佐倉葉ウェブ文化研究室の作業報告書

佐倉葉ウェブ文化研究室(旧:WebsiteMAP βVersion)』の作業日記。
最新作は「ブロードバンド普及によるハイキングへの影響」について調べた事を書きました ⇒「自己顕示欲充足システムに飲み込まれる登山者と事故の危険性 ~インターネットの普及による山行への影響について『ヤマレコ』を事例にして~

今後、個人のイラストサイトは減っていくのかな、と思った。 - 投げっぱなし日記
同時に、拠点としてサイトを持つ必要があるのか?という疑問が最近わいてきた。

ぶっちゃけpixivだけで活動していても問題はないだろうし、もっと気楽に楽しみたいなら、つい先日スタートしたdrawrというpixiv系列のサービスもある。はてなにもはてなハイクというお絵かきできるミニブログサービスがある。
90年代は「老いも若きもホームページ」みたいな感じでサイトが乱立していたのが、そのうちブログになって、今ではmixiになってる。個人で拠点を持つことの意義は今でもあって自分はその恩恵を受けてるし、ブログが全部mixiになったわけじゃないのと同じで、絶滅はしないだろうけど、そんな感じで今後個人のイラストサイトも何らかのサービスに吸収されて減っていくのかもな~。

そんなことを思ったとある秋の日。

「発表の場」としての個人サイトは絶滅する。
個人サイトについて前から自分が思っていたことについて書こうと思う。

http://d.hatena.ne.jp/takhino/20081006/1223258393

一ヶ月ほど前の記事。

イラストを発表する個人サイトは減っていき、pixivのような巨大投稿サイトで発表するのが主流になっていくんじゃないだろうか、という帰結をしている。

これは合っていると思う。というか、既にそうなっている。
イラストだけじゃない。
「表現の発表の場」としての個人サイトはだいぶ衰退している。
昔、表現をしたい人間が発表の場としてインターネットを選び、次々と個人サイトができていった。
「ホームページ」とも言うように、みんなが個人の家を持ち、その家の中で作品を発表した。
みんながみんな、点々と家を持ち発表をしていた。

しかし、同じジャンルを志すもの同士、繋がりたいものである。
それを助けていたのが「リンク集」や「登録型サーチエンジン」。

同好の士、お互いの家は離れていたけど、どこに位置するかを示す地図があり、みんなそれを頼りに足を運んだ。仲間に入るためにみんな自分の家を地図に載せてもらった。でも、みんなどこかバラバラだった。

数年前だけどかなり昔の話。もう戻ってこない遥かなる過去。
今はもう誰も地図を取らないし、家に足を運ばなくなっている。
地図を自分で取ってくるのは面倒だし、歩いて場所を探すのはかったるい。
それ以上にもっともっと、繋がっていたい、一緒にいたいという願望が強くなっていった。
そして、生まれたのが巨大な投稿サイトである。
イラストならばpixiv。音楽ならmyspace。写真ならflickr動画ならyoutube。文章にだってテキスポがあるし、ゲームはちょっと思いつかないけどこれからできるか、或いは海外にあるでしょう。

これはどんな状態か?

そう、「トキワ荘」である。今や表現者はみんなデジタルなトキワ荘に住んでいるんだ。

この8年前の記事は慧眼だった。 ただトキワ荘というとそこからより大きな..
この8年前の記事は慧眼だった。

ただトキワ荘というとそこからより大きなクリエイティビティが生まれるようなイメージだが、実のところ表現の画一性・多様性の喪失が進んだなという印象がある。

 何もしてません(おい
 ですから作るといった「個人ニュースサイトに関わる新ページの作成」は、まだこういったものを書こうという骨組みを考えただけですね。逆に言うと骨は考えた。どういう事を主軸において書くかは考えた。

 ”個人ニュースサイトとはなんだったのか”、と考えたときに、”ウェブ上の時代を映す鏡”だったんだと思うんですね。
 まだ、インターネットに繋ぐどころか、家庭用PCの普及率すら少なかった時代はコンピューター・ソフトウェア関連の個人ニュースサイト、ウェブにアングラの匂いが強かった時代はアングラ系個人ニュースサイト、テキストサイトブームのときは…FLASH黄金時代のときは…、その時期にウェブで人気のあった分野に対し、それに対応する個人ニュースサイトができた。
 2007年以降、SNS等のウェブサービスに人々の心が飲み込まれていくなかで、みんながSNSという定式化された泥沼の中へ埋もれていくなかで、個人ニュースサイトの存在感・存在価値は薄れていった。いや、個人ニュースサイトだけではない。昔ながらの形を維持している個人サイト全てがそうだった。「インターネットの時代は個人の時代」「個人が、その身分や財産・権力の大小に関係無く、自由に情報を発信し、そして受けとることができる」というようなインターネットが普及し始めた頃の精神は失われていき、その精神を体現する存在であった、昔ながらの個人サイトの存在感・存在価値も失われていった。

 と、こういう事を書くとつい弱気な事を書いてしまいますね。それだけ今の時代に昔ながらの個人サイトを運営するのは厳しい。もちろんそれは私だって同じなのです。私もこれが最後の大仕事になるかもしれない。まあ、まだしばらくは悪あがきを続けますよ。「個人ニュースサイトに関わる新ページを作る」と宣言してしまいましたしね。

 昨年の1月31日に公開した
自己顕示欲充足システムに飲み込まれる登山者と事故の危険性 ~インターネットの普及による山行への影響について『ヤマレコ』を事例にして~
ですが公開から一年が経ちました。

 私は「いいものを作れればそれで満足」という人間なのでアクセス数は重要視しておらず、現に自サイトのアクセス数について話した事がないのですが、今回については理由あってアクセス数を気にしていました。理由は後で書きますが、そんなわけで今回は初めて「自己顕示欲(略)」のアクセス数を公開。ちなみにアクセス解析はXREAです。XREAは一年分しか保存してくれないので、メモしておきたかったというのもあります。

 まあ、チラ裏ネタですけどねw

★2016年1月31日から2017年1月30日までのアクセス数「10,256」

■アクセス数が10以上あったリンク元(ただし、個人サイトについてはサイト名を伏せました)
Facebook 2995 (29.23%)
[No Referrer] 2306 (22.48%)
Twitter 1748 (17.04%)
佐倉葉ウェブ文化研究室の作業報告書 992 (9.67%)
google 909 (8.86%)
サイト内リンク 569 (5.55%)
Yahoo 322 (3.14%)
個人サイト1(ニュースサイト) 128 (1.25%)
個人サイト2(登山ブログ) 91 (0.89%)
Tumblr 67 (0.65%)
ヤマレコ 26 (0.25%)
個人サイト3(登山サイト) 17 (0.17%)
個人サイト4(ニュースサイト) 13 (0.13%)
はてなブックマーク 11 (0.11%)

 私はサイト管理人としての『Twitter』や『Facebook』のアカウントが無いです。だから『Twitter』や『Facebook』からのアクセスは自分で誘導したものではなくて、全て他の人からもらったリンク。

 アクセス数のほぼ半分が『Facebook』と『Twitter』から来たものというのが時代といえますね。私の過去の例、10年くらい前の話だけど、アクセス数上位は大手ニュースサイト達でしたからね。『Facebook』と『Twitter』で沢山の人(アカウント)からリンクをもらえました。ただここまで『Facebook』と『Twitter』に偏るのは、登山界というかアウトドア系の特徴というのもあるのかな。なお『Facebook』からのアクセスの内、86%がモバイル端末からのアクセス。

 これだけアクセスがあって『はてなブックマーク』のブックマーク数は13でした。これもおもしろい人にはおもしろいでしょ。このアクセス数で、はてなダイアリーの記事ならば100ブックマーク以上はいくんじゃないかな。これはある事を意味していると思っているのですが、何を意味してるかは私からは言いません。気になる人は自分で考えるといいと思います。

 自分のこのブログからほぼ1000アクセスも誘導している事に驚き(^-^;)。一日数アクセスしか誘導できてないけど、塵もつもれば・・・というやつですね。

 この時代にサイト論、しかも登山サイト論。この題材でここまでの数字をとれればもう十分でしょう。満足すべき結果と言えますね。なお、『ヤマレコ』の山行記録を見てみたら5000アクセスいけば歴代の中でもかなりの上位。そこから考えても10000はいい数字といえるでしょう。正直ここまでいくとは思わなかったですし。


■月別アクセス数
2016年2月 920
2016年3月 358
2016年4月 291
2016年5月 309
2016年6月 186
2016年7月 236
2016年8月 404
2016年9月 1741
2016年10月 404
2016年11月 4541
2016年12月 422
2017年1月 444

 一番大きいのが公開から10ヶ月後。

 これも特徴が出てます。普通だと、一番アクセス数が多いのは公開直後ですからね。というのも、普通のサイト(ブログ)の場合、新しい記事を書いたら『Facebook』『Twitter』や『はてなブックマーク』の自分のアカウントで「新しい記事を書きましたよ~」と宣伝してアクセスを誘導する。で、身内というかお仲間というか、そういうものにアクセスしてもらう。これがエスカレートすると相互ブックマークとかになる。よく言えば”アクセス数を内需でまかなえている”という事になるが、それは同時に「外に対する影響力が全く無い」という事でもあって。だから・・・・・・とこれを書くとすごい長い話になるからやめようw

 で、自分はそういう事を一切しなかった。

 いや、ヤマレコ内で「日記」や「ヤマノート」からリンク貼って誘導すれば、アクセス数を2千、3千くらいは稼げるかなと思っていた。でもそれはしなかった。何故なら、個人サイト冬の時代”宣伝というか誘導というか、そういったもの無しで、個人サイトの記事をどこまで読んでもらえるのか、そういうものを確かめてみたかったんですね。これがアクセス数を気にしていた理由。私はアクセス数よりも、”読んだ人の心に響く事"を重視しているものの、アクセスしてもらえなければ、そもそもどうしようもないという話。

 これでアクセス数を取れなかったら、旧来個人サイトの姿、やりかたを守るのはもう難しいのかなと思っていた。結果としては口コミ的な流れで広がって、多くの人に評価してもらえた。とてもありがたいことです。登山という、度量のある人達が多い世界だったから、というのもあるのかもしれません。もちろん私が書いた内容に否定的な意見もあるはずで、それはそれでいいんです。それが当たり前なんです。

 自分で言うのもなんだけど・・・・・・うちのサイトって、昔言われていた個人サイトの姿とか、可能性とかを頑なに守っている「まさに個人サイト」なんですね。もちろん価値ある個人サイトを作れる人は沢山います。私なんてその中では大した事はないんだ。でも、体感だけど昔に比べれば本当に少なくなった。

 政治や価値観相違を使った謎の殴りあいをしなくても、既存メディアや所属組織の後ろ盾がなくても、お友達関係を使わなくても、淡々と価値のあるものを作って、それでアクセス数をとり、かつ界隈に僅かでも影響力を発揮する。そういった事ができたのは良かったと思います。まあ、その代わり制作は大変でしたけどね・・・

 この文を書くときに「何故書いたか」「何を考えたか」「何を妥協したか」「何を貫いたか」「何を悩んだか」をいった信念や思想面も書こうかなあと思ったけど、、、やっぱり今はやめておきます。回想録を書くにはまだ早いですね。何故なら、この文はまだ生きている文なので。

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