D' s Basement supplement

キノコ・植物・博物館 このところ通常の更新はTwitterから、となっています。どうも8月21日以降設定変更されたAtomPubの相性が良くなく、うまくリンクまで設定できていません。なのでうまく更新されていないと感じたら http://twilog.org/sakumad2003/ をご確認ください

ミドルヤード

今日は某所でとある冊子の企画会議的なミーティングがあり、なんとなく一番古くからやってるわたしがブレストを仕切る展開に。
科学系博物館をめぐる、共通の課題をいろいろと話題にしていく中で、収蔵庫の問題はやっぱり出てくる。
博物館にとって収蔵庫は基本中の基本なんで増設しないのはけしからん、標本は社会の財産なんだからつくるのが当然だ、という議論はマコトに正論なんだけど、それだけじゃなかなか進まないよなぁという非常に現場感覚に溢れた会議なんでもう少し踏み込むことができる。

「標本があふれてる、でも標本は大事だし活用の可能性はたくさんあるよね。でもほっとくとみんな捨てられちゃうよ?」
という現実を前にして、どんな答えを出すことができるか。さっきみたいな正論だけ言ってると話が少しも前に進まないでやっぱり捨てられちゃうかも。

100点もらえる正解がない中で、とりあえずの答えを出してきたひとつがモバイルミュージアムかなぁという議論になった。

それともう一つが収蔵展示、とも呼ばれるミドルヤードなんだろう。
展示室(フロントヤード)と収蔵庫や研究室(バックヤード)の中間で資料に近い距離を作り出す、ミドルヤード。国内だと戸隠地質化石博物館などが意識してるようだ。
このブログでもちょっと書いた2月に行われた研究会でも海外事例などを元にだいぶ掘り下げた議論をしていた。

モバイルミュージアムとミドルヤード、多分あともう一つはなんでも博物館に集中させるのではなくて、地域の中で資料をしっかり維持していくエコミュージアム的な発想、整理なんではないかと思う(もちろんそれらの資料もほっとくんでなくて博物館も協力して守っていくことが大切)。産業遺産なんかはこの発送がすごく大事だと思う。

閑話休題。
会議の後に、Tさんから紹介を受けて、「産廃から始まる創造・想像展」というのを見学した。
産廃の姿を見せて、そこから生まれ変わった什器に囲まれたワークスペースを見学するという、なかなか刺激的なものなんだけど、ワークスペースを見学できるように公開しちゃってるのが面白い。
展示空間と仕事空間が分けられてるのはパーティションロープだけで、打ち合わせは展示側に越境してきてるし、そもそもこの企画がワークスペースの主催者とアートディレクターと材料提供した産廃リサイクル企業で進められているもんで、ワークスペースと言うかプロジェクト自体を「魅せる」のがこの企画みたいになっている。
ワークスペースとの距離を縮める展示空間的なもの、これもミドルヤードなんだろうな、と思った。

でも考えてみたら大阪市立自然史博物館の情報センターやミュージアムサービスセンターはそもそもがバックヤードにいる学芸員との距離を縮めるミドルヤードの走りみたいなもんだろう。
恐竜のプレパレーションラボも、オープンラボも実現できていないけど、ミドルヤードを意識的にもっと整理・整備していっても面白いのかもしれない。
もちろん、場所だけ作ってもダメだけど、何故かうちの学芸員は会議をする時にこういうミドルヤードでやりたがるんだよね。
適度なノイズとか空気感を持ちながら議論をするのは案外大事なことなんだと思う。

(仮称)一本松記念館・陸前高田市立博物館基本計画(案)に対する意見

以下の文章は
http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/shisei/kakuka-oshirase/fukkou-suisinka/ipponnmatu-hakubutukan-ikenbosyuu/ipponnmatu-hakubutukan-ikenbosyuu.html
にてパブリックコメントとして意見の募集を行った
(仮称)一本松記念館・陸前高田市立博物館基本計画(案)に対する意見募集
に対して個人の考えを送ったものの控え。
(仮称)一本松記念館・陸前高田市立博物館基本計画配架で参照できる(2017/3/30現在)
http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/shisei/kakuka-oshirase/fukkou-suisinka/ipponnmatu-hakubutukan-ikenbosyuu/ipponnmatu-hakubutukan-kihonkeikaku.pdf

私はこの案では陸前高田市立博物館および陸前高田市立海と貝のミュージアムの復興はできないと考えている。ツチクジラの「つっちぃ」をどうするかとか、シンボルの問題もあるが、まずは基本機能を訴える意見とした。(既にFaceBookには書いたけど、FBは自分でも過去の書き込みをよう探せないという代物なので、こちらに転記しておきます)

【現在の素案では博物館の基本機能が満たされていません。】
博物館は、地域の伝統を未来に繋ぐための装置です。そのためには展示施設が出来上がっているだけではなく、住民と専門の学芸員が一緒になって地域を再発見し、地域の宝を保全し、それを伝えていくための活動を行っていくことが重要です。こうしたことによって、住民の地域理解やアイデンティティも深まり、地域を伝える担い手としてのキャパシティ・ビルディングも進みます。
このためには、博物館には以下のものが必要です
1.来場者がともに学び、コミュニケーションできる場が博物館内に必要です
2.新たに博物館で積み重ねられた新発見を形にして伝える、企画展示が行えるスペースが必要です。
3.公開スペースに匹敵する規模のバックヤードが市民が参加した収集活動などにはかかせません。
スタッフとのコミュニケーションができず、展示を見てかえるだけの施設は博物館とは呼べません。博物館法には博物館とは「資料を収集し、保管し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、(中略)あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関」と明確に定義しています。素案にはこれらのうち展示機能しか示していません。これでは博物館の復興として期待されているものが満たされていません。
1の博物館で住民がコミュニケーションができるスペースは学校教育利用の上でも重要ですし、住民のキャパシティビルディングや合意形成のためにも重要です。図書館にそのスペースがあるから博物館には不要というものではありません。博物館での展示物を活用した学びのために欠かせないスペースです。
2の企画展示スペースも他の施設との共用では運用は難しいでしょう。他館から展示物を借りる場合、博物館学芸員が管理しているスペースであることは重要です。照明や空調などの諸条件が文化ホールや図書館では厳しいのです。
3のバックヤードは市民参加での資料収集や人材養成を考えるとアクセスの悪い場所は難しい面があります。現在の仮収蔵庫は子ども単独ではとてもアクセスできる場所ではないでしょう。
【十分な機能を持つ博物館はまちづくりの基礎となる】
震災からのまちづくりの一環という位置づけの中で厳しい状況に置かれていることについては深く理解しています。
ですが、上述の通り住民のキャパシティ・ビルディングの機能などからは博物館は重要です。
法政大学の金山喜昭さんは
「博物館と地方再生: 市民・自治体・企業・地域との連携」という近著でその機能を詳述されています。博物館や図書館は仮のスペックでなくぜひ将来を見越した整備をお願いします。
【将来の構想を】
博物館は作って終わりではありません。それではハコモノとしての批判を浴びる対象となってしまいます。より良い施設としての「運用」と将来の発展を示すことが重要です。現在の展示プランは2011年から現在を見たものとしてとどまってしまっているように思います。
忘れてはいけないこと、がある一方この展示のままではすぐに陳腐化し、人々が訪れない施設となってしまいます。活動を続け、常に新しい博物館活動を再生産できるように、人的体制、活動の構想、運用のための基礎条件を示していただけるようお願いします。
 これから、多くの市民と外部人材を巻き込み、陸前高田の魅力を発信できる中核的な施設になる可能性を博物館は持っています。陸前高田の町は、そして保全された標本群はそのポテンシャルを魅せています。2011年の災害を記念するだけではなく、将来に向けて陸前高田の伝統と魅力を発信できるよう、より充実した構想になるよう期待しております。
なお、外部の博物館関係者として、必要とされれば協力を惜しまないことをお伝えして意見表明とさせていただきます。

執着と公益

 資本主義、というのはある意味冷酷な制度だ。何万人も従業員を抱えた大会社も経営が行き詰まれば途端に存続が怪しくなる。何代も続いた「家業」であろうと、借金がかさみ運転資金が底をつけば退場を余儀なくされる。「会社」という器に退場を命じられた時に、その事態を受け入れられずに個人資産をつぎ込み、果ては縁者からもお金を借りて、というケースだって少なくないだろう。事業への「執着」といえばそれまでなのだが、個人の人生と事業とを切り離すというのが会社法であり、破産制度であり、近世の家業と近代の資本主義ではないかと理解している。
 しかし、会社にも創業の目的というか「使命」はある。それぞれに達成したい理想や、地域における役割、顧客との関係、従業員の雇用など、長く続いた会社には地域社会の中に組み込まれ「なくなると困る」という状況はやはり生じる。わかりやすいのは地域に一軒だけのスーパーや薬局だろうか。これが、病院となると生存権に関わるということで何とか残す方法はないかと公費が使われる。村に一軒のスーパーでもこうしたことはある。営利企業であっても「公益」を多かれ少なかれになっている場合があるといえよう。事業への「執着」はこうした「公益」への意識が織り込まれているところがある。ただ、この公益はただただ事業の収入によって担われてきた。事業の収入がなければ高い公益への意識があろうと、その実現は難しい。
 これは基本、NPOなどの公益法人でも一緒だ。事業を行うためには事業を支える収入が欠かせない。ただし、事業収入だけでなく「使命」(公益)への執着を持つ人達が「寄付」という形で支援できるという点に大きな違いがある。個人の思いだけであれば執着だが、その執着が多くの人に共有されれば、公益になる。公益を形に変えたのが寄付だ。認定NPOなどに使われるパブリックサポートテストなどが多くの人が寄付で支える団体を公益を担っていると認めるのはこうした論理だろう。博物館などの「公益」的施設も、入館者だけでなく、様々な形で博物館を求める執着を形にして公益性を示すことが求められている。
 自然保護でも似たところがある。その植物、その動物、その湿地への個人の思い入れ、執着が多くの人に共有されれば公益となる。絶滅危惧種というだけでは残念ながら、なかなか保全へむけて事態を動かす駆動力にはならない。執着の共有、というコンセンサス形成は案外に大事なステップなのだろう。
 少し話を裏返してみよう。個人の執着という核を欠いた「公益」は長く保つのだろうか。この執着を持つ個人は事業主や従業員、それを支える支援者、それぞれに想定できるがこれを欠いた瞬間、そのいわゆる「公益」は非常に脆弱なものとなってしまうのではないか。支援者を失った博物館の例を幾つか見るにつけ、そうしたことに無自覚な人々に恐ろしさを感じる。


2017/2/25自然環境保全京都府ネットワーク総会&シンポジウム

シンポジウム開催案内 京都府が左のチラシのようなネットワークを設立するという。せっかくの企画なのに全く広報が追いついていないというのが行政の悪いところだ。
 コーディネーターとしてお座敷がかかっているので義理がたく広報させて頂くところ。興味のある方、行く末に意見のある方、どうぞご参加ください

総会&シンポジウム
参加無料 150名
平成29年(土) 2月25日13:00~17:00
(受付12:30~)
西陣織会館 4F 「展示場」
地下鉄「今出川」から徒歩約10分][バス停「堀川今出川」から徒歩約2分
第1部 総会
第2部 シンポジウム (14:00~17:00)
1 開催あいさつ

自然環境保全京都府ネットワーク会長

2 報告 京都府の野生生物をとりまく現状

3 ネットワーク参加団体の活動内容紹介

◆ 青葉山レインジャー隊
◆ 美山産官学公連携協議会・内久保環境・史跡保存会
◆ NPO法人 亀岡 人と自然のネットワーク
◆ 雲ヶ畑・足谷 人と自然の会
◆ NPO法人 やましろ里山の会

4 パネルディスカッション ~団体ネットワークをつくる意義~

京都の生物多様性の未来がより良い方向に向かう
ために、ネットワークがこれからどのように展開
していくのが望ましいのか、会場の皆様とともに
考えます。
<パネリスト>
須川恒 氏  龍谷大学 非常勤講師
鈴木康久氏  京都府環境部自然環境保全課 課長
伴浩治 氏  NPO法人 自然観察指導員京都連絡会 運営委員
宮崎俊一 氏  乙訓の自然を守る会 代表
<コーディネーター>
佐久間大輔 氏 大阪市立自然史博物館 主任学芸員



お申込・お問合せ先 京都府環境部自然環境保全課
TEL: 075-414-4706 FAX: 075-414-4705 E-mail: shizen-kankyo@pref.kyoto.lg.jp
チラシPDFファイル

収蔵展示のいま 自然史資料の価値を伝えるために

 一昨日(2017/2/3)は[公開ワークショップ] 「海外の自然史博物館における収蔵庫と収蔵展示を考える」に参加し、海外の様々な自然史系博物館がいかにコレクションの重要性を伝え、また魅せているのかという話題を中心に議論した。このシンポジウムは自然史レガシー継承・発信事業の今年度のまとめの会でもある。
 ひとはくの橋本佳明さんによれば、「驚異の部屋」とも訳される Wunderkammer(ヴンダーカマー)から始まった展示は、一方の極としてはカリフォルニアサイエンスセンターや日本で言えばニフレルのような水族館とも博物館ともつかないような生品展示に、あるいはココロのロボット恐竜のような動きの復元と行った死物から生品、動態へと達しているという。その一方で原点回帰のような動きとしての標本そのものを見せる「収蔵展示」があるという。モノそのものの魅力をみせる、という展示手法は、コレクションの重要性への回帰ということができるのかもしれない。
(もしかしたら「アチックミュージアム」の回顧にもつながっているのかな)
昨日のディスカッションでも述べたが、ヴンダーカマーへの回帰は「サイエンスとアートが未分化な状態への回帰」という意味合いもあるのではないだろうか。自然史博物館の展示が、あまりにも生物学、地学といった科学的な語り中心になった結果、シンプルに造形や存在感を大切にする展示に回帰したのではないかという部分だ。収蔵展示は国内的には東大総合博物館がKITTEで展開しているIMTなどがある。
 
 収蔵品の魅力を伝える展示にはいくつかのやり方があるだろう。その展示にまつわるストーリーを様々な形で届けること、なるたけそうした情報を抑制してミニマルに見せるやり方もある。
この両方を追求するというのはなかなかに難しい。ARなどテクノロジーを利用してという方法もあるだろう。古くはみんぱくがPDA的なものを利用していた。近年でも省電力ブルートゥースを利用する機器も少なくない、しかしまだまだうまくいっている事例というのは少ないなぁという気もする。そこにコンテンツを流し込むリソースの蓄積そのものが足りないのか、流し込むための労力や資金が足りないのか、そもそも仕掛けそのものが来館者に受け入れられていないのか。現代版ヴンダーカマーを楽しく実現するためにはそのブレークスルーは必須だろう。
 ミニマルに魅せるのにも照明、レイアウト、展示条件など様々な工夫が必要だ。日本においては展示学分野の担い手はしばしば博物館の中ではなく、外部のデザイナーや展示業者に依存しがちだ。展示室を作るときだけでなく活動の中にもいかにデザイナーなどアートの担い手を博物館活動の中に内在させるか。「サイエンスとアートが未分化な」ヴンダーカマーの魅力を高めるためには、この展示が生物学や地学の観点からだけでない検討が必要なのかもしれない。レイアウトもデザインの範疇だが、欧米の資料展示での資料と観覧者の距離の近さも、資料の迫力を伝える要素として話題になっていた。露出レイアウト、来場者の資料への配慮、声掛けの仕方など、資料保存とどうバランスをとるのか。実物資料の展示を最小限にするイギリス、資料の劣化を受け入れているかに見えるフランスなど考え方には幅があったが、実際「収蔵展示」となると比較的やりやすい、ホネ、貝、液浸、化石、剥製などがある一方で振動や光による劣化から難しい植物押し葉、昆虫などがある。昆虫や植物は棚ごと収蔵されている状況をみせ、その活動を示すやり方のほうが一般的かもしれない(フロリダの例)。植物や昆虫資料を露出で見せるやり方としてドイツ箱などの工夫や、樹脂包埋などの資料加工、あるいは展示環境でのIPMや光、振動の抑制など保存科学的な充実、ブレークスルーが欠かせない。原初的な展示にも思える収蔵展示も自然科学、展示デザイン、そして保存科学の複合によってより良いものにできる。
 「アートとサイエンスの未分化」な展示というのは文化と自然の再融合と言いかえることもできる。生物多様性と文化多様性の複合は、日本から生物多様性を発信する一つのキーワードでもある。この事業の一つの目玉でもあった、京都花洛庵で行われた町家での自然史標本の展示「日本文化を育んだ自然 where culture meets nature」もそうしたコンセプトにのる展示でもあり、また上記のような工夫を凝らした企画でもあったのだ。

自然史資料の価値の伝え方は「展示」としての魅せ方だけではない。研究成果を発信する研究員個人の努力だったり、博物館資料をfrickerでどんどん発信する博物館があったりと、「研究」を開示して魅せていくのも一つの方法だ。標本の製作状況やプレパレーションのやり方あるいは研究室そのものが見えたりする博物館もある。研究会でも台所を見せるのがどうかという話があったがいわば研究のオープンキッチン化だ。どう料理されるのかに興味のある人も多いだろう。演じ手のなれや覚悟はいるが、日本でも熊本の御船町恐竜博物館などではプレパレーションや研究室が見え、恐竜の研究というものの理解形成をはかっている。資料を使ってどのような成果につながっているのかを伝えることは、資料価値を伝える一丁目一番地だろう。研究成果の展示や研究活動そのものを表に出していくことはもっと博物館として行っていくべきだろう。研究者個人のSNS発信も重要、という声が海外事例にもあったのは面白かった。国内でも学芸員個人の研究活動・博物館活動のSNS発信は極めて重要だ(手前味噌)。

もちろんバックヤードツアーという「教育」活動を通じて資料価値の伝え方もある。語るべき内容は研究の成果であったり資料の価値や魅力だろう。しかし、多くの収蔵庫は見学用の動線として設計されてはおらず、標本の保存も見学者を必ずしも前提としていない。見学者の受け入れはそれだけ害虫の流入リスクも高めることになってしまう。見学者の安全、資料の安全の両方を考えるためには、入念な計画、案内者の教育と十分な配置、そして保存科学的な配慮が必要になる。例えば大阪市立自然史博物館でのバックヤードツアーは10−15人程度を1グループとし、学芸員一人に補助者が2−3人、上履きに履き替えて手ぶら(カメラ・メモ程度はok)で、冬場の実施を原則としている。実情で言えばこの数年は15人×3+ミニツアー50人くらいの行事を4セットくらい年間に実施している感じだ。(大学や研究会での見学ツアーはまた別だが原則は冬)。

 こうした資料の価値を訴えていく活動が、収蔵庫ひいては博物館の価値や必要性を高めていくだろう。社会の中での資料の意義をいかに伝えていくか。その活動の先には自然史資料を社会の共有財産として大切にする合意の形成がある。「自然史文化財」の保全や広義の「文化遺産保全」を国家的枠組みの中で担保し実現していくためには、これら実態としての活動が欠かせない。
こうした時に、海外での事例やトレンド、さらにその背後にある国際的な合意やコンセンサスを規範にしていくことは重要である。ベルリンの自然史博物館の液浸資料の保存と展示の背景には「動産文化財」の保存のための基金が活用されていることは注目に値する。また、自然史博物館のためのイコム倫理規程の中では自然史標本を世界の共有財産として位置づけ、博物館人はその管理人であるべきとうたう。さらに広い博物館資料の価値としてはUNESCOが2015年に行った「ミュージアムとコレクションの保存活用、その多様性と社会における役割に関する勧告」の資料の保全義務が重要だろう。残念ながら、こうした世界標準の枠組みに現状の日本の博物館法体系、文化財保護法体系は対応できていない。資料の保全は博物館の設置目的に書かれるだけで、保全の義務は書かれていない。さらに文化財保護法は非常に限定的に指定文化財を規定するのみであり、自然史資料は位置づけられていない。博物館関係者として、その必要性を強く訴えていくのはもちろんとしても、それだけでは実現は難しい。合理性だけでなく合意形成をはかるためにも社会への標本の意義、さらにはその前提として標本資料の魅力を伝える活動を推進していくことが我々に求められ、課せられているのだろう。
今回のレガシー事業は私達の社会の中、そして国際的な博物館潮流の中での立ち位置を再度確認する機会になったのではないかと思う。
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今年書こうと思っている小ネタ

今年書こうと思っている小ネタはいろいろ昨年度からの持ち越しであるんだけど、懺悔シリーズに書いてないことを中心に。

なにわのナチュラリスト追補
2005年ごろにやったなにわのナチュラリスト展で扱われなかった人々を拾っておきたい。
 西門義一
 小笠原利孝
安井喜太郎
ネイチャースタディか、近畿植物か。

高校生ポスターのネタ
もう骨格は書いてあるんだけど、どこに出すのがいいのかわからないでいる。

失われたアカイカタケ
奈良県の記録、という意味も込めて。NSか、関西菌類談話会か

虫に食われた標本からわかること。
関西菌類談話会かなぁキンコン会?

行動規範の話 

フォーレの話

■中ネタ
標本利用の話

採集記録の話

■大ネタ
社会教育調査の話
なんかずっと書いてても終わりそうにないんだけど。

予告するのは自分へのプレッシャーの意味です。このネタ、この媒体に書いてくれなんてリクエストがあれば受けちゃったりするかもしれません。
私の研究と被ってるとかこれを卒論とかでやりたいです、なんて人がいたらネタごと売り飛ばさないでもないかも。

ネタバレで誰かが先に書いちゃうなんてことは特に心配してないけどやる人は言ってね。仁義切ってくれればそれでいいし。

2016年の高座+2017は「菌類学講座2017 ナショナルとローカル:菌類ハーバリウム体系の理想を考え、現状を語る」から

さて、これも例年恒例だが今年どれだけ高座に上がったか。平たく言えばお話をする機会を頂いたか、ということだ。
手帳(アプリ)を眺めて数えると、観察会などは除いて28回。もっと喋ってた気がするけど、まぁそんなところかな。
うち、館のお仕事とそれに準じるものは9回。学会など自分からエントリーして喋ったのは4回。依頼を受けて喋っているのが15回。という感じ。月に1回年12回までに、というのは達成できていないけれどまぁ、なんとか絞り込んだのかなぁ。。新ネタが多かったので大変だった気もするけど。

2017年は例によって1月21日の菌類学講座から始まる。よかったら参加してください。

「菌類学講座2017 ナショナルとローカル:菌類ハーバリウム体系の理想を考え、現状を語る」


 大阪市立自然史博物館では2009年から菌類学講座シリーズを開催していますが、2017年は「菌類標本庫」にスポットを当てたいと思います。菌類を記録し、研究の基礎となる博物館の標本庫のあり方を国立科学博物館の菌類標本庫を統括する細矢剛氏をお招きして、一緒に考えてみたいと思います。
 日本最大の自然史系博物館といえば、国立科学博物館でしょう。地方にも中核的な博物館から小規模館まで多様な博物館にそれぞれ標本庫があり、菌類標本を所蔵している博物館も一部には存在します。
 しかし、地方では保管や活用に課題が、国立ではアマチュアや地方の研究者からのアクセシビリティの課題、双方に共通する問題としてマンパワーの課題があります。こうした課題をどうやってネットワークで解決していくのか、議論したいと思います。
開催日 1月21日(土)
時間 午後1時〜4時30分
場所 自然史博物館 講堂
プログラム
細矢 剛(国立科学博物館 植物研究部グループ長)
   「国立科学博物館菌類ハーバリウムの全貌と未来」
佐久間 大輔(大阪市立自然史博物館 主任学芸員)
   「地方博物館菌類標本庫の現状と課題」


対象 どなたでも参加できます(小学生以下は保護者同伴)
参加費 無料(博物館入館料必要)
申込み 申込みは不要です。

書籍の紹介 北の学芸員とっておきの《お宝ばなし》

浦幌町立博物館の持田誠さんから新刊の表題書籍を託されましたので、ご紹介いたします。

西日本自然史博物館ネット同様学芸員の交流が盛んな北海道では北海道自然史研究会、北海道博物館教会学芸職員部会などが精力的に多様な活動を展開されています。

その中の活動の一つ、同協議会のwebサイトで連載されたコラム
「北海道で残したいモノ、伝えたいモノ」
http://www.hk-curators.jp/colm-1
はそれ自体、優れたコンテンツであり、個々の専門性を持ち、併せて地域性を持った博物館学芸員の力を総合して作られたもの、という印象が強くあります。

今回同部会の設立40週年(その年月の重みにおののきますが!!)を記念してこの連載を再編集・改稿して一冊にまとめたのが本書、となります。

帯には<北海道ウンチク本>の決定版とありますが、そもそもが博物館とはその土地の様々なストーリーを掘り起こし、集め、価値づけていく存在です。そこで活動をする学芸員たちがわが町、我らが収蔵品、という観点で紹介をしていけば、それこそ、他では聞けない、価値のあるストーリー=ウンチク
であることは当然です。

専門性を持った学芸員は、どの地域にも一揃い揃っているわけではないでしょう。特に北海道のように地域が広く、しかも人口密度の低い(つまりは町村組織の脆弱な)地域にあっては学芸員一人職場の博物館も珍しくありません。こうした地域で、学芸員が交流し相互に保管していることは特に重要なのだと思いますし、これは他の地域においても大変重要なモデルとなるように思います。

記事としても北海道ならではの植物・昆虫・化石の地域での話がたっぷりつまり、自然史系学芸員にも、歴史、美術、考古などの学芸員にとっても魅力的な話が詰まっています。他分野の興味の持ち方、調査のアプローチにも触れることができ、面白いものです。

地域で他の博物館とのコラボレーションをする方にも、地域での学芸員のあり方を見直すにも、さらには学芸員と同じく、地域資源の掘り起こしに取り組む若手研究者あるいは実務に関わる方々にもおすすめです。

西日本自然史系博物館ネットワークの今後の活動にも示唆に富む一冊でした。

北の学芸員とっておきの《お宝ばなし》
北海道博物館協会学芸職員部会
定価1500円+税
出版社: 寿郎社 348ページ
http://www.hk-curators.jp/archives/2987
amazon http://amzn.to/2i6hBHC

2016年懺悔その3 博物館学

博物館学
博物館学芸員を20年もやっていると博物館を語らなければいけないシチュエーションも多くなるものでして、だんだん博物館学カテゴリーの仕事が多くなるのは当然でもあるので、この業績が多いのはそれほど威張れる話ではない。
【総括】
2016年の前半に書いた幾つかのものは昨年度までやっていた科学研究費での成果報告書に書いたものだ。この内の幾つかを深めて別のジャーナルにでも書かないといけないのだけれど、サボっているというのが実情か。

また、ワークショップ関係の成果も幾つか文章にした。もう一つ、投稿しているものがあるが、まだそれは出ていない。
生態学会誌の記事も2年越し、という感じの記事である。同時期に書いたものもお蔵入りしているし困ったなぁ。

お蔵入りといえば昨年書いた本の原稿は出版社側の都合で完全にお蔵入りとなったようだ、残念。骨子部分は報告書にもかいている。

【展望】
もう一つの科研費の報告書、それと関連した文章を書きつつある。まずはそれを仕上げること。報告書をもとに、その先に本を作らないといけないなぁ(トオイメ)
書きかけのもの、書かなくてはいけないものはまだまだあるのだけれど。
まずは科研費報告書からだ。





■書いたもの
佐久間大輔・横川 昌史・山中亜希子 2016 自然史系博物館における子どもワークショップの展開と課題 全国科学系博物館協議会 第23回研究発表大会予稿集: 67-71
http://jcsm.jp/wp-content/uploads/presentation/23case10.pdf

佐久間大輔 2016.2. 学術基盤としての博物館のネットワーク 研究活動と人材養成のために. 日本の博物館総合調査研究:平成27年度報告書: 176-184

佐久間大輔 2016.2. 博物館 web サイトの URL タイプからみた博物館の情報発信の課題. 日本の博物館総合調査研究:平成27年度報告書: 185-195

佐久間大輔 2016.2. 自然史系博物館の資料保全. 日本の博物館総合調査研究:平成27年度報告書: 211-214
以上3件は
http://www.mus-nh.city.osaka.jp/sakuma/mirror_museum-census_jp/report2015/に所載

佐久間大輔ほか 2016.3. ミニ展示「しぜんしワークショップ展」記録集. 大阪市立自然史博物館
http://www.mus-nh.city.osaka.jp/sakuma/ws201603.pdf

西澤 真樹子 , 高田 みちよ , 渡部 哲也 , 平田 慎一郎 , 田中 良尚 , 松浦 宜弘 , 佐久間 大輔 2016.3
2012-2014年に「南三陸勝手に生物相調査隊」により収集された宮城県南三陸町周辺の生物標本目録・観察記録. 自然史研究 3(16), 273-292
http://ci.nii.ac.jp/naid/110010019118

佐久間 大輔 2016.7 共有財産としての博物館資料・博物館コンテンツ (特集 デジタルアーカイブと社会教育施設). 社会教育 71(9), 20-25

佐久間大輔 2016.12 本当のアウェイに生態学を届けるためには. 日本生態学会誌66巻3号:671−672

お座敷
2016.2 日本博物館研究協議会
2016.3 三重大学学芸員養成講座シンポジウム こちらの記録集は近日公開されるようです。
ほか。

博物館コレクションの特色はどうやってできるのか

とあるところで、シンプルな問を受けた。
「地方博物館のコレクションはそれぞれの博物館で特色を出せていけないのか」
博物館が戦略的に「個性的なコレクション」を作った例はいくつもある。横須賀市立の博物館が発光生物に関する研究を進展させ、その関連のコレクションを形成したのもその一つだろう。寄生虫博物館のコレクションは当然のように寄生虫に特化した個性あるコレクションが形成されている。そうした意図的なコレクションの個性もあり得る。
しかし、本当に個性あるコレクションは「結果として形成された」コレクションではないか。その博物館にどんな研究者がいたのか、その博物館の周りにどうしたコレクターがアマチュア研究者がいたのか、結果論として形成されたものが価値あるコレクションとして重要ではないか。博物館の歴史がコレクションの特色を生むのではないか。そうやって形成されたコレクションは研究成果に基づいた予め価値の明示された特色あるコレクションということができよう。
大阪の自然史博物館は世代的にはようやく私で3代目であり、先代、先々代の存在がコレクションの特色を作っている。多分、私の活動でもコレクションの特色を作っていっているはずだ。多くの歴史の浅い公立博物館の特色は、これから形成されていくはずである。
日本の自然史系博物館で特色あるコレクションとして形成していくための手段は、ここの博物館学芸員の研究活動を充実させていく事、博物館周辺のアマチュア研究活動を充実させていくことにほかならない。
日本の自然史博物館政策として、どのように博物館を、そして学芸員を育成していくか、(我田引水ではあるが)重要ではないかと考えている。

2016年懺悔その2 キノコ関係

■きのこに関しては、2016年は菌学会フォーレに向けて動き回った一年であった。それと2018年きのこ展に向けてなんとなく動きはじめた感じ。

【反省】上にも書いたが、なんとなく2018年のきのこ展を意識し始めている。昨年、東京都美術館に展示したキノコのセットを今年は長野県のピッキオさんで展示した。春から夏に向けて、長野から送られてくるキノコのフリーズドライを作ったり。
また昨年行った中高生向けプログラムに、ワークショップなどのネタを併せて報告記事を書いたり、観察会の時に、見つかったちょっと面白いネタを記事にしたり。
 そして、秋のフォーレに向けて、準備したのだけど、講演会のネタは十二分にまとめるところまでは至らなかったか。でもここまでまとめたのだから菌学会報に向けて投稿しよう。もう一息のはずなんだけどなぁ。
 キノコに関して、毒きのこ関連の依頼が少しづつ増えている。やむを得ないか。
 気にかかっているのは昨年の菌類学セミナーの内容をネタとして膨らませられていないこと。実行のための舞台装置は準備しつつあるのでなんとかしたい。その前に報告記事を、か。

 その他、今用意している共著のものはもう少しまで来ているものがいくつか。
 一昨年からやるやる詐欺のキノコのヒミツ改訂にも実はこっそり着手している。他の仕事が忙しくなったときの転位行動なんだけど、それはそれ。
 年末までにとあるキノコの記事の締め切りが・・これは長年の宿題ではあるのだが。

【展望】「キノコのヒミツを知るために」改訂は頑張る。次の特別展の図録は違うものにしたいのだ。共著のものはなんとか早めに放り込みたい。
 キノコ標本のあり方については1月の菌類学セミナーを一つのきっかけにしたい。


■関係の書いたもの
・飯沢 耕太郎 , 佐久間 大輔 , 片山 周子 2016 三人閑談 きのこの世界 三田評論 (1197), 72-83, 2016-02
・Naoki Endo, Wanwisa Fangfuk, Daisuke Sakuma, Cherdchai Phosri, Norihisa Matsushita, Masaki Fukuda, Akiyoshi Yamada 2016 Taxonomic consideration of the Japanese red-cap Caesar's mushroom based on morphological and phylogenetic analyses. Mycoscience 57(3): 200–207
・佐久間大輔 2016 大阪市立自然史博物館の児童・学生向け菌類プログラム. 日本菌学会ニュースレター2016年7月 3−4.
・佐久間大輔 2016 大阪府南部のクモタケ. NatureStudy 62(5)
・佐久間大輔 2016 天王山と若山神社のキノコ. 島本・緑と水を守る会 緑のニュースレターNo.217: 2-3
・菌学会フォーレ要旨集

■関係で喋ったお座敷
・関西菌類談話会
・日本菌学会フォーレ
・自然毒研究会
ほか

2016年の懺悔その1 ―里山と生物多様性―

例年のことだが、年末に今年何をしたのか自分の半生としてまとめておきたい。これをまとめておかないと、ちょっと先へ時間軸を伸ばして今の仕事をどうまとめていくか、考えるきっかけを失ってズルズル行ってしまうからだ。
業績のまとめは仕事的には年度、という方がいいんじゃないの、という方もいるかもしれないが、バタバタとした年度末にゆっくりと考える余裕はない。学生は学年という年度が大事かもしれないが、仕事をしていると年度末の方がいいのではないかと思う。しかも年度末の3月には学会もあり、シーズンもすぐ目の前に迫っているのだから。

【反省】
 さて、ここ数年あまり、新しいブレークスルーを起こせていない自分の里山研究ではあるが、ちょっとここへ来て「これまでのまとめ」を求められるシチュエーションが増えているのと、そこから草山に着目することで前から気になっていたことを深めつつある。後段のところはまだ進行中であるが、年始ぐらいには少し形を作りたいなぁ。
 これまでのまとめ的なものは書きかけの原稿を形にすること、そして新たに本の一節を担当することになりつつある。

 植生図のことも氷河時代展にかこつけてちょっとだけはかけたように思うが、書ききれてないことはたくさんある。この解説書、本にならないかなぁ。

 里山から少し離れて、生物多様性一般に関しては、コーディネート的な役割が強くなってきている。それは仕事柄というべきでもあるのだけど、今年は仕込み的な仕事が非常に多い。でもその仕込の端々で考えたことや書いたことを、少しずつでも出していかないとなぁと思っている。

 なんだか、思いつきをちっちゃい文章にするのは楽しいことで、昨年のセンバヤマに引き続き、今年もくらがり峠の駄文を書いてしまった。こういうのは少しづつでもやっていきたい。

【展望】
キノコと里山の論文は書いてしまう。本も夏前脱稿を目指して書く。草山の件は生態学会に間に合わせなくっちゃ。


「書いたもの」
佐久間 大輔 2015 シンポジウム「つくるレッドリストでなくつかうレッドリストへ」 レッドリストを生物多様性保全ツールとして活用するために 地域自然史と保全 37巻(2) 83-86
佐久間大輔 2016 絡み合う文化多様性と生物多様性. 『営みの基盤 -生態学からの文化的景観再考- 文化的景観スタディーズ02』 奈良文化財研究所:10-15

佐久間大輔 2016 暗峠のくらがりとは? 近畿植物同好会会報123:28−29
佐久間大輔 2016 最終氷期の植生図から考える大阪の自然. Nature Study 62(9): 4
大阪市立自然史博物館 2016 氷河時代─気候変動と大阪の自然─ 60pp.(分担執筆)
佐久間大輔 2016 木へんの漢字 NatureStudy 62(11): 3-6

「お座敷」
・生物多様性の日セミナー
・大阪自然環境保全協会
・吹田市 すいた環境連続セミナー「地域で閉じない里山を考える」11月26日
・生物多様性協働フォーラム 生物多様性のためのソーシャルデザイン コーディネーター
他にもたくさん





CC-BYな生物情報と図鑑

 非常に気が重く、このエントリーをうまくかけるかどうかなのだが、FBやツイッターよりもブログ向けの内容だと思い、書き始めておく。
書くきっかけとなっているのは、
「琵琶湖博物館学芸員による著作物からの不適切な引用について」
http://www.lbm.go.jp/information/detail/20161109_owabi.html

の一件ではある。
 私はこの問題の詳細を知らないし、当事者でもないので、当該のケースの是非に言及するつもりはない。
 著作権者とのコミュニケーションが不十分な状態で行われた「不適切な引用」、というかたちでこのケースは決着するのだろう。そこにどういう非があったのか、追求や検証は博物館界としては必要にも思うけど、この場でできること、すべきことではないので一旦個別ケースからは切り離して仕切り直したい。

 図鑑の情報を、博物館やwebで利用するというケースは非常に多い、そこで起きたトラブルが今後にどのような影響をもたらすかのほうが気にかかり、このエントリーを起こしたわけだ。端的に言えば「図鑑の記載を利用すること」、のハードルが極端に高くなることを懸念している。

 図鑑に載せられた情報のあり方として、「私的著作物としての権利保全」という側面と、「パブリックドメインとしての社会的共有物」であってほしいという利用者側からの要請という側面があるような気がしている。これはもしかすると図鑑に限らず学術著作物全般に言えることかもしれないのだが。図鑑著者だけでなく辞書編者、分類学者の権利保全、というところまで及ぶかもしれない問題ではある(とは言えこのエントリーだけでそこまでの議論はできない)。

 図鑑の著作権問題、剽窃騒動としては古くは牧野図鑑と村越図鑑の争いが有名だ。
近代日本における植物図鑑の発達とその背景
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004092283


村越植物図鑑と牧野植物図鑑の比較 : 村越植物図鑑の再評価(有料なので未見)
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006884625


牧野植物図鑑の謎
http://amzn.to/2fYyCnc


 しかし種の記載が中心となる図鑑の内容というのは似通ってくるものだ。手元の平◯社や保◯社の図鑑などを見比べても種の記載や分布情報はほぼ一緒だ。前の図鑑に記されたご認識もそのまま引き継がれていることなんてのもよくある。

 種の認識や形態的特徴なんて言う部分は本来、人によってそんなに表現が変わられては困るものだ。基礎とすべき先人の仕事があって、その上に新たな情報が加味されて作られる。先人の仕事を明記するあり方として引用というマナーができたというのが学術著作物の基本的なスタイルであろう(もちろんその間にご挨拶や仁義や人間関係などがいろいろあるんだけど)。ただし、個々の部分に引用が明示される論文と、本や図鑑などでは巻末に参考文献・引用文献などとしてまとめられるものでは多少のスタイルの違いはある。どちらにせよ通常、当該箇所をすべて「」でくくって、というような引用ではない。図鑑的なものでは論文と同一のスタイルでの引用はあまりされていないというのが本であれ、webであれ、の現実ではないか。
 もちろん、先人の著作に最大限のリスペクトが払われるべきであり、現在刊行されている書籍に関しての問題となると、さらにややこしくもなる。だからといって全くゼロから解説や形態記載を書くというのは、かえって種の認識を惑わせることもある。重要とみなす形質は筆者によって異なるからだ(これはそのほうが多角的にその種を認識できるという利点もあるが、保守的に先人の意見に従って置きたい場合も多い)

 このような複雑なバランスの中で、新たな図鑑執筆や種の解説は作られていく。本当は先人の仕事も、自分もCC-BYせめて、CC-BY-NCで宣言してくれてたらどんなにか楽なのに。

 しばらく前に某社の図鑑の和名・学名リストが出回って、リストをつくる研究者はルックアップテーブルに使えるので大変便利だったのだが、それは著作物の権利を侵害するとストップがかかった件があった。これも著作物の権利を重んじて利用の部分に目をつぶった判断だったろう。
 図鑑のアップデートを考えると、学名だけでもクリエィティブコモンズ化していくほうがいいのに。そうでないと現実にデファクトスタンダードはYリストやグリーンリストにうつっていく。
これは図鑑としてどうよ、と思わないのかな。(今回の件には出版社は関与していないようだが、そこもやや気になる。)

 図鑑などの著作物の運用があまりにも厳格に私的権利重視ですすむと、社会の中に知識を広げるという学術著作物の本来の目的の1つにはなかなか達成しづらい状況になる。博物館やwebが舞台になった今回の件はそうした背景があって、という理解もできる。(もちろんそれ以外の不手際があったのだろうけど)

 図鑑など生物の情報をオープンコンテンツにするためにはどうすればいいのだろう。
社会の財産として、公的資金で最初からオープンソースな図鑑をつくるか、
Wikispeciesは最初からCC-BY=SA 3.0で公開されているからそこに乗っていくのか、既存のメディアにここまでならフェアユースとして使っていいよ、と宣言してもらうか。難しいところだとは思うよね。すべて著者の了解があっての話。著者に後から許諾を得るというのはかんたんなことではない。
 「図鑑がオープンコンテンツであるべきだ」、というのと、「どうすれば図鑑をオープンコンテンツにできるのか」は全く別の話なのである。

 でも現実にオープンコンテンツでなくてもweb上に様々な情報が出回っちゃうことで図鑑の商売は成り立ちにくくなるし(もう既にそういう部分はある)。一方で全面的にゼロからかける図鑑編者なんて、どの分野でももう難しい状況でもある。図鑑の将来を考えるときに、改訂を含めた二次利用の面は無視できないし、利用者サイドの利便性をどう高めるか、という観点も必要になってくる。図鑑のオープンコンテンツ化は目の前の権利の問題だけでなく広い視野がほしい。そこには書き手の分類研究者がご飯が食べれるようにという問題も当然含まれる。

 以前、学術図書著作権の公的機関への譲渡のススメというエントリーを書いたが、図鑑のオープンコンテンツ化をすすめるには真剣に考えて欲しいところだ。もっとも、そのためには博物館がまず著者から信頼される存在で無くてはならない。
道はかなり遠い。

大学院選びは「お茶の時間」で決めよう

ちょっとツイッターとかFBとかで欠くよりは、と思って久しぶりにblogで。
もうこの秋の大学院受験は願書出しの時期が終わってしまっているんだろうけども、学部生が大学院進学をするときの研究室選びについて、相談されたりしたので、過去にも話したりしたことはあるけど私の個人的な意見を。
■何を研究したいのか、イメージをつかもう
学部生の知識では、まだ業界地図は描けないだろう。どんな研究を、どこの研究室がやっているのか見渡すのには学会に出掛けて見て回るのが一番。はじめての学会だと、同じ大学の人とばっかり行動してしまいがちだけど、そこは一人で気の向くまま、興味の赴くままに見て回ったほうがいい。自分の興味に忠実に行動するためにも、退路を断って知らない人とのコミュニケーションを取るためにも。友だちといると友だちと話して終わっちゃうでしょ。生態学会など春にある学会だと3回生から4回生になるタイミングでの学会参加がオススメ。生態学会は学部生無料だし。
【私のときつまり四半世紀前は他分野からの参入だったので直接研究室を訪ねて歩きました、それこそ友達の下宿を泊まり歩きながら】

■教授に話を聞くのも大事だけど、院生と話そう
その研究がどんだけ面白いか、それは教官はみんな魅力的に話すよ、それが仕事だもの。どれだけ意義があるか、どんなプロジェクトか。おすすめしたいのは、それだけでなく、その研究室の大学院生とも話してみること。ロールモデルになる先輩たちだ。その院生たちが自分の研究をおもしろそうに語るか、いきいきとしているか。それは自分がそこへ行ってどんなふうになるのかをはかるバロメーターになるだろう。
 もっと言えば、お茶の時間とか、ご飯のときに混ぜてもらうといい。(そりゃ飲み会でもいいけど)研究室の雰囲気がきっとよく分かるだろう。大学院に入って、多分いちばん長い時間を過ごすのが研究室のメンバーたち。この人らの研究や生活に向けてのスタンスが、自分の「肌」に合うか。それは自分でしかその場でしか判断できない。研究をしにいくのであって、遊びに行くんじゃないんだから、と思うかもしれない。でも仲間から研究のスタイル・スタンスは学ぶものだし、心地よく研究する上での重要な点だ。特に遠隔地の大学に行くのであれば、人間関係の主要な部分になるだろう。健全なメンタルのためにもけして無視できない。「ぬるま湯な研究室ではダメだ」という考えのひともいるかもしれないけれど、私は研究は知的興奮の中でやりたかったし、いわゆるブラック研究室で人材が育つと言う事例を私は知らない。ギスギスの緊張感の中に行きたい人はそうすればいいけど、学びの場、としてはどうなのかなと思う。
【私はお茶の時間で決めたんだろ、とよく言われた】

■キャリアのセルフデザインを
上に書いたような内容は、博士課程までを視野に入れた話だと思う。長く研究をやっていくことを自然に前提にしていたように思う。
自分のキャリアなんてままならないもの。それはその通り。でも、なんとなくで道を決めるのではなく、自分がこの先にどうしたいか、イメージは持っていた方がいい。卒論の仕事を仕上げたいからとりあえずそのまま大学院に進む、というケースはそうとう多いとは思うけど、その先どうしていきたいのか。「一般的に企業就職が難しくなるから」というような評論家的な判断ではなく、自分がどうしたいのか。そこで判断していくしか無いんじゃないかと思う。もちろん家庭の事情などいろんなことで判断が狭まる場合だってあるだろう。でも社会人入学の大学院だって随分一般的になったし、研究は大学院の中じゃないとできないなんてこともない。大学院しか知らない、というのじゃない研究者が必要な場面だってたくさんある。柔軟に未来の自分の目標は柔軟に持っていた方がいい。

偉そうに、今はそんなの通用しないよというストーリーを描くつもりはない。
自分にあった身の置き場、というのを研究テーマだけでなくトータルな研究室の様子を見て決めるのは大事だよ、ということだ。研究室が「いいなぁ」と思えるような状況だとしたら、それはやはり教官の研究室経営がうまく行ってるとも言えるのだろう。

とは言え、職を得る、というのも大して変わらないよなぁと改めて思う。研究職に限らず、そこの職場カルチャーあるいは社風といったものが、肌に合うかどうかって大事なことだと思う。



5月20日「府指定天然記念物美多彌神社のシリブカガシ社叢の調査報告会」

ML[omnh]に配信されたものを許可を得て転載します。(携帯番号のみ削除しました)

大阪府指定天然記念物「美多彌神社(美木多神社)のシリブカガシ林」の現況と保全に関する報告会(勉強会)が開催されます。泉北ニュータウンの開発からシリブカガシ林を守ろうとする保護運動が全府的に高まった、大阪の社寺林保全活動のメッカとも言える地ですが、保全活動を担って来られた「堺植物同好会」のメンバーからは、「高層木はみごとに発達していて極相林の林相であるが、林内にはどんぐりは多数落ちているが極相林を持続させる後継木がほとんど育っていない」との不安の声も聞かれます。林内に生育するクスノキとコナラの大木が、シリブカガシの樹冠層に覆いかぶさっているような場所が見られるのも不安の要素となっています。
 これまでの保全活動とシリブカガシ林の経年変化を検討し、今後の保全活動の指針を得ることを目的とした報告・勉強会です。堺植物同好会の方々の都合で平日の日程になりますが、多数の方にご参加いただきご意見をいただけたら幸いです。また、シリブカガシや泉州地域の植物に興味をお持ちの方、社寺林等の保全活動に興味をお持ちの方にご連絡いただけましたら幸いです。

「府指定天然記念物美多彌神社のシリブカガシ社叢の調査報告会」
1 日時  平成28年5月20日(金)
       午後2時から4時頃まで
2 場所  大阪府文化財調査事務所 1階講義室
        堺市南区竹城台3丁21−4
        電話 072−291−7401
(地図の若竹大橋北詰の北側にあります。泉が丘駅から徒歩約20分です。
 入ったところが3階で、大阪府文化財センターの本部です。
駐車場は数台でしたら駐車できますので、相乗りでお願いします。)
       
問い合わせは 大阪府教育庁 文化財保護課
         文化財企画グループ 阿部 
         電話 06−6210−9900(直通)
             06−6941−0351(内線3493) (月曜日〜水曜日)
           までお願いいたします。

阪神・淡路大震災時の記憶:避難所支援プロボノのすすめ

熊本の一連の地震を受けての自然史系博物館をめぐる状況については別に西日本ネットFBを通して発信しているが、それとは少し違う、震災をめぐることを。
 東日本のときより、今回のほうが阪神・淡路の記憶を揺さぶられている。
 私が避難所となっていた東灘小学校に入ったのは震災後3日目、丁度このくらいのタイミングだった。住民の方々のストレスも高まってきており、避難所運営側に入ったボランティアは難しい立ち位置だった。物資の配給や情報の伝達、プライバシーの確保など、被災者のすべての要求に応えることは難しかった。(今回もそういうことはたくさん起きているようだ
 行政でない人間、しかも自治会の人間でもない当時大学院生だった私たちやもっと年上のボランティアリーダーたちがそういう形で現場に入っていたことも不思議かもしれないが、それくらい人手が足りなかったというのが実態なんだろうと思う。それとなんだかんだ縁があった人間が巻き込んで行った点なのだ。縁があった事は大事だと思う。
 それでも、本当に責任を持たなきゃいけないところには神戸市役所の何日も寝ていない、ぼろぼろになった職員たちがいた。この人たちを支えないと無理だ、と心底思った。
 被災地で足りないのはそうした地元職員たちを支えるスタッフだと思う。行政が専門の他地域の応援職員が入ってくるのはもう少しあとになってしまう。熊本でもまだ今は医療、ケア、警察、消防と行った人々であり、住民対応の手が足りないのではないかと思う。ここはしんどいところなのだが、行政と足並みをそろえるサポーターがどうやったらできるのだろうと思う。地域支援をやった経験のあるボランティアはそうした感覚を十分持っていると思う。ぜひそうした地域への入り方ができる道を模索してほしい。あるいはこういう部分は公務員経験を持つ「プロボノ」が必要な部分ではないかと思う。公務員OBなどにも期待したい所。
 いわゆる「ボランティア活動」に人をさばくことも大事なのだが、それとは違う部分。
これが今日ブログで書こうと思ったことの一つ。

 もう一つ、これから上記のような行政と組んだボランティアの活動が必要な領域は、避難所周辺の非公式避難所の情報収集。
 行政が設けたオフィシャルな避難所では「プライバシー」だけでなく、子どもの鳴き声やペット、老人の徘徊などそれぞれに過ごしにくい様々な状況がある。こうした人達は自宅でも過ごせないとなると、近隣の公園や気の合う人同士など、大小様々な場所に集まり、自主的「避難所」が営まれることになる。実はこうしたところに上記のようなケアが必要なニーズが集中するのだ。雨や余震、配給や水など様々な要因によって、日々大きくなったり移動したり動きも多い。(これも今回もやはり起きているようだ)これを周り、情報を確認、聞き取りでニーズを集め続け、的確な情報や物資の提供に努力したのは神戸大学の学生を中心にしたチームだった。
 中長期化するにつれ、拠点的な避難所は周辺の小さな避難所を配給対象、ケア対象として把握する必要が出てくる。このあたりの状況は東北大震災でも同様だったろう。しかし、東北が津波被災を免れた場所にはちゃんとした家屋・施設が残っていたのに対し、阪神や熊本では地域が広く被災し「野営」や必ずしも安全でない公共的な施設など、住環境としては劣悪な場所に避難しているため、上記のような非公式な避難所ケアが重要になる要因が強いように思う。

 文化の出番はこれからあると思うのだが、今の段階は体と心のケアが大事。
そしてそれができるのは地縁、人の縁を持ったつなぐ仕事。
熊本大学の甲斐教授のブログなどでは学生たちが様々な活躍を見せているようだ。期待・応援したい。職業を持ってすぐに動けない身としては何かの参考になることを願いつつ、情報発信をするまでだ。

追記)
「野良ボラ」と言われるような支援詐欺的な集団もある、というのは悩ましいところだ。上記はそんな状況になかった牧歌的なNPO前史の時代といわれればそれまでだが、行政支援が必要なところは事前登録型、でもいいからそうした要因を確保できるようにしていければなぁと思う。
そのためには平時からの検討が必要と感じる。

にじゅうまるプロジェクトCOP2 魚食クライシス〜生物と文化の多様性〜 当日の感想

今日は名古屋大学まででかけてにじゅうまるプロジェクトCOP2の分科会に参加。
2年前大阪で行われたCOP1からの続きとあって、総合討論のコーディネーターとしてお声がかかった。
長良川などの三川、そして伊勢湾・三河湾を抱える名古屋とあってテーマは「魚食クライシス〜生物と文化の多様性〜」と魚の話をたっぷり聞いた。

演者の話はそれぞれ印象に残る、濃いものばかりであった。とりあえずツイッターに書きつけた感想は以下の通り。
















神谷氏のお話は印象深い。小学校教科書での漁業の取り扱うスタンス、水産庁のスタンス、漁業関係者のスタンスなどを比較しながら、語られる。確かにいきなりスーパーの商品として登場して、大規模漁業での水揚げからの取り扱い。魚としての扱いや食文化としての位置づけはなく、消費財としての位置づけを感じるという。現場の魚や、卸という立場からの目線は水産庁の水産資源、漁場の確保を語るスタンスともちがう。客に魚食文化をはじめとして魚の価値を伝えてきたか。魚に安い値段をつけるだけで様々なことを伝えてこなかったのではないか。結果として、客(消費者)は様々な地元の魚の価値を知らずに、多品種小料の様々な好みに応じた旨い魚を知らずに、つまりは国産魚の価値を見いだせずに、輸入魚に押される結果になっているのでは、という。

魚を知らなければ、それに価値を見いだせない。これはきのこもまったく一緒だろう。食用資源としての活用の価値を見いだせなければ全て毒きのこ扱いだ。日本の山には海外市場に十分出せるようなヤマドリタケ類もアミガサタケ類もいろいろあるのに。

この魚なお話は菌類の話といろいろに通じる。そうした魚の価値を知るのにやはり学校が大事だという。
これまで菌類学は学校で習わないから、と思ってきたけど考えてみたら案外いろんなものを学校では習わない。祭りや言い伝えなどの地域の民俗であったり、山や川のこともそう。かつては地域や家族で伝えていたものだが、こうしたものを社会教育だけで代替するのは難しいのだけど、地域教育や家庭教育のフォローアップやバックアップとしての機能はあるだろう。博物館などの社会教育施設は地域や家庭がうまく動かなかったときのセフティネット的な機能もあるかもしれない。

博物館で食い物の話となると数年前にやった「うまいもんから考える自然の恵み 生物多様性」のプロジェクトが思い返される。この企画、いずれまたやりたい。

菌学アマチュアのためのリソース集

本日大阪で開催された菌類学講座2016
「アマチュア菌学の活性化に必要な仕掛けを考える」
は多岐にわたる内容が紹介される濃い研究会でした。
復讐のためのいろいろなリソースを紹介しておきます。

日本の菌類インベントリー研究を充実させるために −菌類誌・図鑑・地域研究と博物館—(本日配布した資料 菌学会西日本支部会報に投稿した元原稿)
https://dl.dropboxusercontent.com/u/9835017/日本の菌類インベントリーB.pdf
Field Mycology 英国菌学会のアマチュア向け媒体
http://www.journals.elsevier.com/field-mycology
Mycokids 英国菌学会の子ども向け菌類普及リソース
http://www.britmycolsoc.org.uk/index.php/mycokids/
菌類の採集と記録マニュアル
http://www.britmycolsoc.org.uk/files/3612/9535/8770/Guide_to_RecordingLOCKED.pdf

Fungi 4 school 学校向けとなっているが、用語集や観察手法など充実したマニュアル集
http://www.davidmoore.org.uk/Assets/fungi4schools/

その他英国菌学会のサイトにはたくさんのリソースが
http://www.britmycolsoc.org.uk

North American Fungi
https://www.pnwfungi.org/index.php/pnwfungi/index

日本菌学会 データベースなどの動きも
http://www.mycology-jp.org/~msj7/index.html

入生田菌類誌
制作裏話
http://nh.kanagawa-museum.jp/files/data/pdf/tobira/17-2/tobira65_2otsubo.pdf
本編
http://nh.kanagawa-museum.jp/kenkyu/plant/mycotairyuda01/mycotairyuda01_index1.html
種山さんのサイト 牛肝菌研究所
http://w1.avis.ne.jp/~boletus/

井口潔さんのtwitter
https://twitter.com/Disco90130313
図解-きのこ鑑別法―マクロとミクロによる属の見分け方-デビッド-L-ラージェント
http://amzn.to/1OEKOBs

勝本謙著、勝本謙・安藤勝彦入力編集 (2010)
「日本産菌類集覧」  日本菌学会関東支部
http://sanoshoten.blog13.fc2.com/blog-entry-1124.html

近日のイベント
関西菌類談話会総会 2/13 @京都龍谷大学大宮学舎
http://kmc-jp.net/blog/?p=242

日本変形菌研究会 まだのってないけど 3/27 @大阪市立自然史博物館
http://henkeikin.org
https://www3.mus-nh.city.osaka.jp/scripts/Event.exe?C=0&G=%8D%75%89%89%89%EF%81%45%83%56%83%93%83%7C%83%57%83%45%83%80&T=%93%FA%96%7B%95%CF%8C%60%8B%DB%8C%A4%8B%86%89%EF%91%E5%89%EF2016&D=2016%2F03%2F27&M=3

日本菌学会京都大会
http://www.mycology-jp.org/~msj7/msjmeeting/2016.html

兵庫のアセタケ 測定用ソフトPhoto Rulerなど
http://inocybe.info

Fiji ImageJ2(MacでもWinでも、Linuxでも)
http://imagej.net/Fiji

帰宅困難者にならないために ロードテスト

数年前から、いざ地震となったら帰宅困難者になるかもしれないな、と思っていた。
東日本大震災の時の東京をみていて、南海が起きたら今度はレスキューされる側になる、その前に自分としてどこまでサバイバルできるのか、は試してみないといけないな、という思いは強かった。
「帰れない」、ということはまた「駆け付けられない」、ということでもある。

原理的には自力で帰れないあるいは駆け付けられないエリアには住むべきではないんではなかろうか。そう思ってしまう背景には自宅が京都伏見、職場が大阪長居と50km離れている、という個人的事情がある。

車で高速を使えば一時間少々、電車でも1.5時間の距離だが、歩くとどうなるだろう。Google mapでは9時間30分余と出てくる。車でもいつでも厳し目のGoogleの推定だが、これは歩ける距離なんだろうか。
50km。時速5km強のペース。
そこそこの年齢にもなり、脚力も高校生の頃から考えるとだいぶ劣化もしているような気がする。自分の限界がどの辺にあるのか知っておかないといざというときにどこまで無理ができるのかもわからない。アホな試みではあるが1月17日、阪神・淡路大震災の起きたこの日にためしてみることにした。
幾つかのルールを設定。

自転車でなく歩く:阪神・淡路の時に3日目に入った現地はまだ瓦礫ガラスの散乱する路面だった。大阪で大きな被害が出るとすれば、なかなか自転車にはシビアなコンディションだろう。歩くことで見えることもたくさんある。ということで徒歩に。

地図を持たない:コースは十分わかっているつもりだがここはいろいろ想定して地図を持たず歩くことに。実況用にアイフォンは持って歩いたが、Googlemapは禁じ手に。バッテリーの減りも早いしね。

夜10時になったら最寄り駅から電車に乗る:無制限にはせず、スタートから10時間でゲートクローズ、ということに設定。最悪でも終電で帰れる、安全側によせた判断。

で、2016年1月17日、午前10時から実際に歩いてみた。
ツイッターの実況をみてもらうほうが早かろう。
http://twilog.org/sakumad2003/date-160117

結論
・多少足の筋は痛めたが歩ける。筋肉痛も翌々日には回復。
・京街道はなかなか面白い。古木や自然堤防、古い酒屋、町家など興味深いものがたくさんある。下調べしてから歩いたらもっと楽しめるだろう。
・しかし、歩いて着いてすぐさま何かできるほどの余力はなかった。少し体力アップが必要。
・靴は幅がやや狭いようで、小指の内側に大きな血豆ができてしまった。外反母趾、内反小趾、などなどの原因にもなっている感じ。
・12時間のゲートタイム前に最終の駅は通りすぎたが、自宅までは12時間30分だった。7万4千歩あまり。途中寄り道、ミスコースもあるのでなかなかの距離を歩いたことになる。

 芸人さんがやるようなアホな個人企画ではあるけど、実体験として距離感というか物差しができたのは大きい。やってみてよかったとは思っている。
 もっとも、いざ地震となったら博物館でのいろいろな対応もあり、そう簡単には帰れないのはわかっているのだが。

セルフアーカイブツールとしてのTwitterの○と×

2003年未年の年末にこのBLOGをはじめてはいるが実質的には2004年の春頃から。断続的に書き始め干支が一周りし13年がたった。2008年にTwitterをはじめてからもう8年。この間にSNSをネタにJMMAで話したり、研修で話をしたり、さらに幾つかの報告を書いたりもしているので、私にとってもはやBLOGやSNSは博物館学活動の一部である。それだけで博物館の業務が回るほど世の中甘くはないのでまぁ相変わらず通勤や夜が中心の活動でもある。
さて、Twitterもなんだかんだ、よく続いているメディアだとは思うのだけど、いまさらながらライフログとしての○と×を簡単に。というのは、自分の過去の日記のようにあの時あの写真をとったのはどこだっけ、あのイベントを担当した時にどんなことを考えてたのか、などと振り返るのに利用するようになってきたからだ。
でも、そうしたセルフアーカイブとしては、残念な点もある。あと5年、10年と使い続けていくためにはどうしたらいいのかを考えるためにも、メモとして書いておきたい。
◯Goodな点:
・過去のツイートが検索しやすい。これはFacebookに対して圧倒的に便利な点。検索されたくない、という場合は別だが。それもあって私の場合には個人的なことはFBで友人限定でつぶやくなど使い分けにもつながってる。
・周辺サービスが充実している。なんだかんだ言って連携サービスが豊富。特にTwilog, TogetterのようなアーカイブのためのツールはFBでは適当なサービスが見当たらない。RSS連携などはイベントPRなどの自動流しこみにはかなり便利。
・ここ数年iPhone やSafariとの連動がしやすくなったのは個人的には使いやすいと感じている
・なんだかんだ言ってまだ過疎化していないのはありがたい。今でもニュースの広がり方はFBやLineよりいいと思う。Mixiの過疎化は早かった。


×Badな点
・周辺の無料サービスはしばしば予告なくストップ、過去ログも消える。
これが最悪な点。twittermailの古いログ(最初の頃、携帯メールで書いてた投稿が最初の数十字をのぞいてほとんど消えた)、http://lockerz.comの写真(2012年頃の写真が・・)などなど消えてしまったものも少なくありません。twitpicですら危なかった。写真データはflickrみたいな専用サービスと連携する方が良いのかも。
・API制限などの方針が揺れたのも大きい。
クライアントも幾つか渡り歩くはめになりました。Blogに流しこむのも難しかったり。そういえばLivedoorは結局発言まとめのBlog流しこみは実現させてないな。
・リンクのプレビューがつかない。FBが実現させてるから余計目立つ。これがつくようになると、リンクへのクリック率が高まると思うんだけどな。是非実現させてほしい機能。

なんだかんだgoogle+も来なかったし、instagramが単体で成立することもどうなんだろう、と思ってます。とにかく、アーカイブとして機能するためには過去データの保全に繋げるようTwitter者には、頑張ってほしい。できれば個人としてもバックアップできるようなんか方法ないのかな。

ちなみに過去の私のツイートの月別ツイート数。2011年、12年がピーク。そこよりは落ちてるけどまぁ、安定してるかな。









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