しわ寄せ梅雨の晴れ間

2006年06月15日

若干、ジーコ批判

今さらという気もしますが、オーストラリア戦を振り返ってみます。


不甲斐ない試合といえばそれまでだけど、「残り数十分でも3点決められるスポーツなんだなあ」と妙なポイントで感心させられた試合でもあった。


敗因は何かと考えると色々考えられるだろうけど、ジーコの采配(指示)が不明確だったことも大きな要因に思えて仕方ない。


やはり後半途中から小野をどのような位置付けで投入したのかが読み取れない。
猛攻を堪えている時間帯での柳沢との交代は「追加点を取るために攻めの姿勢」という風に映る。
しかし、中村・中田の2人が同時にピッチにいる場合、小野は後ろから支えるというのがこれまでの自然な形であった。


だから小野はいつものように守備的MFに徹しようとしていた。
しかし小野自身は、中沢に「下がってこなくていい、前でやってくれと言われた。守りの選手も点が欲しかったのでしょう」と試合後に語っている。


ジーコが攻めの姿勢を維持したいという思いだったのか、守備を引き締めようと考えていたのかは定かではないけど、小野というトータルでバランス力のある選手を投入するに当たってもう少し具体的な指示を出し、チーム全体に方向性を明確に与えるべきではなかっただろうか。


全く伝えていなかったわけではないかもしれないけど、「小野の投入」の意味をチーム全体に周知させることが徹底されていなかったように思える。
例えば、小野ではなく大黒が投入されれば、何も言わずとも「攻め続けるぞ!」と誰が見ても明らかである。
しかし小野という攻撃・守備ともに器用にこなす選手の投入は、何も知らない他のメンバーには「攻めつづけるの?守りを固めていくの?」という迷いをそれぞれに抱かせてしまったのではないだろうか。




選手の自主性を重んじるといわれているジーコ。



もしかしたらそれが今回、裏目に出てしまったのではないだろうか。

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sakowha333 at 22:39│Comments(0)TrackBack(0)サッカー雑感 

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