宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2013年01月

なぜ阿弥陀如来の側に行があるのか。

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仏教は、修行が必要である。

でも浄土真宗では、私たち衆生の側に行を求めない。
それは、何故なのだろうか。

『教行信証』の信文類にはこの様にあります。

仏意はかりがたし。
しかりといえども、ひそかにこの心を推するに、

「一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで、穢悪
 汚染にして清浄の心なし、虚仮諂偽にして真実の心なし。」

ここをもって如来、一切苦悩の衆生海を悲憫して、不可思議兆載永劫
において、菩薩の行じたまひしとき・・・

とある。

ここには私たち衆生が、自らの力で悟りを得ることができない身である
と言うことが顕かになる。
そして、法蔵菩薩が兆載永劫と言う、とてつもなく長い時間の修行を要
した意味が顕かになる。

私の側に、悟りを得る機と言うものはないのだ。
悟りを開くための種など、私の側に一粒もない。
このことを「機無」といいます。

そう気づかされた時。
こにこそ、法蔵菩薩の本願がある。
そして、たとえようもなく長い時間の行があるのです。
それだけ、私たちの迷いは暗く、深い。

私の存在が「機無」であるからこそ、法蔵菩薩の願いが生まれ、その
行が修せられる。

私の心は、阿弥陀如来の光によって照らしだされる。

そしてその願いが、円融無碍不可思議不可称不可説の至徳、つまり
名号となって成就されるのです。

そこに南無阿弥陀仏が称えられる。

如来の至心によって、衆生に回施され、それが信心となってあらわれる。

これが絶対他力の信楽、それは疑いない心です。

そのとき、なぜ阿弥陀如来の側に行があるのかが顕かになる。


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馴れ合いと責任逃れの構図にさえ気づかない。

いじめ、体罰、そして指導。

文科省は同じ過ちを繰り返すのか。
何度、文部大臣は調査し報告すると言うのか。

そこに主体性はなく、問題の先送りとしか見えないのに。
責任逃れ、私に責任はないと言った感覚でしょうか。

体罰でも、周辺からは容認発言が出てくる。
その方々を、この問題に加えることは意味がない。
何故なら、当事者でもあるからです。

桜宮高校でも、女子柔道も、体罰や暴行を容認する発言が出てくる。
それをTVが放送する。
さも、その意見が多く寄せられていると言ったイメージを植え付ける。
桜宮高校の場合、保護者やOB、受験生、在校生。
当事者ばかりから出てくる発言を、さも世論の様に扱う。
こんな問題を、当事者の言葉ばかり出しても意味がないことです。
まして、JOCや柔道関係者の話しなど出しても仕方ない。
その世界にいる人たちに判断能力はない。

相撲協会がそうであったではないか。
そのときも文科省である。

何度同じ過ちを繰り返し、何度調査し報告させるというのか。

文科省は相変わらず、教育委員会へ命じる。
今回の女子柔道は、何とJOCが柔道連盟に命じる。

ただ単に、上から下へ下ろしているだけ。
旧日本軍のままです。

問題を起こし、そして隠蔽してきた組織に、調査報告させる。
それは、問題をすみやかに分からない様にしなさいと言うこと。
警察の捜査が入るとき、その捜査先に事前に行きますよ、早く問題を
隠してくださいと言っている様なものである。
まだ時間はあるから、ちゃんと処理してくださいと・・・。

さすがにここまで来ると、それらの組織に当事者能力なしと判断されて
も仕方がないでしょう。

相撲協会のリンチ暴行事件の構図と全く何も変わらないのだ。
問題が明るみに出て、世間が騒いでからやっと何かヤバいことになっ
たと気づくのです。

なぜ、こんな対応のときの、対策特別チームを作っておかないのか。
文科省の怠慢にはもう言うことさえない。

JOCもこの程度では、東京オリンピックの誘致はできないと承知すべき
であろう。
この程度の組織に、オリンピックをやって欲しくない。

生徒の声、選手の声を聞くのは、一体誰なんでしょう。

体罰と暴力を使ってしか指導できないのなら、もうそれはスポーツでは
ない。
戦前の軍隊と何ら変わらない世界である、もうそのことに気づいても
いいのではないだろうか。

要は、立場を利用した、不条理の世界なのだと言うことを。

会社でのパワハラと次元が違います、スポーツに上下はないのです。
そして、あくまでも選手が主体なのだと言うことです。






仏教ブームと浄土真宗。

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最近、仏教を特集した雑誌が多く出ています。

世間では、やはり仏教的なことに興味を持つ人が増えているのだと
思う。
法事にお参りしているとき、お婆ちゃんやお爺ちゃんだけでなく、若い
人もちゃんと法話を聞かれていることが多い。

またいろんなお寺にお参りしたり、修行や体験をしたり。
そんな方も増えているのでしょう。

ただ最近の特集は、体験だったり仏像だったり。
宗祖などの人物的なことや教義より、そちらの方が主体ですね。
そう言った意味から、浄土真宗の関係はあまり出ていない様です。
たまに親鸞聖人の教えが載っているが、意外と本質から外れている
ことも多々あります。

修行や体験となると、浄土真宗ではあまり特集にならないのでしょうね。
写経でも『般若心経』が中心ですし、後は座禅とか、修行とか、そっち
の方が絵になりやすいのかな。

宿坊光澤寺では、いろんな体験ができるように考えているけど、全国的
には数少ない浄土真宗寺院なのでしょう。
もっともっと情報発信をして行かないといけないなと思うのですが。

でも、信者数が多いのはやはり浄土真宗です。
もちろん寺院数的に見てもそう。

西本願寺は、現在社会に開かれたお寺をテーマにプロジェクトを進めて
います。
浄土真宗の僧侶も頑張ってる人はとても多い。
でも、やはりまだまだ内向きでなのでしょうか。

仏教の教義的には、浄土真宗は入りやすくて奥が深いと感じます。
そう言った面でも、外とつながっていないといけないな。

もっと、浄土真宗に興味を持ってもらうにはどうするか。
やはり、真剣に考え取り組んで行かなくては・・・。
このダイナミックな魅力をどう伝えて行けるのかを。


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都会と田舎をつなぐもの。

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昨日から、関西方面に所用があって出かけた。

大阪にも寄ることができたので、久しぶりの大阪も楽しみました。
大阪って、梅田が大きく変貌している。
大阪駅周辺や阪急界隈は変わりました、そして高層ビルやマンション
も増えてる。

少しだけ会社員時代を思い出した、でもそれは古い大阪の町です。
大阪って歴史が古く、そして民衆の力が強かった町だから、そこかし
にその息遣いが聞こえてくるような気がします。
そこが東京と違うところかなって感じる。

都会にはそれぞれの顔があり、それぞれの魅力がある。
大阪もより都会っぽくなるのはいいけど、魅力を失わないで欲しいな。
そんなことを感じた。
逆に東京はどんどん進んで行く街、そこに魅力がある。
大阪の町と東京の街、そんな感じ。
僕はどちらにも、5~6年づつ会社勤めをしていた頃住んだことがある。

ふらっとミナミを歩いていて、法善寺横丁を通りかかった。
そこに大人の二人が通りかかりました、後ろ姿がいい感じだった。
ウーン、大阪って感じがするなあ。

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鳥取から関西に行く途中、そして行ってからもいろいろ考えた。
やっぱり都会だけじゃダメだなってこと。
人には田舎やふる里って、必要なんだな。

都会の乾燥した空気と、ビルだけを見ていると、心を安らげる場所が
必要だなって思う。
それには鳥取の様な、湿度がちゃんとある町がいい。

今回は、「やずブータン村」をイメージしながら、大阪の町を歩いた。
都会暮らしもいいけど、田舎にも暮らしたい。
1年のうち、3ヶ月くらいは田舎でもいいんじゃないかなって。

会社を退職してからの時間が自由になるとき、田舎暮らしを体験でき
る場所を創って行きたい。
来たいときにいつでも来れて、また都会の生活に戻れるような仕組み
を考えている。

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コミュニティー参加型の体験村。
そこには自然と農業と仏教、そして文化的な体験。
そんなものを織り交ぜて行く。
全国各地の都会から、一度行ってみたいと思えるような村づくり。

心を癒し、身体に栄養を補給し、生き甲斐を見つけられるような。

ちょっと、また気合を入れて、「やずブータン村」に力を入れよう。
たまには、都会の生活に触れてみることも大切だな。

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やっぱ、大阪はこの看板かな。


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納骨のいろいろ。

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満中陰の法要が終わると、納骨をどうされるか相談があります。

今回、満中陰をお勤めされた家では、雪で延期されたり、彼岸を待って
納骨をされたりと、その家のご事情によって変わります。

仏教的には、納骨に決まりはありません。
もしこうだと言う方がいらっしゃれば、それはその方だけが言っている
ものだと理解しても構わないでしょう。
基本的には、お骨にはあまりこだわらないと言う姿勢です。
でも故人や先祖を大切に思うこと、その思いがあります。
なので、私も納骨はとても大切にしています。

やはり四十九日(満中陰)までは、祭壇にお骨を置いておかれることが
多いです。
私も、聞かれたなら、四十九日以降に納骨をしてくださいとお伝えします。
お骨はやはりご遺族にとっても大切なものですし、故人への思いが一番
あるものでしょう。

四十九日であれば、ご親族の方々がいらっしゃるので、皆でお墓に納骨
をすることができます。
後は、百か日まで待たれる方も多いですね。
鳥取の冬は寒かったり雪があったり、そんなときは納骨を春の彼岸頃ま
で待たれます。

あまり、お骨に思いを残さない(故人への悲しみも)ために、あまりお骨
を家に長く置かない方が良いと、一般的には言われています。
私も、できれば百か日くらいまでに、お墓にお納めした方が良いかと思
います。

納骨のときは、先ず家で納骨の法要をお勤めします。
そしてお墓に行き、お墓の前で読経します。
読経は、納骨の前と後、それぞれお勤めする。
すべてで一時間程度になるでしょうか、都会ではお墓が遠いので家で
のお勤めはできないのでしょうね。

私のお寺では、分骨をされて、西本願寺の親鸞聖人のご廟である大谷
本廟に納骨される方も多いですね。
このお寺に分骨をされる方もいらっしゃいます。
もちろん分骨だけでなく、納骨をされる方も。

分骨は絶対必要とは言えませんが、お世話になった親鸞聖人、そして
お寺に分骨をされるのも、それは意味があると思っています。
その方の思い、そしていのちのつながりを大切にされる思いからでしょ
う、尊いご縁であると思います。

分骨の場合は、一周忌を終えてから行かれることが多いですね。
京都まで行くのは大変ですが、ご家族で皆さん一緒に行かれます。
そして西本願寺にお参りして来られる。

お寺への分骨も、やはりお寺へお参りしようと言う心につながります。
私のお寺では分骨の費用は高くありません、それよりも思いを大切に
したいとの思いからです。
お花を新鮮に保ち、毎日お勤めする。
そうすると、いつでもお参りいただけますから。


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宿坊にマンガを置いてみる。

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宿坊では、いろいろ体験していただける準備をしています。

あとは仏教関係やその他書籍や、雑誌をご用意しています。
書籍や雑誌は、僕が選んだものしか置かない様にしています。

気に入ったものか、気になったもの。
もしくは、参考になるもの。

本ってなかなかそろえるのは大変ですね。
僕もこの10年くらい少しづつ買い足して行ったものです。
そんな関係で、仏教関係や浄土真宗の関係の書籍が多いかな。
あとは宗教関係や、いのちなどに関する本、その他いろいろです。
宿坊に来られた方は、雑誌を中心に時間があると読まれる方もい
らっしゃいます。
宿坊に置いている書籍は、もう500冊以上になると思います。

最近はマンガを読むことはあまりなかったのですが、宿坊にもマン
ガがあってもいいかなと、最近は思っています。

どうせ読むなら、全巻揃ってた方がいいかなと、こちらも少しづつ
買い足すようにしました。
ただ宿坊ですし、子どもたちも読む機会があるかも知れません。
なので、宿坊に合った内容のマンガしか置かない様にしています。
もちろん、自分が気に入った物だけで。

今の時期なら、夜はコタツに入って、ゆっくりと本や雑誌、マンガ
を読んでみるのもいいかも知れません。
環境が変われば、普段は目にしない様なものに、興味をひかれ
るかも知れません。

今揃えているのは、「岳」・「あんどーなつ」・「テルマエ・ロマネ」・
「JIN(仁)」・「僕はビートルズ」・「サンクチュアリ」、そして手塚治虫
氏の「ブッダ」などです。

たまには宿坊で、大人読みするのも良いかも知れませんよ。

なにしろ鳥取県は「マンガ王国」なのです。
なので、宿坊にも・・・。


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雪だるま、ちびになっちゃったけど。

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今日は、久しぶりに雪だるまを作った。

もしかして、数十年ぶりかも知れない。
最近は、雪で遊ぶこと忘れてた。

一昨日から天気予報は、大雪になるかもって言ってた。
でも今朝の積雪は5cmくらい、ああっ、雪掻きしなくてすんだな。

でも今日のお参りが終わって、夕方お寺に帰ると、もう雪がだいぶん
融けてた。

じゃあ、ちびの雪だるまを作ろう!

と思って作ったのが、写真の雪だるまです。

小さいけど、形良く作ろうと思ったら、これがなかなか難しい。

えーっと、目を入れないと、手はどうするんだっけ?

分かってるようで、イザ作るとなると、どうだったかな。

口は、南天の実を入れようと思ったけど、上手くつかないので、あき
らめました。
なんとなく、口の部分に跡形が残っています。

でも、形は変だけど、意外とかわいい。

結構気に入った、雪だるまが出来ました。

本堂の前の階段の上に飾りました。

今年初の雪だるま。

どうでしょう。

宿坊に来られたら、一緒に雪だるま作りができるかも知れませんよ。




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地域活性化会議「やらあで八頭!」に行って来た。

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鳥取県では、鳥取力という地域活性化の取り組みがされている。

今日は、八頭郡地域の発表会と交流会が行われた。
「やらあで八頭!」というキャッチコピーでした。

前半は、地域活性化に取り組んでいる団体三組の発表。
後半は、グループに分かれての意見交換会でした。

私たちの、「やずブータン村」も今回初めて参加しました。
やはり、鳥取県や八頭町の行政との連携が、これから不可欠になって
きます。
あとは、地域内の他団体の活動状況の確認や人的交流も必要になっ
てくるでしょう。

今日は雪の中での開催でしたが、会場には思ったよりたくさんの方々の
参加がありました。
内容的にどうと言うよりも、結構地域活性化の意識が高いなと感じた。

もちろん、素人の団体の域は出ていないけど、それが逆に新鮮だったり
するのです。

若桜町や智頭町と言う、全国的にも注目を集めている地域があり、森林
資源や若桜鉄道などの活動報告がなされていました。
まだまだ行政主体の活動であり、補助金がなければ活動にならないと
言った感はあるけど、参加者の意欲も感じました。

これから、ここに参加された団体と連携して行くこともあるかな。
地域全体が活性化されれば、「やずブータン村」の活動もやりやすくなる。

八頭にはまだまだ地域資源が眠っている。
少しづつ芽を出し始めていますが、だれかがきっかけを作れば、それらが
一気に活性化するでしょう。
たぶんもうすぐって感じです。

単独で活動するより、連携した方が絶対に活性化する。
その起爆剤の役割を、「やずブータン村」が果たして行きたいですね。

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出遇い、そして導かれる。

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四十九日の法要があります。

人が亡くなってから、彼岸にたどり着くまでの状態を中陰と言う。
それが満たされて彼岸にたどり着かれる、それが満中陰と言う。

仏教では、世界的に四十九日の法要はお勤めされると聞いたことが
あります。
やはり、故人を偲び喪に服すと言った意味合いが多いのでしょう。

日本では、四十九日から百か日、そして年忌法要が勤められる。
面倒だと思う方もいらっしゃるかも知れませんが、キリスト教の方々は、
そんな習慣があって羨ましいと思われることもあるそうです。

故人を皆で、敬い感謝をささげる。
尊い思いであることに違いないのです。

葬式仏教と言われますが、やはり葬儀から年忌法要まで、しっかりと
決まっているのは有り難いことなのだと感じます。

決して豪華さや華やかさは関係ありません。
それは、それぞれのご遺族の問題なのです。

でも、しっかりとお勤めされるということは、自分のいのちを見つめる
ことになります。
生きているいのちを見つめること、それが大切なのでしょう。

この世の死から、仏のいのちとなる。
その道を、故人から私たちは教えていただくのです。

お勤めをされたなら、南無阿弥陀仏とお称えする。
そこにこそ、阿弥陀如来の願い、元の法蔵菩薩の願いがある。
その願いは、私たちに届けられるのです。

その願いは、法蔵菩薩が、尊い仏に出遇ったときにはじまります。
そこに、法蔵菩薩の悟りに至る道が始まる。
それは、法蔵自身ではあるけれど、仏に導かれたものでしょう。

私たちも、出遇いがあり、導かれて行く道がある。
ただ、念仏を称えるだけでと思うかもしれませんが、そこにはすでに
出遇いがあるのです。


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水墨画の風景・・・長谷川等伯の「松林図」に寄せて。

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お寺の鐘楼前から撮影した山の景色です。

まるで色彩が水墨画の様です。

そう言えば、映画や直木賞で一躍脚光を浴びている、長谷川等伯。

彼の代表作は、何と言っても「松林図」でしょう。
国宝で、国立博物館に収蔵されている。

もしかすると日本の絵画の最高傑作とも言われています。
雪舟の「秋冬山水図」と並び称される、水墨画の傑作。

水墨画や浮世絵は、現実世界から離れているようで、実は現実の空間を
一瞬にして切り取った絵なのだと感じます。

以前、東京に住んでいたとき、休日にマンションで昼寝をしていてたときの
ことです。
夢に何故か見たこともない、等伯の「松林図」が出てきたことがある。
目が覚めたとき、何となく国立博物館に行けば見えるのではないかと考え
て、その日の東京はすごい土砂降りだったのですが、国立博物館に出か
けた。

すると、まさにその日は、「松林図」の特別展示の日だったのです。
国立博物館にはしょっちゅう行っていましたが、「松林図」は見たことがな
かった、まして収蔵しているとも知らなかったのです。

その日は、天候のせいで拝観者も少なかったのです。
もし今公開されたとしたら、大変な人出だったと思います。
それが、ゆっくりと拝観できたのです。

部屋いっぱいに展示された水墨画。
想像以上に大きく、圧倒的な雰囲気に魅了された。

まるで、能登の霧の中の松林の中にいる様でした。
一瞬、自分がどこにいるのか分からない様な錯覚さえ起こる。
そんな出遇いでした、まさに出遇うといった言葉が一致する。

偶然だけれど、必然、そんな出遇いです。

水墨画は、その一瞬の自然を切り取って、一気に描き切る。
そんな感覚があります。
そこに自らの表現がある。
決して、想像や創作ではなく、そこにあるものを感じ取り、映し出す。
まるで空気さえも、そのときの空気にさせてしまうかのように。
空気が、湿気が、厳しさが、そこにはある。

竹の先を捌いた筆で書いてあると聞いたことがあります。
近くで見ると、そのタッチはとても粗く感じます。
ところが、少し離れると全く違う印象になる。
もう少し離れると、その粗く見えた印象が、とても繊細かつ大胆に感
じる。
まさにその風景の中にいると言う感覚だった。

やはり、その本物の迫力に、心が震えることがあります。

今日撮った写真が、そのような感覚までは到底行きませんが、水墨画
の様でした。

自然の持つもの、それを身体と心で感じ取る。

テクニックだけでは描ききれないのだろうな。

いつか自分でも、水墨画を書いてみたい。


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宗教と常識の間。

公立学校では、宗教を学ぶ機会はない。

これだけたくさんの宗教があって、多くの問題があるけれど、そこ
には触れないで、宗教的に無防備なまま社会に出て行くのは、本当
は厳しいことなのかも知れません。
なぜなら宗教とは、それを使う側によって、都合よく利用されることが
あるからです。

ところで、最近の学校教育では、道徳を学ぼうとする流れもあるそう
です。
注意しないといけないのは、道徳もあくまでも時の権力に左右される
ものである、と言うことを念頭に置いておかなくてはならない。
つまり時代によって変わるものと言うことです。

たとえば、戦前・戦中・戦後で価値観が変わる様なものです。

これは常識についても同様です。
私たちが、いま常識と思っていることは、実は日本の今という場所で
しか通用しないと言うことです。

外国に行けば、日本の常識は通用しないこともある。
また、時代によっても常識は大きく変わります。
もちろん、日本の中でも常識は人によって変わる。

これらを一つの価値観にはめ込むのは難しいと言うことです。

その様な理解の元でなければ、間違ったことになることもあります。

教育とは、影響力が大きいだけに、注意をしなくてはならない。
それが昨年から続く、いじめや体罰の問題につながって行く。

これらのことは、教育の体制側の人間の常識が、いかにおかしいか
を表している。
世間一般の常識ともかけ離れていても、その枠内にいる人間は、そ
んなことは意に介さない。
自分たちが正義だと信じ込んでいるのです。
その様な方々に、道徳教育をお任せするのもどうかと思うのですが。

この様に、道徳や常識は、それを操作する人間によっていくらでも変
えることができるのです。
あるときは、それが戦争につながることだってある。
靖國問題もそこに問題がある。

ただ、戦没者のご遺族の方々にも、いろんな価値観がある。
だからこの問題は解決しない。
解決できないものを、解決しようとするところが問題なのかも知れない。

宗教と一括りにしても、たくさんあり過ぎて、すべて同じ括りにはでき
ないけど、たとえば仏教を考えてみる。

時代の流れはあるにせよ、その教えはずっと変わらないものです。
仏教は2500年前の釈尊の教えを基盤としている。
その教えは、時代が変わっても、国が変わっても、社会が変わっても
基本的には変わらないものです。

ただその仏教も、時の権力と結びつくと、思ってもいない方向に行く
こともあります。
ときには、釈尊や宗祖の教えと全く違った方向を向いていることも。

ですから、仏教も権力と一線を引いておくことが肝要です。
宗教は、社会の中にあるけれど、その教えは常識や道徳とは違う
ものであるということ知っておかないといけないと思う。

それが、あるときは宗教弾圧を生むことにもなります。
時の権力者にとって都合の悪いものであったときです。

浄土真宗本願寺派においては、「教章」という基本理念が少し前に
変えられた。
それは時代に迎合してきた本願寺派が、そこに一線を引いておくと
言う意志表示だったのかも知れません。
今でもたくさん残っていますが、時代や道徳に迎合したものが、たく
さんあります。
大切なことだとしても、それは仏教とは違う場所で語られるべきでしょ
うね。

「浄土真宗の生活信条」などは、そうかな。
研修のときは唱えますが、個人的には唱えません。
何となく聞こえが良くても、それは釈尊の教えでも、親鸞聖人の教え
でもなく、だれかが都合よく作ったものだからです。
最後の最後、「社会のために尽くします」という言葉。
親鸞聖人はこの様なことは仰られないでしょう。
たまたま結果が、そうなると言うことだろうと思うのです。
最初からこのように唱えたのでは、教義的におかしくなるのでは。

まあ、連研担当としては、微妙な所ですね。
何事も、自分に置き換えると。

まだまだ日本には、戦前・戦中の価値観が色濃く残っているのでしょう。
それらがすべて悪いと言うことでなく、仏教とはそれとは一線を画す
ものであると言うことだと思います。

時代や権力に迎合した宗教は、時代や権力の終焉とともに、衰退して
行くでしょう。

でも仏教は、2500年の間ではあるけれど、その教えは連綿と受け継
がれてきているのです。

似て非なるもの、仏教と道徳などはそういうものかも知れませんね。

ただ、僧侶が自らを聖の側に置いていただけではいけないということも。
その眼は、常にその時代に苦しんでいる人々を向いていることが大切
ですね。
そこで、教えと向き合っていなければならないと思う。

そこが、明恵上人と親鸞聖人の決定的な違いであるでしょう。

法然上人は、それを親鸞聖人に託されたのだと、私は感じます。

親鸞聖人が浄土真宗と言われた、その背景が。



葬儀での法話で何を話すのか。

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浄土真宗の本願寺派における葬儀規範。

一応は決まっているようで、正式なものはないのだと思います。
ですから、同じ宗派であっても、地方や寺院によって葬儀の作法や
流れが違うこともあるのでしょう。

葬儀は、宗派の規範と言うよりも、その地方ごとでの流れの方が、
中心になることもあります。
ただ近年は、情報化が進んでることもあって、統一化されつつある
かも知れません。

まして最近は、葬儀も会館葬が増え、時間や次第も会館やご遺族
の方々の意向も強くなっていることもあるでしょう。
限られた時間の中で、僧侶としてどう故人を偲び、哀悼の意を表す
るとともに、葬儀の意味を問い、み教えを伝えるのか。

現在の葬儀は、参列者は通夜が多くなってきているそうです。
その様な中で、通夜勤行と葬場勤行、そして出棺勤行の意味を
問うて行くことが大切に感じます。

ここにご親族や一般の参列者が来られる。
そのとき、どのように伝えることができるかが、大切なことだと思って
います。
ただ、儀式を執り行えばよいと言うだけでは、仏教における葬儀の
意味がどんどん軽くなって行くでしょう。
それが結局は、葬儀離れにつながったりして行くのではないか。

厳かさの中に、故人を見送ることの大切さ、悲しみを受けとめて行く
み教え、そして作法と読経。
すべてをそこに込めて行くにはどうすれば良いのか、自問自答の
日々です。

通夜と葬儀のお勤めの中で、僧侶が自身の言葉を伝える機会は、
表白と法話しかありません。

表白については、やはり故人への言葉でもあり、法要の意義をお話
しして行きます。
本当にみ教えをお伝えするのは、やはり法話になるでしょう。

法話は、そのときによってすべて変わってきます。
そして、通夜のときと、葬儀でももちろん違います。

限られた時間の中で、通夜では10分~15分まで。
葬儀では5分~10分までと決めています。

その時間の中で、故人への思い、仏となられる意味、浄土真宗そして
親鸞聖人のみ教え、残されたものの思い、南無阿弥陀仏と浄土。
往生されて行かれることを、しっかりとお伝えしなくてはならない。

浄土真宗は、あくまでも往生して行く、いのちなのですから。

参列者の方が、一番真剣にお話しを聞かれる機会であります。
逆言えば、中途半端なお話しだと、しない方がましと言ったことも。
その点でも、このときはすべてのことを思ってお話しをする必要があり
ます。
僧侶の勝手な話しでは、逆効果になることも・・・。

そこでは、親鸞聖人の大切なお言葉を一つ選んでお話しのテーマに
します。
親鸞聖人のお言葉には、心に響く言葉がたくさんあります。

故人に照らしてみて、そのときに一番伝わるだろう言葉を探します。
そして、その言葉を中心にお話しを進めて行く。

そのときには、いのちと仏、南無阿弥陀仏を必ずキーワードとすること
も忘れてはいけないと思う。

あとは絶対にダラダラと締まりのない話しにならないこと。
そしてそれを聞かれた方が、そういうことだったのかと感じていただけ
たなら、それが有り難いご縁ですね。

実際に、そのときの言葉で救われる方もいらっしゃいます。
悲しみに深く沈んでおられる方に、届くこともあります。

だからとても大切なご縁となります。

次の機会には、実際に通夜と葬儀でお話しした法話を書いてみようと
思います。


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法要は菩提寺じゃないといけないのですか。

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今は菩提寺から遠くに暮らされている。

でも年忌の法要はおつとめしたい。
そのようなご事情でしょうか、お寺に来られました。

菩提寺じゃなくてもいいのでしょうか。
とお話しされていた。

私は、それは構いませんよ、とお答えした。
いろんな事情があって、菩提寺でお勤めできないこともあるでしょう。
私のお寺のご門徒さんでもあります。

故郷を離れて都会で暮らされる方々もいらっしゃるでしょう。
西本願寺や築地別本願寺で法要をお勤めされる方々もいらっしゃる。

私たちは、法要をお勤めしようとされる心を、大切にして行かなくては
ならない。
仏や先祖とのご縁を大切にされようと思う心、その思いが尊いのです。

そこに私たちのいのちがつながり、仏様の願いが届けられる。

今日は、お二人の年忌法要。

無量寿経と観無量寿経、それぞれに表白を添える。
そして正信偈も。
御文章は「八万の法蔵章」。
最後に、「しんらんさま」と「恩徳讃」を唱える。

仏さまは、すべてを分かっておられます。
どんなご事情があっても・・・。

一番大切なのは、おつとめされようとする、お心です。
そこに、仏様のお心があるのですから。

いのちがつながり、思いがつながる。

阿弥陀如来の願いがある。


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昨日あった会、三者三様、仏教を考える。

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昨日は、ちょっと会が重なった。

と言っても、時間はやり繰りできました。

最初は、お寺のご門徒さんたちの集い。
お話しをして、お昼を食べる。
昨年から、時々集いがあります。
普段はあまり来られない方々も多いので、ゆっくり過ごしていただき
ます。
皆さんは、お弁当を食べられながら、いろんなお話しに盛り上がって
いましたよ。

お昼過ぎからは、市内のお寺さんで、鳥取因幡組の門徒推進員さん
の会合に同席する。
副組長で連研も担当していますので、皆さんのお話しをお伺いする。
実は、この会は現在発展中というか、これから進化して行く会だと
感じています。
お寺と一体だけど、自主性も兼ね備える。
そして、展開をして行く。
そこの微妙なバランスがいいところなんだと思います。
本願寺派の活動を根本で支えていく会になるでしょう。
もちろん鳥取因幡組や、それぞれのお寺も。
たとえ意見の違いがあっても、ゆっくり話し合えば大丈夫です。
僧侶側も、しっかりとしなくてはいけません。
やはり、皆さんのお考えを聞いておくことも大切だなと感じます。

そして、夕方からは、旧町内の仏教会の集まりでした。
曹洞宗・浄土宗・黄檗宗・真言宗、そして私のお寺が浄土真宗です。
旧町内で、五ヶ寺の宗派が違うのは珍しいかも知れません。
でも、こちらもその違うところがいいのかも知れない。
特に仲が良いわけではないが、年に数回は行事も含めて集まります。
事情も違えば、教えも違う。
特に共同で何かしようってことにはならないけど。

そう言えば、ニューヨーク仏教会は、各国の代表が連携していて、仏教
を伝えアピールしています。
それっていいなと思います、日本の仏教会はやっぱり宗派単位なので。

昨日の会は、三者三様、いろんな面からお寺のこと考えました。
ただ、ご門徒さんは、すごく考えておられる方々もいらっしゃる。

自分が発展、進化していないといけないな。
先を走ってるつもりになったりするけど、いつも原点を見つめながらも、
進化し続けて行く。

そしてまた原点に戻る。

まだまだ先は長く、そして短い。
どこまで行けるかな・・・。


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「ぴあ」の宿坊雑誌が届いた・・・自分だけの時間を見つけに。

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「ぴあ」が宿坊雑誌を作った。
その本が、今日届きました。

昨年四月に宿坊を開業してから、宿坊雑誌は二冊目です。
それでも、宿坊光澤寺を紹介していただけるのでありがたい。

宿坊と言っても、観光地でもない普通の山里にあるお寺です。
宣伝もまだほとんどしていません。
普通なら、中々探せないですね。

サイズも大きく、値段も1200円なので、この手の雑誌にしては安い
ですね。

宿坊雑誌といえば、従来はどちらかと言えばマニア向けって感じだっ
たのでしょうか、
でも最近は、宿坊が結構一般的に知られる様になったのかなって
思います。

今回の雑誌は、修行体験や精進料理の特集もありますが、やはり
従来のものと、内容的には大きな差はないです。
取材に行くのは費用がかかるので、致し方ないでしょう。
でも、僕だったらもう少し違ったアプローチで作るかなって思う。

ただ、宿坊雑誌が出版されると言うことは、それだけ宿坊と言う存在
が注目されていると言うことでしょう。
一般の方や、若い方が、興味を持っていると言うことでしょうか。

宿坊光澤寺は、今までとは全く違った宿坊として、新スタイルの宿坊
に、これからもこだわって行きたいですね。

まだまだ、宿坊光澤寺の扱いは少ないですが、まだそれだけ希少
価値があります。
自分だけの宿坊を探す楽しみが・・・ここにはあります。

自分だけの場所、自分だけの時間、自分だけの空間を見つけに。


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六七日・・・届けと願う仏の思い。

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六七日のおつとめ。

昨晩、六七日のお勤めをした。
ご親戚、ご近所の方々、毎週たくさんお参りされた。

ずっとずっと、一緒に四十九日まで、故人と旅をする。
阿弥陀様の願いがある、導きがある、だから迷うことはない。

でも、できるだけずっと一緒に旅をしていたい、傍にいてやりたいと思う
のが情である。
その情によって、人のこころは慰められ、癒され、そして悲しみを感じる。
悲しみはできるだけ我慢せず、思いっきり出すのだ。

残された私たちのできることは、故人とともにあり、そしてしっかりと見送
ることしかない。
だから、その方とずっとずっと一緒にいる。

臨終勤行~通夜勤行~出棺勤行~葬場勤行~還骨勤行。
そして初七日から六七日。

その間、ご家族の悲しみが癒えることはない。
でも、しっかりと見送った、しっかり付き添ったと言う思いは残る。
たとえ、悲しみが癒えることがなくとも後悔はないのです。
その思いがあれば・・・。

一つづつ、一つづつ、区切りをつけて行かなくては、その悲しみの癒える
ことはない。
いのちを見送るとはそう言うことなのだと思う。

そこに、その方からの思いが届けられる。
仏のいのちを生きることとなられた方から、私たちに。
見送る側が、いつのまにか見守られる側であることにも気づく。
いや、気づかされるのだ。
そう気づかされたとき、また前に一歩踏み出すことができるのかな。

無理をしないで、あなたの思いは私はすべて分かっているから。
言えなかったこと、できなかったこと、それもすべて分かっているから。

すべてがつながるとき。
円となって、縁となって、つながるいのち。

「連続無窮にして、休止せざらしめんと欲す。無辺の生死海を尽さんが
 ためのゆゑなり」と。


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「心を弘誓の仏地に立て、念を難思の法海に」・・・親鸞聖人の思い。

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「慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。」

親鸞聖人の『教行信証』は、引文と御自釈、つまり経典や論書から
引用されたご文と、ご自身の解釈とで著されています。

上記のご文は、引文ではありますが、ご自身の言葉として述べられた
部分です。
つまり、親鸞聖人ご自身の思いであるでしょう。

これは、師である法然上人の『選択本願念仏集』を書写し真影を図画
したことを受けての思いです。
浄土の真髄を承ったことへの・・・。

そういった面からも、『教行信証』はご自身の浄土教の存在を証明さ
れたものであるが、念仏を非難し法然上人を非難した、当時の朝廷や
仏教界、そして明恵上人への書でもある。
そして、結果的に法然上人の後を継いで浄土宗なるものを名乗った
弟子たち対して、浄土教のみ教えを顕した書となっている。

法然上人の説かれた、浄土の教え浄土真宗とはこの様な教えである、
との思いで書かれた書であるのでしょう。

その思いが、この言葉になって著される。

その様な方々も、救われて行く身であるだろうと仰られる。
あとにはこの様な言葉も。

「信順を因とし、疑謗を縁として、信楽を願力に彰し、妙果を安養に
 顕さんと。」

疑いや誹謗が縁となっていく。

『教行信証』「化身土文類」の、いわゆる後序と言われる部分。
ここに、親鸞聖人がこの書を著した思いが込められているのでしょう。

この思いこそが、この書を何度も何度も推敲を重ね、修正を加えて
いかれたお心なのだと感じずにはおれない。

「心を弘誓の仏地に立て・・・」

「念(おもい)を難思の法海に流す。」

私の心は、阿弥陀如来の浄土にある。
怒りや悲しみや苦しみ喜びも、この世の思いは、念仏とともに難思の
法海に流して行くのだ。
大きないのちの流れに、わたしのいのちをゆだねて行こう。

連続無窮にして、願はくは休止せざらしめんと欲す。
無辺の生死海を尽さんがゆゑなり。

そして、最後の最後に、「菩薩みな摂取せん」となります。

どの様な方々、いづれも、阿弥陀の手の中にある。

そのことを、どうぞみなさん、ご承知おきください。
少なくとも、この書を読む機縁のある方々においては。

そのように私は受けとめさせていただいた。

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「菩薩みな摂取せん」と。

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「菩薩みな摂取せん」と。

これが親鸞聖人が著された『教行信証』の「化身土文類」の最後の
言葉です。

この最後の言葉は、『華厳経』から引用されている。
なので、親鸞聖人ご自身の言葉ではない。

ただ、この言葉が最後に添えられているのです。
そこに親鸞聖人の深い思いがつらなるということは、想像に難くない。

現在での括りは、「後序」となっている。

この言葉は誰に向けられたのであろうか。
ご自身か、それとも出家者も在家者も含めた道俗のものたちか。

すべての者たちよ、という意味合いがあるのでしょう。
もちろん親鸞聖人ご自身も含めてである。

弥陀の誓願にみる、十方衆生、迷いの者たちよ。
それは出家者であろうが、在家者であろうが関係ない。
すべて末法の世の迷える存在であるのです。

とするならば、本願文にある、「唯除五逆誹謗正法」に対しての言葉、
親鸞聖人の思いなのかもしれません。

本分を書いてみます。
「もし菩薩、種々の行を修行するを見て、善・不善の心起こすことあり
 とも、菩薩みな摂取せん」と。

なぜそれが十方衆生に対してかと言うと、その前の文にこうあります。

「しかれば末代の道俗、仰いで信敬すべきなり、しるべし。」
『華厳経』の偈にのたまふがごとし。
とあるからです。

爾者、末代道俗、可仰信敬也。可知。
如『華厳経』偈云。「若有菩薩修行種種行起善・不善心、菩薩皆摂取。」

これは、この後序で述べている「主上臣下」という、戦時中に『教行信証』
から削除された文に通じることもあるでしょう。

それは、親鸞聖人ご自身にも。

それが、法蔵菩薩の願いである。

すべての人に、自分の思いだけではどうしようもない心がある、行いが
あるのです。
それを深く見つめられていた、親鸞聖人のお心ではないか。


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仏教者から見た生命倫理を考える。

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今月から始まる鳥取因幡組の連研のテーマの中に、生命倫理を加え
ました。

日本における生命倫理についての発言は、仏教側や僧侶としての
視点がほとんど語られることはない。
TVや新聞等でも、仏教者がその発言を求められることはない。
もちろん、日本では教以外の宗教者も取り上げられませんが。

キリスト教国においては、宗教者の発言は重視される。
イスラーム諸国においては、宗教学者の発言が最も重いでしょう。

仏教と他の宗教との根本的な立ち位置の違いがあるので、一面から
みると、最もかなという思いもあります。
神という唯一絶対という存在を認めないという立場ですから。

そうすると、生命倫理という立場から、仏教者が語る部分はそれぞれ
の判断にゆだねられるのかも知れません。
特に聖書やコーランと言う、聖典が決まっているものと、数多く残され
ている仏教経典を考えても、難しい点かも知れません。

特に釈尊や、各宗派の宗祖の教えには、民衆の生活を規定する部分
は少ないのです。

現代は、科学や医療が進化し、その倫理面も重要になってきています。
それを仏教的な立場で考えてみることも重要ではないかと思います。
脳死や臓器移植、精子バンクそしてips細胞など、様々な問題がそこに
あります。
そしてターミナルケアや終末医療の問題も。

釈尊は、霊魂に関しては無記とされた。
そんな悟りを開くことに何の関係もない形而上学的な問題を考えること
に意味はないとしたと言われます。

ただ現代の医療は、私たちのいのちに大きく関わってくる問題です。
悟りを開くと言うことに直接関係しなくても、現代の苦に対しての取り
組はなされるべきであると思います。

結論を出さないといけない、と言うことではない。
仏教者としてどの様に取り組み、向かい合うか。
そしてそこには、どの様な背景があるのかを、知っておくことも重要
ではないかと思うのです。
そして、そこには釈尊や親鸞聖人の教えはどうなのかと言うこと。

一般論的なものではないもの、それを求めて行きます。
もちろん、世間と違うものを求めると言うことではありません。
ただ従来の視点とは違った面からとらえて行きたいと思います。

今回は、12月に浄土真宗においては、その第一人者である龍谷大学
の早島先生をお招きいたします。

それまでに、鳥取因幡組としても、私個人としても、この問題を深く探って
行きたいと思います。


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東西本願寺の違いを聞かれることがよくあります。

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私のお寺は、本願寺派(西本願寺)ですが、近くには大谷派(東本願寺)
のお寺もあります。

葬儀や法事では、ご親戚の方々も来られます。
そうすると、両派のご門徒さんが混じることになります。

そこでよく話題になるのは、お経の読み方が違うと言うことです。
唱えるお経は同じだけど、唱え方や節が違う。
それとスピードが違います。

私は、京都に行くときは、西本願寺と東本願寺の両方に朝のお勤め
にお参りすることがある。
そうすると、東本願寺の読経は何を唱えているのか、よく分からない
と言った感じになります。
それくらい両派には違いがあります。

もちろん私は、お勤めでは本願寺派の唱え方ですから、大谷派の
ご門徒さんたちは、唱えにくいかも知れません。
ただ、本願寺派の方がゆっくり唱えるので、一緒に唱えられる方も
多いですね。
ただ逆の場合は、まったついて行けないとといったことになるようです。

皆さんは通称である、西本願寺と東本願寺で言われることが多いの
ですが、本願寺派と大谷派と言ったとき、ピンとこない方もいらっしゃ
います。
西本願寺の祖廟である大谷本廟という場所があるので、納骨のとき
など、余計ややこしくなると言ったことも。

両派は現在はそれほど仲が悪いとは思いませんが、しかし交流が
あるかと言えば、ほとんどないと言った感じです。

仏壇の形式や荘厳にも違いが出てきます。
あとは、どちらが本家かと言うことも話題になることもあります。

本家とか本流という言い方が適しているかどうか分りませんが、西が
本流ですね。
勢力的には、多少西本願寺の方が大きいと言った程度でしょうか。
あとは、宗門校と言われるそれぞれの学園グループは、西の方が
大きいでしょう。
龍谷学園グループは、仏教系では最大の学園でしょう。

ただ、教えはともに親鸞聖人と蓮如上人の流れを汲んでいるので、
法話をするときは、問題はありません。

大谷派の先生の講座を受講したこともありますが、違いがあるとは
感じたことはありません。
ただ、先生による違いは多少はあるでしょうが、これは同じ宗派内で
もあることですね。

両派を合わせると、2万か寺以上あるのですから、元々は日本で最大
の仏教教団であることは間違いありません。
日本にある寺院の1/3は浄土真宗の寺院ですから。

江戸時代の檀家制度が始まったとき、関東以東に浄土真宗の寺院が
殆ど建立されていないということを考えると、それまでは圧倒的に
本願寺勢力が強かったことが伺われます。

現在のそれぞれの本山は、西本願寺は豊臣秀吉によって土地を寄進
されていますし、東本願寺は徳川家康によって寄進されている。
そんなこともあったりで、もちろん両派がもう一度一緒になるなどとは、
お互いに一度も検討されたことはないでしょうね。

教義の違いで派が分かれた訳ではなく、相続によって分かれた訳です
が、東本願寺は対抗意識はあったでしょうから、分立以降は、違いを出
して行くことになって行ったのでしょう。

全くの私見ですが、親鸞聖人は関東で布教されていて、教えを聞かれた
弟子は関東にいらっしゃいました。
その関東の流れを汲んでいる、高田派は元々、法(教え)を相続してきた
という意識はあるのではないかと思ったりしています。

特に西本願寺は、関東にはあまり強くないと言った傾向があります。
西日本にその勢力の中心がありますから。



僧侶の憂鬱・・・ギリギリを探す。

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葬儀や法事をお勤めしたあと。

時々、憂鬱になるときがある。

その一番は、法話です。
通常は10分から15分程度と短いのですが、話しが何となくまとまら
なかったとき。
それ以上に、後からきついのが、調子よく話したつもりだったとき。
意外とそこに落とし穴があったりするのです。

法話は、基本的にその場にはいろんな方がいるという前提でお話し
をします。
たとえば、こんな方々。
①法話を聞くのが初めての人。
②他宗派もしくは他宗教の方。
③仏教や浄土真宗の専門家。
④老若男女。
⑤その場は、最初で最後。
などなど・・・まだありますが。

そして、その聞き手の誰一人も不快な思いにさせないことが大切。
つまり、その聞き手の場を奪う行為をしない。

いつもその前提に立ってお話しするのですが、思わず感情が入ると
良くないこともある。

こちらは良いと思って話しをしている、ただ聞き手の本当の心は分か
らないのです。
すると、後からこうだったのでは、と考え込んだりすることがあります。

相手の気持ちを慮っているように見えて、本当のことが分かっていな
いと感じられているかも知れない。

そんなこと、お寺に帰ってから感じたりすると、結構落ち込んだりしま
す。

あとから、たまに声を伺うこともありますが、意外と良い反応だったり。
そんなときは気が休まります。

僧侶の法話は、葬儀や法事と言う大切な場を提供していただいている。
だからこそ、毎回必ず違ったお話しをします。
そのとき、その方、ご家族、ご親戚などを考えながら。

ただ、淡々とお話ししたとしても、そこに思いがなければ届かない。
思いが入り過ぎてもいけない。
そのギリギリの境界を探しながらと言った感じです。

ああ、また今日も眠れないかな。

僧侶の憂鬱って、こんなところにあります。
僕だけかも知れませんが。


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通夜の法話でお話ししたこと。

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今日のお通夜は、昨年ご主人をお見送りされた方でした。

『正信偈』をいつも一緒に唱えられていた。
今日の通夜勤行では、そんな思いも感じながら唱えた。

そして、「いちいちの花」という親鸞聖人の和讃のお話しをする。
その方の法名にもちなんでいます。

阿弥陀様の願いによって、浄土へ往生される。
浄土に咲く蓮の華、人は蓮の華の上に生れ仏となると言う。
仏さまは、蓮華台の上にいらっしゃる。

その蓮の花びらの一枚一枚から、三千六百千億もの光が放たれる。
まばゆいばかりの宝石の様な光。
光明をてらしてほがらかに、いたらぬところはさらになし。

阿弥陀様の願いを受けて、仏となる道を歩む。
そして浄土に生れられたなら、これからは仏のいのちを生きられる。
永遠のいのちである。

そして、この世に残した有縁の方々を、見守り導く。
仏の意味には、もう決して迷いのいのちには戻らない、という意味も
あるのだ。

もう迷うことのないいのちの中で、利他のはたらきに生きる。
私たち、迷いの衆生を導く。

それが、数えきれないほどの光となって、私たちに届けられるのだ。
その光が届かないところはない。

阿弥陀様は、願いを立て、その願いは南無阿弥陀仏となる。
ただ、阿弥陀如来のお姿は、私たちには思うことも見ることも適わな
のです。
だから諸仏が、その阿弥陀如来の本願をほめたたえ、称名する。
その諸仏の称名が、私たちの声となって、称えられる。
私の声となって、南無阿弥陀仏を称えるのだ。

ここに、阿弥陀の願いと、諸仏の称名が、私たちに届けられる。
そして私たちの口から南無阿弥陀仏の声となって出てくる。

三つの存在がひとつにつながる。
その思いは、清らかで尊い。

三輪清浄の世界が、そこには広がっているのです。

仏となられる方は、「さよなら」とは仰られない。
なぜなら、私はいつもあなたの傍にいますよ。
南無阿弥陀仏となって、あなたに届きますよ。

だから、私の名を称えて下さいね、南無阿弥陀仏と・・・。

お婆ちゃんの思いが、皆さんに届きますように。

今日の通夜勤行の法話で、こんなことをお話ししました。



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臨終勤行。

昨年の秋にご主人を亡くされた方。

今朝その娘さんから電話が入った、その奥さんが亡くなられたと。

お歳でもあり、お身体も大変そうでしたが、ご主人をしっかり最後まで
介護されておられました。
以前報恩講にお参りしたときのお姿が、強く印象に残っている。

ご主人のお葬儀のときも、お身体は大変そうでしたが、しっかりと見送
られていた。
『正信偈』も一緒に唱えられた。

ご熱心なお方でした。
ご主人を、しっかり見送られた、安心されたのかな。

今日のお顔は、すごく穏やかな表情でした。
厳しい昭和の時代を生きて来られ、お子さんをしっかりとお育てになり、
そして寝たきりのご主人をしっかり介護された。

報恩講をお勤めされることを大切にされておられた。
これからまた、ご主人にお会いできますね。
やすらかに、ごゆっくりと・・・・。

でもこれからは、皆さんを見守って行かれるのですね。

浄土真宗では、臨終勤行と言う。
枕経とは言いません。
その方が、今まで仏様とご先祖に見守っていただいた、感謝のお経。
この世の最後にお勤めされるお経なのです。

私たちが、その方と一緒に、この世で唱える最後のお勤め。

通夜勤行からは、その方を偲び、そしてお見送りするお勤めとなります。

本当にご苦労様でした、そしてありがとうございました。

                                       合掌



三十五日法要・・・第十七願、諸仏称名の願の思いを受けて。

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三十五日(五七日)は、初七日から六七日までのお勤めでは、一番
大切な法要と伝えられています。

そのいわれは、故人がこれからどこに生れるかが決められる日で
あると言うことからでしょうか。
昔でいう、閻魔大王の判断があるのでしょう。
そう言って、毎週のお参りにメリハリをつけることもあったのか。
また、ご遺族の思いを皆さんに伝えたいと言うことも。

いろんな理由があって、それぞれの法要をお勤めするのです。
もちろん、最大の目的はご遺族のグリーフケアですね。

今晩のご法話では、その仏様の思いをどう受け止めのかをお話し
しました。
最初に、大切なお勤めであるということをお話しした上で、称名の
ことについてです。

称名とは、南無阿弥陀仏を称えること。
でも、称名を称えることが目的ではありません

回向は、阿弥陀様から差し向けられた働きのみ。
私たち衆生から故人へ差し向けるものなどないのです。
では、法要をお勤めする意味がないではないか?

そこに、この諸仏称名の願、つまり第十七願があるのです。
これは第十八願とは切っても切れない願いです。

阿弥陀如来の本願のはたらきによって、南無阿弥陀仏が私たちに
届けられる。
但し、そこに阿弥陀如来の称名は聞こえてきません。
だからこそ、そこに諸仏の称名が必要になってくるのです。

その方から私たちに南無阿弥陀仏が届けられているのだろう。
今晩の法要で、私たちは南無阿弥陀仏を称える。
それは一体誰から届けられた南無阿弥陀仏だろうか。

阿弥陀如来の思いを、その方が称名として私たちに届けられたの
ではないでしょうか。
そして私たちは南無阿弥陀仏を称える。
そこに思いがあろうとなかろうと、南無阿弥陀仏と称える。

確かに私たちに届られたのだ。
その方の行き先が決まるとか決まらないとか、そんなことは関係
ないのです、間違いなく阿弥陀如来の元にいらっしゃるのだ。
こうして私たちに称名が届いているのだから。

たとえ仏の存在が見えなくても、たとえ浄土があるかないか分から
なくても、ちゃんと私たちに思いは届けられている。

それが阿弥陀如来の他力である、還相回向のはたらきでしょう。
往相も還相も、すべて阿弥陀如来の本願力によるものです。

仏となって、残してきた方々を見守り導くこと。
これが仏となる本当の意味であるのでしょう。

それを受けとめたなら、私たちは感謝をせずにはおれません。
そして、今日をしっかりと生きて行く、残りのいのちをしっかりと生きる。
そんな思いが込められているのかな。

仏と故人と私たちが一つになる場です。
円となってつながる、円満となります。

三輪清浄の世界なのです。


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ある日の電話・・・ご門徒さんの思い。

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年明けのある日、お寺にいました。
すると、電話が鳴りました。
出てみると大阪の方だと言う、もちろん全く面識はありません。

お話しは、浄土真宗そして親鸞聖人のことについてでした。
その方は、連研を受けておられるが、どうもその方の住職の話しに
納得できないと言うことでした。

それで、他の住職にも話しを聞いてみたいと言うことだったと思いま
す。ホームページやブログで情報発信していると、ときどきこの様な
お電話がかかってくることがあります。

仏教や浄土真宗を学ばれる方々は、熱心に勉強されておられる方が
多いのです。
もちろん、それぞれのお考えがおありですから、中途半端にはお答え
できませんし、教学でも先生によって捉え方が違うこともあります。
ときにはそれによって、宗派が分れることになることもあるでしょう。

もう一つの問題点は、それは僧侶の側にあります。
浄土真宗はこうだ、親鸞聖人の教えはこうだ、と言い切られる方が
多いと言うことです。
でも実際は、言葉の受け売りであったり、勝手に儀礼や荘厳はこう
だと思い込んでいたりする。
教義的な背景や歴史をすっとばしている、昭和から平成にかけての
僧侶にはその様な方が多いのも事実です。

実は、これは連研そのものが起因している問題でもあるのです。
勝手に浄土真宗や親鸞聖人を枠にはめる、その背景にある儀礼や
経過を無視してきた結果だったりします。
まして親鸞聖人が九十歳の人生の中でたどり着かれた竟地だけを
取り出して、これが教えだと言い切ってしまう。
そこには取り残される人々や、納得できないままのご門徒さんを、
置き去りにしてしまうこともあったでしょう。

それでいて、法事や葬儀の意味を勝手に解釈したり、衣の色にこ
だわったりしてきたのです。
それでは本当の親鸞聖人のみ教えから遠くなるでしょう。

その方ともお話しをし、一緒に考えました。
やはり、釈尊と親鸞聖人の教えの原点をもっと、聞いて行かなくては
なりませんねと・・・。
そして阿弥陀如来の願いも。

もちろん、浄土・往生浄土、阿弥陀如来の存在。
その本来目に見えないものを、私自身の問題として受け止めて行く
ことも大切なことです。

念仏ひとつで救われて行くいのち。
その念仏ひとつと言うことを、一人ひとりが、どう聞いて行くか、どう
受けとめて行くかが、大切なことだと思うのです。

その先に、初めて絶対他力のはたらきを感じることができるのでは、
そう思っています。

そして、連研も以前の流れのままであれば、時代に取り残されて
しまいます。
釈尊と親鸞聖人のみ教えをしっかり伝えて行ける場でなければ、
その意味を失ってしまいます。

そして現代のテーマにも、しっかりと取り組んで行くことが重要な
ことになるでしょう。
そこを離れてのみ教えはないのですから。

鳥取因幡組も第7期連研が始まります、その時期にこの様な電話
があったこと感謝しています。
自分自身の思いを、もう一度しっかりと見直させられるお言葉で
した。



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地元産の葡萄で造ったワインがあった。

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今日、お寺にいると、どなたか訪ねて来られました。
用件を聞くと、「ワインの販売に来ました」と言う。

こんな田舎のお寺にワイン?
ちょっと不思議に思って、どんなワインですかと聞くと、実はこの地元で
栽培している葡萄で造ったワインでした。

えっ、この近くで葡萄を栽培している!
ちょっとビックリしました。
実は、僕は国産ワイン愛好家なのです。
勝沼には、東京に住んでた頃何度も足を運んだことがある。

実は、ブランドや味はよく分かりませんが、雰囲気とワイン醸造家の
こだわりが好きなのです。
それにコストの高い日本のワイン造りでの頑張りも。
だから高くても、できるだけ国産ワインを買うようにしています。
でも観光客向けの甘いワインだと、さすがに買うことはできませんが。

ワインは、鳥取で唯一のワイン造醸所である北条ワインです。
北条ワインは知る人ぞ知るワイナリー、田舎の農家で造ってるイメージ
です。
でもなかなかいけます、宿坊に来られた方には、北条ワインをお出しす
ることがあります。
僕が地元で買うことのできる国産ワインは、北条ワインなので、地元を
贔屓にしてる。

ブランドは「北条ワイン 甲斐ノワール」。
もちろん赤です。
意外と本格的なワインです。

甲斐ノワールは、ブラッククイーンとカベルネを交配させた品種。
国産ワインの有力種ですね。

値段は二千円とちょっと高めです。
やはり生産本数が少ないので、高くなるのは仕方ないな。

ただ、何と言っても地元の葡萄でできたワイン。
それに勝るものはありません。
僕は、この辺りでもワイン用の葡萄は栽培できるかなと思っていたので、
ちょっと嬉しかったりします。

これからは、栽培や収穫にも参加させてもらえるかな。
宿坊に来られる方にも、手伝ってもらえそうです。
勝沼では葡萄の収穫のボランティアとかやっている。
ここだと関西方面からでも来られる方がいそうです。

何といってもワイン愛好家はこだわりがあるので。

またひとつ「やずブータン村」の楽しみが増えました。
まさか地元産のワインがあるなんて・・・。

宿坊でワイン祭りでもやりたいな。


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一体誰を信じて報告させるのでしょう。

学校、教育現場はどうなっているのだろうか。

まるでブラックボックスです。

そして、今回の文部科学大臣の発言もそう。
教育に携わりたかったとのナレーションがあったが・・・。

早急に調査し報告させる、云々。

一体誰を信じて報告させるのか。
民間企業ならともかく、そこは教育現場である。
隠蔽体質が染みついているのです。
それは過去の例を見れば明らかなのです。

報告主義でやっていたからこそ、問題が放置され続けていることに、
いまだに気づかないのか。

あまりの紋切り型の発言には憤りさえ感じます。

いじめや体罰を隠し続けてきた教育現場に、まだ報告主義を続ける
気なのだろうか。

現在の教育システムでは解決できないのが明白です。

保護者会では、教師を擁護する発言もあったそうですが・・・。
そうなるともっと問題は根深い。
いじめや体罰を受けた側が発言することで、逆差別される構図がある。

熱血教師と体罰の放置。

問題意識のない教師といじめの放置。

今回の大阪と大津の問題。

制度が疲弊しているのに、いまだに何も策がとられない。
教育現場は、すでに聖域ではないのだ。

逆に、その構図に挟まれた、たくさんの教師が苦しんでいるのでは。

保身と出世、定年間近の校長。
上手くすれば教育関係のポストがある。
学校と教育委員会に挟まれた馴れ合いの構図。

そこに到底、報告する力があるとは思えない。
今のやり方では、報告させることで、問題が見えなくなる。

でも、いじめや体罰は今日も続いている。
その陰で、子どもたちが悲鳴を上げている。
でも誰にも届かない。

そしてまた、報告主義の登場です。

そして、いじめや体罰はないということで、関係者は喜ぶ。
私たちの成果だと、私たちは精一杯やっていると。
私たちに落ち度はないと・・・。

そこにどれだけの救えるいのちがあったのか、誰も考えない。

いのちが大事と言いながら、いのちは後回しになっていないのか。

連研が始まります・・・ご門徒が集う。

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いよいよ、鳥取因幡組の第7期連続研修会が始まります。

浄土真宗本願寺派では、各地域で連続研修会を開催している。
これを、いわゆる「連研」と言います。

鳥取因幡組では、今年1月~12月まで、毎月一回で12か月連続で
地域にある寺院を会場に研修します。

これで七回目の研修会となります。
今回の参加者は27名となりました。

ところで浄土真宗では、檀家とは言わず、門徒と表現します。
檀家とは、あくまでも檀家制度の下で、お寺に属しているという感じ
ですが、門徒とは浄土門に集う方々と言ったイメージになります。

浄土門とは、阿弥陀如来の願いの元にいらっしゃるということ。
そこに分け隔てはないのだ、すべての人々が一線ですね。
阿弥陀如来の働きである、他力に出遇った方々。
そして、そこには自らの意志があるのです。

そのご門徒さんを対象に研修会を行っています。
今回は、研修内容も少し変更し、現代的なテーマも組み込みました。

その一つは、「生命倫理」です。
仏教的そして浄土真宗的見地で、「いのち」をどう見つめて行くかを
テーマにしています。
ご講師には、医者であり龍谷大学の教授でもある、早島理先生を
お願いしております。

それと、葬儀や法事の意味について考えてみるというテーマも。

連研の特徴は、参加されたご門徒の方々が、班別で車座になって
お互いの思いを話し合う、話し合い法座を取り入れていることです。

一方的な講義ではなくて、みんなの話しを聞けることがポイントです。
十二回、違ったお寺を会場に、それぞれの住職が講義をします。
逆に言えば、住職もしっかり勉強しなくてはなりません。

そして、この研修を修了された方々が、鳥取因幡組のご門徒さんの
中心となって、それぞれのお寺で活動されて行きます。

今回も、どなたも最後まで参加されることを願っています。

今日は、鳥取因幡組の連研担当の副組長二人で、資料の発送を
行いました。
皆さまに、阿弥陀様そして親鸞聖人の思いをお届けします。


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悟りを得ることは、自分自身の判断による。

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信心を得る。

それは一体誰が判断するのでしょうか。

誰かに、あなたは信心を得ています、と言われても戸惑うでしょう。

信心は、あくまでも自分自身のことです、他人に判断してもらうこと
ではありません。

仏教の世界で、悟りを得ることもそうです。
釈尊の時代に試験などあった訳ではありません。

あくまでも自分自身の判断によるものです。

もし、あなたは悟りを得たとか、信心を得た、と言った類のお話しが
あったとすれば、それはまったく意味のないことになります。

なぜなら、自分の心がその境地に達していないのに、悟りを得てい
ると言われても、嬉しくはないでしょう。
まして、悟り得ていないのに、悟りを得たと言っても、何の得にもな
りません。

信心だって、自分自身が救われていなければ、勝手に信心を得た
といったところで、何の救いにもなりません。

もし、悟りや信心を他人が判断しているとすれば、それはお金儲け
のためでしかないと思うことです。

もちろん戒名だってそうですね、そのこと自体には何も価値はない。
ただお寺の護持発展には役立っているかも知れませんが。
少なくとも仏教の目的ではありません。



リタイア後の人生・・・みんなのふる里を創ろう。

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高度成長と経済発展。

ただひたすら前を向いて走ってきた世代。
でもこれからは、少子高齢化の波。
自分たちで自分たちの人生を創り出すことが必要だと感じる。

それは元気な時も、歳を取っても、そしてそこから先のことも。

ただ、アジア諸国も日本の後を追うように経済発展が目覚ましい。
経済的には、もう日本と遜色なくなる日が来るだろう。

移住も、物価の安いアジアの国に、とはもはや言えない。
なぜなら、行っているうちに物価が急上昇するのが見えている。
病気もする、連れ合いもどちらかが先に亡くなる。

だとすれば、日本でゆっくりと心豊かに暮らした方が良いだろう。

そこに求められるのは何か。
僕が考えること、そして提案するのはこうだ。

四季の自然が豊かなこと。
そして、食べ物が美味しいこと。
無農薬の野菜を自分で作ることができること。
陶芸や彫仏、民藝など自分で何かを創り出すこと。

そして文化的な生活。
そこには仏教が基本にある。
その教えの上に、瞑想や写経、ヨガなどがある。

田畑を耕し、読書をし、自然の中を散策し、仏教を体験する。
それも一日体験などではなく、本格的に体験するのだ。
ボランティア活動も自由に参加できる体制も。

そして、その中心には、その方々のコミュニティーがある。
コミュニティーが無ければ、ちょっとしんどいなと思う。
皆が自由気ままに集えるのがいい、ゆるやかなネットワーク。
でも誰かがいると言う安心感。

一年のうち、1か月~3ヶ月間ほど、そんな生活を送ってみる。
たとえば季節を変えて滞在してみるとか。

数年たって、移住しようと思えば移住すれば良い。

幸いに、僕のお寺と宿坊のある場所には、環境がそろっている。
あとはその準備と仕組みを作り上げること。

それも関西から車で2時間程度の場所にある。

もちろん、老後のことも準備をしておかなくてはなりません。
お葬儀やお墓や永代供養も、都会よりはるかに安く提供できるし、そして
安心できるのは間違いない。
管理はすべてお寺に任せることができるのです。

これを実現するのが、「やずブータン村」なのです。
“みんなのふる里”の実現を目指す。

皆さんは、リタイア後の人生をどう送りたいですか。


みんな笑顔になったらいいな。

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宿坊に来られた方が、色紙をお持ちくださいました。

色紙は、「城たいが」さんが書かれたものです。


「一人が笑う 二人が笑う みんなが笑う 地球が笑う 笑うのがいい」


ここが、みんなが笑える場所になったらいいな。

そう思って、色紙を客室に飾らせていただきました。

いつもみんなが集まって、みんなで笑って、ゆっくり過ごす。

そんな場所に「やずブータン村」がなりますように。

皆さんも宿坊に来られたら、この色紙を見ると、笑顔になるかも知れま
せんよ。



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ダイバダッタとユダ。

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ダイバダッタは、仏教において敵である。
ユダはキリスト教において裏切り者である。

でも今もインドには、ダイバダッタの流れを汲む宗派があると言う。
ユダも、本当はイエスから裏切り者としての役割を与えられた。

それぞれにそんな歴史がある。

ダイバダッタは、仏教の教えを説くために、その役割を演じたのか。
本当は、厳しい戒律を守り通したグループだったと言う。
それが、いつか仏敵の扱いを受けるようになる。

ユダが裏切り者として扱われることによって、イエスが十字架に掛り、
その後に復活を果たすのだ。
ユダの行為が無ければ、ここまで劇的なお話しにはならない。
ユダの福音書は抹殺されたとも・・・。

ダイバダッタが悪役になることで、釈尊の教えをひろめる。
そのダイバダッタは、仏であったのだ。

そこには様々な解釈がなされる。

真の相をどこに見出すだろうか。

宗教や宗派では、抹殺される存在、封印された存在、敵とされた存在、
いろんな存在があるだろう。

その存在に目を向けてみるのも、面白かったりするのだ。

歴史は、その後の勢力によって作られていくのでしょう。



氷の下で、じっと生きているのだ。

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本堂と庫裏の間に池があります。

この池は、何十年も水を入れていませんでした。
僕はお寺に戻ってから、この池に水を入れました。
そして金魚を買ってきて、池に放った。

小赤と言って、一番安い金魚です。
一匹20円~30円くらい。

この金魚が頑張ってまだ生きています。
金魚って何年生きるのかなあ。

だいぶ大きくなった。

正月明けに、雪が降り積もり、氷が張った。
でも、金魚って雪と氷の下でじっと生きている。
やっぱり生命力ってあるなあと感じる瞬間。

最初の歳は、寒くなったら死ぬのかなあと思っていた。

冬はエサも必要ありません。
半分くらいは冬眠状態なのかも知れません。

この金魚は、結構癒しに協力してくれています。
金魚を見ていると、心が落ち着いてくるのです。

宿坊に泊まられる方も、金魚をよく見ています。

僕も、1月から2月は、来年度に向けての準備になります。
お寺の方も、雪国なのであまり行事もなく、ゆっくりと過ごせる。
そういった面では、雪もまたいいかな。

今年も金魚が生きられますように。


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人の世に涙の川があり・・・

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今日は、年末年始の疲れを癒しに三朝温泉に行って来た。
温泉街の旅館は、日帰り湯をやっている。

昼過ぎに入ると、まだお客さんはチェックインの前です。
有名旅館のお風呂が貸切状態なのです。
今日も一番風呂でした。

これが楽しみで三朝温泉の「日帰り湯」に行きます。
今日の旅館は、三朝温泉でも老舗の「斉木別館」です。

温泉にゆっくりと浸かり、温まって暖簾をくぐると、そこに一枚の書が
額に飾ってあった。

遠藤実さんの書でした、そこには・・・。

「人の世に 涙の川があり 苦労の山もある
 その川を渡る時 その山を越える時 歌と言う友がいる」

昭和を代表する作曲家、そして演歌と歌謡曲を支えた人。

そうか、そうやって歌を人々にとどけていたんだなと。

心にその思いがあって、その思いが人に伝わるのだ。

人は迷いのいのちを生きる。
ただそこには釈尊の教えがあり、阿弥陀如来の導きがある。
それに気づくとき、人は一人ではなくなる。
迷いの道から悟りへと・・・。

そんなこと、その書を読みながら感じていた。

そして、この世のいのちの尽きるとき。
三途の川の暗闇も、開かれているのだと、親鸞聖人は説かれる。

人のいのちを支えてくれる存在って、やっぱり必要なんだな。

人のこころに響く言葉、そこには仏様に通じる思いがある。
そんなことを、良く感じます。

これは、歌の詩もそうです。
マンガもそうかな。

大ヒットする歌やマンガ。
そこには、その方が意識しているかどうかは別ですが、宗教的な
背景が作品に込められていることが多いのです。

特に日本の作品には、仏教的な心が宿っているのだと思います。
知らず知らずにかも知れませんが。

今日はそんなこと考えながら、お湯に浸かりリフレッシュ。
途中の新春の海もきれいに輝いていた。
サーファーの方たちも気持ちよさそうでした。

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宿坊で絵手紙を書いてみる。

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宿坊では、絵手紙を書かれる方が、意外と多いのです。

でも、初めてです、という方がほとんど。

簡単だけど、普段はなかなか機会がないのでしょう。

年賀状もほとんど印刷になりました。
手書きで書くことがなくなった。

そんなとき、絵手紙は心を落ち着かせる。
そして、子ども心に戻れる。

心そのままに、それが絵手紙の良さですね。

心を穏やかにする効果もありますよ。
思いがけない絵になるときもある。

そして、言葉を添える。

自分の思い、そして心が素直に出ますよ。
みなさん、やさしい絵を描かれます。

帰りにポストに投函される方もいます。
持って帰られる方、宿坊に置いて行って下さる方。

落款も作ります。
落款を押すだけで、絵手紙にいのちが吹き込まれたよう。

彫刻刀も普段はもう使わないので、ゆっくりと。

出来上がったときには、安心感と満足感が心に行き渡る。

皆さんも、絵手紙を書いて見てはどうですか。


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雪の朝、輝く。

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昨晩は、新年初の積雪があった。
夕方から一気に積もった。

でも、朝日が昇って来た。

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徐々に東の空が染まって行く。

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空が明るくなってきた。

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朝日に雪景色が照らし出される。

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朝日が稜線に昇る。

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一気に、白が輝きだす。

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雪かきも終えて、ちょっと一息。

今朝は、お泊りの方と一緒に、雪かきをしました。
これも宿坊ならでは、かな。
楽しまれていました。

東京では、こんな景色は見えないなって。

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雪も、景色を眺めるのは美しい。
でも、その美しさは、厳しさの両面を持っている。


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一気に真冬、そこに外国の方がいらっしゃいました。

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午前中までは、大したことないなと思っていた。

それが午後からは本格的な雪になりました。
明日は朝から雪かきだな。

空気も一気に冷え込んだ。

そんな今日、宿坊に外国の方がいらっしゃった。

中国から、日本の大学を出られて、今は日本の企業で働いておられる。
休みを利用されて、鳥取の山の中の宿坊まで、東京から来られた。

夕方、おつとめをして、夕食を食べながらたくさんお話しをお聞きしました。
日本の田舎とか、お寺に興味がおありだそうです。

やはり、日本語が上手です。
そこは僕としては羨ましいですね。

今までのこと、これからのこと、日本と中国のこと。
いろんな話しを僕もしました。

宿坊を始めて、以前に韓国の交流グループの方々をお迎えした。

宿坊って、外国の方々にとっても興味がおありかなとは思っていましたが、
実際に来られることはなかった。

もちろん、宣伝をしていないので、この宿坊を知る機会がないということも
あるでしょう。
また、宿坊ってどんなところか、良く知らないってことも。

これをきっかけに、いろんな外国の方々が来られたらいいな。
僕の知らないことをたくさん聞けるからです。

また、各国の宗教事情もいろいろお伺いできます。
やはり直接聞くのは面白いのです。

この方のお婆ちゃんは、毎日仏様に手を合わせておられるそうです。

国は違っても、仏様を思う気持ちはきっと一緒だな。

そんなとき、仏教のグローバルさを感じる。

新年に、良い出会いがありました。

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無辺の生死海を尽さんがため・・・願い。

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今晩、四七日でした。

明日は、その方の二十三回目の誕生日です。
おつとめの後、妹さんがケーキを配られた。

皆でそのケーキをいただいた。

お姉さんから引き継いで、初売りにはケーキ売りのバイトをしていた。
今年も、お姉さんから引き継いだバイトだからと言って、続けられた。
そして、そのケーキを皆でいただく。

そして明日は、その妹さんの成人式。
その方が、とても楽しみにされていた妹さんの成人式。

逮夜のおつとめ。
逮夜とは、その前の夜と言うこと。

思いを前の夜から伝える、どうぞ遅れることなく届きますように。
そしてその思いが、ちゃんと明日まで伝わって届きますように。

いのちの流れが、止まることなく、ずっとずっと続きますように。

お正月、四七日をいつにしようかと、ご両親は考えられていた。
そして一月二日にすると決められた。

その思いの中に、お参りの人、みんながその円の中にいた。

仏さまと私たちが一つの円と縁でつながった夜。

『阿弥陀経』と『らいはいのうた』を唱える。

『阿弥陀経』はお釈迦様が私たち衆生に届けてくれた教え。

『らいはいのうた』は、その教えを受けた龍樹菩薩が、阿弥陀様を
礼拝するうただ。

そう、仏様の教えをいただき、敬い礼拝する。
そこに思いが重なる。
思いが一つになる。
円になり縁がつながるとき。

そんな夜でした。

そして親鸞聖人の言葉が続く。

『安楽集』にいはく、「真言を採り集めて、往益を助修せしむ。
いかんともなれば、前に生れんものは後を導き、後に生れんひとは
前を訪へ、連続無窮にして、願はくは休止せざらしめんと欲す。
無辺の生死海を尽さんがためのゆゑなり」と。

そう、有名な言葉で注意することがある。
有名な言葉がいつも一人歩きする、でもその言葉に後にその大切な
意味が続いていることを。

そうこの言葉は、無辺の生死海を尽さんがため、なのです。

それは、「すべての衆生の、その迷いのいのちを救うために」

それは、まさに阿弥陀如来の願い、そして釈尊の宣言と同じ。
すべてはそこに行き着くのだ。



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新春に若者たちがお経を唱える。

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除夜の鐘を撞きながら、年越しで『浄土三部経』をお唱えしていた。

そろそろ終わりの頃、若い男性グループが本堂に入ってきた。
普段はお寺には縁が無い様な感じです。
おそらく十代後半、高校生くらいかも知れません。

おそらく、お寺に来たことはほとんどないと思います。

今年は、除夜の鐘を最初に撞きに来ておられました。
何かいいことがあるように・・・、そんな感じでしょうか。
もう新年になっていました。

でも、せっかくの仏さまのご縁。

『浄土三部経』を唱え終え、若者たちにもお経を一緒に唱えてもらう
ことにしました。

先ずはお焼香。
それぞれ手を合わせて焼香をされている。
見よう見まねでも、それはそれで仏様への敬いの心です。
その人がそう思っていなくても、仏様は見ておられるのだ。

選んだお経は『讃仏偈』。
おそらくお経を唱えるのは、初めてだったでしょう。

お経本をお渡しし、一緒にお経を唱えた。
中には声に出して唱える人もいた。

どんなご縁かは分かりませんが、それでも仏様に手を合わせ、お経
を唱えようとされている。

そんなご縁も大切にして行きたいなと思った。

ちょっと、やんちゃそうな若者たちでしたが、仏様の光がどうぞ伝わり
ますように。

そう願った。

いつか必ず届きますように・・・。

新春の願いでした。



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除夜の鐘と、新年あけましておめでとう。

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紅白歌合戦が終わる頃、除夜の鐘を撞きはじめます。

光澤寺では、毎年近所の方々が、恒例の鐘つきに来られます。
今年は雪が無かったせいでしょうか、50人前後の方がお参りされました。

豚汁・甘酒・日本酒・スルメ・お菓子など、たくさん用意してもてなします。
今年は余る物がないくらい盛況でした。

皆さん2打から3打づつ程度撞かれる。

私はと言えば、鐘を撞きはじめると同時に、『浄土三部経』を唱えます。
途中で日にちが変わって、新年になる。
二年にまたがってお経を唱えるのです。

厳寒のなか、お経を唱える息も白く、身が引き締まる思い。
お経を唱えていると、お参りの方々が、お焼香をされて行かれる。

今年が、みんな幸せだといいな。
そんな思いで、阿弥陀様の言葉を受けとめて行く。

今年は、さらにお寺を盛り上げて行こう。
そして、この町を盛り上げて行こうと、思いを新たにしました。

先ずは、新年最初のブログです。



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