2015年11月

2015年11月23日

「 トリコロールっていい配色 」なんてきっかけもある

パリ同時多発テロ事件を受けて
プロフィール画像に
トリコロールを重ねる動きは短期間で一気に広がりました。


初めてプロフィールのトリコロール化を見たとき、
自分もやろうかなと思いました。


しかし
その時にちょっとした躊躇いを覚えて
プロフィール画像の変更はやめることに。


なんで躊躇ったのか。
改めて自分の躊躇いの理由を振り返ると
そこには2つのシンプルな理由が。


(1)プロフィール画像を
   いつまでトリコロールにしておくか
   後々悩みそうだなと(余計な心配)


(2)「 犠牲者や被害者への共感を示す 」
   「 このテロやISに対する意見を示す 」
    という感覚以上に
   『 改めて見るとトリコロールっていい配色 』
   『 うっすらとトリコロールが重ねると綺麗だ 』
   と、デザイン性を考えている自分(本末転倒)


フランスという国や文化への個人的な親近感が影響して
トリコロールの配色やデザインを「美しい」と判断している部分が
全くないとは言い切れませんが
プロフィールのトリコロール化やその論議の中で
私はトリコロールのデザイン性ばかり気にしていたような気がします。


そんなデザインにばかり注目していた自分でも
今回のテロの影響や背景には否が応にも注意が向きました。


9.11以来といえる先進国での同時多発テロの衝撃。
欧米在住者が引き起こすホームグロウン・テロ。
勢力に陰りが見えてもISの思想が拡散する現状。
シリアのアサド政権vs反政府派vsISの内戦。
反政府側につく欧米と政権側につくロシアの衝突。
テロを契機に共同空爆に舵を切ったフランスとロシア。
空爆作戦への協力に前向きになり始めたイギリス。
シリア内戦も大きく影響してEUに押し寄せる難民。
宗教・文化的偏見や社会的・経済的貧困でテロに走る人々。
内戦や空爆の影響によってISなどに感化される人々。
難民に紛れ込んで欧米に入る・戻るテロリスト。
難民の受け入れを巡ってギクシャクするEU。


様々な問題が
複層的に絡まり続ける中で広がった
プロフィールのトリコロール化とその論議。


多くの人に
テロの悲惨さだけではなく
テロの影響や背景、
混迷が続くシリア情勢、
EUを悩ませる難民問題などを
改めて広く知らせたり
深く考えさせるきっかけを提供していると捉えれば
トリコロール化とその論議には大きな意義があったと思います。


以下
トリコロール化や論議を振り返る記事の引用とリンク(3件)


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仏テロ追悼FBでのトリコロール騒動 「やれやれ」な光景に
大人力コラムニスト・石原壮一郎氏 
NEWS ポストセブン 11月21日(土)16時0分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151121-00000011-pseven-soci&p=1

「平和の祈り方の違いで争うなんて、しかも「しょせんフェイスブックのプロフィール写真ごとき」で、自分と違うやり方をしている相手を攻撃したり、それを踏み絵にして「友達」を敵と味方に分けたりするのは、大人としてあまりに浅はかで狭量な反応と言えるでしょう。いや、こんなことを言うこと自体、ケンカしている人たちに無駄にケンカを売っている行為だと言われたら、まあそのとおりなんですけど。」


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私がフェイスブックプロフィール画像をトリコロールにしなかった理由
−「他国のシンボル」にどう向き合うか

みわよしこ | フリーランス・ライター(科学・技術・社会保障・高等教育)
2015年11月21日 15時25分配信
http://bylines.news.yahoo.co.jp/miwayoshiko/20151121-00051678/

「国旗国家など国のシンボル、政治的な意味を孕んだシンボルは、扱い方によっては思わぬトラブルの原因になります。 私は日本人ですが、日の丸・君が代・旭日旗が海外の人々に持たれているイメージを熟知しているとは思っていません。 他国のシンボルならば、なおさらです。 良くわからないものは、慎重に扱いたいと思います。そこで今回も慎重に扱い、つまりフェイスブックのプロフィール画像をトリコロールにしませんでした。 」

「もともと馴染みが薄い上に、行きにくく、情報も入ってこないとなれば、 「そこにも人がいて暮らしていて」 という感覚を持てなくなるのが通常だと思います。 というわけで、日本人の「トリコロール」が、イラクやガザやシリアを軽視したことになるとは、私は思っていません。 」


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どう振る舞うのが正解だった?Facebookトリコロール論争が浮かび上がらせたもの
日経ウーマンオンライン(日経ウーマン)
11月21日(土)15時7分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151121-54432773-woman-life

「アイコンを変えることが正解ではないし、変えないことが正解でもない。一番大切なことは、意見が違う人が見たら不快に感じる可能性を知った上で、自分が信じるままに覚悟して行動することだ。本当に大切なのは、真に悼む気持ちを持っているかどうかであり、他人からどう見えるかではないのだ。」 


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2015年11月12日

危ういメッセージとなる行政指導のタイミング

11月11日(水)1時24分
「総務省が対応するのは当然」 
総理がBPOに反論(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース


http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20151110-00000050-ann-pol



厳重注意自体への賛否は分かれるとしても
「文書で厳重注意するタイミングも全く問題なかった」と
言いきることができないのが
今回の総務省の対応だったと思います。


まず疑惑をもたれたNHK自身の検証、
次にNHKの報告を踏まえてBPOによる検証、
そしてBPOの意見を踏まえてから
総務省が行政指導などをするか否か検討することもできました。


BPOは法的機関ではないとしても
放送業界の番組作りなどの参考となる意見を
提言・助言する団体として一定の信頼感があります。


なぜBPOによる検証結果を待たなかったのか。
BPOによる検証を待てないほど緊急性のあるケースだったのか。


NHKを含めた放送事業者や
放送業界全般への圧力を感じさせる意図があったのではないか
という疑念を持たれても仕方ないようなタイミングで
総務大臣はNHKに対して文書で厳重注意をしました。


民放とは違う
公共放送であるNHKに対しては
監督責任として総務省が行政指導を行いやすいとは思いますが
だからこそ行政指導をするか否か、
そのタイミングに関して慎重であることが求められます。


NHKが萎縮する、
つられて民放が萎縮する、
徐々に放送業界全体が萎縮する、
そして
報道の自由や表現の自由も萎縮の波に呑まれていく。


その果てに待っているのは
表現する力の劣化
議論する力の劣化
政治の貧困化です。


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2015年11月08日

スリッポン・ミニハイキング

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昨日、大学時代の友人と3人で紅葉を見に。
「秋らしくていいな」と呑気に構えていたら
目的地へ向かう中で
山に登るつもりだと初めて聞かされる。


山?
ハイキング?
約900m?
40分くらいで登れる?
まあ何とかなりそうですな。


現地に着き
登り始めて数分。
スリッポンを履いてきたことを後悔。
スリッポンは登るために存在していない。
(当たり前)


ところどころ
想像以上の急斜面やけもの道で
スリッポンが脱げないようにと
気をつけながら登っていく。


登り始めて数十分。
息がきれてきて
小さくても普通に山だなと実感。

途中で休憩したら
登る気が失せると思っていたが
たまらず小休憩を申し出る。
体力落ちてるなと。

自分以外の
2人もちょっと疲れたと言っていたが
明らかに余裕があった。


再び登り出してから
何か心の支えがいると思い
脳内ミュージックを鳴らし始めたら
ACIDMAN『 世界が終わる夜 』のサビが響き渡る。


「 消えて 消えてしまうだけ〜♪ 」





登るのに必死な時に思い浮かべると
力が湧いてくるのではなく
もう登るのがどうでもよくなってしまう(名曲は名曲)


脳内ミュージックを停止して
まだかまだかと登っていくと
割とすぐに頂上についた。


紅葉には少し早かったが
眼前には広大な景色。
と認識しつつも
まだ息がきれていて
景色を楽しむ余裕がない。


写メを撮って息を整えつつ
改めて景色を見ながら
ゆっくりと休む。


頂上からの風景を見ていたら
「ガチで山だな」という
身も蓋も無い感想が溢れてくる。


下りるのは
下りるので大変そうだなと思っていたが
やはり
登りよりも下りの方が斜面は怖いなと。


スリッポンが脱げないように。
スリッポンで急停止できないほどの速度で下りないように。
そんなことを気にしながらゆっくりと慎重に下りていった。


斜面と向き合った
スリッポンと向き合った
ハイキングは無事に終わって
ポツポツと民家や喫茶店のある麓へ。


「村」を通り越して
「町」を通り越して
山の中に比べれば十分
そこは「都会」といえる風景だった。



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2015年11月05日

久々あっさり立ち話


話し始めて
ちょっとしてから


あちら 「久しぶりで」


こちら 「ほんとですね」


あちら 「本当に○○さん?」


こちら 「はい(笑)」


あちら 「別人みたいで」


こちら 「時の流れをね」


あちら 「みんな変わっちゃうんだね」


こちら 「まあそうですよね」


しみじみと
あっさりと
なんか秋らしい立ち話。


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