『ヤマレコ』で「山行記録」を書くと、「新着の山行記録」ページからリンクが貼られる。「新着の山行記録」にリンクが貼られている間は、記録へのアクセス数が伸び、結果、拍手の数が増えるという構図になっている。

 「新着の山行記録」には数に限りがあり、今日調べたら64ページ×22山行記録=「直近に公開された1386記録を、新しい記録順に収録」されていた。とはいっても後ろのほうのページにある記録を見てもらえるわけがなく、記録公開後だいたい丸1日~2日が勝負。3日も経つと、そうとう後ろのほうのページになり、殆ど見てもらえなくなる。そして、「新着の山行記録」から消えた山行記録を見てもらえることは少なく、拍手までもらえるのは相当まれである。

 この「新着の山行記録」。5年くらい前まではヤマレコユーザーがまだ少なかったものだから、山行記録を書いてから数日間は「新着の山行記録」の前方ページに残っていて、見てもらえてたと記憶している。

 しかし、今はユーザーがとても多く、一日にものすごい数の山行記録が書かれる。特に日曜日と休み明けの日はすごいので、山行記録を書いて「新着の山行記録」に載っても、あっというまに後方ページに追いやられてしまい、せっかく書いてもあまり見てもらえないことになるのである。

 この現象、他のコミュニティでは、いわゆる「埋もれ問題」と呼ばれていたものに近い。私は『テキストサイトの歴史』でこう書いた。
 テキストサイトブームが起き、テキストサイトが大量発生すると「埋もれ問題」が発生した。 「埋もれ問題」とは、良質の若手サイトが登場しても大量に発生した低質サイトの中に埋もれて目立つ機会を得られくなり、 結果として大手サイトの顔ぶれが何時までも変わらず、界隈が活性化されないという現象である。
 テキストサイトブームの時、『荒廃の歌』はこう書いている。
 最近、テキストサイトやニュースサイトが乱立しています。これは、テキスト界が活性化しているということで大変喜ばしいことですが、同時に一つ個人的な心配事があります  それはかつてのゲーム業界の、アタリショックと同等のものがテキスト界に津波を起こさないかという事です

 言うなればゴミ(失礼)に埋もれてしまって、真に素晴らしいサイトが人の目に触れずに消え去らないかと言う事と、カス(失礼)サイトだけを頻繁に目にした閲覧者がテキストサイトなんて面白くないと判断して去ってしまわないかということです

 「埋もれ問題」の対策として「サイト批評サイト」が登場した。以前に私が書いたとおり。

参考:サイト批評サイトの登場と挫折

 また、ニコニコ動画でアイマスMADが流行っていたときは、例えば「再生数が少ないが良質なMAD特集」みたいな、動画あるいはブログ記事を書くことで埋もれた良作品をみんなに見てもらおうとしていたものである。アイマスMAD界隈はみんな情熱的で「思ったことは、まずやってみよう」精神だから、色々な取り組みをしていましたね。

参考:ニコニコにおける「祭り」の効用と副作用 - 未来私考

 初音ミクやMMDでも「埋もれ問題」はあったと想像するのだが、そちらは私は不勉強でよくわからない。Flash界隈の場合はどうしてましたかねー。それも私はよくしらないんですよね。。。 

 で、『ヤマレコ』の「埋もれ問題」の場合、ユーザーはどのような対策をとってくるのか。一つは大した事を書いていない山行記録に対して”文章のタイトルを大げさなもの”にして、人の目を引くようにするのである。いわゆる「釣りタイトル」である。

 例えば「海川山」という山があったとして、その山行記録を書いた場合、タイトルはただ単に山の名前だけを書いた
 「海川山」
とか
 「海川山(南尾根→北沢)」
のように歩いたコースを一緒に書くとかが普通。
これが「釣りタイトル」の場合は、

 「熊と遭遇?!本当にあせった海川山」

 で、本当に熊と鉢合わせした記録の場合は、まあ価値ある記録なのだが、そうではなく「実は岩を熊と見間違えただけでした(テヘッ)」みたいな話。でも熊という単語があるとアクセス数が増えるという話し。

 まあ、「釣りタイトル」は、まだいいほうで。一番怖いのは凄いタイトル・凄い山行記録にするために、リスクの高い山行をしてしまう事。その結果事故に繋がることが一番怖い。もっとも、そんなユーザーは『ヤマレコ』ユーザーのほんとに一部であって、大部分は無難な山行をしているのだが。

 なお、私が他人の山行記録を参考に見る場合、タイトルは「山やコースの名前しか書いてないのもの」かつ「写真が多いもの」を優先にしています。タイトル過剰なものは、身内ネタ傾向が強く、山行の参考にはならない情報が多いから。


 でも「釣りタイトル」使う人をあまり責めれないですね。だって最近、商業ニュースサイトですらよく使ってますもの。実際効果があるから「釣りタイトル」使うのでしょ。「釣りタイトルで中身は薄っぺらい記事」を書くライターがいれば、それに釣られて読む読者が多数存在するわけで。わりとどうしようもないことなのかもしれない。