宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2013年07月

宿坊体験記 ・・・ 完結編。

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東京から来られたOLの方。

お仕事を頑張っておられますが、ご自分の夢もある。
それはエッセイストになること。

そのときは宿坊でゆっくり書いて欲しい。

彼女は櫻木綾子さんと言う。
いつの日かエッセイを読んでみたいなと思う。

二泊三日の間、たくさんの体験をされた。

過ぎ去ってみればあっという間ですが、縁がつながりました。
今まで気づかなかった縁に気づかされるのは有り難いな。

そんなことを感じていました。

宿坊で出会える縁は、不思議なご縁が多い。

たくさんお話しをして、同じ時間を過ごす。

まるでずっと前から知っていたかのような感覚になる。

空港までお見送りをしたとき、搭乗ゲートの前で彼女の涙があふれた。

彼女もまた新しい一歩を踏み出すんだな、そう思えた。

僕もこれからまだまだやりたいことがある。

次にまた宿坊に来られたとき、今日の思いを話してみたい。

明日からはまた仕事だそうです。

仕事、そして自分の夢に向かって・・・。

限りあるいのちを生きる、その中で出会う縁を大切にして行く。

そして仏様の導き。

そして、みんなの幸せを祈る。

彼女のスイッチが入ったのかな?
それはどちらであっても、昨日までとは違う一歩を踏み出したのは
間違いない。

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東京OL、宿坊体験記 ・・・ 自分にスイッチを入れる。

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夏季休暇を利用して東京のOLさんが宿坊に来られた。

鳥取は初めて、砂丘でラクダと遊んだあと有形文化財でもある若桜
鉄道に乗って宿坊に来られた。
若桜鉄道の終点の若桜駅でお迎えし、近くの岩屋堂に行く。

小雨交じりで誰もいない岩屋堂をゆっくりと見る。

今回は二泊されるので、あとはゆっくりと宿坊で体験三昧。

朝夕のお勤めと作法を少し、あとは仏教のこと、そして宗教の基礎
知識を簡単にお話ししたあと、できるだけ希望に沿った体験をして
いただきました。

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最初は瞑想の基礎。

瞑想の前に、瞑想と座禅の違いを感じてもらうために座禅をしたあと
に瞑想に入っていただく。

写真は瞑想の体験中。
静かに心を落ち着かせています。

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続いては写経です。
写経は初体験でした、「般若心経」を書かれています。

写経は簡単そうで、実際に書いてみると意外と大変。
ゆっくりと丁寧に書かれていたので、1時間半以上はかかりました。

仏様の前で、お香に包まれながら。

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夕方からは絵手紙です。

季節の野菜や体験を絵手紙に書かれています。
美術は好きということで、どんな絵手紙になるのかな。

印も彫って押すと、いい感じに仕上がっていますね。
坐禅の絵の背景に見えるのは鳥居の様で実は鐘楼です、念のため。

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二日目は実は彼女の誕生日でした。

ちょうど区切りの年なので、新たなスタートの日なのです。

食事のときワインでバースデイのお祝いをしました。

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野菜はすべて採れたての完全無農薬の夏野菜を使っています。
もちろん自家製の野菜がほとんど。

食事の後はゆっくりといろんなお話しをしました。

その中で、彼女の夢を聞くことがありました。

この宿坊に来ることで、自分にスイッチを入れたいと。

この宿坊で過ごされたことがこれからのスタートのきっかけになったら
いいですね。
きっとスイッチになると思います。

なぜなら、この宿坊に泊まられた方は、その後すごく活躍されている
方が多いのです。

そんなお話しもさせていただきました。

明日もう一日あるので、体験の仕上げをしたいなと思っています。

心と身体に栄養をつけて・・・。



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アメリカの方が宿坊に来られました。

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今日はアメリカ人の方が宿坊に来られました。

アメリカから日本へ渓流釣りに来られていて、午前中は近くの渓流
で釣りをされていたそうです。

昼食で宿坊を訪ねてこられました。
雨にあわれていたので、先に露天風呂に入っていただいた。

ロスから来られているのだそうですが、見た目は日本人と変わりま
せんね。
日系三世の方だそうです、でも話すので英語です。

日本のテンカラ会の方を訪ねて来られていて、ご一緒に来られた。

今日はイタリアン精進料理と、本堂でのお勤めをご一緒しました。

西本願寺にも行かれたことがあるようで、今日もいろいろ見て行かれ
ました。
ロスにも大きな本願寺があるそうです。

宿坊に外国の方が来られるのは珍しいのです。
まだ外国の方には知られていなく、観光地でもないですから。

日本のお寺でゆっくりしていただけるので、こらから外国の方々にも
来ていただける様になればいいですね。

いつかまた日本に来られるときは、ぜひ宿坊にお泊りいただきたい
ですね。

日本の田舎とお寺を味わうには、この宿坊はお勧めです。

と自分で宣伝しておきますね。



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今日は連研の7回目でした。

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今日は鳥取市内のお寺さんで、連研の7回目です。
毎月1回で全12回のコースなので後半に入ったところです。

仏教から浄土真宗の教えと社会的な問題などのテーマで実施しています。

今日のテーマは「自力と他力」で、浄土真宗の教義の中心でもある他力
について学びました。

難しいテーマなので、今回の研修だけで理解するということはできないかも
知れませんが、ほんの少しでもその内容について知ると言うことは大切な
ことです。

会の最初と最後にお勤めをしていただいています。
そのときには、作法やお勤めの指導も適宜行っています。

暑い中での講義ですが、本堂にはエアコンも入っています。
最近は、市内のお寺さんはエアコンを導入されている寺院が増えました。
それと本堂は椅子とテーブルになっているので、研修も受講しやすくなって
いると思います。

この研修を継続して行く上ではいろんな苦労があります。
テーマの選定から会場や講師の段取り、そして毎回各寺院を廻っての会場
となるのでその調整もあります。

そして連研の担当者は、毎月一回の日曜日のスケジュール調整もあります。
今日は、法務が入っていましたが、朝8時からに変更していただき、何とか
研修に間に合わせました。

鳥取因幡組の連研も第七期となっており、修了者も200名を超えるまでに
なっています。
これからも様々な困難があると思いますが、できるかぎり続けて行きたい
ものです。

一人でも多くの方々に、浄土真宗のみ教えに親しんでいただきたい。

そう思っています。


仏の道を歩む

なぜ仏教は人を惹きつけるのか。

そんなことを、つらつらと思うことがある。

僕はなぜ仏教という世界に惹かれ、そして僧侶となったのか。

たとえば、そこには真理があるから。

ではその真理とは何なのか、どうすればたどり着けるのか。

そして、そこにたどり着けたなら、どうなるのか。

特にこれといった回答はない。

聞かれたときや、年齢によっても答えが違うかも知れない。


ただ、仏教には私が生涯かかってもたどりつくことができない。

そんな魅力がある、すなわちゴールがない。

ゴールは見つかるようで、なかなか見つからない。


たとえゴールにたどり着かなくても、それでも問題はないだろう。

仏の道を歩いて行くということが大切なんだなと思う。

迷いの中で、でも仏の道を歩む。

それが私にとっての仏教なのかもしれない。





しあわせとは・・・

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幸せとは生きていることだと思う。

今のいのちを生きること。

そのいのちは無常である。

短かったり長かったり、でもその期間は関係ない。

いのちが存在したと言うことが幸せなのだ。

苦しみや悲しみとともに私のいのちはある。

そして喜びとともに私のいのちはある。

それ以外には何もない。

今日生きているこのいのちが幸せなのだ。

孤独とつながりの中にある私と言う存在。

その存在を存在たらしめるのが、願いだ。

願いとは何か、その無常のいのちを包み込むもの。

その存在が私には必要なのだ。

私を私たらしめるもの。

いつかそのことに気づくときがあるだろう。

浄土真宗を学ぶ ・・・ Ⅰ. 「最初に」

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浄土真宗を初めて学ぼうとしている方へ。

もしくは自分の家は浄土真宗だけど、何も知らないという方へ。

そんな方々のために、浄土真宗をやさしくそして分かりやすく解説
してみたいと思う。


日本に伝わった仏教は、インドからアフガニスタンやイラン周辺を
経由して、シルクロードという中央アジアから中国、そして朝鮮半島
へと伝えられた大乗仏教と言われる仏教です。

インドでお釈迦様が教えを説いたのは、今から2500年くらい前の
こと。
それが中国や朝鮮半島を経由して日本に伝わったのは今からおよ
そ1500年くらい前になります。
インドから日本に伝わるまでに約千年の時間を要しているのです。

その間にパレスチナの地では、キリスト教が生まれています、そして
アラビア半島にイスラームが誕生する約百年前、日本に仏教が伝え
られた。

大乗仏教が中国に伝えられる二百年前くらいには、仏教はスリランカ
へと伝えられている。
これは昔、日本で小乗仏教と言われた仏教のことです。
実際には、上座部仏教、長老派、テーラワーダ仏教と言われたりし
ます。
どちらかと言えば、こちらの仏教の方がお釈迦様のスタイルに近い
とも言われていて、世界的に仏教と言えば、こちらの仏教のことを
言います。
大乗仏教は決して仏教の本流ではないと言うことも理解しておいて
も良いかも知れません。

では大乗は仏教ではないのか、ということです。
よく大乗仏教の経典は、お釈迦様が説いた教えではないと言われる
事があります。
なぜならお釈迦様が入滅されて数百年後に成立した経典だからと
いうことが根拠の様です。

そんなことあらためて言わなくても分りきったことです。
上座部の経典でさえ、本当にお釈迦様が説いたお経かと言うと、誰
も証明できないのです。
そして上座部も大乗経典の影響を受けて言うと言われるのも事実
です。

要は、お釈迦様の滅したあとに、誰がその教えをどのように聞いたか。
そしてそれをどのように伝えて行ったのか。
それを私たちは伺って行くのです。

そこに、どれだけの人々の思いがあり、どれだけの時間を経て、そし
てどれだけの国や民族を経て、その教えに私たちが出遇うことがで
きたのか。

そのことを聞いて行くことが大切なのです。
どれが正しくどれが正しくない、と言うことではありません。

私が仏の教えをどう聞かせていただくかが、最も大切なことであると
私は考えます。

そして、浄土真宗を学ぶものとして、宗祖である親鸞聖人のみ教え
を聞きながら、その教えに近づいて行きたいと考えます。





『宿坊で語り合うガン患者の集いin光澤寺』のお知らせ

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10月に宿坊光澤寺で、ガン患者の方々の集いを開催することが
正式に決まりました。

日程は、10月13日(日)~14日(月)の一泊二日で開催します。

「ガンと診断された多くの患者がどうしようもない不安を抱えて戸惑
っている」ということに向き合う。

そして今回の集いは、ガン患者同士でなければ通じない思いを大切
にして、深い思いを言葉に表す場をつくることです。

そしてその場が宿坊となったことは、お寺にゆっくりと泊って、そこが
安らぎの場となることを願ってです。

宿坊光澤寺はそんな皆さんが心から落ち着ける場を提供できるよう
に準備をさせていただきます。

コーディネーターは、大阪北野病院薬剤師であり僧侶で、自らも
胃ガンの手術を受けられている宮本直治さんです。
ガン患者グループの「ゆずりは」の代表も務められています。

募集人数は12名という少人数になります。
参加費は一泊二食付で9,800円。

詳細についてのお問合せや参加申し込みは宿坊光澤寺まで、お問い
合わせ下さい。
尚、申込者多数の場合は抽選となりますこと、ご了承ください。


宿坊光澤寺はこちらのHPへどうぞ!


夏休み色。

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夏休み色。

小学校が夏休みに入る。

子どもの頃の記憶には、夏休み色ってあった。

青い空、白い雲、緑の濃さ。
照り返す日差し、蝉の声。


大人になっても憶えているかな。


今お寺の周辺は夏休み色。

そろそろ大阪の少年野球チームを迎える準備が始まる。


今年の夏も、暑い夏。

お寺は涼しいでしょってよく聞かれる。

でも、お寺も暑い。


でも記憶に残りますように・・・。



連続無窮にして、休止せざらしめん・・・。

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中庭の池にホテイ草を浮かべている。

そこに最近生まれたばかりの金魚が集まっていた。
身を隠すのと居心地とちょうどいいのだろう。

この時期は成長するのが早い、赤色も結構目立つようになってきた。
この池生まれのこの池育ちだ。

僕もこの寺で生まれ、この寺で高校生まで育った。
この金魚と一緒だなと思う。

この前、姪が金魚すくいでもらってきた金魚も、この池に放してみた。
馴染むかな、他の金魚に仲間外れにされないだろうかと、ちょっと心配
だったけど。

一昨日は、前からいた大きな金魚が一匹死んでいた。

でもこうやって金魚にもいろんな縁がつながって行きます。

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いのちの流れは、直接つながりもあれば、間接的なつながりもある。
でもそのいのちの流れは、大きな流れの中にある、それはすべてがつな
がっているんだな。

すべてがつながり関わり合って縁を紡いでいる。

それを感じられたとき、そのいのちは大きな願いに出会うのだ。

それが南無阿弥陀仏だと・・・。

そしてその無常のいのちは包み込まれる。

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さまざまないのちがある。

すべてが関わり合っているのなら、そのいのちに感謝して生きる。

すべてが南無阿弥陀仏の中に包まれていると知れば、その思いを
受けとめることができたなら・・・。

「仏法ひろまれ、世の中安穏なれ」と







えっ、ここってラーメン屋じゃないの?

今日は、鳥取因幡組の執行部会でした。

夕方より鳥取市内のお寺さんで打合せ。
特に大きなテーマはなかったので、懇親的な面が大きいですね。
やはりface  to  faceってことです。


お寺同士って、意外とコミュニケーションをとらないのですよ。

お互いのことには何も言わないってスタイルが多いです。

なので意思疎通を図るには、こんな会も必要かも知れません。
特に住職は、他のお寺の情報ってほとんど知りませんから。


会のあとは、そのまま街に繰り出して、本当の懇親会。

日頃は山にいるので市内で飲むことは稀です。

お寺から歩いて5分で街の繁華街ですから、やっぱり街の寺院

は便利ですね。


特に問題もないので、皆さんとても上機嫌って感じ、終始たわい

のない話しで盛り上がりました。


さてそのあと、あまり食べなかった僕は何かを食べたいと思った。

今日の懇親会はそれぞれ坊守も一緒でしたから、坊守と二人で

飲み屋街をうろうろ・・・。

どこか良い店はないかなと散策しました。


適当なところがなかったので、駅の方に向かうとラーメン屋さん

の看板があった。

初めてのお店で値段も安そうなので、入ってみることに。


暖簾をくぐると・・・、えっ・ここラーメン屋?

って感じでした。


暖簾の先には、ギターを抱えて歌ってる人が。

そしてその周りには、スーツを着たサラリーマンが数人輪になっ

て一緒に歌を唄ってる。

雰囲気も場末のライブハウス風。


間違ったかなと思いつつ、取あえずカウンターへ。

でも店の人誰もいてへん。

と思いきや・・・、何とギターを弾いていたのがお店の方。


とりあえず接客と言うことで、ギターをサラリーマンの人に渡して

ラー麺の注文を取りに。

サラリーマンのグループは、それから皆で歌ってた。

今日は吉田拓郎でした。

それも古い歌、皆懐かしそうに歌ってる。

店の大将も、ラーメン作りながら歌ってる。


暑い鳥取の夜、何か不思議な体験をしました。


ラーメンを食べ終えて、お店を出た。


僕が行ったのはラーメン屋?

それともライブハウスかな。


たまにしか街に出ないので、街もどんどん変わっていました。

サラリーマンの方々はとてもスッキリした感があった。

ストレスも発散し、ビールも飲み、歌も歌って・・・。


僕は懐かしい曲を聞いていました。

さすがに一緒に歌わなかったけど。








2013年、夏の日の記憶

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2013年、夏。

もうそろそろ夏休みに入る頃。

強い日差しが夏を感じさせる。

池にはトンボがやってきてグルグル旋回する。
そして蓮の葉にとまる。

昨晩は、小学生の姪が浴衣を着て近所の納涼祭に。
友だちと出かける、誰と行くのかいろいろ小学生も考えるのだ。
人間関係って、いくつになっても大変なんだな。
夜店の金魚釣りをしてきた。
結局僕が飼うことになった。
おまけでもらったメダカと金魚を分けて水鉢にいれてみる。

玄関も涼しげになる。

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空は入道雲。

夏休みの空。

子どもの頃の夏休みもこんな空だったかな。

濃い緑、青い空に入道雲。

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そして今日は参議院選挙。

お昼のすいてる頃に投票に。

今回の選挙は、これからの日本の方向性を決めることになる。
そんなふうに思う。

今晩は選挙速報だな。
やはり自らの意志をしっかりと投じた方がいい。
選挙速報を見る楽しみもあるから。

そして自分たちの未来のために。

ある夏の日の一日。

またいつか、あんな日があったって記憶に残るだろう。
人は記憶の中に生きている。

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宿坊を魅力的に ・・・ 一歩づつだけど。

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昨晩は涼しくて、心地よい夜。

湿度も低いのかな、今日は気温が上がったけど過ごしやすい。

今日は朝早くから、宿坊に使う冷蔵庫を調達に行きました。
妹の旦那の実家に使わないで置いてあるもの。

もうすぐ今年も少年野球チームが大阪から合宿に来るので、その
準備でもあります。
試合が続くので、氷や飲料水を大量に使う。

倉庫に置いてあったけど、数年置きっぱなしなので、ちょっと汚れ
ていました。
お寺に軽トラで運んで、皆で一斉に冷蔵庫の掃除です。
キレイに磨くと、冷蔵庫の見栄えも良くなりました。

午後には、宿坊のドレッシングルームに無事設置完了しました。

これからは、宿坊に来られたお客様も、この冷蔵庫を自由にお使い
いただけます。

少しだけ、宿坊もまた充実してきました。
ちょっとづつでも、宿坊を魅力的にして行きたいですね。

もちろん設備だけでなく、仏教の各講座も深めて行きたい。
そして全国ここにしかない宿坊にして行きたいと思っています。

小さなことでも少しづつ積み上げて行けば、また1年後は進歩して
いるのでしょう。
その先に10年後、20年後のお寺や宿坊を見ています。

やっぱり、小さなことからコツコツとってことですね。


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最近のTVドラマと僧侶の世界と

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最近のTVドラマを見てると、あまりにズレてることが多いなって感
じる。
もちろん現実と違う面があってドラマが成り立つのだが、ありえな
いストリーだとしらけてしまう。
そう最近は、しらけてしまう感じの脚本が多いな。
なぜこんな脚本でドラマを作るのか理解できないのです。

時代錯誤であったり、ちょっとそこはそうじゃないよって感じ。
肝心なところを適当にやってるので、ドラマにリアリティーがなくな
ってしまうのです。
背景にリアリティーがあれば、そのストーリーにひきこまれる。
そして夢も見ることができる。
最初から、何これ?ってお話しになっていると、もうそこからは見
る気がなくなる。

その点は視聴者も敏感なので、すぐに反応しますね。

これって、もしかすると僧侶の世界もそうなのかな。
自分たちだけがこれでいいと思っている、だけど世間とはズレて
いても気づかない。

自分たちがいつも正しいと思っている。

TV局の世界も僧侶の世界に似てるのかな。
世間と完全にずれた人たちがTVドラマを作ってるってことがまる
分りなのです。
で結局は、前に当たったパターンのドラマや役者を使うのだ。
話しに合ってなかったり、下手でも話題にさえなればいい。
でも今はもうそんな時代じゃないと思う。

ちょっと前までは、自分たちの言うことを皆信じてた。
適当なこと、勉強してなくてもいい加減でも僧侶として見てくれてた。
TV局もちょっと前までは、自分たちが時代の先端を走ってた。
TVで放送されたら、すべてが正しかった。
でももうそんな時代は過ぎ去っている。

そんなふうに、最近TVドラマを見ながら感じてた。

だったらどうするのか。

そんなことも考えながら・・・。

もちろん世間に迎合すればいいってことではない。

仏教と宗派の本質を心に持ち、そしてその上で自分のスタイル
をしっかり持つってことが大切でしょう。

その上で、社会の空気をしっかり吸い込むことだ。

TVドラマの背景を考えると、僧侶の世界も何をすればよいかが
見えて来るかもしれない。





そこに南無阿弥陀仏がある ・・・ 他力への思い。

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阿弥陀如来の存在とは・・・

ただ、私のいのちとともにある。

「私の願いを ただ心から信じなさい」

そう私に呼びかける。

それだけだ。

私のいのちは限りある、そしてそれは私自身が受け止めなくては
ならない。

自力ではたどり着けぬ世界。

私の力が及ばぬところ、そこに願いがある。

私はいつかこの世を去る。

そして仏となる。

縁起であり、空であり無常。

般若心経の世界観・・・というか玄奘三蔵の仏教観かな。

でもそれは悟りの世界ではない。

ただの理性の世界から脱していない様に思う。

悟りの入口にしか過ぎない。

衆生の救いはそれでは終わらない。

だから法蔵菩薩の願いが起こされる。

そして阿弥陀如来となるのだ。

私の力の及ばぬところ・・・

そこに南無阿弥陀仏がある。

無常のいのちを、ただ無常では終わらせない。

そんな決意があるのだと感じる。

その思いを感じ受けとめる、その先に仏の世界が開かれる。

ただ私はそれを信じるだけ。

他に何も要らぬ。

ただ、南無阿弥陀仏、それだけ。

いのちを見つめ、いのちとともに。

それ以上の存在はないのだ。

自力をたのむなかれ・・・

ただ他力のみぞ、まことなのである。

私にはそれしかないと信じる・・・

それに他力がある。

ただ、私のいのちとともに。



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ガン患者の方々の集いを宿坊で。

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ガン患者の方々の集いを開催する準備を進めています。

日程は、10月13日~14日の一泊二日の予定。

宿坊に泊まってゆっくり過ごしていただく。
そして同じ病気の方々と過ごし、思い思いのお話しをしていただく。
誰にも気兼ねすることなく、そしてそれぞれが持つ大切な思いを
皆で共有して行きたい。

そんな会を開きたいと思っています。

主宰とコーディネイトは、自らがガンでありながらも、支援活動を続
けておられる現役薬剤師で僧侶でもある方。
実際に神戸で「ゆずりは」というガン患者の支援の会を主宰されて
いる。
その方より、お寺そして宿坊でゆっくり過ごしながら、それぞれが
自らの思いをゆっくり語れる場を持ちたいとの提案があった。

宿坊として、これからの方向性として、いろんな苦しみを持つ方々
の寄り添う場になることができたらと考えていた。
ご提案を受けたとき、ぜひ一緒にやらせていただきたいとお応え
した。
露天風呂もあるし、泊まることで心も落ち着くのでは。

もちろんお寺だからと言って、宗教的な勧誘がある訳ではない。
ただそこが安らぎの場であって欲しい、そしていのちを見つめる場
であって欲しいと願っています。
それは、お寺の本来の役割の一つであると思っています。

現在コーディネーターが企画を検討し、案内の準備中。
当日はスタッフ二名と住職である私がサポートして行きます。

また、鳥取市にあります徳永先生の「野の花診療所」が、医療体制
の連携を取っていただけることになったようです。
これには、いろんな方々の心がつながっています。

正式なご案内はまだこれからですが、詳細が決まりましたらブログ
やHPでもご案内させていただきたいと思います。

参加は12名くらいの少人数での開催を考えています。


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チビ金魚が生まれてた。

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今日、中庭の池を見てると、金魚の稚魚を発見。

発見と言うのは、今年生まれたばかりの金魚だからです。

この春にチビ金魚が鉢の中にいるのを見つけた。
それを池に放したのだけど、2か月間くらい行方不明で、食べ
られたかなと心配してた。

でもそのチビ金魚はすでに大きくなって、大きな金魚と一緒に
泳ぎまくってる。
下の写真では真中右がチビ金魚です、もうチビではないと自己
主張してる感じ、落ち着いている。

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今年は卵を産まないのかなと思っていました。
でも今日は数匹のチビ金魚がいました。

チビは黒色をしていることが多いので、正確な数は分からない。

でも新しいいのちの登場で、池もまた楽しみが増えた。







50回忌法要 ・・・ 思いがつながる。

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今日は朝早くお寺を出て、ある女性をお迎えに行く。

お迎えと言うと浄土のようであるが、お寺で法要をするため。
お姉さんの五十回忌の法要を勤めたいと先日電話があった。
たまたま、あるお寺さんの法要で出会ったのです。

お姉さんはこのお寺にご縁のある方でした。
7歳年上の優しいお姉さんだったそう。

そして今日お迎えに行った方は、子どもの頃このお寺で遊んだこと
があるのだと言う。

今日はご縁がつながったことをとても喜んでおられた。
とてもうれしそうだったな、法要のご縁はやっぱりいいな。
思いが適う、そんなこともある。

お経を唱え、お茶を飲みながら昔話をする。
僕が生まれる前のこと、でもなぜか懐かしい。
いろんな方の話しを聞くと、僕の中でいろいろつながった。

法要、それも50回忌だと私があったことがない方ばかり。
でもお勤めをしてると、いろんなことが浮かび上がる。

きっとその方の思いが届いてるのだな。

その方も、今日はゆっくり休めますと仰っていた。

熱心にお念仏を聞かれてきた方だ。
昔はお念仏や信心の詩をたくさん書かれていたそうです。
テープに録ってるから聞いて欲しいと。

最近はそんなこともあまりないな。

今度ご自宅にお伺いし、その歌を聞かせていただけるとこになった。
また今度、老人会の法話で歌ってみようかな。

やはり子どもの頃や若い頃の思い出は強く残る、そして懐かしい。
子どもの頃にお寺で一緒に遊んだ方の話しになった。
今年はその方の七回忌ですよとお伝えした。

時は過ぎて行く。

そしていつか僕のいのちも終えるときが来る。

僕の50回忌をお勤めしてくれる人はいないかな。
そんなことを思っていた。

お帰りのとき、本堂の前で写真を一緒にお撮りした。
今度お持ちしよう。




お寺離れ ・・・ そこに世代の壁がある。

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私は昭和35年生まれ。

現在は50代前半、若くもなく、ただ高齢化社会においては年配と
までは言えないな。

このまえ、ある方がボソッと話されことがある。
葬儀業界の方でした。

お寺に熱心だった方々の子どもたちがお寺嫌いになっていること
が意外と多いのだとか。
子どもと言っても、60代~40代の世代の方々です。

お寺のこと、仏様のこと、先祖のこと。
これはその家に代々伝わってきたものです、そして家を守るのと
同時にお寺を守ってきた。
家の宗教としてのお寺の存在があったのです。

でも今はそれさえも厳しさに直面しているということか。
寺院や僧侶は、どちらかと言うと自分たちより上の世代との付き
合いが多くなる。
逆に同世代の話しを聞くことが少なくなるのかも知れない。

私身近にそのことは感じていた。
私の母の実家は、お寺の総代を代々続けていた。
何かあればお寺が優先、多額の寄付もしているのです。
法事と言えばいつも盛大だった、僧侶も何人も来ていた。

その息子、つまり私の従兄は、お寺嫌いになった。
おそらく、なぜそこまでするのか、それに何の意味があるのか。
なぜ自分たちがそ犠牲にならないといけないのか・・・。
価値観が見出せないのだと思う。

今はその家で法事が勤まることはありません。
お墓も荒れ放題、昨年お墓参りしたとき数年間手も付いてない
状態だった。

そこには、家族における世代の壁が大きく立ちはだかっている
のではと思うのです。

私は40代半ばまで会社員をしていた、そこに仏教の入り込む
余地はないように思っていた。
特に団塊の世代を境に、日本の価値観は大きく変わっている。
高度成長期、自らの力で繁栄を勝ち取ってきたと言う意識があ
るだろう、都会へと皆が出て行き、核家族化が進展する。
皆、古いしきたりは田舎に残った方々が引き継いだ。

そしてバブル崩壊からリーマンショックを通して日本の会社や
経済が大きく変わった。
無駄なものに投資をしないと言う感覚が強い、その中でお寺や
僧侶はその変化に気づいてこなかったのではないか。
寺院や僧侶のやっていることに疑問を持つのです。

その反動がまさに起こっているのでは、その話しを聞いたとき
そんなふうに感じた。
自分自身でそう感じていたので、当たり前の様に受け止めたが、
実は周りからそう言われると、「やっぱりそうか」と受けとめざる
を得ない。

でも最近感じることがある。
20代~30代の若者が決して宗教やお寺から離れている訳で
はないと言うこと。
事実、あれだけ問題になった新興宗教でさえいまだに若者の
心をとらえているのです。
求めているものはある、ただそれに応えられるお寺や僧侶が
いなかったと言うことだろう。

ただ40代~50代、つまり団塊の世代の前までのところで、途切
れている感覚はあります。
その世代が一番宗教に関心が薄いのではないか。

つまりお寺離れや葬儀離れをしている世代。
これはその価値観に由来している部分が大きいのではと思う。
時代が進み、経済が発展し、目に見えないものへの価値観が
見出せない世代ではないかと思います。

そんなことを感じました。

仏教として時代に応えて行かなくてはならない。
その教えによって社会に応えて行かなくてはならないのだと思う。

目の前にある当たり前と思っていたことが大きく変わるのです。


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J2で三浦和良の姿を追う。

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今日は、法事を終えた後、J2の試合を見に行ってきた。

ガイナーレ鳥取 VS. 横浜FC

最近はあまりサッカーを見に行きませんが、今日はカズさんを見たい
と思い出かけた。
最近ガイナーレの社長の講演会を聞かれた年配の女性の方が、一
度サッカーを見に行きたいと言われていた。

足が悪い方なので難しいかなとは思いましたが、社長が鳥取のサッ
カースタジアムは日本で一番観戦しやすいという話しをしていたと言
われていたそうで、何とか一緒に出かけようと、今日の観戦となった。

私も何度かサッカー観戦をしていますが、確かに鳥取のバードスタ
ジアムは、サッカー観戦には最適です。
観客席がグランドから本当に近い、選手の息遣いまで聞こえてくるほ
どです。
ヨーロッパなどでは、こんなサッカー場が多いですね。
でもなぜか、日本ではサッカー専用スタジアムでも、間延びしたところ
が多い。
典型は東京の味の素スタジアムでしょう。
サッカー専用スタジアムなのに、その中はまるで陸上競技場の様に
観客席からグランドが遠すぎる。
なぜこんな設計にしているのか理解に苦しむところが多いのです。
サッカーは野球と違って、ボールの危険性が少ないのですから、やは
り間近で見たいと思いますね。

今日は、カズは前半のみの出場でしたが、見ることができたので満足
しています。
帰りにはゆっくり帰ったので、駐車場でカズさんを間近で見ることがで
きました。
車イスの少年にサインをするために、一人で出てきていた。
その心遣いも半端じゃないですね。

ちょうど近くにいたのでラッキーでした。
一緒に行かれた方も、とても喜んでいました。

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カズさんも46歳。
でも現役にこだわるその姿は、やはりすごい。
試合でのキレはやはり若い頃ほどではないにしろ、存在感があり
ますね。

でもいつか試合に出なくなるときがくるでしょう。
そんな思いもあって、今日はその方をお誘いして出かけてきました。

バスに乗る前、選手で一番最初に出てきて、出待ちをしているファン
の方に丁寧にサインをされていました。
一流の何たるかを知らされたって感じ、イチロー選手もファンを大切
にしてる。

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試合後は、ガイナーレに所属している岡野選手との2ショットがあった。

日本のサッカーに一時代を築いた二人の後姿。

何を話してたのかな・・・、たとえば「今晩どうする?」って感じでしょうか。

「お店予約しといたから」

「じゃ、あとで」

それとも・・・・

「いつまで現役続けるの」かな。

試合後は、岡野選手はランニングを続けていた。

そう言えば、三浦カズ選手はTV番組でこんなこと言ってた。

現役でプレーするためのトレーニングはハードだ。
常にトップレベルに身体を維持することができなくなったとき、その
ときが来るまでは・・・。

常にトレーニングを考えているのでしょう。
そうすると、夜もトレーニングだったりするのかな。

ストイックな世界である。

僧侶もそのくらい自分に厳しさが求められているのかも知れません。






重誓偈と般若心経・・・研修会で写経をしました。

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今日はお寺で町の婦人会の研修会でした。

56名の方々に写経をしていただいた。

経典は、浄土真宗で唱える「重誓偈」、そして一般的な「般若心経」。

今日は人数が多かったので、筆の準備はできませんでした。
筆ペンを使っての写経です、でも皆さん一所懸命に取り組んでいた。

暑かったのですが、途中で夕立があったりで、それはそれで大変。
私はお話しをして写経の準備、最初にお経を唱えます。

今日は他宗派の方々が中心でしたので「般若心経」も唱えます。

先ず「重誓偈」を唱えます、そして私は生まれて初めて皆さんの前で
「般若心経」をお唱えしました。
もちろん日頃は唱えませんので、慣れないお経でしたが皆さんはどう
感じられたのでしょうか。

「重誓偈」を写経された方も十名くらいいらっしゃった。
もちろん「般若心経」の方が多いです、やはり願い事を書いてみたい
と思われる方が多いでしょう。

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お経、仏様のこと、そしてお釈迦様のことをお話しさせていただいた。
いろんなことを手短にお話ししましたが、分りにくかったでしょうか。

その後はイタリアン精進料理。
そして宿坊の部屋や露天風呂をご案内致しました。

今日は普段では味わえない感覚がありました。
他宗派の方々が中心の研修会で、仏教のお話しをする。

この様な会の後、皆さまの感想をお伺いしたいのですが、それはでき
ないので、どうだったのか不安もありますが、一生懸命に対応させて
いただいた。
料理も大人数でしたので、坊守や手伝いの方々大変だったでしょう。
皆さまのお蔭で無事に終えることができたことに感謝。

私にとっては、とても思い出に残る研修会だったのです。
本当に有り難いご縁でした。

地元の方々に、それもこれだけ多くの方に、お寺そして宿坊に来て
いただけるご縁があったこと、担当者の方々そして婦人会長に感謝
しています。

やはり地元の方々に知っていただき、見ていただけることは、お寺に
とっても宿坊にとっても、嬉しいことです。

夕立があり豪雨でしたが、帰られるころには雨も上がりました。

参加して下さった皆様に感謝するとともに、対応が十分でなかったで
あろうこと、心よりお詫び申し上げます。


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明日は婦人会の研修会です・・・大人の寺子屋の準備は着々と。

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明日はお寺で、八頭町の婦人会の研修会が開催される。

八頭町全体から57名の婦人会の方々が参加される。
今回の研修会は昨年の倍近い方が参加されるそうです。

ご希望は、お寺の歴史、そしてこれからのお寺についての活動を、
お話しをする。
内容はこんな感じです。

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続いて、写経体験です。

ご用意するのは、般若心経と重誓偈の二つのお経。
一般的には般若心経ですが、浄土真宗の方には重誓偈もあります。

時間内で終えようとすると、ちょっと難しいかも知れません。
写経はゆっくりとお経に向き合い、心を穏やかにするもの。
そしてさらには心を清らかにして行くものです。

暑い中ですが、ぜひ安らかに・・・。

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写経が終われば、次はお待ちかねの「イタリアン精進料理」です。

もしかすると、研修に参加される方の目的はこちらかも知れません。
夏メニューで、冷製スープや冷製パスタをお出しします。

食後には、アイスコーヒーと冷たい和菓子。

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参加人数の関係で、全員本堂で研修していただき、お食事も本堂
になります。
風は通りますが、暑いさなかですから大変です。

つめたいお茶をポットにたくさん準備しています。
そして和室にはエアコンを効かせて、おくつろいただける様に。
さらには本堂にはたくさんの椅子やソファーを配置しています。

そして氷柱を3ヶ所に配置して扇風機で涼風を送る様に準備。

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これでほぼ明日の準備は整いました。

みなさん、夏のお寺で、大人の寺子屋。
小学校の夏休みを思い出していただける様にして、お待ちして
いますよ。


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お寺の活性化とは・・・。

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お寺の活性化が言われるようになって久しい。

これは中山間地の町おこしも盛んであるのと同様。
ただちょっと違いがある、お寺は檀家制度の下に今もあるので、
地域と一体になると言うことがない、あくまでも檀家単位の活動に
なるということです。

お寺の活性化はどうするのか。

これからの一番の方法は、いち早く檀家制度から脱却すること。
こんなことを言うと、全国の寺院そして僧侶の方は驚くかも知れ
ない。

でも檀家の減少、お寺や葬儀離れがこれから一層進むでしょう。
そのとき考えたってもう遅いのです。

そこに新しいお寺のカタチを早く見出さなければいけない。

そのときに一番注意することは何か。

実は最近それが疎かになっているのではと思うことがある。
これは本願寺派の活動にしてもそう感じる。

一番大切なことは、いつも中心にみ教えがあると言うこと。
そして、そのみ教えを現在の社会に対して発信できることです。

旧態然としたものの中に閉じこもっている傾向がある。
これは新しいものを受け入れないという問題がある。
そしてあくまでも自分たちの価値観の枠から抜け出すことができ
ないのだ。

そして新しいものに飛びつくこと。
そこには本当のみ教えがないことが多い。

やはり新しいものを取り入れるとき、そこにはしっかりとしたみ教
えがなければ、お寺や僧侶の本質を見失う。
そこにお寺の活性化や進展はないとおもう。

お寺の活性化とは、常にみ教えの中心に我が身をおくこと。
そしてそこからすべての活動を組み立てて行くのだ。

そして檀家制度からの脱却とは、檀家に依存しない寺院と言うこと。
つまり檀家に対して、そのみ教えと寺院の存在をアピールして行く
ことなのだと思う。

積極的に僧侶から働きかける、そしてお寺の存在意義を問うて行く
ことだと思う。

要は僧侶と寺院の存在を示して行くこと。
そして真の拠り所となること。

そこに新たな取り組みや挑戦があるのだと信じる。


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今週末は地元の婦人会の研修が宿坊で・・・暑い夏をお寺で過ごす。

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はっきり言って夏。

そんな天気が今年は早くもやって来た。

いきなり猛暑である。

今週末お寺で開催される地元の婦人会の研修会。
当初の予想より参加者が多くなって、57名の参加です。

宿坊は、本当の地元の方は滅多に来られない。
宿泊はほとんど県外の方、日帰り体験は鳥取市や倉吉市など
周辺エリアの方ですね。

今回は、地元のそれも夫人の方々に知っていただける大切な
ご縁となります。

宿坊では写経体験とイタリアン精進料理をお出しいたします。
イタリアン精進料理は、夏メニュー。

もちろん始めに、お勤めと講話もあります。

午後三時からですから、日差しがきつく、本堂は暑い。

もちろん田舎の山の中のお寺ですからエアコンはありません。
扇風機も写経の関係で直接風を向けることができません。

57名だと、本堂もいっぱいになります。

少しでも涼しく過ごしてもらえる様に、今はその考え中。

氷柱を立てて、扇風機で後ろから風を当てるのがいいかな。

良く冷えたお茶のサーバーを準備して・・・。

座卓も二人掛けでゆっくりできるように・・・。

せっかくの研修会ですし、地元の婦人会の方々です。

夏休み体験の様に、楽しんで帰っていただきたいですね。

暑い、夏本番をお寺で過ごす。

明日明後日、しっかりと準備をしよう。


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時代錯誤か意識の薄さか。

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昨日教区の社会研修会に参加しました。

教区は鳥取県と島根県ですが、所属する寺院数は10倍以上島根県
の方が多いので、どうしても島根県で開催されます。
鳥取からは車で4時間くらいかかりました、島根に行くより関西に
行く方が早い。
この効率の悪さはいかんともし難いですね。

おまけに研修の内容についてはどうかな。

僧侶の世界が本当にこれだけ遅れてるのか、もしくは担当者の
問題意識がないのかどちらかですね。

正直言って、企業にいたときの15年前~10年前に研修した内容
です。
それも新入社員研修くらいのレベルでした。
ハッキリ言って、世の中つまり社会はもっと進んでいて、様々な問題
があるのです、それを今さらやるってことは、今まで何も考えて来な
かったのでしょうか、少なくとも担当者は。

世の中では、もっとこの手の問題は進化しているし、もっと深刻な
問題もあります。

現在推進している実践運動なので、もう少し内容のあるものを期待
していただけに、一体どうなっているのでしょうか。
まして僧侶やご門徒さんを集めてやる内容じゃないでしょう。

ちょっとビックリです、これで実践運動だと言われたら、開いた口が
塞がらないなあ。
世間とのズレは相当です、これじゃ僧侶は期待されんわ・・・。
まあせいぜい遊びのネタになるくらいです。

そもそも今回の実践運動に至っては、教区では最初のボタンから
掛け間違えています。
その内部からの意見も何のその、ただひたすら我が道を行く。

これだけの人を集めておいて、どうするのかな。
事務所の担当者だけでやっておいて欲しいものです。

無理やり親鸞聖人のみ教えを使おうとするところもどうかな。
まったくそんな意味じゃないでしょう。

私自身も僧侶として、逆にいろいろ考えさせられました。
常に我が身を省みる、うーーーん。

ただ、参加した方々とはゆっくり話しができたので、そちらはとても
楽しかったですね。
まあそれだけでも参加した意味はありました、逆に内容が無かった
のが良かったのかも知れません。
気楽な旅でしたから。

皆さんもお疲れでしょうから、内容のある研修会だときつかったの
でしょう。



逃げ出したい気持ち。

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最近、メッセージをときどきいただくことがある。

HPやブログだったり、いろいろ。

 自分の心の置き場所がない、一体どうしたらいいのか。

周りは誰も理解してくれない。

 ときには周りを責める、そして自分自身も責めてしまう。

逃げ出したくなる、でもどこにも逃げ場がないのです。

だから余計に苦しくなる。

そんなとき、誰かがそれを受けとめることができるなら、それだけでも
心は楽になる。

そのままの心をそのまま受け止めてくれるなら。

誰かに話せるといい、そう思うのです。

 話しを聞いてもらったからと言って、今抱えている問題が解決する訳
ではない。

 でも心の置き場所はできるのだと思う。

それだけでも心はずっと軽くなる、負荷がかかっているものを少しでも
軽くできたらいい。

 そうすると、その問題も少しだけ前に進むのかも知れない。

誰にも気兼ねせずに、話せる場所が必要なんだ。
そんなふうに思います。

 前に向いて進めないときもある、進みたくても進めない。

そして自分を責めてしまったり。 でもそうじゃないんだと思う、自分を
見つめてあげればいい。

そして自分を受けとめてあげられたらと。

そんな場所に宿坊がなれたらいい、そんなことを考えています。


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散華樂 ・・・ 納骨と永代経法要

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今日は、七回忌をお勤めしたご縁で、納骨と永代経の法要をお寺で
お勤めしました。

天気予報は雨、でも法要前には晴れ上がりました。

先ずは納骨法要と納骨式を執り行います。

そして無事に納骨を済ませた後、永代経法要をお勤めした。

そのときには散華も。

ロウソクは、朱色の和ロウソクを用意しました。

和ロウソクの炎は、とてもゆらぎます。
それを見られた施主さんは、ご主人が喜んでいらっしゃると感じられた
そうです。

ご主人を亡くされてから、七回忌を迎へ納骨をどうしようかと思案されて
いました。

今日はその思いが適っての納骨ですから、思いもひとしおであったので
しょう。
法要後は、とても晴れやかなお顔をしておられた。

散華は初めて見られたようで、ご説明すると「ああそう言う意味があるの
ですか」と納得されていました。

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やはり納骨は、亡き方への思いですから、とても大切なこと。

それをしっかりと執り行うことで、心が落ち着きます。

ご主人と、そしていつかご自身の落ち着く場所。

自分自身で決めておくと言うことも大切なことなのかも知れません。

今日は無事にお勤めできたこと、私自身もとても有り難いこと。

そしてお納骨をされた方に対しても、お寺としても僧侶としても守り
続けて行くと言う気持ちを新たにさせていただくときでもある。


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散歩道

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いつもお寺の前を、犬の散歩に通られる方がいる。

その犬は娘さんが飼っていたのだと言う。

娘さんが亡くなられる前に、たまたま実家に預けて行かれてた。

その犬は結構わがままです。

いつもじゃれながらもマイペース。

それを見つめているお父さんの眼差し。

通り過ぎて行った時間を惜しむかのように、わがままを聞いてる。

そして今の時間をとても大切にしておられるのかな。

あっ、今日も通られたな。

なんか二人で話しながら散歩しているよう。

もうすぐ初盆だなと、ふと思う。

思いはね、ちゃんと届いているよね。

それはどちらからも・・・。

だから仏さまって大切なんだな。




五木寛之氏 「親鸞 完結編」が始まった。

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各地の地方紙で、五木氏の小説「親鸞 完結編」の連載が始まった。

歴史上の人物のイメージ。
それは作家の作品によって作られることが多いのではないか。

最も典型的な例は、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」かも知れません。
この作品で、坂本竜馬人気は決定づけられた。

もう一つは、NHKの大河ドラマ。
日本人の一般的な歴史観は、このドラマによって影響されていると
言っても過言ではない。
ただし、大河ドラマが与える影響はとても大きくて、実際の史実や
背景から逸脱しているものがイメージとして作り出されることがあるで
しょう。
特に宗教的や民衆運動的な背景はカットされているか、もしくは本質
とは違うイメージを作り出していることが多く、いつも微妙である。
貴族や武将からみた歴史観でしかなく、本当は民衆が作り出してきた
歴史がその背景にあるといつも感じてしまうのです。
それでは視聴率が稼げないという理由と、宗教はドラマにならないし、
批判につながると言ったことでしょう。

親鸞というテーマではたくさんの作家が取り上げている。
また大河ドラマにはならないので、特定の作家イメージが作られるこ
とはない。

作家ごとの親鸞像が描かれている。
ですからこの本は、あくまでも五木寛之氏の親鸞なのでしょう。
あくまでもフィクション、ただし時代背景はおさえてあります。

五木氏の親鸞は、その時代の民衆の立場から描かれています。
それがいかにも親鸞のみたその時代を映し出すからでしょうか。

激動の時代、飢饉と戦乱、念仏の弾圧。
民衆が打ち捨てられていた時代、そこに個を見つめる鎌倉仏教が
必然的に登場する。
その鎌倉仏教の中でも、影響力は少なく、京からもはるか遠い関東
での伝道布教。

その時代の僧としては、ほとんど顧みられなかった。
でも時代にしっかりと種を蒔いて行かれた、その姿を描きたかった
のかなとも感じる。

歴史は決して、貴族や有力武将が作り出したものではない。
そこに民衆と宗教が大きな役割を果たし、影響を与えてきたのです。

中世以降、民衆の存在意義を問う機運と浄土真宗のみ教えが一体
となって行く。
その種まきをしている親鸞の姿、それがこの小説には感じられます。
そしてイメージ作られてきた親鸞の姿を別の角度、五木氏の目線で
語られている。

それはそれで、一つの親鸞像として面白いのではないでしょうか。

苦悩のときを過ごしてきた作家たち。
その先に親鸞聖人のみ教えに出遇われるのでしょう。
書かずにはおれない気持ち、そんなことを感じます。

浄土真宗のこれから

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西本願寺より「浄土真宗のこれから」という冊子が送られてきました。

この冊子は元々、築地本願寺の親鸞聖人大遠忌法要のためものだ
ったようです。

御門主と新門様の対談集となっています。
より踏み込んだ具体的な内容になっており、あらためて全国の寺院へ
送られることになったようです。

築地本願寺は、昨年より新体制となり別院から本願寺直轄寺院となっ
たのです。
これはより具体的な独自の活動ができると言うことです。

現代社会の問題に向き合い、より実践的な活動をして行くためでしょう。
これが本願寺派の管轄だと、保守的で後ろ向きな発言に押されて何も
新しいことに取り組めません。
僧侶は変わらないこと、自分たちの価値観が、ご門徒や社会の要請よ
りも優先する世界ですから。

これでは日本の中心である築地本願寺の存在が中途半端になって
いた。
それでなくても東京周辺には本願寺派の寺院が少なくい、でも地方か
ら出て来られたご門徒さんはたくさんいらっしゃる。
その方々を受け入れること、そして新たな浄土真宗のご門徒さんを
増やして行くことがまったくできていないのです。

私が東京で会社員をしていたとき、築地本願寺には足を運んだ、でも
いつも物足りなさがあった。
そのあたりのことが最近よく分かる、要は本山の出先機関としての役割
しかなく、そこに来る僧侶たちは京都を向いてしか仕事をしていなかった
のですね。
東京はやはり東京でなくてはできないことがある。
京都はたとえ本山があっても、今は一地方の観光都市に過ぎない。

以前に築地本願寺では、毎日布教会を実施していた。
でもお参りが少ないので、回数を減らしてコスト削減したのだそうです。
京都から来た僧侶は、コスト削減をしたことが手柄になっていた。
数少ない首都圏での布教の機会が減ったことへの責任感は皆無です。

なぜお参りが少ないのか、どうすればお参りの人を増やせるのか。
そっちは何も考えない。
当時首都圏に拠点の無かった大谷派は、会場を借りて水曜日の夜に
サラリーマン歎異抄講座を開催していた。
私は初回のみ参加したが、そこには会社員やOLが100人以上来て
いたのです。
それを見て愕然とした覚えがあります、内容は大したことなかった、でも
それだけその教えを求めている方々はいらっしゃるのです。
それも20代~30代の方々でも・・・。

それを改革しようとしたのが昨年の宗法の改正でしょう。
これはどちらかと言えば、ご門主が主体となって動かれている、それに
宗派が待ったをかけていた。
本来は逆であるでしょう、危機感が本山や宗派にはあまり感じられない。

この冊子を読めば、ご門主と新門様のお考えがよく分かる。
座して死を待つことなく、自ら改革して行こうとするお心ではないかと
お察しするのです。

そこには伝灯を受け継ぐ者の厳しさがあるのかも知れません。

築地本願寺が東京で情報発信力を増してくれれば、その効果は全国
に及ぶ。
他の宗派や新興の宗教に対しての、浄土真宗の位置づけがより明確
になってくれればと思います。
それだけのポテンシャルが築地本願寺にはあるのだ。

さて、我々過疎地の寺院はどうするのか。
築地本願寺が変わっても、過疎地寺院の苦境はますますひどくなる。
そう言われている方々もいらっしゃるでしょう。

過疎地寺院には過疎地寺院で変わって行かないといけない。
それは自らが考え、自らが行動しなくては何も変わらない。
常に危機感の中に身を置き、その上で何をするかを考えなくてはなら
ないのだと思う。

現状でも厳しいが、あと20年もすれば社会も変わり、人口も激減する。
もうそれは分りきったことなのです。
こちらも座して死を待つより、自ら変えて行かなければどうしようもない。
誰も助けてはくれないのです。

逆にまだ大丈夫と思っている寺院や僧侶の方よりも、早く行動ができる
のだから、チャンスが開けているかも知れません。

寺院や僧侶にとって、もう待ったなしの状態が通り過ぎようとしている。
それは間違いないでしょう。

もし間に合わなければ、私のいるお寺も無くなるのは必然です。


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ビハーラにおける実践運動

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現在、本願寺派(西本願寺)では重点プロジェクトとして実践運動を
展開している。

その中にはビハーラ活動も内容として含まれています。

ビハーラとは何か。

それは元々は、キリスト教のホスピスに当たる言葉が仏教で探し
出されたもの。
実はホスピスの語源は仏教の布教伝道所に由来しているものなの
ですが、英語圏でホスピタルやホスピスとして使われています。

ビハーラはターミナルケア的な意味を持っていましたが、現在では
その意味するものは広範囲にわたってきています。
仏教での実践運動はまだまだ認知されてはいませんが、西本願寺
の活動はとても幅広く、キリスト教の実践よりもかなり具体的かつ
広範囲に渡っています。
でもそれほど知られていません、本願寺派は外に向かって広報活動
をしていないからでしょう。

実践運動は、本山、各教区、各組でそれぞれテーマを決めて推進
しています。
また、それぞれの教化団体から、各寺院までその裾野は広がって
います。

では光澤寺として何をしようか。

光澤寺では宿坊を運営している、その宿坊には全国からいろんな
方々がやって来られる。
その目的は様々、その方たちとゆっくり語らいあうことがビハーラ
であり、実践運動でもあります。

そしてさらに具体的なテーマの実践運動を展開して行こうと思う。

それは、ガン患者の方々の語らいの場となること。
そしてもう一つ、精神的疾患の方々の語らいの場となることも。

とりあえずその二つを具体的なテーマとして、宿坊を中心に展開
して行こうと考えています。

お寺と宿坊とを合わせて、実践運動を展開して行く。
それはすなわちビハーラとなるのです。

ぜひお一人でも多くの方々の参加をお待ちしています。

それぞれ、同じ苦しみや悩みを抱えておられる方が、中心となって
その会を運営して行きます。

私はその場を作ること、僧侶として皆さんと一緒にいること。
ただそれだけですが。


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