宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2012年09月

納骨法要・・・大谷本廟へ。

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今日は納骨法要をお勤めした。

お墓への納骨はもうすまされている。
今回は、分骨を大谷本廟へ納骨されるための法要です。

私のお寺では、分骨を大谷本廟へ納められることが多いのです。
大谷本廟とは、西本願寺の親鸞聖人の御廟所です。
そこに納骨堂があり、西本願寺のご門徒さんが納骨をされる。

ここには全国から納骨に来られます。
宗祖である親鸞聖人と同じ場所に眠りたいと希望されるからでしょう。
都会へ出られている方も、お参りしやすいということも。
本当の親鸞聖人のお墓は、現在はここにしかないのですから。

今日はご親族の方々がお集まりでした。
ご主人のお骨を納められるご婦人。
もう80歳をいくつも超えておられます、そのご主人と仲が良かった。
いまでもご主人の姿が忘れられないのです。

今日も、そのおばあちゃんから、お言葉をいただきました。
いつも法要のときは、おばあちゃんが書かれた言葉を、経卓の上に
置いていただいています。
今日は何て書いてあるかな、その思いに添った法話をします。

今日のテーマは、「倶会一処」です。
「ご主人が早く来いと言っているように思う、いつか会えると信じて」
おじいさんが一人じゃ寂しかろうという、お気遣いでした。

そうですね、お待ちになっていますよ。
でも、「ずっと待っているから、急がんでいいよ」と言われてるのかな。
「ワシはずっと浄土におるから、お前は今のいのちを大事に生きろ」
そう言っておられる様に、お経を唱えながら感じましたよ。
そんなお話をした。

おばあちゃん、お寺に参りたいなあと・・・。
お寺の報恩講が11月14日です、どうぞお参りくださいね。
そうお伝えすると、うれしそうに笑っておられた。

いつか浄土で必ず会える、そのときは仏様になってですね。
浄土真宗には、別れはないのですね。

いつか必ず・・・。


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教義と儀礼・・・廃立と助正とは。

廃立と助正。

これをどうとらえて行くか、とても大切なことです。

廃とは、廃すること、つまり棄てるもの。
立とは立てること、つまり選ぶものといった感じでしょうか。

助正とは、その立てたもの、つまり選びしものを助けるはたらきをする、
そんな感じになると思います。

具体的には何を顕すかというと、廃立は教義になります。
助正とは儀礼になるのでしょう。

ここで考えて行かないといけないのは、これを一緒にしてしまうことです。
現在の浄土真宗教団は、この廃立と助正を混ぜこぜにしているのでは、
ということです。

つまり、教えがこうだから、浄土真宗はこうでなくてはいけない。
ということが、教義の世界にも、儀礼の世界にも幅を利かせているという
ことです。

浄土真宗とは、凡夫である民衆、つまり人々を解放して行く教えであった
はずです。
これをガンジガラメにしていっている現状があるように思います。

これは、連綿と続いていることですが、特に少し前の世代の僧侶に多い
と思います。
そしてそれが、本願寺の主流を占めてきたと思います。
実際は、中々そうだとは断言できないことでも、浄土真宗はこうだと言い
きってしまう。
もちろん宗教ですから、カタぐるしい部分があるのでしょうが・・・。

やはり教義においては、廃立があります。
教えとは違う部分を、曖昧にすることはできないでしょう。
ですから、教義においては廃立が成り立ちます。

では、儀礼についてはどうでしょうか。
み教えに基づくものではあっても、儀礼については廃立は完全に成立
しえないのです。
つまり、儀礼は廃立の世界ではなく、助正なのです。
それを完全に、白か黒かみたいな表現を強いる現実があります。

本当にそうなのかと言う議論にならない。
浄土真宗はこうだと言い切る、では一体だれがそう言ったのでしょうか。
少なくとも、親鸞聖人は仰っていないにも関わらずです。
その研究が、本願寺ではあまり顧みられていない。
逆に近代以降、そう言ったものを否定するかのようです。
何でも新しくすればよい、そんな時代遅れのものは止めてしまえ。

そしてやっていることと言えば、儀礼や法要の簡略化と現代化です。
そして次の世代へ継承するものが無くなっている現実に気づかない。
まったく本願寺の儀礼は魅力がないのです、でもそれに危機感がない。

現代の流れに添うことも必要かも知れない、でもそれは伝承してきたも
のを踏まえ、伝えて行くと言う前提のもとに、それがあって初めて生きる
ことなのだと思います。

そうなると、葬儀や法要の儀礼の意味を問うことが疎かになる。
そして僧侶がその意味を分かっていないという結果になる。
葬儀離れに対して、僧侶にはそれを食い止める力さえないのです。
儀礼を建前だけで、疎かにしてきた結果だと思います。
今回の750回大遠忌法要も、その儀礼に対して惹きつけられたという
感じはまったくありませんでした。

本当は、儀礼には仏を敬い讃嘆するとともに、民衆を惹きつける力が
あったはずです。
それを時代に迎合し、今では法要を現代語訳執り行うという僧侶もいる。
本来の儀礼や経典の意味も考えずに、分かりやすいと言うことだけで、
そうしているのでしょう。
中途半端な時代への迎合は、かえって衰退を早める。
そのことが分からないのでしょう。
何故かと言うと、時代の移り変わりは早いのです、迎合していると何が
本質なのか見失ってしまいます。
それが現在の状況でしょう、次から次へと変わって行き、本当に継承
して行かなくてはならないものが見えていない。

そしてこういいます、「浄土真宗はこうだ」と・・・。
そう断言する人は、本当の儀礼を理解していない、つまり教義も背景も
理解していないと言うことになりますね。

今、儀礼の持つ本当の意味と、その魅力をしっかりと受け止めるときが
来ていると思います。
そして、その儀礼を執り行うことが僧侶に求められていると思います。


積み重ねた思い・・・「やなせなな」さんのグラン・ジュテ。


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                              (やなせななin光澤寺)
今日、NHKのEテレの番組「グラン・ジュテ」。
そこに、「やなせなな」さんが出演されていた。

この番組は、挫折や苦難を乗り越えて行く女性を取り上げる番組です。

やなせさんには、2年前の秋、光澤寺の報恩講においでいただいたこと
がありました。
やなせさんは、浄土真宗本願寺派の僧侶でもあります。

その当時は、すでに寺院でのコンサート活動をされていました。
私がお寺に戻ったとき、まだうちのお寺では呼べないかな、と思いました
が、ちょっと頑張って自分にエールを送るつもりで、お呼びしたことを思い
出しました。

お寺をなんとかしたい、そんな思いも。
そして、いつかと言っていたら、もう会えない方がいらっしゃるかも知れな
い、そんなことも考えた。

紅葉が見ごろ、お寺の公孫樹も真黄色に染まっていた。
空もどこまでも青く。

そんな中でのコンサートでした。

お参りされた皆さんも、とっても喜んでいました。

今日は、テレビを見ながら、その当時のことがよみがえってきました。

今は、震災の被災地の支援にご尽力されている。
たくさんの方々の思いを受けとめる。
そこに積み重なる思い、「負けないタオル」で皆を応援するのです。

昨日来られた本願寺新報の方も、被災地で西本願寺は頑張っていま
すと仰られていた。
西本願寺から来たと言えば、皆さんが感謝されるのだそうです。
皆の積み重ねがそこにはある、西本願寺の寺院がない地域で・・・。

思いは伝わる、ひとつになって・・・。

やなせさんの歌のフレーズのように。

これからも、ご活躍をお祈りしています。

今は宿坊をしているので、スタッフの方も含めて、ゆっくり泊まってもら
えたのにな、そんなことを思ったり・・・

またいつかお会いしましょう。

そして、穏やかな気持ちを今日もありがとう・・・。

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宿坊で心も身体も栄養補給。

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宿坊では、家庭料理と精進料理をお出ししています。

どちらでも選べますが、ご要望は家庭料理が多いですね。
やはり鳥取の旬の食材を味わえますから。

でも、精進料理も結構いけます。
ヘルシーで低カロリー、味もいけます。
坊守が手を尽くした料理をお出しします。

でもいつも、ちょっとボリュームが多めになってしまいますね。

一昨日のお客様のご希望は精進料理でした。
こちらも、できるだけ旬の食材をご提供しています。
やはり食材は、地元の旬の食材が美味しい。

特に魚と野菜の新鮮さは、都会では味わえませんね。

宿坊では、料理もお楽しみいただきたいですね。

そして瞑想や仏教講座やお作法で、心にも・・・。

心も身体も、どちらも栄養補給できる宿坊を目指しています。

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TV局と本願寺新報の方がお泊りに来られました。

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一昨日は、TV局の方が宿泊されました。
と言っても、プライベートでの宿泊です。
写真の了承をいただいたので、載させていただきました。

若い女性の方ですが、とてもしっかりされた方でした。
無縁社会の問題や、地域や寺院の活性化の話しなど、たくさんお話し
をさせていただきました。
そして、お勤めも立派にされておられました。

お仕事では転勤があるそうです、仕事を頑張っておられる女性。
結構素敵な感じで楽しんでおられます。
宿坊に興味があって来ていただきました。
いつか機会があれば、この宿坊をTVで紹介していただけると有り難い
ですね。
鋭い感性、この宿坊をどう感じていただけたでしょうか。
でも、ゆっくり過ごされたのは間違いないと思います。
仕事を頑張っておられる方々、そんな方々の心休まる場所になったら
いいなと思っています。
転勤される前には、ぜひもう一度訪ねて欲しいですね。

そして昨日は、本願寺新報の方が取材に来てくださいました。
浄土真宗の寺院では珍しい宿坊。
そして地域活性化や、寺おこしのことなど、お話しをさせていただき
ました。
もちろん宿坊に来られた方々との出会いについても。
それぞれ、たくさんお話しをさせていただく機会があるので、どなたの
ことも鮮明に、おひとりおひとり覚えているのです。
みなさんに尊いご縁をいただいているって感じます。

本願寺新報とは、浄土真宗本願寺派の新聞です。
専門誌ですが、本願寺派の寺院や熱心なご門徒さんが購読されて
おられ、本願寺派の寺院には影響力がある新聞です。

本願寺派では、現在重点プロジェクトを推進中です。
その取り組みの一環として、先日の僧侶研修会、そして寺社コンや
講演会を企画しています。
また、NPOを立ち上げで、寺院活性化と町おこしをやって行く。
10月の本願寺新報でご紹介していただけるようです。

一昨日と昨日、そんなことをお二方にたくさんお話しをさせていただき
ました。
地域の方や、浄土真宗の方々にもこの宿坊を知っていただいて、これ
からの交流の拠点になったらいいなと思います。


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浄土真宗の儀礼について・・・僧侶研修会、今日から始まる。

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(今日の会場は、妙好人源左さんの願正寺さんでした。立派な本堂です)

今日は鳥取ブロックの僧侶研修会でした。
私が担当なので、無事終了したので少しホッとしています。

今日の講義は、浄土真宗の儀礼についての考察でした。

私が今、一番テーマとしている問題でした。
葬儀や法要をお勤めしていて、その意味や背景を問うこと。
僧侶がしっかりと押さえておくべきテーマです。

この儀礼と法話があってこそ、浄土真宗のみ教えが一体となる。
特に、浄土真宗では教義優先的な部分があり、儀礼はあまり顧みら
れていない様に感じていました。
現代的な法要を目指すばかりで、大切なものを置き去りにしている様
に思います。

葬儀離れやお寺離れということがクローズアップされていますが、僧侶
がその儀礼の意味をしっかり問うていなければ、それはさらに加速す
るでしょう。

私は、儀礼の重要性と、そこに込められた意味を問うことが大切だと
思っています。
そのことを伝えられてこそ、お勤めする意義があるのだと・・・。

今日は、その原点を確認することができた、有意義な研修でした。
目指すものが、今まではおぼろだったのが、はっきり見えた。
辿り着けるかどうかは分かりませんが、見えていたならいつか辿り着く。
そう確信した研修会であったこと、ご講師の先生に感謝しています。

教えを説く法話だけでは、法要は成立しない。
儀礼の奥深さと、厳かさ、そして仏から届けられるもの。
それを表現して行きたい、それを葬送儀礼、そして法要に。
これから新たな取り組みと展開が始まります。

おそらく今日の講義は、参加された方たちの考えを変えるかも知れ
ない。
それほどの印象でした、もちろんすべての方が受け入れられるかどう
かは別です。
でも今の本願寺では決して聞くことのできない尊いご縁でした。


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僧侶研修会に臨んで・・・仏の思いを伝える。

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明日は、浄土真宗本願寺派鳥取ブロックの、僧侶研修会です。

本願寺派が推進する、重点プロジェクトの一環として、浄土真宗の儀礼
について研修をします。

ご講師は、中央仏教学院の大八木先生に依頼いたしました。
明日の研修会が楽しみです、久々に大八木先生の声明が聞けます。

お寺離れがよく言われますが、僧侶としてもその儀礼の持つ背景を認識
した上で、執り行うことが大切です。

本当に大切なものであり、意味があることであれば、やはり葬儀を行うと
いうことは決してなくなりはしない。
ただ、そうでなければ自然と淘汰されて行くのだろう。

そのことは自分が身を持って感じなければ、意味をなさない。
受け売りでは、ただの儀式で終わってしまう。
どの僧侶であろうが、何宗の僧侶であろうが関係ないということになる。
であれば、お布施の意味がなくなってしまうのだ。

やはり葬儀を執り行う以上は、私のすべてを出し切るという覚悟が必要
です。
それは、作法・声明・衣体・法話、そして思い、どれが欠けてもいけない。

そこに参列された方々へ、思いを届けなくてはならない。
そしてご遺族の心に届かなくてはならない。

故人に対して、私たちの思いを届けなくてはならない。

たとえ仏から届けられる思いであっても、儀礼を執り行うのは僧侶なの
だから。
仏の思いを伝えなくてはいけないのです。

そこに儀礼の意味がある。


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寂しさと孤独、そしてヴァーチャルとリアル・・・それに応えるもの。

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人は寂しさと孤独の中に生きている。

それを打ち消すかのように、人を愛し、仕事をする。
そして懸命に生きるのだ。

でも、ときとして猛烈な孤独感が襲ってくる。

だから誰かとつながっていないと、不安でしょうがなくなる。

そして言いようのない不安の中で、何かを人は求める。

現在は、その感情がビジネスの主流になっている。
たとえば、携帯電話、誰かとつながっていたい。
そんな人間の根源的要求が生み出したもの、それはインターネット。
元々はアメリカの国防の観点から生まれたサービスです。

それを媒体にして、急激な展開を見せる。
そしてSNS、Twitter・MIXI・facebook、誰からもメッセージがないと不安。
ブログもそう、誰かに思いを伝えたい。

歌もそう、「つながっている」とか「絆」というフレーズが多い。

でも、それは時に人を傷つけ、自分を傷つける。
自分でも制御できないのだ。

そう言ってる僕も、こうしてブログを書いている。
やはり誰かとつながっていたいのかな。

ヴァーチャルとリアル、その関係性も微妙な状況になっている。
経済だってそう、実体とはかけ離れていいる、だけど成立している。

そこに必要なものは何か。

不安定なネットワークを、しっかりと支えるもの。

それは、真理を見つめる心でしょう。
つまり仏教は、それに応え得るものだと思います。
それは、科学の急激な進歩や、経済の急速な拡大、そして減衰。

すべてにちゃんと整合する。
科学の発展によって、仏教的真理が揺らぐことはない。

仏教離れ、葬式離れ、お寺離れ、ということは仏教的本質から関係ない
所でのことなのだ。
要は、仏教そのものではなく、仏教を商売としているところでのお話しなの
だと。

ネットワークの急速な発達、それに私たち人間が右往左往している。
使いこなしているようで、そのものに囚われているのだ。

本質的な部分、つまり心の部分でCOOLになる必要がある。
それには、そのネットワークから距離を保ったところに、自分を置いておく
必要があるのです。

仏教も、そろそろ本質的な部分が必要であるでしょう。

そういえば、ファイティングだったスティーブ・ジョブスも仏教徒だった。

熱く燃えるその中心に、しっかりとした揺れ動かないものを持っておくこと。
それが大切なのかも知れない。

それが仏教であるとしたら、それはとってもCOOLでHAPPYな様な気がする。
でも、それは本物の仏教であることが大切だけどね。

僕がお寺で目指すもの、それはお寺がそんな仏教の場所であること。
いつかは宗派を跳び越えて、仏教寺院ですといえるようなお寺。

だって目指すは涅槃、心の静寂な状態。
この厳しく、不安定な、そしてでも捨てがたいこの社会を生きて行くために。


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宿坊の癒し系・・・宿坊新スタイルを提案します。

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                (青い光は、アロマ空気清浄器です)

私が宿坊を始めたのは、少しでも心をやすめて欲しいからです。
そして、仏教に気楽に親しんでいただきたいから。
それと、宿坊を訪れる方々との出会いのためです。

観光地でもなく、ただ普通のお寺だからこそ、気楽に訪ねてもらえるかな。
そう思って、始めてみました。

ですから、ここを訪ねて来られる方々は、わざわざこの宿坊だけを訪ねて
来られる方々がほとんどです。
そして、いろんなお話しをされていかれる、その出会いが本当にうれしかっ
たりします。

中心は、女性おひとりが圧倒的に多いですね。
そんな方々のために、宿坊の客室も少しづつ、居心地よくしようと進化させ
ています。
もちろん、自然に囲まれていて、静寂の中の客室です。
空気も水も本当に綺麗ですが、客室も過ごしやすい方がいいかな。

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        (枕元には、お肌にいいナノイー・nanoeを置いています)

宿坊に来られた方は、チェックインから電車やバスの時間まで、ゆっくり過ご
される方が多い。
その間は、ずっと宿坊やお寺で過ごされます。
そんなとき、お部屋で快適にくつろいでいただこうとの思いから。

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       (これはヒップエクササイズに、腰をもみほぐしてくれます)

宿坊に来て、先ずは自然に心をほぐされます。
そして、美味しい空気を吸って、身体をほぐします。

次は、仏様にほぐされる。
仏教講座や浄土真宗講座、瞑想や写経、絵手紙で、心に栄養補給。
自然の食材で、身体にも栄養補給をします。

さらに、癒し系のグッズで、身も心もやすらかにする。

時間も、すごしかたも、すべて貴方が自由にオーダーメイドできますよ。

これが、宿坊光澤寺が提案する、新しい宿坊スタイルです。

どうぞ一度、体験されてみては。

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                              (客室のテーブル)

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                         (客室にある瓢箪の照明)

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                            (客室奥にある暖簾)

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浄土真宗的スタンスは・・・。

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「浄土三部経」、それは浄土真宗の根本となる経典である。

浄土真宗において、所依となる経典は、これ以外にない。
そう言った意味では、浄土真宗では「般若心経」を唱えません。

もちろん、他の経典を無視するとか、批判すると言うことはありません。
ただ、私と言う人間が、救われていく教えは、この浄土三部経しかない。
そういうことなのです、他の経典に真理を求め、悟りの道を歩まれるので
したら、どうぞそれは一向に良いことです。

でも、「私にはこれしかありません」ということが、親鸞聖人がたどりつかれ
た竟地なのです。

他の道がある方は、どうぞそちらをお選びください。
そのスタンスは基本的なものです。
ですから、他の道を歩もうとされる方を、批判したり、説き伏せたりすること
はないのです。
どうぞ、どうぞご自由に。
でも、やはりこの道しかないと思われたのなら、いつでも戻っていらっしゃい。
私のスタンスもこんな感じです。
なぜなら、人の為にこの教えがあるのではない、私のためにある教えだから。
そう思えば簡単なことです。

もちろん、僧侶としては布教伝道をすることは大切なことですが。

宗教とは、特に普遍宗教と呼ばれるものは、個人救済のための宗教です。
ですから、自分がすくわれていく教えなのです。

救いも求めず、浄土も必要ないなら、浄土真宗の教えは必要ない。
そうなれば、他の宗派も必要とされないでしょうが。

どちらか分からないなら、あると信じた方がよい。
それが、あなたのすくいになるのなら。

もちろん、お寺がなくたって、教えはあります。
親鸞聖人のみ教えを聞くのに、どこかのお寺の門徒にならないといけない、
ということはありません。
ただ、ひとりで教えを聞いて行くのは難しい面があります。
どうしても、ひとりよがりになりがちですから。
別におかしいと思われるのなら、自分が正しいと思われる道を進めばよい
のです。

そう言った面では、できれば誰か師となる方がいた方がいいですね。
浄土真宗の教えを説かれる方は、たくさんいらっしゃいますから。

その中で、自分がこの人、と思われる方を探されたら良い。
講座もたくさんありますから。
でも、注意しないと、いろいろあり過ぎて、どれが本物か分からなくなり
ますね。

どこかちゃんと信じられる場所や人を探すのも楽しみです。
ただ、お金がかかるところは、とにかく止めておくことです。
それだけは注意してください。

それと、何でも断言するところも、注意が必要ですね。

あとは、何かが悪いというたぐい、これも止めた方がいいです。
たとえば、先祖のせいとか、お墓が悪いとか、何とかかんとか。
仏教で、そんなこと言う人、偽物ですから。

もちろん、浄土真宗のお寺の僧侶なら間違いない、ということもありません。
そこにもいろんな僧侶がいますから。

やっぱり難しそうですね。


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葬儀でも法話をなさるのですか、と・・・当然です。

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                (写真は、お寺での法要・往生礼賛日没です。)
今日はお葬儀があった。

昨日は友引で、火葬場がお休みだったそうです。
なので、今日は混雑をしていました。

今日のお葬儀は葬祭会館でした。
僕が住職を勤めるお寺は、山間部にあるので、自宅葬がほとんどです。
最近は、それでも会館葬が時々あります。

会館で、昨晩は通夜勤行。
今日は、出棺勤行と帰敬式、そして葬場勤行をお勤めする。

会館であっても法話は致します。
通夜勤行のあと、そして葬場勤行のあと。
つまり葬儀にも法話があるということです。

浄土真宗の場合、法話にみ教えがある。
法話のない法要や儀礼は、浄土真宗の法要にはふさわしくありません。
なので、葬儀でも法話をします。
もちろん、出棺の時間が決まっているので、3分間だけ。
でも、葬儀ですし、参列者の方の宗派は分からない。

なので、み教えを三分間に凝縮して、分かりやすく、心に伝わるもの。
それだけを厳選してお話し致します。
みなさん、ちゃんと真剣に聞いてくださいます。
通夜のときは、時間が関係ないので15分間と私が勝手決めて、お話し
します。
このときも、法話も読経も、いつも真剣勝負です。

葬儀や通夜のときに伝わる思いや言葉があります。
それを僧侶が逃していたら、葬儀の意味が薄くなってしまいます。
還骨でも致しますが、そのときには、多くの方が帰られたあとなのですから。
元々、仏教は伝道が中心ですからね。
釈尊は、初転法輪以降、伝道中心の生活を送られている。

その会館は、私は初めてだったので、葬儀後に進行役の方が挨拶に
来られ、葬儀のときも法話があるのですかと驚かれていました。
進行に落ち度がありましたかと言われたが、そんなことはございません。
儀式と進行も含めて、滞りなきようこちらで判断をしております。
葬儀の次第も、衣体も、作法も、もちろんすべて怠りなく。

鳥取では、浄土真宗本願寺派の僧侶は法話をしますよ、とお答えした。
実際は、葬儀のとき法話をするのは2~3ヶ寺だと思いますが。
それでも、鳥取因幡組では、葬儀で法話をしようと動いています。

本当のみ教えを一人でも多くの方にお伝えしようと。
でも、それには僧侶にも覚悟がいります。
中途半端なお話しなら、しない方がいいから。

しっかりと、覚悟を決めて、葬儀に臨むのだ。
そして、本当に浄土真宗の葬儀が必要だと、皆に思っていただくこと。


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昔はお寺の法要が婚活の場だった・・・お寺プロデュース。

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昨日、お寺で彼岸会の法要がありました。

法要のあと、皆さんとお茶をしながら、お話しをした。
その中で、こんな話が・・・。

お寺にお参りが多かった頃の話し。
昔は、お寺に行くことが楽しみだった。
勉強もお寺でし、盆踊りも。

何より、報恩講となれば、若い娘さんたちは着物を着て、お寺にお参りした。
何と、昔は法要がお見合い的な場であったそうだ。
今でいう婚活である。
そんなこともあって、若い人たちもお寺にお参りしていたのだ。

何かあればお寺に行っていた時代、まだ公共の施設が整っておらず、行事
やイベントも他になかった。
もちろん、みなさんお寺のことにも熱心だった。
家のことよりもお寺が大事といった時代でもあったのでしょう。

子どもの頃、本堂が満堂だった記憶はずっと残っている。
もちろん、今でも報恩講になれば本堂は人でいっぱいになるお寺さんは多い。
行事などでもたくさんの方々がお手伝いに来られるでしょう。

私のお寺は、ずっと前にそれがすべて無くなっていた。
教えも説かなければ、お寺も放置状態だった。
やはり、お寺に人が来ないと言っているのは、自らが僧侶としての魅力がない
と人に言っている様なものかも知れない。

檀家さんの組織がしっかりしているお寺さんは、地方ではまだまだ多い。
私のお寺は地方だけど、もう遠くに組織などなくなっている。

ただ、逆の発想もある。
組織がないなら、自分の考えでお寺の方向を変えやすい面があるということ。
お寺と言う資源を、自分が活用できる。
お寺をコーディネートし、プロデュースする。

そんなふうに考えると、何か発想も生まれてくるのではないか。
地方も都会も、いろんな面で運営が厳しい。

その中で、そのお寺という資源を使って、自が何ができるかを試せるのです。
他ではできないことが、そこにある様な気がします。


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天と地獄・・・南無阿弥陀仏は。

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人は六道を輪廻するといわれる。

六道とは、「地獄」・「餓鬼」・「畜生」・「修羅」・「人」・「天」のこと。
これは、すべて迷いの道といわれる。

仏教は、この迷いの道からの解脱を説く教えでもある。
要は、いわれのない迷信や、とらわれからの心の解放を説く。

仏教では、この六道の「天」も迷いの場所なのです。
天の最上位を、「有頂天」といいます。
有頂天になっていると、地獄にまっさかさまに落ちるよ、とも言われますね。
私たち人間も、調子がいいとすぐに有頂天になります。

有頂天に昇っても、さらにまだ上があるように思う。
もしくは自分こそがすべてだ、と感じてしまう心が生まれるのです。

そして「地獄」がある。
地獄に仏のたとえもありますが、阿弥陀如来が法蔵菩薩という、修行の身
であったときに、衆生を救うために願いを立てる。
その願いを「四十八願」といいますが、その四十八願の最初、一番目の願
には、私が極楽という浄土を建てたなら、その浄土には「地獄」・「餓鬼」「畜生」
という世界はないのだ、と宣言されるのです。

たとえ私が迷いの身であり、とてもそこから抜け出せるようなものは、何一つ
ない。でも、そんな私に阿弥陀如来の願いが立てられていたのだということ。

『歎異抄』にはこのようにあります。
親鸞聖人のお言葉を、弟子の唯円が記したことば。
「たとえ法然上人に私がダマされて、念仏して地獄に堕ちたとしても、決して
後悔などしない・・・。」
さらに続いて、「(自力の道ならば)いづれの行も及ばない私と言うものは、どう
あっても、間違いなく地獄にしか行けない身なのだ。」

と仰っておられる。
これは、阿弥陀如来の誓願(本願)を信じ、往生させていただく、他力の道を
進まれる決意の表白であるように思います。
そこには、けっして地獄に行くことなどないという、真実の教えがあるからで
しょう。

では、私たちが称える『南無阿弥陀仏』の念仏はどういうはたらきがあるので
しょう。

ひとつには、「有頂天」なった自分に、謙虚さを取り戻させるはたらき。
もうひとつには、「地獄」にしか行けないわが身であっても、間違いなくそこに、
阿弥陀如来の大悲の光は届けられるということ。

調子の良いときに、その心に謙虚さを。
そして、不遇な時であっても、私に生きる力を与えるもの。

それが、念仏のはたらきではないかと感じます。
もちろん、念仏にはたくさんの意味が込められている。

ただ、私を迷いの道から救いだし、私に生きる勇気を与え、心に安心をもた
らし、いのちの尊さに気づくことを教える。
そして、私にいつも「かたじけなさ」という謙虚さと、「ありがたい」という感謝の
こころをを与えるもの。

その思いは、どなたにも平等に与えられるものです。
そのことに気づくとき、その気づきは、私への導きであったと感じる。
そのときにこそ、阿弥陀如来のはたらきである、他力に出遇うのです。

阿弥陀如来のはたらきであるからこそ、「絶対他力」なのです。
私の側、人間の側には絶対と言えるものはない。

私の力の及ばぬところ、「死」というものに対しては、絶対でなくてはなりませ
んね。

合掌


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お寺をオープンな交流拠点に・・・日本海新聞の宿坊光澤寺の記事より。

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9月21日の日本海新聞に宿坊の紹介記事が掲載されました。

取材は先日でしたが、自民党の総裁選に地元選出の石場茂氏が出馬して
いるので、まだ先かなと思っていたのですが、意外と早く登場です。

今回の記事は、宿坊やNPO、町おこしのことが中心でした。
11月に開催する寺社コンのことも紹介があり、いいタイミングです。

宿坊光澤寺は、町おこしの観点から、地元の県や町の行政とも連携して
行こうと考えています。
お寺は、どちらかと言うと檀家(門徒)さん向けですが、やはり本来はオー
プンな存在だと考えています。

昔からそこにある、地域資源でもあるのです。
行政や観光協会などとタイアップして、行政などが対応できない
部分をNPOとして補って行く。
そうすることで、町おこしをしながら、結果的に寺院活性化につながります。
これが、お寺の活性化の一つの方向性ではないかと考えている。

そして、お寺だからできることもあります。
そこを見つけ出して行かなくてはなりません。

介護などは、お寺関係者も取り組んできましたが、今は法律や民間が一所
懸命取り組んでいる。
それならば、お寺がやることは、そこで対応できない部分でしょう。
仏教としての精神的ケアや、いのちに寄り添うこと。
そして、普段の生活をしっかりと支えて行くこと。

今は、社会全体が厳しい局面にあります。
今こそ、お寺がその社会を支える存在であることを、しっかりとアピールでき
るときだ。
お寺が、本来のお寺の姿に立ち戻るときである。

宿坊を始めることによって、思った以上に早く、お寺の活動が進むようになり
ました。
これは、私も少し驚いています。
やはり、お寺はお寺だけに留まっていたのでは、そのスピードは遅い。
あまり縁のなかった、行政や民間団体と連携するのがいい。
その中で、お寺ができることをアピールして行く。

それが面白い方向に行くのかな、今そう考えている。
僧侶が思っているより、はるかに、みんなはお寺の本当の姿を望んでいる。
そして、お寺に行きたいと考えている。
若者が来ないと言っているのは、ただの僧侶の怠慢であるでしょう。
仏教の人を惹きつける魅力は、たぶん量り知れない。

宿坊を訪れる方々(20代~40代)とお話しをしていると、ひしひしとそのこと
を感じます。


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仏教ソリューション・・・とは!

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ソリューションという言葉、少し前に流行った。
ソリューションとは、一体どういうことなのか。

私は、以前KDDIという会社に勤めていました。
その会社の本社に、ソリューション事業部があり、そこでマネージャーを
していたことがあります。
では何をしていたかというと、都内にある大手企業の法人営業部門でした。
ソリューションとは、簡単に言うと『問題を解決する』ということ。

つまり、法人営業とは、企業の通信に関わる問題を解決する、と言った意味
で使われていました。
通信関係も、電話も国内から国際も、データ通信からインターネット、さらに
モバイルと、企業で利用する分野も多岐に渡っていました。
営業も、コンサルティング型提案営業になっていた時代です。

話しは逸れましたが、では仏教におけるソリューションとは一体何なのか。
仏教におけるソリューションも、やはり多岐にわたります。
人々の様々な苦に寄り添うこと。

でも、その根本は、やはり「四苦」になるでしょう。
その中でも、最後は『死』。

何故なら、仏教では煩悩を吹き消した状態を「涅槃」と表現します。
生きているなかで、様々な煩悩を吹き消してゆく教えでもあります。
ただ、そんな様々な煩悩でさえ、『死』の前にはすべてが吹き消される。

最後に残るのは『死』なのです。
借金で苦しんでいても、それは生の為のものです。
『死』のためのものではありません。
愛についてもそう、すべて生への執着なのです。
それも『死』という現実に直面すると、吹き飛んでしまうのです。

誰もが、『死』ということを一生に一度しか経験できないので、誰もが初心者
なのです。
だからこそ、阿弥陀如来の願いがある。

「生」・「老」・「病」・「死」

やはり、人生における苦は、何度考えてもこの四苦に行き着くしかない。
では、「死」で終わりなのか。
そうじゃない、その為に生きているのではないということに気づくこと。

そして、もう一つ大きな意味がある。
「死」を見つめることで、輝く「生」があることに気づくこと。

つまり、「自分のいのちを生きる」と言うことです。
そして、「生かされているいのちに気づくこと」。

仏教には因果の法則がある。
すべては因果律のなかにあるのだ。

因があるから果がある、だから仕方ない、ではない。
仏教は、果から因を見つめるのです。

ということは「死」を知ることで、「生」を見つめて行く教えでもある。
「死」を見つめることで、今生きている「いのち」を輝かすのだ。

それが、「仏教ソリューション」の最大テーマなのです。
自分のいのちに目覚め、生きる意味を問い、今を生き切る教えです。

そして、そこに『南無阿弥陀仏』があることに気づかされるときが来る。

親鸞聖人が求めた道も、「生死いづべき道」。
つまり生死の迷いから解き放たれること。

だから、僕はこれからも「死」を見つめてゆくのです。


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老人会での法話会が始まりました・・・死を見つめる。

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町の公民館活動で、老人会の方々へ法話会が始まりました。

昨年までは、お寺の周辺だけでしたが、今年から他地域も増えました。
3年前から継続した活動ですが、ご法事の法話ではないので、いろいろと
話題を考え、すこしでも興味のある内容になるように、工夫しています。

参加される方は毎回変わりますが、担当の方は一緒なので、話しの内容を
多少変えながらお話ししています。

仏教のこと、親鸞聖人のみ教え、いのちのお話しなどが中心です。

今年は、お寺で宿坊を始めたので、そこでの内容なども紹介しています。
みなさん、興味深そうに聞いてくださり、質問もたくさんあります。

いのちを語るうえで、そして仏教を語るうえでは、やはり死という話題をしな
い訳にはいきません。
ご年配の方々ですから、死ということはどうかと思われるかも知れませんが、
これは、私も含めて、すべての方に共通のテーマです。
ですから、自分のこととして話しをします。
もちろん、みなさんも頷きながら聞いておられます。

この死ということの解決をしなければ、宗教、まして仏教の教えはないでしょう。

来年の三月まで、各地区で法話会が続きます。
このことで、私も勉強し、少しでもお話しを聞いていただける様に、努力しなく
てはなりません。


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お寺ヒーリング・・・心に栄養補給を。

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先日、台風の影響で鳥取も大風が吹きました。

そのとき宿坊には、女性お一人で宿泊されていた。
夜中、強い風が吹き、建物もきしむほど。

翌朝、昨晩は怖くなかったですか、と問うと・・・
「仏様がいらっしゃるので、大丈夫でしたよ。」との答えが返ってきました。

そう、お寺には仏様がいらっしゃるのです。
宿坊は山里にあって、田舎に来た感じですが、お寺はやはり日常とは違う
空間です。

お寺に来る理由のひとつは、日常とは違った空間が味わえること。

そして、服を買って自分を着飾ることはできるけど、心を綺麗にすることは、
日々の生活の中で忘れがちです。

お寺に来る、仏様にお会いする、静かな中に心を身体を置いてみる。
そうすると、心を綺麗にすることができます。

それはそれは、大変なヒーリング効果があります。
周りは自然に囲まれて、空気の美味しさが違います。
これが山里にあるお寺の効果ですね。

そして、仏教は心の栄養ですね。
仏様の教えを聞いて、心に栄養を補給する。

静けさの中で、写経をしたり、絵手紙を書いたり。
何よりも、宿坊光澤寺では瞑想ができます。
何も高い受講料を払って、瞑想講座になんか通う必要はありません。

瞑想は、願いをかなえるためのものではありません。
心に静寂を与えるためのものです。
心が安らかでなければ、人はたとえ欲望を手にしても、幸せにはなれない。

お寺って、ヒーリング効果が抜群の場所なんですよ。
そのことを、お寺も僧侶も分かっていないのかな。
これほど、心に安らぎを与えられる場所って、他にはなかなかない。

宿坊では、客室を始めとして、豪華さはまったくないけど、やすらぎの場と
なるように、いろんな工夫をしています。

そして、こころに抑えていた思いをたくさんお話ししてください。
そうすると、心が軽くなります。

どうぞ、お寺の良さを知って下さい、そして存分に味わってみて下さい。
お寺の魅力に虜になるかも知れません。


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いつの日か、君に会わん・・・。

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今日、偶然にかつ必然的に、友人が亡くなっていたことを知りました。

その友は、20歳以上年齢が下になります。
仏教を共に学んだ仲間でした。

この報せは、私にとってもかなりショックなこと。
それも亡くなってから、数か月以上経っていた。

遠くに住んでいて、なかなか音信をとることができなくなっていたけど、何か
あれば、また会えると思っていた。
でも、もう彼に会うことはできません。

豪快に見えるが、非常に繊細な心の持ち主だった。
年齢が離れていたこともあって、私も相談をよく受けていたし、気づかって
もいた仲間です。

彼の早すぎる死を、どう受け止めようか、でも受け止めることなどできない。
ただ、彼の生きてきた人生を見つめています、私は彼の一部しか知らない
けど、せめてその一部だけでも見つめていようと・・・。

彼の死の理由は分りません。
でも早すぎる死でした。

私のいのちと、彼のいのちは、一緒にはできない。
だから、彼の分まで頑張って生きると言うことなどあり得ません。

ただ、いつか貴方ともういちど、どこかで会いたい。
もし会えるのなら、浄土でもう一度。
今はそれしか思えません。

そのときは、きっといろんな話しができるはず。
何もできず、何も気づかず、ただ私のことだけにかかりっきりになっていた。

「人在世間 愛欲之中 独生独死 独去独来・・・。」「身自当之 無有代者。」

『仏説無量寿経』の言葉。
私にいつも、この言葉が響く。

まさに今回もだ。

「人、この世にあって、迷いの中に生き、独り生まれて一人死にゆく、独り去り
 独り来る・・・。」
「これは自分自身のこと、誰もこれに代わることはできない。」

その無常のいのちを生きる私であるからこそ、阿弥陀如来の光が必要なのだ。

そして、いつの日か、君に会わん。
せめて、それまでは私を見守っていて下さい。

そして、私を導きたまえ・・・。
今度会うときまでは、私は私のいのちを生き切るしかないのだ。

迷いの私を・・・。

何もできなかった私と言う存在を・・・。

遠くの空の雲が、二人の再会の場面のように見えた。

ごめん、そしてありがとう。


合掌









今年の報恩講は・・・「阿弥陀ビーム!」の英月さんです。

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浄土真宗の寺院で、報恩講は一年で最も大切な法要です。

本山の西本願寺では、1週間に亘って執り行われます。
報恩講とは、親鸞聖人のご命日に向けて、門徒のみなさんが、そのご恩を
しっかりと受け止める法要なのです。

各寺院も、盛大にお飾りをして法要をお迎えします。
また、ご門徒さんも一体となって準備をします。
これが通常の浄土真宗の寺院の姿でしょう。

でも光澤寺の場合は、ずっとお参りの少ないお寺でした。
僕が子どもの頃は賑やかで、必ず満堂でしたが、僕がこのお寺に戻る頃
には、毎年10名くらいになっていました。
もちろん、ご門徒さんのお手伝いもありませんでした。
お寺や僧侶に魅力がなければ、たとえ田舎でも、そして若者だけでなく年配
の方でも、お寺にお参りされなくなるのを、目の当たりにしています。

今は、光澤寺の報恩講は、毎年一日だけになっています。
でも、僕はその一日、その一回にすべてを集中して、ご門徒さんの喜ぶ笑顔
を見たいとの思いで報恩講を企画しています。

今年は、何と、英月(えいげつ)さんにご講師をお願いしました。
真宗仏光寺派の女性僧侶で布教使の方です。

京都にある名刹の大行寺の副住職でもあり、布教使としても活躍されている。
なにより、サンフランシスコで写経会を立ち上げた強者でもあります。

国際派僧侶として、TV番組のスパもく、「芸能人駆け込み寺」では、女性僧侶
代表として、そして国際派僧侶として、その相談役を務められているのです。
僕的には、今や女性僧侶人気NO.1ではないかと思っています。

そんな英月さんのお話しを、光澤寺でお聞きすることができます。
でも、布教使としては正統派ですね。
ゆっくり、紅葉の光澤寺で、お話しを聞かれてみてはいかがでしょうか。
私も一所懸命勉強させていただくつもりです。

英月さんから、「阿弥陀ビーム!」が皆さんに届けられることでしょう。
たくさん受けとめて下さいね。

どなたでも自由にお参りしていただけます。

日時は、11月14日(水)1時半から開式です。

いまから予定を空けておいてください。


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「いつか花咲く」・・・宿坊から。

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宿坊に来られた方と、ゆっくりお話しをすることが出来ました。

仏教や浄土真宗のことお話ししたり、瞑想したり、絵手紙を書かれたり。
1泊2日の間ですが、山里のお寺で過ごされた。

夜は台風の影響で強風が吹き荒れ、一夜明けると、今度は雨。
でも、宿坊にこられたら、高速バスの時間まで、ゆっくりと。
特に、中庭の渡り廊下に置いた椅子がいたく気に入られたようです。
そよ風に吹かれ、中庭と目の前に広がる山並みに癒される。

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そんな中で、絵手紙を書かれたのですが、とても味わいのある作品になり
ました。
とてもシンプルだけど、言葉も絵も、独特の雰囲気を醸し出しています。
コピーすると、まるで、ほのぼのカレンダーの挿絵のようです。

ちょっと感動しました。

浄土真宗や仏教の講義は、3時間以上になりました。
その中で、ご自分の法名を、あらためて見つめ直すきっかけになられた
ようです。
そして、阿弥陀様のこと、南無阿弥陀仏のこと、たくさんお話ししました。

そして、「いつか花咲く」のですね。
僕もそう感じました。

宿坊をやっていると、僕の方が癒されたりします。
出会いの一つ一つが、すべて思い出になります。

宿坊光澤寺においでの皆さん、またいつか宿坊においで下さいね。
さらに、ゆっくりできる宿坊にして、お待ちしています。

そういえば、11月17日には、光澤寺で寺社コンを開催します。
その方々も、きっと思い出深い寺社コンになると思います。


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なぜ、南無阿弥陀仏を称えるのか。

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なぜ南無阿弥陀仏を称えるのか。

今日は、こんなストレートの質問に出会いました。
実はこの質問って、答えるのがとっても難しいなと感じた。

これって、大切なことなのに、この話しは意外と少ないのかな。

浄土真宗の僧侶は称えることが基本なので、この質問に対する答えは、
実はあまり用意してなかったりする。

もちろん教義的に説明すれば、できるのだけれど、浄土真宗のこと知らない
方であったなら、納得してもらうのは難しいでしょう。

その方の質問もそうであった、理論的には説明を受けたことがあります。
でも、なぜ称えるのかと言うことがよく分かりません。
要は、阿弥陀如来のすくいと言う意味がよく分からないのだと・・・。
そんなニュアンスの問いであった。

そうなると、阿弥陀如来の存在も、なぜその存在が必要なのか。
存在しないからと言って、別に誰も困らないのです。
だとしたら、別に南無阿弥陀仏を称えなかったからと言って、何も変わらない
のでは・・・。
事実、世の中には南無阿弥陀仏を称えないで、死んでゆく人の方が圧倒的
に多いのです。
その方たちは、果たして浄土に往生されたのでしょうか。
この世で浄土を知らない人が、浄土に往生する訳はないのですよね。
というか、浄土と言う存在そのものが必要ないのでしょう。

つまり、南無阿弥陀仏という阿弥陀如来のはたらきがある。
それを私が必要としているかどうかが問題なのです。
もちろん、南無阿弥陀仏に出遇えなければ、関係ない。
でも、出遇えたのなら、その思いを受けとめたのなら、そこからあなたの生き
方が変わるのでしょう。

あなたの、いのちの見方が変わってくる。
この世に生きる私たちが、絶対避けては通ることができない道。
それは、いのちの問題である。

いのちの問題の前では、すべての悩みは消え去ってしまうのだ。
私たちの、この世のいのちには、必ず終わりと言うときがやってくる。
そのいのちを、阿弥陀如来は見つめているのです。

なぜなら、人間は死ということを前提に生きているのだから。
そのいのちに、真正面から向き合うのです。

そのとき、阿弥陀如来の願いに出遇う。
思わず南無阿弥陀仏が称えられる。

もし、その存在に出遇うことがなかったなら、私のいのちの解決ができな
いままだったりする。
やはり、ちゃんと解決しておいた方が良い。

そうすると、私のいのち、限りあるいのちをどう生きるのかと思う。
めぐまれたいのち、見守られているいのちをどう生きようか。

そして感謝の思いに至る。
いのちの流れに出会う。

そのことを感じることが、私たちにとって大切なことではないだろうか。

あなたのいのちが、光りに照らされていることを感じるでしょう。
そこに、あなたの存在が解き明かされる。

いつか、それがあなたにとって大切な教えとなるときが来ます。


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浄土真宗的七回忌の法要・・・ご縁をいただく。

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                      (修理を終えたばかりのお仏壇)
今日は、七回忌のご縁をいただいた。

お父さんとお母さん、お二人の御法要でした。
そのお二人の願いであった、古いお仏壇を修理され、真新しく見えるお仏壇
の前での、初めての法要。
本当に立派なお仏壇となりました。
おそらく明治期のものですから、細工そのものがいい感じです。
火事や移転を経験し、本当にガタガタになっていましたが、見事に復活しま
した。
浄土真宗のお仏壇は、浄土の荘厳なので、この様な金仏壇が多いですね。

その法要の意味を説く、表白をそれぞれ唱えます。
今日の次第はこんな感じです。

法要の最初は、「三奉請」。
阿弥陀様、そしてお釈迦様、そして十方の諸仏を奉ります。

次に、お父さんの表白。
続いて、『仏説無量寿経』と和讃。

次に、お母さんの表白。
続いて、『仏説観無量寿経』と和讃。

続いて、『仏説阿弥陀経』と和讃。

この浄土三部経を続けて唱え、ここで一旦休憩になります。

次には、全員で『正信偈・和讃六首引』を唱えます。
今日は、一番小さな女の子が一番大きな声で唱えてくれました。

続いて、法話をし、御文章(御文)、最後は「しんらんさま」を合唱。

今日は、お二人の七回忌でしたので、ここまでで1時間40分程度。
そのあと、お墓にお参りしましたので、2時間の法要となりました。

お斎の場所は、車で15分くらいのところにある、小さな料亭でした。
季節感のある料理が美味しく、僕にしては珍しく全部残さずいただきました。
最後に出た、稲庭うどんも美味しかったな。
ビールもいただいたので、お寺に帰ったら、すぐ横になってしまった。

御法話は、お孫さんたちが全員集まっておられたので、今日の法要をとう
意味と、その思いを中心にお話しする。
そして、命日や仏となる意味も。

やはり、若い方たちに、ちゃんとお話ししておかなくてはいけないと感じます。
特に小さなお子さんがいらっしゃるときには、お経もより丁寧に、そしてより
ハッキリと、節も本山のままに唱えます。
お子さんは、覚えるのが早いので、間違って覚えてはいけないと、より意識
が高まるのです。

長い時間でしたが、皆さんしっかりとお勤めされました。
本当に、七回忌の尊いご縁をいただきました。

合掌


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宿坊研究会・堀内克彦氏・・・寺社コンin宿坊光澤が決定。

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寺社コンin宿坊光澤寺の企画が、いよいよ決定しました。

「やずブータン村」発足記念イベント。
宿坊研究会の堀内克彦氏をお招きして、寺社コンin宿坊光澤寺を開催
します。
なんと寺社コン、中国・四国・九州で初の開催となります。
そして、堀内氏の講演会もありますよ。

【寺社コン】
11月17日(土)の午後3時半集合~18日(日)のお昼までです。

時期的に、光澤寺の紅葉が真っ盛りです。
紅葉の宿坊光澤寺に泊まってゆっくりお話しができます。
瞑想や写経も体験しながら、秋の宿坊を満喫してください。

参加条件は以下の三つ。
①もちろん、お寺が好きなこと。
②結婚していないこと、彼氏彼女がいないこと。
③真剣にお相手を探しておられる方。

参加費用は、7千円(1泊2食付、懇親会費、日帰り温泉入浴、瞑想・
写経体験費用が全部含まれています)。
懇親会には、お酒やおつまみをご用意しています。
すごくお得になっていますよ。

【堀内克彦氏の講演会】
11月18日(日)午後2時開演です。

入場無料で駐車場もあります。

全国の宿坊を渡り歩かれた旅人としてのお話し。
日蓮宗の寺院活性化アドバイザーとして、寺院の活性化や町おこしに
ついて、その体験談などお話しいただきます。
もちろん、寺社コン仕掛け人としての興味深いお話しも聞けると思います。

寺社コンに参加された方は、講演会も聞かれたら良いかと思います。
そのときは、お昼を500円でご用意いたします。

詳細は、寺社コン http://jisyacon.com/ でご確認を。
寺社コンへの参加受け付けは、こちらだけとなっております。

お問合せは、宿坊光澤寺でもお受けいたします。
宿坊光澤寺 http://www.koutakuji.com/ 
直接お電話いただいても大丈夫です。

では、皆さまのご参加ならびに、ご来場をお待ちいたします。

「やずブータン村」いよいよ発足・・・NPO設立準備へ!

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NPO法人「やずブータン村」の設立の準備を進めています。

と言ったところで、具体的に何をやろうと考えている訳ではない。
時代と社会情勢はめまぐるしく変わる。
10年前なら、介護事業が注目されていたのです。

僧侶や寺院も、介護からみのサポートに力を入れていた。
これは、ターミナルケアも含めて、看取りや傾聴活動ということに、僧侶が
目指す姿が投影されていたからでしょう。

現在は、団塊の世代中心の高齢化対応の真っ最中。
介護・医療・葬儀まで、そこにすべてが集中している。
中山間地での新しい建物は、介護施設と葬祭会館。
それを見るだけでも分かります。

そこに僧侶が絶対必要と言える場ではありません。
もちろん精神的なケアは必要ですが、僧侶じゃなくたって、傾聴ボランティア
はできるのです。
もっともっと、突っ込んでいかないと。

僕がNPOで考えることは、具体的に決めないということ。
もちろん申請での項目は必要ですが、基本的にはすべてのことに対応で
きることが求められていると考えます。
要は、行政でできない部分のサポートが柱の中心です。
行政だって、時代と予算で変わるので、それに合わせること。

もちろん、その中心には、設立の理念がしっかりあるという前提です。
ただ何でもいいと言う訳ではない。

目標は、人生最後の20年を幸せに暮らす。
そんなことかな。

いつが20年か分からないけど、そんなの関係ない。
本当は10年でもいいし、1日でもいいし、1秒でもいい。

この事業は、実は年齢も大きく関係あります。

団塊世代以上の方をサポートするには、やはり今、50歳以上の方でな
ければ、価値観を共有できないと言うこと。
会社でともに戦ってきた世代、前だけを向いていた時代です。

なので、私たちの世代が頑張ってサポート体制を作って行く。
新しいスタイルである、とらわれないサポート。

まだまだ、これから始めるところです。

そんな、「やずブータン村」を正式に発足させます。
まだ任意団体ですが、先ずは立ち上げて、アピールを!

第一弾イベントを企画しています。


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ピー子のトラウマ・・・その後。

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ピー子のトラウマの記事を以前に書いたことがあります(5月18日のブログ)。

元々、冷たい雨の中に捨てられていた子猫でした。
それを15年前に妻が連れ帰った。

妻である坊守と一緒にお寺にやって来ました。
実家でも食事を毎日与えていたお義母さんいさえ、まったくなつかなかった。

もちろん、お寺でも僕にはまったくなつきませんでした。
呼んで抱こうとしても、すぐに逃げるか、状況的に仕方なく抱かれても、警戒心
むき出しで、噛むか爪を立てるか・・・。

やはり、最初に人間不信に陥っていると、猫は警戒心を解きません。
自分を最初に救ってくれた人だけにしか心を許さない。

でもこれって、人間も同じことがあります。
幼児期に虐待を受けたり、学校でいじめを受けたり。
それがトラウマとなって、心に積み重なって行く。
それを解きほぐすことは容易ではない。

たとえ猫と言えども、心の傷が深ければ・・・。

でも、最近少しだけ僕に対する対応が変わってきました。

僕が抱こうとすると、跳んで逃げていたのが、逃げるスピードが遅くなり、
そして途中で転んだフリをして、捕まる素振りをするようになった。

そして抱いて撫でてやれば、すごく気持ちよさそうな表情をします。
これに関しては、坊守よりも今では僕のときの方が気持ちよさそうです。

ここに至るまで約2年間。
少しは心を開いてきたのでしょうか。

やはり一度傷ついた心は簡単に癒えることはないですね。
でもまだまだ僕に心を開いている訳ではないけど・・・。

もう少し、僕のピー子へのアプローチは続きます。
でも、それはただ一緒に住む仲間、同居人としてですね。


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寺おこしで町おこし・・・宗教法人とNPO。

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寺院活性化という言葉は、寺院関係者の合言葉の様な感じになっています。

活動内容は様々ですが、お寺と一口に言っても、事情が違い過ぎて同列に
語ることが難しいのが現実です。

西本願寺などの各宗派の本山にしても、同じ施策で一括りにしないといけな
いのが、多分悩みのタネなのでしょう。
各寺院共通のテーマは、み教えくらいかなとも思ったりしています。

私のお寺は、中山間地にある過疎化の進行するエリアにあります。
事実、檀家(門徒)数の減少は、他寺院よりも進んでいると感じます。
それが、これからの10年~20年でさらに加速して行きます。
鳥取は、お寺の檀家制度が根強く残っていますので、新しい取り組みもでき
ない面があったり、人口は減っているだけなので、新住民もいません。
そんななか、もちろん檀家さんを支えて行くことが、お寺にとって一番大切な
ことですが、それだけではジリ貧です。

でも、お寺って、その町の資源であるのです。
観光寺院でも国宝がなくても、お寺はずっと前からその町にあったのです。
そして多くの先祖を見送り、地域を見守ってきた。
その昔からあるお寺という資源を、見直して行くことができないか。
僕はそんなふうに考えた。

お寺は今までも、これからもそこにずっとある。
これだけでも、信頼性があるし、何しろ人々のより所であったのだ。
ならば、その原点を見直し、活性化することで、町の活性化にもつながる。

ただ問題がある。
寺院は檀家があるので、実はオープンな活動ができないということ。
お寺を何とかせんといけんとはよく聞きますが、地域活性化までの話しは
あまり聞こえてこない。
事実、観光寺院は別として、地域にあるお寺と町おこしがタイアップしている
という話しはほとんど聞きません。

お寺は檀家さんのものであるけれど、でもお寺も僧侶も本来はオープンな
ものであるべきだと思ったりしています。
ただ、行政と宗教との接点が難しいのも現実。

そこで、宿坊を始めることで、行政や観光協会とのタイアップが図れる。
そして、NPOを立ち上げ、地域支援を行う。
つまり、行政や民間企業で対応が難しい問題を、このNPOで引き受ければ
いいのではないかと考えた。
行政とNPOは、よく馴染むのです。

光澤寺のキャッチフレーズは・・・
「お寺で八頭の町おこし、宿坊で八頭の町おこし!」

要はお寺だけでなく、みんなで幸せになればいいのだ。

お寺だけでは敷居が高い、でも宿坊があるとオープンになる。
遠くからでも宗派を超えて訪ねてきてくれます。
事実、4月以降は、檀家さんより、それ以外の人の方が光澤寺を訪れて
います。
そして、「やずブータン村」という団体を立ち上げ、イベントを行う。
来春にはNPOとして正式に設立する予定です。

その発足第一弾のイベントが、寺社コンと講演会となります。

お寺&宿坊&NPOの鼎、三本の矢であります。
今はそんなことを目指しています。
たしかに、それぞれが補い合っているように感じます。


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寺社コンin紅葉の宿坊光澤寺、11月17日~18日予定。

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今、ちまたで話題の婚活は・・・。

寺社コンかな。
要は、お寺好きか神社好きの方々の婚活パーティーです。

少し前、お寺に来られたグループの方に、寺社コンを開催しますよ、とお伝
えしたら、「私もでたい!」とのお声が。
でもすぐに周りから、「あんた旦那いるやん」とツッコミが・・・。

そうです、寺社コンの参加条件はこちらの通り。
①結婚していないこと。
②彼氏彼女がいないこと。
③真剣に出会いを求めておられる方。
そして最後に、寺社好きであることです。

今回の寺社コンは、お寺ですから、お寺好きであることですね。

宿坊光澤寺では、11月17日~18日に、1泊2日で宿坊コンを開催する
予定です。
この時期は、お寺の紅葉が真っ盛りです。
現在、宿坊研究会の方と最終の企画調整中。

18日には、講演会も予定しております。

これは、来年のNPO設立を目指している、「やずブータン村」発足記念
講演会となります。
とりあえず最初は、徐々ににイベントを企画して行きます。

いよいよ、「やずブータン村」発足です。
記念イベント第一弾となります。

宿坊コンは、人数限定のため、参加希望の方は早めに申し込まれないと、
すぐにいっぱいになる可能性があります。

宿坊でゆっくりと、瞑想や写経を体験しながら、過ごすことができます。
もちろん、お相手の方が見つかるように、宿坊には椅子を二脚、いろんな
ところにご用意しています。

懇親会もあるので、お泊りで楽しめる所がいいですね。
そして次の日は、講演会(自由参加)も聞くことができます。

何といっても、みんなお寺好きの方々ですから、話しが合うのは間違いない。
皆さんのご参加をお待ちしております。

詳細は、まだこれからですが、まもなく寺社コンのホームページにアップされ
ますので、お見逃しなく。


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お寺のミスマッチング・・・町へ出よう。

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だいぶん前から、お寺にお参りが少なくなったという声を聞きます。

本山である西本願寺でも、いろいろその対策を打たなくてはと、いろんな
施策を打とうとしていますが、なかなかこれといったものがない。

理由はたくさんある、ありすぎて、どれが理由か分からないと言った感じ。

でも、お寺だからとか、檀家があるからとか、葬儀があるからとか。
そんな理由で、寺離れが叫ばれていても、まあ何とかなると言ったところ
でしょうか、切迫感はありません。
所詮、本山職員もサラリーマンですし、他人事的なところもあるでしょう。

ただ、時代が変わり、社会情勢が変わり、変わらないのはお寺と僧侶の
感覚だったりするのでしょう。

でも、宗教に救いを求めている人は、若者にも多いと思います。
オウム真理教のことでも分かりますが、あれだけ問題になっていても、
そこに引き込まれる若者は、いまだに多い。
いつの世だって、人は宗教を必要としているのです。

ただ、それを寺や僧侶は見過ごしてきた。
本当に必要としているものは何かを見ないで、もしくは、あえて目を逸らして。
それで、寺には若者が来ないと嘆いて見せる。
これはあくまでもポーズでしかない。
心からそう思っていたら、もっと違う行動に出るでしょう。
そう言っておけば、格好がつく程度のことでしかない。

本山もそうです、その様なことを言っておけば、問題意識があるとみてもら
える。

こうして、お寺や僧侶と、若者のミスマッチングがおこります。

そろそろお寺も、現実をしっかりと見つめる勇気が必要なのではないでしょう
か。
そして、本当にしなくてはならないことを考え、そして行動に移さないと。
いつまでも、本山の重点プロジェクトの様な、うわべの対策などしている場合
ではないのだ。
そこには、迷っている人々がたくさんおられるのだ。

それは、もちろん私のお寺にも言えること。
僧侶としての私に対しても。

さあ、町へ出よう。
そして、自分の周りをしっかりと見つめるのだ。


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魅惑の宿坊をどうぞ・・・あなたをお待ちしています。

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宿坊に泊まる。

それは、田舎の家に遊びに来たようで、実は日常とは違った空間を味わう
ことが出来ます。

それは、お寺ということです。
そして仏様のいらっしゃる場所。
普段はあまり行くことのないところ。
宿坊に来られた方でも、ご自分のお寺に行ったことがないという方もいる。
それは、あまり用がないと言うこともあるでしょう。

でも、この宿坊は、お寺でありながらも、それだけではない。

田舎の家にきたって感じ。
旅館に泊まったって感覚。
知り合いの家に来た様な。
でも、間違いなくここはお寺。
普段体験したことのない、写経や瞑想やお勤めが気楽にできる場所。

夜は本当に静かになります。
やはり日常とは違う空間です。

お部屋もゆっくりしていただける様にしています。
華美な装飾は一切ありませんが、アロマの香りの空気清浄器を置いて
みました。
少しはやすらぐかな。

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そして客室の隅を照らす間接照明、瓢箪から漏れる灯りに癒されます。
やはり自然のものはいいですね。

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同じ客室には、お茶とかコーヒーを自由にお飲みいただける様に、食器棚
を置いています。
古いものですが、アンティークにも見えます。
なんとなく見ているだけで落ち着きます。
コーヒーを飲みながら、ゆっくりと過ごすことができます。

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ここは談話室です。
ソファーと本と絵画があります。
BGMもあって、よくJAZZやボーカルが流れています。

中庭も望めて、リラックスできる空間です。
ここで、ゆっくり過ごす方も多いですね。
BGMを聞きながら本を読んでいると、あっという間に時間が過ぎて
行きますよ。

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そして中庭にある渡り廊下には椅子があります。
風を感じながら、山が見えます。
池には金魚が泳いでいます。

金魚を見ていると、本当に飽きない。
皆さん意外と癒されています。

こんな宿坊の空間を、お一人から貸切にできる。

講座やお勤め、作法もご自由に。

これが、宿坊光澤寺がご提案する、新スタイルの宿坊です。
こんな宿坊は、全国でここだけだと思います。

と言いながらも、実は私が自分で楽しんでいるのですが。

ですから、毎日宿坊は変化し続けているのです。
これからは、露天風呂を作ろうと思案中です。

宿坊の宣伝はしていないので、今は知る人ぞ知る宿坊です。

でも多分、永遠にそんな感じだと思いますが。


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葬式仏教を考える・・・その2(寺院葬に取り組む)

本堂

日本の仏教においては、葬送儀礼を執り行うことが、重要な役割になって
いる。
やはり、死と言うことは、当人にとっても残された人々にとっても、大切な
人生のテーマであり、通過儀礼なのでしょう。

そんな中で、光澤寺では寺院で葬儀を執り行えるように準備を進めています。
もちろん以前から、お寺で葬儀をされているところは、たくさんあるでしょう。
ただ私のお寺では、葬儀は自宅で行うことが中心で、寺院での葬儀は滅多
にありませんでした。

ではなぜ、寺院葬を始めようと思ったのか。
それは、高齢者だけのご家庭が増えてきたこと、そして親族が県外に居住
されていることが多くなったことから。
死は、どんな方でも突然です、たとえ余命数か月と告げられていても、いつか
は分からない。
そうすると、亡くなられた後、ゆっくり進めることができない。
お寺への連絡、葬儀会社の決定、親族や関係者への案内等。
考える暇もなく、ゆっくりお別れをすることができない。
ましてや県外にいらっしゃると、移動だけでも大変です。
これが自宅だと、片付けから準備で休む暇もありません。
会館だって、ゆっくりできませんし、儀礼からは遠くなります。

葬儀は多いけど、自分が主体となって執り行う葬儀は、そんなに多くありま
せん。
つまり、いつだって経験のないことばかりなのです。
だから周りの言うことに左右される、そして葬儀会社によって左右される。
すべての葬儀会社が良心的と言うことはありません。

それをお寺で葬儀をすることで、面倒なこと分からないことを全部お引き受
けすることができます。

住宅にお住まいの方、生活保護を受けておられる方。
その様な方にも、ちゃんとした葬儀をご提供できます。

事前に、お寺と葬儀会社で確認をしておけば、料金も安心です。
不必要なものは一切排除します。
あとは、ご希望に応じたものを、葬儀会社に頼めば良いだけです。
内容は、事前にお寺側で全部チェックしておきます。

もちろん、寺院と葬儀会社でお金やリベートのやり取りは一切ありません。
お互いがお互いの役割を責任もって行うだけです。
信頼関係も必要でしょう。
だから、どこの葬儀会社でも良いということはありません。

ご遺族の方は、お寺でゆっくりとお見送りができます。

お寺へは、寺院使用料(お寺の護寺会の積立金へ)。
そしてお布施。
寺院使用料は、通夜等の宿泊なども含めても5万円前後。
そして、光澤寺のお布施は他寺院に比べると、とても驚かれるくらいです。
もちろん高い、ということではない方で。
ただお布施は安ければいいと言うものでは、もちろんありませんが。

皆さんも、ゆっくりと安心してお葬儀をしてみたくないですか。
それも、本来の教えに基づいて、しっかりと見送ることができます。
葬儀の意味を考え、どうするかを決めておきましょう。
そのとき、あわてなくて良い様に。
中には、知らないで高額な費用を支払っておられる方もいます。
それは葬儀会社にもですし、お寺にもです。

お寺(というよりも僧侶かな)も自分で選ぶ時代がやって来ます。

適当な僧侶の儀礼で高額なお布施では、葬送儀礼も意味がなく
なってしまいます。
葬儀会社経由で頼むことも、本来は良いことではありません。
教義も儀礼も適当な僧侶はたくさんいますから。
ちゃんと考えておくことが大切ですね。

葬送儀礼については、次回お話しします。


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経典はどう語り継がれて来たのか。

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いったい、経典はどの様に伝えられたのか。

釈尊の頃は紙もありません、そして言葉もバラバラです。
今でも、インドにはたくさんの言語や方言が存在しています。
もちろん当時は英語の様な共通語もありません。

ですから、当時はすべて口伝です。
大切な教えとして、人が伝えつないだのです。

それには、教えを聞き、記憶する人が必要でした。
その一番は、そう多聞第一と言われた、釈尊の従者であった阿難です。
阿難は、悟りに到達するのは遅かった、でも記憶力は誰にも負けない。
仏教教団の中で、釈尊の従者になるには最適であった。
そして、悟りには遅かったため、とにかく真面目に正確に、自分の考え
を挟むことなく、正確に釈尊の教えを聞き留めたのでしょう。

これが、仏典結集のときに大いに力を発揮する。
阿難がいなければ、仏典結集は成立しなかったかも知れないのだ。
なにせ、釈尊は弟子にひとりで伝道に向かわせる。
常に釈尊の傍で教えを聞ける弟子は、阿難以外誰もいないのだから。
弟子と言うより従者的な面が強かったので、それも都合が良かったで
しょう。

そして教えは経典となって、どの様に伝えられたのでしょうか。
先ず経典として登場してくるのは、阿含経典や法句経などがあります。
もちろん、それと日本にある阿含宗とは全く関係ありません。
また、部派仏教のなかで、それぞれの経典(経・論・律の三蔵)が編纂
されて行く様になる。

経典は、当時のインドの一方言であったパーリ語などで編纂されます。
石碑に刻まれたり、そして木片に書き、その木片を紐でつないだ経典
が作られる様になります。
それがスートラと呼ばれ、今の紙の経典もその形式で、折りたたみ式に
なっているものが多いですね。
口伝の頃と違って、記録に残せるようになったのです。
それらの経典が、アショーカ王の下、伝道布教によってスリランカや
現在のエジプトまでもたらされたのです。
そして、スリランカには当時のパーリ語の経典が残っていると言われてい
ます。

大乗仏教になると、バラモンの言葉であった、サンスクリットによって編纂
されるようになります。
ただ初期の頃にはまだ紙がありません。

逆に言えば、紙でできた経典は、経典がインドから中国に伝わることに
よって、経典に紙が積極的に使われる様になったのかも知れません。
その後、中国の経典が、インドに逆輸入されたりもしているのです。
紙は中国の蔡倫によって、紀元後1C~2C頃に発明されたとされます。

大乗経典も原始経典も、インドで仏教が完全に滅亡し、破却・焼却されて、
それも現代まで長期間忘れ去られていたのです。
ですから経典もなく、記憶もない状態が続いています。
ですから周辺の遺跡や、周辺国の経典や遺跡から推測することしかでき
ないのです。
あとはインドで奇跡的に残った、仏教遺跡からの推測です。
ですから、経典や仏教の歴史など、すべて推測でしかありません。

釈尊の教えに近いとされている原始仏教経典も、釈尊の直説との確証も
なく、大乗仏教経典もまたしかりです。

ただ、お互いに影響を与えながら、多くの国、多くの民族、多くの言語、多
くの僧侶、多くの人々によって、経典は語り継がれ、書き写されて現在に
至っているのです。

それは、釈尊への思いが強く込められたものです。
ですから、どの経典が仏説で、どれが非仏説だと言う議論は、現在では
あまり意味を持ちません。

それぞれの思いをしっかりと受けとめ、しっかりと受け継いで行くことが、
大切なことなのだと思います。


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仏典結集・・・初転法輪と仏教教団の分裂。

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釈尊が法を説きはじめる。

説話では、梵天勧請があった。
つまり、私が悟った真理はとても難しすぎて、教えを説いたとしても、誰も
その真理にたどり着けないだろうと考えた。
自ら悟った法は、自分だけでゆっくり浸ろうとされた。
そこで、梵天が釈尊に、三度にわたってその法を皆に伝えて欲しいと頼む
のです。
梵天とはブラフマーのことで、ヒンドゥーの主神のひとり、創造主とされる神
であり、仏教の守護神となったとされる。

それでやっと釈尊は、法を説くことを決意される。
そして、苦行を捨てたとき去って行った、釈尊に付き従っていた従者五人
にその法を説かれる。
修行を捨てたものがどんな教えを説くと言うのかと、訝しがっていた従者
たちが、その釈尊の教えを聞いたとたんに、その思いが変わる。
これが「初転法輪」、つまり真理の教え、法の輪がやっと転がり始めた。

そこに、悟りを開かれた釈尊である仏、釈尊の説かれた真理である法、
そしてその法を聞くサンガである僧、仏・法・僧の三宝が成立したのです。

そこから急速に仏教は展開する。
今まで、バラモンの価値観に縛られ、また苦しんでいた人々の解放を目指
して、一気に広まる。

ただ、教団の規模が拡大するにつれて、それを治めてゆく戒律が整備され
てゆくことになります。
釈尊が生きているときは、釈尊に聞けばすべて解決した。
たとえそれが厳しくとも、釈尊の教えは絶対であるでしょう。

ただ教団に入った若者たちは、すべてが悟りに到達する訳ではありません。
もちろん不満のある者たちもいます。

釈尊が入滅されたとき、みなが嘆き悲しんだ。
でも中には、やっとこれで、あのうるさい人から何も言われずにすむと、安堵
するものさえいたと言います。

それを耳にした、舎利弗を始めとする弟子の中心にいた方々が、早く釈尊
の教えを整備しなくてはならないと考えた。

そこで仏典結集がおこなわれることになる。
要は、その教えの正統性を確認する作業ということ。

仏典結集は、釈尊入滅後すぐに開かれた。
ここでの議論は、釈尊の正しい教えを確認することが主であった。

そしてその後にも、仏典結集は行われる。
大きいもので五回程度あったと言われています。
時代も釈尊がいらっしゃったときとは違っていた。
一番は、貨幣が登場したことなどにもよるもの。
釈尊がいらっしゃった頃にはなかったものが登場する。
そのことを、もはや釈尊に確認することはできない。

そこでは、戒や律が問われてくるようになる。
これは良い、これはダメ、といったことです。
もちろん、ここでは意見が食い違い、対立することとなる。
そして教団が根本分裂して、部派仏教の時代へと流れて行くことになる。

どの宗教も常に、開祖がいなくなってから、その解釈や戒律によって、分裂
してゆくという運命にある。
中には相続争いも含まれてきますが。
まして教団運営と言うものが必要となればなおさら。
日本の政治家と比べるのは、それ以外の方々に失礼であろうが、まあ多か
れ少なかれ、派閥ができあがるのです。

そして時代や社会環境が変化してくる。
教え、つまり法は真理であっても、それを聞くのは人間であるということだ。

そして、やがて大乗仏教運動が展開されて行くことになります。


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出遇い・・deai・・であい。

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仏教的に、もう少し狭義で、浄土真宗的に、真理の教えに巡りあうこと。

それを、「出遇う」といいます。

これは、会うべくして出合うというのではなく、たまたま巡りあえた、といった
感じでしょうか。
そこには、わたしの「はからい」はない。

私たちの「いのち」は、迷いの世界である六道輪廻をさまよう。
生まれ変わり、死に変わり。
でも、その迷いの「いのち」からは、なかなか抜け出すことができないのです。

でも、阿弥陀如来の本願に、たまたま、今の「いのち」で出遇うことができた。
それは、百千万劫という、とてつもなく長い時間を繰り返し生きたとしても、
出合うことができない。

私たちが、当たり前の様に聞いている、阿弥陀如来の願いは、それほどに
尊いものであるのです。

ですから、「たまたま行信を獲たならば、遠く宿縁を慶べ」という親鸞聖人の
お言葉があるように、私がいくら努力しても出合えない、み教えに、偶然の
様に出遇えたのは、そのいのちをずっとつないでくださっていた、多くの方
のいのちがあったからなのだ、ということ。

その縁に感謝をすること、それが私の慶びとなる。

昨日から、男性おひとりで宿坊に来られた方がいらっしゃった。
宿坊には、女性だけでなく、男性お一人の方もいらっしゃいます。

でも、今回の出会いは、私とその方だけのご縁ではなかった。
たくさんの方々の縁が重なって、今回宿坊で出会えました。

何ということか・・・。
その思いは尽きません。

悲しみの中にも、そんな出遇いがあった。
今回は、人と人の出会いですが、思いはやはり、出遇いだったと思います。
まさに仏縁でございました。
いのちがつないでくださった、出遇いです。

やはり、思いは感謝しかありませんでした。

本日の出会いに感謝いたします。
「いのち」って、決してなくなることはない、そう感じた。

合掌。


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女性の一人旅を応援します・・・宿坊光澤寺から。

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宿坊を始めてから5か月が経ちました。

手探りで始めて、試行錯誤の連続。
でも、宿坊をやってよかったと感じる出会いがたくさんありました。

特に、女性おひとりの方が多いのです。
宿坊って、お寺だから安心していただけるのかな。
もちろん、写経や瞑想、仏教の講義など、女性はいろいろと体験して行か
れることが多いです。
あとは、いろんなお話しを聞かせていただけます。

それは、逆に僕の方が教えてもらうくらいに、心に染み込む。
そんな出会いがある。

宿坊は、全国にたくさんあるけど、観光地でもなく、お宝もないお寺。
だけど、心にやすらぎと栄養補給をしていただけることを目指しています。
そして、ここなら何でも話して行けます。
食事や講座など、なんでも自由に、そして時間も自由に。
それがこの宿坊のスタイルです。

周りには、四季の自然と山里の暮らしがあります。
そして時間が静かに過ぎて行く。
夜は、星が満点。
街では、こんな空は見ることができません。

仏様もいるし、あとは僕と坊守がいるので寂しくはないですね。

これからも、女性の一人旅を応援して行きます。
もちろん、男性も、ご家族やグループの方も、歓迎しております。

どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

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猫も見守る・・・鳥取因幡組連絡協議会開催。

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午後二時からの連絡協議会に向かっていた。
鳥取市は、いきなりバケツをひっくり返したような雷雨。

会議中も雷が鳴り響いていた。

会場の淨宗寺さんに到着すると、先につかれていた方々が、三門を見ら
れていた。
三門に猫が横たわっている。
まるで、門から私たちを見守っているようです。
早速に、シャッターチャンスと、撮影しました。

エジプトのスフィンクスって感じにも見えますね。

今日の会議は、西本願寺が推進しようとする、重点プロジェクトについて。
それから、次回の第7期連研の運営方法について。

組内の全寺院と、各教化団体の認識を合わせる目的があります。
それと、皆さんからの意見や要望を取り入れて行くということ。

特に重点プロジェクトは、その進め方や内容に批判が多いもの。
西本願寺の企画運営力のなさを象徴していますが、それでも寺院やご門徒
には、それを超えて成功させようという思いがあります。
やはり、本願寺派は、ご門徒に支えられて成り立っているのが分かる。

会議でも、問題があるにしても、自らの問題として取り組もうという姿勢が
あった。
その思いに、私もやはり何とかしなくては、と心を新たにしました。

連研も、その運営方法が問われてきました。
社会情勢もあります、重点プロジェクトの連携もある。
テーマや運営方法を、しっかりと検討し、次回の連研へとつないで行きたい
と・・・。
今日は、皆さんの白熱した意見や要望がたくさん出た。
予定時間を1時間以上オーバーしました。

まだまだ鳥取因幡組は発展するだろうと、予感させられた会議でした。

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『歎異抄』に聞く・・・第八条、念仏は自らのはからいにあらず。

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『歎異抄』第八条はみじかい。

「念仏は行者のために非行・非善なり。」
つきつめると、このことだけが説かれている。

「念仏は、それを称える者にとって、行でもない、善でもない。」
シンプルで、念仏を称えるという行為の意味を簡潔に言いあらわしている。
もちろん、全方面からではなく、行者の側の意味においてであります。

通常は、功徳を衆生の側から回向すると言う感覚がある。
もしくは、善行を自らの功徳として、往生の助けとするとか・・・。
供養ということも、私が先祖を供養するという意味合いになるのでしょうか。
でも、第八条は、一切その様なことを否定するのです。

あまりにも、簡単に言い切るところに、この第八条の意味はあるのでしょう。
中途半端な教えや、私がそれでもと思う心の思いを断ち切るのだ。

念仏は自らのはからいにあらず。

ただ、阿弥陀仏の本願のはたらきのみ。
自力を離れるからこそ、行者にとっては、行でもなく善でもない。

親鸞聖人の著作に、『教行信証』というご書物がある。
ここには行という文字がつかわれている。

では、この行は何か、これは衆生の側の行を言っているのではありません。
これは阿弥陀如来が成就された行なのである。

だからこそ他力であり、他力であるからこそ絶対なのです。
なぜかというと、私という人間に絶対などあり得ない。
私の功徳が役に立つほど、私にはその様な力などない。
その思いも、いつも一緒ではない。
もし私の功徳なり行であったならば、これほどいい加減なものはないのです。
それだと本当に救われるかどうかなんて、不安でしょうがないのです。
そして念仏にもきりがなくなる。
1回なのか百回なのか、百万遍なのか。
ここが自力の限界です。

この第八条は、きっぱり言い切られているだけに、もはや反論の余地を
残さない。

あとは、信じるも信じないも、あなた次第なのですね。

覚悟のない死は、あまりに寂しく悲しい。

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あるご講師の先生が仰られていた言葉。

「覚悟のない死は寂しく悲しい」と。

覚悟のない死とは、残された者の感情である。
身近な方の、予期していない死に出遭われたときの思い。

仏教では、生老病死の四苦を説く。
この意味には、絶対的な真理とともに、生あるものは必ず死に帰すという、
この世のいのちとして、避けられないものを伝える。

そこには、やはり覚悟と言うことが込められているように感じます。
覚悟をし、その結果今をどう生きるのかを、問うているのでしょう。

これは決して、残された者の感情だけではなく、死に直面したときの感情
でもあると思う。
覚悟がなければ、受け入れることが難しい。
受け入れることができなければ、それは苦となる。

絶対的な真理から、人は目を背ける。
だけど、必ずそれは迫ってくる。

あるとき、覚悟をする。
すると、残された自分のいのちを、生き切るという思いにつながる。

先の言葉は、奥さんのお兄さんが年の瀬に、あるアパートで孤独死を
されたことへの、思いでありました。
死後時間が経過し、遺体が片づけられたあとの整理のとき。
その臭いと遺体の陰が残ったままの部屋であった。
予期せぬことへの、深い悲しみがそこにあったと・・・。

医療の現場に立つ人が、こう言われたことがある。
「私が死ぬときは、ガンで死にたい。」
もちろん、いろんな環境を考えての上での発言であったと思います。
ただ、ガンは、私にも家族にも、覚悟をするという時間をくれる。

そんなことであったと思います。


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ニューヨークの親鸞聖人・・・続編・悲しみは海を渡る。

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ブログを読まれた方から、メッセージをいただいた。

私が以前書いた、NYの親鸞聖人に対してのお言葉でした。
お寺に入る前、NYに一人旅をした。
その目的の一つが、NY本願寺に行くこと。
当時のご住職にお問合せすると、おいで下さいとのことでした。

NYに着き、アパートに荷物を下ろすと、すぐにNY本願寺に向かった。
アッパーウェストの、コロンビア大学から近い場所、ハドソン川沿いの公園
のすぐそばに静かに本願寺はあった。

そこには、親鸞聖人の像が川の方を見つめながら立っておられたのです。

この像は、広島で被爆した像であるとお伺いした。
そのことを書いたブログへのメッセージでした。

 この親鸞聖人の像は、被爆後、広島の平和公園にあった。
 その後、信教の自由や政教分離の声が強くなり、平和公園から移転せざ
 るを得なくなった。
 そこで、この親鸞聖人像を、NYの本願寺に平和への願いを込めて移すこ
 とのなったそうです。
 船でサンフランシスコまで渡ったのでしょう。
 そこからは、ふたりの日系二世の方が、サンフランシスコからニューヨーク
 まで、単発飛行機で移送されたそうです。
 それは、命がけの飛行だったとのこと。
 
そこに、どれだけの思いがあったかを考えると、深く思いが脳裏を横切る。
まして、原爆はアメリカ人にとっては正義であり、戦争を終結させたものとの
感覚がある。

そこにこの、親鸞聖人の像が海を渡って、ニューヨークに移ったのです。
そして、今もニューヨークの静かな住宅街に、立っておられる。
そこには、じっと耐え忍び、そして人々の心の安心を求められた、親鸞聖人
がいらっしゃる。

その思いが、胸をこみあげてくるのです。

ふたりの日系二世の方々のことは、ほとんど語り継がれることはないそうで
す。
でも、そんな陰になって、み教えを伝えてこられた方々の意志がある。
そんな思いで、浄土真宗、そして親鸞聖人の思いが、今に篤く伝えられてい
るのだと強く感じたのです。

合掌

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(右が私です、左のお二人は当時の住職夫妻)
大変お世話になりました、いつかまた機会を作って、光澤寺においでいただ
きたいと思っています。

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鳥取因幡組の連絡協議会・・・無限の可能性を求めて。

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9月5日に、鳥取市内の淨宗寺さんで、鳥取因幡組の連絡協議会が開催
されます。

通常は、年度初めに、組会の事前報告と確認のために実施されますが、
鳥取因幡組の各寺院や教化団体に、報告や確認事項があるときは、適宜
開催されます。

今回は、西本願寺から下ろされてきた、「重点プロジェクト」の推進について
と、来年1月から始まる、第7期連研についてがメインテーマです。
特に「重点プロジェクト」については、新しい試みであること、他の推進活動と
重なる部分が多いこと、それをどの様に推進して行くかがポイントとなります。
下りてきた内容が中途半端であるため、各地域の担当者は取りまとめが、
ちょっと大変かも知れませんね。
寺院毎に事情も違えば、考え方も違う。それを組単位で取り組むので、温度
差がなるべく出ない様にすることが大切でしょうか。

ただ私は鳥取因幡組の役員をしているので、他人事ではありません。
また、連研の推進も担当している為、こちらのテーマも重要です。
現在の運営方法を見直すことも必要かと考えますが、そのまま踏襲した方が
やりやすい面もあったりで、少し検討しなくてはなりませんね。
どちらも時間が少ないため、早急にまとめなければならない。

社会の変化や、時代の変化にどう対応して行くかが、問われているのでしょう。
でも、本当の問題は、各寺院の中にある。
各寺院や僧侶がどう考えているかが、あくまでも重要です。

本山も他寺院も、それに対してサポートする体制は本願寺派にはない。
あくまでも各寺院の問題なのです。

厳しい時代にこそ変わって行くチャンスがあり、そしてその道はある。
寺院には、いつの時代にも無限の可能性がある。
それを生かすも生かさないも、僧侶次第であるのでしょう。


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置かれた場所で咲きなさい・・・講演会を聞いて。

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今日は、先日お寺にお参りになられた方から、お教えいただいた講演会に
行って見ました。

ご法事があったので、到着は1時30分ギリギリでした。
講演は、渡辺和子さんでした。
著作の「置かれた場所で咲きなさい」は、50万部を超えるベストセラーだ
そうです。
恥ずかしながら、今までまったく知りませんでした。
お教えいただかなければ、講演会に行くこともなかったでしょう。

渡辺さんは、シスターで、ノートルダム清心学園の理事長をなさっています。
マザー=テレサが日本に初来日されたとき、通訳をされたそうです。
キリスト教関係の方の講演は、非常に参考になります。
仏教関係者の話しは、どうしても専門用語を使う方が多いのが特徴。
キリスト教関係の方は、分かりやすく話しをされる方が多い。
その点で参考になります。
お話しになられている内容は、ほとんど仏教的に話しても変わりません。
教義的な部分でなければ、キリスト者であっても仏教者であっても、どちら
でも通じるお話しになります。
特に、浄土真宗の法話との共通点は多いですね。

ただ、キリスト者に通じるのは、厳しさがその背景にある様に感じます。
そこは浄土真宗との本質的な違いかなと思う。
神と阿弥陀如来の違い、そして絶対的存在と縁起という概念の差かも知れ
ません。
キリスト者といっても、カソリック系の神父やシスターに共通するのかな。
プロテスタントだと、少し違ってくるのでしょうね。

「置かれた場所で咲きなさい」という言葉。
これは、マザー=テレサに由来しているのだそうです。
あるとき、日本で講演をされた。
そのときに、学生の方々が、その活動に共感され、是非カルカッタに行って、
お手伝いをしたいとの申し出があったそうです。
そのとき、マザー=テレサは微笑みながら、その申し出に感謝をされた上で、
カルカッタに行かなくても、貴方たちの周りにもたくさん救いを求めておられ
る人々がいらっしゃいます。
カルカッタまで行かなくても、貴方たちの周りにカルカッタはあります。
そこで是非、行動してください。
と言う様なことだったと思います。

やはり、実践に基づかれている方の言葉は重いですね。
説得力があります。

日本の仏教者に欠けているもの、それは実践でしょうか。
教義は優れている、言うことも立派である。
でも、実践を伴わなければ、そこには虚しさが残る。

そんな感じがしました。

そんなところが、お話しの内容になってくるのでしょうか。
実践者の言葉は常に分かりやすい言葉で語りかけてくる。
実践無きものは、教義に頼るしかないのでしょう。
だから専門用語を使いたがる、というか専門用語を翻訳できないのである。

今日の講演会を聞きながら、一番感じたことはそこでした。
私自身も、もっともっと恥じ入るところです。


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『阿弥陀経』講義(下)・・・大乗は仏教であると宣言した経。

DSC_0011

『阿弥陀経』講義とタイトルはそれらしいですが、ここでは内容を細かくお話し
するのではなく、その背景にあるものを、お伝えしています。

なぜ舎利弗に対して、釈尊は語りかけるのか。
それも問われていないのに。
ちなみに『無量寿経』では、阿難が釈尊に問いかけることから始まっている。

これは、無問自説の経である。
これからも、『阿弥陀経』の重要性が示されているのだ。
釈尊が、このことは伝えておかなくてはならないとお考えになったということ。

そして、舎利弗に語る。
釈尊の弟子の中でも別格、つまり教団のNO.2に話しておかなくてはなら
ない教えです。
智慧第一と呼ばれたお弟子さんです。

では、何を伝えたかったのか。
『阿弥陀経』で説かれた重要なことは、「称名」、つまり名号を執持すること。
執持名号なのだ。

それは、「舎利弗 不可少善根 福徳因縁 得生彼国」ではない、称名こそ
が大切なのだと伝える。

そして、この経は、六方(あらゆるということ、玄奘訳では十方となっている)
の諸仏が、護念するのです。
そして釈尊に伝える、「よくぞこの経を説かれた・・」と。

それほどの大切な経であるということを、第一の弟子である舎利弗に伝え
る。
そして、在家者のために、これからもこの経を伝えて行かなくてはならないと。

大乗仏教のきっかけは、インド仏教は豊富な資金を背景に、僧院に籠って
修行し、高踏的な態度となっていたことにもある。
釈尊の入滅後、出家者である僧侶に頼れなくなっていた在家者に、必要な
教えだったのです。
それが阿弥陀如来の姿につながってゆくのです。

現在の日本でも、寺にこもり、プライドだけ高い、そんな仏教になっていな
いか、よく考えねば。

『阿弥陀経』は、出家者ではなく在家者のために説かれた経典であると言う
事に注目する。
そして、その在家者のために説かれた経を、釈尊が直接、仏教教団の弟子
の代表に説き聞かせる。
ましてや、この経は、あらゆる諸仏が護念する教えであると言う。

ここに、在家者仏教運動として展開した大乗が、仏教に間違いないと言うこ
とを宣言する経典であると言うことなのです。
在家者にとって、難信の教えを、信じることが難しい経を、よくぞ説いたと、
諸仏はほめたたえる。

インドで発展した在家者仏教運動的な大乗仏教である。
それが、中国や日本に伝わる過程で、またもや出家者による教えとなる。
出家者が説く経となって行ったのです。

でも、大乗は、在家者も出家者も一体となった教えであったはず。

中国、日本では少し違った方向に進みました。
『無量寿経』や『観無量寿経』もその様な方向に進む。
在家者に浄土の教えを説いた経が、僧侶によって解釈されてきたのだ。

それを、また、親鸞聖人が在家者へと戻して行かれたのです。
その教えが浄土真宗なのです。

そう考えると、親鸞聖人の解釈が理解しやすくなるのです。
僧侶によって、また、中国や日本の僧侶や為政者によって、方向を変えた
経典を、在家者へ取り戻す展開が、浄土真宗の教えへとつながっていった
のです。

そう考えると、浄土真宗にとって、この『阿弥陀経』の意味する重要性が
より伝わりやすいののではないでしょうか。

言葉は足りませんが、簡単に『阿弥陀経』の背景を考えてみました。
研修で聞いたことの通りではないでしょう、私見も入っていると思います。
ですから、タイトルの講義というレベルにはなっておりませんが、お許し下
さい。

あくまでも、その様に受け止める考え方もあると言うことです。


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『阿弥陀経』講義(中)・・・経典に込められた意図。

DSC_0024 (2)

『阿弥陀経』は浄土の姿を説いた経典であると言われる。

浄土の経典を学ぼうとされた方が、先ず『阿弥陀経』から入られて、あまり
内容がなく、浄土の光景と仏の名ばかりでてきて、がっかりした。
そんな話しを聞いたことがあります。

では、『阿弥陀経』は何を説かんとした経典なのか。

浄土の姿を説くことに主眼があるのなら、これだけ簡単に終わる訳はない、
ということである。
浄土の姿を説くには、とてもこれだけでは語り尽くせないし、もっと詳しく説
いたであろう。

そして、この経典の特徴は、釈尊の無問自説の説法であるということです。
経典は、誰かの問いに対して説かれていることが多い。
それに対して、『阿弥陀経』は、誰かの問いに対してでなく、釈尊が祇園精舎
において、千二百五十の比丘、並びにもろもろの菩薩、そしてもろもろの大
菩薩、そして無量の諸天、大衆の並ぶところで説きはじめる。
つまり、この経典が無問自説の経であるところに意味があるのです。
それは、この教えが釈尊の真意であるということを顕しているということ。

それが、釈尊の弟子の筆頭である、舎利弗に向けて説かれているところに
注目するのだ。
決して、『無量寿経』の阿難ではないし、善男子・善女人である衆生でもない。
つまり、この教えは舎利弗に説かれいるところにも、その意味がある。
たまたま、舎利弗を選んだ訳ではないと言うこと。

これは、対告衆(たいごうしゅう)と言われ、釈尊が誰に説いたかということ。
これも、それぞれの経典によって違い、そこにも大きな意味が込められて
いる。
因みに、『無量寿経』は阿難、『観無量寿経』は韋提希と阿難である。

そして、それは六方の諸仏につながってゆく。

「一切諸仏・所護念経」なのです。
六方の諸仏、つまり一切の諸仏が護念する経ということが、この経典の
根本にあります。

そんなところに、この経典が説かれた意味を見出して行く。

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