2008年08月02日

あんぱ

世の多くの女性の例に漏れず「キャラクターもの」に強いこだわりを持つ妻は、その審美眼に適わないキャラクターグッズが家の中に侵入しないよう細心の注意を払ってきたが、その厳重なセキュリティの網を軽々とくぐり抜けて、彼は娘の元へやってきた。

一体いつ誰が与えたのかまったく分からないうちに、気がつけばシール、気がつけば風船とあの丸顔のヒーローのアイコンは次々と増殖していった。孫が反応を示す商品を手当たり次第に購入する曾祖母と祖父母、さらには姪を溺愛する妹夫婦まで味方に付けて、彼とあーちゃんの約束の王国の建設は粛々と進んでいった。ジョージ、ババール、エルマー、Suicaペンギン、エルモ、etc。ぬいぐるみの屍は累々と山を成し、辛うじて出生時から彼女の子守を勤めたミッフィーだけが粛清を生き延びた。

我が娘がアンパンマンとその神話世界の虜にされていくのを止める術を、我々は全く持たなかった。まるで女王陛下のMI6を以てしても、子供たちにドナルド・マクドナルドの存在を秘匿しておくことは不可能なように。

最終的にはいつも「あんパンチ」に頼る粗暴さや、顔面を破壊されてもすぐにジャムおじさんに複製を作ってもらえる安易な設定が子供たちの生死観に悪影響を与えるなどなど、屁理屈好きのお父さんの屁理屈も、「あんぱ!あんぱ!」のシュプレヒコールの前では全くの無力なのだった。


そんなわけで先日、一家で「横浜アンパンマンこどもミュージアム」なる施設に行ってきました。入場料は大人1000円・小人1000円ってオイ、な価格設定。大人がそれなりの入場料を取られるのは覚悟していましたが、まさか子供も大人と同じ額を取られるとは…。「お子様にはこちらのアンパンマンミニカスタネットをお付けしておりますので」ってオイ、それ大人にもくれよ。ヤフオクで売るから。

館内は三階建ての建物を上から順に見学するシステムで、3階と2階は過去のドラマの設定を再現したと思しきしょぼいジオラマが中心。合板と樹脂と塗料で作られたパステルカラーの世界は「子供だまし」という言葉そのもの。まぁ子供は面白いのかな、と思いきや、娘もガンガンに素通りする。オイオイちゃんと見ろって、と「ホラこっち、おにぎりマンがいるよ」などと言ってもクソガキャ見向きもしない。しかし、ジャムおじさんのキャンピングカー(正式名称知らず)だけは別。ハンドルを握り締めひとしきり運転したかと思うと中でパン作りに勤しみ、また運転と忙しい限り。

3階から2階に移動する際には、消防法の関係か、階段の窓から外の道路が丸見えで、けっこう白ける。東京ディズニーランドの立上げに関わったという方の話によれば、ディズニーランドの「仕掛け」の中で、最も重要なのは敷地をグルッと囲む木立なんだそうで、「ゲストを外界の風景=日常から遮断し、ディズニーの世界観に浸りきってもらう」ことが一番大事なのに、各地から来る見学者はアトラクションや売店の売り上げばかりに感心して肝心なところを見逃している、と嘆いておられた。(ちなみに氏の話によれば、ディズニーランドは遊園地ではなく「大規模小売店舗」として登記されているそうな。休日の東京駅で、絶句するほどの量の買い物袋を下げた善男善女を見かけるのも、むべなるかなである)

2階は3階にさらに輪を掛けたしょぼさで、なぜか油彩で描かれたアンパンマンと主要キャラクターの絵画(しかもレプリカ。本物は高知県の本館にあるんだとか。ありがたいですね)と、寿司や、釜飯やなどお店ごっこができるセットがあるのみ。もっとも、将来なりたいものは「ください(おみせやさんの人、ということらしい)」と漠然とした夢を語る娘にはうってつけで、父と母を客に一人で店を切り盛りする活躍ぶりだった。

そして1階では本日のメインイベント、「アンパンマンショー」のご開帳である。折よく10分後に始まるということで、半円形の客席の真ん中やや左の中段に陣取る。平日夕方のせいか、MAX70人程度の席数に2/3程度の入り。それでも集客率なら世界のFC東京さんより上だったりして。

歌のお姉さんからダンスのレクチャーを受け(けっこう難しい)、いよいよアンパンマンの登場。もちろん着ぐるみなのだが、着ぐるみと言っても結局ふつうの人がでかい頭のかぶり物をかぶってるだけだから、体のバランスが悪く、気持ち悪い。『伝染るんです』の「こけし」みたいな感じで、近くに来られるとけっこう引く。娘も若干怯えていた。

しかしですよ、歌と踊りのショータイムに入るとさすがだねぇ、子どものハートをワシ掴みですよ。家ではKINGでもアウェイに弱い我が娘が、お姉さんの音頭に合わせて「あんぱーんまーん」と大きな声で歌い踊る。子どもってこんなに素直なんだ、とちょっと驚く。

かつて私は、上にきょうだいがいたこともあり、ひねくれた子どもだった。縁日にウルトラマンが来れば、後ろに回ってジッパーを下ろそうとするようなガキだった。もったいないことをしたと今では思う。巨大な怪獣と戦うウルトラマンが、商店街のオッサンたちと同じくらいの背丈の訳はない。あのジッパーの下に誰がいるのか、それはいつか自然に分かることである。そんなつまらない、「そのうちにわかること」を同年輩の子どもより先に知ることで大人になったような錯覚をして、「ウルトラマンだ!すげえ!」とアホみたいな歓声を上げるチャンスを、子どもだけに与えられた特権を行使する機会を永遠に喪失したことを、心からもったいないと思う。


半日走り回って疲れ果て、しかし「夢の国」に足を踏み入れた興奮で眠れない彼女。ようやく外に出てベビーカーに乗せると、50Mも進まないうちに眠ってしまった。家に帰り着き、抱きかかえて布団に移しても目を覚まさない。そのまま4時間眠り、目を覚ましてカップの水を一気に飲み干すと、手を振り足をバタバタさせながら「あんぱんま〜んってったの!」などと興奮冷めやらぬ様子で昼間の出来事を話し続ける。うんうんわかったそうかそうか、とひとしきり相槌を打って布団に寝かしつけると、またすぐに眠ってしまった。

横浜限定の「チャイナ服を着たアンパンマン」のぬいぐるみを抱いて前も後ろもなく眠る娘。その姿を見ていると本当に胸が熱くなった。じーんとしてしまった。だってこの人はきっと、ほんとうのアンパンマンに会って握手したんだと思っているんですよ?
我々は、あれがみなとみらい線に乗って訪れ、一人当り千円を払って入場するところの施設であることを知っている。資本家が子供の親から金を取ることを主たる目的として建設した施設であることを知っている。いつか彼女が「しくみ」を理解し、あれほどまでに魅了されたギミックの全てに何の価値も見出せなくなることを知っている。しかし今日の彼女にとっては、あれは紛れも無い「夢の国」だったし、その中心で彼女は法王自らの祝福を受けたのだ。

「夢の国」の記憶を夢の中で反芻し、「…あんぱんまん」(本当に言ったんだ)と呟く娘のわずかに汗をかいた小さな額を撫で、いつか失われていくその無垢を思い、そっと毛布を掛け直してやる父と母なのでした。


また行こうな。


sakuralemmon at 10:13│Comments(0)TrackBack(1)clip!備忘録 

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1. アンパンマン 歌  [ アンパンマンの大冒険blog ]   2008年08月02日 10:54
あんぱ歌のお姉さんからダンスのレクチャーを受け(けっこう難しい)、いよいよアンパンマンの登場。もちろん着ぐるみなのだが、着ぐるみと??.

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