おさくの部屋

自動車生活にまつわる勝手なうんちく

楽をする。

こんなことしてる場合じゃないのだが。

でもまあひとつくらいはカタチにしないと。

というわけでチマチマやってたVBを駆使したデータベースモドキを作り込んでる。

業務システムってのは、業務全体を知ってる人間がやらないと無用の長物になる。

だからシステム会社は従業員をクライアントに一定期間投入して業務の把握をさせる。

イコール莫大なコストがかかるわけだ。


私がやってるのは「設計」。

もちろんとりあえず実業務に使えるレベルには持っていくつもり。

でもExcelやAccessじゃ複数拠点での共有や安定稼働に重大な問題がある。

だからそれが完成したらシステム会社に投げ、DBをOracle、ローカルをExcelで組んでもらう。

これには当然、大きな投資を伴う。

そこに思い切って投資できるか否かで、零細から脱皮できるかどうかが決まると言っても過言ではない。

まあカネを払うのは私じゃないから。

単に、そのくらいは遺さんとな、という。

システムなんてのは仕事の区分け。

各セクションの共通点、共通項を見つけて並べ、川にする。

両岸に作業場を設置して、完了したモノを下流に流す。

川幅を太くすれば大量に流せるが、流速は緩くなる。

逆だと少ししか流せなくなる。流速が早く流れてきた仕事を捕まえ損ねるミスが生まれる。

岸の作業場が少ないと、ひとつの作業場でやらなければならないことが多くなりミスが増える。

多いと場を作るコストが増える。人も必要になる。

視野が狭く近視眼的になり、仕事全体が硬直化しブラッシュアップできなくなる。

単にそれだけのこと。

そのバランスを取りながら構築することの難しさ。

だからシステムはコストがかかる。レベルの高いシステム会社は儲かる。コンサルもそうだな。

そこに苦しんでる会社はこの世に腐るほどあるから。


楽に稼ぎたい、と思う人ほどコレ系に向いてる。

逆に、苦労することを自分の存在意義や評価対象と同義に考える人には無理。

これに説明はいらないだろう。

私の独学VBなんて、ifとforで9割。あとはググって調べる。VBの構造さえ知ってしまえば、ネット上ですごい人たちがほとんどの答えを惜しみなく載せてくれている。

見た目は本格的なフォームまで駆使しているが、そんなプロの人からすると鼻で笑われるレベルだろう。

でも根幹の「楽して稼ぎたい」「楽になる分、違うことしたい」ってのでここまできた。

今思うとハナクソだが、私が作ったプログラムを買っていただいたこともある。

htmlを覚えたのもそう。

「どうにか楽に稼ぎたい」

これだ。

「一所懸命やってます」

「苦労してます」

だけで評価されるのは子供だけ。

大人に対して、絶対的正義臭を持つそこを評価してしまうととんでもないことになる。

「楽をする」は生産性に直結している。

「楽をする」ために常に考え、トライアンドエラーできる人とできない人。

エラーが怖い、恥ずかしい、面倒くさいからトライしない、トライしなくても従前にさえ則っていれば義務を果たしている、というロジックに陥る。

一旦、一所懸命を評価されると、楽な時に一所懸命を演じるようになる。

そして後々必ず四面楚歌になる。その時に「腕」が備わっていないままだ。

私も四面楚歌は何度もあったし、これからもあるだろうが、その時に救ってくれるのは自信と腕。

自信と腕は人を授けてくれる。

楽するためのトライアンドエラーは修練。

まあ、私の価値観だとこの世の雇われ全員、フリーランスでやれってことになっちまうが。

それじゃ成り立たないのだろうな。

働きアリの集団の中で、巣の維持には「働かないアリ」の存在が重要だというし。

ん?どっちがどっちだ?楽したい俺はどっちだ?

ま、そしきの人は大変だ。

私はシャッターを閉じても自分の腕を磨くだけ。

土日はゆっくりイジれるから楽しい。

VBではエラーのオンパレードだが。

販売チャネルの見直し。

花粉症じゃなかったはずなのだが、これはヒノキか。

鼻が大変なことになってる。

イラつくことばかりのここんとこ、さらにイライラ。

そんな中、昨日も仕事で身体も限界。

月曜日は早起きせにゃならんし。

なので今日は朝から掃除洗濯。かなり前から気になってた包丁を研いで。

昼からトイレ掃除して食材の買い出し。

で、そこから家で仕事だ。


トヨタが販売チャンネルの見直しを東京から始める、という記事。

まあ、この収縮確定の日本のマーケットでは車種が多すぎるからなあ。

でもすでに見直した他社を見てると不安もある。

経営なのだから方向性は間違っていないのだが、我々としてはモチベーションが下がる。

やっぱ景気は気持ちの問題だから。

販社と言えば、どうしても批判的になる。

よく経済新聞やビジネス書で取り上げられるレクサスの接遇。

レクサスだけじゃない。今ではどこも「慇懃無礼」レベルの接遇が行われている。

非日常を提供?

確かにそんなことを求める客もいるだろう。

しかし「慇懃無礼」レベルの接遇は「一見さんお断り」と表裏一体。

で新規の顧客を開拓、なんて矛盾してる。

お出迎え、お見送り、作り笑顔、大げさな誘導、クルマが見えなくなるまでアタマを下げる。

マニュアル。ルーティン。

そんなことより大切なことがある。

この業界はパートナーシップに尽きる。

相互信頼があればリピーターになる。

それは個の力が8割。

明らかに演じてる人を信頼できるか否か。

それとも顧客の流動化を念頭に「失礼だけを避けよう」「悪い評判をたてられるのだけは避けよう」と単純な理由で接客を標準化、画一化してるのか。

確かに様々な顧客に合わせて接客を切り替えるのはテクニックが必要。

でもそれを放棄するのは社員教育の手抜きでしかない。

上を目指す社員の伸びしろを奪う。

と思うのだがね。


むかし某国産ディーラーで車検の客としてにぎにぎしい接客を受けた。

でも内容はクソで。

素人のふりして黙って聞いてたら、ボッタくりレベルの見積りを堂々と出してきて。

「…2万キロの軽の一回目の車検でバッテリーやATFの交換は要らないよね?」

「いえ、念のためではありますが安全のためには全てされることをお勧めします。されないのであれば整備保証はちょっと…」

「いや、そこは整備保証とは関係ないだろ」

素人ではない旨を伝えたときの相手の表情は忘れない。必死に言い訳する姿は痛々しかった。

自動車を非日常にするのが顧客のためではなく自利のためだとすれば、この業界は加速度的に縮小していくだろう。

本来、私が求めるようなパートナーシップは、街の独立系の販社や工場が上手かった。

しかし今はそんな存在を排除する方策が堂々と行われている。

自系列以外にクルマをイジらせない。

もしイジらせたら不利益を与える。

専用工具、専用ダイアグノシス、整備書の不開示


まだ国産ディーラーには昔を知ってる人がいる。

昔に戻れと言っているのではなく、地域に根ざし、診療所である独立系の上に総合病院として立ち、販売においてもそれらと協力関係を築く。


街の雑貨屋さんが、背伸びして百貨店やブランドショップの真似事してるようにしか見えない。


販売チャネルを見直すのは結構だが、やり方によっては、かつてイオンが商店街を潰し地域をズタズタにしたように、今の自動車社会を壊してしまうかもしれない。

まず見直すべきは「排他性」だろうな。

そこから「地域協業」、「チャネルの見直し」。

それが需要の掘り起こしや若者の回帰に繋がる。


これは絶対間違ってない。体力あるうちにやってみ。


浄水器になる。

昨日は仕事。

やっと出口が見えた。

しかし今回の繁忙はキツかったな。あとひと月続いてたら終わってただろう。

理由は分からんが、私オリジナルの仕事が増えた。年度末だからか。

それに提携先の繁忙も重なり。


まあそんな殺伐とした状況が長らく続いたせいもあるかもしれないが、自分にとっての転換点が迫ってきている。

契約を終了させるか。



人は誰でも自分が可愛いもの。

自分にとって居心地が悪ければ、その悪くしている要因を排除したくなる。

しかしその要因ってのは得てして主観であることが多く。

自分の欲求を実現するためには、主観を客観に昇華させ、多数を作らなければならない。

その過程で必要な正当化の作業において、事実が曲がったり、脚色されたり。

目的が見えなくなることも多い。

まあこの世には絶対的正義ってのがどんどん増えていて、複雑な論理の組み立てが求められない。

最近は権利意識の強い奴が増えているが、権利ってのは外から守ってもらうこと。

決して磨いた自分の力で自分を守ることじゃない。

権利意識の強い奴ほど自分を守るためのスキルが低い。スキルの低さを認識しているから事あるごとに権利に頼るクセがついているとも言える。

極論、自分に力があれば権利に頼らなくてもいいから。

殴られたら殴り返す、ってのはダメだけどな(笑)

でも、殴られないよう穏便に話してまとめたり、危険なニオイを感知してその場を離れたりするのも力のひとつだろう。

ある程度、新陳代謝を経た集団ってのは不思議と、自然に、同類が集まる。

異物は排除する。

そうやって居心地がいい安寧の地を作るのだ。

しかしそうやってできた安寧の地が、本来の目的を実現するための性質を備えているかは別問題。

だから大きな組織は新陳代謝を人事異動や採用で行うのだ。

動かないと澱む。澱んだら腐る。

中小零細の生産性がなかなか上がらないのは、物理的にそれを行うことが難しいからでもある。

にもかかわらず、大小関係なく入れるハコはひとつ。

そりゃ無理がある。

まあ、そんなことを乗り越えれるかどうかも淘汰過程の一つなのかもしれないが。



俺は人の面倒くさいことが嫌い。

だからこそ自分でやってる。

自分の本質や価値観を変質、抑圧させてまで関わるつもりはない。

自分が澱み、腐る。

でもちゃんと恩は返す。

浄水器になる(笑)


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