
田舎に住んでいると、ワインを買う機会は少ない。
でも、たまには美味しいワインを飲みたい。
そんなときは、鳥取市内の繁華街にある、谷本酒店で買う。
このお店は、古くからある酒屋さんだが、ワインと地酒の品ぞろえは秀でて
いるのだ。
鳥取にあるお店では、本屋の定有堂書店、そしてお酒なら谷本酒店。
それぞれの個性が出ていて、おもしろいのだ。
地域にこんなお店があると助かるし、生活も豊かになるな。
そして、このお店の娘さんは、会社員時代の同僚でもある。
今週末は、子どもの春休みで、久々の帰省。
久々の再会のついでに、たまには美味しいワインを仕入れに出かけた。
ここは、チーズにもこだわりがあるので、チーズも一緒に。
今日のワインは、LEROY・・・ルロワ。
ブルゴーニュの逸品。
女性醸造家の熱意のブランドである。
Leroy Bourgogne rouge 2007.
LEROYのなかでは高額なブランドではないが、久々に美味しいワインを
味わうには、嬉しい一品である。
いつか、お寺を誰かに引き継げるときが来たら、ヨーロッパのワイナリ―巡り
が夢なのです。
それまでには、日本の有名な醸造所には行っておきたいなとも。
ワインの醸造家には、こだわりと手間を惜しまないという共通点がある。
求めることに対して、ストイックであり妥協がない。
この姿勢は、僧侶も同じであると感じる。
谷本酒店には、そんなこだわりがある。
そのお店にしかない品揃え。
ワインには、そんな思い入れがある。
そして、昔の同僚である娘さんとも、久々に話しができた。
以前から、きりっとした方であったが、二児の母親としての風格はある。
ご主人は、ある大手メーカーの研究員をしておられ、義母と同居し育児に専念
しているとのこと。
子育てのことにも話しが及ぶ、すごく興味深い話しを聞くことができた。
確かに、聞いているとその通りだと感じる。
ジャンルやカテゴリーは違っても、本質は何事も同じ、すべてつながっているの
だと、普段感じていることを再認識させられる。
子育てと地域活動に熱意を持っておられる様です。
いろいろな所にいろんな人がいる、そしていろいろと頑張っておられる。
そんな出会いも楽しかったりするのだ。
そう言えば、お会いするのは、18年ぶりくらい。
外見は、以前と変わっていないという感じ。
熱意のある方は、いつまでもお若いのでしょう。
これが若さの秘訣、中身が豊かになって、さらに輝いているのでしょう。
ここまで書いておけば、次にお会いしたとき、怒られないかな?
そのときは、多分子育てが終わっておられる頃になるのでしょう。
2012年03月

宗教的感覚が鋭くなるときと、鈍くなるときがある。
鋭くなるときには、その思いに近づきたいと思う欲求が高まる。
鈍いときは、いくら宗教書を読んでも、というより読む気もなくなる。
なので、できるだけ興味が湧きそうな仏教関係の書籍は、買うように心が
けている。
なぜなら、そのときは読まなくても、いつその欲求が起こるか分からない。
断捨離では、もう読まれることのない宗教書は処分するとある。
でも、この部分だけは、私には当てはまらない。
平気で10年前の仏教書を読むこともあるし、過去にその感情が湧きあが
ったことを再現するには、その本のその場所を読み返さないといけない。
あるときは、拾い読みする。
あるときは、資料をまとめるのに使う。
そんなこんなで、僕のおてらには仏教関係、特に浄土真宗関係、そして
宗教関係書が、だんだん増えて行く。
キリスト教やイスラム教系も、ときには刺激になるので、集中的に読む。
他宗教の書籍を読めるときは、もっとも宗教脳が活性化しているとき。
そのときは、自身の教えに照らし合わせて、明確に比較し読めるのだ。
そして、情報関係や知識書は、時間とともに陳腐化する。
でも、宗教関係の書籍は、読んだ年齢や経験則によって、違った感覚に
出会える。
そこが大きな違い、仏教書は決して色褪せない。
ただ、その時代に合わせたものは、仏教書でも陳腐化するが・・・。
人間って、本当に忘れる動物だから、前に読んだことさえ忘れてる。
でも、多分心の奥底には積み重なっている部分もあるのだろう。
そんなこと言ってたら、死ぬまで読まないじゃん。
ってこともあるけど、まっそれならそれでいいか。
と開き直って、今日も書棚を見上げる。
でも、やっぱり、必要ない本は整理しなきゃと思った。
読むかもしれない仏教書と、どう考えても読まない本が混在している。
選択をしていかないといけないな・・・。
せめて、読みたい本と、絶対読まない本の棚を整理しようかな。
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お寺の本堂。
浄土真宗で、ご本尊のいらっしゃる場所を内陣と言う。
内陣は、仏様のいらっしゃるところなので、一番大切な場所となる。
真ん中には、阿弥陀如来。
向かって右手には、宗祖である親鸞聖人。
左手は、通常は本願寺八代目の御門主である蓮如上人。
その内陣のご本尊を中心として、仏具を荘厳する。
そのとき注意するのが、一本に筋を通すことである。
阿弥陀様からの中心線にその仏具が来るように配置するのだ。
香炉や蝋燭立など、一対のものは左右対称に。
一つのものは、その真ん中に配置する。
これが少しでもずれていると、落ち着かない。
要は、仏様に向かって真っすぐに、筋を通す。
お寺に行かれたとき、本堂に入る。
そのとき、荘厳に筋が通っていると、すっと背筋が伸びる。
私たちの暮らしには、筋が通らないことも多い。
また、無理やり筋を通そうとすることもある。
無理や道理が、思う様にはならないのが人の道。
でも、仏様に対しては、心をまっすぐに向ける。
仏様のお心も、まっすぐに私たちに届けられる。
仏様と私たちの関係は、せめてそうでありたい。
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「我至成仏道名聲超十方、究竟靡所聞誓不成正覚。為衆開寶藏廣施功徳寶、
常於大衆中説法獅子吼。」
「われ仏道を成らんに至りて、名声十方に超えん。究竟して聞ゆるところなくは、
誓ふ、正覚ならじと。衆のために宝蔵を開きて、広く功徳の宝を施せん。つねに
大衆のなかにして、説法獅子吼せん。」と。
これは『無量寿経』にある「重誓偈」に。
ここに、「つねに大衆のなかにして、説法獅子吼せん」、とある。
その前には、「衆のために宝蔵を開きて、広く功徳の宝を施せん」、ともある。
これは、法蔵菩薩つまりのちの阿弥陀如来の決意なのだ。
もちろん、私たちはその名を聞く、そしてそのいわれを聴く、そしてまたその名
を聞くのである。
聞くこと、そしてその結果何が必要なのか?
私たちは法蔵菩薩ではない。
でも、その声を聞いたなら、私たちはその思いをしっかりと受けなくてはいけない。
まして僧侶であったなら、そうすべきであるのだ。
絶対他力の法を知る、他力に出遇うからこそ、そこから何をせねばならないの
か、何を伝えなくてはいけないのか。
それは、常に大衆のなかにして、衆のためにその教えを説き、その教えによって
衆の迷いを解き放ち、その心に安心をもたらすよう、獅子が吼えるように、教えを
力強く、勇気を持って伝えるのだ。
その法蔵菩薩の思いと決意を、私たちは聞き、そして伝える。
それは強い意思と決意をもって伝えるのだ。
その様に私は受け止める。
そして、挫けそうなときも、勇気を持って踏み出していかなくてはならない。
そう自分を励ますのだ。
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山里にもやっと春の装いが・・・。
ここは東北や新潟ほどは雪は降りませんが、山陰もやはり雪国かな。
つい先日も春雪が。
気温が低く、庭の紅梅もやっと開花がはじまった。
例年より1ヶ月くらいは遅いそうです。
そうすると、境内や庭のあちこちに、春の装いがありました。
こちらは、ヒマラヤユキノシタの花。
チベットでも、今ごろ咲いているのだろうか。
こちらは、日本のユキノシタ。
同じユキノシタでも、かなり違う、そして花は咲かない。
でも、どちらも雪の下で、葉を緑のままに春を迎える。
池に浮かぶ、サザンカの花。
まるで飾っているかのようです。
自然のままに・・・・。
境内の木には、こんな可愛い花も。
とても小さく謙虚に咲いています。
でも鈴なりに、たくさん花を咲かせている。
庫裡の前の庭には、昨年植えたミントがたくさん葉をつけていた。
昨年植えたときは、立木であったが、冬を越してみると、土に根をはわして
いる。
これも自然のなせる業?
庭に低く、強い風と雪に耐えているのだ。
こっちにも、昨年植えていた花が、雪どけと同時に花を咲かす。
やっぱり生命力って強いと感じさせられる。
牡丹もつぼみをつけている。
牡丹の花は一瞬である。
そのはかなさも表現される花。
でも、その瞬間は美しい。
シバザクラの花。
昨年より境内の片隅に植えている。
いづれは、その一帯をシバザクラでいっぱいにしようと思っている。
可憐な花だな。
春先から5月くらいまで花を咲かせてくれます。
沈丁花の蕾。
本当は、もう花を咲かせていてもいい頃。
でも今年はまだだな、はやくその香りで楽しませて欲しいですね。
いよいよ、山里の光澤寺も、春本番ですよ。
宿坊光澤寺のホームページはこちらへ。

僕が東京で会社員をしていた頃、東京には仏教関係のイベント紹介雑誌
があった。
多分、季刊くらいではなかったかと思う。
たまたま、その雑誌をある講座で見つけて、そこに興味のある講座を見つ
けては、毎週どこかに出かけていた。
そして丁度、上田紀行氏の「仏教ルネッサンス塾」に出会った。
「がんばれ仏教」という本を出されたばかりでもあった。
閉塞感のあった日本仏教を、本来の輝きを取り戻そうという試み。
場所は、芝公園近くの青松寺。
このお寺は、曹洞宗の学林のあった寺院で、駒沢大学の前身だった寺。
そこには当時、あの南直哉氏がおられた。
まだ当時は、仏教界にはそんな動きは少なく、保守ムード一色。
まだ物珍しさが先にあった。
浄土真宗では、松本圭介氏が「おぼうさんはじめました」を出された頃。
青松寺の近く、神谷町の光明寺におられた。
私が営業を管理していたエリアだったので、カフェで休んだり。
行事に行ったりしていた、町田宗鳳氏が講座をやられていた。
確かに、何かが動く、何かが変わる、そんな予感がした。
鳥取の寺に帰ろうと考えていたときだったので、とにかくいろんな場所に
足を運んだ。
講座もいろいろ回った。
そして今振り返ってみる。
仏教は、静かなブームである。
僧侶になりたいと考える人も増えたように思う。
ターミナルケアやビハーラ活動も少しづつではあるが、動き出している。
あのころ、少し種が蒔かれはじめ、今はまだ蕾くらいかも知れない。
ただ仏教は変わろうとしているのが分かる。
原点回帰も進んでいるように感じる。
まだまだ、先は長いだろうが、確実に仏教は力を付けている。
必要とされる仏教に脱皮しようとしている。
さて、その先には、どんな世界が待っているのだろうか。
自分自身でも、少し期待している。
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この植物の名は、「ヒマラヤユキノシタ」というそうである。
原産地は、アフガニスタンやチベットとなっている。
今年の冬は寒く、そして雪が多かった。
確かに、雪の下でもその葉は枯れることなく、一年中緑のままです。
そして雪解けの頃に、花の蕾をつける。
ユキノシタという植物も近くにある。
こちらの方は、葉も小さいのだが、ヒマラヤがつくと、同じ系統の植物とは
思えないくらいである。
春には、その花を咲かせ、とても美しいのだが、どちらかというと、その葉を
一年を通じて楽しむのでしょう。
庭とかには欠かせない、そして岩場などの日陰でも育つのです。
昨年の春、この植物を譲り受けて、境内の所どころに植えている。
なかなかいい具合に根付き、そして今年の春を迎えた。
境内に彩りを添えている。
アフガニスタンは、仏教の伝播してきたルートである。
大乗仏教になり、アフガニスタンから中央アジアへと伝播し、シルクロードへ
と伝わって行く。
チベットには、密教となって大乗仏教より遅れて仏教が伝わる。
そのころから、この植物はあったのかな?
もしかすると、仏教とともに伝わってきた植物なのかなあと想像してみたり。
阿弥陀如来は、このアフガニスタン周辺で醸成される。
そして、願いが込められてきたのだ。
今はタリバンでイスラム原理主義の強い国柄であるが、元々は仏教国でも
あり、パキスタン周辺も仏教国であった。
宗教は違っているが、そこにもいろんな思いを馳せたりする。
アフガニスタンはTVでは不毛の地であるように見える。
チベットも決して恵まれた地とは言えない。
そこにこそ信仰を育む要素があるのかも知れない。
キリスト教もイスラム教も、その生まれた地は、決して土壌豊かな国ではない。
そんなところにも、宗教の原点があるのかも知れない。

鳥取で開催された、エンジン01文化戦略会議。
その4時限目にも出席した。
講師は、和田秀樹氏、竹山聖氏、夏野剛氏、そして平井鳥取県知事。
竹山氏は設計家で映画の美術監督も務める、夏野氏はiモードの仕掛け人
で、現在は「ニコニコ動画」を手掛けている。
平井知事は、自治省出身で、橋下知事とのバトルでもちょっと有名。
そんな方々が、「小さな県から大きな提案を」と言うテーマにのぞむ。
今回のエンジン01で感じたことは、テーマ設定がイマイチだったと言うこと。
無理にそのテーマに合わせることで、激論や討論やトークが中途半端。
せっかくの講師陣の魅力を半減させているのでした。
皆、無理やりそのテーマに合わせた話しを聞きに来ているのではない。
その講師の魅力ある話しを聞きたいのではないか。
逆にテーマはあっても、ある程度フリートークにした方が面白い。
化学反応を狙った面も感じられたが、それはごく一部にとどまった。
ポケモンの増田氏のトークはキレが悪かったが、その他の二人の講師の
トークによって、その次の展開が一気に進む可能性を見出したと思う。
増田氏にとっては、意味深い講義でなかったかと・・・。
ところで、4時限目は、どちらかと言うと平井知事の独壇場って感じ。
せっかくの討論の半分近くを独占していた。
はっきり言って、私は平井知事の話しを聞きに来たのではない。
その他の論客の展開を期待していたのである。
実現可能か不可能か、そんな無茶な、そんなことできるの?
そんなトークを期待していたのに、平井知事の議会報告になっていた。
うーーーん、残念!
和田氏、竹山氏、夏野氏のトークが盛り上がりそうになると、平井知事の
自慢話が始まる。
さも、この小さな県でこれだけ頑張ってます。
僕たちは平井知事が頑張っているのは、よく知っている。
そして、これからもがんばって欲しい。
鳥取県には、できすぎの知事であるのも分かっている。
でも今回は、それ以外の論客から、いろんなアイデアを引き出す場なの
だから、そこに徹してもらえたら、もっと面白いテーマになっただろう。
その中でも、私の目指す「やずブータン村」構想のヒントになることはあった。
それは、街づくりの基本的な考え方。
そこにおける可能性。
十分に、私の感性を刺激したトークがあった。
竹山氏と和田氏の話しには、非常に惹かれる所がある。
この二人には、これからの鳥取県のあり方を示唆したものがたくさんあった。
夏野氏は、そこにカウンターの様に別次元の発想を加える。
平井知事がオブザーバーに回っていたら、もう少し化学反応が見えたかも。
そう思うと、中途半端な気持ちもあるが、まあ仕方ない。
そう言えば、最近softbankのCMで、鳥取が話題になることが多かった。
これは、想像した通り、孫社長のメガソーラー構想に、鳥取県がいち早く
候補地として立候補したことによる御礼。
そうじゃなきゃ、そんな鳥取を名指ししたCMはできないよな。
でも、鳥取県民はそのCMの意味を理解しない人々でもある。
砂丘の糸電話に抗議してるそうだ、馬鹿にされてると感じるらしい。
まあ、これも鳥取県たる由縁。
それを生かせばいいのに抗議をする。
だれも本当に糸電話をつかっていると思っている人などいないのだ。
砂丘で糸電話をつかって、恋の告白をするとか、プロポーズするとか。
そんな発想をすればいいのに・・・。
鳥取、そして「やずブータン村」
そこにある、遅れた県と、過疎地の村をつなぎ合わせて、他県では真似の
できない村をつくる。
それは、古くて新しい村。
懐かしいけど、こんな村、あるようでなかったな・・・。
そう思ってもらえる様な、村つくり。
そんな村を作れば、僕もいつかエンジン01の講師に読んでもらえるかな。
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昨日は研修で、鳥取市青谷にある願正寺に行ってきた。
その研修会で、問題提起と取りまとめの法話をしてきました。
この願正寺は、妙好人の「因幡の源左」で有名なお寺です。
浄土真宗には、妙好人という方々がいる。
その教えを味わったままの生き方をされた人、という感じであろうか。
普通に生活されていた方々、その中で浄土真宗の教えにひたる。
そして、生き方や言葉が、その教えそのままに・・・。
「因幡の源左(げんざ)」さんという、浄土真宗では有名なお同行である。
口癖は、「ようこそようこそ、さてもさても」と言う。
この「ようこそようこそ」という言葉と、その芹沢銈介氏の染色によって、
そのイメージが今に広がっている。
民芸復興の柳宗悦がこの源左を取材し、世に知らしめたきっかけとなる。
その師であった、鈴木大拙も「妙好人」という著作があり、浅原才一などの
お同行紹介している。
前は、私のお寺にもお同行がいらっしゃったなあ。
お寺で法要があると、その方の周りにいつもたくさんの人が集まっていた。
そしてずっとその人の話しを聞いているのだ。
昔は、いろんなお寺にそんな方々がいらっしゃったのだろう。
そして、衣を着た僧侶ではなく、普段着の教えがあった。
教えが伝わって行く土壌があったのでしょう。
願正寺さんでお話しをしながら、そんなことを考えていた。
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(エンジン01にて・・・わたせせいぞう氏と有森裕子氏の後姿)
エンジン01の講義の中で、CGアーティストの日本の第一人者である、
河口氏が面白い話しをしておられました。
キャラクターとか肖像権とか、現在日本ではやっとうるさくなってきた。
個人情報保護が言われるようになり、種々の問題が発生したからであろう。
その逆が中国である。
物真似、違法コピー、何でもアリである。
そう言う世界の風潮の中で、欧米では方向転換しているのだと言う。
美術品や肖像権などは、デジタルコピー化され、規制しようが何しようが、
世界中に広まってしまう。
それなら、いっそフリーにしてしまって、広告宣伝にしてしまおうとの戦略
である。
世界中に自由に宣伝してもらって、本物の価値を高め、それを見に来て
もらう。
そうすることで、さらに本物に磨きをかけると言うのです。
確かに、ヨーロッパやアメリカの美術館は、かなり前から撮影自由。
あのモナリザだろうがなんだろうが、フラッシュ撮影し放題であった。
一応フラッシュ撮影禁止となっている場合もあるが、現在のデジタルカメラ
や携帯端末ではフラッシュお構いなしなので、対処しようもない。
多分、フラッシュ撮影による作品の劣化はないとの判断もあるでしょう。
とにかく、世界の有名美術品は、どこでも撮影OKになってきている。
絵画で、モナリザがそうであるなら、他の作品でNGになるのもどうか。
そのときは、日本との違いに驚いたものです。
確かに、デジタルの写真をネットを通じて見れば、さらに有名になり、どこ
の美術館にあるかはすぐに分かる。
そうなれば、本物をやはり見たくなると言うのが心理だろう。
基本的に、日本の美術館で撮影OKには、まだ出会ったことはない。
モノは取り方である。
規制にばかり気をつかって、来場者が増えないのなら、意味がない。
多くの人に見てもらって、その作品に触れてもらうことが大切だろう。
そのとき要求されるものは、本物の価値である。
その価値をどう高めて行くかがポイントである。
それが、今回のエンジン01のポケモンにも言えることだった。
コピーや偽物が出回る中で、本物をどうやって表現するのか。
どうしたら、本物を見に行こうと思うのか。
どこに行ったら本物に会えるのか。
その付加価値を早く作り出さないと、手遅れになる。
そんな感じ。
このことは、私たちにとっても重要なポイントである。
そこを見誤ると、手遅れになってしまうのだ。
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3時限目は、ポケモンとゲームについて。
講師は、ポケモンの仕掛け人の増田順一氏、そして今をときめく勝間和代氏、
そして、CGアーティストとの第一人者である河口洋一郎氏。
この顔合わせこそ、エンジン01文化戦略会議だからできる顔合わせでしょう。
この三人の組み合わせは、すごく興味がありました。
会場が鳥取なので聴衆は静かでしたが、東京だったらヒートアップしてたでしょ
うね。
それぐらいワクワクする組み合わせ、この三人を引合すために今回の会議が
セッティングされたとしても、おかしくないのである。
テーマは、本当は「ポケモンはまだ進化する?」でした。
でも最終的な話しの展開は、「ポケモンの行く末は?」もしくは「任天堂の行く
末は?」と言った印象を私は持ちました。
ポケモンの世界市場における市場規模は、現在までで4兆円にも上るという。
世界的に圧倒的な人気を誇るポケモン。
そのポケモンが、巨大マーケットだけに、現在のSNSのゲームに押されている。
でも簡単には方向展開できないという、ジレンマが増田氏の言葉から垣間見
える。
河口氏によれば、日本に残された数少ない資源がポケモンなのだと言う。
そのポケモンにいまだかってない危機が訪れているのだ。
10年以上前から、国にそのことを訴えていても、国はそのことに全く気付か
ずに来てしまったのだそうです。
失われた10年、でもポケモンの人気が世界で圧倒的だった故に、その危機が
現実になるまで見過ごされていた。
もしかすると、ポケモンはディズニー以上の存在にできたかも知れないと言う。
日本や中国やヨーロッパやアメリカに、巨大ポケモンランドができていたかも
しれないのだ。
アメリカの超有名な映画関係者が日本に来ると、とにかくポケモングッズの所
に連れて行ってくれと言うのだそうだ。
それも誰もがそう言うのだそうです、じゃないと帰国したとき子どもに怒られる
からだそうです。
そのポケモンが、SNSによって大きな曲がり角に来ていると言う。
私はそう感じました、本当はそんなこと言ってなかったかも知れませんが。
多分、増田氏は今日のトークで、自分が想像していたより、はるかに危機に
直面していると感じたでしょう。
それが今年度の任天堂の決算に表れているのだ。
一度落ちると、多分市場は待ってくれないでしょう。
かと言って、ポケモンをSNS市場には簡単に出せない。
開発費がでないからだ・・・。
日本が世界に誇るアニメキャラクターが存亡の危機にあるのだ・・・。
もう二度と、日本からそんなキャラクターは出てこないだろう。
なぜなら、ゲーム機と言うハードが、スマホやiPadという機器にとって代わら
れたからである。
一気に市場規模が縮小するだろうことは、予測の範ちゅうである。
でも成功体験者はそこから、なかなか抜け出せない。
そうしているうちに、皆の興味は他に移って、手遅れになる。
増田氏は、勝間氏という客観的で、かつユーザーであり、またその子どもも
ユーザーである人から、現状をありのままに伝えられた。
勝間氏も、実は今日話しをするまでは、そこまでの認識はなかった様です。
でも、現状を聞くと、その策が取られていないことに、かなり危機感を抱いた
と言った感じでした。
河口氏はかなり前から、今回のことを危惧されていて、国にも相当助言を
したが、誰も聞く耳を持っていない。
要は、政治家は日本の将来より、自分の老後と選挙のことしか考えていな
いのだ。
韓国の様にK-POPを国家戦略で売り出すような、そんな感覚を持ち合わ
せた人間はいない。
気づいたら、日本にはすでに誇れるものや、海外に売り込めるものは何も
残っていないと言う状況になる。
要は、グリーやモバゲーのレベルでは、世界には対抗できないと言うこと
なのだ。
勝間氏の鋭い目線と、世界を見据えた河口氏の助言を、増田氏はどう受け
取られたのであろうか。
これからの展開を興味を持って、注視してみたい。
私なりにも、とても興味のあるトークでした。
ここでも、勝間氏と河口氏のするどい感覚は、やはりただ者ではないな。
今回の会議が、その復活のきっかけとなる出会いであって欲しいと願う。
今回のトークは、別にポケモンに限ったことではなく、その他のことにもあて
はまるのだ。
たとえば、現在のお寺や僧侶の置かれている環境にも言える。
変わらないと思っていたことが、一気に流れが変わってしまう。
そのことをしっかりと考えておかないといけないのだ。

2限目は、「唱歌ふるさとは鳥取生まれ」です。
講師は、三枝成彰氏と服部克久氏と猪瀬直樹氏。本当はオペラ歌手の
中丸三千繒さんも出席予定でしたが、急遽体調不良で欠席でした。
確かに、「ふるさと」の作曲は鳥取出身の岡野貞一ですが、わざわざこの
戦略会議の議題にしなくても、と言った感じがしました。
途中でも、やはりテーマに気を使って、トークが盛り上がらない場面も。
それなら、もっと自由なテーマでやって欲しかったなと感じた。
せっかくの三人のトークが、もう一つ不発だったようにも・・・。
猪瀬氏は、独特の持論で話しをされるので、その方が興味深いのです。
三枝氏は進行も兼ねていたせいか、ちょっと歯切れがなかった。
やはり、中丸さんが欠席になったので花がなかった面もありました。
トークもそれで、ちょっと盛り上がりに欠けていたのかも知れませんね。
それでも、三人のそれぞれの持ち味のトークはありました。
岡野貞一に関係ない話の方が良かったですね。
次回以降は、もう少しテーマを検討されては?
何故かと言うと、岡野貞一のことは地元の人は良く知っているので、それ
をこの場で聞くより、もっと違ったテーマを聞きたいのです。
この講義のチケットの売れ行きが遅かったのは、その点が大きかったと
思います。
講師陣も、岡野貞一について、熱く語るとこはできなかったようです。
鳥取県には有名なオタクが二人いると言っていました。
岡野貞一と石場茂。
かと言って、オタク文化に力を入れてはと言われてもねえ・・・。
猪瀬直樹さんの毒舌が炸裂して欲しかっただけに、ちょっと残念でした。
最後に、三枝氏が、鳥取を去った岡野貞一が、「ふるさと」という曲を
書いたのは不思議だと言っていました。
でも、鳥取を去らざるを得なかった、たとえ良い思い出がなかったとして
も、去ったからこそ、あの曲が書けたのだと僕は思う。
ふるさとに縁があって、良い思い出しかないのなら、あの「ふるさと」と言
う曲は、逆にできていなかったのではないかと感じます。
三枝氏は、もしかすると都会育ちなのかな?
「ふるさと」の曲のイメージができていないのだろう。
なので、中途半端な進行になったのかな?

3月24日、鳥取で、エンジン01文化戦略会議in鳥取が開催されました。
1時限から4時限まで、17会場に分かれてそれぞれ講義が行われます。
そうそうたる講師陣で、こんなに鳥取に有名人が集まることは、多分最初で
最後だと思う。
よくぞ、これだけ揃えられたものだと、驚くばかりである。
幹事長は林真理子氏で、副幹事長は和田秀樹氏。
実行委員は、三枝成彰氏・有森裕子氏でした。
講師は
茂木健一郎氏・猪瀬直樹氏・勝間和代氏・倍賞千恵子氏・川島なお美氏
和田裕美氏・湯川れい子氏・藤原和博氏など、まだまだ有名な方がたくさん。
1限目は私は、「どうする、鳥取の超高齢化」に出席しました。
講師は、和田秀樹氏・亀井眞樹氏、そしてフジテレビアナウンサーの佐々木
恭子さんが進行役でした。
和田氏と亀井氏の医療現場からのメッセージが、とても分かりやすく、結構
私が取り組もうとしているNPOに重ね合わせても、役に立つ話でした。
自分の方向性と、同じ方向を向いている話しが多かったですね。
超高齢化と現代医療の問題点に、鋭く切り込んでおられました
1時間半の講義ですので、詳しくは話せないのでしょうが、NPOの進むべき
方向へのヒントをいただきました。
聴衆は、テーマから年配の方が多かったのですが、逆に若い方にも聞いて
欲しかったなとの思いも。
このことからも、鳥取は超高齢化社会なんだなと痛感。
都会なら、多分若い人がたくさんいたでしょう。
最近、NPO関連の研修などに行くが、本当に年配者が圧倒的です。
エンジン01とかNPOって、結構若い世代のテーマだと思っているのですが、
地方は若い人がいないのか、興味がないのか・・・。
多分、この両方ですね。
そこに危機感を感じたりする、今日この頃です。
私が目指すのは、「人生の最後の20年を幸せに暮らせる町づくり」なので
大変参考になりました。
ちょっと勇気をいただいた講義になりました。
それにしても、三人の講師の方々の切れの良いトークと、その進行は、とて
も素晴らしかった。
田舎にいると、こんな場面には出会わないので、頭の良さと回転の速さ、そ
して、その明確さと鋭さに驚くばかり。
久々に、こんな感覚を味わえたのも、刺激になりました。

お寺の境内に沈丁花が蕾をつけている。
まだ開花とはいかないようだ。
春の季語に使われるという、ほんとうはもう咲いていてよいのだろう。
さすがに雪はとけたが、つい最近まで雪がかぶさっていた。
春の雪は水分を含んで重くなる、それが朝晩の冷え込みで凍てつき、
氷の塊になってさらに重くなる。
春の雪は、樹木にとって試練でもあったりする。
枝や幹が折れたりすることも多い。
この沈丁花は、さらに厳しい試練を乗りこえている。
前の住職が、この木の根元でよく物を燃やしていたのだ。
なので木の根っこのところが焦げて黒くなっていた。
幹や枝もかなり傷んでいてあまり見栄えもよくなかったのです。
今でもこの写真に見える側の反対側は、その影響で枝がない。
昨年から少しづつ手入れをしているので、だいぶん元気になってきた。
ことしも、もうすぐ遅い花を咲かすでしょう。
甘酸っぱい、とても香りがいい。
そうすると、この山里のお寺にも本当の春がやってくる。
人生も試練の連続だ、釈尊でさえそうであったのかな。
でもそこに仏の道を歩むという生き方があった。
私にも、迷いばかりの人生であるが、道があるのだろう。
脇道に逸れようとする心を、その道に戻そうとする作用がある。
それが仏教なのかなと思うことがある。
戻る道があるからこそ、今自分が迷っていることが分かるのだろう。
その道がたぶん仏の道なのだ。
戻るところがなければ、自分が迷っていることさえ分からない。
すると迷いは深くなる。
でもどこまで行っても戻れない。
早く、その道に気づくことが大切なのだろう。
「自らを島とし、自らをたよりとし、他人をたよりとせず、法を島とし、
法をよりどころとし、他のものをたよりとしないでいる人々がいるならば、
かれらは修行僧として最高の境地にあるであろう、
・・・・誰でも学ぼうと望む人々は・・・・。」
(大パリニッバーナ経 「ブッダ最後の旅」 中村 元訳)
私が自分で感じることのできる「いのち」は、今の自分のいのちだけだ。
その「いのち」を生きているのなら、とにかく楽しくて苦しみのない人生が
いい。
そう考える人も多いでしょう。
人生において本当の歓びとは何であろうか・・・・。
宝くじに当たったときであろうか、家を建てたときであろうか、毎晩若い
女性と遊んでいるときであろうか、出世したときであろうか、名誉をえた
ときであろうか・・・・
それがすべての終わりではないのだろう、そしてそのことがずっと続けば、
そのことにも飽きてしまい、また別のものを求めるだけなのだ。
それが資本主義の循環であり活力であることは事実。
その資本主義によって、経済と科学の発展は遂げられた。
もう昔の様な生活には戻れない、それも事実。
でも本当にそれで心豊かになったのか、それで本当に幸せになれたのか。
仏教は厭世主義などではない、快楽の元は「苦」にあるということを知ると
いうことなのだろう。
一瞬の快楽を、快楽と錯覚しているところに「苦」があると言っているのだ。
快楽は苦であることに気づくことが大切なのだ。
その典型はギャンブル、そのもとのお金、遊興。
でも、やめられない、神頼み、占い、祈祷、お祓い、風水、
エセ・スピリチュアル。
あれほど、騒がれているのに、人間は懲りないのだ。
なぜ釈尊が、そのようなものに頼らないと説かれたのか。
それは「苦」であることに気づかないで、余計に迷いにおとしめるだけだから。
それは「錯覚」という脳のはたらきなのだ。
あげくには「悟り」を錯覚によって作り出そうとする宗教も登場する。
いまでは、日本のお寺でもあちこちで・・・・。
そこには、授戒や戒名の意味や価値を見出すことはできない。
釈尊の教えを真っ向から否定していることに気づいていないのだろうな。
やはり迷いは深い。
そういう私も、迷いは深いのだが。

『歎異抄』の第一条にはまだ続きがある。
「弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。
そのゆゑは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にまします。
しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なくゆゑ
に。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑにと云々。」
このように続いている。
ここにも浄土真宗の教えの根本が説かれている。
この一条が、浄土真宗の教えの極致なのだとさえ感じる。
この一条をどのように受け止めるかで、二条以降の言葉の受け取り方が違う。
そして、この一条によって、すくわれる人々がいる。
その心をとらえて離さないのだ。
弥陀の本願にまさる善などない、また、弥陀の本願をさまたげるほどの悪などない。
すごい言葉である。
親鸞聖人のお考えであろうが、逆に親鸞聖人であったならば、ここまで強烈な言い
方ができたのであろうか。
傍でずっと、その教えを聞いてきた唯円だからこそ発せられた言葉ではなかろうか。
当時、念仏は旧仏教界から相当な弾圧を受けていた。
死罪になった僧もいたのである、親鸞聖人は生涯そのことを忘れていない。
『教行信証』の「化真土文類」にはそのことが明確に記されている。
相当強烈な言葉である、日本が戦時中には、その言葉が『教行信証』から削り
取られていたほどである。
「主上臣下・・・云々」という言葉があったからである、つまり天皇批判とも受け取ら
れかねない言葉だったのです、実際はそうではないのですが。
日本の歴史の中で、僧侶がその教義によって死罪になったのは、後にも先にも
この承元の法難のときだけだという。
その結果、法然と親鸞は流罪に遭う、そして浄土宗と浄土真宗と言う二つの教え
が生まれる要因ともなっている。
親鸞聖人は、法然の弟子の中でも遅く入ったので、決して序列は上ではなかった。
でも親鸞聖人も、法然上人と同罪くらいの遠流なのだった。
そこには親鸞聖人が、法然門下でも際立つ存在であったことをうかがわせる。
もし、このことがなかったならば、その後の浄土宗はどうなっていただろうか?
そんなことも感じずにはおれない。
現代でも、その言葉には驚きを隠せないほどの衝撃があるが、当時であれば反逆
者と呼ばれかねない言葉なのである。
八代目の蓮如上人は、この『歎異抄』を門外不出として、本願寺の奥深くにしまわ
れたほでであるのだ。
そこには、外部のものはもちろん、内部の者にでさえ危険極まりない。
そう思わせる言葉が並べられているのです。
弥陀の本願のすくいの対象。
それは、老少や善悪を問わないとある。
やはり、十方衆生、すべての衆生が対象である。
逆に言えば、悪人と称せられる、罪悪深重・煩悩熾盛の迷いの中にいる、自分から
抜け出すことのできない人こそが目当てなのだと。
ただ、このことから、悪いことをした人間の方が真っ先に救われるという、造悪無碍
という間違った教えが伝えられることにもなる。
だから悪いことをしても構わない、悪いことをしろと言っているのだ。などと・・・。
唯円は、そのことを正したかったのでしょう。
悪人のとらえ方が重要なのである。
そのことが第三条へとつながって行くのだ。
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- 歎異抄に聞く

「弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏
申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけした
まふなり。・・・云々」
これは歎異抄の第一条の最初の言葉である。
唯円は最初に、浄土真宗の教えの根本を伝えておられる。
【意訳】
阿弥陀如来の本願に出遇い、そしてその本願によって私はすくわれて往生させ
ていただくということを疑うことなく信じ、その思いをうけとるとき、そのありがたさ、
かたじけなさの思いの心から、私の口から念仏が称えられる。そのとき私はすで
に阿弥陀如来のすくいの手の中にある。
そのとき私はすでに浄土に往生が定まり、この世の迷いの中に戻ることはない。
このことが、浄土真宗の信心のすべてである。
これ以外に信心はない。
この言葉のみで、私が感じることができたのなら、もう他は必要ないのである。
余計なことを考えないのなら、ここにすべてが納まるのです。
でも、なかなかこれだけを聞いてすべてが分かるほど、人間は純粋ではない。
あれもこれも考える。
このときはどうだ、あんなことをしたらどうだ・・・。
考え出すときりがない、それほど私たちの迷いは深いのだ。
ときには、自分なりに解釈して、きっとこのときは違うだろう。
さすがにこんなことではすくわれない、いやすくわれたらおかしい。
何のために私はこれだけ頑張っているのか。
あんな奴がすくわれるなんて、そんな教えはおかしい。
誰でもそんなふうに考えてしまう。
真理は単純であったりする、でもそのまま受け入れられなくて、複雑にして
いるのが人間なのです。
真理を解釈して行くと、そこには迷路が待ち受けている。
だから唯円が『歎異抄』を著す必要があったのでしょう。
そんなことは親鸞聖人は仰られていないと・・・。
私(唯円)が、親鸞聖人からお伺いした教えは、このような教えです。
ただ、そこには純粋ではあるが、唯円という人格を通すフィルターが存在する
のも事実ではあるでしょう。
『歎異抄』 = 親鸞聖人の教えではなく、『歎異抄』 ≒ 親鸞聖人の教え
なのだと思います。
唯円が、私たちに親鸞聖人の教えを分りやすく説いてくださる。
その分かりやすさを、親鸞聖人のお言葉へ帰る作業をする。
そうすると、唯円が説かれた教えが、親鸞聖人の教えとなって、私たちの前に
ヴィジュアルとなって広がってくる、つまり教えが具現化してくるのです。
それが、この『歎異抄』という本の最大の魅力である。
逆に、親鸞聖人の教えに帰すことができなかったならば、それは親鸞聖人の
教えではなく、唯円の解釈になってしまうことでしょう。
唯円は、寸分たがわず、そして自分の解釈を入れず、親鸞聖人から聞かれた
ことだけを伝えようとされている、そのことが伝わってくる。
親鸞聖人が浄土真宗の言葉を使った意味は、法然上人の教えを正しく伝える
と言う意味でのみ、この浄土真宗と言う言葉を使われているのです。
でも結果として、その後に浄土真宗と言う宗派ができる。
浄土宗は法然上人の教えを正確に伝えていないかも知れない。
でもそれは、現在の本願寺教団にも言えることかもしれない。
少なくとも、三代の覚如上人以降大きく変わったことは確かである。
ただそこから教団としての構築が始まっているのも事実。
それがなければ現在の教団は存在しない。
それは、どの宗派も同じ問題を抱えている。
仏教しかり、キリスト教しかり、イスラム教しかり、そこから派生する各宗派し
かり。
この問題を内包しながら、その溝を埋めて行く努力をしている。
それが、現在の各宗教や宗派の共通認識なのだろうか。
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- 歎異抄に聞く

『歎異抄』はとても有名な宗教書です。
これを解説すると言うことは困難な作業となります。
一つには、とても有名過ぎると言うこと。
過去にとても多くの方々が解説をしておられる。
学者、宗教者、宗門関係者、作家まで。
それぞれ独自の視点で鋭く解説されています。
二つには、浄土真宗関係者にとって扱いが難しいと言うこと。
要は有名である分、避けては通れない道。
ただ、著者が親鸞聖人ではないということから、この著作を依り所とはできない。
たとえば布教使の試験では、この『歎異抄』からテーマを引くと言うことはできな
いのです。
その点で、このテーマを語るときは親鸞聖人の言葉を、その著作から引いてくる
という作業が発生します。
『歎異抄』だけで語ることができないと言うことにもなります。
ただ今回は、難しく考えないで自分なりにこの『歎異抄』を味わうことにしよう。
この本は何回読んでも、多分その度に違う思いが出てきます。
年代、立場、経験、自分の精神状態etc・・・。
その逆説的な表現方法が、いつまでも人々に親鸞聖人を追い求めさせている
のかも知れない。
『歎異抄』は日本で一番有名な宗教書であることは、誰もが認めるところでしょう。
世界中の有名図書館には、必ずその蔵書があるという。
ただし、その解釈もたくさん。
どれかに引きずられてはいけないので、ただ自分自身として向き合って行く。
でも10年後はまた別の解釈になっているかもしれない、というより絶対違う
だろうと感じます。
今回は、51歳の私の『歎異抄』ということになります。
この本の著者は正式には不明。
ただ唯円であるということは、ほぼ誰もが認めているところ。
この唯円の生涯も正確には分かっていない。
これも人によって変わる。
宗門(本願寺派)では、そこはあまり語られないところでもあります。
これだけの有名人の生涯があまり知られていないのも不思議である。
奈良吉野の立興寺には唯円のお墓がある。
ただこれも本当に唯円の墓と認定されているわけではない。
小さなお寺です、近くには蓮如上人の所縁の立派な寺院があります。
お墓も小っちゃい、忘れられたような感じのお墓です。
東京で会社員をしていたとき、鳥取へ帰省の途中に寄ったことがある。
でも、そのお墓はとても味わいのあるお墓でした。
本当の唯円のお墓であるとされていたら、参拝は絶えないであろう。
そんな感じがしますが、そんなところも唯円らしいと言った感がある。
親鸞聖人に付き従った方。
その傍でずっと教えを直接聞かれた方である。
釈尊にとっての阿難の様でもある。
だから余計にその教えがリアルに人々の心に届くのであろう。
決して親鸞聖人からは聞けない、傍に付き従った人であるから出てくる
言葉なのでしょう。
だからこそ、その親鸞聖人の教えが違った方向へ進むことは許せない。
そうじゃないんだと・・・。
『歎異抄』は唯円の心の叫びでもある。
それは親鸞聖人のお心にも必ず通じる言葉なのでしょう。
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- 歎異抄に聞く
- 浄土真宗ってどんな感じ。

今日は彼岸の中日。
午前中に彼岸法要をお勤めしました。
お参りは村の方を中心に10名くらいで、少なかったのですが、法要後お茶を
飲みながら皆さんと和んだ時間を過ごしました。
懐かしの大学芋を坊守が作って皆さんに振る舞い。
とても美味しいと評判でした・・・。
お世辞でも、あっという間になくなったので美味しかったのしょう。
これなら、宿坊に来られた方に、お茶とサービスしたらいいかもと考えたり。
やはり、そのお寺の特長を出さないといけないから、お菓子や料理に工夫を
しないと。
午後時間が取れたので、文化ホールへ。
県が助成したNPO法人への、地域マネージャー配置の成果報告会に行って
みました。
鹿野町・智頭町・米子市・関金町などのNPOの発表がありました。
年間600万円の助成を3年間、相当な援助だな・・・。
NPOなどへ、雇用支援施策として打ち出された様です。
皆さんそれなりに苦労し、頑張っておられる。
様々な助成金が出されている。
もちろん目的が明確であるのだが、助成金って効果が図れないのが難しい。
今日の報告会でもそう。
何かただ使ってるだけという感じがしないでもない。
ただ誰も批判できない、お互い様。
このスタイルは寺院にも言えるような気もするし・・・。
自民党の最後の政権のときは、本当に助成金がばら撒かれていた。
そんな話を聞いたことがあります。
とにかく金があるから使え、報告はどんなでも良い。
最後は、助成金をもらう方が困惑していたそうです。
それも数千万円単位。
それで、今は何でも反対じゃおかしいよね、もっと議論に参加して欲しい。
私もNPOを立ち上げたなら、どんな助成金でも欲しいと思う。
でも、助成金に頼ったら、頼ったなりの成果しかないであろう。
NPOもそんなことにしがみついてるところも多い。
要は、受託業務的発想。
多分成功しない。
受託業務や助成金が終われば、その業務は終了。
責任がないのだ、県の担当者も異動すれば終わり、責任は問われない。
そんなことを考えさせられた一日でした。
批判するは易し、でも実行するは難し。
自分自身でも、進む道の険しさも実感させられました。
頼ったら、頼ったなりの成果しか望めないのかも、自助努力も苦しいが。
今日はちょっとキレの悪い話となりました。
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- やずブータン村関連

吉本隆明氏が亡くなられた。
戦後最後の哲学の巨人と評されている。
今の時代、巨人といわれる人はいなくなった・・・。
皆、結局は薄いのだろう。
吉本氏は親鸞研究でも有名であった。
若い世代には、吉本ばななのお父さんとして有名ですが。
吉本ばななさんのあの感性は、お父さんのDNAを引き継いでいるのか。
やはり、その感性は一代では構築できないものかな・・・。
なんて考えたりする。
談話室の書棚に花と合掌のカエルを置いてみた。
その真ん中に、吉本隆明氏の著作「最後の親鸞」を、この本は昭和51年
10月31日発行の第一刷です。
東京で会社員をしていた頃、神田の古本屋で購入したもの。
その隣の丹羽文雄氏の「ひと我を非情の作家と呼ぶ」も古本屋で。
一方は理性的に、もう一方はとても感情的です。
この両面は、親鸞聖人の表情が表現されているなと思うのです。
受け取る人によって、いろいろな面を見せる。
逆に言えば、すべての人に思いを寄せているのだろう。
親鸞聖人ほど、様々な人に影響を与え続ける思想家はやはりいない。
宗教家としても、これほどに影響を与え続ける人もいない。
日本で最高の思想家であり宗教家であるのだと思う。
日本の思想家や作家は、親鸞聖人を避けて通ることができないのだ。
この本の中に「ある親鸞」という一編が納められている。
その最後の一節・・・
「『改邪鈔』の著者覚如にとって、一介の〈非僧非俗〉の念仏者だった親鸞の
姿は、すでに遠くなっていたのかもしれない。だが偶像が放棄さるべきこと、
思想に伽藍や袈裟が不要なことだけは、まだ明瞭だったとみえる。時代が
すでに、親鸞にとって自明だったことを、改めて問題にしなければならない
ところにきていたが、まだここには、北陸と坂東と近い奥州に〈非僧非俗〉の
思想を流布していた親鸞の姿は、小さな像を結んでいた。」
日本に浄土思想が結実する。
その先端を親鸞聖人は歩まれる。
そして時代は、今でも親鸞聖人には追いつくことができていない。
本願寺そして教団ができ、そして日本と言う社会も変わる。
教団が成立した時点で、どの宗派も開祖の教えから遠ざかる。
それはしかたのないことである・・・。
宗派は、それ以外の教えや考え方には一切、不説となる。
分かったようなことを言う、浄土真宗の僧侶も問題である。
まだいまだに私たちは、親鸞聖人に追いつくことができないのだ。
まして釈尊の教えも、まだまだ遠い先にある。
行き着く先は、お二人によって示されている。
でも、時代も人間もそれを追い求め続ける。
逆に、一旦はそこから大きく後退して行くのだろう。
そのギャップを埋めようとする。
まだまだ、だれも行き着かない。
戦後哲学の巨人と評される、吉本隆明氏によってでさえもたぶん・・・。
そして、そのギャップを埋めることを試みられたのではないかと思う。
少しだけ、私もその思いに触れたひとりです。
合掌
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- 浄土真宗ってどんな感じ。
- 仏教

今日は、私のお寺にて研修会が行われました。
本願寺派因幡組の連研修了者のフォローアップ研修です。
彼岸に重なったのと、天候も肌寒い日でしたが、それでも参加された方々に、
頭が下がる思いでした。
ついこちらも一生懸命になるのですが、いつも言いたいことの半分くらいしか
お伝えできないとの思いがあります。
ちゃんと伝わったかな?
み教えをお伝えすることの大切さと難しさを思い知らされる・・・。
「自信教人信」ですね。
今回の研修は、私が講師でしたが、やはり教えてもらっているとの思いが強い。
皆さんの表情や頷きで、こちらもつい熱が入る。
でも寒い本堂で聴講される方々は、きっと大変でしたでしょう。
暖房も行き届かなくて申し訳ない思いでした。
そんなことを思いながらも、皆さんにいただいた思いを受け止めねばと。
因幡組をこれからもしっかりとフォローして行きたいとの思いでした。
帰り際には皆さんが声を掛けて下さいます。
その言葉、その笑顔が私の明日への活力です。
もっともっと精進して行こう。
本当にみなさんありがとうございました。
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- 浄土真宗ってどんな感じ。

今日は彼岸の入り、もうしっかりと春なのです。
でもお寺の梅の木はまだ花を咲かせていませんが、でもやっぱり春。
お寺に泊まって、ゆっくり過ごしていただくことを目的に宿坊を始めようと・・・。
本当は宿坊が目的ではなかったのだけど、いろいろ考えてたら先ずは宿坊
ということに行き着いた。
なら、思い切り心と身体を休める場所を作ろうと思う。
そして、お寺や仏教や浄土真宗のことについて、親しめる場所にしようと。
希望すれば、写経や仏教の各種講座、そして瞑想なども楽しめるようにする。
その受講料は一切必要ない、ただそれを希望する人に親しんでもらいたいだけ。
お寺って、身近だけど遠い存在。
特に浄土真宗の寺院の宿坊は少ない。
お寺、仏教、浄土真宗をもっと身近に感じてもらいたい。
何もしなくても、お寺と言う空間でゆっくり過ごしてもらいたい。
そして一番は、何と言っても安心できる場所であって欲しい。
勧誘など一切ない、祈祷や祈願もしません(浄土真宗なので)。
写経の納経料なども必要ありません。
料金は、ご案内しているもの以外は一切ないので安心できる。
旅慣れた方で宿坊の経験のある方は、宿坊が一番贅沢なのだそうです。
そして決して高くないし、食事もついてるし、おまけにお勤めもできたりする。
そして、他では体験できない空間がそこには広がっている。
私の寺の宿坊は、特別有名なものなどないです、ただ四季の自然が広がる。
山里の日常に触れられる、騒音もなく、でも周辺には普通に生活がある。
昔の日本にはどこにでもあった風景、でも今はそんな場所は少なくなっている。
ただただノドかなのです。
【宿坊案内】
◇宿泊 7,500円/お一人 夕・朝の二食付(希望すれば飲物ははサービス)
お酒もほろ酔いなら程度ならお出しします。
ただし、館内は禁煙となっております。
喫煙は指定場所にてお願いします。
◇時間 昼2時~翌昼12時まで、ご自由にどうぞ。
◇一日一組限定なので、お寺を独り占めできます。
お一人でもお気兼ねなく泊まっていただけます。
◇お勤め 夕5時と朝7時の二回あります。 もしよろしければご一緒に。
◇講座 仏教・浄土真宗・作法・歎異抄・正信偈などなど・・・。
写経・瞑想など、皆さまのご要望があれば、なるべくそれにお応え
致します。
ただし、専門的ではありませんので、ご了承ください。
ご一緒に親しむと言う感覚です。
※浄土真宗本願寺派の教師、布教使資格と学階は取得しております。
◇ご相談 法事やお葬儀、お墓のことやご先祖のこと、ご自分のこと。
会社のことや、その他何でもご相談できます。
45歳まで東京で会社員をしていましたので、仕事のことでも。
◇談話室と図書室
雑誌や仏教関係の書籍などを中心に、談話室と図書室があります。
滞在中はご自由にどうぞ。
◇お願い 法務が入る場合がございます、そのときは講座やお勤めの時間が
変更になる場合がありますので、ご了承願います。
◇お問合せ 詳しくは宿坊光澤寺ホームページ
http://www.koutakuji.comまでどうぞ。
◇アクセス 鳥取は遠い様で、京阪神からのアクセスが意外と便利。
鳥取自動車道(無料)ができたので、大阪から車で2時間少しで。
高速バス(安い)や特急スーパーはくと(はやい)でも便利。
今回は、宿坊光澤寺の案内でした。

今朝もとても冷え込んでいた。
池にも氷が厚く、まるで金魚が氷の中にいるようです。
上から見てると、氷の中で固まった様にさえ見えます。
こんな風に見えるアートがあったな。
まさか金魚も氷ってるんじゃないよね。
身動き一つしない。
なんか不思議な光景。
夕方、池に入って氷を割ると、まだ厚いままです。
こんなに寒い春は珍しい、以前は真冬でも池は凍らなかったことも。
でも明日は温かい、最低気温も10度だと言う。
外はかなり強風が吹いてる・・・。
変な気候が繰り返し、そう言えば最近の夏は異常に暑い。
そして冬はとても寒い。
最近は、気候も暮らしにくくなってるなあ。
さすがに金魚は氷の下にいて無事のようです。
氷を割ると、泳いで逃げてる。
こんなに寒いと大変だろうと思うのですが・・・。
金魚はどんなこと考えてるのかなって思う。
自然に生きてることが、ある意味さとりに近いのかな。
だって、あるがままに受け入れてるように思えるから。
日本の景気も低空飛行のまま。
でも、僕たちは生きてる。
頑張らなきゃね。
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- いのち

今度の日曜日、私のお寺で研修会が開催されます。
因幡地区の浄土真宗本願寺派寺院のご門徒さん向けの研修会です。
今回の参加者は30名~40名くらいになりそうです。
浄土真宗では、地区毎に連続研修を行っています。
私のお寺が所属しているのは、本願寺派山陰教区因幡組です。
毎月1回を12回連続で、地区にあるのお寺を順番に会場にして行きます。
その中で、宗教、仏教、浄土真宗のみ教え、作法、お勤め、などを一通り
学べるようになっています。
今回の研修は、その連続研修を修了した方々を対象にした、フォロー研修。
熱心なご門徒さんの中でも、ベテランのご門徒さんと言うことになります。
まだ寒さが続いているので、暖房がちょっと心配なのですが。
田舎のお寺は、本堂が大きいのと密閉性が良くないので、寒さにはちょっと
弱い。
もう少し気温が上がってくれたらいいのですが、と思っていたら、昨日までの
予報より、日曜日の気温が上がっていました。
少しだけホッとしています。
雪が残っていたけど、本堂と境内の片付けと準備はほぼ終了。
研修に参加される皆さんに、しっかりと学んでいただくための、環境作りです。
私が講師役なのでテーマは自分で選びました。
「これからのお寺の役割と現代に伝える親鸞聖人のみ教え」です。
これからのお寺に求められているもの、それを問題提起してゆきます。
皆さんには、もしご自分が住職もしくは坊守だったら、どんなお寺にしたいか。
もしくは、これからお寺にやって欲しいことは何ですか?
日頃不満がある?お寺についてとにかく何でも議論してもらいたいですね。
そしてもう一つは、本願について少しだけ深く掘り下げてみたいと思っている。
本願は、浄土真宗の教えの根本中の根本です。
でも何となく分かっているけど、説明しろと言われたら…?
こんな方も多いかも知れません。
本願寺の名前の由来でもあります、もう一度しっかりと学んでいただきたい。
そう考えて今回のもう一つのテーマとしました。
こちらのテーマは、問題を投げかけるので、それを皆さんに答えてもらうつもり。
さて、どんな研修会になるのか楽しみ。
私も皆さんのご意見には大変興味があるので、自由な意見を引き出して行ける
よう頑張らねば。
お寺が皆さんの希望の光となりますように・・・。
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- 浄土真宗ってどんな感じ。

厨房の手洗いに少しだけ手を加えました。
殺風景になりがちな手洗いに、シールを貼って少し華やかさを演出。
もうすぐ春なので、心をウキウキさせる。
そんなイメージのシールです。
お寺はそれなりに古くなっている。
年代が感じられるには新しく、でも住むには古く。
壁やドアは古いタイプなので、薄暗く感じます。
なので、少しづつ改修を加えています。
最近はホームセンターで壁紙類が置いてあったり、ネットで注文できます。
ドアや壁を変えるだけで、イメージが一気に変わります。
襖も、デザインを選んでネットで頼みます。
かなり自分で手を加えて行きました。
厨房は清潔感と華やかさを少しでも・・・。
本当に必要なものの選択、デザイン、改修、レイアウト。
全てに、少しづつ手を加えて行く。
そうすると家がよみがえってくる。
そして、その家には持ち主の意志が表現されて行く。
家と会話が始まるのでしょう。
家も応えてくれる。
そんな感じなのでしょうか。
でも、お寺も庫裡も手間がかかるし、お金もかかる。
少しづつやって行くしかない。
これも終わりのないこと・・・。
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- 宿坊光澤寺はじめました。

昨日から今日にかけて、宿坊に一人の若者が来られた・・・。
電話で予約をいただいたが、県外の方だったので大雪の中大丈夫かな?
そう思っていました。
どこから来られるのかな?
すると午後の3時過ぎくらいに来られました。
お話しを聞くと、ローカル線の若桜鉄道で来られ、近くの駅から歩かれたそう
です。
この三月で大学院を卒業されて、4月からは社会人になる。
その間の最後のときを使って西日本を一人旅されていると。
東京の方ですが、こんな田舎のお寺にわざわざおいでいただいたことに感謝
しています。
こんなとき、宿坊をやっていてよかったなと思います。
たまたま旅先で、この寺の宿坊を知られたとのこと。
まったく知らない方、そして遠くから来られる。
そんな方とのご縁ができる。
それが嬉しかったりします。
今日は朝から快晴、これからの社会人生活を頑張られるのだろう。
戦後の無力感から、高度経済成長を経験した。
そして日本は二つの大震災を経験した。
様々な方の思いを持って、思いを受けて、また一歩踏み出さないといけない。
その思いを忘れることなく、でもその思いを力に替えなくてはいけない。
すべての人の「いのち」の元に、いまの私の「いのち」があるのだということ。
それを忘れなければ、またきっと立ち上がれるのでしょう。
仏教の「縁起」にはそんな意味もある。
今回、来ていただいた若者に、そんな思いを込めて、これからの日本を託す。
そして私たちも、これからの方々にしっかりと引き継いでいかなくてはならない。
決して、今の、自分たちだけの、目先の幸福だけを追っていてはダメなのだ。
いつから日本は、自分のことだけ、自分の現世利益だけを考える様になったのか。
すべての「いのち」はつながっているのだ。
だから私たちも無責任ではいられない。
浄土真宗の「他力」の出会いは、そんな出会いなのです。
今回来られた方とお話しをして、そんなことを強く感じました。
四月から社会人になり、実家を離れることになる。
今回の一人旅は、ご両親にすこしでも寂しさに慣れてもらいたいという思いもあった
そうです。
そしておそらくご自分自身にも、そんな思いが・・・。
とても優しい心の持ち主です。
一緒ではないが心はつながっている。
今回の一人旅は、ご両親とその方の卒業旅行であったのかもしれない。
- カテゴリ:
- 宿坊光澤寺はじめました。
- いのち

全国的に村興しが盛んにおこなわれている。
お寺でも、寺興しをしようという動きも活発になっている。
お寺は村にあった、村興しも寺興しも同じなのだろう。
と言うことは、村が寂れるのと寺にお参りが少なくなったということは、同じ問題
がそこにあるのかも知れない。
浄土真宗のお寺は村とともにあった、お参りの多かった寺である。
法要や行事には本堂が満堂になっていたのです。
寺の住職にはその頃のイメージが頭に残っているのでしょう。
なので、お参りが少なくなったと感じている。
確かに私のお寺でも40年前は満堂だった記憶がある。
でも私の寺は、かなり前からお参りが少なくなっていた。
やはりお寺も人なのでしょう。
住職によっても大きく変わってしまう。
先ずは、住職の意識改革と勉強が先にないと、箱物行政と同じになる。
建物はあるけど、熱が過ぎればまた少なくなる。
お寺も人、そしてソフトが重要なのでしょう。
人が来ないと言う前に、住職や寺族の意識改革と勉強なのでしょう。
お寺である以上、そこに教えがなければ意味がないと思う。
もちろん、それだけでも人は来ない。
今まで通りでないといけないところもある。
そこを踏まえて何をして行くかと言うこと。
寺に人が集まって来た頃は、行政側や村に施設がなかった頃。
今は、保育園、公民館、集会所、学習会、医院、センター、など箱物は
たくさんある。
昔は箱物が少なかったので、必然的に元祖箱物である寺に集まった。
寺は、箱物だけではない、教えもあり人もいる。
やはり、その原点に還ることも必要なのでしょう。
新しい取り組みも必要です。
でも原点回帰することも、お寺の必要性をより感じていただけるのでは。
いま行政も予算がない。
自分たちで作ったツケを押し付けてきている。
過疎地の箱物の維持管理ができないのだ。
学校も統廃合している。
それでも政教分離がより徹底されて、宗教法人との関係をより厳密にして
きている。
お寺は昔からそこにあるのだ。
新興宗教とは違った役割がそこにはある。
そして、お寺はそこから離れないのだ。
本当の地域興しは、昔の村とお寺が一体になったものではないだろうか。

世間では、坊主丸儲けと言われることがあるようです。
でも実際はそんなことはないなと思う。
寺に戻る前からそれは分かっていたが、住職となってからは余計にそう感じる。
確かに、僧侶は何もしないでお布施だけもらっていると考えれば、そう見える。
でも実際には、それまでに多くの時間と、お金を費やしているのです。
葬式仏教と言われるが、実際に僧侶は葬儀に立ち会う。
と言うより、葬儀を執り行うのです。
死と言うものは様々である。
大往生と世間で言われるようなケースは少ないと感じる。
たとえ高齢であっても、そこにはいろんな思いやいろんな出来事が横たわって
いる。
そこに立ち会うのである。
葬儀屋からの依頼で読経だけというなら、そこまで考えないかも知れないが、
やはり、ご遺族や弔問客、親戚、ご近所、その方たちに対してしっかりと伝え
なくてはいけないことがあるのです。
まして僧侶が感情に流されることはない。
その方の死が、どの様なものであっても。
それが、大震災で遺体が行方不明の方の葬儀であっても。
ただ仏の思いを伝えることに専念する。
ときには無力感に襲われることもある。
ときには自己嫌悪で眠れないこともある。
それでも葬儀や法要には、また何事もなかったようにお勤めする。
中には、その感情のコントロールができない僧侶もいる。
そうなると、僧侶と言う職業は非常に厳しいものとなる。
その代償がお布施だとは思っていない。
できるなら僧侶に専念したいと思っている方もたくさんいる。
でも食べて行くために、他の仕事をせざるを得ない。
まして田舎の過疎地の寺は深刻なのです。
かと言って、檀家を増やすと言うことは難しい現実も横たわっている。
もちろん、都会のお寺に都会のお寺で、宗教離れといった問題もある。
コミュニティーの崩壊といった現実も。
僧侶にはいろんな壁が立ちふさがっているのだ。
宗派の壁、教団の壁、教義の壁、檀家の壁、社会の壁、経済の壁、まだまだ・・・。
それを一つ一つ乗り越えて行く。
壁があると言うことは、自分にまだしなければならないことが残っていると言う
ことなのだろう。
10年後、20年後には日本のお寺はどうなっているのだろうか。
何事もなく、ただ現状の先にあるのか。
それとも大きく変わっているのか。
それを自分の手で確かめると言うことができる。
だから今、僧侶は面白い。
衰退して行く世界か、大きく変革する世界か。
それは、僧侶になればそこに自分が関わることができる。
そんな魅力が、お寺や僧侶にはあるのだ。
もちろん、死ぬまでかかってもたどりつくことはない真理もある。
一生かかって追い求めるものがあると言うことも・・・。
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- 浄土真宗本願寺派の僧侶になるには・・

彼岸の小鳥殺しという言葉が鳥取にはある。
全国共通ではない様に思う、全国各地を転勤したが、この言葉を聞いたのは、
鳥取に帰ってから。
と言うことは、高校生のときまでは聞いたことがなかったと言うこと。
何か、言葉からは、小鳥を殺しているように聞こえる。
でも本当の意味は、三月になって温かくなり春が来たと思う。
そんなとき、彼岸の頃に急激な寒の戻りがあって、雪が積もる。
そうすると、春が来たと思って油断していた小鳥たちが、寒さで死んでしまう。
だから、彼岸の小鳥殺しと言う。
彼岸ということの、いわれに関する言葉ではないのです。
今日は、鳥取で雪が降った。
でも今年は、あまり温かくなっていない。
まだ冬を引きずっている。
小鳥もそれほど油断はしてなかっただろうな。
なら小鳥が死ぬこともないかなあ・・・。
でも今年は春が本当に待ち遠しい、いつになったら春になるのかなあ?
明日も雪模様。
今度の日曜日は、因幡地区の研修会がお寺であります。
まだまだ寒さが続きそうです、暖房は足りるかな?
被災地の方々はもっと寒いのだろう。
そんな心配がまだまだ続きます。
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浄土真宗の信心のすがた、それは歓喜。
喜びあふれるすがた。
その歓喜がおこるところに、私たち衆生の三業つまり「身業」「口業」「意業」が
関わることはない。
阿弥陀如来の智慧と慈悲のはたらきによって、私のこころに信心が生まれる。
そのときそこには、私のはたらきというものはないのだ。
そのときを「信楽開発の時剋の極促」と表現する。
もしその最初の信心を得たとき、私の行為が関わるのなら、それは絶対他力
ではなくなる。
それでは自力の行者となるであろう。
最初の信心を得たときのことを「初起」「初発」「初際」ともいう。
私たちは他力の信心をいただくのであるが、人は最初から他力信心ということ
はないのでしょう。
浄土真宗の僧侶には、浄土真宗は他力信心の教えだから信心には他力しか
ないと思っている方が多い。
自力の話しをしようものなら、あなたの考えや理解は違う、とすぐに言う。
「論語読みの論語知らず」という話しがあるが、浄土真宗の僧侶にはそんな
場面を良く見かける。
自分がまるで親鸞聖人になったかのようである。
そこで、その様な話しをするから、迷う人が出てくるのであろう。
要は、実際の信心の場に立たないで、学校や研修などで聞いた学問の信心で
理解しているからそんなことになる。
教義はあっても、そこまで到達するには、いろんなことがあるのです。
実際に法然上人のお弟子さんたちでさえ、自力の壁をなかなか超えることは
できていないのです。
だから今でも自力念仏往生を説くのでしょう。
養老孟司さんの「バカの壁」ではありませんが、人は一旦自分自身の頭で
理解したことは、その壁に阻まれて、違う価値観を受け入れることが難しいの
ではないでしょうか。
それでは、その他力の信心をいただくまでの私の信心は何であろうか?
自力の信心なのか、他力の信心なのか、全く別の信心なのか。
信心のときを特定しようとすると、そんな迷いが生じてくる。
そこをさも見極めるかのような話しをする方々もおられる。
人々の迷いを取り去るかのような、さも親鸞聖人の教えの様な顔をしている
ので、みんなそう言うことだったのかと感じてしまいやすい。
私たちが、阿弥陀如来の本願の意味を聞いて行くことの大切さがそこにある。
私たちは聞いて行く側なのだ、その思いを、その願いを、そのご苦労を聞くこ
としかないのです。
聞き続けていると、いつかそれが私の中で知らない内に、他力の信心の心が
おこっているのでしょう。
だから、そのときを私は特定できないのだ。
歓喜は、そのときではない。
その信心を得た後に、私の喜びの表現となるのです。
歓喜と言う信心を得た私のすがたは、信心を得るその瞬間ではなく、その後に
わたしの表現として出てくるものなのです。
これを浄土真宗では『歓喜初後(かんぎしょご)』と言います。
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- 親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え

今日は法事がありました。
三十三回忌、故人は戦前生まれです。
昭和以降、日本人の「いのち」の価値観について転換期となる出来事が二つ
あると思います。
一つは「太平洋戦争」です。
昭和20年8月15日までと、8月16日以降。
二つは、昨年の東日本大震災です。
終戦によって日本人の価値観は180度変わりました。
その日までは、みな国のためにいのちを捧げた。
中には不本意だった方もたくさんいらっしゃるでしょう。
靖国に英霊として祀られることで、その悲しみを今も癒している方もおられる。
ただ国のために死んだことを悔やむ方もたくさんいらっしゃる。
特攻隊でなくなった方も、見送られるときは国の為と言わざるを得ない。
でも亡くなるときは「お母さん」と言って亡くなられた方も多い。
せめて亡くなってからは、靖国から私の息子を返して欲しいと思っておられる
方もいらっしゃる。
神様じゃなくて阿弥陀様の元にと言われる方もいらっしゃる。
みんな「いのち」の価値観が違う。
戦争は間違っている、でもその「いのち」にはそれぞれの思いがある。
靖国問題が解決できないのは、「いのち」の見方が違うから。
全員が納得できることは無いのだ。
もちろん、国民を徴兵するために作られた靖国自体の問題もそこにが横たわ
っているので、問題は余計に複雑になる。
東日本大震災、日本の最大の自然災害である。
ここでは、予想外、想定外のことが起こったと言う。
津波も原発もすべて想定外の出来事であったと、関係者が発言する。
まるで免罪符の様に・・・。
これは、人間には限界があるということを、改めて知らされるのだ。
その私の「いのち」だって限界が必ずある。
そのことに気づかされるのだ。
今でも行方不明の方を多くの方が捜していらっしゃる。
心にけじめがつかない、心の整理ができないのだ。
葬儀や法事にも大切な意味がある、自分自身で心にけじめをつけて行く。
悲しみは癒えない、でも心を落ち着かせ精一杯見送る。
そのことで、また一歩踏み出せることがある。
もし葬儀をしていないと、いつまでも心にけじめがつかない。
あとから、例えようもない不安や後悔の思いにさいなまれることもある。
この震災では、「いのち」について考えさせられることが多い。
さっきまで元気だった人の、多くの命が一瞬で失われたのだ。
私たち人間には、限りがあることを知る。
そして多くのいのちに支えられていると言うことも知る。
そして、正しいと思っていても間違うことがあるのが人間。
親鸞聖人の思いは、人に対してのその様な思いが込められている。
だから、阿弥陀如来の本願があるのだという。
人間のはかなさ、人間の悲しみ、人間の苦しみ、人間の愚かさ。
すべてを分った上で、その願いが立てられているのです。
人間では決して解決できない問題だから、そこに阿弥陀如来の存在がある。
そして、阿弥陀如来の存在が必要なのである。
世俗的な現世利益だけでは、「いのち」の問題など解決しようがない。
一時的な幸福だと思う錯覚を追い求める現世利益など、役に立たない。
「いのち」の根源から救われると言う思いが必要なのだ。
だから親鸞聖人の教えがある。
阿弥陀如来と私の間に損得はない、つまり利害関係はない。
そしてすべての人に平等にその光はある。
ということは、私に対して阿弥陀の願いがある。
仏と私の関係は、一対一の関係なのだ。
自分自身の現在をしっかり受け止めることができないと、結局は人間は迷い
の中に入り込んでしまうのです。
そして、そこにつけ込む人間や宗教も多い。
しっかりと仏の真理を知ることが大切。
そして自分自身を受け止める。
そのとき、こころの安心がある。
そして感謝の気持ちを持てば、また自分も一歩前に踏み出せる。
一次の快楽など何の役にも立たないのである。
そんなことを感じた今日の法事であった。
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- 浄土真宗ってどんな感じ。
- いのち

(ここはお寺の談話室です。)
寺院コンサートの帰りに近くにある本屋に寄ってみた。
この本屋は「定有堂」といって、街にある本屋としては全国的に有名です。
全国の本屋さんが一度は行って見たいと思っているところ。
でも商店街にある小さな本屋です。
BRUTUSの書店特集号でも6Pの特集が組まれている。
ときどき町に出かけたときは立ち寄ってみます、というか山間部に住んでる
ので、滅多に行けないと言うことなのですが。
いつも思うことがある、これでよくやって行けるなあ・・・ということ。
どの書店にもあるマンガ週刊誌や新刊のコーナーはない。
その本屋さんが気に入った本や雑誌しか置かないという主義なのだろうと
想像している。
雑誌も、気に入った特集を扱ったものだけ置いてる。
だから1年前の雑誌でも、気に入った特集のものなら返品されずに置いてある。
別にカテゴリーが決まっているわけでもない、ただ流行の本に出会えることは
少ない。
なので、僕はいつもゆっくり本屋の中を回遊する。
そして気になった物を手に取って眺めてみる、雑誌は大概がビニールでカバー
してあるので、汚れは気にしなくて良い。
結構、僕の好き系の本が置いてあります。
宗教系の本や雑誌も品ぞろえされている。
ちょっと専門系の本も。
店がなくならずに、これからもずっと残って欲しいと思います。
今までこれでやってこれたのだから、多分これからも大丈夫なのでしょう。
市の中心人口が10万人くらいの街に、こんな本屋がやって行けるのは不思議。
いつも僕が思うこと。
返品が当たり前の書籍業界の発想ではこんな本屋はできない。
僕も、お寺の寺務所を図書室にしたいと思っているので、とっても興味がある。
自分の部屋なので、自分が選んだ本しかない。
ここは、本屋自体がそうなのだ。
もし、鳥取に来る機会があれば、是非一度は立ち寄っていただきたい本屋です。
駅から県庁に向かうメインストリートにあって、駅から徒歩10分少々。
お寺もやはり個性が必要だと感じる。
自分のお寺のスタイルを持つこと。
お寺が全部同じだと面白くない。
僕のお寺は、わざわざ人が訪ねるようなお寺ではない。
だけど、何となく惹かれるといったお寺を目指しています。
何か落ち着く、また行って見たい、つらいときも、うれしいときも・・・。
心の休み場所だったり、ふれ合いの場だったり、ひとり静かに過ごしたいとき。
誰かに何かを聞いて欲しいとき。
そんなとき行きたくなるお寺になりたい。

今日は鳥取市内のお寺さんで、チャリティーの「ぶらり街かどコンサート」が
あります。
寺院にはいろんな活動をしている所がある。
コンサートやイベントや展示会 etc・・・。
もちろん、どこでもと言う訳ではない。
でも何かをして行こうとしているのです。
何かをしようと思えば、人・モノ・金。
そして何よりも、その発想と企画力、そして行動力。
それらすべてが必要になります。
あとはお寺の設備や環境も。
それらすべてが揃うことは難しいけど、でも何かをやってみる。
それが第一歩だと思う。
お寺にお参りが少なくなったとか、若い人がお寺に来ない。
そんな声が聞こえるようになって久しい。
はたしてそうだろうか?
私のお寺は元々、お参りが少ないお寺だったので、そう感じないだけかも。
でも来る人は来る、来ない人は来ない。
来なくても熱心な方はたくさんいらっしゃる。
それはそれでいいのかな、なんて思ったりしています。
でも、人が行って見たくなるお寺と言うことでは、準備は怠りなく進めておか
なくてはならない。
それは、ある日突然人が来るようにはならないと言うこと。
たまたまお寺に行ったとき、そのことを感じていただく。
また行って見たいと思う気持ちを持ち帰っていただく。
その繰り返ししかない様に思うのです。
それはお寺の環境作り、そしていろんな催しを通じて。
努力しておられるお寺はたくさんある。
私も遅れない様に、準備をせっせと・・・。
10年後、お寺に子どもとお年寄りがたくさん来てくれるようなお寺に。
子どもとお年寄りを守って行けば、若い人はお寺に来なくても、お寺のこと
すごく考えてくれると思うのだ。
いづれは自分も歳をとる。
そんなことを思いながら、これからのお寺の役割を考えている。
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- 浄土真宗ってどんな感じ。
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僧侶をしていると、いろんなことに出会う。
もちろん良いことばかりじゃない。
今日もそんな一日、朝からの電話で一日スッキリしないでいた。
今回はお布施のことについて。
人に頼まれて電話してきたのだ、もうウンザリ。
常に自分たちの都合ばかり、それならお寺に頼まなくてもいいんじゃない。
そう思った。
なのに平気で何でも言ってくる。
もう少し常識のある判断をしてもらいたい。
お寺も霞や、断食をして生きてる訳ではないのだ。
ただ始まれば、頭にはそのことはない。
そのことに集中する。
仏様一筋に・・・。
ただ、どこまで我慢すればよいのかと、いろんな思いが頭をよぎる。
それも、仏の導き、私への教訓、私への警鐘なのだろうか?
そんなことがありましたが、夜は別のお宅に逮夜参り。
故人のお孫さん二人もお参りされていました。
最後に『正信偈』をお唱えしました。
すると、女のお子さんがお綺麗な声で『正信偈』を一緒に唱えている。
しっかりと大きな声で。
小学校1年生です、お葬儀のとき『正信偈』を一緒に唱えようとされてた。
やっぱり子どもは純粋だし、覚えるのも早い。
それも綺麗な声で唱える・・・。
こんなとき、僕はより丁寧に音程を間違えない様に、基本通りに唱える。
その子が間違って覚えてはいけないから。
僕は仏様に励まされてると感じた、落ち込む僕を励ましてくれてるんだと。
僕がお参りすると、お子さんが一緒に唱えられることが多いのです。
他を知らないので、どこでもそうかも知れません。
でも、経本を持って一緒に唱えてくれる、なのでできるだけ皆さんが持っている
経本に載っているものをお勤めするようにしている。
そしてより丁寧に、より大きな声で、そして音程をしっかりと。
すると、子どもたちもより元気に唱えてくれます。
法話も、そのお子さんたちに通じる様に。
今日の男の子は故人のことが大好きだったみたい、だからその思いをしっか
りと。
そうだな、僕が僧侶になったことは、いろんな出会いを大切にするため。
そして感謝の気持ちをしっかりと伝えるため。
そのために僕は僧侶になった。
今日は一日、いろんなことがあったな。
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- 浄土真宗ってどんな感じ。

瞑想っていろんな瞑想がある。
私も最近、瞑想を少し意識しています。
これは修行とか教義とかは全く関係ない世界での話しです。
私に合った瞑想方法とは、どんな感じかなと手探りしてる。
これも意外と面白かったりします。
どこか場所を決めて瞑想するというよりも、逆に場所を選ばない。
椅子に座ってるとき、歩いているとき・・・。
最近は、法要で読経をしながら瞑想的な雰囲気になることもある。
瞑想と言えば形がありそうだが、僕にはあまりない。
常にフリースタイルな瞑想。
自分を客観的に見る、もしくは自分をコントロールする。
このどちらも瞑想状態によって作り出すことができるのかなと考えたり。
普段、人って結構無意識に動いてることが多い。
それを自分でコントロールする。
この言い方は少し間違っているかも知れませんが、何となくそんなことを感じる。
たとえば、念仏のときの状態は、自然との調和がテーマ。
読経のときは慈悲がテーマとなる。
意識しないでできればよいが、最初はやはり意識してやることも必要だと思う。
それがいつか無意識にコントロールできるようになればよい。
最終的には、感情や欲望を少しはコントロールできるのではないかな。
そこには絶対的なものが必要となる。
それが仏教的真理であったり、阿弥陀如来の本願であったりする。
そこを前提にコントロールしなければ中心が分からないので、コントロール不能
になってしまうのだろう。
今は、そんなことを感じながら、少しづつ瞑想を試しています。
それは悟りを得るためとか、修行と言う概念を持たないことも重要。
そうしないと目的が違ってきてしまう。
あくまでもフリースタイル瞑想なのだ。
それには、ヴィッパサナー瞑想が役立つ。
釈尊の禅定に近い瞑想。
これから少しづつ瞑想をトレーニングして、いつかは宿坊のテーマの一つに。
心を和らげ、迷いを少しでも取り除く方法。
そして自然との調和と、縁起の中に生きてることの実感。
念仏は私のすべてを開放するもの。
でも最初からはそう思えないこともある。
瞑想がその手助けになるものではない。
ただ自然に生きて行くための方法。
とりあえず、何かやってみようかなと思ってる程度です。
でもいつかは、浄土真宗的瞑想にたどり着きたいと思っています。
それはどんなものか、少し興味がある。
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- 浄土真宗的生活のすすめ
- いのち

少し前に話題となった、島田裕巳さんの本に「戒名は、自分で決める」という
本がありました。
仏教やお寺に対する批判にのぼりやすいのが、この戒名なのでしょう。
意味がよく分からないけど、戒名料が高いと言うことがその原因かな。
浄土真宗は戒名とは言わず法名と言う。
それは授戒をしないからであるし、また阿弥陀如来の願いによって仏となる。
なので、戒名ではなく法名。
つまり、法名以上の名前はもうないということ。
それは仏教では、仏となることが最後の到達地点であるから。
法名の由来は、釈尊まで遡る。
釈尊は悟りを得た人には敬いを持って、尊い名で呼ぶように伝えた。
正覚を得れば、その方はもう今までとは違う方であるということなのである。
つまり尊者であるのだ。
中国の道安という僧が改革を行い、釈尊の教えに基づいて、出家者に釋を
付ける様になる。
そこには格差と言うものを排除しているのである。
その後、中国の仏教は道教の影響を受ける。
そこで戒名に居士や信士などが使われるようになる。
戒名はその家の格をあらわすようになり、お寺に寄進が多い人が高い位
の戒名になっていったのでしょう。
これが現在の日本仏教の戒名批判になって行く。
本来は、寺院の維持管理のための寄進的な意味合いもあると思う。
でも今はその意味がよく分からないからだと思う。
結果、位牌が大切な物の様に扱われる様になる。
そうすると、また良い戒名が欲しくなる。
位牌自体は、元々仏教のものではないのだが・・・。
浄土真宗は、この釋を必ず法名に付ける。
釋の意味は、仏教において一番尊い釈尊からいただいた文字。
仏弟子となることを意味し、仏の道を歩むものということ。
つまり浄土真宗で生前法名をつけるのは、このことにも由来している。
そして、浄土真宗の釋の文字には他にも意味がある。
インドには、大きな河が四つ流れていた。
シンドゥー川(インダス川)、ガンジス川が有名である。
その川には、いろいろな川の水がある。
濁った川、ゆっくりとした川など、その川を流れる水はいろいろだ。
でもその川の水もいずれは海に流れ込んで、一つの海水となる。
「凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味」
親鸞聖人が説かれた『正信偈』の一節である。
川の水は私たち衆生をあらわし、いろんないのちも、いずれは本願の海に
すべて注ぎこまれ、一つの塩味となる。
つまりすべての「いのち」は、すべて平等に仏の手の中に抱かれる。
そんな意味が、釋の一文字に込められているのです。
だから浄土真宗の法名は、釋のあとに二文字と決まっています。
それ以上はないのです。
すべての方が同じ本願の海の水となるのです。
話しは戻り、島田さんの本を読んでみて。
自分で戒名を考える方法が書いてありました。
でも読んでいると、本来の法名や戒名の意味からは外れている部分が多い。
私が法名を考えるときは、徹底してその意味を問って行きます。
その方がどんな仏様になられるのか・・・。
いい加減には決してお付けしない。
葬儀や法事のときは、いつ聞かれてもその法名の意味をしっかりとご家族に
伝えられるように。
法名だけでも、その名に基づいて法話がいくらでもできるようなお名前を考える。
法名のお布施もいただかない。
お気持ちがあれば、お気持ちだけ。
それは阿弥陀様へのお気持ちとしてお預かりする・・・。
そして一旦お付けしたら、私の元から離れる。
それは、仏様の名前であり、すでに尊いもの。
私の手の及ばない存在ですから。
島田さんも、法名や戒名を否定されてはいない。
ただ今のやり方はおかしいと感じられているのだと思います。
それがお金によって変わることも・・・。
そのことを寺院や僧侶は考えて欲しいといった意味だと受け取りました。
島田さんに質問されていました。
あなたは戒名(法名)をお付けになられるのですか?
回答は、今はまだ分かりません、と言った感じのお答えだったかと。
でも私はその答えを見て何となく感じたのですが、おそらく付けられるであろう。
それもご自分ではなく、どなたかにお願いされるのではないかと。
ご自分が納得されるやり方で。
とても信心深い方だと感じたのです。
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- 仏教
薄曇りでしたが、水の都は春の装い。
私は時間があったので、島根県立美術館と玉造温泉へ日帰り湯へと・・・。
今から15年くらい前、会社勤めのときに当時この街に住んでいました。
支店長だったこともあり、仕事一途?
でも、落ち着いた良い街というイメージがあります。
久しぶりにゆっくりこの街に来ました。
先ずは10時開館の島根県立美術館へと。

すると企画展で、花森安治展を開催していました。
実はよく知らなかったのですが、「暮らしの手帖」という有名な雑誌の編集長兼
デザイナーだった人。
その雑誌は、広告を載せないことで有名だそうで、今でも刊行している。
とても興味が湧きました。
「暮らしの手帖」社の社旗がありましたが、布きれをツギハギしたもの。
デザインは、仏旗にも似てるし、袈裟の原型ともいえるようなものでした。
袈裟は、捨てられていた布きれを縫い合わせて作っているので、ツギハギです。
今は、金糸や錦をつかってきらびやかですが、本来は糞掃衣(糞雑衣)。
何か、原点はこんな感じかなと思い、とても興味深かった。
私たち僧侶も初志忘れるべからず、そう感じたのです。


中に入って鑑賞すると、思いの外素晴らしい展示でした。
デザインも理念も。
広告を載せない理由は、自由な編集ができなくなるから。
それは現在も受け継がれている、そして戦後間もないころにも関わらず、斬新
なデザインにビックリ。
現在の最先端の雑誌のデザインだとしても全く違和感がない。
どうして?
というよりも、こちらの方がはるかに洗練されている。
この感性はどこからくるのだろうか?
その雑誌の理念とその先端性は・・・。
何気なく立ち寄ったのですが、いろんな意味で感じることが多い展示でした。
帰りにデザイン集を買って帰りました、僕も絵を描いてみようかな。

美術館の椅子。
うーーーん、椅子好きの僕には、たくさん良い椅子が置いてあった。
お寺に欲しい・・・ものがいっぱい。

春の宍道湖。
この湖は、松江の街の象徴。
春の穏やかさ、感じていただけますか?

松江と言えば、玉造温泉。
僕は、日帰り温泉が結構好きなのです。
で、その中でも温泉が綺麗なことで有名な「長生閣」へ。
ネットで日帰り湯ができることを調べていました。
日帰り湯は、有名旅館がおすすめです。
特別な温泉を、宿泊客がチェックインする前に独り占めできます。
料金は高いけど、それでもこの贅沢には変えられない。
滅多に行けないので、行くときは外湯とか共同風呂じゃなく、旅館の温泉が
いいですね。
浴場に行くと僕一人。
ちょっと写真を撮らせていただきました。
良かったのかな?
宣伝するので、よろしくお願いします。

これが「長生閣」自慢のめのう風呂。
底にめのうが敷き詰められています。
昼間だと余計にきれいじゃないかな、陽の光が入って。
極楽には七宝の池があると阿弥陀経に。
そんなイメージで湯に浸かっていました。
お湯に浸かりながら、しばし瞑想も・・・。
まさに「極楽~ごくらく」気分でした。

こちらは、露天風呂。
雪舟の須弥山世界の庭園の感もありますね。
どちらの湯も、本当に素晴らしい温泉でした。
こちらの温泉には一度入ってみたかったので、満足しました。
まさに名の通り「長生」ですね。
風呂上りには、抹茶と干菓子のサービスも。
今回の松江は短時間でしたが、とても有意義な時間を過ごせました。
島根県立美術館の花森安治展はかなりお奨めです。
可能であれば、是非行って見られたら良いかと。
感性と理性が刺激されます。
私も、見失っていたものをもう一度再確認できたと思いました。
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(光澤寺 中庭の金魚)
今日は老人会でした。
ある集落に行きました。
今日は気温も高く、皆さんも参加しやすかったのでしょう。
今年の中では一番多く、14~15名くらいいらっしゃいました。
1時間くらいの時間にいろんな話しをしましたので、どうかなとも思っていまし
たが、終わった後のお茶の時間、皆さんいろいろ話しをされていました。
お年寄りだから、というよりお年寄りだからみんな言いたいことがあるのだと
再認識させられたのです。
今日は、人生の残りの20年を幸せに過ごせる村づくりの話しも・・・。
本当に何とかしたいテーマなのです。
『無量寿経』の一節。
「人はひとり生まれ、ひとりで死んでゆく。人はひとり去り、ひとり来る。」
その「いのち」をしっかりと見守って行ける社会じゃないと、安心して歳も取れ
ないな。
そんなことを考えながら、これからできるお寺の役割と、立ち上げようとする
NPOのことに頭を巡らす。
春になった、早速に立ち上げねば・・・。
問題とやるべきことが山積み。
早くしないと、皆さんも歳を取られる。
待ったなしだな。
とりあえず、お寺の宿泊所と飲食店業の認可を受けた。
今度は、NPOの申請。
物理的には駐車場の整備。
そうすれば、お寺でゆっくり葬儀や法事をしていただける。
その人に応じた、見送りをゆっくりと、そしてしっかりしていただける。
そして暮らしの中に入って行くのだ。
国も、中山間地の支援に乗り出してくる。
それをどう利用するのかは、地元にかかってくるのです。
制度はあっても、うまく利用しないと掛け声だけになる。
さあ、お寺も動くとき。
お寺の中だけじゃない世界へ・・・。
そうすれば、自然にお寺に人が集まってくるのだろう。
お寺が外に目を向ければ、人もお寺に目を向けてくれると信じて。
お寺が、皆にとって必要な場所になれば、人は集まる。
必要な場所でなければ、人は集まって来ないだろう。
そのためには、僧侶が外に目を向けることだろう。
そして、そこに存在意義を出して行く。
そのことで、お寺に関わる方が良いと判断されたなら、人は集まる。
人々の「苦」そして「いのち」に寄り添い、関わって行く。
今はそんなことしか分からない、でもやれば見えて来るのでは?
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新しい仏教的価値観の創出。
それは何かと言うと、新しい日本のお寺のネットワーク作り。
宗派とか教義に左右されない仏教的価値観の共有。
仏教には、四諦八正道とか三法印(四法印)という教えがある。
それがなければ仏教とは言えないと言うこと。
それが仏教が部派に分かれ、日本では宗派に分かれ。
同じ宗派の中でまた細かく分かれている。
宗派が違うとやはり連携もなければ、行き来もない。
だから、そこまでのことは、それぞれの宗派で良い。
そこまでは、お互いのこととする。
ただその先に共通の価値観を作ることでネットワーク化できないか?
連携できないか?
本山や宗派の壁を超えて行くもの、そういう価値観。
何かあっても、宗派や本山はお寺を守ってくれる訳ではない。
ただ、お金を吸収する組織なのである。
ただ別にそれはそれで良い。
そのことはとりあえずおいておいて、新しい日本の仏教の共通の価値観。
つまりは共通理念を作る。
その共通理念の元にネットワークを作れると面白い。
お寺は忙しい、それはお寺の法務が忙しい、もしくはお寺で食って行けないので、
他の仕事で忙しい。
まあどっちかです。
もちろん、お寺専業だけど、法務が少なくて暇ってこともある。
私の寺は、どちらかというと最後のパターン。
僧侶の脳の働きを何とか維持したいので、私は専業にこだわっています。
でも生活できなきゃ、他で働くしかない。
そうなると、僧侶脳ではなくなってしまうので、今回の様なイメージは絶対に湧か
無いでしょう。
何故か、それは利害関係が発生すること、そして利益の追求が始まるからです。
そうなると、もう本来の僧侶脳ではなくなってしまうのです。
回路が別につなぎ直されちゃうのです。
どちらかと言うと、私はそっちの方が私の脳的には向いているかも知れません。
でも今は何とかお寺を守り、地域を支援して行きたいのだ。
だから新しいお寺ネットワークで、いろんなお寺を支援する。
その結果、その寺の周辺の人々を支援する。
平成新仏教とは、ハイブリットな超宗派のネットワーク仏教ではないか?
現在までのそれぞれの教義や教団を変える必要のないもの。
その上での新しい、価値観の寺院のネットワーク化。
そのための新しい価値観、新しい理念。
それを考えて行くことが大切な様な気がする。
私もブログを始めて約2か月が経った。
その上で、今感じることを書いてみました。

明日は老人会。
毎年、冬場に4~5か所周っている。
今回でやっと3年たったけど、まだまだ納得できるようなものはできない。
昨年は、「正信偈」を紙芝居風に作ってお話ししてみた。
絵はあまり上手くない、だけど自分たちのために作ってくれたことがウレシイ。
そう言っていただいた。
参加されるのは5人から10人くらい。
それでも雪の中を歩いてきてくださる。
最近ネットでこんなことを読んだ。
人生の最後の20年が幸せと感じられない社会は、既にその社会は衰退して
いる社会である、と言う様なことが書いてあったと思います。
今の日本はどうだろうか?
自分の周りはどうだろうか?
今の日本では少子高齢化とともに、地方の社会が大きく変わろうとしている。
その生活が変わっているのです。
でもまだ間に合う様に思う。
行政と言うネットワークの基盤、そして民間企業。
そこで補えないもの、そこを埋めるものに何があるか?
やはり全国に7万あると言われる、お寺のネットワークであるだろう。
お寺は元祖NPOなのだ。
檀家制度の弊害もあるけど、檀家制度のメリットもある。
宗派や寺院の環境の違いによって、お寺同士の交流って実はあまりない。
せっかくのネットワークが生かされていないのだ。
お布施って何のためにある?
もちろんお寺の護持発展のためである、でも社会に還元されるべきものでも
あると思う。
人々の「苦」を取り除くという仏教的立場から見れば、そういうことなのだと。
宗派や教義、寺院の環境を超えた新しいお寺のネットワークを作る。
宗派や教義とは別の価値観の元に作り上げるネットワーク。
それは地域支援、高齢者支援、子育て支援、寄り添いであり看取り。
心の安らぎ、などお寺の本来業務の範ちゅうである様な気がするのです。
宗派の本山にそんな力はない。
多分、どこの本山にもないだろう。
何故かと言うと、本山職員はすべてサラリーマンなのだから。
自分の立場を守ることに精一杯。
とても末寺のことを考える余裕などないのだ。
これは行政も同じ、異動すればまた最初からなのだ。
だから自分のときに問題が起きないことを願う。
後は退職金と年金にしがみつく、自分達さえよければいい。
その仕組みは自分たちで考えるのだ、政治家が言うことを聞かなければ、
協力しないと言えば何とかなる。
議員もそう、自分が当選することが第一義で、自分が議員であることにしか
興味がないのだ。
何故か、その人にはその人の人生しか興味がない。
後のことなんて、わしは知らん。
それが政治家。
お寺の力は本山ではなく、末寺の方にあるのだ。
なので、日本の寺院も教義の壁を乗り越えて、違った価値観の元にネットワーク
を作り出す時期に来ている。
ただ今までは、僧侶独特の世界の中で閉鎖的であったと思う。
でもその力を結集すれば、実はすごい力があるのだ。
自分の「いのち」だけではない価値観。
そのことを感じられるネットワークは、お寺なのではないか?
これからの仕組みは、自分たちで作り上げる時代が来ている。
頼る時代から作り出す時代へ。
若い僧侶は、超宗派的感覚が強くなっていると思います。
もちろん、それぞれの宗派の教義は大切なものなので、それは冒されないもの。
ただ社会支援基盤の価値観は共有できるのではないかと思う。
実は、日本にあるNPO的ネットワーク基盤として全国版でその規模があるのは
寺院ネットワークなのだ。
そろそろ新しい価値観の枠組み作りとソフトの整備が行われても良い頃。
それが平成新仏教の波なのかも知れない。

ずっと呼びつづけている。
君を呼びつづけている。
誰かを呼びつづけている。
そして誰かがそれに応えている。
今も呼びつづけている。
そんなフレーズだったかな。
少し違うかも知れない。
これは何のことだと思いますか?
えっ、阿弥陀様のことかな。
うーん、ちょっと違う。
実はこれ、ドリカムの歌のフレーズ。
もちろん前にたくさんの言葉があるけど、なぜかここの部分が僕の中で
リフレイン。
勝手にこんなところで使ってちゃ怒られるかも知れないけど。
でも僕の心に響いてくる。
そう言えばこの前もドリカムの歌だったなって思った。
そんなに新しい歌じゃないけど、僕のこころがそんなことを感じてたからか。
聞くときに聞けばちゃんと届くんだね。
それは、いつでもいい。
今は気づかなくても・・・
ずっと呼びつづけているのだから・・・。
そして今も。
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(こちらは、自坊の本堂です・・)
今日は親戚の三回忌の法事に行って来ました。
と言っても、私は僧侶としてでなく親戚としてです。
たまには、自分が僧侶でない法事も良いなあと・・・。
同じ宗派のお寺さんでしたが、住職を始めとして総勢五人の僧侶の出勤。
中々一般の法事で五人の僧侶と言うのは珍しいと思います。
あっ、これは私の感覚では多いと言う意味でですが。
さすがに親戚と言えども、お布施はどのくらい?
何てとても聞けませんが。
もちろん、私が法事をするときと内容は変わります。
と言うのも、他宗は分かりませんが浄土真宗での法事の内容は、お寺によって
違います。
どうするかは寺院や住職が判断することで、宗派では特に決まっていません。
葬儀の場合は、基本は決まっているので大差はないと思いますが、それでも
地域や寺院によって違うでしょう。
法事では、読経が長いお寺や短いお寺があると思います。
そして、法話をするところと、しないところもあります。
法話の時間もまちまち。
浄土真宗の法事では、法話をするお寺が多いとは思いますが、しないお寺も
あります。
それぞれの事情によってでしょう。
今日は読経だけで約一時間半、ただし法話はありませんでしたので休憩30分
を入れると2時間コースでした。
私の場合は、読経が1時間、そして休憩をはさんで法話と、後は歌を最後に皆
で、しめて1時間半の法要となります。
休憩を除くと、実質は1時間20分くらいでしょうか。
実はこれ、他の浄土真宗の寺院と比べてどうかと言うと、実際は分かりません。
ただ、どちらかと言えば長い方だろうとは思っています。
たまに違う寺院の法要にお参りして、それぞれの寺院のやり方を見るのも良い
のでしょうね。
西本願寺の読経を聞く機会は多いのですが、やはり本山はとりあえず上手だと
思いますが、ちょっと業務的な様な気がするので、一般の寺院の方が参考には
なるような。
それぞれの思い入れや特徴があるので、僧侶の癖もありますし、それが面白か
ったり・・・。
それと、やはり声の調子もその度毎に違ってきます。
同じ日の読経でも、結構違うので声の管理ってやっぱり大変ですね。
調子の良い時と、今一つと言うときがあって、今一つのときは何とか戻そうと言
う気持ちも働くので、余計に大変だったりします。
本当はもっと鍛えてレベルを上げて行くということが必要です。
ついつい今日のお経は有り難かったとか、いいお経だったとか言われると、自己
満足しちゃうところもあるので、イケません。
やはり僧侶は、教えと法話そして作法と読経、それぞれが大切なことですので、
それぞれレベルアップして、バランスを取ることなのでしょう。
もちろん、僧侶としての人となりもですね。
すれ違った人が、その僧侶の後ろ姿に思わず合掌する。
そんな僧侶であったらいいですね。
また明日から頑張りましょう。
仏教の明日を目指して・・・。
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浄土真宗にとって信心が大切といわれる。
でもこの信心ということがよく分からない。
では自分が信心を得ていると分かるものだろうか。
もし分かるのなら、それはいつ?
言うのは簡単であるが、それを理解するのが微妙なのだ。
というのも、そのことに関しては一人ひとりの思いが違うので、「こうですよ。」と
言われても、「そうなの?」ということがあるからです。
浄土真宗では信心を得たときを『信楽開発の時剋の極促』という言葉を使い
ます・・・(しんぎょうかいほつのじこくのごくそく)と読みます。
これじゃ読み方も分からない?
そうですね、これは僧侶に対しての講義くらいでしか使いません。
分かりやすく言うと「信心を得た瞬間・信心を得たそのとき」って感じでしょうか。
このことを解釈して行く上では、本当は図で私たちの信心の流れを、時間軸で
見ていくことが分かりやすくなるのですが・・。
弥陀の本願を聞く、その聞くときには私たちには自力という作業が加わってい
ます。
念仏も、頭では他力念仏と理解している様でも、実際には自力念仏であること
もあるかも知れません。
最初の念仏から他力念仏である人は、稀であろうと思います。
でも「信楽開発の時剋の極促」からは、他力の念仏へと変わっている。
そんなことを言われると、熱心な方や真面目な方は、他力の教えであると理解
しているだけに自分の念仏は他力念仏でないといけないと感じてしまうことが
あります。
なので自分は信心を得ていて、他力念仏だと思いたいのです。
ここが、ちょっとこの信心の注意点になるのです。
まあいえば、ここが落とし穴にはまるところでもあるのです。
先に回答を申し上げておくと、浄土真宗つまり親鸞聖人の説かれる信心の瞬間
は、私たちには何時かということは特定できないと言うことなのです。
自分では、「その瞬間は分からない」ということを先に知っておくことが大切。
とにかく、焦らない、アセラナイ、あせらない、ですね。
ここが浄土真宗の『信心正因』にもつながる、大切なお話しなのです。
「なんじゃそりゃ・・・。」
ごもっとも、でもそこには深い意味があるのですよ。
それを浄土真宗では「お味わい」といったりします。
どうも私は、浄土真宗の何でもへりくだったように「お」とか「み」とか「いただいた」
とかをつける習慣には馴染めないところがあったりするのですが・・・。
こんなことを言ってると、「なっとらん」とかって言われそうです。
敬いは大切ですが、本当に心からそう思ってるの?
なんて、つい考えちゃうのがいけないのでしょうね・・・反省。
かく言う私も、このテーマでは「み教え」と書いてました。
という訳で、次回も少しこの信心のときの話してみます。
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- 親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え

今年の鳥取はとても寒い冬でした。
でも三月に入るとやっぱり春の空気が漂う。
梅の花も例年より遅いみたいですが、つぼみが目立つようになってきました。
もうすぐ梅の花が楽しめそうです。
東京では二月には梅祭りが、住んでた近くの小石川公園であったような。
靖国神社や千鳥ヶ淵では桜が・・・。
いつも散歩に行ってたな。
遅い鳥取の山間部にも、春が訪れました。

つい今週の始めまで雪で覆われていた。
でも苔も緑が鮮やかになってきた。
今年の冬は、境内にある苔も、モグラの侵入で凸凹に・・・。
ちょっとメンテナンスをしなくちゃ、モグラも困りものなのだ。

庭には今の時期、こんな可愛い黄色の花が。
雪の時期にこんな花を咲かすんだね、そして春を待つ。

これは牡丹のつぼみ。
連休ころに花を咲かせます。
でも咲くのはほんの数日だけ、その為に寒い冬を乗り越える。

小鳥の鳴き声も今日はたくさん聞こえます。
これからは毎日聞こえるでしょう。
求愛のシーズンなのかな?
鴬もそろそろ、小鳥の鳴き声は心和ませる。
寝ていると朝早くから起こしてくれるのです。

(東京 築地本願寺)
阿弥陀如来と言う存在。
大乗仏教が興ったころ、仏教を信仰する人々に釈尊を待望する声が高まる。
その頃のインドにおける仏教は、上座部の説一切有部が勢力を誇っていた。
説一切有部は、釈尊の様に民衆への伝道ということに興味を失っていた。
大寺院のなかで教義研究や儀礼、瞑想三昧にふけ込んでいた。
生活的には一部の有力な王侯貴族や大商人などパトロンの庇護を受け、自ら
の大荘園を管理していた。
そんなとき大乗仏教運動が興るのだ、民衆のエネルギーは釈尊を超越した
存在へと昇華させてゆく。
そのころに、初期の大乗仏教経典が編纂されて行く。
浄土教の元となる「大阿弥陀経」は、初期の大乗仏教経典である。
紀元前ころには、すでに民衆が「阿弥陀経」を唱えているレリーフが発見され
ている。
僧侶の専業だった経典読誦を、民衆自らが阿弥陀経を読誦しているのだ。
現在、浄土真宗で唱えられる「仏説無量寿経」と「仏説阿弥陀経」は、通称で
「大経」と「小経」と言われるが、原題は同じ「スカーヴァティヴューハ」という。
これは「幸せあるところ」とか「極楽の荘厳」と訳されている。
のちの大乗仏教経典に登場してくる「空」思想はまだこのころにはない。
ある意味、教義中心に陥っていない、民衆のエネルギーの経典なのだろう。
純粋な経典なのである。
人々が釈尊に救いを求めたのだ。
その頃の上座部からは、民衆をすくうと言う仏教の本来の姿が消え失せていた。
これは鎌倉仏教が興る前の日本仏教の姿とよく似ている。
大寺院は国家鎮護に精を出し、大荘園を持って民衆には目もくれない。
一部の王侯貴族の為の仏教であったのだ。
それは平等院鳳凰堂にも現れている。
権力者が浄土に至るための寺院、決して民衆のためではない。
自らの、そして一族の臨終来迎のため。
中には僧兵も雇ってその勢力を誇示したりもしていた。
ほとんどの民衆は打ち捨てられていたのだ。
こうなると仏教の衰退が始まって行くのだろうが、インドでは大乗仏教運動が
興る、そして日本では鎌倉仏教が幕を開けるのであった。
仏教本来の姿である、人々の「苦」をすくうと言う仏教である。
大乗仏教では釈尊待望論とともに、釈尊の超人化も進んで行く。
その思いが、釈尊の姿に阿弥陀如来の姿を被せて行くのである。
浄土真宗では釈尊の仏像がないとか、釈尊を崇めないという声を聞くことが
ある。
でも「仏説無量寿経」を読んで行けば、その意味が分かってくる。
釈尊が霊鷲山で阿弥陀如来を説いて行く、その釈尊の姿と阿弥陀如来の
姿が重なって行く。
人々は釈尊という存在に阿弥陀如来を見ているのだ。
そういった意味で阿弥陀如来を説く「仏説無量寿経」は民衆のエネルギー
が充満しており、そのエネルギーの発露なのだ。
その教えは民衆の心を癒し、そして民衆の心が込められて行く。
阿弥陀如来の四十八願は最初からあったわけではない。
十六願から二十四願、三十六願、そして四十八願となって行く。
それが人々の思いなのだ。
「仏説無量寿経」は教義の中の教えだけではない、多くの民衆の心が込め
られた経典なのだ。
インド、中央アジア、シルクロードの国々、中国、朝鮮半島、そして日本の
多くの人々、民族、言語、国、それらのエネルギーを結集した経典でもある
といえる。
それが、親鸞聖人によってその意味が、四十八願の意味が、本願の意味が
解き明かされて行くのである。
それが「真宗教証興片州」ということなのでしょう。
そこには大乗非仏説などの理論的攻撃などは意味を失うだろう。
これはもうすでにかなり昔に議論され尽くしたことですが・・・。
それを言えば上座部を含めて、釈尊が直接書かれた経典はなく、そしてそれ
は他の宗教においてもしかりなのだ。
これからも「仏説無量寿経」という経典は受け継がれて行くだろう。
人々にその願いがある限り・・・。
そして、何にも惑わされない自分のいのちを生きるために。
民衆のエネルギーが込められているからこそ、日本において民衆のエネルギ
ーとなって、それまで抑え込まれていた人々の発露となって浄土真宗へとつな
がって行った。
当時の日本人のほとんどがその様な状況にあったのです。
そのエネルギーが一向一揆へとつながって行くこともありましたが、民衆蜂起
といった意味合いでは、一揆は民衆の存在証明でもあり、民衆運動でもあった
のでしょう。
そこまでの思いを現代の浄土真宗の僧侶は理解しているのだろうか?
「仏説無量寿経」を唱えるとき、私はいつもそこにつながる人々のことを考える。
そのつながりと思いの中に今の私があるのだ。
阿弥陀如来のお姿にその様な思いを重ねることがある。
この世のすべての人々がすくわれますように、すべての人々が迷いなく安心
したいのちを生きられますように・・・。
合掌
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釈尊が入滅して400~500年経って大乗仏教が興隆してくる。
人々は釈尊に超越性を求め、それがいろんな仏となって現れてくる。
自分たちの願いを仏に託すのだ。
南伝の上座部仏教と北伝の大乗仏教の差はそこから出てくる。
それは当然、上座部仏教の方が釈尊の教えに近いのは間違いない。
ただ、大乗仏教は在家者である民衆の篤いエネルギーによってその芽が
吹き出てきたのだ。
釈尊の教えに民衆の思いを込めたものが大乗仏教。
その民衆のエネルギーに理論的背景を構築して行ったのが、龍樹と世親を
中心とした、中観派であったり瑜伽行唯識派だったりしたのである。
上座部仏教が民衆とはかけ離れた仏教となっていったとき、民衆の側から
釈尊へとエネルギーが向かったのである。
それも一つの宗教のあり方かも知れない。
そして、世界宗教の根源とも言われる現在のイラン・アフガニスタンという
地域を大乗仏教が通過するとき、そこに阿弥陀という存在が登場してくるの
である。
阿弥陀如来には、民衆の思い。
いろんな人々、多くの民族、たくさんの言語、様々な国という多くの思いを受け
入れながら阿弥陀如来は成立していったのであろう。
そして親鸞は、その思いを受けた阿弥陀如来を釈尊の思いにもう一度完結させ
る作業をして行った様に感じる。
そこに釈尊の「縁起」という考え方、龍樹の「無自性」と「空」という考え方。
そして天親(世親)の思いへと。
他の仏様、「大日如来」や「薬師如来」はヒンドゥーの神々に影響を受けて仏教
に取り入れられて行く。
ヒンドゥーの影響で、仏教に現世利益が取り入れられたのである。
それが日本では神道と相まってうまく融合して行く。
観音菩薩の利益、そして十一面観音像、千手観音像の姿はまさにインドの神々
の姿を元にできたものである。
そしてさらに現世利益を追求して行く結果となる。
ここに「護摩」や「祈祷」厄除け」というバラモンからヒンドゥーへとつながった
儀式が密教に取り入れられる。
もちろん日本の神社もそれらを積極的に取り入れて行く。
密教はかなり遅く成立するが、遅く成立した分、斬新で今まで秘密にされて
いた教えとして、最澄や空海の頃には最高の仏教との触れ込みで日本に
導入されたのである。
密教はが成立した頃は、中央アジアはすでにイスラム教国となっていた。
なので密教はシルクロードは経由せず、北東インドからチベットや中国へと
入って行ったのである。
教え的には大乗の教義を持っているが、その背景からは密教は大乗では
なく、独自の密教と言うカテゴリーになると思うのです。
特にチベットではその気候・風土から独自の仏教観を形成し、その影響力は
世界に通じている。
日本人がインドへ憧れる理由、ベナレスに何かを感じると言う意識は、この
あたりにもその背景があるのかも知れない。
大乗仏教の通ったイラン・アフガニスタンという地域は、世界最初の普遍宗教
と言われるゾロアスター教が誕生した地域。
ゾロアスターとはニーチェが「ツァラトゥストラかく語りき」で語っている。
ツァラトゥストラとはすなわちゾロアスターのこと。
そしてその神はアフラ=マズダ、このマズダが自動車メーカーであるマツダのロゴ、
MAZDAの由来なのだそうだ。
このゾロアスター教は仏教を始めインドの神々、そしてユダヤひいてはキリスト
の神にまで影響を与えたと言われている。
要は、その後の世界の宗教に大きく影響を与えた宗教だったのである。
その様な意味では、現在の世界の宗教のメインとなる、キリスト教、イスラム教、
仏教、ヒンドゥー教、ユダヤ教に影響を及ぼす。
それは、どこかに共通性を見出すことができるであろう。
それは神の考え方だったり、教えの普遍性であったりする。
仏教がアショーカ王によってエジプトのアレクサンドリアまで伝道布教された。
その影響によって、ユダヤ教に普遍性をもたらしたキリスト教が生まれる。
教えや神の考え方はゾロアスター教からも影響を受ける。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はもちろん、元々の神にも共通性があり、
教えもそれぞれを発展させたものとなる。
それぞれの宗教の開祖も様々な教えから影響を受けている、そしてどの宗教
も時代や地域を経過する中で、様々な影響を与え合っているのである。
なので、他を批判することは結果として自らを批判することにもつながる。
正統性を論じれば、全て自分が正統であると言うだろう。
宗教はまずは自分の為の教えである。
自分の道を進むための教えであるだろう。
そういう意味からすれば、すべてが正統であり、それぞれがすべて最高の教え
ということになるのだろう。
宗教の持つ本質から考えて行くと、その教えが自分の為のものであるなら、
それが全てであるだろう。
それでいいではないか。

僕はこれまで、いったいどれだけの人を苦しめてきたのだろうか。
僕はこれまで、いったいどれだけの人を傷つけてきたのだろうか。
僕はこれまで、いったいどれだけの人を悲しめてきたのだろうか。
僕はこれまで、いったいどれだけの人を怒らせてきたのだろうか。
僕はこれまで、いったいどれだけの人を蔑んできたのだろうか。
僕はこれまで、いったいどれだけの「いのち」を奪ってきたのだろうか。
僕はこれまで、いったいどれだけの不平を口にしてきたのだろうか。
僕はこれまで、いったいどれだけの汚い言葉を口にしてきただろうか。
こんな僕はいったい誰なのか?
ここに平然と座っている僕の仕業なのだろうか?
そんなことに気づかずに平然と座っている僕という存在の仕業なのか?
僕はこれから、どれだけ人の幸せに出会えるであろうか。
僕はこれから、どれだけの人を幸せにできるのだろうか。
僕はこれから、どれだけ人の役に立つことができるだろうか。
僕はこれから、どれだけ人のそばにたたずめるであろうか。
僕はこれから、どれだけの功徳を積むことができるであろうか。
僕はこれから、どれだけ教えに近づくことができるだろうか。
僕はこれから、どれだけの・・・。
そんなことを考えながら過ごす夜がある。
自分の存在が少しづつ小さくなったり、自分の存在で埋めつくされたり。
そして、すこし瞑想をしてみたり。
「慚愧」という言葉がある。
もういちど、この言葉をしっかりと考えてみる。
そんな日もたまにある。
そしてまた生きて行く。
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お寺に戻ってからは、捨てるの連続。
確かに捨てないとまるで片付かないということは実感しました。
あとは、家具や置き物などを適材適所に置きなおしてみる。
そうすると今まで目立たなかったものや、捨てようと思っていたものが突然に
生きかえることもある。
なので捨てるときも再チェックは大切だと感じた。
でも捨てるだけでなく、買い足すものもあります。
でも、買うものはよく吟味をするようになった。
50歳を過ぎて、これからは一生付き合って行けるものか、本当に好きなものだけ。
でも予算は限られているので、掘り出し物を選んで購入することが多いですね。
なので、定期的にリサイクルショップと家具屋を訪れます。
決めている所はそれぞれ一軒づつ。
リサイクルショップは家具を扱っている所、でも田舎町なのでそれほどの量は
扱っていません。
なので定期的に訪れ、掘り出し物が出ていないかをチェックする。
すると、年に数回くらい掘り出し物に出会えます。
売れたらお終い、なので定期的に行かないと出会えないことになります。
今日は写真にある椅子を4脚購入しました。
お寺の行事によっていろいろ使いまわせそうです。
色合いとデザインがとても気に入りました。
しかも安い、特に木曜日は家具が2割引きなのも嬉しかったり。
家具や椅子はなかなか思ったデザインに出会えません。
逆に中古物件での出会いの方が面白かったりします。
で、極端に値段が安いときがあり、こちらが驚くことも。
このリサイクルショップは高価なものは有りませんが、購入は6点目になります。
椅子が好きな僕としては、今日はちょっと楽しみな一日です。
やはり家具類は中古に良いものがありますね、デザインや色合いは新品
では出会えないものがあるので、すごく値打ち感がありますね。
家具屋さんも特売品で良いものを選びますが、購入することは稀。
こちらでは良い家具を販売してるけど、やはりお寺に合うもので、しかも安く
どこに置けるか頭に入っているものだけになります。
なのでほとんどスルーになりますが・・・。
やはり断舎離の実践にはセンスと時間が必要かも知れませんね。
次にお寺に来られた人が、落ち着く場所と感じてもらえる様に。
やはり居心地良さを売りにしたお寺にして行きたいですね。
そして宿坊も始めたので、お客さんがくつろげる空間つくりを・・・。
sakurasakukoutakuj...