P1010071
写真は過去記事より

 以前に彰化県の鹿港で運行されていた糖業用の軽便鉄道を紹介したことがある。今回は少しばかりその続きの話だ。

 1970年代に鉄道は廃止されたとのことなので、もう廃線となって久しい。鹿港の駅舎は保存してあるが、当然ながら線路が残っているわけではなかった。だが、昔線路が通っていたところというのは、面影が残っている場所も多いような気がする。専門家ではないので、明確な特徴が言えるわけではない。なんとなく雰囲気でわかる、といったところだ。

 この鹿港駅跡からも、なんとなく線路がこちらに伸びていたのだろうな、という場所があったので、少し辿ってみた。

P1010073

 旧駅舎の前は広い駐車場になっていた。恐らくこの辺りには駅の施設、例えば貨物駅のような荷物の積み下ろしができるスペースやちょっとした車庫もあったのかも知れない。

 その奥に遊歩道のある細長い公園が見えた。恐らくここから線路が伸びていたのだろうと思われた。

P1010074

 細長い公園と遊歩道にはレールこそ残っていなかったが、おそらくここに敷かれていたのだろうと思えた。公園の幅がちょうど鉄道が敷設されていたと思える程度で、ずっと奥まで続いているのだ。
P1010075

 この公園を突っ切ると、道路に出た。どうやらここからはずっと、この真っ直ぐ続く道沿いに鉄路があったらしい。レールは残っていないが、写真でも確認できる通り、道路右端の再舗装されたような跡が真っ直ぐ続いていたので、そう推測した。

 地図で見てみると、この道は彰鹿路というらしい。まさに彰化と鹿港を結ぶ道ということで、鉄路もこのまま彰化まで結ばれていたのだろうと思う。この道沿いに敷かれていたのだとすると、このまま彰化付近まで辿ることができるようだったが、残念ながら自転車やバイクでの旅ではなかったので、バスで彰化まで戻った。彰鹿路はそんなに太い道ではなくて、バスは若干南寄りを通る主要幹線道路を走る。

 廃線跡と思わしき部分はGoogleストリートビューでもはっきり確認できる。



 この道をGoogleでずっと辿ってみた。彰化に近くなってくると、彰鹿路は馬鳴路と名前を変えている。随所に残る駅や廃線跡と思われるような修復の痕跡を辿っていると、いつしか昔を想像して夢中になってしまう私は、ちょっと頭がおかしいのかも知れないと我ながら思う。

 ただし上記は、現代の風景や地図から感じたり推測しただけのことで、実際の資料に基づいてはいない。間違っているかも知れないことはご了承頂きたい。学問であればきちんと資料を調べて、仮説を証明しなければならないのだけれど、これは推理ゲームのような遊びだと受け取って頂ければ幸いである。

【写真】2011年12月
【文章】2018年2月
にほんブログ村 旅行ブログへ