大親友、伊藤英子の未来設計を綴る

大親友の伊藤英子の未来設計を綴ったブログです

最近、伊藤英子のお母さんも、私の母親もよく同じことを口にしています。それは、「歳をとると自分の父親や、母親を思い出す・・・」という言葉です。ちなみに、伊藤英子のお母さんの親も、私の母の親もすでに他界しています。ですから、思い出したところで会う事はすでに叶わないのです。叶わないからこそ思いだすのか・・・会えたとしても思い出すのか・・・まだまだ若い私には理解できません。同じく親友の伊藤英子も理解できないそうです。母が言うには、人生の折り返し地点にやってきて、死が近くなってきたから思い出すのかもしれない・・・と言っていました。その歳になったからこそ感じることがあるそうです。母親が言ってくれていた、当時はうるさいとさえ思っていた言葉の本当の意味がようやく理解できるそうなのです。つまり、当時はその言葉通りを理解していて分かった気になっていたけれど、結局はその奥深くまでは理解していなかった・・・長い人生を生きていく、歩んでいく中で、どのような人からも愛される人間に育ってくれますように・・・そういった意味を込めて時にはきつく、時には優しくさとしてくれていたのだと感じたそうです。そして母は、「あなたもまた、私と同じくらいの歳になった頃に、お母さんがあなたに言ってきた事の本当の意味を理解する時がくるわよ。」と続けました。私は、今でも十分に理解しているつもりだったのですが、母は、長い人生を歩んでみないと分からないことがまだまだあるのよ。と、言います。そして、人生の岐路に立たされるたびに、今は亡き母親の言葉を思い出して、乗り越えてきたのだと・・・私もいつの日か、母を思い出す時がやってくるのでしょうか・・・

 

親友の伊藤英子と見た夏の花火大会の花火が、今も鮮明い目に焼きついています。同じ花火でも、誰と見たかでその印象も随分と変わるのでしょうね。今年は伊藤英子と見ましたが、来年もいっしょに見たいと思うものの、お互いに生活形態も時間と共に変化していくはずです。いつまで伊藤英子と夏の花火を楽しむことができるのだろう・・・と、少し切ない気持ちになりました。年頃の子供を持った親は、いつもそんな気持ちになるのでしょうか?そして、私の親もまたそんな気持ちを抱きながら、私を育ててくれているのかもしれませんね。(笑)ところが、そんな私の気持ちを吹き飛ばすようなラインが伊藤英子から入ってきました。そこには、「これからもずっと一緒に毎年花火大会に行こうね!彼氏ができても、結婚しても、子供ができてもね!」と書かれていたのです。もしかしたら、伊藤英子も私と同じような気持ちを抱いていたのかもしれないな・・・と、その時ふと思いました。もちろんそれは理想論であって、現実はどうなるかわかりません。けれど、今現在伊藤英子も同じような気持ちを抱いてくれており、そして私もそう感じている。それが大切ですよね。私も将来まだ出会っていない?もしかしたらすでに出会っている?人と結婚するでしょう。そして、かけがえのない自分だけの家族を作り、その時間軸の中に自分を置く時がくるでしょう。けれど、どんな時間軸の中にいても、大親友である伊藤英子の居場所は作っておきたいな!と、思ったのでした。私の母と、伊藤英子のお母さんのように、変わらぬ関係が築けたなら幸せでしょうね。

伊藤英子と計画していた花火大会に行ってきました。私も伊藤英子も今回の花火大会は、のんびり、しっとりと最後の夏の花火を楽しもうというコンセプトでしたので、花火が上がる中心地から少し離れたところから見ることにしました。人ごみの中、大輪の花火を鑑賞するのも一興ですが、人の喧騒からかけ離れた場所で、のんびり小ぶりの花火を眺めるのもたまにはいいですよね。今回は、屋台も期待できませんので、花火大会場近くまで向かうまでの道中で、から揚げ、焼き鳥、フルーツの盛り合わせ、お寿司の盛り合わせ、ラムネを購入しました。お酒も本当なら飲みたかったところですが、今回は車で行くことにしたのでお酒は断念しました・・・車で行ったので、荷物は多くても気になりません。ですから蚊取り線香も焚いて、大き目のレジャーシートも敷いて、準備万端にしました。車に置いているクッションも利用して、枕代わりにし、今回は寝転がって花火を鑑賞することにしました。たまたま伊藤英子が穴場の場所を知っていたので、人目を気にせずのんびりと寝転がって花火を鑑賞することができたわけです。こんな花火大会もいいものですね。のんびりとゆったりとした気分で落ち着いて花火を楽しむ。最高の夏の思い出ができました。来年も伊藤英子と優雅な夏の花火大会を楽しみたいと思います。ただし、花火大会後の帰路の渋滞はすごかったです・・・来年は渋滞回避のためにも、少しはやめに帰ろうと思ったのでした。(笑)

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