おさくの部屋

自動車生活にまつわる勝手なうんちく

資質って大切なんだ。

さて選挙。

党首討論はどうして見ていると不快になるのだろう。

今のところ勝ち組なはずの自民党。

やっぱ資質って大切なんだとつくずく思う。

安倍氏の小ささが強調されてしまっていることを誰も進言しないのかな?

国会の委員会答弁でもそうだけど、ことあるごとに

「前政権のときよりは・・・!」

ばかり。

私は安倍氏が思想的、人間的に嫌いだけど、政権運営では評価しなければならないことがたくさんある。

でもそんな気持ちもあの言いぐさひとつ、強弁的発言で吹っ飛んでしまう。

盲目的に嫌ってしまう「毛嫌い」ほど、大切なジャッジの際における危険な判断材料はない。

でも今はもう毛嫌いに近い。


以前にも書いたことがあるが、ここんとこの政治家には「重さ」がない。

言質のひとつひとつ、表情や感情の表現、所作。

一見、風格があるように見える森元総理や麻生元総理も口を開けばあんな感じ。ただ単にエラソーにしているひねくれ者だけに見えてしまう。

私が記憶している中では小渕さんが最後だったんじゃないか?

「はあ?」と思われる人も多いだろうけど、冷めたピザだの平成おじさんだのの部分じゃなくて、政治家が持つべき「重さ」ね。


リップサービスを除き、実務においては無感情な最小限の言葉で伝え、聴き手にその有効性や根拠、熱意や策略を想像させる。

世論や政敵から浴びせられる批判は、相手を認めるふりの装飾語を付けつつ無感情に受け流す。

言葉テクを駆使して相手を論破し、敵を下げて相対的に自分の位置を上げるのではなく、自分の政策がいかに正しいか、必要かを繰り返し主張する。

そこに大なり小なりのカリスマ性が生まれる。

たとえ嫌われても、根本的に否定できない、本質的に憎まれない鎧を纏うことができる。


別に政治の世界に限らず、不毛な議論を感情的にやりあっている姿を見るのは不快なものだ。

かつての自民党の政治家は、横綱相撲をとれるものがたくさんいた。

キャンキャン感情的に吠えまくる政権担当能力のかけらもないガキ野党に対し、表面的に大人の対応をしたり、たまに感情的な対応となっても「ああ言われたらそう言い返すのも仕方ないな」と聞き手に思わせる格があった。

でも不思議と今はそうではない。

ガキ野党に対し、ガキ与党。

ガキの罵り合い。

揚げ足の取り合い。

顕示欲のぶつけ合い。

閉口のレベルを超えている。テレビを消してしまう。演説に耳を塞いでしまう。

安倍氏も自分の主張は間違ってないと意地を張るのはいいが、聞き手の印象をもう少し考えた方がいい。

大嫌いなテレ朝。党首討論の「舞台」にイチャモン。

大義名分は不公平。偏向。

自分に言わせないと騒ぐ。進行が気に入らないと不公平。挙句、時間がどうの。

大嫌いなのは勝手だが、公でそんな感情すら抑えられない、隠すことすらできない短絡的感情を秘めた人間がこの国を動かしていることに恐怖を覚えた人は多いはずだ。

誰だって、自分が気に入らない奴がいたり、邪魔なモノがある。

でも自分以外の人が意を同じくしているわけではない。

そこを考えることができるかどうかは「資質」の一つだと思う。政策や行動力がどんなに良くても、そこが欠けていればダメなのだ。

庶民派、国民と同じ目線っても、政治家に対し国民は自分たちより上の格や資質を求めているのだから。


あーだこーだ言われても動じない重さ。

感情が安定している人は私たちに安心感を与えてくれる。

別に裏の顔はどうでもいいのだ。公衆の面前にあるときくらいそれを演じることができないと。


安倍氏は何らかの、自分に対する阻害要因が顕在化すると資質を疑ってしまうボロがでる。

イギリスのEU離脱という衝撃的出来事は、この参院選前に良い意味で何らかの判断材料を提供してくれるかもしれない。

政策自体は間違っていないと思うけど、私はあの人はダメだ。

次に続きそうな人たちもみんなそんな精神構造だから先が見えない。

今の野党は論外。

だから私たちは将来が不安になっているのにな。

そんな精神レベルの政治家ばかりなのに、憲法改正を任せるなんてムリ。怖すぎる。

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一所懸命という言葉。

さて、ひと月ほど更新できなかったのだが。

何もなかったかのようにいつもの感じで書くべきか。

このブログは私の安否確認?も兼ねているようなので、一応言い訳を書くべきか。

更新頻度が落ちてからというもの、いつも「忙しい」を枕詞にしているのでそれも何だか。


でも近況に触れないのもおかしいのでやっぱ書いておこう。


自分の事務所とは別に、携わっている仕事があるのは書いてきた。

そこの繁忙に巻き込まれているというか(笑)

私は単なる外注管理職と言っているのだが、さすがに首を突っ込んだからにはある程度まではやらにゃならない義務が生じるもので。

中途半端な責任感もそれに拍車をかけ。

事務所を出るのは晩の11時くらい、自宅には午前様、そこからメシの支度などが始まり、床に就くのは2時とか。

そんな生活がかれこれひと月以上続いている。

それに加え自分のお仕事もあり。

土日は事務所に出ることもあったり、グロッキー状態になったり。

死んでないけど、完全に死亡です。

ある程度の負荷に対する力は人並み以上にはあるんですが、さすがにギブアップ寸前状態。

今は男気だけで食らいついている感じ。

歳も歳なので回復力の衰えもありますがね。

情けないが、ブログどころではない。


まあ、この状況の打破を期待されて声がかかったのではありますが、道半ばと言うか。

まずプロパーのメンツの意識改革が必要なのですが、そこも道半ば。

これまでの川の流れを切り替えるのはハレーションが大きく、彼らが作ってきた「それが正しい」と信じて来たものを否定し、壊すのはもの凄い力を要することで。

強権的にやる方法を採ればいいんだけど、ひとそれぞれの人生がかかっているからね。

いきなり死刑宣告するのではなく、コツコツと凝り固まった殻を砕きながら少しずつ流れを変えていく。

目の周りにこびりつき、視野を狭くしている肉片を削り、首にまとわりつき違う方向を向かせなくしている石膏を溶かしながら。

「自分達が作り、積み上げてきたもの」を否定されるストレスは私だって分かっている。

しかし客観的に見れば明らかにNOであることもあれこれ正当化し、個々人の周囲に対する影響力の大小で正誤が決められながらいびつに積み重ねてきたもの。

これまでは誰もそれを否定しなかった、否定する人がいなかったわけだ。

「おさくなんぞまだこの仕事の仕組みを理解していないくせに」

「口で言うのは簡単だ。俺だって一所懸命やっているんだ」

こんな陰口をたたかれているのは知っている。

でも間違いは間違い。矯正しなければならない。


前述の意識がはびこると、自分たちの苦しみの原因が会社や経営者のせいにするようになる。

決して、自分たちのせいにはしない。

だって、「一所懸命」にやっているのだから。

この「一所懸命」と言う言葉は曲者で、そのベクトルの方向が違っていても「一所懸命」であれば正当化されてしまうのだ。

おかしなスポーツマンシップとでも言うべきか。

参加することに意義がある、みたいな。

仕事上その「一所懸命」を表すのが残業時間だったり。

そう勘違いさせる。


「早く帰れ」

「だって、まだやらなければならないことがあります!」

「じゃあ、どうすればいい?」

「人を増やしてください。新しい仕事をもう取ってこないでください」

「自分達のルーティンで削るべきムダな部分はないのか?」

「ありません」

「あそこの工程はダブっているからいらないんじゃないのか?」

「いや、万が一のことを考えて必要です」

「じゃあ俺が責任取るからやめよう」

「おさくさんはこの仕事を分かってないくせに!」

この繰り返し。


男たるもの、やっぱり仕事を自己実現と結びつけてしまう。

プライドとリンクする。

目先の仕事に誇りを見出そうとする。

しかし単純な仕事ほど、そこからの距離が遠くなる。

だから、「単純な仕事をわざわざ難しくする」のだ。

そうして外野からアンタッチャブルなものに装飾する。

気にしなくてもいい責任を単純な仕事に付加する。

繰り返す工程を付加する。

それによって効率がガクンと落ちると、

「お客様のために必要だ」

「組織のことを思ってやっている」

「一所懸命やっている」

と正当化する。

そんな状態にもかかわらず、生産不良率をゼロにしようとする。

だから「仕事のための仕事」がどんどん増えていく。

当然残業が増える。

対価として得られる残業代が生活水準維持の要と化する。

だから現状を維持しようとし、正当化しながらそこを改善されることを阻む。

とはいえプライドや収入の根源としてきた過大な残業は心を壊す。

心を壊したら「自分がこうなったのは会社が悪い、経営者が悪いからだ」と自己正当化し決して自分を責めない。



でも私はそんな人の心の弱さを知っている。

私に与えられたミッションからすれば、ズバンとやった方が効率がいいに決まっている。

人は周りの人によっていくらでも矯正できるはず。

常に「こう仕事したほうが男としてカッコいい」という刷り込みをやる事の大切さ。

それによって矯正された人間は意外な能力を発揮することがあるのだ。

少なくともその「カッコいい」の価値観は私が持っているもので客観的には間違いないと思う。

それだけの経験をしてきた自負がある。

かれこれ1年近く。

おさくイズムは浸透してきた気がするのだがまだ結果からは程遠い。

先に見切られるのは私かもしれないな(笑)



久々の更新でこんなことを一気に書いてしまうくらい、ヤられているのです(笑)

これで具体的に実務まで担わされたら壊れます。だから管理職的仕事、教育的仕事しかしない。

とまあ私は自己管理はちゃんとデキる人間ですから、限界になったらやめます。

体壊しても誰も面倒みてくれないから。

そんな時のことも考えてちゃんと自分の仕事も続けているわけです。

今の両輪で「人間らしい生活」ができれば一番いいんですが。


月曜は自分の仕事。

最近仕事の問い合わせも多い。

でも全件対応できないのが心苦しい。

とまあこんな感じの近況です。


次回はちゃんとクルマネタにします。

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どっかで見た景色。

こりゃいかん。

「忙しい」は心を亡くすこと。

日常の感性が失われているのだろう。ブログを書こうにも考えがまとまらない(笑)

こんな働き方でいいのかどうか。


とはいえ、書かなきゃならん。

スズキもやらかした。

「いやいや、数値はほとんど変わりませんから」と言われてもな。

私たちにとっては、燃費が変わらないのならいいのだけど、世のルールを犯していたいたわけだから社会的にはそうはいかない。

一部、「三菱と違って株価が持ち直したから制裁はこれで終了」という向きもあるがそうはいかないのだ。


でもやはり「民間に踊らされる行政」があらわになった。

自動車産業は日本の屋台骨。大なり小なり政治力があり、影響力がある。

それがもう半世紀以上続いているのだから。

一般国民や中小企業にゃ厳しい行政機関。でも「力があるところ」とはなあなあの関係なんだということ。

国は「それだけ社会的責任が大きい企業は悪いことしないから任せよう」という暗黙の了解もあったのだろう。

メーカーも「俺たちの方が詳しいんだから黙って見ていろ」という意識もあったんだろうな。

言葉悪く言えば、国が舐められていたんだ。

舐めた方が悪いのか、舐められた方が悪いのか。

自動車産業界には強大な序列がある。

系列のサプライチェーン然り、販社然り。

そして分野ごとにも序列がある。

作るところが上、売りは下。でも中を見ると売る方に対し作る方が頭を下げる。

新車が上。中古は下。

数え上げたらきりがない。

昭和の頃まではあちこち健全に競争してきたと思う。しかし、マツダが傾き、日産が傾いたあたりから「排他性」「閉鎖性」が強くなったと感じる。

要は、仲間は仲間。仲間以外は敵、みたいな。

かつてはなんだかんだ言って自動車という共通のものの中での仲間意識みたいのがあった。

でもそれが消えていき、グループ化とともに強いものに媚び、弱い者を叩くおかしな風が吹いてきた感がある。

強いものは我田引水のために政治を動かす。弱い者はそんな強い者に群がる。

社会は、強者こそ正義かのごとく受け入れ、支持を集めるが、その反動で孤高の一匹狼が世にウケるようになる。

しかし強者はそんな一匹狼の首根っこも押さえてしまう。

日本だけじゃない。世界中でそんな国取り合戦が行われ、寡占化が進む。

「大きくないと生き残れない」という得体のしれない不安に苛まれ、節操なく食らう。

自動車の世界大戦の真っただ中なのだ。

そんな環境の中、日々進化する最新の専門技術に、意思決定の遅い行政のコントロールなんて利くはずがない。


軽自動車だからどうの、HVならどうの、燃費がどうの、潰れる、潰れないという問題じゃない。


私たちは単に「ワクワクする車」「良い車」「満足する車」を買い、乗りたいだけなのだ。

そこに「ちゃんとルールを守って作られた車の中でね」というあまりに当然で言葉にするのも恥ずかしい枕詞が付く。


そもそも競争云々なんて知ったことじゃねぇ。

ガソリン代をケチれる車がいいのはいいが、そもそもコンマ数キロの差で購入動機なんて左右されねぇ。

それを国がああだこうだ規制するのはおかしいのだ。

排ガス規制や安全技術と違って、燃費はユーザーに直接、継続的に費用負担をさせるもの。

資源が枯渇し、化石燃料急騰すれば自然にガソリン車は売れなくなる。自動車メーカーは嫌でも他の手段や技術を考えなければならない状況になるのだ。

それは世界を見て、そんな将来を見て自発的に開発し、世に問うてみるべきもの。そこをないがしろにするメーカーは自然と淘汰される。国が号令をかける類のものではない。

国が管理監督ができないことをやったもんだから、メーカーと立場が逆転し、こんな状況になったんじゃないか?


ほら、そしてみんなこれを機に、

「もうムリな燃費競争はやめませんか?」

って(笑)

誰かコケたことをきっかけに、今がチャンスだとばかりに逃げようとする。

どっかで見た景色・・・。

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