ブハラ

2017年06月15日

【ウズベキスタン】中世隊商都市・ブハラ

東京本社の荻原です。
本日はツアーで訪れるブハラの町をご紹介いたします。

紀元前5世紀には都市が造られたとされるブハラは、9世紀のサマン朝の時代に黄金期を迎え手工業、商業が盛んになり、交易の十字路となりました。
サマン朝最後の王がイスマイル・サマニが父親のために建てた、中央アジア最古のイスラム建築「イスマイル・サマニ廟」は、レンガだけで様々な組み方がされ、陰影があるため日差しの強弱などで凹凸の見え方が変わるといわれています。

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▲イスマイル・サマニ廟

大通りの交差点を丸屋根で覆ったバザール「タキ」は、かつて専門店的要素が強く何でも見つけることができるといわれ、多くの民族が集まりました。丸屋根は高く大きく、外の光が入りやすいようたくさんの窓があります。現在のタキはスパイス、スザニ(布製品)、その他お土産物などの多くの店があります。

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▲丸屋根市場「タキ」の外観

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▲「タキ」の内部

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▲スパイス屋

ブハラは13世紀にはモンゴル軍に破壊されましたが、16世紀、ウズべク人のシャイバニ朝時代に再びよみがえり、多くのモスク、メドレセが建築され宗教的に充実した都市となりました。

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▲ブハラ・ハンの居城「アルク城」

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▲ブハラ・ハン専用のモスク「ボロハウズ・モスク」

ツアーでは、民族舞踊のディナーショーにもご案内いたします。

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▲民族舞踊ディナーショーの様子

先日ご紹介したサマルカンドの全盛期以前に賑わっていたブハラの町。
ツアーでは2連泊し、建造物や町を見学しその雰囲気を堪能していただくことができます。
ぜひ中世隊商都市の趣きを感じてみませんか。

次回は城壁の町・ヒヴァをご紹介いたします。

世界遺産のヒヴァ、ブハラ、シャフリサブス、サマルカンド四都周遊
文明の十字路ウズベキスタン

ogihara_saiyu at 17:53|Permalink

2013年03月15日

「緑の街」シャフリサブスで結婚式に遭遇しました!

今年も好評いただいてます、西遊旅行のウズベキスタンツアーは、これからシーズンを迎えます。

ウズベキスタンはホラズム王国の都ヒヴァや「青の都」サマルカンド、隊商都市ブハラなど、中央アジア5カ国の中でも屈指の見所満載の国です。今回はサマルカンドからブハラまでの移動の途中に見学いたします、シャフリサブスの街をご紹介します。

サマルカンドがその壮麗な建築物の色から「青の都」と呼ばれているなら、シャフリサブスは名前が「緑の街」という意味です。この地域もほかのウズベキスタンの地域同様乾燥していて、土漠に囲まれていますが街に近づくとポプラ並木や牧童が羊やヤギなどをつれている緑のまばらな牧草地も広がります。ティムールが活躍した700年ほど前はもっと緑が広がっていたのでしょうか。

ツアーではサマルカンドを朝出発して、5時間ほどでティムールの故郷であるこのシャフリサブスへ入ります。ティムールはシャフリサブス近郊の小さな村で生まれました。アクサライ宮殿はティムールの夏の宮殿で、彼が残した最も壮大な建築物ですが、現在は宮殿入り口のアーチのみが残ります。ホラズムの職人たちを移住させて1380年にはじめ1404年になって完成したという巨大な建築であった。現在はその門にだけその壮大さがみてとれる。中央部のアーチ部分は破壊で落ちてしまい左右にその巨大なフレーム分かれた形でありますが、高さは現在38m。それでも十分すぎるほど大きいのですが、中央のアーチ部分があった当初は65mとも言われています。残された門には青のアラビア語のカリグラフィーと幾何学文様がきれいにみてとれました。


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宮殿の中心だった所には現在ティムールの立像があり、ちょうど訪れたとき、隣の結婚式場から出てきた数組のカップルがこの立像の前で記念写真を取っていました。炎天下の中、大音量を響かせながらお祝いしてくれる親戚に囲まれながら、恥ずかしそうに歩いていく花嫁の姿が印象的でした。

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otomo_saiyu at 19:29|Permalink