最初に断っておくけど、この文章は菌学をどうやって勉強したらいいとか、おすすめの教科書とか、おすすめの研究室を紹介したりするものではない。勉強のことは自分のいる大学の先生とか、この人に教わろう、と決めた先生に聞いてください。どっちかというと、そうじゃない部分のお話。学生の皆さんには余計なことの部類に入るかもしれない。
 そもそも、この文章を私が書いている動機は、学生さんのためにという思いやりのこもったものではなく、極めて利己的な、ギョーカイの事情的な要素がプンプンと匂うのだ。正直そんな説教臭い文章を書くような質ではないし、自分がそもそも四半世紀前に、そんなことを素直に聞くような学生ではなかったのをようく知っているのでちょっとどころか結構ためらいがあったりもするのだ。
 でもそのためらいを越えて、書こうか、というのはまさに利己的動機、将来博物館で菌類を担う担当学芸員を一定数は確保しなければ、という事情からなのだ。ほら、利己的でしょ(とはいえ、私はまだしばらくは引退する気もないし、ぽっくり行く予定もないことは申し添えておく)。ただ、もともと博物館学芸員を目指していないで、最終的に(いや最終かはわからんがとりあえずこの20年)学芸員をやってしまった立場からいえば、別に博物館に限らないとは思っている要素でもあるのではとも思っている。もう一つあるとすれば、これから書くことはいわば寄り道のすすめみたいなものだから、教官からは書きにくいだろうなぁ、というのと、人によっちゃダメ出しにも聞こえるかもしれないから、これも今の世の中直接の指導教官からはやりにくいのもかも、なんて思うからだ。指導のしがらみもない私のほうが書きやすいかと思い、遠い回り道をするような書き出しで間合いを探りながらなんとかファイルを消去せずに書き始めているのだ。

 さてと、見取り図を示して書いていかないといつまでも目的地にたどり着かないから、ここで書きたい事を先に示そう。とりあえず3つのことを強調したいと思っている。一つ目は菌学を追求するのにも大変かもしれないけど、つま先立ちしてその他の世界をよく見渡しておくべきだ、ということ。二つ目は、菌学におけるアマチュアの重要性をよく認識しといた方がいい、ということ。三つ目はモノ、情報の処理の流れをしっかり知っとくことは大事かもよということ。
 そりゃ博物館学芸員になるにはそうだろうって?でもそればっかりじゃないと思うよ。一つ目は、菌類の生態を考えれば他の生物との関係なしにやってる菌類のほうが少ないわけで、生活史考えるんでも生態的な機能を考える上でも他分野の人と渡り合ってアピールできることが非常に大事。他の分野で何がいま面白いのかなぁ、これは自分の研究とどこかつながるかなぁということを意識していたほうが将来ポスドクで幅を広げるにしても共同研究の機会を作るにしても大事。そもそも公募の機会は「菌類」の募集じゃないかもしれないしね。他の分野にもからむ仕事をしておけば、採用される可能性だってある(まぁ、私もそうだった)。小さな大学や博物館の生物のポストは、色んな分野がわかること、その中で人と違う専門をもっていることは案外重宝される。人と違うだけじゃダメで、そこそこ色んな分野がわかることも大事。博物館だと他の分野との共同作業多いから、やっぱり大事。菌類専門でポストを取っていくにはこういうことも一つの戦略だと思う。
 二つ目は菌学がプロとアマチュアの両者から成り立っている学問というのを利点として活かすべき、ということでもあります。アマチュア団体との交流しっかりやってると博物館は結構即戦力としてポイント高いと判断されることも多い(少なくとも面接まで行けば)。大学でも社会貢献は重要視されるくらいだし。そういう打算的なことを抜いて、院生の皆さんはライフプランを考えていく上で大学以外の人間関係をもっていることはすごく大切だと思う。大学院を出て教育や企業の現場に行くこともまぁ、ふつうのことだし、そのときに菌類研究をどう続けられるのか、なんてワーキングモデルをもっておくことは大事なことだと思う。何より科学が市民の中にあることをよく理解できる現場だと思いますよ。
 三つ目のモノ、情報の流れを知る、というのは色んな方法があるけど、一つおすすめしておくのは、大学や企業に行くにしても「博物館」という世界を知っておくことは良い経験だと思う。大学で、標本の作り方、保管の仕方、情報の取扱をしっかり学べるところは、もはや少ないのではないだろうか。標本の取扱をまなぶ「資料保存論」、「保存科学」なんていう世界があることは普通に菌学だけやっていると意識しないんじゃないだろうか。博物館経営論も研究機関・教育機関が社会の中に存在している意義を考えるきっかけになるんじゃないか。例の大臣発言でもってちらりと注目が集まった「学芸員資格」だが、大学で必要な単位を取得して申請すると得られる国家資格だ。自分の大学でどうやったらその単位を取得できるのか、どんな形で開講されているのか、まずは調べてみたらどうだろう。もちろん卒業にも学位には関係のない単位だが、学芸員資格関連の単位をとっておくのは、研究者としてやっていくにもプラスになる要素は多いのではなかろうか、と思う。そりゃ単位を揃えるのにはそれなりにいろんな事業を受けなくてはならなくて大変なんだけど。
 学芸員資格を取得するには、大学などで単位を取るほかに2つのルートがある。一つは試験認定。東京で年に一回受験チャンスがある。過去問などはここで公開されている。単位数も多くなったため、一年で全部取得するのはけっこう大変だが、数年かけて全単位合格すれば取得できる。もう一つは、終始または博士を持った人が博物館で【2年以上学芸員補として勤務すれば】審査認定を申請できる。ただし、これも自動的にではなく審査があるので、博物館で単位取得に相当するうような博物館学関連の業績をきちんと上げていることが必要なようだ。
 近年の学芸員資格単位が増えてから、各地の博物館で採用に苦労するケースを良く耳にする。特に研究者試行で学芸員をとりたいのだけど、県などの人事が「学芸員資格」を採用条件に入れているために候補者が極端に減ってしまうケースが少なくないからだ。理科系の学芸員採用に学芸員資格を求めていない博物館もないではないが、逆に言えば、求めてくる所もそれなりに多い、ということだ。博物館への就職を考えるなら、とっておくことを進める。博物館への理解も深まるから、採用選考時にも当然役に立つ(ただし、批判的に学ぶのであれば、だ。どんな分野でもそうだけど)。注意点は学位を持っていて上記のように勤務経験がないと学芸員資格相当にはならないので、「受験資格がない」とはなからはねられる場合も多い、ということだ。
 博物館学の単位は文系的内容が多くて・・という声も聞くがそれは教え方にもよるし、実習はどこを選ぶか、だ。大阪市立自然史博物館での実習は春に自己申告で、大学事務から申し込む。それに漏れてしまったが、どうしてもという菌類関係者は個人的にコンタクトしてほしい。規定にあるように別枠の実習の可能性もある。博物館学の単位が自分の大学や学部で揃わない?そんな場合にも昨今は多くの大学で他大学の単位を申請できるケースもあるだろう。放送大学の学芸員資格関連の講座も単位互換制度などもあり、選択肢だろう。場合によってはその他通信教育などもある。

 学芸員の資格なんてなくてもいいじゃない、という意見もあるだろう。たしかに、資格がなくても、博物館に対する深い理解があれば通用するかもしれないし、就職後、養成し取得するでもいいかもしれない。けれど、博物館法に規定された職種として、登録博物館にはその配置が要請されるという観点から、受験資格に最初から要求してしまう博物館も多いことは現実だ。大きな博物館には資格を持っている人がすでにたくさんいるから、新人の資格が必須でなくてもという可能性はあるが、最初から要求する大規模博物館が少なからずあるというのはやはり現実だ。

 博物館に就職せずとも個人研究者として博物館の振る舞いを理解していれば、資料の保存や社会教育の現場、地域と大学の関係の結び方、そして大学としての経営の方向に至るまで、自分の視点が持てると思う。一研究者としてでなく、社会の中での研究者のあり方を意識することにつながるからだ。フィールドで研究材料を取得し、しばしば地域社会にその還元をする必要がある研究者には、きっと役に立つと思う。

 ちなみに自分の大学で、教官がそういう自然系の学芸員資格所持の学生の養成もしたいなぁという奇特な人がいた場合には然るべき学芸員に集中講義をやってもらうケースもあるだろう。私自身は来年度は特別展を抱えるため全く対応できないけど、再来年度以降であればケースによっては対応できるかもしれないし、仲介ぐらいはできるかも。

 自然系学芸員候補の養成は、比較的大事で急務な課題だと思う。まずは、本人のやる気と意識なんだけれど。色んな分野を眺めて、なおかつ博物館の世界まで単位を取るというのは忙しい大学院生には簡単じゃないかも。だとしたら学部の学生はそういう状況を見こして、先に揃えとくという考え方でもいいと思う。

 学生が時代や業界の今後を眺める構図は私とは違うだろうから、今後5年10年、どういうところにポストが有って(空いて)、自分が研究を長くするにはどういうキャリアプランを想定するのがいいのか、自分なりに虎視眈々と考えていいんじゃないかな。私の視点からは、その一つの可能性は上記のような各ポイントにあると思う。もちろん私が学生の時とは時代は違う。ここまでの話は採用側の事情を含めてのアドバイスだ。違う時代にどういうビジョンで見通して、生き残るべく考えるかは、学生さん次第。
もう少し追記するかもしれないけどまずはここまで。