10議席中ただ一人の改革派・無所属

千葉市議会議員(花見川区選出) 無所属の会 桜井たかしのブログです。

1落語

「千葉稲門チャリティー寄席」に行ってきました。
学生時代にオチ研の友人の落語を見に行って以来の体験でした。
日本の風土に根差した芸に、腹が痛くなるほど笑ってしまった。

一枚目の写真は、マグナム小林氏の冒頭の説明です。このあと バイオリンを駆使した芸は真骨頂を迎えました。
一前座 三遊亭 金かん
二落語 柳亭 こみち
三バイオリン漫談 マグナム小林
(三人とも稲門です。)
私なりに、ストーリを説明させていただきます。
・金かんさん⇔江戸時代の小話風で、昼寝しているおじいさんを赤ちゃんと間違えたりするなど、いかにも落語という感じで、安定感のあるパフォーマンス。
・こみちさん⇔出演者の紅一点です。柳は「やなぎ」ではなく、「りゅう」と読むそうです。人間国宝の師匠の流れを汲んでいるとのこと。
番町皿屋敷の幽霊、お菊さんの数えるお皿は9枚までだった。それが有名になり、甘いものなどお供え物が増え、興業化し、出店などがでて大盛況となりました。
お菊さんは、だんだん肥えて、血色もよくなっていきます。ある日、彼女はお皿を18枚まで数えました。客のクレームに対して、彼女は「あたしは、明日は休むから、その分だよ!」

落語3


・マグナム小林さん⇔バイオリンを駆使し、定番の救急車のサイレン、新幹線こだま、ひかり、のぞみの音。リニアモーターカーの音。打ち上げ花火、歌など、確かな技術に支えられたパフォーマンスは、漫談を遥かに超えたもの。
どのパフォーマンス一見の価値があります。

落語2


夏休みもあってか、子どもたちも目立ちました。子どもから高齢者まで、笑いを共有できるのは素敵なことですね。

「尖閣の天気予報をすべき」との意見書に千葉市共産党と市民ネットは反対した。反対する論拠はいったい何だろう?平成25年の「竹島、尖閣の領土教育をしっかりやるべき」との意見書に共産党は賛成してくれた。今回の意見書は、領土教育と同一線上にあるものなのに、反対した。一方、市民ネットは、前回の領土教育の意見書にも反対している。

彼らの中国や韓国の侵害行為に対する甘さは、どこからくるのだろう?

党首が、「中国や北朝鮮にリアルな危険はない」と言い切ったからか?

ミサイルを飛翔体と呼ぶべきと主張し、迎撃する自衛隊にたいして、抗議活動を行ってきたからか?


国歌斉唱の際、彼らは起立はしない。
信念に基づくのなら、仕方がないかもしれない。しかし、いやしくも公人である以上、遵法精神を持つべきだろう。


私は子どもたちの未来考えるとき、彼らに97万市民の生命財産と未来を委ねることは、到底できない。(中国海警局の4隻 尖閣沖の日本領海に侵入のニュースに接して)

私の是々非々は市長をトップとする市執行部にだけ向けられるものではない。議会内多数派にも、向けられている。無所属である私にしてみれば、共産党も市民ネットも、岩盤のような組織を持つ強者だ。しかし、彼らに対しても、非は非であると主張していく。
#千葉市議会 #市民ネット #共産党 #尖閣 #領海侵犯 #領土 #国歌斉唱

定例会終了後、その足で横戸にある「仁兵衛さん」のお墓にご報告に行きました。

私は定例会で、花見川の歴史を取り上げました。
その中で、仁兵衛さんのエピソードに触れたからです。

印旛沼の水を東京湾に流すための工事は、江戸時代に3回行われ、いずれも失敗しました。
中でも、天保時代に行われた工事は、その過酷さは筆舌に尽くしがたいものだったようです。

庄内(今の山形県)から、駆り出された人足、仁兵衛さんも、その中の一人でした。
彼は、この地で病気になり、命を落としました。

土葬が普通だった当時ですが、遠方で亡くなった場合は、火葬にして、灰を故郷に持ちかえることが多かったようです。

でも、彼は遺言で土葬を希望したのです。

そして、彼の墓石の側面には、このように記してあります。

「後の人、憐れんで、これを発(あば)くことなかれ」

お墓

仁兵衛さんも含め庄内藩の人足は19人が命を落としました。そのうち、土葬を希望したのは3人。あと2人のお墓はどこにあるのか不明です。

彼は、故郷に帰ることは望まなかったのでしょうか?

なぜ、故郷遠く離れたこの地に骨を埋めることにしたのです。

死の直前、彼の胸中を去来したものは何だったのか?

今となっては、知る由もありません。


江戸時代の通貨

お墓には、江戸時代初期の通貨が、置いてありました。
時の流れに、一瞬、目まいがするような気がしました。


インタビュー

あ~。なんか、そんなことがあったみたいだね。時々、北の方から、お墓参りに来る人もいたね~
たまたま墓地を散歩していた80歳代のごご婦人のお話し。





https://www.facebook.com/takashi.sakurai.507/videos/1381443611931262/


ところで、仁兵衛さんと一緒来た人で、むくの木を持ち帰った人がいます。
むくの木は、寒冷地である山形には自生しません。

そのむくの木は、山形に根付き、今や高さ20M強の立派な木になっています(県の天然記念物)。

むくの木


「仁兵衛さん」と「むくの木」

公民館主催の花見川の歴史講座は、平成13年ごろを最後に、途絶えてしまいました。
学校の校外学習でも取り扱っておりません。

しかし、花見川の草むらの傍らには、歴史の断続性が埋まっています。

景観も大切、生態系も大切、活性化も大切、不法占有の対策も大切。


でも、歴史の断続性に光を照て、それに耳を傾けることも大切なことでは、と思うのです。

幕張へ

帰路の幕張の夕日がきれいでした。

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