
「その悲しみを知る人にしか、その悲しみは癒せない」
私はその言葉を理解している、そう思っていました。
でもこの言葉は、その現実に直面した人でなければ本当の意味を
知ることはできない。
あるときには当事者だけど、あるときのは第三者であったり。
そのときそのときによって、人はその思いが変わるのでしょう。
分かっているようで、でもそのことを忘れてしまう。
知らないでしてしまうこと、これは自分でも気づきません。
昨日、ある僧侶が宿坊を訪ねて来られた。
その方はガンであるという、そして癌の方々を支援する活動もして
おられる。
いのちを精一杯生きる、今を生きているって感じがしました。
そして自分でやらなくてはいけないことがあるとも。
残された時間の中で・・・。
宿坊で、ガンの方々のつどいをやりたい。
そんな話しもありました。
宿坊なら、ゆっくりと語り合える。
帰る心配もない、そして医療の場所でもない。
そこで、皆と語り合う場にしたい。
宿坊がそんな場所になるのなら、私はぜひ協力したい。
西本願寺が推進しているビハーラ活動の一環でもあります。
私がその方々を癒せる訳ではありません、でもその場を作り、皆さん
と一緒にいることはできる。
ガンの方々、精神的な面で苦しんでおられる方々。
その方々が心置きなく、そして同じ立場で話しができる場所を作りたい。
その僧侶の方から話しを聞いたとき、宿坊の新しい取り組みができる
かも知れないと思った。
同じ苦しみを持つ方々が、気をつかわずに集まれる場所。
そんな会を、宿坊が中心となって作る。
そこに僧侶がいる、ただ空気の様な存在でもいい。
何とか9月には、ガンの方々のためのつどいを持ちたい。
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