宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2012年05月

浄土真宗的生活のすすめ12・・吉凶を問わず。

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仏教は縁起を説きます、もちろん浄土真宗も縁起がその教えの中心を成し
ています。

親鸞聖人のお言葉の隅々まで、縁起の教えが説かれているのです。
この親鸞聖人の説かれる縁起は、釈尊~龍樹の縁起に通じるもの。

元々、縁起は物事の吉凶を問うものではありません。
それがいつの間にか、縁起の良し悪しに使われている。

仏教は、そのような人々の迷いや、イワレのないことに対して、心の迷いを
解き放つ教えなのです。
でも、私たちは、日々の中でいろんなものに左右される。

占い、風水、お墓の向き、六曜の仏滅や友引。
そして、お祓いや祈祷。

仏教は、その様なとらわれから解放するものであったはず。
それが、さも現在の仏事では、そのことにとらわれているのはなぜ?

縁起とは、私たちの存在すべてに関わっていることで、それをどう受け止め
かが、仏教の教えに通じて行くもの。

そこに、祈祷やお祓いを持って来てしまっては、釈尊の説いた教えを真っ向
から否定しているようなものなのです。
浄土真宗では、世間で言われるような、縁起の良し悪しは問わない。

たとえば、お守りや祈祷というものに頼ってしまうと、逆にそのことにとらわれ
てしまうのです。
位牌や戒名にこだわると、また心がそのことにとらわれてしまう。
本来の、仏弟子としての道を歩むという教えから、逸脱してしまう。

浄土真宗では、その様にとらえて行きます。

ただそれを強制することはない、ただその様なとらわれから、少しづつ心を
解き放って行けばいいのです。

そうすると、心が逆に軽くなって行くのです。
そして、その私を見守る存在がある。

いろいろ経験されたり、いろいろ考えられたり。
でも、最後に行き着く場所は必ずありますよ。
それは、すべてのとらわれから解き放たれる世界が。

もちろん私は、まだまだ、ですね。
いつも、日々、いろんなことにとらわれています。
でも、ちゃんと先が見えていれば良いのです。

そんな世界があることを、ちゃんと。
そうであれば、そこに少しづつ近づいて行けるのでしょう。
無理をせずに・・・。





親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え18・・・法の深信「阿弥陀の願いは、」

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弥陀の誓願はなぜ起こされなければならなかったのか。

そのことを問うこと、すなわち法の深信ということになる。
法とは、その教えであり、仏の思いということ。

それは、機の深信で話したこと、私自身と言う存在があるからこそ、その願い
は起こされた。
迷い深き、そして無明の存在である私。
その存在が光に照らされる、その光が法なのでしょう。

それは阿弥陀のはたらきであり願い。
その思いが私に届けられる。

『観経疏』の散善義にはこう書いてある。
「二つには決定して深く、かの阿弥陀仏の、四十八願は衆生を摂受したまふ
こと、疑いなく慮りなくかの願力に乗じてさだめて往生を得と信ず。」

このことは、自らは迷いの世界からでることができない身であることを知る。
だからこそ、この阿弥陀仏の本願力、すなわち他力にすべてをまかせるしか
往生の道はないと信じること。

それを疑うことなく。

たとえば、念仏の回数を問題にしたとき、それは阿弥陀仏の願力を疑うことに
なる。
それは、自力のはからいだから。
だから浄土真宗では、念仏の回数を問うことはない。
ただ、その念仏の意味を問うのである。
それは、疑いなく慮りなく、なのです。

この法の深信は、迷い深く、自力の限界を知ることによって、開かれる。
私たちの一番の迷いは、やはりそのいのちであろう。
そこには、自分では解決できない問題が大きく横たわっている。

そこから自分のいのちを見つめて行くのだ。
その限界と思った先に、無限のいのちが広がっている。
それが、阿弥陀の願いなのです。

そんな私のために法がある。
だから私と言う存在がなければ、その法、阿弥陀の願いもなかった。
私という迷いの存在と、法は一体であったのだ。

寺院マネージメント・・・鳥取因幡組総会を通じて。

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昨日は、浄土真宗本願寺派鳥取因幡組の定期組会(総会)が、鳥取市の
中心地にある淨宗寺さんで開催されました。

淨宗寺は、市内を流れる袋川沿いにあり、花見橋のたもとにあります。
この袋川は、童謡ふるさとのイメージモデルと言われています。

今回は、全役員の任期満了にともない、役員改選が行われました。
私も、若輩ながら副組長をお受けすることとなり、同時に会計担当も。

寺院会計は、これからますますオープンになってくると思われます。
鳥取因幡組でも、効率化とオープン化を目指していますし、私の寺院も、
その準備を進めています。
すべてを公開することで、ご門徒さんは逆に協力しやすくなる。
今回、会計を引き受けるうえで、会計にお詳しく、おそらく全国の寺院で
一番会計をオープン化されている寺院の、ご住職のご指導をいただいて
いるので、とっても参考になるのです。
目指すは、一点の不明瞭さもないもの、そして誰が見ても納得するもの。

その準備として、郵便振替口座開設、ネットバンキング登録など、明細の
明確化と効率化、オープン化を準備。
そしてその会計のすべてを公開する、誰でもが見やすい環境作り。
さらには、ホームページやブログなどで、本山から地元の催しや行事を
公開して行くことなども、今年度のテーマですね。

そうすることで、鳥取因幡組のつながりや一体感も、より出てくると思います。
各教化団体も、それぞれが盛り上がってきて、横の連携をとっていただけ
るようになると、相乗効果がでてくるのでしょう。
みんなバラバラだけど、一緒なのですよね。
あれっ、これって本願寺派じゃなくて大谷派のキャッチフレーズだな。
まあ、同じ親鸞聖人のみ教えですから、やっぱり同じですね。

やはりお寺も企業と同じ。
会計管理とマネージメント力は必須です、それができていないと難しいです。
そして情報発信力と効率化の追求。

ただそこから、企業とお寺は違ってきます。
企業は利益の追求がありますが、お寺はお布施の還元が基本です。
すべてのいのちに寄り添うこと。
お布施でいただいたものを、布教伝道に投資する。
あとはお寺の維持管理。

そして、親鸞聖人と釈尊の教えを伝えて行くこと。
それは、これから何代も先の、お子さんやお孫さんへと伝えて行くためのもの。
すごい先への先行投資でもあるのです。
決して、自分のためではないのです。
そして現在の人の為にだけではない。

そんな思いを伝えて行くことですね。

逆に効率化してはいけないものも、寺院にはあります。
人とのふれあい、つながり。
み教えを学ぶこと、儀式や行事なども。
そこは徹底してアナログにこだわる、でもメディアのデジタル化は徹底する。

それらを融合したところに、新しい寺院像ができるのかも知れない。

徹底して効率化することで、アナログの部分をより引き出せるのでしょう。
寺院ってそんなところです。

今日は鳥取因幡組の総会です・・これからの活動に向けて。

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今日は、午後より浄土真宗本願寺派鳥取因幡組の総会です。

鳥取因幡組に所属する19ヶ寺と仏教婦人会や門徒総代会などの、教化
団体の代表者、そして各寺院の総代が集まり、前年度の報告と今年度の
予定を報告。

また、鳥取因幡組の決算及び予算報告をして、承認されますと、今年度の
活動が本格化します。

この組(そ)と言う単位が、宗派の強化活動の基本的な単位で、大きな括り
では、教区や宗派、本山(西本願寺)の活動となります。

この組の活動は、それぞれの組に委ねられていますので、その活動は組
によって大きく変わります。
積極的な組もあれば、あまり活動のない組まで、いろいろ。
もちろん地域差もありますね。

鳥取因幡組は、現在は活動が盛んな組になっていると思います。
本年度は、執行部の役員が改選になる年です。
寺院を取巻く社会環境が大きく変わって行く中で、これからの寺院活動や、
教化活動を、どう舵取りして行くか問われています。

民間企業に比べると、寺院は情報化や会計において遅れている面がある
でしょう。
ただ、進んでいる寺院は逆に先進的に取り組んでいますから、そのギャップ
も大きくなっています。

また、教化団体も自主的な活動と言うよりも、講師を呼んでその話を聞くこと
が活動になったりしています。
でも、本来は自主的な活動こそ求められるものだと思います。

やはり、これからは寺院運営や教化活動、そして情報化の支援のための
ノウハウを積み重ねて、各寺院支援や教化団体の主体的活動支援を行え
るような鳥取因幡組にして行くことが必要だと思います。

まさに「御同朋の社会をめざして」。

お念仏と感謝の日々。

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今日は昼から法務がなかったので、中庭を少し手を加える。
サツキが枯れていて、土がむき出しになっていたところ。

でも、中庭の一番高くなっている部分なので、よく目立つのです。
そこに、玄関前にあった灯篭を移動させた。
そこに玉石を敷いてやる。

本堂の縁側から、良く見える場所なので、見た目もスッキリしました。
今までは、思いつかなかったのに、玄関前を片づけていると、急に思い
立つ、そして、一人で何とか、灯篭を運んだ。

やはり、ちょっと腰が痛くなる。
でも結果的には満足している。

これで、中庭も少し落ち着きました。
一つのことでも、全体のイメージが変わってきます。
やはり、中心があるのとないのとでは、全然違ってきます。

これって、仏様のことや念仏にも通じるところがある。
普段は何気なく暮らしていても、そこに中心となるものがあるかどうか。
たとえば、それだけのことなのだけど、日々の生活や、その方の人間性
まで変わってくるのではないでしょうか。

それも、自己中心でなく、真実の言葉に出会い、その思いに感謝する、
そんな生活があれば、その方の心は、きっと豊かになってくる。
そうすると、その方の人生も変わってくる。

たとえば、自分の今の現実的な欲望を願っているだけなら、それでは
何も変わらないだろう。
そして、たまたま良いことがあると、それにすがってしまう。
もしくは、また願いを掛ける。
それは、自分の御利益ばかり。
良いことも悪いことも・・・・・。

そんな思いでは、その人の人生は、決して豊かにはならないだろう。
そんなことを感じた。
感謝をする人生を送りたいものですね。

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夏は薬味で勝負、豆腐薬味サラダで血液サラサラ。

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今日は、私の寺院の所属する、鳥取因幡組の連研(連続研修会)でした。

テーマは、「靖國問題について、神とは」という、本来はとても重いテーマです。
でも今日は、さわやかな五月晴れ、山あいにある会場のお寺さんは、とても
快適でした。
お寺も綺麗に掃除されていて、参加者の皆さんも気持ちよかったでしょうね。

今日の私の役割は、司会進行役。
内容が内容だけに、ご門徒さんの反応や、講師役の方の話す内容を、ちゃん
と聞いておかなくてはなりません。
あとで、どんな質問が来てもいい様にって感じです。

気分的にはゆっくり、でも進行と講義には神経を集中させる、そんな一日。
靖國問題は、その人によって考え方が違う。
質問があっても、勢い本質的な部分には切り込めないという面もあります。
また、浄土真宗では神棚を祀らないというスタンスもあります。
参加者の方々は、今日はどうだったでしょうか。
僕は、講師役ではなかったのと、進行担当でしたので、なるべく発言は控えて
いましたが、

そんなこんなで、帰りの車の運転中は、ちょっと疲れた感があった。
そうだ、旬のソラマメがそろそろかも知れないと突然ヒラメキ、野菜市場へ寄っ
て見ることに。
田舎の、ソラマメは採れたてがある、それを塩茹でにすると、ムッチャ美味い。
でも気候の関係か、それとも夕方だったせいか、野菜が今日は少なかった。
ちょっとガックリ。

気を取り直して、豆腐薬味サラダを作ることにした。
僕は、夏は薬味を食べて、健康を保つ。
血液サラサラ、食欲増進、カロリー抑えめ、そして何より美味い。

地元の清水で作られた豆腐、それに新鮮な薬味。
キュウリ・ネギ・ミョウガ・生姜・玉ねぎ・大葉。

そこに、ダシ醤油をかけて食べると、何とも言えない。
また、こんな日はビールに良く合う。

早くお寺に帰って食べよう、そう思うと元気になってくるのです。

そして、期待通りの美味さでした。

今日も一日ありがとう。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え17・・機の深信(きのじんしん)。

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      (今年は境内の、シャクナゲがたくさん花を咲かせました。)

ここでは、まず「機」の深信を見つめてみる。

機とはすなわち、すくわれる存在である私たち、つまり私と言う存在のこと。
救いの対象である。

この機のことを説いたものに、善導大師の著された、有名な『観経疏』におけ
る「散善義」の一節がある。

この一節は、鋭く、そしてまっすぐに心に届けられるのだ。

先ず、深信についてである。

「言深心者、即是深信之心也。亦有二種。」とある。
深心ということは、すなわち深信のことである。その深信には二種ある。

そして、機の深信を説く。

「一者決定深信自身現是罪悪生死凡夫、曠劫已来、常没常流転、無有出離
之縁。」
ひとつには、自分と言う存在は、罪悪深重で生死の迷いから抜け出せない
凡夫であり、はるか遠くの昔より、その迷いの中で、常に没み、常に流転し、
とても自分で、その迷いから抜け出すことは適わない存在なのだ、ということ
を、深く心に識ることである。

機とは、そういう私のことなのです。
自身を深く省みたとき、自身を冷徹に見つめると、まさにそんな自分に気づか
される。
そのとき、本当の浄土真宗のみ教えが、私に届けられるのです。

それまでは、絶対他力であるとか、悪人正機であるとか、言葉はいろいろある
が、それはあくまでも客観的な目線か、もしくは学問での立場でしかなかった。
そう他人事なのです、まさに悪人は他の人。

親鸞聖人の説かれる悪人とは、そう自分をおいて他にはいない。
それはなぜか、私が弥陀の誓願に出遇うのだから、私が救いの目当てである
のだから。
十方衆生と誓われた、すなわちすべての衆生、みんなである。
でも、私にとっては、私が救われて行くのです。
私が救いの目当てであったと、気づかされる。

それまでは、誰が、どういう人が、救われるのかを考えていた。
でも、そうか私のための願いであった、そう気づく。
そのとき初めて、機の意味を知る。

悪人正機とは、まさにそう言うことなのです。

自分のことでありました。
そんな私に対して、十五劫も昔に、弥陀の誓願がおこされていたのでした。

親鸞聖人が、「ただ親鸞一人がためなり・・・」と言われた言葉の意味。

それまでは、衆生の救われる道を追い求めておられた、そして浄土の教え
に出遇われる。
一心に、十方衆生の救いの道を求められる。

そして、その十方衆生の救われる道を追い求めていたとき、それは私自身の
ための道であったと知る。

その瞬間は、「何と言うかたじけなさよ・・・」と感じ入る、痛み入るしかない。

浄土真宗の信心は、先ずそこから始まる。

五月、山里に沈む夕日を眺める。


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五月、山里のたそがれどき。
静かに夕陽が沈んで行くのを眺める。

五月の夕陽は、これから夏に向かう。
同じ夕日でも、少し力強さがあるんだ。

寂しさよりも、今日一日終わった安堵感の方かも知れない。

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夕暮れは、人の心を癒す作用がある。
僕の寂しさを、一緒に過ごしてくれるような気がする。

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少しの時間で、いろんな表情を見せてくれる。
ここに沈む夕陽は、僕はとても好きなのです。
やさしさがあるな。

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いろんなことあるけど、でも時は過ぎて行くんだよ。
僕のいのちも、また過ぎて行くんだな。

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田んぼにも水が張られて、田植えを待つとき。
山里にも、そろそろ夏がやってくる。

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おつかれさま・・・。

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なんか名残惜しそうに見える、手を振ってるみたい。

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じゃあ、またあした。
やっぱり、合掌だな。


お寺メンテナンス。

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今日は朝から曇り空、今にも雨が降り出しそうな感じです。

朝いちばんに、バラス(砂利)を頼んでいた。
お寺の庫裡の裏手に敷くため。

この場所は、元々は、荒れ放題になっいて、草が生い茂っていた。
ちょっと手をつけるのも気が引けるほどの場所でした。

そんな場所を片づけるのは、腰が重い。
普段は目につかない場所なので、とりあえず放っておいた。

昨年、ゴミなどは片づけておきましたが、いよいよ今年は草を刈って、
今日のバラス導入の運びになりました。

一昨年の秋にお寺に入ってから、本当に断捨離の連続。
ゴミを片づけ、石を動かし、木を切り草を刈る。
本堂や庫裡にあるものを棄てたり、配置換えしたり。

多分、約40年間手を付けてない状態。

本堂、境内、中庭から庫裡の周辺。
各部屋も不要な物はすべて廃棄し、雨漏りを修理し壁を塗り。
それでも、まだまだこれから先も、問題は山積みですね。

おそらく、僕が住職を辞める頃には、何とか終了するのかな。
そんなふうに思っている。
やはり住職の大きな仕事は、お寺を修繕し次の代に引き継ぐこと。
これができなきゃ、住職を全うしたとは言えないと思うのだ。

あと20年後には、良いお寺だと言ってもらえる様に。
それが住職である僕の役割だと思っている。

ここ数年が踏ん張り所だな。

そんなこと考えながら、黙々と作業をする。
バラスは人に頼むと結構高いけど、自分で全部やると材料費だけ。
トラック1杯で2万円もしない。

何とか雨が降り出す前に終えることができた。
終わってみるとたいしたことないけど、以前に比べると見違えるようです。

この作業が終わると、また次の課題が見えて来るな。
人の悩みって尽きることはない。

それが原動力みたいなものだったりする。
移り変わるものだからこそ、その思いを大切にするのだ。

その心の持ち方が大切なのでしょうね。

そう言って、今日も自分を慰めている。


金魚の自己防衛本能。

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池に金魚を飼っている。
今年の寒い冬の間、池は氷に閉ざされていた。
その寒さの中でも、しっかりと生きているのです。

最近は、池の水も暖かくなり、金魚も楽になっただろうなと思っていた。

そんなこの頃、金魚が追いかけっこしていた。
最初は仲がいいなとか、求愛のシーズンかな、なんて感じ。

ところが、何日かしてると、様子がおかしい。
それは、一匹の金魚が病気になって弱っていたのです。
じっと見守っていたが、最後は力尽きた。

その後です、一匹の金魚が数匹の金魚に、追いまくられていたのです。
その後、岩の上に、その金魚が打ち上げられていた。
自分で飛び跳ねたのかと思いきや、他の金魚に押し上げられたのでした。

よく見ると、その金魚も病気になっていた。
前の金魚からうつっていたのかも知れない。
池に戻すと、また他の金魚に追いまくられていた、そして岩の上に押し上げ
られようとしていた。
こりゃこまった、と思い鉢の中に移したが、しばらくして力尽きる。

そうすると、今度は別の一匹が、また異常に追いまくられていた。
狭いところに押しやられたり、数匹に岩の上に押し上げられたり。

網ですくうと、やはりお腹の辺りに病気の症状があった。

最初は、金魚も残酷だなと思っていたのですが、実はこれ自己防衛本能
なのかも知れないと感じた。

うつる可能性のある病気を持った金魚を、他の金魚が排除しようとしていた
のかな。
確かに、金魚には病院はない、これも種の保存の本能のなせる技なのかも
しれないな。

でも何とかしなきゃと思い、今度はバケツに移した。
ネットで調べて、ホームセンターに薬を買いに行った。
そしてバケツに薬を入れて、一日経つと、その金魚は元気を取り戻しました。
それがこの写真です。
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今までこんなことがなかったので気付かなかったけど。
病気の一匹を別に移すと、池の他の金魚は静かになった。

他の一匹を追い回すようなこともしない。

これはこれで、金魚の自己防衛本能なんだな。
昔は、人も同じだったのかも知れないな。

残酷な金魚たちだな、そう思っていたのも、実はそうじゃないのかな。

いろいろ感じた一日でした。

親鸞聖人に聞く浄土真宗の教え16・・・他力の心は二種。

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このテーマは、以前いも書きましたが、浄土真宗では重要なテーマなので
もう一度、詳しく書いてみたいと思います。

他力とは二つの心であらわされます。

そう言うと、二種類の違う考え方があるのかと思うが、実はそうではない。

他力の心をあらわすときに、二つの見方があるということ。
つまり二種類のものがあるのではなく、一つのものを違うところから見た
ものと言うことです。

どういうことかと言うと、救われるべき対象である、私と言う存在。
そして、その私を救うという仏の願い、つまり仏様のはたらき。

他力の信心とは、この二種の深信であらわされるのです。

救われるべき対象である私の存在を、機と表現する。
機とは救いの目当てと言うことです。
つまり、私と言う存在が無ければ、仏の願いも存在しない。
そうなれば、浄土真宗の教え自体が存在しないと言うことになる。
浄土真宗とは、すくわれる対象である機、すなわち私が存在して初めて、
その教えが説かれるのです。

この私からの見方を、機の深信(きのじんしん)と言う。

それでは、もう一方は、救いの側から見た見方となります。
救いの側、つまり仏様の側になります。
仏様の救いのはたらき、つまり本願力と言いますが、その仏の本願力の
ことを、法と言います。

この仏の側からの見方を、法の深信(ほうのじんしん)といいます。

他力の心は二種と言うことは、つまり別のことをいっているのではなく、
私と言う立場からと、仏様の立場からの、それぞれの方向から見たも
ので、あくまでも一つのことを言っていると言うことになります。

私の心と、仏様の心です。
その両方があって、初めて本願他力のはたらきがあるのです。

たとえば、紙と言う存在があります。
紙には、裏表ありますが、表が無くては裏が無く、裏が無くては表も存在
しない。
そんなイメージでしょうか。
どちらも切り離せないものです、そしてどちらが無くても存在しません。
そして、どちらから見ても、紙は紙という存在です。

二種の深信もそれと同じです、不離一体のものだと言うことを、先ず理解
しておくことが、二種深信の始まりになります。

それでは、次の機会に、機の深信と法の深信の話しをしてみたいと思います。

自然の中で暮らすこと。

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山里の夕暮れ

今は田んぼも水を張って、田植えの準備ができた。
これからは毎晩、カエルの鳴き声を聞くことになる。
いつものことなので、ああ夏が来たなって感じる。

毎年繰り返される光景、ふる里のままだな。

田舎では、まだまだ自然と一緒に生きている。
そんな感じがする、そこだけは遠い昔とあまり変わっていない。

春は山菜を採る。
田植えが始まる、そして夏が来る。
秋は、果実が沢山実る、そして稲刈り。
鮮やかな紅葉。
お寺は、報恩講で忙しくなる。
そしてそろそろ冬支度。
大晦日の頃には、雪が舞う。
そして雪かきをしながら春を待つ。
春の訪れとともに、花が咲きはじめる。
そして新緑の季節を迎える。
そしてまた、一年が過ぎて行く。

この繰り返しは何年続いてきたのだろうか。
道具は進歩して、人の生活は変わったけど、基本的な移り変わりはない
ってことに気づく。
自然の中にいると、自然は何もかわっていないということが分かる。

人だけ変わったつもりになっているのかも知れない。
ある意味、錯覚の中で生きているのかもしれない。
それが地球の営みなのでしょう。

でもその地球も、いつの日か宇宙の中で消滅するのだけれど。

弥陀の誓願・・・すべてを解き放つ。

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人はすべてを許せるときなんかない。
赦せないことばかり。

でも念仏の世界はどうだろうか。

自力の修行は、一見格好いい。

ストイックで、自分で自分に浸ることができる。
自分の世界に浸れるのだ。

念仏はそうはいかない。
すべてを受け入れるしかない。
念仏の世界は厳しいのです。

でも、みんなは逆だと思っている。
念仏は楽、自力の修行の道は厳しい。

あなたはすべてを許せますか。
あなたはすべてを赦せますか。

僕は、その足許にも及ばない。

弥陀の誓願があれば、もしかしてすくわれることができるかも。
最後の、私に残された道。

でも、実はその道は決して簡単ではないのだ。

でも、それを思うことができたなら、すべてが転換する。
すべての見方が変わる。
そう、すべてが・・・。

自分ではできない、かなわない。
だからこそ、他力なのだ。

そこにこそ、いのちの解放がある。
すべてが解き放たれるのだ。

単純なこと、でも自力の道の入ると、そこには遠い道のりがある。
誰でもいけやしないのだ。

そこにこそ弥陀の誓願あるのだ。


またいつか、お浄土で。

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今日は、ご門徒さんとお寺で食事をしながら、話しをしてた。
少しお酒もまじえながら、ゆっくりとお話しを聞いていた。

このご門徒さんは、もう87歳になられる。
周りに、同じころの年代の方は、もういないそうです。
でも、毎日畑や田んぼの仕事に出ておられる。

お寺のことも、いつも気にかけて下さる。
今日は、お寺からのお誘いです。

いつまでもお元気で居て下さったらいいな、そんなふうに思って。
昨年は、親鸞聖人750回大遠忌に一緒にお参りした。

いろんな話しを、ずっと聞いていた。
いつもお伺いする話だけど、何度でも気にならない。
ときどき、遠くを見つめられる様に・・・。

せめて100歳までは、お寺を見守って下さいよと。
奥さんを25年前に亡くされている。

その、いのちに寄り添う。
でも、寄り添うってどんなことなのかな。
いつも考えてる、そして何とかお寺を守って行かなくてはと。

最近はそんなことばかり、田舎のお寺の役割とか。
答えはないのかも知れない。

ただ、もう少しだけでも、皆に幸せになってもらいたい。
もう少しだけでも、寄り添いたい。
少しだけでも、長生きしてほしい。

そう思いながら、お話しを聞く。
お酒はすすめるけど、あまりすすめすぎてもいけないな。

今日は、3時過ぎから6時くらいまで。
陽は明るかったけど、そろそろ帰ると言われる。
お年寄りの朝は早い、前はもう少し長くいらっしゃったのにな。

そのあと家までお送りしました。
もうすぐ奥さんの二十五回忌。

またいつか、ご一緒になられるであろう。
またいつか、お浄土で。
そして僕もいつか・・・。

寂しさとともに、お見送りするときの、自分自身への、せめてもの
なぐさめなのだ。
そこには、別れはないのだから。

ドリカムのアシタスイッチ・・・輝くときのお話し。

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ドリカムの二人がTVでトークをするというので、寺務所からリビングへ移動。
アシタスイッチという番組名だったと思う。

その中で、二人が自分が輝くためにというテーマで話しをしてた。

中村正人さんはこう・・・
自分が輝くためには、スイッチを入れて行く。
スイッチを入れることで、いろんなことが変わって行く。
なぜ、いままで入れなかったのかなって思うことも。
入れると変わる、見方も行動も変わってくる。
そんなことを話していた。

吉田美和さんはこんな感じでしゃべってた・・・
輝いていても、輝いていなくても、それはある意味同じこと。
どんなふうに過ごそうが、日々は過ぎ去って行く。
それをどうするか、それはそれぞれの考え方。

中村さんは、きっちりと仕事をこなして行く人みたい。
ある意味、理詰め的な面もある、もちろん遊び心も。
そして常識的で現代的感覚の人。

一方、吉田さんは、自由でいて奔放な感覚、でもすごく繊細。
何物にも縛られない心の持ち主、だけど周りのすべてのひとのことを思って
いるって感じがする。
吉田さんが造る歌は、すべてがみんなへの応援ソングのような感じ。
言葉にすると上手くしゃべれないけど、歌にした途端、いろんな感覚が下りて
くるって感覚なのかも知れないな。

それを中村さんが、上手く受け止めてるって感じ。
二人一緒じゃなきゃ、ドリカムの歌はできないんだろうなって思う。

短い時間の中のトークだったけど、注意深く二人の話しを聞きました。
二十数年間、第一線でやって来れたと言う理由は何かなと。

でもたまたまそうなった、決して自分たちがどう輝くかなんて考えた訳じゃ
ないって言ってた。

多分そうなのでしょう。
意識するしないにかかわらず、自分のありのままって感じ。

なんとなく、すべての存在があって、自分があって、そしてつながってて、
でもときに一人に感じたり、輝いたり、苦しんだり、寂しかったり、それぞれ
の人生がある。
そのさきは、みんな一緒だよって、思えたら嬉しいかも。

だから、いま、自分でいることを受け入れて行く、ただそれだけ。
輝いたからそれが素晴らしいってだけじゃない、すべてが一体なんだ。

吉田さんが、言葉の中で、「光と陰」ってこと話してた。
この前、僕がこのブログで書いた言葉だったな。
そんなこと感じながら・・・・。

輝いてるか輝いてないか、それはいつも自分自身のこと。
みんな、それぞれの感じ方があるのだろうと思う。

今日は二人の話しを聞きながら、そんなことを感じた。


雉の季節

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今朝、雉を見た。
写真は遠くからなので分かりにくいが、雄の雉である。

雉の鳴き声は、かなり響く声で鳴く。
他の鳥とは違うので、すぐに雉だと分かる。

この辺りに野鳥は多いけど、雉を見る機会は少ない。
今の季節は、ちょこちょこ見かける、田んぼの中を飛び跳ねる様に走って
行く姿。

雉は日本の国鳥ですね。
桃太郎にも出てきて、その名にはなじみ深い。
でも意外と、野生の雉を見たことがあるのは少ないのでは。
都会では先ず見かけることはないでしょう。
田舎でも目にする機会は少ない。

今の時期は求愛なのか、雄が鳴くから。
やはり雄は、雌の気を惹くために、羽はあでやかだ。

人間の場合は、どちらかと言うと女性の方があでやかである。
女性の方が男性の気を惹いてるのかな。

今も鳴いています。
極楽浄土には美しく奏でる、迦陵頻伽という鳥がいます。
雉も、その美しさは極楽浄土の様な感じでしょうか。


和讃のこころ ・・・ 愚禿親鸞作

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浄土和讃で冠頭讃の二首に続いて、讃阿弥陀仏偈和讃となる。
そこには、愚禿親鸞作となっている。

そして、南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)

「讃阿弥陀仏和偈」とは曇鸞大師の作られたもの。
その偈をほめたたえるのです。
もちろん、それを通して阿弥陀仏をほめたたえる。
親鸞聖人の阿弥陀仏のお姿は、曇鸞大師のお心を通していらっしゃる
のかも知れない。
そして、それは往相還相の回向へとつながる。

その最初が、正信偈のあとに称えられる、六首の和讃の一番最初のもの。

「弥陀成仏のこのかたは
    いまに十劫へたまへり
       法身の光輪きはもなく
          世の盲冥をてらすなり」

阿弥陀仏となられてから、すでに十劫のときが経っている。
その智慧の光明は、限りなくその教えとなって私たちに届き、そして導く。
常に迷いの中にいる無明の私たちを、照らしつづけていらっしゃるのだ。

親鸞聖人は、この「讃阿弥陀仏偈」を経典と同じに見ておられるのだ。
そして六首和讃はここから始まっていく。

阿弥陀仏のその存在を先ずあきらかにする。
劫の意味は、少し前にお話しした通り。
十劫とは、私たちからすると、永遠とも思える時間である。
でも、確実にそのときは過ぎて行く。
そしてその間に、私たちがその光明に照らされるときがある。
それだけでも奇跡なのだった。

永遠と思える時間のうちにさえ、遇うことの難しいこと。
その存在を私たちはいま、受けとめることができるのだ。

そのことにどうぞ気づいてください。
そのときは、まさに過ぎ去ろうとしている。
だから念仏に遇うのは、今なのだ。

そう呼びつづけている。
あなたを呼びつづけている。
ずっと呼びつづけている。

そこに幾多の縁が重なり、その光に私たちは出遇う。
それは自分から求めたもののように思える、でも本当は呼びつづけて
いただいてたんだな。

そう思えたとき、他力の意味に気づく。

ああ、何というかたじけなさよ・・・。
親鸞聖人のお心である。


ピー子のトラウマ。

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お寺の住人に、猫のピー子がいます。
写真では、猫のカゴに入っていますが、いつもは二階の一部屋を占領し
ている。
下におろしたときは、部屋で自由にさせているけど、ドアを開けるときは、
カゴの中に入ってもらいます。
でも、外敵に弱いので、ピー子も実は安心しています。

元々、生まれるとすぐに捨てられていた。
寒い雨の夜だったそう。
それを坊守が連れて帰って育てていた。

坊守と一緒にお寺へやって来ました。

捨てられたときの記憶が鮮明なのでしょう。
まったく人になつきません。

猫は元々、あまり人になつかないのですが、それでも多少はなれるでしょう。
でも、ピー子はまったくなつきません。

その分、坊守には、いつもベタベタです。

僕は、昔は動物をお寺でたくさん飼っていたので、結構動物とは早く仲良く
なれるのですが・・・。

坊守の実家で飼われていたときも、他の家族には一切なつかなかった。
やはり、動物も幼いころの記憶が鮮明に残っているのでしょう。

人間だってそうです、幼いころの育てられ方で、変わってしまう。
それが、生涯トラウマになってしまうこともある。
人の教育って、幼少の頃にある程度決まってしまう。

大人になっても、人間は中々変えられないのだ。
基本的なものは、おいそれとは変わらない。

最近の幼児虐待とかの事件を聞いていると、やはりこちらもつらくなってくる。
大切にされたかどうかで、子どもの将来は大きく変わるのだ。

ピー子を見ながら、そんなふうに感じた。
それは、すべて他の人間がそうさせたのだ。

人だって、世間で言う悪人が、その人だけの問題じゃないってことかな。
社会全体の問題でもあると思う。
もちろん、私も含めて。

宗教と対立 ・・・ バーミヤンの仏像破壊。

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アフガニスタンのタリバン政権下の宗教警察の元長官が、バーミヤンの
仏像破壊を破壊したことは誤りであった、と発言したことが、ニュースで
報道されていた。

当時を思い出すと、何とか仏像が破壊されない様に、祈る気持ちだった
と思う。
それと同時に、自分たちの無力さも感じたものでした。
そして、それから10年以上経て、いろいろ感じることがあった。

現在の世界遺産には、宗教に関する施設が多い。
そこには様々な思いや歴史がある。
それを尊ぶことは、やぶさかではない。

ただ、破壊された宗教施設も、数限りなくあるだろう。
それは、今から2000年以上前の歴史から考えると。

消え去った国、離れて行った民族、過ぎ去った時間。
数限りなく。

世界中のすべての町は、すべて遺産の上にあるということも事実である。
ときには、それは何層にも重ねられている。
世界は常に移り変わっているのだ。

今回の大仏破壊は、現在の情報化社会の中で、宗教対立としても注目
を集めていた、さらにはテロとの戦いの構図の中である。
でも、過去には、誰にも知られずに多くの宗教施設が破壊されてきただろう。

歴史は勝者によって作られる、近代以降の歴史は欧米中心の歴史である。
その一方的な価値観の上に、戦後の日本人の価値観があることを、認識
しておかなければならない。

今回の破壊は、より多くの人に伝わった。
イスラームの中でも、原理主義を始めとして、多くの考え方がある。

実際に、イスラームでは偶像崇拝は禁じられている。
唯一絶対神であるため、他の神を認めないということもある。

それは、その宗教の考え方と、捉え方なのだ。
キリスト教も本来は、偶像崇拝しない。
それがいつの間にか、神に対する考え方や捉え方が変わったのです。
決してイエス=キリストの教えではない。

残されし者、そしてそれを伝えて行くのは人間なのだ。
だからそこには、考え方や価値観が違う者の影響を多大に受ける。
誰しもが開祖ではないのだ。

バーミヤンの仏像を再建するという話しもある、でも過去に存在したものは
もうないのだ。
ならば、宗教対立の中で破壊された仏像ということにも、意味があるのでは
と思ったりもする。

今回の仏像破壊は、とても残念な出来事であった、それは間違いない。
ただ、一方的な価値観の中にあって、ただ一方的に批判することはどうかと
考えたりもする。
宗教に純粋であればあるほど、その教えに忠実であろうとする。

原理主義という表現が情報の中で、盛んに言われるようになった。
原理主義イコール過激派とかテロとかと関連づけられる。

私も、宗教者のほんの端くれでしかないが、教えに純粋でありたいと願う
ことは当たり前だと思う。
純粋さと原理主義とは、また違うものではあるが・・・。
誰を正しいとか、正しくないとかは、宗教的には判断できない。

私は、遺産はもちろん大切だが、教えが無ければ、ただの観光資源である。
今回の、元長官の話しも、もしかすると世界遺産で、いつか観光資源になる
とか、宝物として国の財産になるとか、そんな背景はなかっただろうか。

宗教者としての思いなら、それは尊い。
ただの財産でしかないなら、それは別にそれでも良かったかなとも思う。

建物や建造物より、その教えの方が重要なのだ。
造られた物は、いつかは必ず滅ぶ。

真理なる教えは、永遠に語りつがれる。
たとえ人類が滅んでも、その真理は永遠に滅びることはない。

寺院とステンドグラスと・・・。

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今日、ご近所の建具屋さんに頼んで、ステンドグラスを窓に入れて
もらった。

いつか、ここに入れようと思って、ステンドグラスを用意していた。
100年近く前の、イギリスのステンドグラスです。

やはり古いものには、それなりの魅力がある。

宿坊に来られた方が、玄関からまず最初に目にするところ。
宿坊に入ったときの、最初のサプライズである。

ステンドグラスは、光によってその輝きが増す。
ここは朝日の方角なので、朝がきっと綺麗だろうと思う。

教会にはステンドグラスがある。
イスラム教のモスクにはモザイク。
どちらも美しい。

やはり宗教的信仰を表現するものである。

ステンドグラスは高価なものだから、中々本堂とかには入れることは
できない。

でもいつか納骨堂を建てるときがあれば、ステンドグラスを入れたい。
そして、お墓はモザイクがいいかな。

そんなことを考えている。

自分の人生を過ごすうえで、その歳に合った楽しみを創り出す。
そして、そこには信仰のある生活が望ましい。

信仰があれば、人生や人間を豊かにするのです。
それが宗教の持つ魅力である。

神に捧げる、仏を讃嘆する。
そこに、自らのはからいを取り払い。
ただ、その思いを受け取るのだ。

そこには純粋な信仰が残る。

ただ、その喜びを表現する方法はいくらでもある。
それは、功徳でもなく、ただ歓びの表現なのだ。
そう思う。

最後は、純粋さだけが残る。

きっと・・・。

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宿坊の空間学 2.・・・椅子のある空間  チェアー編

椅子が空間を作る、そんなこともあると思う。
そんな空間を、宿坊ではお届けします。

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本堂の広縁、ここからは山を中心とした景色が美しい。
ゆっくりと、こころを解き放つ場所。

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本堂内の縁側にあるチェアー。
ふたりでごゆっくり。

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宿坊の客室前の椅子。
ここからは、中庭と山々が見える。
ここも絶景ポイントである、絶景と言っても、普通の山里です。

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奥の間の縁側にある椅子。
このデザインと、丁寧な作りが美しいと思った。

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寺務所にある椅子。
本革で、デザインもシンプルで綺麗です。

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こちらは対面の間、座椅子です。
何気なく、話しをするのに丁度いい。

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庫裡二階のスペースに椅子を置いた。
ここなら誰にも邪魔されず、ひそかに思いを巡らす。

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これは客室のドレッサーの椅子。
オーク材のシンプルですが、美しい椅子。
ドレッサーとセットで新品ですが、ネットオークションで思いの外安く買えた。
おそらく1/4程度の値段だったと思う。

予想外の展開でしたが、ラッキー。
購入価格の倍は出すつもりでした。

宿坊の空間学 1.・・・椅子のある空間 ソファー編

椅子のある空間作りが、宿坊の一つのテーマでもある。
くつろぎ、やすらぎ、そしてたそがれる。

そんな空間である。

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本堂のソファー、もう40年近くなる。
一度棄てかけたが、修理をすると、妙に本堂に馴染んだ。
やはり古いものはいい味を出す。

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このソファーも40年近くなるな。
でも、今でも十分使える。
本堂のラブソファーかな、ご夫婦で、お聴聞においで下さい。


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本堂の縁側のベンチ。
この風合いが気に入って、買ってきたもの。
傷が付いていたのですが、使用には問題ないですよね。
もちろん、そういう物を探し出します。


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これは、最近談話室に入れたもの。
本とBGMと、コーヒーで。


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こちらも談話室のソファー。
一人でも、二人でも、グループでもゆっくりできる空間。


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このソファーは20年前に買ったもの。
転勤していたので、ほとんど使っていませんでした。
イタリア製のものです。


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このソファーは、先日のブログ、たそがれBARのものです。

椅子やソファーには、何故か精神的な安らぎを感じるのです。
値段の高いものはありませんが、自分で選んだもの。
リサイクルにもいい物があります、だけど根気よく通わないと巡り会えない。

だから、くつろぎの空間を作るには欠かせない。






寺院生き残り戦略・・沙羅双樹を目指して。

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全国に7万以上あると言われる、仏教寺院。

ヨーロッパで列車に乗っていると、畑や牧草地に集落が点在している。
その集落の中央には教会の塔が見える。
その塔をみると、そこに向かって進んで行けばいいと言う安心感がある
のかな。

日本でも、集落に高い屋根があり、寺院があることがすぐに分かる。
やはり世界各地、宗教施設がその街の中心にあるのだ。

精神的な依り所であり、コミュニティーの中心でもある。
日本もそうである、もしかすると、そうであったと言うべきかも知れないが。

ただ、日本の場合は、檀家制度の慣習が色濃く残っており、寺や僧侶と
いうよりも、檀家数でそのお寺の価値を見る様になっている。

地方においては、やはり家の仏教であるため、檀家を変わると言うことは
あまりないのだ。

現在、都会を中心にお寺や僧侶への見方が変わってきている。
もしくは、仏教の儀式や僧侶への不満かも知れない。

若い世代には、家の習慣と言うよりも、自身が価値を判断するという方向
に進んでいるのかも知れない。

今、私の寺も、少しだけ舵を切ろうとしている。
もちろん、今までのものをすべて否定することではない。
ただ、従来通りの寺院運営だけでは、お寺にも私にも限界が来るような
気がするのだ。

保守的と言われる本願寺派(西本願寺)も、今年度から大きく舵を切った。
巨大タンカーが舵を切るようなものだが、実は各寺院よりも船の方向転換
が早いのかも知れないと思うほどだ。
気付いたら、寺院だけが取り残されていた、何てこともあるかも知れない。
しっかりと、自らの方向性を見極めておくことが大切である。

その為には、マネージメントと企画、そして情報発信。
そして何よりも大切なのは、僧侶としての力量であるだろう。
寺院は決して商売ではないのだから。

その力量は、自分では中々量ることもできないし、判断しずらい。
なので、「ただ犀の角」の様に進んで行くことなのでしょう。
釈尊の言葉を、また噛みしめるのです。

道は、釈尊と親鸞聖人が示されている。
その道を信じて進んで行けるかどうかだ。

そう、日々自分に言い聞かせる。
まったく進んでいない自分に、ジレンマを感じながら。

そう、ジレンマの連続である。
それでも前に進んで行こう、私の沙羅双樹を目指して。

今は本堂の扉を開けない訳。

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GW頃から、日本戻ってきたツバメが巣作りを始める。

本堂周辺をツバメが、本当にスイスイと飛ぶように。

朝、本堂の扉を開けてお参りしていると、ツバメが堂内に飛び込んでくる。
ある意味、本堂ほど巣を作るのに安全な場所はない。

でも、さすがに堂内に巣を作られるのは困るな。
いつも開けっ放しにするわけにいかないし、糞の処理にも困る。

そして、一度入ると堂内を飛び回って、なかなかうまく出てくれない。
昨年は山鳩に出てもらうのに、丸二日かかった。

いつもは本堂の扉は開けるようにしているのだが、さすがに今のシーズン
は扉は閉めないといけない。

近所のご門徒さんは、農作業や墓参りのとき、本堂の前の道を通る。
そのとき、本堂の扉が開いていると、ホッとされるそうです。

開けておきたいのは山々だけど、ご事情を分かって欲しいな。

そんなこと考えながら、今朝もお勤めした。


つつじもいよいよ満開。
熊蜂はこのつつじが大好きです。
毎日飛んできては、蜜を吸ってる。

近くで写真を撮っても、全然平気な顔。
蜂も、こちらから何もしなければ、絶対に襲って来ません。
近くにいても、驚かしたり、攻撃しなければ。

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光と陰

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光と陰は一体である。
すべて光だけではない、光があるところには、必ず陰も存在する。
そして陰が、その光の存在を際立たせる。

それは、どちらの存在も含めて、ひとつの存在である。

人の存在もそうである。
生と死、この存在も二つに分けることができない。
一体なのです。

どちらが表でも裏でもない。
ただ一体。

生は有限、つまり有為。
死は無限、無為へとつながってゆく。

阿弥陀の意味、それは時間的永遠性、そして、空間的無限性をあらわす。

その空間の中に、包み込む。
永遠の中で。

そして、陰を知る者だけが、光の存在に気づく。

BARたそがれ、宿坊の夜。

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宿坊の図書室

談話室と、図書室に本を並べている。

その図書室でたそがれる。

結局僕は、お寺のあちこちで、たそがれていたいのだ。

人生は残り少ない。

僕のしたいことはなにかな。

そんなときに、ちょっとだけ、たそがれたい。

そんな、たそがれ空間を作るのが、今の僕の楽しみなのだろう。

たそがれるには、僕は椅子が必要なのです。

椅子やソファーを、安く見つけてくる。

この黒革のイタリア製ソファーも、新品でしたが超破格値でした。

そんなとき、また僕はたそがれる場所を、ひとつ確保する。

人生も、そろそろたそがれ時。

前に進む分、たそがれるときも必要だな。

そんな、たそがれの宿坊の、夜だけBARになる場所。

昼間は、実は寺務所。

夜はBARになる。

今宵は、どなたと、たそがれようか・・・・。

親鸞聖人の歩まれた道 ・・・ 浄土三部経と三願転入。

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今日の朝、お納骨があったので、お参りに行っていた。
先ずは、ご自宅で読経をする。

今は、魂の読経がテーマです。

そのとき、ふと『阿弥陀経』を唱えながら感じたこと。
「浄土三部経」は、やはり、親鸞聖人のご生涯そのままの経典なんだと。

それは、道を求めて、自力から絶対他力へ至る旅そのもの。

「浄土三部経」の解釈にはいろいろある。
親鸞聖人のお考えはこうだ。

先ず、弥陀の四十八願のうち、私たち衆生を直接願ったのは三つ。
第十八願と第十九願と第二十願。

それは十方衆生と願われているから。
その願に浄土三部経を当てはめてみる。

第十八願が『仏説無量寿経』
第十九願が『仏説観無量寿経』
第二十願が「仏説阿弥陀経』
となる。

親鸞聖人の歩みは、第十九願から始まる。
それは『仏説観無量寿経』の世界。

それは比叡山時代、数々の修行をしながら、仏の道を歩む。
不断念仏、常行三昧、瞑想も試みられたかも知れない、華座観など。
でも迷いは晴れない。

そこには、親鸞聖人自身と時代に打ち捨てられた民衆の姿。
どちらも脳裏にはあったであろう。
自力と他力を大きく分けるのは、実はその先に十方衆生がいるかどうか
ではないかと感じる。
そして、自身をその十方衆生の中に置けるかどうかだ。

十方衆生を切に願うと、他力へと舵を切る。
自力をタノム人は、我が道を自らの力で歩もうとする。
でも、その先は、実は他力しかないことに、まだ気づいていない。
仏教の悟りは、実は他力に至ることだということに。

苦悩の中で、親鸞聖人は六角堂に参籠し、比叡山を下りる決意をする。
そして、吉水の法然上人の元へと行かれるのである。

吉水では、自分の考えがあったが、まだ手探り状態ではなかったか。
他力に進むと決意はしていた。
その背景も自分なりに整理できていた。
ただ、時代はまだ自力の仏道しかない時代。

吉水が、親鸞聖人にとって第二十願の生活であったろう。
法然上人門下の兄弟子は、誰一人、絶対他力の教えは理解していな
かったでしょう。
そこは念仏の世界ではあったが、その念仏は自力往生のための念仏
であったのです。

第二十願は自力念仏往生が説かれている、まさに『仏説阿弥陀経』の
世界であるのだ。

若一日、若二日、若三日 ・・・ と念仏を唱えるのだ。
ここでの念仏は、唱えるであろう、称えるには至っていない。

そして、兄弟子との論争もありながらも、独自の道を歩む。
法然上人も、親鸞聖人のその探究心と情熱は、痛いほど分かっていた。
自らは智慧の世界にいることしかできないが、自分とは違う親鸞聖人
に、その実践を託されたのでしょう。
親鸞聖人の結婚の意味は、そこにあるとしか考えられないのです。

そして、念仏停止から流罪へと、法然上人と親鸞聖人を、時代が引き離す。
そこからの親鸞聖人は、他を意識することなく自ら信じた道を歩まれる。
法然上人によって覚信に変わった、絶対他力の世界へと。

確信である、覚信でもある、覚信尼、娘の名前でもある。

そして、関東へと行かれる途中、上州佐貫にて、まさに自力念仏から抜け
出せていない自分に気づく。

そこからは、他力念仏の道になられるのだ。
二十九歳で、自力を棄て他力に帰すと誓われてから、十数年の時間を経て
いるのです。

親鸞聖人も、自力の道から他力の道へと、一瞬に変わられたわけではない。
まして、他力に帰されてからも、自力から抜け出せない自分がいた。
絶対他力は、最終的に行き着く場所である、そこを最初から教義でガチガチ
にすると、枠にとらわれてしまう。
浄土真宗ニテナカレ、なのだ。

関東での生活、その伝道布教。
そして京で、その教えを集大成する。
その時代を経て、晩年に「自然法爾」に至る。
その世界こそ、絶対他力であるでしょう。
最愛の息子である、善鸞を義絶せざるを得なかった、親鸞聖人自身の慚愧。

その他力の世界が、第十八願の『仏説無量寿経』
それが、仏教の究極的な悟りの世界でもある。
まさに十方衆生のすくい、そこには他の力を一切受け付けない。
それこそが金剛心であるだろう。

ただ、この親鸞聖人の浄土三部経の見方、そして十九願から十八願へと至る
三願転入。
そこには、すべて共通するものがある。

真実はそこにある、だけど最初からその道に進むのは難しい。
だから方便を使って、その道へと進ませて行くのです。
方便とは、衆生を真実の教えに導くための、仏の慈悲のことを言う。
私たちへの仏の教えは、方便によって成り立っているのです。

だからこそ、『仏説観無量寿経』も『仏説阿弥陀経』も、方便の経と言いながら
も、『仏説無量寿経』と同じ教えを説いていると、親鸞聖人は考えられた。

従来の教えは、三経差別といって違う教えを説いていると考えられた。
親鸞聖人は、三経一致といって、違う教えを説いているようで、実は同じ教え
を説いていると考えられる。

三願と三経。
まさに、どちらも親鸞聖人が、自ら実践の中で感じ取られた教えなのです。
そこまで実践できた僧侶は、中国にも日本にもいない。

ある意味では、法然上人と親鸞聖人の、大いなる実験でもあったのでしょう。

今ごろ、浄土ではお二人はハイタッチされているか。
うーーーん、それはちょっと違うかも知れない。

自分たちのやってきたことより、今の時代の方が遅れてるな。
ちゃんと分かった人は、ほんまに少ないわ・・・とお嘆きか。

特に法然上人に至っては、目を覆うばかりであるでしょう。

新緑の金剛山清徳寺に行く


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今日は近くにある古刹、金剛山清徳寺に出かけた。
真言宗高野派の寺院。

山あいにある寺院ですが、現在はご住職はいらっしゃらない。
ずっと無住だったようですが、現在はその復興に向けて、前住職のお嬢さん
が頑張っておられる様です。
お嬢さんと言っても、私より先輩になられます。

本当に山の中にあるのですが、新緑がすごい。
境内には、モミジを始めとした古木が生い茂り、周辺の山々と織りなす景観
はなかなか見事なものです。
紅葉のシーズンは、さらに見事になります。

今日は、その清徳寺で花まつりが行われる。
いつもご案内をいただくのですが、行事があるときは、僕も法務が入ってい
て、行けなかったのですが、今日は久々に出かけてみることに。

この清徳寺は、善光寺を建立した本多家の所縁の寺で、奥善光寺とも呼ばれ
ていたとのことです。
善光寺のご本尊である阿弥陀如来像が、この寺に移されたという、いわれが
あるのだそうです。
開基は行基になっておられました。
なかなかの古刹である。

ただ明治期に本堂を焼失していて、檀家さんもいないお寺さんだったので、
無住寺院になっていたようです。
明治の火災のあとには、実際に本多家の子孫が本堂の建立に尽力された
とのことです。

これから、この寺院の復興が成し遂げられるといいですね。
この寺院なら、必ず復興するでしょうね。
そんな感じがしました。
気が感じられる場所なのです。

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初夏の宿坊② ・・・ 新緑燃ゆる季節。

年間を通じて、一番過ごしやすい季節かも知れない。

そんな初夏の宿坊の風景を撮ってみました。
山里も、いよいよ新緑も、燃え盛ってきました。

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宿坊の一冊 ・・・ 「ミリンダ王の問い」インドとギリシャの対決。

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昨晩、宿坊の談話室で、本を取った。
最近まったく読んでいなかったのだが、ふと手に取ると、面白い記事に出く
わす。
本を読む楽しみって、そんなことがある。

何年経っても、時代が変わっても、色褪せることのない言葉。

こころ、つまり魂に通じるものは、何年経っても色褪せない。
まさに経典の言葉が数千年経っても、色褪せない様に。

そんな中、今日は談話室に置いてある書棚から、一冊の本をピックアップ。

タイトルは「ミリンダ王の問い」である。
サブタイトルに、インドとギリシャの対決とある。

これはギリシャの大王、メナンドロス王(ミリンダ王)とインドの仏教僧である
ナーガセーナの対話である。

ギリシャ哲学のプラトンやソクラテスの時代と、インドの釈尊の時代はほぼ
同じなのである。
そのギリシャ的思惟の申し子であるミリンダ王と、インド的思惟の仏教僧
ナーガセーナ。

当時の世界を代表する、二つの思想が北インドでぶつかるのである。
ミリンダ王は、ギリシャの思想が、世界に及ぶものなきと思っている。
そして、インドに来たとき、その有名な思想家で仏僧を招くのである。

でも対決といいながらも、ミリンダ王はナーガセーナの言葉に聞き入る。
そして、仏教へと帰依して行くのです。

この本は、西洋的思想の根本であるギリシャ哲学と、東洋的思想の根本
である仏教哲学の比較として、非常に面白い本です。
逆に、仏教的思考の入門書として、僧侶は必ず読んでいる本でもあります。
多分・・・。
何故なら、ギリシャ人の王に仏教の教えを説いているのですから、入門書
としても最適なのです。

今はインターネットがあるからいいですね、10年前は仏教書を探すのに
あちこち回ったものです。

その中の一節に、こんなお話しが・・・。

ミリンダ王が問う。

梵天界という場所の話しですが、インドで神通力に達し、心の自在に達した
人は、没したあと、梵天界に現れるであろうと。そんなことは私は信じない。
それほど遠く果てしないところに行き着くのかと。

するとナーガセーナ。

大王の出生地を聞く、そして、そこはここから遠いのかを再度聞く。
大王は、ここから遠く離れていることを答える。
あなたは、そこでのことを思い出せるかと再度聞く。
大王は思い出せると言う。

するとナーガセーナは、「大王よ、あなたはその遠い距離を一瞬にしてやす
やすと行かれたのです」と言う。

ミリンダ王
「もっともです、尊者ナーガセーナよ」

この様な短いお話しがたくさんありますから、とても読みやすいのです。
是非機会があれば、お読みください。

ジョンの魂 ・・・ 魂で見る。

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               (2010年5月 NY セントラルパークにて)

夜、ひとりで宿坊の談話室にいました。

音楽をかけて、ソファーに座っていた。
何気なく、本棚に手を伸ばしたら、ジョン=レノンの特集の雑誌に。

何気なくめくると、1971年にジョンが日本で歌舞伎を初めて見たときのこと
が書いてあった。

実は、私は大学時代に、歌舞伎文楽研究会に入っていた。
まったく主体的ではなかったけど、卒業までなぜか続けたのです。
当時、大学で歌舞伎を自ら演じるクラブは、関西に一つしかなかった。
なので、他大学との交流などありません。

お師匠は、大阪の今里新地の遊郭街の真中に住んでいらっしゃった。
ときどき稽古をつけていただきに、クラブの皆と通いました。
女形の人でした。
稽古が終わって帰る頃、遊郭街のお店に灯がともり、打ち水された玄関が、
とても印象的だったなあ、もう30年前になる。

そんなジョンが、湯島の骨董店で、芭蕉や白隠や一茶や良寛の俳句を買っ
たそうです。
もちろん本物です。
そのあと、ご主人が、時間があったので歌舞伎座に連れて行った。
演目は、歌右衛門と勘三郎の「隅田川」。
とても陰気なお芝居で、子どもをさらわれた母親が狂気の中で、子どもが
埋められた場所で泣き崩れるというシーン。
舞台も暗く、ご主人は困ったそうです。
出ましょうと声を掛けようとすると、ジョンがすごく涙を流して泣いていた。
ヨーコさんが、それを一所懸命に拭われていたそうです。

そのご主人が言われるのに、芭蕉や白隠の書をみて、これほど日本人の
心が分かる人は、日本人でも出会ったことがないそうです。
ジョンの買った芭蕉の書は、「古池や 蛙飛び込む 水の音」
これを見た瞬間に買われたそうで、当時の価格で200万円。

歌舞伎はそのあと、当時人気NO.1の海老蔵の派手な演目。
でも、ジョンは「NO!」と言って、一切興味を示さなかったそうです。

目ではなく魂で見るものでない限り、興味がない。
そんなイメージだそうだ。

僕も、法事や葬儀では、魂を揺さぶる様なお経を唱えたいと思う。
テクニックでもなく、美しさでもなく、魂のお経。

お経は退屈、でもそんな中で、魂を揺さぶられるお経が唱えられたなら。
そう感じるのです。

お経には、それだけの言葉が書かれているのだから。
それを唱える僧侶にも、それなりの覚悟がいるのだと思う。

そして、ジョンが親鸞聖人の教えに出遇っていたら、どうなっただろうとも
思ったりする。

「歎異抄」や「正信偈」に出遇ったなら、もしかすると泣いていたのかも知れ
ないと・・・。
感情でつながる部分もある。

今日は、ジョンの本を読みながら、そんなことを感じたのです。

初夏の宿坊光澤寺

初夏の宿坊光澤寺。

安らぎとくつろぎの空間作りが目標です。

写真を一気に公開しました、雰囲気だけでもどうぞ。

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歎異抄に聞く・・其12 第五条「父母の孝養のためとて・・」

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親鸞聖人は、父母の孝養のために、一返でも念仏をしたことはない。

そう仰っている。

ここで言う「父母の孝養のため」とは、追善供養と言われています。

浄土真宗では、追善供養はしない、とよく言われる。
この文章をもって、そう言われているのではないと思いますが。

この文章で始まるので、じゃあ浄土真宗は、供養しないのか。
じゃあ浄土真宗の法事は一体何のために勤めるのか。
それじゃあ、法事をする意味がないじゃないか。

そんなこと、よく聞きます。

でもよくよく見てみると、ここでは供養のことを語っているのではありません。
何を語っているかと言えば、ただ「念仏」のことなのです。

念仏の意味をあらためて問うているのだと分ります。
それを供養とごちゃ混ぜにするから、ややこしくなります。

私の称える「念仏」は、その様なものではないと仰っている。
ごもっともなことでしょう。

「念仏」とは呼び声である。
それは誰の?

それは「弥陀の呼び声」である。
それが、亡き父母のご縁によって、私に届けられている。
そのことに私が気づいたなら、気づかせていただいたなら、それは私の
功徳である追善供養ではないのでしょう。

亡き父母が仏となられる意味が、そこにあるのではないでしょうか。
見守られ、導かれ、すくわれていく、私の姿がそこにある。

仏となったなら、迷いの世界で苦しんでいる、有縁の方々を自由自在に
すくうことができるのだと。

私の側に、善を積み功徳とする力など、当てにならないのだと。
ならば、すべてお任せしてみたらよい。
すると、そこにあらたな心が生まれてくる。

迷いの中にいる自分、必死にもがいている自分、傲慢な自分。
そんな自分が、感謝をする自分になる。

そんな気づきがあったなら、生き方が違ってくると言うのでしょう。
こころが変われば生き方も変わってくる。

自力で調子に乗っていた自分や、自力でもがいていた自分。
その自分が、周りに支えられていたことに気づく。

そして自力から他力へと、変換して行くのでしょう。

易行道へは、最初は簡単には割り切れない。
そんな方々のために・・・。

「念仏」とはそういうものなのだ、と言うことです。

ここでは、唯円は「念仏」の意義をただしているのです。

供養はしますよ、浄土真宗でも。
当たり前です。
でも、その意味を、ちゃんと問うてくださいね、そんなことかな。

宗教とマインドコントロール。

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宗教とマインドコントロール。

基本的に、仏教はマインドコントロールではない。
ただ、それをマインドコントロールに使う人もいるかも知れない。

でも、本来それは仏教には馴染まない。

ただ、今の日本は宗教離れと言われている様に、宗教的知識や免疫が
無いことが、マインドコントロールされやすい環境にあるのでしょう。

ただ、伝統仏教は安心と言っても、逆にカウンセリングや宗教知識や、
社会問題に対して、僧侶自体の対応力も無いのが現状でしょう。

そう言った面では、子どものときに仏教に親しむ経験って大切だなと感じる。
それも、あまり無理のない経験が良いように感じる。

仏様の存在とか、手を合わせるとか、そんな感じ。
葬儀や法事に、一緒にいることとか。

抗菌と一緒で、何にも触れさせず純粋培養だと、いざと言うとき抵抗力が
ないし、戸惑ったときどっちに行ったらいいか分からない。
そして、いのちの大切さとか、そんなことも子どもの頃に感じられるかどうか。

だから、現在起きている事件も、そんな社会環境の反映なのでしょう。

自分だけは関係ないとか、自分は善人だとか、そんなこと。
自分が、現在の社会環境の外側にいて、評論家になっている。

仏教とは、自分自身なので、自分の歩む道である。
神とは、人間を指図する側。

なので、マインドコントロールには神が使いやすいのでしょう。
おまけに日本人には、神への免疫力が皆無に等しい。

マインドコントロールとは、迷いや不安、現実を受け入れられないとか、
自分を不幸とか不遇とか、疎外感から生まれるものでしょう。
まあ、そこがつけ込む隙になるのですが。
マインドコントロールをかけている側に、罪の意識が無かったりするので、
余計にややこしくなります。
本来、そのこころを支え、不安や迷いを取り除くのが仏教の教えなのだが。

普段の生活からも、教育の現場からも、宗教色を遠ざける。
宗教とひとくくりにするけれども、現在日本で使われている宗教という言葉
には、よそ者を区別するという意味が含まれているのです。
もしくは邪教な存在的な意味も。

本来、その道を歩むものとっては、仏教は宗教でなく、仏教なのです。
でも、この理解ができない。
そしてひとくくりにされる。

まあ、仏教側も。批判を批判と受け止めない方々が多いのも問題ですが。
そこには、自分の代は大丈夫とか、それはうちの寺は関係ないとか。

仏教でも、やはりしっかりした人に出会えるかどうかも大きい。
それで、好きになるか嫌いになるか、もしくは儀式だけになってしまうか。
大きな分かれ目です。

やはり、よき師に巡り合うことも大切なのですね。
よき師とは、決して生きている人だけじゃない、先哲の教えに出あうことも
あるのです。

現在は、情報が氾濫している状態。
その中から、何の縁もなくて、探し出すとか出会うことは大変なことでしょう。

そんなときは、やはりできるだけ伝統仏教の門を叩いてみることから始める
のが良いと思うけど、ただそこに受け皿があるかどうかは・・・。
宗派間の壁も厚いしね。
それを取り払って行くのは、やはり若い先進的な僧侶たちでしょう。

伝統仏教の顔をした新興教団も多いしね。
そうすると手軽な、スピリチュアルとか占いに走っちゃうかな。

本来仏教は、マインドコントロールから解き放つものなんだけど。

やはり、新しいというか、仏教の原点を見つめ直す、仏教運動も必要かな。
敷居やプライドや儀式だけでない、仏教。

鳥取因幡組も新年度になりました。

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              (鳥取因幡組連絡協議会:鳥取市の養源寺様にて)

昨年、浄土真宗本願寺派では、寺院の単位である組(そ、と読みます)の
改編が行われました。
鳥取県は西日本の中では、浄土真宗寺院が少ないので、鳥取県には二つ
の組しかありません。
鳥取因幡組と鳥取伯耆組の二つです。

本願寺派は、全国を教区に分けて、その教区の中を組という単位に分けます。
そして、この組が、活動単位となるのです。

鳥取県の場合は改編がなく、名称のみ因幡組から鳥取因幡組となりました。
組名の場合、行政単位ではないので、どこにあるのか分からないと言うのが
名称変更の理由の一つです。

4月より新年度となりますが、会の開催を持って、いよいよ新年度となります。
今年度は執行部を始めとした、役員の改選の年でもあります。
新しい組長(くみちょう、ではなく、そちょうです)が代わり、それに基づいて、
執行部以下全員が代わる。

鳥取因幡組には執行部とともに、活動団体があります。
それは、総代会、仏教婦人会、仏教壮年会、寺族婦人会、青少年研修部、
門徒推進員協議会などの教化団体がございます。

それと、今年より「御同朋の社会を目ざす運動」という、本願寺派の基幹運動
もあり、それぞれが会を運営してゆきます。

鳥取因幡組では、先日この連絡協議会が、鳥取市にあります養源寺さんの、
会議室で開催されました。
こちらのお寺は因幡組の中心の鳥取市にあって、駐車場も完備されています。
寺院内もきれいに整備されて、よく会を催させていただくのです。
ご住職はもとより、坊守さんにも、いつも頭が下がります。

ここで、前年度の決算報告や活動報告を行い、それを受けて鳥取因幡組の
総会である、組会が今月末に開催されます。
そこで、今年度の活動予定が報告され、また今年度の予算が承認されます。
そした、また新たな活動がスタートして行くのです。

今は、寺院も社会環境も大きく変動しようとしています。
私も、今年度より、執行部の役をお受けすることになり、今は、その引き継ぎ
をやっておる最中です。
組長を中心として、微力ながら鳥取因幡組の方向性をしっかりと見据えて、
古き良きものの中に、新しいものも取り入れて行きたいですね。

鳥取因幡組の活動に、どうぞご期待ください。

保育所の花まつり ・・・ お釈迦様と、みんなの幸せ。

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今日は、合併前の旧町内の三か所の保育所の花まつりでした。

これは合併前から、ずっと続いている行事で、合併後も旧町内の保育所は
続けて行っているものです。

朝9時から始まって、45分くらいづつで、三つの保育所を回ります。
寺院は、旧町内にある五ヶ寺。
すべて宗派が違います、曹洞宗・黄檗宗・真言宗・浄土宗、そして私の寺院
は浄土真宗です。
僧侶の方は、皆僕よりもご年配の方々です。

父兄や先生が花をたくさんご用意していただきます。
そして、和尚さんのお話しをしてから、みんなで「花まつり」の歌を歌います。
そして、お釈迦様に甘茶を順番にかけて行きます。
最後は、一緒に遊戯をして終了です。

普段は、あまり和尚さんと呼ばれることがないので、ちょっと不思議な感覚。

今日は、お話しは、僕の当番だったのです。
3歳~5歳くらいのお子さんたち、そして先生たち、僧侶の方々。
特に、お子さんは言葉があまり分りません。
なので、どんな話しにするか、少し考えます。
法事の様な訳には行きません、そして浄土真宗のお話しもできません。

今日は、みんなにお釈迦様のこと、そしてみんなの幸せを願うこと。
この二つのお話しを中心にしました。

年長さんは、お釈迦様の名前は知っている子が多い。
でも小っちゃい子は、お釈迦様も知らない。

お釈迦様は、遠い昔に、遠くの国で、今ここにいるみんなの幸せを願って
いたことをお話しする。
だから今でも、お釈迦様の誕生日に、みんなでありがとうと言うんだよ、と。

そして、幸せと言っても、みんな幸せという言葉を知りません。

なので、言葉を話しながら、みんなに聞いて行きます。
そして、僕とか私と言う意味も伝わらないので、いろんな風に分かりやすく
伝え行きます。

私、次に大事な人、そして保育所の先生方、最後にみんなの幸せを願う
言葉を伝え、みんなに大きな声で言ってもらいました。

普段は、何気なく難しい言葉を使うことがありますが、今日は本当に皆に
分かる様に、分かる様に、確認しながら、声を出してくれてるかなと、そん
なことを繰り返しながら、約7分のお話しでした。

遊戯のときは、とにかく一番元気を出すことですね。
子どもたちよりも元気に、これが鉄則です。
そうすると、子どもたちも、より元気になり、周りに集まってくれます。

そして誰に対しても平等に気配りする。
最後は、みんな最近は、タッチです。

ハイタッチあり、げんこつタッチあり、お互いにタッチし合ったり。

これが結構面白いのですよ。
すごく、勉強になる一日でした。

でも、終わってホッともしますね。
子ども相手だから、逆に絶対手を抜けないのです。
こちらも真剣な一日でした。

安らぎとくつろぎの空間作り。

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くつろぎと安らぎの空間を作る。

もちろん人によって感覚は違う。

なので、宿坊では、とにかくゆっくり過ごしていただく。
TVは無いけど、心をゆったりと。

夕方と朝のお勤め。
写経や瞑想。
そして、これから墨彩画や絵手紙を始めます。

自由にゆっくりと過ごす、食事は地元の自然のもの。
山陰は、野菜も魚も新鮮です。
そして地元産のワイン。

お寺に関することなら、なんでもお伺いしますし、ご相談にものりますよ。
普段、なかなか人に話せない事、そんなことでも何でも。
もちろん、ご希望なら仏教や浄土真宗の講座もご用意してる。

そんな時間を過ごす。
お一人でも、グループでも。
ご希望なら、一日一組(お一人でも)の貸切に致します。
もちろん、料金は変わりません。

そんな宿坊で、もっとゆっくりしていただこうと、談話室にソファーを入れた。
雑誌や本を、ゆったり読めて、そのまま居眠りできそうです。
BGMはJAZZから演歌まで、何でも。

とにかく、身も心も、すべてをゆっくりと。

そう言えば、今日、GWに泊まられた方から、御礼のお手紙をいただいた。
とてもゆっくりしていただけた様です。
こんなときに、宿坊を始めて良かったなと感じたり。

今までにない、宿坊にしたいですね。
いつかまた、帰ってきたくなるような場所に・・・。

泊まられた方は、いつかまた来ます、と言っていただけます。
お世辞でも、それは言葉通りに嬉しいのです。

ただ、僕は、新しいお寺の体験をして欲しい。
そして、お寺での新しい出会いと。
その為だけに宿坊を始めた。

これも仏様のご縁かな。

片岡鶴太郎展にて・・・墨彩画と絵手紙を始めようと。

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今週末まで、鳥取県の倉吉市で、片岡鶴太郎展が開催されている。

墨彩画や絵手紙に興味があるので、少し足を延ばして、出かけました。
場所は、倉吉市博物館。
初めての場所でしたが、市役所と打吹公園の山側にありました。

展覧会自体は、こじんまりとしたもので、テーマが艶葉樹(つやばき)。
つまり椿の絵を中心としたものでした。

NHKの趣味悠々を見たことがあったので、片岡さん独特のタッチ。
ただ、言い方としてはどうかとも思いますが、誰でも描けそうな感じがする
のも、また魅力なのかも知れない。

今回の展覧会に行った理由は、これから宿坊で墨彩画や絵手紙を始めて
みようかなと思ったから。
フォトフレームや実物で、書いていただく。
お寺には、季節のままの自然、そして花や木々。

もしよければ、そのまま手紙を出していただく。

普段は、できそうでできないこと。
そんな時間を過ごしていただけるといいですね。

自分の印を自分で作る。
そして落款を押す。

そんなこと、ご用意しています。

手作り、そして思いが伝わるかも知れませんね。

そして、自分では気づかなかった自分に出会えるかも・・・。




劫とは一体どんな時間? ・・ 芥子劫と盤石劫

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お寺の近くを歩いていると、一輪の可愛らしくあでやかな花に出会った。
とても可憐な感じがした。

何という花か分からなかったのだけど、人づてに芥子の花だと聞いた。
これが芥子の花かと思ったのです。

それは、お経に出てくる時間の単位に、芥子の実が使われているから。
ちょっと、そんなことを思って、田舎道を散策したのです。

仏教では、おそろしく長い時間を劫と表現する。
昔のインドの言葉である、カルパを音写したものです。

浄土真宗では、劫と言う表現にたびたび出くわす。
阿弥陀如来の時間であるから、とてつもなく長いのだ。
それは地球ができてからと言うより、宇宙ができてからといった表現が合う
のではとさえ思う。

阿弥陀如来が、まだ法蔵菩薩であったとき、五劫思惟されている。
そして、その願いが成就して、いまに十劫経ているのです。
まさに、久遠実成 南无阿彌陀佛である。

だから無量寿仏と言われる、すべてのいのちに出遇えるのだ。

では、五劫とか十劫の劫とは、どのくらいの長さか?

これには、説話があって、「芥子劫」とか「盤石劫」と呼ばれるのです。

つまり、四十里四方の城壁、もしくは四十里四方の岩山。
この四十里は諸説あります。
中国の一里と日本の一里の単位が違うとか、時代によって違うとか。
なので、40kmだったり160kmだったり。
もしくはもっと短かったり。
城壁とも升とも言われたり。

言葉や表現や単位は、それぞれの時代や国によって違うのです。
ですから、どれが正しいとか間違いはない。

では、ここでは普通に40km四方として考えてみる。

芥子劫は、当時インドの家庭には、必ずあった小さな芥子粒。
これを40km四方の城壁の中に、一個づつ置いていって、その城壁が
いっぱいになるまでの時間。
それも、天女が1年もしくは3年もしくは10年に一度(これも諸説)、降りて
きて置いて行くのです。
これは気が遠くなるでしょう。

盤石劫は、40km四方の岩山があって、そこに天女がこれも、1~10年に
一度、舞い降りてきて、絹の羽衣で一撫でする。
そして、その岩山がすり減って無くなるまでの時間。
そんな時間なんて、宇宙ができてからさえ、存在するのだろうか。

落語にもこの例えは出てくる、長い名前の中に、五劫の擦り切れという名が
途中に出てくる。

インドの表現にはこのような表現が多い。
とてつもなく大きな、多くの、長い単位の表現。

ガンジス河の砂粒の数ほどの、という表現は『阿弥陀経』にたびたび出てくる。

要は、人間では想像することができない様な、ということを言い表した言葉です。

和讃『讃阿弥陀仏偈』・・讃めたてまつりて安養といふ。

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「南無阿弥陀仏 釈して『無量寿経傍経』と名づく、讃めたてまつりて
また安養(あんにょう)といふ。

成仏よりこのかた十劫を歴たまへり、寿命まさに量りあることなし、
法身の光輪法界に遍じて、世の盲冥を照らしたまふ、かるがゆえに
頂礼したてまつる。」


上記の言葉は、親鸞聖人の『浄土和讃』、徳号列示の序文である。
曇鸞大師の『讃阿弥陀仏偈』を、独特の解釈をされている部分。

徳号、つまり阿弥陀如来をいろいろな言葉で表現して、続く和讃の
表現を述べられているのです。

その数、三十七。

無量寿仏とはたとえようもなき、不可説な存在である。
でも、なんとか様々な表現を使って、皆に説き明かそうとする。
説き明かすと言うよりも、少しでも皆に感じ取ってもらいたいと言った
方が適切なのでしょう。
でも一言ですべてをあらわす表現はない、だからたくさんの、様々な
表現で呼ぶのです。

その中でも、序文にこの言葉があります。
そして『正信偈』の和讃で有名な、六首を詠まれて行きます。

曇鸞大師は、親鸞聖人のお名前のお一人です。

法然上人は、やはり善導大師である。
でも親鸞聖人は、最後は天親菩薩と曇鸞大師なのです。

そこには、愚禿親鸞作とある。
親鸞の名をいただいていながらも、自らはやはり愚禿なのです。
ただの迷いの凡夫でしかない。

法然上人と親鸞聖人。
浄土の教えは同じであるが、どこまで辿って行くかで、その表現に
違いが出てくるのでしょう。

そしてその立ち位置。
法然上人は、あくまでも智慧の人である。
たとえ万人のすくいを説いていても、自らはあくまでも清廉の身である。
親鸞聖人は、情とか愚の人と表現されるが、きっとそうではない。
ただ、そこまで身を賭すのである。
自らが、その場に立とうとされるのです、つまり実践の人。

浄土の教えは、智慧の法然上人によって開かれ、親鸞聖人の探究心
と情熱と苦悩、そしてその実践によって、日本に花開いたのでしょう。

浄土真宗的生活のすすめ11・・写経する?

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写経って、浄土真宗ではあまりしない?

いえいえ決してその様なことは、ございません。
浄土真宗のお寺でも、ちゃんと写経をしますよ。

もちろん、私どもの宿坊でも、定番のひとつです。

ただ、大々的に写経を謳わないかな。
それは、修行でも功徳でもないから。

でも、仏教やお経に親しむことって大切なこと。
だから、ちゃんと写経もします。

一般的には『般若心経』の写経が多いですね。
では、浄土真宗では一体何を?

それは、『重誓偈』そして『讃仏偈』。
体力と気力があれば、『正信偈』。

というふうに、短いものから長いものまで揃っています。
そして、どれも魅力的なものばかりです。

書きながら、どんなことが書いてあるのか、興味が湧きます。

『重誓偈』と『讃仏偈』は、阿弥陀様のことを書いたもの。
そして、『正信偈』は、親鸞聖人のみ教え。

うーーーん、素晴らしい。

じゃあ『般若心経』はだめなの?
そんなことはございません。

釈尊の説かれた経典を否定することなど、まったくありません。
ご希望があれば『般若心経』も書きます。

ちなみに、私も東京時代は、高尾山から成田山まで、写経の旅をしました。
そう言えば、嵯峨野の寂庵にも、結構ミーハーですね。
鶴見の総持寺から芝の青松寺では、参禅会にも通っておりました。

何も否定しない。
これが浄土真宗の基本。

ただ、ちゃんと阿弥陀様の教えを聞くことは大事です。
そして、各宗派の教えに親しむ。

ただ、浄土真宗の写経では、納経は致しません。
これは先にも書いたように、自分の功徳ではないから。

私の思いは、あくまでも仏さまからの、お心なのであります。
と言うことは、納経料も必要ないってことにもなります。

こころ穏やかに、仏の教えに出あう。
それが浄土真宗的写経かな。

是非、あなたも写経をどうぞ。

寺ガールと僧職男子。

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今日、ヤフーのトピックスを見てたら、「草食男子」じゃなく「僧職男子」が
ブームって出てた。

その中のインタビューの一人が、中央仏教学院時代の寮仲間でした。

東京の都心で、「僧職男子」を囲んで、女子がいろんな話しをしたり、聞い
たり。
これが意外にも、人気だそうです。

確かに、学院時代も彼は世話好きだったなあと。
世話好きと言うよりも、自分が楽しんでたって感じだったかも。
お坊さんも酒を飲むんだって、新鮮だったと女子のコメントがあった。

僕の知ってる彼は、いつも飲んでたよ。

久しぶりに見たのですが(ネットでしたが)、元気そうで何より。
相変わらずやなと思って、ちょっと笑ったり、あっ僕も「僧職男子」に入れ
てって、羨ましかったり。
でも僕は、ちょっと年齢オーバーだなって、思ったりもした(苦笑)。

今は、若者の間では、意外と僧侶って人気職種かも知れない。
癒されそうだし、話も聞いてくれそうだし、ときには道を示してくれそう。
そんなイメージがあるかも。

実は、そんなに簡単なものじゃないけど、でも希望を与えられる仕事では
あるな。
でも時には、僧侶の仕事に悩んで、鬱になる僧侶も意外と多い。
何故かって、それは人の一番悲しい場面にいるから・・・。
割り切れなかったり、ご遺族の方にうまく接することができなかったり。

そんなお坊さんも、結構知ってる。

でも、やっぱり、癒しと希望もちゃんと、お伝えできる立場にいるのも事実。

女性も、山ガールとか流行ってたけど、僕はこれから、寺ガールが増える
様に思っています。
それは、魅力ある僧侶が増えてきたから。

理論も情報発信も、人間的魅力も、そんな僧侶が確実に増えてる。

うちの宿坊も、もう少ししたら、そんな魅力的な宿坊になるように。
今日はその記事を見て、そんなことを思ったり。

ちなにみ、我が宿坊も、希望すればお酒は出します。
今は、ワインをサービスしています。
地元産の北条ワインは、とっても飲みやすい。
僕は、国産ワイン愛好家ですが、結構いけます。

地元の食材によく合う、これってワインの常識?

さあ、みんなも、お寺に行こう!

歎異抄に聞く・・其10  慈悲にかわりめあり。

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                              (五月の夕陽)
歎異抄の第四条においては、慈悲の違いを顕かにする。

その慈悲には、聖道と浄土の慈悲があると言う。
聖道とは、自力の世界であり、浄土とは他力の世界である。

ここでは、聖道の慈悲を小悲とし、浄土の慈悲を大悲としている。
小悲だから尊くないと言っているのではない。

あくまでも、小悲は、この世で私たちが思う慈悲なのです。
でも大悲は、生死の境を超えたところにある慈悲なのだ。

この世で、いくら愛おしいとか、不憫であるとか感じたとしても、思い通りに
助けるということは、中々かなわない。

だから何もしなくても良いと言う訳ではありません、ただ自分のできることを
すればよいのです。
たとえ、それが適わなかったとしても、致し方ないこと。
だからと言って、自力が悪いわけではありません。
ただ、いつも自力には限界があると言うことを、知っておくことです。

浄土の慈悲には、限界がない。
だからこそ、衆生を思うとおりに、利益することができるのです。
だから、この慈悲を大悲という。

「聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども
おもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし。」

ここの一節は、私たちの現実の世界のことを語っている。
だから悲しみなのだ、これだけで終わるなら、私たちへのすくいにならない。

「浄土の慈悲といふは、念仏して、いそぎ仏に成りて、大慈大悲心をもつて、
おほふがごとく衆生を利益するをいふべきなり。」

ここに、私たちの本当のすくいが完結するのです。
それが、仏のこころであり、私たちが仏とならせていただく本当の意味なの
でしょう。

仏となることが、私の利益、つまり自利。
そして、仏となって、有情の方々を思うがごとく利益する、これが利他。
ここに浄土の、自利と利他が円満となる。

この境地のことを、この四条では、語られている。

ちなみに、ヴィッパサナー瞑想に通じる、慈悲の瞑想は、このことを願う
瞑想ですね。
非常に良く似た感覚です。

もちろん瞑想なので、それが直接すくいになる訳ではありません。
ただ、この現実世界の中で、自分の心を綺麗にして行くことができます。

これは、すなわち念仏に通じる道でもあります。
そんなことを、この四条からも感じる。

親鸞聖人の教えを、他の仏教的思想から見れば、本当に共通点があるのと、
理解の手助けになります。

たとえば、中観・唯識、そして初期仏教。
ここに非常に近い、逆に日本の大乗諸派とは、一線を画す様にも思う。
その中道・平等性・縁起など。
そこには、自らのはからいなどないのです。

これは、親鸞聖人のお考えが、釈尊や仏教本来の持つ意味に、非常に近い
からでしょう。
やはり、その教えは大乗の至極なのでしょうか。

なでしこ

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今日はGW最後の休日。

法務も宿坊も、今日はスケジュールなし。
では、ちょっと弁当を持って、遠足に行こう。

と言うことで、鳥取は天候も良く、友人たちと連れ添って、なでしこリーグの
試合観戦。
対戦は、湯郷belleと大阪高槻の試合。
僕たちは、一人を除いて、試合前に出来上がりつつありましたが。

鳥取では初めての、なでしこリーグ。
湯郷には、なでしこJAPANのキャプテン、宮間あや選手がいます。
あとGKの福元選手も日本代表。
対する大阪高槻には、丸山選手が所属しています。

宮間選手の身体は決して大きくないけど、やはりバランスは素晴らしい
ですね。
今日は特に、オリンピック前の、宮間選手を見ておきたいという気持ち
がありました。

でも、なでしこリーグは、まだ選手間の差が大きいように感じました。
TOPクラスの選手は、世界でもTOPクラスですが、まだまだ選手層は
薄いのでしょう。

そうなると、今回のロンドンはなでしこJAPANにとって、大切な大会に
なりそうです。
今、なでしこJAPANのチーム力は高い。
これが今後も続くかどうかは、とても難しい様にも思います。

現在、小・中・高と、男子生徒はサッカー部が人気です。
少子化もあって、特定のクラブに人気が集中すると、他のクラブに人が
集まらなくなってしまいますね。

田舎県の鳥取は特に、J2のガイナーレがあるので、余計にサッカー部
の人口割合が高いみたい。

まあ、それも時代の流れ、仕方ないか・・・。
そうすると、子どもたちは余計にお寺には来なくなるのかな。

それなら、子ども向けのメンタルトレーニングの合宿でもやってみようかな。

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                           (宮間選手と丸山選手)

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今晩は、月の写真です。

夜中、玄関の戸を開けて外に出てみる。
すると、真正面に月が出ていた。

そういえば、スーパームーンなのだそうだ。

夜は妖艶である。
桜も月も。

夜は、人に寂しさを与える。
でも、実は寂しさを共にもする。

寂しい者たちへの慰めかもしれないな。

人を惑わしもするが、慰めもする。

今日の僕は、どっちだろうか。

歎異抄に聞く・・其9  「第三条」の条文は。

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<第三条>
善人なおもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねに
いはく、「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。この条、一旦その
いはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。
そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたる
あひだ、弥陀の本願にあらず。
しかれども、自力のこころをひるがへして、他力をたのみたてまつれば、
真実報土の往生をとぐるなり。
煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべから
ざるを、あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、
他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり。
よつて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。
                            「浄土真宗註釈版聖典」

この三条を読むと、一見難しいことは書いていない様に思う。
ただ、これが「悪人正機」という表現になると、俄然注目をあびるのです。
浄土真宗的には、ただ普通のことが書いてあるようにしか見えないが。

単純に見ると、煩悩具足の身である私と言う存在は、どの様な行をしよ
うが、悟りをひらくことはできない身である。
その他力をたのむしかない私自身が悪人であり、弥陀の本願が立てられ
た訳は、その悪人こそが目当てであるということなのです。

つまり弥陀の本願が立てられた理由を聞き開き、自分自身を省みたなら
ば、おのずと言わんとしていることが、分かるのではないか。

要は、他力信心をただ説いただけの様に、思えるのですが。
ならば、「悪人正機」の悪人というのは、ただ本願に誓われた、十方衆生。
つまり、私たち、ひいては私のこと。

そう思えるかどうかだけの様に思います。

ただ、そう素直に思えない人が多いのでしょうか。
現代社会の闇が広がる理由は、そのあたりにあるのかも知れません。
自力と自己中心、そして自己責任。

結局逃げ場のない世界。
そして、自分こそは善人であるという自覚における、無自覚さでしょうか。

GWの宿坊日記。

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連休中、宿坊に数組宿泊に来られました。

まだ私たちも十分に慣れていないところもあって、ちゃんとおもてなしできた
かなと、考えます。

何もない、山里の宿坊、その分ゆっくりと過ごしていただきたい。
そして、少しだけでも、お寺や仏教に触れていただきたい。
そんな思いで始めたのです。

お一人で来られた方は、写経と瞑想、そして作法やお勤めを。
外は暴風雨、風は強くて警報が出ていました。
その中を、よくぞお出でくださいました。

皆さんに、夕方と朝のお勤めを、どうされますかとお伺いすると、せっかく
ですから、参加しますと言われます。
そのときは、短めのお経を唱えることにしています。
経本をお渡しして、ご一緒に唱えていただきます。
そうすると、皆さん始めてのお経ですが、声を出して唱えられる。

宿坊に来ようと思われる方は、そんなお心の皆さまですね。

住職と坊守の二人でおもてなしするので、手の行き届かないことも多いかな。
そんなこと考えながら、この連休を過ごしています。

これからは、滞在型の宿泊を受け入れられるように、準備をしていかなくては。
いろんなアドバイスをいただけるのも、宿坊の良いところかも知れません。

また、皆さんのお越しと、アドバイスをお願いしたいです。

五月雨と大賀蓮

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今日は朝から雨。

五月の雨は心地よい眠りを誘う。
適当に湿度があり、田舎の朝は静かです。

今年は蓮の芽が出てこないなと、昨日は池に入って様子を見に。
すると、今日は水面から二つ芽を出していた。

この池の蓮は、西本願寺の大谷本廟から種をいただいて植えたものです。
今年で3年目になりますが、まだ花は咲かせていません。

大谷本廟の蓮は、大賀蓮と言って古代蓮だそうです。
私は種から育てたので、正確には大賀蓮にはならないのかも知れませんが。

池の金魚も、最初は鉢の中で蓮と一緒に育てていました。
今は、蓮と一緒に池の中にいます。

相性が良いのか、鉢の中に入っていつも遊んでる。

今年は、蓮の花が育つといいな。

でも、あせらずゆっくりと育てて行きましょう。

歎異抄に聞く・・其8 「悪人正機」のつづき。

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自分は悪人ではない、世の中にはもっとひどい悪人がいる。
そう感じた瞬間に、この悪人こそがすくわれる、という言葉に疑問を感じる。

でも、もしかして、その瞬間に自分が悪人だったとしたらどうなるでしょう。
悪人の判断基準は、自分にしかないものなのです。

周りがどんなに悪人だと思っていても、自分が悪人と思っていなければ、
その人は悪人でなくなってしまう。

悪人は、重大犯罪を犯した人。
善人は、自分。
では、なぜ善人である私より、悪人の方がすくわれるのか?

そんな感覚が、この第三条を取巻いているのかもしれない。

そんな判断基準ではない。

ただ、この浄土真宗のすくいも、人によっていろいろと解釈される。

因果にはいろいろある。
最後には、自力では解決できないことが、待ち受けている。
それは、どなたも同じである。

決して、自分の力だけでは、どうしようもないこともある。
誰もが、そうしたくて、そうなったばかりではない。
すべてのものが、関わりあって、今がある。
そして、あなたという存在があるのだ。

あなたのそのいのちを、誰に預けるのか。
そんなことを、この悪人正機では説いているのではないか。

念仏に込められた思いであると。

自分の力に頼るとき、そこには自己中心の自分がいる。
人間である以上、自己中心である。
では、すべてがそうかと言えば、それは違う。

そこには阿弥陀如来の願いがある。
その願いの意味は一体何なのか。
誰のための願いなのか。
そして、なぜその願いが立てられたのか。

救いとはいったいなんなのか、そのことを問う。

それは自力ではたどり着けない境地であろう。

脳の回路の転換を行うのだ。
一般的な常識をくつがえす、常識にとらわれた心を解き放つ。

宗教とは、脳の回路を作って行くことでもある。
というより、眠った脳の回路をつなぐ作業か。

でも、それが良い回路ばかりではないとうこともある。

それは「面々の御はからひなりと云々」なのだ。

ただそこには、こうも記されている。
「弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の教説虚言なるべからず」と。

歎異抄に聞く・・其7 いはんや悪人をや「悪人正機」。

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                                  (京都 六角堂)
善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、
「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。

第三条の始めの言葉である。

『歎異抄』を歎異抄ならしめているともいえる、とても有名な一節である。
親鸞聖人はもとより、唯円を知らなくても、この言葉だけは聞いたことがある、
という方が多いのではないか。

浄土真宗の教えの三本柱をとなえる学者がいる。
その三本柱とは、他力本願、悪人正機、往生浄土であるとする。
これが適切かどうかは、私には分りませんが・・。

この一節は、まさにこの、悪人正機を具現化する言葉として、使われるのです。
ただし、『歎異抄』にも、親鸞聖人の言葉にも、悪人正機という直接的な表現は
ない。

いわゆる、世の中の常識をひっくり返す、そんな言葉である。
それが現代において、親鸞聖人の魅力をより引き出しているのか。

この第三条にも、この様な一節がある。
「いづれの行にても生死をはなるることあるべからずを・・・。」
第二条にも、「いづれの行もおよびがたき身んれば、」とあった。

阿弥陀如来の本願を信じ、念仏申す、その私という人間。
その私の存在が、先の言葉なのでしょう。

その自覚の上に、覚悟ができる。
それが第二条の、「とても地獄は一定すみかぞかし」に通じる。

この『歎異抄』とは、親鸞聖人が亡くなられてから、その教えが正しく伝わって
いないことを歎き、その異を正すために書き著されたものである。

であるならば、この第三条は、どの様な異に対しての言葉であろうか。
それは、あくまでも自力作善の人に対してであろう。

自分が善人と思っている人、それが自力作善の人であろう。
それは、阿弥陀如来の本願の救いの対象ではないよ、ということ。

救いの対象 = 機 である。
悪人に正に機があるとする。

ただここで、皆が勘違いすることが大きく分けて二つあります。

一つには、自分は悪人だと思っていない事。
もう一つには、どんな悪人でも救われるのなら、悪いことをしても関係ない。

こんな感じでしょうか。

普遍宗教、仏教、そして浄土真宗。
どれとっても、救いもしくは、悟りの対象は、自分自身である。
つまり、教えは自分にとっての教えなのである。
他人のことではない、つまり他人が悪人であろうが善人であろうが、すくい
には関係しない。
自分を悪人ととらえられるかどうかが、大切な要因である。

もう一点、あくまでも、ここでの救いは、浄土に往生する、悟りを開くための
ことであって、現実世界の善悪を言っているのではない。

犯罪者や世に言う悪人のことを悪人と言っているのではないと言うこと。
これは他力にもあてはあまる。
つまり、普通の生活の中で、他力本願で行けと言っているのではないのだ。

『歎異抄』においては、自分を第三者的立場に置いてみたら、その内容に
は疑問があるかも知れない。
いざ自分にとっての問題となったとき、その教えが浮かび上がってくるの
でしょう。

今回は、取あえず表面的な部分を探ってみました。

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