さくらのみち

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夏の終わりの物語

先週お盆休みをいただいてその休み明け
ある男性がお店にやってきました。
初めてみるお顔でした。
休み中にその方の奥様と娘さんが何度かお店にいらして下さったそう。

10月に結婚が決まった娘さんのお祝いの会があり
是非その時のお土産にさくらのみちの焼き菓子を遣いたいと・・。
遠く島根へ嫁ぐので新居で使う食器は大好きなさくらのみちで揃えたい
娘さんがそうおっしゃって わざわざいらして下さったそうです。

「ずっとお休みでどうしようかと思っていた矢先
偶然車で通りかかったら灯りが見えたから
お父さん先に行ってとにかく注文だけしておいて下さいと
車降ろされちゃったんですよ 家内はすぐあとで 娘は明日来ます。」

そう言ってお店にやってきたその人と
奥さんが戻るまでと思い世間話をしました。
自分の出身大学 勤め先をひけらかし
気の利かない奥さんを虐げる言葉が多く
申し訳ないけれどその品の無さが気の毒で
胸の奥がざらつくような心地の悪さを感じていました。

ほどなくして携帯に電話がはいりました
なかなか迎えにこない奥さんから。
急用が出来て迎えにいけなくなってしまったと
携帯の充電が切れて公衆電話からかけてると・・。
激高するご主人にひたすら謝っているようでした。

すぐ戻ってくるからと慌てて車を降ろされたので
セカンドバッグは奥さんの車に置いたまま。
これから取引先との懇親会で甲府まで行かなければ
ならないのにあいつ!とご主人は怒り心頭でした。

とにかくご主人の怒りをなんとかここでなだめないと
帰宅した後に奥さんがまた罵倒されてしまう・・。
なんとかなだめないと・・。
さっきから感じている胸の奥がざらつくような心地悪さ
あぁ 昔 子どもの頃に感じたことがあると思い出しました。

いつも疲れてぴりぴりと神経を尖らせていた父。
粗相して苛立たせないように・・。
病弱な母が叱られないように・・。

結局甲府までの交通費を貸し 背中を見送りながら
明日娘さんも奥さんも来ないのだろうなぁと思いました。
・・・最初からいるはずのない奥さんと娘さんだから。

多分騙されちゃったよ ごめんね・・。と告げた私に
相棒はなんにも言いませんでした。

翌日そんな事情も何も知らないお客様が
ふらりとやってきて花器を買って下さった。
検査中だけど少しやっかいな病気になってしまったかも知れないと
うっすらと涙を浮かべながら一生懸命笑顔を見せてくれました。
そんな心許ない時に 日差しが照りつける暑いなか
足を運んで下さったのかと思ったら涙がでそうでした。

一人娘を亡くしてしまったばかりのお母さんも来てくれました。
言葉にならない辛さを抱えて 皮膚をそがれるほどの傷みを抱えて
だけどそんな素振りは微塵も出さずに
絶望の中でそれでも人に優しくあろうとする。
そんな月の灯りのようなお母さんがいます。

今年 さよならも言えず たいせつな人と
離れなければならなかった人達がたくさんいる。

この夏 一瞬だけ魂が還ってくるお盆の頃に私に起こった出来事は
多分何か意味がある そう思います。

あまり人を頼れず甘えられず警戒ばかりしていた私を
変えてくれた相棒と どんな時も支えてくれたお客様に感謝して
人を信頼して だけどちゃんと人を見極めて精一杯生きなさい。

何処からでもいい 誰からでもいい 
届いた声に耳を澄まして また頑張ろうと思います。

そういえばもう随分父と母の顔を見ていないなぁ
不器用ながらも一生懸命私を気遣ってくれる両親に会いに
帰ろうと思います。
お盆はすこし過ぎてしまったけれど・・。

会いたいときに会えるひとがいる
帰りたい時に帰れる場所がある
ほかに望むものなどなにもないと思うのです・・。

































夏の夕暮れ

久しぶりに完徹してたくさんお菓子を焼いた。
どんなに暑い夏でも 夏のご挨拶にと
オープンしてから9年間欠かさずに
注文してくれる方のために・・。
(節電だけどこの注文だけは受けてしまいました。)

40歳を過ぎたら徹夜は絶対してはいけないと
前回300個のマドレーヌ徹夜で焼いて
あしたのジョーの最終回みたいに
危うく真っ白に燃え尽きかけて
学習したはずなのに・・。

汗だくになってたくさんお菓子焼いたら楽しくなってきて
なんだか一人打ち上げモードの一日でした。

コンビニがあと10m近くにあったら
間違いなく缶チューハイを買いに走り
マグカップに移し変えてこっそり飲んでいたはず。

生ぬるい風が吹いているのか吹いていないのかわからぬままの
夏の夕暮れをいつもより楽しみながら帰ろうと思います。






思い出は可笑しくてやがてせつなく

東京に来て初めて住んだ町を20年振りに歩きました。
年に一度お祭りの時にしか賑わってなかった稲荷神社とか
町外れの寂れた公園 野良猫のたまり場だった路地裏・・。
久しぶりの町だというのに足が向くのはそんなとこばかり。

自分の進みたい道がわからなくて同じ場所をぐるぐる廻っていたなぁ・・。

やっとほのかに灯る道を見つけた気がして
料理の道に進みたいと昼はクッキングスタジオで働き 
夜は調理師専門学校に通っていたのもこの頃です。

そういえば この専門学校がなかなか面白かったのです。
夜間部だったので昼は社会人として働いてる人が殆んど。
年齢も職種もみんなバラバラでその人間模様が面白かった。

何度受けても調理師試験に受からず
最終手段で入学してきたコックさんとか
茶髪にド派手メイクで超怖なのに実は堅実なОLさんとか。
なかでも群を抜いてキャラが立っていたのが
精進料理の勉強のためにと通っていたお寺の住職さん。

いま思い出しても笑ってしまうのが卒業間近の実習での出来事。 
その日のメニューは活きた鯉を〆て作る鯉こくと鯉の洗いで
日本料理の授業のなかでは集大成ともいえるハードルの高さ。

通常はひとつの班に男性が3~4人いてこういうメニューの時には
暗黙のうちに男性陣がんばって~という感じになるのですが
その日は出張や会議で欠席が多く私達の班に男性は住職ただひとり。

死を覚悟したのか尋常じゃないくらいバシャバシャ跳ね返る鯉を目の前に
女性陣は(住職どうぞ・・。どうぞ〆ちゃって・・。)という空気を醸しだし
にこやかに微笑み 完全に丸投げ状態。
ところが住職は数珠を握り締め静かに合掌し
「わたくし殺生はちょっと・・。」と調理台からまさかのフェードアウト。

「運動会の打ち上げで嬉しそうに活き造り食べてたじゃんっ!」
「チッ 使えねぇなまぐさ坊主・・。」と舌打ちしながら
件の茶髪ОLが男前にパコーンと鯉の頭をカチ割ってくれて
事なきを得るなんて事もあったなぁと思い出しました。

記憶というものは不思議なもので
永い間思い出すことも無かったのに
それぞれの「あの頃」の欠片を拾い始めると
何だか驚くほど鮮やかによみがえってきたりする。

20年振りに歩いた町のちいさな公園で
錆付いたブランコに揺られながら
可笑しくて可笑しくてわらっていたはずなのに
ふと気がつくとぽろぽろと涙がこぼれていました。






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