宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2012年04月

歎異抄に聞く・・其六 唯円はどこの人か?

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現代で、浄土真宗そして、親鸞聖人のみ教えに一番親しむ機会が多いのは、
『歎異抄』という書物によってではないでしょうか。

その『歎異抄』の著者といえば、唯円であると言うことが、すでに定説となって
いる。

ただ、過去には違う作者であると、言われたこともあるのです。
そのくらい、唯円の研究は進んでいません。
まあ、明治時代には、親鸞聖人ご自身が、実在ではなかったと言う説が、
真剣に論議されたことさえあるのですから、それも致し方ないかも。

ですから、その唯円という人物の素性も、定かではありません。
関東の人、という意見が主流ですが、都人と言う説も根強くあるのです。

宗門においては、そのことには言及することは、あまりありません。
『歎異抄』の書物の研究はなされますが、唯円その人について、子細は語ら
れることはない様に思います。
教えには関係ないからと、言えばそれまでですが・・・。

親鸞聖人と恵信尼の子に、覚信尼という方がいらっしゃいます。
その覚信尼の夫である、小野宮禅念とに、唯善という子がいました。
その唯善の腹違いの兄が、唯円であると言う説もあります。
これは、江戸時代に書かれた『大谷遺蹟録』という書物に記載されている
ものです。
唯善の兄弟子とも言われますが、どちらにしても唯という名から、関係の深い
方であったでしょう。
でもこのラインは、後の本願寺の相続では出てきません。
唯と言う字も、あまり使われていない様にさえ思います。
覚信尼公には、最初の夫のお子さんがいらっしゃいましたし。

ただ、本願寺三代目の覚如上人は、この親鸞聖人面授の弟子である、唯円
に教えを受けたと言うことは、記録に残っていることです。

こうなれば、唯円は関東での門弟ではなく、親鸞聖人が京に戻られてからの
弟子と言うことになります。
『大谷遺蹟録』では、唯円十九歳のとき、六十八歳になられていた、親鸞聖人
の弟子になられたとされています。

そして、後に親鸞聖人の命を受けて、常陸の国の河和田に行くことになる。
それは、関東の門弟たちの動揺をおさめるため、高齢の親鸞聖人に代わって
関東に行かれたとされているのです。

そうなると、第二条は、唯円が関東の門弟の一人ではなく、親鸞聖人の面授
の弟子として、近くにおられたことになります。

皆さんは、第二条を読まれて、はたして唯円房は、関東の門弟側に立っておら
れたか、それとも親鸞聖人の近くにおられたか、どちらに感じられるでしょう。

そして、私が約8年前に訪れた、奈良吉野、下市の立興寺の唯円房のお墓は、
本当は、一体誰のお墓なのでしょうか。

教義ではありませんが、そんなことを考えながら『歎異抄』を読んでみれば、
また違った味わいもあるのでは・・・。

どちらであっても『歎異抄』の書物としての価値が変わるものではあり
ませんし、その説かれた教えが、変わるものでもありません。

ただ、歴史の中で、その名前だけが有名な、真宗の学僧である唯円の人と
なりに、少しだけでも思いを馳せてみたいなと思うのです。

宗門では、その著作と名前だけが有名な、唯円と言う人に会ってみたいのです。
そんな、どうでもいい様なことを、つらつらと感じたり。

歎異抄に聞く・・其五 「とても地獄は一定すみかぞかし。」

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歎異抄の第二条。

この二条は多少長い文章である。
その中で、有名な言葉と言えば、この「地獄は一定すみかぞかし。」でしょうか。

親鸞聖人の念仏に対する覚悟であろうか、そんな思いがある言葉です。

親鸞聖人を、関東の門弟が、京の都まで訪ねてくる。
ときは千二百年代、まさに命がけのことであった。
それでも、念仏の意味を問わずにはおれない、その思いだけである。
一刻も早く、聞きたい。

自らの信心と、そのいのちの行き先を訪ねて。

そのときの親鸞聖人のお言葉。
「親鸞聖人におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、
よきひと(法然上人)の仰せをかぶりて信じるほかに別の子細なきなり。」
その応えられている。

このときの思いが、「地獄は一定すみかぞかし」なのでしょう。

それは、「いづれの行も及び難き身」なのです。
そう自らが受け取れないと、この思いには至らない。

実は、浄土真宗の信心の厳しさでもある様に感じます。
人は、少しでも自分が修行したと言う気持ちになりたい。
少しでも自分の功徳を役立てたい。
そう願う気持ちから、抜けきることは難しい様に思います。

でも、浄土真宗では、それは一部も入らない。
なぜなら、弥陀の本願を疑うことになるから。

すべてをお任せすることの、精神的解放。
でも、自力のはからいを混ぜてしまう、心の弱さ。

ここが自力と他力のさかいめなのでしょうか。

親鸞聖人が「地獄は一定すみかぞかし」と言われた背景。
それは、絶対的救いの境地にいると言う、信心がそこにある。

不確定な心持ちでは、この言葉は絶対に出てこない言葉である。

それを、この『歎異抄』の著者である唯円は、間近で聞いたのである。
ということは、唯円はこの関東から訪ねてきた、門弟の一人である。
その状況を踏まえて、唯円が関東の人であると言う説が、中心となっている。

この第二条は、その場にいなければ書けない。
人づてに聞いたのでは、ここまで臨場感は伝わって来ない。
そういった見方が主流です。

親鸞聖人の覚悟を、門弟たちは聞く。
ここまで、ハッキリ言ってもらわなければ、気持ちも落ち着かなかったでしょう。

「地獄に落ちる様なことは、絶対ないのだ。」という言葉の裏返しである。

ただ、それを信じるか信じないかは、「面々の御はからひなりと云々」。

海の如く深い青。

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今日は、あまりにも空が青く。

昨日と今日で、季節と木々は、一気に時計の針を二週間進めた。

人間の身体は、そう簡単について行けない。
だから、木の芽時と言うのだろうか。

おまけに、僕の花粉症だけは、おさまらない。
僕だけ、置いてけぼりをくらった。

この四月は、春の花が集中して咲いた。
梅から牡丹まで、冬から初夏までが、この四月の中にあったのだ。

その深い海の様な空、そこに新緑の葉が、まるで作り物の様にさえ見える。

それほど、空の青と、葉の緑が鮮やかに、重なり合う。

色が濃いと、本当に吸い込まれそうだな。

すべての、いのちの源泉かも知れない、僕たちの往く場所かな。

空も海も・・・。


命日経にて ・・・ ご先祖の思いを受け取る。

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今日は、朝に命日経のお参りに行った。

新緑が陽に反射して、とてもまぶしいくらい。
この春は、寒かったが、ここにきて一気に木々は季節を先取りしている。
牡丹の花も、この一~二日で、昨年よりも早く花が咲き始めた。

季節は遅れても、自然は一気に取り戻して行く。

鳥取地方では、月忌参りはあまりない。
ご門徒さんでも、月忌参りをされることは、珍しい。

なので、祥月命日にお勤めされることくらいかな。

今日のお宅は、毎年GW前に、祥月命日のお勤めをされておられる。
ご主人のこと、すごく大切にしておられます。

毎年、『阿弥陀経』と『正信偈』をお勤めする。
今年は、浄土のご主人と、どんな話しをされたのかなあ。
きっと、毎年、違った話をされているのだと思います。

今年はずっと寒かったけど、天気も良くなったよ。
少しづつ、歳を取って行くよね。
浄土に先に行かれた方は、もう歳は取られないから、その歳のまま。
残った者は、また一年づつ、歳を取る。

ご主人が年上なら、いつか同じ年に重なるんだな。

そして、またいつか、浄土でお会いできる。

今日は、お勤めの後、息子さんもまじえて、ゆっくりとお話ししました。
今年から、毎年お盆に行っていた、村の納涼祭が中止になった。

お寺で、盆踊りをしてもいいかな、とか。
昔は、お寺でやってたこと、それが時代とともに、村や町の施設ができ始める。
そして、行事もお寺から離れて行った。

過疎化が進んだり、世代によって考え方も違うようになった。
でも、もう一度、お寺に戻す流れがあってもいいかなと思う。

里の盆踊り、懐かしい響きである。
今も、古くからの伝統を残す盆踊りは、数多くある。

やっぱり、日本人の心のふる里でもあるのでしょう。
そんな思いを、伝えて行きたいな。

昔ながらの、盆踊りを始めてみようかな。

命日のお経を唱えながら、村のみんなを頼むよ。
そんな、ご主人の声が聞こえてくる。

やっぱり、お参りって、仏様そしてご先祖様の声を聞くんだな。
村興し、それは自分たちの、ご先祖の思い。

牡丹と新緑の季節。

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境内にある牡丹が大輪の花を咲かせている。

それも一輪だけ。

他の牡丹は、まだ蕾だけど、この一輪だけ先に咲いた。

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山や木々は新緑の季節。

人の手の入っていない山は、この時期とても美しくなる。

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ただ、お寺の境内の木々や花は、もちろん人の手が入っている。

それも、また美しいと思う。
人間の都合だろうか。

でも、どんな環境であっても、それぞれが、ちゃんと精一杯咲いているのだな。

そういえば、自然と人工と言うけど、人も自然の一部と言う認識を忘れている
言葉かも知れない。

人間も自然を離れては生きて行けないのだ。
そして、人が作った物も、自然の一部には変わりない。
そのことを考えておかないと、人間だけが特殊な存在になってしまう。

縁起とは、調和の世界でもあるのです。

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今年の春、お寺の境内を、いろんな花が楽しませてくれてる。

でも、雑草は取り除く。

これも人間の都合かな。

雑草を抜きながら、そんなことも考える。

みんな、いのちなんだけど。





ガラスの中のカエル。

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ガラスのテーブルの下に、カエルがいる。

静かに合掌してる。

ガラスはよく磨いているので、透きとおっていて、一見何もなさそうにも。
でも、しっかりとガラスに覆われている。

このカエルを眺めてると、これって僕なのかなって思った。
教えを学んで、分かったような顔をしてる。
でも、宗派や教団、そして寺院からは踏み出していない。

門徒さんにもいろいろ話すけど、実はしっかりガードしてたり。
自分自身をさらけ出してない様に思ったりする。

いのちのうねり、時代のうねりに、身を乗り出さないで、自分の中の満足
で終わっているのか。

そんな、言葉を思い浮かべていた。

でも、このカエルは、そんなこと考えていない。
ただ、自然のまま。

きっとガラスの存在など関係ないのだろう。

そうだな、ガラスがあろうがなかろうが、そんなこと関係ないのだ。

そこにいる、自分と言う存在だけ、それ以上でも、それ以下でもない。
そんな自分に気づかされる。

日付が変わった、今日もしっかりと生きて行こう。
すべてにとらわれながらも、そのとらわれの中で、また一歩踏み出して
行くのだ。

いのちの奥深く ・・・ 旅をする。

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いのちって、言いようのない寂しさがある。

その寂しさって何なのかな。

いつかは死を迎えると言うことに対してだろうか。

それとも、生きる意味が、分からなくなるからだろうか。

そんな余計なこと、考えなければ、もっと楽に生きて行けるのかな。

いつも、法話では、死とかいのちについて語っているけど、自分のことは
解決してるのかなって、思うときがある。

思考回路や、感情のレベルによって、その感覚が変わってくるのです。

四苦八苦。

「生・老・病・死」、「愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦」。

たしかに、これだな。

私の、表面上の苦しみや悩み。

でも、これよりも奥深くに、何かあるのでしょう。

何故なら、四苦八苦を解決した先に、もっと違う何かが待ち受けてる。

その先にあるものを、探って行く。

だから人って、宗教を求めるのかな。

誰かに、何かに救いを求める。

でも、教義だけでは、解決できない様な気もする。

僕はもう、その先は、仏教的思考で行くしかないか。

本来、釈尊が追い求められたもの。

その寂しさの原因、そこを求めて旅をする。

それが、私のいのちなのだろうか。

私も、いつかは、その解決をして行きたい。

不思議なご縁・・・常に我が身を省みて。

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今日は、檀家さんではない方のお参りがあった。

朝、突然お電話があり、お経をもらいたいとのことでした。
事情は分かりませんが、よければ、お寺まで来られるとのことでした。

田舎のお寺にいると、滅多にそんなことはないのだけど、せっかくのお電話、
お参りしていただきました。

お話しを少しだけお伺いしましたが、やはり私のお寺とはまったくご縁がなさ
そうです。
ネットで当寺院を知られたとのこと、ちょっと不思議なご縁でした。

もしかすると、都会ではこんなこともあるのかなと・・・。

もちろん、しっかりお勤めもいたしました。
お勤めが終わられると、少しだけお話しをして帰られました。

実は、お名前もお伺いしていません。
何も言われなかったので、こちらもあえて何も聞きませんでした。

こんなご縁も、阿弥陀如来のご縁ですから、大切です。

お寺は、私が思っているより閉鎖的なのかも知れませんね。
一般の方には敷居が高く感じるのかも知れません。

簡単なことも、意外と相談しにくかったりすることもあるのでしょう。
私のお寺も、自分で考えているより、敷居が高いのかな?
もっと、よく考えてみないといけませんね。

門徒(檀家)さんは、僧侶を選べないと言うこともあります。
ならば、僧侶もそのことを、しっかりと受け止めておかないと、いけないので
しょう。

相性もあるでしょうが、常に我が身を振り返り、その意識と作法と、教えの
レベルアップを怠ってはいけない。

今日は、そんなことを、つれづれに考えておりました。


本願寺派の連研に行こう!

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本願寺派では、地区毎に、ご門徒さんの勉強会である、連続研修を実施
しています。

いわゆる「連研」と宗派内では言われています。

地区毎によって、その開催方法は違うと思いますが、鳥取因幡組(とっとり
いなばそ)では、12回の研修を毎月1回、地区内の寺院を持ち回りで開催
しています。

同じ地区で、同じ宗派。
それでもお寺によって、雰囲気や建物、内部も全然違いますから、結構
それだけでも面白い。
普段は、自分のお寺くらいしか行きませんから、皆さんも興味ありそうです。

12ヶ月連続ですから、欠席や途中止めが多い様に思われるかもしれませ
んが、これがみなさん、最後まで出席される方が多いのです。

担当僧侶も、月一回、日曜日をこの連研に出席するので、そのスケジュール
のやりくりが大変なのです。
かく言う私も例外でなく、法事や葬儀をやりくりしますが、なかなか厳しいです
ね。
最近のご法事や、ほとんどが日曜日ですから。

連研の参加者は、仕事をされている方も多いので、やはり日曜日開催に
成らざるを得ません。

先日の日曜日、連研の日でした。
猛烈な強風の中、私も自動車道でハンドルを取られながらも、なんとか辿り
着きました。
鳥取では、この日、トラックが何台も強風で横転していた日です。
でも、ご門徒の皆さんは、欠席もほとんどなく来られていました。

会場は、「夏子の酒」の舞台となった、諏訪泉酒造の近くのお寺さんです。

阿弥陀様のご縁、講師や担当も気を引き締めて対応します。
私は、先月に続いて問題提起とまとめの法話を致しました。

皆さんの、話し合い法座のあとの質問やまとめですから、どんな内容かは
そのときでないと分かりません。

でも、その内容は、そのときしかありませんから、なるべくどんな質問でも答
えるように心がけています。
ちゃんと伝わったかどうかは、ちょっと気になるところですが。

ただ、浄土真宗の基本は、聞くと言うこと。
阿弥陀様や親鸞聖人のお言葉はもちろんですが、ご門徒さんの声もしっかり
と聞かなくてはなりません。
本当は、もっと皆さんが思われていることを引き出して行くことが大切でしょう。

今回の連研もあと2回になりました。
次回は、来年1月から12月までとなります。

連研の参加者も、回を追うごとに意識の変化が感じられます。
ご高齢の方ほど、真剣に話しを聞かれています。
やはり、生涯聞法なんだなと実感させられます。

テーマや講義など、工夫をしながら、これからもずっと続けて行きたいですね。
最終回に、もっと皆さんに意見や要望を聞いてみることにします。

会費は、弁当代含めて1回千円なので、皆さん気軽に参加できますよ。
次回も、たくさんの方々が参加してくれると、ウレシイですね。

通夜に想う・・・円満徳号勧専称。

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今日は、通夜であった。
故人を偲び、思いを伝える。

人は長生きをされたとしても、本当にすべて言い尽くして亡くなられるという
ことはないのではないか。

もっと、こんなことしておきたかった。
もっと、こんなことをしてあげてたらよかった。
もっと、このことを伝えておきたかった。

残された側もそうではないか。

もっと、こんなことをしてあげてたら良かった。
もっと・・・。

伝えきれない思い。
伝えきれない言葉。
伝えきれない・・・。

今日の方は、九十歳。
親鸞聖人と同じであった。

激動の時代を生きてこられたのだ。

人には、いろんな人生があるけど、いのちを生きると言うことは同じ。
皆、ひとつのいのちを生きているのだ。

そして、ちゃんと往く場所がある。
それが、私たちのすくいである。

生まれ往く人も、迷わなくて良い。
そして残された人も、悲しみの中でも、迷わなくて良い。

そのことで、どれだけ多くの方々が、すくわれたでしょう。
そして、自分のいのちを振り返る。

浄土に生まれ、仏となるのなら、思いをすべて伝えられる。
仏は、すべていのちに通じていらっしゃるのだから。

そこに、南无阿彌陀佛がある。
円満徳号勧専称・・・。

おばあちゃんの思いが伝わる。

思いが一つになるのだ。

断捨離じゃないけど・・・たまには逆も。

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私がお寺に入ってから、徹底的に必要ない物を、捨てていったことは、
以前に書いた。

ただ、ときどき逆の行為もしています。
以前から時々訪れる、鳥取市内にあるリサイクルショップ。
そこに、気になっていたソファーがあった。

やはり、捨てるだけでは、ちょっと寂しい。
自分の欲しい物は、探して調達する。
今は、高い物は買えないので、探して、安くて良い物を。

今日は、友人から軽トラックを借りて、そのソファーの調達に出かけた。
懐かしのブランド、Y’sのソファーでした。

そこに行くと、ほとんどがガラクタの様な品が多い。
ただ、本当にたまに欲しい商品があることが・・・。

特に家具関係は、古いものに良いものがあることも。
今日のソファーは相当くたびれていたけれど、シンプルさが良かった。
値段も数千円、カバーを掛けると、なかなか、しっくりとくる。


宿坊の談話室に置くのに、丁度良い。
談話室のソファーは、本堂に持って行こう。

買うときは、どこに置くか、そして今あるものをどうするか。
これをちゃんと考えておかないと。

自宅に帰って、早速レイアウト変更。
ほぼ考えていた通りのイメージであった。

宿坊に泊まられるお客さんにも、ゆっくりしてもらえるでしょう。

そして、自分の居心地の良い空間にすることも。
時間があれば、ここでコーヒーを飲みながら、本を読む。

そんな空間を、あちこちに作って行きたいのです。
そうすると、建物全体が、居心地の良い空間になって行く。


浄土真宗の僧侶になるには・・12(お寺を作ろう)。

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全国の伝統仏教の寺院は、どちらかというと守り中心です。
これは、檀家制度の延長線上にあるから、やむを得ない。

でも、そんな時代も、大きく環境の変化によって、変わって行くだろう。
伝統仏教の寺院も、そろそろ本格的に攻めの時代になって行かなくては、
時代に取り残されて行く。

攻めには、まずマーケティング、そして古き伝統と、新しい価値観の融合。
これなどは、新興系の宗教団体が得意とするところでしょう。

ただ、同じようなことをやっても意味がない。
伝統仏教教団であるからできること、それを徹底してアピールするのだ。

それも、新しい方法で。

寺院だって、今までの様な、お寺にこだわる必要はない。
もっと身軽に、そして、もっと身近に。
そして、情報発信力のある寺院。

それほどお金を掛けなくても、展開は図れると思う。

だから、新しいお寺を作ろう。
それは、寺を持たない、若くて優秀な僧侶の受け皿にも、なり得る。
経済状況の厳しい、寺院の活性化につながる。
そして、今ある寺院を維持して行くことも可能なのだ。

きっかけさえつかめれば、全国へ連携して行くこともできる。

先ずは、10年後を見据えて、取り組んでみればいい。
きっと、新しいカタチが見えるだろう。

そうすれば、新しい魅力的な僧侶も育つ。

そうだ、新しいお寺を作ろう。
そこは、今までとは違ったお寺になるだろう。

そんなイメージを持っている。


自力と他力・・・三願転入の世界。

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阿弥陀如来の誓願、つまり四十八願。

たくさんある願いの中で、私たち衆生にたいしての願は、実は三つしかない。
もちろん、願はすべて衆生を考えたものであるが、衆生に向けての願。
それは、十方衆生ということばになる。

十方衆生、つまりわたしたちのこと。
このことに直接する願は、十八願・十九願・二十願しかないのである。
親鸞聖人は、この十方衆生の願を説き示す。

十八願といえば、言わずと知れた、本願である。
願の中の願。

では、四十八願あって、なぜ十八願が本願なのか、そう思われる方もいる
でしょう。

そのひとつの道筋は、まず十方衆生と説かれた願であること。
それでは、その三つの願をどのように見て行くのか。

それは、あるいみ親鸞聖人が絶対他力の道へと歩まれた、その経緯を
辿っている様にも思えます。

先ずは、比叡山での修業時代。
そして、念仏への道。
最後にたどり着かれた境地。

比叡山時代は、自力修行の時代、つまり自力諸行往生の道である。
それは、第十九願に相当する。

「菩提信を発し、もろもろの功徳を修して、至心発願し」とあります。
あくまでも、自力での往生を目指すのです。

三部経典では、『仏説観無量寿経』の世界になります。
観経には、様々な修行方法が説かれて行きます。
定善義・散善義です。
定善義では、日観・水観・宝樹観・宝楼観・華座観など。
散善義では、上中下品が説かれて行く。
念仏の行は下部に置かれているが、その中に説かれた真実の教えに
気づかれたのが、善導大師です。
一発大逆転の発見、という感じでしょうか。
その教えから、法然上人が、浄土教の教えへと導かれるのです。

次に、念仏に出遇う。
念仏を往生の助けとするのです。
まだ、この段階では、自力念仏往生の段階ですね。

これが、第二十願。
「わが名号を聞きて、念をわが国に係て、もろもろの徳本を植えて」とある。
念仏に功徳を求めると言う、意味が込められています。

三部経典では、『仏説阿弥陀経』になります。
「若一日・若二日・若三日・若四日・若五日・若六日・若七日・一心不乱」なの
です。
自力のお念仏、といえるでしょう。
浄土宗の考える念仏往生の世界観に、近いかも知れません。
百万遍ということになるでしょうか。

この、十九願と二十願、つまり『観無量寿経』と『阿弥陀経』の往生観が、
第十八願へと転換して行くのです。

これが、親鸞聖人の往生観だと思います。
人は、先ず自力の道を目指す。
まだ若く、自分の力を信じる、いのちもまだ永遠の様に感じている。
自力でさとりへと至るのであれば、それが良い。
でも、今の時代、釈尊からの教えから遠く、時代も人も経た。

とても自力でさとりを開ける人はいないであろう。
戒律をちゃんと守る人もいないではないか。

まして、文字も読めず、時代にうち棄てられた人々の、本当のすくいは、一体
どこにあるのか。
それを追い求める、自力念仏往生では、まだ足りない。

そして、第十八願に至る。
この願が、『仏説無量寿経』であるのです。
ただ、阿弥陀如来の、生起・本末を説く。
そして、その教えこそが、絶対他力の念仏往生の世界なのです。
そこには、我々の功徳を一切要求しない。

逆に、その分だけ、厳しい教えでもある。
理屈で考えて行くと、たどり着けない世界かも知れないのです。
浄土真宗の教義に、理屈はある、だけど、その理屈だけではたどり着けない
様にも感じるのです。

この、十九願~二十願、それが十八願に至る。
親鸞聖人の生きざま、そのものであるようにも感じます。

もちろん、『観無量寿経』そして『阿弥陀経』には、『無量寿経』へと至る、それ
ぞれのことばがあります。
なので、この三部経典はいずれも、他力念仏往生を説いていると考えます。
ただ、そこに至る道筋が説かれているのでしょう。

私たちも、自分自身の功徳を求めてしまう。
自力作善、つまり凡夫のなかの凡夫。

そこまで考えられた、阿弥陀如来の智慧でありましょう。

親鸞聖人は、十八願にたどり着かれる。
そして、それこそが本願、つまり阿弥陀如来の誓願の意味であると。
その他の四十七願は、この十八願の為の願なのである。

つまり、十方衆生の本当のすくいの姿。

これを、浄土真宗では、「三願転入」という。




阿弥陀如来のすがた・・・。

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阿弥陀如来の存在、それを私たちはどう感じるのか。

浄土真宗では、阿弥陀如来の存在をあらわすとき、二種の法身をいう。
二種とは、法性法身そして方便法身である。

浄土真宗のご本尊の裏書に、方便法身となっていることがある。
これをみて、方便だから本物ではない、という方々がよくおられる。
これは、親鸞聖人のおこころも、浄土真宗のみ教えも、理解していない方々
と思えば、まず間違いないのです。

ときどき、浄土真宗の僧侶でさえ、その様に言われる方がいる。
これでは、他宗派や新興教団の方々にそう言われても、仕方ないか。
と思ったりもしますが・・・。


親鸞聖人は、『唯信鈔文意』にこのようにお示しになられている。
できるかぎり、そのまま書いてゆこうと思います。


先ず、この教えを必要とする私という存在。

みな、いし・かはら・つぶて(小石)のごとくなるわれらなり。
如来の御ちかいを、疑いなく信楽すれば、摂取の光の中におさめとられ、
かならず大涅槃のさとりをひらかせたまう。

極楽」と申すは、かの安楽浄土なり。
よろずのたのしみつねにして、くるしみまじわらざるなり。
かの国を安養と申す。

「涅槃界」というは、無明のまどいをひるがえして、無常涅槃のさとりをひら
くなり。
「界」とはさかいという、さとりをひらくさかいなり。

涅槃」をば滅度という、無為という、安楽という、常楽という、実相という、
法身という、法性という、真如という、一如という、仏性という。

仏性すなわち如来なり。

この如来

微塵世界
にみちみち・・・すなわち一切群生海なり。

この心に誓願を信楽する・・・この信心は仏性である。

仏性とは・・・法性なり。

法性すなわち・・・法身なり。

法身は・・・いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、
       ことばもたえたり。

この一如よりかたちをあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、
法蔵比丘となのりたまいて、不可思議の大誓願をおこしてあらわれたもう
御かたちをば、天親菩薩は「尽十方無碍光如来」なずけたてまつる。

この如来を、報身と申す。

誓願の業因に報いたまえるゆえに報身如来と申すなり。

この報身より応身・化身らの無量無数の身をあらわして、微塵世界に無碍
の智慧光を放ちたもう、ゆえに尽十方無碍光仏と申す光にて、かたちも
ましまさず、いろもましまさず。
無明の闇をはらい、悪業にさまたげられず、これゆえに無碍光と申すなり。

無碍とは、さはりなきこと。

しかれば、阿弥陀仏は、光明なり、光明は仏の智慧のかたちなりと知るべし。


つまり方便法身も、仏のすがたなのである。
ちなにみ方便とは、私たちをさとりへと導く、仏の慈悲のことを言います。

浄土真宗的生活Ⅹ・・生きてるうちに法名を。

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生前に法名をいただく。

一般的には戒名、でも浄土真宗では法名と言う。
意味の違いは、以前にこのブログに書いているので、ここでは話さないけど。

僧侶や寺院批判の多くは、この戒名料が高すぎるとか、意味が分からないとか。
そんな話しが多い。

それは、死んでから葬式のときに、考えるからそんなことになる。
もしくは、残された人たちが、意味が分からないから、先祖と同じにしなく
てはいけないと思い込む。

あるときお店で飲んでたとき、こんな話を聞いた。
戒名は高いものは必要ないと、寺院に伝えた。
そうすると、その寺院の位牌堂に一番下に、位牌を移されたと言う。
それも、隣が無縁仏だったと。
それで、さすがに真ん中あたりに移してもらったそうです。
結構な金額を支払われたそうです。

こんな話を聞くと、戒名の意味が分かりませんね。
そして、こんな寺院や僧侶に法要をしてもらっても、まったく意味がない。

浄土真宗では、生前に法名をいただくことが多い。
これって、意外といい。
なぜって、生前からちゃんと自分の法名が分かる。
そして、葬儀のときに法名料は必要ないのだ。

法名をいただくことで、仏の道を歩くと言う、実感を伴うかもしれない。
戒名の位や格など、仏教には全く関係ないのだ。
高い戒名をもらっても、仏となることに何も関係しない。

戒名があるから、位牌が必要になる。
位牌があると、少しでも人より良いものを、という気になる。
でも、逆にそれって、仏教の教えから外れているって、ご存じなのかなあ。

釈尊も親鸞聖人も、そんなことは決して言われないでしょう。
尊いのは、あくまでも、その教えとその人の行動によってなのだ。

なので、生前にちゃんと法名をいただいておけば、そんなこと関係ない。
浄土真宗には、位牌も必要なければ、位牌堂などまったくない。

戒名批判の前に、ちゃんとその意味を知り、自分の考えに従えば、そんな
こと考えなくて済むのです。

生きているうちに、ちゃんとその教えを知る。
そして、仏の教えを知ることで、自分の人生に広がりができる。
安心のある生活を送ることができるのです。

僕は、僧侶なので、得度のときに法名をいただいている。

ちゃんと仏の道を歩いているかどうかは、分からない。
でも、その道を外れようとするとき、自分自身で考える。
そして、またその道へ戻ろうと、そんな気持ちが起きる。
それが、私たちにとっての人生の指針となる。

迷ったとき、苦しいとき、快楽に流されるとき、誘惑に流されるとき。
しっかりと法名の意味を問い直す。

浄土真宗では、そんなこともある。

それって、人生で大切なことだなって、そう思う。


鳥取因幡組のスタート・・お寺の可能性は無限大。

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本願寺派(西本願寺)では、組織の改編が急ピッチで進められている。
急ピッチと言っても、民間企業と比べると、遅いのかも知れません。

でも、今までと比べると、イメージとしては急ピッチだと感じる。
寺院も同じ、急ピッチで進むことが必要。

本願寺派は、本願寺とその直轄寺院、そして宗派の二つの顔がある。
ただ、時代に対応して行かなくてはならないのは、どちらも同じである。

仏教の伝統教団も、伝統として残して行かなくてはならないもの。
そして、時代に対応して行かなくてはならないもの。

その二つの命題がある。
そのバランスを取って行かなければ、衰退の道を歩むしかない。

本願寺派は、その点は伝統仏教教団の中にあっては、そのバランスを
それでも何とか保っているのではないか。

それは、親鸞聖人と言う開祖の存在が大きいのでしょう。
その先進的な教えは、現代社会に十分通用する教えである。

そして、本願寺派の龍谷学園グループの存在も大きいと思います。
門徒も含めた活動も盛んである。

私のお寺の所属している、鳥取因幡組(今年度より名称変更しました)も、
決して浄土真宗地盤ではありませんが、活動は活発です。

門徒さんの連続研修や、仏教婦人会、キッズサンガ、そして任意の活動団体
など、実際にご門徒さんが参加したり、活動できる場所が数多く用意されてい
ます。

そこに、個々の寺院の活動がプラスされると、本当に数多くの行事があるの
です。

宗教離れが言われる中にあって、やはりお寺の存在意義は大きいと感じます。
これからは、よりその存在意義が高まってくると思う。

それに応えるだけの、寺院であり僧侶が求められている。

私の寺院も、新しい取り組みを、この4月から行う。
私自身も、もっと進んで行かないといけない。
そう、気持ちを新たにしています。

そして、寺院の方向性を考え、僧侶のさらなるレベルアップをめざし、そして
現代社会に要請に応えるだけのものにして行く。
もちろん、それは私自身の課題としてですが。

問題はたくさんあるが、だからこそ、進んで行く価値がある。
そう感じるのです。

お寺の可能性は、いま無限大です。
今だからこそできることが、きっとある。

生と死の間。

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現代社会は、生と死を切り分ける。

そして、あくまでも生に執着する。
生はプラス、死はマイナス。

思考回路的には、そうなっているのだろうと思う。
ある面では、死を拒絶した社会と言えなくもない。

日本で死に関わる行為、それは葬儀であろう。
僧侶は葬儀に携わる、黒色の衣が、死の象徴的になる。
すると、僧侶は病院や老人ホームなど、死を感じさせたくない場所には、
僧侶の衣では出入りできない。

今では、だいぶん風向きも変わってきたが、まだまだそんな思いは強い。

死はすべての終わりではない。
ただ、この世の生の完成である。

その死から、展開するいのちもある。

生の対極にとらえられる死、でも本当は対極には位置しない。
一体なのだ。

生を認識するには、死を見つめなければ、認識できない。
死を見つめることで、生を思う。
いのちとは、そういうものではないか。

この生と死を見つめ、その接点を見出し、その意味を問う。
そのことをしっかりと、伝えることが僧侶の使命の一つであろう。

最終的には、生からも、死からも、自分自身を解き放つ。
それが仏教であるのかも知れない。

その生死の境を越えて行く。

親鸞聖人の求めた道。
それは、生死出づべき道。

そのことを、しっかりと問うていかなければ、僧侶ではないのだ。

そこを問わなければ、ただの飾りになってしまう。
僧侶不要論に、何も対抗することはできない。

親鸞聖人 和讃のこころ・・・冠頭讃(かんとうさん)。

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親鸞聖人が書かれた和讃、その『浄土和讃』の最初に、二首の和讃がある。
その二首の和讃は、冠頭讃と言われている。

ではなぜ、この二首だけ取り出して、和讃の最初にあるのか。
それは、実際にその和讃を詠んでみた方が良いでしょう。

【一】
「弥陀の名号となへつゝ 信心まことにうるひとは

憶念のこころつねにして 仏恩報ずるおもひあり」

同じように、南無阿弥陀仏の名号を称えていても、信心を本当に得た人は、
本願を疑うことなく、憶念する心が常にあり、仏の恩に報いたいという気持ち
があるのでしょう。

信心を得て、その喜びと感謝の気持ちをもって、念仏する人は、
常に弥陀の本願を思うこころがある、そんな人は、その仏の恩に
報いたいという気持ちがあり、その様な生き方をされている。
・・・ただ念仏を称えれば良い、と言うものではない。
その様な生き方をして、初めて信心を得たと言えるのでしょう。
どんな悪人でも救われる、などとといったものではないのでしょうね。

弥陀の本願を憶念する、そこに信心の原点がある。
それが出遇いであるのでしょう。
多生の縁の中でも、いまその本願に出遇えたという、その喜びと、その願い
に対しての、かたじけなさよ。

それを思えば、その恩に報いて生きるのが、浄土真宗門徒なのでしょう。

【二】
「誓願不思議をうたがひて 御名を称する往生は

宮殿のうちに五百歳 むなしくすぐとぞときたまふ」

その浄土真宗の信心は、疑蓋無雑、つまり少しの疑いもないもの。
それを疑うと言うことは、自力の念仏になってしまう。
御名とは名号、南無阿弥陀仏である。
弥陀の本願を疑いながら、少しでも功徳を積もうとする、自力の念仏者は、
たとえ往生したとしても、その浄土の化土である宮殿の中に、五百年留まら
ざるをえない。
そう大経には説いてあるのです。

この冠頭讃の二首は、それぞれ信心のあり方を、説いている。
【一】は、他力念仏往生を説いた、本願である第十八願の教えである。

【二】は、自力の計らいのある、自力念仏往生、すなわち第二十願を説いた
ものになります。

称名念仏の意味を取り違えやすいところを、しっかりとこの二首で最初に
説いているのだと思います。

つまり、この原点を心がける様に、そしてこれに続く、和讃すべてに、この
教えは通じていますよ、という親鸞聖人のお言葉が聞こえてくるのです。

化土の宮殿のうちに五百歳、つまり阿弥陀如来の説法も聞くことができず、
すぐに仏となれないので、現世に残してきた有縁の人々を導くことができな
い。
五百年も経つと、現世ではもう誰も知った人がいないのです。
それでは、仏となるまで寂しい時間を過ごさなくてはなりません。
還相の思いが果たせないからです。

阿弥陀如来の、「私にまかせよ、必ずすくう」という願いを、疑うことなく信じ、
その名号を称えたならば、もう浄土に往生することが決定する。
その人は、仏の恩に感謝し、その思いに報いたいと、心から思うのです。
そして、その恩に報いる様な、生き方になるでしょう。
決して、どんな悪いことをしても一緒だ、などとは決して思わない。

まして、その弥陀の誓願を疑いながら、名号を称えているなら、それは自力
作善の人である。
それでは、そのまますぐには浄土に往生し、仏とは成れないよ、という誡め
の言葉でもあります。

それは、浄土真宗の絶対他力の信心、つまり他力念仏往生の因果と、
自力念仏往生の因果が説かれているのです。
皆が陥りやすいところですね。

その様に、私は受け取らせていただいています。
 

和讃をあじわってみよう・・・「序」

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浄土真宗には、和讃があります。

和讃とは、和語をもって讃嘆するということ。
日本において、仏教経典やその論釈の書は、基本的に漢文です。

でも、それでは、なかなか伝わりにくい。
それを和語(漢字とカタカナ)で、その教えを分かりやすく表現したもの。
もちろん、親鸞聖人の著述である。

その数は五百を超える。

そして、親鸞聖人直筆の和讃も、今に伝えられている。

本願寺では、毎朝、「正信偈」がお勤めされる。
その「正信偈」には、念仏と和讃が加えられる。

いわゆる「正信偈・六首引き」である。
毎朝、「正信偈」のあとに、六首づつ和讃を繰り読みして行くのである。
節も、その和讃によって違うので、称え慣れていないと、ちょっと難しい。

ただ、毎朝、「讃仏偈」で阿弥陀さまを讃嘆し、「正信偈」を唱え、和讃を
あじわい、御文章を聞く。
これが、浄土真宗の毎朝のおつとめ。

その和讃には、阿弥陀如来とその浄土の徳を讃えた、『浄土和讃』。
インド・中国・日本の七人の高僧の教えと徳を讃えた、『高僧和讃』。
そして、晩年の信心の境地である、『正像末和讃』。
この三篇のの和讃をまとめて、『三帖和讃』と呼ばれる。

親鸞聖人のお心を聞くのに、この和讃はとても助かるのです。
この和讃の存在が、いまも私たちに、そのお心をリアルに伝える。

法話のときに、この和讃を選ぶことも多い。
逆に、その数が多いので、選びやすいということもあるのでしょう。

浄土真宗の法要や行事でよく歌われる、「恩徳讃」も、和讃ですね。

これから、親鸞聖人が伝えられた、和讃を少しづつ、あじわってみようと
思います。

読経する?

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読経、つまりお経を読む、そして唱える。

ちょっと変かな?
僧侶でもないのに、と思ってしまうかも知れない。

でも、読経って、結構ストレス解消に役立つと思う。
たとえば30分間、そのことに集中する。

お経を唱えながら、いろんなことが頭に浮かんでくる。
でも、そのとき、すぐに読経に戻れる。

そんなこと、繰り返してると、次第にお経の世界に入ってる。
その意味を、探ったり、感じたり、夢中に読んでたり。

そんな感じ。

お経に書いてあることって、けっこういろんなことが書いてある。
一つ一つの言葉が、いろんな意味を持ってたり。

ときには、オッと思うこともある。
そんな出会いもある。

たとえば、最初は一週間に一回でも、そんな時間を持つことができれば、
結構、優雅な時間を過ごすことができます。

決して、苦行でも何でもない。
ときには、自分の好きなお香を焚いて、静かに心を整えて、読経する。

友だちに知られたら、お前どうしたのって言われるかも?
だから、ご自分の大切な一人の時間を過ごす。

それだけでも、もしかしたら生き方が変わるかも。

もちろん、経典には、それだけの智慧が詰まっているのだ。
意味は分からなくても、とりあえず読んでみる。

きっかけは、そんな軽い感覚で良いのでは。
写経や瞑想も良いけど、ほんとは読経が一番良いのかも知れない。

一番入りやすいし、発声するので、健康にももちろんいいだろう。

あなたも、一度読経をしてみたら、いかがでしょう。

結構、読経してる姿って、新スタイルかも知れない。
そんな感じがします。

やずブータン村の情景。

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ある4月の夕方。
お寺に帰る途中の景色を写真に。

雨の夕暮れだったこともあって、少し暗くなっていますが、水墨画の様な
風景でもある。

正面に見える山は、遠見山と言う。
なだらかな稜線が、落ち着いた風景を作り出している。

右手の川は、八東川という。
昔は、アユが遡上していたが、最近はあまり獲れなくなったと聞く。

田舎の原風景といった感じがします。

その山のふもとの辺りが、やずブータン村になります。

唱歌「ふるさと」の歌い出し。
兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川~

そんな感じが、まさにピッタリくるところなのです。
この曲を作った岡野貞一は鳥取市の出身。

モそのモデルは鳥取市内と言われているが、今ひとつイメージに合わない。
こちらの方が、イメージにぴったりなのです。

もしかしたら、子どもの頃、遊びに来たことがあるかも知れない。
そんなことを、この景色を見ながら思ったり。

そんな思いは、遙か子どもの頃に戻る。

そして、この地を、心の故郷にして行きたいと思っている。
お寺と、四季そのままの自然と、そして遠い記憶の中と。

この場所を、リタイア後の永住の地とできる様な、そんな場所に。
思いは広がって行く。

三回忌の法話・・・桜の花と、いのちと。

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桜の花、もしかして日本人が一番、心を動かされる花かも知れない。

長い冬が終わり、春を実感する。
そして四月の新入学や、新入社員の頃。
新しいスタートを感じさせる。

桜の花は、満開になり、風や雨で散ってしまう。
一晩の間に散ってしまうことも。

そのはかなさも、日本人が惹かれる由縁かも知れない。

桜の花が、そのはかない命を一所懸命咲く。
それは、人のいのちにも似ている。

それは、散り際が見事なことではない。
その短いいのちを、生き切ると言うことに、あるような気がする。

今晩に、風が吹いて散ってしまういのちかも知れない。
だけど、それまでは、しっかりと自分の花を咲かせる。

でも散ったからと言って、それで終わりではない。
その後には、葉を茂らせる、そしてまた来年、次の花が咲くのだ。

その中心には、幹がある、そして根を張る。

私たちのいのちも、また次につながるいのちである。
そして、たくさんの根に支えられている。

先祖からのいのちを生き、そして次につながる、いのちを生きているのだ。
その幹が、いのちの流れである。

私たちの幹は、目に見えないが、必ず誰にも存在する。
そのことを、しっかりと感じ取れるかどうか。

今日の法要のご縁、皆さんは感じることができましたか。
その、いのちの流れを感じることが、法要の意味の一つでもある。

いくら自分が一生懸命咲こうとしても、幹が無ければ、花は咲くことができ
ない。
いのちの流れを大切にすることが、自分の花をしっかり咲かせることにな
るのでしょう。
たとえ、いつか必ず散るいのちであったとしても。

自分の中心をしっかりと持つ、それってすごく大事なことなのです。
なぜなら、人は迷いやすいものだから。

そして、そのはかないいのちも、必ず浄土に生まれ往くいのち。
仏となる、大切ないのちを生きている。

浄土の意味は、今を大切にして、今をしっかり生きて欲しいと言うメッセージ。
それは、阿弥陀如来から、そして仏となられた、ご先祖からの。

その思いを受けて、私のいのちがある。
だから、苦しくても、悲しくても、嬉しくても、一生懸命生きよう。

そのことを、ちゃんと分かってくれている、知っててくれる存在が、ちゃんと
あるのだ。

そして、仏となったなら、残してきた人たちを、しっかりと見守ることができる。
だから、何があっても後悔しないのだ。


「茶ニテアレ 茶ニテナカレ」・・柳宗悦の思いと心偈。

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現在、鳥取県立博物館で、「柳宗悦展」が開催されている。
没後50年と、日本民藝館開館75周年の記念イベント。

柳宗悦は、学習院時代に白樺派を創設し、その美を追求している。
父は海軍少将のエリートの家庭で育っている。

朝鮮や日本の、民間の工芸品の美に衝撃を受け、「民芸運動」に力を注ぐ。
ある意味、大正・昭和の美の巨人である。

棟方志功を世に送り出し、その良き理解者でもあった。

そんな柳宗悦は、浄土真宗の妙好人と呼ばれる人々を、取材しては世に
出す作業をしている。

鳥取の因幡では、妙好人で有名な、「因幡の源左」を世に知らしめている。
そして、自らも阿弥陀如来の四十八願に出遇い、その第四願を、美の極致
としていたことは有名です。

そんな、柳宗悦の心の偈(うた)に、こんな言葉がありました。

「茶ニテアレ 茶ニテナカレ」

これは、「茶事に心を入れる人は、とかく茶事に囚われる身となる。そんな
不自由さは茶にはない筈である。」という意味だそうだ。

実は、この言葉を見て、私もすごく共感することがある。
それは、浄土真宗の教団や僧侶や講義について、感じることである。

親鸞聖人は、文字も読めぬ人々のすくいを求めていた。
そして浄土真宗の教えにたどり着かれたのである。

でも今は、その教義や教えに縛り付けることが、主流であるかのようだ。

「浄土真宗ニテアレ 浄土真宗ニテナカレ」

「浄土真宗に心を入れる人は、とかく浄土真宗に囚われる身となる。そんな
不自由さは浄土真宗にはない筈である。」
そう私には受け止められたのだ。

自由に心を解き放つ教えである、親鸞聖人の教え。
それが、浄土真宗となると、とかく不自由なのである。

親鸞聖人が90年かかってたどり着いた、究極の教えが、今は老いも若きも
その究極の教えを、さも当たり前の様に言う。
その本当のお心は抜きにして。

なので堅苦しくなるのである。

仏教の教えにこんなことがある。
月指の喩えである。

月を説明するのに、その月を見ないで、月を指す手先ばかりを一所懸命に
見ていること。
親鸞聖人の本当の目的は、救われない人をどう救って行けるのかである。
それが今や、絶対他力などの教義中心になっている。

本当の目的を忘れてはいけないのだ。
絶対他力は教義ではない、すくいなのだ。

この柳宗悦の言葉は、言い得て妙である。

浄土真宗は、教義だけになってはいけないのだ。
そこに真のすくいが無ければ、浄土真宗ではない。
そう、広がりがなくなってしまうのです。

そのことを、もう一度教えてくれる、言葉である。

そんな柳宗悦に、「南無阿弥陀仏」と言う名著がある。
その深い思いに触れることができます。

柳宗悦と棟方志功が目指した、阿弥陀の世界である。
一度は目を通してみることを、お奨めします。
研ぎ澄まされていて、でも包み込むやさしさ。

それは阿弥陀如来の思いに通じるものかも知れない。

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桜に思う・・僧侶としての気合い。

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光澤寺の山門前にある枝垂れ桜。

今年は開花が遅いのだろう。
少し前までは、寒い日が続いていた。

昨日、雨上がりに見ると、蕾が少しふくらんでいた。
あと一週間くらいで開花かな?
そう思っていたのですが・・・。

今日の夕方に見てみると、もう開花が始まっている。

春が一気に進んだな。
20度を超えて、気候も春の初めを通り過ごしてきた。

あっという間に。

庫裡の横にある桜も、満開になってる。

そう言えば、今日は中央仏教学院の入学式だったな。
もう僕は、6年前になる。

その入学式のとき、新入生代表で、答辞を読んだことを思いだす。
角坊別院の桜も満開だった。

僧侶に対して、まだ気合が入っていたかな?

今はどうかって?

実は、今はその時以上ですね。

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お墓って必要?

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お墓って必要でしょうか?

最近、田舎ではお墓を見守る人が近くにいないとか、そんな話しが多い。
その影響かTVを見てると、お墓の清掃やお参りの代行サービスが、流行
っていると言う。

これから都市部では、高齢化社会を前に、お墓不足になるとも言われて
いるようです。

戒名の問題が話題になっていましたが、葬儀やお墓はどうなのでしょうか。
これからの世代の方々は、どう考えているのでしょうか。

最近は、お寺さんでも納骨堂を新設するところが増えてきました。
新しく納骨される方もいらっしゃるようですが、遠いお墓から移転する場合
もあるそうです。

高齢化もあって、お墓の管理も大変になってきたということです。

葬儀のあり方もそうですが、これからのお墓のあり方も、少し考えていく
必要がありそうです。

私の周りの方々の話しを聞いていると、やはり何らかの形で、お墓は必要
という方が多いですね。
ただし、子どもたちに世話をかけたくないとか、お墓の面倒を見てくれる人
がいないとか、そんな問題もあります。

先祖代々のお墓と言う考え方にも、変化があるようにも感じます。
夫婦だけの墓とか、自分だけのお墓、仲間で一緒に入るお墓。
いろんなお墓のイメージがある。

そんな要望に応えられるような、お墓を考えている。
それも、墓石も自分たちで考え、そこに入れる言葉も自分たちで考える。

そのお墓は、四季の自然に囲まれて、いつも周りに花が絶えない。
管理は、お寺にずっと任せられる。

もし、何らかのご都合でお墓参りができなくても、安心して任せられる。
そのお墓を、たくさんの人がお参りに来たくなる様な場所。

もちろん、希望があれば納骨の場所もお作りする。

そんな新しいお墓のイメージを考えている。

遠くても安心できる、もしお墓参りや法要の希望があれば、宿坊に泊まっ
て、ゆっくりできる。

すべて一体型。
田舎のお寺なら、それができるのです。

これからの、新しいお墓の提案を、楽しみにしていてください。


戒名不要論について。

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戒名は要らないという人が増えたという。

私でも、現在の戒名であれば、要らないと言うでしょう。
私は浄土真宗の僧侶なので、戒名ではなく法名なのですが。

法名は、私は必要です。
何故なら、浄土へ往生するときの名だから。
そして、法名なので、仏の名となるのだから。

法名に格差はない、そして位牌も必要としない。
西本願寺では、生きているうちに帰敬式を行う。

そのとき本山から法名をいただく、その金額は1万円である。
つまり、法名によって葬儀代や戒名料が、変わると言うことはない。

なので、浄土真宗の僧侶は、戒名不要論には、あまり関心がない。

ただ、葬儀離れや僧侶不要論まで、その先にはあるのでしょうから、その点
では、関心があるかも知れない。

それは、それぞれの僧侶が考えることである。
誰だって、死後のとこは気にかかる。
先祖を大切にする思いは変わらない。

ただ、現在の戒名や葬儀に対しては、納得できないと言うことなのでしょう。

納得できないと言われても、現在の戒名のシステムを、ハッキリと説明できる
僧侶は、日本には一人もいないでしょう。
だって、元々が仏教的な根拠がないから。

これからの時代、お寺や僧侶は、しっかりと本来の姿を見つめて行かな
ければ、取り残されてしまう。

本来の仏教の姿に戻って行けばいいのだと思う。
新しくと言うより、原点に戻って行く。
それが大切ではないかなと・・・。

そこを見ないままなら、そのまま本当に不要になるでしょう。

戒名や位牌が無くたって、お寺や僧侶の役割はたくさんあるのだ。

その中で、また新たな発見もあるでしょう。
それが、新しい寺院や僧侶になって行く。

僕は そう信じている。

やはり、平成新仏教の風は吹いているのだろう。


相続できました・・・お念仏のご縁。

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今日は、ご縁があって違う宗派のお宅にお参りしてきた。

お婆ちゃんが、最近は仏さんの縁が薄くなっていると・・・。
ちょっと寂しそうでした。

今日は、大正と昭和の初めに亡くなられた方。
まだ小さなお子さんのとき。

もう誰も知る人はいらっしゃらない、なので、ずっと知らないままだった
そうです。

相続と言う言葉がある。
相続とは、元々、お念仏の相続である。

大切なものを伝えて行く、それが相続。
お念仏こそ、一番大切なものだったのでしょう。

それが、いのちのつながりになる。

今日は、しっかりとお相続できました。
小さなお子さんのいのちが、80年~90年経った今につながる。
本当に尊いご縁でありました。

たまたま、土地の相続に関わって、今回のご縁につながったそうです。

そして、お念仏の相続ができました。

何という、有り難さよ。

                                     合掌

ビハーラ・・・「いのち」に寄り添う。

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 (ビハーラ第21期生の一部の方々です。)

西本願寺には、ビハーラ活動があります。

ビハーラと言う言葉は、キリスト教でホスピスといったイメージから出発して
います。

ホスピスという言葉は定着していますが、ビハーラはまだ十分に認識されて
いないですね。

ビハーラという概念は、ターミナルケアといった面もありますが、現在では
そのイメージはかなり広がりをみせています。

仏教は葬儀という儀式に立ち会う。
葬式仏教と言われるが、葬儀を執り行うことは、とても重要なことです。
葬式仏教と言われる通り、しっかりと、その方の人生の完成のときを、見守
ることが大切。

でも、葬儀だけではなく、本当は生前より、その方のいのちに寄り添うもので
あったなら、それだけ意味も深くなる。

「いのち」に寄り添う活動が、ビハーラ活動なのだと思います。
本来のお寺が行うべきこと、普段のお寺の活動そのものが、ビハーラなの
だと感じます。
声を大にして、ビハーラと言わなくても、僧侶の行いがすでにビハーラだと
感じてもらえる様に・・・。

それが、私のビハーラ観でしょうか。

西本願寺では、毎年ビハーラ研修を行っている。
昨年度は、宗祖の750回の法要があったため休止でしたが、今年度は開催
される様です。

内容は、1年間に4回、2泊3日の研修が組まれている。
講義は、医療から介護、そして仏教的見地の研修など、多岐にわたっている。
その他に、1泊2日の老人介護施設での実習も組まれたいる。

実習では、入居者の方々に、法話会を催す。
自分たちで企画し、自分たちで実施する。

受講料は無料であり、食事も付いている。
とても、至れり尽くせりの内容になっている。

講師陣も、その道の専門家で一流なのです。
こんな講習は、なかなか受けることはできないでしょう。

1年間の内に、すべてのメニューをこなすので、メンバーとも交流が深まる。
それぞれの方が、それぞれの思いで参加されている。
看護師や介護士の方々も多い。

僧侶だけでなく、一般のご門徒さんも参加されているので、いろんな方と話し
ができる。
実際に、自らが癌の闘病中の方もいらっしゃる。
でも、思いの外、お元気なのです。

いつかは、仏教ビハーラが、当たり前の様に語られ、当たり前の様に実践
される日が来ると思います。

私は、第21期生でしたが、今年度は第22期生となります。
他宗派の方も、講義を聞きに来られている方も、いらっしゃいます。
会場は、桂駅ちかくの西山別院か、ビハーラ本願寺が中心です。

興味がある方は、是非お近くの本願寺派(西本願寺)のお寺さんか、西本願寺
に問い合わせてみて下さい。

参加される価値は、すごくあると思いますよ。
私は参加して、本当に良かったと思っています。

21期生の皆さん、大変お世話になりました。
私は何とか頑張っております。

僧侶の味方・・・浄土真宗本願寺派の場合。

僧侶ということは、自分の依り所となる、聖典が必要となる。
もちろん、釈尊の説かれた、経典も。

ただ、どの本を選ぶかによって、同じ経典でも解釈が違ってくる。
親鸞聖人は、たくさんの経典を読誦されている。

比叡山での二十年間の修行のとき、相当の経典に当たられている。
その中から、真実の教を探し出されているのです。

そのおかげで、浄土真宗の僧侶は、非常に勉強しやすい環境がある。
浄土三部経典の他にも、親鸞聖人が書かれた著作に、その教えを学ぶこと
ができるのだ。

親鸞聖人は、九十歳というご生涯から、たくさんのみ教えを私たちに残して
下さっている。
だから、浄土真宗はその教義研究が進んでいるのである。
そして、私たち僧侶も、その恩恵にあずかっている。

それが、以下にご紹介する、浄土真宗本願寺派の僧侶の必携の書である。
これが無ければ、始まらないのである。

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先ず最初は、「浄土真宗聖典」である。
これがあるので、浄土真宗の僧侶は助かっている。
この聖典は、他宗派の僧侶も結構お使いになっておられます。
それくらい、よくまとまっていて、仏教研究にも役立つのです。

二冊あるのは、「七組編」があるからです。
この二冊に、浄土三部経・教行信証を始めとした、釈尊と宗祖の教え。
そして、七高僧の解釈が網羅されています。
もちろん、歎異抄など、浄土真宗に関わる書物は、収められている。

この二冊を読破すれば、日本における浄土思想を把握し、なおかつ、
浄土真宗の教えの真髄に触れることができる。
逆に、これを読んでおかないと、語れないということにもなります。

果たして、浄土真宗の僧侶の何%が、これをちゃんと読んでいるであろうか?
想像ですが、たぶん1割も読んでいないと思います・・・・。


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次には、「真宗聖教全書」である。
これは「浄土真宗聖典」の漢文版と言う感じでしょうか。

親鸞聖人は、『教行信証』を漢文で書かれておられるのです。
もちろん、浄土三部経は中国で翻訳されているので、漢文です。
要は、その著書は元々は漢文であったと言うこと。

それを和訳したり、解釈するときに、言葉が置き換わります。

もちろん、釈尊から口伝で伝わり、サンスクリットやパーリ語になる。
それが、中国やチベット語で翻訳される。
そして日本に伝わっている。

仏教はすべて漢文で研究されている。
中国語に翻訳されるときも、相当困難な作業の中で、意訳されているのです。
特に、玄奘三蔵の翻訳作業には、かなり意訳があり、本来の意味とは違って
解釈されている部分が多いとされている。

日本の「空」理解は、玄奘三蔵によるところが大きいと言われている。
つまり、「空」や「無」の理解は、龍樹から離れているのです。

そんなこともあって、その経典を誰が翻訳したかは、かなり重要な要因でも
あります。
それは、親鸞聖人の解釈された経典が分かっているので、その後の勉強が
しやすいのも、有り難いのです。

そして、原点に近いものに、その教えの根本部分を問う作業も、大切になって
くるのです。

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そして、最近出されたのが、その和訳であります。
経典などを、日本語で分かりやすく書かれています。

なので、とても画期的でしょう。
すごく苦労されていると思います。
まして、本願寺派が出している、図書であるのですから。

これらの三種類の聖典を、見比べることができるのですから、今は勉強し
やすい環境になりました。

面白いのは、和訳したものが一番分かりやすかろうと思うのですが、実は
和訳したものが一番、意味が分かりづらいと言うことです。

漢字の場合は、その漢字一文字から広がる、その語感を味わうことができ
ますが、和訳した途端、何か意味が分からなくなると言うこと。
要は、味わいができなくなると言うことです。

なので、何故、お経は意味も分からずに唱えているのか。
なぜお経を日本語で唱えないのか?
いろんなご意見があると思います。

もちろん分かりやすくして、皆で唱えることも大切でしょう。
でも、和訳した途端に、その意味や背景が消し飛んでしまう、という事実も
有る様に思います。

決して、僧侶の独断ではない様に思います。

このあたりも、これからの課題なのでしょう。
分かりやすく、現代音楽風に・・・。

こうなれば、仏教が日本で廃れるのも早いかも知れません。

歴史も、厳かさも、すべてが陳腐化して行くのでは?


伝わった思い・・・三回忌法要にて。

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二年ほど前、大阪に居た妹さんが亡くなられた。
お母さんは、田舎でご健在である。

そのお母さんは、娘さんを不憫に思われた。
大阪のお寺で葬儀と法事をする、でもお母さんは鳥取でも法事をといたいと。
ご高齢なので、なかなか大阪までは行けないのです。

もちろん私は、故人の兄である息子さんからのご依頼をお受けする。
そして、今回三回忌の法要をお勤めした。

実は二年前に、その娘さんに私が院号をお付けした。
そのときすでに、大阪のお寺さんで法名をいただかれていた。

浄土真宗では、院号を必要としていない。

でも、お母さんのお気持ちを考え、法名に院号をお付けしたのだ。
鳥取で娘を思う、そのお気持ちだけのために。
もちろん、院号料はいただいていない。
娘さんを思う、お母さんのお気持ちとしてお付けした。

私も、住職になる前の、自分の意気込みが先行していた頃のこと。

そのあとがある。
せっかく付けて頂いたのだから、大阪の甥に伝えたい。
そして、大阪のお寺さんにも了承してもらいたい、そんなお兄さんの思い。

私のお寺は西本願寺、大阪のお寺は東本願寺であった。
宗旨が違えば、僧侶の思いも違う、そしてお寺のやり方も違うでしょう。
これは難しいなと、思った。

私が余計なことをしたばかりに、ご苦労をおかけすることになった。
大阪のお寺で受け入れてくれなければ、申し訳ないことになるなと。

浄土真宗の寺院では、院号をお付けしないという寺院が多いのです。
あえて、その様な余計なものは必要ないとの考え。

仏様には、人間の側の飾りはいらないのです。

四十九日に、故人の兄が、大阪のお寺に行き、事情を話しされたそうです。
その大阪のお寺さんは、その院号の付いた法名を見られて、すぐに受け入
れてくれたそうです。

この院号であれば、すぐに私のお寺でも変更させていただくと。
そう言ってくれたと、私に伝えて下さった。
とても喜んでおられたのが印象でした。

そのご家庭は、昔からお寺のことを大切にしてくださっていた。
なので、私も心ばかり、思いを込めて、お付けしていたのです。
その思いが伝わったのかな?

おそらく、大阪のお寺さんも、熱心な僧侶なのだと思う。
なので、その院号を見た瞬間に、その思いを感じて下さったのでしょう。
私は、そのことを感謝せずにはおれなかった。

私の余計な思いから始まった、今回の一件。
皆さんの思いに支えられて、やっと実ることができた。

そして、鳥取でも三回忌の法要をお勤めすることができました。
お母さんとご一緒に・・・。

やはり、有り難いな。
感謝と合掌である。

仏となれるのなら後悔しない。

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今日は、四十九日の法要でした。

今日も、小学一年(今度二年)のお子さんが、「正信偈」を一所懸命に唱えて
くれました。

やっぱり、お爺ちゃんは見守ってくれてるよね。
それが伝わる。
お兄ちゃんの方は、まだ寂しい。

このいのち、いつかは尽きる。
でも尽きるのは、この世のいのち。

本当のいのちは尽きやしない。
だから仏となる。

だから、みんなを見守ることができるのだ。
そして後悔はない。

仏となれないのなら、この世のいのちだけを考える。
仏となったら、残してきた人たちのことを考える。

もう自分の心配は必要ない。

この世のいのちだけなら、後悔もする。
迷いのままだ。

迷わないから、仏様なのだ。
残してきた人たちのこと、すべて分かる。
だから仏様なのだ。

いつも迷っている。
いつも苦しんでいる。
それは人間であることの証。

だから、僕たちには、仏様が必要なんだ。

迷っても、迷っても、今を生きる。
それが、仏様になることなんだ。

たとえどんないのちでも、今を生きること。
そのために浄土はある、そのために仏の存在がある。

そう気づいたとき、あなたはどんな人生を生きるのか。

苦しみに沈むいのちであったとしても、それも生きる意味がある。

仏となる、いのちを生きているのだから。


歎異抄に聞く・・其4 『唯信鈔』と『唯信鈔文意』。

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『歎異抄』の背景をどこに求めて行くか。

それは、その著者であるとされる、唯円の師である、親鸞聖人しかいない。

長命であるがゆえに、たくさんの著作を残されている。
その中に『唯信鈔文意』がある。
実は、親鸞聖人の教えは、90歳と言う、当時では特別な長命であったこと。
そして、その晩年まで、その教えを書き記されたことが大きく意味を持つ。
だからこそ、すべての年代の人の心に響くのだ。
その教えも、成熟してゆき、自然法爾の境地まで至る。
だからこそ、私たちは、その生涯すべてに、出遇えるのです。

この著作には、親鸞聖人の言葉が、鋭く述べられている。
この著作の元になったものが、法然門下の兄弟子である、聖覚法印の著作
である『唯信鈔』。

この『唯信鈔』と『唯信鈔文意』を開いてみる。
そして、これを読み解いたのちに、『歎異抄』を読み解く。

そんなふうに、『歎異抄』を読み解いてみるのも、面白い。
そして『歎異抄』の、より深い理解につながると思う。
そこには親鸞聖人、自らの言葉があるのだ。

『唯信鈔』~『唯信鈔文意』~『歎異抄』、それが、それぞれの著作の書かれ
た年代順である。

『唯信鈔文意』の最後に、親鸞聖人がこれを書き記した、言葉が述べてある。

「ゐなかのひとびとの、文字のこころもしらず、あさましき愚痴きはまりなきゆ
ゑに、やすくこころえさせんとて、おなじことをたびたびとりかえしとりかえし
書きつけたり。こころあらんひとはをかしくおもふべし、あざけりをなすべし。
しかれども、おほかたのそしりをかへりみず、ひとすぢに愚かなるものをここ
ろえやすからんとてしるせるなり。」

これが、親鸞聖人の御こころである。
おそらく、そのままの、何もかざりない。

『唯信鈔文意』を最後に書き写されたのは、八十五歳のとき。
前年に、息子善鸞を義絶している、その翌歳。

私は、今これを読んでも、こころが痛い。

4月の雪。


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今年になって、何回雪の話しを書いただろうか。

東京では、昨日テレビで、千鳥ヶ淵・隅田川・上野公園の桜が満開と伝えて
いた。
光澤寺の枝垂れ桜は、また蕾も小さい。

そんな今朝、雪が降っていた。
紅梅がやっと満開だな、と思っていた。

東京は桜、鳥取の山里は紅梅だな。
今日は、お寺にお参りがあった。
お参りの方は、紅梅を見ることができた。

写真だけ見ると、4月と言う感じではない。
3月初旬といった頃だな。

北海道は、まだ雪景色の中かな?
桜は連休明けくらいになるのかも知れない。

今年は、春がまだない。
身体に感じる春、そんな感覚がしないのです。
暖かい日があっても、すぐに冷え込んでいる。

東京にいたころは、千鳥ヶ淵と靖国に散歩してたな。
マンションから20分くらいの所でした。

桜は、寂しい伝説も多い。
花見は、その思いかもしれない。

夜桜は、また妖艶でもある。

いろんな思いが交錯する。



僧侶の思いと檀家の思い・・日本仏教ソリューション。

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今日、高校の頃の友人と久しぶりに、ゆっくり話した。

彼と、彼の奥さんの両親、そして先祖のお墓のこと。
そして、これからの自分たちのこと。

それぞれに、いろんなことを解決して行かないといけないんだな。
それは、教えとかそんなことは関係ない。
ただ、先祖や両親を大切にしたいと言う、純粋な思いだけ。

僕たち僧侶は、それを分かっているつもり。
でも、ときとして、自分たちの教えや都合を優先してしまっている。
そんな気がした。

僧侶は、その人をしっかりと見つめなければならない。
その方の心をしっかりと、受け止めなければならない。
受け止めるとき、私は自分自身の教えに帰って行く。

そして、そこから言葉を選んで行く。
その方が、今必要としているものは、何なのか。
何をお伝えしたら良いのか。
その方が、一番大切にしたいものは・・・。

僧侶の側の一方的な話しになってはいけない。

今日話した友人たちとのこと、誰もが宗派のことは関係ない。
教義も、おそらく関係ない。

ただ、両親のことを、先祖のことを大切にしたいとの思い。
中には、親鸞聖人が好きだと言う友人もいた。
でも彼の宗派は、浄土真宗ではない。
そんな人はいっぱいいるだろう。

お寺と、その檀家の関係を考える。

何か、これからお寺や僧侶で、できることがある様な気がする。
そんなことを、ちょっと考えている。

たぶん、いろんな問題を抱えている方々が、たくさんいらっしゃるだろう。
それを、解決して行く方法。
それは、日本仏教のソリューション。

他宗派の葬儀

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今日は友人のお母さんのお葬儀に参列した。

僧侶をしていると、葬儀に参列することが少ないし、まして、他宗派の葬儀に
はあまり行くことがありません。

会社員の頃は、いろんな葬儀に参列しましたが、その頃は、自分の宗派の
葬儀でさえよく分からなかった。

今日は参列者側なので、いつもとは違う目線で葬儀を眺めていた。
それはそれで、興味深いものがありました。

葬儀の流れや、出棺の方法など、宗派が違えば全く違います。
葬儀の意味を考えると、どうかなあと思ったりしましたが、それはそれで、
各宗派なりの考えがあるのだろうと・・・。
でもちょっと、あまりに。
浄土真宗って、まだまともだなとも感じたり。

どの様な教えでこうなるのかな?
開祖の教えはこんなだったかな。
これからの葬儀を考えるうえで、いろいろ参考になりました。

葬儀の後、久しぶりに会った友人とも、しばし歓談。
そのときの内容が、両親の介護とお墓のことなどが中心でした。
宗派の違う両方の先祖の墓をどうしようか、という話しも。

歳をとれば、そう言うことだろうとは思っていたものの、こうアッサリそうな
ってしまうと、それにはちょっとビックリ。
本当にそうなることを実感して、僕も歳を取ったのかなあとも。

いつもは、こちらが僧侶の立場で話しているのですが、今日は友人という
立場だったので、いつも檀家さんに話すときとは違いました。

僧侶のときは、言えることはハッキリ言うようにしています。
それは迷わない様に、そして教えに沿って。

でも友人であれば、そこは適当に・・・。
宗派が違うので。
その立場も、なぜか今日は新鮮でした。

西方極楽浄土。

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西の彼方、十万億仏土を過ぎたところに、ある世界が存在する。
その世界の名を、極楽という・・・。

これは、仏説ではあるが、決して釈尊が説かれた教えではない。
釈尊なきあと、後の世の人々が、釈尊に託した願いなのだ。

浄土の教えは、この極楽浄土に往生することを、目的とする。
そこから、浄土の教えは現実的ではないとか、死後のことしか語らないとか、
そう言う方々もおられる様だ。
でも、実際はそんなことだけではない。
親鸞聖人のお言葉に触れれば、すぐに分かることである。

この世には存在しない世界。
人間が人間である限り、その様な世界は存在し得ない。

この世に極楽を求めることは、それは間違いの元であろう。
なぜなら、そこには人間の欲が入るからである。

極楽浄土には、人間の欲の入り込む余地などない。
それは、仏の世界であるからだ。

人間の世界に、仏様の世界の話しを強引に持ってくるから、話しがややこし
くなってくるのだ。

その典型が、浄土真宗で説かれる絶対他力の思想である。
絶対とは、あくまでも仏の側でのみ語られる言葉である。

人間の側に絶対などあり得ない。
かって絶対と呼ばせようとした人物、その人物たちの結果を見ても、その
ことは明らかであろう。

ただ、私たち人間には、絶対的な場所や言葉が必要なのでしょう。
その絶対的なもの、時代や政治や道徳などの様に、そのときのよって違う
価値観に左右されないもの。

そのことを、思う必要がある。
そこがひとつの、私たちの心の安心の場であるのだ。
私たちの存在を、正しい方向へと導くものである。

私たちが迷わない様に・・・。
それが仏の導きである。

私たちの心が閉ざされない様に・・・。
それが阿弥陀の願い。

私たちが、そのいのちをしっかりと生きて行けるように・・・。
それが親鸞聖人の思い。

いろんな方々の思いを受けて、今の私がある。
そう思えると、今日のいのちを生きることが、大切に思えてくる。
そして、また一歩踏み出す勇気をいただくのだ。




キッズサンガ・・・お寺ってこんなところ!

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今日、鳥取市青谷にある願正寺さんで、本願寺派山陰教区の主催のキッズ
サンガが開催された。
地元なので、サポーターとして私も参加いたしました。

キッズサンガとは、西本願寺が展開する、お寺での子ども会や寺子屋の様な
ものです。
最近、お寺でも子ども会や日曜学校を開催するお寺が減っている。
もっとお寺に子どもたちを集めようと言う試みです。

私のお寺では、夏休みに一泊で、夏休み寺子屋を開催している。
昨年は、因幡地区のキッズサンガも、お寺で開催した。

今回は、約50人の子どもたちが、山陰各地から集まりました。
内容は、浄土真宗の式章作り、マイ式章です。
和紙の式章は、カワイくて、今年の夏は、うちのお寺でもやってみようと思い
ました。

(和紙の手作り式章は、願正寺さんのオリジナル。因幡の源左さんゆかりの
和紙の里ならでは。もしご要望があれば、願正寺さんに連絡してみて下さい。
下の写真の様に、子どもたちも夢中で作っています。)

そして午後はウオークラリーで、みんな楽しんでいました。
新学期前なのに、本当に良く集まってくれたものと思います。
そして前日には、春の嵐が吹き荒れていましたが、天候も回復しました。

子どもたちも、きっとお寺の新たな発見があったと思います。
そして歴史のあるお寺を体感できたことでしょう。
源左さんの思いも、子どもたちに通じたかな?

ただ、今日感じたことがあります。
確かに子ども会は必要、そして、その子ども会も開けないお寺が多い。
このキッズサンガを開催する意味はある。
でも、何かちょっと違う様な感じ。
何か、回をこなせばいいとか、このくらいでいいだろうとか。
そんな流れも出てきてしまうように、感じてしまうのです。
実はこれは、回を重ねることによる、私自身の慣れなのかも知れません。

もちろん、主催する側の苦労も知った上でのことです。
お寺での取り組みにも、格差が本当にあります。

これは、数回体験した私の感覚かも知れませんが・・・。
もっとお寺らしい、と言うか、お寺で体験したことを忘れない様な企画。
そんなことができないかなと考えた。
それと、どこでもいつでも、どのお寺でもキッズサンガができる体制や内容。

今の子どもたちは、とにかく忙しい。
小学校低学年で、もうクラブ活動が始まる。
塾も忙しいし、勉強も忙しい。
家族も、いろんな所に連れて行ってくれる。
ディズニーランドとかUSJ。

それにお寺は対抗しなくてはならない。
お寺に人が集まらなくなったのは、他の事に忙しかったり、行くところが増え
てきたから。
お寺より、もっと面白いことが増えたことが、一番の大きな要因では?
もちろん、信仰心の変化もあると思います。
昔は何があっても、お寺のことが優先だった時代。
でも、今は違う。

別にエンタテインメント化しろと言うのではない。
何かもっと方法があるんじゃないかと感じた。

今年の夏休み寺子屋では、「怪談シリーズ」をやってみようか。
昔聞いた怖い話、それは記憶に鮮明に残る。
でも、またお寺に行って見たいと思わせるようなお話し。

あとは、何だろうか。
迎合するわけではないが、子ども目線。
でも、子どもの世界では想像つかない世界。

そして時に厳しく。
そんなものを考えてみたい。

アナログ的な面とデジタル的な面の両面が必要だろう。
そしてヴィジュアルも。
ただDVDを見せると言ったものではなく、やはり新展開なもの。
伝え続けて行かなくてはならないもの、そして新たに切り拓くもの。
両方を融合させて行く。

葬儀や法事やお寺の行事もそうだろう。
みんな同じなのだ。

ただの流れ作業的ワークにならない様にしなくては、と自分自身への戒め。
本願寺もお寺も私自身も、業務的になってはいけないのだ。

_$B_L___B


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暴風雨の影響・・・お寺の厳しい現実がある。

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現在夕方の6時だが、昨晩から吹き荒れている暴風雨は、今も続いている。

台風とは違い、まる一日吹き続けている。
それも強い風がずっと。

こんな長く続く暴風雨は初めてである。
夕方、お勤めをしようと本堂に入ると、本堂が風を受けて揺れているのだ。
少しすると、ガチャンという大きな音が・・・。

何かが壊れたなと感じた。

少しして境内に出てみると、何か落ちている。
見てみると、鐘楼の山門の屋根部分に付いていた部分が、剥がれ落ちて
いたのだ。
さっきの音はこれかな?

それにしても、こんな経験は生まれて初めてだった。
今年は雪が多く、本堂もだいぶん弱っていた様に思う。
その上、この風である。

一体どうなってしまったのかな?

本堂も年数が経ち古くなってきている。
あちこちガタがきてそうである。

お寺の周辺も、過疎化と高齢化の波がまさに押し寄せている。
住職一人の力では、如何ともし難い。

全国の過疎地にあるお寺は、どこも似たような感じなのかも知れない。
修理しようにも、修理できない。
お寺の、無住職化が進む。

お寺は、宗教法人なので、行政の支援はない。
すでにもう、全国のお寺が悲鳴をあげているのだろう。

地域を支えてきたお寺が無くなる、とても坊主丸儲けなんて世界ではない。
そこには厳しい現実があるのだ。

春の嵐・・・明日はキッズサンガだけど。

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今日は、暴風雨。

鳥取には台風の直撃はないのです。
今日の風は、台風でも経験の無い様な風。

昨晩からずっと吹き続けている。

お寺で、こんな強い風が吹くことはあまりない。
今までで一番の強風の様な気がする。

雨も豪雨っぽくなってきた。

今日は、まさに春の嵐の様相。

明日は、本願寺派山陰教区の、キッズサンガがある。
おそらく参加する子どもたちは、約60名。
因幡組の別のお寺さんが会場だが、今日の天候では準備が大変だろう。
明日も雨が残るようですが、明日の午後は回復に向かう見込み。

僕も因幡組のキッズサンガ・サポーターなので、明日は朝早く集合予定。

午後はウオークラリーが予定されているので、今日だと無理だったな。
明日はきっと、回復することでしょう。

今の所、何も連絡がないので、明日は予定通りかな。
山陰は横に長いので、遠方の人たちは今日鳥取入りされる人もいるかも。

無事に開催されるといいな。
ちょっと寒そうなので、暖かく服装が良さそう。

なかなか、春らしい天候はやってきませんね。

縁起の本質とは・・・関係性を知ると言うこと。


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たとえば、月とスッポンと言う喩えがある。
これはレベルの違いと言った意味にとらえられる。

ただその本質は、縁起であるのだ。
今、月が月として存在することに、スッポンは邪魔をしていないと言う関係性。
でも、いろんな関係性をたどれば、月とスッポンも同じ縁起の中にあると言う
ことでもある。

決してレベルの差ではない。
同じ縁起の中に存在するものということ。

たとえば、アレルギーとか、精神疾患とか、個人的なもののように思われがち
であるが、これも社会環境が大きく影響しているのだろう。

もちろん、花粉症やいろいろな症状もそうであろう。
すべてが関係しているのである。

その関係性を否定する社会構造になったとき、それらの症状が出てくる。
もちろん、過去から未来まで、すべてがバランスよく存在するということはない
のでしょう。

ある意味、すべてを兼ね備えた世界が、浄土と言う存在であるのかも知れない。

仏教は、その縁起を説く。
この世のすべての存在は、お互いの関係性の中にある。
関係性を断ち切って、この世のものは存在しえないのだということ。

誰かのせいにする、個人的な悪を追求する。
それだけでは、本質的な解決にはならないのだろう。

社会全体を、その縁起の中に納めてゆくことが、大切であるのだろう。

釈尊も、親鸞聖人も、その視点はそこにあるのではないかと思う。

仏教とは、その世界の真実を見極める教えである。
そこに立たないと、その真実は見えてこない。

釈尊と親鸞聖人のいう平等とは、その縁起の立場に立った、視点なのである。

浄土真宗的生活のすすめⅨ・・寺で葬儀をする。

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浄土真宗だから、寺で葬儀をすると言う訳ではない。

ただ、浄土真宗的な葬儀を考えたとき、お寺なら、もっとしっかり見送ること
ができるのではないかと思う。

死は突然です。
余命数か月と言われていても、やはり死は突然でしょう。
なので、そのときはゆっくり考える暇もない。
周りからは、あれもこれもと言われる。

お寺なら、元気なうちから、希望を聞いておくことができる。
そして、お寺側で準備をしているから、あわてないで済むのです。

そして、浄土真宗の葬儀に必要最低限のものを、揃えておく。
華美なものは必要ない。
本当に必要なものだけで、丁寧に、そして厳かに見送るのです。

その方の生きてきた証として、その人生の完成のときを見守る。
そして、残された者のために、しっかりと見送る。
これは、どちらも儀式として大切なことなのです。

枕経・通夜・葬儀とお寺でゆっくり見送れる。
家や葬儀会館では落ち着かなくても、馴染んだお寺で過ごせる。
都会や遠方から帰ってきて、自宅を片づけるのは大変なのだ。
誰も、事前にできないのが実情です。

そんなことも、これから考えておいた方がいい。
そんかことで、宿坊も始めることにしました。

浄土真宗らしい葬儀で、大切な方をお見送りしたい。
そう感じるのです。

もちろん、葬儀会館よりも、かなり安く抑えられるでしょう。
阿弥陀如来のご本尊にちゃんと見送っていただける。

最近は、葬儀の形態が変わってきた。
従来の葬儀に、価値観を見出せない人も多いと聞く。

都会が変われば、田舎もあっという間に変わって行く。

本当の葬儀、本当の見送り。
それをしっかりとお伝えできれば、葬儀の意味ももう一度、あきらかになる。
なぜ葬儀が必要なのか。

葬儀もしない社会になれば、人間のいのちは粗末になって行かざるを得な
いでしょう。
でも、それに胡坐をかいてきた寺院は、ちゃんと考え直す時期に来ている。

手遅れになってはいけないのだ。
私の寺は、本物の浄土真宗の葬儀を提案する。

それは、本堂と言う存在。
そして、僧侶としての存在。
作法・儀式の尊さ。
読経の有り難さ。
ご遺族への配慮。
仏様のことをしっかりお伝えする。
浄土真宗のみ教えを伝え、作法もお伝えする。
全てが、故人を偲び、ご遺族のことを考え、そして浄土真宗の作法によって、
それらが執り行われる。
葬儀をすることの意味を知り、それを感じていただく。
そんな葬儀を考える。

流れ作業の葬儀は、もうやめにしたいのです。

それが今年のスタートとなる。


釈尊、出世本懐の経とは・・・聞思して遅慮することなかれ。

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今日は4月1日。
新しい年度の始まりでもある。

心あらたにする、私にとっても今年は、いろんな意味で出発の年となる。
日本人は、元旦と4月1日の2回、新年と新年度がスタートのとき。

やはり、冬を越えて春となる桜の季節。
ここを新年度とする、日本人の季節感なのでしょう。
今年の春は、なかなかやって来ない。
みな春が待ち遠しいのだ。

始まりのとき。
親鸞聖人の主著である『教行信証』、正式には『顕浄土真実教行証文類』。
この始まりに「序」がある。

その最初には、
「ひそかにおもんみれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の
 光明は無明の闇を破する恵日なり。」
とある。

ここは、『大経』つまり『仏説無量寿経』をあらわしている言葉である。
難思の弘誓とは、法蔵菩薩すなわち阿弥陀如来の誓願のこと。

浄土の教えにおいては、『仏説無量寿経』が釈尊の出世本懐の経となる。
つまり、釈尊がこの世に出でた、そのわけは、この教えを説くためであった
ということ。

この、釈尊の出世本懐の経は、各宗派によってことなる。
どれもが、その教えにとっての出世本懐なのである。
それが、各宗派が立つ理由でもあるのだろう。
そして、それぞれが、それぞれの道を究めて行く。

親鸞聖人のお言葉は続いて行く。

「誠なるかな、摂取不捨の真言、超世稀有の正法、聞思して遅慮すること
 なかれ。」

そう、ためらうことなく、今その教えを聞いて行くのだ。
日々新たにその思いを重ねて行く、そして今日一日も。
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