佐倉葉ウェブ文化研究室の作業報告書

佐倉葉ウェブ文化研究室(旧:WebsiteMAP βVersion)』の作業日記。
直近では「ブロードバンド普及によるハイキングへの影響」について調べた事を書きました ⇒「自己顕示欲充足システムに飲み込まれる登山者と事故の危険性 ~インターネットの普及による山行への影響について『ヤマレコ』を事例にして~
今は「個人ニュースサイト」について調べています。⇒書きました⇒「個人ニュースサイト史

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304 Not Modified

 今回は私以上にサイト論が好きかもしれない?まなめさんです。まなめさんの場合は『まなめはうす』とは別のサイト『304 Not Modified』があって、そこで色々書いてます。

 いつものようにピックアップしますが、文が多いので疲れました…。沢山ある為、3回に分けようと思います。今回はその一回目。

 ポイントポイントで使える文があったので収穫は多かったです。


ーーーーーピックアップーーーーーーーーーーーーーーー

個人ニュースサイト管理人の就職活動
・サイト運営にあたっては『可視化』『差別化』『効率化』に着目した。
 ⇒可視化とは、要するに見やすくすること。見やすいデザイン・配色であるか。どこまで更新したかがわかりやすいか。
 ⇒差別化とは、他のサイトにない個性のこと。自分のサイトの価値を出すために他のサイトに負けない得意なジャンルを作り、そこに絞ったニュースや意見を取り上げるようにした。
 ⇒効率化とは、サイトの更新には大変時間がかかるため、アンテナツールやRSSリーダ等を活用し、無駄な巡回を減らすようにした。

リンク元表記の良いところ。
・リンク元表記について視点は色々あるが、結局のところ、記事を紹介する人は、記事を書いた人に「どうやって知ったのか」「記事に対してどういう感想を持ったのか」を伝えることが、記事を書いた人への恩返しである。

ニュースサイトにおけるコメントの質
・ニュースに添えるコメントは5パターンに分類できる
  1.ニュースへのコメントなし
  2.ニュースに対して「私は○○です」という自分語り
  3.ニュースに対して「私は○○だと思います」という意見主張
  4.ニュースの付加情報や関連サイトの添付
  5.ニュースを利用して何かをする
 どれが良いとは一概に言えるものではないのでうまく使い分けたい

モテるニュースサイトを目指そう
・ブログ管理人に好かれるニュースサイトってどんなのなのか。それは「一つの分野に絞ったサイト」ではないか。
・ニュースサイト同士だと、ニュースの速報性や、おもしろい記事が重宝されたりしがちだが、意外とブログ管理人にはどうでもいいことなのではないか。
・ブログを取り上げるときのコメントで、そのサイトの評価が付く。

大手ニュースサイトの嗅覚
・大手ニュースサイトの嗅覚とは、良いニュースを見つけてくるニュースサイトを探し出すことにあるのかもしれない。
・ニュースサイトと呼ばれるサイトは非常に増えた。しかし、中には完全に孫ニュースと化したニュースサイトから自分の興味がある情報だけを抽出したサイトがあり、一方で、管理人自らブログを巡回したりイベント等で情報を仕入れてきたりするサイトもある。もちろんどちらが良いとは決め付けられないが、後者のサイトの方に魅力を感じている。

アクセス数を伸ばす方法~ニュースサイト編
・「ブログのアクセス数を伸ばしたいなら良い記事を書き続けなさい」と書いたが、これを個人ニュースサイトに当てはめて「アクセス数を伸ばしたいならニュースを発信し続けなさい!」としてもしっくりこない。何故なら、ニュースサイトのほとんどは一日一回以上更新されているから。では、どうしたら良いのか。
1.相互リンクやリンク元表記でサイトの存在を知ってもらう
2.ニュースサイトとしての個性を持たせ、常連を作る
3.訪問者が求めるものを考える
4.アクセス頻度
5.アクセスを減らす要因としては「サイトが見づらい」「訪問者が興味のないニュースの割合」「更新ペースが合わない」「他ニュースサイトとのニュースの重複」
 と、考えれば考えるほどいろんなことが思い浮かぶ。しかし、ニュースサイトとして求められていることは、欲しいニュースがそこにあること。
・どうやって一見さんを常連に変えることができるか。基本的に検索サイトからたどり着いた一見さんは、「○○について知りたい」のであって「○○についてのニュースを発信しているニュースサイトを知りたい」のではない。
・いつも同じサイトにたどり着くようになると、「あれ?またこのサイト?だったら、このニュースサイトを毎日チェックしてみようかな」となるかもしれない。
・自分でサイトを持っている人は、自分のサイトを紹介してくれるニュースサイトに興味を持ちやすい。理由はニュースサイトはその記事に興味があるから紹介しているわけで、紹介された側も自分の興味が有ることについて情報を発信している。そこには「興味対象の一致」という一番の条件がある為。
・ニュースサイトにとって一番大事なことは、「アクセス数」ではなく「影響力」ではないか。
・大半のニュースサイトが自分の好きなニュースを掲載しているでしょうし、おもしろいと思ったことを掲載していると思う。「このニュースを多くの人に読んでもらいたい」という想いがあるはず。それならば一番大事なのは、自分のサイトのアクセス数ではなく影響力ではないか。
・子ニュースサイトは、自分の見つけたニュースを多くの人に知ってもらうために、自分のサイトを孫ニュースサイトに知ってもらう必要があり、孫ニュースサイトは、子ニュースサイトから拾ったニュースを多くの人に知ってもらうために、自分のサイト自体の影響力を強める必要がある。こうすることで一つの情報に流れができ、多くの人にニュースが広まるのではないか。
・訪問者は直近数日分を見て自分のニーズと一致したときに巡回リストに加えるのだと思う。つまり、紹介しているニュースがそのニュースサイトの自己紹介であり、そのニュースサイト管理人の自己紹介でもある。

ニュースサイトがブログを殺す
・ブログのある記事がニュースサイトに紹介され、アクセス数が伸びても3日もすれば元に戻る。そこで、「ニュースサイトから流れたきた人を引き止めるのは難しい」などの、ニュースサイト好みな記事を書いて再度取り上げられてもまた3日だけ。
・ニュースサイトは、ブログから記事を切り取っている。その記事のみが評価対象で、そのブログが評価対象ではない。
・情報元リンクも、そのブログではなく、そのブログを知ったニュースサイトである。ブログの記事を紹介した際に、そのブログのタイトルを載せるニュースサイトはまだ少ない。だから、ニュースサイトからの訪問者もその対象記事しか読まない。
・ブログシステムは、記事ごとに独立して表示が可能である。そこに、管理人よりも記事にスポットを当てようとするシステム側の意図が見える。
・「○○さんが書いた記事」「○○というサイトの記事」というところまで認められるのは普通のブログでは難しい。
・ブログは記事だけ奪われる。

個人ニュースサイトは効率化の先に何をみるか
・個人ニュースサイトを運営している人の大半は、更新作業に2時間以上はかけていると思う。効率化というのは避けて通れないものであろう。
・個人ニュースサイト運営の効率化といえば、RSSの導入やあんてなツールの使用などがあるが、一番の効率化は個人ニュースサイトを巡回するという行為であろう。つまり、個人ニュースサイトの孫ニュース化。
・個人ニュースサイトの孫ニュース化によって、あるサイトで紹介されたニュースが、多くの個人ニュースサイトで紹介される。個人ニュースサイト間にニュースの「流れ」が生じる(⇒アクセス津波の発生)。
・流れが頻繁になり、どの個人ニュースサイトを見ても同じようなニュースばかりになってしまうかもしれない。
・個人ニュースサイトの孫ニュース化の先にあるもの。それは、新しい巡回先を増やし、常に新しい流れを取り入れる必要があることだと思う。
・効率化のために個人ニュースサイトを巡回しているのにもかかわらず、効率化の先には巡回先が増えるという矛盾が生じてしまう。
・ソーシャルブックマークから得られる情報もまた、個人ニュースサイト管理人の手によって取り込まれている。それによって個人ニュースサイトの「流れ」は、さらに広く、早く、大きくなっている。膨れ上がった「流れ」はやがて津波となり、ニュースに降りそそぐ。
・ブロガーの人たちは個人ニュースサイトの起こす波の存在を最低限知っておかねばならない。大津波に押しつぶされないだけの準備は必要。

ニュースサイトは本屋さんです
・ブログは出版社で個人ニュースサイトは本屋さんである。
・最近、ソーシャルブックマークが登場したが、それによって個人ニュースサイトが潰れてしまうことはないだろう。
・個人ニュースサイトはニュースを紹介するサイト。しかし、それだけではない“人を惹きつける何か”がそこにある。

自分語り系ニュースサイト
・気になる記事をピックアップしてコメントを述べるブログが急増している。
・集めてきたニュースは「私はこのようなニュースに興味があります」という属性表示にしかならず、ニュースへのコメントも「私はこのニュースに対してこう思いました」という自分語りにしかならない。
 ⇒Webサイトも結局は自己紹介にしかならない。
・大手ニュースサイトからしかニュースを拾ってこない「ひ孫ニュースサイト」が非常に増えている。
 ⇒「価値のないニュースサイトが増えた」という声を聞くようになった。
 ⇒「コメントウザい」と言う人も増えている。それは、コメントで自分語りが増えたせいではないか。
・自分語り系ニュースサイトはどんどん増えていく。むしろ、すでにすべてのニュースサイトがそうなのかもしれない。
・自分語り系ニュースサイトから紹介されてアクセス数を増やしたいブロガーは自分語りをさせるような記事を書いてみてはどうか。

俺ニュースを超えることはできても、俺ニュースになることはできない。
・なぜ「俺ニュースさえあれば十分」と呼ばれるまでの地位を獲得することができたか。それは、俺ニュースが孫ニュースサイトであることに徹したから。
 ⇒多くの個人ニュースサイトが「ニュースのタイトル、情報元サイト名、1行コメント」という形式でニュースを紹介している。
しかし、俺ニュースでは情報元サイトを最初に持ってきた「情報元サイト名、ニュースタイトル又は1行コメント、URI」という表記であった。
 ⇒★の数でオススメ度を、コメントで内容を、URI表記。
 ⇒孫ニュースサイトの基本的事項はこの「ネタ元ニュースサイトへの感謝」と「良いニュースを多くの人に正しく伝えること」。その点で俺ニュスタイルは最適であった。
 ⇒紹介するニュース。これを他のニュースサイトにすべて頼り切っていた。
 ⇒最近のニュースサイト論を見ると「どのようなニュースをピックアップするかでサイトの個性ができる」という意見が多いが、俺ニュースはそれを逆行していた。
 ⇒「ニュース」を共有するのではなく「面白いと思ったこと」を共有するというスタンスで、他の個人ニュースサイトで紹介されているのだから面白いと、フィルタのスタンスの多くを他人にまかせていたところが大きかった。
 ⇒てくる氏は、表に出てくることがほとんどなかった。
・今後「俺ニュース」のようなサイトになるにはどうしたらよいのか。
 ⇒当時のままの俺ニュースを今作ったらどうなるか。十分に大手のサイトになれる形態だと思っている。しかし、「俺ニュースのような存在」にはなることは非常に難しい。
 ⇒かーずSP、ゴルゴ31、カトゆー家断絶の3サイトに共通することは、それぞれ得意分野を持っていてなおかつ皆が面白いと思うようなニュースも紹介している。得意分野へは自前の巡回ルートを持っていて、他の面白いニュースは他のニュースサイトに頼っているように見える。
 ⇒俺ニュースは特に専門というものを感じなかった。アンテナを広くすることに非常に拘っていたように感じたことがある。俺ニュースは徹底的に広さに拘ったのだと思う。
 ⇒今からアンテナを徹底的に広げたニュースサイトを作れば良いのではないか。それで俺ニュースを作れる可能性はあると思う。しかし、当時と比べてカバーできる範囲が非常に大きくなってしまった。
 ⇒ニュースサイトの情報を探すスキルはきっと当時の俺ニュースより高くなっていると思う。しかし、そのカバーできる範囲が当時とは比べ物にならないほど大きくなっているため、個人ではカバーできる領域を超えてしまっているのではないだろうか。


「個人ホームページ不況」とマニア率・カリスマ論

 これは『絵文録ことのは』の文章。これの後半、

 >ところで、テキストサイト系のところが不況に見えるのは事実だと思う。

からの文が今回の対象。

 この”テキストサイトが不況うんぬん”というのは、なんの話の事かわかりますか?

 昔、『遥かな道しるべ』というサイトがあって、これが2003年9月に「テキストサイト系テキストサイトの現状メモ」という記事を書きました。「テキテキサイトの閉鎖が相次いでおり寂しい」という内容でした。これに対して『ARTIFACT』が「テキストサイトの衰退?」という反応記事を書いて話題になったんですね。この話については過去に私がまとめたものがあります⇒テキストサイト界隈の衰退に関する反応(2003年)

 ”テキストサイトが不況うんぬん”というのはこの流れの事ですね。ようは『ちゆ12歳』や『侍魂』といったカリスマ的な極少数のサイトがコミュニティを牽引していて、こういったカリスマサイトが更新をしなくなると、活力が下がっていくと松永氏は主張している。

 これ、私も全く同じ考えです。

 これが個人ニュースサイトと何の関係があるのかというと、この文の中で個人ニュースサイトにも触れられていて、そこにはこう書いてある。
ごく少数のサイトがネット界を牽引する、という構図は何ら変わらない。ネットではだれもが情報発信できて民主的ですね、というのは、それはそうなのだが理想論であって、実際には傑出したカリスマ運営者が大勢を決めてしまうのである
 たとえばノンジャンル個人ニュースサイトでいえば、「俺ニュース」のあとも「カトゆー家断絶」があったから維持されているが、それに匹敵するレベルで更新されている次のニュースサイトはない。カトゆーさんがサイトをやめたら、はっきりいって今のノンジャンル個人ニュースサイト・コミュニティ帝国は崩壊するだろう。
 インターネットは個人にとって、決して平等な世界ではない。機会均等は実世界より徹底しているが、しかし、それだけに実力主義で、それぞれの人のカリスマ的能力の差が際だつ世界でもあると思う。ブログのトラックバックで平等な網ができるわけではなく、トラックバックの集中するブログとそうでないブログに分かれていくはずだ。それは必然でもある。有用な情報を発信し、あるいは収集できる力があるサイトにはますます情報が集中し、そうでなければ細々とやっていくことになる。少数のカリスマがコミュニティを牽引する、という構図はおそらく、今後も変わることはない。
 個人ニュースサイトについては、今のところ、カリスマ的人材がまだ存在しているといえる。しかし、カトゆーさんがもしやめたとして、技術的情報メインのTECHSIDEさんや、趣味に一定の傾向のある変人窟さん(……その他、要するに専門特化型個人ニュースサイトということね)が後継者たりえるか、といえば、そのときに彼らが方向転換しない限り「難しい」といわざるを得ないわけです。あるいはBRAINSTORMさんは近いかもしれないが、一日の掲載リンク数を数倍にするだけのパワーがあるかどうか。あれば、その時点では個人ニュースサイトというジャンルはさらに発展するでしょう。しかし、後継者がいなくなった時点ですべては終わる。しかも、パワーあるカリスマサイトの寿命というのは案外短いというのが自分の印象です。
 これですね。「カトゆー家断絶がサイトをやめたら、個人ニュースサイト界は大変な事になる」と、これを”03年の時点で”予測している。ここにこの文の価値がある。

 まあ、カトゆーさんはこの後10年も続いたという事と、かーずさんやまなめさんもいますから、かなり延命された印象です。もちろん、今残っているかーずさんが更新をやめたからといって個人ニュースサイト界が無くなるわけではない。だけど活力が元に戻る事は無いだろうという事です。松永氏はこう書いている。
たとえ「カトゆー」がなくなってもニュースサイトに属する中小サイトは残るだろう。それをもって定着と呼んでもいいだろう。だが、他のサイトを牽引するサイトが新しく登場するか、といえば疑問だ、という話である




日本のウェブログの歴史(詳細版)

 これは『はじめてのウェブログ』の文章。『絵文録ことのは』の松永氏ですね。これの中ほどに個人ニュースサイトについて書かれています。


ーーーーーピックアップーーーーーーーーーーーーーーー

■日本版フィルターサイトが個人ニュースサイト

・英米のウェブログは、フィルターと呼ばれる形式から始まった。これはウェブ上で見つけた面白いページを紹介するもの。これとよく似た形式として、日本でも独自に発展してきたのが個人ニュースサイト。
・単に「ニュースサイト」という場合は新聞社などの報道サイトのことを指すが、「個人ニュースサイト」は運営者が関心のあるサイトへのリンクを紹介し、そこにコメントをつける場合もあるというもの。これはまさにフィルター型ウェブログそのもの。
・97年開設の「あ!ネット」など、かなり早い時期から個人ニュースサイトはいくつか立ち上がっていた。
・「smallnews!」は「自分がインターネットでいくつものサイトを巡回するので、他の人も巡回してるのではないか?と考え、巡回しなくても良いように幾つものニュースサイトを巡回して、目に付いた面白いニュースを掲載するようにした」と書いている。これはギブスンが「他の人のために前もってネットサーフィンする」人たちが登場すると予言したスタイルそのもの。
・「裏ニュース!」その後継である「連邦」、「itoya_laboratory*net_news」これらのコラム型個人ニュースサイトは、まさにウェブログと呼んでもまったく違和感のないスタイルといえる。
・「sawadaspecial.com」は、現在 Movable Type を使ったウェブログに移行しているが、これは個人ニュースサイトとウェブログの親和性を物語っている。
・コメントの長いコラム型個人ニュースサイトは、日本独自で生まれながらまさにウェブログ的であると言うことができる。また、実際にウェブログへの移行も多く見られる。
・個人ニュースサイトと典型的なウェブログの違いとしては、ウェブログではコメントが個々の記事に直接付けられること。
・起源はまったく違うものの、英米と日本で同時発生的に同じようなサイトが生まれたことは興味深い現象。


荒廃の歌・特別編》 ニュースサイトの作り方
荒廃の歌・特別編》 ニュースサイトの作り方2
荒廃の歌・特別編》 ニュースサイトの作り方3



 これは『荒廃の歌』の文章。『荒廃の歌』自体はテキストサイトに分類されるサイトなので、この文自体がテキストサイト論といえる。だから私が11年前にテキストサイトについて調べていたときに、関連文章として取り上げていた。

 テキストサイト関連文章3 ~ニュースサイトの作り方&荒廃の歌・特別編~

 『荒廃の歌』と言えば、猫にしゃべらせるというアイデアとそれを実現する為のサイトデザイン。

kouhai
















 これね。これ当時見て「いいアイデアだなあ」と思いましたよ。

 今回、ニュースサイトに関する部分を改めてピックアップ。


ーーーーピックアップーーーーーーーーーーーーーーー

・Hit数を稼ぐのに重要な要素として、『安定して面白い話題を提供する。毎日更新が望ましい』。『色々なサイトにリンクされる』のなどがある。これらの要素はテキストサイトよりも個人ニュースサイトのほうが満たしやすい。
・個人ニュースサイトは、ネタが無くてもニュースの紹介とそれに対するツッコミで無理矢理更新することが可能。安定して更新することが出来るのが魅力。
・文中リンクを使う事で他サイトと絡みやすい。大手サイトからリンクされやすい。
・テキストサイトと違って、文才に依存する部分が少ない。その代わり更新が面倒という欠点もある。毎日色々なニュースサイトを巡るのはかなりの労力が必要。
・文才を必要としない場合はそれに変わる才能が必要。例えば情報収集能力。
・ニュースサイトの系統は、大体3種類に分けられる。そして、その系統によってそれぞれ必要とされる能力が違う

系統名 必要とされる能力 代表的サイト
コメント系ニュースサイト  文才:高 情報収集能力:低 ちゆ12才 The Battle Watcher ANNEX
一行(数行)レス系ニュースサイト 文才:中 情報収集能力:中 exxxP! UP↑DOWN↓
羅列型ニュースサイト 文才:小 情報収集能力:高 Sawadaspecial.com 俺ニュース

・新規にサイトを立ち上げる上でもう一つ重要な事は『ジャンル』。特に羅列型ニュースサイトの場合、大手が既に運営していたら閲覧者が増える可能性はかなり望み薄。
系統名 代表的サイト(ニュース系を自称しているとは限らない)
総合(何でもアリ) ちゆ12才
ゲーム・PC系 Sawadaspecial.com TECHSIDE はいふぁっと!
2ちゃんねる The Battle Watcher ANNEX 2ちゃんねる研究
ゲーム総合 水無月情報ページ ゲームいろいろ情報 セガ@大阪マニア GAMECUBE INSIDE
テレビ関連 日記猿人
インフラ・電話関連 un-offical.net with NTT ほんわかキリン本店 useDDIpocket
芸能関連 娘。ニュース
漫画関連 最後通牒 漫画に関するWebページ「OHP」
サッカー関係 サッカーNEWS
悪徳商法 悪徳情報マニアックス
動画関連 めざせ!あにぺぐ
Readme ヘイ・ブルドッグ
ニュースサイトニュース 俺ニュース



★教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書

 今回は書籍です。ばるぼら氏の言わずと知れた大著ですね。個人ニュースサイト関連で言うと、第三章の最初に「インターネットのニューウェイヴ」として10ページ書かれているのと、第四章に3ページ書かれています。
 いつものようにピックアップしようとすると、この本は出来事の羅列なのでほぼ全文引用になるし、しかも書籍ですし、その為、ピックアップはしません。時期的には95年のマッキントッシュ系ニュースサイト発生からカトゆーさん、かーずさんが出てきた01年あたりまでが書かれています。

ばるぼらの「教科書には載らないコンテンツの歴史教科書」Flashニュースサイトの歴史(第1回)
ばるぼらの「教科書には載らないコンテンツの歴史教科書」:Flashニュースサイトの歴史(第2回)
ばるぼらの「教科書には載らないコンテンツの歴史教科書」:Flashニュースサイトの歴史(第3回)


 これは2005年に『にゅーあきばどっとこむ』で連載された文章。「教科書には載らないコンテンツの歴史教科書」という企画でFlashアニメーションについて書いたもの。書いたのはばるぼら氏。

 この中にFlashニュースサイトについても書かれている。Flashニュースサイトって今更説明する必要はありませんが「ホタテプロダクツ」「かーずSP」「(・∀・)イイ・アクセス」の御三家に代表されるFlashアニメーションを中心に紹介するニュースサイトの事ですね。

 今回はピックアップする必要がないのでしませんが、載っているサイトは『NuBoNBa』『ちんぴんどう』『ホタテプロダクツ』『かーずSP』『(・∀・)イイ・アクセス』『屋根裏』『pya!』『電脳空間』『ぺんぎんと~く♪』『赤いコンドル』『秒刊SUNDAY』『みずほN』『ひろぶろ』『REVIER blog』『サテメモ』『GilCrowsのFLA板観測所』です。

 知ってる人は多いと思いますが『NuBoNBa』のhayato君ってイケダハヤト氏なんだよね…

★日本のネットカルチャー史(角川インターネット講座 第四巻 ネットが生んだ文化 ~誰もが表現者の時代~)

 今回は書籍です。角川インターネット講座というシリーズがあります。名前からすると、インターネットを使った何かしらの遠隔講座の事?と思ってしまいそうですが、そうではなくて、”インターネットに関する講座”って事です。これの第四巻が「ネットが生んだ文化 ~誰もが表現者の時代~」として、著者8人がそれぞれネット文化に関しての持論を書いている。

 で、この本の第一章が「日本のネットカルチャー史」としてばるぼら氏が書いている。個人ニュースサイトの事についても何かしらは書いてあるだろうと思い、買って読んでみました。ただ、歴史の部分は大分駆け足で書かれていて、その部分については収穫はありませんでした。文の初めに8ページをかけて書かれている「ネット文化とはなんのことか」のほうが私にとっては収穫でした。

 いつものとおりピックアップしますが、今回は書籍ですから全部ピックアップするのもあれな感じなので、最初の14ページ分だけです。「ネット文化とはなんのことか」から「日本のネットカルチャー史」で個人ニュースサイトがでてくるところまで。


ーーーーーピックアップーーーーーーーーーーーーーーー

■ネット文化とはなんのことか

・昨今の「インターネット」はおおよそ「ワールドワイドウェブ」の事を指している言っていいだろう。「NCSA Mosaic」の登場以降、可能な限りブラウザー内で完結できるよう、ウェブが拡張されていった。ウェブの利便性がすべてを飲み込んでいった。
・インターネットの一部であったウェブは、やがて「インターネット全体のインターフェイス≒ウエブ」といえる状況を生み出した。この文で扱う「ネット文化」の大半は「ウェブ化して以降のインターネット文化」の事、このニュアンスが前提である。

・ネットで展開されている出来事全てがネット文化になるわけではない。そこにはネットらしさがなければならない。そこで何が「ネット的」で何が「非ネット的」かを決める必要がある。
 →設計の側面でいうと、「プラットフォームに依存せず、どこからでもアクセスが可能で、特別な技術の修練を必要としない、オープンな環境」これはネット的である。
 →運用の側面でいうと、「ユーザーと自主性を担保するボトムアップ型、情報の自由な流通、匿名と実名の選択の自由、常に修正され更新される可能性を秘めた情報の不確定性、受け手が送り手にコンタクトをとる手段が確保された参加可能性・双方向性」これはネット的である。
・世の中の殆どの企業は非ネット的な側面を持っている。現在、ネットで流行しているあれこれが必ずしもネット的であるわけではない。しかし、ネットは非ネット的な存在に影響を受けて、ネット特有の文化を生み出すことがある。ネットと非ネットは隙あらばお互いを取り込もうとする。
・ネット文化の歴史を知るには、ネットと非ネットの両方の視点が必要になる。

・ネット的な設計と運用を生み出した背景には、ネット的な態度や気分がある。その源流は3つ指摘できる。
 →一つ目はインターネット普及以前からあるコンピューター文化、アメリカの「ハッカー文化」の態度や気分である。法律が整備する前に規制事実化させてしまおうとする行為に、ハッカー文化の血脈を感じる。
 →二つ目は60年代の「ヒッピー文化」である。ネットユーザーが時に反体制的な態度をとり、様々なデータをパブリックな場にフリーで公開するのは、ヒッピー文化の名残といえる。
 →三つ目は「DIY文化」である。休日に趣味に没頭することで、意外なクオリティのものを生み出してしまう彼らの活動が文化の発展に寄与することは少なくない。フリーウェア/シェアウェアの多くはサンデープログラマーによる制作物である。
・これらの文化がネット文化と地続きである例として96年2月に作家のジョン・ペリー・バーロウが発表した「サイバースペース独立宣言」がある。
・通信品位法への反対声明として発表した「サイバースペース独立宣言」は、インターネットをグローバルな社会空間と捉え、国や政府など既存の権威を否定し、新しく自由なコミュニティを我々は築き上げていくという宣言。
・この宣言を書いたジョンはヒッピー文化を代表するバンド、グレイトフル・デッドの作詞家である。
・ジョンは「Electronic Frontier Foundation(電子フロンティア財団)」の共同設立者の一人。他にはGNUプロジェクトで活躍したジョン・ギルモア。「Lotus 1-2-3」の開発者で「Mozilla Foundation」の初代理事長でもある、ミッチ・ケイパーがいる。彼らは、パソコン通信「WELL」で知り合った。


■日本のネットカルチャー史

・最初期のインターネットで活躍する個人の多くは大学生だった。ISPが安価な接続サービスを始めるまでは個人がインターネットを利用できる場所は、大学(と企業)に限られていた。日本のネット文化を最初に築いたのは大学生であった。
・日本のネット文化は主にその時代の大学生が先導し、やがて時間がとれずに活動が減り、次の大学生に譲る。その繰り返しである。
・90年代、ZINEブームが巻き起こってた時期。ネットで雑誌を作ればいいと、雑誌感覚でコンテンツを公開するサイトは”E-ZINE”と呼ばれた。代表的なものとしては「Japan Edge」「pickles spinn」「Club HAL」「Shigep's」が挙げられる。
・並行して、”ウェブ日記”も流行した。サイトを更新材料として日記という形式が重宝された。人気を集めたものとして「をたく日記」「駄文でポン!」「不連続日記事件」「狂乱西葛西日記」。
・多くのウェブ日記が公開されるようになると、それらを更新した順に並べて一覧表示する「津田日記リンクス」が登場した。

・95年末から96年前半にかけて「Windows95発売」、大手パソコン通信各社がインターネット接続サービスを開始。学生や一部の業界人でできあがっていた、インターネットのコミュニティは一回リセットされた。
・E-ZINEは「shortcut」「bewitched!」「SHIFT」などの第二世代が内容は充実していたが再び大きなムーブメントになる事はなかった。
・「津田日記リンクス」の元参加者が「ReadMe! JAPAN」を立ち上げた。ここは日記に限らなかったことで独自性を発揮し人気を集めた。
・人の流入は個人サイトを多様化させ、ひとつの流れで捉えきれなくなる。96年から99年にかけての現在に通じる個人サイトという視点で振り返れば、まず目立つのは”テキストサイト”と呼ばれる事になる、毎日更新されている日記以外の文書を更新するサイト群であった。
・「しろはた」「パワードダイ」「ハッピーハッピーうさちゃんまつり’67」「ウガニクのホームページ」「HEXAGON」「クリアラバーソウル」「A_Prompt.」などのサイトはそれまでのウェブ日記サイトからは出てこなかった非日常的なセンスを持っており、これらは「ReadMe! JAPAN」を中心にコミュニティが形成されていった。
・同時期に、”個人ニュースサイト”と呼ばれる形式も生まれはじめた。これは独自取材のニュースではなくて、複数の商業サイトから気に入ったネタをピックアップしてリンクを張るサイトの事。企業がネットで情報を配信するようになったからこそ生まれたジャンルといえる。
・閲覧者は自分とセンスの近い個人ニュースサイトを見れば、自分でサイト巡回しなくてもいい為、重宝された。
・大手として「MP3 TIDALWAVE」「SMALLNEWS!」「変人窟」「J-oの日記」「ムーノーローカル」「TECHSIDE.NET」「裏ニュース!」「sawadaspecial.com」など。これらのサイトの多くは「ReadMe! JAPAN」に登録しており、ランキング上位は殆ど彼らが占めていた。
・テキストサイトや個人ニュースサイトは、「侍魂」と「バーチャルネットアイドルちゆ12歳」という2つのメガヒットサイトによって閲覧者数/運営者数が増加する。この現象は個人サイトをメディアからコミュニティへ変容させるきっかけとなった。
 →何かコンテンツを「発表」することで満足を得るのではなく、個人サイトというコミュニティに「参加」することで満足を得る人々が増加した。
  →これにより、01年前後からテキストサイトや個人ニュースサイトは内輪化、自己完結化が見られた。個人ニュースサイトからさらに情報をピックアップする”孫ニュースサイト”と呼ばれた「俺ニュース」はある種の象徴だった。
・メディアとコミュニティの意識のバランスがうまくとれていたのは、大量のリンクを毎日更新する「カトゆー家断絶」、専門性を高めることで独自性を発揮した「かーずSP」「CG定点観測」「ミュージックマシン」「(・∀・)イイ・アクセス」「萌えミシュラン」「ゴルゴ31」。旧来的な総合色のある「everything is gone」「まなめはうす」「ugNews」。
・彼らはブログのオルタナティブな情報集約機構として継続していくものの、ITやオタク以外の分野で新たな個人ニュースサイトが設立される事は減っていく。


 ここまでが最初の14ページ分。この後は大型掲示板、ブログ、Flashアニメ、SNS、まとめサイト、キュレーションサービス、動画配信サービスなどについて書かれている。この流れのなかで個人サイトを持つ動機は年々薄れていき、個人サイト文化もまた一昔前の出来事となっていく。
 2010年に「WIRED」は「The Web is dead.」という特集を組んだ。インターネットは生き続けるが、主戦場はオープンなウェブからクローズなプラットフォームへ移っていくという時代の変化を捉えた内容だった。
 現在は「ポスト・インターネット」環境を生きている。これはマリサ・オルソンが08年に話したキーワードで、オンライン・オフラインの区別はもうないとする立場。

 一番最後に「ネット文化の発展は未だに過去の理想の実現に留まっている」とし、「誰も想像していなかったことが起き、インターネットに初めて触れた時以上の高揚感を体験できるか。この先、日本のネット文化に期待しているのはそこだけである」で文は終わる。




ついついソースを見てしまうような昔ながらの貴方へメッセージ

 これは『SMALLNEWS!』の文章。07年5月にHTMLのソースを見ると書かれていた文ですね。上記リンクの文は、私のサイトでコピーしておいたもの。本当は全文コピーなんてしたくないのだけどね…。今にして思うとコピーしておいてよかったなあという感じ。


ピックアップ

■毎年4月1日になると、『MP3TIDALWAVE』『ムーノーローカル』『SMALLNEWS!』の3サイト合同でエイプリルフール企画をやっていた。二人とは会った事が無く、メールとチャット、サイト上のみの付き合いだが、彼らを尊敬し、感謝していた。

■余った時間の全てをサイトに捧げていた。余ってない時間も捧げていた気もするが、自己表現という意味では最高の場所だった。

■当時大好きだった「志摩スペイン村」のホームページを作ろうと思ったのがサイトを始めるきっかけ。 ただし、これは当たらないと直感し、止めた。当時取得した『GeoCities』のアカウントが「pyrenees」。「pyrenees」はスペイン村にあるジェットコースター。

■当時のデザインコンセプトは「嫌われないサイト構成」だった。
・「私が誰であるのか、どういう人間であるのかは、情報を必要とする人間には必要がない」という考えを元に、記載する情報に私のコメントは殆どつけなかった。また、「私の意見を書く」という事は「賛同」と「反発」を生むと考えた。その為、情報のみを簡略化して淡々と書き綴った。
・取り扱う内容に気を使った。初期の『SMALLNEWS!』では取り扱わないネタが幾つかあった。それは「バレンタイン」「母の日」「父の日」「クリスマス」というイベント系。例えば母親を亡くされたばかりの方が「母の日」のネタを見て悲しい思いをするのであれば排除すべき、と考えた。
・サイトのデザインはどんなブラウザのサイズで見ても形が崩れないようにした。「この形で見てください」ではなく、見てくれる人に最良の形で提供する、そういう意味であの味気ないようなデザインで統一した。

■サイトの色の「くすんだ桃色」は、サイトの情報の提供者の性別を不明にしたかった為。「もしかしたら女性では?」とか思わせたく、一人称は必ず「私」を使うようにしたりした。なぜ女性と思わせたかったかというのは、女性が運営する濃いサイトというのは珍しいので目立つのでは?と考えた結果。

■「PYRENEES!」というハンドルネームは、元々はサイトで名乗っていなかった。私自身をサイトで表現する必要がないと思ったから。誰かがメールアドレスに使っていた「pyrenees」というアカウントから「pyreneesさん」と呼び、そこから自ら名乗るようになった。

■サイトがある程度認知されてくると、人間味の無さが各所指摘され始めた為、「Workingなうなう」を始めた。

■掲示板は置かなかった。どこかのサイトで「ウェブページのライフサイクル」というのを読んだ為。 そこに書かれていたライフサイクルとは、「掲示板つくる」→「そこそこ盛り上がる」→「常連ができる」→「常連に反発する人間出る」→「どっちかが荒らす」→「本人登場で一旦落ち着く」→「本人叩きが始まる」→「テンション下がる」→「終焉」みたいな事。

ニュースサイトの立ち上げ方 (Macintosh News)

 これは『Designer's Farm』の文章。香川大学の秋山智 氏ですね。日付は96年9月8日。この時期はアップル・マッキントッシュに関する個人ニュースサイトが幾つも発生した時期。そのサイトの一つが秋山氏がやっていた『Macintosh News』。そのサイトが更新停止するに当たり、書いたのがこの文。個人ニュースサイトはこうあるべきという、氏の経験に基づいた考えを記載している。
Macintosh News は更新を停止しました.更新を停止して困る一人は他ならぬ私です.私自身が Macintosh News をメモ代わりに利用していたからです.
そこで,他のニュースサイトにがんばっていただいて,私が困らないようにしていただけたらと思います.また,最近 Macintosh 関連ニュースサイトが乱立気味の気がしないでもありません.これから作ろうと思われる方も含めて, Macintosh News のノウハウを公開いたします.
 この文の価値。それは後年、個人ニュースサイトが議論してきた事を、『Macintosh News』は96年9月の時点で、すでにあらかた言っているという事ですかね。それだけ信念をもってサイト運営をされていたという事でしょう。


ピックアップ

■新しい情報ページを立ち上げるなら、オリジナルな情報を含んでいるか考える事。ただし、オリジナルな情報とは、情報の組み合わせ方,提示の仕方も含む。リンクだけでも立派な情報ページ足り得る

■情報の確実性を第一に考える事。間違いが分かった場合は、すぐに訂正する事はもちろん、誤情報を流した旨を報告する事。

■引用先を明示しリンクを貼り、自分のオリジナルな情報でないことが分かるようにする事。明示せずに他サイトのオリジナルな情報を引用するのはルール違反。

■情報を共有することがインターネットの精神。インターネットは情報を公開し合うことで発展してきた。他のニュースサイトの情報やニュースソースを紹介し,多くの方がオリジナルな情報をたどれるようにする事。自サイトのアクセス数を誇るようになってはいけない。

■他の情報を利用する場合は著作権に留意する必要がある。出所を明示しアンカーを張ってあれば,引用の範囲としては許されると思うので,そのようにする事。画像については必ず、作者の承諾を得る事。

■インターネットの即時性を考えると,土日も休まずサイトを更新する必要がある。

■見やすさ,読みやすさを考える事。

■できるだけ軽いページにする事。

■長く続けることが一番難しい。毎日、確実に時間を費やさなければならなくなる。趣味だと割り切っていたが、それもそのうち、趣味とは言えなくなった。どうしても他にしわ寄せが行ってしまう。その為、ニュースサイトを維持してきた上で最大の関心事は記事作成の効率化。つまり、如何にして短時間で済ませるかという事だった。作業を効率化を進めたが、それでも30分から1時間程度はかかった。

★NHKスペシャル 新・電子立国 第9回 コンピュータ地球網~インターネット時代の情報革命~

 「新・電子立国」はNHKスペシャルで95年から96年にかけて9回放送された番組。「新・電子立国」で一番有名な回は第4回の「ビデオゲーム~巨富の攻防~」ですかね。ハドソンの工藤兄弟や、任天堂の山内社長や宮本課長、NOAの荒川社長が出てくる回。コンシューマーゲーム機の歴史について語るときに「アタリショックがうんぬんかんぬんで、任天堂はアタリショックの再現を防ぐ為にうんぬんかんぬん」という話をする人いますけど、この番組が元ネタの場合が多いという印象。

 これの第9回は「コンピュータ地球網~インターネット時代の情報革命~」です。放送日は1996年6月30日。もう20年近く経ちましたか・・・。放送当時に見た記憶はありますがその頃私はまだ子供ですから、内容を殆ど思い出せなかっため、再び見てみました。

 内容は大きく分けると下記5つ。

・ARPANET
・World Wide Web
・NCSA Mosaic と Netscape
・公開鍵暗号方式
・インターネットを利用した商売

 インターネットの誕生については、当時よく言われていたと記憶している「核戦争に耐えるネットワークの構築が起源」説を採用している。内容について細かく見ると、専門家から色々突っ込まれるのかもですが、事象を簡素化し時系列によく整理されている(と素人の私には思えた)。専門家ではないTV視聴者にわかりやすく伝えるという点では流石、「電子立国・日本の自叙伝」で実績のあるスタッフ、と言ったところ。


-----以下は番組の内容----------------------------------


■インターネットの誕生

 インターネットとはルーターと専用線が作ってる巨大な網の目である。赤い印がルーター、黒いのが専用線(電話線でもケーブルTVでもいい)。
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 1961年4月、ソ連は有人宇宙飛行に成功。アメリカは「ソ連が宇宙から核攻撃が出来るようになった」と恐怖した。同じ頃、ユタの電話中継局がテロにより広範囲の範囲の電話が不通になった。空軍はこの事態に震撼した。

 「ソ連の核攻撃にあえば通信網が壊滅し、反撃すら出来なくなる」

 サンタモニカのランド研究所。空軍の依頼を受け、核戦争にも耐える通信システムの研究を開始した。3年後、13冊にわたる詳細な報告書が完成した。

 「分散型通信システムについて」(ポール・バラン)

 電話では交換機に全ての線が集中する。ここがアキレス腱である。
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 電話交換機を使わない通信網が出来ないか。バランが考えたのは「電信の時代に戻る」事であった。昔は網の目のように電信局が置かれていた。電信局では隣の局から転送されてきた電文を、目的地により近い隣の電信局に転送する。この繰り返しにより電文は目的地に到着した。この方法だと、線が切れたり電信局が壊されたりしても、そこを迂回すれば電文は目的地に到着する。これを自動化するというものであった。
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 ARPAのリックライダーはバランのアイデアを実行に移した。ネットワークの設計はラリー・ロバーツ。コンピュータの制作はボブ・カーン。出来たコンピュータ(ルータのご先祖)はInterface Message Processor(IMP)と名づけられた。このIMPがカリフォルニア、スタンフォード、サンタバーバラ、ユタと設置されていった。新しいIMPが繋がると、それは全てのIMPに自動的に知らされ、新たなIMPは全てのIMPに情報を送れるようになる。ネットワーク全体を管理する人は必要は無い。IMP同士を結ぶ線が切れても、新たにIMPが繋がっても自動的に情報を届けるシステムが完成した。このIMPが増えることでネットワークが増殖していく。このARPANETは急速に広まっていった。
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 さらにアメリカ各地に類似のネットワークが誕生し、それらが一つにまとまってインターネットになっていった。ところが、ネットワークで繋がっていても、簡単にクリック一つで操作できるようなものではなかった。だれもが使えるようになるには、また革命が必要だった。


■World Wide Web

 ヨーロッパ原子核研究所(CERN)。ここに世界から数多くの物理学者が押し寄せた。それぞれがコンピュータを持ち込み、インターネットに繋がっていた。しかし、様々なコンピューターに互換性の無いソフトウェアを使っていた為、共同研究が進まなかった。

 ティム・バーナーズ・リーは語る。
 
 「共同研究を円滑に進める為に、CERNの全てのコンピュータはインターネットに繋がれていました」
 「でも、少し離れたコンピュータにある論文を一つ手に入れるのも大変な作業でした。まず、相手のコンピュータの名前を調べ、接続に必要なIDとパスワードをもらわなければなりません。接続したら、そのコンピュータのどこにほしい論文があるか、検索するプログラムを動かし、論文の名前を正確に入力します。でも、それ以前に、他人のコンピュータを検索する方法なんてわかりっこありません」
 「そこで近くの人を捕まえ、「どうやったらいいか知ってる?」と尋ねます。すると「僕もわからないけど、HELPと打ち込めば命令リストが出てくるよ」と親切に教えてくれます。それでしかたなくHELPと打ち込み、命令文の勉強を始めます。何時間もかけて、呪文のような命令を打ち込んで、目的の論文を何とか手に入れます」
 「それで”さあ読もう!”としたら、聞いたこともないようなワープロで書かれた文書であることが判明し全く読むことが出来ず、唖然とするのです。何とかならないものかと考えましたよ~」

 1989年、ティム・バーナーズ・リーは提案書を書いた。

「情報管理に関する一つの提案」

 インターネットに繋がっているコンピュータに共通のソフトウェアを入れて更新すれば、それを使って互いの文書を共有することが出来る。

 提案は受理され、ティム・バーナーズ・リーは一ヶ月でプログラムを書き上げた。このソフトを”世界中のコンピュータを繋げる蜘蛛の巣”「World Wide Web」と名づけた。文章上のアンダーラインにカーソルを持っていきダブルクリックすると、アンダーラインに関係する文書が次々に出てくる。それを繰り返すと目的の文書にたどり着く。
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 このソフトをインターネットに公開した。人々はこのソフトの威力に感嘆した。しかし、「World Wide Web」は文字しか表示できないものであった。


■NCSA Mosaic と Netscape

 92年、「World Wide Webにグラフィックを表示できるようになれば凄いソフトになる」と考えたイリノイ大学のマーク・アンドリーセンと仲間達は「絵の出るWorld Wide Web」を開発した。これを「Mosaic」と名づけた。
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 彼らはMosaicのPR用に作ったビデオでこう宣言した。
 
 「NCSA Mosaic は、未来の情報サービスの姿をインターネットという地球規模の舞台で今ここに実現した。これこそが来るべき情報スーパーハイウェイ時代のソフトウェアである」
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 Mosaicは瞬く間に全世界に広まった。世界中がインターネットで繋がっているためソフトウェアが全世界に広まっていくことに何の障害も無かった。開発者はインターネットでの反響を即座に取り入れ、凄い勢いで改良した。

 しかし、その勢いがピタリと止まってしまった。Mosaicが世間の注目を集めると官僚の餌食になった。イリノイ大学はMosaicの開発を一元化し、色んな人がMosaicを管理しようとし始めた。開発者が一つ改良するにも、あのおじさん、このおじさんとお伺いを立てないといけなくなってしまった。

 「自分達の会社を作ればMosaicをどうするか、自由に決められるのに」

 シリコングラフィックス社の創業者、ジム・クラークはインターネットはもの凄いマーケットになると注目していた。ジム・クラークはアンドリーセンを始め、イリノイ大学の学生を説き伏せ、新しい会社「ネットスケープ・コミュニケーションズ」を設立した。94年5月、彼らはシリコンバレーに集まった。自分達がかつて作ったMosaicを越えるソフトを作り、Mosaicを打ち倒そう。
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 新しく開発したソフトは開発費に20億円かかった。これを無料で配布したが、法人で使う場合は有料とすることで大成功を収めた。Netscapeは発表から一年半で3800万本普及した。

 ジム・クラーク「インターネットは、通信・放送・印刷などのメディア業界。そして広告・サービス業・ソフト業界・家電業界など、あらゆる業界を巻き込んでまもなく15兆円産業になります。そして各産業はインターネットにより根本的な変革を迫られるでしょう」


■公開鍵暗号方式

 このインターネットを使って商売をしようとすると、当然、お金のやり取りが絡む。代金をどうやって引き落とすのか。そのときの暗証番号はどうやって隠すのか。署名はどうやるか。システム全体の性格は元々オープンなもの。どうやって大事な情報だけは隠すのかという問題になる。それを実現するのは暗号である。

 スタンフォード大学の学生でも教員でもないにも関わらず、大学の研究室に入り浸っていたウイットフィールド・ディフィは思いついた。初めて出会った物同士の通信の秘密を守り、デジタル署名を可能にするには、今まで一つしかなかった暗号の鍵を二つにするだけでいい。マーティン・ヘルマン教授とともに論文を発表した。
 
 「暗号技術の新しい方法」

 ウイットフィールド・ディフィ「私があなたへ秘密のメッセージを送るときに、あなたは私に公開鍵を送り、私はそれでメッセージを暗号化しあなたに送ります。あなたは自分の秘密の鍵で解読します。こうすることで二人は秘密の鍵を共有しなくても安全に通信できるのです」

 しかし、この論文はどうやって公開鍵暗号を実現するのか、技術的側面は書かれていなかった。

 ロン・リベストら3人の数学者は、これを実現する方法を考えた。「RSA公開鍵暗号」である。83年、3人の数学者は「RSAデータセキュリティ」を設立した。しかし暗号ソフトは当初全く売れなかった。倒産寸前のRSA社の新社長になったジム・ビゾスはロータス社に暗号ソフトを売り込み。やがてアップル社やマイクロソフト社にも組み込まれた。500のソフト会社と契約し、7500万本のソフトに組み込まれている。

 これを苦々しく思っていたのが暗号技術を独占している国家安全保障局。ディフィが論文を発表するとき、RSA社がマイクロソフトと暗号ソフトの契約をするとき、国家安全保障局が圧力をかけてきた。平和運動をしていたフィル・ジマーマンは「反体制の立場をとる草の根運動家にとって暗号ソフトは役立つ道具になる」と考え。独学で数学を学び、暗号化ソフト「Pretty Good Privacy (PGP)」を作った。それを無料で配布したことでインターネットを通じて暗号技術が全世界に広まり、政府は暗号技術を規制出来なくなった。


■インターネットを利用した商売

 公開されたシステムの中でも、重要な情報は秘匿できる。暗号ソフトが普及することでインターネットというオープンなシステムも商売の道具になる。

 サンフランシスコにあるインターネット利用の広告代理店、オーガニック・オンライン。広告媒体はインターネットのホームページ。どの広告がどれだけ見られたかが正確に記録され、それに応じて広告料が依頼主に請求される。

 性に関するビデオを通信販売するフォーカス・インターナショナル社。社長のマーク・ショーエンは性教育の博士号をとった人物。

 マーク・ショーエン「インターネットは性に関する情報を提供するには理想のメディアです。ここでは名前を名乗ったり、顔を見せる必要もありません。普通なら恥ずかしくてとても相談できないような内容でもインターネットなら大丈夫です。僕のこんな悩みに答えてくれるビデオはありませんか?そんな非常に個人的な相談が世界中から電子メールで寄せられます」
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 医療系通信販売の大手、ランズエイド社。ダッジビルにあるオフィスでは4500人が働いているが、その3分の2は顧客の注文をコンピュータに打ち込む女性オペレーターである。インターネットが本格的に導入されると、その何割かはいらなくなる。ランズエイド社の機械室。ここに9個のルーター、通信モデム、パソコンがある。これだけで一日に86000件の注文受けつけが可能。それはオペレータ1400人に相当する。インターネットの普及は多くの人手を省くことになる。


■エンディング

 ソフトウェアというのは結局、人である。その人が持つ新しいビジョン、独自の方法、情熱。そういうものを抜きにソフトはありえない。これからは、どのようにしてソフトウェアマインドの人間を作るかが問われていくだろう。



★『ヤマケイ新書 もう道に迷わない ―道迷いを防ぐ登山技術―』 第1章 道迷い遭難の事例に学ぶ ①鈴鹿山脈御池岳の道迷い遭難

yucon氏が一回目の遭難をして、そのときの事は本人は『ヤマレコ』の山行記録に残しているわけだけど、

~山岳遭難顛末記~ 御池岳ゴロ谷での6日間  [山行記録] - ヤマレコ
R氏について (遭難顛末記より) - yuconさんの日記 - ヤマレコ

野村仁氏が書いた『ヤマケイ新書 もう道に迷わない ―道迷いを防ぐ登山技術―』という本があって、そこに記載された一番最初の遭難例がyucon氏の遭難になっている。なお、本文中では「yucon」ではなく実名で書かれている。内容は「遭難記録」と「遭難の原因・教訓」。


------ピックアップ----------------------------------

遭難記録

■7月16日。「ノタノ坂、土倉岳、T字尾根、山は登りません。帰りは17時頃」と家に書き置きを残して出発した。

■登山口の駐車場へは10時半頃到着

■テーブルランドに14時頃到着。T字尾根への分岐を進む。

■T字尾根に入って、しばらくするとR氏に出会った。ベテランに見えたR氏についていったら道に迷った。

■右往左往してもT字尾根に復帰できなかったことから、復帰はあきらめ、R氏は沢(ゴロ谷)に向って下り始めた。yucon氏は付いていくのだが、ここで5m滑落した。R氏はゴロ谷を下っていったが滝が出てきて先に進めなくなった。

■R氏はテーブルランド(ボタンブチ)に登り返すことにし、yucon氏も付いていった。R氏はテーブルランドまで到着したが、yucon氏はヘッドランプを所持してなく、あと15mほどの所でビバーク。R氏もビバーク。この登り返しでyucon氏は膝を痛めている。

■翌朝、yucon氏は残りの15mを登った。このとき、R氏にロープを出してもらっている。yucon氏は家族にこれから下山すると電話。この携帯電話はR氏のものである。

■下山路として、yucon氏は再びT字尾根を選択。そして再び道迷い。R氏と一緒だったが、途中ではぐれてしまった。このとき幻覚症状が出始める。

■幻覚に引き寄せられゴロ谷に戻ってきてしまった。そこからは救助を待ち続ける日々。雨が降ったが雨具は無く、ザックカバーで代用した。地図とコンパスは持っており、自分が小又谷では無くゴロ谷にいることに気がつく。T字尾根に登り返すことにも挑戦したが失敗した。

■22日、『ヤマレコ』仲間のトシ氏がyucon氏を発見。ヘリで救助された。


遭難の原因・教訓

■踏み跡やマーキングに過度に依存しないこと。なぜなら踏み跡やマーキングが間違えている場合があるし、そもそもマーキングの目的がわからない。よって地形を見よ。

■yucon氏は地形図とエアリアマップをどちらも持参し、コンパスもあったが活用していない。活用していればボタンブチの急坂を登る事は無かったのではないか。

■見ず知らずの人(R氏)に判断をゆだねた事が遭難の始まり

■yucon氏はインターネットだけから情報を得ていたが、ネットの記録は個人的かつ感覚的な表現が少なくない。ネット情報の短所や限界を考慮する必要がある。

■yucon氏の遭難にいち早く気がついたのは『ヤマレコ』の仲間だった。

--------------------------------------------------


以下は私の感想メモです。

・yucon氏本人が書いたものよりも、事象が整理されていて理解しやすい。

・「ノタノ坂、土倉岳、T字尾根、山は登りません。帰りは17時頃」という書置きは、「山には登らないと嘘を書きつつ、念のため場所は書いておいた」という事?

・R氏はゴロ谷ではなく小又谷だと勘違いしていた?。小又谷の場合は先に進むと登山口の駐車場に出る。

・yucon氏史観で書かれている。

・yucon氏よりR氏のほうが装備が適切。判断力もR氏のほうが高かったと思える。現にR氏は自力下山したわけだし。

・yucon氏が救出後にとった行動(一方的に非難する山行記録)は、R氏からしたら激怒ものだろう。なお、本書の記載についてはR氏をある程度フォローしている。(専門家ではないR氏がyucon氏の安全まで請け負うことは不可能と書いている)

・yucon氏がスマホで出来るGPSと地形図の合わせ技を使えれば遭難しなかったのではないか。

 NHKクローズアップ現代「夏山トラブルに注意! ネット時代の登山ブーム」という番組がありました。
 結論から言うと「あんまり語る価値が無い放送」だったのですが、意外とハイカー達には見ている人が多くて、感想を書いている人もいます。まあ、私も録画して見たため評を。
 番組の題名をみると、私も含めて一部の人が問題視している「登山SNS『ヤマレコ』に実装されている拍手機能の弊害」のことかな?と思うのですが、その話は一部だけ。では、番組の内容はどのようなものだったのかというと・・・


■内容

①番組冒頭
 「最近は山ガールなど登山人気が沸騰。インターネットで登山仲間を気軽に見つけられる。しかしネットの情報を鵜呑みにし、力量にあっていない登山をしてしまう」

②鶏冠山にて
 「登山暦15年の男がネットで募ったメンバーで奥秩父の鶏冠山に登ったら大変だった」という話。
 男(リーダー)はネットで鶏冠山(西沢渓谷→鶏冠山→甲武信小屋)にあがるメンバーを募ったら、ある女性が来ました。その女性は「経験年数2年で、(リーダーの感じたところでは)自己申告した山経験は立派なもの」だったのですが、実際に一緒に山を歩くと「女性がリーダーの言うことを聞かなくて大変だった」という話。番組構成的には「山のルールを知らず、リーダーの指示に従わない女性。そんな人が募集に乗っかってしまうネット募集ってどうよ?」という感じになっている。
 登山暦15年男「リスクが高いから、ネットで仲間を募ることはもう止めた」

③北岳にて
 登山サイトに登録されている山行記録は登山者にとって有用なもの。しかし、記録を競い合う風潮を生むなどのリスクを生み出している。
 登山暦6年の男は登山サイトに山行記録を投稿してきた。コースを短時間で踏破するほど山行記録の評価は高まっていった。いつしか男にとって評価されることが目的となっていく。。。
 ある日、男は北岳に登った。その際、「登山サイトで注目される為に」山上で一泊せず、短時間で日帰り登山をした。体力的にかなり無理をしたためか、下山後、痺れなど体調に異変が出てしまった。
 登山暦6年男「登山する人にとって登山サイトは居心地のいい空間。しかし、自分を見失う人もいるのではないか」

④登山ガイド「山田淳」氏のコメント、その1
 ・(②のネットで募った、にわかパーティについて)旧来の山岳部・山岳界で定義されていたリーダーとは違う。パーティ募集の言い出しっぺがリーダーになってしまう。リーダーとしての資質があるかどうかはわからない。ただ、この人達をとめることはできない為、これを山岳界はどう受け止めていくか考えなければならない。
 ・(ネットにある山の情報について)量と質で考える。量はネットによって圧倒的に増えたが質は玉石混合。③で「(山行記録を書いて)賞賛されたい」というのがそうだが、ガイドブックとは書き手の思いが違う。単に登った人の記録であり、他人が参考にすることを考慮したものではない。そこを見る人は意識しなければならない。

⑤白馬岳にて
 とある登山サークルの話。全員始めまして状態での登山。ただしガイドをつけ、リーダー・サブリーダーをキチッと決める。白馬大雪渓に上る前に、アイゼン装着した歩行練習。登り始めてからはリーダー・サブリーダーがメンバーの体調を細かくチェック。無事白馬岳に登頂。これまで30回以上の登山を成功させている。
 サークル代表「若い世代が、安全に登山を楽しめる機会が、もっと増えればいいと思う」

⑥ヤマレコの話
 ヤマレコの代表。的場氏登場。無謀な登山を煽るような山行記録を削除。登山日数ランキングをやめた。遭難などトラブルの体験を載せたコーナーを新設。登山計画書提出システムを作った。
 的場氏「まず安全が第一にあって、その上に楽しむというものがある。ヤマレコではその両方をやっていけるようにしたい」

⑦登山ガイド「山田淳」氏のコメント、その2
 ・(⑤のガイドを雇う。リーダー・サブリーダーを決める方法は)いい取り組みである。人材育成にも繋がる。ただし、まだほんの一部の動きでしかない。
 ・(⑥の登山計画書提出システムについて)いい取り組みではあるが、元々登山計画書を出さなかった人が出すようになるかというと、それは怪しい。登山計画書を出させるためには理由付けが必要。例えば「損害保険の保険金支払審査と連動させる」「そもそも入山させない」など。
 ・登っている人達の属性が変わってきている為、新しい制度・仕組みが必要。
 

最後に山田氏が「"自分のスキル"と"次はどの山に行けるか"という2つのものさしが必要」という事を話して番組は終わる。


■私見

 この放送はガチハイカーの話では無く、有名な山しか登らない、主要な道しか歩かない人達が主題の話と理解。例えば、高尾山周辺や丹沢表尾根、高山では交通の便がよく、車で有る程度の高さまでいけるような山、雑誌によく取り上げられる山などに限定して歩く人。で、ネットでパーティメンバーを集めると、そういう人がガチハイカーのパーティに混ざってしまうから困る、というのが②の話。そういう人達でもベテランガイドをつければ安全というのが⑤の話。

②鶏冠山の話
 「女性が悪い、そしてそのような人が参加してしまうネット募集」という構成には大いに疑問を感じる。そもそも「鶏冠山のメンバーをネットで募ったリーダーの判断力がおかしい」んじゃないの?。あと、TVスタッフは地図をちゃんと見てます?。西沢渓谷から鶏冠山に線引いてあるんだっけ?。現在の地図では実線どころか点線すら書いてないはずですが。バリエーションハイキングのメンバーをネットで募集したこと自体に問題は無いの?
 そもそも「経験年数2年」なのに「山経験は立派なもの」っていうリーダーの判断はなんなのか。
 自分ならこの話は全部ボツかな。リーダーの判断力の問題であってネットの問題ではない。

③北岳の話
④登山ガイド「山田淳」氏のコメント、その1
 同感。従って私見は特になし。あえて言うなら、ネットの評価で自分を見失うという話はもう少し掘り下げて欲しかった。
 
⑤白馬岳にて
 「これまで30回以上の登山を成功させている」とあるが、たった30回?。まだ評価していいような回数ではないのでは。成功回数だけで言えばアミューズトラベルはものすごい数を成功させている。このサークルはまだTVで取り上げていい段階ではないと感じた。
 
⑥ヤマレコの話
 私が少し前に浅間山の立ち入り禁止区域に入った山行記録を探したら殆ど無かったんんだけど、運営側で消したのかな?昔は沢山ありましたよね。

⑦登山ガイド「山田淳」氏のコメント、その2
 「登山計画書の提出を、損害保険の保険金支払審査と連動させる」という意見は(整理しないといけない点はあるが)面白いアイデアだと思った。


②をカットし、その分を的場氏と山田氏が話す時間に割り振って欲しかった。山田氏は現実的な目線で色々考えてそうな印象。話足りなかったのでは?。この二人の考えていることをもっと聞きたかったですね。

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