おさくの部屋

自動車生活にまつわる勝手なうんちく

VWよ、ここで値上げしてどうする。

VWとアウディが高くなる。

原材料の高騰とのこと。

これ、今後に響くだろうな。

MBやBMWが高くなるってのは特に影響はないだろうが、せっかくここまで地盤固めをしてきたのをまた振り出しに戻してしまう可能性がある。

はっきり言えば、

「図に乗るな」

だな。

確かに強固な地位を築い「た」と見る向きもあるが、まだ築いて「いる」の段階。

ようやく日本の消費者の輸入車アレルギーである、「高い」「壊れる」「世間体」が薄らいできたのに。

新興であるプジョー、ボルボ。これらより「俺たちは上だろ?」という意識があるのではないか。

私は今でもVW、アウディは「高い」と思ってる。その質感や品質から見ても10%高い。

逆に言えば、10%安くすれば国産車と分け隔てなく戦える。いや、国産車を駆逐するかもしれない、ということでもある。

まあ日本での輸入車はウン万台レベルの市場だからテキトーにやっても変わらんってか。

ことVWなんぞドイツでは「大衆車」なんだからあまりゲタを履かせない方がいい。


さてさて。

生意気にもこの私の拙ブログはメーカーの関係者さんからそれなりのアクセスをいただいている。

堂々とメーカーさんのドメインだから仕事中に見てくれているんだろうな。

結構、「お?これは俺が書いていたことじゃねーか?」なんてこともたまにあります。

なので書いてみる。


トヨタ車の「ブタ鼻」はやめた方がいいんじゃないか。


最近、カムリをよく目にするようになった。やっぱあのクラスの割にはそこそこ売れているんだろうな。

デザインもそれなりにキライじゃない系なんだけど、やっぱ気になるのが「ブタ鼻」。

センターエンブレムってのは自動車の古典的な様式になっていて、どこのメーカーも大概同じ場所にあるのだけど。

トヨタのはねぇ・・・。

と言ってもトヨタ全車種ってわけじゃない。

クラウンはクラウンエンブレム。エスティマもオリジナル。マークXのはキライだがオリジナル。

アクアやプリウスなんてブタ鼻の典型で、あれがデザインの質を大幅に落としていると思うんだけどなぁ。

だからアフターのバンパーエアロなんてみんなそこを隠す系ばかり。

そもそも、なんでエンブレムは顔のセンターなんだろ。

いや、なんでフロントに付けなきゃならないんだろ。

きっとデザインしている人たちも分かんないんだろうな(笑)それか、無かったら何ともマヌケ顔になるのか。

GRとか作るくらいなんだから、デザインの手の入れどころは知っているはず。それを車両開発にフィードバックしてくれりゃいいのに。


あと気になるのが、ここんとこの「怪獣顔」と「ラインだらけ」。

トヨタの丸デザイン隆盛の時代、私もさんざん角張れ、尖れって言ってきたが、今の流れはちょっとやりすぎ。

そして「ガオーッ」と叫んでいるかのようなフェイス・・・。

どの車もだ。

しつこいプレスやラインも然り、レクサスのRXなんてフォルムはかっこいいのに線だらけで(笑)

次期カローラもそうなるとか・・・。

確かにファミリーデザインとしての統一性は大切なのだが、あまりにしつこい、クドいと上品さがなくなる。

なんかこう、加減を知らないというか、迷走している感が抜けないんだよな。

やっぱ昭和から平成初期までのトヨタが最高だ。


先日、オイル交換をした。

オイル交換しましょうのやさしい警告灯がついてからも、なかなか時間がなくしばらく走ってしまったら、オイルレベルの警告灯が。

あれ?やべぇ

私は基本前回のオイル交換のキロ数を記憶しない(笑)

で、ディーラーで聞いたら。

15000km走ってしまってた。

いやいや、オイル交換しましょの警告は10000kmじゃねぇの?

「設定は15000kmなんですわ・・・」

警告の設定を無理やり最下限である10000kmにしてもらったものの、やっぱどこか目立つところに書いておかないとならんなぁ。

それにしてもこのメンテのレベルじゃ20万km乗れない。その前にターボが壊れてしまうだろう。

というわけで、気休めにしかならないが、よく分からん純性の添加剤を購入した。

最近は走り回る仕事を抑えてるから2000km/月。それでも普通の人の倍か。

1年3ヶ月で47000km。

やべーよな。


雑魚とマグロ。

相撲の世界も大変だなあ。

連日連夜、この話題ばかり。

でも一体、教育や躾ってなんなのだろう。

そりゃ「言葉で理解させる」ってのが理想なのは分かる。

「暴力、体罰は絶対悪」なのも分かる。

しかし現実はどうなのか。

昨今、暴力や体罰に対する代償があまりにデカくなったからこそ、非暴力系イジメやパワハラがエスカレートしたのではないか。

そこがエスカレートしたら今度はそこに絆創膏を貼る。

いろいろ面倒くさい。じゃどうやってやればいいの?

下の人間にどうやって指導するか?躾けるか?

こう言ったら問題、こうやったら問題。

口調が問題、声量が問題、言葉や語尾が問題。

メニューが問題、本人の希望に沿わせないことが問題。

じゃもういいや、言葉で分からない奴は教育するんじゃなく冷酷に裁断しよ。

でも裁断するにもリスクがあるから最初の契約の段階で…

途中のトレーニングメニューも自分で考えてやって下さい。

はい、力なき者は即裁断。結果絶対主義。

過程は関係ありません。反論言い訳必要ありません。

そんな流れができつつある。

そんな流れが社会と人を萎縮させ、様々な活動が収縮してる原因になってないか。

指導や指示に感情が必要ないなら文書でやり取りすれば良い。

やるやらないは当人次第。やらないなら即退場、結果が出なければ即退場。

そんな国が伸びるはずがない。そんな指導や教育で人が伸びるはずがない。

もちろん、上に立つ側の問題もある。

物で殴るのはヤバいことすら知らない奴は人の上に立つ資格はない。

暴力を使わなくても、相手の逃げ道を全て塞いで追い込むやり方も同じ。

とまあ、人と付き合うこと自体が面倒な時代になってしまった。

だから個人主義が台頭し、一方で自分のサークル内の人や思考以外は敵という排他主義が蔓延したとも言える。


人の心ってのは汚いもので。

「手さえ出さなければ」「法さえ侵さなければ」を濫用して様々な策略で相手を追い込む、排除する。

手を出さずに相手に暴力以上のダメージを与えても何のお咎めもない、それが理想の社会や秩序の維持なのかね。

まあ手出しを許すと社会がグダグダになるのも分かるけど。

教育での体罰とイジメが問題となり、その後のハラスメントブーム。

そもそも社会には強者と弱者がいて、強者は弱者を労わり、弱者は自分の強みを見つけそれを伸ばす。

かつて、そこには多少の暴力もあったが、それはそれで上手く歯車が噛み合っていた。弱者と強者との間に一定の協調ができていた。

しかし今、強者であることだけで攻撃の対象にされたり、弱者が弱者であることの不満のはけ口として無差別的に攻撃がされている感がある。

強者と弱者なんてのあくまで相対的なもの。

にもかかわらず世間の物差しはひとつだから、嫉妬や不条理感に取り憑かれるのだろうな。

でもね、弱者は弱者なのよ。

自分を弱者に位置付ける原因である他者を貶めることに成功したところで自分の力や地位は変わらないのだから。


雑魚が武器を手にして図に乗り始めた。


私はそうとしか考えない。

勘違いしないで欲しい。

かつての雑魚は自分で強みを見つけたり、伸ばしたり、なんだかんだ自分の居場所を自分で見つけ、立派な社会の一員という地位を掴み取ってきた。

人生は長い。一時期は雑魚であったとしても、最終的にはマグロにだってなることができる。逆にマグロから雑魚に堕ちることだってある。

自分がマグロだと思えばマグロなのだ。

しかし今は自分に不都合な全てを周囲の環境のせいにし、自分で何もしない雑魚が多すぎる。

親のせい

アイツのせい

会社のせい

上司のせい

社会のせい

国のせい

テメエが雑魚のままだからだろ。

自分の力不足に向き合おうとしない、お花畑なアタマを持ったままでこの先どうする。

「自分は頑張っているのに結果が出ないのはおかしい!認めてくれないのはおかしい!」

「自分はこんなに悩んでいるのだから誰かが手を差し伸べるべきだ!」

それはオマエの主観でしょ?世間はそうは見てないよ。

そんな声すら拾ってしまう現代。雑魚がのし上がれない原因。

外側からの不条理なストレスやプレッシャーから遠ざければ遠ざけるほど、本能としての耐性が無くなっていく。

これは力ずくが許されない世の中、寛容さが失われた世の中になったこととリンクしている気がしてならない。


貴ノ岩が出てこないのは貴乃花親方のせいではない。

貴ノ岩が雑魚なせい。

親がどう言ったとしても自分の意思を貫き通す力量がない。

親が子を全力で守るのは当然のことだ。

そんな親が袋叩きにあっていても自分の意思で出てこれない子供。

批判は多かったが、日馬富士の引退会見で不貞腐れた態度の伊勢ヶ濱親方も至極普通だ。仕留められた子の親なのだから。

このままでは日馬富士、貴ノ岩、貴乃花親方、伊勢ヶ濱親方が潰れてしまう。

日馬富士の引退はもう仕方ないが、貴ノ岩が自分の意思で出てきて話すことによって残りの三者が救われる。

このままでは相撲界にモンゴルアレルギーという後遺症を明確に残してしまうかもしれない。

手を上げてケガを負わせたこと以外、誰も何も悪いことないのに。

躾けること、反抗?したこと、やられたこと、守ったこと。

あまりに発生した全損害がデカすぎる。

バカの開き直り。

朝ひとつ仕事があったのでそこから事務所に向かおうとしたが挫折。

で、またコメダ。

別件で大きな初めての仕事の打診があったのでアタマを整理。

まあこっちは自分で取りに行った仕事じゃないから実にはならんのだろうけどなぁ・・・

にしても、初めてのことは知識と経験になる。自分ひとりじゃ声もかからないであろう仕事だから有難く学ばせてもらおう。


最近の受験制度はよく分からんな。

センターで何割とか、センターだけで行けたり、二次も受けて、とか。

私の時代は共通一次。最後の年だった。

大きなニュースにもなった「得点かさ上げ」が行われた年。

私もそれに巻き込まれた。だって、選択した物理と生物?の平均点が倍以上違ったんだもの。

試験後、「あ〜、THE END だぜぃ!」ってやけくそになったあと発表された救済措置。

振り回されたなぁ・・・懐かしい。結局国立は落ちたけど。


ウチのムスコは年明けに大学受験。

親譲りのビックマウスに拍車がかかり。

「俺、京都大学受かる気がする」

アホか。

ここも親譲り、なかなかの偏屈もので、私が一笑に付しても根拠っぽい減らず口をたたく。

「いや、夏がこうで、今がこれだから、あと3ヶ月やればイケんじゃね?いや、イケる気がする」

・・・おいおい。

確かに赤点だの1評価だの、心配した一時期から見るとようやく欲が出たようではあるが、んなビックマウスは血を吐くほどの努力をしている受験生に対して失礼だ(笑)

「おまえさ、客観的に自分の力を分析できてる?」

あ、これ事務所の若い衆に言ってる言葉と同じだ・・・。

「おまえさ、まずは自分の実力に謙虚にならんとさ・・・」

あ、これもだ。

まあ、私も大口叩いてさんざん自分のハードルを上げ、それに向かって「走らざるを得ない」状況を作ることを繰り返して今がある。

結構大変なのに、やっぱ親子ということか。遺伝か。

若いうちはいいのかな。

でも親としてはやはり少しでも、味わう苦しみを減らしてやりたいという気持ちが強くなる。

自分の力を知らされる苦しみ。

「いやできるはず。まだまだ行けるはず」

でも必ず誰にでも限界があり、そこで己の到達点や絶対値が見えてしまう。

「あ、俺はここまでか・・・」

なかなか苦しいものだ。

理想で充満しているこの世の中。理想の押売りに辟易することも多い。

人に限界はない

子供に夢を

やればできる

誰にでもチャンスが

そう刷り込むことこそが尊い、なんて。

そうじゃない。

そんな無責任なことはない。言ってるあんたに矛盾はないの?

己を知って、耐え切れずに壊れていく人間だってごまんといるんだ。

陰があれば陽がある。裏があれば表がある。選ばれる人がいれば選ばれない人もいる。生まれ持っての人、努力で積み上げる人がいる。

ちゃんと心に逃げ道を作っておいてやらないと追い込まれる。

そう、「死ぬほど頑張ってもできないこともある」のだ。

でもな、

やってもみないうちに「できない」と判断するのは愚。

まずは全力でやってみて、「できねーわ」とあきらめる方がいい。

まずは全力でやってみて、「おー俺の力はこんなもんか」と思い知らされる方がいい。

誰でも、事前に準備しすぎるとだんだんできない理由を探し始めるようになる。

だから私は言うのだ。

「できねーかもしれねぇけど、仕方ないからやってみるか」

「できねーかもしれねぇけど、やってみたいからやってみるか」

これでいい。まずは手を付ければいい。

自分が選ばれた人かそうではないかを周囲に決められることほどムカつくことはない。

「お前に否定される筋合いはない。とりあえずやってみて決める」

こうせずに、周囲の意見に左右されて生きることに慣れてしまうと、自分に不都合なことが起きるたびに周囲のせいにして逃げるようになる。

それで論理を構成することができてしまうから。

自分ではキレイに根拠を作れたと思うかもしれないが、ハタからみると非常にかっこ悪い。

そんな人間が多いからな、今の時代。

できない理由、自分が悪くない理由。

クレバーっぽく、論理的に正当化。誰も反論できない論理構成ができればそれが正解。

正解じゃないかもしれないのにね。

だから私は反論できなくても言う。

「いや〜、よくわかんねぇけどそれは違うと思う」

「へぇ〜、でも認めない」

だからと言って、私は何でもかんでもやる人間というわけじゃない。

やる前にやらないことを決めることもある。

でもその理由は、

「やだ。めんどくせぇからやんねー」

だ(笑)

ウチのムスコごときのレベルなら理論で叩き潰すことはできるんだけど、大人の世界じゃそうはいかないからなぁ。だから私はそう言うのだ。

決して黙することはしない。違うものは違う。やりたいことはやる。やりたくないことはやらない。

これ、自分に対して謙虚を務めているからできるワザ。だって、賢いやつなんてごまんといるから。

俺のアタマのレベルじゃそう片付けるしかない(笑)

バカの開き直り。背伸びして足下をすくわれるより全然いい。

まあこれから世に出るムスコにとって私は悪い見本かもしれないな。

こうならないよう、反面教師にしていただけると。

私の願いは一つ。

何卒、国公立で頼む!現役、4年で卒業頼む!

大学卒業後の人生はシラネ。自分のやりたいようにやりゃいい。

時の流れは速いな。

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