今の、そして未来の子どもたちのために

学習塾経営を経て、立候補。現在2期目です。市民目線を忘れないため、あえて無所属。数がものを言う世界の中で、是々非々を貫きながらも、風穴を開けていきます。

昔は町内を練り歩いた子ども神輿。
それが、あるとき、住民から「うるさい」とのクレームを受け、
自粛に至りました。

そして、子ども神輿は、例祭の期間に、放課後の学校の校庭内だけで行う形として残りました。


それでも、神輿は神道だからNGだ、との声もあったようです。

もちろん、校庭内であっても、子ども神輿を続けていくことができたのは、町会はもちろんのこと、学校側の理解と協力があったから、と思います。
ただ、学校の校庭内だけではなく、地域の伝統行事として、町を練り歩くような子供神輿を再開したい、との強い思いは住民に受け継がれてきました。

今、新築住居のラッシュを迎えた幕張本郷地区。
代々幕張に住まれる方々と、新しく移り住んでこられた方々を一つにするのが、祭礼なのです。

昨年のフライングを経て、
ようやく、ようやく、正式に、昔からあった形で、子ども神輿が再開されました。
しかも、3か所、参加児童約300名。

学校の校庭内だけで、留まっていれば、子供たちにとっては、学校の延長線上の行事という思い出に留まってしまいます。そうではなく、綿々と受け継がれてきた地域の行事として、記憶してほしいのです。

子供の頃、神輿を担いだな、
楽しかったな、
もらえるお菓子が楽しみだったな、
怖そうなおっちゃんだったけど、担ぎ方を教えてくれる時は、優しかったな、

そういった記憶を子供に残すこと、それは地域愛、郷土愛を育てることに繋がると思います。
そして、今度は彼らが、大人になったときに、子ども神輿を担うことになるでしょう。
その時は、地域愛や郷土愛も受け継がれるのです。

今回は、子どもも、もちろんですが、むしろ大人たちの方が、生き生きとして見えたのは、
彼らは子ども神輿を楽しんだ世代だったから。
私はそう思います。


みこしりこ


消防団長、副団長、渡辺方面隊長、石川分団長、花見川消防署長のご列席のもと、千葉市消防団花見川方面隊第4分団7部(幕張本郷中学校区)11名の辞令交付式・発足式がありました。
千葉市は全国でも震度6以上の直下型地震の発生の確立がもっとも高いと言われています。日頃の防災活動はもちろんのこと、私たちは、地域防災の担い手となるため、汗を流してまいる所存です。
2タイトルなし

タイトルなし

タ3イトルなし


稲毛海浜公園施設リニューアルのイメージです。

稲毛海浜公園
{95D2356A-0BAA-4EE6-89C1-A97AB6A966BC}


千葉市の海辺の活性化のエンジンになることを望んでいます。

ただ、できれば、幕張、検見川、稲毛といったベイエリアは、市民、県、市、ディベロッパーが一体となって、グランドデザインを描けば、県の管理地まで含めうるので、異なった視点も盛り込めたのでは、とも思います。



cimg2160_3
平成24年9月24日千葉日報

というのも、私は平成24年議会で、ベイエリアは県、市、民間が一体となったエリアマネジメント会社を作るべきではないか、と質問し、当局から検討するとの答弁を得たからです。

当時も、海辺の活性化に向けて、ご尽力されている市民団体活動もあり、そういった活動とも連携していければ、と私は考えておりました。

平成23年頃から平成25年にかけては、3.11の影響もあってか。幕張メッセの稼働率は著しく低下しました。また、海浜幕張公園を管理する県と、稲毛の浜の管理する千葉市の縦割りの弊害も大きい状態でした。
ご存知のように、県は幕張新都心の地主です。県政全体の見地から、土地は売りたい、それもできるだけ高く、早く。一方、基礎自治体である千葉市としては、幕張新都心は、経済、観光の点から千葉市活性化のエンジンと位置付けている地区。県、市の利害はときとして、相反する局面が出てきます。


例えば、市は、海浜幕張駅沿いの国際大通りから海が見えるようにしたいと考えました。その先にレストランやショップなどを構えて、観光スポットにする案です。
市長のウエストコースト視察に、触発されたものだと思います。

ところが、県の抵抗にあって、その案は挫折せざるを得ませんでした。

海が見えるようにするためには、木を伐採しなくてはならず、その木は、県の管理下である海浜幕張公園に生えているからです。
もちろん、木を伐採させないことには、県にも言い分はあったでしょう。しかし、それが一本も切らせないというのは、あまりにも硬直した態度ではないでしょうか?
(ことの顛末はTBSの噂の東京マガジンでも放映されました。)

そして、件の海浜幕張公園には、「JAFナショナルフットボールセンター」が、建設されることになりましたが、このことは県からは、報道されるまで、市には一切知らされませんでした。
県市の連絡会議は、現場担当者レベルは月1回開催されていたのにもかかわらず、です。

このように、県と市の連携は未だに機能していない様子をみると切歯の思いがあります。

一方、
5年の間に、イオンモール進出、幕張新都心での花火大会の定着、レッドブルエアレースの挙行、若葉住宅地区の竣工、海の見える駐車場の建設、海辺のレストラン’(もちろんパスタも堪能できます。)、幕張新都心新駅の計画、ドローン特区、2020オリパラの開催など、ベイエリアは大きな変化がありました。
特に、若葉3丁目公園では、行政、ディベロッパー、市民団体が連携して、全く新しい形のまちづくりが進行中。公園トーク
状況は刻一刻と変わっていきます。この5年間で、千葉市の海辺の状況は大きく変わってきました。
残さなくてはならないものを押さえながらも、常に新しい流れをアップデートしていく必要があります。、
市の海辺の活性化が、画餅に帰すことのないよう、私は、私の持ち場で頑張っていきたいです。






↑このページのトップヘ