或る夫婦の記録 ― 躁鬱夫とサレ妻の五ヶ月 ―

躁鬱病の夫の不倫発覚—不倫相手から夫を取り戻したいと足掻く日々の回顧録と現在進行形ブログ

友人や同僚と話すとき。
未だにアキちゃんがね…とか、旦那がね…とか、もうすぐ旦那さんではなくなる人のことを呼んでしまいます。ふつーに。
で、後輩なんかには突っ込まれます。
もう旦那じゃないしって。
はは…そうだねーって言いながら、心の中で複雑怪奇なモヤモヤが込み上げてきます。

わたし達、まだ一緒にいます。
予定では2月末くらいに夫が出ていくことになりそうです。

今日研修と懇親会から帰宅した夫が、疲れた疲れたを連発するので、イライラしてついぶつかってしまいました。

夫の中で彼女はとっくに消したい過去の人になりつつあるのがどうしても許せなくて、突っかかりました。
かといって、ふたりがまだ関係を続けていたらそれはそれで許し難く…。
いずれにせよ、わたしは夫を許せないし女のこともずーっと怨んでいくだろうし、そんな気持ちを抱えたままわたしがこの先幸せになれるとは到底思えないです。
ただただ悔しい気持ちで、もって行き場のないやるせなさを持て余して、八つ当たりしました。

新しい女作ってアキちゃんだけ幸せになるつもり?

自分でも何言ってんだろーって思うセリフのオンパレード…。

渦中の時とは別人のような、冷静な夫の口からは、そんなつもりないよ。
とか、
反省してるだろ。
とか、
もう別の人とつき合うし。
とか(イザワエリカとはもうつき合うことはないそうです)
わたしの怒りを一瞬で溶かすような言葉が出てくるのです。
溶けても消えることはありませんが、夫に刺さることもないのです。

わたしの怒り悲しみ悔しさは、わたしから飛び出してわたしに突き刺さるだけなのです。



はやく消えてなくなれ。






この先、夫といる間はずーっとこれを繰り返していくのでしょうか。


出ていったあと、週末は来て子どもと過ごします。
しばらくの間。
子ども達が落ち着いたら、隔週に。
その間に夫にも新しい相手が出来るだろうし、そうしたら相手のことを思ってうちに泊まることもなくなるだろうし。

そうやって、元夫婦は子ども達のパパとママとして、養育費や学費を出し合う関係になり、いずれは別々の家庭を作っていくのでしょうか。


そうしたら、わたし、幸せになれるのでしょうか?




廊下の壁にかけてあった家族写真を、夫はどんな思いではずしたんでしょうか。

書斎の床に放置されたままのフォトフレーム。


なんの疑いもなく、この先家族四人で幸せに暮らしていけると信じていた頃。
娘を抱いて、夫に微笑みかけているわたし。


あの光の中に
二度と、戻ることは出来ない。





アキちゃん…体重83キロ、ウエスト91センチですって。
最早痩せる気ゼロ? 

女のところに出て行ってから、何度か帰宅したり泊まったりしていましたが、我慢というのが出来ない男なので「あんな狭い一部屋に大人2人は無理がある。病気が悪化している」との理由で、帰宅を希望。
もちろん、勝手に出て行って何を言っているのかと一度は突っぱねました。

11月頭に出ていって1ヶ月足らずの間、連休などお休みもたくさんあったから実際の出社日は20日もなかったはずなのに、半分以上遅刻や午前休、全休があったそうです。
ちなみに10月中に今年度の有給は使い切ってますので、今休んでいる分は欠勤扱いとして来年夏のボーナス査定でマイナスされるそうです。

上司に治療に専念しろ、今の君には仕事をまかせられない、家族と相談しろ…等々相当言われたようです。
まあ当たり前なんですが。
社会人たるもの、定時出社が基本ですよ…。
管理職ならともかく、管理されている側でしょ。
仕事振られる側が、頼みたい時にいないってそりゃいる意味ないもの。

夫いわく、仕事をくれないからやることないから行かないと。
ものすごーい矛盾してること言ってるの理解できてない模様。
突っ込む力もわかずに、無言になってしまいました。
で、帰宅するなら酒飲むな、主治医変えろ、入院治療したいならK先生に主治医を変えて早急に診て貰え等々と条件をつけて帰宅を受け入れました。
その時の条件で守られたことひとつもありません。
結局は狭いアパートが耐えられず広い我が家に戻って来たかっただけの方便だったようです。
振り回されているこっちはたまったものではありません。

離婚についてはもう決めたことで翻ることもないため、粛々と進めております。

うちは生計を一緒にしていたし、マンションの名義も半々、住宅ローンも半々となかなかにやっかいごとが多く…
ローンの審査があるとのことで、公正証書作成も一時ストップです。

そういった煩雑な手続きは一切こちらでやるしかなく、仕事育児家事(放置気味)の合間にせっせと資料とにらめっこです。
先が長そうでうんざりです。

12月の給与から生計を完全分離するのですが、独立のための資金を蓄えてもらいたいので、個人で支払うべきもの以外夫には一切負担させずに全てこちらでまかない、居候させることにしました。
もうね、借金だらけなんですよ。我が家。
フタを開けて愕然としました。
お金の管理は出来るひとだと思っていたので、色々おまかせしていた私にも非があるので、彼ばかりを責めるのも違うとは思うのですが…

前妻に送る養育費、車のローン、駅前駐車場、保険、スマホ代、通院代と薬代…
食事はうちで食べる時は簡単なものなら出してあげています。
朝は自分で買ってきたり、夜も食べたいものをコンビニで買ってきてわたしの作ったものも食べてます。
家を出てひとり暮らしはじめたら、家賃、光熱費、こどもふたりの養育費が更にのっかるわけです。
はっきりいってギリギリです。(養育費は最悪半分はボーナス時でもいいよと言ってあります)
扶養手当も今出ているのが、私の扶養にするためなくなってしまうし。
それでも車は売らないそうです。
売ってもオーバーローンになっちゃいますからね。それは我が家も同じ。

不倫の行く末ってお粗末ですよね。

妻と子供ふたりとにゃんことこの先ずっと暮らしていけるはずだったのに。
広すぎるマンションも買ってしまったのにね。
四人乗りのスポーツカーなんて、都内じゃ置く場所確保も厳しいのに。
何より、ひとりの稼ぎではかなり厳しいのに…

私は試算してみると余裕ではありませんがなんとか生活がまわせそうです。
贅沢しなければ、最悪養育費がなくても子供ふたりを大学までやることも出来そうです。
元々たまに服を買うことぐらいが楽しみの女だったので…結婚してからはそれすらも殆ど買ってなかったし。
夫が出ていってから料理が楽しくなりました。
不倫と戦っていた頃は、料理を楽しむことが出来なかったし、心にそんな余裕もなかった。
全て自分の好みの味で作れるし、前は良くつくっていたスイーツ系も復活させました。
ゆずピールをことこと煮ながら、こういう時間なくなってたなあと。
そして「料理作れないもんね」とイザワエリカに言われたなあと思い出しました。
彼女には面倒なので言いませんでしたが、趣味の欄に料理やお菓子作りと書くぐらい作るのも食べるのも好きなのです。
季節の果物でジャムを作ったり、コンポートを作ったり、夏になるとレモンとミントでジュースを日常的に作っていたので、買うこともほとんどなく。
料理やお菓子作りって気持ちに余裕がないと出来ない。
ましてや私みたいに働いてて子どもも小さいならなおさら。
でもそんなことおかまいなしに料理できないと決めつけられて、とっても悔しかったのです。
今はそんなこと全く思わなくなってしまいました。

女って怖いですね。
一度さよーならーと思ってしまった男を男として見ることが難しい。

こんな事書くのどうかなって思うんですが…

夫のことを邪魔な荷物としか見られないんです。
わたしのお金と時間を奪っていく泥棒としか見られません。
わたしは子どものためにしか時間もお金も使いたくないし、愛を注ぐのも子どもたちだけ。

怖って自分でも思います。
でも事実なんです。
目が覚めてしまったので。

愛って大事ですよね。
あばたもえくぼ。
なんでもきれいに消していいところだけしか見えなくなっていたんですから。

27日から冬期休暇ですが、初日から実家に逃げるつもりです。
指折り数えて、毎日を乗り切っていきます。 

8月の後半でした。
LINEで夫と話していたとき、彼女から連絡がきてご主人に全てばれた。
そっちに内容証明が届くかもって言われたそうです。
離婚されそうだ。
とにかく大変みたい、と。
ご主人、探偵をやとっていたようです。
その二日後に内容証明が夫宛に届きました。
不在通知が入っていたので、帰宅するなり郵便局に取りにいきました。
有名な弁護士事務所だったので、これは内容証明だなとすぐにわかりました。
で、帰宅して開封しました。
こんなに立て続けに色んなことが起きたのに、まだあったんです。
天地がひっくり返るようなことが。

内容証明には、相手ご主人から夫に対しての慰謝料請求にかかる理由が明記されていました。
読み進めていって、ある1行に目が釘付けになりました。

「請求者は不貞行為をはたらいた妻の相手住所が徒歩3分の近所であるということに心を痛めている」

住所が書いてありました。
うちが○○市△△3丁目だとしますよね。
相手のお家は○○市△△2丁目でした。
徒歩三分どころか、うちのマンションから目と鼻の先の住宅街です。
毎日車で通る道に面したところです。
ベランダから目視できるお家です。

先生、人間ってなんて強いんでしょうね。
わたしなんであのとき意識を失わないでいられたんだろうって不思議です。
母親だからなんですかね。
母は強しっていいますもんね。 

気が狂わなかったのが不思議でなりません。

もちろん夫に詰問しました。
夫は「俺だって最初は騙されていたんだ。N市って言ってたんだぞ」
「いつ知ったの?」
「5月、中旬くらいか。年だって嘘つかれた」
呆れました。
そして、全てが繋がりました。
なんで夫が帰宅しないのか。
毎日出かけていたのか。
こんなに近所だったからなんだ。
それじゃあ、ガストも○○も■■■も全部イザワエリカと一緒だったんだ。
終電過ぎて1時間以上も帰宅しなかったのも。
 
子どもたち、何にも食べていなかったのに、わたし家を飛び出しました。
内容証明に書いてある住所に行きました。
すぐに見つかりました。
Google mapで住所入れたら一発です。
こじんまりとした一軒家で、表札にはm.izawaとご主人のイニシアルと名字が刻んでありました。
真っ暗でした。
全ての部屋に明かりがついてなくて、わたし咄嗟にもうこの家には誰も住んでいないのではと思いました。
ポストに手を突っ込んでみましたが、ちらし類が詰まっている様子はなく、この住所で内容証明が送られているということは、住民票はここなんだと思いながら立ち去りました。
帰り道…といっても目の前に我が家のマンションがそびえ立っていますので、すぐなんですが。
本当に徒歩1分なんです。マンションエントランスから。
マンションの前でUさんに電話しました。
困った時はUさんに、が母との合い言葉でしたので。
Uさんはすぐにある人を紹介してくれて、そこにすぐに電話して弁護士を紹介してもらうようにと言いました。
そのあと母に電話しました。
母はその時は妊娠中絶以外は全て知っていましたので、すぐに弁護士を立てるように言われました。
慰謝料は常識的な相場の倍の金額でした。
減額交渉するにしても裁判するにしても、素人では駄目だと。
母は仕事の関係で訴訟などにも詳しかったので、とにかく弁護士にと繰り返していました。
そして一度帰宅し、寝室にこもりました。
子どもたちは夫とお風呂に入っていたようです。
Uさんに紹介してもらった方は何度か面識があった人だったので、挨拶もそこそこに事の経緯をかいつまんで話し、弁護士事務所を紹介されました。
ただ、もうこうなってしまったからには弁護士を立ててなんとかするしかないと、それだけでメモを取っていました。

お風呂から出てきた子どもたちに簡単な食べ物を与えて、寝かせました。

その晩は30分気絶しただけです。
色々考えて、ネットで調べまくって、とにかく早急に事をすすめないといけないと焦っていました。
翌日仕事を休んで弁護士事務所に行きました。

実は仕事もすごい忙しい時期で、休むのも本当は相当まずい日でした。
その週は夫の衝動買いの車の車庫証明を取りにいったり、駐車場の契約などでわたしが走り回っていました。
今思えばばかばかしいんですけど、慰謝料数百万請求されてて、それより少し安いぐらいの車を買うことになってて内金も入れてたんです。
そんな渦中で普通の感覚なら車はキャンセルですよね。
でも夫は買うと。
ここまで何もかも取られて車まで取られたらって言うんです。
仕事が頑張れないって。
わたし、もう頭がウニみたいになってて。
本当に疲れきって思考するということが出来ていませんでした。
車の件はとりあえず放置して、弁護士のS先生と面談に集中しました。
4月からの経緯をざっと話して。
先生はわたしにそこまでの仕打ちを受けていて離婚しないの? 不思議そうに言ってました。
イザワエリカへの請求、夫と相手ご主人との件を別件として扱うけれど、夫婦が二組なのでもしかしたら妻側への請求とリンクして話合いが出来るかもしれないと。
一度相手弁護士へ連絡をしてみるように言われました。
その反応を見て、正式依頼をすることになりました。
もちろん相手弁護士の反応はとりつく島もないって感じでした。
代理人でないと駄目の一点張りで。
まあわたしが請求をおこせる権利を有しているからとのことなんですが。
で、S先生に連絡して正式依頼をすると次回面談のアポを取りました。
その日、イザワエリカと夫がわたしの仕事中にランチをしたお肉屋さんで夕食でした。
色んな意味で笑えます。


本当に疲れて疲れて…その晩は気絶してしました。



翌朝、メールが来ていました。
イザワエリカでした。

土曜日から一泊で富士の国へ行ってきました。
仕事で10年以上のおつきあいをしているOさんが、半デザイナー半農で働いている牧場に、同僚のデザイナー君Kちゃんと子どもと。
下の子は上の子とセットにすると本当に大変なので、上の子のみ連れて行きました。
下の子は夫に金曜日から来てもらいお留守番。
出発直前に下の子が起きて泣き出してしまい、出発が遅れるというアクシデントがありましたが、なんとか自力で目黒区までたどり着けました。
Google mapのみで不安もありましたが、教習所の先生がナビと変わらないよと言っていたのでかなり強引にチャレンジ。
右左折の指示を思いっきりためてくれるので、直前で方向転換出来ず焦りましたが、これからは出力も一緒に持とうと学びました。

昨年夏に免許取得後、一番遠くて隣の市までしか運転経験もなく、実家に帰省するのも母や夫の運転に頼りきりでした。
離婚してこれからはひとりでなんでもやらなきゃ! と思い一念発起しました。
毎日運転しているけれど、やはり初めての道は怖いです。
ドキドキしましたがなんとかなるものですね。
Kちゃんと合流してからは目的地まで運転してもらいました。

子どもはKちゃんにすぐに慣れてしまい、どこに行くにも何をするにもKちゃーん!と抱っこにおんぶにべったべた。
Kちゃんが毒がない、優しさオーラ半端ない人だというのもあるけれど。
本来こういうのってパパにするもんだよなーと複雑な気持ちになりました。
うちの子はパパに対して一線を置いているところがあり、自分から甘えていきません。
夫が機嫌が良いとき構ってくれるときは遊びますが、「怖いパパ」のときは察して距離をとるのです。
パパが手を繋ごうとしてもわたしの方にきます。
それでも察してパパと手を繋いだり、くっついていったり。
3歳なのに察することが出来てしまう我が子。
こういうことも離婚を決めた要因でした。

牧場では牛に餌をあげたり、平飼いの鶏小屋で採卵体験したり、鶏を抱っこしたり、畑でベビーリーフ摘みをしたり。
夕食はみんなで大きな厨房で塩麹鍋とサラダと浅漬けを作って食べました。
新鮮な無農薬野菜の美味しいこと!
ビールも久々に飲んでうまー! となりました。
夜は古民家で薪ストーブに薪をくべながらワインやお菓子をつまんで、色んな話をしました。
Oさんも旦那さんと離婚して1年と少し。
元旦那さんはうつ病でした。
そういうこともあって、色んな部分でわたし達に共通点が多すぎて、前から相談にはのってもらっていました。
Oさんに、わたしには子ども達がいるんだから、大丈夫だよ! と励まされました。
今でも揺り戻しがあるそうです。
10年以上連れ添った旦那さんで、5年闘病してて実質Oさんが養っていたのだから、揺り戻しがあるのは当然です。
わたしも未だにこれで良かったのかなと逡巡しています。
うちの場合はあまりにも夫が傍若無人ぶりを発揮してくれているので、すぐに離婚決心して良かったわーと前を向けますが。

日付が変わる頃、外に出て夜空を見上げました。
無数の星たち。
手を伸ばせばすぐにも届きそうなくらい、近くに、そして見たことがないほどの煌めきでした。
小さなものまで見え過ぎて、星座にならないくらい、はっきりと見えます。
わたしが普段見ていたのは何だったのかしら? とさえ思いました。
「いま、あそこで光ってる星、私たちが見ている光はもう死んでいる星の輝きなのかも」
吸い込まれそうな無限の光。
3人で寒さに震えながら空を見上げていました。

豊かな自然の中にいると、何もかもがちっぽけに思えてくるのが不思議です。
用水路を流れる水や、牛にあげた葉っぱの匂い、熱々の鶏団子のスープ、吐く息の白さの向こうに見えた夜空、音を立てて燃えるストーブ。
全てが新鮮に見えていちいち感動している自分がいました。
夫の不倫と双極性と安定剤と病院と弁護士と…あの辛い日々が遠い昔のことのように私から消えていきそうでした。
実際はそんなにすぐ癒えるものではないのですが、リフレッシュ出来たのは確かです。

帰宅して下の子と丸2日近くべったりだった夫にお土産を渡しお別れ。
その後子どもたちと純子さんの家にお土産を渡しに行きました。

上の子はまだKちゃんとあそぶーと言っています。
今度彼のマンションに遊びに行きます。
ただの同僚なのが惜しい…。

とうとう岡村ちゃんを歌うことなく去りました。

子どもたちのために、離れることを決断しました。
たくさんの人に背中を押されました。
まだまだうちのちびたちはパパが大好き。
わたしも、まだ未練たらたら…。

パパのおうちにいくー!

上の子を抱っこして泣きながら見送りました。
明日も来るんですけどね。

パパと上の子は同じ誕生日。
今回は平日なので明日早めにお誕生日会です。
子どもたちのために、パパとママのときは笑顔でいようと決めました。

いつの間にか私の中でいろんなものが整理されて、残ったのは子どもたちでした。
あと数ヶ月は戸籍上は夫婦です。

昨夜は純子さんが来てくれて、夜中に無法地帯だった我が家のキッチンからゴミを撤去してくれました。
風水的に良くないと冷蔵庫の扉が、引っ越し以来お目見え。

幸せがたくさん運び込まれて来ますように。

再構築ブログが、サブタイトルに偽りありになってしまいました。

まだ気持ちの整理が出来てなくて、夫の呪縛に捕らわれそうになるたび、純子さんに連れ戻されています。

LINEって便利。

でも、夫とはLINEのせいで駄目になった部分もあります。
わたしの連打怖かったです。
自分でも。

母や純子さん、市の保健婦さん、児童心理の専門家の先生、会社の専務に、保育園の先生。
わたしをここまで引っ張ってきてくれたことに本当に感謝です。

絶対後悔しない幸せな人生を3人と一匹で再スタートです。
もちろん、夫にはパパとしてこれからもがんばってもらわないと。

直近で保育園行事、参加してもらうぞ。
アキちゃんよろしくね。

ブログは続けてぽちぽち書いて行く予定です。

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