最果志向 ~放浪家坂木さんの足跡~

この数十年の放浪履歴を元に思ったこと・感じたことなどを訪問者の目線で綴る『旅エッセイ』ブログ。たまに自作の音楽の紹介。

【坂木より】
2016年6月2日開設。現状一日1~2記事の更新です。皆様と『最果(さいはて)志向』と『漂泊の思い』を共有できれば幸いです。たまに昔作った音楽も公開しています。

屋久島はレンタルバイクでまわるのも良いと思う

DSC_0179

 洋上のアルプスと称される屋久島は、九州地方で最高峰の宮之浦岳を含めて大半が険しい山間部であるのだが、沿岸の外周をぐるりと周って約130km、自動車やバイクであれば一日で巡ることができる。

 屋久島はその地形の特色から雨が多い土地なのではあるが、もし雨が降っていなければバイクをレンタルして足がわりに使うのも良いと思う。レンタカーよりも安いし、信号も少なくて爽快である。

 上のバイクは、共に屋久島を一周したホンダエイプ、たしか100cc。

DSC_0178

 かつて屋久島には上屋久町と屋久町の二つの町があったが、2007年に合併して屋久島町となった。その歴史もあり、現在でも屋久島には中心的な地域が二つある。宮之浦と安房(あんぼう)と呼ばれるその地域は、元はそれぞれの町の中心で、九州本土からのフェリーや高速船も双方の港のいずれかに発着する。
 バイクのレンタルも双方の町にあると聞いたが、私はたまたま安房に投宿したので、安房の『YOU SHOP南国』さんでレンタルさせて頂いた。

 エイプだけでなく、他にも色々なバイクをレンタルされている。



 港や安房の集落からは歩いて行ける距離にある。

DSC_0142

 こちらは初日に借りた原付のジョグ。屋久島に到着した朝は少し雨が降っていたが、午後に止んだので、ちょっと原付を借りてフラリとしてみた。

 ただし原付で島を一周するのは、不可能ではないけれど、結構しんどいと思う。

DSC_0377

 こちらは小型、125ccのスクーター。一番人気だそうだ。

 確かにエイプと比べても、加速はいいし、走行は安定、セル起動、足元に荷物も置けるし、メットインもある、クラッチは無し。快適で早くて楽ちん。屋久島は高速道路もなく、平坦な直線道路も少ないので、これくらいのトルクと軽さと小回りが一番便利なのかも知れない。

 でもなぜかエイプの無骨で、ちょっと気難しくて、一生懸命に走る感触が楽しかったりもする。

【写真】2015年5月
【文章】2018年2月
にほんブログ村 旅行ブログへ

特に旅行中に小さな子供に見つめられることが多い

DSC_0405

 中国河南省の商丘の街にて。

 私はなぜか昔から、小さな子供に懐かれたり、じっと見つめられたりすることが多い。そういえば犬猫などの動物でも、そんな傾向がある気がする。ただし私は子供嫌い・動物嫌いという程ではないが、特に好きというわけでもない。

 そんなに変わった風貌や服装をしているわけでもないはずなので、不思議に思う。なにか子供や小動物にしか見えないものが見えたり、大人には感じられないものを感じたりするのだろうか。

 DSC_0406
 
 このときもブラリと徒歩で散策していて、追い抜いて行った三輪車に載せられていた子供とたまたま目があっただけだ。でも三輪車がどんどん離れていっても、ずっとこちらを見て、視線を外さない。

 この時は珍しく写真に残っているが、こういうことがよくある。原因が科学的に解明できるのかはわからない。ただ、旅の時に多いような気がするので、やっぱり楽しんでいる雰囲気や表情を、敏感に感じ取っているのかも知れない。

【写真】2014年8月
【文章】2018年2月

にほんブログ村 旅行ブログへ

中国の鶏肉の煮込み『黄焖鸡』

20171030_182900A

 中国の街の食堂などで、看板などに『黄焖鸡』と書いてあるのをよく見かけた。

 黄燜鶏? 黄色い…悶える…ではないな、火偏が付いてる…火に悶える?鶏?

 どんな料理だろうと気になっていた。とりあえずわからないままに注文して、やってきたのが写真のぐつぐつの煮込み鶏鍋みたいなものだった。こういう外観でハズレなわけがない。結果だけ先に言うと、とっても美味しかった。

 後に知ったことであるが、焖(燜)はとろ火でじっくり煮込む料理法を指しているそうだ。食材が火にかけられて悶えるのか、と妙に納得してしまった。実際の由来を調べたわけではなく、勝手な解釈である。

 黄っぽい色になるまで、コトコト煮込むので、黄焖なのだそうだ。どっちかというと茶色のようにも思えるが、そういえば日本で茶色と言っている色は、中国では茶色とはあまり言わない気がした。棕色とか褐色とか、あとは紅とか黄とかを用いていたと思う。醤油煮込みも紅焼という。逆に日本には緑茶や抹茶もあるのに、なぜ日本ではいわゆるブラウンを茶色と呼んだのか、いつ頃からか、日本にお茶が伝わった平安時代以前はなんと呼んでいたのか、疑問がたくさん出てきた。

 とりあえず話がそれたので、元に戻す。

20171030_182536A

 頼んだ時はどんな料理かは知らなかったのだが、このお店のメニューが上の写真のようになっていたので、『黄焖』が何らかの調理方法を指すのだろうと予測はできた。

 これも後に知ることであるが、黄焖鸡は中国ではポピュラーな料理で、例えば四川省のは辛いと言った具合に、地方によって味付けの特徴は大きく異なるらしい。中国各地の黄焖鸡を比較してみたいものだ。

【写真】2017年10月
【文章】2018年2月
にほんブログ村 旅行ブログへ

中華圏は『新年快楽!』 シンガポールも中華圏と言ってもいいのだろうか

P1060851

 以前にも過去記事で何度か記しているが、シンガポール国民の七割以上は中華系である。ただし私的には、シンガポールが中華圏の国かというと、ちょっと違うような気がしている。私が使っている中華圏という言葉の定義も曖昧なものではあるのだが。

 確かにシンガポールは華僑が建てた国で、現在でも政治の中枢は華僑が握っている。だがシンガポールは中国の息がかかった国家というわけではない。

 昔シンガポールで仕事をした際に、色々な人と色々な話をしたものだが、主義主張も中華思想ではなく、シンガポール人としての色が濃いように感じた。文化圏としてみても、マレーや西洋の文化を取り込み、プラナカン文化と呼ばれる独自の文化を醸成してきている。また中国語はシンガポールの4つの公用語の一つではあるのだが、若い世代を中心として英語が主流になってきており、華僑の子孫いわゆる二世や三世には、中国語を話せない人も多いと聞いた。

 そんなシンガポールには中華街、チャイナタウンがある。そもそもチャイナタウンがあるということは、シンガポールが中華圏の国ではないことを示しているのだと思う。

 写真は2009年の春節を迎えた頃のチャイナタウンの一角。通りを挟む色とりどりのプラナカン風の建物や背後の建設中の高層建築がいかにもシンガポールらしく思えるのは、過去記事にも記した通りである。春節を祝うチャイナタウンに於いても、シンガポールらしさが垣間見えるというのが、なかなか悪くない風景に思えた。

【写真】2009年2月
【文章】2018年2月
にほんブログ村 旅行ブログへ

チェンラーイのラックムアンは市のへそ

06

 昨日の記事ではローイエットのラックムアン(市の柱)を紹介したが、こちらはタイ最北県チェンラーイのラックムアン。

 そういえば色とりどりの布を巻きつけるのは、多くのラックムアンで共通して見られた気がする。何らかの縁起物なのか、龍を模したりしているのか、日本の寺院にある五色幕とも関係があったりするのか、私は知らないのだけれど、なかなか興味深い。また調べてみようと思う。

 チェンラーイのラックムアンは、サーンチャオと呼ばれる社がなく、雨風吹き曝しの屋外にある。真ん中の本体のラックムアンから放射状に並べられた環状列柱は、恐らくなんらかの意味があるのだろうとは思うが、タイの中でも独特のランナータイ文化が残るチェンラーイでも、他の場所でこういった風景を見かけた覚えはない。少し不思議な雰囲気を醸し出している。

 チェンラーイのラックムアンは他にも特徴がある。ラックムアンの信仰は仏教とは関係ないはずなのだが、チェンラーイのラックムアンは、ワットプラタートチョームトーンという寺院の境内にある。市街地の外れ付近の小高い丘にある寺院で、暑い中まっすぐな参道の階段を登ったのを覚えている。ただ、寺院の脇にある体で、寺院の一部という感じではなかった。

 またチェンラーイのラックムアンは、サドゥームアンという通称がある。訳すと『市のへそ』という意味だ。こういった呼び名であれば街の中心にあることから付いたのかと想像してしまうが、上述した通り、どちらかというと町の中心部から外れている。恐らくこの環状の構造からの連想ではないかと思う。

08

 私が着いたのはそろそろ夕刻といった時間であった。この時は一人旅だ。少し雰囲気を楽しみつつ、休んでいると、白髪のおじさんとそのお孫さんらしき二人連れがいらっしゃった。地元の方だそうで、日本から来た旅行者だというと、笑顔で歓迎の言葉をくださり、少しお話をした。

 英語もほとんど通じなかったので、なんとか片言のタイ語を駆使する。当時はスマホで使える高速な翻訳ツールもなかった。今から思うと不便なものだ。

 私の少ない経験上ではあるが、指差し会話帳や辞書は便利そうに思えても、実際の会話ではほとんど役に立たない場合が多かった。よほど大事なキーワードなら調べることも有効だが、大抵の場合は調べるよりも、知っている単語を駆使して、あとは身振り手振りや筆談、あるいは簡単な絵を描いて説明するほうが方が早く通じる。調べている間、コミュニケーションは双方向ではなくなってしまい、そこでいったん切れてしまうような感覚がある。

 それはともかく、これも2008年の写真なので、少年もきっと大きくなっておられることだろうと思う。おじさんも息災であると願いたい。旅の出会いは大抵の場合、その時限りである。だけれど、ここで出会っていなければ、一生出会うこともなく、お話しすることもなく、こうして写真が残ることもなかったかも知れない。これも縁や巡りあわせというものだろう。

【写真】2008年2月
【文章】2018年2月
にほんブログ村 旅行ブログへ
  
プロフィール
管理人:坂木
ただ行けるところまで行ってみたい。何もなくても構わない。何もないことを見に行く。そんな性癖を勝手に最果(さいはて)志向と名付けた。
職業は会社員。休みのたびにあてもなくフラリ旅に出てしまう。



記事検索
カテゴリー
ブログコミュニティ
いろいろな旅行ブログ
にほんブログ村 旅行ブログへ

いろいろなタイ旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ タイ旅行へ

いろいろな台湾旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ 台湾旅行へ

いろいろな中国旅行のブログ
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
メッセージ

名前
メール
本文
Thanks for your visit (UU counts)

    2016/6/2開設