれました。
ファラジは何を⽔源とし、どのような供給路で⽔を運ぶのかによって3 つに分類されます。
Ghaili :ワディを⽔源とするもので、ファラジの約半分(48%)を占めます。
Aini :⼭中の涌き⽔を⽔源とする。ファラジの28%が該当。
Daoudi:地下⽔を⽔源とする。ファラジの24%が該当。

今でも引き継がれているファラジの文化を垣間見ながら、緑溢れる村々での散策をお楽しみ下さい。

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              【左:水路から流れる豊かな水       右:巨大なナツメヤシの木が茂る村の中】


  第二の都市・サラーラを擁する南部は、インド洋の影響を強く受けた気候のため、竜血樹やボトルツリーの植生が点在する珍しい自然体系を持ちます。
そしてオマーンで何と言ってもルブ・アル・ハーリー砂漠です。アラビア半島南部の3分の1を占める世界最大級の砂砂漠で、サウジアラビア南部、オマーン、アラブ首長国連邦(UAE)、イエメンの4カ国に広がります。アラビア語では、アッ=ルブア=ル=ハーリーと呼ばれ、英語では「空虚な4分の1(一角)」(the Empty Quarter) と訳され、「何も無い所」というのが本来の意味。長さ1000キロメートル、幅500キロメートル。最近まで大部分が探検されてきませんでした。1931年にバートラム・トマス(Bertram Thomas)が、史料に残る最初の西洋人としてこの砂漠を横断しています。


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                【ルブ・アル・ハリーの砂丘の上から見る光景】

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                         【砂丘に昇る朝日】


   砂漠化は、この1000年間に進行したと考えられ、3世紀頃までは乳香交易のキャラバンがこの地を横断していましたが、砂漠化がこの地をキャラバン交易路が横切るのを困難にしたといいます。
西遊旅行の4つのツアー全て、このルブ・アル・ハーリーで2泊のキャンプ泊をお楽しみいただきます。
昨今、治安の関係でサハラのツアーが少なくなっていますが、サハラ以外で本物の大砂丘をお楽しみいただけるのは、このルブ・アル・ハーリーだと思います。

  さて、キャラバンの衰退の原因は砂漠化だけでなく「季節風の発見により海洋航路の発達」により、過酷な砂漠のキャラバンをしなくても良くなったことのほうが大きな要因だと考えられます。海のシルクロードの発達です。かつては、ツアーで訪れる「失われた都市」ウバル (Ubar) もこのような砂漠の中の交易都市でしたが、海のシルクロードの発達により、アラビア海沿いのホール・リーリのような都市国家が発展したのでした。これらの交易都市は、オマーン特産の乳香を各地に輸出して益を成していました。乳香は現在のオマーンの家庭でも、香として広く使われています。

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                 【活気溢れるムトラスークの中の乳香屋さん】

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                【このような台に炭をともし、その上で乳香を熱します】



 最後は、オマーンで産出される神秘のオイルのお話しです。ハジャール山地の麓にあるアル・ハムラ村。ここでは「モリンガ」という木の実から作るモリンガ・オイルの製造過程を見ることができます。

 
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           【左上から、抽出されたオイル、瓶に詰めたオイル、モリンガの実】


  モリンガから取れるオイルは、カルダモンのような実をつぶして抽出していました。ある化粧品サイトによると “モリンガは、インドの伝承医学アーユルヴェーダで300の病気を予防すると言われる栄養価の高い木で、古代ローマやギリシャ、エジプトでも珍重されてきました。モリンガシードオイルは、世界3大美女の呼び名が高いクレオパトラが愛用していたオイルとしても知られています。モリンガの種から抽出されたモリンガシードオイルは、ヨーロッパの化粧品で昔から美容クリームの材料として使われてきた、隠れた高級オイルでもあります。“とのことです。

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       【マカダミア・ナッツに似たモリンガの実】


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                   【両手で実をこねて、右にオイルを溜めます】


  オマーンでは今なお伝わる素朴な製造方法により作られていて、小瓶が1本3リアル(約1,000円)で売られていました。


  自然、文化、歴史、たくさんの魅力に溢れたオマーン。すでに催行決定、満席のツアーも出ています。この秋から冬にかけて、皆様のお越しをお待ちしています。

魅力溢れる4つのオマーンのツアーはこちら  ↓ ↓ ↓ ↓

オマーンアドベンチャー 砂漠と海と緑のアラビア
オマーン南北縦断
南部オマーン・ドファールをゆく
オマーン最高峰ジュベル・シャムス登頂とルブ・アル・ハーリー大砂丘


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2014年09月05日

乳香とムサンダムの絶景クルーズ!見どころ満載のオマーンへ!

今回はアラビア半島にある王国・オマーンの魅力をご紹介します。

まず有名な世界遺産・乳香の道に登録された南部のドファール地域の中心地サラーラへ。モンスーンのお陰で夏でも比較的過ごしやすいサラーラは湾岸諸国からの客が年間にして40万人にもなります。

マスカットから国内線でサラーラへ移動し、そこから内陸のワディドカール公園へ。標高870mのカラ山地ははっきりとモンスーンの影響を受け、5月から8月までの3ヶ月間は降雨が続きます。この山地は緑に溢れ牛やラクダ、ヤギの放牧が行われています。山地を越えてしまうと砂漠地帯。この岩石砂漠が良質の乳香を産する木を育てるのです。野生の樹齢300年の木を傷付けると白い樹液が出てきて1,2週間で固化して乳香となります。その場で燃やすと、スークで焚かれているような独特の香りが漂います。そばには政府がフェンスで管理している若い乳香の保護林もありました。

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【写真上:荒涼とした砂漠には乳香保護地域があります】

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【写真上:カラ山地はモンスーンの間の降雨で緑が広がります】

サラーラ郊外にあるアルバリード遺跡に付属の乳香博物館は歴史ホールでその入港をめぐる歴史とオマーンの航海の歴史を知ることもできます。それによると、ドファール地域でも海岸から80kmまでのエリアの、20〜38℃の気候帯でしか乳香は育たない、さらに樹齢50年から採取が可能となり、老木の方が質が良いようです。また1キロあたり20リヤル(5400円相当)の高級品(お香よりも胃薬として使うようです)から、1キロ1リヤルのものまで、等級もさまざまです。

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【写真左:サラーラの乳香市場で得意げに見せる青年】

アルバリードは500年前まで栄えましたが津波で甚大な被害を出し、現在のサラーラに人々は移りました。当時のスルタンの宮殿跡や、15あったモスクのひとつ、神学校などをカートで巡ることができます。乳香を積みインド洋へと船出していったダウ船の波止場は現在も外洋に続く水路として残っていました。

DSCF8682【写真左:かつて住民が住んでいたアルバリード遺跡】

このドファール地域では漁業が有名で、特にイワシ漁が盛んに行われています。30人がかりで投網を行い、四輪駆動車で網を引く漁を行っているのが見えました。消費しきれないイワシは干して5,6日経ったものを牛やラクダの餌としますが、干しイワシを食べ続けたラクダの乳はイワシの味がするという話です。

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【写真左:アラビア海で漁をする人々】

ホールリーリ(古名スムハラム)は世界遺産「乳香の土地」に登録されている重要な遺跡です。旧約聖書・列王記の中でシバの女王もソロモン王への贈り物としてここに2回訪れ最高級の乳香を積んでいったという話が残されています。遺跡には乳香の貯蔵庫跡などが保存され、当時港として使用された天然のラグーンが見下ろせます。丁度イタリアとオマーンの共同チームが発掘しているところでした。

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【写真上:かつてシバの女王も訪れたホールリーリ遺跡と発掘隊】

さらに北部のUAEアラブ首長国連邦の中に飛び地としてあるムサンダム半島へ。この半島で見られるフィヨルドの地形は2億年前の最後の氷河期に形成されたものです。中心であるハッサブの港から出航するダウ船クルーズも見どころのひとつです。

ハッサブはホルムズ海峡を挟んでイランのゲシュム島、ホルムズ島から65km、スピードボートで片道2時間と近距離にあります。イランの貿易港として有名なバンダレアッバースからも3時間です。物資の取引で1日の往来は通関なしでも認められています。イランからはヤギ、ハッサブ側からは服、タバコ、車部品などが取引されています。ホルムズ海峡にはウミウ、タカ以外に鳥は少ないのですが魚は多く、660種類を数えます。サメ、クジラ、マグロが獲れ、この旅行中にも2、3度イルカを見ることができました。そのうち一回は船と同じスピードでついてきてジャンプもすぐそばでしてくれました。ハッサブの海では大型漁船は許可されず、魚群探知機を使わない投網や仕掛け網、竿釣りなど伝統漁のみ行われています。

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【写真上:ムサンダム半島のダウ船クルーズと船と並走するイルカ】



クルーズの最後には、たくさんの魚やサンゴとともにシュノーケルを楽しみました。

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ご紹介した南北の見どころだけでない、オマーンの魅力をぜひ体感してみてください!
西遊旅行で行く魅力満載のオマーンはこちらから!

otomo_saiyu at 18:30|Permalink

2013年08月03日

海のシルクロードを渡った乳香 オマーン

6月にオマーンへ行って来ました。
出迎えてくれたガイドさんの車に乗った途端、香ってきたのが乳香の香りでした。オマーンでは、乳香の木の栽培が行われ、オマーン国内のみならず、海外へと輸出されています。乳香は、世界各地で様々な宗教儀式の際に香として利用されている他、香水の原料としても利用されています。
 古くは古代エジプトのファラオの時代から利用され、現在も宗教儀式や香水の原料として利用されている乳香。今も人々の心を捉える乳香の魅力と、海のシルクロードを通って各地に運ばれた乳香の歴史をご紹介します。
ムトラスークの乳香屋2

ムトラスークの乳香屋

 新約聖書には、キリスト生誕の際、東方からの三人の博士が乳香、没薬、黄金を貢物として持参したと記述されています。占星術により新しく生まれた王の場所を見つけ、ベツレヘムまでやって来た彼らの貢物の中に、黄金と並ぶ最大級の品、乳香がありました。
 また8世紀の中国の史書には、アラビアからの乳香が中国に運ばれたという記録が残っています。そして10世紀には、日本にも伝来した記録があります。
 東方の三博士は、陸のシルクロードを通り、キリストの元へ乳香を運びました。
一方、日本まで伝わった乳香は、海のシルクロードを通り、中国を経由して渡ってきました。

乳香の木乳香の樹液


乳香の木                            (上)乳香の樹液  (下)ニズワのスーク

ニズワのスーク


では、古くから貴重な交易品として扱われた乳香とは、どういうものなのでしょうか。
乳香は、カンラン科の樹木、乳香の木から出る樹液を固めたものです。乳香の木の樹皮に傷を付け、滲み出した樹液が固まるのを待ちます。樹液が乾燥し、樹に固まったものを集めます。白色、もしくは薄い茶褐色をしており、固まった樹脂を炭の上で燻してその香を楽しみます。私の感想としては、その煙は甘く、そして心をリラックスさせるアロマテラピー作用があるような香りです。  

 この乳香の一大産地であるオマーンでは、一般家庭で香として使われており、殺虫作用もあると言われています。オマーン各地のスークでは、乳香専門の店が軒を連ね、店頭で乳香を燻す香が漂っており、多くの人が乳香を買い求める様子を垣間見ることができます。



 オマーンは、東アフリカ、インドなどとともに乳香の産地として有名な地ですが、古代から乳香の産地として名を馳せた地でした。オマーン南部、アラビア海に面したサラーラ近郊に残り、紀元前1世紀に遡るホール・リーリ等の都市遺跡からは、季節風を利用し、海のシルクロードを伝った海洋交易によって乳香が運び出されました。

 アケメネス朝の時代にすでに、アラビア海からインドへの探検が行われていた他、ローマ帝国は海のシルクロードを使ってインドと交易をしていました。7世紀になると、ダウ船を利用したアラビアやペルシャのイスラム商人が海洋交易を広げ、中国にも拠点を持つようになります。
この頃、乳香は中国へと伝わり、反対に中国からは絹や陶器が西へと運ばれました。特に、重量があり壊れやすい陶器は、海のシルクロードを船で運ばれて行ったのです。その後日本へは、東南アジアからの白檀などの香木に加え、香として使われた乳香が伝わります。

 店頭の乳香ニズワ城と金曜モスク


店頭の乳香                            ニズワ城と金曜モスク

 オマーンを訪ね、この地が乳香の海のシルクロードへの出発地であり、また長い歴史の中で日本まで伝わったことに思いを馳せることができました。スークに漂う乳香の香りの中、アラビア海を渡って同じ香りが日本にも漂ったことを思うと、感慨深いものがありました。
 またオマーンには、アラブの雰囲気の漂う古都ニズワや、フィヨルド地形の続くムサンダム半島など、見どころも豊富な国です。
 皆様もオマーンで、乳香と海のシルクロードの歴史に触れてみて下さい。

▼西遊旅行で行くオマーンの旅はこちら
オマーン 乳香の道とホルムズの絶景ムサンダム半島


yamada_saiyu at 19:38|Permalink