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Grip 報道メディア設立 企画書(公開用)
自民党が“ブロガー記者会見”
民主党本部で食べたりしゃべったりしたことを淡々と記録してくるよ
泉あいさんに渡した「みんなのニュース」案の全文と解説
対極にあるジャーナリストとブロガー
「ジャーナリスト」は、自分が絶対的に正義という立場からものを言う。自分は社会正義を実現するための社会の木鐸であり、悪を追及し、悪事を暴き、疑惑を暴くのがジャーナリストとしての立場である。だから、いかなる陣営にも買収されるようなことがあってはならない。しかし、「ブロガー」はそうではない。ジャーナリストではないライターにもそういう要素はあるが、自分が正義なのではなく、「世間はどうか知らないが自分はこう思う」を主張するだけなのである。それが「正しい」かどうかは別である。自分の立場からはこう発言するが、判断は読者にお任せします、それがブロガーである。つまり、ジャーナリストは自分が正しいという主張である。「市民」や「パブリック」を冠するジャーナリズム系ブログが多いが、これは民主主義的な「正義」(つまり、大衆の意見こそが正しく、政府はそれを聴け、という正義感)のあらわれに他ならないと思われる。一方、ブロガーは自分の考え、あるいは体験したことをとにかく表現する。「正義」という立場から発言することと、「自分の視点」という立場から表現すること、この二つには大きな違いがある。
かつてブロゴスフィア(ブログ界)と呼ばれたものは、今なら「Web 2.0型言論界」とでも言うべきであろうか。これが新しいジャーナリズムを生み出すという期待は以前にもあったし、今もそのように考えている人は多いだろう。しかし、その「新しいジャーナリズム」は、今までの「ジャーナリズム」とは違うものになるはずだ、ということを見落としている人が多いように思われる。ブロゴスフィアは多くの人たちのブログでの意見が議論を生み、多くのブログで扱われることによって、新たな世論や見解を生み出していくものと期待された。実際には有益な議論よりも「炎上」が目立つようだが、それはさておき、Web 2.0型の意見交換は、あくまでも「それぞれの人の視点」で語られた「それぞれの意見」を集約したものである。一方、旧来型のジャーナリズムはそうではない。そこには「ジャーナリストが正義と考える見方や"事実"」が前提として存在している。いわば一方的に見解を伝えるのでなければ、ジャーナリストは自らの立場を貫けなくなってしまう。単なる事実誤認の訂正であればまだしも、ブログのコメントやトラックバックで自分の主張する正義をコロコロ変えていては、ジャーナリストにはなれない。あるいは、ジャーナリストは、世論が見逃している事実を突き止めるところに意味があるとも考える。Web 2.0は世論の集大成であるが、そこで見逃される事実を掘り起こすジャーナリストは、世論に埋もれていてはいけない。ここでWeb2.0とそれ以前のスタイル、言い換えれば「双方向」と「一方向」の情報発信の違いについて、私は決して優劣を論じるつもりはない。むしろ、目的に応じて使い分けるべきだと思っている。たとえばウェブマーケティングにおいて、双方向のクチコミサイトと、メーカーの一方的プレスリリースは、両方が必要なのであって、一方だけがよいとか悪いといったものではない。それぞれ特質・性質の違いがあるということである。ジャーナリズムは一方的である。ブロゴスフィアは双方向的である。だから、泉あいさんに渡した「みんなのニュース」案の全文と解説 [絵文録ことのは]2006/12/09双方向型のジャーナリズムを志向する泉さんに対して、私は、ジャーナリズムそのものを双方向型にすることはよくないと考えた。だから、ニュースサイト全体は「双方向」的なものであっても、必ず「一方的部分」、つまり記者による独自取材記事発信を行なうように提案したわけである。