
今日は、今年息子さんを亡くされた方の宅参り。
報恩講に合わせて月命日をお勤めした。
奥さんは、阿弥陀経と正信偈を一緒に唱えられていた。
以前は、お経になると席を外されていたのだ。
でも、息子さんを亡くされてからは、必ず一緒に唱えられる。
ご主人は、「和尚さん、やっぱり忘れられんは・・・。」
そうですよね、時間が経ったって忘れられないですよね。
でも仏様やから、見守ってくれてるんですよね、きっと。
お経を唱えている間、すべての心は仏様に見守られ、すくわれている
んだなって感じた。
残された者の悲しみが癒えない、そんなこともたくさんある。
親を先に見送れたなら、癒えるときもあるかも知れない。
でも、お子さんを先に亡くされた方は、死ぬまで思い続けることもある。
僕は、それでいいと。
悲しみも消えないし、忘れることなんかできない。
だから年忌法要があるんだ。
「息子の50回忌は勤めたいけど、それまではもたんな・・・。」
以前、ご主人はそう仰られていた。
僕も無理ですね、でもどなたかがきっとお勤めされると思います。
そう答えた。
悲しみも抱いて生きて行く、そこに仏様がいらっしゃるなら。
そのままの自分で、無理をする必要なんかない。
そのまま受け止めてくれるだろう。
お勤めの後、三人で食卓を囲んだ。
お寺のこと、たくさんお話しした。
いろんな思いが交錯する、そこにいることも、亡き故人のご縁である。
いつか私たちも浄土に旅立つのだ。
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