宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2013年05月

僧侶になりたい ・・・ 光を目指して!

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僧侶になりたい。

そんな相談が今月は数件ありました。
実際に、若い男性と女性の方、それぞれ遠くから訪ねて来られた。

お二人とも共通してること、それはしっかり前を向いて僧侶を考え
ているということ。

何となく僧侶になりたいって言う願望ではなく、目的がある。
生活のために僧侶なら良さそうと言ったことではないのだ。

私にできることは、自分がして来た経験と、今知っているレベルの
ことしかない。
私自身も僧侶として、暗中模索の状態が続いている。
いつその暗闇から抜け出せるときがくるのか分からない。
ただ私が知っていることくらいならお伝えできる。

今、お寺や僧侶、そして葬儀や法事に対する意識が変わりつつあ
ると言われる。
お寺が厳しい時代になって行くのか、ただその時代に寺院や僧侶
は不要となるのか。

それは否、逆にその存在感が増す可能性があると思う。
ただそれは、従来の僧侶や寺院ではないだろう。
新しいスタイルの仏教だと感じるのだ、新しいと言っても実は仏教
本来の姿から外れた既存の日本仏教ではなく、仏教本来の姿や
魅力を備えたものになる。

仏教には、本来持つそのエネルギーや魅力がある。
それが檀家制度の疲弊による日本仏教においては、覆い隠されて
いたのです。

その新しい仏教のスタイルを見出すのだ。
その先に日本仏教の未来はある。

そう信じる若者が増えているのだと感じます。

そのエネルギーを是非僧侶となって切り拓いて欲しいと願う。

もちろんその方向性は見つけなくてはならない。
でも暗闇の先には必ず光がある。

その光を目ざして。


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鳥取の夜は更けて・・・、哀愁の街に雨が降る。

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地方都市の繁華街は捨てがたい。

都会のきらびやかで華やかな繁華街。
人でごった返す、雑多なエネルギーがあふれる。

でも地方都市の夜の街もいい。
人通りが少なくて、店の灯りがもれてくる。
店の看板や灯りがそっと。

その街の香りがするように思う。
静かに夜が更けて行く。

鳥取の街もそんな感じ。

昨晩は小雨がぱらついてきた。
うーん、哀愁を感じるな。

会議の後、懇親会と二次会を経て、独り街を歩く。

そんな街を独り歩くのもたまにはいい。

ラーメン屋のにおいに誘われて、今日の締めは独りラーメン。
鳥取の夜の定番、「ももちゃんラーメン」で。

通りを歩くと、灯りに照らされたポスターが見えた。
ひっそりとたたずんでいるようだ。

N響のコンサートのポスターだったり。

なんかこの街の夜に、その雰囲気を醸し出してる。

さあ、そろそろ帰ろうかな。


鳥取因幡組 通常組会

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昨日、鳥取因幡組の組会が開催されました。

出席者は、各寺院住職と総代、各教化団体の代表者で、総勢44名
の参加者となります。

組と各団体の事業報告と今年度の予定。
そして、決算報告と予算案発表。

今回の組会をもって、それぞれが承認され、今年度の事業がスタート
して行きます。

今回の組会では、司会進行と決算報告と予算案の発表でした。
そして懇親会の幹事。

会の方は特に大きな問題もなく、粛々と進んだと言った感じです。
懇親会はかなり盛り上がって、みなさん自由に話しが弾んでいました。

組会が新年度の本当のスタートになります。
無事に終わりましたこと、関係各位に感謝いたします。

写真を見ると、みなさん真剣に討議をしているのが分ります。

それぞれが、お寺を守り、そして教えを伝えて行くことに力を注がれて
いる方々です。

会場となった寺院は、先代の住職が、今回の様な組会を開催できる
様にと考えて作られたそうです。
テーブルや椅子も、ちょうどその人数に合わせるかのようです。
鳥取市内の中心部にあるにも関わらず、現在は駐車場も確保されて
いてとても便利です。

その様な方々の思いによって、今の鳥取因幡組が成り立っています。
そんなことにも思いを馳せますね。

鳥取因幡組の未来は、過去のいのちの上にある。
そう感じさせていただいたご縁でありました。

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鳥取因幡組の組会が開催されます

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(明日の会場となる鳥取市内のお寺さん 作家尾崎翠の墓所でもあります)


浄土真宗本願寺派山陰教区鳥取因幡組

長い組織名称ですね、その組会つまり年一回の総会が明日開催
されます。

事業や会計報告、そして各教化団体の報告がそれぞれあります。
私は昨年度より副組長をしておりますので、明日は会計報告と、
今年度予算発表、それと全体の議事進行をすることになります。

宗祖である親鸞聖人の750回大遠忌法要も終わり、昨年度と
今年度は大きな行事はない。
なので会自体は淡々と進むのではないかと思いますが、寺院を
取巻く環境は大きく変化しています。

そのことにどれだけ意識があるかということも大切なのです。
でも組織自体は何も変わりません。
何故なら組織に各寺院を守ると言うことがないからですね。

各寺院はそれぞれが自分で守るしかない、組織はただそれを
見ているだけなのです。

そこがこの世界の難しいところでもある。
何故なら、お寺毎ですべてその環境と事情が違うから。

過疎化が進み、そこに若い世代の寺離れが進行している。


さあ、明日はどんな話しが出るでしょうか。

多少の心配と多少の楽しみと、自分のお寺の現状と・・・。
いろいろ交錯する日々ですね。


寺院葬 ・・・ その究極のものを考える。

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葬儀は必要ない、だからお金をかけたくない。
とりあえず人目があるから、形式だけでもしておこう。

そう思われている方には、このメッセージは見ても意味がないで
しょう。

大切な方を、できるだけ心を込めて、そしてゆっくり見送りたいと
思われている方なら、読まれる意味があるかも知れません。

葬式仏教とは寺院や僧侶を批判するときによく使われる。
でも、葬式とは大切な方を見送り儀式である。
それが本当に執り行われているなら、それは素晴らしいこと。

ただ葬式仏教ということに、まともに見送ることもできない寺院
や僧侶と言った批判の意味があるのかも知れません。

僧侶は、本当の見送り、そして本当の葬儀とは、それを見つめて
行くことが求められていると思います。

死とは、その方の生きてきた人生の完成のときでもあります。
その人生の完成のときを残された皆で、しっかりと感謝を込め
て見送ること。
それが葬儀である、そしてその無常のいのちに出会い、残され
た方々が、一人ひとり、自分の残された生をしっかりと生きる、
そう受けとめさせていただく縁なのです。

見送る側と見送られる側の思いが一つにつながる、それが
円満なのです。

私が寺院葬を行おうと考えたのは、その思いをしっかりとお届け
したいから。
本物の仏教の教え、そして親鸞聖人の教えによって、お見送り
するのです。

それには寺院葬がいい。
最高の場所で、最高の作法で、最高の言葉で、お見送りすること
ができる。
ご遺族は、様々なことに手を煩わされることなく、ゆっくりそして
しっかりとお見送りすることができるのです。

臨終のときから、還骨のときまで、ゆっくり故人に寄り添えます。
そんな準備をお寺では整えておくことができる。

悲しみの中で疲れた心と身体を、お寺と宿坊で落ち着けることが
できます。
何も心配されなくても、すべてお寺でご用意させていただく。

あとは、とにかくしっかりと心おきなくお見送りしていただくだけ。

お通夜から葬儀まで、寺院の荘厳の中で。

仏さまに見守られながら故人の言葉をゆっくり聞いて行くのです。
たくさんお話しをして欲しい。

そんなご要望がある方へ、こらから少しづつ寺院葬をご案内して
行きます。


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第7期鳥取因幡組の連研・・・、歓声が。

今日は、鳥取因幡組の連研でした。

会場は鳥取市青谷町のお寺さんでした。
結構暑かったですが、約30人の受講者と10人くらいの僧侶と
お手伝いの方、そして会場寺院の方々、総勢50人くらいでしょ
うか。

皆さんがそれぞれ役割をこなされ、そして受講者の方々も熱心。

鳥取因幡組では、現在7期になっています。

さすがに7期になると、各寺院でもそろそろ次の人がいないよっ
ってことにもなります。

そう言いながらも、30人くらいの方々がいらっしゃる。
毎月1回、12か月連続ですから決して楽ではありません。

本日のテーマは、親鸞聖人のご生涯についてです。
名前はもちろん知ってるけど、詳しくはあまり知らない、そんな
方が多いのです。

今回の連研が終了する頃には、みなさんもっと親鸞聖人のファン
になっておられることでしょう。

浄土真宗では、ご門徒さんへの研修会が数多く開かれています。
それだけ教えに接する機会も多く、熱心な方も多い。

会場となる寺院も、精一杯参加者の方々を接待します。
今日のお寺さんも、境内から本堂まで綺麗に掃除をされていました。

寺院とご門徒さんの両方の気持ちが一つとなって、つながって行き
ます。

今日は私が司会進行を致しましたが、少し厳しいことも言いました。
「今日はキビシイナー!」の声が・・・、でももっと上を目指しましょうと
言うと、みなさんからどっと歓声が。

そう、みなさんはもっと勉強されたいのだと、あらためて感じました。

南無阿弥陀仏


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お寺がなくなる・・・。

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お寺がなくなる。

臨済宗妙心寺派では、約1/3がすでに住職がいないと言う。

かく言う私の宗派の教区でも1/4はすでにそうである。

私のお寺も例外ではない。
もうすぐその仲間入りになるかも知れない。

今日、宿坊に来られた方々のお寺にも、住職はいらっしゃら
ないそうだ。
やはりお寺に住職がいないと寂しいものだ。
本堂の修善も進まないでしょう。

お寺は昔に建てられているので、過疎化が進む地域にお寺が
多いのがその要因の一つです。
というか、それが全てと言っても過言ではない。

信仰に篤い地域では、村ごとにお寺があった。
つまり元々檀家が少ないうえに過疎化が押し寄せる。

ではどうなるのか。
たぶん解決策はないのです。

田舎から出て都会にお寺を作る方もいます。
逆に都会ではお寺を探す方もいらっしゃる。

解決策があるとするなら、お寺の新しい枠組みを作ることで
しょう。
ただ本堂と言う建物がある、それは修繕もあるので簡単には
いかない。

これからは、本堂と言う建物の無い、新しい枠組み。
つまりカタチというものにこだわらず、ネットワークでつなぐお寺
というイメージかな。

カタチが無ければ、それだけ負担も減る。
ただ、その中心となるお寺は必要かも知れない。

田舎を中心に、早急に新しいモデルを作って行かないと。


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ナルク鳥取(Nippon ActiveLife Club)で活き生きと。

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ナルク鳥取のメンバーの方がお寺に来られました。

ナルクって会は知りませんでしたが、Nippon ActiveLife Clubの
NALCみたいですね。

全国規模のNPOで、その鳥取支部って感じなのでしょうか。

メンバーの基準はあるのですかと聞いたら、一応60歳以上とのこと。
でも若い人も歓迎しますって仰られていました。

皆さん若々しくて、人生を活き生きと楽しむ会なのだと思います。

お寺に来られて、写経を体験されました。
そしてお昼はイタリアン精進料理。

NHKで放送された宿坊を見て来られたそうです。
午後からはそのビデオを一緒に見ました、見終わったら拍手が・・・。

思わず照れますね、ありがとうございます。
宿坊でも、やはりTVに写ってる所と同じだと、感覚がかわるのでしょ
うか。

いろいろお話しをお伺いしていると、ナルクの活動とやずブータン村
の考えがよく似ていました。
やずブータン村のお話しをすると、私たちもブータン王国の様になり
たいって話してましたと言われた。

あっ、やっぱり。

ときどきお寺には、女性グループの方々が来られます。
一つには、イタリアン精進料理。
そして写経体験ですね。
次は瞑想を体験してみたいと仰っておられた。

お昼は宣伝はしていませんが、ご要望があればお受けしています。
写経などの体験とイタリアン精進料理、お一人1500円いただいて
います。
7月には30人くらいのグループの方の予約が入っています。

やっぱり女性はいつも活動的ですね。

これからナルクの方々との接点も増えて来るかなと感じました。
エンディングノートや終活支援の活動もしておられる。
ちょうどお寺の本堂に、寺院葬のセットをしていました。

いつか私のお寺でも、終活の劇をお願いしてみようかな。

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          本日のイタリアン精進料理 コーヒーと和菓子がつきます

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                           写経体験中です


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得度しました・・・、おおっまさに阿難のよう。

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昨年宿坊に来られた方から、得度しましたってご連絡があった。

お久しぶりだったのですが、そのお写真はとっても輝いていました。
まさに『無量寿経』の出だし、阿難がお釈迦さまのお姿を見て、思
わず問いかけたときの表情。

光顔巍巍と問いかけられたときの表情とは、まさにこんな感じなの
だろうなって。

在家の方です、お寺に入られることになるのでしょう。
ご苦労はあるでしょうが、希望の方が不安よりはるかに大きい。
そう感じました。
宿坊に来られたとき、そんな覚悟を感じました。
普通なら尻込みしてしまうだろうなって、お話しを聞きながらそう思
った、でもそれよりもっと仏さまに対しての思いが強かった。

お写真は許可をいただいていないので載せられないけど、いったい
僕がこんな輝いた表情だったってことあるのかなあってくらいです。
イヤ、ないなきっと。

昨日は僧侶志望の方が宿坊に来られた。
この方も在家の方ですが、お寺にたくさんの人を呼びたいと言う
熱き思いのある方でした。
それもわざわざ新潟から車で日本海に添って来られた。
そう、僧侶ってすごく魅力のある仕事なんだ。
そしてみんなに希望を与えられる環境にある。
お寺の住職を始めとして、僧侶の方々はそのことをしっかり感じな
ければならない、そう思わされた一日です。

宿坊には、お寺に嫁ごうとされてる方、僧侶を目ざされてる方、
仏教に興味のある方、そんな方々もやって来られます。

その出会いがとっても新鮮で、刺激的でもあります。
僕も、そんなときがあったし、これからもそうでありたい。
だからそんな皆さんにお会いできるのがうれしかったりする。

いつか僕も、阿難の様に仏様の姿をそのまま受け止められる様な
そんなときが来ると信じて。


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寺院葬はいかが・・・、荘厳をセットしてみました。

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今日はお寺で、寺院葬のイメージをセットアップしてみました。

元々はお寺でゆっくり大切な方をお見送りできないかと思案していた。
そこに、お寺周辺の過疎化・高齢化、そして独居化が急速に進んで
いることを感じた。

葬儀会館までは少し遠い。

そんなとき寺院葬のイメージを提案して下さった葬儀社さんがあった。
そして今日、そのセットを作ってみました。

想像以上の出来栄えです。
花が綺麗に並べられ、焼香台も合掌をイメージした新しいデザインです。
これが本堂内陣の荘厳と絶妙にマッチングして、厳かさと気品を感じる
ものになりました。

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さすがプロにやっていただくと、これだけの物ができる。
お寺と葬儀社で役割分担して、そこには何もやり取りはありません。
お互いの仕事をする、そこにマージンも何もありません。

そして極めつけは、宿坊での宿泊がセットになっています。
遠くから来られたり、お身体が心配でも、ご親族の方々でゆっくり過ごせ
ます。
ご自宅や会館の様に、気を遣う必要はありません。
なぜならお寺なので、すべてこちらで必要なものだけご用意しています。
不必要な物は一切使いません。

大切な方を通夜から葬儀まで、心行くまでゆっくりとお見送りできます。

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よく分からないまま葬儀社さんと打合せする。
気忙しさと遠慮から、ついつい高額な葬儀代になってしまうことがある。
必要のないものまで頼んでしまう、それが意外と高額だったりする。

ご親戚や近所の方々がいろんなアドバイスを下さる、でもどうしたら良い
かよく分からない。
でもお寺ですから、ご要望をお伺いしたら、必要最小限でしかも最大限
のご葬儀をご提供できます。

ご遺族の方は、本堂で故人をゆっくりお見送りし、ゆっくりお話しできる。
遠くから来られた方は宿坊のベッドでゆっくり休めます。
露天風呂もあるので、お葬儀でお身体と心を休めることができるのです。

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                     (写真は、お通夜の場合です)

悲しみをゆっくりとときほぐす、そんな葬儀があっても良いのではと思う。
何も心配しなくても安心できる葬儀をして欲しい。
そんな願いがあります。

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                     (写真は、葬儀式のときの場合)

本堂を使うので、最高の荘厳になり、参列者にも優しい葬儀になる。
そして葬儀の作法や勤行は、浄土真宗で最高になるように。
そんなお葬儀を。

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県外の方でもお受けできるように準備をしています。

ご希望の方には、永代経から納骨までもセットでご提供できるよう
にして行きたいと考えています。

これから準備をして行こうと考えている。

光澤寺は、新しいお見送りのカタチをご提案して行きます。


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仏教関係の一般書を読んでみたら・・・。

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すこしタイトルに興味があったので、一般書の仏教関係の書籍を
読んでみた。

 一冊は、みうらじゅん氏の「マイ仏教」。
もう一冊は、苫米地英人氏の「お釈迦様の脳科学」。
 写真には以前に読んだ、島田裕巳氏の「戒名は、自分で決める」
を参考までに載せてみました。

この中で読む価値のある本を独断で言うと、みうらじゅん氏の本だけ
です。
あとの二冊はまったく読むに足りませんでした。
 仏教、そして日本仏教をよく知らない方が書かれた、ただの日本
仏教批判の本と言うだけですね。
宗教的な心情も信仰もなく、ただ自分の中途半端な知識の羅列のみ。
中にはなるほどと言う部分もありますが、結局落ち着くところは、ただ
仏教知識のツギハギです。
仏教の歴史や変遷をしっかり学ばれた方は、この様な論評は書きま
せんね、というよりもとても書けません。

それ以外に言葉が見つかりません。 宗教学者的な人や宗教評論家
が書かれた本と言うのは、どうしてこうなるのかという典型的な二冊を
挙げておきました。

中途半端に正しくて、その理解はいい加減。
こういう本が一番困りますね、仏教知識のない人はそれを真に受け
てしまいますね。

まあ仏教に興味のない人は読まないからいいか。

そんな感じの本でした。 みうらじゅん氏の本は、他の二冊とはまった
く違う内容なので、比較するのもどうかと思いますが、ある意味おもし
ろく読ませていただきました。

凡夫の歩む道

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浄土真宗では「浄土三部経」が根本聖典です。

釈尊が説かれたたくさんの聖典の中から、この三巻(正確には四巻)
を選びとる。

選択本願への道である。

なぜこの三部経を選ばれたのか、そこに現在の浄土真宗に至る
道が示される。

法然上人から親鸞聖人へと受け継がれた浄土の教え。
インドから連綿と受け継がれてきた浄土の教え。
ひいては大乗仏教がインドで興された理由。

それがこの「浄土三部経」でもあるのです。

『阿弥陀経』は、当時のインドにおいて出家者しか悟りの道を歩め
なかったものに、在家であり凡夫である人々にも仏の道を説くこと
になった、いわば大乗仏教の宣言の経であるのです。

この経をもって、大乗仏教が宣布された。
釈尊が説かれた道を目指す、なぜなら釈尊はすべての人々の心
を安んずると宣言されているのです。
凡夫の救いを説いて行くことが仏教の本来の姿です。

ただ、日本に仏教が入ってきたとき、その相が変わっていた。
それを釈尊の教えに戻そうとされたのが法然上人であり親鸞聖人
の浄土運動であると思います。

つまり凡夫が救われて行く教えです。

凡夫とは馴染みの少ない言葉かも知れません。
でも浄土真宗では重要な言葉、教えを聞くことを基本とするので、
法話でこの言葉はよく聞かれます。
でも他宗ではあまり聞かないかも、でもただそれは教えを聞く機会
が少ないからでしょう。

凡夫とは本来、仏教の言葉ですから。

聖者に対して凡夫と言われる。
つまり凡夫とは、私たち日常に生きる人間のことをあらわします。
煩悩から離れることのできない人、つまり縁起を見ることをでき
ない人、釈尊の説かれた四諦に至らぬ人のこと。

悟りを得ることができない人々です。
親鸞聖人の時代、僧も貴族も含めてすべてが凡夫だったでしょう。
でも僧や貴族はそう思っていなかった、そこに日本仏教の間違い
があったのです。
僧を国が管理し国家公務員的だった時代。
そこから意志ある僧たちは山を下りて行く、そこにこそ仏教が本当
に救わなくてはならない人々がいると。

ちなみに世間一般では、凡夫にことを「ぼんぷ」と言いますが、
仏教的には「ぼんぶ」となります。
もちろん浄土真宗でも

大乗仏教は、その凡夫たちが釈尊の本来の教えを求めて興した
仏教であるといえます。
出家者だけが修行し悟りを開いて行く道ではないもの。
これが日本に入ってきた仏教は、出家者や修行者中心で、一部
の特権階級や鎮護国家のための仏教になっていた。

それを本来の大乗仏教の姿に戻す運動。
それが法然上人と親鸞聖人の説かれた浄土の教えに通じるのです。
ただし、浄土宗は法然上人なきあと、権力側に寄り添って行きます。
そこで本来の教えからは逸れて行くのでしょう。
権力者と結びつけば、その教えはまた違った方向に行かざるを得
ない。
元の木阿弥である。

浄土真宗で『般若心経』を法要で唱えないのも、そこに理由があるの
だと私は感じています。

『般若心経』は仏教の基本思想である縁起を説きます。
その中でも「空」を説いています。
この縁起は、大乗仏教を理論的に支えた龍樹の縁起に基づいて
います。
大切な教えですが、そこには凡夫の救われる道は説かれていない。
あくまでも仏教の基本的な考えの原点となるものです。

大乗仏教は凡夫の救われて行く道が説かれる。
親鸞聖人は、それは仏教である限り当然のことだと感じられている。
なぜなら親鸞聖人の教えは、「縁起」と「空」に貫かれています。
でも、それでは凡夫の救われる道が分からない、文字も読めぬ人、
当時は日本に限らず世界中のほとんどの方々が文字が読めなか
ったのですから。
経を読める人でも難しいのに、文字さえ読めなければ誰のための
経なのか。
ドイツの宗教改革からもそのことが良く分かります。
当時ヨーロッパでは、文字を読めるのは聖職者か特権階級だけだっ
たのです。
当時は学問と言えば神学のことでした、イスラームも仏教でもそう
だったのでしょう。
世界的にみても古い大学は、宗教を基盤にしているのです。
そう、一般市民は聖書を読めない、つまり聖職者の思うがままに
なって行く、それが免罪符へとつながるのです。
神の名において、いい加減な聖職者が罪を許すと言う、そのかわり
教会へ高額な寄進をさせる。
現代の仏教でも同じようなことがあるかも知れない、仏の前では
平等を説きながら、高額な布施や戒名料を取る。
そして位牌の位置によって金額が変わる、仏の前の平等などない。
仏教の僧として、一番気を付けなくてはいけないところなのだ。
もちろんこのことに理由をつけるなら、いくらでもその理由はつけら
れますが・・・。

話しはちょっとそれましたが、その凡夫が救われる道が説かれている
のが「浄土三部経」です。

それがよく分かることがあります。
『仏説無量寿経』と『仏説観無量寿経』は、一体誰の問いによって、
誰に説かれているのか。
『仏説阿弥陀経』は誰に説かれているのか。

『仏説無量寿経』は、弟子の阿難の問いに対して、釈尊が阿難に
語られています。
『仏説観無量寿経』は二人に説かれていますが、一方は阿難、
もう一方は韋提希夫人です。

このお二人はまだ悟りを開かれず煩悩の中にある、つまり凡夫の
代表として経典に登場するのです。
つまりこの二巻は、大乗仏教は凡夫の救われ行く教えであると
伝えています。

では『仏説阿弥陀経』は誰に説かれたか。
実はこのことが、この経典が大乗仏教の宣言の経であることを
あらわしています。
この経典は、釈尊が自ら誰にも問われずに説かれた経。
つまり無問自説の経典、経典としては珍しい形をとります。

それは釈尊が、私も人である以上必ずこの世を去るときが来る。
そのときに、必ずこの教えを伝えよ、と言われるのです。
だから誰にも問われずにこの経を伝える、それは誰か、それは
凡夫ではダメなのです。
なぜなら、この教えを伝えて行かなくてはならないから、凡夫では
それが難しい。であれば仏教教団の一番弟子に伝えないといけ
ない、つまり舎利弗。
一番短くてやさしいと思われている経、『仏説阿弥陀経』の聞き手
が舎利弗であることが大切なのです。
凡夫の救われて行く道、仏の道を歩む教え、それを舎利弗に託す。

なので『仏説阿弥陀経』は、仏弟子の中のスーパーエリートであ
る舎利弗に説かれて行きます。
お前が責任を持って、この教えを伝えよ、南無阿弥陀仏の語を
保てと伝えて行きます。
そして、東方から六方のすべての諸仏が「所護念経」する。

そう、すべての仏さまが、この教えこの語を守り伝えて行くこと
を宣言されるのです。

私たち凡夫は、この教えによって歩む道があり、すくわれて行く道
があるのです。

だから浄土真宗では『浄土三部経』が大切だと言われます。
『般若心経』が大切な経典であることは間違いない、でも一番大切
なのは仏教の目的である凡夫が救われて行く道なのです。

ちなみに『般若経典』は『浄土三部経』よりもかなり後に編纂されて
います。
大乗仏教が教学が中心になり始めたのですね。
大乗側が小乗と批判していた側面が出て来るのです、僧侶中心に
なれば。

これは浄土真宗の僧侶が一番気を付けないといけないことです。
今では、浄土真宗の僧侶が一番分かっていないのかも知れません。

そうなると教えが危うくなります。
僧侶が僧侶に説き僧侶のための教えでは、こちらも元の木阿弥
ですね。


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生きるとは死ぬこと、死ぬこととは生きること。

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生きることは死ぬこと。

これが仏教の基本です。
生老病死の四苦、そして無常。

これ以外に仏教観はない。

そしてこの世に生を受けたものすべての存在に共通するもの。
それは必ず死が訪れると言うことだけです。

つまり、生きると言うことは死に向かって歩き続けているだけです。
生きると言うことは死ぬということなのです。

でも現代社会は死を遠ざけ、死を見ないように、死がケガラワシイ
ものの様に扱ってきた。
死に打ち勝とうとしているのかもしれない、医療現場が長い間そう
だった。
今でもその傾向はあると思いますが・・・。
だから医療現場と僧侶が語り合うことはなかったのでしょう。

死を見ないと言うことは、逆に現実を見ないと言うこと。
それに気づかなかったりする。

そう、自分がいまいのちを生きていると言うことを忘れているかの
ように。
現代人は生きていることを忘れてしまっているのです。
だからふと自分にその現実が突きつけられると、怖れの様に感じ
てしまうのかも知れません、そして余計に遠ざけようとする。

「生きると言うことは死ぬこと」を前提としておけばいいのです。
いつか必ずこの世のいのちは終わるときが来る。
歳を取り、病になり、そしていつか・・・。

では、死ぬことは生きることとはどういうことか。

生と死は一体のものであると言うこと。
仏教は死を見つめながら、今の生をどう生きるかを問うのだ。

いつかは死ぬと言う現実に気づいたとき、自分が今生きていると
いうことに気づかされる。
その限りあるいのちをどう生きるのか、それが自分に問いが生ま
れる。
いのちの終わるときは、明日かも知れない、50年後かも知れない。
ただ宇宙の時間、仏様の時間からすると、私の一生は短い。

であるなら、私の残された限りあるいのちを、どう生きて行こうか。
生きると言うことに目覚めて行くのです。

生から死を見つめる、そして死から今の生を輝かせるのです。

そのときに、私のいのちの存在に気づく。
そのいのちは、多くの縁によって支えられているいのちである。
その縁の中に自分のいのちが溶け込んで行く。

多くのいのちに支えられていることに感謝する。
その感謝の心が、自らのいのちの輝きになるのは間違いない。

それが仏の心であり、南無阿弥陀仏となって行く。

南無阿弥陀仏とは、無常のいのちを包み込むものなのです。

そして私の今日のいのちを生きて行くエネルギーとなる。

仏の道を歩いて行くのだ。
すべてのものが尊く、すべての存在が私を支えてくれているのだ。

自分のいのちの尊さに気付くとき、私はそのいのちを生き切る。
生き切るとは、ただ今の一瞬に生きることとなる。


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法要はなぜお勤めするか。

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世の中のすべての存在や事象、それは諸行無常である。

だからこそ、阿弥陀如来の願いがあり、そして仏となる意味がある。

今日はお寺で十三回忌の法要をお勤めしました。
県外からたくさんのご親族が参列されて、賑やかな法要でした。

もちろん、おばあちゃんの人徳でしょう。
みなさん、おばあちゃんに会いたかったのです。

そこでは、ここに皆さんが集まられた意味をお話しした。
法要の前にそのことをお話しする、そして法要後にはその思いを
お伝えする。

法要前にお話しを聞いていて良かったと仰られていました。
読経の間、そのことを心で感じることができたと。

法要の意味を問い、そして読経の意味を聞く。
そしてその方の思いに触れる、仏様と出会う。

法要で感じていただけたなら、僧侶としては有り難いことです。
もちろん、作法や読経には全力を尽くす。
なぜなら、そのおばあちゃんの思いをしっかりとお伝えしたいから。
そう思って読経していますと言うと、「はい、ちゃんと感じました」と
仰られた。

おばあちゃんが仏様になられた訳は・・・。
そして、おばあちゃんの思いを受けとめる。

今日の法要では、みんなの心が一つにつながった、もちろん仏様
ともつながった。

今日は法要後の食事のとき、そんなこと感じながらお酒をいただく。

これからも、その思いを込めて法要に臨む。


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僧侶の日常

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お寺の僧侶は日常何をしてるのだろうか。

世間は修行に明け暮れていると考えるかも知れない。
もしくは、そんな僧侶は今の世の中には絶滅していると見透かしている
かも知れません。

お寺の規模や専業か兼業かによっても違います。

最近は、葬儀は別として年忌法要は土日に集中します。
以前の様に命日に問うことはあまりない。

それと浄土真宗では月忌参りと言って月命日にお参りする習慣がまだ
多く残っています。
月忌参りをするお寺は、平日もこのお参りに追われるでしょう。

私のお寺は月忌参りをしないので、平日は結構時間がとれます。
これは良い面と悪い面がある。
良い面は時間に自由があること、悪い面はお寺の収入がないこと。
元々、月忌参りとはお寺の収入を安定させるための方策だと聞いた
ことがあります。
もちろん信仰に篤かったともいえるでしょう。
昔なら、誰もいなくても勝手に家に上がってお経を読むこともできた。
でも今は、そんなこともできない。
西本願寺でも、この月忌参りをもっと復活させ、ご門徒さんとの接点
を増やすとともに見守り活動も含めた取り組みにしようとの案もあり
ますが、これは正直言って今やっていないお寺では難しいでしょう。

私は、やはり自由に動きたい方なので、今のお寺のペースが気に
いってます。
収入は少ないけれど活動に余力を残し、これからの新しいお寺の
カタチ創りに力を注げる方がいいですね。

と言う訳で、今の日常は、掃除に割く時間が圧倒的に多いです。
特に春以降は、草むしりも加わって一年中掃除してるって感じです。
そのほかには、研修や講話、そして自分のための資料作成。
現在は、宗派の地区の活動支援もこの時期は多いです。
もちろん宿坊のことやNPOの設立準備。
あとはネットでの情報収集とブログやHPの更新に時間を使う。

そして何より、読経や教義の勉強も重ねて行きます。

現在の日常は、その日によって違いますが、こんなことやってると
あっという間に時間が過ぎて行きます。

そのさきには寺院葬の準備をしています。
これはゆっくりと心をこめてお見送りされたいための葬儀です。
宿坊にゆっくり泊まって、ゆっくりと見送る。

最終的には、寺院と宿坊を中心に、仏教総合拠点とすることが目標。
瞑想センター・ヨガセンターなどもそこには加えて行きたい。
こんな夢を考える時間も、やっぱり必要です。
夢は実現に向かって歩きはじめたってことですから。


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今日は、寺族婦人会がお寺で開催されました。

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今日は、お寺で鳥取因幡組の寺族婦人会の総会がありました。

寺族婦人会とは、お寺の坊守さんが中心の会です。
お寺を切り盛りし、支える存在としては坊守さんの力は絶大です。
坊守でお寺が変わることもあるでしょう。

ただ、逆に言えばそれだけ厳しい眼も持ち合わせていらっしゃる。

そんな中で、午前中は私が講師となって「これからのお寺」という
テーマでお話ししました。
そしてお昼は、宿坊のイタリアン精進料理を召し上がっていただ
いた。

坊守さんへお話しするということは、私以上にお寺を守って来られ
たときも長く、お寺の事情ご門徒さんへの対応でも経験豊富な方
ばかりなので、上手くお話しを進められるかなと思っていました。

今日のご縁は私にとっても、大変貴重なものでありました。

また、他寺院の坊守さんに、お寺や宿坊をゆっくりと見ていただく
機会はあまりないので、そちらも良かったと思います。

次の機会には、今とは違ったお寺となっているように努力すること
が求められる。

今日の皆さんの感想はどうだったのでしょうか。
さすがに多少は気になるところです。


「ひろがるお寺」から見えて来るもの。

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本山から冊子「ひろがるお寺」が送られてきた。

寺院が社会に開かれたお寺になるための実践例をまとめたもの。
ただし、数年前の事例集をまとめているので、もうすでに内容は
古いといった感じもします。
皆さんがとても頑張っておられる、でも今はもっと違う内容になって
おられるのではと・・・。
組織が大きいのと、体制が古いと言うこともあるのでしょう。
思い切って新しい物をと言う方が無理かもしれません。
内容も結局は各寺院の紹介になっていて、せっかくの取り組みも
中途半端かな、すごく時間と労力はかけたのでしょう。
本山と各寺院のジレンマもそのあたりでしょうか。

というのも、この2~3年でお寺を取り巻く環境も、僧侶自身も大き
く変わってきているのです。
それはこれからも加速度的に変わっているでしょう。
10年前までなら良かったかも知れませんが、今は違います。
そう言った点で、社会とは十年ぐらい感覚が違うかも知れない。

何といっても世代が違う。
お参りやお寺の中心はやはり70代~60代。
お寺を大事にしてこられた方々の世代です。
でもその後の50代からの価値観が大きく変わってきていると思う。
となると、お寺もあと20年すると今とは全くちがった環境に置かれて
いると言うことになる。

たとえば私の所属する山陰教区のアンケートでは、90%近くの寺院
が将来に不安を感じているのです。
でも手の施しようがないのが実情、どうしようもない。
それぞれの寺院での自助努力しかない。

本山もこのテーマに取り組んでいる。
これだけ皆が考えているのに、これといった手立てはないのです。
「ひろがるお寺」という冊子にもそんな実情が見えてくる。

特効薬がないのなら、個々にその道を探して行かなくてはならない。
その道を探す人たちが、たどり着く場所があるでしょう。

とても興味深い。

だから今の日本仏教や寺院は面白いのだ。

夜の本堂・・・阿弥陀様がいらっしゃるなら他には何もいらない。

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僧侶でない人は、夜の本堂って怖い場所かも知れない。
ちょっと一人では行けないのでしょうか。

今日はずっと本堂を片づけていて、夜も少し掃除をしていた。
僕は夜でも怖くありませんが、坊守は怖く夜の本堂には入れない。

最近僕は他のお寺さんお伺いすることが多いので、本堂内を見る
機会がかなりあります。

そんな中でちょっと他のお寺さんと違うところを考えていた。
先ず一つは、お寺って山に近かったり、街では周りが住宅街だ
ったりする。
すると本堂の四方のうち三方は壁だったりすることが多い。
本堂内は昼間でも暗くなっています。

光澤寺は山里にありますが、平地にあるのと、三方がサッシに
なっているので、風通しがよくとても明るいのが特徴です。
そして何故か天井がものすごく高いので、圧迫感もありません。

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そして大きな違いは、本堂内には余計なものは一切ありません。
何所のお寺でも、宗派のポスターだったり標語だったりするものが
貼ってあります。
また檀家さんからの寄進の札なども必ずあると言っていいでしょう。

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このお寺にはポスターも寄進の札も一切ありません。
宗派や本山関係の物も一切貼っていない。

それは本堂は仏様と向き合う大切な場だからです。
阿弥陀如来、そして宗祖がいらっしゃるのに他に一体何が必要
かなと思います。
まして浄土真宗であれば、本願以外に何も頼りにすることはない。
人の手を加えたものは、そこに自己満足つまり自力の心が生ま
れるのかな。
それは標語であってもそう、釈尊や親鸞聖人のお言葉ではない。
何となくそう思う。

実は私も意識していなかったのですが、お寺に戻り本堂を片づけ
て行く過程で自然にそうなっていた。
ある方より、このお寺は寄付だ年忌表だ標語だという類が一切
ないですねと言われたことで気づきました。

その方は、この方がいいですと・・・。
いろいろ貼ってあるお寺は好きではないと仰られた。
そして寄進をしてくださった。
僕のお寺のご門徒さんではありません。

その寄進で衣を買わせていただいた、豊かではないお寺ですから、
夏物が無かったので助かりました。

寄進の札などは、本当はいつか必要かなと思っていましたが、この
言葉であらためて感じることがあった。

本堂には仏様がいらっしゃるのだから、他には何もいらない。

これはあくまでもこの寺では、ということですが。

いさぎよさも、ときには必要か。

こんなお寺もあってもいいかな。

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求道会館・・・若き情熱と。

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                         (求道会館ポストカードより)

先日宿坊に来られた方と浄土真宗のお話しをしていた。

そのとき、ふと会社員時代によく通っていた浄土真宗の教会の話し
をしました。
その方も、そんな場所があるのなら是非行ってみたいと仰っていま
した。

私は東京で会社員をしていたとき、仏教を中心に様々な講座に通っ
ていた。
その中でも、当時求道会館で毎月一回開かれていた、高史明先生
の「歎異抄講座」には、退職して鳥取に帰るまでの一年間通い続けた。

求道会館は当時は知る人ぞ知るといった感じで、あまり知られては
いなかった。
今はコンサートやイベントが開催されるなど、多少は知られているの
だろうか。
ある意味、浄土真宗の聖地でもあると思うのですが、浄土真宗関係
の人は知らない方が多い。

明治時代、真宗大谷派の若き学僧たちは東京進出を目指す。
その筆頭は、清沢満之である。「歎異抄」を道筋に親鸞聖人のみ教え
を広く世に問う活動をする。東京に真宗大学を設立するのだ。

そして近角常観は求道会館を建設する。
本当にこれが日本の明治時代の建築かと思うほどの建物です。
こじんまりとしているが、その趣きは素晴らしく譬えようもない。
建物内の中心には阿弥陀如来がいらっしゃり、まるで古き教会の
中に迷い込んだような感じである。

明治時代、特に真宗大谷派には高名な学僧が輩出する。
篤き情熱に燃えた真宗僧侶たちであったろう。
その時代を過ぎて、昭和には暁烏敏という怪僧の出現によってその
幕を閉じるのです。
それ以降の浄土真宗の僧侶には、若者の心を駆り立てる僧侶は
出ていない。
真宗大谷派の僧侶たちの東京進出は夢と消える。
もし当時、本格的に進出していたなら、東京は真宗大谷派の一大
拠点となっていたであろう。

現代、本願寺派は東京にある築地本願寺を拠点に、東京進出を
本格化させる。
真宗大谷派の学僧たちが果たせなかった夢を、今度は本願寺派が
追うのだ、もちろんその志は違うけど。

求道会館にはそんなロマンを感じる。

何故か浄土真宗関係者はあまり知らないけど、浄土真宗の現代の
聖地の一つであると思う。

築地本願寺と求道会館。

築地本願寺は、佃島門徒の力によって江戸前の海を埋め立てて
建てられた。
求道会館は、大谷派の志ある学僧たちの熱き思いが伝わってくる。

どちらも東京の浄土真宗の聖地である。

私が高史明先生の講義を聞く最後のとき、先生に話しかけた。
快く私の話しを聞いてくださり、鳥取に帰って僧侶になると言うこと
に、励ましの言葉をいただいた。

そのときが私が僧侶としてスタートする原点だと今でも思っている。
そして共に歩む同行の世界がある。

そのときの心を忘れずにいたい・・・。





のんびり行こうよ

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今日は真夏日、少し前までの肌寒い天候から一気に暑くなった。

少し急激すぎるな。

宿坊の談話室は、今年はコタツをずっと出していました。
さすがに今日はコタツをしまった。
寝室も夏バージョンに変更したり、境内の片付けをしていたら、
熱中症になるかなっておもうくらい。
ついでに腰痛も・・・。

池の金魚を見ていたら、のんびりしてる。

数匹づつ一緒に並んでる。

まるで警戒心なしですね。

うらやましいなって思ったり、でも金魚は金魚なりに苦労も
あるのかなあ。

まあ、できるときはのんびりするのがいいかな。

そんなこと、感じてた。



生と死の境にたたずむ

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仏教は死んだもののためではなく、生きている人の為の教えだと
よく言われます。

これは葬式仏教に対してのアンチテーゼなのでしょう。

もちろん教えを聞く人は、生きている人である。
だから仏教は生きている人の為の教えであるのは間違いない。

ただ僧侶としては、生と死の境にたたずむことも大切な様に感じる。

生と死を切り分けて考えるのは、縁起の世界から見てもどうかなと。

生と死を超えて行くことは、生と死の境を超えて行くこと。

でもその境をしっかりと見つめることが必要でしょう。
境を見つめなければ、それを超えて行くことはできない。

そう感じます。

生と死の境を超えるとき、何かそこに条件があれば、人はそこで
立ち止まる。
その境が、ときには恐怖にもなる。

もしそこに条件がなかったなら、そこを超えることはできると信じる。
そう信じることができたなら、今のいのちを生きると言う意味を知る。

そして今を生きることを知り、生かされている自分を感じる。

そこに、すべての存在に気づくときがある。

目の前にあるものの輝きに気づくのだ。

すべてのものが尊く、すべての存在がいとおしい。

それは、自分自身の見にくい部分でさえも、その存在の中にある
ことに。

そのとき、人はつぶやく。

すべて心を解き放ちて、ナムアミダブツ・・・。

そこにはすでに私はなく、仏もなく、南无阿彌陀佛。

そこに差はないのです。

ただ、なむあみだぶつ。


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2020をめざして、ただまっすぐに進め。

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                            (露天風呂からの風景)
現在日本では2020年のオリンピック招致を目指しています。
ただ今回のテーマは、それとは関係ありません。

現在、日本の寺院では変革がまさに起きようとしています。
古い世代から引き継いできたもの、そして新しい世代の価値観。
いまそこに寺院が抱える問題の裂け目がある様に思う。

現在は2013年。
2020年まであと7年。

これが現在の僕のキーワード。

あと7年でお寺の体制を生まれ変えたい。
お寺が持つ本来の役割に、新しい価値観を加えたもの。
それらを融合し、新しいお寺のカタチを作り上げる。
それまでの時間が2020年。

2020という数字、これには意味があります。

Twenty:Twenty

この意味するものは、見通すということ。
視力が2.0と2.0ということなのだ。

今の僕は視力はそんなによくない、物事やそれを取り巻く環境は
まだそれほどよく見えていない。
遠くのものはボヤけているし、近くの字は目を凝らしても見にくい。

だけど、2020年にはその姿、カタチがはっきり見えているだろう。

宗教やお寺って変わらないと思っている、でも変わるときは一気に
変わって行くだろう。

そのときは、2.0:2.0になっていたいものです。

昔のアメリカの歌にこんなのがあった。
「僕は君の心が見えない、心から愛しているのに・・・
 2020になって、君の心が分かるようになりたい」

ちょっと内容は覚えていないけど、こんな感じだったかな。

オリンピックとは別に、自分の進むべき方向をしっかりと見つめて
行こうじゃないか。

そんな意味をこめて。


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町の保育所の花まつり

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今日は町の三か所の保育所の花まつりでした。

町内の五ヶ寺の寺院が一緒に、三か所の保育所を周ります。
毎年、月遅れの花まつりをこの時期に行うのだ。

町内五ヶ寺はそれぞれ宗派が違います。
だいたいが作務衣もしくは作務衣風の衣装で来られます。
当番のお寺さんは衣を着てたり。
内容はあまり宗教色は出さないで、みんなでお祝いし楽しむこと。
僕もお寺では大概作務衣を着ているので、今日も作務衣で。
従来は浄土真宗の僧侶はあまり作務衣を着ないようでしたが、
最近は結構作務衣を着ている方も多いと思う。
お寺の普段着では楽ですし、それなりに僧侶に見えますから。

朝行くと保護者の方々が花を持って来られている。
そして園児が全員集まる。

園児にはうちの檀家さんのお子さんがいたり、保育士さんには
同級生がいたり。
うれしいような照れるような・・・。

先ずは、ごあいさつをしてから、みんなで「花まつり」の歌を歌う。
そして当番になった寺院の住職がお話しをします。
今年は真言宗の寺院のご住職が、絵本を読みいのちの大切さを
みんなに伝えられた。
そのあと、お釈迦様の像に順番に甘茶をかけて、誕生のお祝いを
します。
そして皆でお遊戯を一緒にして、最後に記念撮影。

一か所がだいたい30分から40分くらい。
移動も入れると約1時間で、合計3時間。

ちいさな保育園児と過ごす時間は楽しみ。
だけどお寺さんは、だんだんとしんどくなっていくようです。
どの保育所も園児は少なくなって行きますが、まだまだ続いて行く
でしょう。

子どもたちが楽しみにしてくれているので、できるかぎり続けたい。

僕もあと何年できるだろうか・・・。




風鈴をつけてみた

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今日は五月に入って、やっと季節らしい天候になった。

本堂への渡り廊下に風鈴をつけてみた。

緑色のガラス製と備前焼の陶器製と。

どちらも涼しげな音色、だけど音の質は違います。

その二つの音が重なり合って、僕の気持ちを和らげてくれる。

五月の風に風鈴も気持ちよさげである。

この世では、雑多な音が重なり合って不協和音となる。

でも浄土では、この世では不協和音に感じる音も、お互いの音が
調和して、美しい音色になるのだという。

風鈴の音を聞きながら、そんなことを感じていた。


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地域から学べ!

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今日は、近くの中学一年生がお寺にやって来ました。

テーマは「地域から学べ」です。

中学三年の修学旅行までに地域から社会を見る目を育てようという
研修の一環です。

僕たちの頃は、あまりそう言う視点がなかった。
どちらかというと都会志向、工場見学などだった。
今は地域を見直して行くということもあるのかな。

「やずブータン村」の志向と同じだな。

お寺に来たのは5人。
皆は八頭は好きですかといったら、全員がYES!
将来も八頭に住みたいですかと聞いたら、全員手を上げなかった。
ひとりだけ微妙って感じ。

でも「やずブータン村」が立ち上がれば、いつか皆が還りたい町になる
かも知れない。

そんな村おこしを考えている。

インタビューの後、宿坊も見てもらった。
ここには全国からいろんな人たちが来るんだよ。

いつか何かあっても、ちゃんと戻って来られる場所を作る。
いつか何かあっても、行ける場所を作る。
いつか何かあっても、安心できる場所を作る。

それが「やずブータン村」。

中学生を見て感じる。

「この町の過去は君たちの未来のためにある。」

JR西日本の本願寺750回大遠忌法要のキャッチコピーだったな・・・。

最近感じることがあります・・・

お寺は、地域に何かを発信し始めると、自然に人が来るようになる。
小学生の学習会、中学生の研修会、婦人会、老人会。
少しづつ人が戻って来られるようになった。
檀家さん以外にもお参りの方が。
写経や瞑想の体験にも。
そして全国からも人が来られる。

まだまだお寺も宿坊も、取り組みが始まったばかりです。
これからどんな展開になって行くのかな。

その先を見るまで死ねないな。


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ヨガと瞑想・・・ヨガと瞑想リトリートを。

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宿坊では瞑想も体験していただけます。

写経や仏教講座などいろいろ体験していただけますが、女性には特に
瞑想が人気が高いでしょうか。

浄土真宗の寺院では珍しいかも知れませんが、その前に仏教寺院
でもあるので、いろいろ体験できた方がいいと思っています。

一昨日宿坊に泊まられた方は、ヨガをやってらっしゃるそうです。

夕方は遅かったので、お食事をしてゆっくりしていただいた。
新しく改修した露天風呂も好評でした。

翌朝は、本堂でお勤めをしたあと、仏様の前で瞑想をしました。
私が時間が取れなかったので時間は少なく1時間弱くらいでしたが、
おふたりとも、とても集中しておられました、それがすごく印象的でした。

ヨガの哲学と、仏教や瞑想はつながる部分があると感じられたそうです。
私はヨガはやったことがないのですが、今年はヨガに取り組もうと思って
います。

ヨガと瞑想、どちらも心身を安らげバランスをとって行く。
そして自然との調和。

宿坊でヨガ・リトリートを。
でも瞑想リトリートもいいですね。

宿坊をいつかは、ヨガセンターとメディテーションセンターにして行きたい。
そんなこと、今は考えています。


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久々のキリスト教での結婚式・・・仏前結婚式を考える。

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昨日は今年のGWでは珍しく好天に恵まれた。

妻の姪の結婚式に出席した。
最近は僧侶の結婚式が多いので、仏前結婚式でした。
昨日は久々に、結婚式場だったのでキリスト教式。

まあこれも気軽で良さそうかなと・・・。

おそらく牧師さんなのかな、参列者はそんなこと考えてなさそう。
神父さんであろうが牧師さんであろうが、キリスト教なら一緒って。
式も終われば、牧師さんも関係ないと言った感じでした。
特に誰とも挨拶するでもなく帰って行かれる、お声掛けしようかと思うが、
とりあえずそのまま。

もしかすると、葬祭会館でのお葬儀もそうなっているのかも知れない。
ただ僧侶が来て、何か儀式をして読経をすればそれでいい。
終わった後は、僧侶が誰であろうと関係ないのでは・・・。
僧侶はそそくさと帰って行く。

葬儀もただの儀式化して行けば、お寺との関係も希薄化してしまう。

まあそれは別として、寺院でも結婚式をして行こうと考えている。
葬儀も行うけど、結婚式も行う。
普通は、両方って避けられるけど、教会も寺院も本来は両方執り行う。
それが普通。
生と死、どちらも一体です。
どちらにも関わって行く、それがいいな。
多くの先祖に見守られながら、新しい道を往く。

久々のキリスト教式の結婚式は軽やかで華やかさはあるなと。
お寺とかだと、ちょっと重々しいかも。
何て考えながら、自分なりの企画を考えている。

宿坊もあるので、今までとは違った感覚の結婚式ができるかも。
そう感じています。
従来の形式にとらわれなくてもいい、ただその良さも残しつつ。


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今年のGWは・・・宿坊にて。

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今年のGWは肌寒い。

桜の頃の花冷えから、寒さが戻っていまだ暖かくならない。
今日も肌寒く、雨も降っています。

そんな中、昨日愛知県からご夫婦が宿坊にいらっしゃった。
東海地方からは初めてのお客様です。

とても仲の良いご夫婦だなと感じ入る。

よくお二人で国内外に旅をされているそうです。
いつも一緒なんだなと・・・、いつもお二人で楽しそうに話しをされるの
です。
なかなかできることではありません。

お夕事は『阿弥陀経』、そしてお朝時には『正信偈』をご一緒された。
どちらも声を出して唱えられる。
お参りやご聴聞をよくされているのだなと感じる。

夕食後はお二人のお話しをお伺いする。
宿坊をやっててよかったと思うひとときです。
仏教や浄土真宗、旅のお話し、話題はつきません。

ご夫婦おふたりで宿坊に来られるのは二組目です。
そういえば前回も去年のGWだった。

あれから一年たったな。
住職を継職して二年、宿坊を始めて一年。

これからの一年は、またどんな一年になるのか楽しみです。

そしてまた、宿坊を訪ねて見たいと思っていただけたらいいですね。

来年のGWには、どんなこと思ってるのかな。


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宗教と道徳って・・・。

宗教教育と道徳教育

日本の教育では、宗教が遠ざけられてきた。
道徳教育も、一時はなくなっていた。
最近は道徳教育は復活する兆しがあるが、宗教教育に関してはあまり
進展は見られない。

道徳とは生活の規範の様なものでしょうか。
これはあるときには、為政者によって都合付けられることが多々ある。
たとえば戦前の日本の教育の様なものでしょうか。

道徳は真理ではありません。
なぜなら、時代・地域・民族等によってみな価値観が違うからです。
特に権力者によって大きく変えられてしまう。
また立場や社会環境によっても全く違ってきます。
ある面では仏教的と言うよりも神道的と言った見方もできるかも知れ
ない。

儒教などは道徳に近い、なぜなら為政者のための教えであるから。
たとえば日本では江戸時代に朱子学として権力者の側の教えとして
隆盛を成す。
江戸時代は仏教学者と朱子学者は反目していた。

宗教はと言うと、その宗教によっても違うと思いますが、基本はいのち
をテーマにする。
生活規範と言うよりも、いのちそのものの存在なのだと感じる。

宗教とは癒しだけではない、ときに大きな苦を強いるものでもあります。
また、生活をも脅かすものであったりします。

ただ、いのちを包み込むものであったり、人間の存在証明であったり。

一見、不合理にさえ感じることさえあるかも知れない。
ただ人間が生きて行く上で、絶対に解決できない問題や、心の問題
まで問いつめて行くと、そこに仏教があったりする。

このようにみると、宗教と道徳は似ている面もあるが、本質的には違う
ものであるといえるでしょう。

これからの日本には、宗教教育も必要な時代が来ると思います。
特に少子高齢化や独居化の社会において、宗教は不可欠な存在と
なってきます。
それは生活規範だけでなく、心の問題が大きくなってくるから。

そのときに、現在のお寺が受け皿となることができるでしょうか。
もしくは新しいお寺や僧侶の動きが出てくるのでしょうか。

私は後者だと思っています。


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金魚の変わった習性

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お寺の中庭には金魚がいます。

水の循環がもともと上手く設計されていない池なので、以前は水の無い
空池だった。

そこに僕は金魚を放しています。
ホームセンターで売ってる、小赤という安い種ですが、結構見てると飽き
ないですよ。

その金魚には変わった習性がある。

最初見たときは、ちょっと驚いた。
ある一匹の金魚が浅瀬で横向きになっておぼれてるように見えたのです。

浅瀬で身動きできなくなっているのだと思った。
助けなきゃと思って近くに行くと、バタバタっとして泳げるのです。

写真の通り、金魚が集まって浅瀬で横向きになっています。
鳥にでも見られたら一発でくわえられそうな感じです。

最近では、いつもこんな感じ。
よほど楽なのか、暖かいからなのか、みんな集まって横向き。
それも浅瀬なので、ある意味おぼれてるようにしか見えない。

浅瀬に取り残された魚のポーズなのですが、みんなそんなことお構い
なしです。

春先には、枯葉の上に乗ってくつろいでいた金魚が、ちょっと水が少なく
なって本当に取り残されていたこともあった。

油断は禁物ですよね。

なぜこうなったかは分かりませんが、いつもこんな感じです。


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日本人の宗教理解

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日本は諸外国から侵略を受けることが少ない。

その結果、宗教的な侵略を受けることも少なかったと思います。
神道は、古代のシャーマニズムやアニミズム的なものから諸外国の
影響を受けながらも日本的な発展を遂げる。

仏教も新しい文化として日本に取り入れられ、日本的な発展を遂げ
た。

江戸時代の檀家制度によって、仏教はその経営基盤を整える。
これは良い面も悪い面も内包しながらも、現在までその影響力はあ
るでしょう。
神道もしかり、仏教文化を結果的には取り込みながら、棲み分け的
に日本人の精神的基盤となっている面もある。

ただし、諸外国の様に宗教的侵略や宗教的紛争に巻き込まれたこと
は、あまりないのです。
つまり、宗教に対して免疫力が弱いのだと思います。

諸外国は、侵略を受けていることが多い。
過去には、侵略の大義名分として宗教が使われていた。

外国では、宗教が民族のアイデンティティーであったり、存在証明で
ある。
宗教を信じることは当たり前であり、それぞれの紛争の中で、宗教的
感覚はデリケートなものであると認識している。

NYなどのアメリカでは、小学生くらいから宗教教育は行われている。
それは、各宗教とも偏らず理解を深めようとしています。
キリスト教やイスラーム、そして仏教の教会へ行き、社会見学の様に
学ぶのです。
災害や戦争、テロなどの痛ましい出来事があったときは、宗教施設
にお参りして祈ることは当然のように行われる。
キリスト教徒が仏教寺院で祈りを捧げることも普通です。
それぞれの宗教理解の元に、宗教を超えて祈りを捧げる。

そして、あるときは宗教観の違いで、結果的には民族間の争いにも
なる。

つまり宗教的な発言は、非常に大きな意味を持つことになります。

日本では宗教的な発言はほとんどなく、また重視もされない傾向に
あると思う。

今回、オリンピックの誘致活動で猪瀬知事が問題発言をしたと話題
になっています。
その内容の詳細や経緯が分からないので、この件へのコメントはでき
ませんが、あそこまで問題になったのですから、不用意な発言があっ
たのは事実でしょう。

このあたりも日本人の宗教理解の未熟さが出ていると思います。
まして、絶対的存在であるアッラーを引き合いに出すなど持ってのほか
です。
中途半端な宗教理解が、今回の問題を引き起こしたのだと感じます。
日頃も、宗教的な感覚はあまり持ち合わせていないのかも知れませ
んね。

世界を知ると言うことは、宗教を避けては通れません。
日本人は、世界に出て行こうとするなら、宗教教育を充実させることも
大切だと思います。

宗教が、ときに危険性もはらんでいることを知っておくことも大切なこと
かも知れません。

この様な点でも、宗教と道徳は異質なものだといえるでしょう。


光澤寺HPはこちら!

ああっ・・・極楽浄土。

DSC_0008 (4)

宿坊の露天風呂から西の方角を見る。

とても美しくて、仏の世界の色のようだ。
西方である・・・そこは極楽浄土だ。

でも私の住む現実世界は、電信柱が煩悩の様に立ちはだかっている。
この世は、何でも思うようにならない。

空と自然と空気をそのまま感じながら風呂に入るのは、本当に気持ち
いい。

このまえ、死にたいと言われてお寺を訪ねて来られた方がいた。

まあ、とりあえず露天風呂に入って下さい。
そういってお風呂に浸かってもらった。

結構長い間入られていた。

そして、そのあとゆっくりお話しをした。
むかしばなし、他愛もない世間話し、日本経済のこと。

「今日一日で5年分の休息を摂ったようでした。」
そうポツリと話された。

そのあと元気に帰って行かれました。


苦しみや悩みが無くなったわけじゃない。
またすぐに現実世界に戻ってしまう。

だけど、心を休めることも重要だ。
たとえ一瞬でも人と触れ合うことも大切。

お寺って、宿坊って、不思議な空間である。


宿坊光澤寺のHPはこちら!




愚禿鈔のことば

愚禿鈔は親鸞聖人のお言葉である。

その最初にはこうあります。

「賢者の信を聞きて、愚禿が心を顕す。
 
 賢者の信は、  内は賢にして外は愚なり。
 愚禿が心は、  内は愚にして外は賢なり。」


また、二河の譬えにおいて、阿弥陀如来の言葉が・・・。

「西の岸の上に人ありて喚ばうていはく、〈汝一心正念にしてただちに
 来れ、我能く護らん〉」



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