宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2012年12月

今年最後の日に見送る。

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大晦日の朝は、寒さと静けさの中、東の空が明るくなって行く。

今日は、朝九時より葬儀でした。

お参りの方は少なかった、行年八十八のいのち。
豪華でたくさんの参列者の葬儀もある。
今日は静かなお葬儀でした。

でも、同じ浄土に生まれ往くいのちである。
そこに、いのちの差はない。

苦労の多い人生だったのかもしれない。
これからは、心落ち着き安らかないのちを生きられるだろう。

霊場へと向かう車の中。
とても静かな時が過ぎて行く。
なぜか時間が止まったかのような感覚。

一年の最後の日、いのちをお見送りする。

阿弥陀如来の導きがあるなら、迷いはない。
これからは仏としてのいのちを生きる。

この世のいのちが尽きるとき、それはその方の生が完成する日。
そして仏様となられる誕生日。

死、そして葬儀、いのちにしっかりと向き合う日なのです。
そこに、今を生きる私たちのいのちがある。
それをしっかりと受け止めることが大切なのだと感じる。

ありがとう・・・南無阿弥陀仏・・・。

まだこれからもずっと、いのちの流れは続いて行く。
その流れを、しっかりと受け止めてくれる存在が必要なのですね。

今回が、今年最後のブログになります。

これから除夜の鐘の準備になります。

皆さまが、これからも幸せでありますように。

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四人だけのお通夜

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今朝、電話があった。

今病院で息を引き取られたとのこと。

葬祭会館とご親族から電話があり、今晩お通夜で明日朝の葬儀と
なりました。

明後日は元旦のため、明日葬儀をされたいとのことでしたが、火葬
場と会館の都合が中々つかず、朝九時からの葬儀式になりました。

夕方、お通夜にお参りし、臨終勤行と通夜勤行をお勤めした。
ご親族は四人、家族はいません。

でもお経を唱えていると、皆さん一緒にお唱えされていた。
そして法話のときは、真剣に聞かれている。

いつも思うことがある、歳を重ねるとまるで自分と重ね合わせられる
ような感じです。
真剣に一所懸命。

いつかは自分も、この世を去るのだ。
私も、そのときのことを思い法話をする。
浄土のお話しも、説く側が真剣でなければ、聞く側も信じられない。
説く側の気持ちがなければ、法話だって何も意味を持たない。
僧侶の勝手な判断や押し付けも必要ない。
もちろん教えを信じることは再前提です。
信じられないなら、もしくは信じようとしないなら僧侶になる必要は
ないのだと思う。

釈尊と阿弥陀如来、そして親鸞聖人の教えと思いをお伝えする。
それを先ず、僧侶自身が聞いていなければ、読経も法話もする
意味がない。

ご親族四人と私の計五人のお通夜。
でも、静かにお勤めをすることが出来ました。
ゆっくりと、そのいのちを感じながら。


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ダカラ・・・、さよならは言わないよ。

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今日は、お寺の近くのお宅で三七日をお勤めした。

二十代の若いいのちでした。
今晩は、村の方々、そして同級生の方でしょうか。
若い方のお参りも目立ちました。

それぞれの思いを込めて、お経に出遇う。
南无阿彌陀佛に出遇う。
仏さまとひとつになる。

そして、その思いを届ける。
そして、その思いを受けとめる。
思いが一つになる。

仏教は、縁であり、円である。
一つにつながる、いのち。

帰りに空を見ると、月がおぼろに出ていた。
あれっ、もしかして満月かな。

十二月は、お釈迦様が悟りを開かれた月。
仏教にとっても、聖なる月なのです。

そして満月は、お釈迦様の相でもある。
円満にして欠けるもののない、完全なる悟りの象徴。

お父さんとお母さん、そしてお爺さんとお婆さん。
ご兄弟、親戚、村の方々、そしてご友人。

たくさんの方々とお勤めした三七日。
きっと彼女も感謝している。

悲しみの中に、融けこむいのちがあるんだ。

ずっと、これからはみんなを見守って行くからね。

だから私は仏になるんだよ。
だから、さよならは言わないよ。

今宵は、阿弥陀様の光りがはっきり見えた。
きっと彼女からの贈り物。

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年末年始は、イタリアン精進料理をいただく。

精進料理
      (宿坊研究会堀内氏撮影:宿坊光澤寺 イタリアン精進料理)

托鉢では、出された物はいただくのです。
ですから、お釈迦様の時代、僧侶はいろんなものを食べていただろう。

決して肉や魚を食べなかったということはない。

現在でもインドでは、ベジタリアンが多いと聞く。
レストランや飛行機では、ベジタリアンかどうかを確認する。
決して、仏教がベジタリアンだと言うことはないのである。
どちらかといえば、他の宗教者の方に多いのかも知れない。

タイ寺院に行ったときも、信者の方々が料理を持ち寄る。
それを僧侶が最初にゆっくり食べる。
それを皆は食べ終わるまで見つめておられた。
タイ料理は香草が使われている、何でも使ってあったと思う。

タイの僧侶は一日一食。
ゆっくり食べ終わった後、皆はその残りをいただく。
残りと言っても、キレイに食べているので、別に問題はない。

精進料理とは、いったいどこで発達したのだろうか。
どちらかといえば、日本なのかな。


まあそれは良いとして、宿坊では精進料理も希望に応じてお出し
しています。

特に、精進料理では珍しい、イタリアン精進料理も。

今年からの宿坊ですが、このイタリアン精進料理が好評なのです
宿坊には、お昼だけ精進料理を食べに来られる方々もいらっしゃい
ます。

レシピは、本願寺が出しているものですが、季節感を出したり、地元
の新鮮な食材を使っている。
やはり食材で料理の味は大きく変わります。

その点、鳥取は魚介類から野菜、お肉まで地元の新鮮な食材が簡単
に調達できます。

来年はさらに工夫を重ねて行こう。

年末年始は、ちょっと心と身体を整えて行く。
精進料理で過ごす、お正月も良いかも知れない。


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人は一人では幸せになれない。

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人は生きている限り、やはり自己中心の世界から抜け出すことはでき
ない。

もしその心に近いところまで行ける人、それを聖人というのでしょう。
ここではあえて聖人とは、St.といったイメージでしょうか。

仏教的に言えば、縁起のなかに生きている存在。
すべてのものは、関わり合い、そしてつながっている存在なのだと言う
ことです。

人が幸せに感じるときは、たとえば目標を達成したとき。
でも、そこに一緒に喜んでくれる人がいなければ、その幸せも一瞬で
終わってしまう。

感動とは、人を幸せな気持ちにさせることができたとき。

人の本当の幸せとは、他の人の喜ぶ相に出会ったときかも知れません。
自分だけの幸せだけでは、本当の幸せとは言えないのかも。

やはり、皆が幸せになって行くことが大切なのだと思う。
それは縁起の世界に通じることです。

だからその関係性を大切にして行かなければならない。

阿弥陀如来の誓願も、究極的にはそう。
それが私たちの世界では、御同朋・御同行と展開される。

この世の中には、光と陰がある。
それは生ある者、この世の存在を存在たらしめているもの。

そのすべての存在に、生きる意味を与え、光りを注ぐ。

そのとき、すべてのいのちの存在に気づかされる。

慈悲の瞑想では、そべての存在の幸せを願う。
そしてその存在に、光りが届きますようにと・・・。

仏の存在とは、どうしても至ることのできない人間の根源的なこころに、
光りを与えるのです。

そして、気づきを与えてくれる。

その気づかされた心が、浄土真宗的な信心となって行く。

それは、悟りの世界に近づくことなのです。

自分と言う存在を、すべてのいのちの流れの中に融けこませてゆく。


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勘三郎さんの葬儀がありましたね。

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今日は、東京の築地本願寺で中村勘三郎さんの葬儀が執り行われた。

TVの情報番組でその様子が流れていた。

築地本願寺なので、浄土真宗の本願寺派のご門徒さんなのでしょう。
このときに、法名が意外と話題になったりする。

各宗派では戒名となるが、浄土真宗では法名となる。
法名の場合、院号が付けられても最大で六文字なのです。

ただ、他宗の場合の戒名は長いほど有り難いといった印象がある。
でも、法名は仏の名前なので、そこに差はないのです。

まして戒名が長いからと言って、仏様の位が上がる訳がない。
ただ人間の欲望が生み出した産物でしかないのだ。

少しでも周りの人たちより、上に位牌を置く。
残された者たちの欲望以外の何物でもない。
まして各宗派の開祖はそんなことは間違っても言っていないはず。

さすがに今回の葬儀では、勘三郎さんの法名は阿弥陀様で見えなく
されていました。
浄土真宗本願寺派の東京の拠点である築地本願寺の葬儀において
浄土真宗では、本来付けない法名だったからでしょう。

まあ、これはご本人の問題ではないでしょう。
寺院側の方が気を遣って付けられたのかも知れません。
ただ、親鸞聖人の教えではないと言うことです。

人間の欲望は限りない、それを親鸞聖人ご自身がうかがわれている。

やはり、葬儀やお墓、戒名や法名。
これは残された者たちのものであると言うことが、よく分かる情景でした。
もちろん目くじらを立てる様なものでもありません。
さすがに勘三郎さん、最後を滑稽に飾って行かれました。
まあ、その法名を付けられた僧侶は、自分が滑稽だとは思ってらっしゃ
らないでしょうが。

その迷いの姿のまま、阿弥陀如来はすくうとお誓いになられている。

ただ、浄土真宗の法名の「釋」という一文字には、すべてのものが
平等に浄土に往生し仏となる身である、と言う意味が込められている。

その意味をしっかりと受け止めると言うことも大切だなと、あらためて
感じている。

きっと勘三郎さんも、浄土で笑っておられることでしょう。
そこには迷いもなく、別れもないのだ。
だからこの世に後悔はないのです。

いつかまたお会いできるのだ・・・倶会一処ですね。


南無阿弥陀仏                           合掌




「ニューヨーク坊主、インドを歩く」って本が面白い。

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「No Worry! No Hurry! Eat Curry!」

「心配するな、そんなに急がず、まあカレーでも食べて!」
って感じでしょうか。

インド人の方って、こんな感性なのだそうです。

最近、ある方よりインドの旅行記で面白かった本がありますよ、と教え
ていただいた。

「ニューヨーク坊主、インドを歩く」って本です。
その方はインドに駐在されているとき、この本を読まれたそう。
面白かったので、それから週末は夜行列車に乗って、インド国内のいろ
んな所に行ってみたと。
インドの魅力を十分に堪能されたようです。
2004年に書かれた本ですが、その当時とそれほど変わっていないです
よと仰られていた。
やはり、その国を楽しむには、自分の足で出かけてみることがいいので
しょう、そこに出会いもあります。

その方から、インドの旅先のお話しをたくさんお伺いしました。
日本人が行かない様な観光地に、とても良いところがあるそうです。
インドで行ってみて良かった所はどこですか、とお尋ねしたとき、答え
は日本人の方が観光で行かれない様な場所だったのです。

私も早速、この本を購入して読んでみました。
著者は、なんと私がニューヨークの本願寺に行ったときお世話になった、
中垣顕實さんでした。
そのときは住職でしたが、その後にアメリカの大学院に行かれたとお伺い
していました、たしか専攻は宗教学だったと思います。
今はどうされているのかなあ、とちょっと懐かしく思います。
今度日本に帰って来られたら、是非宿坊においでいただきたいですね。
お寺で講演もお願いできたらと・・・。

さすがにニューヨークに在住されているだけあって、その仏教ネットワーク
は世界に広がっておられます。
そして感じることは、仏教ってインターナショナルってこと、仏教を通して、
すべての国々の僧侶がつながっている。
インドの行く先々の各国のお寺に泊まられながら旅を続けられる。
それも、特に宿泊先を決めないで、仏蹟を訪ね歩かれる。
釈尊にお会いするための旅かなあ。

日本仏教は宗派の壁があり、それぞれの思惑があるけど、つながりがない。
世界貢献も少ないのだと感じることが多いですね。
特に本願寺派はインドの仏蹟への貢献がほとんどない。
大谷探検隊まで出した宗派なのにである、ただの観光地としてしか見て
いないのが分ります。
ちょっと寂しいですね・・・。

この本は、インドの仏蹟のことが、その方の思いを通して、そして風景的に
書かれていて、とても読みやすく、そしてその風景が伝わってきます。
行く先々でのスケッチも。

インドのお話しを聞いて、この本を読みました。
やはり僧侶として、インドはいつか必ず行ってみたい国です。
そして仏蹟を訪ねてみたい。

中垣さんのように、釈尊の歩かれた道を自分で辿ってみたい。
それがいつかできたらと思う。
釈尊が生きられた時と、同じ風景が今でもあるでしょう。

仏蹟は最近観光ルートとして整備はされてきている様ですが。
やはりその場所で出会う釈尊の教えは、格別な様な気がする。
そして、経典の説かれた場所で、唱える経は素晴らしいだろう。

そんな思いを掻き立てられる本でした。
ただ、語学力がないと、中垣さんの様にはいかないかなとも思いつつ。

インドは決して危険ではありませんよ、とお伺いしました。

やっぱり、インドそしてブータン、今行ってみたい国の1番目と2番目。

そしてチベットとダラム=サラ。

メッカとエルサレムもやはり、いつか行ってみたい。

それぞれの聖地を訪ねる旅を・・・。

中垣さんにも、またいつかお会いできますように。
そして、この本をご紹介していただいた方にも必ず。






リタイア後の人生について考える。

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高度成長期を過ごしてきた世代。

その方たちのリタイア後の人生をどう考えて行くか。
それはこれからの日本にとって大きな課題となるのではないか。

現在、地方は疲弊している。
山間部の人口流出は歯止めがかからない。
それは少子高齢化の上に、仕事がないという構造不況である。
そして農業の衰退化も拍車をかける。

でも、絶対に農業では地方は甦ることはない。
何故なら、農家の後継ぎはいない。
その後継ぎは仕事を求めて都市部に行くのだ。

家を代々守ってきた、お墓もそうだ。
今、そのお墓も守ることが難しい時代になっている。
お墓そのものの概念が変わろうとしているのだ。

さっきNHKの番組を見ていた。
リタイヤ後に海外で老後を暮らす人たちのその後を追った番組だった。
その方たちが、自分が描いていた海外での老後が、崩れつつある。
そんな内容だった。

やはりそうなるだろうと思っていた通りの内容。
老後は、やはり日本で暮らすことが大前提であろう。

ただ、国内でのIターンやUターンでも、内容は違っても、当初の思惑
とは違うことが多いと思う。

リタイア後の移住は、皆元気な時に考える。
でも、人は歳を取る、病気にもなる、どちらか連れ合いが先に亡くなる。
それは必ず一年一年現実になってくる。

もちろん自分が死んだあとのこともあります。

ただ物価が安い、気候がいい、それだけではどうにもならない現実が
突きつけられるのだ。

そして、スムーズに入って行けるコミュニティーの存在。
ゆるりとした共同体がこれからは必要。

あとは田舎であっても、心を満たすことができるカルチャー。
そして生きていることが実感できること。

やずブータン村を立ち上げようと思ったのは、海外に移住しなくても
いいように。
そして、もっと自然の中で、やりがいを持って生きて行くことができない
かと考えたから。
そして、歳を重ねてからも、ゆっくりと暮らせる場所を作ること。

ただ都会のマンションやニュータウンの家で老後を迎えるより、もっと
生き甲斐のある生活を送れる場所を、どうしたら作ることができるかを
考えたからです。

生きているときも、いのちが尽きた後も、安心して過ごせる場所。
幸せに暮らせる場所。

今、日本にそんな場所が必要だと思っている。
もちろん行政の支援も必要だが、自分たちが主体となってやって行く
ことも大切。
やはり新しい仕組みを作り出さなくてはならない。

TV番組で一時流行った、田舎暮らしとか移住とか。
夢物語ばかりを取り上げた時代はもはや終わっているのだ。

現実の日常生活の上に作って行かなければ意味がない。

リタイヤ後の人生は、時代に流されてはいけないと思う。



なぜ浄土真宗には修行が必要ないのか。

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「行は阿弥陀の側にあり」

簡単に言うと、浄土真宗に修行の無い理由はそういうことだと思う。
阿弥陀如来のはたらきである南無阿弥陀仏にそれは含まれている。

では、南無阿弥陀仏の念仏をたくさん称えたら、それだけ行を重ねた
ことになるのか。

それは間違いである。
なぜなら、それは阿弥陀如来の本願を疑うことになるからである。

これは、法然上人も親鸞聖人も同じ考えである。
念仏を百万遍唱えるなどは、全く意味をはき違えていることになります。

念仏の回数を問うことはしない。

釈尊も阿弥陀如来も、救いの対象は衆生すなわち凡夫である。
その凡夫を救うための教えであるのだ。

だから、さとりを開くために行を求めない。
ただ、あくまでもさとりを開く、つまり浄土に往生することに関してと言う
ことに対してである。

一切何もしなくて良いと言っているのではありません。
浄土真宗の僧侶は、よくそこをはき違える。

なぜ阿弥陀如来の側に行があるのか。
なぜそこまで行をし、願いを成就する必要があったのか。

それを聞くことをしなくてはならないのだ。
それが、悟りに近づく道である。

浄土真宗における聴聞とは、そう言うことなのです。

念仏一つで救われるとは、自らが何もしなくて良いということではない
ということ。

そこに気づかなければ、浄土真宗の信心には辿り着かない。

気付けば、わたしのいのちに目覚める。
私の心が転換する。
すると、私の生き方が変わる。

それが浄土真宗的生き方かなと感じる。


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自分のいのちに気づく。

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いのちに気づくときがあるのかも知れない。

他のいのちであるならば、それは悲しみ深いときがある。
でも、それは自分のいのちのことではない。

自分のいのちに気づくとき。

僕たちは、自分のいのちに気づいているのだろうか。

そして果たして自分のいのちを生きているのだろうか。

「桜がキレイですね」

この言葉にある思い。

そのいのちに気づくときがあるのかも知れない。

そこからは自分のいのちを生きるのだ。

尊いいのちである、その尊さに気づく。

もしかすると、気づかされるのかもしれない。

自分のいのちを生きて行く。

自分のいのちに気づくとき、その生は輝きを増す。

そしてすべてのものは、美しく輝くいのちに気づかされる。

「桜がキレイですね」

その本質であるとおもう。


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ホワイトクリスマス IN 光澤寺

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今日はクリスマス・イヴ。

朝起きたら、一面が真っ白になっていました。
ホワイト・クリスマスですね(イヴですが・・・)

朝は、「讃仏偈」と「らいはいのうた」をお勤めいたしました。

こちらは、神様ではなく阿弥陀様のお経です。

でも、他の宗教の神様の誕生日ですから、そちらも敬い讃嘆させていただく。

南无阿彌陀佛は、あらゆる仏様や神様も尊ばれるものです。

南無阿弥陀仏を称えながら、神様にも敬いの気持ちを・・・。

そんなクリスマス・イヴの朝のお勤めでした。

朝の冷え込みは厳しかったな。

でも仏様の思いを受けとめる朝のお勤めのあとは、やはり清々しい。

今日はイエス=キリストさまも一緒に見守ってくれているだろう。


覚悟、浄土真宗的な。

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覚悟と言う言葉がある。

覚悟を決めた、などと表現するが、覚悟とはどんなことだろうかと考え
てみた。

覚と言う字は、仏教的にさとりを意味する。
悟も、その字の通りさとりである。

覚悟とは、さとりを重ねること。
つまり完全にさとりを開いた状態のことなのでしょうか。

さとりとは、ありのままに受け止めることでもある。
私たちは、ありのままに受け止めると言いながら、ありのままに受け止
目ると言うことは容易ではない。

苦とは、ありのままに受け止められないときの心の状態でもある。

すべてのものを、ありのままに受け止められたとき、それが覚悟につな
がるのかも知れない。

ただ人間なので、ありのままにと言いながら、決してありのままに見る
ことはできていないのだが・・・。
どこかに必ず自分の心の作用が入っているのです。

全く自分の心の作用を入れないで、物事をありのままに見ることができ
たなら、それは悟りの状態であるだろう。
それは、すべての存在と自分とが一体化すると言った感覚。

そのときの感覚にこんな言葉がある。
「南無阿弥陀仏を称えれば、仏も我もなかりけり。ただ南無阿弥陀仏
の声ばかりして。」
これは良寛さんのお言葉であっただろうか・・・。
禅の世界も、実は最終的な段階は他力である。

南無阿弥陀仏とは、すべてを包み込むもの。
そこにはもはや、仏と私と言う存在さえなくなるのでしょう。

親鸞聖人は、絶対に自分の力では悟りの道に到ることはできないという、
私と言う存在がある。
その煩悩から離れることのできない自分という存在があるからこそ、
阿弥陀如来の誓願がある。
それは南無阿弥陀仏の世界である。

すべてが一体となる。

私のいのちもそうだ、自分では解決できない問題である。
ただ南無阿弥陀仏があれば、私のいのちの問題が解決できるのです。

すべてを他力にお任せする。

それが浄土真宗的な覚悟であろうか。

そのとき、自分の今までの心にけじめをつけることができる。
そうすると、心の転換があり、自分で自分の道を進んで行けるのだ。

他力とは、自分の心を解き放つもの。

迷いの中で、一歩踏み出して行けるのだ。


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冷凍庫の中の様な本堂で感じたこと。

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今朝の本堂はとても冷え込んでいました。
前日の雪が朝は晴れ上がったので、本堂の中は冷凍庫の中のよう
でした。(と言っても、冷凍庫の中には入ったことがないのですが)

昨日は宿坊に一人旅の男性が来られていました。
遠く横浜から来られたそうですが、朝のお勤めは参加したいとのこと。
スケジュールの関係で、早朝からのお勤めとなりました。

最近男性の一人旅の方も、宿坊に来られるようになった。
その方々には、共通点があります。
朝と寒さにお強いと言うことです。
ストイックと言う感じではありませんが、寒さに耐えられる心と身体に
したいとの思いが伝わります、皆さん素足の方が多い。

実は、僕は朝と寒さには強い方ではありません。
坊守に起こしてもらっていることが多いのです。

今の日本社会は、厳しさの中にあります。
仕事も生活環境も・・・。

でも、宿坊に来られる方々は、男性も女性も、しっかりと歩いて行こうと
いう意志が感じられます。

そんな方々のお話しをお伺いしていると、僕も勇気づけられたり、頑張
ろうと思ったり。
やっぱり、人はつながっていることが、生きる力になるんだなと思う。

今日も生きるぞ!


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男性の一人旅も宿坊がいい。

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宿坊を始めた頃は、女性の一人旅の方が多かった。

でも最近は、男性の一人旅の方も来られる。

昨日も関東からリフレッシュ休暇を利用して、宿坊まで来られた。
東京のオフィス街に勤められるビジネスマンの方、まだ若い。

一度、お寺に泊まってみたかったと仰られていました。

宿坊って、やっぱり女性ファンが多いのかなあって感じていました。

お寺と女性って、なんか似合うなあと思っていた。

でも、男性もしっかりとお勤めをされます。

男性女性に関わらず、お寺そして仏教って、惹きつけるものがある
のでしょう。

北海道や九州、そして東京方面と、遠くから来られる方々も意外と
多いのです。

この鳥取の山里のお寺を目指して来られるのだ。

何気ない自然の風景が心を癒す。
そして仏に触れる、お経を唱える。

現在の日常では中々体験できないことかも知れない。

一人ゆっくりと向き合うこと。
それが心を落ち着かせる。

生きているってこと、思い出させてくれるのかも知れない。

今日の朝、お寺は朝日に包まれていた。
厳しい寒さの中、静けさの中に澄み切った空気を吸い込む。

空気ってこんなにきれいだったのかと、あらためて気づく。
そんな場所。

日常の生活の中に、そんなときを過ごす。
おる意味、普通だけど贅沢なときかも・・・、心には。


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お経が心を癒すとき。

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悲しみの淵にあるとき、周りの言葉が耳に届かない。

励ましや慰め、そんな言葉が通り過ぎて行く。

そんなとき、お経だけが心に届くことがある。

お経を聞くことで救われる。

そんな力がお経にある。

もちろんお経の意味が分かるからではない。

ただお経が心を慰める、心を癒す、心を融かして行くのだ。

そして一所懸命に経本の言葉を追って行く。

お経が心に響くときがあるのです。

言葉では言い表せない、表現できないとき。

ただ、お経へと心がつながって行く。

そんな世界が間違いなくある。

心が救われていく世界が。

決して人は、その教えだけに感じるだけではない。

お経の持つ潜在的な力を感じるのでしょう。

そこには、釈尊の真実の言葉が広がる。

葬儀に想う・・・重なる思い。

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今日はお葬儀でした。

地方によっては、先ず火葬してから葬儀をするところもある。
鳥取県西部や島根県などには、その様な風習がある。
これは昔に、遠くから帰って来られる方々を待つのに日数がかかった
からだと聞いたことがある。

交通の便、冷暗所、ドライアイスなどがまだ十分でなかった頃からの
風習がそのまま現在に続いているのかも知れません。

今日の葬儀は、県外に出られていて亡くなられた。
お骨になって実家に帰って来られたので、いつもの葬儀とは多少は
流れが違いました。

帰敬式がまだでしたが、お骨でしたのでお剃刀はできません。
今日は、お剃刀ではなく、五体投地で三帰依文をとなえることにした。
やはり法名を授かって、仏弟子となって浄土に旅立たれるように。

そこに思いを込める。

ご両親は、実家で皆に見送って欲しかった。
早くして浄土へ旅立たれる、それを産まれ過ごした家から。

葬儀には、様々な思いが重なる。
儀礼と思い、そしてそこにみ教えが。
人によっても・・・。

亡き故人への思いを、阿弥陀様の願いを、親鸞聖人のみ教えを。
今は遠く釈尊まで思いをたどる。
釈尊の思いは、すべての人々の心を安んずるため。

そこに今日の葬儀が重なって行く。
有縁の方々へと・・・・。


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通夜に想う、夢・幻の如くなる我が身。

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今晩はお通夜でした。

まだ二十代前半女性の方、まさにこれからの人生だった。

まだたくさんやりたいことがあったでしょう。

突然の訃報に、みな愕然とする。

予期していなく、覚悟もしていない。

一瞬何が現実なのか区別がつかなくなる。

そんな思いだったと・・・。

いつか、そのいのちには必ず終わりが来る。

でも早すぎるそのときは、悲しみが深い。

お経を精一杯唱える、法話も心を込める。

それも虚しく通り過ぎるのだろうか・・・。

でも私にできることはそれくらいだ。

これから四十九日まで、毎週お参りに行く。

ただその悲しみに寄り添うことだけだ。

亡くなられた方は、仏としての歳を重ねて行かれる。

いのちは決して尽きることはない。

これからもずっと。

この世は、夢・幻の如くなるわが身ということ。

まさにそうだな、でも、その残されたいのちを生きて行こう。

私にできることは、それだけだ。





其仏本願力・・・「尊号」。

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『仏説無量寿経』の巻下にある言葉。

「其仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転」


「其仏本願力」というは、弥陀の本願力と申すなり。

「聞」というは、如来の誓いの御なを信ずと申すなり。

「欲往生」というは、安楽浄刹に生まれんとおもへとなり。

「皆悉到彼国」というは、御ちかいのみなを信じて、生まれんとおもう人は、
みなもれずかの浄土に到ると申す御ことなり。

「自致不退転」というは、「自」はおのずからという、おのずからというは、
衆生のはからいにあらず、しからしめて不退の位にいたらしむとなり、
自然ということばなり。
「致」というはいたるという、むねとすという、如来の本願のみなを信じる
人は、自然に不退の位にいたらしむるをむねとすべしとおもへとなり。
「不退」というは、仏にかならず成るべき身と定まる位なり。
これすなわち正定聚の位にいたるをむねとすべしと説きたまへる御のり
なり。

以上は、宗祖である親鸞聖人の『尊号真像銘文』からいただいた。

このご文は、葬儀のとき唱えることが多い。
納棺の際には、「尊号」とともにお入れするときのご文でもあります。

その方が、本願をお聞きになって、仏となられること。
その意味を込めて、お唱えするのだ。

どうぞ間違いなく、お聞きください。

そしてかならず仏となる身に定まりますように・・・。
それは阿弥陀如来の願い。

迷い多きいのちであるけれど、だからこそ弥陀の願いがある。

明日はお通夜、この「尊号」をお持ちする。

そして葬儀でお称えさせていただく。

私もその願いを聞かせていただく。

親鸞聖人と和讃と念仏。

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『正信偈』を唱える。

そのあとに、和讃と念仏を唱えて行く。

『正信偈』では、念仏と和讃六首が、毎朝のおつとめで繰り返される。

ここに宗祖である親鸞聖人の伝道布教の姿があると聞いた。

関東での親鸞聖人の布教。

文字も読めぬ人々へ、他力念仏を説かれて行く。

法然上人の高弟でさえ理解できなかった、他力念仏の教えである。

どうしても自力を交えなければ理解できなかったのです。

自力と他力の境目は、一般的に考えるほど簡単ではない。

ただでさえ難しい教えであった、それを関東の人々に説いて行く。

当時、その親鸞聖人の教えに入って行かれた門徒衆は多い。

それはなぜか・・・今の教義理解では量れないことでしょう。

そこで、何が民衆を惹きつけたのか。

そこには、やはり親鸞聖人が比叡山で身に付けていた儀礼への憧れ

があったとも言われています。

都で流行している念仏・・・礼賛・念仏和讃・不断念仏、等々。

ときに和讃は、念仏とともに、田畑を耕す人々に唄われる。

生活とともに、念仏と和讃があったのでしょう。

そして、浄土が約束される、その浄土への憧れ。

現在では、親鸞聖人のみ教えばかりがクローズアップされている。

でも、その伝道布教の根底には、親鸞聖人が儀礼のプロフェッショナル

であったことが欠かせない要因だったということがある。

その時代の最高峰である比叡山で長年修行され、そのトップクラスで

あった親鸞聖人の儀礼、そこに憧れがあったと考えるのは容易である。

そして、その教えは民衆の生活の中に入って行ったのでしょう。

親鸞聖人は『正信偈』に念仏と和讃を唱えておられたのかも知れません。

そんな一面から、親鸞聖人の関東布教を見て行くのも、興味深いこと。

教義だけではない親鸞聖人のお姿が、見えて来るかも知れません。

『正信偈』と和讃念仏をお唱えするとき、そんな思いがふと頭をよぎる。


日常的な豊かさと、心の豊かさと。

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日常の中で心を整えて行く。

仏教の持つ、本質的な部分であると思う。

そして人間は、現世に利益を求めて行く。
でも、それでは本当の心の豊かさにはならない。

それは釈尊が説いたことである。

現世に利益を求めて行くと、それは欲や執着となる。
はたまた、過去世の業にまで話しが及ぶことがあるのだ。

そこから心を解き放つことが、仏教の大切な教えであるのだろう。
でも人間の欲望はそこに気づかない。

常に新しい欲望に餓えている。
それは際限のないもの、決して満足すると言うことがないということに、
人は決して気づかないのだ。

それが現代社会を作り出している。
その結果の日本がどうなったかを、そろそろ考えても良いかも知れな
い。

この世に永遠に繁栄するものなどない。
それは過去の歴史を見れば、これほど明らかなものはない。

もちろん、今の繁栄を否定するものではない。
できるなら、皆が豊かな方がいい。

でも、本当の豊かさとは、物質的な追求ではない筈である。
そのことを、心では知っておかないといけないということです。

仏教経典の成立年代を考えて行くと、その辺りも見えて来る。

後半になるほど難解になり、また人間的欲望が出てくる。
釈尊の教えから少しづつ遠ざかって行くのです。

物質的な要求の中に、しっかりと精神的な豊かさを持つこと。
それが今の日本に求められることではないか。

その両方を持つこと。
それは、逆に言えば、今の日本にしかできないことなのかも知れない。
新たな価値観の創造です。

お寺と宿坊の可能性・・・僕が感じること。

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今朝は久しぶりに晴れ上がった、快晴である。
雪をかぶった本堂も青空にくっきりと映えている。

法務も今日は入っていない。
それはそれでちょっと気楽だったりする。

最近の冷え込みで、体調もすぐれず風邪気味だった。
昨晩は暖かくして、ゆっくり休んだので、体調もほぼ戻った。

今年ももうすぐ終わりだな。
できることは年内に片づけたいと思ったりする。
年末は、人の意識に区切りをつけさせる効果があるんだろう。

今年は宿坊を始めたこともあって、いろんな方々との出会いがあった。
山里の観光地でもない宿坊に誰か来る人がいるのかなあ。
そんな思いがあった。

旅館ではないので、平均すると一週間に一組くらいの割合でしょうか。
でも、こられた方は、この宿坊を目当てに来られる。
お一人お一人と、ゆっくりいろんなお話しをする。
帰られるときは、まだ話し足りないくらいに・・・。

お寺、そして宿坊の持つ可能性を感じた一年でもありました。

仏教やお寺には、人のこころを癒すものがある。
そして、人のこころを安らかにする。

宿坊には、出会いがある。
一人で来られても、そこに必ず出会いがある。
そしていろんな体験ができる。

僕が感じることは、このお寺や宿坊、そして八頭の地がみんなのふる里
になれたらいいなということ。
都会に暮らしていても、一人暮らしをしていても、帰る場所がある。
そこに行けば、懐かしさがある。
そんな場所。

「やずブータン村」も、みんなにとって第二のふる里になれたらいいの
かも知れません。
でもいつか、そこが本当にふる里になるかも。

そんなことを感じた。


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今年は雪が一気に下りてきた・・・冬は雪を楽しむ。

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今年の冬は、雪が一気に山里に下りてきた。
例年だと、12月初旬から徐々に里に下りて来るって感じ。
でも、今年は1週間の間に真冬になったよう。

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2~3日前に、寒気団がやって来た。
奥の山に雪が来たって感じ。
冬っぽくなってきたって感じ、でもまだ余裕かなと・・・。

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近くの山は、紅葉の名残があった。
冬の山と言うより、まだ秋の山って感じです。

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1週間くらい前は、まだまだ日差しが秋って感じ。
山も空気も木々も、秋を残しています。

でも、1週間で秋の名残が去り、一気に冬真っただ中になっちゃいま
した。
もう少しゆっくりでもいいのにな。

身体の準備はまだできてなさそうです。

でも、雪の宿坊もまたいいですよ。
ただ、県外から車で来られるときは、冬の装備が必要ですね。
バスや列車だと、特別な大雪でもなければ問題ないです。

近くの駅や停留所までお迎えに行きます。

雪がなければ、四季の全部を味わえないのだから。
これも、またよしです。


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親子で宿坊に・・・仏様にふれる旅。

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家族への思い。

そこにあるもの。

敬い、感謝、つながり。

それを見守る存在が仏様かな。

今のいのちだけではない、遠く過去からつながる思い。

先日、宿坊に家族で来られた方がいた。

子どもたちを、浄土真宗に触れさせたい。

そんな思い。

仏様のこと、子どもたちに教えたい。

みんな、つながっているんだよ・・・。

お寺の境内で、楽しくはしゃぐ子どもたち。

みんな兄弟仲良しだ。

素直に育ってるんだね、でもいろんなことがあるね。

そんなとき、気づけばお寺があるってこと、いいよね。

苦しいこと、悲しいこと、ウレシイこと、みんな一緒だ。

そんなみんなを見つめて行けるお寺ならいいな。

仏様は、みんなを見守ってくれてるんだよ。

どんなときでもね、ずっとずっと。

そこに絆があり、包み込む存在を感じる。

あなたが幸せでありますように・・・。

宿坊がお役に立てたらいいな。



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ブータン王国につながる縁・・・いつか。

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                                                                                  (雪の光澤寺にて)
昨日、東京から宿坊においでいただきました。
お話しをお伺いすると、来週にはブータンに赴任され、3年間くらい駐在
されるそうです。

えっ、ブータンですか!
思わず言葉が・・・。

「やずブータン村」を発足させたばかり。
八頭を幸せのある場所にしたいとの願いから付けた名前。
でも、ブータンに直接縁があった訳ではなかった。

何となく、ブータンという国に縁がつながった気がした。
とても嬉しい気持ちになりました。

でもブータンに行かれるのは大変ですねと、お伺いすると・・・。
いえ、とても楽しみですとお答えになられた。
ブータンは赴任先としては、とても人気が高いのだそうです。

ブータンでは責任者として行かれる。
とても親日派の国民性だそうです。
日本とブータンをこれからもしっかりと、絆を深めて欲しいな。

昨日は、その送別を兼ねてワインを傾けながら、いろんなお話しを
しました。
この前はインドに4年間くらい駐在された経験もおあり。
インドの面白いお話しをお伺いしました。
インドってすごく興味があるけど、行ったことがないので、とても面白
かった。
インド人の人となりが、また面白い。
いつか行ってみたいと、さらに感じます。

インドの隠れた観光地のお話し。
そして、仏教遺跡のこともたくさんお伺いした。
いつか行って、浄土三部経を唱えてみたい・・・。
また、夢が広がる。

お話しをお伺いすると、とてもエネルギーを感じます。
きっとブータンでも精力的に仕事をされるのでしょう。

今回の出会いは貴重です。
僕も、日本のこの地で、「やずブータン村」をしっかりと立ち上げな
ければ。
そう、あらためて誓ったのです。
いつか、本当にブータン王国とやずブータン村が、つながって行き
ますようにと。
そして、本当に幸せな場所になれますように・・・。

そう言えば、今朝のお勤めは「阿弥陀経」でした。
阿弥陀経の原題は「幸せある場所」なのです。

日本に帰国されたら、またたくさんブータンのお話しをお伺いしたい。
でも、それまでに一度ブータンに行ってみたい。
どちらも適いますように。

最近は赴任の準備と送別会が続いているとのこと。
帰りは、特急の停車駅まで、雪の中をお送りしました。

もうそろそろ、東京に着かれている頃です、今日は忘年会だそう。
お身体にお気をつけて、頑張ってください。
そして、ブータンへこちらの思いを一緒にとどけて欲しい。
宿坊が取り持つご縁でもある。

そして、近いうちに、またいつか・・・。

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                       (雪の郡家駅とスーパーはくと)


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冬の厳しさに花を咲かせる・・・巡る季節。

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                                   (山茶花)
今週末は荒れ模様の冬型の天候です。

ただ雪マークが出ている割には、晴れたりしている。
やはり冬の天候は変わりやすい、風は厳しくなっている。

今日は朝から、冷たい風と雪雲、そして時々晴れ間も。

午後からは、雪かも知れないなあ・・・。

もうすぐ近くの山も真っ白になる。

でも、そんな季節に花を咲かせるものもある。

境内の山茶花もこれから冬の間、ずっと花を咲かせる。
椿はもう少し先だな。

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                                   (椿の蕾)

この花たちは、冬が好きなのかなあ。
そんなことを考えたりする。
でも寒さが嫌いじゃないんだろう、雪に埋まっても咲かせる。

冬の間も僕たちを楽しませてくれるのだ。

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帰命無量寿如来・・・偈。

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帰命無量寿如来・・・、それは『正信偈』の始まりの言葉。

「偈(げ)」とは偈頌とも表現されるが、梵語のガータを音写したもの。
意味としては、詩句の形式で、教えや仏や菩薩をほめたたえた言葉
である。

その詩句は、四字・五字・七字で表現される。

ちなみに『正信偈』は、七言(字)一句で、六十行百二十句で構成され
ています。
すなわち、文字数は840文字となる。
『般若心経』は262文字ですから、写経となると一日ではちょっと難し
いかも知れませんね。

六十行百二十句なりと、親鸞聖人ご自身がその著作に記されている。

『正信偈』は、親鸞聖人の著述であり、浄土真宗の根本となる聖典で
ある、『教行信証』の「行巻」の最後に記されています。

本願寺を始めとして、毎朝のおつとめには『正信偈』が勤められる。
蓮如上人の時代に、お勤めが『往生礼賛』から、誰でも唱えやすい
ということで『正信偈』が使われるようになったと言われている。
ただ、文献では親鸞聖人も『正信偈』を唱えていたとあります。

その『正信偈』の最初の言葉が、帰命無量寿如来で始まるのです。

帰命無量寿如来とは、南無阿弥陀仏を展開した言葉で、同じ意味に
なります。
南無阿弥陀仏は梵語を音写した言葉。
それを漢訳した言葉が、帰命無量寿如来となります。

帰命とは南無である。
阿弥陀は大きく二つの意味に展開される。
それは無量寿と無量光(不可思議光)とに。

それは阿弥陀如来のはたらきである本願他力の及ぶところ。
時間的永遠性をあらわす無量寿。
そして空間的無限性をあらわす無量光。

その阿弥陀如来の本願のはたらきは、永遠そして無限であるという
ことになるのです。

そのはたらきの中に、私たちのいのちが包まれているということ。

『正信偈』の意図を親鸞聖人にお伺いすると・・・

「しかれば大聖(釈尊)の真言に帰し、大祖(七高僧もしくは曇鸞)の
解釈に閲して、仏恩の深遠なるを信知して、正信念仏偈をつくりて
いはく、」

無量寿如来に帰命し、不可思議光に南無したてまつる・・・
と『正信偈』がはじまるのです。

この『正信偈』は「行巻」にある。

やはり、阿弥陀如来のはたらきによって、私たちがその光の中に
あることを感謝し、毎朝お勤めさせていただくことなのでしょう。

その光に包まれている・・・

行は私の側でなく、阿弥陀の側にあるのです。
法蔵菩薩因位時~五劫思惟之摂受。

やはり他力の世界である訳です。


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震災後の・・・日本人の心。

東北の勤務先で震災に遭った方と宿坊でお話しをした。

あの震災を体験された方々は、いろんな思いがあるでしょう。
あまりにも衝撃が大きすぎた。
そして多くの人々が亡くなられた。

そのときのこと、どう受け止めて行けるのか。
もしくは受け入れられなくて、その思いを持ち続けるのか。
そんな苦悩が、お話しから聞き取れる。

復興はしなくてはならない。
でも、心に残ったいろんな感情は、簡単には消せない。

その方は、今でもどうしてよいか分からない。
そんな感情があると仰られていた。

まだまだ、これからも心の置き場所を探されるのかも知れない。

日本には、戦後の平和で安全な生活に慣れていた。
これからもずっと続いていくと思っていた。

でも神戸の震災からちょっと風向きが変わった。

バブルを経験し、神戸の震災があった。
そして、リーマンショックのあとに東北の大震災があった。
そこに原発の問題があり、高速道路では天上板が落下した。

平和で安全と思っていた日本。
経済成長が続くと思っていた。

中国と韓国との領土問題も再燃する。
日本人は長く、領土問題は北方領土だけと認識させられていた。
それとともに、沖縄の米軍基地の問題もある。

政治は、そのとき都合の良いことを叫ぶ。

すべてが日本人の都合の良い様に行くことなんかない。

若者の仕事の不安定さ。
農家の方はTPP反対と言う・・・。
でも、その息子さんやお孫さんは、仕事がなくて家を離れる。
後継ぎがいない・・・。
そこに雇用の受け皿はない。

原発反対、でも電気代が上がるのも反対。
大企業は厳しい競争にさらされている、でも雇用を守れと大合唱。
今、日本企業は国内に生産拠点を持つことが難しい。

それらの現実を見ないで、一体何を政治はしようとするのか。
でも政治の問題ではない、日本人の問題なのだと思う。

皆、自分の都合の良いことだけしか言わない。
そして、マスコミも何か言うと集中砲火を浴びせる。

言論の自由が保障され、自由な日本だと思っていた。
でもそこに今や言論の自由がなくなっているのだ。
そのことに気づいているのでしょうか。

マスコミ側にも、冷静に客観的に伝える能力がもはやない。
今やNHKだけが、かろうじて一線を踏みとどまっている。

日本人の多くの人々が、経験したことのない現在の社会に、不安を
抱きながら、先の見えない自分を感じている。

そろそろ、しっかりと地に足をつけて、落ち着いて考えることも必要
ではないかなと、そんなことを思ったりする。

経済や雇用なのか、生活の安全なのか。
農業を守るのか、原発はどうなのか。
中国との領土問題はどう取り組むのか、では米軍とはどうするのか。

いつも問題は、その一部だけの議論に終わる。

少子化対策だって、今回できた新しい党も、民主党の施策とさして
変わらない。
要は、若者が、社会が子どもを必要としない価値観の元にあるの
です。
子ども手当を支給したからと言って、少子化対策にはならない。
やはりただのバラマキデにしかならないだろう。

地方の支援に補助金も出ているが、なかなか有効な手立てはない。
名所作りに精を出したり、イベントをしても、どこでもやってること。
結局、地域住民には還元されることはない。

何故なら、今の自分が良ければいいと言う、日本の政治家のまま
が、今の日本社会の構図だから。

だから年金の問題も中々解決しない。
誰もが我慢したくない、そして誰もが自分が損したくない。

日本は、心を大切にすることを忘れてしまっている。
それはお寺や僧侶もそうかも知れない。

もう一度、心を整えて行くことが求められているのでは・・・。
そして、政治ではなく、自分たちで一歩踏み出して行くしかないのだ。

やずブータン村は、そんな一歩を踏み出してみたい。
実現は難しくても、そこに暮らすすべての人が幸せで有る場所。

物質的よりも精神的な幸福のある場所。

地方における雇用創出はもはや無理である。
必然的に、過疎化そして少子高齢化は進む。
ではどうするかと言うのが、現実に突きつけられた課題です。

それを前提に考えないと、幻想ばかり追いかけても解決策は見えて
こない。





宿坊の出会いってすごいな・・・と感じる。

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宿坊を始めてみて、いろんな出会いがありました。
普段のお寺の生活では、出会いないなと思う。

今年の4月から始めたばかりです。
まして、こんな鳥取の観光地でもないお寺を訪ねて来られる人がいる
と言うこと自体、私が驚いているくらいです。

女性お一人が一番多いかな。
でも男性お一人も徐々に増えてきました。

NHKや新聞で紹介していただいたおかげで、年配の方やグループの
方々も訪れるようになった。

もちろん、旅館やホテルではないし、何もない山里なので、毎日では
ありません。
最近は、せいぜい週にお一組くらいでしょうか。

でもお一組毎に、それぞれ違った出会いがあります。
ホテルなどと違い、お一人お一人との接点が深いですね。
すぐに知り合いの様な感じになります。

仕事に疲れて、のんびりされたい方。
悩みや相談したいことがある方。
仏教や浄土真宗を学ばれたい方。
宿坊に興味のある方。
お経を聞きたい方。
瞑想や写経などを体験されたい方。
お寺に興味がある方。
グループで気兼ねなくゆっくり過ごされたい方。
家族連れの方。
これから進む道を求めている方。

そして新聞やTVの取材の方々。

全ての人、お一人お一人と、いろんなお話しをします。
どなたも印象深い方々ばかり。

確かに、観光と違って、この宿坊を目当てに来られる方がほとんど。
遠くは、北海道や九州、関東や関西、中国地方と、よくこんな遠くから
来られるなあと、驚きの連続です。

そんな方々と、自然に、そしてゆっくりと過ごしていただけたらいいな
と思っています。

これからも、そんなに沢山の方は来られないでしょう。
でも、訪れた方が安らいで帰られたのなら、これほど嬉しいことは
ありません。

これからも、こんな宿坊ってあるの?
と感じていただける、そしてここだけにしかない宿坊にして行きたい
ですね。

「鳥取の山里にある、自分だけのとっておきの宿坊」
そんな感じ・・・。


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『正信偈』を唱えているときのこと・・・。

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今日は、『正信偈』和讃六首引を朝から八回唱えた。
一回の時間は、約25分です。
一日に唱える回数としては、やはり多い方です。

最近ちょっとお疲れモードでしたが、唱えるときはやはりモードが切替
わりますね。
つい唱えることに入り込んでしまいます。
結構エネルギーを使い果たします。

もちろん、お勤めをしている方々によっても、多少は唱え方が変わっ
てきます。

一緒に唱えられているときは、その方のペースに多少は合わせます。
それと声の大きさや、唱え方も一回一回違ってくる。
何度唱えても、いつも手探りと言った感じもします。

安定して唱えられると良いのでしょうが、喉の調子も一回毎に違う。
ただ、最悪の場合でも、ある一定以上のものは確保しないとと、考え
てしまいます。

唱え方は、基本にできるだけ忠実に、但し、できるだけ自然に流れる
様にが理想。

今日のお経はどうでしたかとは聞けないので、常に自分なりに精一杯
お勤めをする。

唱えるとき感じたり考えていることは、阿弥陀様のこと、親鸞聖人の
こと、そしてご先祖様の思いなどかな。

実際に入り込んでいるときは、その思いがガンガン迫ってくると感じる
こともあります。
そのときは、その思いを受けとめるように唱えて行きます。

それと、『正信偈』の内容を想像しながら追って行くこともある。
いろんなシーンが頭に浮かんでくるのだ。

読経をするときは、無心になることもあるし、いろんなシーンが浮かぶ
ことも。
もちろん、一体になって自然のままに唱えることができたなら、それが
一番良いのかも知れない。
それは、体調や感覚の状況によっても変わるのです。

まだまだ精進が足りないのかな・・・。


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大乗仏教運動とは・・・釈尊と阿弥陀如来。

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難しい歴史のことはよく分からない。

ただ感じることは、大乗仏教運動は、民衆の為の仏教運動だった。

釈尊は、人々に、一人ひとりに教えを説いた。
弟子には、少しでも多くの人々に教えを伝えるため、一人で伝道に
行かせた。

仏教の目的は、一人でも多くの人々の苦を救うため、そして心を安ら
かにするためであった。

教義が難解になり、修行や瞑想に耽る僧になって行ったとき、人々は
本当の教えを求めたのだ。
そして自らの救いを求めたのだ。

そこに起こったのが、大乗仏教運動であろう。

その名の通り、人々の、民衆のための仏教であったはずである。

国のためにでもなく、権力者のためでもなく、自分たちの教えとしての
仏教運動である。

そこでは、自らが経を唱える。
偈頌を唱える。

もう一つは、釈尊への回帰であった。
龍樹の縁起観もそうであった。

民衆は釈尊を待ち望んだ、その一つの表現が阿弥陀如来であろう。

釈尊の言葉と生涯が、阿弥陀如来に重ねられる。

人々は釈尊のエネルギーを永遠へと昇華させて行く。
そこに阿弥陀如来が存在するのだ。

そんなことを感じている。

さて、今の日本の寺院は本当に大乗仏教だろうか。


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NPOを始めてみよう

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来年3月の登録を目指して、NPOを立ち上げ中です。

やはり寺おこしを考えるとき、町おこしと一緒に考えて行く。
町おこしでも、どちらかといえば地域支援が中心である。

どうすれば住みやすい町になるか。
どうすれば住んでみたい町になるか。

そんなことを考える。

全国どこに行っても、町おこしがたくさん。
そこで差別化するにはどうしたらよいのか。

行事やイベントも大切だが、本当の町おこしにはつながらない。
おそらく一過性のもの、費用対効果はあまり高くないかな。

成功事例があっても、やはりその地域の特色があってだろう。

そう考えると、そこにある地域資源を徹底的に掘り起こすこと。
そして見直して行く。

そこから始めるのが良さそうだ。
そして自分たちにできることを徹底的に考える。

今年は宿坊の立ち上げを行った。
もちろん、まだまだ途中の段階。
これからの課題はたくさんある。

でも来年に向けて、お寺と宿坊、そしてNPOの三本柱を整える。
これを合わせて、お寺と町の将来を考えて行く。
それほど時間はないな、それを痛感する。

でもあともう一つ、大切なことがあった。
それは僧侶としての自分自身である。

もっともっと、自分を鍛えなくては先は見えてこない。
僧侶として成長することも、自分自身への課題である。


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過ぎ去って行く今を見つめて・・・政治との距離感。

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行事や報恩講などが重なって、少し慌ただしくしていた11月も過ぎ
去って行きました。

最近思うことは、やらなくてはと思っていても、知らないうちに通り過
ぎて行くんだなってこと。

葬儀を終えて、逮夜参りも過ぎて、四十九日の法要を迎える。
今日は、四十九日の法要でした。

法要の後、天候が悪かったので、納骨は後日改めて行うことに。
法要後、食事をしながら息子さんとゆっくりお話しした。
息子さんと言っても、私より歳上です。

お寺のこと、村のこと、いろいろお話しした。
参考になることがたくさんありました。

やはり、お参りに行ったときは、できるだけいろんな話しをする様に
している。
そこからいろんなことを考えるのだ。

お寺のこと、町おこしのこと、家族のこと、村の情報。
普段だと何も知らないで通り過ぎてしまうことも。

最近は、やはり地方経済の衰退ぶりが余計に目立つようになって
きた。
鳥取では、また工場が撤退すると言う。
お参りしていても、後継ぎのいない家が本当に多い。

そんなことばかりです。
いつか自分も歳を取るなあ、あっという間に過ぎ去って行くだろう。
20年後どうなっているのかな。

今はお寺のこと心配してるけど、町も村も変わって行くだろう。

自分に今できることは何かを考える。
政治とは違った視点で見ないと、方向を誤っちゃうな。

マスコミも政治の動向を追っているけど、みんなバラバラなのだから。
ここには本当の現実が迫ってきている。

日本の経済の方向性とは別に、自分たちの日常を守って行かなく
ては・・・そう感じる。

お寺も地域支援もそんな感じで・・・。


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