私は、議会の合意形成の一つとして、政党(=会派)の有用性は認めています。
しかし、国政や県政における政党(=会派)の有意性は、市政とは自ずから異なると思います。

労組などの既得権団体や政党のバックは、手厚い財政的支援(要はお金)、人的支援(要は動員・名簿)を意味します。強固な団体の支援を受けて、当選した議員は、今度は支援団体に恩返しするために働くのは当然でしょう。

しかし、基礎自治体の議員は、もっぱら支援団体や政党の顔色をうかがうのではなく、市民の利益に資するならば、たとえ支援団体や政党の意向に沿わなくても、独自の方針をとるべきです。
私は、そういった議員を見たことはありませんが、
市民に直結すること、それこそが市議としての核心ではないでしょうか?

私は、みんなの党の公認を得て初当選しました。

公認料はゼロ。
手本はなく、私は手さぐりで、選挙戦を闘いました。
かかった費用はおおむね70万円ほど。

お金をかけなくても闘えるという実感。
私の議員としての出自が、他の旧勢力出身の議員とは異なる所以です。

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当時、国民のみんなの党への期待は大きく、私は上位当選を果たしました。

その後、千葉市議会では「みんなの党千葉市議団」を結成しました。
54議席中、たったの2人ですが。

特定の団体の支援は受けず、議員自ら身を削る覚悟をもって改革に当たる。
みんなの党も、維新も、そこには自己犠牲という一種の美学がありました。

しかし、みんなの党は国会議員の権力闘争により、消滅。
その後、所属した維新の党は、あろうことか、民主党と合併、民進党になってしまいました。
それまで、労組と民主党の癒着ぶりをさんざん批判していた、その舌の根も乾かないうちに。

理念をなくした政党や議員には、もはや存在する意味はありません。

それでも、私は、泥船と化したみんなの党も維新の党も解党まで、踏みとどまりました。
まず、一市議でも、党の方向性を糺すことができると考えたこと。
そして、より重要なことは、いったん有権者に対して掲げた旗を、そう簡単におろすことはできないと考えたからです。
それは、私の有権者に対する信義であり、通さなくてはならない筋でした。

国民の第3極への期待は、大きくしぼみ、みんなの党の解党まで踏みとどまった地方議員の
9割は落選しました。
私は辛うじて1議席を死守しました。


実は、無所属にしかできないことは結構多い。
当面は、ニッチを先取し、ありとあらゆる手法で職責を果たしています。

無所属でいることは、それ自体目的ではありませんし、別に気負うことではありません。

理念が合致する政党=会派があれば、そこに移ることもやぶさかではありませんが、
当面は、議会ではそういった政党=会派は見当たらないのが、実際のところです。

政党と組織票でガチガチの花見川10議席中、唯一の1議席を2期にわたって死守している立場を公言し、それが市民の信任を得ることができるのか?
それこそ、今後の政党=会派を考える際の前提なのです。