今の、そして未来の子どもたちのために

学習塾経営を経て、立候補。現在2期目です。市民目線を忘れないため、あえて無所属。数がものを言う世界の中で、是々非々を貫きながらも、風穴を開けていきます。

2017親守詩

親守詩とは、「絆」を感じることです。


娘が初めて歩いたときに、ある人が言いました。

「あと10年もしたら、パパを汚いものあつかいするようになりますよ。でも、さらに20年もしたら、パパの最大の理解者となります。」

おそらく彼の実体験である、この話しを聞いたときに、私は、それって絆なんだな、と思いました。

ちなみに、まだ、私は汚いものあつかいはされていませんが(笑)。


さて、今日の親守詩の作品は全て、思わず笑いだしてしまうものや、つい涙腺が緩んでしまうようなもの等、実に素晴らしいものばかり。

例えば、


□千葉県知事賞

パパかえる わたしを見ると メロメロだ (小2)
それまでパパは いつもヘロヘロ (父)

□実行委員長賞

父母に もらった笑顔 いつ返そう (小4)
生まれる前から 返却中 (両親)


子どもに詩を送られた親は、親としての感動を噛みしめるとともに、自分が子供だったころを思い出し、それぞれの親へ思いを追体験するのだと思います。

そして、今詩を送った子供たちが、今度は詩を送られる側になったとき、彼らは、改めて、親である保護者の皆さんへの思いを噛みしめ、感謝の念を抱くことでしょう。

これこそ、「絆」なのです。


親守詩千葉県大会も4回目、参加者数も年々増えてきています。
これは、「絆」が喪失したと言われる現在こそ、親守詩が求められている証左と言えるのではないでしょうか?


ところで、親守詩大会の裏方の教員の皆さんは、勤務時間外にも関わらず、それこそ、休日を返上し、企画運営にご尽力されております。

末尾ながら、TOSSの若い教員の皆様のご尽力に、深く敬意と感謝を申し上げます。

                   (平成29年(2017年)11月12日 蘇我コミュニティーセンターにて記す)

親守詩

昔は町内を練り歩いた子ども神輿。
それが、あるとき、住民から「うるさい」とのクレームを受け、
自粛に至りました。

そして、子ども神輿は、例祭の期間に、放課後の学校の校庭内だけで行う形として残りました。


それでも、神輿は神道だからNGだ、との声もあったようです。

もちろん、校庭内であっても、子ども神輿を続けていくことができたのは、町会はもちろんのこと、学校側の理解と協力があったから、と思います。
ただ、学校の校庭内だけではなく、地域の伝統行事として、町を練り歩くような子供神輿を再開したい、との強い思いは住民に受け継がれてきました。

今、新築住居のラッシュを迎えた幕張本郷地区。
代々幕張に住まれる方々と、新しく移り住んでこられた方々を一つにするのが、祭礼なのです。

昨年のフライングを経て、
ようやく、ようやく、正式に、昔からあった形で、子ども神輿が再開されました。
しかも、3か所、参加児童約300名。

学校の校庭内だけで、留まっていれば、子供たちにとっては、学校の延長線上の行事という思い出に留まってしまいます。そうではなく、綿々と受け継がれてきた地域の行事として、記憶してほしいのです。

子供の頃、神輿を担いだな、
楽しかったな、
もらえるお菓子が楽しみだったな、
怖そうなおっちゃんだったけど、担ぎ方を教えてくれる時は、優しかったな、

そういった記憶を子供に残すこと、それは地域愛、郷土愛を育てることに繋がると思います。
そして、今度は彼らが、大人になったときに、子ども神輿を担うことになるでしょう。
その時は、地域愛や郷土愛も受け継がれるのです。

今回は、子どもも、もちろんですが、むしろ大人たちの方が、生き生きとして見えたのは、
彼らは子ども神輿を楽しんだ世代だったから。
私はそう思います。


みこしりこ


消防団長、副団長、渡辺方面隊長、石川分団長、花見川消防署長のご列席のもと、千葉市消防団花見川方面隊第4分団7部(幕張本郷中学校区)11名の辞令交付式・発足式がありました。
千葉市は全国でも震度6以上の直下型地震の発生の確立がもっとも高いと言われています。日頃の防災活動はもちろんのこと、私たちは、地域防災の担い手となるため、汗を流してまいる所存です。
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