佐倉葉ウェブ文化研究室の作業報告書

佐倉葉ウェブ文化研究室(旧:WebsiteMAP βVersion)』の作業日記。
直近では「ブロードバンド普及によるハイキングへの影響」について調べた事を書きました ⇒「自己顕示欲充足システムに飲み込まれる登山者と事故の危険性 ~インターネットの普及による山行への影響について『ヤマレコ』を事例にして~
今は「個人ニュースサイト」について調べています。⇒書きました⇒「個人ニュースサイト史

カテゴリ: 雑記

 この前今更ツンデレカルタ騒動について振り返った事から解るように、アイマスMADのページのリニューアル作業を始めました。

 アイマスMADのページが今は「アイマスMADの黎明期」と「アイマスMADを中心とした(略)」の2ページに分かれているのでこれを1ページ化し、追記をしていきます。で、文章は半分以上流用するつもりですが、書きなおしが結構ありそう。
 記載する対象期間は2007年の一年に絞ります。アイマスMADは2007年の一年間に出来事が濃縮されており、それ以降の事は書いても収穫はあまり無いからです・・・というのは正直言うと建前的な所もあって、一番の理由は今のアイマスMADの黎明期が2007年分しか書いておらず(だから黎明期としているわけですが)、2008年以降のを書くには一から調査が必要になる為です。
 いや、時間と体力が無限にあれば書くのですけどね・・・。お世話になった人が2008年2月登場だし・・・2008年以降もいい動画が沢山ある事は知ってます。でも、今になってアイマスMADに膨大な作業日数をかけるわけにもいかないので。

 さっさと終わらせようと既に6休日程度投入したのですが全然終わらない。若い頃に書いた文章って見直すと色々気に入らなくて、直したりガシガシ追記したくなるんですよね。また、当時はリアルタイムに進行していた関係で書くのを避けた事象もあり、その辺も追記がいります。なので結構時間がかかる感じ。公開は、、、6月後半から7月になりそうです。

 うちのサイトは2006年開設。となると開設してからもう13年になるのだけど、13年も経つと周りの環境は色々変わる。特に個人サイト周辺はここ10年で大きく変わりました。HTMLがHTML5になった事、スマートフォンからのアクセスが5割を越えた事。そして、かつての個人サイトの世界自体が斜陽になった事。
 サイトをこれからも続ける為にはこれらの時局に対応していかないといけない。というわけで具体的に行なったのは下記4つ。

・サイトの常時SSL化
・twitterへの復帰
・サイトのページ数削減
・HTMLコード書き直し(HTML5化とレスポンシブデザイン化)

 HTMLコード書き直しが一番の大仕事でした。で、まだ書き換えが終わっていないページもあるのだけど。メインどころのページは終わりました。では順番に説明していきましょー。


■サイトの常時SSL化(2018年7月)
 まあ、これは急いでやらなくてもいいっちゃいいんだけど。商業サイトでもまだやってない所あるし。でも何れやらないといけなくなるなら、さっさとやってしまおうなんて話。対応自体は簡単でレンタルサーバーの設定を変えるだけ。
 常時SSL化には問題は二つあって、一つはアドレスが「http:~」から「https:~」に変わる事。これによって、はてなブックマークの数が引き継がれなかったり、google検索に影響がでたりするのだけど、まあ私のサイトは弱小サイトだからあまり関係ない笑。
 もう一つは古いブラウザからサイトが見れなくなる事。まあ、でも古いブラウザからのアクセスは極少数ですからね。
 というわけでこれは一日で対応完了


■twitterへの復帰(2018年5月)
 これは自分の中で凄い迷いました。復帰するかしないか。そう、復帰なんですよね。2008年に実はtwitterやってたわけ。5ヶ月くらいだったと思います。でもやめちゃったってわけ。
 当時はやめてもサイト運営的には問題無かったんです。でも今は違う。twitterのアカウントがどーしても必要になった理由は3つ。

1.サイト更新時のお知らせ
 サイトを更新したとき、うちでいえば「個人ニュースサイト史を書きました~」とかですね。このとき、昔であればサイトを巡回してくれている人がいて、その人が自分のサイトで「Sakurabaさんがまた何か書きましたよ~」とお知らせしてくれたわけ。そうすると個人ニュースサイト達がリンクを貼っていただけるので、これによってウェブに私の記事が広がっていき、多数に読まれる事になる。
 これが今はサイトを巡回してくれる人が殆どいない。個人ニュースサイト界隈は壊滅状態。このような状況の中では、自分が自分の力でサイト更新を世に通知していかねばならない。その為にはtwitterアカウントが必須ってわけ。でないと折角書いたのに全くアクセスがないなんて事になっちゃいますからね。

2.サイトが突然消えたときの連絡手段
 サイトが予告無く突然消えた、なんて事を経験した人はそれほど多くはないでしょう。でも、私は経験してるんですよね、6年前に。忍者の無料ホームページサービスを使っていたのですが予告無く削除された。その後で届いたメールには規約違反だと書いてましたが詳細は教えてくれないんです。昨年調べた感じだと、同時期に忍者の無料ホームページサービスを使っていてやはり違反で消されたサイトが幾つもありました。まあ、なにかあったのでしょうね。同時期に幾つもあったという事は機械的な何かの判定にひっかかったのでしょう。
 で、サイトを別のサーバーに復活させたのだけど、ここで一つ問題が。「サイトを復活させましたよー」とみんなにお知らせする手段が私にはありませんでした。こういう時にtwitterアカウントがあれば告知できるってワケです

3.実生活との関係
 サイト開設から13年、13年ですよ。開設当時は若かった私もいい年になりました。この年になってもサイト運営を続けるというのは、簡単な事ではないです。で、周りから「実利を獲ないサイト運営なんて辞めろ」と言われたときに、twitterのフォロワー数が多ければ、それを見せて黙らせる事ができると考えました。でも、twitter復帰して一ヶ月でついたフォロワー数は30。この数字では戦えないので個人ニュースサイト史を公開したときに「ちょっと事情があってもう少しフォロワーの数字が欲しい」と言ったわけ。これで500まで増やしましたけど、500程度では黙らせれるかどうかは微妙ですね笑。正直サイトのコンテンツレベルから言えば1000はあっていいと思ってます。まあでもtwitterではあまり呟きませんからね、私。500でも仕方ないことですね。フォローしていただけた方々には感謝しております

 そんなこんなでまあ、twitter復帰の理由は一言でいうとリスクヘッジです。サイトに何かあったときに、それに紐づくSNSアカウントがあれば被害を小さくできるという事。これ意外と大事。私は、時間を費やし、人の心を惑わせるtwitterはそんなに好きなわけではありません。だから10年復帰しなかった。だいたい私には呟くネタがあまりありません笑。でもサイトを継続する為にはやはりtwitterが必要。また、twitterの拡散力と情報の速さは認めないといけません。従ってtwitterに復帰したという事は自分の考えを変えたという事です。ここには自分なりの葛藤がありました。


■サイトのページ数削減(2018年8月~11月)
 これは次にやる「HTMLコード書き直し」の下準備。サイトのページ数を63ページから29ページにまで減らしました。この29ページの中でも実際に今も保守しているページ数は13。例えば「ラグナロクオンラインの歴史」は計14ページありましたけど、これを1ページに纏めたりしました。
 ページ数はアクセス数の事を考えれば、本当は多いほうがいいです。うちの長文コンテンツといえば「個人ニュースサイト史 」「テキストサイトの歴史」「ウェブ文化から見たラグナロクオンラインの歴史」ですが、これは各々1ページずつ計3ページ。でも最近のサイトだとこの文章量なら計30~60ページ程度に分割すると思います。そうしたらアクセス数が10~20倍、、、にはならないものの、5倍程度にはなります。実際、14ページを1ページ化した「ラグナロクオンラインの歴史」はアクセス数が5分の1程度になってます。
 それでもページ数を極力減らしたのはサイトの保守に関する労力を減らしたいからです。ページ数が多いと、少しサイトのデザイン変えようとしただけでも結構な労力になりますからね。アクセス数が少なくてもコンテンツの内容で勝負できるうちのサイトだからできる事でもあるかもしれません。


HTMLコード書き直し(HTML5化とレスポンシブデザイン化)(2018年11月~2019年3月)
 まあ、まだ一部は終わっていないのだけど、メインどころのページは終わりました。これが一番大変でした。うちのサイトは先に書いたとおり2006年開設。で、私はその前に別なサイトを2つやっていて一番古いのは2003年。そのサイトを立ち上げるときにHTMLを学びました。ただ、学んだといっても本を読んだのではなく、他人が書いたコードを見て、てきとーにいじってサイトを作ってました。当時の私は学生でしたがCやC++で結構プログラムを書いていたので、「わざわざHTMLの勉強なんてしねーよ笑」と舐めてたワケ。で、結果すごい汚いソースコードのサイトが出来た。cssも一応使ってはいたけど、理解は全然していなかった。デザインはtableレイアウトに頼りっぱなし。当時はこれでよかった。
 駄菓子菓子、PCよりもスマートフォンからのアクセスの方が多い現在。スマートフォンでうちのサイトをみたらデザインが崩れる崩れる。特にtableレイアウトに頼ってた部分の崩れが酷かった
 で、2016年にはその事に気がついていたのだけど、気がつかない事にしていた。だってスマートフォン対応をするとなると全ページでソースコード書き直しになるから面倒なんだもん。あと、うちのサイトは文章量がハンパないから、ちゃんと読む人はPCで読むだろうという考えもあった。スマートフォンからのアクセスは気にしてなかったんですね。
 でも最近はスマートフォンの比率がさらに上がり、PCは使われなくなってきたという実態を踏まえ考えを変えた。重い腰をあげてソースコードの書き直しを行なう事にしました。

 ソースコードの書き直しを行なうにあたり、最初は「MovableType」「WordPress」といったコンテンツ管理システムを使おうと思いました。駄菓子菓子、うちが使っているサーバーのサービスではこれらを使えない。。。ええ、さくらのサービスの内、料金が一番安いのを使ってますからね
 なので、サービスを料金が高いものに変えればいいのだけど、ここでふと「この際だからHTMLを勉強してソースコードを手書きしよう」と思いました。そうなったら先ずは勉強よね、と本を購入。買ったのは「スラスラわかるHTML&CSSのきほん」。これは喫茶店のサイトを実際に作りながら学びましょうというものです。基本的な事しか書かれていない本ですが、逆に言うと余計な事が書かれていない。個人サイトならこれで十分と言えるとてもいい本です。これを3日くらいかけて一通り読みました。
 勉強をした後は実際にコード書き直しですが、ここで問題が。私の使っているエディターはTTTEditorというものなのですが、これ2003年辺りを最後に開発が止まっていてHTML5対応がされていない。例えばこのエディタでタグを打とうとすると大文字になる。HTML5は小文字なんですよね。で、「スラスラわかるHTML&CSSのきほん」の付録CDには秀丸がついてました。まあ、秀丸は王道よね、と思いつつ、どうも私には使いづらい。私のマウス捌きと秀丸が合わなくて・・・。長年使ってきたTTTEditorとは違いすぎる。で、他のエディターを探して「ez-HTML」にしました。これはHTML専門のエディタで、使いやすいのは勿論の事、リンクウェアなんです。つまり無料(だけどその代わりサイトからリンクを貼って宣伝してね)って事。これは助かりました。
 さてついにソースコード書き直しですが、まあ、めんどくさかった。今のサイトデザインをほぼ維持しつつtableレイアウトを排除し、レスポンシブデザインにするというのは、言うのは簡単だけどめんどくさい。前準備としてページ数を減らしたとはいえ、1ページあたりの文章量がヤバイので、それのコードを書き換えるのは大変でした。機械的に置き換えれればよかったのだけど、それは一部分しか出来なかった。特に「個人サイトが多めなインターネットの歴史年表」はそれ1ページだけで10休日くらい投入しました・・・
 アイマスMADのページはまだ書き直ししてないのだけど、これはそもそも文章自体を書き直す予定なので今はそのままにしています。



 というわけで、サイトの老朽化対応をやりました。年が経つと色々変えないといけない部分が出てきます。最近でいうと『かーずSP』さんがサイトデザインの変更をやってました。うんぐらさんも去年やってましたね。

 継続って、1年2年の話なら同じ事を続けてればいい。それでも難しい事だから継続は力なりという言葉があるのでしょうけど、これが5年、10年となると「同じ事を続けてても同じ事が続けられない」ですね。同じ事を続ける為に変えなければならない。サイト運営を続ける為に色々な事を変えていく。


 変える・・・という事でいうと、最近はサイトを運営し続けるにあたって「どれを変えるのか、どれを変えずに貫くのか」についてよく考えています。twitterに復帰したというのは自分の考えを変えた部分です。

 サイトの運営を続ける為に、色んなものを変えていかないといけない。それは先に挙げたソースコードやデザインといったシステム的な部分もそう。そしてサイト運営に対する考え方もそう。そして変えてはいけない部分も存在する。

 かーずさんはサイトデザインを変更した時に「人間が精査して、ある程度以上の価値がある情報をお届けするニーズは、今もあると信じている」と書いてました。これが彼の変えない部分なのでしょう。これを継続する為に他の部分は変えていくのでしょう。これは私が「本当に価値のあるものを作り、何年経っても残すべきサイトにする」と言っているのと似ているのかもしれません。


 若い頃は、サイトを立ち上げたばかりの頃は、あまり考える事なく突っ走ってましたけど、今は考えて色々迷いながらサイト運営をしています。

 公開は12月から来年1月といった「ウェブ文化から見たラグナロクオンラインの歴史」ですが、早く終わらせないと気持ちが悪いので、前倒しで時間投入して終わらせました。


 リニューアル版だけど当初予定より時間使ったな・・・元の文は若い頃に書いたものだから、見直してみると色々気に入らないところがあったワケ。「あれが書いてない」とか「これは書き方がイマイチ」とか「表現がストレートすぎる(笑)」とか。なのでかなりの部分を書き直しあるいは追記したので時間がかかるかかる。

 これ、凄くいい資料、と私は思っているのだけど、価値を解ってくれる人どれだけいるんだろ。本文に書いたけど 、MMORPGのコミュニティについてここまで書いた文は今までに無いし、そしてこれからも出てこないでしょう。

 まあ、かつての自分にケリをつける、というのが一番の制作理由だったので自分は凄い満足したし、書いてて面白かったですね。これで5年前に私がいった
20130207
そろそろ正式版として最終更新をして更新停止にしようと思っています。その際に題名を変えようと思っているのだけど何がいいですかねぇ。
全体的な文言修正と資料追加はしたい。以下も書きたい。
・RagnarokOnline(JP)の歴史を作るに当たって重視していたのは「懐かしさ」と「感情の記録」であるということ。
・β2テストの位置づけ
・総合情報サイトの功績
あとなんかあったかな
は有言実行できましたしね。

 次に作るページはすでに頭にあって、一旦自分語りというか超小ネタにしようと思ってます。大物企画を2回続けて書いたので疲れましたから休憩の意味もこめて。

 さて、「RagnarokOnline(JP)の歴史」のリニューアル版である「ウェブ文化から見たラグナロクオンラインの歴史」の制作ですが、一ヶ月かけて半分は終わったかなという感じ。

■完了
◆3rd Alpha Test(2001年7月23日~2001年11月) 日本人向けのグラフィックのMMORPG登場
◆β1テスト(2001年11月29日~2002年8月7日) RO文化の形成と混乱の予兆
◆β2テスト(2002年8月14日~2002年11月20日) 快進撃の裏で広がる混乱
◆Episode1.5(2002年12月1日~2003年5月27日) 失望と新たな時代
◆Episode2.0(2003年5月27日~2003年10月7日) 無気力による安定

■未着手
◆Episode3.0(2003年10月07日~2004年06月08日) 抗議運動への道
◆Episode4.0(2004年06月08日~2005年04月26日) 再確認と再認識
◆Episode4.5(2005年04月26日~2005年10月25日) 3年間の結果
◆Episode5.0(2005年10月25日~2007年07月03日) BOTterとの戦い
◆最後に。あの頃みんな若かった

 前にも書いた通りリニューアル版にするつもりで始めたので、最初は今の文からあまり変えるつもりが無かったのですが、いざ書いてみると8割程度書きなおし。しかもがっつり追記をしているのでほぼ新作みたいなものになっている感じ。

 公開は12月から来年1月くらいになると思います。

 恐らくMMORPGでこれだけの文は今までになく、そしてこれからもない。そういうものが出来るはずです。まあ、その価値が解るのは私だけな気もします。それでも書かねばなりません。『佐倉葉ウェブ文化研究室』ではなく『ラグナロクオンラフフフフフフフフ』のSakurabaとして、βテスターの自分として、当時の自分にケリをつけなければならない。

 2004年、私はβテストで見てきた事を思い出した。「Let's RAGNAROKの閉鎖」「キャラクターチェンジ」「スキルロスト」「Chaosショック」等々、私が書き残さないといけないと思った。サイト管理人としての私はここから始まったのですからね。

lets2

 さて、毎年書いている「今年の予定」ですが、今年は個人ニュースサイト史を公開するという事で、やる事が決まっていたため書いてませんでした。で、公開したわけだから、次の予定を書こうかなと。

 次はサイトのリニューアルです。

 まずは「RagnarokOnline(JP)の歴史」のリニューアルです。2007年から考えていた事なのだけど。リニューアルというのは、今のものよりもっとネット文化の視点で書くという事です。今のものも非常に野心的で、MMORPGでここまでまとめた文は存在しないという意味で価値のあるものだけど。書いたのが2004年。学生の頃に書いたんですね。今改めて見てみると書き直したいなあと思うところが多々あります。あとは今10ページに分かれているので、これを1ページ化してサイト管理を楽にしたいな、なんて事もあり。
 すでに書き始めていて、αからβ1までは書き終えたのですが、リニューアルといっても再調査と追記をかなりしているので割と大変な作業です・・・7割以上書き直してますし。新作といってしまってもいいかもしれませんね。今年中に公開しようと思ってましたけど、うーんどうでしょう。作業時間もなかなか取れないし来年になるかも。

 いや、今になって「ウェブ文化から見たラグナロクオンラインの歴史」を書いたところで個人ニュースサイト史以上に受けるべき評価を受けない事は解っているのですが。まあ、なんというか意地ですね。ウェブ文化から見たラグナロクオンラインの歴史という事でいうと、私はもろ当事者ですからね当事者として、当時の事を総決算したものを書いて残さないとという意地です。今回も残すべき良いものは作ります。

 その次はリニューアルというか、これこそ全面書き直しになるかもしれないけど「アイマスMADの黎明期」のリニューアルです。同時にアイマスMADのページが今は2ページに分かれているのでこれを1ページ化させます。これできるかなー。もしかしたらやらないかもしれません。

 で、その後にサイトの仕組みのリニューアル化をします。これは2004年から変わらない「htmlで手書きしてー、テーブルレイアウトでー、」みたいなところを止めてMovable Type?WordPress?とかで作りなおすという事です。これはどうしようかな。外注してもいいのかな。

 だいたいこんな感じで進めていきます。

 8年ぶりの大型新作、やっと公開しました。


 これ書くの大変でした。個人ニュースサイト界は規模が大きいし、期間も長いから。16年末に個人ニュースサイトについて書くと宣言したので、まずは有言実行出来て良かったなあと思います。

 時代的な側面と今の私は無名である事を考えれば、この文が今すぐに正当な評価を受けるのは難しいかもしれませんね。まあ、しかし以前書いたとおり『佐倉葉ウェブ文化研究室』は個人商店であり、信念のサイトですからね。世の中の流れに関係なく、自分が置くべきと判断した商品をおきますよ。

 先ずはサイトを常時SSL化しました。それに意味があるのかというと無い気もするけど。何時かはやらないといけない事なら今の内にという感じ。
 個人ニュースサイトの文は6月17日のβ版完成から多少追記。追加調査はやり始めるとキリがないので今日で打ち切り。アップロード準備も出来たので後はどこかでもう一度読み直しかな。今週土曜辺りに公開しようと思ってますが其のときの状況によりけりです。
 制作に何人月かかったのか数えとけばよかったな。

 β版が完成しました。少し暖めて追記等をして7月中に公開といったところです。いやーよく書きました。これどれだけアクセスあるのかなー。いまさら個人ニュースサイトですからね。費やした労力には見合わないかもしれません。ただ、価値のあるものは作りました。あとはそれを理解できる人がどれだけいるか、というだけの話であって。
 7月中旬に公開しようと思います。あと6人日程度がんばります。

 最近は作業状況をtwitterにつぶやいています。

 まず大きな決断をしました。新ページは内容が3本柱だと、このブログでも以前に言いましたが、その内1本はボツにしました。調査にかかりそうな時間の割りにそれほど大した内容には・・・という感じだったので。これで作業量が一気に減りました。まだ書いてないのは、「はじめに」と「さいごに」の部分だけ。次の週末にはβ版が完成しそう。

 β版が完成したら、全部を読み直して平仄合わせ。これが意外とめんどくさいんじゃないかな。個人ニュースサイトは子だの孫だのあるし、同じ言葉でも、ネタ元と言ったり情報元と言ったり。私も書いた時期によってどの単語を採用したかがぶれてるので。書き始めたのが2017年07月19日。去年の夏に2割くらい書いてしばらく放置。今年の4月から残り8割を書いている、なんて感じなので、去年書いた部分と今年書いた部分で少し違うんですよね。

 平仄合わせが終わったら追加調査して少し肉付けして一旦公開。という感じでしょうか。

 作業自体はまだまだありますけど、このペースだと夏には一旦公開出来そうという感じ。

 最近このサイト山関連のアクセスが凄いのですよね。今は山については書いてないので申し訳ない感じですが、ここで書いた事の成果物は下記なので、よろしければ読んでくださいね。ネット文化の知識が少ない普通のハイカーが理解できる内容とは思えないところはあるのですが。

 で、今日の個人ニュースサイト界関係の新ページ作成作業ですが、図を2つ作ったのと(どんな図かは秘密♪)、以前から悩んでいた「2ちゃんねるまとめサイト」の扱いをどうするか、について決断しました。新ページでは「2ちゃんねるまとめサイト」は「個人ニュースサイトではない」とします。なのでサイト名は出しません。ただ、触れないわけにもいかないのでいくらかは書きました。

 下は書いたけどボツにした文です。2ちゃんねるまとめサイトを対象から外した事と、文の感情が強い事からボツにしたのだけど、せっかく書いたのでここに貼り付け。
2004年末から2012年(2011年分)まで行っていた アルファブロガー・アワードに個人ニュースサイト(とそれ上がりの商業サイト)が選ばれている。 『アキバBlog』『GIGAZINE』『MACお宝鑑定団』等である。 そして、2ちゃんねるまとめサイトは4サイト選ばれている。2ちゃんねるまとめサイトは娯楽面から見れば優れたシステムである事は理解している。 しかし、アルファブロガーアワードは「未来を創造するのに役立つブログ」「ビジネスパーソンに影響を与えているブログ」を表彰するものであった。 それに『ハムスター速報』『オレ的ゲーム速報@刃』『はちま起稿』が当てはまるのは理解が出来ない。こういうものに権威を与える審査員は腹蔵無く言うと「物を見る目がない」。
 いや、『ハムスター速報』『オレ的ゲーム速報@刃』『はちま起稿』以外にも、たいした事ないサイト沢山あるよ笑。「審査員は物を見る目がない」というのは、当時から私は思ってたな。

 連休中は起きてる時間は全て新ページの制作作業してました。連休を全てサイト作業に当てたのはアイマスMADについて書いていたとき以来。あの頃は肩こりがなかったからなあ笑。
 しかし作業量が多いですね。個人ニュースサイト界は大きすぎる。これ公開まではまだ日数かかります。秋になる前までに終わらせたいけど、どうでしょうかという感じ。

 例の個人ニュースサイトに関する新ページの作成ですが、今週末は3連休でやる気が出たので一気に作業を進めました。すでにそれなりの中身・文章量にはなっていて、ここまで書いたらもうボツにはしないので、あとは時間との勝負と言う感じ。

 ですからいつまで経っても公開されなかったら私は死んだと思ってください(笑)

 しかし書く事と調べる事が多いですね。今回のは。今回は一旦一通り書いて、β版が完成したら公開はせずにしばらくそのまま暖めておいて、このブログを使った調査を再開し、結果をβ版に反映。完成度を高めてから公開。とするつもりですが。どうしようかな。完成度を高めようとすると、これがまたキリがなくてね・・・どこで割り切るか。

 まあ、どのみち後数ヶ月はかかりますね・・・

 ハイキングの事についてのを作成していた15年秋から肩こりがでてきて作業がつらい(笑)。。。

 ラグナとかim@sMADやテキストサイトの事について書いていた20代の頃は時間は無かったけど体力的には無限に作業ができたのに(笑)

 あの頃の体に戻りたい!

 生きてます(笑)

 ついに私も生存報告人間になってしまった(苦笑)。秋から時間がとれなくて。でも新ページの作業はたまにしてます。

 うちはアクセス解析にxreaのAccessAnalyzer使っていたのですが、サービス終わっちゃって。これを他のに変えないとなのですが、めんどくさいですねえ。全ページ変えないとですからね・・・。これだけで丸一休日使っちゃう。まあ、でもしかたない事ですね。

 変えるにしても、そもそも今の時代にいいアクセス解析あるんですかね。Google Analyticsは逆探知がイマイチで。AccessAnalyzerは使い勝手がよかったんですよね。

 最近、私のサイトのトップページに「相互リンク」を復活させました。サイト12個のうち、今も続いているのは1つだけなのだけど・・・

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 昔の個人サイトは「リンク」だけで、一つのページとして存在してましたよね。

 で、リンクといえばバナー。私のサイトのはアニメーションGIFで作成。14年前に作ったんだったかな。当時はサイト名が違いましたけどね。

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 これ、割と自信作。だから14年も前に作ったものを今だに流用してる(笑。そして今や私は絵を描かなくなって10年以上経つので、絵の描き方を思い出せなくて。もう二度と作れない(^^;)

 テキストサイトの『かまくら』のバナーなんかは私と同じアニメーションGIFで雪が舞っている。これすごくいいですよね。
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活動漫画館』はアニメーションGIFの大御所ですからバナーもぬるぬるアニメーションですごい!
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 で、何が言いたいかと言うと、今、どこのサイトもバナーが無いんですよね。でも、リンク貼るときにサイト名だけ書くよりも、バナーあったほうが絶対によくない?
 例えば

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東京大学の堀江さんが運営する競馬サイト。絵の上手な彼女を持っててうらやましいです。


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燃えプロ大好き『悶えろ!!モエプロゲッターズ』。燃えプロで作った五重塔は必見!


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統合アーカイバ「RarUty」のホームページです。これがないと私は何もできません(汗


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限りなくクロに近いクロなホモ疑惑を持つ兄貴さんです!


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ご存知ちゆちゃん!


みたいな感じ。これ、バナーがないと、ただのサイト名羅列になって味気ないよねー。


 一昨年、私の作った年表にバナーを追加してみたのだけど、バナー見てるだけで懐かしいし、楽しいですもの。
 バナーはそのサイトの看板であり、小さい絵の中に管理人の個性がでてて、私は好きだったんですよね。なんでバナーってなくなっちゃったんでしょう。私は絶対にあったほうがいいと思うなー。だから皆さんもバナーを作りましょう!



 え?今の時代はそもそも相互リンクなんてしないからバナーを作っても使う機会がないって?

 うちのサイト『佐倉葉ウェブ文化研究室』はもう11年もやっているわけで。まあ、その内5年は休眠状態だったのだけど・・・

 その11年で、色んな(変な)コンテンツ作ってきました。色んなもの作ってきた裏にはボツにしたものも少なからずあるわけで・・・

 そこで今回は「作り始めたけど、一度も公開せずにボツにした」、そんなネタを紹介します!


■2007年9月頃に作っていた「インターネット人物事典」
zinbutu















内容:有名な個人サイトの管理人とか、ネット上で揉め事を起こした人の一覧と説明。

制作進行状況:200人分くらいは書き終えていました。200人分ですからそれなりの時間は消費したのではと思います。(何日作業したのかは全然覚えていない・・・10年前ですから)

ボツにした理由:制作作業が終わらない。個人サイトの管理人やネット上で揉め事を起こした人なんて無限に増えていきますからね。こんなの公開したら永遠に更新していかないといけなくなると思ってボツにしました。


■2011年7月頃に作っていた「日本のタブブラウザ年表」
tabhis

















内容:国産タブブラウザ、「DonaWebBrwoser」「Sleipnir」とか色々ありますけど、それに関する年表。「○○年○月:ほにゃららブラウザ公開」「××年×月:ふにゃららブラウザ開発停止」とか。

制作進行状況:手をつけ始めた段階。たぶん一休日くらいしか作業していない。

ボツにした理由:こんな表を作っても、見る人には面白くないから。いや、作り始める前は面白いかなと思ったんですよね。だから少し作ってみたんです。それが上の画像なのだけど。そして仮制作した年表を第三者目線で見てみたんです。
「2000年1月30日:DonaWebBrwoser開発停止」「2002年1月:Sleipnir公開」「2004年11月16日:柏木氏のPCが盗まれてSleipnir開発停止」、うんうん・・・

 「で?」

って自分で感じちゃったのでやめました。
ちなみに簡単な年表なら『タブブラウザ推奨委員会』が作ったものがあります⇒『簡易年表


■2011年8月頃に作っていた「偽装ツールと総合アーカイバ年表」
gusouhis

















内容:2001年辺りまでによく流行っていたファイル偽装ツールと複数の偽装を解除出来るツールの出現年表。「98年10月23日:RarUty公開」とかですね。覚えてますか?「RarUty」「BlackAlbum」「Malty」「Longinus」「詩子様」「そ」「うめ~このみかん」「Melt it!」「Love Machine」とか。沢山ありましたね。

制作進行状況:40項目(40ツール)ぐらいは書き終えてました。2~4休日くらいは使ったんじゃないかなと記憶。

ボツにした理由:制作がすごくめんどくさい。上の画像見てもらえればわかるのですが、「00年9月9日:詩子様公開」と書くだけではなくて、そのソフトの画像もつけたんだけど・・・画像を作るのがめんどくさくてね・・・。偽装ソフトのミラーを置いてあるところを探してきて、ダウンロードして、解凍して、ソフト起動して、PrintScreenして、jpgにして、という作業を何百回もやるのがめんどくさくて、嫌になってやめちゃいました。



■2012年4月頃に作っていた「2002年FIFAワールドカップにおけるウェブ上の話題と嫌韓への流れ」
2002wc










内容:今の嫌韓の流れの源にある、2002年FIFAワールドカップ。このとき、誰がどう発言して、どういう情報がネットに流れた事で今のような状況になったのか、という分析。分析というよりおさらいというほうが近いかもだけど。

制作進行状況:ある程度調査して、骨組み(目次)までは作って、少し書き始めていた。4休日くらいは使ったんじゃなかったかな。

ボツにした理由:どんなにいい物を作って公開しても、喧嘩を売られるだろうなあと思ったのでやめました。ようは、この題材を起きた事そのままに書くと、都合の悪い人・勢力がいるわけ。無駄に絡まれて時間を消費されるのが・・・という話。



■2017年10月に作っていた「ネットに流れた誤情報に対し、訂正の力が働かない一例~フジテレビのバラエティ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」に関する騒動を事例にして~」

内容:これつい先々週の話なんだよね・・・。「今の時代に保毛田保毛男を出してくるのはけしからん!」と一部の人たちが騒ぎ立てた、という話がありましたよね。この「保毛田保毛男がうんぬん」の話なのですが、この騒動の中で一部誤情報がネットに流れた(とある人間が声高らかに誤情報を流した)事に気がついてますか?。私はすぐに気がつきましたよ。私はソースを確認しますからね。でも、この誤情報なのですが、まあ、だれも指摘しないですね。だから「ネットで流れた誤情報は、誰にも突っ込まれず、訂正されず、そのまま流れていくよ。誰もちゃんとソースを確認しないからね。」という事を書きました。

制作進行状況:2休日。簡単にかける小ネタなので7割くらいは書き終えてます。

ボツにした理由:まあ、いいか。と思った。誤情報が訂正されずに流れていくなんて昔からある話だし。所詮小ネタなんで。これの為にサイト更新するのはめんどくさい。ただ、このネタは誤情報が流れていく実例としてはいい題材だったので、どっかのタイミングで使うかも。だからこれについては画像を載せません。ネタばれになるからね。



 以上、ボツネタ5つでした。「偽装ツールと総合アーカイバ年表」は今にして考えるとボツにしたのは少しもったいなかったかな。偽装ツールはウェブの文化そのものですから。

 今作ってる個人ニュースサイト関連のはボツにしないようにがんばります。たまにしか作業してないけどね・・・

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