「つれづれなるままに」 茶丈 藤村 sajo-towson

床の間に生けた花や道端で見つけた季節の風物
そして時季の和菓子や甘味えとせとら。。。
茶丈藤村をかたちづくるフィーリング。
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カテゴリ : ロードバイク 自転車 

5月の連休明け。 NZでホームステイ中の二女に会いに 7泊8日の旅をしました。
せっかくのアクティビティ大国NZへ行くのなら、ということで 自作クロモリを携えての渡航です。

自転車を飛行機に乗せるのなら 「専用段ボール箱」 というのが定説。 しかし自宅ー空港間の バス・電車でのアクセスを考えると 肩から掛けられる輪行袋がベストと考え 準備をすすめました。

Air Newzealand のHPで 受託手荷物について確認しながら荷造りです。
スポーツ用品については理解のあるエアラインだと思います。
https://www.airnewzealand.jp/oversized-items
しかも自転車の梱包箱はニュージーランド国内のすべての空港で、NZ$25で購入できるようです。


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持っていく自転車は自作クロモリJuego de Cartas号 650c。後輪はつけたまま 前輪だけ外して袋に入れます。何しろ ペラペラの布製の袋なので最低限のガードは必要かとおもい 強化タイプのプチプチを購入。
それとあと要るものは 養生テープくらいですね。 フロントフォークには 歪むと困るので そのへんにあった木材をカットして彫刻刀で削って差し込みました。


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ハンドルを内側に倒し サドルを抜いて ホイール部分はステーごとホイールカバーをかけて縛る

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プチプチ × 養生テープ 。 タイヤの空気は抜かなくてもよいのです。


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      ホイールサイズが 650cだからとてもやり易い。

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迷子になった場合のために 滞在先の連絡先をタグ付け

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コンパクトな自転車とはいえ総重量は17kgとなり、細い肩紐ではかなり重たく感じます。ヒィヒィいいながら 京都駅からエアポートリムジンまで歩きます。 空港に着いたら カートに乗せればよいのであとはお気楽です。

ですが、失念していたのは その荷物が「オーバーサイズ」だということでした。 日本国内の空港では自動的に載せ替えてくれましたが NZ国内の乗継で「預ける場所が違う・受け取る場所が違う」に すこし混乱してしまいました。 
 
往路: 伊丹=成田=オークランド=ネイピア 
復路: ネイピア=オークランド=上海=関西国際空港  <行きも帰りも乗り継ぎ 3回>

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自転車も輪行袋も無傷で目的地まで到着。ほっとしました。


現地1日目は快晴。しかしこの日はホスト宅にご挨拶とか高校を見学とか娘の誕生日を祝ったりで自転車には乗らず。残念なことに 2日目.3日目が 晴天率の高さで知られているこの地において まさかの雨だったのです。 2日目には小雨を縫って 海岸線まで 路線バスに自転車を積んで出かけ 娘たちにはタンデムバイクを借り、ビーチ沿いのサイクリングトレイルを往復10kmほどたのしみました。

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親切な運転手さんは 降りてバイクをラックに載せてくれる。

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初めてのタンデム車。 さすが姉妹。息がぴったり。 
声かけあって漕いでいる姿は 見ていてほほえましかったです。
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ネイピア中心街 アールデコ調のストリートです。
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SEA WALLS : MURALS FOR OCEANS (海の物語)
海をテーマにした物語のウォールアートが29か所 そこかしこにあります。

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自転車修理台(A面)

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自転車修理台(B面)


 トップチューブがホリゾンタルで良かったと思うよ。


■3日目は朝から結構な降りっぷり。
往復50キロほどのところにこんなすてきな低山があるので行ってみたかったのだけれど。
気温も低いし風も強かったので 娘たちには強要できずにあきらめました。

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Te Mata Peak   いつか こんなところを。

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土砂降りの3日目 マラソン前日受付




■最初の2泊は娘のホスト宅に泊めてもらいましたが、3.4泊目はビーチ沿いのモーテルに泊まります。
なぜなら5/13に開催される HAWKE'S BAY INTERNATIONAL MARATHON 2017 に参加するため!
スタート地点まで すぐのところに泊まります。

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ビーチ沿いをしばらく行って 果樹園のそば 川沿いの堤防をはしり ブドウ畑の中を突き抜けてゆく〜。。。というロケーションに萌えまくってしまい、NZ行きを決めた直後にすぐにネットでエントリーしました。

ほんとにインターネットって便利ですね。 飛行機も 宿も 長距離バスも全部自宅で手配できるんですもんね。



そして おまけのマラソン当日。 2日続いた雨も止みましたが 風がけっこう吹いています。


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スタート前 現地の人がほとんど。中にアジア系がちらほら。

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スタート直後 ここではスポンサーでもあるアシックス率がかなり高い。


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川沿いの堤  固められた砂地の道 長い。


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広々と 黄葉しているブドウ畑

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紅葉シーズン 砂利道区間も長い

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ほぼ 全行程で向かい風が6m/s。プチマッチョなお兄さんにピタッとくっついて風除けながらハイペースで走ったのがわるかったのか、25km地点を過ぎて足がどうにもこうにも痛くて痛くて 大好きなはずの不整地の感触が一歩一歩 いちいち痛い。悲鳴をあげそうになりながらの残り17kmでしたねー。

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フィニッシュ会場は いろんなお店がワインやスイーツ・ピザを売っていてにぎやかです。
地元ミュージシャンのライブもあり スパークリングワインをのみながらプハァ〜なひと時を楽しみました。



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おかげさまで
04:53:52 
自己ベストならずでしたが このところ どのレースでもfemaleの下から25%のところにいますが
今回 30%入り! ということで もうちょっと頑張ってみようと 志あらたにしたのでした。


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完走メダル・記念ワインを1本いただく

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脚を冷やしに ビーチへ


全身筋肉痛でよく眠れず。翌日5日目は温泉のあるタウポ湖のほとりへ長距離バスで移動。
タウポはNZの箱根とも言われている温泉地です。

 とても素晴らしいところでしたよ。マウンテンバイクを3台借りて タウポ湖から流れ出る川沿いのトレイルを散策。 NZは 「自然しかない」っていわれてますけど それが最高です。 とても気に入りました。

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それから屋外の温泉プールで少しだけあそび 初めてのユースホステルでの自炊ナイトを満喫いたしました。


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巨大オブジェで記念撮影

持って行ったバイクにはほとんど乗れませんでしたがマラソンは完走できたし、何よりも 8年前に3人で2泊3日のビワイチをして以来の久しぶりの女3人旅なので とてもとても母は楽しかったのです。
娘たちよありがとう。 あなたたちのおかげで幸せに生きております!

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バイバイ!


















2016.9.10(sat) [Audax 近畿] が開催する [BRM910 米原200] という200kmの長距離サイクリング(=Brevet)に参加しました。Brevet(ブルべ)とは

Brevet は レースではなく 制限時間内に第三者からの幇助なしで走り切ったことに対して 認定が行われるものです。 なので 自分の体力では一日の限界走行距離が200kmとわかっているので これにチャレンジしてみようと思ったのでした。 200km/日 は何度か経験済みですが、これに 私の苦手なナビゲーションの要素が加わったのがBrevet。

過去、2014 Rapha women's prestige 八ヶ岳,  2015 Rapha  prestige ニセコ と 相当な獲得標高とグラベルを含むハードなアドベンチャーライドに2回も参加させてもらいましたが、いずれも一人で走ったわけではなく、コース読みは人任せ。 自分で走りに行くというより 皆についていく といった なんとも自主性のないライドに終わったのは事実です。その事は ずっと自分の「無責任」として心の中に引きずっていました。今回は それをなんとか払拭したいと かつて匙を投げた 「自作キューシート」でもって 自分でコースを覚えて間違いなく走ることにチャレンジしたのです。


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ルートラボで公開されたルートを GoogleMapのストリートビューとつき合わせながら 視覚的なキューシートをつくるという 地図に弱いオンナ向けのこの方法は かつて Rapha women's prestige八ヶ岳で モモちゃんがやってくれた作業。 それに今回 私も挑みます。 


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やりだすと 恐ろしく時間のかかる作業。 老眼の自分にはもうキツイキツイ。。。 地形図 地名 道路番号 こんなもの 暗記などできませーん。 首からぶら下げて 走行距離ごとにペラペラめくりながら行こうと考えました。

幸い 天気予報は晴れ。 濡れ対策のラミネート加工はせずに ミニ本仕立てで完成です。


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‟ My Route Zin ” (わたしのルート豆本)完成


しかし完成したのは 当日9/10の2:00am。 店の支度もあるので4:30amに起床予定です。とにかく2時間寝なければ zzz zzz zzz


で、 目が覚めたのは 6:30am !!! 
やばばばばば〜〜〜〜い!!!
JR石山駅 6:48発米原行新快速に乗るつもりをしていたので 汗 汗 あせって 心臓バクバク。
スタート1時間前に到着予定のつもりをしていたので 「1時間の余裕はある 落ち着け 落ち着け」と なんとか最低限の店の用事と 身支度と 「朝はリンゴをたべなさぁ〜い♪」をして 駅まで走り 輪行バッグとともに71分おくれの新快速に乗り込む。米原到着は 8:41。 スタートには間に合うかも(*≧∀≦) と思ったのだけど 駅のコインロッカーが テロ対策とかで使用禁止だと。 まじか!!! 途方にくれながら とりあえず駅のお手洗いで用を足す。 そこへ 米原在住のUFOさん(びわこぐま湖北支部長)から メールで「DNSか?」と。
ロッカーの件で困っていると返信すると 「とりあえず来い」とのこと。 スタートの応援に来てくれているのは知っていたけれど、待たせてしまって申し訳ないなぁ(;´゚д゚`) 駅から4kmほどのスタート地点まで 意外な上り坂を急ぐ。

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やっと到着 スタート地点。 検車、装備チェックを経て 9:00スタートより20分遅れの出走。荷物はUFOさんの采配でナントカした。

スタート地点でUFOさんと一緒に もうひとり、私を待っていたのは「マキノがニセコ」のマキノさんだった。
頼んでもいないのに「写真係です」とのこと。 確かにまったく写真を撮る余裕がなかったので こうやってBlogに色を添える画像を撮ってくれる人物が居るということは有り難いことだ。

だが しかし、私は 実はひとりで 遅刻の原因となった ‟ My Route Zin ” で走りたかったのだ。
遅刻した以上 「一緒に走らないでください。」 と言い放つことは
憚られた。 自分一人に完結する諦めは世の常。

というわけで 長い長い200kmの旅が始まっちゃったのです。





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「洗い越し」


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多賀大社から 永源寺まで 山岳区間。 森林の中はきもちよい道です。結果として湖北湖東のほぼ5ダムをダムダムするコースで 坂が苦手な私には前半かなり厳しいコースでありました。

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11:00am 
奥永源寺の「石釜パンcafeつむぎ」でパンをほおばる。
店主のパン職人幸恵ちゃんとは自転車のお友達。
苦労も明るさも知ってるし、そんな彼女が作るパンは食べて元気出た。

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犬上ダムや 鈴鹿山系のすそ野あたりは 先の幸恵ちゃんたちと走ったことのある道。
びわこぐまのツヨシとも走ったなぁー。まじりんぐの皆さんや武田さんも居たなぁ。
と、よく走っていたころを懐かしく思い返しながら ようやく50km進む。

そこからの 日野町のでかいこと長いこと Σ(´Д` )。どんだけ走っても農道が終わりません。

このあたりは ゴンザレスとも練習に来たなぁー。あの頃は若かったなぁー。
さらにダム巡りをしてようやくPC1(チェックポイント)ここ三重県柘植で約半分の98.5km地点。

この倍以上も走るんかい! もうげんなり。 次のPC2は信楽。 そこからは自宅へ直帰したい気持ちがふつふつと。 しかし 仕事を休ませてもらって参加している以上は 完走するか 地図読みを克服するか どっちかの成果が欲しい。どっちかというと後者を胸に参加したのだけれど、すでに目論見通りにはいかず。ならば 完走するまで。 イヤヨイヤヨな坂 最後の金勝山を越えなければ。 そのころはもう日没が迫りかけていた。

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山を下ってからの 栗東から琵琶湖岸までの遠いこと。つらさが募って 頭の中でいろんなものを呪った。
湖から吹いてくる風とか、夜の暗さとか、野洲川の長さとか。呪ったところで なんら変わるわけない自然現象と地形。呪ってる自分のアホさ加減に笑えてきた。 次のPC3は160km地点の野洲の湖岸。夜の湖岸なんて久しぶり。 ざざざー と 波の寄せる音、温かい風。 「琵琶湖周航の歌」的なロケーションに 心がしばし癒されます。PCごとに コンビ二で補給食をとりますが、ここからは 燃料じゃなくて 修復材料としてのたんぱく質補給に努めます。明日はお仕事ですからね。


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 ラストの湖岸野洲から長浜まで 恐ろしく遠かった。サドルが痛くて平地でもダンシング。

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やっと着いたよ ゴールのコンビニ。 長浜ドーム付近。
時刻は21時43分  制限時間内に完走。

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〜まとめ〜

距離 201.9km  獲得標高  上り:2045m 下り:2051m タイム12時間43分

これを走りましたが、ナビゲーションを人任せにしてしまった部分があり、全行程を自分の用意した地図で自分で決めて進んだわけではないので未消化感があります。 

しかーし、 もつべきものは友で つかず離れず ずっと一緒に走った 無口なマキノさんには 感謝申し上げます。



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よく走ってくれた。
私の自作クロモリ。650c手組銀輪。



















 

トライアスロンは 学生時代からの憧れの種目。泳いで 漕いで 走って。 なんちゅうハードな競技や! かっこよすぎ!

 

だから “死ぬまでにやりたいことリスト”には「トライアスロン競技に出場する」もありました。「でもな〜 多分これは無理やな〜。」と半ば諦めていましたが、一昨年、お友達のモモちゃんが「びわこトライアスロンin高島」に出場し、「あそこのスイムは足のつくコースやし大丈夫やで、まーさん。出たらいいやん!」と教えてくれたのです。

 

実は私、体脂肪率はじゅうにぶんにあるのに 泳げないんです。

 

子供のころのトラウマでしょうか、5歳年上の姉に足のつかないプールに投げ込まれ つかまった浮き輪の栓を抜かれ 溺れそうになって。それ以来、足のつかない場所で泳ぐことには ものすごい恐怖心がつきまといます。。。 

足のつくプールなら 無難にクロールで25メートルは 泳げます。しかし それ以上の距離は息が切れて体が動きません。いろいろ調べてみると「浮く」ことに慣れないと水泳は上達しないとのこと、水の中でガチガチに筋肉を使ってるせいで 浮かないし、疲れるし、しんどいし。

 

やっぱ トライアスロンは無理かな〜〜〜

 

時々思い出しては 「やりたい」「でも無理」「でもやりたい」「やっぱ無理」問答をくりかえしておりましたが、お店に来てくださる沢山のアスリートの皆さん、その中にはやはりトライアスリートの方々も大勢おられます。 お話をきいたりしているうちに「やっぱし やらなあかん!」と思い立ち、まず格好からってことでトライスーツを購入! そして 昨年の夏は ちょいちょいとプールへ通い泳いでみましたが 25m以上が やはり泳げない。あまりにも心肺にキツイので「無理」とハンコを押してしまったのでした。

 

そして秋をむかえ、45歳になり、 「□ 45歳までにトライアスロンに挑戦する」リストにはチェックがつかぬまま 冬を迎え 自転車に乗ることも少なくなり ちょいちょいジョギングするだけの毎日を過ごしておりました。

2月に京都マラソンも終わり 次の目標は何にしよーかなー。 ま、いっか。 と ぼやーっとしたまま 日々過ごしておりましたが、やはりここで あるアスリートのお客様からの刺激が! 私より20年早く生まれた彼女は 年齢別表彰式のお立ち台でいつも輝いています。そしていつも元気! なんて素敵!

彼女とお話をした その日、勢いで大会出場をポチった2016 春。 

参加レースは 「びわこトライアスロンin高島」スイム750m バイク20km ラン5kmの“スプリント”という メジャーなオリンピックディスタンスの半分の距離。

 

それからは 月に1度トライアスロンのためのスイム講習会に参加して 初めて ウエットスーツで泳ぐ ということを体験。

4月は娘のサーフィン用のフルスーツを借りてプールでの練習会へ。

ウエットスーツは面白いように体が浮きます。けれど窮屈で胸が圧迫されて肩もキツイ。

参加者のほとんどが経験者の練習会では皆ガシガシ泳いでます。ひとりヘトヘトで苦しくて暑くてもうたいへん。泣きそうでした。

5月はモモちゃんから借りたロングジョン(袖なし長タイツスタイル)で参加。これも胸部圧迫されて暑くて苦しくて。再び泣きたくなった。

苦しいのをウェットスーツのせいにしちゃいかん。ということで ついに自分用にウエットスーツを購入。何度か着たり脱いだりを練習すると 少し体に馴染んできました。

6月の練習会では15分連続スイム×2。そんな長時間泳ぐなんてとんでもない。何度も苦しくて立ち止まっていました。実際に連続で750mを泳ぐなんて不可能。 けれどレースコースは足がつく深さとの情報。とにかく立ち止まりながらでも 750mを連続で泳げるようになると決めて その日からほぼ毎日 プールに通いました。水泳は慣れ。浮くことに慣れること。YouTubeで動画を探してイメトレして臨みました。

 

休みの日には 開催コースの下見・バイクの試走に。レースコースの萩の浜でウエットスーツで泳ぎ ウエットスーツを脱いで濡れたままバイクに乗るという練習も。濡れた手でグローブもつけないのでハンドルをもつ手が滑ります。対策としてテニスラケットに巻くグリップテープを上から重ねて巻きました。これはなかなかのナイスアイデアで下ハンドルで走るときにはしっかり握れて 功を奏したと思います。試走は大事!

 

そして迎えた7/3(sun)  日曜日に店を留守にするためにはかなりの下拵えと仕込みをしないといけません。そんなこんなで前日は早く寝ることもできず ぼぉーっとしたまま 会場へ向かう。 高島に着いたとたん 緊張マックス! でも知り合いの顔もいくつか見つけ、ちょっとリラックス。トランジション(競技種目の引継ぎ)の準備も初めての経験。

また緊張! そしてトイレ。 ちょっとリラックス。

ウエットスーツを入れた袋を背負って 自転車でスイム会場へ移動。ちょっと体を動かすとリラックスできるもんですね。スタート30分前にはウエットスーツを着て入水。

沖からの風強し。 けっこう大きな波が次々やってくる。 だいじょうぶ?あたし。


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「ここまできたら なるようになれやわ〜。」コースは浜に平行に 往復375mを2周回。

 

900 ぷぉ〜ん とスタートのホーンの音。始まっちゃった!

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ばしゃばしゃと 総勢189人が一斉スタートだから隣人に当たりまくり。

しかし私はとびきり遅いのですぐに 孤立して それからが波の洗礼。
息継ぎが左側でしかできず モロに波をかぶる。早くも呼吸困難。

今スタートしたとこやのに もう無理!あかん。心臓があえいでる。

こんなにしんどいのに このまま続けることは不可能。すぐにでも立ち止まりたい。

けど沖寄りのこの水域では足はつきそうにない。 

「あかん溺れる。ここで私は溺れてしまうんやわ。」どうやって安全にこの競技をやめたらいいのか呼吸もままならないまま考えても思いつかない。動くのをやめて仰向けに浮いたらええと誰かが言ってた。けどどうやって仰向けになったらよいのかさえも分からなくなっていた。

 

そこへ 練習会で馴染みの女性が「あかんわ〜 今日は思うようにおよげへんわ~」としんどそうに ライフセイバーの救助ボードに寄って行くのが視野に入った。


私もそれ〜〜!それに掴まらせて!お願いっ!!と 平泳ぎでゆるゆると近寄って ようやく浮力体につかまった。とにかく呼吸を整えないと。心臓もバクバクやし。上体をボードにのせてしばらく休ませてもらう。先の女性は少し休むと すぐ泳ぎだした。それを送り出すライフセーバーのお姉さんの「頑張ってください 大丈夫ですよ 見てますからねー。」という声がなんと心強く、安心を与えてくれたことか。


どれくらい休んだのだろうか?心肺がおちついてきたので一つ目のブイの方向を確かめると ボードから身をおろして泳ぎ始めました。相変わらず波は 息継ぎをした顔にばっしゃーんとふりかかってきます。でも さっきまでのパニックとはちがう心持で泳いでる自分がそこに居ました。

心肺が落ち着いたことと、見守られている安心感。 


オレンジ色のブイを2つまわって復路へ。この水域では足がつくことを確認。他の選手からは周回遅れでずんずん抜かれていく。

復路の真ん中あたりで立ち止まって腕時計をみるとまだ時刻は913 「え? まだ13分?」この調子でいけば 40分という制限時間内に泳ぎ切れるかもしれん!落ち着いてゆっくり泳ごう。と気持ちを切り替えて2周目にはいる。2周目のことはあまり記憶にないけれども息継ぎをして肩越しに見えた空が 往路は曇りだったけど 復路では青空だったことだけが印象的。ゴールラインまで泳ぐことができて スイムの時間計測は2704秒だった。これだけでもう十分奇跡!すごくうれしかった。186/189


 

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次はバイク。トランジションエリアまで裸足でも痛くないように敷物が敷かれていて小走りで上半身のウエットスーツを脱ぎながらバイクラックまで。先にスイムアップした選手たちが6人ぐらいまだ着替えていたのでとても安心した。私はいっちょまえにトライスーツで濡れたままバイクに乗るつもりだったのでトランジションに割いた時間は少なかったと思う。


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萩の浜よ アバヨ! バイクだバイク! 脚は、、、? 回るわ!
息はあがってるけど 脚は回る。ランに脚を残すことなく回せるだけ回そうと思った。

 

 

スイム会場から3km離れたところで 周回コースを4周してトータル20kmのコース。
緩やかな上り坂が向かい風。緩やかな下りが追い風。コーナリングはビビりのやるそれだったけどバイクで少しは順位をあげたみたいでした。スイムアップできたことがとにかくうれしくて笑顔で元気に自転車に乗っていた気がします。

 

次はランニングへ。自転車をラックにかけてシューズを履き替え ヘルメットはサンバイザーに交換。さて、走りだそうにも足があがりません。 先輩方から聞いていたようになんじゃこりゃ⁉ と思うほど足が重い。どたどたずるずると走る。日も照ってきて あぁーしんどいねぇ。いつも通りゆっくり走ります。 

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前のほうに知り合いが赤いウェアで走っています。できれば抜きたい〜!と思うものの脚は動かず。しかしゴール地点では 練習会で教えてもらった “グラサン外して万歳ポーズでフィニッシュ” ばっちりできました!

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ひとつ 小型のトライアスロンを経験し ひとつの壁を超えた気がします。

スイムは苦手だけどバイクは頑張ればもうちっと稼げるかもしれない。ランも目的なく日々走るのではなくて バイクの後でも走れる脚力 そんなものを鍛えていきたいなぁと思います。「次」を考えるなら とにかくスイムを人並にこなせるようになる必要があります。課題があるということは 前へ進む理由があるということ。

「□ 45歳までにトライアスロンに挑戦する」には45歳でチェックがつきましたが

「次」を念頭に これからの運動は続けていきたいですね。


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ちょっと昔の何もかもが輝いて見えた頃のオモローな話。
当事者だけが腹をかかえて笑ってしまう ただの記録。(3部構成)

Written by  チームびわこぐま リーダー石津毅

しかしながら今回 「その2」 には 私の思惑もキッチリ "アカ" 入れさせてもらいますえ。

・“summer_tour_2013” 初日、2013年8月5日月曜日
旅立ちの朝、5時。
ツヨシは、マリアの店である石山寺門前「茶丈藤村」に集合した。
今回の旅の配役である孫悟空色を出そうと思いヘルメットに学芸会ヨロシク緊箍児(きんこじ)
の装飾を施して来た。
ツヨシのコスプレ
緊箍児(きんこじ)とは金色の輪っかの事だが、こういうのはオトナのツヨシにとって、そうとう恥ずかしい。しかし、旅のリーダーとして主導権を争う以上、サプライズネタとしてやらない訳には行かないから仕方ない。早朝ではあるが、コンビニでは人にも遭うので、恥を忍んで耐えてきた。、、つもりだったが甘かった…。上には上がいるものだ。マリアは三蔵法師なのである。被り物だけでなく袈裟まで用意する念の入れようだ。

コスプレのマリア、、、貞子かいな…。
玄奘三蔵
着いた時、思わず「あ、何か居る」と口走ってしまって「負けた…」。旅の主導権はマリアが握った。「茶丈藤村」は、ちゃんとした堅気の和菓子店なのだが、今朝は早朝から西遊記のコスプレをした自転車乗りと、それを見送る人々の熱気にあふれる、と言う異様な光景が繰り広げられたのだった。(しかも、集まった人がみんなリッパなオトナだと言う事実は驚きを禁じ得ない。)…と言う事で、早朝にもかかわらず、見送りに来てくれた人がいたのには感動した。
いいオトナが…。
さあ、出発。手を振り振られ店を発った。さすがにマリアは袈裟を脱いでいる。ふと前を見るとくまジャージが走って来る。NASAだ。「途中までついて行く」だそうだ。
一番後ろはNASA
自転車3台連ね瀬田の唐橋を渡って東を目指す。早朝の国道1号線を少し走って、栗東から国道8号線に入った。ここからが本当の中仙道の旅が始まる。程なく野洲川を渡って御上神社前のコンビニに着いた。ココでゴンザと落ち合う予定なのだ。
猪八戒
ゴンザが居た。「あれ、ブタなんじゃないの?」と水を向けると「やっぱりやんのか…」と言う面持ちでゴソゴソと取り出して鼻を付けた。よくみるとヘルメットに耳が付いている。「なんや、やっぱりやる気やんか…」
ヤル気満々のふたり
ふっとタダならぬ気配を感じて振り向くと三蔵法師がフル装備で立っていた。「いつのまに…」どうやらブタに気をとられている隙に着替えたらしい。
まったく恥ずかしくありません  
はい。まったく恥ずかしくありません!!!
これで、今回の旅のキャストが勢揃いした。NASAは少し恥ずかしそうにしているが、1人と2匹は上機嫌で大騒ぎしているのだった。トラックドライバーの視線が燦々と降り注いで来るが意に介する様子はない。
「お師匠様、そろそろまいりますかの」「うむ」「ぶひーん」孫悟空に促されて一行はこれからの長い道程を東へ向かって旅立ったのだった。NASAとはここで別れた。
ここまでの走行距離わずか15キロ。先はあまりにも遠くて想像を絶するのだった。
三蔵法師と、その一行は、東を目指して走り出した。
快調に走る
中仙道の近江路、すなわち国道8号線を走る。ツヨシがマリアを牽き、ゴンザがマリアのお尻を眺めながら走る布陣で行く。この先このスタイルが定着する事になる。ツヨシはマリアの体力を考えて努めて30キロを超えないようにペースを考えて走っている…つもりで、今の所クレームは無い。
天候は曇り、微妙な感じの空模様が続く。天気予報では一雨来るだろうとの事であるが、朝の内はむしろ晴れ間がのぞくほどだ。風向きが追い風の為、このペースでは漕いでいないのかと思うほど楽だ。暑くないし、真夏にしては上々のコンディションと言えるだろう。
後の二人はご機嫌麗しく、旅の興奮の為か饒舌だ。マリアにしてみれば、遠く未知の領域を旅するプレッシャーが相当あったはずだが、順調な滑り出しで気が楽になったのだろう。ゴンザにしても「ぜんぜん」「へっちゃらですぞ」を連発をする所を見ていると、それなりに長距離に対するストレスがあったようで、ああ見えて可愛らしいものなのだ。この平穏がいつまでも続いて欲しいと願うツヨシなのだった。
滋賀県内の路は取り立てて珍しい物は無い「あれが五個荘、近江商人の発祥の地ですぞ」とか「このトンネルが佐和山城址ですぞ」とか案内しても、ほぼ無反応なのだ。後ろの二人は、それよりもガールズトークの様な世間話しに夢中なのだった。
一行は、かしましく、スルスルと距離を伸ばし、関ヶ原までやって来た。岐阜県に入った。今日の道程の予定は岐阜県を横断し馬籠峠を越えて長野県の入り口であるの妻籠までとなっている。
関が原にて
ここ関が原は、もう1/4程は来ただろうか、あまりに順調すぎて写真も撮っていない事に気づき、桃配山徳川家康の本陣の地で記念撮影を試みるが、二人とも身が入らない様子だ。多分、気が急くのだろう。もう少し滋賀県から離れないと旅情が湧かないとと言った所なのだろうか。
コンビニで休憩をした折も、「こんなもんか」的な楽勝ムードが漂っている。
まあ、今の所“思っていたより楽”ではあるが、ロングライドは後半、距離が増すにつれ、加速がついて辛くなるものなのだから油断はできない。しかも今日のルートは後半アップダウンが増す。さてさて…「今に見てろ、吠え面をかくなよ」とツヨシは思った。
100km地点は長良川
がしかし、旅は順調だ。あっけなく長良川を渡って100キロポイントを突破してしまった。長良川を渡ってしまうと自力走行でのその日のうちの帰還が難しくなるので当然の様に先へ進む。折からの曇り空の為“灼熱の濃尾平野体験”は空振りに終わってしまって、ホッとしたような、残念なような、複雑なツヨシなのだった。
でも、さすがにこのスローペースで100キロを走るとお尻に来る。少しばかり焦れて来ていた。ジリジリと各務ヶ原の辺りまで来て、踏みたい衝動と自制心とでちょっと疲れを感じて来た頃、曇り空が真っ黒になったと思うと低くなって空が割れた。
ポツポツ、ポツポツと大粒の雨が降り出して来た。あわや!という所でずぶ濡れになる寸前に辛うじてスキヤの入口の軒先に滑り込んだ。「直ぐに止みそうにないな」「もうじき昼や」お昼前つい今しがたコンビニで休憩をした所だが観念して昼食をとる事にした。今にして思えば店内で机に向かって食事をしたのは最初で最後なのだった。其々が食べ終わる頃、雨は止んでいたが道は濡れている。先は長いし時間もおしていた。「行かなしゃーない」今日の試練がようやく始まった気がした。この先、雨は、降ったり止んだりを繰り返しながら結局はずぶ濡れになり、這う這うの体で宿に転がり込む事になるのだ。が、この時一行は未だ減らず口を叩く余裕を見せていたのだった。しかし、ツヨシは先の険しさを知っているだけに少し憂鬱な気分なり、それを二人には悟られぬよう平静を装っていた。ツヨシ、ヒトが悪いぜ、…ったく。
雨上がり
出発の朝は曇りだったけど、昼には雨になってしまった…。
「行かな しゃーない」
通り雨は止んだ。意を決するまでもなくツヨシに促されて先を急ぐ一行。
木曽川を渡る
「夜明け前(島崎藤村)」に出てくるあの葉っぱな。ホンマなら頭に載せるのやけど。
時計は午後1時、お尻を濡らしながら、美濃加茂までやって来た。約200キロの行程の2/3程を走った事になる。ここで初めて木曽川を渡る。今日、予定しているルートを俯瞰して見ると、なんとなく木曽川と並行して進むのだが、少し離れていて、今日は、この先木曽川の姿を見る事は無い。川を渡る時、3人で記念撮影をした。先程から空の色は暗く、天気は完全に曇りから雨模様になり、気が滅入る状況なのだが、真夏ゆえか今の所寒くは無い。マリアなどは元気過ぎていささかハイな程なのであった。そして、折に触れ、いろいろとボケては突っ込みの要求をして来る。その都度ツヨシは、ご機嫌を損ねてはならないと、ゴンザを促しては、そのことごとくにリアクションをするように努めなければならないのだった。
これを傍目には“楽しそう”と言うのだろう。ここまでの区間、ほぼ平坦で運動負荷も強くなかったから、とっても“楽しかった”のである。
ただ、この先の残りは、そうはいかないかも知れない。これまでとは違い、じわじわとアップダウンが現れる。ペースは今にも増して遅くなってしまう事が予想されるから気が重い。さらに1時間程、時折強く降られながらずぶ濡れで走り、美佐野と言う所まで来た。
旧中仙道に進路を取る
ここで一旦国道筋を外れて田舎道を山に分け入る。この道は、中仙道の街道のイメージと違って鄙びている。山と言っても小高い丘の様な地形だが、車の通りは殆ど無くなる。人家はパラパラとあるが人気は無い。割と分岐の多い迷いやすい感じの路なのだが、以前人に訊いた通り「悩んだら登れ」を実践し、エッチラオッチラと登る、幸運な事に登り出すと一旦雨が止んだ。
この旅の登りの始まり
体重の割にはよく登るゴンザ
10キロかそれ以上、、15キロ程か、割とヒィーヒィー言いながら登って来た。汗と雨で身も心もグシヨグショだ。登り切ると大湫と言う旧街道の宿場に着く。旧宿場と言っても、もう町とは呼べない雰囲気で、人家がパラパラと点在するのみだ。
登ると疲れます
大湫の宿
通りすがりの婆様とコミュニケーションを試みてみた。曰く「本当の中仙道はさらに山の中を通り恵那に出るが、歩きでないとその自転車では無理だ(意訳)」「若いって良いな、羨ましい(口語訳)」「グッドラック(英訳)」の様な意味の事を言い放って後も見ずに去って行った。「そうか…。」ツヨシは中仙道の道筋を勘違いしていたのだった。でも、自転車で行けないのなら仕方がない。大湫から釜戸に向けあっけなくストンと降りた。この坂は割と急な坂で10%前後あるだろう、美佐野から上って来た分を一気に下る。「勿体ない…。」雨のせいでブレーキパッドが減ってホイールがドロドロになってしまった。3人ともアルミリムのホイールだから問題なかったが、カーボンだったら発熱でトラブッたかもしれないと感じた。坂を降り切ると国道19号線に出て北東を目指す事になる。木曾路だ。この先しばらく中央道と並走する区間の道路は走りにくい。道幅が狭く、路肩には砂利が浮き、道路がかまぼこ型で、蓋の無い側溝があり、大型車両が多く、アップダウンがある、しかも雨降りで視界不良。これ以上は無い悪条件が揃っているのだった。路肩にへばり付いて走っているから振り向いて冗談を言う余裕もない。「死にたくなかったら黙ってろ」なのだった。この辺り、他に道が無いから仕方がない。約10キロ程、無口になって走った。恵那の町に差し掛かり、ようやく地面が開けた所で、吸い込まれるように市街の方にもぐりこんだ。通常、超長距離を走る場合は、ロスを嫌って基本的に市街地を避けるものだが、国道のプレッシャーに耐えきれず折れてしまったのだ。案の定クネクネとわかりにくいし信号も多い。そこへ追い打ちを掛ける様に雨脚が強くなった。たまらずコンビニの軒先に避難した。
土砂降り
「土砂降りやなぁ…」「これ、、止むかー?」「今日のゴールってどの辺なん?」「あの山の向こうやわ、、」「…。」「…。」「今何時?」「午後4時半」「あと何キロ?」「30キロ程違うかなぁ」「藤村記念館間に合わへんかったなぁ…。」「…。」「…。」
止まんでこれは
またしても「行かな しゃーない」なのだった。
「めんどくさい…。」意を決してもう一度国道筋に出る事にした。雨脚は弱くなると見せかけては強くなると言う波状攻撃だ。救いは、道路が片道2車線になり道幅が広がったおかげで自動車が離れて追い越してくれるようになった事だ。ただし、スピードが速いので巻き上げる水煙の攻撃が容赦ない。郊外のバイパスは、結構なアップダウンで疲れた脚に堪える。
怖いわー
だらだらとした丘の登りで、マリアのアシもいよいよダメっぽく蛇行寸前だ。思わず歩道に避難した。歩道は安全かと思いきや、階段があり降りる事を強要される。階段は雨で滑る。階段を降りると今度はトンネルで対岸に渡らなければならない。対岸に渡ると階段を上って地表に出る。地表に出ると、さらに歩道橋の階段が待っていた。階段を上ると歩道橋を対岸に渡り、、とキリが無い。歩道橋を渡り階段を降りて振り返ると、100m程進んでいた。「もう、やってられない」なのである。マリアなどは、さぞかし疲れ果てているだろうなと思い顔を覗くと…ヘラヘラと笑っている。
余裕ある
「うーん、、底知れぬ奴め…」ゴンザにいたっては、「全然、、、まだ疲れは30%。で、どうなん?」と、のたまう始末だ。甘かった「心配して損した…。」
ひょっとして、この二人は楽しんでいるのかも知れない。
「もう意向を聞くのはやめにしよう」
ずぶ濡れ 化粧は全部流れてもた
馬籠は左手の山の上にある
遠かった馬籠の山が近付いて来た。
午前中の曇りが雨になってしまい、その後さらに土砂降りになってしまった、、。
国道19号線を、土砂降りに降られながらもヘラヘラと、そしてネチネチ進んだ結果、ついには、現国道と旧中仙道との分かれ道まで来た。落合と言う交差点がある。国道はこのまま直進して再び木曽川と並走しながら木曽路の谷間へと深く進んで行く。旧街道もいずれは、この道路と合流するのだが、この区間、中仙道は、なぜか馬籠峠と言う結構急峻な峠を越えて行く。木曽川伝いの道が、その昔、島崎藤村が“夜明け前”での書く所の“岨づたいに行く崖の道”で通行困難だったのが理由と想像しているが定かでは無い。川沿いは今では、立派な国道が通っている。今回、我々一行は、妻籠宿の外れに宿を取っているので、マリアの体力を考えると、このまま木曽路を行って山の反対側から回り込むことも可能だが、もともと馬籠宿が目標だったからには、記念館が閉まってしまったからと言って迂回する事は選択肢に無い。とにかく馬籠宿へは「行かなければならない」のだった。ここから馬籠峠は、450mの標高差をおよそ9kmで登り、そして下る。峠の南側斜面の途中2/3ほどの所には“馬籠宿”そして、北側斜面を降りた所に“妻籠宿”が位置している。三人は国道筋から逸れて、峠への道を登り出した。
最後の力を振り絞るイメージ

藤村記念館へは昔にいったことがあるので執着はなかった。というより全身びしょ濡れでどこにも寄ってる場合じゃないって感じだった。
先程に比べると雨は幾分小降りになってきている。辺りには夕方の気配が濃厚に漂いだしていた。すれ違う車両がヘッドライトを点灯しだしていた。遠く先の山に、先程まで並走していた高速道路が吸い込まれて行くのが見える。中央高速道路は、木曽路を行かず、恵那山トンネルで山を潜って一旦飯田へ出てから諏訪方面へと北上して行くのだ。3人は、本日最後となる登板をした。ここまで来たらもう焦ったりはしない。既に早朝から200km近く走り、そして雨に濡れ、本来ならばヘロヘロになっている状況だが、一向に口数が減らない。相変わらず“しょうもない”事を言い合い、「ひゃひゃひゃ」と下品に笑う。ツアー初日の旅の興奮は続いていたが、心身共にタフである事も間違いない。6kmほど行くと道路と宿場のとおりがクロスする場所に着いたので、記念撮影をした。
馬籠宿、藤村記念館は閉館してしまった。
まだまだ余力を残す
島崎藤村記念館訪問は断念をした。3人の顔には悲壮感は無かった。ここでマリアはこの旅の目的を達成した事になる。本日の宿営地はさらに山を越えた妻籠宿に決めてある。今なら折り返して、中津川から電車に乗って帰ると言う選択もあるが、とにかく宿には行く決断をしたようだ。峠まで、残り2.5kmほどの比較的急な坂を、マリアは「ヒィーヒィー」、ゴンザは「ヘラヘラ」、ツヨシは務めて冷静に登り、馬籠峠のトップにたどり着いた。
馬籠峠

コンディションは最悪の一日だった
馬籠峠(標高801m)をはさんで南側が馬籠宿、北側が妻籠宿と言う位置関係になる。馬籠峠は岐阜県と長野県の県境である。木曽路は妻籠宿から先が長野県なのだ。馬籠宿が山の南斜面の稜線に位置し見晴らしが良いのとは対照的に妻籠宿は川沿いの谷あいの宿場街で、もう雨は上がったが、少し冷える。この辺りでは、真夏でも夜になると20℃近くまで気温が下がる。峠で岐阜県を出て長野県に入った。長野県側の下り坂も勾配はキツイ。すっかり暗くなって、雨で濡れた道路のスリップに気を使いながら、クネクネ道を下るとアッと言う間に300mほど標高を下げる。
本日のお宿、庚申塚 宿場らしい雰囲気のいいお宿です。
本日の宿“庚申塚(こうしんづか)”に到着した。
早朝5時過ぎに滋賀、石山寺を出て、妻籠宿到着は19時を少しまわった所、「14時間しゃべってたんか、、」走行時間だけなら10時間45分となっている。走行距離は、ツヨシが221kmだから、マリアはそこから-15kmを引いて206kmと言う事になる。獲得標高は、1735mとまあまあハード。しかし、この様な長時間、長距離、土砂降りの逆境に耐え、その間沈黙をする事なく、終始、ご機嫌、饒舌を維持し続けた事は、「驚愕に値するチームワークだな、、」と思った。長い長い1日が終わろうとしていた。“野獣ゴンザ”はともかくとして、マリアはよくやったと思う。当初は、フラットなビワイチでさえヘロヘロになる彼女が、山岳を含むロングライドを出来るのだろうかと全員が不安視していたが、とうとう勢いでここまで来てしまった形だ。きっとオシャベリがガス抜きになったのだろう。
土砂降りには閉口したけど、この2人と一緒ならなんとかなるという安心感が 自分をポジティブシンキングにさせた。

宿での事
“庚申塚(こおしんづか)”は、ツヨシの東京ライドの定宿と言って良い。所在地は正確には“妻籠”ではなく“大妻籠”と言い、所謂妻籠宿の旅籠街とは違って在所の南の外れにに位置する。岐阜県側から峠を越えて来ると一番最初の民家が“庚申塚(こおしんづか)”だ。文字通り“庚申塚(こおしんづか)”の横にある。通り沿いのその建物は随分と年季が入っていて、The旅籠の趣がある。
時代感あり
玄関は木戸に障子で、一歩入ると土間になっていて、上がり框、そして囲炉裏と続き、襖をあけると即、畳敷きの居間兼寝室と繋がっている。まさに昔ながらの旅籠のつくりだと思わせる。自転車は土間に入れたが施錠の必要は無いと感じた。実際、表の通りには人通りどころか自動車すら通らない辺鄙な所だ。コンビニなどは望むべくも無い。
お疲れ様
和室
這う這うの体で宿にたどり着いた一行は、先ず急ぎ旅装を解き風呂に入った。風呂は普通の家族風呂に毛の生えた程度の風呂だ。3人で一緒に入るのは物理的にも倫理的にも無理があるだろう。一番はマリア、次いでツヨシとゴンザが入った。風呂では洗濯をしなければならない。今日一日の汗をすすぐ程度の洗濯だ。これを部屋に干し翌朝着用するのだが、靴下が乾きにくいので毎度閉口するのだった。
風呂から上がって3人はようやく一息をついた。見回すと囲炉裏の部屋の木材は煙で燻されてピカピカに輝き、もしも、食事を希望していたなら“山菜”に“川魚の塩焼き”などを食していたに違いないと想像した。ただし、今回のオーダーは“素泊まり、おひとり様4000円”である。いつ時に到着するか分からなかったので、旅籠での食事の予約は見送っていた。しかし、なにも食べない訳には行かないので、「“米”くらいはお出しします」の言質は取っておいた。果たして、出された食事はお櫃に入った“白飯”だった。それに味噌汁の大鍋、皿盛りのトマト、キュウリ、塩。質素と言える、しかし、ありがたかった。素泊まりにも関わらず食事が出たのである。まあ、外へ買いに行くと言っても半径5kmにはコンビニは無いし、買出しは勘弁願いたかった。飢えていた。ガツガツ食べた。美味しかった。食事をしながら今後の予定を話し合ったが、マリアも取りあえず先を同道する事に決まった。マリアとしては、当初の目的は達成できたのであとは気の向くままに行って、嫌気が差したらおさらばするつもりなのだろうか。
マリアが持参した部屋割り表
我々一行にあてがわれた部屋は8畳間と6畳間の続きの座敷だった。部屋に鍵は無い。宿の意向では、男子部屋、女子部屋と言う事だったのかも知れないが、襖を開け放ち一間として使用した。3人は、もはや気兼ねなど必要無い関係だと言えるだろう、いまさら“スッピン”とか“性別”と言う概念は無いのだった。しかし、それでもイビキ、歯ぎしり等、個人的性癖の理由で、「離れて寝よう」と言う事になり、奥の端にゴンザ、中央にマリア、手前の端にツヨシが陣取って消灯した。建物の後ろを小川の流れる谷間の宿は、夜になると真夏でも冷えるので布団をかぶって寝た。疲れていたのだろう、消灯して即、寝入った。夜中、ツヨシは暴れて襖を蹴った音で目を覚ましたが、あとの二人は静かなものだった。翌朝聞くと、さすがにマリアは即寝して爆睡で、気がつけば朝、ツヨシはマリアに同じ、ゴンザは“蚊”が居て寝られなかったと“か弱い事”を言った。「ゴンザのヤツ見かけによらず繊細な一面を見せよった、、」なのだった。ツアーにおいては、いかなる状況でも、“食事”と“睡眠”はとらなければならないと言う鉄則を守れないと弱ってしまうが、大丈夫だろうか、、。「いや、コイツなら3日くらいは寝んでも、どーも無いに違いない」と黙殺した。マリアはこの通り気丈なものだが、背伸びしていてモードがネガティブになると一気に壊れてしまうのに違いだろう、そんな気がした。 あーはーはー

つづく



ちょっと昔の 何もかもが輝いて見えた頃のオモローな話。

当事者だけが腹をかかえて笑ってしまう ただの記録。(3部構成) 

Written by  チームびわこぐま リーダー石津毅


2013年、夏の或る日
夏が来た、唐突に。

2013年、7月に入ったばかりだというのに、もう梅雨が明けてしまったのである。
「早い、早すぎる。」そして、いきなりの猛暑なのである。
新聞の紙面には連日“猛暑”とか“39℃!”とか“熱中症”などと言う呪わしい文字が躍っている。
7月上旬でこの“暑さ”と言うのは「観測史上初めて…」なのだそうだ。
「まずい、アイツが怖気づいてしまうではないか…。」ツヨシは焦った。

これは、件のライドに巻き込まれて行く人々の、葛藤する心のヒダを綴った物語なのだ。

・ツヨシの事情
痩せてた絶好調のツヨシ
詳細は省略するが、ツヨシは彼の人生で2度、自転車で東京へ行ったことがある。

1度目は、2011年の夏。“前人未到の彼方を行く”と言う偉業に挑戦する心持ちで。
2度目は、2012年の夏。“1度目で感じた未消化感を埋めて完成したい”と言う気持ちに駆られて。
それで、、2013年の夏、今回が3度目となる。

「どうする、どうする?」
予想外の早い夏の訪れで、ツヨシは、大いに焦ったのである。
心と体の準備が両方とも完全には出来てないのだった。準備と言うより覚悟と言ってもいいだろう。
意外な事かも知れないが、ツヨシは、自転車で東京へ行くと言う行為について、わりと背伸びしている部分があるのだった。決して涼しい顔で往復して来る訳ではない。

世間の人はツヨシを誤解しているのである。

ツヨシを知る人の間では「ツヨシ自転車バカ説」などと諸説、まことしやかに囁かれているようだが、正確ではない。現にツヨシは、寒くなると全く自転車に乗らず、食べたいだけ食べ、怠惰の限りを尽くした挙句、色の白いブヨブヨの醜い中年男に戻ってしまうのだった。真のアスリートなら、戻る辛さも知っているだろから、こんなリスクは冒さないだろうし、性分がそうはさせない事だろう。その点、ツヨシは全くの凡人なのである。

ツヨシは常々「自転車で東京へ行く」と言う事が、毎夏のイベントととして固定化してしまいそうな事に懸念を抱いているのだった。毎年、夏に向け全てのコンディションを整えて行くと言う行為が、至極普通のオッサンのツヨシには結構な負担になっているからだった。

それでも、シーズンともなればツヨシは走り出す。「シンドイ、もう歳やー」と言いながら朝練でタイムを削ったり、ふらりとビワイチしたりして孤独を満喫するのだった。
でも、孤高なのかといえばそうでもない。

ツヨシは「チームびわこぐま」という「ねっとりとした人間関係」のチームを主宰したりもしている。そして、その上での毎度の単独行なのである。

ツヨシは、自転車という遊びを、たとえたれかと一緒に走っても、自転車の上では孤独なものだと思っている。それぞれの抱えている事情は違うから、集団の中でも脚が無くなったりすると孤独の闇を覗くことになるからだ。とにかく自分でなんとかするしかない、全ては自助努力でしか解決できないのが自転車なのだと思っている。その辺りがツヨシの性分に合っているのかもしれない。だから、自転車を乗る事にメンバーとかの条件をクダクダ言う輩は好かないのだった。黙って独りで出かけて行くタイプを愛しているのである。「自主自立、一身独立」が是なのだ。

話が逸れた。
とにかく太ったツヨシは、痩せないとイケない。体力を付けないとイケない。
ところが、今年の春は寒かった。意気地なしのツヨシは、なかなか早朝に練習出来ずにいた。
一応、堅気であるツヨシは、練習をするなら早朝しかないのだった。
そして、3月も半ばを過ぎて、ようやく焦って走り出した矢先に落車してしまったのだ。
左鎖骨複雑骨折、全治3か月。しかも抜釘は1年先とは…
「トホホ…。」だった。
ツヨシの人生において、5回目の骨折で初めて体にメスを入れた。
ケガを言い訳にしたくはないが、出遅れたことは事実。朝練もサボりがちで結果もイマイチ伸びてこない。同時期の去年並みのタイムには程遠いのであった。
脂肪の腹巻がうらめしい毎日が続いた。
しかも、3か月目の検診では骨が半分しか繋がってない事が判明する始末だった。
治りが遅い。「ああ、ひつじ年のツヨシ…オッサン…」なのである。
でも、そうは言っていられない。週末ごとにロングライドをこなして、何とか肌の色だけは去年並みの黒さにすることに成功したのだった。

そうこうするうちに、2013年の夏、7月をむかえた。

この時点でのツヨシの状態は、
体重=重い
体力=普通
色=黒い
ボディーの条件はマアマアと言えるだろう。
しかし、3回目の東京行きの積極的な理由にはならない。
メンタルな部分が欠けている。いわゆるネタが欲しい所だ。
3回目ともなれば、もはやチャレンジの要素は薄い。
「東京まで何しに行くねん?」
世間をあっと言わせたいツヨシは、思案に暮れるのだった。




・マリアの事情
マリア
ある、暑い日曜の昼下がり、ツヨシが店に現れた。
マリアは、とある寺院の門前で和菓子の店を開いているのだった。
日曜ではあるが、さすがにこの時間帯の暑さの中、客足は遠のきがちになっている。
「たまには、ちょっと相手でもしてやるかな…。」
ツヨシのいつものよそよそしさとは、わずかに違う気配を察したのだ。
珍しくマリアは、店先で所在なさ気に立っているツヨシにコップの水を持って行ってやった。
マリアの店では自転車やランでやって来たアスリートの客に水をサービスしているのであるが、度々やって来るこの男は、毎回ろくに注文もせず手間を取らせるので、来ても普段は放置気味にしていたのだった。
おもむろにツヨシが切りだした。あいかわらずぶっきらぼうだ。

「なぁ、あれ、行くで。どうする?」

「ついに来たか!」という感じだった。マリアは、少なからず胸の高鳴りを覚えた。
ツヨシが毎夏に自転車で東京へ足を運んでいる事情は承知していた。去年は出発の朝、皆で見送りもしたのだった。イイ大人が1週間近くすべての事を放り出して遊びに行く様を見て、呆れもしたし、羨ましくも思ったものだ。
なにしろルートが良い。「中仙道」だとか「木曽路」だとか「馬籠宿」などと言うではないか。マリアの店は馬籠に縁の著名人の名を冠しているので、その地方には一度は尋ねてみたいと思い、憧れていた。ツヨシの口から発せられるそれらの情景を旅する自分の姿を想像しては、よくウットリとしたりしたものだ。そして、機会があれば、旅行記の読者ではなく主役として旅情を味わってみたいとも思っていたのだった。
ツヨシも事あるごとに「次は一緒に来たら」などと冗談めかして言うものだから知らず知らずのうちにその気になってしまっている自分がいた。

そうこうするうちにツヨシの落車である。経過が思わしくないようで、練習できないせいか、もう夏になろうかという時期に来ても、体形などはブヨブヨしておよそ自転車乗りのそれとは程遠いものだった。それでもツヨシは週末アチコチに出かけて行っては、ビデオ撮影なんぞにうつつをぬかし、自転車に真剣に乗っている風では無い様に感じていた。他人の気持ちを散々煽っておきながら、いったいどうするのだろうかと思いヤキモキしていた所なのだった。

そこへ来て、今日のツヨシは妙に吹っ切れた様子で「行くから来い」と言う。
半ば諦めかけていた所だったから、完全に虚をつかれた形だ。
「2人が気まずいのなら、たれかほかの伴走を頼め」とも言った。
べつに気まずくはないが、この男と一対一の勝負をしたら打ちのめされるのは必至だと思うし、あえなく沈没させられた例も数知れない。
思わず「たれか他に伴走がいるのなら考える…」と言ってしまったのだ。
それと、やはり店の事も気になるが、その点は「私に日程を合わす」らしい…。
もう、完全に断る機を逸してしまったようだ。ツヨシのやり方らしいとも言える。
まんまとツヨシの罠に掛かってしまったのだろうか、と思うと悔しいが、もう今となってはどうでもよい事になってしまった。やはりマリアは、「行きたかった」のであるから。ただ、ツヨシから聞くその路は果てしなく遠く険しく感じられるのが悩ましい。
ツヨシなどは「あんたなら大丈夫」などとサラッと言ってのけるが、この男の言う事はやはり信用ならない気がするのだ。この暑さの中、炎天下を1日当り200km以上走って東京まで行って帰ってくるなど正気の沙汰ではないような気がする。実際ツヨシなどは「少なからず熱中症の状態にはなる」と公言しているほどだ。熱中症になっても休んでやり過ごせば良いという理屈なのだ。熱中症の予防では無く対症療法など冗談ではない、「ご一緒するのは最初だけ」と全行程は丁重にお断りした。

さあ、たいへんだ。マリアは、「行くと」返事をしてしまった…。
しかし、腹が決まれば女は強いのだった。
「次の休みは独りでビワイチして暑さに耐える練習でもしようか…」などとマゾヒスティックな思いを巡らせてはニヤニヤとし、客に怪訝な顔で見られたりするのである。
まさに、愛すべき「黙って独りで出かけて行くタイプ(しかもマゾ)」なのであった。




・タケシの事情(タケシ=通称ゴンザ、以後ゴンザと呼ぶ)
タケシ=通称ゴンザ
ゴンザはツヨシと同い年のはずだった。いい歳だが独身である。何か問題がある男なのかもしれなかったが、ツヨシにとってはどうでも良い事だった。
電話が鳴った、ツヨシからである。
ゴンザは電話に出た。
この男はいい歳をして「もりもりー」などとふざけた電話の出方をする。それで大抵の相手は引いてしまって、あとはゴンザのペースで事が運ぶだろう。
ところが今日の相手は一味違った。「もりもりー、ゴンザー?」と言うではないか、「オレの専売特許を無断で使っちゃダメでしょー」意表を突かれてたじろいでしまった。
先制口撃を受け、毒を抜かれたゴンザは「はい、なんでしょう?」と殊勝に返答してしまったのである。まともに向き合ってしまえばツヨシのペースだ。おだてられ、すかされ、恫喝され、マリアの伴走の件でその後のオプションを含めガッチリからめ捕られてしまった形になってしまった。その時期の予定にぽっかりと大穴があいていることをゲロって、「一緒に行く」とツヨシに言質をとられてしまったのである。
そう、マリアの伴走者とはこの男なのである。
一般的にオッサンは女に弱い。ゴンザがどれくらい女に弱いかは分からないが、マリアに「伴走して?」と頼まれ承知したから、その程度に弱いのだろう。
それでもゴンザは、途中までついて行って適当にお茶を濁して義理を果たしたら、放り出して帰って来るつもりをしているようだった。
しかし、そうは問屋が卸さない。分業なのである。マリアがついて来ることを承知させ、ツヨシがガッチリ予定に組み込んでしまうと言う構図なのだ。まるで美人局のようだと思ったに違いない。
ゴンザにしてみれば米原辺りでサヨウナラするつもりが、ツヨシは、いきなり長野県のどの辺まで来るのかと聞いてくる。そして、諏訪まで来れるのなら東西どっちに抜けても大して変わらないと言う理屈を振りかざす。「輪行はしないつもりだ」と断ると、「それじゃ、全行程一緒に走るしかないじゃん」と来た。もう無茶苦茶な屁理屈なのであった。ゴンザにして見れば、「輪行しないから適当に折り返して帰ります。」と言いたかったに違いない。
「でも、予定空いてるんでしょ?」
ツヨシは、まったく恐ろしいヤツなのだった。
ゴンザは「詳しくは、今度会った時に相談させてー」と断末魔の様な悲鳴を残し這う這うの体で辛うじて電話を切った。
電話を切ったゴンザ、ツヨシの「それじゃ、全行程一緒に走るしかないじゃん」と言う一言が楔のように胸に突き刺さって疼くのを否定はできないのだった。
ツヨシの見立てでは、ゴンザはわりと常識の人なのだと思っている。普段のややこしい言動はそのフツーさを他人に悟られまいとするカモフラージュなのではないかと疑っているのだ。大入道の様な外見とは裏腹に中の人は繊細なゴンザだとすれば、一度見てみたい。今回ツヨシが打ち込んだ楔がどんな風に作用するか経過を見守りたいと思う。
そしてこの男も愛すべき「黙って独りで出かけて行くタイプ(しかも大マゾ)」なのであった。


これで役者は出揃った。ツヨシ(サド)、マリア(マゾ)、ゴンザ(大マゾ)の3人組である。
我ながら、よくぞこの様な奇跡のキャストが組めたなと感心しているところだ。
そして、役者はそれぞれに抱えている事情がある事もわかった。
これから、この3人によってどの様な物語が展開されるかはものすごく楽しみなのである。

果たして、
ツヨシは、ライドを作品に昇華し完成する事が出来るのだろうか!
マリアは、約束の地にたどりつく事が出来るのだろうか!
ゴンザは、、、、。



・ツヨシの漁
漁中のツヨシ、獲られるマリア

ツヨシは、3度目の東京ライドの「ネタ」を探していた。
前回、前々回は「Tour de Japan」などと仰々しく銘打って、「東京まで行って来たぞー」と言う事を強調していたし「エッヘン!どうだ、すごいだろう」という気持ちも少なからずあった。行った場所の写真を見返して満足もできていた。
しかし、その後の自転車ライフで数々の変態ライダー達に出会い、「遠くに行く事自体はスゴイと思ってくれない」事を、ツヨシは悟った。
現に、完走する事が当たり前になってしまった今では、往って帰るその行為自体はルーチンワークとさえ思えてしまうのだ。チャレンジの要素が薄くなってしまった3回目ともなれば、その度合いも「推して知るべし」なのである。
ようするに、刺激が無くて中弛みなライドが予想されるのだ。
それに変化を付けようと、時間短縮なんかをやりだすと自分も変態暗黒面に堕ちてしまいそうだから、それは避けたい所なのだっだ。
強行軍の、その場面場面での苦しさなんて、もう忘れてしまって久しい。
実際、灼熱のバイパスを体液をタレ流しながら延々走った事など、辛すぎてハキとした記憶すらないのだから。当然、他人にはその体験の生々しさは伝わりにくい。本人があまり覚えていないくらいなのだから伝わらないのも仕方ないだろう。
ツヨシは、後日、行った先々の風景写真を周囲に見せびらかすのだが、イマイチな反応しか得られずもどかしい思いをしたりもした。
それでも、ある程度経験の有る方面からはマニアックな理解を得られたりもするのだが、大体は想像すら困難な様子で「たいへん」「スゴそう」のヒトくくりで終始するのだった。「旅は道連れ世は情け」と言うが、あの辛さと、克服した達成感を皆と共有できたら楽しいだろうなと思うツヨシであった。
そこで、ツヨシは一計を案じ策を巡らしたのである。

名付けて“summer_tour_2013(with_ツヨシ)”計画。ラベルを張り替えたのだった。
これはこのライドが東京へ行く事を目的にしているのでは無く、ツヨシと一緒に走ろうと言う事に主眼を置いている事を表わしているのであった。
全くのトリックではあるが“Tour de Japan”より“サマーツアー”の方が仰々しくなくて、ツヨシは気に入っている。しかも、どこに行っても良いのだし。

問題は、企画をぶちまけたからと言って人が集まるほどツヨシには人望が無い。社会人が何もかも捨てて来られても困るが、冠ツヨシと聞いて尻込みする層は多いのだ。
ツヨシは、ならば、一本釣りをするまでだと思い極めた。
ツヨシはキャストの捕獲に着手した。
普段ツヨシは、ヒトを勧誘する場合は2回までと決めている。
何度も断られると心のダメージが大きいし1度目は真剣には誘わない。それとなく軽くお知らせ程度にとどめておく。そして2度目に勝負するのだ。だから、優柔不断なタイプはツヨシとは縁遠いはずなのだった。即断即決がツヨシとのお付き合いの秘訣なのだから、気風が良くないといけないのだった。
また、話が逸れたので戻す。
漁師になったツヨシ、先ずはエサを獲る事にした。
“エサ”は女と相場が決まっている。
「気風の良い女ねぇ……」「やっぱり、アイツかな。」
この辺りは既定路線と言うか、想像通りの展開なのだが。問題は、ライドの負荷が高い事である。“この連日の猛暑日”“ツヨシとの相性”“等々不安要素が山積状態なのだから。「普通は引いちゃうよね…。」なのだ。
そこでツヨシ「押さない引かない作戦」を展開した。
情報は潤沢に垂れ流し、旅のイメージを醸成するよう仕向けるが、決して誘う訳でもなく、ただただ、プロパガンダに徹して相手の出方を見守るのである。その間ネガな事は言わないように努め、旅の情景を繰り返し繰り返し送り届けるようにした。
そして、夥しい量の情報を浴びせかけ、相手の中に抗しきれない欲求の芽が出るのを見て、おもむろに誘いを切り出したのだった。
そして、獲物が釣れた。いや、串刺しにして狩ったと言えるかもしれない。
しかし、獲物の眼の光はまだ消えてはいない。獲物がバレないよう慎重に手繰り寄せて行くツヨシなのだった。
獲物とは、言わずと知れたマリアである。
果たして獲物はこのままツヨシに獲られてしまうのだろうか、、。


・マリア(マリア)の葛藤
わりとヤル気のマリア
「はぁー」
マリアは深いため息をついた。
えらく“シンドイ”のである。
今朝マリアは、早くに家を出て、びわ湖を回り込んで西岸を南下していた。
もう150kmは走っただろうか遠かった観覧車がだいぶ近づいてきた辺りだ。
マリアは、ふと思い立ち、単身ビワイチに挑戦している途中であった。
「こんなハズではなかった。」
正直の所、甘く見ていたかもしれない。
近頃、マリアの店には変態的な自転車乗りが多くやって来る。
そして、「朝からびわ湖一周して来たよー」とか「いま東京からの帰りでーす」などと言う。その様はまるで先生にお手柄を褒めてもらおうとする子供の様なのだっだ。その行為自体は、苦行だったハズなのだが、マリアの手前、格好をつけて、努めてアッケラカンとして言うものだから、マリアとしてはイマイチその苦行の実感が伴わず、言葉が独り歩きして、いつの間にか感覚がズレていたのだろう。いつしか「自転車は1日200kmが普通なんやな…」などと勝手に思い極めていたようだ。
マリアも、体力には少なからず自信があった。
運動には日常的に取り組んでいるし、自転車で100kmを越える距離を走った事は何度もある。そして、その事を自身のブログで発表して賞賛の言葉を浴びるにつれ、自信は拡大していくのだった。マリアも、自分に送られる賞賛に「女性としては」とか「歳の割には」と言った注釈が省略されている事は承知をしているのだが「ちょっといい気分」だった事は否めない。その心の隙をツヨシにうまく突かれててしまった形だ。
「ああ…。」
引き受けてしまって後には引けない自身の気の強さも恨めしいのだった。
しかし、マリアは分別のあるオトナだ。守るべきモノもあるし、ツヨシの罠にかかり、むざむざ倒されてしまうわけにはいかないのだった。
「何が何でも生きて帰る必要がある」のである。手段は選ばないつもりだが…。
先ずは自身の体力測定から…。セオリーである。己を知らずに戦う事は出来ない。
そこでビワイチに挑戦なのであるが、思いがけずしんどくて出鼻を挫かれてしまった形になった。150kmと200kmでは「全然違った」のである。ツヨシなどに言わせると「似たようなもの」らしいが、マリアにとっては未知にあたる領域だったのだ。暑さのせいもあるだろうが、背伸びしてペース配分を誤った事は自分が良く知っている。周囲をあっと言わせてやろうと言う野心も無くはなかったのである。
マリアは、プチ挫折した。でも、辛うじて完走は果たしたし、失敗の原因も把握は出来ている。少なからず自信はついた。しかも今回は等身大の自信だ。
「やれる」ただ、まだその心の内はツヨシには言わないでおこうと思うのであった。
マリアは、プチ挫折した事をカードにツヨシに揺さぶりを掛ける事にした。
「わたし、電車で行って合流でもいいかな?」現場で合流、現場で解散。
これでは、まったく意味の無い事は分かっている。意地悪だったし、いつも強気のツヨシを少し慌てさせてやろうと思ったのかもしれない。
「ツヨシのヤツなんて言うだろうな、ククク。」
あてが外れた。ツヨシは「ふーん、じゃあそうしたら?」と、意に介さないばかりか、逆に「こんど、一緒に長距離の練習する?」などと言い、意地悪など完全に見透かされてしまったかのようだった。デリカシーの無いヤツめ、少しくらい同情をしたら良さそうなものであるが、コイツはこういうオトコなのだと諦めた。ゴンザなど、野蛮な他のオトコがずいぶんと紳士に感じられるのがオカシク思うマリアなのだった。
マリアは、ツヨシが最近動画にハマっている事を知っていた。ツヨシは、誰彼となく連れ立って出かけては、その様子の一部始終を撮影しては公開するのである。その画はまるでプロフィールビデオのようで見飽きない。被写体は、ツヨシに翻弄され苦悶しているはずなのだが、ヤケに楽しげに見えるのが不思議だった。今回は、ツヨシが自分たちを被写体として狙っている事は承知している。おそらくライドの目玉としてネタにしたいのだろう。「あの場面、わたしならこう演技する…。」
マリアは、自分の中の女優魂に火が付いてしまっている事など、ツヨシは百も承知だろうと思い、あらためて覚悟を決めざるを得ない状況を再認識するのだった。
ああ、泥沼にはまっってしまった マリア。
果たしてゴンザは、マリアの救世主となり得るのだろうかー。



・あぁ、ゴンザよ、、お前はなんちゅう××な…。
得体の知れない男、ゴンザ
「はぁー」
ツヨシも深いため息をついた。
「マジか、1500オバーやぞ…。」
今回のツヨシライドの全行程の距離の事だ。
一般的に滋賀から東京まで往復すると1000kmは下らない距離がある。
確かに、東京ライドも3回目ともなるとマンネリ化してしまうと書いた。
が、しかし、べつに距離の長い短いの問題ではないのだよゴンザ…。
ある日ツヨシは、例の件を絡め捕りにかかろうとゴンザに電話した。
ツ「もりもりー、、ゴンザ?」
ゴ「はーい、もりもりっ!なんすかー?」
ツ「ゴンザ、アレどうすんねん、ホンマに来るんやろなー。」
ゴ「さぁーどうしましょかねー。行きたい所あるんすよねー。」
ツ「どこや、途中で寄ったるから、来るやろな、、。」
ゴ「会津若松に親戚あるんす!!」
ツ「くっ、会津…。」
ゴ「あー、ヤッパリ無理っすよねー。」
ツ「あのな、会津若松ってどこにあんのか知ってんな、、。」
ゴ「ふくしまっす。」
ツ「ゴンザぁーーー、福島は東北やぞぉーーー。と・う・ほ・く。
東京から何キロあるか知ってんのかぁー!」
ゴ「いえ、まぁちかいっしょ!」
ツ「東京に行く途中でチョット寄り道したるって言うてんねんで。
わかってるか、400キロちかいんやぞ。
高崎からでも軽く250キロ以上あるんや、必死に走って往復2日の距離やろ。」
ゴ「ブルぺっすよ、ぶるぺ」
ツ「それを言うならブルベやろ、なんか理屈が違うぞ…。」
ゴンザのヤツ、どうも掴み所が無い。ツヨシはてっきりゴンザが距離に難色を示しているものだとタカをくくっていたが、違った…。
「なにが寄り道や、一気に距離が1.5倍になるで、、マジか、1500オバーやぞ…。」
なのであった。
「ゴンザ、、わかった…。 ツヨシに二言は無い。」
「ただし、、敵前逃亡は死罪やからな…。」
ゴンザと言うオトコ、万事がこの調子である。
だからと言って付き合いにくいのか言えば、そうでも無いと言うのが、近頃のゴンザについてのツヨシの評価だ。
実を言うとツヨシは、ゴンザの個人的な事をあまりよく知らない。
知り合って1年と少しだろうか、今まで実際会って話をする機会は、ほとんど無かったし、本名すらタケシとしか分からない。携帯の番号は知っているが住所は知らない。
知り合いに毛の生えた程度の付き合いなのだった。SNSを始めてからこういう付き合いは多い。ツヨシの性分に合っているのかもしれない。
にもかかわらず、ツヨシの嗅覚はゴンザの人畜無害なニオイを嗅ぎ取っている。
ツヨシはゴンザについて「制御にコツは要るが、お世話は不要」とみているのだ。
コッチが世話になる事はあっても、アッチからもたれてくることは無いと踏んでいる。
極端な話、お互いが、東北の果てで遺棄し合ったとしても恨む事はないだろう。
ツヨシはゴンザの事を「風よけ」
ゴンザはツヨシの事を「道案内」
程度にしか思っていないのだった。
しかし、ツヨシにとっては、自転車の旅の道連れとしてこれ程気楽な相手も珍しい。
道順さえインプットすれば牽いて行ってくれるのである。あとは、どうやってゴンザのやる気を引き出すか、なのだ。
ゴンザ、体力は人一倍あるのだが、他人と競ったりはしないタイプのなのだった。
でも、自分の中では常に「勝った」と言う自負をため込んでいるフシが見え隠れするのをツヨシは見逃さない。
ツヨシによると、ゴンザを制御するコツは「自尊心を使う」なのであった。
しかし、心身共にハードな今回のライド。どこまでこの作戦が通用するかは未知数なのだ。ツヨシの手腕が問われるのである。


「“女優”のマリア。そしてツヨシ、“他人”のゴンザの3人の御一行、、って。
これって、まるで…。」
「三蔵法師と孫悟空・猪八戒やんか、、あれ、沙悟浄はだれ?」なのであった。
差し詰め、灼熱の濃尾平野辺りが火焔山と言った所なのだろうか…。
登場人物は「マリア」「ゴンザ」「ツヨシ」の3人であることが確定した。3人は、それぞれ、アーダコーダと言いながらも覚悟を決め、朝練などして準備に勤しんでいるようなので、今の所殊勝であると言いたい。
そして、さらに踏み込んで、新しく割り振られた役柄を、読者の熱い期待に沿う形で演じ切るべく努力してもらいたいのである。



・登場人物および配役。

この旅は孫悟空の物語みたく進行する事になった。
配役は以下に記す。

徳永 真理亜(マリア) as 「三蔵法師」役
生れながらの女優、キレのある演技には定評があり、熱狂的なファンを率いる。
本作のヒロインではあるが旅の途中で離脱する予定。

本名不詳(ゴンザ) as 「猪八戒」役
いわゆる脇役で演技はへたくそ。ただ、その存在感で起用が決まったようなもの。
スペシャルなボケをカマシテくれるものと期待されている。

石津 毅(ツヨシ) as 「孫悟空」役
本作の原作・脚本・監督にして主演。製作までもしようとしているチャレンジャー。



キャスト
以上だ。
さてさて、、
日程及び行程計画の予定である。
紆余曲折があり、さし当っての目標は、中仙道を行き馬籠。そして、諏訪を抜けて高崎に至る。その後東北を目指し、福島で折り返し東京日本橋、そして東海道を通って滋賀まで帰ってくると言う大規模なツアーになった。
「うーマヂかいな、、。」である。
と言ってもマリアが全行程を行けるとは思わないし、いずれ何処かの段階で分かれる事になるのだろう。今分かっている事は、マリアは少なくとも馬籠宿までは行くと言う事だ。

チームになった3人、ややこしい構成ではあるが…。


つづく。











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「スキー場」としてのイメージしかなかった志賀高原に 6月の梅雨入り前に 自転車を持って行ってまいりました。学生時代に何度か訪れた人気のゲレンデがたくさんあるスキー場エリア。雪のないシーズンに来るのは昨年に続いて2度目です。 昨年は家族でバス旅行。 長野から群馬県の草津温泉までの国道292号、目にも鮮やかな新緑の道を車窓から楽しむ のみでしたが「いつか こんなところを自転車で走ってみたいなぁ〜。坂キライやけど。」と「いつか」を夢見ておりましたが早々に実現。

 

今回は両親と行く 親孝行 尚且つスネカジリ旅行でした。ウチの両親は 高校・大学と同じ学舎で過ごした同級生結婚のふたりなのであります。そして志賀高原は両親の思い出の場所でありまして、その若かりし頃にやりとりをしていたラブレターを実家で偶然発見して読んでしまったときには ワタクシも赤面いたしましたヨ。そのラブレターにも綴られている地名が今回の旅行の舞台でした。


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京都駅から名古屋まで新幹線で。そこから(特急しなの)で長野駅まで。長野電鉄に乗換え 始点から終点まで乗って湯田中駅 下車。 なかなかに寂れた駅ですよ。駅前も然り。


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湯田中駅からすぐの 温泉旅館『美湯の宿』で 両親の山あるき友達(彼もまた高校・大学の同級生)と合流して 少し休憩。彼らの学生時代の話をしこたま聞いて休憩終了。

さぁ、これからサイクリング。輪行バックから取り出した自転車に車輪をはめます。

両親とその友人はホテルからお借りした車で 私にクラクションを鳴らすと さっさと抜いていきました。

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湯田中から 20km 1100mUPで 目的地の 『ほたる温泉 志賀高原パレスホテル』まで 走ります。こちらは前出の『美湯の宿』と姉妹店。

 

遠くに 信州の山々。 やはり遠景がこちらとは違いますね。 道もキレイで走りやすいです。

 

一定の勾配でヤスミなしで登っていきます。踏み踏みヒルクライムはダメだ。といつも注意されるので 軽いギアでクルクル回すのが今回のテーマです。とにかく クルクル。

クルクル。登るにつれ だんだんと気温が下がっていくのを感じます。ナビゲーションのできるサイクルコンピューターは持っていないので 地名の看板を頼りに あと何キロやろ〜? と とにかくクルクルの努力をしました。

 

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2時間ちょっとで 目的地に。ホテルの目の前には夏山のリフトが動いています。両親たちはそれに乗って山へトレッキングに行ったようです。夕飯まで時間があったので私もさらに上まで走ることにしました。すでに標高2000メートル地点ですのでかなり肌寒いです。風もあります。 国道292を陽坂というところまでいくと 残雪が道の脇に残っています。 薄着だったので かいた汗もすぐに冷えて 寒くて寒くて我慢できずに引き返します。下りで手足が冷えきってしまいました。

 

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宿へ着くと自転車ごとエントランスにいれさせてもらって お風呂へダッシュ。夏場はスキーの乾燥室が空いているので 合宿なんかで利用する際には そこを自転車置場として使わせていただけるようです。(交渉しておきました。)


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 泉質は単純温泉と表記されています。グリーンシーズンの平日。ほぼ貸切状態。随分と熱めのお湯につかって かじかんだ指や 重い自転車をかついで凝った肩がほぐれていくのが気持ちよかったです。 なかなかによいお湯のお風呂です。


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両親たちと夕食の席で合流。志賀高原クラフトビールのPORTERで乾杯。

山の上なのに お刺身が大盛り 山菜や岩魚の天ぷらなど 地のものもありましたが。量的にはたっぷりすぎるくらいです。 合宿などで大人数の場合は食事はブッフェ形式になるようですよ。


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お部屋は スキー宿らしい雰囲気。ベッド付きの和室でした。畳はやっぱりいいわぁ。和めます。

 


二日目の朝。

父は岩魚釣りに早朝から出かけて行きました。でも残念ながら収穫ゼロ。

母と私は朝風呂。 そして二度寝。 ふわぁ〜〜 しあわしぇ。

 

朝食もたっぷり用意されています。完食がモットーの私ですが ほどほどにしておいて この日の予定『横手山山頂へ自転車で行く』の準備にかかります。薄手のウインドブレーカーを二枚重ね、指つきのグローブをはめてスタートです。

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昨日行った陽坂から先の 国道292 志賀高原〜草津ルートは 冬季(11月中旬~4月下旬)は積雪のため通行止めになる区間です。65日のこの日も寒いです。トレッキングをする両親たちとは横手山山頂の『クランペットカフェ』で落ち合ってランチすることになっています。

 

横手山のドライブインはスルーして お約束の国道最高地点まで行って写真だけ撮ります。本当はその先の白根山のコバルトブルーの湯釜を観てみたかったのですが、噴火警戒レベルが高まっていて 周辺は立入禁止。実に残念。

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渋峠を戻り 渋峠スキー場のコース管理の道を自転車であがります。(※注1)「関係者以外立入禁止」とぶら下がっていましたが、散歩中のお兄さんに訊いてみたら。「行けますよ 大丈夫ですよ。」とのこと。怪我とかは自己責任で。ってことで。 散歩中のお兄さんは 大分から陸上部の高地トレーニングに来ている学校のコーチでした。 女の子が大勢この山の中をかなりの速さで走っていました。本物のアスリートってスゴイ。 


(※注1)
渋峠スキー場〜横手山山頂への道は 横手山山頂ヒュッテの私道にあたるそうです。
したがいまして 通行不可ではありませんが 事前に連絡をしたほうがよいようです。
『ほたる温泉 志賀高原パレスホテル』経由でも連絡をいれることができるようです。

 

自転車を 押して歩いて 時々乗って。

15分弱で頂上が見えてきました。 ここには日本最高地点でパンを焼いている横手山ヒュッテがあります。シチューの入ったマグカップにパン生地を被せて焼き上げて きのこに見立てた「きのこセット」が有名です。ここにはお客さんがウヨウヨ。みんな温かいものを食べてます。ぶどうパン400円+税を買って、待ち合わせ場所のリフト乗り場2Fのクランペットカフェへ。

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ここは 2013.12.182014.5.18 5ヶ月間だけ スターバックスコーヒーが 期間限定でショップを出していた場所を有効活用したカフェ。クランペットは英国で親しまれている 鉄板の上で焼く 外がカリカリ中がモチモチの白くて丸いパン。塩味にも ジャムや蜂蜜の甘さにもどっちに振ってもマッチするイギリスパン。

 

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CRUMPET CAFE SHIGAKOGEN
http://shigakogen-crumpetcafe.com/


ストーブを囲んだ木のテーブルで美味しくいただきます。

こんなんダイスキ。価格もお手頃。「おぶせ牛乳」を使ったカフェラテはたっぷりでホントに美味しかった。コーヒー豆は東京のObscra のもの。もちろん景色も最高。昔ながらの望遠鏡もあります。 さらに自転車で麓 (長野〜湯田中または草津温泉や万座・嬬恋・軽井沢)から ここまで登ってきたひとには うれしい特典をお約束いただきましたよ。 Early bird price という早朝向けの割引を同様に適用してもらえるよう 店長の「つん」さんにお願いしておきました。雪山で日焼してる大男ですが 話すと気さくなかわいい良い青年です。 勇気を出して「マリアって奴から教えてもらったんだけど自転車登頂割引ってあるのかい?」って訊いてみてください。「自転車で参りました」をなるべくアピってくださいね。色んなジャンルの人に志賀高原の良さを知って楽しんでもらいたい!という思いで頑張っておられます。スキー最盛期には 全国から注目を浴びた志賀高原一帯。その後の衰退ぶりはすこし悲しくなるくらい。 両親達〜私の年代の皆の青春の輝きみたいな思い出の場所にはいつまでも光っていてほしいと願います。 ぜひ皆さん じゃんじゃん押しかけちゃってください。(#地域再生)


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両親たちはリフトを何本か乗り継いで宿のすぐ近くまで降りるようです。私はもと来た道を下るのみです。ゲレンデの管理道はグラベルです。下りコワイです。乗ったり降りたりしながら国道へ出ました。


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ここには 除雪した雪の塊が残っていました。

お約束の落書きです。 「マー参上」そんなことしてると 雨が降り始めました。
リフト下山は待ち合わせ時間があって けっこうな時間がかかるようで 自転車の私のほうが先に宿へ戻りました。

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雨に遭って 冷えに冷えたので またお風呂で ほわぁ〜。

コンパクトなお宿で ささっと スッと 入れる温泉って なんかいい。

 

 

昼からは 地獄谷野猿公苑にお猿さんを見に行こうということになりました。けっこうな距離を歩かないとおサルさんの居るところまで辿りつけません。軽い観光とはいかないですね。ほどよい トレッキングでした。

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この写真からwebで火がつき 海外からの観光客を呼び寄せている 温泉につかるサルです。Snow Monky と呼ばれ 人気を博しています。この日もほとんどが外国人観光客でニホンザルの生態を綴った看板は全て 英語×日本語表記でした。(#地域再生)
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生まれてすぐの子ザルも居て 子供同士でじゃれあっているのは見ていて飽きませんね。

親子で居るのはすべて 血の繋がった母ザルと子ザル。ニホンザルには父子という関係がないのだそうです。。。なんだかなぁー。人間の世も一部そんなハナシをよく耳にしますが。。。

実際、それはそれで いいとも思えてくるんですよねー。


ネットで火がつく人気者のキーワードは「kawaii」のようですね。これだけを目的に海外からの観光客が来るんですから。その牽引力はスゴイ。うちの地元にもなんかkawaiiものいませんかねぇ? 南京玉スダレする和菓子屋のおばちゃんじゃダメですか? なんならどじょう掬い踊りも練習しますけど。


タマスダレ&どぜう


あぁ、すいませーん。kawaiiとはほど遠かったですね。

 

 

最終日は小布施に寄って帰ります。

小布施は子供のころから何回か連れられていった町。民芸風のおちついた観光地というイメージを持っていましたが、今も変わらず、奇をてらったものや騒々しいものはほとんど無く、文化的気品のある町であると再認識。小布施の地とヒトに脈々と受け継がれた「落ち着いた土壌」みたいなものを感じました。うまくいえませんが。(#地域再生) 

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ランチは栗菓子の小布施堂 がやっている 蔵部(くらぶ)というお店へ。小布施堂は小布施の町をこのようにならしめた重要な企業です。そもそも小布施堂の先祖は江戸時代に遡って市村家という豪農豪商の家。酒造で冨を築き飢饉のときには自分の蔵を開放して民を救ったことから幕府から苗字帯刀を認められたのが高井姓。高井鴻山はその十一代目当主。インテリで国学・蘭学・絵画を学んだらしく、小布施で葛飾北斎にアトリエを提供するなどパトロン役を買って出てその弟子となり日本画を嗜んだことから、北斎と深い結び付きのあるまちとなり得たのでした。


なので 小布施のまちづくりは実にシンプル。『栗と北斎と花のまち』がテーマです。

「花のまち」というのは後からつけた感があるものの 実際に町をあるいてみると路地にセンス良く植えられている季節の花々が可憐に風にゆれています。個人や料理屋の庭などすこし整ったお庭は自由に立ち入り見学できるようになっていました。小布施出身の日本画家、NHKでもおなじみの中島千波の美術館もあり主に花を描いた作品が展示されていました。


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まちづくりのテーマを決める要素というのはここかしこにあるわけで それをどのように盛り上げていくか その出来次第で 土地の未来は変わっていくんですよね。(#地域再生)

 

そう考えると昔からの地形、立地条件、交通の往来、影響をうけた文化、土着の風習、農産、工業、商業 そんなものを ひもときながら 奇をてらわない「あぁ そういえば そうだよね。 ここって そういう場所だよね。」という小さな驚きを感じさせる程度のものが しっくりくるのだろうと思います。


 

自分の店のあるこの石山寺。 その立地条件は歴史を遡ると特色が現れます。今でこそ目の前を県道422が整備され 自転車でも止まるのがもったいないくらいのきれいな道。

しかしここは平安の昔は瀬田川の流れに沿って切り立った崖のみち。京の都からの石山詣への行程はひとつふたつ山を越え 逢坂を下って大津の港へ出、そこから舟にのって この石山まで。門前すぐにある桟橋で下船して東大門をくぐり参道へ進む。水際からの参拝。なかなかないロケーション。そんなプチトリップが平安の女人たちにはウケたようです。清少納言もお気に入りお寺のベスト3に石山寺を挙げています。それゆえ、紫式部も人気の石山寺に参籠して 源氏物語の冒頭を思いついたといわれているわけです。

 

なんかね。この情景が石山寺にはいちばん大切な気がしています。地形、歴史、シチュエーション。残念ながら水上交通は 観光船「一番丸」が季節運行しているのみです。京阪電鉄石坂線が 水面すれすれに石山寺まで走っていたなら すこし そんな感覚は感じ取れたかもしれません。でも石坂線の終点は石山寺から750メートル北にある「石山寺駅」。
せめて、歩いて石山寺までの参道を楽しんでください。という思いで整備したのが『むらさきのみち』です。その750メートルの中央部分のほんの一帯ですが 季節おりおりの草花を植えて庭として整備してあります。ガラス製のやさしい言葉のメッセージボードも並んでいますので 草花を愛でながらゆっくりお散歩していただきたい場所です。(# 地域再生)

 

 

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<Rapha Women's Prestige (RWP) 八ヶ岳2014 キューシート編>

私が「匙を投げよった。」キューシートは その日 監督のところへ自転車部品の最終調整をしにいくモモちゃんが監督と作ってくれることになったようだった。 こういう伝聞的な言い方をしている時点で 意識がRWPに向いてなかったと批判されるならば それまで。 申し訳ない。 物理的 体力的に無理だった。


時間を遡ると 私の落ち度がいっぱい出てくる。 私がRWPサイドから提示されたテクニカルガイドを監督と共有したつもりになっていたこと。一週間前の時点でGPS機器で走行ログを取らないといけないことを伝えていなかった。 そこで大慌てでモモちゃん所有のGARMINでログをとることが決まり、1回の充電でフィニッシュまでログをとれるかを12時間かけて実験した。 モモちゃんのGARMINはログ取得専用にしておいて ナビ用のGPS機器は持たずに キューシートを作って走る戦略であることは 明文化されないまま スレッド上を流れて消えていった。 反省するべきはこの時点だったと思う。 ここでチームとして 2台目のナビ用GPS機器を必要としていないことをはっきり発表すべきだった。


はっきりとした 走行ナビゲーション方法の指示がでないまま、4人が同時に顔を合わすこともないままに 時間は過ぎた。
その間に ナオミは 急遽 友人AからGARMINを借りたようだ。 友人に勧められたのか 本人が所望したのか定かではないが、友人Aは それを茶丈藤村に預け、ナオミに当日渡してくれという。 きっとナオミは 「GARMINナシで走りきれるわけない うちらヤバイんちゃうん?!」 と案じ 安心材料として入手しようとしたんだと思う。 私は「こんなん使った事ないのに つかえるんかいな?」 といいつつ、突然の頼まれものを預かった。


キューシートが出来上がったのは 出発日9/6未明。
連絡用スレッドに モモちゃんが 「キューシートできた〜」 と写真と一緒に書き込んだ。

きゅ〜し〜と

昼から真夜中までかかって作られたキューシート。編集製作活動@比叡平フエンテ
ルートラボで引かれたコースを google map とストリートビューで確認。
ラミネートフィルム加工して雨対策も万全。モモちゃんと監督が昼から夜中までかかって仕上げてくれた。





私はすぐさま スレッドに この作業に対して 感謝と賛辞を送った。
そして そのスレッドで このキューシートで走る決断を述べたつもり。 
でも結局 伝えきれなかったことが悔やまれる。

以下、 引用(一部表現をかみくだいてあります)


モモ 「キューシートできた〜」
ナオミ 「すご〜い!」
マリア 「素晴らしいー!モモちゃん  監督  たすかります!
    ほんまに ようやってくれはりました。」

モモ  「今のいま、先のルートラボは線引きが荒かったから引き直しましたって書いてある。

    ひょっとして キューシートやり直さなアカンの!? コースは基本的に変わってないらしいけど。
ナオミ  「ナビがーみん君(:ナビ用GARMIN)は、明日にデータ入れてもらおう。

モモ    「コースが変わったかと思って、かなりびっくりした。ラファ恐るべし。
     最新のルートをおすすめしますって いうてきはった。」

ナオミ 「変更になったコースデータは八ヶ岳で入れてもらえるんやし、明日に入れてもらおうよ。
    キレイな線のほうが バッテリーが長持ちするならその方がいいやん♪

モモ 「キューシート、、、
マリア 「基本 慣れてないデバイスに頼りきるつもりはありません。
ナオミ 「キューシートはそのままで大丈夫なんじゃないの?
モモ 「作ったキューシートのコースでかわりないやんな!
ナオミ 「ルートをキレイに引き直しましたってだけやろ」
マリア 「基本は やはり 地図 と 自分の位置関係をたしかめながら
    キューシートで 距離と方向を確認します。

モモ 「よかった〜〜
マリア 「デバイスに頼りきらない姿勢が大切です。
モモ 「私はてっきりコースが変わったんかと思って
ナオミ 「まぁ、両方で行ったらなんとかなるさぁ〜٩(ˊωˋ*)
モモ 「安心した」
マリア 「キューシート ほんまに大変やったと思うわ。
     けど、地図アタマにはいっていくやんか。
     ええ仕事してくれるわホンマ。 サンキュー!

モモ 「Prestige!

マリア 「いえーす。 バンザイ!
ナオミ 「キューシート見ながらって、オリエンテーリングみたいやな♪
マリア 「せや! それこそ プレステージや!」
ナオミ 「冒険やな♪
マリア 「せや!」

ナオミ 「冒険、ワクワクするよな(((o(*゚▽゚*)o))」



全員が同時に スマホで書き込むものだから会話がちぐはぐになってしまっているし、モモちゃんは もしコースが変更になってたら仕上げたキューシートが無駄になるので 焦りまくっている様子。 そこへ ナオミはキューシートを賞賛しつつ 借りたGARMINを「ナビがーみん君」と呼ぶ。 私は ここでナオミが GARMINを使う気満々なことを知る。 私が「GARMINのナビは使わずに走ります」 と そこで厳しくはっきり言えばよかったのだろうか?  Prestigeの意味をわかってもらいたかったし、言うべきことは語調をかえて丁寧に発言した。  会話の最後7行では ナオミもわかってくれたんじゃないかな。と解釈し、 スマホの電源をオフした。



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全29枚 見落としそうな分岐はストリートビューの写真も追加。




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女子には 読図は性差的に難しい。(参考::「話を聞かない男、地図が読めない女」)

それを乗り越えて なんとか手作りキューシートで走りたい と 思ってた。




<Rapha Women's Prestige 八ヶ岳2014 準備編>

■パーツ

フレーム製作と平行して 各パーツのアセンブリも同時に行わないと 9/7のスタートに間に合わない。

フレームカラーは臙脂色。そしてクロームメッキのラグ。 それに合うものを用意しなければ。

取り付け可能な手持ちのパーツは いただきものの上等なアルミハンドルバーと CRANK BROTHERS のペダル egg beater 。 手持ちのcinelliのアヘッドステムとシマノのスプロケカセットくらい。 フォークとミニVブレーキ・カンチブレーキ・ワイヤーは仲良しの自転車屋さんで新品をお願いして 自分で選んで買えそうなものはネットで購入。 チェーンリング/クランクはSUGINOで。 リアディレーラー・STIハンドルは中古品。
白かったステムはフレームと同じ色に塗装してこんな具合に。 かなり気に入っている。

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バブル世代だけど もはやブランド至上主義では まったくない。 
年齢のせいか年輪のせいか、 作り手の顔のみえるものとか 一品モノとかを好むようになってきている。

しかし、今回 Rapha という アパレルブランドのイベントに出るための自転車をつくっているわけで、その主催者の意向に添えるように なるべく "オサレ" にしてみたらどうかということで ホイールを Campanogloのscirocco なるものをセレクト。 オサレなのかどうかわからないけど 見た目は恰好いい。 シクロレースにも出られそうだし。 

■ コスチューム

そして 私達 チームの女子3人の衣裳も 色目を揃えようと決め、びわこぐまジャージにあわせるのは黒いバイクパンツ。 ヘルメットも黒で ってことで 黒をもっていない私とナオミは 白と黄色のヘルメットに 黒いマスキングテープを貼り付けて黒く変身させた。
シューズも黒、グローブも黒で。 とハナシは盛り上がったが、3者とも各々忙しい身。買いにでかけたりする時間も もうなくなっていたし、既に出費もかさんでいるので もう コレ以上お金かける? どうよ? な感じにもなってきていた。 

そうそう。 

そもそも この時点で ナオミ以外は Rapha の顧客ではなかったし、ちょっと敷居も高い感じがしていて 今まで購入に至らなかった Rapha のバイクウェア。 友人にはユーザーがたくさんいて、「パンツのパッドはかなりいい。」と聞かされていたので 一般品の3倍ほどの値段のそれをネットで購入。 すぐに英国から4-5日送られてきた。履き心地は良好。 サドルとの相性もいい。 但し 太ももにソフトだけども かなりの段差をつけて食い込んでくれる。 ま、近頃 これも年輪か年齢のせい?か、そんなこともあんまり気にならなくなってきたけどね。 でも その着心地の良さに満足したので 調子に乗って レインJKとロングパンツのセットアップも追加購入。 なかなかの散財。 
早朝スタートでかなり気温も低いであろうこと、標高2,120mの麦草峠のピークからかなりの距離を下ること、 山間なので雨や霧の可能性が高いこと 等の情報は早くからささやかれていたので このJKがあればきっと大丈夫だろう。

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■ 携行品・補給食

 走行における準備物としてCO2ボンベを 各自2本ずつ持ち、チューブも各自2本 チームにひとつ CO2ボンベジョイント チューブ&タイヤ修理キット そして 補給食を各自好きなモノを好きなだけもっていくことにした。
きっと時間に余裕がなくて 食べながら走ることになるだろうから 私はダウンチューブのボトルケージに ナルゲンボトル1リットル用を取り付けた。 シートチューブには水750mlのボトル。 そして当日、ナルゲンに kissチョコ・ヘーゼルナッツのビスコッティ・6Pチーズ・前日に道の駅で買った種なし巨峰・プチトマトをぎゅうぎゅう詰めにしていくことになる。 まぁ、生ゴミにみえたかもしれないけど 私はいつも 食事に raw food を取り入れることを基本にしている。


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      (麦草峠までに随分 モグモグしたので コース前半ですでに残り少ない食品たち。
     峠のチェックポイントで配られたバナナを追加。 ちょっと安心。)


■ 準備における 重要な部分は 「コース把握」 だと思う。 

そこが心配で仕方なかった。 初めての土地。 初めての道。
ただでさえ「地図のよめないオンナ」に輪をかけて空間認識力と記憶能力が著しく老化している私。

主催者から示された テクニカルガイドによると イベント一週間前に ルートマップが公開され 前日の前夜祭に現地でキューシートが渡される とのことだった。 だけど、ルートが公開になったのは9/3の夜。 出走の直前3日前のこと。 

その晩、Facebook では色んな話が飛び交った。 何度かRaphaのイベントを走っている関東の参加チームのメンバーは ルートラボのルート再生機能で コースを5周 目で追ったと言っていた。 


監督とは オリジナルでキューシートをつくろう と前から話をしていた。


当然 他チームは皆 GARMIN にナビゲーションさせるつもりだろうけど、それじゃ なんだか面白くないと思った。 "Women's Prestige (威信)" の意味を真摯に受け止めたかったのだ。 フレームを自分たちで自作し、それで ただ走るだけではなく、 今までヒトのお尻にばっかりついて走ってきたけど このPrestigeでは 自分たちで道を見つけて走りたい。 自分たちだけで 降りかかるトラブルも解決したい。 女子だけど ここまで出来るんだ っていうことを体現したかったのだ。 




実際 ネットでしらべても どんなキューシートが有効なのかよくわからなかったし、Google map で分岐点の地図を拡大して切り取って 矢印、累計距離 区間距離 を書き加えて エクセルで整理する  などといった作業は 自分には無理なんじゃないかと思っていた。
睡魔にぐるんぐるんと頭を揺られながら ルートラボで10周は航空写真と地図を拡大したり縮小したりしながら目で追ってみた。 けれど残念ながら 何も頭にはいってこない。 

とりあえず何かに書き出そうと思って レポート用紙に覚書を記入してみたが、気がついたらデスクに俯っして寝てしまっていた。

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Facebookのスレッドで 監督から 「マリアー やってんのかー?」 とメッセージは入っていたが 返事出来ず。
それには 「コイツは匙を投げよった。」 との判断が下った。 監督は「俺がやる」と言った。 肩の荷が降りたと フッと楽になったのを覚えている。
そして 9/6.7の土日に店を留守にしても許されるだけの仕込みと準備に頭を切り替えさせてもらった。
折しも 仲秋の名月の頃。月の名所 ここ石山寺ではちょうど「秋月祭」という催事があり、夜間営業もする。そんな日に2日間 店を空けるのは やはり顰蹙をかうのだ。 それでも 行かせてもらえた事、スタッフには深く感謝している。


ちなみに もう一つのチーム "びわこぐまアマゾーヌ" のキャプテン “エイミー” は何度も八ヶ岳周辺をツーリングしているうえに 筋金入りの山岳女子なので 読図能力も高い。 しかも群を抜いて脚力がある。 アマゾーヌの3人がルートに関して何の憂いもなく走ることは保証されていた。 だったら同じ びわこぐま なんだから牽いてもらえばいいじゃないかという話だが なにぶん 脚力が違いすぎる。 実際、9/7 2チーム同時にスタートラインを切って彼女達の姿が私達の視界から消えるには5分とかからなかった。









ピカピカのクロームメッキ仕上げのフレーム。
早速マスキングテープで塗装しないところを隠していく。

【動画:2014年08月28日 マスキングマリア 3m20s 】 

今回も 塗装はほぼ先生にお任せ。 前回 ちょっと残念なカンジが否めなかった"塗装"。 今回 先生は意地をみせたね。
著しくスキルアップ。 「 ぴかっと つるっと しゃきーんと 」 そんな感じに仕上がっていた!

その、充分に美観を満たすフレームに あえて "アレをやろう" と先生と私は 前回プロジェクトからあたためてきた想いを ぶつけることにした。

今の私と同じ歳で他界した Jackson Pollock に敬意を表して彼独特のアクションペインティングを真似て フレームに not under control な 何らかの模様を描こうというのだ。

それをやることの意義は 
「画竜点睛を欠く」 の向こう側。 
この想いは なかなか ひとに 伝え難い。


使うペイント色は Rapha Women's Prestige 八ヶ岳 を一緒に走る チームメンバーのモモコとナオミのテーマカラーのピンクと黄色。

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作品名は " 雪月花ーsetsugekkaー "

メンバーのテーマカラー 私トクナガ:白(雪) ナオミ:黄色(月) モモコ:ピンク(花)


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動きは派手っぽく見えるけど、先生からは 「まだ やり方が優等生。 計算高いなぁ。 もっと ありのままがええねんけどなぁ。 」とか言われながら、 「確かにその通りやなー。 自分ってそうやなぁー。そーゆートコ ちょっと嫌やわ。」 などど思った。


Jackson Pollock 的ペインティングはすぐに乾いたので その場でマスキングテープを剥がしていった。

そして こんな フレームが姿を現した!



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何度見ても美しいね このシートステー。 先生は女性の曲線をイメージしたらしい。
今回のテーマが "mujer(女性)" なので じつにしっくりとくる。 さらに決定的な "mujer" ポイントがあるのだけれど それは 実物をご覧になるヒトだけに教えて差し上げます♡


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そして 部品の組付けは Rapha Women's Prestige 八ヶ岳2014 出発のギリギリ直前になった。

中古パーツも使っているけど 新車はうれしい。 ときめくね。


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正装して記念写真。 













4種類のラグの切削造形研磨作業が済むと、パイプの長さと切断面を鉄ヤスリで微妙な長さと角度に、ひとやすり ふたやすり毎に 都度 調整 確認しながら 調える。 そしてようやく 4つのラグに4本のパイプを差し込み保定する。

前回の「自作フレームプロジェクト by チームびわこぐま」の際に使ったマイ冶具の線を少し引き直したアレンジ冶具を使いロウづけ作業へと進む。

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ロウ付けは アセチレンガスと酸素の混合ガスでロウ材に真鍮をつかって行なう。 なんとか仮付けだけはやってみたのだけれどオタオタしてると  
先生が 「ちっ」って感じで 「かしてみ」と あっさりと溶接していく。
ま、いっか。ロウ付けだけがフレームワークじゃない。 ほかのところで個性を発揮させていただくことに。

とにかく時間が足りない。 私が下手すると二度手間になる。 ゆえ、ロウ付けのほとんどは師匠にお任せした。



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ロウ付けが済んだら 熱湯風呂でフラックス( 酸化防止や
酸化物除去の役割を担う薬剤 溶接前に接合面周辺に塗布 加熱後 酸化して金属塩=白いかたまり になる) を溶かし流す。 そして はみだした真鍮を削る削る。  これがなかなか 終わりのない作業。

 















鉄は銀色 真鍮は金色

ヘッド部分内側。

前三角の研磨が済んだら お次は後三角。
シートステーとチェーンステー。 細いテーパーのパイプ2本×2セット。
この部分はまったく 師匠にお任せ。 ただ、シートクランプのラグにちょっと装飾したのでシートステーが干渉しないように とお願いしたところ なんと それはそれは美しい曲線をもった 素敵な後三角が出来上がってきた。
私用の小さいサイズであることによる ブレーキ位置の問題上 どうしてもそうする必要があったのだが それにしても美しい あたかも芸術作品ともいえるフレームが出来上がったのだ! 



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磨きあがったら 芯出しをして それからメッキ屋さんへ持っていく。



前回もそうだったけれど メッキ上がりのフレームはピカピカで嬉しすぎる。
このまま塗装なしでいいかも と まで思う。



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嬉しそうな この あしのゆび!!!





 






7月1日に 前回の 「自作フレームプロジェクト by チームびわこぐま」の後片付けをしに、比叡平の作業場で エプロンなどつけて お掃除などしていたときのこと。 

自転車ウェア アパレルのRaphaが 八ヶ岳で女子だけのチャレンジ系のアドベンチャーレースをやるらしいが、びわこぐまWOMENで 出てみないか? 出たい出たい! ほなきまり。 と即決で 参加を決めたものの どうやらコースはグラベル(未舗装路)を10%ほど含む 100km程度× 2400up らしい。

前回の自作クロモリはホイールが650c このホイールにつけるグラベル用のロードタイヤが市場で探してもなかなか無い。。。。という理由で ホイール700cのクロモリをもう一台作ってしまおう ってことまで 一気に決まってしまった。シクロクロスにも参戦できるように 車種はシクロバイクということになった。 さて、誰と出る?

当然 一緒にお掃除していたモモコに声をかける。 「面白そう〜 やるぅ〜」と 彼女も即決。 やる=クロモリをもう一台つくる だ。 あとひとり 自作でクロモリつくりたそうな女子の顔が 一名あたまに浮かんだ。

そして そこからFacebookのやりとりで 
2昼夜くらいのうちにサクサクっと びわこぐまWOMENで3人×2チームが出来上がった。

「ハンドメイドびわこぐま」チームと 「チームびわこぐまアマゾーヌ」の2チーム。アマゾーヌとはギリシャ神話に出てくる女性だけのレジスタンス部隊のこと。名にふさわしく その3名の脚力・体力は驚くほど強い。
私の属する
「ハンドメイドびわこぐま」は ハンドメイドでバイクを作ってそれで走ろう!が大命題なのでこの日から自転車づくり2クール目が始まった。時間はたったの2ヶ月しかない。


















前回同様 設計はびわこぐまの石津さんがしてくれた。フレームづくりは設計が9割。図面通りにパイプを削ってラグで固定してロウづけする という1割の部分を自作する。 ラグを好きなカタチに削るのがいちばんに自己表現できる場所。 とてもたのしい作業。 今回のテーマは "
mujer(女性)" どこがどうかは 実際にご覧になってくださいね。 大騒ぎして説明してさしあげます v('▽'o)ワハ!










店の自転車活動でご縁のありました「チーム亀太郎夏合宿」に 「チームびわこぐま」の私とモモちゃんふたり ご一緒させていただきました。

8/2-3 一泊2日の夏合宿。「チーム亀太郎」さんは ブルベを走る健脚揃いのグループで 「亀」の名のつくものはすべて「謙遜」であるということをもっと早くに気づくべきでしたね   ( ̄▽ ̄;)

先の豪雨で中央本線でスタート地点の茅野駅までアクセスできなかった私達は 長野県飯田から途中合流。秋葉街道(アキバじゃないよ あきは )メインのコース。 宿泊地はしらびそ峠 そこから浜松までのサイクリング合宿でした。

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   名古屋からのみりっぺさんと女子3人で 合流地点までがんばるー。
ブルベ仕様でぐんぐん行くみりっぺさん。
そして 必死のコギ 自作クロモリ モモ&トクナガ。

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規定時間内に走りきれそうになかったのでサポートカーに回収されてほっとしてるところです。

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眼下に雲海 しらびそ峠 1833m

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夏合宿な感じ。
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ニコチニスト 「亀太郎の旦那」 ほんとうにお世話になりました。
クロネコヤマトが道路のあるところにはドコへでも確実に荷物を届けてくれると信じてた私が甘かったです。
麓の役場留めになっていた着替え一式のはいった荷物をピックアップしに 
宴会を返上して一緒に連れていってくださったのです。
いたれりつくせり ありがとうございました。

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しらびそ荘 2日目 出発の朝 かなり涼しい

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道々 であう山野草が 南アルプスの気候を感じさせてくれました。

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花にみとれて 撮り撮りしてたら 遅れるトクナガ。
ちゃう ちゃう  (゚ Д゚ ≡゚ д゚ ) 
普通にどんどん 追い抜かれて 置いてかれるトクナガ。

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でも 昼食会場に着いたら 一気にペース盛り返して
地元名産ジンギスカンBBQを人より先に平らげる。


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天竜川沿いを くだる 下る。 ゆるくて 長い 長い下り坂。
景色を楽しむ余裕のあるサイクリングは楽しいものです。

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浜松駅 到着 自転車を輪行バッグに仕舞う。

翌日からの チームびわこぐまの Go! Go! EAST2014 
に合流するため JRで三島まで移動します。

続きは Facebook チームびわこぐまGo! Go! EAST2014 


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7/8の定休日  お友達の石釜パンcafeつむぎさんの開業2周年記念ライドへ行ってきました。
お店の場所は 滋賀県東近江市 永源寺ダムのちかくです。

店主のゆきえさんもサイクリストで、忙しい仕込みのあいまに 山奥のみちを走っておられる素敵な女性です。
昨春には彼女と一緒に伊吹山ヒルクライムレースに参加しました。

この日のコースは つむぎ から湖東三山を裏道でつなぎ 鞍掛峠まで上り折り返し。犬上ダム経由でつむぎまで戻る 75km1300upくらいだったでしょうか。 名所コースとはいえ、観光ナシでずんずん走る会。
トクナガも ビンディングシステムspeedplayでの遠出はまだ2回目。「なるべくクリートを外したくない」の思いが強く信号も車も少ないこのコースは快適でした。




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店長トクナガ、 実はこの夏 2台目の自作クロモリバイク(シクロクロス仕様)を作ることにいたしました。
女子3人でチームを組んで 悪路を含む山岳コースに挑むためです。

それゆえ、この日は 企画設計 兼 メカニック 兼 フレイムビルド リーダーの チームびわこぐまのつよぽんを伴っての参加。
私の拙いライディングポジション等を確認しながら びっちり 並走してもらいました。まだまだやなぁ。
アウ〜 背中が反ってます ('〜`;)


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フィニッシュ後は 特別に つむぎさんにて夜カフェをオープンしていただきました。
キッチンでお手伝いさせてもらい、飲みながら つまみながら 喋りながら とても楽しい時間を過ごしました。
かっこいい走りをする かわいい女性 Kちゃんともお友達になれて、またいつか彼女と一緒に走れる日がくることを楽しみにしています。




関西も梅雨入り。

6月といえばお菓子は水無月。
氷室の形をしたしろいお餅に邪気をはらう力があると信じられた赤い豆:あずき をのせたお菓子を食べる。

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  『丹波大納言の水無月』 おひとつ 160円(税込)   6月30日までの販売です。



そしてにわかに猛暑日を連続して記録したこの5月でしたね。
アスリートさんたちがたくさん寄ってくださる茶丈藤村ですから、
今年は早めに6月からかき氷を始めようとは思っていましたが
それを待たずして5月中旬から用意をはじめました。

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宇治氷 これに 金時や白玉 なんやかんやと足したり引いたり。

アスリートさん向けのさっぱり系は Mojito氷(モヒート)や 檸檬氷

あと、いちごミルク氷は昨年より美味しくなってお子様をまっています。






で、店長、前回の投稿の続き、スズカのアタック120はどうだったの?

Facebook ではすでにご存知いただいていますが、

やや小径なこの自作クロモリバイクで アタック120 制限時間まで41分残して完走いたしましたー!

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昭和的シフトレバー操作は やはり一動作おくれがちで失速しました。
周回ごとにラップタイムが落ちていきましたね。ゆるい上りでへたってしまう。
でも車高が低いせいか下りでスピードが出てもあまり恐怖感はありませんでした。

コースサイドからの声援や  ぐいぐい抜いていく たくさんのお友達からの
お声がけで目標時間内で 頑張れました (´▽`)V



そんな私 店長トクナガの自作ロードバイクも4月中頃から乗り出して
先日6/3 通算走行距離が1000kmに達しました。



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手作りのフレームでこんなことが実現するなんて チームびわこぐまに感謝です。


これから もっと いろんなところへ走りに行きたいですね。






5月18日といえば 鯖街道トレイルラン!(※但し半鯖42km)
を走るつもりが 申し込み時には既に定員オーバーで参加出来ず(;´Д`)。。。

目標物を失い、ならば 同じ日に 同じく5時間を費やす「何か」を探したところ

ありますやん! 鈴鹿サーキット8hエンデューロ。
でも ひとりでいっぱいいっぱい5時間強 RUNするつもりだったのに、 交代ありの耐久エンデューロでは何かさみしい、足りない。(昨年 雨の中、大人数で参加して楽しかったんですけどね。)

ならば。。。 ありましたやん! 個人種目の “アタック120” が!

これは鈴鹿サーキットの国際レーシングコースを5時間以内に20周して120(正確には116) 走り 順位を競うというもの。

わたし 順位なんて当然どうでもいいんです。 5時間 精一杯のことができれば何だって。

幸い、お友達チームの「チームびわこぐま」もエンデューロには出場するので 応援しあって 一緒に頑張れたらいいなと思って 参加クリック。


当然、昨年も乗ったアルミのチネリで出場するつもりでおりました。


が、幸か不幸か 自作クロモリロードバイクが出来上がったところです。

これに乗らん手はないでしょう。 ←って誰が言ったんだぁっ!!!


「チームびわこぐま」のエンデューロ組は当然のように自作クロモリで出走する話になっています。

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店長トクナガの自作クロモリロードレーサー



で、でも ひとりで120km... 走れへん距離じゃないけど 制限時間が5時間... ううぅぅ
しかも 自作クロモリのホイールサイズは 650c で小さい。 おまけにシフターはダブルレバー。
決して楽チンに走れる自転車じゃないってこと。


んんんーーーー。 完走できる気がしない。  どうする俺。 (あー ついに「俺」 使っちゃったね)


とはいえ、すでに 「マリアを完走させるプロジェクト」は始動しており ゴールデンウィーク前から“朝練”が繰り返されてる。 近江大橋=琵琶湖大橋間の湖岸道路16km区間で 風除け石津号のブランケットに入り込み av.32km/h越えを目指す。 少しずつタイムは縮まるものの 半月やそこらで なかなか目標値まではいかない。


先週にはノンストップビワイチにもトライしたけど ノンストップなんて出来るわけなく。
風が強ければ忽ち失速。 それを取り戻す脚力はない。

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                      桃ちゃんにとっては初のフルビワイチ 2014.05.09 賤ヶ岳トンネル付近
彼女のピンクの手作りクロモリバイク 作品名「桃の自転車」 


あー。


でも 自分でやっちまった 難題惹起。 

自分自身をジャッキアップ!(゚Д゚)ノ  がむばる〜。



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桃ちゃんと一緒に。チームびわこぐま自作フレーム大展覧会成就お祝い女子会にて。



 








長い展示期間中に 店長トクナガの自作フレームも ハンドル・車輪・駆動装置・制御装置を取り付け、「自転車」の形をなして今週 手元にもどってまいりました。

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シャランラ♡

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Juego de cartas

kk

my name ♡

bike600

                     身長157cm horizontal 実現

自作自転車フレイム カタチになってきた
2月中になんとかここまでできました。

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リヤエンドもロウ付け完了。
奥のは削る前の真鍮ゴテゴテ状態。
手前のは切削完了間近。
ここからまだまだピカピカに磨いてメッキ加工に出します。

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次の休みには「芯出し」しに行きます。
それからフォークを作って。

なんとか3月下旬からの作品展に間に合わせたいですね。

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あさっては桃の節句 これは菱餅の形をした蒸菓子「ひしむし」

この時期から「石山寺のさくら餅」もつくりはじめます。

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おひなさんに見立てた小ぶりのさくら餅です。

石山寺の桜が散ってしまうまでの間のみ製造販売しています。


ハンドメイド フレーム プロジェクト トクナガの前三角 進捗状況 2014.01.23

心配された ヘッドチューブ×トップチューブの接点の削りすぎ。これは反対側の削り代をスライドさせて調製を行い、なんとか あと1mmの隙間を残すところまではリカバーできた。そしてその隙間はヘッドチューブを内側に並行移動させることで解消。 固定冶具ゆえにアタマがかたくなっていたけども、可動式ならこうやって辻褄あわせることができるんですよね。 設計の寸法よりほんの僅か小さくはなりますがヘッド角は変わらないのであります。

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次なる作業はヘッドパイプのラグを成形すること。

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シートチューブのラグ成形。

BB

BBの成形は ほぼ完了

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フォーククラウンに ガラにもなくを開けてしまった以上. . .

シリーズ化することにして 的なモノを薄めようと試みました。


と いうわけで、自転車の愛称は仮称 "tarjeta maria"

「人生は出てきたカード次第」




さて、ちゃんと今月も25kmラン 行ってきました。
石山寺→岩間寺→醍醐寺→岩間寺→石山寺
西国13番12番11番を往復するお遍路ランニング
山岳をトレイル含む30kmオーバーでした♪


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2014年 1月 寒中御見舞申し上げます
はなびら
 
<花びら餅>

新年のお初釜でおつかいいただく生菓子です。


柚子雪あかり

<上用まんじゅう2種>

      左  蕎麦薯蕷 「雪あかり」   右  柚子上用(こしあん) 

 



大寒のころ    夜のうちに雪が降ったようです。

雑多なものを覆い尽くした白いふんわりしたものは景色をモノクロに。
そして 地熱で融けながらロウケツのような やわらかい線で 柄をのこしました。 

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自作フレームプロジェクト by チームびわこぐま

この冬 ロードバイクのフレームを自作することにしました。
自分サイズの小さめのバイク。 ホイールは650cで。

ほんまにできるんかいな? と思いますが 身近に 実際に手作りした人がいてその手作りロードバイクで滋賀=東京間往復走行を3年連続でやっちゃってくれてますから 「あー できるのかもー」と 話にのっちゃったわけです。

このプロジェクトは チームびわこぐまのメンバー10名ほどで進めていきます。
もちろん 皆 仕事のあるオトナですから作業にかかれる時間もまちまち。 今週末から冶具(パイプを溶接するのにくっつける素材をしかるべき位置で固定する定盤)づくりがはじまります。

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それに先立って 先週 京都の某自転車屋さんでパイプやラグ(継ぎ具)、
真鍮ろう(溶かして接着する)etcを仕入れに行きました。
 
右が師匠で 左の女性が師匠の師匠です。 
そうなんです。素敵な女性フレームビルダーさんなのです。

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そこで 少しだけ作業をしました。 旋盤を使ってフォークコラム部分のパイプの外周を整えます。
初めての工業的な作業に緊張。
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そして今やっているのは フォークのクラウン部分の加工。
いかにも手作業でしかありえへんような そんなシロモノに仕上げていきたいと思っています。

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途中経過です♡









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