おさくの部屋

自動車生活にまつわる勝手なうんちく

マークX廃止?

小林麻央さんが力尽きた。

美談的伝え方はさておき、同じ病気で親を亡くした身として思うこと。

当の本人が辛いのは当然だが、見守る家族も辛い。

私は子供だったので知らないこともたくさんあったはずだが、全てを知っていたオヤジはキツかっただろうと今でも思う。

早い時期に、手の施しようがないことや余命宣告も受けていたはずだ。

そこから数年も地獄のような日々を送ったことになる。

繰り返すが、当人が肉体的にも精神的にも一番つらい。でもやはりガンとは「家族総力戦」ということなのだろう。

でもね、私が疑問に思うのは、ガンになったら闘わなければならない、家族のため、愛する人のため云々というあたかも強制的に「こうするべき」という流れができていること。

今の医学を信じて?

担当医の言うとおりに?

治療が苦しくても我慢して?

それこそが正しい道?

もちろん、そうすることが常道であることは否定はしないが、逆説的に、それをやらない者は弱虫、卑怯者、「立派ではない者」という事になってしまう。

「いやいや、自分の人生なのだから選択は自由だよ」なんてうわべの接頭語は付けるのだろうけど、きっと本心はそうではない。

いくら「価値観の問題だから立派である必要はない」と言われたとしても人だもの、気分はよくはないから流れにあがなうことが抑制される。

生への執着の度合いは人それぞれ。

生への期待は家族や周囲のエゴかもしれない。でもそんな期待に応えようとしてしまう。

だから私はなるべく他人の死までの過程は意識したくない。それも難しいのだけど。

ただただ、

「お疲れさん、苦しみから解放されて良かったな」と。

そう思いたいし、自身の場合でもそう思われたい。

ちなみに私は戦わない派。

何らかの致命的な要因が発生し、自分じゃどうしようもない、負けてしまう確率が高い事が分かったら受け入れる。奇跡に期待はしない。

彼女はどうだったんだろうな。

立場が立場だから、こうせざるを得なかった部分もあると思うし、ブログに記した文面だって本意と反する部分もあったと思う。

周囲に対する影響力を考えながらの行動を最後まで取った。

確かにそれに励まされた人もたくさんいたはず。

でもな、どうなんだろ。

ちゃんと誰かに本心を言えたのかな。

最後は苦しまずに逝けたかな。

エビソーは好きじゃないけど、キツかっただろうな。

だからやっぱり医療従事者には頑張ってもらわないとな。

もし私の母と彼女が同じ経過、同じ苦しみを味わったのなら、

「おい頼むぜよっ!この30年何やってたんだよ?!」

って医学界に言ってしまう。もちろんみんな努力してきたことは分かってるんだがね。

ガン撲滅は地震予知レベルなのかもしれないな。情報じゃいろいろ期待させることばかり言ってるけど。

そこも私が「受け入れる」理由でもある。



マークX廃止のうわさが載っていた。

やっぱりね。

トヨタに限らず、日本はスクラップアンドビルドやリストラクチャリングこそ素晴らしい、という風潮が強い。

「時代が変わった」

「環境が変わった」

そう言って変革することこそ絶対的正義みたいな。

マーク兇らXになったときになんて言ってた?

実質、ワンモデルで終了させるのか?

市場のニーズがミニバンやコンパクトカーにシフトしたっても、世界的に見てどうよ?それは理由にはならんよ。

単に売れる4ドアが作れないだけ。

クラウンが売れてるからそっちにシフトさせたいだけ。開発コストや生産効率の問題だろ。

アスリートでユーザーを吸収しようとすれば客は離れる。そりゃそうだ、車格も単価も上がるんだから。イコールロイヤルを格上げしなければならなくなる。

値段だけ高級車に拍車がかかる。

ほんと腰が据わらない。様式美を軽んじてる。

だからモデルのブランディングができないんだ。ウリは単に「壊れない、丈夫」だけか。

まあ、マーク兇鮗里討燭箸にこの結果は見えていたようなもんだが。

試しに、だれが見てもグッとくるデザインで、ダウンサイジングして、マーク兇量召鯢刻してみ。ワゴンモデルと同時に出してみ。

売れるから(笑)

初代マークXでどれだけのユーザーが輸入車や他メーカーに逃げたことか。

「輸入車とは新車の価格が違うだろ」って言うのなら浅すぎる。マーケティングの対象を中古まで広げてみ。

いや、考えなくても結論は一目瞭然だろ。

4ドア云々じゃないのだ。車格の問題だ。

BMWやMB、アウディ、VWだけじゃなく、ボルボやプジョー、スバルの隆盛をどう見てるのだろう。

「4ドアもワゴンもあるよ」という様式美を持ったモデルが売れてるのだ。

様式美と「格」。まあ、世間体や価値観も。

トヨタでそのクラスで何がある?

プリウスで吸収したけりゃそれでいいが、プリウスには格は感じない。

クラウンの様式美は世間体が邪魔をする。どうしても中堅層には選択できないのだ。

カムリは良い車だがFF以前に日本国内でのイメージが格下となってしまっている。

プレミオはカローラと同じ。

すっぽりとあのポジションが抜け落ちているにもかかわらず、廃止を検討しているなんて笑ってしまう。

まあそれだけ縮小している日本市場を重視できなくなっているのかもしれないがね。

レクサスISはこれからも存在させ続けなきゃならないのにどうするんだろな。

訳わからん。


といってもマークX廃止はまだ「うわさ」なんだけどね(笑)

販売チャネルの再編も一緒に検討されているのだろうな。

寂しいな、日本経済。



かかりつけ。

自分の仕事はひと段落。

と言っても途切れてはいないのでまた今週から着手するものがある。

「別の」仕事はいよいよ佳境に入る。

身体が持つかどうか(笑)


政治の幼稚化は語るまでもない。

対抗勢力への怨念を抑えられない権力者ってのは見ていて気持ちが悪い。

圧倒的な力を持っているにも関わらず、その怨念を出さずにはいられない精神構造がだ。

そんな言動、態度、表情を国民がどう感じてるかの想像ができていない。

支持者の中には「勝ち馬に乗りたい」「勝ち組に所属したい」「強者に擦り寄りたい」「消去法で仕方なく」の者が少なからずいる。

野党も野党とはいえ、事あるごとに強者が前歴をネタに弱者を蔑み、嘲笑い、感情的敵意をむき出しにする。

相互が好戦的な感情の元では議論にならない。

正しい、間違っている以前に聴く力、聴かせる力に欠けている者同士の言い争い。

そんな幼稚な政治を見せつけられる国民。

民進党もあの代表では無理だ。

悪い人物ではないのかもしれないが、あれで同情を得たり、賛同者が増えることはあり得ない。

こんな状況で本来出てくるべき実力者達が完全に頰被りしている大罪。

弱小野党内での権力争いは勝手だが、その不利益は国民に。

これは万死に値する。

以後、ほとぼり冷めた頃にノコノコ出てきても国民ははっきり記憶しているだろう。

早く違う勢力が出てきますように。


次のポロが出た。

私の気になるところはリアサス。

だが情報が見つからない(笑)

まあそのうち分かるか。てか差別化の観点でリンクなわけはないんだけど。

でもついにポロも3ナンバーになんのか。

ん〜。

と、ググッていたら「ポロ 左流れ 欠陥」
みたいな書込み系があった。

要は直進性が、みたいなの。

投稿者はご立腹で、賛同者を集めて国交省にとかエキサイト。

まあ一度気になると止まらない気持ちは分かるのだが。

クルマなんて機械なのだから製造上の個体差もあるだろうし、「こんなもん」であることも多い。

BMWやベンツだってタイヤが減ってカドが出てきたら路面を拾いまくる。

北海道みたいな轍バリバリの路面だともういちいち気にしていられなくなる。

流れるのは路面の傾斜もある。

車体の荷重やバランスもある。

横置きエンジン。

シャフト長の差。

もちろんアライメントもある。

ただ、やっぱFFベースはFRより流れが顕著かな。

ただ、フォルクスワーゲン、アウディはそこのごまかしが上手い。

私の知る昭和末期から平成初期の日本のFFなんてそりゃもう酷いもんで(笑)

ぐにぐにトルクステアで。

ツルツル路面での発進なんて片輪空回りで前に進まない。

だからゴルフ2に乗ったときに感動して。

滑りながらも左右、右左とトルクがかかってぐにぐに頑張って進んで行く。

それがFF。

微妙な左流れ程度であれば、玄人のアライメント職人なら治せる。

一人乗りが多いか、満載が多いか、一般道が多いか、高速が多いか、などなどで味付けを変えてくれる。

ディーラーややっつけ仕事だと基準値に合わせることしかやってくれない。

そりゃそうだ、測定と調整の繰り返しにかかる時間や、蓄積したデータや経験値を持っているかどうか、それらで得られるフィーが見合うか微妙だから。

まあなかなか難しいけどね。

一旦気になると、気にするなってのは無理だし、本当に機器的な異常かも知れないし。


クルマの細かい症状や気になることはストレスになる。

私からアドバイスするとすれば、

「買った店とは別に、かかりつけを持つ」

だな。

セカンドオピニオン。

これ大事。

玄米いいわ。

仕事仕事。今週も土曜仕事。


玄米を食べ始めて数か月。

明らかな変化はお通じがすこぶる良いこと。

なんせ運動不足、不規則な生活だから食物繊維や乳製品を意識して多く摂ってはいたが、その「意識」が辛いほどとなり試しに玄米へ転換。

最初は食感に抵抗はあったものの、慣れるとまったく問題なく。今では逆に白米が物足りないくらい。


そして量。

以前は白米ドカ食い。一食に2合食べることもあった。

茶碗が大きいとなぜかそれくらい食えてしまうという。

さすがにハイカロリー過ぎで糖尿の心配もあって、玄米への転換とともに茶碗を小さいものにして量も減らすことにした。


その前に「炭水化物抜き」も数か月やったが、これはあまりにキツすぎて。

元来の白米好きが、そば、はるさめ。

そりゃイライラしますわ。挙句、そばを食べると体がかゆくなったりするように。

こんな努力の結果、心なしか腹回りの肉も減り、ベルト穴が一つ進歩。

やっぱ辛いとダメなんですわ。自然と、抵抗なくできることじゃないと。

で、玄米に抵抗のある人への助言として、

「チャーハンで食ってみ」

これ。

チャーハンだと白米より玄米の方が旨い気がする。

別に手の込んだチャーハンじゃなく、タマゴだけ準備すればいい「チャーハンの素」でも十分。

やってみ。うまいから。

とはいえ玄米には難点もある。それは、

「炊飯器が汚れる」

ということ。

ちゃんと全部分解して洗える炊飯器がいいね。私のは安物だから洗いたいところが洗えないので、やむなく拭くのみでとどめざるを得ない。これが非常にイラつく。

まあ高いやつ買えってことなんだけど。


政治が揺れてるな。

加計問題での政府対応を是として応援している人ってどんな神経を持ってんだろ。

確かにクソ野党が拾ってきたネタなのかもしれないが、あの政府の対応は明らかに国民を小馬鹿にしているだろうに。

その国民とは、政権を応援している国民も含んでいるのに。

別に忖度やら共謀罪やら何やらはどーでもいい。

詭弁強弁、対峙勢力を蔑み、見下す様は、人としての基本能力である「相手や聞き手はどう感じるだろう」という想像力が欠けてるとしか思えない。

その原因は、無意識なら「幼児性」「傲慢」、意図的なら「蔑視」、強者にすり寄る「群集心理」。

それが一般市民の生活上で行われているじゃない。国を動かす面々がこのありさまなんだ。

小学生の学級会レベル。にもかかわらず報じる側はビビりながら公平中立を拡大解釈して言葉を選び続ける。

誰が見たってありゃ「アホどものやりとり」だろ。

じいさんばあさんと呼ばれても違和感のない連中が、鳥肌が立つほど気色悪い罵り合いや感情のぶつけ合い。

当人たちはまだしも、そのやり取りを見ている国民まで必死に攻撃援護。

政権支持者でもそうでなくてもなんでもいいさ、しかし今の政府のあの対応を支持している輩は、本当にあれを正しい、当然だと感じて言っているのか。もしそうなら恐怖だ。

政権が反対勢力の言うことなどに耳を傾けるなんてそもそも難しいのだから、こんな時こそ支持者が「それはないだろ」といさめてこそ真の支持者なんじゃないか。

震災後からの右だ左だから始まって、世界中の政治がおかしくなってる。

こんな潮流の中心に日本がいなくていーよ、ったく。

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