宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2012年10月

いのちを考える・・・仏教的生命倫理1.序。

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現在、西本願寺ではビハーラ活動が活発に行われています。

これは、現代社会に応えられる寺院や僧侶、そして浄土真宗そのもの
を問うて行く活動です。
実際に、西本願寺は、特別養護老人施設「ビハーラ本願寺」を開設。
また、「あそーかクリニック」も併設し、実践面でも取り組んでいます。

現在は、いのちの問題がいろんなテーマで論議される。
医療・ターミナルケア・延命治療・緩和ケア・脳死・臓器移植など、たく
さんの問題がある。
そして、介護のことも重要なテーマです。

これからの僧侶や寺院は、そのことに取り組んで行かなくてはならない。
直接的ではなくても、その背景や自分自身のスタンスをしっかりと持っ
ていなければ、いのちの問題について話すことはできない。

現代社会の中で、その様な要求は高まり、宗教的そして浄土真宗的な
精神や背景を理解しておくことが求められる。

社会的に、現在は僧侶はこれらの議論から取り残されている。
誰もコメントしない、マスコミも僧侶にコメントを求めない。

でも仏教は、そのテーマに最初から取り組んできたはずではなかったか。
でも日本では宗派によっても、そのスタンスは違う。

これからは、仏教的に、そして浄土真宗的に、それらの問題を考えて
行きたいと思います。


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宿坊に作務衣は似合う。


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宿坊には作務衣を用意しています。

浄土真宗のお寺では、本来修行らしきものはしない。
なので僧侶も基本的には作務衣を着ない。
掃除や調理は、日常生活の延長であって、決して修行とは考えない。
ですから作務衣を着ることはないのです。

浄土真宗の僧侶の普段着は、布袍(ふほう)と和袈裟になります。
このスタイルは、外出着でもあります。
宗派の会議や研修も基本はこのスタイル。
平服の上に着ることもあれば、白衣の上に着ることもありますが、法要
の場に出かけるときは、白衣の上になります。

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(これが布袍、お参りに出かけるときのスタイルです。夏用)

でも普段は決して活動的ではありません。
なので、最近はお寺に居るときは作務衣を着る、浄土真宗の僧侶が増え
ています。
来客があったとき、普段着だとなんかお坊さんらしくないというのもあるか
とも思います。
作務衣を着ていると、何となくお坊さんっぽく見えますし、ふいな来客にも
失礼のない様に見えるのでしょう。
最近の作務衣は、作業着っぽくないものも多いですし。

宿坊には、作務衣を置いている。
みなさん、客室に入られて一段落すると、作務衣に着替えておられる。
その方がくつろげる、そして何より宿坊に来たって感覚になる。
そしてこれから、いろんな体験をするって気持ちになるのかも知れません。
皆さん普通に着ておられます、そして似合っておられます。

宿坊に来られたら、作務衣を着てみましょう。
旅館とか他の宿坊だと、写真を見る限りでは、あまり作務衣を着ておられ
る姿はないですね。

宿坊光澤寺では、作務衣を着ていろんな講座を受講することができます。
一度お試しください。


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法縁と血縁と・・相続について考える。

仏教は釈尊以来、基本的に相続は法縁です。

理由は簡単、出家者は結婚しないから。

釈尊は結婚し、子どももいた。
ただ、それは出家前のことで、子どもが仏教教団のリーダーだった訳
ではない。
奥さんも、子ども、仏教教団には入っていますが・・・。

日本の伝統仏教教団と言われる宗派の中では、唯一例外がある。
それは浄土真宗です。
それ以外は、継続して血縁相続をして来たと言う宗派はない。

親鸞聖人は妻帯をしました、それも公然と。
そのあたりが、兄弟子がたくさんいたのに、法然上人とともに流罪に
遭っている原因なのか。
教えなのか、その行動にあったのか、詳しい資料はない。
それくらい、親鸞聖人は法然門下で中心だった訳ではないのです。

何らかの理由で、保守仏教側からしたら、親鸞聖人は許しがたい存在
だったのでしょう。

そして子どもも産まれる。
親鸞聖人は、弟子ひとりも持たず候う、と言われているが、当初は
本願寺ではなく、弟子たちの寺院が栄えるのです。
これは、面授の弟子が法義を相続しているで、当然かも知れません。

でも、徐々に本願寺は体制を整え、八代目蓮如上人のときに爆発的
な飛躍をすることになります。
浄土真宗だけでなく、仏教教団として日本最大の教団へと成長して
行くのです。
これも、血縁相続による、ひとつのエポックなのかも知れない。

そして、本願寺の血縁による相続は現在まで連綿と続いている。

浄土真宗の最大宗派である、本願寺派(西本願寺)と大谷派(東本願
寺)の分裂にしても、法義で別れた訳ではない。
相続と政治的策略での出来事である。
ある意味、親による子どもの相続調整の失敗からです。
これもある意味、血縁相続による副産物かも知れない。

そこに徳川幕府がつけ込んだ、目の上のこぶ的存在であった本願寺
教団を二つに分裂させる名目が立つのですから。
これ以上都合の良いことはない。

結果として、新派である東本願寺の建立を手助けし、江戸幕府への防
衛線としての役割も果たさせている。
西本願寺の中心は、反徳川勢力なのですから。

相続は、法縁か血縁か、いろいろ論議の分かれる所かも知れません、
どちらにも一長一短があるでしょう。
でも、明治政府によって僧侶の妻帯が許されて以降、他宗派寺院も
血縁相続が一気に加速した。

時代的背景からも、お寺を守って行くには血縁相続が必要でしょう。
子どものときから、檀家さんに近い存在として、思いがある。
だから、たとえ経済的に苦しくても、檀家数が少なくても、早いうちから
お寺を守って行くと言う心構えができるのでしょう。
そうでなければ、もっと早くお寺は減少していただろうと想像できます。

でも、それも今の時代は厳しい時代になってきました。
急速な過疎化と少子高齢化、地方の疲弊、都会でのお寺離れ。
日本の戦後から続いていた社会構造が変わっている。

世代間の考え方も大きく変わってきた。
まさに、これから大きな価値観の変換が起こるでしょう。
そこに飛び出してくるものは、一体どんなことなのでしょうか。
そこには多少の興味はあります。

これからは、血縁相続も難しい時代になって行くのかも知れません。
まして、現代は一夫一婦制、これは誰しも同じこと。
血縁相続にも、難しい時代になってるのは間違いないでしょう。


誰がこの悲しみを癒すのだろう・・・。

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その悲しみを癒すのは、その悲しみを知る者にしか癒せない。

そんな言葉が経典にある。

いつも、どんなときも、あなたのそばにいる。
その存在を受けとめるのだ。

阿弥陀にはそんな意味があるのです。

その存在に気づくことができれば・・・。

あなたの心は安らぐだろう。

いつも、どこにいても、私を見守る。

その存在に出遇えなければ、迷うばかりのいのちだったろう。

いつも重荷を背負って生きてきた。

もうその重荷を下ろしてもいいのでしょう。

でも、今は遠い存在だったなら、中々素直になれないこともある。

そんなとき、誰かがそばにいて欲しい、そう願う。

道に迷ったとき、そばに誰かがいてくれるだけで、すくわれることも。

教えを伝えてくれる存在が必要だ。

支えてくれる存在が、人には必要だ。

いつでもそこにいることが大切なのです。

お寺は、本来そう言う場所だったんじゃないかな。

お寺って、そんな存在であったらいい。

安心できる場所でなければ、さらに遠くへ行ってしまいそう。

だから、いつもそこにある。
いつもそこにいる。

訪れたいと思ったとき、いつでもそこに。


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念珠(数珠)が切れた・・・さて縁起は。

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念珠(数珠)が切れた、さて縁起は?

先日、宿坊光澤寺でNHKロケが行われたときのこと。
アナウンサーの方とお話ししている最中に念珠が突然切れた。

カメラが回っていただろうか、部屋中に珠が散らばった。
一瞬、皆がハッとなったような気がした。

ロケ中に何と・・・。

「縁起が悪い!」と、言葉が誰かから。

誰もがそう思ってしまうでしょう、なぜこんなときに。

でも、私はすぐにこう言いました。
「念珠って、すぐ切れちゃうんですよ、特に僧侶が持っている念珠は、
珠が大きいので、紐がすぐ擦り切れちゃうんですよ。」
「この念珠は2~3ヶ月で切れています、幸いお寺なので念珠はたく
さんあります、すぐに替えてきますね。」

そうすると、皆さん「えーっ、そうなんですかあ」と笑顔になった。

世の中の縁起が悪いって、そんなものが多い。
仏事に関することや、自分たちがよく知らないものに対して、何かある
とすぐ「縁起が悪い」と思ってしまうのです。

でも、ちゃんと説明すれば、そんなことすぐに忘れてしまいます。

そもそも、縁起とはお釈迦様の悟りの内容のこと。
縁起に良し悪しはない。
それを商売に使うお寺や方々がいるので、縁起に良し悪しがつく。

縁起とは、それは大きく分けて「無自性」と「空」に展開されます。
「空」とは、常に移り変わるということ、永遠に同じというものはない、と
言った意味です。
つまり、念珠の紐が切れるのは、まさにこの「空」、「縁起」そのもの。
だからなんてことはないのです。

さらにこう付け加えた、「念珠の紐はすぐに直せます、皆さんも切れた
らお直ししますよ」、と。

そう、きれたら直せばいいのです。
仏さんのことで気を使われるなら、お寺さんに、私のお寺でもそう。

世の中は、縁起のままに、移り変わるのが常。
つまり無常なのでした。

人々の不安につけ込んで、御商売につなげるのは、仏教ではありま
せんよ。
不安を取り除くのが仏教です。

ちなみに、浄土真宗では数珠(じゅず)とは言わず、念珠(ねんじゅ)と
言います。
お経を唱えるときに、数を数えることには使いませんから。


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お経を唱えよう・・・。

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お経を唱える。

お念仏を称える。

同じとなえるでも、漢字が違ってくる。

そうなると、心持ちもちがってくるのでしょう。

お経を唱える、そこには自らの意志がある。
そして合唱のように、大きく唱えることも。

お念仏を称える、そこには自らの意志を超えたものがある。
つきうごかされる思い。
その思いを受けとめるように称える。
そしてそこには、仏を称える思いがある。

お経を唱えるとき、呼吸を整える。
お経は、呼吸が大切。
呼吸が乱れると声が続かない。
声も上手く出ない。

お経を唱えるのは、健康にもいいと思う。
お腹から唱えると、スッキリするのだ。
心のモヤモヤも取り払われる。
たとえそれが一瞬であっても、心には大切なこと。

この世では不協和音に聞こえる音でも、浄土ではそれが調和して
美しく響く。
バラバラに咲いているように見える蓮の華も、調和して美しく咲く。
お互いに敬い、お互いに尊重し合う。

お経が目指すところも、自然との調和です。
高音も低音も、調和を目指す。

重なり合うと美しく響くのです。

お経を唱えてみましょう。

そこにある言葉は、お釈迦様の言葉。
真実の教え、真言なのですから。

心と身体と、自然との調和。


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NHK鳥取放送局のTVロケ隊が、宿坊光澤寺へ・・・。

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(田村アナウンサーとディレクター担当の坂田さん、おふたりとも若い。)

宿坊光澤寺にNHK鳥取放送局のロケが入りました。

今日は、朝9時より夕方5時過ぎまで、TVのロケでした。
放送は11月1日夕方6時10分からの「いちおしニュースとっとり」です。
その中の、「因伯なび」という情報コーナー。
思ったより早い放送でしたので、ちょっとビックリしています。

もちろん宿坊にTVロケが入るのは、初めてでしたので、慣れないこと
ばかりでした。

紹介していただくのは、NHK鳥取放送局の若手アナウンサー。
田村直之さんです、東京のご出身でこれから楽しみな方です。
いずれは、東京でメイン番組を担当されるかな、期待しています。
今日は見ていて、その可能性十分と言った感じがしました。
何といっても華がありますね。

ロケは、田村さんがお寺を訪ねられるところから。
お寺や宿坊の紹介、瞑想や写経体験、そして作法とお勤め。
最後は、イタリアン精進料理をご賞味いただきました。
料理は撮影用には3パターン用意するのだそうですが、慣れないので、
一食分だけ用意をしていました、どうだったのでしょうか。
撮影が時間がかかったので、ちょっと冷めていたりとか・・・。

でも宿坊に取材に来ていただくのは、ありがたいことです。
NHKさんですと、宿坊の信頼も上がります。
私たちも紹介していただく以上は、しっかりとお客様を迎えなくては
いけませんね。
と言っても、ゆっくり安らげるようにということですが、さらに安らぎの
空間となる様に。

今日のNHKのスタッフの方々、まる一日撮影ご苦労様でした。
また、いつでも宿坊にくつろぎにおいでください。
TVスタッフの方々のご苦労も十分に感じることができました。

今度は、鳥取の家庭料理でおもてなししますよ。
撮影後は、スタッフの皆さんと記念撮影。
気さくに、そして撮影も紹介もご了承いただきました。

もうあたりは暗くなっています。

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(終了後スタッフの皆さんと。)

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鳥取因幡組、連研検討会議を開く。

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                                    (養源寺)
今日は鳥取因幡組の第7期の連研(連続研修会)の打合せでした。

会場は鳥取市内の中心部にある養源寺さんでした。
こちらのお寺は、鳥取因幡組の中心に位置していて、駐車場も整備
されているので、会議の開催がどうしても多くなってしまいます。
申し訳ないと思いながらも、つい甘えさせていただいております。

このお寺には、「第七官界の彷徨」で有名な作家の尾崎翠のお墓が
あります。

本願寺派では、ご門徒さん向けの研修会を連研として実施している。
鳥取因幡組では12回を連続で毎月1回行うのです。

テーマは仏教、浄土真宗、経典、おつとめから始まって、現代的な
テーマも取り入れて行きます。
ある意味、浄土真宗本願寺派を支えている重要な活動です。

今日は、その実施要領とテーマの選定を行いました。
僧侶だけでなく、門徒さんの代表の方々も参加し、熱い論議を繰り広
げ、皆さんが活発な意見を発言されたので、とても有意義な会議でし
た。

やはり、少しでも多くの方々が意見を共有することが大切であると言う
ことを、あらためて感じる機会となった。
もちろん意見が出やすい環境を作って行くのも大事ですね。
そして反対意見に対して、真っ向から否定しないことも・・・。

今日の会議は、その両方とも良い感じでした。
特に僧侶だけの会議ではなかったので、余計にその部分が良かった。
会議では全員が意見を出していたので、気持ちよく終われたのでは
ないかと思っています。

最終案がまとまれば、あとは参加者の募集です。
実はここが一番難しいのですが・・・。
第7期になってくると、募集も一苦労になってくると思います。
少しでも多くの方々の参加があればいいですね。

尚、今回加えたテーマは以下の通り。

「いのちについて考える・・生命倫理」
「葬儀や法事は何のためにするのか」
「み教えとともに生きる、差別について」

以上が今回の新たなテーマとなりました。



『歎異抄』第十条・・・「念仏は義なきを義とす」。

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「念仏は義なきを義とす」

歎異抄の第十条はこう始まっています。
第九条までは、弟子である唯円が聖人のおそばで見聞きしたことを
書き記されている。

聖人がいらっしゃったときには、信をひとつにし、思いを浄土によせて
いらした人々。
イザとなれば、親鸞聖人にお伺いすることができた。

「そもそもかの御在生のむかし、おなじくこころざしをして、
あゆみ遼遠の洛陽にはげまし、信をひとつにして心を当来の報土に
かけしともがらは、同時に御意趣をうけたまわりしかども・・云々」
という一節からも読み取れる。

ただ近来は念仏を申される人々が多くなりましたが、その中には聖人
のみ教えではない、異議を唱えておられる人がいらっしゃると聞く。
それらの異議を一つ一つ、これから詳しく述べて参りましょう。

『歎異抄』は第一条から第九条までは、親鸞聖人のお姿やみ教えを、
その近くで見聞きされた唯円房が、できるだけ忠実に記している。
つまり、私がうかがった親鸞聖人はこうでしたよ、と伝えているのです。

そして第十条からが、『歎異抄』の本題に入るのです。
つまり『歎異抄』とは、親鸞聖人のみ教えとは違うこと、つまり異議を
歎き、正しいみ教えを伝えようとする唯円の心の書なのです。

やはり親鸞聖人のお近くに長年付き添われていた唯円だからこそ
記すことができた、もしくは記さざるを得なかった書であるでしょう。

そして第九条までのお話しと、これからは私が親鸞聖人から伺った
み教えと、世間でとなえられる異議とを、一つ一つ正して行こうとさ
れるのです。
それが第十条なのでしょう。

「念仏は無疑をもって義とす。不可称不可説不可思議のゆゑにと
仰せ候ひき。」

念仏は疑なきを義とす、それは阿弥陀如来のはからいは、不可称
不可説不可思議であるのだから・・・。」

他力の念仏は、自らのはからいなきことをその教えとする。
なぜなら念仏とは、私たちのはからいを超えたものであり、たとえる
ことも、説くことも、思い尽くすこともできないから・・・。

そう親鸞聖人は仰られている。

人は、目に見えるもの、実体がある様に思っているもの、自分が想像
できるもの、それにしがみついているのでしょう。
でも、阿弥陀如来の絶対他力の念仏は、そのような自力の思いをはる
かに超えたものであるということ。
私たちの考え得ることでは、そのいのちを見守ってゆくことはできない
でしょう。
自力には限界がある、だから私たちが頼りにするのは、他力の教え
なんだということでしょう。
だから宗教があり、仏教があり、浄土真宗がある。

私たちには、そのいのちを見守り導く存在が必要であり、その存在を
知ることで、すくわれていくいのちがあるのです。


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お寺プロデュース・・1.序説。

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                                     ( 和室談話室のコタツから入った風景)
お寺をプロデュースする。
これって意外と面白い、事業としてやる訳ではないので、余計に面白い。
そう思っているので、お寺プロデュースについて少しずつ話しをしよう。

今日は、そんなお話しの一端を。

お寺をプロデュースする。
言うはやすし、でも実行することは難しい。

でも、これからの時代、お寺もプロデュースして行く必要がある。
この10年で、ネットを中心として社会が大きく変わった。
その中で、価値観も大きく変わりつつある。

最近、70代~80代の男性と女性とお話ししていて、お寺のことにいろ
いろアドバイスをいただいたことがありました。
と言うか、お寺にもっと期待しておられる。
でも、今のお寺では何か物足りない。

特に最近、年配の方でもいろんなことを感じておられます。
お寺離れは、決して若者だけじゃありません。
ただ、もう自分は仕方ないかなと思っておられるのかも知れません。
ある意味、あきらめの境地。

仏教的には、悟りの境地のことだが、現実世界では期待しても仕方
ないと言うことでしょう。

お年寄りだって、いろいろ求めておられることはある。
満足されていないこともたくさん。
これはお寺に対してです。

最近アドバイスをいただいた方々は、私のお寺の門徒さんではない
方々ばかりです。
やはり、自分のお寺の住職には、言いたくても言われないのですよ。
そこには、言っても無駄だから・・・。

自分のお寺は大丈夫って思っておられるところにも、多分たくさん
そんなことがあるのだろうと思います。

死生観も含めて、人には価値観が様々なので、お寺もそのニーズに
合わせることは難しい。
逆にニーズに合わせる必要はないのかも知れません。

でも、皆さん何か言っておられることの根本は一緒かなって思う。
言われる方々は、そのことを自分なりに感じておられる。

意外と、若い方よりもご年配の方の本音の方が、かなり現実的かつ
具体的です。
多分、自分のお寺のご門徒さんや檀家さんからは、その本音は聞け
ないでしょうね。

であれば、聞く努力をしなくてはいけません。
そして本音で話さないと、聞いてくれません。

そして、僧侶の本気度もちゃんとチェックしていますよ。
もちろん本物度も。
間違いなく。



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ある老夫婦の情景。

ある老夫婦と出会った。
今はいったい、いくつから老夫婦と言うのか分かりませんが。

お知り合いの方から、宿坊に泊めてて欲しいとのご依頼を受けました。

現代の家は、昔と違って人を泊めるような感じでなくなっている。
それは家の造りもそう、そして家庭環境的にもそう。

以前は、法事であったら親族中が泊まっていた。
だから法事も夕方から夜にかけてお勤めされていた。

今は、法事が終われば皆さんはさっと帰られる。
食事もそこそこ、お酒を飲まれる方も少なくなった。

法事に遠方から来られていたご夫婦。
ご主人はお身体が少し大変そうでした、多少物忘れもあるのでしょうか。
本当に奥様のことが頼りです。

親戚の方の家では、奥様の姿が見えないと、名前をずっと読んでいらっ
しゃった。
宿坊に来られてからは、奥様とずっとご一緒なので、安心しておられた。

奥様は、何をされるときも付き添われている。
普通なら、老人ホームに入っておられるのだろうな。
でも、奥様が付き添っておられるので、普通に生活しておられる。
日々の暮らしを味わうことができるのです。

それぞれの環境があるので、すべての夫婦がそう言う訳にはいかない。
ご主人の安心しておられる姿を見ていると、幸せかなと感じた。

宿坊では、できるだけゆっくりしていただける様にしました。
朝起きられからは、庭や山や自然を眺められている。
池をみながら、そして本堂にお参りされながら過ごされていた。

そんな日々の暮らし、そして人生の一コマをさりげなく演出できるような
空間があれば。

そして、そんなご夫婦でも安心して泊まれる場所にしたいと思う。

それがお寺なら、尚のこと心が休まるでしょう。

お帰りのときも、次の目的地までお送りしました。


楽しい冬支度・・・宿坊秋冬バージョン。

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10月の気候は穏やかな日が多い。

晴れていたら昼間は多少汗ばむが、朝晩は多少冷え込む。
周りは今年はカメムシが少ないので暖冬だろうという。

そんな中、宿坊も少しづつ、秋冬バージョンに替えています。

各部屋にファンヒーターを出して試運転。

談話室を和室にも用意しました。
談話室が洋風と和風の二部屋になります。

和室にも書棚を配置して、コタツを準備しました。
やはり田舎の冬はコタツに限る。

熱燗と鍋でまったりする。

実家でもなく、旅館でもなく、ただのお寺でもない。

この空間は、なかなか表現しずらいのです。

私は、みんなの心のふる里にしたいと思っています。

実家の様で旅館の様で、友人の家の様で、でも仏様がいらっしゃる。

あと二ヶ月くらいすると初雪が見られるだろう。
近くの山の上から、だんだんと雪が下がってくる。

客室にはエアコンとファンヒーター。

談話室にもコタツとファンヒーター。

山間のお寺はやはり冬はファンヒーターの方が暖まる。

さて、宿坊の初めての冬はどうかな、自分でも楽しみ。

山陰の冬の海の幸は、また格別に美味しいのですよ。


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今日は三回忌の法話でした・・・法話をするときのポイント。

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今日は日曜日。

三回忌の法要が二軒ありました。
一軒は、ご門徒さん宅で、お寺のこといつも大切にされていた方。
この方は、私の唱える三奉請がお好きでした。

もう一軒は、ある寺院の前院主の三回忌。
そちらから法話のご依頼があったので、参列いたしました。

ご法事のときは、法話はいつも15分以内と決めています。
お斎(食事)の時間が決まっているのと、これ以上長くなると、皆さんも
しんどいでしょう。
15分間にどれだけ伝えられるか、そして毎回違う法話をします。
逆に、コンパクトに教えを伝えることに集中するので、自分自身のトレ
ーニングになる。
仏様の力を借りて、自らを鍛える。

法話は話すポイントを1点に先ず絞って、そのポイントから外れない様に
話しをして行きます。
法話はお話しするテーマ、つまりポイントを決めることが大切です。
そしていつも、違う法話をすることを心がける。
そのとき、どこかの本や法話集などを参考にしないこと。
参考にするのは、経典や親鸞聖人のみ教え、もしくはそれについて
書かれたものです。
あとは自分の言葉で語らないと、結局法話が上滑りになってしまうと
思っています。
良くても悪くても、自分の感じたこと、受けとめたこと、経験したことを語ら
ないと、いつまでたっても本当の法話にならないと思う。
自分で常に考えると、いつしか法話のテーマが増えて行きます。

もうひとつの、ご院主の三回忌の法要は40分と決まっていました。
今日のテーマは「いのち」です。
お釈迦様と親鸞聖人の教えを、私の体験を交えながらお話しする。
お参りの方々は、皆さん初めてお会いする方々です。
私は、そのご院主にお会いしたことはないので、三回忌のご縁をいた
だくことの意味をお伝えしようと思いました。

少し長い法話は、先ずテーマを決める。
テーマの次に、お話しするポイントを3つから5つ程度決めます。
ポイントについては、日ごろ自分でお話ししていることなので、自然に
15分程度は話すことができる様になっています。
ただ一点は、み教えから絶対外れないこと、テーマと関係ない話しを
しないことです。
あとは流れに注意する。

法話をするときの注意点は、細かく筋書きを決めないことです。
筋書きに気を取られたり、途中で忘れたり抜かしたり。
そうするともう戻れなくなって、話しにまとまりがなくなってしまいます。

なので、テーマとポイントを決めたら、あとはイメージを膨らませる。

法話が始まると、お参りの方々の反応を見ます。
年齢や、性別、み教えの理解度などを、話しをしながら感じ取ります。
そしてその感覚によって、内容を調整して行く。
ことば遣いだったり、語句などを分かりやすくとか。
あとは声の大きさ、スピードなどに注意。

お話しをしていると、あるポイントの話しが膨らむことがあります。
そのときは時間との兼ね合いを感じながら、他のポイントを調整して
行くことになります。

今日の法話は、どちらもそれほど長い時間ではありませんでしたの
で、以上の様なことを考えながらお話しをまとめました。

法話の感想を聞くことはできませんので、どうであっても最後は自分
で受け止めるしかないですね。
自分では上手く話せたと思っていても、実はそうでなかったり。
あまり良くなかったかなと思っても、実は・・・と言うこともあるでしょう。

あとは、み教えと自分とのお話しですね。


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四季がそのまま明確にある・・・阿弥陀様の宿坊光澤寺。

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光澤寺の秋も深まってきました。

今日の朝日はとても綺麗でした。
建物も境内の木々も、そしてコンクリートや小石も輝いていた。
まるで『阿弥陀経』の世界だなと感じていました。

この世のすべての存在が輝く存在である。
そんなことを周りを見渡しながら、心に感じたのです。

写真は、庫裡から本堂へつながる渡り廊下。
宿坊に来られた方は、ここを渡って本堂へ行きます。

実はここが、宿坊で一番人気の癒しスポットなのです。
風に吹かれ、下に広がる池を眺め金魚をずっと見つめてたり。
境内から続く山並みや田んぼを眺めたり。

仏様と自然に包まれてるって感覚になる。
こころから落ち着く瞬間、そんなとき日常から離れられる。
この椅子もその中に溶け込んで、ゆっくり座って過ごす。
今の季節が、一番良い季節かも知れません。

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本当に、木々や小石まで輝いています。
阿弥陀様に見守られている、そう感じずにはおれません。

この境内ももうすぐ紅葉でいっぱいになります。
そして12月末から2月ごろまでは雪で覆われる。

本当に四季がそのままある、それも明確に。
そんな場所に宿坊光澤寺はあります。


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「やずブータン村」いよいよ始動します・・・発進。

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鳥取県にある八頭町、やずと読みます。

鳥取県の東部に位置する、山間の町です。
私のお寺は、この八頭町にありますが、町の中でも過疎化が進んで
いる地域です。

そこに、「やずブータン村」を発足させます。

写真でも、「やずブータン村」のイメージが分かるかも・・・。

その発足イベントを11月17日~18日に開催。

イベントは、寺社コン(婚活イベント)と、地域おこし講演会です。

「やずブータン村」とは、そこに暮らしている、すべての人々の幸せを
願う仮想共同体です。
仮想と言っても実体がないわけじゃない、でも常に変化して行く共同体
なので仮想としています。

すべての人を幸せにすることは難しい、でも八頭に住んでて良かった、
そう思える町にしたい。
ただそれだけの思いで始めます。

現在は社会環境の変化が速い、なので枠をはめてしまうと時代に取り
残されて行くことになってしまう。
だから最初から枠にはめないで、そのときそのときの環境に合わせら
れるようにすることが求められる。

現在のメンバーは5名ですが、まだ誰も顔を知らない、もちろん私は
知っていますが。
10月24日の午後5時に、ミーティングを開催します。
仕事の関係で遅れてくるメンバーもいます。
興味のある方は、宿坊光澤寺をのぞいてみて下さい。

やずブータン村のオフィスは、宿坊光澤寺になります。
ここで、いろんな企画を立て、「やずブータン村」を日本で一番有名な
村にすること、先ずはそれが目標です。

来年三月までの、NPO設立を目指します。

これからみなさんには、「やずブータン村」の名前を知っていただきたい。
日本一幸せな村として記憶されるように。
そして、数年後には収益モデルを確立して行きたいと考えています。
やはり、NPOの存続は、収益を上げられる仕組みが作れるかどうか
でしょう。
それまでは、みなさんボランティアです。

もし、ブータン王国と親交のある方がいらっしゃれば、是非このお話しを
お伝えください。

合言葉は、「しあわせですか」です。

設立メンバーも協賛メンバーも、募集をして参ります。

どうぞ全国の皆さん、「やずブータン村」にご注目下さい。


宿坊光澤寺のHPはこちら!






「とどいた、とどいた!」

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今日、町の慰霊祭が終わった後、少し出かけた。

途中で電話が入り、お寺に戻ることになったのだが、年配のご婦人が
お二人訪ねて来られた。
お寺のご門徒さんであったのだが、お一人はお参りに来られることは
珍しい方でした。

今日は、その方の思いでお参りされていた。

数年前に、仲の良かったご友人を亡くされた。
その方のことを思って、数年間お経をいただきたいと思いながら今日
になった。

そのご婦人はそう仰られた。

確かに、親族でも親戚でもない方のお経をいただくことは少ないかな。
でもその方の心ずっと残っていたそうです。

その方が亡くなるとき、夢に出てこられた。
夢の中ですれ違う時に、お互い声を掛けなかったそうです。
あんなに仲が良かったのに。

その夢のあと、少ししてご自宅に電話すると亡くなられていた。
丁度、夢を見たときの頃だったそうです。
私はまだ連れて行かんよってことだったんかなあ・・・。
そうポツリとお話しされた。
そのご友人の方とは、楽しく懐かしい思い出がたくさんおありです。

宗教的にというよりも、人にはいろんな感情や思いがある。
それは、その方にとっては大切な思いだったりする。

今日は命日ではないけど、でも今日がその日なのかな。
お経は、『阿弥陀経』と『正信偈』をお唱えする。
そして最後に、みんなで「しんらんさま」。
その方は、亡き友人に思いを捧げたい。

お経が終わり、「しんらんさま」歌い終わった後、その方が「届いたよ!」
って嬉しそうに話された。

「とどいた、とどいた!」
「私、とどいて欲しいと思って大きな声で歌ったんよ、とどいたと思う。」

よかったですね、きっと、とどきましたよ、と僕。

その方の長年の思いが仏様にとどいた。

それはきっと、その亡くなられたご友人からも、とどけられていた思い。

僕も、ちょっと嬉しくなった。

きっと、とどいたな、お互いにとどけ合った。

気持ちが溶け合う、尊いご縁でありました。


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戦没者慰霊祭に宗派の違う五ヶ寺が集う。

今日は、合併前の旧八東町の戦没者慰霊祭でした。

合併前から毎年行われているので、合併後も継続して行われています。
参加寺院は、旧八東町内の五ヶ寺。

その五ヶ寺の宗派はすべて違います。
曹洞宗・浄土真宗・浄土宗・黄檗宗・真言宗。
それぞれの寺院が、持ち回りで毎年導師をお勤めする。
今年は、私が導師の番でした。

浄土真宗は、他宗が共通して唱える経典と違います。
なので、本日は『阿弥陀経』をお唱えしました。
浄土宗の方以外は、阿弥陀経は唱えたことがないそうです。
昨年は曹洞宗の方が導師でしたので『観音経』だったと記憶しています。
もちろん浄土真宗では『観音経』は唱えません。

来賓やご遺族の焼香の間、読経を続けなければならないので、昨年
から参加している私には、勝手が分からないことも。

読経のペースが本日は早かった様です。
他の僧侶の皆さんがついて行けなかったと、ご注意がありました。
読経の速さは普段のペース通りにしていました、というのも焼香の時
間とのかねあいも考慮しながらだったから。

作法も衣体もそれぞれ違いますが、基本は導師に合わせます。
祭壇のお荘厳も、浄土真宗とは全く違いますが、ただ例年の祭壇で
すし、そこはこちらも多少は合わせます。

表白も、仏様が違うので、ご遺族の方々にも分かりやすく、宗派では
なく、仏教のみ教えを中心とした表白にしました。

不慣れな点もあって、他の宗派の僧侶の方々はやりにくかったかも
知れませんが、譲れる点と譲れない点がやはりありますね。

本当は習礼を一度くらいはすべきなのでしょうが、その様な時間は
ありませんから、私としては仏様と戦没者の方々に失礼のない様に
だけは気を付けました。

ただ共通としているのは、やはり戦没者の方々ですから、英霊であ
るとか御霊とかった霊が多く使われると言うことになります。
祭壇の中央は、戦没者の大きな位牌になります。

他の宗派の方々はそれが当たり前なのでしょう、でも浄土真宗の
僧侶である私にとっては、馴染まないところが多いのです。

昨年から参加し、今年初めて導師をお勤めした感想としては、いろ
いろと考えさせられることが多かった慰霊祭でした。

次回、導師をお勤めするのは5年後ですが、慰霊祭が続いていれ
ば、私なりに多少は考慮の余地がありあそうです。

浄土真宗のお葬儀で散華を。

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今日はお葬儀でした。

一昨日、法事のとき病院から連絡があった方です。

さすがに、そのときは「しんらんさま」を皆で歌うとき、声が詰まった。
ダメかなと思いつつも、何とか最後まで歌い終えた。

今日はその方のご葬儀。
自宅葬だったので、たくさんの方々が参列されていました。

そして今日のご葬儀では、初めての取り組みをしました。
それは散華をしてみたこと。

私は、葬儀式に前に帰敬式を執り行い、続いて出棺勤行をお勤め
する。
流転三界偈からお剃刀をする。
三帰依文(和語とサンスクリットで)、其佛本願力の偈文を唱える。

そして、葬儀式へとうつる。
開式の言葉が入り、三奉請をお称えします。

法要では、三奉請のとき散華(さんげ)をする。
作法では、華籠(けろう)を持って出勤するので、本日の葬儀にも
華籠を持ってお勤めしました。

華籠には、三色の紐がありますが、法要のときと違って葬儀では
白紐が前になります。
華籠に華杷(けは・・通常は蓮の花びらの形)を載せ、経本を置い
て三奉請のとき立ち上がります。

そして、散華楽で華杷を撒きます。
最近の本願寺派の作法では一枚たらすだけですが、本来の散華
は数枚空中に撒きます。
そうすると、ひらひらと舞い落ちてくる。
私のイメージでは仏様を敬う心があっていいなって思う。
そして少しだけ華やかになりますね。

この作法は、本願寺派の勤式の専門の方に確認をした上でやって
おります。

お斎のときに喪主さんとお話しすることがありました。
そして散華のお話しを。
お葬儀で散華をするのは珍しいのですよと・・・。

そうすると、その華杷がたまたま座布団の四隅に舞い落ちるのを
見られたそうです。
上手い具合に落ちるもんだな、わざとそうしているのかと思われて
いたそうです。
それは、たまたまだったのですが・・・。

でもとても喜んでいただきました。

これからは、葬儀の儀礼や作法を見直して行こうと思っています。
本来の葬儀や儀礼の意味を問いながら、簡略化されたり本来の
ものとは違ってきている葬儀の儀礼を見直してゆく。

厳かさと華やかさと、仏様の讃嘆とをしっかりと表現して行きたい
と思っています。

皆さんも、お葬儀で散華をしてみませんか。


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そこに南無阿弥陀仏がある・・・。

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南無阿弥陀仏がある。

そこには願いがある、その願いの対象は私。

願われていた自分の存在があった。

見つめられている私の「いのち」があった。

そんなことを思う。

何か自分を支えてくれている存在があれば、人は生きて行ける。

何も支えがないと感じていたなら、人は寂しく悲しい。

順風なときはその存在が見えないでしょう。

でも逆風のとき、その存在に気づく。

いつもそこに、その願いがあったのです。

その無条件の願いが、私には必要だったのです。

自分自身の存在が、小さくなって落ち込んでいるとき、その願いが

遠い存在なら意味がない。

無条件だからこそ、そこに救いがある。

そこに南無阿弥陀仏があるのでしょう。

私のこころに灯りがともる。

その小さな灯りが、いづれは輝き出すのだ。

それは、いつでもそこにある。

その願いを聞く気持ちがあれば・・・。

その願いを受けとめられたなら・・・。

そこに南無阿弥陀仏がある。



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倶会一処・・・いのち尽きるとき、つながった思い。

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今日のご法事のお経は長かったのです。

最初は、『正信偈』六首引を唱える。
次に『観無量寿経』と和讃を入れます。
そして休憩。

次に『無量寿経』と『阿弥陀経』。
最後に再度、『正信偈』六首引でした。

今日の法要は、おじいちゃんがずっと心待ちにしておられた。
二年前から、法事をすると、お会いするたびに言われていた。
昨年は待ちきれずに、今年したいと・・・。

ご法事は、奥さんの二十五回忌、そしてお母さんの五十回忌でした。
事情があって、報恩講も一緒にお勤めしたいとお言葉があったので、
今日の様な長い読経となりました。

今日は、おじいちゃんの顔が見えないなと思い、途中で息子さんに
聞いたところ、病気で入院しているとのこと。
いらっしゃらないのは残念だけど、こうして心待ちにしていたご法事。
そのとき最後まで精一杯お勤めしようと心に誓った。

最後の『正信偈』を唱え、和讃になったとき。
人が動いていた、でも僕は最後まで一心に唱え続ける。
唱え終え、座布団からおりて頭を下げご挨拶をする。
これはいつものことです。

息子さんがそのとき、「たった今、病院から連絡がありました。」
「父が息を引き取りました・・・。」

えっ、と言葉にならない。

奥さんの二十五回忌の読経が終わる直前です。
まるで、思いを果たしたかのように・・・いのちを終えられた。

法話はどうしましょうと言われたので、ご法話はしますとお応えした。
参列の方々はまだその報せをしらない。

法話をして、最後に「親鸞さま」を皆で歌うのだ。
でもさすがに、「しんらんさま」の途中で言葉が詰まった。
泣きそうな心と、最後までは何とかと思ったら、声が詰まって歌えない。

そのおじいちゃんは、いつもお寺のことを気にかけて下さっていた。
総代もずっと勤めていただいていました。

お寺にもよく顔を出していただき、一緒にお酒も飲んだ。

そんな思いが一瞬に浮かび上がる。

倶会一処かあ・・・。
奥さんとやっと会えるんだなって思った。

浄土で仏様となって、また会えるんだな。
おじいちゃん、ずっと奥さんのこと考えておられた。

おじいちゃんの思いは届いたなって、法事もちゃんと勤めたよって、
奥さんに言ってるんだな。
「これでやっと俺もそっちに行けるわ」、と。

つながったなと思った、本当におじいちゃん、ありがとう。

お寺をちゃんとこれからも守って行くからね。
僕にできることは、それくらいだけど。


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報恩講が始まりました。

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今日から報恩講です。

例年よりは少し早めに始めます。

報恩講は、宗祖である親鸞聖人のご命日に向けて、日ごろみ教えを
聞いておられる方々が、そのご恩を受け感謝をさせていただくお勤め。

白川郷や五箇村の合掌している屋根の元には阿弥陀様がいらっしゃ
るそうです。
だから合掌造りなのかな・・・。
そこでの一年で一番大切な行事は報恩講だったと。

私のお寺では、年末から年始にかけて、報恩講をお勤めいたします。
親鸞聖人のご命日までにすべてのお宅にお参りできるように。、門徒
さんのお宅を一軒一軒回ってお勤めする。

以前は、集中してお参りしていましたが、今はご都合に合わせう様に
しているので、期間が長くなってきました。
やはり留守のお宅にお参りしても、報恩講は意味がありません。
必ずご一緒にお勤めをします。

ゆっくりお参りして、それぞれのお宅でお勤めします。
どちらかといえば、お勤めよりお話しの方が長い。
お茶を飲みながら、ゆっくりと。
なので一軒が一時間くらいにはなります。

そうすると、普段はなかなかお話しできない人でも、いろんなお話しを
してくれます。
家族のことが中心、あとは昔のことやお身体のこと。

そんなお話しをしながら、年の瀬をだんだんと迎えて行くのです。
そしてその途中には、お寺での報恩講もあります。
雪が降り始めるころには、報恩講も一段落しているでしょう。


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お寺はいつもそこにある。

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お寺はいつもそこにある。

やっぱり、いつもそこにあるってすごく大切なこと。
なぜなら、いつでもそこに行けるから。

普段はそうでなくても、何かあればそこに行ける場所。
いつでもそこにある。

友だちは、音信不通になるときがある。
喧嘩するときもある。

家族も、ときに縁遠くなることもある。

でもお寺はそこにある。

たとえ遠くにあっても、あれば安心できる。
あると思えば、心が安らぐ。

阿弥陀様もそう、その存在が僕を包んでくれる。
もしその存在を知らなければ、寂しいまま。

あるって、そんなこと。

だからお寺は、いつも待っている。
そして僕はそこにいます。

無縁社会って言われるけど、お寺がある限り無縁ではない。

お寺はそんな存在でありたい。


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本願寺新報の紹介記事・・・宿坊光澤寺。

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宿坊光澤寺が本願寺新報で紹介されました。

先日、本願寺新報の記者の方が取材に来られたのですが、一地方
寺院のことなので、どこか片隅にでも掲載されたらいいなと思ってい
たのです。
ところが、何と第一面のトップ記事での掲載でした。

本願寺新報は西本願寺が発行している新聞で、一般にはなじみが
薄いのですが、本願寺派(西本願寺)の寺院やご門徒さんへの影響
力はかなりあります。
通常、第一面は本山関係(西本願寺)の行事や関連記事などが中心
なので、今回の記事の扱いには私も少し驚いています。

本願寺は、いま社会に向けての情報発信力を高めようとしている。
どちらかといえば内向きだった活動を、外へと向けようとしているの
が、感じられるようになりました。

過疎地の一寺院でも、県外から一般の方に来ていただくことができ
るということ。
また、お寺に行きたいと思っておられる若い方がいらっしゃると言う
こと。
小さな取り組みですが、そういった社会のニーズもあるのでしょう。
そして、お寺発の地域活性化を目指しているところが、本願寺新報の
方々の目に留まったのかも知れません。

来年のNPO設立に向けての準備も、やっと取り掛かれるところまで
きました。
自分の夢を実現したい、それにはやはり周りの方々の幸せを願う
ところに、その実現は可能なんだろうと思っています。

阿弥陀様の願いもきっとそうですよね。

本当の幸せは、たぶんそこにあるんじゃないのかな。
最近はそんなことをよく考える。

それは仏となる意味かな・・・。
この世では、すべての思いを果たすことはできないけれど。

親鸞聖人は、この世では自分にできることをすればよいとおっしゃって
います。

私にできることは何か、たとえそれが小悲であったとしても。
それが私の生きる意味なら。



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学校の統廃合と地域カンファレンス。

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最近少し、教育の話題が多いです。

昨日は、地元で小学校合併問題のカンファレンスが行われた。
そこに出席されていたご講師の方が、宿坊に宿泊されました。

私は直接関係していないので、詳しくお話しをすることはありません
でしたが、市町村合併後の学校統合は各地で実施されているので
しょう。

私たちはコストの関係から学校の統廃合が行われていると考えて
いる面があります。
時代の流れだから仕方ない、行政も予算がないとか。

でも実際にはそうではないらしい。
そこにはいろんな問題があるのだろうと考えることがあった。

子どもの教育の問題なので、コストで量ることはできない。
ただコストカットだけで、学校の統廃合を考えると、取り返しのつか
ないことになる。
逸失利益は、表面上だけでは本来考えてはいけないことなのです。

いろんな問題がそこには横たわっている。
それらを総合判断して行くことの難しさはあるが、どちらになるにして
も、議論を重ねることの重要性はある。
そうすれば、お互いに見えなかった問題が浮かび上がる。

その上で、ではどうなのかということを、積み重ねる。
お互いに接点が見つかるかどうかは分からないが、何もないより自分
たちで考え議論したと言うことも大切なのでしょう。

今回のカンファレンスは、自主的な活動だそうです。
やはり利害関係がないということも、重要なポイントである。
何故なら、どちらか一方の主張だけで終わらない、誰かを一方的に
責めるという構図ではないから、お互いに議論を深められると思う。

地域教育の問題は、お寺や「やずブータン村」にとっても大切なこと
なのです。


いじめと差別を考える。

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先日、中学校の先生と話す機会があった。

教育現場のことはよく分からないので、直接の言葉を聞けるのはあり
がたい。
ただ、最近のいじめ事件に関して、教育現場の対応があまりにひどい
とニュースを見て感じていた。
なので、少し追求するようになってしまったかも知れないなと、少し反省。

その先生は、いじめに対して真摯に向き合っていた。
何があっても、先生が最後まで責任を持つからと生徒にちゃんと伝える
と。
そして絶対逃げないということ。

そんな先生が、今の学校にはいないと勝手に思っていたので、ちょっと
驚いたのです。
いじめには、先生が腰を引いたらダメだ。
腰を引いてしまったら、いじめは解決しない。
いつも他の先生にそう話していると言う。

こんな先生に出会っていたら、大津のいじめ事件はなかったであろう。
これも、先生との出会いによって、その子の運命さえ変わってしまうん
だなと、少し不条理な世界を感じざるを得なかった。
まあ人間の世界は不条理な世界なのだが。

それともう一点、いじめは一方通行ではない、双方向の問題だというこ
と。
一方だけに責任を押し付けても解決しない。
そこを間違えると、難しいのだと。

保護者は、必ず自分の子どもをかばう、自分の子どもに非はないと。
そこで先生が同調してしまうと、解決の糸口がつかめない。
中途半端な対応で、いじめを助長してしまい、目に見えなくしてしまう。

いじめにしてもも差別の問題にしてもそう、当事者意識がなければ、い
つまでたっても解決しない。

そして人は言う、いじめは悪い、いじめは絶対してはいけない、いじめを
なくそう。
そうしていじめは裏に潜ってしまう。
差別もそう、差別は悪い、差別をしてはいけない、差別をなくそう。
でも決して差別はなくならない。

そこに当事者意識のかけらもない。
本質を理解していないものの、責任逃れのスローガンです。

人間の歴史を振り返れば分かる。
何千年もの間、所を変え、形を変え、人を変えながら、いじめも差別も
存在してきたのだ。

そして、その問題は様々な面を持っているので、いつ誰に降りかかって
きてもおかしくはないのです。

いじめも差別も、人間が人間である限りなくなりはしない。
で、どうするかなのだ。
いじめも差別も悪いことだからなくそう、では本質を外れるというのは
そう言うことなのです。

そこから始めなくてはならないと思う。
人間だから仕方ないではない、いじめや差別をなくそう、という言葉だけ
ではなくなりはしないということを、認識することが大切なのです。

そして、それは私自身が、いつでもどちらにもなり得る可能性があると
いうことです。

評論家は、いつも自分はその枠外にいて発言する。
だから無責任なのだ。
そして、それを評価主義や報告主義へと導くのです。

そこに、今回のいじめ事件の落とし穴があるのかも知れない。




子どもの記憶・・・心を受けとめる。

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子どものときの記憶は、歳をとっても忘れない。

特に強烈な思いは、ずっとその心に残り続ける。

今日は、町の保育士の皆さんが、お寺で研修会をされた。
そのとき、そのことをお話しした。

子どもの心をしっかりと受け止めて欲しい。
もし、受け止めなければ、子どもたちの心の置き場所がなくなってし
まうのだ。

保育所では、丁度幼児から児童へと変わって行く子どもたちを預かっ
ている。
その仕事の大切さが分かるだけに、その思いを伝えたい。

お寺にお年寄りが来られる。
そのとき、子どもの頃のお話しをよくされる。
いつまで経っても忘れない思い。

でも、それは心に残る傷でもそう、忘れることはない。
癒えない傷になってしまう。
それを受けとめてくれる場所があったなら、深い傷にならないかもしれ
ない。

それが子どもたちの将来を決めることにもなるのです。

幼児虐待のニュースが多い。
幼児期に受けたことは、それが心の傷になって残ってしまう。

お寺も、そんな受け止める場所になりたいと願う。

子どもも大人も、そして年配の方も。



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法要と儀礼とイベントと・・・エンターテインメントか。

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11月14日は光澤寺の報恩講です。
そして、11月17日~18日は寺社コンを開催。
11月18日の午後は、「寺おこし町おこし」の講演会です。

報恩講は、浄土真宗にとって一番大切な法要です。
宗祖である親鸞聖人のご命日のご縁をいただき感謝するのです。

盛大に報恩講をお勤めされる寺院も多いですが、光澤寺の報恩講は
かなり寂しいものでした。
毎年10人前後しかお参りされない様になっていた。
もちろん私がお寺に戻ったからといって、そう簡単にお参りが増える
訳ではない。

お寺の法要は、昔は民衆を惹きつけるイベントでもあった。
報恩講もその役割を果たしていたのです。
今でもご年配の方々にとっては、そのような思いがあるでしょう。

ただ、その法要に今でも人々を惹きつける魅力があるかどうかは、
難しいかも知れませんね。

教えに親しむと言っても、今はその機会は少ない。
お寺も皆に来てもらえるように、コンサートなどのイベントをされている
ところもあります。

そして、いろんなご縁を重ねながら、お寺・法要・儀礼、そしてみ教え
へと導いて行くことが求められる。
現代社会は、たくさんのものがあふれている、それらに対して、より
魅力的なもの、もしくはお寺だからこそできることを考えて行かなく
てはならないのでしょう。

ただ、お寺は地域に密着し、地域を支えてきた背景がある。
それを現代社会でもう一度実践して行く。
決してエンターテインメントではなくても、地域になくてはならない存在
となるために。

その第一歩を、この11月に踏み出して行く。

もちろん、法要もエンターテインメントとしての一面もあると思う。
いろいろな要素を含みながら、その方向性を見出して行く。

宗教法人とNPOと、それぞれの役割を担いながら、最終目的は、
人々の心の幸せを実現することです。

そんなコミュニティを八頭の地に造りたい。
皆がそこに住みたいと思える場所。
安心して暮らして、心置きなくその地で人生を終える。

そんな場所に、「やずブータン村」はなりたい。



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唯円と阿難の存在・・・『歎異抄』第九条におもう。

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「念仏を申せども、心から湧き上がる様な喜びを感じることもありませ
ん、まして、急いで浄土に往生したいという心にもなりません。この様
なことはどの様に考えたら良いのでしょうか。」

そう唯円は親鸞聖人にお尋ねになる。

文面からみると、切羽詰まった感じの思いではない。
たとえば第二条の関東の門弟のように、決死の覚悟ではない。

み教えは師である親鸞聖人の間近でいつも聞いている。
言われていることもある程度分かる、でも心からそう願っている訳では
なさそうだということでしょう。

 親鸞聖人も、弟子である唯円に厳しくあたることもありません。
私もそなた(唯円房)と同じじゃ、そう仰られている。
まあそれも煩悩のなせる業、それこそ煩悩具足の凡夫なればこそ。
ならば、いよいよ阿弥陀如来の大悲は、その様な私のためであると思え
ることです。
 と言った感じになるのでしょうか。

 「久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだ生まれ
ざる安養浄土はこひしからず候ふこと、まことによくよく煩悩の興盛に候
ふにこそ。なごりおしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしておは
るときに、かの土へまゐるべきなり。」
という親鸞聖人のお言葉を引いておられます。

何となく、親鸞聖人と唯円の関係は、お釈迦様と阿難の関係にも似てい
るのかなと思ったり。
他の弟子には、教えをしっかり伝える。でも阿難にはお釈迦様は優しい
のだ。
結構、阿難のわがままも聞いておられる。

今回の唯円の問いに対しても、穏やかに応えられている。
まあ心配せずとも好い、そんな感じ。
だからこそ、弥陀の大悲の願いは頼もしく、揺るぎないと言うことを、ゆっ
くり説かれているのです。
さぞや唯円も安心されたでしょう。 だからこそ、この『歎異抄』を書くことが
できた。

ここで仮に、親鸞聖人が叱っていたなら、唯円はこの『歎異抄』を書くこと
を後にためらわれたかも知れない。
思う存分に、親鸞聖人のみ教えを聞くことができたのでしょう、それも素直
に。

阿難も、釈尊の弟子の中では、悟るのが遅かった。
でも、釈尊の入滅後、経典の編纂には阿難の存在がなくてはならなかった
のです。 どちらも、仏教や浄土真宗の教えを伝えて行く上で、欠かせない
存在となられている。

素朴な質問、それは一般民衆の思いの代弁者であるかのようです。
でも、仏教の意味は、その一般民衆のすくいにあるのですから、なくてはな
らない存在なのですね。

釈尊が弟子に教えを説く、それは人々への伝道のため。少しでも多くの人々
へ、という信念だと思います。
だから、お釈迦様は弟子を一人で伝道に行かせたのでしょう。 救いを必要
としている人々にその教えを届けるために。


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仏教的グリーフケアと百か日。

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昨晩は、百か日でした。

夜6時半に、近くのご親族の方々が集まられた。
お勤めは、『仏説阿弥陀経』と『正信偈』を唱える。

百か日は卒哭忌とも言われる。
泣くこと、悲しみから少し癒されると言うことでしょうか。
また、四十九日で成仏できなかったときのための、供養のため。
そんなこともありますと、お話しをする。

でも、葬儀から初七日から四十九日、そして百か日。
これは仏教的なグリーフケアである。
そこから見れば、四十九日を過ぎて、少し時間が空きます。
大切な方を亡くされたあと、忙しさの中で四十九日を迎える。
悲しみの中で何とかそこまではと、気持ちをつなげて行く。

そのあとで、やはり3ヶ月を過ぎたあたりに、やりきれない空虚感に
襲われることがあると言う。
四十九日までの張りつめた心、そして、その方がいないと言う現実を
あらためて感じるとき。

そんなころに百か日をとうのです。
そこで皆が集まって、そのご遺族を支える。
故人のこと、皆忘れてはいないよ、そんな思いを伝えるのでしょう。

仏教で行われる法事には、そんなグリーフケアの意味がある。
そんなこと面倒くさいといった風潮もあるでしょう。

でも、本当の悲しみに襲われたとき、その思いをしっかりと支えること。
それが大切です。
心を慰め、そして心にけじめをつけ、心と現実の間をつないで行くので
す。

いろんな理由や意味を付けていますが。
百か日までの法事は、そんな背景があります。

ただ、それが僧侶側の都合で面倒だからといって執り行わなかったり、
お布施をいただくため、と言ったものであれば、その意味はなくなる。
僧侶の意識によって、その意味が伝わらないのなら、面倒ということに
もなるでしょう。

昨晩も、ご遺族の方は、法要の最後の頃に涙を流されていた。
決して卒哭ではないだろう。

ただその涙の意味は、四十九日までとは少し違ってきたかな。
そんなことを感じました。

お経一緒に唱える、そのことに没頭する。
漢文の経典を唱える意味も、そこにはあります。
それって意外と大切なことなのですね。


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非日常の中の超日常空間・・・お寺にロッキングチェア。

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お寺にはロッキングチェアが一脚あります。

僕は、椅子やソファーが好きで、気に入ったものがあれば欲しいと
思ってしまう。
坊守は置き場所を考えると、椅子ばかりあってもと・・・。

そう言われればそうなので、いつも帰ってから買おうかやめようか
考えるのです。
決して高価なものは買えないので、手頃で僕が気に入った物だけ。
そして、ちょっとだけこだわりがあります。

宿坊の客室やお寺にソファーや椅子が増えて行きます。
でも、椅子って人に安らぎをもたらす効果がありるのです。
椅子があれば落ち着く場所がある様な気がする。

ときどき宿坊に来られた方が、椅子に座ってのんびりされている。
それを見ると僕もなぜか癒されるのです。

今回、ロッキングチェアを客間の和室の縁に置いてみました。
来られた方が、ゆっくり座ってくつろぐ場所として、本をゆっくり読む
場所として、そんなことを考えながら・・・。

とにかく、宿坊やお寺に来られた方には、のんびり、くつろいでいた
だきたいと思うのです。
旅館やホテルでは味わえない、非日常の中の超日常空間を目指し
ています。

さて、坊守は何ていうかな。

掃除がしにくくなるのです。


宿坊光澤寺のHPはこちらへ!





「全国宿坊ベストガイド」に掲載されています。

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9月に、全国の宿坊を紹介した「全国宿坊ガイド」が発刊されました。

宿坊光澤寺は、今年4月の開業ですので、宿坊を紹介したガイドブック
には掲載されていませんでした。
今回の発刊には間に合ったので、掲載していただくことができました。

地方の観光地でもなく、有名な寺院でもないので、この様なガイドブック
に載せていただけるのは、有り難いことです。
今まではホームページだけが頼りでしたが、それでもこの宿坊を探し
出して、わざわざご遠方より訪ねて来られる方がいらっしゃいます。
つまり、ご遠方より、観光ではなくこの宿坊を訪れるためだけに、お越し
いただいているのです。

一日一組限定としてやっているので、ゆっくしていただけるのが良いの
でしょうか。
でも、これからもずっと、そのスタンスは変わりません。

これからも、料理や各種講座を充実させながら、お一人おひとりのご
希望に添った対応をして行きたいと思っています。

そうでなければ、鳥取の山間部にある、無名な寺院の宿坊に来られる
意味がないと。
でも、ゆっくりとしていただきながら、仏教や浄土真宗の講座や作法、
そして瞑想や写経、絵手紙などを体験していただければと思います。
あとは故郷の原風景の様な自然の中でお過ごしいただけます。

ガイドブックの中でも、浄土真宗の宿坊は珍しいのです。
講座や体験を自由に選び、時間も自由にという宿坊は、全国でもここ
しかないと思います。

みなさん、田舎の実家や親戚、ご友人の家にお泊りされた様な感じ
だと思います。
ただ、ここは宿坊なので、日常とは違った空間を味わうことができます。
お一人で来られても、住職である私と坊守がいますので、寂しくはあ
りません。
ゆっくり、そしてたくさんお話しをさせていただくことが多いです。

掲載ページは、見開きの2ページで、大きくご紹介していただきました。
宿坊と言う専門的なガイドブックなので、誰もが目にするということは
ないでしょうが、ご機会がされば是非ご覧ください。

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宿坊のお問合せは宿坊光澤寺のHPで!

金木犀と銀木犀、財宝ではないけれど・・・。

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                                  (ギンモクセイ)
お寺の境内の両端に金木犀と銀木犀の木がある。

10月のこの頃には、どちらも同時に花を咲かせる。
そして、どちらも良い香りがする。

山門をくぐると、その香りが漂うのです。
秋の香りの代表格かな、自然の香りはやはりいい。

それぞれが秋空によく映える、陽に輝いている。
浄土は、金・銀・瑠璃で輝いている。

さすがにお寺を金や銀、瑠璃の財宝で飾ることはできないが、自然の
樹木で、金と銀を表現する。

周りの自然もそう。

秋は、稲穂が黄金色に輝く。
そのあとは、公孫樹が輝き、もみじが赤く染まる。

そして冬は辺りは白銀の世界になるのです。

まるで、自然が浄土の様なもの。
私たちは、その自然の中に生きる。

そして、私たちの住む世界は無常なのです。
でも、そこにいのちの尊さを感じる。

いづれは、無常ではない場所。
浄土へと生まれ往く。

そこは、いのちをちゃんと受けとめてくれるのだ。
だから、今のいのちを精一杯生きる。
今のいのちを輝かせる。

そんなこと、考えたりしながら、金木犀と銀木犀を眺めている。

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                                                                                           (キンモクセイ)


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イタリアン精進料理を宿坊でいただく。

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本願寺や浄土真宗には、精進料理といっても、あまり馴染みがない
かも知れません。

でも、本願寺には数百年に渡って精進料理が引き継がれているの
です。

それは報恩講と言う大切な法要でのお斎に伝わっています。
お斎(とき)とは、法要のときにいただく料理のこと。
もちろん光澤寺でも、昔は法要のときは、精進のお斎をふるまった
ものです。

浄土真宗でも、やはり伝統料理は精進料理なのですね。

現在、宿坊では精進料理もご希望によりお出ししています。

そこで、今回は本願寺出版より発売されている料理本を紹介します。
その名も、「イタリアン精進レシピ」です。
1巻と2巻があり、どちらも1,600円で入手可能です。

お寺にあると、とても有り難いですね。
もちろんご家庭でも、ヘルシーなイタリアン精進料理に挑戦されて
みてはいかがでしょうか。

和のイメージの精進料理に、イタリアンの風味を。
でも、どちらも野菜を大切にする料理ですね。
季節の野菜を生かした料理です。
そして相性もいい、日本人はイタリアンが好きな方が多い。

本願寺に伝統的に伝えられてきた精進料理に、イタリアンを加えた、
イタリアン精進料理レシピ。

宿坊光澤寺では、精進料理をご希望の方には、このイタリアン精進
料理をお出しすることができます。

どうぞ、宿坊光澤寺でご賞味下さい。


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被災地の子どもたちの思い。

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今日、鳥取ブロックの研修会があった。

そのとき別の寺院のご門徒さんとお話ししたときのこと。

そのご門徒さんがラジオを聞かれていたら、被災地の子どもたちに、
将来何になりたいかという質問があった。

その質問に子どもたちは、壊れた家を直すために大工になりたい、
とか看護師になりたいとか。

そんな被災地の子どもたちの思いを語っていた。
何とか人の為に、人の役に立ちたいとの思いがいっぱいだったと。

大変な苦難があっても、いや苦難があるときの方が、人間は逞しくな
るんだなあ・・・。
そして人のために生きようとする。
そんな話ししながら、ご門徒さんはその思いを受けとめていた。

僕が、数年前NYに行った時にも、似た話を聞いたことがある。
NYで9.11のテロのあと、TVではそのテロに遭った人たちを度々取り
上げていたそうです。
それは、テロに遭ったビル内で会社の上司が若い部下をかばって、先
にビルから出してくれた話しが多かったそうです。
その亡くなられた上司への感謝の言葉が。

それまでのNYは、自分さえよければ他は関係ないといった風潮だった。
でもそれ以降、NYの人たちは、自分より先ず他の人に対して何ができ
るのかを考える様になった。
あの事件は悲惨な出来事には違いない、でもあの事件でNYの人々が
変わったのも事実だ。
だから今のNYはとても強いんだ。

そう、NYで長年アパートメントを経営している日本人の方が、仰られた
ことは、とても印象的でした。

決して悲しみはない方がいい。

でも、人はだれにも苦難がおこり得る。
でもその苦難に負けない強さがある。

そして、そのときちゃんとよりどころもあるだろう。

今回の被災地の子どもたちの話しを聞きながら、僕はあらためて人間
の可能性を感じた。


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落ち葉拾いと煩悩と。

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お寺の境内に、大いちょうがある、そして柿の木も。

どちらも大量の落ち葉が、夏から冬にかけて降り注ぐ。
掃いても掃いても、拾っても拾っても。

今日も、朝から雨上がりの晴れ間をねらって、落ち葉拾いをする。
いちょうはまだ紅葉していない。
柿の葉は、紅葉しないで落ちる。

永遠に続く作業のように思うことがある。

でも、今日はふと思うことがあった。

この落ち葉って、僕の心だな。

悩み、煩悩が次から次へと湧いてくる、それは限りがないのだ。
落ち葉は拾って、境内は一瞬静寂になったかのよう。

でももう次の瞬間には、葉が舞い落ちてくる。
人間の心と一緒だな。

そう思うと、僕を煩わせるその落ち葉でさえ、愛おしく思えるのだ。
そこに、いのちを感じる。

落ち葉も僕を困らせるために葉になったわけじゃない。
紅葉のときは、みんなを楽しませる。

落ち葉を拾いながら、落ち葉のことを考えた。
ここにもちゃんといのちがあるんだな。

そして、落ち葉を拾う。
僕の煩悩をかき集める様に。

煩悩も、本当は大切な思いなのかも知れないな。
ただ、たまりすぎちゃいけない。
尽きることなく湧き上がった来る煩悩。
尽きることがないと分かっていても、ちゃんと拾っていかなきゃ。
毎日少しづつでも・・・。
手を合わせ、お念仏を称える。
それが心をいたわるってことなんだな。
自分で自分をいたわってあげないと。

でも尽きることないとわかったとき、そこにナムアミダブツがあるのかな。

煩悩を煩悩のままで、そのまますくうと。
そう願われた阿弥陀如来のおこころは、僕にやさしく届けられる。


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今月の一冊・・・友の遺品となった『中観と唯識』、長尾雅人著。

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夕暮れが早くなり、空気も瞬く間に冷え込んできた。

つい最近まで真夏日だったのに、今年の秋は早い。

こんな季節は、ゆっくり本を読むのもいいな、そう思った。

そして手に取ったのが、昨年に早逝した友人からいただいた本でした。

タイトルは『中観と唯識』、長尾雅人氏の著作である。
長尾雅人氏は京都大学の仏教学者であった人で、仏教学では有名な
学者であった。

仏教書は名著でも絶版になっている、その為古本屋で購入するしかな
いのだが、その値段は数倍にもなる。
必要な人にとっては、いくらでも欲しいものです。

この本も、友人が神田の古本屋で購入していたが、やはり高かった。
そして仏教学院を卒業するとき、なぜか私にくれたのだ。

申し訳ないと思いながらも、その本には魅力があったので、遠慮せずに
貰い受けた。
そして昨年の友人の死、僕にとってはまさに彼の遺品となった本です。

その本を、今月読んでみることにした。
めくり読みはしていたが、丁寧には読んでいなかった。
仏教書は、やはり読むにもタイミングがあると思っている。

心がそのタイミングでなければ、いくら読んでも入って来ない。
なので、僕は買ってきても本棚に積んでおきます。
そして、いつか読むときを待っています。

すると、いつか読みたくなるときが来る。
そのときは、僕も心の準備ができているのです。

今月はこの、『中観と唯識』。
中観は竜樹の学派、唯識は世親の学派の説です。

浄土真宗では、この二人は龍樹菩薩、そして天親菩薩と称される。
大乗仏教においても、浄土真宗においても、どちらもその源流となる二人
です。

それを昭和の仏教学者の代表格である長尾雅人氏が語っている。

これは、友の導きかも知れないな。
貴方の思いを受けとめているのだ。

もう少しだけ僕は生きていてもいいのかな。
そんなメッセージにも思える。

すべては今まさに整ったのです。

ありがとう・・・、もう少しだけ頑張ってみます。
届かないかも知れないけど、もう少しだけ。



        光澤寺住職  釋唯空                     拝



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