過去にyucon氏に関して、彼のウェブ上での活動を調べ、思った事を書きました。

2015年07月23日 :yucon氏遭難以前・以降における、ヤマレコ山行記録の拍手数・コメント数変化
2015年07月24日 :URLクリップ
2015年07月25日 :今更yucon氏遭難の件をふりかえっている理由
2015年08月28日 :『ヤマケイ新書 もう道に迷わない ―道迷いを防ぐ登山技術―』の内、yucon氏遭難の部分を読んで
2015年09月06日 :2012年07月遭難後に書かれた山行記録を読んでみたけれど

 彼はブログも書いているので今回は遭難記のブログ版を読んで読んでみました。

山岳遭難記録 ~鈴鹿 御池岳ゴロ谷での6日間
遭難顛末記について
遭難顛末記について Ⅱ

 ヤマレコ版の後でブログ版を書いているので当たり前かもしれませんがブログ版のほうがいいですね。こちらの方が空気が伝わります。で、感想です。山行の内容については特に何も言いません。私は低山は経験がそれなりにあるので感想はあるのですが、今回の趣旨からは外れるので。

 私は9月6日にこう書きました。

 2012年07月のyucon氏遭難後の山行記録を読んでみた。読んでみたといっても速読斜め読みではあるのだが。
 で、感想としては、「自分が当時感じたものとは少し違うなあ」といったところ。以前私は、

    「ウェブの自己顕示欲充足システムに飲み込まれた結果、功をあせった無謀な山行をして死期が早まってしまったんじゃないかと」

 と書きましたけど、改めて読んでみると、自己顕示欲充足システムにがっつり飲み込まれている人が持つ特有の空気をyucon氏の山行記録からは感じない。したがって、yucon氏がウェブから受けた影響は、もっと単純で純粋なものなのかもしれない。ウェブ繋がりで山仲間が出来た。ヤマケイに取り上げられた。それがすごいうれしかった。単純にそれだけの事なのかもという風にも感じました。もっとも、「単純にそれだけの事」がものすごい大きな事だったのかもしれません。

 ブログ版遭難記を読んで、改めてこの通りだなあと思いました。

 拍手とかアクセス数とかでおかしくなってる人やウェブの暗黒面に堕ちた人の文を読むと、例えば「自分を大きく見せてるなあ」「大げさに書いているなあ」「妙に言い訳がましいところがあるなあ」「なんか隠してるなあ」「結論ありきで書いてるなあ」とか、そういうのを空気で感じるんですよね。

 それをyucon氏からはあまり感じないんですよねえ。

 ただ、遭難時もヤマレコの事について考えていたと書いてあるし、こういう事も書いているのでヤマレコに対する気持ちがかなり大きかったのは間違いないところ。

~素晴らしきかな ヤマレコ~ - yuconさんの日記 - ヤマレコ

 だから、yucon氏については自己顕示欲充足システムによる影響は思ったより軽度で、自己顕示欲充足システムにがっつり飲み込まれたというよりは、前に言ったとおり、ウェブに公開したら反応が返ってきた、ウェブ繋がりの山仲間が出来た、(拍手数の大きい小さいに関係なく)単純にそれが凄い楽しかったという事なのでしょう。

 これもウェブの影響ではあるものの、yucon氏をヤマレコにいて物議をかもしている他の一部登山者と一緒にしてはいけない、ということですかね。