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 古来より川は舟の通り道として利用されてきた。そして昔、世界中で船が通るときに引っかからないように形を変える橋、すなわち可動橋が作られた時期がある。現代では様々な理由、例えば川の舟運が以前より衰退していたり、橋を高く作る技術ができたり、そもそも不便であったりもするので、わざわざ大がかりなメカニズムが必要な可動橋で鉄道や道路を通すことは少ないようだ。

 しかし現代の日本に於いても、フェリー埠頭などをはじめとして、現役稼働できる可動橋は多数残っている。以前に紹介した天橋立にある可動橋もその一つだ。

 日本では鉄道橋の可動橋のほうが若干歴史が古いが、それも数年程度のものだ。そして道路を通した可動橋では、愛媛県の肱川にかかる長浜大橋が日本最古であるとのことだ。肱川の河口に近いこの辺りは、元は橋の名前の通り長浜町だったが、平成の大合併により今は大洲市の一部となっている。

 幹線道路としての役割はこれより少し河口よりに架けられた新長浜大橋に譲り渡しているのだが、今でもこの細い橋は生活道路として使われている。形からして真ん中のトラスの骨組みが無い部分が跳ね上がるのだろうと思うが、残念ながら動いているところを見ることはできなかった。後に調べてみると、毎週日曜の13時に、点検をかねて開閉されるらしい。

 そもそも可動橋という発想自体が、今からしても直線的で奇抜で大がかりな発想だと思う。それ故か、作られた時代の要件も限られている。舟運がまだ盛んな時代、大きなアーチ型の橋の建築ができなかった時代、橋を動かすメカニズムを作って動かすことが可能な時代、船を通すために幹線道路や鉄道を待たせることが許された時代。歴史的に見れば、作られた期間が長いとは言えないだろうし、恐らくこれからも作られることは少ないだろう。

 だから、こうした産業遺産を保護することも大切なのだろうと思う。それに国やユネスコもそれに気が付いたから、昨今では産業遺産の文化財や世界遺産への登録が増えてきているのだろうと思う。ただ後世にモノや情報が今以上に残されていくとなると、溢れかえって大変な気もするけれど。

【写真】2017年1月
【文章】2018年2月

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