今日は午前中仕事。

お客さん宅でナンバー交換して、請求持ってお得意さん行って。

んでそのまま午後床屋。

そこから家の掃除。洗濯。

来週も仕事して末は札幌。

なんやかんやと忙しい。

しかしモチベーションは低め。ウゼェことばかりだ。


ま、私は情は厚いと思うがドライでもある。

一般的な既成概念に合わせた情を演じることは単なる自己満足だと考える。

こんな時はこう振舞う「べき」

そうしないと冷たいと「思われる」

常識がないと「見られる」

人は往々にそう演じがち。

普通に見られたがる。善人になりたがる。

しかし何らかの制限や犠牲を強いてまでそうするのは愚でしかない。

と考える。

だから福祉やボランティアなんてのは私にはできない。

どう考えても偽善になるから。私はね。

本気で純真無垢な奉仕心だけでそんな環境に身を置いている人はどのくらいいるのだろう。

別に不純でもいいのだが。

ただ得てして、そんな不純な輩ほど正義、人格者アピールをするからいただけない。

そうしないと自分を保てない時点でアウトだろうにな。ダセぇ。


今私が直面してる介護問題。

私は介護しない。

幸い、こんな私を察して親も自身でどうにかできるよう準備してきたようだし。

自分の今を犠牲にする気はない。

ただ貧乏くじを引かされた格好の姉には申し訳ないが。


昔からよく言われたものだ。

「かわいそうでしょ」

「親でしょ」

「長男なんだから」

こんな無責任に説教垂れてくるヤツに対する嫌悪感はもうアレルギーレベル。

人の価値観や自尊心に手を突っ込んで、当事者の資格もない己の善行欲を満たそうとするのは大概そんな輩。

まあ脇が甘い私の宿命なのだが。徹底的に遮断できない甘さはいつまで経っても治らない。


親には感謝してる。

だが介護をその対価にはしない。

コチラに介護する気が全くない以上、同調圧力に屈してやるとそれが対価になる。

対価になると「割に合う、合わない」で考えるようになる。

それが合わないと義務負担に変質する。

その憤懣を他の当事者に向けざるを得なくなる。

そうして様々な関係が壊れていく。

私の親自身も昔そんな場面に直面してきたからこそ、側から見て行き過ぎくらいの準備をしてきたのだろう。

次世代への負の連鎖をここで断ち切るために。

私はそう考えている。