LWのサイゼリヤ

ミラノ風ドリア299円

・アズールレーン腋露出率調査

・日本版で実装されている艦のみ対象(~17/12/7実装艦まで)
・普通に暮らしていて腋が見えるであろう衣装のキャラをカウント
・表記例:腋が見えるキャラ数/総キャラ数(腋露出率)
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艦種別集計結果
 駆逐艦:30/55(54%)
 巡洋艦:28/58(48%)
 空母:8/21(38%)
 戦艦:5/17(29%)
 その他:1/4(25%)

合計:72/155(46%)

意外にも腋露出率は50%を切った。
比較的小柄で軽装のキャラが属する駆逐艦と軽巡が腋を見せやすいが、露出率が50%を超えたのはその二種のみ。後衛艦は前衛艦よりも厚着になる傾向があり、旗艦が撃沈されると困るので仕方ないのかもしれない。

軽装/厚着は前衛/主力によって分かれる一方で、衣装のデザインコンセプトは陣営に依存するところが大きいようだ。もっとも、「重桜は和風」「鉄血は軍服」という傾向があったところでどんな服だろうとノースリーブにするキャラが一定数いるので、陣営と露出率にはあまり関係がなかった。
陣営ごとに注目できる点としては、重桜は肩から先の布をパージするのではなく異常に緩い着物をはだけて着るという路線で腋を露出しているキャラが多かった。
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(はだけた着物の着方の例 重桜所属駆逐艦「雷」)

また、ユニオン陣営だけは例外的に腋の露出率が高く、特に軽巡におけるユニオンの腋露出率は89%にまで至っている。
ユニオン陣営には腋を切り詰めたセーラー服のようなものを着用しているキャラが非常に多い。重桜所属の綾波やロイヤル所属のジャベリン改も同じようなノースリーブセーラーを着てはいるが、それらの陣営では服の細かいデザインは艦によってまちまちであるのに対して、ユニオン陣営では全く同じ服を着ているキャラが複数存在する。上から制服が支給される仕組みになっているのかもしれない。
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(ユニオン勢がよく着ているノースリーブセーラー風衣装 ユニオン所属駆逐艦「モーリー」)

上の調査では入手時のイラストのみ対象としたが、改造後イラスト及びイベントや購入で入手できる換装まで含めると腋を露出するキャラは104/204(51%)となり半分を超える(内訳は改造では12/19(63%)、換装では25/30(83%))。ただ、換装時に腋を見せるキャラのほとんどは水着を着ているので、腋を露出する衣装とは言いにくいところがある。改造に関して言えば、ハムマンやロングアイランドのように改造をすると腋が見えるようになるキャラがいる一方でサフォークや山城は若干ガードが固くなるなど、キャラごとの変化はまちまち。

イラストで腋窩が完全に見えるキャラは以下の8体。

・汎用型ブリ
・量産型ブリmkⅡ
・サフォーク(改造前)
・日向
・ジャベリン改
・阿武隈改
・陽炎換装(ハロウィンイベント)
・古鷹改
matome
腋窩(腋の窪み)を見せるため腕の角度が90度以上の艦だけをカウントした(アヴローラやZ23もいい感じではあるが、全開では無いので除外)。
腋窩が見えているキャラは前衛に偏っており、主力艦隊に置けるのは日向しかいない。大陸版の未実装キャラにも主力艦で腋窩の見えているキャラはおらず、完全な艦隊を組めるようになるまでは長そうだ。

・鷲尾須美は勇者である

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最新話まで見た。大部分ジャンルが違ったために興味が湧かなかった鷲尾須美の章と比べると勇者の章はまだ良いが、それでも結城友奈を超えている部分はない→
強いて言えば、少なくとも今の段階では大赦や神樹を人格的な悪者にしていないという点だけは評価できる(それは結城友奈でもやっていたことなので現状維持的な評価でしかないが)。大赦とはコミュニケーションに若干の齟齬があるだけで黒幕的なポジションにいるわけではなく、彼らも彼らで色々考えて皆のために一生懸命やっているのだという感じ、別に誰も悪くないけど状況だけは一方的に悪くなるという感じはまだギリギリで保たれていると思う。大赦の代わりにバーテックスが人格的な黒幕になるという気配もなく、そのあたりのバランス感覚は本当に上手くやっている。
ただ、敵を人格ではなくシステムに置くという路線で立ち塞がる問題、一期シリーズで超えられなかった壁は「誰も悪くないので話の収拾を付けられない」。不幸な現状を一手に回収するサンドバック的な人格要素を設定してそれを倒すことができない以上、代わりに導入されたのはシステムの改修というちゃぶ台返しであり、路線を保つために支払った代償はあまりにも大きい。一期時点ではラストの立ち眩みでなんとかフォローが効いたとはいえ、そうやって煙に巻いたところの「その先」を二期シリーズでは明示してしまっているためにフォローが無効になっている節もあり、二期は二期でどうするのか。
暗い感想になってしまったが、最終話まで追っていきたい。

・着ぐるみ系キャラについて


最近これが流行っているというのをTwitterで見た。
キズナアイの二番煎じに見えるが、動画を再生すると声が女性声優ではなくただのコンビニバイトのおじさんであり、そこで差別化されて人気を得ているらしい(キズナアイがバーチャルyoutuber路線のパイオニアかどうかは知らないが、女性モデルに女性声優を乗せただけの亜種は徐々に増えているようだ)。
確かに英断というべきか奇矯というべきか、ここまで狐娘のモデルを作っておきながらボイスチェンジャーを使っていないのが独特の雰囲気を作っている。おじさんにしてはやや声が高いのでピッチを上げたりしているのかもしれないが、そうだとしても「やや声が高いおじさんの地声」に収まる範疇ではある。

補足96:正式には「バーチャルのじゃロリ狐娘youtuberおじさん」というキャラ名らしいが、あまりにも長すぎるので狐娘と書かせてほしい。最初は「ねこます」というのがキャラクター名だと思ったのだが、これはあくまでも狐娘を作ったおじさんのハンネであってキャラの名前ではないらしい。

こういう、キャラクターと中身が完全には一致していないキャラをとりあえず着ぐるみ系キャラとでも呼ぶことにしよう(キャラクターのガワを着ているイメージ)。以降、着ぐるみ系キャラについて「ガワ」と言ったときは外側にいるキャラクター、「中身」と言ったときは内側にいるものを指すことにする(例:「狐娘」は「ガワ」、「コンビニバイトのおじさん」が「中身」)。

最初から変則的な例で恐縮だが、カリオストロを代表とする「転生系キャラ」も広い意味では着ぐるみ系キャラの一種である→。美少女カリオストロのガワに男性錬金術師の中身が入っているわけだから。
前に触れたときには「美少女の肉体と美少女でない精神が結合した場合、肉体の美少女性が精神に侵食して心身を統合し、完全なる萌えキャラとして成立してしまう」という結論を出した。今回は「侵食」という部分のニュアンスが重要になってくる。つまり、男性錬金術師として発動しているはずの男口調がもはやその源流を失って、美少女としての属性に吸収されてしまうという部分がポイントだった。

では冒頭の狐娘でこの効果が生きているかというと、かなり微妙だ。
明け透けに言えば「この狐娘でオナニーができるか?」というのが今の問題であり、出来るor出来ないで言えば、まあ、出来る。しかし、オナニーに際して音声をミュートにするかしないかを選べるのであれば、ミュートにする方を選ばざるを得ない。男性口調が美少女としての武器だったカリオストロとは違って、(キャラの魅力としてはともかくオナニーに関して言えば)人の良さそうなおじさんの声はノイズとなってしまう。
理由としては「中身を見たとき、男性錬金術師は二次元のキャラだがおじさんは現実の人間だから」「狐娘は元々ガワと中身が完全に分離しているわけではないから」などと説明することも不可能ではないが、自分に正直になろう。どう考えても「女性の声でオナニーは出来るが男性の声でオナニーは出来ない」という、それだけの話だろう。丹下桜も別に美少女というわけではないが、丹下桜の声でオナニーすることはできる。悲しいかな、美少女の身体同化作用は性別の壁を超えなかった。

補足97:「男性錬金術師」「美少女カリオストロ」「丹下桜」が三重の着ぐるみ関係とみなせてしまうので混乱するかもしれないが(しかも後でそういう話をする)、今は「美少女カリオストロ」と「丹下桜」は同じレベルで同一のガワを構成しているとみてよい。声が中身とガワのどちらに来るかを考えたとき、性別によってそれが決定されてしまったという話。

オナニーに関しての話はこれくらいにして(ここはサイゼリヤなので)、着ぐるみ系キャラの話に戻る。

最も広い意味では、アニメ画面の中で動いているキャラクターも着ぐるみ系キャラの一種と考えられる。発している声がキャラクターではなく声優のものだからだ。
もっとも、そこに声優の意思が介在しているわけではないし、理論上は(実況動画でよく行われているように)スピーカーや音声ソフトのような中身のないもの(?)で代用できる音声を便宜的に声優が当てているという解釈もできる。それにそんな話を始めると今度は「声をキャラの所有物ではないとみなすのであれば、キャラを構成する線だってキャラの肉体そのものではなくそれを描いたアニメーターの『中身』ではないか」というような話にもなってきてしまう。今はそこに深入りするつもりはなく、「ガワと中身の距離が最も遠い着ぐるみ系キャラ」としてアニメのキャラを挙げた。

この「ガワと中身の距離」はキズナアイではかなり近づいてくる。

キズナアイのガワはちゃんとしたキャラクター設定を持っているが、動画での振る舞いを見る限りは中身の介入も大きい。リアクションや発言に大まかな流れくらいはあるだろうが、一字一句台本を読みながらゲーム実況をしているわけでもあるまい。「本来は中身から発された挙動がガワの挙動として認識されるのか」という言い方をすれば、この話題も結局はカリオストロの話と同じところに戻ってくる。イエスかノーかで言えば、これはイエスだ。
しかし、キズナアイの場合は「ガワと中身の距離が極めて近く、部分的に融合した領域が最終的なコンテンツになっている」というのが正しいように感じる。カリオストロのケースとは異なり、ガワが中身を侵食しきったのではなく、そもそも最初から中間領域が駆動している。というのは、単純にキズナアイがガワではなく中身によって動かされている要素があまりにも多いからだ。「声」「細かい発言の選択」「リアクション」などを挙げたが、「身体の動き」も中身のものだろうし(この滑らかさでモーションキャプチャーではなくわざわざCGアニメを作っているとは考えにくい)、声優ラジオのような側面があるのは否めない。

補足98:声優ラジオはアレはアレでまた厄介ではある。「声優ラジオでは演技しているときとは違って素の声優の姿が見られて嬉しい~」などというたわ言をオタクがよく言っているが、アレが素のわけがないだろうが。
ラジオという舞台で「声優キャラ」として設定されているキャラを演じているという意味では、これもまた一つの中身とガワの関係と言えてしまう。しかし、ここまで来ると普通の人間が社会に対して普通に行っている仮面の装備との境界があやふやになってくるので、とりあえずは「ガワが(二次元キャラという意味での通常の)キャラクターである」という事態に話を限ろう。


狐娘はこの融合を更に推し進めている。
平気で中身のコンビニバイトの話を始めるし、もはやガワが残っているのはビジュアル的な表皮一枚にしかない(その一枚のウェイトが重いのだが)。さっきはオナニー云々という話だったので否定的なニュアンスになってしまったが、これもまた中間領域で魅力が駆動しているんだろう。
このファンアート(かわいい)の見解がかなり正しく、中身とガワが一体として新たなキャラを構成しているというのがしっくり来る。


ファンアートを探している間にこんな動画も見つけた。
VRChatで恐らく男ゲーマーが操作する美少女キャラ二人がKISSをしているというもの(0:17~)だが、ゲイにならない限り、この路線でガワと中身が一体になることは永遠に無い(逆に言えば、ガワと中身を分離できている限りはゲイでなくてもKISSが成立する。LW的には「いやーきついっす」というのが正直なところだが……)。
こういう関係性の段階では、こちらの中身は相手のガワしか見ていないし相手の中身もこちらのガワしか見ていないという歪な対称性が現れてきて、今度は中身の介入を如何にして退けるか(退けられるように配慮するか)ということの方が問題になるんだろう。



・更新用画像

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……

・お題箱30

43.LWさんって以前から腋窩についてそんなに言及されるような方でしたっけ???
今年の頭くらいにはそんなに言及してそんな記事を書いていました。でも、一年前の段階では腋全般のフェチという感じで、腋窩に対してはそれほど執着してない感じがありますね。一年を経て特化したのかもしれません。

僕だけではなく、世の趨勢としても二次元で腋を性的なアピールポイントとみなす流れは来ていると思います。特にソシャゲのキャラデザで顕著なんですが、「とりあえず女の子には腋が空いた服を着せておけ」みたいな風潮は明確にあって、上のブログでシャドバを検証した通り「腋が出ているキャラの方が出ないキャラよりも多い」という事態が普通に起きるようになっています(未検証ですがアズールレーンの腋露出率も体感で60%を超えていると思います)。
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(次回のアップデートで追加される新キャラ、カワE)

最近そんなに言及してたっけと思って「腋 from:lw_ru」でツイート検索をしていて思ったんですけど、腋に限ったことでもなくフェチズムの根の深さを感じるのは全裸と比べたときですよね。
当然ながら全裸状態では常に腋が露出していることになるんですが、じゃあ全裸のサフォークがノースリーブを着用したサフォークよりもセクシーか?というと全くそんなことは無くて、むしろフェティッシュな魅力は減退します。露出度合いで言えば完全に勝っているはずの全裸に黒星が付く以上、「腋の露出」という言い方が既に不正確で、本当は露出ではなく覆いが重要な役割を演じているのではないかという疑いが出てきます。
その「覆い」を構成するミニマムは恐らく襟ではないかという予想をしているものの、ブーツフェチや手袋フェチと同じような意味での襟フェチというわけではないので、まだ謎が多い部分ではあります。
たぶん腋窩に一番言及したのはこのツイートで、言いたいことはここでだいたい全部言ってますね。
補足として、腋が閉じているタイプのイラスト(上のツイートで言うfig.1)はあまり絵師間で差が見られない一方、腋が開いてカメラが回り込んでいるイラスト(fig.3)はデッサン自体が何パターンかあるという話をします。腋窩の描き方は人によってまちまちですが、恐らくあまり日常的に見る部分ではないので手や膝と比べて描き方が確立していないんでしょうね。

1.胸と腕の間パターン
胸を構成する筋と腕の根元の筋に挟まれた部分がそのまま腋窩になる描き方で、恐らく一番リアルに近いのではないかと思います。胸の大きいキャラというか、胸に対する執着も比較的強そうな絵師の絵はこうなっていることが多い気がします。

2.独立した窪みパターン
比較的胸との接続が薄く、腕の根元から体幹への接続部あたりに腋窩を設置するパターンです。1では胸筋と腕の隙間に結果的に窪みが発生するという構図でしたが、こちらは窪みが先行しているという差異があります。腋窩というよりは、胸の裾野がどこに接続するのかという点で見解が異なっているのかもしれません。

3.腕と体幹の接続パターン
上二つと異なり、そもそも腋窩に窪みを設けようという意志をあまり感じないパターンです。
円柱状の腕と比較的扁平な体幹がそのまま直結しており、三次元的な凹の窪みではなく接続部周辺に発生する段差として腋窩部位が現れます。

4.皺パターン
腕と胸壁の間の肌が引っ張られて皺になっている部分に腋窩が見出されるパターンです。
3Dモデルでいうところのボーンのレベルで三次元的に腋窩が発生した三例と違い、体表面の肌が主役になっています。多分これも相当リアルに近いですよね。いや、現実の腋にはあまり興味がないので知らないですけど。
まあ、皆違って皆良いので僕はどれでもいいです。何でもいいのでもっと腋窩の出たイラストを描いてほしいですね。

44.初期の綾波は性格という一点においては現実の人間と近い構造を持っている、みたいなことって言えるんでしょうか。
「混沌を持つ三層構造」と「混沌があると錯覚させているだけの三層構造」は理解の段階でちゃんと違うものとして認識できるのかな、というか…
前回の記事→への質問ですね。正直自分でも「これ全部読む人いるのかな」と思いながら書いていたのですが、ちゃんと読んでくれてありがとうございます。
それぞれの質問に対する回答は明確なのですが、二つの質問の接点が見い出せていないため、一つずつ分割して答えようと思います。質問の主旨を捉え損ねていたらまたどこかで聞いてください。

一つ目の「初期の綾波のような規定不能な性格を持つキャラクターは現実の人間と近い構造を持っていると言えるのか」という質問の答えはNOです。
・「『現実系に存在する混沌』を模倣したキャラクター」
・「『現実に存在する人間』を模倣したキャラクター」
は別の概念です(質問文の「人間」という単語が持つウェイトの判断が出来なかったので、とりあえず力点が置かれていたものとして解釈しました)。

僕が模倣されていると考えるところの『現実系に存在する混沌』の具体的なイメージとしては、津波や大地震のような破滅的な天災が最も想像しやすいと思います。我々が作り上げてきた様々な秩序(整った街並み、日常のルーチン、明日への信頼など……)を完全に無視して破壊していく意味不明さ、不条理さ、何にも制御されていない挙動を目の当たりにしたときの畏れが(本来認識不能な)混沌の出現を辛うじて認識している状態に近いです。

そういった天災に相対したときの「理解不能感」をコピーして性格に変換し、キャラクターに詰め込むという操作によって初期の綾波のようなキャラクターが発生すると考えます(これは説明のために少し製作者寄りの言い方をしすぎていて、「我々が初期の綾波と相対したときの規定不能感は天災のそれに起源がある」という言った方が主旨に照らしては正確です)。
『現実に存在する天災』は議論の対象にしていますが、『現実に存在する人間』に対しては検討を加えていません。「初期の綾波は性格という一点においては現実系の混沌と近い構造を持っている」という修正を加えればYESになります。

補足95:全く別の話題として、「『現実に存在する人間』は混沌であり得るのか?」という疑問は非常に難しいです。認識を生成するのが人間である以上、人間は秩序的な存在であると考えることも可能ですが、無意識のような曖昧な領域に関してはまだまだ謎が多く、その意味では混沌を持っているのかもしれません。「現実で独特の感性を持つ人に遭遇したときの理解不能感」が本当に混沌なのかどうかを確かめるには彼には自由意志が存在するのかを検討する必要がありますし、哲学的ゾンビのような領域に足を踏み入れることは不可避です。

二つ目の「『混沌を持つ三層構造』と『混沌があると錯覚させているだけの三層構造』は理解の段階でちゃんと判別できるのか」という質問ですが、条件付きで概ねYESです。最も厳密な意味では不可能ですが、実際的には容易です。

「最も厳密な場合」とは何かと言うと、本当に現実系ないしは虚構系の理解層に入り込み、他の情報が一切存在しない場合です。具体的には、いくつか前の記事で紹介したVRの悪用についての実験→が(偶然にも)非常に的確な例として挙げられます。
この実験は被験者にHMDを被せた状態で「現実の映像をそのまま映すライブカメラ」「過去に録画した映像を映すビデオ」のいずれかを見せるというものです。このとき、もちろん前者が現実系、後者が虚構系に対応していますが、被験者は自らの知覚からそれぞれを区別することができないというのは述べた通りです。例えばこの状態で「実際に洪水が起きている現場に行かせる(めちゃめちゃ危ないですが!)」とか「洪水のCGを見せる」とかいうことをしても、目の前の洪水が本物かCGかはわからないわけですから、受け取る理解不能感は錯覚かどうか判定できません。よって、この状況においては二種類の三層構造は判別不可能となります。

しかし、実際のところ、このようなシチュエーションが起こるケースは極めて稀です。
我々がテレビの画面を見ながら「これは録画された映像なのか、それとも本当にこの箱の中で起きている出来事なのだろうか?」などと考えることはまずありません。若干チート気味ではありますが、虚構系かどうかはメディアの付加によって一瞬で判断できてしまうというのが実情です。「作り物は作り物だ」という了解は普通は意識的に行われており、「作品にのめり込んでいる間は現実を忘れてしまう」というような感想は少し盛っているというか、本当に言葉通りではなく修辞を含んでいるということは明らかでしょう。
一応「客観的に見ればどう見ても作り物なのに本人は本物だと思い込んでいる」というケースもあり、補足93で述べたアイドル、宗教、精神病等はこの範疇に属します。僕は本人の認識に最終的な決定を委ねたいと考えているので、それらの場合は虚構系に分類したいというのも述べた通りです。

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