宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2012年02月

ただ犀の角のごとく・・・。

獅子

葬儀と法要を問う意味。

今日そんな質問に出会いました。

そのことをちゃんと説明できる僧侶がいるのかなあ?
形式やイワレやもっともな話しを、ここぞとばかりに一方的にする僧侶もいる
だろう。
というか、そんな僧侶が圧倒的とも言うべきか。

一方的な価値観の押しつけに、相手は分かったようなふりをしながらも拒絶
していることにさえ気づかない僧侶。
もしくは最初から拒絶してるか。

拒絶されてる僧侶は自分では気づいていない。

どや顔。
さもしてやったり。
葬儀もしてやったり。
お布施ももらってやったり。

僕は僧侶になると決めてから、ずっと葬儀や法要の意味を問い続けている。
お経を唱える意味を問い続けている。

でもちゃんとした答えはまだない。

形式で答えられるならいくらでも。
教えに書いてあることなら簡単。

でもその人その人によって環境や考え方が全部違う。
だからすべての人を納得させられる様なことは無いのかも知れない。

あるときは、これだ!と感じることもある。
でも次はちょっと違ったり。

いろんな教えを聞いては、それを考えてみる。
そのことを話してみる。
そのことを自分の話しとして考えてみる。

その繰り返し。

でもまだまだ確信には程遠い。

できることは、いつも最高のものを追い続けるという行為くらい。
声明も作法も法話も、常に・・・。
お参りの人、そのうちの一人くらいでも感じていただけたら、それがすくい。

何も考えず、ただ葬儀と法要をこなし、お布施を請求する。
そんな僧侶であれば楽だったのかなって・・・。

でもそれじゃ仏の道を歩むことに意味がない。
問い続けなければ意味がないじゃないか・・・。

などと、孤独の中で叫ぶ。
ただの貧乏僧侶の遠吠えにさえ聞こえる。

「ただ犀の角のごとくただひとり歩め」という釈尊の言葉。

この言葉が頭をかすめる。

孤独のなかでも独り問い続ける。
教えを求めて。
真理を求めて。
意味を求めて。

たどりつかなくても、その答えをもとめ続けるということが、仏の道を歩む
ということなのかも知れない。

今日、最近読ませていただいてるブログを読んでそう感じた。
意外なところに自分の求めているものがあったりする。

思わず合掌。

浄土真宗的生活のすすめⅦ・・「安心(あんじん)」のある生活。

千成

浄土真宗の教えをいただくこと。

そのことを浄土真宗では安心(あんじん)という。

それは安心(あんじん)を得て、人生をおくるということ。
安心を得るとどうなるのか?

私という存在を受け入れることができる。
私の生きる意味を知る、そして私の居場所ができるということ。

人生はいつも好調なときばかりではない。
逆に、迷ったり苦しんだり悩んだり、そんなことの連続である。

そんなとき謙虚に自分を見つめることができる。
そして逆境にあっても動じない心。

祈祷やおまじないや厄除けなどに頼らなくて良い心。
たとえば占いによって自分の人生を変えることなどしない。
常に依りどころがあるのだ。

その依り所は常に真理のなかにある。

悲しみや絶望の淵にあったとしても、そのことをしっかり受け止められる。
決して見捨てられるということは無いという存在であると知る。

もし立ち上がれないときがあったとしても、いつもそばにいるという安心。
そしてまたいつか一歩前に踏み出せるときまで、ずっとそばにその存在がある。

それは私にとって絶対的な存在としてある。

全てを受け入れられない心もある、だけどそのことを信じているという心もある。
それが私という存在、絶対なんてとてもいえない私。

でもそんな私に対してだからこそ、絶対と言う存在が必要なのだ。

絶対とは本来人間の側の言葉ではない。
人間が使うとウソになってしまうことも多々ある。
というより絶対と言ってしまった瞬間に、お互いを迷いに引き込む。

『無量寿経』にはこんな言葉がある。
人というものは、「田あれば田に憂い、田なければまたないことを憂う」
どんな境遇にあっても常に迷っているという存在ということ。
そしてたとえ一瞬は満足しても、次にもう他のことを考えているのだ。
だから現世の利益ばかり追求する教えは危ないのだ。
常にバランスが必要なのです。

だから阿弥陀如来の存在があるのだ。

それは、いつも、どこにいても、だから阿弥陀と名づく。

真実を見るということ。

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つらいとき、かなしいとき、立ち上がれないとき・・・。

人はいつも好調な時ばかりじゃない。

病のとき、足が痛いとき、歳をかさねたとき・・・。

人は自分のことを考える。

災害のとき、大切な人との別れのとき・・・。

人は無常という意味を知る。


そんなとき、いつも私を見守ってくれている存在に気づくときがある。

そんなとき、人は手を合わせずにはいられない。

それは譬えようもない存在であることに気づく。

今回の災害のとき、日本の伝統仏教は動いた。

それは大きなものに突き動かされる思い。
大きなものに見守られているという思い。
そんな思いが重なる。


現世の利益ばかり説いていると、本当の無常の世界に太刀打ちできない。
それはある意味、幻を追っているようなものなのだ。
宝くじ?病気平癒?業?
生きる意味を説いているようで迷いの中に引っ張り込む。
悩んでいると、それが本当の様に思えてくる。


「いのち」は続いて行くのだ。

本当の幸せを知る者にしか、本当の幸せを伝えることはできない。

今を生きると言うことを、はき違えているのだ。

今を生きると言うことは、目覚めること。

現世利益の中に迷いの道を求めている。
それはある意味気持ちいい、それはあるとき楽。
それはあるとき希望に見える。
それはあたかも本当の希望の様な顔をしてやって来る。

でも宗教ってそんなものじゃないと思う。

それが幻だったことに気づくときがある。
長続きはしない。
今回の災害も誰かのせいにするのだろうか?


本当の真実を見ること。

それを見通していたのが釈尊ではなかったのか?

伝統仏教は、強制はしない、去る者も追わない。
でも伝えてゆく、本当の教えを。

そしていつでも、迎えてゆくのだ。

お通夜におもう。

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今晩はお通夜のお勤めでした。

お亡くなりになられたのが日曜日でしたが、今日が友引であったため、明日の
ご葬儀になりました。

臨終勤行(枕経)のとき、浄土真宗のことをお話しします。
六曜(仏滅とか友引)は、仏教には全く関係ありません。

仏滅と言っても縁起が悪いわけではなく、友引という意味も現在の意味とは
全く違います。
いえば、引き分けという意味合いなのです、共に引くということ。
それが何故か日本では友引。
当時のある業者の宣伝と策略が、その業者には功を奏したのでしょうが・・。
人々を迷いに導くことに、お祓いや厄除け、祈祷もその類ですが。
なので、浄土真宗では迷いに通じることは一切しないのです。

昔の中国のある一部の方が使っていたもので、中国の土着の信仰の暦なの
です。
仏教や浄土真宗はそのようなことは言いませんよ、とお伝えし納得していただ
きました。
でも、近所や親戚のことがあって結局は友引のご葬儀ではなくなりました。

風習とか習慣とか、ご葬儀は亡くなられた方のためのものですが、結局は残さ
れた方々の都合になるのは致し方ないかとも・・・。
いわれを納得していただいた後は無理に強制しません、というのも田舎では
近所付き合いがあり、意外と同じころに続けて亡くなられることが多いのです。

そうなると、その方々が逆に悩むことになってもいけませんから。
親鸞聖人のみ教えを伝えること、それが僧侶の役割です。
でも思い通りにいかないことも多いですね、努力不足もあります。

通夜勤行は近所や親族の方々でたくさんお参りがありました。
ご葬儀は初めてのお宅でお仏壇もありません。

でも残された方々の思いをしっかりと受け止められるように、お勤めをしました。
法話は「いのち」についてお話しを15分くらい・・・。

どこまでお伝えできたのかは分かりません。
でもその方々が迷わなくて良いように、そして故人への思いを込めて。

やっぱりお勤めは一期一会。
そのときのご縁はそのときにしかない。
だから、故人をしっかりと皆でお見送りする。
阿弥陀如来の願いに導かれている。
でもやっぱり残されたものの心と思いとで、しっかりとお見送りするのだ。

そのことが、残されたものの心を癒し、迷いを吹き消すこととなる。
それも今晩のお勤めの意味となる。

通夜も葬儀も、残された方々の思いなのだと・・・。

でもそれも、仏の導きであるなら、そのことをしっかりをお伝えすること。
それが僧侶の役割。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え13・・「三一問答」衆生の三心。

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                                 (西本願寺 飛雲閣)
仏の三心とは、三心をすべて仏の心とする。
すなわち仏によって成就している三心は、智慧と慈悲が欠けることなく備わり
南無阿弥陀仏の名号となってはたらいている。

仏の智慧を至心、仏の慈悲を欲生。
そしてこの智慧と慈悲の完成によって衆生を救いとるということに何の疑いも
ない、そこに仏の信楽が成就する。
これは、至心と欲生の二心によって信楽一心が成立しているので「二心成一」
というのである。

次に、「生仏相望の三心」という見方もある。

これは至心と欲生を仏の心として、信楽を衆生の心とすると言う見方。
これを「仏二生一」という。
仏の智慧の徳である至心、仏の慈悲の徳である欲生、その智慧と慈悲が完成
した『名号』である「南無阿弥陀仏」にすべてをゆだねることが衆生の信楽とす
るものである。

また至心を仏の心とし、信楽と欲生を衆生の心とする解釈もある・・「仏一生二」。
至心は仏の真実心、信楽は衆生がその真実を受領する無疑心、欲生を無疑心
の信楽に具わっている決定要期のこころと解釈する。

今まで「至心」・「信楽」・「欲生」という、本願に説かれている「三心」の考え方を
説明してきました。

なんじゃこりゃ、と思われたかも知れませんが、経典を読み解くと言うことの難し
さを少しは感じて頂けたかも知れませんね。
鎌倉時代までに日本に入ってきた経典は、すべて漢文で入ってきています。
その漢文も、元はサンスクリットやパーリ語を中国の漢字に翻訳したもの。
そして、元々の経典も口伝で伝えられたものを、スートラに書き写したもの。
その本当の心を読み明かすのは、本当に気が遠くなるほどの時間と努力と
その志がなくてはとてもできない作業である。

逆にいえば、現代でその作業をするということは不可能かも知れません。
コンピューターではそこまで解析することはできないから。
元々、漢文への翻訳は国家事業として取り組まれたほどですから。

といって、まだ「三一問答」が終わった訳ではありません。

まだ最後に、衆生の三心(約生の三心)が残っているのです。
これは、三心を衆生の上で語る場合で、そこにさえ三通りの見方がある。

一つ目は、「三重出体(さんじゅうしゅったい)」と言われる見方。
これは、至心の体を名号とし、信楽の体を至心とし、欲生の体を信楽とする
解釈である。
ここでいう体とは本質ということ。

〈至心の体〉=「名号」・・・至心は「信」の体。
〈信楽の体〉=「至心」・・・信楽は「信」の相。
〈欲生の体〉=「信楽」・・・欲生が信楽の別義。

衆生が名号を受領したのが信心であり、その信心の本質は真実心(至心)。
その心の相(すがた)は疑蓋無雑である信楽。
その信楽は、往生浄土を間違いないと思う安堵の思い(欲生)を具えてい
るので、欲生は信楽に備わっている義を別に展開したものとなる。
つまり、信楽のほかに欲生という別の心があるのではないということをあき
らかにするもの。

衆生の三心は、このほかにもある。

「至心」と「欲生」を「信楽」に具わっている智慧と慈悲の徳であるとする見方。

「至心」を「心を致して」と解釈し、「信楽」を言い表すものとして信楽の信じる
すがたを示すもので、「欲生」を「信楽」の別義とする見方。

以上、約生(衆生の側)の三心を説いてきたが、約生の三心はどの場合も、
「至心」と「欲生」の二心は、「信楽」の一心におさまるのである。

つまり衆生の三心は「信楽」一心におさまるということなのです。
これを「一心攝二」といいます。

今回は「三一問答」を一気に説明したので、かなり長くなりました。

この様に、『本願』はとても短いご文であるが、その意味合いを解釈してゆく
となると、様々な解釈が必要となり、その解釈毎に意味を問うて行かなけれ
ばならない。

少なくとも、本願を説明して行く過程では、このすべてを説明することはなく
とも、説く側は少なくともすべてを念頭に置いて話さないといけない。

聞く側の人々も様々に感じるのであるから。
すべて知っておけば、皆さんからどの様な質問を受けても、その判断が
可能になる。

やはり、仏法は一期一会である。
次という機会はないのです・・・。

この内容は浄土真宗本願寺派の殿試を受けるときの、ほんの一部の内容
にすぎません。
「三一問答」は、本願の三心と天親菩薩の一心をどのように解釈して行くか
という、浄土真宗の教義の根幹である「三心一心」という論題の中の一部
です。
でもこれを把握していないと、僧侶として本当は浄土真宗の『本願』を皆さん
に話すことはできないということ。

で僧侶のほとんどは理解していないのでしょう。
それでもみんな「本願、本願」って言っています。
やはり浄土真宗の場合、僧侶がみんなを惑わしているのかも・・・?

今回は、このくらいで。

Foooou・・・!

釈尊への思い・・・親鸞聖人と「真宗教証興片州」。

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浄土真宗は修行しないとよく言われる。
確かに、涅槃に至ることに関しては、私たちに修行するという行為は何も
意味を持たない。

意味をもたないと言うよりも、そこに意味を持つことを否定する。
意味を持つと、阿弥陀如来の絶対他力のはたらきを疑うことになるから。

でも、だからといってお念仏を称える以外は何もしてはいけないということ
ではないと思う。
ただ往生浄土に関しては、「本願を疑うことなく信じて念仏を申す」以外に
何も必要とされない。

念仏は私の行ではない。
そして本願は私が称える願いではない。

「南無阿弥陀仏」には阿弥陀如来の側ですでに「願い」も「行」も具足して
おられるのだ。
それが「南無阿弥陀仏」、それが『名号』となって私にはたらいてくださる。

遠い過去から、遠い未来まで。
その中に私という存在がある、

でも念仏を称えたからといって浄土に行ける訳ではないと言うことも理解
する。
念仏のなかに私の側の功徳はないのである。

称えるところに自分のはたらきがある訳ではないから。
だから「絶対他力」という。

それは何か、願いを受け取る、かたじけなさを知る、疑うことなく心から
信じる、そして感謝をする心が生まれる。
結果として、阿弥陀如来の恩に報いると言う「いのち」を生きる。
いかされている「いのち」であったことに気づく。

いかされている「いのち」、それは釈尊の説いた「縁起」に通じる。
「縁起」を展開した「無自性」と「空」という思想は、そこにおさまるのである。

その「無自性」であり「空」という存在である私。
その私をしっかりと包み込むものが阿弥陀如来の「他力」なのだ。

日本仏教における自力の行者が、なぜ最後には「他力」に行き着くのか?
それは、最後に自分の存在を見つめ、その意味に気づくから。

道元禅師、源空上人しかり。
一休禅師、良寛禅師しかり。

自分と言うものを仏に放り投げるのだ。
最後は自分で抱えていた肩の荷を下ろす。
それが「無自性」であり「空」の存在に気づくと言うこと。

もちろん親鸞聖人も。

浄土真宗と言えども、別に『般若心経』を称えようが、『般若心経』を写経
しようが構わない。
仏説であるのだから、特に問題はない。
ただ、法要では称えることはしない。

それは、私を往生浄土へと導く教えではないからだ。
親鸞聖人はその先にあるものをしっかりと見つめているのだから。

大乗仏教の基礎知識として、そして空理解の一助としては意味を成す。
特に、親鸞聖人の教えの理解には、中観と唯識を学ぶことは意味をなす。
それは、親鸞聖人を浄土真宗の教えへと導いた最初の高僧は龍樹。
そして二番目の高僧は天親菩薩(世親)であるのだ。
親鸞聖人の教えの理解の一つに中観と唯識を学ぶと言うことは、その
理解への早道でもある。

なので他のものを一切受け付けないと言うことは、浄土真宗にはない。

仏説はあくまでも仏説なのだ。

大乗仏教の理論的な背景に、この龍樹と天親(世親)があることは間違い
ないのである。

「真宗教証興片州」
                           (『教行信証』行巻 正信偈)

インドから、そして釈尊から、遠く離れ、遠く時も経た。
そんなアジアの片隅にある日本で、浄土真宗の教えが興された。

親鸞聖人は、インドや中国の経典を読み解く。
それは釈尊の教えに少しでも近づきたいと考えておられたから。

いろんな僧侶や学者のフィルターを通して書かれた「論」「釈」を読み解き
釈尊に近づこうとされている。
できるだけそのフィルターを取り除く作業がつづく。

仏教の教えとして、曲がった方向に行ったものは排除されていく。
「縁起」と「平等」思想の釈尊の教えをどこまでも追い求められる。

それは大乗仏教の原点である龍樹と天親(世親)まで追い求められている。
それは大乗仏教の原点だから。

この二人は浄土の教えを説いているからという理由だけで七高僧に選ばれ
たのではないでしょう。
中観と唯識もしっかりと親鸞聖人の思想には貫かれているのです。

ある意味では、日本に伝わる禅の「空」よりも、親鸞聖人の「空」のとらえ方
の方が、龍樹や中観派の「空」に近いのだ。
そのことはみなさんご存知だったでしょうか?

親鸞聖人は、最後に自分で名前を付けられる。
それは親鸞。

天親(世親)の親、曇鸞の鸞。
遠くインドと中国の僧侶まで、時代と国を経てたどり着かれるのである。
追い求められているのである。

それは釈尊への思いであるでしょう。
釈尊のお心にどこまでも近づきたいとの思い。

ただその一心。

浄土真宗の教えも、仏と衆生の「一心」におさまる。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え12・・「三一問答」仏の三心。

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                                (西本願寺 唐門)
では「三一問答」の内容をちょっと。

先ず、本願では「三心」と説かれているが、なぜ天親菩薩(世親)は「一心」と説
いたのか?

それは私たち衆生が涅槃に至る真実の因は、信心一つであることを理解させ
るためであった。

「涅槃真因唯以信心、是故論主合三為一歟。」
                             (教行信証 信巻 三一問答)

三心である「至心」「信楽」「欲生」はすべて疑蓋無雑(ぎがいむぞう=前に解説
しています:NO.9)である。
それを下記へと説きすすめられている。

「真知、疑蓋無間雑故、是名信楽。信楽即是一心」
                             (教行信証 信巻 三一問答)

疑蓋無雑とは「信楽」のことを意味しており、すなわち「三心」がそのまま「一心」
であるのだ。
つまり「三心即一心」であることを明らかにされていることになる。
これは文字の意味から解釈しているので、字訓釈という。

次に、ではなぜ本願において如来は「一心」とされずに「三心」と誓われたのか?
これは、その教えから解釈されて行くので、法義釈といいます。

これは、衆生には本来「至心」「信楽」「欲生」の三心とも無いのである(=機無)。
三心は阿弥陀如来が完成させ(=円成:えんじょう)、衆生に与えて下さったもの
(=回施:えせ)である。
それが衆生においては、疑蓋無雑の信楽一心として成立する(=成一:じょうい
つ)ということなのです。

まとめて、「機無円成 回施成一」と表現されるのである。

往生成仏は、衆生においては信楽一心におさまる。
ただ「三心」を誓われたのは、阿弥陀如来が成就して回施された智慧の徳であ
る「至心」も、如来の慈悲の徳である「欲生」も、その智慧と慈悲を円かに具えた
無疑決定の「信楽」も、すべて如来が成就し衆生へ回施されたものであることを
示すものである。

これを仏(約仏)の三心というのである。

次には衆生(約生)の三心を問うてみたい。

浄土真宗本願寺派には連研があります。

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浄土真宗本願寺派では連続研修会、すなわち連研を実施している。

これは地区単位で実施されており、合計12回の研修を月一回のペースで
1年間かけて行われる。
実施方法は地区によって多少違うと思いますが。

私たち山陰にある因幡組で、今日12回の内の8回目の研修会を実施。
内容は「他力本願とは」について研修しました。

午前中はその回のテーマの問題提起が講師より行われます。
問題提起のあと、班に分かれて話し合い法座が持たれ、午後はテーマに
添って講義があります。

浄土真宗の教えや信心は、すぐには分かりづらいこともあります。
でもいろんなご縁や、教えを聞くことを積み重ねることによって、少しづつ
でも近づいているのです。

焦る必要もなく、ゆっくりと教えに触れて行けばいいのです。

親鸞聖人の教えは、自分がいつ信心をいただいたか、ということは特定
しません。
信心を得たときは存在するけれども、それは後で喜びとなって現れてく
るものなのです。
だから信心を得た瞬間というのは、そのとき自分では分からないのです。
ここがポイントです。

あくまでも自然にです、いつ信心を得たかということを強調されるときは、
浄土真宗ではないので、ちょっと注意が必要です。
なぜか?
そういった方が、分かりやすいし勧めやすいからでしょうね。

このような研修会を通じて、浄土真宗の教えに触れる機会を作っています。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え11・・「三心一心」のこと。

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実は「三心」の解釈の元は『観経(観無量寿経)』にある。

「上品上生者、若有衆生、願生彼国者、発三種心、即便往生。
 何等為三。一者至誠心、二者深心、三者廻向発願心。具三心者、必生彼国。」
                        
                            (仏説観無量寿経 正宗分 散善)


法然上人はこの『観経』の三心、つまり「至誠心」「深心」「廻向発願心」をもって
「三心往生」を説かれた。
そしてそれを、本願の三心「至心」「信楽」「欲生」に関係づけられている。

親鸞聖人はこれを受けさらに展開し、本願を説いた真実の教である『無量寿経』
にその根本を見出していかれようとされるのだ。

そして「信心」の一心こそが往生浄土の正因であり、そのことをあきらかにしたも
のが、『浄土論』の「世尊我一心」であるとたどり着かれるのです。
これが、浄土三部経に『浄土論』を加えて三経一論とする由縁でもある。

その結果として三心とは『観経』の三心ではなく、本願に示された三心である
「至心・信楽・欲生」であると見出されるのである。

親鸞聖人の三心の解釈はそこにあります。
尚、親鸞聖人は『観経』のこのご文にある「即便往生」から、往生には「即得往生」
と「方便往生」があると見ていかれていることも付け加えておきます。

三心のとらえ方に「約仏=仏のお心」と「約生=衆生の心」があるとは前回話しま
したが、この三心のとらえ方にはもうひとつ、「生仏相望」の心があるのです。
つまり仏も衆生の両方が相望む心。

「至心・信楽・欲生」の三心のとらえ方として、約仏と約生、そして生仏相望の心も
含めて考えてゆくのだ。

それでは「至心」と「信楽」と「欲生」の三心は、それぞれ誰の心なのだろうか?

それを解き明かして行くのが「三一問答」である。

三一問答の問答とは次の二つで構成される。

①本願では往生成仏の因が「至心・信楽・欲生」の三心で説かれているのに、
  天親菩薩はなぜ「一心」と言われたのか?

②第一の問において、三心が一心におさまるとしたならば、それではなぜ
  阿弥陀如来は一心と誓われずに三心と誓われたのか?

これらの問いを、約仏・約生・生仏相望のそれぞれの心で解釈をしてゆくことに
なります。

これは、浄土真宗において本願を説く基本の部分なので、少し細かく説明して
いるので、ちょっと長くなります。
前提となることをお話しするだけでも、ちょっと時間がかかりました。

この次から「三心一心」の本題に入って行きます。

               ※参考資料:浄土真宗本願寺派「新編安心論題綱要」

百か日のお参り・・・いつかひとつにつながる。

夏 白鷺14

今日は(正確には昨日)、百か日にお参りしてきました。

四十九日のあとは百か日になります。
普通はお墓にお骨を納めることがあるけど、冬場は雪が多いので彼岸頃
まで待つことが多いですね。

百か日は卒哭忌とも言われていて、哭くことを卒業すると言う様な意味でし
ょうか。
でも悲しみは人それぞれ・・・。
泣くことや悲しむことは止めて、前に一歩踏み出そうと言うのは簡単だけど、
その人の本当の悲しみは僕には分からない。

もうひとつ、百か日は四十九日で彼岸に辿り着けなかったとしても、百か日
をとうことで、リカバリーできると言うのだ。

もちろん、この二つのことは喩で言うこともありますが、それでも悲しみの
中にまだいたなら、空しく響くかもしれない。

人は、大切な方を亡くされたとき、そのことを現実として受け入れられない
ことがあるという。
3ヶ月くらいしてから、一気に悲しみが襲ってくることがある。
四十九日までは慌ただしくして、悲しくてもやらなければならないことがある。
でも四十九日を過ぎると弔問客もなくなり、親族も顔を出さなくなる。
そうなると、寂しさがこみ上げてくるのではないか・・・。

独りで泣くことはできるが、寂しさを紛らすことはなかなかできないでしょう。
そんなときに百か日はある。
みなで支えるのだ・・・。
少なくとも私はそこに一緒に。

今晩は、お参りした先のご夫婦から、いろんな話しがありました。
お経の事、お墓のこと、ご縁の事。
たまたま、ご主人は浄土真宗本願寺派の研修を受けておられたところ。

「これも、今回のご縁があると感じていたからかも知れん。」と最後に一言。

無理に悲しみを抑える必要はない、無理に泣くことを我慢することは無い。

ただ仏様の声を聞くことができたなら、悲しみの中にもいつか喜びになる
ときが。
でも無理をする必要はない。

でもいつも仏様は見守って下さっている。
阿弥陀如来の誓願にこんな願いがある。

「設我得仏 国中人天 不識宿命、下至不知 百千億那由他諸劫事者、
不取正覚」

「たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、宿命を識らずして、下、百千億
那由他の諸劫の事を知らざるに至らば、正覚を取らじ。」

「わたしが仏になるとき、わたしの国の天人や人々が宿命通得ず、限りない
過去のことまで知り尽くすことができないようなら、私は決してさとりを得るこ
とはない。」
                   (無量寿経 法蔵発願 四十八願の第五願)

仏になる人は、すべての命やすべての事を知り尽くしているのだ。
私のこともすべて分かっているのだ、何も言わなくても伝えることができな
かったとしても。

すべてを知っている。
そしていつかお互いの思いが一つになるときが来る。
そのことを感じるときが来る。

必ずいつか。

それが円満となること、仏と私のこころがひとつにつながる。

浄土真宗的生活のすすめⅥ・・「他力」に生きる。

DSC_0003 (10)

他力本願で生きる。

それは、心穏やかに生きる方法かな。

他人任せ?
いや、それはちょっと違う。
仏様にお任せ。

何でもお任せじゃない。
この世で自分がすべきことは当然自分で頑張る。
そして仏の道を歩む努力はする。

ただ、この世で自分の力で解決できないこと、それは「いのち」と
そのあとのこと。
浄土真宗では「後生」という。

それは仏様にお任せする。
私の「いのち」を見守り、そして浄土へと導く。

すべて自分で背負い込むのは大変。
まして自分で解決できないことだと、永遠に迷いの中をさまよう。

だから思い切って任せる。
任せ切りじゃない、任せたならば感謝をする。
感謝のうちに自分の人生を生きる。
阿弥陀如来の恩に報いる人生を生きる。

仏様の願いに出遇えたなら、もう迷わなくて済む。
心から信じたなら、そこに浄土はある。
生きている今に浄土が約束されるのだ。                                                                                                     

そうすれば、他のものを頼りとしなくて済む。
たとえば占い・祈祷・お祓い、六曜などの吉凶。
自分の心の依り所がしっかりできる。

それは自分の「いのち」を生きるということ。
迷いのない「いのち」を生きるということ。

そして限られた、残された自分の「いのち」を生き切る。
今、この瞬間を精一杯生きるということが、他力の意味。

極楽浄土に生まれ仏となる。
それだけが浄土真宗の意味ではないのだ。
「死」をしっかりと受け止め、限りある「いのち」を知り、「いのち」に
目覚める。
そして、その「いのち」を感謝のうちに精一杯生き切る。
そうすると自分の意識が変わる、仏の道を歩む人生へと。

自分を見つめ、生かされているということに気づく。
周りの風景や人を見つめ、そこにある「いのち」に気づく。
すべての大切な「いのち」に気づく。

これが浄土真宗の他力の意味ではないか。

たとえ思い残すことがあったとしても、仏となる身であるなら、後悔
しなくてよい。
仏となってみんなを見守り、そして仏の教えへと導く役割がちゃんと
ある。
だから後悔しない。

だから、「他力本願で行こう!」

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え10・・仏の側、衆生の側。

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法話のとき、教えを話すとき、注意することがある。

それは、今はなしていることは仏の側からのことか、衆生の側からのことか。
それを意識して話さないといけないということ。

たとえば浄土真宗で「南無阿弥陀仏」という名号(みょうごう)があるが、仏の
側からの「南無阿弥陀仏」か、私たちが称える「南無阿弥陀仏」かでその意味
が違ってくるのである。

意味が違うと言うとちょっとニュアンスが違うかも知れません。
心持ちが違うと言った感じでしょうか。
仏の心と私の心。

仏教では、仏の側のことを「約仏」と表現し、衆生の側を「約生」と表現する。

「三心一心」もまさにこの約仏と約生をしっかりと認識することが大切になる。
特に浄土真宗では、このことがとても重要なのだ。
どっちの立場で語っているのか。

仏か衆生か、浄土か穢土か、彼岸か此岸か、無為か有為か。

私たち人間は、仏の世界のことを人間世界に置き換えて話しをする。
たとえば「他力本願」などはまさにその典型でしょう。
約仏でしか語らないところを約生の世界で話しているから、いい加減なこと
になるのです。
仏の世界を人間の都合で話しているということ。

もちろん僧侶でも、ちゃんと認識していない人もいる。
もしくは、僧侶自身が仏の立場で話してる、勘違い僧侶はたくさん。
僧侶だって聞く立場、それをあたかも仏の立場で話すからおかしくなる。
自分は教えてやってると思ってるとそうなる、そんな人多くないですか?

法事をしてやった、葬儀をしてやった、法話をしてやった、教えてやった。
本来、浄土真宗の僧侶にはそんなことはありえないのです。
でもそんな僧侶はたくさんいる。

それはすでに浄土真宗の僧侶ではない。

お布施も僧侶がいただくものではないのだ、お布施は阿弥陀様に対して
のもの。
それを僧侶がお預かりするものなのです、お預かりしたものであれば、
おのずとその使いみちも、仏に向けたものになるのである。

してやったと思う僧侶は、自分の懐に入る。
それはすでにお布施ではない。

今回少し話が逸れましたが、浄土真宗の教えでポイントとなることですの
で、ちょっと寄り道しました。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え9・・仏の心。

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                             (西本願寺 阿弥陀堂)
仏の心とは。

浄土真宗でいう本願とは、『無量寿経』において説かれたもの。
阿弥陀如来がまだ仏となる前の修行のとき、その法蔵菩薩が立てた誓願で
ある「四十八願」の中の「第十八願」のことをいう。
これは十八番目に誓われた願いだから「第十八願」なのです。

その「第十八願」の中のに、『至心・信楽・欲生』という仏の心が説いてある。
これを仏の三心というのである。

『至心』とは真実心。

『信楽』とは疑いなき心。
これを浄土真宗では「疑蓋無雑(ぎがいむぞう)」と表現する。つまり、自らの
心に蓋をしてすくいを疑う、そんな疑いが一切まざらない心ということです。
疑いの蓋を取り払った雑念の無い心。

『欲生』とは往生浄土が決まり、その浄土に生まれることを信じる安心の心。
間違いなく願われた浄土に往生するというゆるぎない心のこと。
これを「決定要期(けつじょうようご)」と表現する。

この「三心」に天親菩薩(世親)が『浄土論』で説いた「一心」の心を加えた
解釈が「三心一心」といわれ、その解釈を巡って「三一問答」が展開されて
ゆくのです。

『浄土論』の一番最初に有名な一節がある。

「世尊我一心 帰命尽十方 無碍光如来 願生安楽国」

この『無量寿経』の本願文で説かれた三心と、『浄土論』で説かれた「我一心」
の解釈が、この「三一問答」ということになるのです。

この問答は、浄土真宗の教義の中核である『無量寿経』の「本願文」の中の
三心と、その解釈で最も重要とされる『浄土論』の一心とはどういうことを説い
ているのかという問答であるので、浄土真宗にとってとても重要な解釈となる
ところです。

この解釈ができないと、本願を説くことはできず、つまりは浄土真宗の教えは
説けないということになります。

少し長くなるので、その続きは次回「三一問答」にて。

「させていただく」ってどういう意味?

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今日、法事にお参りしてきた。

その方は、私が子どものときにとても気にかけて下さっていた。
直接のきっかけではないけど、子どものころの記憶に残っている。

僕が僧侶になるために寺に戻るきっかけは、もしかすると最初の縁はそこ
からつながっているように感じる。

それは遠い記憶の彼方ではあるけど、確実に記憶としてある。
二男ではあったが、もしかするとそのときにお寺に戻ることが決まっていた
のかも知れない。

その記憶で確かなものはない、でも確かに私の心の奥底にあるのだ。

その方の法事。

その方の息子さん一人きりの法事ではあったが、住職となった僕の報告の
つもりで読経をした。
すべての思いを込めて・・・。

届いたかな?
いやその方から私に届けられていたのかな?
「届きましたよ!」

実は法事の予約が入らなかったので、私一人お寺で法事をお勤めするつ
もりでいました。

息子さんといっても僕よりかなり上ですが、その方と1時間くらいいろいろ
話しをした。

その中にこんな話が・・・
その方がお母さんによく聞かされていたこと。

「してやった、じゃなくてさせてもらったと思え。
お礼はする前にもらっときゃあ、あとでもらわんでもええ。」

させていただくという表現は多い、でも本当に心からそう思っているのか。
お母さんの言いたかったこと、させてもらうということは、する前にもうお礼
をしてもらっている気持ちがありゃあ、あとで何も求める必要がない。

そんなことかなあと思ったのです。
要は、させて頂くということは、もうする前にお礼をしてもらっていると言うこ
とになる。

はたして今まで「させていただく」という言葉に、そんな思いを込めていたか?
「させていただいた」のに対価を求めていなかったかということ。

今度、NPOを立ち上げる。
高齢者支援を中心とした、地域支援システム構築を目標に掲げている。
そのときの合言葉はこれだ!
と感じたのだ。

「させてもらう。」・・・ちょっと鳥取方言?
「お礼はしてもらっとるから、もうお礼はいらんよ。」
「させてもらえることに感謝する。」

させていただくときに、もうすでに私はもらっている。
何を?

私がここに生きていると言う「いのち」。
みなさんのお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんから受けた恩。
その恩をお返しすることができる。

私のいのちのつづく限りは。

そんなことなのではと・・・。
対価を考えたら支援活動はできないのだなって、そのとき感じた。

独生独死 独去独来 ・・・・。

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「無量寿経」なかにこのような一節がある


人、世間愛欲のなかにありて、独り生まれ独り死し、独り去り独り来る・・・。                                    

〈そして、こうもある〉

身みずからこれを当くるに 代わるものあることなし。

                              (浄土真宗註釈版聖典)


「人在世間 愛欲之中 独生独死 独去独来・・・。」

「身自当之 無有代者。」

                          (無量寿経正宗分 釈迦指勧)


この言葉は深く私の胸に突き刺さる。
どうしようもなく突き刺す。

この途中や後に言葉がある。

この言葉に引きずり込まれる。
それは私を捉えて離さない。

堪えようもない心。

この気持ちを抑えるものは何か、答えをさがす。

私をそこからすくいだすもの、

そのとき何か聞こえてくるだろうか・・・。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え8・・「疑うことなく」無有疑心。

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浄土真宗の教えで大切なことは、「疑うことなく」ということが根本にあります。
何を疑うことなくかといえば、やはり弥陀の本願になります。
つまり、「仏願の生起・本末」を自分の思いを入れないでそのまま受け止める。

弥陀の本願しか私たち衆生がすくわれる道はないのだから、そのことを疑う
ことなく信じる。
それがすべて。

人間ですから、中々心から信じることができない。
つまりどうしても自力の心が起きてしまう、逆に自分の様な罪深い人間なん
か絶対救われるわけがない云々。

この様にどうしても考えてしまうのでしょう。
本当は、この自力ほどいい加減なものはないのですが・・・。
なぜって、本当に自分ってあてになりますか?

自分にとって一番大事なもの、何があっても一番大事なもの、それは「いのち」。
これだけ自分と切り離せない一番身近なもの、自分だけのもの。
この「いのち」があてにならない、自分ではどうしようもないものなのです。

自力の行者はその道を進む、進んで進んで途中脱落する人も。
でも進んで進んで、最後はやっぱり他力に行き着くのです。

自力の先には行き着くところがないのです。
完璧な人間なんてこの世に存在しないから。
そのことに気付き、すべてを私というものを、すべて任せる。
最後はやっぱり他力に行き着く。

たとえ俺はこんな悪人だから救われないと信じるのではなく、こんな私に対し
て阿弥陀様が願いをかけてくれていた。
・・・そのかたじけなさよ・・・なのでしょう。
やはり最後はお任せするしかない。

なんでも人間世界へ置き換えて、自力・自力というところに、この現代の闇が
広がる。
縦社会の関係性、他力は横へと展開して行く教え。

浄土真宗の他力は、人と人との関係ではない。
仏と人の関係のみなのです。
仏から人への関係性においてのみ、絶対と言うことが成り立つ。
阿弥陀如来から衆生への関係性のみが「絶対他力」。

「疑うことなく」信じて、そして任せる。

ただ注意が必要なのは、お任せするといってもそれは往生浄土の悟りのこと
であって、浄土真宗だから何もしなくて良いなんて親鸞聖人は仰ってない。

その教えに近づく努力は必要、それは他力の世界ではない。
人間の努力だから。
人々の「苦」を取り除く努力はしなくてはいけない、それは他力の世界ではない。
実際に親鸞聖人は、その実践をされておられるではないか。
浄土の教えを追求し、そして伝え広めると言う努力を死ぬまで。

ただ他力の道に入ったならば、その行動や考え方が変わる。
仏や周りに対して感謝の念が生まれ、そこから「いのち」を生きる人となる。
ということが大切なのです。
阿弥陀様の思いに応えて行くという生き方になるということが、他力の背景に
あるもの。
『恩徳讃』という親鸞聖人の和讃にはそのことが書いてある。

「如来大悲の恩徳は
    身を粉にしても報ずべし
        師主知識の恩徳も
           骨を砕きても謝すべし」
                             『正像末和讃』(誡疑讃)

浄土真宗の僧侶自身が他力をはき違えてる場合が多々あるので、あまり
僧侶の言うことをそのまま信じない方がいい場合もあるかも・・・。
先生と言われる方でも普通にそんなことあります。

自分の都合のイイことだけを持ってして、他力を使うことなどない。
他力とは浄土真宗の僧侶の都合ではないのだ。

皆を迷わせてるのは、実は浄土真宗の僧侶なのかも。
言葉だけは「ありがたい、ありがたい」と言ってる僧侶が本願を信じてなけれ
ば話にならない。
言葉の上だけでは、そして最後は「他力」という言葉に逃げ込む。
他力とは本当はそれだけの覚悟が必要なんだと思う。
それを人にお伝えする、少なくとも僧侶に関しては。

浄土真宗の葬儀を・・田舎版。

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今日はお葬儀がありました。

私のお寺は田舎にあり、まだ自宅葬が9割以上です。
そして村の方がいろいろ準備をされる。
今は会社勤めの方が多くなり、なかなか大変だと思うけど、まだ続いています。
でも会館葬になり始めると一気に進んで行くのでしょう。

葬儀は、やはりとても大切なもの。
ご遺族の方の悲しみを伴にし、心の整理をしてけじめをつけてもらうこと。
仏縁によって仏様のお心に触れていただくこと。
一つの「いのち」のつながりを感じていただくこと。
「死」をしっかりと見つめてもらうこと。

葬式仏教と言われるが、この葬儀をしっかりと執り行い、ご遺族やお参りの方
に仏縁によって安らぎと安心をもたらすこと。
堪えることのできない悲しみをしっかりと見届けること。

葬儀をしっかりしていないと、ご遺族の心にいずれ寂しさがこみ上げてくること
がある。
だから僧侶としても精一杯お勤めさせていただきます。

お葬儀一連の流れは、枕経(浄土真宗では臨終勤行といいます)。
枕経は深夜でも電話がかかってくれば出かけて行きます。
飲んでいたときは事情を説明した上で、それでもと言われれば出かけます。
もちろん私の送迎は寺院側でおこないます。
ご遺族はとにかく早くお経をもらいたいと思われていますから。
そして通夜勤行、内弔い(浄土真宗では出棺勤行)とお剃刀の儀式、葬儀式と
続きます。
そして斎場での火屋勤行、家に帰ってきて還骨勤行となります。
最近は初七日も還骨勤行に続けてお勤めすることが多いですね。

枕経は『阿弥陀経』・御文章・簡単な法話と葬儀の調整となります。

通夜勤行は『正信偈六首引』・御文章・法話。

お剃刀の儀式のときは、『流転三界偈』と「三帰依文」を和文とパーリ語で。
そして『無量寿経・往覲偈』の四句より「其佛本願力 聞名欲往生・・・。」
を称える。

葬儀前の出棺勤行では『帰三宝偈』をお勤め。

葬儀は三奉請、導師焼香・表白・『正信偈』の葬場勤行版、和讃・念仏・回向。
和讃と念仏・回向は、葬場勤行のときくらいしか称えない節ですので、ある意味
僧侶の見せ場ですが、寒い中お参りの方を多少気遣ったりする思いもあります。

そしてご自宅を出られるときは「路念仏」を。

そして、斎場での火屋勤行は『重誓偈』を称え、火入れまでお見送りします。
こちらでは、私が車を運転して霊柩車の後を走ります。
お骨が自宅に帰ってこられたら、お骨をお迎えする還骨勤行。
これは『阿弥陀経』もしくはそのときの状況で経典は変えます。
このときに『白骨の御文章』をあげます、本来白骨の御文章はこの還骨勤行で
称えるものですが、通夜のときあげられる方もいらっしゃいます。
まあ何せ、「白骨」なのですから本来は還骨ですね。
最後は、初七日で『正信偈六首引』を称えて、法話になります。
法話は通夜勤行と還骨・初七日のとき、このときはできるだけ分かりやすく、
そして故人の思いと仏となる意味をお伝えすることが多いですね。

特に通夜勤行では、浄土真宗以外の方もお参りされるので、分かりやすく、でも
しっかりとお伝えできる様に心がけます。
作法・儀式ともにフルコースとなります。

田舎ではここから飲み会(精進落し)になるので、やはり一日かかりになり
ます。

お布施はこちらからお伝えすることはありません。
最近は皆さんも厳しい社会環境ですから、中にはこの葬儀全部で数万円という
ことも。
都会と比べたら多分10分の1以下でしょう。
葬儀屋さんにはしっかり出されるのですが、お布施は後なので少ないことも・・。
これはさすがにちょっと順番が逆だとは思いますが、あえて何も言いません。

でもお布施に関わらず、浄土真宗の葬儀としては最高の儀式を提供できるよう
に心がけています。
衣体も作法も読経そして法話も、常に自分として最高のものを追い求めます。

何しろ、一期一会、仏様になられる方をお見送りするのですから。

浄土真宗的生活のすすめV・・迷ったままでいいじゃない。

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浄土真宗の教えは分かりにくいのかな?

そう言ってる僕もまだ分かってるわけじゃない。
教義を突き詰めると迷路に入り込むか、もしくは教義くさくなるか。
教義が前面に出ると、お参りの人は理解できない。
でも、教義がないと聞いてもらえない。

「お聴聞」とか「お取次ぎ」とかって、結構パターンにこだわる人も多い。
何を聞くの?
何をお取次ぎするの?

難しく考えなくても、迷ったままでいいじゃない。
だからそこに浄土真宗の教えがあるんだから。

最初と最後はたぶん一緒。

親鸞聖人も、29歳で他力に進むと決められ、そして晩年まで加筆した
『教行信証』。
それは他力の道の理論武装的な側面もある。
自分の感覚を肉付けしたもの。

完璧を求めたら、それは自力の世界になるよね。
親鸞聖人は、完璧なんてありえないんだから最後は他力の道しかないん
だって。
これは禅に求めた、道元禅師や道寛さんもそう。
最後は他力に行き着く。

ただ大切なのは、教えに近づく努力をしてるかどうかってこと。
そして、仏様の前で素直になれるかってことかなあ。
僕は中々素直になれない人間、最後はいつも阿弥陀さんお願いって感じ。
お願い見守っていて・・・。

こんな弱くて迷って、くじけそうな僕を見守っていてください。
ときには死にたくなるほど弱い人間だけど、せめて見守っていて。
ただそれだけで・・・。

もうちょっと努力しないといけないけど。
もうちょっとちゃんと仏様に向かわないといけないけど。

何とか生きていくから見守っていてください。

迷った姿も自分なら、迷ったままもいいじゃない。
いつかその迷いに気付くかも知れないし。
迷ったり弱かったりする自分を認めることも大切かも知れない。

阿弥陀様のこと好きになったら、それでいいじゃない。

でもちょっとはまともに生きて行かなくちゃ。

僧侶脳・宗教脳ってある?

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僧侶になってみて、何となく感じることがあります。

それは僧侶独特の思考回路があるのでは?
ということ。

これは45歳まで会社員をしていたこともあって、感じたことでもある。

会社員のころ独学で仏教を学んでいましたが、そのときと僧侶になると決め
て専業の道に入ってからとは、少し脳の思考回路が変わったかなあ。
と感じたことがありました。

実はこれは、思考回路が変わったと言うよりも逃げ場のない決意によるもの
かも知れませんが。

ただ、僧侶という道を少しでも究めようと思えば、価値観やモノの見方に多少
違いが出てくるのも事実ではないか?
今までは表層に出てこなかった思考回路の優先順位が変わってくるというこ
とかなって思っています。
もちろん誰でもがというわけではないでしょうが。
この思考回路の変換ができるとき、その信仰に一歩近づくのかも。
少しづつ蓄積されていたものが、あるときつながる。

人間の脳には、本来備わっているもの、そしてDNAと経験値。
それらのものが幾層にも重なっていて、そのときの環境によって回路が閉ざ
されたり、優先順位が後方へと下がったり。
あきらかにビジネス脳と僧侶脳は、その価値観が大きく違うので、通常はあ
まり同時に作用することがない様に思う。
なので宗教者がビジネスをやると問題が起こることにはそうした要因が。
そのことを理解していないと、違った方向に行くことに・・・。

でも人生で大切なことや、真理と言う面からは、この宗教的思考回路も動か
しておくことが精神的なバランスを取ることになるのかも知れません。
人間には本来この宗教的な感覚、宗教を必要とする感覚が備わっている。
それを奥に閉じ込めたり、切り離したりしているところに、現代日本の教育の
問題点があるのでは。

教えにもいろいろありますが、基本的には新興と言われるものには学ぶべき
ものは少ないでしょう。
それはその思考が浅いから、入りやすいけど奥がない。
言葉や見出しは巧みですが、こじつけだったり洗脳であったり。
あとは、後出しジャンケンですから、イイとこどりのツギハギな教義。
一見、やさしく現世利益を説くようなものに、宗教的思考回路が未熟のまま
入ってしまうと、あっと言う間に引き込まれる。
引き込まれたら抜け出せない、そして洗脳が始まる。
特に現世の利益を熱心に説くものや、現在の不幸を過去世の業などに求め
るものには注意が必要です。
本来仏教の持つ意味はそんなものではなく、心の真理ですから。
でも免疫力がないとその判断でさえできない。

まがいもののスピリチュアルや風水、占いなどをマスコミが面白ろおかしく
伝えることにも問題がある。
最近のマスコミ関係者にも、この様な方が多数いらっしゃるのでしょうか?
そんな番組に洗脳されている社会がどんな環境になっているのか一目
瞭然である。
それとともに、人間の孤立化という側面も。

そういう意味では、その努力をしてこなかった仏教界の責任は重いのでしょう。
しっかりと、仏教脳を育てて行く努力が必要だし、社会的安心をもたらす思考
回路を伝えて行くことがこれからもっと必要になる。

ドリカムと弥陀の呼び声。

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今日、ある村の年頭法要に出かけた。
この村には公会堂があって、お仏壇があります。

年の初め、年頭法要をお勤めするのです。
お参りされる方は年々少なくなっているのですが、講のようなイメージで続いて
行くといいなと思う。

今日は、あるおばあちゃんから、メモをいただきました。
法要のときは、いつも何か思い出を書いたメモをもらうのです。

昨年ご主人を亡くされたこと、まだ心にずっと・・・。
そのメモを読んで、今日はこんな法話を。

坊守のCDで人気グループ、ドリカムの歌を聞いていてこんなフレーズに耳が
留まった。
「ありがとうって言えるまで、見守っていて。」
これはヴォーカルの吉田美和さんがおそらく亡くなったご主人のことを思って
歌ってるのかなって・・・。

大切な方を亡くされた悲しみは癒えることはない。
でも、でもいつか、ありがとうって感謝の言葉をしっかりと伝えられるときが。
それまではちゃんと見守っていて、ということなのかなあって。

そしていつかきっと、「ありがとう・・・。」って言える日がくるまで。
そのときは、別のいのちを生きていても、一緒のいのちを生きることができる。

お念仏も、いつかありがとうってことなんだなって、素直に思えるときが・・・。
そして、また一歩踏み出して歩き出すことができる

今日おばあちゃんからいただいたメモの内の1枚

「涙かはかぬままに年も明け 
寒がりのおじいさん どこでどうしているだろう
くつ下もたせりゃよかったに 手がつめたくてこまっているかも
何を思ってもとどかぬものを せめてとどいてください
弥陀のよぶ声が」

今度、東京にいらっしゃる孫娘さんが帰ってこられるとき、ブッダの本を持って
帰るよって言われたそうです。
そのことをとても喜んでいらっしゃいました。

言葉がなくては・・・?。

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今日も山陰の山間部は大雪です。

法事があって出かけましたが、雪の関係でご親族も来られない方がたくさん。
村の奥の方にあるお宅なので、車が入れるかなあと思いながら出かけました。

なんとか近くまでたどり着いて、近くの道路の隅に車を置ける場所を確保して
お参りしました。

ご自宅の前では息子さんが雪かきをしてスペースを空けて下さっていました。
でも、私のスペースかどうか分からなかったのと、もう車を置いたあとだったの
で、そのまま家の方に。

お参りが終わって帰り際、その家のご主人が一言。
「お寺さんは車をどこへ置きなった?、息子が早くから雪かきして待っとった
だで。」

あーそうか、あのスペースは私の場所だったのかと・・・。
申し訳なく思ったものです。

そのときはちゃんと伝えられませんでしたが、その思いは私に届きました。
本当に有り難い思いです。

この世の思いは、言葉がないと中々伝わらないと法話で話したばかりでした。

極楽浄土は、言葉がなくても伝わる世界。
この世は、言葉がなくては伝わらない世界。
地獄とは、言葉が通じない世界。

この話しを最近ブログで読んだところで、なるほどそうだなと思った次第。
今日の法話はこのお話しをテーマにしていたのです。

でも、受け取る側もその気持ちがないとダメだなと思った。
聞こうという気持ちがやっぱり必要ですね。
そして私自身の至らなさも。
本当は、この世でも言葉じゃなくても伝わる思いはあるのでしょう。

大雪の中でも、温かい心に触れることができました。

これもおばあちゃんの十七回忌のご縁だったと・・・合掌。

「やずブータン村」の意味。

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山陰の山里のお寺。

今日も雪が降り続いています、今年はずっと雪が降っているなあ。
除雪車も入ってこない、雪かきは駐車場と通りまでの道を100mはかかないと
いけません。

やはり歳をとってからは厳しいかも知れませんね。
今日も朝から雪かき、もう止んで欲しいけど。

新潟や東北の豪雪地帯の状況がTVで映し出される。
80歳を過ぎた方が屋根に上がって雪下ろしをしている。
これは見ている私たちも結構つらい・・・。

日本の農山村は、かなり悲鳴を上げ、ある意味限界に近い面もある。
でも国も町も予算がない。

そこを何とかしたい。
そんな思いから「やずブータン村」を立ち上げようと思い立つ。

仏教は人々の「苦」からの解放を目指す。
釈尊が目指したのは、決して祈祷などに頼らない生活。
それが仏教である。

目の前にある「苦」にしっかりと向き合うのだ。
「やずブータン村」が目指すところもそこにある。

しっかりと向き合う。

浄土真宗の僧侶になるには?・・その十(僧侶で食っていけるか?)

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これから僧侶を目指そうという人にこう聞かれたら。

僧侶で食っていけるか?

と聞かれれば、それは非常にリスクが高い・・・という回答になるでしょう。
投資金額とその期間が必要な分、その回収だけでも半端ない。
まして途中で挫折したら、その長い期間が水泡に帰す。

檀家数が多いと言われる浄土真宗の寺院でさえ、寺院だけの収入で食べられ
る寺は3割程度とも言われています。
あとはボランティア的に僧侶をこなしながら、他に仕事を持ってやっているのが
あとの7割の寺院の現状だと思います。
世襲制があるので、何とか住職が続いているって感じでもあります。
もしそうでなければ、とっくに無住寺院になってる寺は多いでしょう。
坊主丸儲けなんて、どこかの遠い世界。
ある一部の寺院のことを大袈裟に取り上げてるだけでしょう。

僧侶の収入として考えられるのは・・・
①実家の寺に帰って僧侶となる。
②どこかの寺に婿養子もしくは嫁に行って僧侶になる。
③どこかのお寺に法務員として入る。
④自分で寺を立ち上げる。
⑤どこかの葬儀会社と提携し、葬儀などのお布施をいただく。
⑥宗門関係の大学を卒業して、本山関係の職員になる。
⑦いろいろイベントや情報発信をして、それで収入を得る。
 たとえばネット関連とか、ポータルサイト運営とかも。
⑧布教使として講師料をいただく。
⑨僧侶としての新しいスタイルを確立して、新たな収入の道を目指す。
⑩他の仕事で生活の糧を得て、僧侶としての道を歩む。
⑪空いたお寺に入って復興させる。

以上の様なことが考えられますが、目的があって僧侶の道を目指されるのであ
れば別ですが、基盤がないと僧侶として生計を立てるのは非常に難しいですね。
どの道に縁があったとしても、その道は楽じゃないです。
僧侶の方も鬱を患う方はとっても多いのです。

ただ、宗教法人として墓地とか納骨堂とか、葬儀とかを主体に事業化を考えて
おられて成功されている方もいらっしゃるでしょう。
収入の方法はともかく、個人の努力や企画力、もちろん僧侶としての力量が
あれば、どんな世界でも食べていけるのでしょう。

もちろん自分で宗教法人を立ち上げることもできるし、単立での寺院運営も可能
です。

要は、どこの世界も、どこの業界も楽じゃないし簡単じゃない。
でも、意志と気力と体力があれば乗り越えて行ける可能性はあります。

ただ、僧侶になりたいといわれたら・・・
UOOOOM、その人によるかな?

どなたでも賛成はしますが、僧侶で食べて行こうとは思わないことが大切かも。
ただ、仏の道を歩んで行くのだ、といった感じがいいですね。

でも本当は、僧侶の道に進んで、日本の仏教をもっともっと活性化して欲しいと
いうのが本当の願いではあります。
勇気を持って進むことを願う・・・。

宗教と紛争について少し考えてみる。

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どこの国に行っても、その街の中心には宗教施設がある。
キリスト教であれば教会、イスラームであればモスク、ユダヤ教であれば
シナゴーグ、仏教であれば寺院、寺院はキリスト教でも。

呼び方は違っても、宗教施設がその街の中心になるのです。
もちろん開祖が違うし、ユダヤやヒンドゥーなどの民族宗教には開祖はい
なかったり、これは日本の神道もそう。

神や仏も違ったり。

世界で起こる民族紛争も、宗教間の対立的な一面で語られることもあるが、
やはり実際は、民族間の紛争なのでしょう、それと利害関係。
民族によって主たる宗教や宗派が違うので、あたかも宗教紛争に見える。
でも結局は、格差や民族の利害関係。

宗教は、その昔には新しい支配者が誕生するとき、その支配者が新しい
価値観を導入するときに使われることが多かった。
特に、外部から侵入してきた新しい統治者にとって、新しい価値観が必要
だったのです。

日本でもそう、大和朝廷が大陸からきた斬新で高貴な教えとして仏教を導
入して行くのです。
そういう面では、仏教は支配者の新しい価値観として日本に導入されて行
った。そして、それが鎮護国家の為の宗教となって行く。
もちろん導入されるときは、賛成派と反対派が争うことになります。
そういう面では大和朝廷は渡来系の支配者であったのかも知れません。
少数の支配者が多数の被支配者を統治するための価値観。
もちろん、それが国や民衆を良い方向へ導くと言う前提ではありますが。

中国でも、仏教が国家の宗教となったときは、あくまでも異民族が中国を
支配するときです。
漢民族の支配者のときに、仏教が国家の宗教となったときはないのです。
もちろん、仏教の興隆はあったにせよ、国家宗教とはなっていない。
ときには弾圧の対象にもなったりしています。

本来、仏教は個人救済であり、よりよく生きていくための科学的合理的な
教えですが、統治者の宗教となると国家のための宗教となってしまう。
南都の六宗や天台や真言は、その国家のお墨付きをもらうために教えを
導入しているので、民衆の為の寺ではなかった。

そこに鎌倉仏教と言われる、新しい仏教が興されるのです。
そこには国家ではなく、個人つまり民衆に対して教えを説いて行くというス
タイルが形成されて行く。

ヨーロッパにおいても、キリスト教は民衆にはあまり浸透していなかった。
どちらかといえば、聖職者と統治者のためにあった教え。
民衆のための宗教となって行ったのは、ルターによって宗教改革の波が
興き、聖書がラテン語からドイツ語(方言的な)に翻訳され、それが新しく
発明された活版印刷によって広く伝えられて以降のことなのである。
それによって初めて民衆もキリスト教の教えに接することとなる。
それまでは聖職者や神学者の世界での教えであったのでしょう。
それが「免罪符」などというインチキが行われる要因でもあった。
民衆はキリスト教の教えを知らなかったのですから。
宗教改革が興ることによって、カソリックも改革せざるを得なくなる、その
結果として現在でもその影響力を維持拡大していくこととなる。
プロテスタントは聖職者であるルターの結婚という新しい概念も生むことに。
親鸞聖人もそのような・・・。

ただ宗派が分かれることによって、民族がどちらを選択するか、国がど
ちらを選択するかという問題も生まれてくる。

もちろん支配者と被支配者の宗教や宗派が違うことも起きてくる。
そして宗教や宗派が厳然と分かれて行くこととなってゆく。
結果、あたかも宗教紛争の様を呈してくる。
もちろん、宗教の違いが価値観の違いとなって、それが他を非難する、も
しくは他を攻撃する口実になることもあるでしょう。
特に外国では、宗教が民族のアイデンティティーであるのですから、そのこ
とは避けては通れないかも知れません。

ただひとつ思うことは現在の紛争が、神の対立だとか、一神教だからとか。
多神教の方が良いとか、そんな概念では片づけられないと思います。
イスラーム勢力とキリスト教勢力が一神教の対立と言われることがありま
すが、決してそんなものではないでしょう。
なぜなら、同じ神を信じるイスラーム間での紛争は、決して神を巡る争い
ではないのですから。
もちろん、キリスト教のカソリックとプロテスタントでの争いもしかり。
特に、イスラームでは神と預言者であるムハンマドは絶対であるのです。
そしてクルアーンも冒すことのできないものである。
特に、ユダヤ教とキリスト教とイスラームでいう神は元々同じという説もあり、
その区別はつきにくいという実態もあります。
キリスト教の神ヤハウェをアラビア語で言うとアッラーとなるそうです。

ときとして、権力者や支配者によって宗教が利用されることはあるでしょう。
結果、それが宗教紛争の様になってくるのだと思います。
十字軍しかり・・・、神の名において。

日本においての宗教的な闘争は、戦国時代の一向一揆くらいでしょうか。
民衆が自分たちの存在証明のために、ときの権力者と立ち向かうために
立ち上がった民衆闘争ともいえるでしょう。
ヨーロッパで宗教改革が興っていたころと同じ時期。
でもそれが宗教的な要求と、一揆の内容が変わって行くことになるのです
が・・・。
日本でも、中世の民衆のエネルギーが沸点に達しようとしていたとき。

ダライ=ラマ14世が、ヨーロッパやアメリカで絶大なる人気を得ているの
は、仏教に平和となる教えがあるのではないかと期待されている面も多々
あるのではないかと感じます。
一神教である今までの教えにはない、新しく平和をもたらすものがあるの
ではと・・・。
仏教にそのような期待があるのも事実でしょう。
でも仏教と他宗教は根本的な違いがあるので、少し難しい課題のような
気もします。

それは決して侵略の為の手段として使われることのなかった教えとして。
大東亜戦争は神国として日本は侵略して行った。
人が神になると、そこからは間違った道を進むことになるのでしょう。
その様な例は世界の歴史の中にも多々、でも真の成功者はいないような・・。

お寺がNPOを立ち上げる理由。

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今年の春から、「やずブータン村」の開村を目指して準備をしている。

NPOの認可の為の準備も少しづつ。
営利企業ではないので、スタートと同時に利益を上げるとか事業展開をする
とか、そういった切迫感はないが、逆に名ばかりの法人となってしまうことも
多いのでしょう。

NPOとは特定非営利活動法人といって、ただグループとか団体というだけで
はきちっとした枠がないので、各種契約や助成金が受けにくいといった事情
から、そういった活動団体に法人格を与えて活動しやすくするといったことだ
けです。

特定と名がついているのは、指定された17種の活動に限られてること。
平成24年度からは活動項目に追加があるようですが。
非営利なので、利益は次の事業展開に使われることが前提である。
実際には、会費や寄付金でまかなわれているのでしょうから、利益が上げら
れるNPOは数少ないのではないかと思われます。

日本の寺院は、元祖NPOといわれる組織ですが、日本の場合はチャリティー
という概念が薄く、さらに行政が宗教法人には一線を画すという姿勢なので、
なかなか寺院がNPO的活動は難しく、あくまでも寺院活動の範疇におさまって
いるのが現状です。

本来、檀家さんから受け取る布施はチャリティーなのでしょうが、寺院側は収入
と考えて地域貢献をあまりしてこなかったという経緯もあります。
高級車を買うくらいなら地域活動に還元するのが本来の筋であると思うが・・・。
でもお金のある寺院は寺院運営には熱心だが、本来の目的である慈悲の実践
には至らない。
こんなところも寺院批判の要因の一つではないかと思います。
教会はチャリティーで運営されるので、その活動は幅広く熱心であることが多い。

実際には、宗教法人と名がつけば行政からの助成や支援は難しく、またその活
動範囲も限定される面もあるので、NPO法人を寺院の他にも作らないと・・・。
日本はまだ檀家制度があり、寺院活動に檀家さん以外が加わるのが難しいと
言った面があるし、活動も広がりにくい。
つまりなかなかオープンな活動にはなりにくい、といった感じでNPOを立ち上げ
ることに。

NPOを作る上で一番最初に行うのが、『活動理念』の決定。
活動理念がなかったり曖昧だと、何のためのNPOか分からない。
ドラッカー氏もその著書で、理念が一番重要と書いておられる。

日本では、目的を決め、メンバーを集めれば、あとは約款を作って県に申請す
るだけ。あとは1年に1回、その活動報告をするだけで良い。

認可はたやすいが、運営はなかなか軌道に乗ると言うことはないのでしょう。
継続的に収入があるのは、グループホームや老人介護関連のNPO法人が中心
となっている面があるのでは・・・。
NPOが話題となってから10年くらい、裾野は広がったが本来のNPOの趣旨と
は違った展開になっているのが現状。
やはり、その理念が根付くにはまだまだ時間がかかると思います。

でも寺院運営もこれからは大きく変わって行くのだろうと感じる。
本当の地域貢献のための慈悲の実践活動に着手して行くタイミングではないか
と感じます。
お寺はいつもそこにある、特に伝統仏教の寺院はその安心感がある。
そして、そこに強制はないということ。
「来るものは拒まず、去る者は追わず。」といった面もある意味特長なのでは。
そして、そこにいつも誰かがいるという安心感がある。

地域の信用や信頼といった面では、古くからある寺院はもってこい。
もちろん本来の寺院運営があってのことではあるが、寺院が何か一つ慈悲の
実践をして行けば地域は変わるのでは?

そんな思いからNPOを立ち上げることに。
その事務所は私のお寺になります。

詳しくは、光澤寺のサイトへ!

浄土真宗の僧侶になるには?・・その九(リタイア後の生き方)

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会社や仕事をリタイアしたあと、僧侶の道を目指す。
意外とこんな方は多くいらっしゃいます。

高度経済成長期、とにかく仕事することが生き甲斐だった。
いつまでもその成長が続くと思っていた。
家のローンもなくなり、年金と貯金で暮らせる優雅な日々。
そして有名な会社の株も持ってる。
もしかしてゴルフ三昧の日々、会社に向かう人々を尻目にゴルフ場へ。
暇があれば散策、旅行、読書を思う存分に楽しめる。
働いているときはそれが最高の人生だと思っていた。
もちろん自分が死ぬなんて思ってもみなかった。

ところがどうだ、息子や娘の就職先が無い。
オマケに会話も何もない。
社会も不安定になってきた。
年金もあまり期待できない。
家のローンは終わったけど、周りとの付き合いはなく、おまけに不便な場所。
ゴルフだって、仕事してた時は楽しかったけど、いまはそんなに興味もない。
持ってた会員権は今や紙くず。
そう言や株も下がりっぱなし。
会社の知り合いも、仕事を離れるともう関係なくなった。
妻は自分のしたいことをしていて、自分には目も向けない。
俺の生きてきた人生って何のための人生だったのか?
最近では周りの友人で亡くなる人もポツポツと・・・。

まあここまでとはいかないまでも、がむしゃらに生きてきたつもりの人生。
せめて、あと残された人生で何をして行こうか?

そんなとき、ふと僧侶というものに目が留まる。
そう言えば、仏教や僧侶って葬儀か親戚の法事くらいでしか関係なかった。
でもいざというと、何も知らなかったことに気付く。
新聞で五木寛之の書いた親鸞も少し読んだけど、あまりよく読まなかったなあ。

いろいろ書きましたが、リタイア後に僧侶を目指す人たちがいらっしゃるのも
事実です。
私が会社を辞めて浄土真宗の勉強をしていたとき、周りには60代、70代の
方々もたくさんいらっしゃいました。
試験などは勉強してたら別ですが、決して易しくはないのです。
それでも熱心に勉強されていました。
80歳くらいの女性の方が布教使を目指されていたことを覚えています。
これは、人に教えを伝えると言うよりも、自分がその教えに近づきたいという
ことだろうと思います。

仏教や浄土真宗の教えを学ぶと言うことは、どんなに勉強しても先は限りなく
奥深い。
死ぬときまでその教えを学ぶことができるということがあります。
そして、自分を見つめ、いのちを見つめ、自分の生きる意味を問う。
そんなこともあるでしょう。

まして仏教は、歳を重ねることでしか実感できないことが多いのです。
仏教の道を歩くのは、60歳過ぎてからが本番という気もします。
そこで新たな出会いもあるでしょう。

西本願寺では、いろんな講座や資格があります。
それに挑戦するのだって面白い。
人生経験があるだけに、僧侶の道は結構面白い。

私が通信会社に勤めていたとき、その当時の会社の名誉会長は稲盛和夫
さんでした。
この方の出身は鹿児島で、ご先祖は薩摩藩が浄土真宗禁制のとき、隠れ
念仏の信者さんだっと本に書かれていました。
実家は浄土真宗でしたが、65歳の頃に僧侶の道を進まれています。
その得度の前の検査で癌が見つかります。
その回復を待って、京都の臨済宗妙心寺で得度をされました。
まだ経営者としての自力の道の途中だったのでしょうか(笑)?

会社では、稲盛さんの説くフィロソフィーをよく学んだものです。
会社の理念は、「利他の心」というような感じで、サブタイトルには「動機善
なりや私心なかりしか」だったと思います。
社内には結構アレルギーもあったのですが、僧侶であった私は意外とすん
なり受け入れられたものです。
JALの改革には目覚ましいものがありますね、いろいろ批判もありますが、
批判する方々はこのアレルギー系の方々。
つまり権利は主張すれど、責任は取ってこられなかった方々でしょう。
そんな批判には世間は聞く耳を持たないのでは?

話しは逸れましたが、稲盛さんは若い僧侶に混じって修行されます。
会社や世間の地位や名誉は関係ありません。
その様な経験も大きかったと書かれていました。

そんなことも仏道に入ることで気付かされます。
いろんな意味がそこにはあるでしょう。
でも、僧侶の道に進まれるときは、やはり鎌倉時代までの日本に伝わる仏教
の道に進まれるのが良いように思います。
なぜならそこには無理がないから、そして連綿と受け継がれてきた伝統が
あるから。
その伝統を打ち破ることができるのも、その伝統があってこそです。
そしてその様な仏教には強制がない、あくまでも自分の道を進むためのも
の。
そう仏教は自分自身の道を歩んで行くための実践方法なのです。
決して何かを強制されるものではないということ。

浄土真宗の西本願寺はそのような方々にも広く門戸は開かれている。
いろんなカリキュラムが用意されているのです。
基幹運動推進員からビハーラ活動など多岐にわたっています。

そしてこれからの高齢化社会の当事者が、その新たな道筋を切り拓いて
行くことも大切ではないでしょうか。
経験している方にしか分からないことがある。

『無量寿経』にはこのような言葉も・・・
「その悲しみは、その悲しみを経験したものにしか癒せない・・・」と。


光澤寺・宿坊光澤寺のHPはこちらから!

浄土真宗的生活のすすめⅣ・・「聞く」ということ。

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浄土真宗の基本は「聞く」ということ。

何しろ「聞く」ということが現代では難しい。
聞くよりも先に、自分の都合をしゃべる。
国会もそう、聞く前に文句を言うばかりで、お互いの意見がかみ合わない。
そうすると、周りで見ている人々は、馬鹿らしくて聞く気もしない。

なぜ浄土真宗の基本は聞くことなのか?
それは、釈尊や親鸞聖人の教えを聞くこと。
教えを伝えて下さった、幾多の僧侶の言葉を聞くこと。
そして何よりも、本願を起こされた阿弥陀如来のいわれを聞くこと。
浄土真宗は、聞くことに始まり聞くことに終わるのです。

最近は、介護やターミナルケアの場で、「傾聴」ということが大切だと言われる。
こちらの都合を押し付けるのではなく、相手の言葉を聞くこと。
そして頷く。

現代社会は、言葉があるから意志が通じる。
でも、言葉があるから誤解も招く。

だからこそ、聞くことからすべてが始まるのだ。

浄土真宗ではよく「聴聞する」という言葉がよく使われる。
「お聴聞」が大切だと・・・。
最近は、この「お聴聞」といっておけばOK的な面があって、少し微妙。
でも、何でも浄土真宗の僧侶の話しを聞くことが、「聴聞」ということではない。
中には無駄とまでは言わないが、聞いても仕方ないものも多いのが実態。
僧侶の話しを聞くのが聴聞と勘違いしてる僧侶も多い。
僧侶自身が「聞く」ことを忘れているのです。

本当は何を聞くかが大切なのである。

もちろん僧侶を通して教えを理解することもあるでしょう。
経典や親鸞聖人のご書物に聞くこともあるでしょう。
書物は読むのであるが、その先達の書かれた言葉を聞くのである。
お経もそう、称えるとしながらもその言葉の意味を聞いて行くのである。
そしてそれが、自分の心に中に積み重なって行く。
そしていつか、その言葉が自分の言葉へとつながって行く。

「聞く」ということができたならば、それを人に伝えることもできる。
違った感覚を認識できることもある。
自分のことと重ねあうこともできる。
ラポールということが、ビジネスでも使われるようになり、WIN・WINの関係、
そしてカスタマーファーストへという概念へとつながったが、言葉は格好よく
なったが、実際には言葉の上滑りといった感もありますね。

そこには理念もないし、元より相手の言葉を聞くと言うことがなされていない。
現場では、自分自身の責任回避で締めくくられる。
利益ばかりで、実際の信頼関係は築かれていないのでしょう。
まあこれは仕方ないことかも知れません。

でも、せめて仏との関係では「聞く」ということを心がける。
常に聞かせていただく立場なのです。
いつもは自分の都合の話しばかりでも、それだけでは心は穏やかにはなり
ません。

「聞く」ということのバランスをしっかりと取ること。

釈尊は、聞くことにかけては右に出る方はいませんね。
とにかく釈尊はとにかく一対一の対機説法といわれる。
人によってすべて環境や考えが違うのである、同じ説法をしても通じない。
それで「応病与薬」の説法といわれる由縁。
だからその教えは、八万四千の法門と呼ばれているのでしょう。

相手の話しを聞き、相手の環境と立場を理解した上で、教えを説かれる。
でも直接こうしろとは決して言われない。
相手が気づくように話しを差し向ける、方便の立場を取られるのだ。
その真理を直接語らなくても、その人が真理にたどり着くように。
有名なキサー・ゴータミーへの説法はまさにそうなのだ。
そして常に相手を気遣っている、チュンダの場合もそう。

まさに釈尊でしかなしえないことばかり。
でも、この釈尊の説話のなかに大切なことがたくさん語られているのです。
現代で最も大切なことが・・・。
そんなことを心がけてみるのも、浄土真宗的かなと思ったりする。

私も、しっかりと「聞く」ということを。
「聞く」ということは、理解するということ、それを自分の都合でなく相手を
どこまで理解できるか。
たとえそれが一しかできなくても。
本当は、私たち僧侶はご門徒さんの言葉を聞くことから始まるのでしょうね。

それを心がけて行きたい。

浄土真宗的生活のすすめⅢ・・合掌と念仏の生活。

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浄土真宗には修行という概念はあるが、自分自身で悟りを開くための修行と
いうものはない。

それでは浄土真宗的生活では何が実践されるのでしょう。
それは、合掌とお念仏。

合掌とは仏への敬いの心。
そして、すべての「いのち」に感謝する心。
無常への謙虚な心。

そのような心が浄土真宗的な合掌の心ではなかと感じる。
それは、この世のすべての存在を受け入れ、そしてすべての存在と関係して
いることを感じることのできる瞬間。

そのとき、心の中から『ナムアミダブツ』の名が称えられる。
時には声となり、ときには心の中で。

そのとき私の中には、ひとつのつながった「いのち」が広がる。

誰に対しての敵意も消え失せる。
合掌とは、すべてをそのままに受け入れるということ。
この「いのち」のつながりに感謝をするということ。

そんなことなのではないかと感じる。

あるときパリで僧侶の衣装を着てあるいていると、パリの方々が次々と合掌し
て通り過ぎて行かれるのである。
それは一体感とまではいかないかも知れないが、こちらもあたたかいものを受
け取るのである。
それは、人として自然な流れ、そう自然のまま。

白川郷や五箇村の合掌造りの家の中には、阿弥陀如来がいらっしゃる。
雪深い中、静かに合掌の中に生活があったのではないか。

奥深く、つつましく、謙虚ななかに、その光が届けられる。
生活の中に、合掌と念仏がある。

すべてのものがいとおしく、すべてのものが有り難く。
そして、こころ穏やかに。

そんなときが日常の中にあったなら、すさんだ心にも少しは喜びが戻るかも知
れない。
そんなときが、日常の生活の中に日々一瞬でもあればいい。
一瞬のやすらぎ・・・。
すこしはやさしい自分を取り戻すことができる・・・。

そう願うのです。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え7・・「悪人の正体」

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悪人の正体とは?

それはまぎれもなく自分自身。
そのことに気付いたとき、そこにはすでに阿弥陀如来が私に向けて願いを
立てて下さっていた。
そしてその願はすでに成就されていたことに気付く。
それは『南無阿弥陀仏』の名号となって私に届けられていた。

なぜなら、私という人間がすくわれなかったなら、阿弥陀如来は阿弥陀如来
足りえないのだから。
そこには、一切の衆生、十方衆生、一切の群生、すべての人々、をすくうと
誓われていたのです。

仏教は個人の救済なのです、あくまでも私という存在がすくわれるために、
その教えがあるのです。
これは普遍宗教といわれる、キリスト教やイスラームも同じです。
個人の救済なくしては普遍宗教とはなり得ない。
個人の救済であるがゆえに、すべての人々がその対象となる。

その結果として、他の人の幸せや社会の安心へとつながって行くものです。
仏となることにもそんな意味がある。
先ずは自分自身がすくわれることが最初にあります、つまり私が仏となる
こと。
仏となることで迷いや苦から解放され自由自在の身となる。
自由自在になれば、自分のことではなく他の人々、たとえば現世に残して
きた有縁の人々を見守り、仏の道へと導くことができる。
これが自利利他円満の境地。
これは親鸞聖人が説かれた、往相と還相の二回向に通じる。
親鸞聖人のお手紙に「世の中安穏なれ 仏法ひろまれ」の意味するもの。

いつかはその浄土で、お互いが仏となりまた会うことができるのだと・・・。
それが倶会一処の世界。
私たちは、その「いのち」のつながりと、見守られ導かれることへの感謝
の念。
その「いのち」の流れがこれからも、途切れることなく続いて行きますよう。
だから、私もいつか浄土へ生まれ仏となりたい。
そして、極楽浄土では今も、阿弥陀如来が教えを説いておられる。

舎利弗よ・・・
「従是西方、過十萬億仏土有世界、名曰極楽。其土有仏、号阿弥陀。
今現在説法。舎利弗、彼土何故名為極楽。其国衆生、無有衆苦、但受
諸楽、故名極楽。」                     『仏説阿弥陀経』

舎利弗よ・・・
「ここから西方に十万億の仏の国々を過ぎたところに、極楽となづけられ
た世界がある。そこには阿弥陀という仏がいまも教えを説いておられるの
だ。その国をなぜ極楽と名づけたのかというと、その国の人々は、何の苦
しみもなく、ただ諸々の楽しみだけを受ける、だから極楽というのだ。」

舎利弗とは釈尊の十大弟子の筆頭格で智慧第一といわれ、釈尊の弟子の
中でもスーパーエリートである。
その舎利弗に対して釈尊は、極楽を説いた一見簡単で短い教えである『阿
弥陀経』の聞き役に指命するのである。
舎利弗にとっては、最初は物足りないと感じたかも知れませんが、やはり
釈尊の意図することを感じ取りるのである。
この『阿弥陀経』が大切な経典であるという由縁を。

私もいつの日か、極楽浄土で阿弥陀如来の教えを直接聞けることができ
る。それは私の「いのち」を生きる喜びでもある。

因みに「浄土三部経」の中で最も長く難しい経典である『仏説無量寿経』の
聞き役は、十大弟子のなかでも一番悟るのが遅かった阿難なのである。

そこにも、この「浄土三部経」の意味がある。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え6・・悪人とは?②

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それでは親鸞聖人が悪人という言葉を使っているご文を見てみましょう。
浄土真宗でよく称えられる『正信偈』にはこのように書かれています。

「極重悪人唯称仏 我亦在彼攝取中 煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我」

これはとても有名なところで、このご文が好きな僧侶はとても多いですね。

「極重の悪人はただ仏を称すべし。われまたかの摂取のなかにあれども、
煩悩、眼を障へて見たてまつらずといへども、大悲、倦きことなくしてつね
にわれらを照らしたまふといへり。」 (浄土真宗聖典 注釈版)

「極重の悪人はただ仏を称すべし。私というものは、阿弥陀様の願いの中に
すでに摂取されているのに、煩悩に遮られてそのことに気付かずにいるのだ。
それでも阿弥陀如来の大悲は見捨てることなく、つねに私を照らして下さって
いるのだ。」

私という存在は、極重の悪人という存在。
そう受け取ることができるかどうか。

悪人とは他人のことで、自分は善人であると思ってしまったならば、親鸞聖人
の言葉は遠くのそらごとになってしまうであろう。
それでは『南無阿弥陀仏』の名号はその意味を持たない。
悪人とは私を主とすること。

次には、悪人とは書いてありませんが、私たち自分自身の姿が次のように
説かれている。
その意味するところは、その様な私だからこそ、苦悩の一切の衆生を悲しみ
憐れんで、兆載永劫の菩薩の行を行われたこと。
その行を行った理由とは・・・。

「一切群生海、自従无始己來、乃至今日至今時、穢悪汚染无清浄心、虚仮
諂偽无眞實心。」                       『教行信証』信文類

「一切の群生海とは、私たち一切の衆生ということ。その一切の衆生は遠くそ
のいのちが生まれたときから今日の今に至るまで、煩悩や罪悪にまみれて
清浄の心など持ち合わせていないのだ。偽りへつらいばかりで真実の心な
どない。」
と阿弥陀如来は見抜かれてのことであるのだ。

親鸞聖人は、世間で言うところの犯罪者や悪人を以て、悪人と言っておられ
るのではないしょう。
なぜなら「弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑ」。
あくまでもその判断は仏の側であり、人間の側の判断など範疇にないのだ。
人が人を判断するときは、必ず過ちもあるし自己都合になってしまう。
もちろん僧侶が判断することなどできはしない。
そして「弥陀の本願にまさるほどの善などない。」のである。

親鸞聖人の悪人とは、すべて自分自身の内省なのである。
つまり、自分自身を深く見つめたときに、そこにはそんな自分がいることに
気付く。
ただそこには、そんな自分自身のために阿弥陀如来が本願を立てられてい
たことに気付かされる。
その有り難さが、私たちに届けられたとき、私は思わず『南無阿弥陀仏』と
称えずにはおられない。

阿弥陀如来のすくいは、一切衆生に対してであるが、私にとっては一対一
のすくいなのである。
私にめがけて、阿弥陀如来のはたらきがあるのです。

歎異抄にはこのような一節があります。
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけ
り。されば、それほどの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめ
したちける本願のかたじけなさよ。」

この親鸞一人という場面、それはそれぞれの人にとって、私一人のためと
言いかえることができるのでしょう。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え5・・悪人とは?①

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親鸞聖人の有名な言葉として「悪人正機」という言葉があります。
二種深信は、この悪人正機ということにもつながって行くのだと思います。

「どんな悪いことをしても念仏だけ称えれば真っ先に救われるんだ。」
とか、「なんで善人より悪人が先に救われるんだ、そんなのおかしい。」
とか、いろいろなご意見もありましょうが、逆にこの言葉が現代において、親鸞
聖人を親鸞聖人たらしめている点があるのも事実でしょう。

でも、親鸞聖人の著述のなかにこの「悪人正機」という単語は一回も登場しま
せん。浄土真宗のその後の学説の中で造られた言葉です。


たとえば『歎異抄』の第三条にこのようなご文があります。

「善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいは
く、悪人なほ往生す、いかにいわんや善人をや。」


これはとても有名なくだりですが、『歎異抄』は親鸞聖人の著述ではありません。
確定はされていませんが、一応弟子の唯円の著作であると言われています。
なので浄土真宗内では『歎異抄』の言葉だけを用いて、親鸞聖人の教えが論じ
られることはないのです。あくまでも参考文献としての扱いです。
もし『歎異抄』を論じるのであれば、それに相当する親鸞聖人のご文を引いて
来なくては意味をなしません。

でもおそらく世界で一番有名な日本の仏教書が『歎異抄』であることは間違い
ないでしょう。
みな親鸞聖人の教えで身近に感じるのは、『歎異抄』の言葉が多いのです。
その様な中で、この「悪人正機」説もよく論じられるのでしょう。

前回話をした、二種深信の中で「機の深信」は、この悪人正機という考えに近
いかも知れません。

ただ、いつも問題になるのはじゃあ誰が悪人なのか?ということなのです。
悪人というときは自分を蚊帳の外において話をする方が多いのです。
皆さんに問うと、世の中の犯罪者や極悪人を想像します。
もしくは自分の周りにいる憎らしい人や嫌いな人、皆から嫌われている人。

でも本当に悪人と問われているのは誰か、本当に阿弥陀如来から願われてい
るのは誰か、ということを考えて行かないと、この悪人の正体には到達しません。

これからもう少しこのことを掘り下げて行きましょう。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え4・・「二種深信」

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仏願、すなわち阿弥陀如来の誓願が起こされたこと。
それは私自身のためであったと、親鸞聖人は仰せになる。
そうそれは迷いの道から自力で抜け出すことのできない、私という存在が
あるからに他ならない。

それは、阿弥陀如来がまだ法蔵菩薩であった頃、衆生を救うためにはどう
すればよいか思惟を重ね、その願いを立て、その実現のためにとてつもな
く長い間修行を重ねられたのである。
この願を立て成就するために、兆載永劫という長い間修行された理由は、
私たち衆生の迷いや罪が余りに深いためである。

これが仏願の本末である。

つまり、なぜ仏願が起こされ、そしてどの様な苦労をされて成就されたのか。
そして、その結果として阿弥陀如来より私たちに『南無阿弥陀仏』の名号が
届けられる。

「仏願の生起・本末を聞く」とは、そのことを言うのであり、つまりは『名号』
のいわれを聞くと言うことになるのです。
『名号』のいわれを聞くということは、「仏願の生起・本末を聞く」ということな
のです。
名号として私たちに届けられた『南無阿弥陀仏』の意味が顕かになる。

ここに有名な、親鸞聖人がこの二種深信を解釈されたご文がある。

「一者、決定深信自身現是罪悪生死凡夫、曠劫己來常没常流転、无有出離
之縁。
二者、決定深信彼阿弥陀仏四十八願攝受衆生、无疑无慮乗彼願力、定得
往生。」
・・・『教行信証』信文類 

「一つには、決定して深く、自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこの
かたつねに没し、つねに流転して、出離の縁あることなしと信ず。
二つには、決定して深く、かの阿弥陀仏の四十八願は衆生を攝受して、疑い
なく慮りなくかの願力に乗じて、さだめて往生を得と信ず。」
・・・(浄土真宗聖典 注釈版)

ここに二種の深信が説かれているが、ここで注意すべきは二種と言っても、
これはあくまでも説明上で二種と言っているだけで、本来この二種は一体で
あるということです。
つまり、罪悪深重の迷いの凡夫である私という存在、つまり救いの対象であ
る私(=機の深信)。
そして、その自力では救われようのない私が阿弥陀如来の本願によって救わ
れると言うことを、疑いなく信じる(=法の深信)。
救われようのない私と言う存在が無ければ、阿弥陀如来の本願は立てられる
ことは無かった訳であるから、機と法は一体なのである。

私と言う存在が、煩悩を断ち切ることができなくても、そのままの存在がすくい
の対象になると言うことなのである。
すなわち、我がはからいが一切ない『絶対他力』ということになるのです。
疑うことなく阿弥陀如来の本願を信じることも、すべて阿弥陀如来のはたらき
であるからこそ、間違いないということ。

そこには私のはからいと言うものは一切入り込む余地がない。
人間には絶対はない、その「いのち」からして絶対ではない。
仏であるからこそ、絶対という言葉が成り立つのです。

行き先が分かっていれば必ずたどりつける。

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行き先のあること。
これはとても精神的に安らぎをもたらすもの。

すこし前のことでした、私は先を急いで山道を走ることに。
次の予定があったので、少しでも早く行こうと思ったのです。
昼間は走り慣れた道、前の車のテールランプを頼りに走りました。
ただ急ぐと言う感覚だけがあり、途中右折する場所を通り過ぎてしまいました。
もう後は灯りもない山道を不安なまま、道を探して走り続けた。

迷いの中にいる自分は、孤独で焦る気持ちだけ。
本当に暗闇の中にいるのです。

私たちの人生もそんなものかなと、そのときはふと思ったのです。
ただ道に迷うだけでもこの有り様だ。
行き先が分かっていれば、必ずたどりつける。
でも行き先自体が分からないのであれば、迷い続ける。
もしかして自分が迷っていることさえ分からないかも。
占いや祈祷に頼ることもあるでしょう。

極楽という浄土が、阿弥陀如来によって指し示されている。
迷わず私の所へ来いと。
そのことで救われた方たちも多くいらっしゃるだろう。

極楽浄土があることで、死の不安を取り除くとともに、最後までその「いのち」
を生き切るという、心構えになるのでしょう。

その極楽浄土から、私たちの「いのち」を照らす。
今の「いのち」を生き切るのだと・・。

とにかく、行き先がないことが困るのである。
親鸞聖人の時代、ほとんどの民衆が打ち捨てられていたのである。
そして、今の時代もその闇は深い。
今度は生きる意味が分からなくて迷っているのだ。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え3・・「仏願が起こされたわけ」

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仏願つまり阿弥陀如来がその願いを立てたわけは。

それは私にある欲望と無知と邪悪な心。
そしてそれを、当たり前と感じ、迷いの中にいることすら理解できない自分。
欲とか名誉とか関係ないと言っておきながら、実はその道をひた走る。

親鸞聖人しかり、二十九歳で絶対他力の道に進みながらも、飢饉にあえぐ
人を見かねて、三部経の千部読誦に入り、まるで祈祷僧の様な真似をする。
まさに迷いの世界まっしぐら。
名利を追い求めないと言いながら、その様な行為に陥ってしまう。

自分の心に渦巻く、貪欲・瞋恚・愚痴、三毒にまみれている。
ましてこの世で、まさに六道輪廻の道をさ迷い歩く。
それが自分。

「迷行惑信、心昏識寡、悪重鄣多」
・・行に迷い信に惑う、心くらく識すくなく、罪多く障り多き存在・・
『教行信証 総序』

浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし
虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし
『正像末和讃 愚禿悲嘆述懐』
・・まさに僧侶としての自分自身、僧侶の仮面をかぶったもの・・

まさに自力の道を歩めども、到底このわが身では悟りを得ることもできない
我が身であるこの自分。
自分自身を見つめたとき、そこから離れようにも離れられない自分と言う
存在にいつも気付かされてしまう。

そんな衆生を、そんな私をあわれみて、如来の願が立てられる。
そんな衆生をそのままにはしておかないという決意、それが弥陀の誓願。
迷いの海に沈むしかない私に向けて、その願いが起こされるのでしょう。

仏願の生起とはそのようなものではないでしょうか。 

これは浄土真宗の学説の一つである「二種深信」ということにもつながり
ます。
そしてそれが仏願の本末へと続いて行きます。

浄土真宗の僧侶になるには?・・その八(記事訂正と学階)


28-2

浄土真宗の僧侶になるには?
をいろいろ書いてきましたが、内容に違う部分があると指摘がありました。
ちょっと勘違いをしてましたので、訂正を致します。
その部分は私が経験していない部分で、伝聞で書いてしまいました。

それは、教師教修を受けるための教師検定のことです。
私は安易に1週間くらいで取れますと書きましたが、実際にはこの教師検定は、
試験が最終の二日間。その前に事前講習が二週間あるそうです。
合計16日間の期間がかかることになります。
どちらにしても詳しくは西本願寺に聞くのがよさそうですね。
電話すれば教えてくれます、当然本願寺派僧侶なのですから。
教師検定なのでそのくらい当然と言えば当然ですが。

得度を受ける為の得度考査と違い、教師教修を受けるための教師検定は少し
厳しいですね。
その中でも、勤行はおそらく事前講習でやったくらいでは間に合わないと思い
ますよ、事前に練習は相当やられていた方がいいと思います。
あとは、やはり仕事をしながらではこれほどの休みを取ることはできませんね。
僧侶やいろいろな資格を取るのに、費用以外に期間がかかることもあります。
サラリーマンでは中々対応しずらいですね。
私もこれにはちょっと苦労しました。

私は、この教師検定と言う仕組みを教師を受けるまで知らなかったのです。
なので会社員時代は、教師の準備で中央仏教学院の通信教育を受講しました。
転勤族だったのと、仕事も忙しかったので1回目は途中で失効。
まあ僧侶にはならなくてもいいかと、でもまた気を取り直して東京本社に転勤
になったのを機に2回目の通信教育に挑戦。
この1回目と2回目で、教材はテープからCDに変更になっていました。
東京では、築地本願寺で、東京地区学習会が開催されていますので、他の
地区に比べると、とても恵まれています。
習礼もできるし情報も収集できますから。

そして通信教育の専修科が3年目に突入した頃、会社を退職することになり、
今度は中央仏教学院に入学、その春に3年目のスクーリングがあったので、
結局、中央仏教学院は学院本科と通信教育の専修科の両方の卒業生となる
ことになりました。
こんな人は私だけかも・・・、無駄って言えば無駄でした。

中央仏教学院卒業後に宗学院の別科に入学、と同時に夏は安居の専修科に
も行きました。
布教使になる伝道院は年齢制限が45歳なので、私は伝道院に行くことはでき
なかったので、布教使補に登録し試験を受けることに。
この布教使補研修で試験に1回で通ると言うことは難しく、講習も含めると約
一週間、費用は宿泊と交通費合わせて約10万円(遠ければもっと)。
是は是で結構大変だったりします。
普通で3回は受験しなければ通らない様です。
何事も京都なので、京都から遠いととにかく費用が掛かってしまいます。

宗学院別科は修了試験に合格すれば1年間ですみますが、ここは修了しても
何年も通われている方が多く、70歳代の方も結構いらっしゃいます。
ここを修了すれば学階を授与される殿試(でんし)を受けることができます。
また、安居専修科に二期行って試験に合格して修了しても殿試を受けること
ができます。
まあ鳥取からですから、宗学院までは1年以上通うのは金銭的にも時間的に
も厳しいので、私は1年で終了することにしました。
安居専修科もとりあえず二期を修了して、まあどちらの資格でも殿試を受ける
ことができました(安居は14日間)。
これもどちらか一つでいいのですが・・・。

殿試とは、学階を授与されるための試験です。
基本は浄土真宗の「安心論題」です。
この論題である17論題をすべて「題意」「出拠」「釈名」「義相」「結び」と全部
覚えなくてはなりません。
漢文を暗記するとか、意味を理解した上で、尚且つ同じようなものがあるので、
ちょっと面倒と言えば面倒です。
この殿試にパスすると、学階が授与されるのですが、私は一般からの試験で
すので、最初の「得業」と言う学階になります。
学階は「得業」「助教」「輔教」「司教」「勧学」の五段階。
このうち「司教」と「勧学」には、それなりのルートを通らないとなれないでしょう。
というのは「輔教」と「司教」は立場が所化と能化で、全く違うからです。

宿坊を始めるきっかけ。

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宿坊を作ろうと思ったきっかけは?

お寺に帰って来ると、今までは特に何も感じなかった周りの景色が、
とても懐かしい景色だと感じられたこと。

お寺があり、民家があり、そして目の前には遠見山と言う高くはない
がしっかりとした山があり、田んぼもひろがっていて、いわば日本の
田舎の原風景が目の前にある。

お寺は民家の端にあって、ゆっくりと静かに流れる空気を感じる。
それに加えて、私のお寺は法事や葬儀で使わないので、お寺にお参
りがあるのは行事の時くらい。
要は365日のうち、お寺を使うのは年間で15日もない。
350日は空いているってこと。

お寺に帰ってきてから、家や客間を修理しているうちに、このまま何
もしないのではもったいないなあと。

本堂は八間四方あり、日当たりも良く、自分が寛いでいる。
それならお寺でゆっくり過ごす場所を提供すればいい。
それと、このあたりでは災害が起こったと聞いたことが無い。

過疎化は進んでいるので、都会や町に出て行った方が、田舎で法要
や葬儀をしてあげられたらいいかも、という発想もありました。

それなら、お寺を宿坊にしよう!
で、簡易宿泊所の申請をしました。

これには客室が33㎡以上は必要。
あとは上水道が整っていて、トイレ・洗面・風呂が整備されていること。
衛生面や建物の構造上問題がないこと等々。
それと、学校などが100m以内にあるかないか、ある場合はその内容
も吟味されるのでしょうが、お寺は幸い近くには何もない。
あとは簡単な申請書に記入して、申請用の印紙22,000円を貼るだけ。
あとは保健所の担当者が立ち会ってチェックをします。

簡易宿泊所や飲食店営業許可も時代に合わせて、かなり改善している
様なので、結構実情に合う様になっている。

そんなこんなで、雪解けを待って宿坊の準備を着々と。
料理のメニュー作り、保険の関係、講座の準備等々ぼちぼちと。

どうせやるなら、今までの宿坊とは違ったもの。
講座も選べ、とにかくお寺で丸一日ゆっくりすごす。
これからまだいろいろ考えて行かなければ・・・。

おばあちゃんのひとこと。

今日、祥月命日のお参りに行って来ました。
それはお子さんの30回以上の祥月命日、小さないのち。
そこに、その子のおばあさんもお参りされていました。

お勤めを終えて、そのおばあさんとずっとお話をしていました。
その中にこんなお話しが・・・

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その方は今月で80歳を越えられていて、でも毎日朝3時半に起きて、仏
飯を供えます。
そして必ず正信偈を称えるのだそうです、月命日の方がいらっしゃったら
阿弥陀経も。
2月の朝というより深夜は、氷点下のことも。
手足の感覚はないそうです、ご兄弟やお子さん、両親など、たくさんの方
を亡くされているので、月命日は月の内半分以上。
それでも毎日・・・。

その方は、阿弥陀経も正信偈も暗記しておられますが、感覚の無い手に
経本を持ってあげられるのだそうです。
それは「仏さんの言葉を間違えたら申し訳ないから。」

その言葉を聞いたとき、以前聞いた話しを思い出した。
それは浅井成海という住職で龍谷大学の名誉教授をされていた、有名な
先生のお話しでした。
その先生が、ある行事に行かれたときのお話し。
「重誓偈」と言うお経を称えるときのこと、経本を用意されていなかった先生
は、近くにいた方に経本を貸してくださいと頼まれたそうです。
「重誓偈」は短いお経で、浅井先生なら経本が無くても構わないだろうと思い
ながらも、その方は経本を持ってこられたそうです。
後で先生が経本を返されるとき、「仏様の言葉を一言でも間違えたら申し訳
ない。」と仰られたそうです。

私も行事の時など「重誓偈」などは経本なしに読んだりしたことがありました。
でもそのお話をうかがってからは、どんなお経も必ず経本を読み、一言一言
意味を問いながら読むことの大切さを再認識させられました。
今日のおばあちゃんの言葉にも、同じ思いがあるんだなあと・・・。

おばあちゃんのお話しはそれからも続きます。
昔、嫁に来てからの苦労話し。
近所の親戚にとても厳しい方がいらっしゃったそうです。
とても苦しい日々が続いたそうですが、何十年か経ってその近所の親戚の
方が入院をされたそうです。
誰も介護できなかったので、そのおばあちゃんが病院に一週間泊まりこんで
介護をされたそうです。
そのとき「まさかあんたに世話になるとは夢にも思わなんだ、ありがとう。」と
その方がおばあちゃんに言われたそうです。
そのときおばあちゃんは、何十年の思いが一気に消え去ったと・・・。
どんな人であっても、世話をするのは当たり前だとも言われていました。

この話を聞いて、「おくりびと」の原作を書かれた青木新門さんのお話しを思
い出しました。
いろんなわだかまりや、いろんな苦労や、いろんな悩みが一瞬のうちに氷解
する時がある。
その瞬間に、すべてが一つになり、すべてが理解でき、すべてがすくわれる。
そんな瞬間が・・・。

阿弥陀様との出遭いもそんなときがあるのかな。
おばあちゃんは、兄弟もすべて亡くされている。
私がその方々を見守る役割なんだかなあ、とひとこと・・・。
そうですね、きっとその役割なんですよね。
でも逆に見守っていただいてるのかもしれませんねえ・・・。

「円満徳号勧專称」、この言葉でしか表現できない思いがある。
和訳しては意味がなくなってしまうのだ。
それくらい「正信偈」の漢字一文字一文字に、親鸞聖人の九十歳のご生涯の
全てが込められている。
おばあちゃんは、そんなこと言われなくても身体の中に染み込んでいる。
浄土真宗の法話は、そこまで思いを持って話さなくてはと・・・合掌。

親鸞聖人と「空」

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親鸞聖人と「空」はあまり結びつくイメージはない。
日本では「空」とはどちらかと言えば禅的なイメージがあるし、実際に「空」を説
いた経典である「般若心経」を浄土真宗では称えない。
写経でも浄土真宗寺院では「般若心経」ではなく「重誓偈」とか「正信偈」を用い
ることが多い。

なのに親鸞聖人と「空」は関連するのか?
大乗仏教運動がインドに興ったとき、初期経典として「大阿弥陀経」が編纂され
ている。
「大阿弥陀経」とは「無量寿経」に該当すると思われるが、このころは「般若経」
はまだ編纂されておらず、「空」の思想はまだ取り入れられていないという。

浄土真宗には浄土教のおしえを導いた七人の高僧が登場する。
その七人の最初が大乗仏教の祖と言われる龍樹なのである。

親鸞聖人は、法然上人の教えを受け継ぎ、所依の経典を「浄土三部経」に求め
ている。
龍樹の著述の中から浄土の教えにつながる部分を抽出して、第一番目の高僧
としているのだが、実際には縁起思想をしっかりと見据えているのではないかと
思われるのです。
縁起はすなわち空と無自性に展開されて行くもので、大乗仏教の中では縁起の
理解が空の理解につながって行く。
龍樹の中観派はその様に展開して行くのであるが、サンスクリットから漢字に翻
訳される過程で、かなりそのイメージが変わってくるということがある。
日本に伝えられた空理解にもそんなことがあるが、これはすべての経典に言え
るのでしょうが・・・。
翻訳する側の僧侶の感覚によってニュアンスが変わってくるのは仕方ないのか。
これが日本に入ってきている仏教のある意味限界点でもあると思う。

親鸞聖人の時代は、少なくともサンスクリットやパーリ語の原典にあたることが
できないのであるから。
ただ親鸞聖人の教えを聞いていく上で、その教義を理解するのに、中観派の
縁起思想や空を学ぶと、非常に理解しやすいといって特長があります。
つまり親鸞聖人の教えは縁起と空に貫かれていることが良く分かります。

空でも玄奘三蔵翻訳の空は、龍樹ではなく玄奘の独自思想的な面が多いとさ
れていますが、七高僧の一番目に龍樹を挙げているのは、あくまでも縁起や
空理解は龍樹によるとの表現ではないかと感じることがある。

ただあくまでも「空」を説く「般若心経」は、衆生のすくいには直結しないので、
特に所依の経典とはせず、あくまでも衆生のすくいは浄土経典に依るものとし
た。ただその解釈には、龍樹の縁起思想が根幹を貫いている。
当時の比叡山の空の理解を、多少違うとイメージされていたのかも知れない。
何となくそんな風に思ってみたりするのも、また楽しかったりするのです。

浄土真宗の僧侶になるには?・・その7(教師のあとは)

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浄土真宗本願寺派の寺院は全国に1万か寺。
その数以上の教師が存在するし、僧侶に至っては3万5千人くらいはいるので
はないでしょうか。
ですから僧侶になったり教師をとっても、そのこと自体でどうってことありません。
ただその方の意志によって可能性も無限大になります。

布教使資格を取るとか、勤式指導所にいって作法や勤行に精通するとか。
学階(がっかい)を取得して教義の道に進むとか。
後は自分の目指す道があれば、その方向に進むことができます。
ただ、これらの道に進むには、もう一段受験資格を得ることに時間がかかった
り、勤式指導所では約1年間京都近辺に暮らしていないと難しい。
定期的に西本願寺の朝の勤行の準備をしないといけないからです。
もちろん指導所にも通わなくてはなりませんし。
前・後期と分かれていて、成績が悪ければ希望しても後期には行けません。
ただこの勤式は後期に行かなくてはあまり意味がないので、真剣について行く
ことが必要になります。
声明が下手だったりすると微妙です、あとは雅楽の演奏も講義に入ってきます。
後期に行って修了しなければ特別法務員の資格がもらえませんし、再入学は
できないからです。要は前期で終わったらそれでお終い。
なので、中央仏教学院に1年間通ってから、勤式に行かれる方は多いです。
基本を習得していないと、勤式は難しいですから。
布教使の場合は、その受験資格は全寮制の伝道院に入って勉強するか、布教
使補に登録して、年数回の研修と試験を受けるかのどちらかになります。
こちらは試験システムが変更されることもあるので、西本願寺に確認すれば良
いですね。どちらにしろ、教師まで取られているということが前提なので、その
頃には十分に情報を得ることができていると思います。

学階は、浄土真宗の教義を勉強する場となります。
段階が五段階に分かれているので、先をめざすこともできますが、上位の二段
階は普通にやって行くのなら難しいでしょうね。
大学院を出て研究生となり、本山の勧学寮というところで研究員的な作業をし
ていることが前提となるでしょう。
外部から入るにはちょっと難しいのでしょうね、京都大学とか行かれてても、龍
谷大学の大学院に行くなどしておられると思います。
よほど時間とお金と研究熱心さがなければ・・・。
この学階を取得すれば、毎年7月に西本願寺で行われる安居に参加すること
ができます。
この期間は二週間ですが、毎朝7時から始まりますので、全国からホテルを予
約して皆さん来られています。
まあこれが楽しみという方もいらっしゃるようです、この安居では勧学の指示の
下に、参加者による問答(浄土真宗では、もんたつと読みます)が繰り広げられ
るのです。
要は、親鸞聖人の教義をどこまで究めているかが問われることになります。
皆さんは約一年間、次の出題テーマに沿って勉強してこられるので、何を聞か
れるか分からないのです。
問答で固まっておられる方も多々、ある意味厳しさもありますね。

以上の道を進むことができますが、別になくても僧侶としては全く問題ありませ
んね、忙しい僧侶の方はとてもそんな時間がありませんし、ある意味自己満足
的な面も多々ありますから。

宿坊ってどうしたらできる?


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なぜ宿坊なんか今さら始めるの?

ってこともあるけど、今だから宿坊って感じです。
それもただ寺院に泊まるだけじゃない。

お寺そのものに泊まる、それも貸切みたいなもの。
自然の中でゆっくりと過ごすことができる。
昔の田舎の家に帰ったような懐かしさのある風景。

現代が置き忘れてきたものをゆっくりと取り戻す。
普通の田舎のお寺、特別なものは何もないのが気楽でいいと思う。
精神を落ち着かせ、疲れた心を和ませる。

講座もご希望があれば自由に選んで、仏教や浄土真宗に思いっきり浸れます。
写経や瞑想も、自由にできる。
生活の中のお寺をそのまま体験できる場所です。
そして一緒にゆっくりといろんな話ができる空間。

またここは、農山村の地域振興の「やずブータン村」の拠点にもなる予定。
都会と田舎のインターフェースでもあります。

でも宿坊なんかやったことないし、経験もない。
一体どうしたらいいの、資格は認可はどうなる?
ましてNPOって名前は聞いたことあるけど・・・イメージ先行型。

いつも僕はどちらかと言うとイメージ先行型なんだな!
イメージばかり膨らませ過ぎても何も進まない、でも結構このイメージを膨らま
せるのが好きだったりするのです。
夢想家なんでしょう、こんなので実現するときは来るのか、ちょっと心配?

で、行政に確認に行きました。
行政は丁寧に教えてくれます、宿泊は規模的に旅館業ではなく簡易宿泊所の
申請で良さそう。
料理を出すには、飲食業の許可申請、NPOは約款を作って設立メンバーを
揃える。
極端に言えば、手続き上はこれだけ。
あとは飲食店の飲食衛生責任者の講習に参加すればよい。
もちろん審査や建物上の規定はありますが、それをクリアすれば他に資格な
どは無いようです。

ただ、NPOにしても実際の問題はその組織作りとか約款作成とか、事前の
準備が大切になってくる。
もちろんメンバーも。
宿坊にしたって、いろいろ改修したり受入の準備をしたり。
どちらも、どんなものにしたいのかをちゃんと考えておかないと、結局失敗して
何も残らなくなってしまう。

お寺も次世代に引き継がないと途切れてしまう。
そんなことがあってはいけない、だから今から準備をして、次の世代に引き継
いで行かなくては・・・。
それは、僕の故郷もそう。
このままでは時代の波に飲み込まれて寂れていく一方です。
全国中の農山村が悲鳴を上げている、日本の心の故郷が悲鳴を上げている
のだから、手遅れにならない様に。

浄土真宗的生活のすすめⅡ・・とらわれない。

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浄土真宗の教えの中で結構大切なものがあります。
それはとらわれない心ということです。

実は、浄土真宗の僧侶の話を聞くと、この「とらわれない」ということに、逆に
とらわれすぎって思うこともしばしばで、ちょっと聞き苦しいこともあるのですが。
本来はやっぱりとらわれないと言うことでしょう。

では、何にとらわれないか?
それは釈尊がバラモン教に対して仏教の教えを説く根本でもあったと思います。
それは、先ず迷信にとらわれないこと。
そして、加持や祈祷になどを頼りとしない心を持つことです。
そして六道輪廻に惑わされないいのち、生活。
そのようなものから解放するために教えを説いて行かれたのです。

江戸時代の儒学者は仏教に対抗する教えでしたが、その有名な儒学者の一人
がこんなことを言っています。
僧侶にはいろいろいるが、しんらんという人の教えは、迷信や吉凶を問わず祈祷
もしない。
このしんらんの教えは、ただひとり正しい道を説いていると・・・。

要は、大安や仏滅などの六曜などの迷信にとらわれることなく、バラモンの教え
である護摩や加持、祈祷に頼ることなく。
そして誤った人の道である輪廻と言うものから人々を解き放つのだ、という釈尊
の教えをそのまま伝える教えです。

ということは先入観や押し付けられた一方的な価値観、そのようなものに惑わさ
れない生活を送るということ。
これって結構難しいようですが、仏教の教えを聞き見方を変えれば意外と簡単
だったりします。

もちろん厄除けもしませんし、葬儀の友引も考えませんし、お墓の吉凶などいい
ません。お守りやお札などを販売する浄土真宗寺院はありませんよ。

ただ注意すべきは、人に押し付けないということです。
聞かれればお伝えするし、浄土真宗の葬儀や法事などでは、お話しすることも
あります。
それは、この様な教えによっています、ということをお伝えすることが僧侶の役
割だから。
ここと言う場面ではちゃんとお伝えしますが、一方的であったり強制であったり
するのは違うと思います。
これが、とらわれないと言うことに、とらわれているってことなんじゃないかな?
そのいわれを知らない僧侶が押し付けたりすることってよくあります。
押し付ける前に、教えをちゃんと伝えなくては逆効果。

教えを聞いて納得していただくことが大切なのです。
そうでなければ、余計にその方を迷わせることになります。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え2・・「聞即信」

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仏になるためには、願を立てなくてはなりません。
願を立て修行し、その願が成就したときに如来であり仏となるのです。

阿弥陀如来はその修行のとき、法蔵菩薩と呼ばれ「四十八願」という願を立て
ます。
仏にはすべての仏に共通な「四弘誓願」があり、それとは別に「別願」を立てな
くてはなりませんが、法蔵菩薩は「四十八願」を立てたのです。
そのなかでも、第十八番目の願が、すべての衆生を極楽浄土に往生させると
言う願であり、十方衆生のための願で有るため、阿弥陀如来の一番の願いで
あったということから、第十八番目の願を『本願』というのです。

前頁に記述した「本願文」は経典の中の願の十八番目に出てきます。
もちろん、東西本願寺の名前もここからとられています。
もちろん願は立てただけでは意味を持たないので、その願が成就したことを
あきらかにする「本願成就文」があるのです。

浄土真宗の教えは、この『本願』を聞くことから始まります。
このことから、私たち衆生は「仏願の生起・本末を聞く」ことが大切なのです。
それは、なぜ阿弥陀がその願いを起こさなければならなかったのか、その願
いがどのように起こされそして成就されたか、そのことを聞いて行くということ。
その願いが成就して、「南無阿弥陀仏」の『名号』として私たちにはたらき続け
ている。
今も私たちはそのすくいの中にあるという、その『名号』のいわれを聞くことが、
浄土真宗の信心となります。
その信心とは、自分の勝手な解釈ではなく、その阿弥陀如来の思いをその
いわれのままに聞くことが大切なのだと親鸞聖人はおっしゃっています。

法蔵菩薩は十劫という遠い過去に本願を成就している、だから私もすでにそ
のすくいの中にあり、そのはたらきは南無阿弥陀仏の名号となってはたらき
続けている。
そのことを疑うことなくいわれのままに聞く、このいわれのままに聞くというこ
とが中々迷いに生きる人間としてはムズカシイのです。

阿弥陀様のはたらきなので、私たち衆生の側からの功徳は必要ないと言う
ことになります。
そこに人間の功徳が入ると、たとえば戒名で少しでもいい戒名が欲しい、な
どという欲が入り込む余地ができてしまいます。
人間の欲望は限りがないので、その功徳をどこまでも追い求めようとします。
良くも悪くも、仏願にかなうものなどありませんから、阿弥陀如来はその様な
ものを一切要求しないのです。
そこに人間の差別が生まれたり、もっとという欲や迷いが生じる原因になる
からです。
ただその願いを信じて、ただ疑うことなく信じる、それだけです。
たとえ千日回峰行をしようがしまいが、それはその人の生き方の問題のみ
であって、仏となる功徳には全く影響を及ぼさないということ。
実際に千日回峰行を成し遂げた方も、その様なことをおっしゃっておられま
した。その行為は尊くても関係はないのです。
つまり行為よりもその後の心の持ち方の方が大切なのです。

「仏願の生起・本末を聞く」こと。
それが浄土真宗の信心であり、そのことを浄土真宗では『聞即信』と言います。
『聞即信』とは、本願をそのいわれのままに、そして疑うことなく聞くこと、それ
がすなわち信心なのだということ。
それ以外に浄土真宗の信心はない。

これが絶対他力の信心のいわれであり、その信心を得たならばその人の
「いのち」が輝いてくる。
そのことが私たちが仏に出遭い、仏の道を歩くと言うことになるのだというこ
と。
一度仏の道に入ったならば、その方はもう阿弥陀様の手の中に攝め取られ
ている。
そして生きていることが、生かされている「いのち」に目覚め、まわりの存在
に気付き、感謝の生活を送ることができるということにつながってゆくのです。

【出拠】
『教行信証 信文類』 
「言聞者、衆生聞仏願生起本末無有疑心、是曰聞也」

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え1・・・本願文と本願成就文。

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浄土真宗の教えを学ぶとき、絶対はずせないものがあります。
それは釈尊の説かれた『浄土三部経』、そして天親菩薩(世親)の『浄土論』。
これがいわゆる「三経一論」と呼ばれる、浄土真宗の根本の教えとなるものです。

そしてそれをどの様に解釈して行くかが、浄土真宗の教えということになるのです
が、その解釈の根本は親鸞聖人の著述である『顕浄土真実教行証文類』いわゆ
る『教行信証』となります。

基本的に浄土真宗の教えを学ぶとき、以上のものから外れる解釈はできません。
逆に外れるときは、浄土真宗ではないと言うことになります。
親鸞聖人は鎌倉時代にありながら九十歳まで生きられ、関東の伝道布教から
京都に戻られた六十歳過ぎからは、著述に専念されておられるので、日本の開祖
と言われる宗教家のなかでも、一際その著述の多いことでも知られています。
なのでその教義研究は相当に進んでいます。
逆に言えば、進んでいるだけに独自の解釈をすることが難しい宗派であるとも言
えるのです。

いままでのことから浄土真宗の聖典は非常に整備され口語訳も施されているの
で、他宗の僧侶の方もこの聖典を使われることが多いのです。
大乗仏教理解に非常に役立ちます。

それでは浄土真宗の教えは何に依って立っているかと言うと、『浄土三部経』の
中でもその中心の『仏説無量寿経』です。
この経典は、浄土教において釈尊がこの世に出でた理由とされる経典で、「釈尊
出世本懐の経」とされています。

その経典の中で説かれている『本願文』と『本願成就文』の二つのご文を常にそ
の中心に教えが説かれているのです。
要は、浄土真宗の教えはこの二つのご文から出るものであり、このご文の意味
を聞くこと以外にはないと言っても過言ではないのです。
読みにくいとは思いますが、とりあえずはそのまま。
仏教経典は、結果的にそのままの方が一番理解しやすいことになります。
和訳したら、本来の意味がとりづらくなるのです。
今でも経典を和訳しないで称えるにはその様な意味もあるかと・・・。

【本願文】
設我得仏 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚
唯除五逆 誹謗正法
【本願成就文】
諸有衆生 聞其名号 信心歓喜 乃至一念 至心回向 願生彼国 即得往生 
住不退転 唯除五逆 誹謗正法

この本願文と本願成就文によって浄土真宗が成り立っているということになり
ます。
次回は、この二つのご文について話して行きます。

浄土真宗的生活のすすめⅠ・・すべてをそのままに。

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浄土真宗的生活ってどんな生活?

正直言ってあまりよく分かりませんが、自分なりに考えてみようかな。

浄土真宗的と言えば、親鸞聖人的になるのでしょうか?
親鸞聖人のスタイルは「非僧非俗」が有名ですが、僧に非ずでも俗でも非ず。
これってどっちつかず?

このスタイルは親鸞聖人が越後に流罪になってからのスタイルですから、そ
んなに適当なものじゃないよねたぶん。

浄土真宗って、と一口に言っても真宗十派と言われ、それ以外にも新しい
派があるので、知ったかぶりはできないけど、独断もなければ何も話がで
きなくなってしまう。
と言うことで、独断的浄土真宗的生活のすすめになります。

釈尊と親鸞聖人の共通点って、文献で読む限りですがとってもたくさんある。
私個人的には、日本の仏教を解体したとき、釈尊の教えに一番近いのが、
親鸞聖人の教えかも知れないと思ったりしています。
基本的に、その教えで釈尊の教えと整合がとれないということが余りない。
なので、浄土真宗的には日本仏教が釈尊への原点回帰を図っても、浄土
真宗はおそらく一番違和感がないであろう。

ただ浄土思想と念仏だけ取り出して、釈尊はそんなこと言ってないと言う方々
もおいででしょうが、一歩踏み込んでその教えに入って行けば、そのことが
よく分かる様な気がする。

大乗仏教の流れの中で、思想的に大きく二度釈尊の教えへの原点回帰が起
こっていると思います。
その一回目が、龍樹の縁起思想。
仏教が部派に分かれてたとき、釈尊の縁起思想がどんどん変化して行った。
そのとき龍樹はその縁起の考え方を釈尊へ原点回帰させようとしている。
そして二回目が、親鸞聖人の平等思想。
親鸞聖人はその救いの対象を徹底的に問いつめている。
つまりすべての衆生は平等であるということ、これは釈尊の根本的スタイル
である。
仏教は平等であったか?否、日本仏教は常に差別主義であった。
これは日本仏教の歴史を振り返れば分かることです。
そこにカウンターのように親鸞聖人が平等思想で釈尊への原点回帰を図っ
たのである。

この縁起思想と平等主義は釈尊の説いた教えの基本的なものです。
この二つは、目の前にあるものをありのままに見るということにつながります。
それ以上でもなくそれ以下でもなく、そのもの。

とりあえずそんなところからスタートしてみようかな・・・。

浄土真宗的宿坊を始めます!・・・宿坊光澤寺(一日一組限定)

奥和室書院

全国に宿坊は数あれど、意外と浄土真宗の宿坊は少ない。
やはり観光寺院や観光客が多いエリアでないと、宿坊への宿泊が期待でき
ないってことでしょう。
また普通のお寺は法務で忙しかったり・・・。

こちらでは、ちょっと違った宿坊をご用意しています。
この春から浄土真宗的宿坊を始めます。
浄土真宗の本当に普通のお寺なのです。
今は、まだ雪深い鳥取の山里の寺院。
でも3月になると、一気に春が訪れます。

では、どんな宿坊か?
先ずは、お寺をほぼ貸切状態でお寺に浸れます。
何しろ、一日一組限定なのですから。
四季の自然、昔の田舎の原風景だけが財産かなあ?

仕事のストレスや悩みをしっかり洗い流せそうです。
また、友人同士でゆっくり自然の中で過ごしてみたい方。
家族で先祖の法要もしてゆっくり過ごしてみたい。
僧侶にいろんなことを聞いてみたい。
仏教や浄土真宗の教えを少しは知っておきたい。
法事や葬儀、お墓のことを考えておきたい 等々。

聞こえてくるのは自然の音だけ、でも普通の山里。
近くには民家もたくさんあります。

希望すれば講座を無料で受講できますし、法事をおつとめすることもできる。
写経や瞑想はフリーで楽しめます。
食事は採れたての地元食材を中心に、できるかぎり地産地消で。
もちろんご希望に応じます。

都会と田舎のインターフェースを目指しています。
また山間地域の復興を目指したNPO「やずブータン村」の話も・・・。

興味のある方はこちらをクリック!

浄土真宗の僧侶になるには?・・その6(中央仏教学院)

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私が会社を辞めたのが45歳、大手通信会社の本社で営業マネージャーを
していました。
退職して僧侶になると伝えたときはさすがに周りは驚きました。
年収も満足できるもので、会社までは徒歩12分くらいのマンションに住んで
いましたし、人事のラインも周りは自分の知っている上司が中心になってい
ました。
会社を辞めて、田舎の寺に帰るとおそらく年収は下手すれば1/3以下ににな
るだろうなとも・・・。

会社を辞めて寺に帰ると考えたときに、仏教の勉強は興味があったので独
学をしていましたが、一般人としては仏教の知識はあったでしょうが、僧侶
としては、はなはだ疑問。まして作法や勤行などは全く知りません。

そこで私は、京都にある本願寺派の僧侶養成機関である中央仏教学院に
行くことにしました。
他宗の人は、なぜ浄土真宗の学校が中央仏教という名前なの?
と思うこともあるそうですが、まあそれは先につけたからだけの話でしょう。

ここには高校卒業したばかりから定年退職された方まで、かなりの年齢幅
がありますが皆同じ講義になります。
お寺に関係なく僧侶になろうとされていらっしゃる方もいますが、メインは寺
のお子さんたち。
龍谷大学の卒業生も結構います、大学では仏教は学問なので、より実践
的な講義と勤行、作法を学びにやってきます。
外部から見たら、何じゃこりゃって言う様な感覚。こんなんで僧侶になるん
かい!といった雰囲気も。
私もさすがに最初は驚きましたが、中にはすごく真面目な方もいます。

ただ全員が浄土真宗に関係している人たちばかりなので、まあお寺関係
の方々にしてみると、こんな居心地のよい空間はないかも知れません。

私は年齢的にも一番少ない40代(いわゆる働き盛りなので)でしたし、目
的があるので、周りは関係なくできるだけ吸収して帰ろうと。
客観的に見ると、とても勉強できる環境にあります。
先ずは、その講師陣に素晴らしい先生が多いこと。またこの先生はほと
んどボランティア的に熱心な講義をされます。
一年間しっかり聞くとかなりの知識を得ることができますし、その講義資料
やノートは今でもそしてこれからも一生活用できます。
それくらいたくさんの情報が得られるのです、それもあらゆる方面の。
本願寺派では他宗派や釈尊の仏教についても学びますよ。
決して浄土真宗だけの勉強ではないので、そこも魅力ですね。
自分たちの研究だけでは、自分の立ち位置が確認できませんから。
あとは作法も真剣にやれば一通りマスターできますし、お経もしっかりやれ
ば既に普通の僧侶以上になります。
大学との違いはここでしょう、やはり僧侶は勤行で始まるわけですから。
とにかく思想的にも人間的にも偏った面のない、非常に熱心な講師陣が
いらっしゃることが特長ですね。

あとは、龍谷大学の図書館に、登録すれば通うことができるのも魅力。
私も一年間、西本願寺境内にある図書館に通い続けました。
仏教書は高いですし、絶版のものも多くいのですが、まあここには専門の
ものがそろっていますから、これを使わない手はないですね。
今や龍谷大学の規模は大きくなったので、仏教研究にも力をいれている
のが分かります。
やはり規模と予算も重要なので、このあたりがこれから他宗派と大きな
違いになってくるように感じます。
私は行ってませんが、龍谷学園グループは今や日本でも一大学園グル―
プになりました。規模的には仏教系・宗教系では他の追随を許さないと言
った感もあります。何しろ大学だけでも5つあるのですから。

中央仏教学院は寮もあり、作法・勤行をマスターするには寮がいいですね。
でも自由がきかないので、私は途中まで寮生活、その後は龍谷大学と学
院の間のアパートを借りました。

あとは課外活動で、雅楽クラブや勤式クラブもあって、こちらも東京で学べ
ばすごく高くつく市民講座ですが、これも魅力的です。
私のお勧めは、勤式クラブ(正式名称は忘れました)、本願寺派でもこの
先生しかいないと言われる声明の先生が教えてくれます。
これを教えて頂くだけでもここに来る価値があります、声明は僧侶の命で
すから。雅楽もお寺に帰ってから続けられるので、お勧めですね。
この二つのセットがあれば怖い者なしかも。
私は楽器が苦手なので雅楽に挑戦しましたが挫折。
そういえば、やっておくといいのが念珠編クラブ。結構本格的に教えてく
れるので、お寺に帰って役立ちます。
紐さえあれば、自分や檀家さんの念珠を修理できるし、子ども会・婦人会
ではとても人気のあるイベントですから。

内容は、本科が1年間、そして専修科が1年間。
合計2年間学べますし、別に本科だけでも十分でしょう。
お婿さんを募集の方も意外といらっしゃいますし、それ以外の僧侶の人脈
作りや、卒業後も先生とコンタクト取れるのが強みになります。

この様に、中央仏教学院は目的意識があれば非常に有効な学院です、と
ても自由でその気さえあれば徹底的に仏教と浄土真宗が学べます。
そう言えば、他宗派や奈良の大寺院の僧侶の方が結構龍谷大学で仏教
を学ぶ人も多いとか、学問に関しては仏教の内容が充実しているような。
これも大谷探検隊のDNAを受け継いでいるのでしょうか?

中央仏教学院に行くと、夏休みには得度できますし、3月には教師教修に
行くことができますし、もちろん事前考査はすべてパスできます。
1年間と言う時間とその費用があれば、ここに行けば、京都という空間と
仏教と浄土真宗と勤式作法と声明の基礎を身につけることができるのだ
作法も中仏を出ている僧侶は、どこでも立派なものです(勉強した人は)。
まあ来てもほとんど寝てる人や聞いてない学生も多いのですが・・・。
社会人出身で退職金で学費と生活費を出していた私としては、勿体ない
と感じたものです、これだけの先生に学べることはもうないのですが・・・。

浄土真宗の僧侶になるには・・・その五(教師になる)


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得度を終えると次は教師です。

教師を取るには教師教修に行かなくてはなりません。
これは得度と同じように10日間の合宿があります。
また、申請費用や研修費用は得度のときとさほど変わりません。
もう僧侶になっておられる方なので、衣等も揃っていると思います。
合宿は得度のときより内容はもちろん厳しくなりますが、得度を経験している
ことと、似たような方もそれなりにいらっしゃるので、逆に情報交流の場にも
なります。

ただし、こちらも所属寺院の承認が前提と言うことになります。
でなければ申請を上げようがないので・・・。
得度と違って教師資格は住職になれることもあるので、寺院によっては認めな
いと言うことも十分に考えられます。

次に教師教修を受ける教師検定をパスしなくてはなりません。
得度と同じように、宗門関係の大学や仏教学院の課程を修了すると免除にな
りますが、時間と費用がとってもかかります。
仕事をしている方なら、そんな時間はありません。
そんなときは、中央仏教学院に通信教育があるので、その専修課程を修了し
ても免除されます。
ただしこちらの課程は3年間と長帳場ですね、それと年1回の1泊2日のスク
ーリングは必須です。

あともう一つ手段があります。
それは教師教修検定試験と言われるもので、運転免許の一発試験みたいな
ものでしょうか?
これには希望者には4日間程度の講習会がセットになっているので、講習会
を受けた後に受験することができます。
これなら一週間もかからずに済みます。
教師教修は教義もそうですが、実技がやはり難しくなるので、実技をみっちり
練習している方なら良いかと思います。
ただ普段の法要では滅多に勤めないものなので、CDを買って3か月間くらい
はしっかりと練習すれば良いかと。
ただ拍の取り方や律(音階のようなもの)が慣れていないと難しいのですが。
こちらの場合は、所属寺院が何をどうすればよいか教えてくれるでしょう。

とにかく教師教修を受けるには、おそらく上記のいづれかの方法を取るしか
ありません。
もちろん特別免除はありませんから、自分にできそうなものを選ぶのが良い
と思います。

教師を取れば、本願寺派では次の資格を目指すスタートラインに立てるので、
僧侶を目指すのであれば、是非この教師を前提にしておいた方がいいですね。

尚、東京では通信教育を受講している人向けに独自の勉強会を実施している
グループがあります。
私が行ったときは、秋から春にかけて日曜日に月3回程度実施していたと思い
ます。
会社員の方も来ていて、情報収集の場にはなると思います。
会場は築地本願寺ですので、東京の方は聞いて見られたら良いと思います。

まあとにかく宗門関係校を出ていなくて、一念発起して僧侶の道を目指すとな
ると、時間がかかるしお金もそれなりにかかります。
やはり僧侶の道も中途半端では厳しいものになります。

「死」を見つめて生きるってこと。

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「死」を見つめて生きる。

でもやれと言われてもすぐにできることじゃない。
じゃあ「死」を見つめて生きるってどんなことなの?
それもよく分からない。

仏教って「死」を見つめて生きる教えなのか?
そうとも言えなくもないか・・・。

でもそれは葬式をするからじゃない。

「死」を見つめるってことは、今を自分が生きてるってことに
気づくこと。
そんなことなんじゃないかな。

生きることに慣れて、いま自分が生きてることさえ忘れてる。
でも「死」を見つめることで、自分が生きてることを思い出す。

でもその生には限りがあると言うことも知る。
だったら、その限られた生、自分に残された生をどう生きようか。

そんなとき仏に出遭う。
仏の道を歩む。

仏教はあなたに現世の利益を約束するものではない。
あなたが「いのち」を生きるための真理を説き伝えるもの。

仏の道を歩くとは、あなた自身の道を歩くということ。
そして、あなたの迷いを取り除くこと。
それが仏の利益である。

あなたに仏の道を歩むと言う思考回路をつなぎます。
その回路がつながると、ものの見方が変わってくる。

すべてのものとの関係性に目覚めて行く。
あらゆるもの無常であるがゆえに尊く、そしてあらゆるものの
存在によって生かされる「いのち」に出遭う。

限りある自分の「いのち」をどう生きようか?
たとえ明日この「いのち」が終わったとしても。
いまをどう生きるのか・・・。

阿弥陀如来の願いはここにある。

満中陰(四十九日)法要と信心。

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今日は満中陰法要を故人のご自宅でお勤めいたしました。
故人は、総代をしていただいていた方で、ご兄弟も多く、また近所の方も
たくさんお参りされておられました。

満中陰は四十九日とも言われ、初七日から二七日・三七日と続き、七七日
で満中陰となります。
私たちが住む場所をこちらの岸として此岸(しがん)と言い、仏の国であるあ
ちらの岸を彼岸(ひがん)と呼びます。
浄土真宗の彼岸は極楽浄土、そこに往生され仏となられるのです。
中陰とは中有とも表現しますが、此岸から彼岸までに至る状態のことを言い
ます。そしてそれが四十九日で満たされるので満中陰。
両岸があるわけですから、そこにはいわゆる三途の川が流れている訳です。

七日毎のお勤めを六回、そして七回目に四十九日となりますが、このお勤
めにはいろんな説やたとえ話があります。
七日毎に見送ってくれる仏が違うので、その供養のためにお勤めするとか、
三途の川を無事渡れるように供養するとか、まあ宗派や地域や寺によって
いろんなことを言うのでしょう。
中陰の途中で迷ってこの世に帰ってこない様にとか、成仏できなかったら
困るとか、およそ仏教では考えられないような迷信を駆使する僧侶もいらっ
しゃる様ですが、現在ではその様な話では誰も納得してはくれないでしょう。
納棺時に三途の川の渡し賃に六文銭がいるとか、杖がいるだとか?

特に浄土真宗は、迷信を一切断ち切る教えで、死者は仏となる方でもあり
ますので、忌み嫌うことも一切ありません。
なので上記で表現した様なたとえ話で終わることはできないのです。
たとえば五七日の三十五日は閻魔大王の裁断が下されるとか・・・。
でも、一応はこんなたとえ話もありますが、と法話に付け加えたりすることも
あります。
阿弥陀様の願いによって迷うことなく浄土へ往生されるのが決まっていても、
それでも私たちは一緒に見送りたい、だから個人と残された方々が一緒に
四十九日間旅をするような感じでお話をして行きます。
もちろん亡くなられた方の環境を考慮してと言うことになりますが。

一番の目的は、ご家族の迷いを取り除いてあげること、そしてその悲しみを
受け止めること。さらにはその中で親鸞聖人と阿弥陀如来の教えをお伝え
することがその中心となります。
なので、初七日から回を重ねる毎に、少しづつ浄土真宗の教えを進めて行く
様にしています。そしてお勤めするお経もそれぞれに合う様なお経を。
今日の法要では、総代としてお寺に貢献していただいたことのお礼を述べ、
まとめの法話となる浄土真宗の信心についてお話をしました。
この信心を分かりやすく説明することが大切なので「本願を信じ念仏を申さ
ば仏となる」と言う短い言葉を使って話を展開して行きます。
発心と信心の違いから、本願のいわれ、念仏の意味するもの、そして仏と
なる意味と役割へと。
それが今生きる私たちになぜ必要なのか、で最後は「世の中安穏なれ 仏
法ひろまれ」と言われた親鸞聖人のお心で法話を終えました。

私が10年くらい前、宗派を超えた僧侶の会で話した時、僧侶として必要な
ものと聞かれて信心と答えたのですが、そのときは周りの僧侶の方から猛
反発を食らったことも話しました。
そのときの反応は「今の時代に信心なんて言ったって誰も聞くわけがない、
そんなこと言ってたら相手にされない。」って感じでした。
でも今日のお参りの皆さんの反応は「えーっ、僧侶でもそんなことを言う奴が
いるんか信じられん。」という言葉が数人から返ってきました。
その反応に、まだ浄土真宗の信心は生きてるなあと、ちょっと嬉しかったり
しました。
ですからこちらもちゃんと勉強しておかないと、いい加減なことは言えません。
法要で質問があったとき、そのときちゃんと答えることが必要で、調べておき
ますとは言えないのです、だって法要は一期一会の場ですから。

法要は浄土三部経と正信偈和讃六首引、法話・御文章と最後はいつもの
「しんらんさま」の合唱で、合計1時間45分の法要。
近所のお参りの方も同じ時間を過ごされます。
年配の方が多いので、足や腰が痛いのなんのってって感じ、最初にお身体
は楽にしてくださいよ、仏様の前ですから楽に楽に。
でもじっとしているので皆さんとてもしんどそうなので、こちらもちょっと心苦し
かったりもするのですが、やっぱり手は抜けないのですねえ、性分かな。
その後は親族の皆さんと一緒に食事で、朝10時からお宅を失礼したのが2
時半でした。
田舎の法要は時間がかかり、またお酒も頂くので坊守の送迎なしには成り
立ちません、特に今回は大雪の中でもありました。
毎回こんな感じなのですが、門徒さんとのコミュニケーションはとれますが、
いつもいつも良いとは限らないので、思わぬ落とし穴に落ち込むことも・・。
読経・法話・お斎(食事)と、落ち込む場所も多々用意されているので、気の
小さな私は、帰ってもまだ悩んでいることも多いのです。
本当はその都度アンケートを配りたいくらいです。

食事では、これから立ち上げたいと思っているNPOの話をしました。
するとお一人が、ボランティアにはいつでも行くよと言うお言葉も。
話しはしてみるもんですね。
その方は「えーっ!」と反応をされた方のお一人でした。
うちのお寺の檀家さんではないのですが、余計にありがたく・・・。

なぜインドで仏教が滅びたのか?・・その9(その後のインド)

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インドにおける仏教の滅亡には様々な要因があるでしょうし、いままで述べて
きたこと以外にも大きな要因があるかも知れません。
ただどちらにしても複合的に重なって滅亡へと進んで行ったのでしょう。
でも、どれか一つをとっても、いづれは滅亡する運命であった様にも感じます。

インドの北東部には、インド滅亡後も密教は残っていましたが、地理的考える
と昔のインドと言う訳ではありません。
またインド内部にもほんのごく少数の仏教徒が残っていることもTVで見たこと
があります。
ただどちらをもってしても、インド仏教の滅亡を覆すような状況ではないと考え
ます。

インドで仏教が復活するのは、第二次世界大戦後のインドの独立を待ってか
らとなります。
これは、インドカーストの枠外に置かれたアンタッチャブル(不可触民)出身の
アンベートカルの登場を待ってと言うことになります。
アンベートカルはインドがイギリスから独立したときの初代法務大臣となり、カ
ースト制度の撤廃に尽力した人ですが、あの有名なガンジーと激しく対立した
ことでも有名です。

その対立は、ガンジーは独立に際してカースト制度の存続に肯定的であった
ことにあります。
アンベートカルはカースト制度の撤廃なくして真のインドの独立はないと譲らな
かったのです。
初代法務大臣となったアンベートカルは、カースト制度の撤廃を法律で定める
ことを成し遂げましたが、ヒンドゥー教の教えが根付いているインドでは法律で
決まっても実際の差別は無くならることはなく、現在に至っても厳然と続いてい
るのです。

アンベートカルはヒンドゥー教があるかぎりカーストは無くならないと考えて、民
衆30万とも50万とも言われる人々を引き連れて、1956年仏教徒に改宗し
ている。
アンベートカルはこの集団改宗のすぐ後に亡くなっている。
その後も集団改宗を行っているが、まだまだインドでは少数勢力である。
これには差別に対する社会保障が、仏教徒に改宗すると受けられなくると言う
様なこともあるそうです。
もちろんさまざまな社会環境が整っていないと言う面もあるでしょう。

このアンベートカルは日本では仏教界でもあまり知られておらず、取り上げら
れることも少ない。
ガンジーの方がはるかに有名なのである。
仏教国である日本が支援してもよさそうですが、この運動には関わっていない
ですね。
その理由は、大乗仏教至上主義だった日本は、小乗と呼んでいた上座部へ
の改宗であったことや、下層階級出身者だったことなどと推測される。
まあ日本の仏教界と言えば、世界宗教者会議で当時の日本の仏教代表が
「日本には一切差別はない」と発言する様な体たらくな世界だったわけでもあ
ります。

アンベートカルにはイスラームやキリスト教からの誘いもあったようですが、仏
教がインドで誕生した宗教であることなどから、仏教徒への改宗を決めたので
す。
アンベートカルはこの様な誓いがあったそうです・・・
「ビシュヌ・クリシュナなどのヒンドゥーの神は信じません、ブッダがビシュヌの
化身とは信じません。人間を差別するヒンドゥー教を否定しブッダの教えを信じ
ます。」

因みに、ガンジーは「カーストは自然な秩序だ」として、アンベートカルに対立
して断食を敢行したということです・・・。

このアンベートカルの集団改宗を以てインド仏教の復活と言えるかどうかは微
妙です。
決して教えが復活したわけではないのでしょうから。
現在でも仏教徒に改宗した人々はインドのごく少数の人たちだけです。

ただこのことが一つのきっかけとなり、仏教が見直されることになるときが来る
かも知れません。
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