ちょっと昔の 何もかもが輝いて見えた頃のオモローな話。

当事者だけが腹をかかえて笑ってしまう ただの記録。(3部構成) 

Written by  チームびわこぐま リーダー石津毅


2013年、夏の或る日
夏が来た、唐突に。

2013年、7月に入ったばかりだというのに、もう梅雨が明けてしまったのである。
「早い、早すぎる。」そして、いきなりの猛暑なのである。
新聞の紙面には連日“猛暑”とか“39℃!”とか“熱中症”などと言う呪わしい文字が躍っている。
7月上旬でこの“暑さ”と言うのは「観測史上初めて…」なのだそうだ。
「まずい、アイツが怖気づいてしまうではないか…。」ツヨシは焦った。

これは、件のライドに巻き込まれて行く人々の、葛藤する心のヒダを綴った物語なのだ。

・ツヨシの事情
痩せてた絶好調のツヨシ
詳細は省略するが、ツヨシは彼の人生で2度、自転車で東京へ行ったことがある。

1度目は、2011年の夏。“前人未到の彼方を行く”と言う偉業に挑戦する心持ちで。
2度目は、2012年の夏。“1度目で感じた未消化感を埋めて完成したい”と言う気持ちに駆られて。
それで、、2013年の夏、今回が3度目となる。

「どうする、どうする?」
予想外の早い夏の訪れで、ツヨシは、大いに焦ったのである。
心と体の準備が両方とも完全には出来てないのだった。準備と言うより覚悟と言ってもいいだろう。
意外な事かも知れないが、ツヨシは、自転車で東京へ行くと言う行為について、わりと背伸びしている部分があるのだった。決して涼しい顔で往復して来る訳ではない。

世間の人はツヨシを誤解しているのである。

ツヨシを知る人の間では「ツヨシ自転車バカ説」などと諸説、まことしやかに囁かれているようだが、正確ではない。現にツヨシは、寒くなると全く自転車に乗らず、食べたいだけ食べ、怠惰の限りを尽くした挙句、色の白いブヨブヨの醜い中年男に戻ってしまうのだった。真のアスリートなら、戻る辛さも知っているだろから、こんなリスクは冒さないだろうし、性分がそうはさせない事だろう。その点、ツヨシは全くの凡人なのである。

ツヨシは常々「自転車で東京へ行く」と言う事が、毎夏のイベントととして固定化してしまいそうな事に懸念を抱いているのだった。毎年、夏に向け全てのコンディションを整えて行くと言う行為が、至極普通のオッサンのツヨシには結構な負担になっているからだった。

それでも、シーズンともなればツヨシは走り出す。「シンドイ、もう歳やー」と言いながら朝練でタイムを削ったり、ふらりとビワイチしたりして孤独を満喫するのだった。
でも、孤高なのかといえばそうでもない。

ツヨシは「チームびわこぐま」という「ねっとりとした人間関係」のチームを主宰したりもしている。そして、その上での毎度の単独行なのである。

ツヨシは、自転車という遊びを、たとえたれかと一緒に走っても、自転車の上では孤独なものだと思っている。それぞれの抱えている事情は違うから、集団の中でも脚が無くなったりすると孤独の闇を覗くことになるからだ。とにかく自分でなんとかするしかない、全ては自助努力でしか解決できないのが自転車なのだと思っている。その辺りがツヨシの性分に合っているのかもしれない。だから、自転車を乗る事にメンバーとかの条件をクダクダ言う輩は好かないのだった。黙って独りで出かけて行くタイプを愛しているのである。「自主自立、一身独立」が是なのだ。

話が逸れた。
とにかく太ったツヨシは、痩せないとイケない。体力を付けないとイケない。
ところが、今年の春は寒かった。意気地なしのツヨシは、なかなか早朝に練習出来ずにいた。
一応、堅気であるツヨシは、練習をするなら早朝しかないのだった。
そして、3月も半ばを過ぎて、ようやく焦って走り出した矢先に落車してしまったのだ。
左鎖骨複雑骨折、全治3か月。しかも抜釘は1年先とは…
「トホホ…。」だった。
ツヨシの人生において、5回目の骨折で初めて体にメスを入れた。
ケガを言い訳にしたくはないが、出遅れたことは事実。朝練もサボりがちで結果もイマイチ伸びてこない。同時期の去年並みのタイムには程遠いのであった。
脂肪の腹巻がうらめしい毎日が続いた。
しかも、3か月目の検診では骨が半分しか繋がってない事が判明する始末だった。
治りが遅い。「ああ、ひつじ年のツヨシ…オッサン…」なのである。
でも、そうは言っていられない。週末ごとにロングライドをこなして、何とか肌の色だけは去年並みの黒さにすることに成功したのだった。

そうこうするうちに、2013年の夏、7月をむかえた。

この時点でのツヨシの状態は、
体重=重い
体力=普通
色=黒い
ボディーの条件はマアマアと言えるだろう。
しかし、3回目の東京行きの積極的な理由にはならない。
メンタルな部分が欠けている。いわゆるネタが欲しい所だ。
3回目ともなれば、もはやチャレンジの要素は薄い。
「東京まで何しに行くねん?」
世間をあっと言わせたいツヨシは、思案に暮れるのだった。




・マリアの事情
マリア
ある、暑い日曜の昼下がり、ツヨシが店に現れた。
マリアは、とある寺院の門前で和菓子の店を開いているのだった。
日曜ではあるが、さすがにこの時間帯の暑さの中、客足は遠のきがちになっている。
「たまには、ちょっと相手でもしてやるかな…。」
ツヨシのいつものよそよそしさとは、わずかに違う気配を察したのだ。
珍しくマリアは、店先で所在なさ気に立っているツヨシにコップの水を持って行ってやった。
マリアの店では自転車やランでやって来たアスリートの客に水をサービスしているのであるが、度々やって来るこの男は、毎回ろくに注文もせず手間を取らせるので、来ても普段は放置気味にしていたのだった。
おもむろにツヨシが切りだした。あいかわらずぶっきらぼうだ。

「なぁ、あれ、行くで。どうする?」

「ついに来たか!」という感じだった。マリアは、少なからず胸の高鳴りを覚えた。
ツヨシが毎夏に自転車で東京へ足を運んでいる事情は承知していた。去年は出発の朝、皆で見送りもしたのだった。イイ大人が1週間近くすべての事を放り出して遊びに行く様を見て、呆れもしたし、羨ましくも思ったものだ。
なにしろルートが良い。「中仙道」だとか「木曽路」だとか「馬籠宿」などと言うではないか。マリアの店は馬籠に縁の著名人の名を冠しているので、その地方には一度は尋ねてみたいと思い、憧れていた。ツヨシの口から発せられるそれらの情景を旅する自分の姿を想像しては、よくウットリとしたりしたものだ。そして、機会があれば、旅行記の読者ではなく主役として旅情を味わってみたいとも思っていたのだった。
ツヨシも事あるごとに「次は一緒に来たら」などと冗談めかして言うものだから知らず知らずのうちにその気になってしまっている自分がいた。

そうこうするうちにツヨシの落車である。経過が思わしくないようで、練習できないせいか、もう夏になろうかという時期に来ても、体形などはブヨブヨしておよそ自転車乗りのそれとは程遠いものだった。それでもツヨシは週末アチコチに出かけて行っては、ビデオ撮影なんぞにうつつをぬかし、自転車に真剣に乗っている風では無い様に感じていた。他人の気持ちを散々煽っておきながら、いったいどうするのだろうかと思いヤキモキしていた所なのだった。

そこへ来て、今日のツヨシは妙に吹っ切れた様子で「行くから来い」と言う。
半ば諦めかけていた所だったから、完全に虚をつかれた形だ。
「2人が気まずいのなら、たれかほかの伴走を頼め」とも言った。
べつに気まずくはないが、この男と一対一の勝負をしたら打ちのめされるのは必至だと思うし、あえなく沈没させられた例も数知れない。
思わず「たれか他に伴走がいるのなら考える…」と言ってしまったのだ。
それと、やはり店の事も気になるが、その点は「私に日程を合わす」らしい…。
もう、完全に断る機を逸してしまったようだ。ツヨシのやり方らしいとも言える。
まんまとツヨシの罠に掛かってしまったのだろうか、と思うと悔しいが、もう今となってはどうでもよい事になってしまった。やはりマリアは、「行きたかった」のであるから。ただ、ツヨシから聞くその路は果てしなく遠く険しく感じられるのが悩ましい。
ツヨシなどは「あんたなら大丈夫」などとサラッと言ってのけるが、この男の言う事はやはり信用ならない気がするのだ。この暑さの中、炎天下を1日当り200km以上走って東京まで行って帰ってくるなど正気の沙汰ではないような気がする。実際ツヨシなどは「少なからず熱中症の状態にはなる」と公言しているほどだ。熱中症になっても休んでやり過ごせば良いという理屈なのだ。熱中症の予防では無く対症療法など冗談ではない、「ご一緒するのは最初だけ」と全行程は丁重にお断りした。

さあ、たいへんだ。マリアは、「行くと」返事をしてしまった…。
しかし、腹が決まれば女は強いのだった。
「次の休みは独りでビワイチして暑さに耐える練習でもしようか…」などとマゾヒスティックな思いを巡らせてはニヤニヤとし、客に怪訝な顔で見られたりするのである。
まさに、愛すべき「黙って独りで出かけて行くタイプ(しかもマゾ)」なのであった。




・タケシの事情(タケシ=通称ゴンザ、以後ゴンザと呼ぶ)
タケシ=通称ゴンザ
ゴンザはツヨシと同い年のはずだった。いい歳だが独身である。何か問題がある男なのかもしれなかったが、ツヨシにとってはどうでも良い事だった。
電話が鳴った、ツヨシからである。
ゴンザは電話に出た。
この男はいい歳をして「もりもりー」などとふざけた電話の出方をする。それで大抵の相手は引いてしまって、あとはゴンザのペースで事が運ぶだろう。
ところが今日の相手は一味違った。「もりもりー、ゴンザー?」と言うではないか、「オレの専売特許を無断で使っちゃダメでしょー」意表を突かれてたじろいでしまった。
先制口撃を受け、毒を抜かれたゴンザは「はい、なんでしょう?」と殊勝に返答してしまったのである。まともに向き合ってしまえばツヨシのペースだ。おだてられ、すかされ、恫喝され、マリアの伴走の件でその後のオプションを含めガッチリからめ捕られてしまった形になってしまった。その時期の予定にぽっかりと大穴があいていることをゲロって、「一緒に行く」とツヨシに言質をとられてしまったのである。
そう、マリアの伴走者とはこの男なのである。
一般的にオッサンは女に弱い。ゴンザがどれくらい女に弱いかは分からないが、マリアに「伴走して?」と頼まれ承知したから、その程度に弱いのだろう。
それでもゴンザは、途中までついて行って適当にお茶を濁して義理を果たしたら、放り出して帰って来るつもりをしているようだった。
しかし、そうは問屋が卸さない。分業なのである。マリアがついて来ることを承知させ、ツヨシがガッチリ予定に組み込んでしまうと言う構図なのだ。まるで美人局のようだと思ったに違いない。
ゴンザにしてみれば米原辺りでサヨウナラするつもりが、ツヨシは、いきなり長野県のどの辺まで来るのかと聞いてくる。そして、諏訪まで来れるのなら東西どっちに抜けても大して変わらないと言う理屈を振りかざす。「輪行はしないつもりだ」と断ると、「それじゃ、全行程一緒に走るしかないじゃん」と来た。もう無茶苦茶な屁理屈なのであった。ゴンザにして見れば、「輪行しないから適当に折り返して帰ります。」と言いたかったに違いない。
「でも、予定空いてるんでしょ?」
ツヨシは、まったく恐ろしいヤツなのだった。
ゴンザは「詳しくは、今度会った時に相談させてー」と断末魔の様な悲鳴を残し這う這うの体で辛うじて電話を切った。
電話を切ったゴンザ、ツヨシの「それじゃ、全行程一緒に走るしかないじゃん」と言う一言が楔のように胸に突き刺さって疼くのを否定はできないのだった。
ツヨシの見立てでは、ゴンザはわりと常識の人なのだと思っている。普段のややこしい言動はそのフツーさを他人に悟られまいとするカモフラージュなのではないかと疑っているのだ。大入道の様な外見とは裏腹に中の人は繊細なゴンザだとすれば、一度見てみたい。今回ツヨシが打ち込んだ楔がどんな風に作用するか経過を見守りたいと思う。
そしてこの男も愛すべき「黙って独りで出かけて行くタイプ(しかも大マゾ)」なのであった。


これで役者は出揃った。ツヨシ(サド)、マリア(マゾ)、ゴンザ(大マゾ)の3人組である。
我ながら、よくぞこの様な奇跡のキャストが組めたなと感心しているところだ。
そして、役者はそれぞれに抱えている事情がある事もわかった。
これから、この3人によってどの様な物語が展開されるかはものすごく楽しみなのである。

果たして、
ツヨシは、ライドを作品に昇華し完成する事が出来るのだろうか!
マリアは、約束の地にたどりつく事が出来るのだろうか!
ゴンザは、、、、。



・ツヨシの漁
漁中のツヨシ、獲られるマリア

ツヨシは、3度目の東京ライドの「ネタ」を探していた。
前回、前々回は「Tour de Japan」などと仰々しく銘打って、「東京まで行って来たぞー」と言う事を強調していたし「エッヘン!どうだ、すごいだろう」という気持ちも少なからずあった。行った場所の写真を見返して満足もできていた。
しかし、その後の自転車ライフで数々の変態ライダー達に出会い、「遠くに行く事自体はスゴイと思ってくれない」事を、ツヨシは悟った。
現に、完走する事が当たり前になってしまった今では、往って帰るその行為自体はルーチンワークとさえ思えてしまうのだ。チャレンジの要素が薄くなってしまった3回目ともなれば、その度合いも「推して知るべし」なのである。
ようするに、刺激が無くて中弛みなライドが予想されるのだ。
それに変化を付けようと、時間短縮なんかをやりだすと自分も変態暗黒面に堕ちてしまいそうだから、それは避けたい所なのだっだ。
強行軍の、その場面場面での苦しさなんて、もう忘れてしまって久しい。
実際、灼熱のバイパスを体液をタレ流しながら延々走った事など、辛すぎてハキとした記憶すらないのだから。当然、他人にはその体験の生々しさは伝わりにくい。本人があまり覚えていないくらいなのだから伝わらないのも仕方ないだろう。
ツヨシは、後日、行った先々の風景写真を周囲に見せびらかすのだが、イマイチな反応しか得られずもどかしい思いをしたりもした。
それでも、ある程度経験の有る方面からはマニアックな理解を得られたりもするのだが、大体は想像すら困難な様子で「たいへん」「スゴそう」のヒトくくりで終始するのだった。「旅は道連れ世は情け」と言うが、あの辛さと、克服した達成感を皆と共有できたら楽しいだろうなと思うツヨシであった。
そこで、ツヨシは一計を案じ策を巡らしたのである。

名付けて“summer_tour_2013(with_ツヨシ)”計画。ラベルを張り替えたのだった。
これはこのライドが東京へ行く事を目的にしているのでは無く、ツヨシと一緒に走ろうと言う事に主眼を置いている事を表わしているのであった。
全くのトリックではあるが“Tour de Japan”より“サマーツアー”の方が仰々しくなくて、ツヨシは気に入っている。しかも、どこに行っても良いのだし。

問題は、企画をぶちまけたからと言って人が集まるほどツヨシには人望が無い。社会人が何もかも捨てて来られても困るが、冠ツヨシと聞いて尻込みする層は多いのだ。
ツヨシは、ならば、一本釣りをするまでだと思い極めた。
ツヨシはキャストの捕獲に着手した。
普段ツヨシは、ヒトを勧誘する場合は2回までと決めている。
何度も断られると心のダメージが大きいし1度目は真剣には誘わない。それとなく軽くお知らせ程度にとどめておく。そして2度目に勝負するのだ。だから、優柔不断なタイプはツヨシとは縁遠いはずなのだった。即断即決がツヨシとのお付き合いの秘訣なのだから、気風が良くないといけないのだった。
また、話が逸れたので戻す。
漁師になったツヨシ、先ずはエサを獲る事にした。
“エサ”は女と相場が決まっている。
「気風の良い女ねぇ……」「やっぱり、アイツかな。」
この辺りは既定路線と言うか、想像通りの展開なのだが。問題は、ライドの負荷が高い事である。“この連日の猛暑日”“ツヨシとの相性”“等々不安要素が山積状態なのだから。「普通は引いちゃうよね…。」なのだ。
そこでツヨシ「押さない引かない作戦」を展開した。
情報は潤沢に垂れ流し、旅のイメージを醸成するよう仕向けるが、決して誘う訳でもなく、ただただ、プロパガンダに徹して相手の出方を見守るのである。その間ネガな事は言わないように努め、旅の情景を繰り返し繰り返し送り届けるようにした。
そして、夥しい量の情報を浴びせかけ、相手の中に抗しきれない欲求の芽が出るのを見て、おもむろに誘いを切り出したのだった。
そして、獲物が釣れた。いや、串刺しにして狩ったと言えるかもしれない。
しかし、獲物の眼の光はまだ消えてはいない。獲物がバレないよう慎重に手繰り寄せて行くツヨシなのだった。
獲物とは、言わずと知れたマリアである。
果たして獲物はこのままツヨシに獲られてしまうのだろうか、、。


・マリア(マリア)の葛藤
わりとヤル気のマリア
「はぁー」
マリアは深いため息をついた。
えらく“シンドイ”のである。
今朝マリアは、早くに家を出て、びわ湖を回り込んで西岸を南下していた。
もう150kmは走っただろうか遠かった観覧車がだいぶ近づいてきた辺りだ。
マリアは、ふと思い立ち、単身ビワイチに挑戦している途中であった。
「こんなハズではなかった。」
正直の所、甘く見ていたかもしれない。
近頃、マリアの店には変態的な自転車乗りが多くやって来る。
そして、「朝からびわ湖一周して来たよー」とか「いま東京からの帰りでーす」などと言う。その様はまるで先生にお手柄を褒めてもらおうとする子供の様なのだっだ。その行為自体は、苦行だったハズなのだが、マリアの手前、格好をつけて、努めてアッケラカンとして言うものだから、マリアとしてはイマイチその苦行の実感が伴わず、言葉が独り歩きして、いつの間にか感覚がズレていたのだろう。いつしか「自転車は1日200kmが普通なんやな…」などと勝手に思い極めていたようだ。
マリアも、体力には少なからず自信があった。
運動には日常的に取り組んでいるし、自転車で100kmを越える距離を走った事は何度もある。そして、その事を自身のブログで発表して賞賛の言葉を浴びるにつれ、自信は拡大していくのだった。マリアも、自分に送られる賞賛に「女性としては」とか「歳の割には」と言った注釈が省略されている事は承知をしているのだが「ちょっといい気分」だった事は否めない。その心の隙をツヨシにうまく突かれててしまった形だ。
「ああ…。」
引き受けてしまって後には引けない自身の気の強さも恨めしいのだった。
しかし、マリアは分別のあるオトナだ。守るべきモノもあるし、ツヨシの罠にかかり、むざむざ倒されてしまうわけにはいかないのだった。
「何が何でも生きて帰る必要がある」のである。手段は選ばないつもりだが…。
先ずは自身の体力測定から…。セオリーである。己を知らずに戦う事は出来ない。
そこでビワイチに挑戦なのであるが、思いがけずしんどくて出鼻を挫かれてしまった形になった。150kmと200kmでは「全然違った」のである。ツヨシなどに言わせると「似たようなもの」らしいが、マリアにとっては未知にあたる領域だったのだ。暑さのせいもあるだろうが、背伸びしてペース配分を誤った事は自分が良く知っている。周囲をあっと言わせてやろうと言う野心も無くはなかったのである。
マリアは、プチ挫折した。でも、辛うじて完走は果たしたし、失敗の原因も把握は出来ている。少なからず自信はついた。しかも今回は等身大の自信だ。
「やれる」ただ、まだその心の内はツヨシには言わないでおこうと思うのであった。
マリアは、プチ挫折した事をカードにツヨシに揺さぶりを掛ける事にした。
「わたし、電車で行って合流でもいいかな?」現場で合流、現場で解散。
これでは、まったく意味の無い事は分かっている。意地悪だったし、いつも強気のツヨシを少し慌てさせてやろうと思ったのかもしれない。
「ツヨシのヤツなんて言うだろうな、ククク。」
あてが外れた。ツヨシは「ふーん、じゃあそうしたら?」と、意に介さないばかりか、逆に「こんど、一緒に長距離の練習する?」などと言い、意地悪など完全に見透かされてしまったかのようだった。デリカシーの無いヤツめ、少しくらい同情をしたら良さそうなものであるが、コイツはこういうオトコなのだと諦めた。ゴンザなど、野蛮な他のオトコがずいぶんと紳士に感じられるのがオカシク思うマリアなのだった。
マリアは、ツヨシが最近動画にハマっている事を知っていた。ツヨシは、誰彼となく連れ立って出かけては、その様子の一部始終を撮影しては公開するのである。その画はまるでプロフィールビデオのようで見飽きない。被写体は、ツヨシに翻弄され苦悶しているはずなのだが、ヤケに楽しげに見えるのが不思議だった。今回は、ツヨシが自分たちを被写体として狙っている事は承知している。おそらくライドの目玉としてネタにしたいのだろう。「あの場面、わたしならこう演技する…。」
マリアは、自分の中の女優魂に火が付いてしまっている事など、ツヨシは百も承知だろうと思い、あらためて覚悟を決めざるを得ない状況を再認識するのだった。
ああ、泥沼にはまっってしまった マリア。
果たしてゴンザは、マリアの救世主となり得るのだろうかー。



・あぁ、ゴンザよ、、お前はなんちゅう××な…。
得体の知れない男、ゴンザ
「はぁー」
ツヨシも深いため息をついた。
「マジか、1500オバーやぞ…。」
今回のツヨシライドの全行程の距離の事だ。
一般的に滋賀から東京まで往復すると1000kmは下らない距離がある。
確かに、東京ライドも3回目ともなるとマンネリ化してしまうと書いた。
が、しかし、べつに距離の長い短いの問題ではないのだよゴンザ…。
ある日ツヨシは、例の件を絡め捕りにかかろうとゴンザに電話した。
ツ「もりもりー、、ゴンザ?」
ゴ「はーい、もりもりっ!なんすかー?」
ツ「ゴンザ、アレどうすんねん、ホンマに来るんやろなー。」
ゴ「さぁーどうしましょかねー。行きたい所あるんすよねー。」
ツ「どこや、途中で寄ったるから、来るやろな、、。」
ゴ「会津若松に親戚あるんす!!」
ツ「くっ、会津…。」
ゴ「あー、ヤッパリ無理っすよねー。」
ツ「あのな、会津若松ってどこにあんのか知ってんな、、。」
ゴ「ふくしまっす。」
ツ「ゴンザぁーーー、福島は東北やぞぉーーー。と・う・ほ・く。
東京から何キロあるか知ってんのかぁー!」
ゴ「いえ、まぁちかいっしょ!」
ツ「東京に行く途中でチョット寄り道したるって言うてんねんで。
わかってるか、400キロちかいんやぞ。
高崎からでも軽く250キロ以上あるんや、必死に走って往復2日の距離やろ。」
ゴ「ブルぺっすよ、ぶるぺ」
ツ「それを言うならブルベやろ、なんか理屈が違うぞ…。」
ゴンザのヤツ、どうも掴み所が無い。ツヨシはてっきりゴンザが距離に難色を示しているものだとタカをくくっていたが、違った…。
「なにが寄り道や、一気に距離が1.5倍になるで、、マジか、1500オバーやぞ…。」
なのであった。
「ゴンザ、、わかった…。 ツヨシに二言は無い。」
「ただし、、敵前逃亡は死罪やからな…。」
ゴンザと言うオトコ、万事がこの調子である。
だからと言って付き合いにくいのか言えば、そうでも無いと言うのが、近頃のゴンザについてのツヨシの評価だ。
実を言うとツヨシは、ゴンザの個人的な事をあまりよく知らない。
知り合って1年と少しだろうか、今まで実際会って話をする機会は、ほとんど無かったし、本名すらタケシとしか分からない。携帯の番号は知っているが住所は知らない。
知り合いに毛の生えた程度の付き合いなのだった。SNSを始めてからこういう付き合いは多い。ツヨシの性分に合っているのかもしれない。
にもかかわらず、ツヨシの嗅覚はゴンザの人畜無害なニオイを嗅ぎ取っている。
ツヨシはゴンザについて「制御にコツは要るが、お世話は不要」とみているのだ。
コッチが世話になる事はあっても、アッチからもたれてくることは無いと踏んでいる。
極端な話、お互いが、東北の果てで遺棄し合ったとしても恨む事はないだろう。
ツヨシはゴンザの事を「風よけ」
ゴンザはツヨシの事を「道案内」
程度にしか思っていないのだった。
しかし、ツヨシにとっては、自転車の旅の道連れとしてこれ程気楽な相手も珍しい。
道順さえインプットすれば牽いて行ってくれるのである。あとは、どうやってゴンザのやる気を引き出すか、なのだ。
ゴンザ、体力は人一倍あるのだが、他人と競ったりはしないタイプのなのだった。
でも、自分の中では常に「勝った」と言う自負をため込んでいるフシが見え隠れするのをツヨシは見逃さない。
ツヨシによると、ゴンザを制御するコツは「自尊心を使う」なのであった。
しかし、心身共にハードな今回のライド。どこまでこの作戦が通用するかは未知数なのだ。ツヨシの手腕が問われるのである。


「“女優”のマリア。そしてツヨシ、“他人”のゴンザの3人の御一行、、って。
これって、まるで…。」
「三蔵法師と孫悟空・猪八戒やんか、、あれ、沙悟浄はだれ?」なのであった。
差し詰め、灼熱の濃尾平野辺りが火焔山と言った所なのだろうか…。
登場人物は「マリア」「ゴンザ」「ツヨシ」の3人であることが確定した。3人は、それぞれ、アーダコーダと言いながらも覚悟を決め、朝練などして準備に勤しんでいるようなので、今の所殊勝であると言いたい。
そして、さらに踏み込んで、新しく割り振られた役柄を、読者の熱い期待に沿う形で演じ切るべく努力してもらいたいのである。



・登場人物および配役。

この旅は孫悟空の物語みたく進行する事になった。
配役は以下に記す。

徳永 真理亜(マリア) as 「三蔵法師」役
生れながらの女優、キレのある演技には定評があり、熱狂的なファンを率いる。
本作のヒロインではあるが旅の途中で離脱する予定。

本名不詳(ゴンザ) as 「猪八戒」役
いわゆる脇役で演技はへたくそ。ただ、その存在感で起用が決まったようなもの。
スペシャルなボケをカマシテくれるものと期待されている。

石津 毅(ツヨシ) as 「孫悟空」役
本作の原作・脚本・監督にして主演。製作までもしようとしているチャレンジャー。



キャスト
以上だ。
さてさて、、
日程及び行程計画の予定である。
紆余曲折があり、さし当っての目標は、中仙道を行き馬籠。そして、諏訪を抜けて高崎に至る。その後東北を目指し、福島で折り返し東京日本橋、そして東海道を通って滋賀まで帰ってくると言う大規模なツアーになった。
「うーマヂかいな、、。」である。
と言ってもマリアが全行程を行けるとは思わないし、いずれ何処かの段階で分かれる事になるのだろう。今分かっている事は、マリアは少なくとも馬籠宿までは行くと言う事だ。

チームになった3人、ややこしい構成ではあるが…。


つづく。