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 現在、青森-函館間にフェリー航路は運行されているが、昔日の青函連絡船はもうない。函館駅や朝市のすぐ近くの海岸に退役した青函連絡船の一隻、摩周丸が静かに停泊している。今は連絡船の記念館として保存されている。

 私にとっては、子供心に一度乗ってみたく思っていたものの、結局役目を終えるまで乗ることはできなかった船である。JRがまだ国有鉄道(国鉄)だったころの話なので、昭和50年代以降の生まれの世代にはピンと来ないかも知れない。

 青函連絡船は青森と函館を結んでいた鉄道連絡船である。接地した際に船と陸地のレールを繋ぎ、船倉には列車がそのまま積めるようになっていた。国有化されたばかりの国鉄によって開設され、国鉄分割民営化の直後に開通した青函トンネルに役目を譲って、その歴史を閉じた。ネット上で調べればより詳しく載っていると思うので、ここではこれ以上の詳細は語らないことにする。

 私が運航当時に行ったことも見たこともなかった青函連絡船に思いを馳せたのも、昔に大ヒットした石川さゆりさんの名曲『津軽海峡冬景色』によるものが大きいのかも知れない。子供にすら、いつかその情景を見てみたい、と思わせたというのは素晴らしいことだと思う。今や作詞の阿久悠さん、作曲の三木たかしさんも既に亡くなっているが、この歌詞とメロディー、そして石川さんの独特の声の揺れは、今でも心に沁みるものがある。

 

 余談だが、この歌に『ごらんあれが竜飛岬 北の外れと~』と詠われている歌詞がある。それ故に子供の頃はずっと青森県(=本州)の最北端は竜飛岬だと思っていた。津軽半島の竜飛岬よりも、下北半島の大間崎のほうが北に位置することを知ったのは、恥ずかしながら大人になってからのことだ。

 当時、大間崎は『大間のマグロ』等のブランドも有名ではなく、全国的には知名度も低かったと思う。それゆえに津軽海峡→津軽半島と連想しやすい方を歌詞に選んだのだろうか、と思ったりもする。

 もちろん歌詞なので、そんな細かい齟齬を取り立てて指摘したいわけではなく、余談のちょっとした思い出話に過ぎない。

【写真】2014年9月
【文章】2017年1月
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