at 09:00

2011年02月19日

伝統王国を訪ねる

カメルーンの西部州のバフサムからさらに西に車を走らせヌン県の県庁所在地フンバンへ。この地には14世紀から続くバムン族の王宮があります。

現在19代目の王が実際に住んでおり、ここカメルーン共和国の大臣でもあります。イスラム教を信仰する人がほとんどをしめるバムン社会で、自身もムスリムである王はスルタンと呼ばれています。

歴代の王の遺品などをあつめたスルタン博物館を見学しました。歴代の王の中には11代目のンゴンボ王のように身長が2m60㎝あり服やブレスレットもけた違いに大きい王や、16代目のように敵対する王国との戦争にあけくれて、戦利品として倒した敵のあごをヤシ酒の容器に無数に飾ったりする王など、様々な王様がいたようです。

中でもその偉業が際立っているのが17代目のンジョエア王。王妃の数は681人、子どもは数えきれないほどで、ヨーロッパ人の進出とともにキリスト教に一度改宗する話が出た時も女性大好きな彼は一夫一妻制に従うことを拒否し、ムスリムであることを貫きました。また現在使われている王宮の建設や農工具の開発、さらに独自のカレンダーや、シムン語という現在バムンの小学校でも教えられている文字まで開発しています。最後にはフランスに戦争をしかけ、結果首都ヤウンデで処刑されています。彼の堂々とした銅像は王宮の前広場に見ることができます。

伝統王国といえど現在でも人々の尊敬を集めている王家の、貴重な訪問ができました。

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伝説的なバムンの王ンジョエア

at 18:21

2011年02月18日

カニ占い

カメルーンのルムシキという小さな村で、カニ占いを行いました。

村はずれの家で。
御年79歳の占い師さんはお父さんの代から初めて、すでにこの道57年の大ベテランです。
カニを入れた後の砂利の文様などで運命を占います。

さっそく僕も占ってもらいました。
結果は来年、カメルーン人女性と結婚できるそうな。
(本当に果たしてあらわれるのでしょうか。)

この日の朝捕まえてきたカニは2週間後には再び元の川に戻すんだそうです。
また唯一ここにしかいないカニ占いの世継ぎもこの占いによって計られます。
とても貴重な体験でした。

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占ってくれたカニ

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ルムシキに広がる奇岩風景

at 17:50│イエメン 

『地球上でもっとも地球らしくない島』へ

先週、ソコトラ島から戻りました!

「インド洋のガラパゴス」「地球上でもっとも地球らしくない島」。
そんな異名を持つソコトラ島って、一体どんなところなの?

今回はその謎に包まれた横顔を、こっそりご報告します。

ソコトラ島へ行くには、まず首都サナアからイエメンへ入国します。
サナア着陸に向けて飛行機が到着体勢に入ると、窓から見えてきたのは、一面に乾燥した砂色の大地。
これから始まる旅に、思わず胸がふくらむ瞬間です。

世界遺産に登録されているサナア旧市街には、中世の時間がそのまま止まってしまったようなま街の姿がそのままの姿で保存されています。

翌朝いよいよ、イエメン国内線に乗り込み、ソコトラ島へ-。

着後バスで島内をめぐっていくと、そこには、これまでの人生で一度も見かけたことのない植物たちが待ち受けていました。

ひとつとして同じ形のない、へんてこな形をしたボトルツリー。
かぐわしい乳香の原料となる乳香の木。
そして、生命力を感じずにはいられない竜血樹。

どの植物も、ソコトラ島の厳しい自然環境で育ってきた、たくましさを感じさせました。

竜血樹・・・と呼ばれる木。
ユニークなネーミングだと思いませんか?

実は、この樹の幹からとれる樹液、まるで血のように真っ赤なのです。
この樹液を乾燥させて固めたものを、シナバルと言います。
昔から染料として使われたり、それを丸めてアクセサリーにするなどして、現地の人々の生活とともに密着にかかわってきました。

そんなユニークな植物の宝庫、ソコトラ島は、
歴史的にアラブ人、ギリシャ人、インド人との交流があったことを示す記録が残っています。
海上貿易の貴重な中継地として、様々な民族と文化が交差する場所でもあったのです。

海辺で海賊には出会えませんでしたが、猟にいそしむ猟師の人々の姿を見かけました。
漁業は島を支える大切な産業のひとつです。

他にも、ソコトラ島の魅力はたくさんあります!
デトワ・ラグーンの、息を飲むようなエメラルドグリーン。
獲れたての魚で賑わうフィッシュ・マーケット。
そして、素朴で温和で、笑顔の素敵なソコトラ島の人々の姿。

機会があったら、訪れてみてください。
「地球上でもっとも地球らしくない島」に。

at 18:30

2011年02月14日

サファリで大慌て

アフリカの縮図といわれるカメルーンには南の熱帯雨林から北のサバンナまで様々な顔があります。

自然豊富な国内には動物もたくさん生息していて、今回ワザという国立公園を訪れました。
ライオンとキリンの楽園といわれている公園で、サファリをしました。

はじめはコブやトムソンガゼル、アンテロープなどの小型の草食動物が走行中に見ることができました。
途中から足跡、フンの痕跡などからゾウを探すことに。

国立公園のガイドさんに導かれ草むらへと、バスを降りて入っていくと、先の方にはゾウのファミリーが!
おそらく5,6頭はいました。

ですが、夢中でみているとゾウを刺激してしまったのか、こちらに突進してきます!
なんとか〝這う這うの体〟で逃げることが出来、ホッとしましたが、かなりスリルのある体験でした。

ウォーキングサファリもガイドさんの指示に従って楽しく行いましょう。

at 18:30

2011年02月07日

チャド湖をめざせ

カメルーンの北端にはアフリカ第4の大きな湖・チャド湖があります。
この湖まではなかなかな距離でした。
日本の1.3倍もある国土の南から北まで、国内線を使っても丸2日間かかりました。

首都ヤウンデから国内線でマルーアという都市へ。ここは北部カメルーンの拠点となる町です。
1日がかりでブラングアという川沿いの町へ。ここで管理している軍人の到着を待って、許可証をとる手続きが必要でした。
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外国人である私たちに興味を持った村の子供たちにカメラを向けているとようやくボートの準備ができました。
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この町から対岸チャドとの国境になっているロゴン川を1時間半ほど下り、ようやくチャド湖を拝むことができました。

チャド、カメルーン、ナイジェリア、ニジェールの国境。
流出する河川はありませんが、蒸発と湖底への浸透で年々減少しているそうです。かつてはサハラ砂漠を越える隊商ルートの南縁にあたり、中世にはこの湖周辺で王国(まだ詳しいことはわかってない、不思議な国)が栄えるなど、重要な地理的位置にあたっていました。

お昼のサンドイッチを食べながら、しばし湖を眺めて、もときた川を戻りました。
魚が豊富なだけあり、湖岸や川岸ではチャド人の漁師が投げ網をしているのもみかけました。

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at 18:00

先週のカメルーンを話します

1月下旬からアフリカのカメルーンに行ってまいりました。

アフリカ大陸の大西洋に面した西側、ちょうどくびれたあたりにあります。

サッカーでご存知の方も多いはず。カメルーンチームは「不屈のライオン」とよばれ、ガンバ大阪などで活躍したサッカーのエンボマ選手や最近ではエトー選手などで知られています。
現地の子供たちもお気に入りの選手のシャツをきてボールを追いかけていました。

日本からはタイのバンコク、そしてエチオピア航空でアディスアベバで乗り継いで行くのが一般的です。
私が乗ったアディスアベバからの飛行機も、アフリカに帰るたくさんの黒人がひしめきあっていました。

日本から機内にいる時間だけで19時間、眼下には大西洋のギニア湾が見えてきました。

次回からカメルーンでのお話を少ししたいと思います。

at 13:33│マダガスカル 

もう一度マダガスカル

日曜日、マダガスカルのNHKスペシャル再放送が夕方していたので
再び観てしまいました。

日本からですと、まずタイのバンコクまで行き、
そこから同日でマダガスカル航空に乗り換えて
首都アンタナナリボに入ります。到着時間は夜遅くになりますので、
実際の観光は次の日の朝からスタートします。

よく日本-アンタナナリボ間の往復航空券だけ購入されて、
後の移動は現地で手配しますというお客様がいらっしゃいますが
実はあまりお勧めできません。舗装された道は無く、列車や路線バスは
日本のようにきっちり時間どおりに走っているわけでないからです。

もし限られた時間でマダガスカルに行かれるのなら、
「やりたいこと」「みたいもの」「食べたいもの」など希望を言って
自分だけのとっておきのツアーを作ってもらうのが正解です。

ゴンドワナ大陸から分離し、独特の歴史を歩んだマダガスカル。
そこに住む動物達は、愛くるしい表情とは裏腹に
多くが絶滅危惧種に指定されています。

番組では、島にやってきた私たち人間による森林伐採によって
多くの森が失われ動物達の住処や食べ物が奪われてしまったと
締めくくっていました。

私たちがイメージするマダガスカルの風景はごく一部に限られているのです。
バオバブやワオキツネザルの愛くるしい姿の影にある現実。
どこの秘境にもあることなのかもしれません。