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 2000年代初頭、タイとラオスの国境で、外国人観光客も越境できるポイントは5カ所だった。2006年には2カ所増えて7カ所になる。

 しかし当時、ウボンの東端チョーンメックとラオスのパークセーを結ぶ国境以外は、すべて大河メコンを渡る必要があった。そのうち橋ができていたのは、タイのノンカーイとラオスの首都ビエンチャン近郊とを結ぶ友好橋のみで、他のポイントでは舟で川を渡って越境していた。物資などもすべて舟や小さなフェリーで運ばれていた。

 写真はタイのムクダーハーンとラオスのサワンナケート間の国境の渡船だ。向こう側に見える赤い屋根がタイのイミグレーションの建物で、すぐ下が船着き場となっている。

 こちらの記事の写真でも確認することができるが、当時この国境を結ぶ橋が建設中だった。開通したのはこの写真を撮ってから、およそ半年ほど後のことである。開通した後に訪れていないので、今となっては渡船が運航されているのか、されていても外国人観光客に開放されているのかはわからない。少なくとも橋での越境がメインルートになっていることは想像に難くないし、同じままであることはないだろう。

 渡船で渡るのは不便だし、時間もかかる。人数がある程度集まらないと出船しない、というのも当たり前のことだった。しかしながら、旅においては、その不便さもまた楽しく、懐かしく思えることもある。逆にあまりにスムースに進めたりすると、後に印象に残っていない。

 もちろん地元の人々にとっては橋ができればどんなに楽だろうかとは思うし、不便も楽しいなんて感覚が旅行者のエゴであることは、重々承知してはいる。日常における不便は多大なストレスになることも理解している。

 ただ、不便さを知っているからこそ、工夫したり、感謝したり、理解しようとしたりすることが多々あるのだろうとも思っている。そもそも旅は棲家にじっとしていることと比べれば不便なものだ。私が旅に出るのは、ストレスのかかりにくい非日常での不便を求めている、という一面もあるような気がする。あんまり不便だったり、危険や不衛生なのは避けることにしているが。

【写真】2006年5月
【文章】2017年11月

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