宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2013年08月

宿坊で語り合うガン患者の集い

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今日の地元の新聞である日本海新聞にガン患者の集いの案内が掲載
されている。

10月13日~14日、一泊二日で宿坊でゆっくり語り合うという趣旨です。

なかなか普段は思ったことを話せない、とかガン患者でない方は同情的
な発言になったりすることがある。
でもそうじゃない、思いのまま誰も気にせずに語り合える場所になったら
いいと思います。

それも自然に囲まれた山里の宿坊、お寺と一体となっている。
心を穏やかにして過ごすことができます。

一泊にしたのは、語り合う時間をゆっくりと取るためです。
2~3時間くらいだと話したいこと伝えたいことが十分でないかも知れない。

ここだとゆっくり話せます。

また朝起きたら、解散までの時間がまだあるのです。

募集は12名ですが、案内をお知らせすることが難しいですね。
今からでもまだ十分に間にあいます。

今回の募集の案内が伝わるといいですね、日本海新聞の方にはお世話に
なりました、ありがとうございます。


お問い合わせは宿坊光澤寺までどうぞ。


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「お寺の教科書」という本を買ってみた。

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今日郵便受けにamazonから本が届いていた。
田舎の山の中に住むものにとってamazonは助かる、仏教関係などの書籍
は本屋ですぐに見つからない。
注文しても取りに行くだけで大変なのです。

本屋さんは大好きなのですが、やはりamazonはなくてはならない存在。

本のタイトルは「お寺の教科書」

著者は松本紹圭氏と井出悦郎氏の共著。
内容はこれからのお寺を考えるといった感じでしょうか。

「彼岸寺」net.や「未来の住職塾」で現在の仏教界で注目の方々。

僕が東京でサラリーマンをしていた頃、神谷町の光明寺に行ったりしてい
たので、松本氏の名前はかなり以前から知っていました。
会社を辞めてお寺に戻るとき浜松町駅にある本屋で買った本が、松本氏
の「おぼうさん、はじめました」だった、もう8年以上前になる。

10年くらい前に日本の仏教が変わると思っていた。
その旗手は松本氏かも知れないなあ、などと漠然と思ったりしていた。

現在のお寺や僧侶が置かれている現状が分かりやすく、かつ正確に書か
れています。
そしてこれからどうして行けばいいのか。

上田先生の「仏教ルネッサンス塾」や「ボーズ・ビー・アンビシャス」と言った
切り口があり、それと並行するように松本氏が僧侶として新たな展開を始め
て行く。
この10年間はそんな感じだった、そしてこれからの10年はさらにその動き
が加速して行くだろう。

「未来の住職塾」から第二世代や第三世代が次々に生まれて来るのかな。
そうなれば日本のお寺や僧侶も変わって行くだろう。
それは檀家制度に縛られないものだと感じています。
伝統的なものの価値観が変わり始めると、意外と早く変わるかも知れない。
過疎地の寺院にいる私としてはその方が有り難いのですが。

本は一般論ですが、その一般論を一通りまとめてあるので、現状を考えた
りこれからのヒントになると思います。
なので具体的な内容までは至っていませんが、それはそれぞれの僧侶が
考えること、もしくは「未来の住職塾」にはあるのかな。
どちらにしても個々の僧侶の意識の問題です。

自分自身が思い浮かべるもの感じるものを再確認し、その背景を押さえる
のには最適な本だと思うが、自分自身に信念がなければ読んでもあまり効果
はないでしょう。
変わらない方がいいと思っている人にも・・・。

まあお寺も僧侶もそれぞれですから、どれが正解と言うことはない。

9月1日に、鳥取因幡組で仏教壮年会の研修会があります。
お寺の次代を担う人たちです、その講師を私が引き受けています。
これからのお寺と言うテーマについて、この本を参考にさせていただきながら
問題提起をしてみたいと早速に購入してみました。

はたしてどの様な内容になることでしょう、自分でも楽しみです。


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「週刊・ヤッホー!」(山陰中央TV)のロケが宿坊で!

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今日は宿坊光澤寺で「週刊・ヤッホー!」のロケがありました。

「週刊・ヤッホー!」は山陰中央TVの人気情報番組です。
放送は9月7日(土)夕方16:50~の放送で紹介されます。

リポーターは坂西アナウンサー、東京出身の美人アナウンサー。
番組の看板アナですね。

この番組は山陰地方では広く知られていて、多くの人が見ていますね。
昨年春に宿坊を始めたころは、「週刊・ヤッホー!」が取材に来てくれる
くらいになりたいねと、坊守と話していました。

それが何と早くも今年実現しました。

TVのロケって結構緊張してあまりうまく話せないのですが、おそらく
編集で上手くやってくれるのかなあと思ったり。

体験は写経、坂西アナウンサーはとても綺麗な字を書かれていて、そち
らもビックリです。
最後まで仕上げられてお寺に納めて行かれました。

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最後には一緒に写真を撮っていただきました、ちょっと照れてしまいますね。
たまにはこんなツーショットもどうでしょう。

この後は宿坊でイタリアン精進料理をお出ししました。

宿坊を始めてお寺に取材に来ていただけるのが有り難いですね。
少しでも多くの方々に来ていただける様になって欲しいと思っています。

宿坊の内部も撮影して行かれたけど、どんな紹介になるのか楽しみです。

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最後はロケ体の皆さんを記念撮影させていただきました。
これから松江まで帰られるのは大変ですね。

9月7日の放送楽しみにしています。


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孤独死について

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今年の夏は暑かった。

熱中症で亡くなられる方もニュースで聞いた。

孤独死を考えるとき、その背景は何かなと思う。

突然の病気もあるでしょう、ただ寝ていて亡くなる方もいらっしゃるかも
知れない。
中にはお金が無くてエアコンを点けていなくて熱中症で亡くなる方も。

いろんな孤独死があるのだろうな。

僕が田舎のお寺に戻るとき、檀家さんに孤独死をされる方が無いよう
にしたいと考えていた、そのときはただ漠然とでしたが。

もちろん孤独死は寂しい出来事である。
もし誰か傍にいたなら死なずにすんだかも知れない。

現在は、核家族の中で高齢者の独居化が進んでいる。
そして結婚をしない方、離婚される方など、ますますその傾向は高まる。
ある意味孤独死は現代が抱えたと言うより自らが選択してきた生き方
のなかで起きうるべき問題です。

そして人は孤独なのです。
思うように生きて行くことは中々できません。

ただ孤独死は周りからみると可哀そうに思うかもしれないが、当事者は
あえてそれでいいと思う方がいるかも知れない。
そんなことを感じたこともある。

「人は独り生まれきて、独り去って行く。独り来て独り去る、誰もそれに
 代わることはできない」

これは『仏説無量寿経』の中の一節です。

仏教の三宝印の最初は、諸行無常印である。
この世のすべての存在は無常である。

孤独死が社会の闇の様に扱うのではなく、孤独死ということをもう一度
考えて行くことも大切なのかも知れません。

医療や介護だけの問題としてでなく、僧侶がその問題に取り組んで行く
ことが求められている。
求められているというより、求めて行くことが僧侶として必要でしょう。

個人の尊厳死ということを言うのであれば、もしかすると孤独死も尊厳
ということが言える。
もちろん孤独死を進めたり肯定するものでなく、それに対し僧侶や社会
はどう向き合って行くのかと言うことです。

私もできるなら自らの死の道を自分なりの方法で歩いて行きたいと思う、
最近そんなことも思ったりしている。

死を自分の中で意識し始めているのでしょうか。

自分の死に方と死に場所を求めて。
そのときは孤独死を選択するのだろうか。


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浄土真宗を学ぶ・・・Ⅳ.「浄土宗と浄土真宗の違い」

浄土宗の開祖は法然上人です。

親鸞聖人の師であるのですが、ではなぜ浄土宗と浄土真宗とに宗派が
別れたのかという疑問が残るという方もいらっしゃるのでは。

では浄土宗と浄土真宗とは教えが違うのかということを考えてみる。

基本は同じでしょう、なぜなら浄土真宗の元々の意味は法然上人の
み教えを正しく伝えるという意味が込められているのですから。

では今も同じかと言うと、それは違います。
なぜなら現在の浄土宗には法然上人が生きておられないからです。
これって当たり前ですね、浄土真宗だってそうです親鸞聖人は生きて
おられない。
だから宗派が分裂して行くのだろうと思います。

仏教そのものだってそう、お釈迦様が生きておられない。
なので仏教の宗派は分かれて行くのです。

開祖が生きていたなら、教えや戒律のことは開祖に聞くことができる。
でも亡くなられたらもう聞くことはできない。
そして時代背景も変わってくる、お釈迦様の時代の生活に貨幣はまだ
流通していなかった、でも後の世には貨幣経済が出来上がってくる。
貨幣のことはお釈迦様の教えでは判断できないこともあるでしょう。

また教団が成立するとその運営をして行かなくてはならない。
教団の成立と開祖の死によって宗派は分裂して行かざるを得ない面
があります。
教えの解釈の仕方、時代背景の推移、教団の運営は教義とは違う面
が必ず出てくる。

浄土宗の場合もそうですね。
法然上人が存命であれば問題はない、でも亡くなると誰がその後を
継ぐのかということになる。
先ずは教えで分かれる、そして弟子の間の勢力争いで分かれる。
そこに政治も絡む。

法然上人とともに流罪になっていた親鸞聖人はそこにいない。
そして仮にいたとしても、兄弟子が多く新参者であった親鸞聖人は
その中心ではなかったでしょう。

当時の日本の仏教会では革新的な発想であり、旧仏教会から弾圧
もされていた宗派です。
先ずはその教えを正確に理解できる弟子は少なかった。
正確に理解していれば逆に煙たい存在でもあったでしょうから、遠ざ
けられざるを得ない。
法然上人亡きあとは勢い権力側にすり寄って行った、その反動で
教義は変わって行く。
浄土宗の主流派は、法然上人の教えからは離れて行くと言う現実が
あったのでは、民衆を救うはずの教えが権力側に近づいて行く以上
はそうならざるを得ない。
教義はそれでも自己完結しなくてはならないので、展開力はなくなら
ざるを得ませんね。
だから「悪人正機」は元々法然上人の教えだとかいう人も出てくるの
でしょう、そんなことは大した問題ではないのに。
教義を押さえているなら・・・。
別に親鸞聖人の専売特許などと誰も言っていないはずです。

法然門下では遠く越後に流罪となっていて京にいなく、アウトサイダー
でもあった親鸞聖人はまったく蚊帳の外にあったのでしょう。
逆に蚊帳の外であっただけにその教義はまっすぐでもあったのです。
あくまでもその視線は庶民を向いていました。

ただ法然上人の教えだけは守らなくてはならない。
念仏に込めたその思いを伝えて行かなくてはならないという使命感は
人一倍強かったのではないか。
なぜなら親鸞聖人は自らの意志で他力の道に入ったからです。
この点は他の弟子と大きな違いとなります、師によって教えを聞いて
いただけでは当時の僧侶が純粋に他力の道に入ることは極めて困難
であったことでしょう。
とにかくそれほど革新的な教えであったのです。

仏教は先ず自力であることが前提であったところに、他力の思想を
を説いていったのですから。
そこには、お釈迦様が「すべての人々の心を安んずる」と宣言された
通り、阿弥陀如来の本願の対象である「十方衆生」への教えが開示
されたという重要な意味があるのです。
親鸞聖人は最後まで十方衆生ということを目指されている。

結果的に後世で宗派が分かれて行くことは必然であったことでしょう。

どちらの教えが良いとか悪いとかと言うことではありません。
それぞれの考え方や教えがあり、それぞれの教団運営があります。
そういう本願寺教団でもその歴史の中では、権力にすり寄り、そして
戦争に加担してきた歴史もあります。

その本分は教団を残すことが最優先であったと言うことでしょう。

教義と教団運営と勢力争いという視点で見て行くことが、それぞれの
宗派を見て行くとき見落としてはいけないことなのでしょう。

一度分れた宗派がまた一緒になると言うことはない。
どちらかの勢力が弱まり存続できなくなるかどうかということになれ
ば分りませんが。

これはキリスト教でも言えることです、決して教義の本流が正統な
継承者とはなっていないと言うことです。
そのときの勢力争いに勝ったものが正統な継承者となるのです。
それはときに政治的背景によっても左右されます。
ローマ帝国の国教となって行った中で変遷してきた歴史があります。
権力者の都合も重要な要素ですし、それは格好の隠れ蓑になる。

現在は、教団の規模や集金力が強ければ発言力が増す。
これは寺院も同じ、檀家数が多く資金力のある寺院が有力寺院と
なるのは必然。

さてこの時代、いったい僧侶は何処を目指して歩むのか。
それぞれの僧侶に課せられた命題でもあるでしょう。

私の道は見えているようでまだ見えてはいない。
迷いの中にあります。

お釈迦様や親鸞聖人がたどられた竟地は果てしなく遠い。



金魚に癒される

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お寺の中庭に池がある。

そこには金魚と白メダカ。

それらと一緒に、カエルやヤモリ、アメンボウも共生しています。
それぞれがそれぞれに・・・、最近はトンボも遊びに来る。

そこに大谷本廟からいただいた蓮を種から育てている。
そして今年からホテイソウも。

この池は何十年も水が入ってない空池だった。

僕がお寺に入って、池に水を張ると決める。
ではそこに何を入れるか思案。
3年前ホームセンターから小赤を10匹買ってきた。
それを鉢で先ず育て、そして翌年の春に池に水を入れて金魚を
放した。

最初の金魚は大きくなったなあ。

結構宿坊に来られる方々はこの金魚をながめてる。
金魚に癒されるのでしょう。

今年は初夏に稚魚がたくさん孵化しました。
そして夏の気候の中で元気に成長してる。

今何匹いるのか正確には数えるのは難しい。

そこで今日金魚がかたまって群れをなしてるところを写真に撮る。
今年の稚魚は35匹、大きな金魚は10匹、合計45匹だった。

さてこれからどうなるのかな。


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宿坊も秋ヴァージョン ・・・ 心を落ち着かせて。

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お寺の境内をすり抜ける風の暑さが変わった。

今日の風は秋の風だ。

まだ暑さが戻ることもある、でもこれからは秋が徐々に進んで行く。

季節の変わり目はやはり寂しさと共に心もすこし変わる。
心の変わり方は、これから向かう季節によって違うのです。

夏から秋、ちょっと心を落ち着かせたいなと感じる。
寂しさもある。

そんなときは宿坊って意外とフィットします。

落ち着いてゆっくり過ごす。
本や雑誌、マンガを読んでみる。
体験を心静かにしてみる。

そっと目を閉じて瞑想に入る。

穏やかなこころでお経を写してみる。

これから秋が深まるにつれて、力強く深い緑が少しづつ彩りが・・。

実は僕の人生も今は秋。

旅の途中なら、そろそろ先の見えないゴールを意識してる。

この秋は宿坊でゆっくり心を落ち着けてみては。

宿坊も秋ヴァージョンに変わります。

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人恋しくなったらどうぞ宿坊に。



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仏の存在は今を見つめる

先祖を大切にされていた。

毎朝「正信偈」を唱え、誰かの月命日には「阿弥陀経」も唱えて
ると仰っていた。
朝3時半に起きられお仏飯をお供えする、そしてお経を唱えられる。

もう何十年も続けられていた。
月命日は歳を重ねるとともに増えて行く。
その中には自分の子どもの命日も加わる。

月の半分以上は月命日。
お経の時間も長くなる。

何千回何万回と唱え続けられてこられた。

お寺のことも心配して下さっていた。

いつも仏様に手を合わせて、「これが私の役割だけえ」と・・・。
人にはそれぞれ役割があるのだな。
それを毎日欠かさずに勤められるのだ。

先祖供養、それは仏様と私たちが一体となることだ。

円満の得号である南無阿弥陀仏

それを称えるとき一つになるのだ。

仏は私を見つめる存在。

ただ私が歩むべき道と言うだけではない、私をみつめ導くのだ。

その方も最後は覚悟をされていた。

数年前から仏様のこと私に少しづつ頼みごとをされていた。

いつ亡くなるときが来てもいいように。

そしてご自身の娘さんの年忌法要を最後まで気にされていた。

そして参列はできなかったけど、しっかりと法事を終えるまで
頑張られたのだ。

お葬儀では私もできる限りの力を注いだ。

これからは私たちを見守っていてください。

残された思いを胸に、これからもお寺を守り続ける。
それが私にできること。

そう仏の存在は、今を見つめておられる。

私と言う存在にその眼は向いているのです。

その思いを受けたなら、私は今をどう生きるかが問われている。






枕経

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枕経って聞いたことがあるだろうか。

葬儀に関わることは、宗派によって異なるが地方によっても大きく
変わるのです。

葬儀の仕方はまったく違うものになる。

枕経とは、亡くなられたときに唱えるお経のことである。
故人の枕元で唱えるから枕経と言うのでしょう。

浄土真宗では枕経とは言わず臨終勤行と言う。
いのちの終わりの際に、見守り導いてくださった阿弥陀如来や先祖
に御礼の意味を込めて唱える。
本来はまさにこの世の命が尽きんとするとき、家族とともに一緒に
お唱えするその方の最後の経となる。

現在は病院にいらっしゃることが多いので、実際の臨終勤行とはなり
ませんが、お唱えするときはその様な意味があることをお伝えした上
で阿弥陀経を唱えます。

そして御文章と短い法話も致します。

都会ではこの臨終勤行を行わないところも多いのかも知れません、も
ちろん地方でも行わないところもあるでしょう。
こちらでは宗派や寺によっては通夜勤行もしないと言うところもある。

西本願寺の葬儀の勤行作法はありますが、あくまでも宗派としての決ま
りごとではなく参考としてと言った感じです。
なかなか全国統一と言うことはできないでしょう、また葬儀に対する社会
の考えも変化していることもあります。

昨晩は夜中の12時過ぎに電話が鳴った。
夜中の電話はその様な電話であることがほとんど。
今回は心の準備ができている方でしたが、それでもやはりグッとくる。

電話が鳴ってからお参りの支度をする。
それが真夜中であろうと何時であろうとお参りする。
お酒を飲んでなくて良かったな、もし飲んでいたら車を運転できない。
こんなことも頭をよぎる。

最後まで生き抜かれたそのいのち。

しっかりとお見送りさせていただくことが私の役割なのです。

これからは見守る側になられるのですね。

見守られていることを感じ、そして私たちのいのちは支えらていれる。

おおきないのちの流れによって。

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宿坊の楽しみ・・・周辺散策「若桜鉄道と大江ノ郷自然牧場cafe」

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東京から夏休みを利用して宿坊にいらっしゃいました。

お仕事は音楽関係のメセナ事業に携わっておられるとのこと。
二泊三日でしたので、二日目は宿坊の周辺散策に出かけてみた。

先ずは若桜鉄道にのんびり乗ってみたい。
宿坊の最寄駅の丹比駅から終点の若桜駅まで一駅乗ることに。
一両編成の列車で一駅間の旅を楽しむ。
そして終点の若桜駅で合流します。

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若桜鉄道を下りて、若桜の宿場町を散策。
お昼ご飯は町屋を改修した「ダイニングカフェ新」で。
一時過ぎでしたが平日でもあって私たちだけの貸切りでした。

続いては同じ八頭町にある「大江ノ郷自然牧場」に。
ここは山の中に突然オシャレなCafeが出現します。
天美卵というお取り寄せで有名なブランド卵がありますが、その卵を
使ったスウィーツも人気です。

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本当に山の中にあるCafeです。
こんなところにお店があるなんて驚き、でも平日にも関わらずお客さん
はいっぱいでした。
ドリンクも新鮮な果物を使っていて、ロールケーキも卵が濃厚で美味し
くいただきました。

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自然が大好きということで今回は宿坊の周辺を散策してみました。
田舎だけど、それなりに楽しめる場所もありますよ。

でもちゃんと宿坊の体験もして行かれました。
写経と瞑想体験、そして仏教と浄土真宗も勉強して行かれました。
仏さまのこと気になっておられたのかな。

自然の中で気分転換になられたことでしょう。

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信じる道を迷わず進め

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信じる道を迷わず進め。

そう阿弥陀様は仰られている。

そう阿弥陀如来の願いを信じて、その道を迷うことなく信じて
進むのだ。

私たちは日々のことで迷う。

でも迷わなくて良い道が指し示される。

人間はそれでも疑うのです。

本当にその道で大丈夫なのか。

任せっぱなしでは心もとない、まあちょっと修行したふりでも
しておこうか。

そんな疑いが心にもたげる。

その心が阿弥陀様の願いを疑っていることになっていること
にさえ気づかない。

あなたに何も求めはしない。

ただ信じてその道を進むことだけだ。

いつかその疑いの心が晴れたとき、あなたの心は穏やかに
そして晴れやかになるであろう。


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通夜勤行に想うこと

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ある通夜の席

通夜勤行が始まる。

前の方で男性が二人、何やら話しをしている。
それもかなり大きめだ。

そのうちの一人は故人の息子である。

行儀が悪いのか、話さずにはおれないのか。

心が落ち着かないのかも知れない。

その後ろには甥や姪が座っている。

私は話し声がしながらも読経を続ける。

読経をするとき、その日によって声の調子が変わる。
声は非常に敏感である。

周りの人は分からないかも知れない。
ただ唱える側は微妙な違いを感じるのです。

唱えるときは周りのことは気にしない。
ただ経文をひたすら追い続ける。

年忌法要であろうが通夜勤行であろうが、命日経であろうがすべては
その時限り。

お経を唱える心持ちは、常に私が唱える最後の経であると考えている。

このお経が最後になるかもしれない、だからただひたすらにお経を
唱えるのだ。

故人の思いが私のお経を励ます。

その思いを受けて経を唱える。

私はいつもそう思って唱える。

調子が悪くても良くても同じ。

仏教とは今を生きるための教えです。
それは今できることに真剣に取り組むこと。
それが生きると言うことだ。

明日のことは今の生き方が決める。

それを見守り導くのが仏様です。

見守られ導かれるのなら、その思いを受けとめて唱える。

ただひたすらに・・・。

その思いがなければ経を唱えることにならない。

だからお経には人の心を引き込む力があるのだ。

いつしかその人たちの話し声も聞こえなくなった。




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浄土真宗を学ぶ・・・Ⅲ. 「大乗の至極」

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これは親鸞聖人が書かれた「正信偈」の一節。

浄土真宗の教証、つまりその教えと悟りの道が興された。
お釈迦様が説かれたインドから遠くそして長い時を経て、アジア
の片隅で。

浄土真宗は「大乗の至極」とも表現されます。
大乗仏教における最終到達地点なのです。

それはなぜか?

お釈迦様が追い求め、親鸞聖人がたどり着いた教え。
「すべての人々の心を安んずる」こと。

それが浄土真宗のみ教えによって顕かにされる。

自力では限界があり、たどり着くことができない竟地。
それを他力によって超えて行くことができる。

そんな教えが浄土真宗です。

つまり自力と他力の境を超えて行くこと。

心を解き放ってゆくこと。

生死の迷いを超える。

そんな感じでしょうか。

この浄土真宗を学ぶシリーズを読んで行かれると、あなたも
そんな竟地に至ることができるでしょう、きっと。


子ども寺子屋を開催 ・・・ 子どもの目線

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今日も朝から暑かった。

猛暑になるのが分かる。

そんな朝の8時30から近所の子どもたちが集まって、子ども寺子屋を
開催しました。

最初は、日本海テレビで光澤寺を紹介していただいたビデオを鑑賞し
た、そしてそのあとは瞑想をみんなで体験します。

みんな静かに目を閉じて瞑想を・・・。
予想以上にみんな集中してる、やっぱり子どもって体験してみるのが
いいんだな、素直に受け入れることができるからかな。

こんなとき、ちょっと大人目線になってる自分をを反省します。
子ども目線って大切ですね、つい忘れがちです。
私自身に素直な心が無ければ子どもたちを向き合えないな。

あとは恒例の絵手紙です。

この夏休みの思い出を手紙に書く。

結構子どもたちは楽しそうです。

夏休みもあと少し。

お寺に子どもたちが集まるのっていいな。


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浄土真宗を学ぶ ・・・ Ⅱ.「なぜ宗派が分れるのか」

日本の仏教は宗派が分れすぎていてよく分からない。

そんな話しを聞いたことがあります。

みんなお釈迦様の教えなのになぜ分れるのでしょうか。

実はこれ仏教に限ったことではないのですよ。
キリスト教も数限りなく分派しています、あまり知らないとキリスト教は
一つの教えだけかと思っている方がいるかも知れません。
でも大きく分けると、カソリック・プロテスタント・正教に分かれていて、
それぞれがまた多くの派に分かれていますよ。
その教義はとても同じ宗教とは思えないくらい違います。
でも仏教にも似た様な面がありますね。

日本の場合、戦後は宗派を自由に名乗れる様になったので、真言宗
系などはどれだけあるのかさえ今は分りませんね。

昔は宗派を名乗るには教相判釈といって条件を満たしたうえで承認を
得なくてはなりませんでした。

明治になるまで、仏教において最大勢力であった本願寺勢力は、宗派
を名乗ることができなかったのです。
まあこれには本家を自認する浄土宗の増上寺などの妨害があったせい
だったりしますが、旧仏教界からは浄土真宗は目障りだったのでしょう。

明治になってやっと浄土真宗と言う宗派名を名乗ることが出来ます。
ただ正式には本願寺派(西本願寺)のみが浄土真宗と名乗ることがで
きるのです。
他の浄土真宗系の正式名称を見ると分かると思いますが、他はほとん
どが真宗〇〇派となっていると思います。
これは本家だからという意味合いよりも、申請をいち早く出したという
ことの様です。
長州藩を支援していて明治政府と懇意だった政治力のなせるところ。
大谷派(東本願寺)は江戸幕府寄りでした。

浄土真宗の名前は、親鸞聖人の書かれた「教行信証」という書物に
「真実の教 浄土真宗」とあります。
意味合いは、浄土の教えを正統に解釈すると言うことだと思います。
つまり法然上人の浄土教の正しい教えを受け継ぐと言う意志が読み
とれます。

直接は言いませんが、浄土宗を受け継いだ他の兄弟子たちの宗派は
法然上人の教えを正統には受け継いでいない。
つまり浄土の教えの中心である他力の理解ができていないと考えてお
られたのではないでしょうか。

この点から、親鸞聖人は新しい宗派を立ち上げるために浄土真宗と
言う名を使っているのではないと言うことです。
あくまでも法然上人の教えを正しく伝えるという意味で浄土真宗と言っ
ておられるのだと言うことです。

ただ時代を経て、本願寺と言う教団も仏教では最大勢力となった。
キリスト教の布教も本願寺の前には無力でもありました。

やはり独立した宗派でありたいという願いは強くなっていったでしょう。
独立した宗派でなければ制約を受けることも多々あります。
一つには本願寺住職になるには天台宗の青蓮院で得度しなくてはな
ならなかったりとか。
自分たちですべて自由にできると言う訳ではなかったのだろうと思い
ます、もちろん莫大な寄進も要求されたことでしょう。

宗派が分れるということは釈尊がいらっしゃらなくなって、その教えの
解釈が分かれて行ったことに依ります、また弟子たちの勢力争いも
もちろんある。
東西本願寺の場合は、相続争いに乗じて徳川家の政略があったと
言うことです。

ですから分れた宗派がまた一つになると言うことは難しいですね。
元は同じでも教団組織が別にあり、教義も解釈が違ってきたりして
います。

ただ仏教である限りは目指すところは同じでなければならない。
世界遺産になった富士山の頂上は一か所です、でも登山ルートは
分かれているような感じでしょうか。

最後は、「さとり」を得て仏となることが仏教の目的であるということ
です。

ブッダにはなり得ない人間という存在がある限り、教団や教義が
分れて行くのは仕方ないことなのでしょう。
もう確かめる人がいなければ、それは違うと指摘できる人がいない
のですから。




秋色になる!

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田んぼの稲穂も色づいてきました。

今年のコメ作りは順調だそうです、でも暑すぎて実の具合も多少は気に
なるのだそうです。

今朝田んぼを見ると、赤とんぼがたくさん飛んでいた。
赤とんぼが飛ぶと、山里にも秋が来たなって感じるのです。

毎日が猛暑の連続。
でも季節は一気に足を早めた。

お盆の頃、夜には涼しい風が吹きはじめる。

そしてお盆の終わりとともに赤とんぼが一気に飛んでる。

空気の色も秋色に変わってきました。

夕陽も秋の夕陽です。

色はもう秋になっていますよ。

蝉の鳴き声も変わってきました。

山里にいると、季節の色と香りと音がちゃんと聞こえるのですよ。




家族で過ごす夏休みは宿坊がいい!

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家族で過ごす夏休み。

そんな場所に宿坊って意外といい。

宿坊光澤寺は一組の貸切にできるので、思い思いの夏休みを過ごせる。
ほかの宿泊者に気をつかうこともないので、子どもたちものびのびと。

山里の自然の中それもお寺で過ごす、大人たちも子どもたちも懐かしさ
と非日常の両方を味わえる。

体験も思い思いに。

今回のご家族は、東京から来られました。
そこにご姉妹が四国から合流されていた。
ゆっくりと夏休みを過ごしたいと宿坊に・・・。

朝のお勤めの後、子どもたちは絵手紙に夢中。
そこにお母さんも交じって写仏にも挑戦されていました。
とてもいい感じ、小さなお子さんの絵にはとっても斬新さがありました。
もしかして才能があるかも。
写仏もきれいに仕上がっています。

一方では本堂で瞑想です。
ゆっくりと座禅と瞑想をそれぞれ体験された。
座禅は瞑想との違いを実感して頂く為に行っています。

瞑想は入門コースの慈悲の瞑想からヴィッパサナー瞑想まで。
あくまでもさわりだけですが、それでも1時間半くらいの時間がかかる。

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それぞれが思い思いの体験をしていただけます。

やっぱり家族で過ごす夏休みは、宿坊光澤寺がいい。

お風呂は露天風呂があるので、みんなで一緒に入る。
食事の前なら夕陽をゆっくり眺めながら。
食事の後なら星空を見つめて。
子どもたちも大喜びでした。

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最後はみんなで仏様の前で記念撮影。

一泊でしたが、ゆっくりとお過ごしいただけたと思います。

帰り際には「とても綺麗で良かったです」とのお言葉も。
お世辞であっても嬉しいものです。

やっぱり家族の夏休みはこんな風に過ごせたらいいなと思った。

自分で言うのも何ですが、絶対オススメです。

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主義主張と南無阿弥陀仏と

今日は終戦記念日。

韓国では日本の占領から解放された日。

いろんな意味があるでしょう。

戦争はない方が良いに決まっている。

沖縄に基地がなくなるのもそう。

原発もそうなのでしょう。

その主義主張をするのは個人の自由であるでしょう。
そのことに私は何も意見はない。

でも僧侶の方々のブログやfacebookを見ていると、その主張の
最後に「南無阿弥陀仏」と書いている人が結構います。

でも僕は思う。

個人的な主義や主張に南無阿弥陀仏と付けるのはどうかな。

南無阿弥陀仏でお墨付きを与ええるってことなのかな。

何か南無阿弥陀仏が個人の主張と一緒になってしまう。

「すべての人々の心を安んずるために」

その阿弥陀如来の願いと個人的な主張とを一緒にしている僧侶は
ちょっとおかしいと思ったりしています。

そんな世界とは違うところに南無阿弥陀仏はあるのだと感じている。

個人的な主義や主張はどんどんやられたらいいし、それに反論する
こともありません。

ただそこに南無阿弥陀仏を付けるのは止めて欲しいと思うだけ。
僧侶の勝手な思い込み。
何となく納まりが良いのかも知れませんが、そこで使うのは・・・。

釈尊や阿弥陀如来や親鸞聖人を軽んじているように思えます。

み教えとは違うことです。

これって大谷派にも言えることですね。
最近はこんな発言を宗派としてなさっている。
いつもおかしいなって感じています。

さも当たり前の様に、でもそのおかしさに気づかない。
いつも自分が正義だと思っておられるのかなあ。
宗教は政治ではない。
しっかりと距離を保つことが必要なのだと。

本当のみ教えはどこに・・・。

ちょっと思ったこと書いてみました。

今日ちょっとあるコメントを目にしたとき違和感を感じたので思い
を書いてみました。


宿坊で絵手紙を書いてみる

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いつもとは違う環境で過ごす

自然に囲まれて心を解き放つ

そんなとき絵手紙を書いてみる

何を書こうかな~

そんなことに思いを巡らしてみる

自分のイメージをたどる

何となく思い浮かぶもの

ありのままに・・・

自分に素直になってみる

誰かに送ってもいい

送らないけど誰かに送るつもりで

日頃心にとめているもの

自然に目についたもの

絵手紙って、ゆっくりと何も考えず、いつもとは違った環境で

そんなところが良いのかな~って思っている

お盆に宿坊に来られた方

ゆっくりと絵手紙を書かれていました

のんびりできたかな


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お盆ってどういうこと?

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お盆ってどういう意味?

お盆の正式名は、盂蘭盆(ウラボン)と言います。

元々はインドの言葉でウラバンナと言い「逆さ吊り」っていうこと。

何か、えーって感じですが、それくらい苦しい心の状態のことです。

何故そんなに苦しいかと言うと、それは大切な方が亡くなられた
あと何処に行かれているかということ。

お釈迦様のお弟子さんで目連尊者(もくれんそんじゃ)という方
がいらっしゃいます。
大切なお母さんが亡くなられた後に何処にいるかを知りたいと
思った、そして得意の神通力を使って観ることに・・・・。
すると何とお母さんが「餓鬼道」に堕ちておられた。

「何ということか・・・」、そのときの目連尊者の心が「逆さ吊り」に
あったかのように苦しんだと言うことなのです。

苦しんだ目連さんは何とかお母さんを救いたいと思い、お釈迦
様に相談します。
そして修行で断食をしていた僧侶たちに食事を供養しなさいと
の言葉をいただいたので、その言葉通りに供養する。

そうするとお母さんが餓鬼道から抜け出すことができたという
ことです。
そこから先祖を大切に敬うと言う、先祖供養的な仏教行事として
伝わって行くのです。

このお話しは「盂蘭盆経」という経典に書かれているのですが、
実はこの経典、中国で作られた偽経(お釈迦様の説いたもので
はないもの)です。
でもなぜか日本人の心に通じるものがあったのでしょう、日本で
はお盆として大切な行事になっています。

浄土真宗ではこの様な事はありませんね。
なぜなら阿弥陀様の願いによって浄土に往生することが約束
されています、そして仏様となってこの世の私たちを導くという
役割がありますから。
なので浄土真宗の供養は一方通行ではない、仏様からの呼び
掛けがあり、それを私たちが受けとめる。
いのちのつながり、そして仏の教えへの導きに感謝する。
それが南無阿弥陀仏で一つにつながって行くのです。

そこに心の安らぎがあり、生活が整って行く道があるのです。
仏さまと私が一つになり円となる、まさに円満なのです。

円とは悟りの道でもありますね。

知らず知らずに、仏様の導きによって仏の道を歩む。
それは導かれていたと言うこと。

なので浄土真宗の教えは他力なのです。

自力の限界を超えるとき、そこに心の安らぎが訪れます。


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有縁と無縁

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有縁と無縁。

昨日電話があった。

身寄りがいない方の葬儀を受けて欲しいと言うこと。

参列者の方もいない、もしかすると入院中の奥さんが参列される
かもしれない。
それ以外の身寄りはないという、奥さんも認知症がかなり進んで
いらっしゃるとのこと。

生活保護であれば葬儀とは言わない。

人としてちゃんと見送りをすると言うことになるのだそうです。

現代の社会では、周りの方々や親戚の縁も薄くなっている。

これからもこの様なことがあるのでしょう。

阿弥陀様の願いを思うなら、やはりお見送りさせていただくことが
大切であると考える。

今日は葬祭会館と葬場にお参りさせていただいた。

保健センターや役場の職員の方々が対応されていた。

そして身内は車椅子で奥さんが参列される。
認知症でもあり、周りからその心は量れない。

どの様な人生を送られたのであろうか。

奥さんが亡くなられるときは、今度は本当に一人きりになる。

ただ私は僧侶としてお見送りをさせていただく。
お経は心を込めて。

今まで一度もお会いしたことのない方々である。

それでも誰かにしっかりと見送ってもらいたいという心はあるので
しょう。

人のいのち、いろんないのちがあるのだ。

有縁とは人の世界のことである。

無縁とは仏の大慈悲心をいう。

無縁とはすべての人々をあまねくという意味になる。

決して人はすべての縁がないわけではない、だから有縁。

その有縁を無縁が包み込むのである。









お寺で「こどもまつり」を開催。

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今日はお寺で「なつやすみこどもまつり」を開催しました。

小学生と園児たちが集まります。

保護者のお父さんとお母さんが、猛暑日の暑い中で準備をされた。

ほんとうに今日は暑かったなあ!

ゲームや綿菓子、かき氷に金魚すくい。

いろいろ楽しんだ後は、恒例の傘踊りも披露されました。

毎年、初盆の家では子どもたちが傘踊りをするのです。
今日はその練習も兼ねていた。

村の納涼祭もなくなって寂しくなっていたときだから、子どもたちの
楽しみをつくろうと企画されたのです。

僕たちが子どもの頃は、お寺が遊び場だった。
でも今は子どもたちはお寺には遊びに来ない。

子どもたちは、クラブ活動や塾など忙しい。
遊ぶのも外ではあまり遊ばない。

村の中でも外で遊ぶ子どもをあまり見かけなくなった。

今日は久しぶりにお寺の境内に子どもたちの声が響いた。

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35年目の同窓会 ・・・ 一瞬時間を遡る。

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35年目の同窓会。

僕は今まであまり同窓会と言うものに縁がなかった。

高校を卒業して35年、14名と担任の先生が集まった。

服装を見ると定年退職された先生が一番若い。
ホテルのフロントで、どこかで見たなあと思いながら近づくと、何と
先生であった。

みんな歳を取るが、面影は昔のままだ。
男は25人いたがすでに5人が亡くなっていた、割合にして2割。
この年代にしては多いのかなと思う。

やはりそれだけ時代が経っているということ。

お盆前だったので僕も参加することができた。

懐かしさもある、いろんな思いが交錯するのだ。

同窓会ってやはり日常とは違う特別な空間である。

一瞬だけ時間の経過を遡って行くのだ。



息子さんの二十五回忌 ・・・ ご両親の思い。

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今日は朝早くから二十五回忌の法事。

早くに息子さんを亡くされたご両親と身近な方々が集われた。

猛暑が戻ってきた、でも息子さんへの思いがある。

お勤めを終えてお話しをする。

すべて終わったとき、年老いたお母さんがひとことポツリと。

「息子が喜んどるよ」と言われた。

法事で心がすくわれるときである。

仏さまと私たちの思いが一つになるのだ。

仏となること、そして思いが伝わること。

大切な法事の意味がそこにある。

そこにいる人たちの心が和む。

お父さんはじっと一言も話さないけど、なんとなく頷いているよう。

お母さんの笑顔があった、それは寂しさや悲しさを十分に味わっ
て来られた思いを超えているように・・・。


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暑い夏の日、のんびりと文庫本を読んでみる。

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風に吹かれながら読書をする。

暑い夏の一日。

予定の入っていない午後があった。

のんびりと心を休めるのがいいと思い、中庭の池の上の渡り廊下に
ある椅子の上で読書でもしようと思い立つ。

なかなか昼間に本を読むと言うことは滅多にない。

池の上を風が吹き抜けて行く。

心地よいとまでは言えないが、ときおり涼しく通り抜ける。

廊下に吊るしている風鈴の鐘が風に当たって音を出している。

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エアコンのない時代には風流を楽しむと言うことがあったのだろう。
今は本物の自然に触れる機会はあまりないのではないだろうか。

何となく本棚から抜き取った文庫本。

こんなとき読む本は、昔の文庫本がいい。

安心感があるし懐かしくもある、そして新たな発見もある。

時代が変わっているので、昔の新鮮さが今では遠い過去になってい
ることもある。

今日は沢木耕太郎の「深夜特急」の一巻だった。
旅行者にとってはバイブル的な本で、今でも根強い人気がある。

読んでみると日本や香港やマカオのことが書いてある。
中国のことなど20年前とは大きく変化していて、前はこんなだったな
と思い返す。
日本と東南アジア諸国や中国との環境が激変しているのです。
特に経済環境は様変わりだ。
日本が強かった時代はもう遠くに過ぎ去ったと思う。

そんなことを感じながら、知らぬ間にうとうとしていた。
暑さの中で額や首まわりには汗が少しにじんでいる。

でも身も心もゆっくり過ごしたな。

池の中にを見ると、この前姪から預かったメダカが一匹泳いでいる。

金魚の仲間には入れずに、でも一匹懸命に生きているように見える。

メダカは寂しくないのかな。

何だか自分を見ているように思った。

大海に思い切って出て行く感じなのかな。

メダカにも勇気をもらうことがあるんだな。

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「夏の穴場情報」・・・宿坊体験 日本海テレビで紹介されました。

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いきなりこんな写真で恐縮ですが、先日ロケのあった日本海テレビ
の放送が今日のニュースevery日本海でありました。
最初のインタビューのときのコメントです。

「もっと気軽にお寺に来ていただけるような場所を提供したい」

これは宿坊を始めようと思ったときのことですね。

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内容は、日本海テレビのアナウンサーがこの夏にお奨めする穴場
情報でした。
今週の月曜日から金曜日まで5人のアナウンサーが紹介します。
宿坊光澤寺は岡﨑菜都子アナウンサーが紹介して下さいます。
まだあまり知られていない宿坊ですので、確かに穴場かも知れません。

昨年NHKのニュース番組での放送とは少し感覚が違っていました。
やはりNHKと民放の個性の違いはありますね、どちらも興味深いです。

今回は、お寺の紹介の後に写経や瞑想の体験、そしてイタリアン精進
料理が取り上げられていました。
放送されるまでどの様な内容になるか分からないので、見ていて楽しめ
ます。
コンパクトにでもしっかりと紹介していただいていました、また楽しさも
伝わってくる内容でした。

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今回は日本海テレビなので、山陰両県で放送されています。
少しでも多くの方に宿坊を知っていただけるのは有り難いことです。

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ちなみに今日の新聞のTV欄には大きく紹介されていました。

そして宿坊に心と身体の栄養補給にぜひ多くの方にお越しいただけ
ると幸いですね。

日本海テレビのスタッフの方々に感謝いたします。




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響流十方 ・・・ 響け平和の鐘プロジェクト 

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お寺の鐘

そこには「正覚大音 響流十方」と入っています。

悟りの大いなる鐘の音よ すべての人々にあまねく響け

そう思いを込めて鐘を撞くのだ。

今日は広島に原爆が投下された日です。

朝8時15分ちょうどに鐘を撞きました、様々な思いを込めて。

全国のお寺でも平和の鐘プロジェクトで鐘を撞いている。

鐘を撞いた後、9時から祥月命日のお参りに行った。

そこの過去帳には昭和二十年八月六日となっていた。

十五歳のことだったと言う、戦争で電力会社への応援で広島に
行っていたのだそうです。
先ほどお寺で鐘を撞いてきたところですとお伝えした。

たまたま昨日より、勤めていた会社の同僚が宿坊に泊まっていた。
そして朝の鐘を一緒に撞いた。
それは彼が広島出身だったから。

今朝のこと、様々な縁がつながって行く。

僕たちが鳴らした鐘の音には、気付かないけれどたくさんの思い
が込められていたのだと気づいた。

まさに「正覚大音 響流十方」の無量寿経に込められた思いに
出遇うことができるのでした。


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ドラマ「七つの会議」と「半沢直樹」はなぜ面白いか。

私が会社を中途で退職してこの秋で8年になる。

サラリーマンを通算で約23年間続けていたので、今回の二つの
ドラマは興味深く見ていた。

ひとつはNHKの土曜ドラマ「七つの会議」。
もうひとつはTBSの「半沢直樹」。

テレビドラマではどちらも久々にひきこまれる内容だ。
もちろん細部にはいろいろあるが、見ていて飽きさせない。
これは脚本がしっかりしていること、俳優が適材適所であるという
こと。

最近のドラマは脚本がいい加減、内容もおかしい物が多い。
また人気取りで俳優も適当に配置していると言った印象がある。

今回の二つのドラマは、NHKと民放という比較でもそれぞれの特徴
が出ているのもよく分かる。
リアルさで言えば「七つの会議」、エンターテインメントでは「半沢直樹」
かな。

また業界も部品メーカーと大手銀行と言う設定も差になっている。
俳優も、東山則之と堺雅人で二人の演技もなかなか。
予想外なのは東山則之がここまで一サラリーマンを演じられるのは
すごいってこと。
私も本社勤務であったとき、社内外との交渉事では立場こそ違え
この様な泥臭さは常にあった様に思う。
私は通信会社であったが、中間管理職であり一つの課のリーダー
に責任が押し付けられるということは日常茶飯事であった。
本社への移動のときなど、地方から行くとそこには時限爆弾や地雷
がたくさんあるのだ。
そして常に周りとの競争にさらされる、まさにサバイバル。
中にはノルマ達成のためには手段を選ばない上司も中にはいた。
そしてその責任はグループリーダーである課長が負う。

そんな中で、今回二つのドラマで興味深い一言がそれぞれあった。

「七つの会議」で入院中の父親が東山に告げる言葉。
「この歳まで生きていて分ったことがある、生きていくにはちょっと逆風
くらいがちょうどいい」といったこと。

「半沢直樹」では、香川照之演じる役員が言った言葉。
「これくらいのこと乗り切れなければ・・・」
そこには乗り切れるなら、お前は本物だと言う期待値もある。

まさにこの言葉は、私がサラリーマン時代を通じて感じたことと同じ
である。
実感がそのまま言葉になっているので説得力があるのだ。

人生は逆風の連続である、その中を歩いて行くのだ。
逆風であれば努力も気力も必要だ、苦しみながらまっすぐに生きる。
それができるかどうかだ、そして間違ったことを受け入れてはいけ
ない、つまり自分のスタイルを持つことが求められる。

もう一点は、会社には時限爆弾や地雷がたくさんある。
もちろん不可抗力というか、平気で責任を押し付けられる。
ときには身が危うくなることもあるだろう。
だが、そんな場面を乗りこえて行くことが必要だ。
企業で生き残るためには、次のポジションに行くためには、そんな
場面に遭遇した時こそ、その力が試されているのだと思う。
そのとき言い訳をせず、ひたすら向き合い進んで行くのだ。
それくらい解決できなければ、どちらにしろ大したポジションには
行けないし、サラリーマンを平凡と勤めていてもつまらない。

そんな点で二つのドラマは面白く仕上がっている。

苦難のとき人生を楽しめるか苦しくなるか、それはその捉え方にも
よるのだろう。
ただ、その苦難に出遭ってるときは出口は見えず、真っ暗かも知れ
ない。
でもとにかく先へ進むのだ、それしかない。
ただ手を脱がず、逃げず、信じ正しいと思った方向に進んで行く。
間違っても不正に手を貸すことはあってはならない、そのときは
良くても人生の中で苦しむときが来る。
なぜなら自分が自分を責めるからである、表面は取り繕っても、自分
の心はごまかせない、それは死ぬまで。

ドラマを見ながら、自分の人生を振り返ったのは初めてかも知れない。










午後から雨、でもちょうどよいタイミング・・・仁徳ヤンガース

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今日お昼過ぎから土砂降りになった。

このところ天候がぐずついている。
梅雨はあまり雨は降らなかったけど、降るときは豪雨のよう。
梅雨明けから少ししてまた雨が降っている。

金曜日から大阪堺市の少年野球チームが宿泊されている。

宿坊で泊まっていただいていますが、保護者の方も一緒に楽しま
れています。
昨年からですが、何か夏が来たら仁徳ヤンガースがやって来る!
って気分になります。

夏と言えば高校野球ですが、僕たちには仁徳ヤンガースですね。
8月の第一週の週末に毎年野球大会が開かれますが、過去に
雨で中止になったことは一度もないのだそうです。
それくらい毎年晴れることが決まっているかのようですが、今年の
天候は少し不安でした。

晴れの予報が直前に雨になった。
野球の大会と、バーベキューの準備と、何かと心配でした。
空はいつ雨が降ってもおかしくないって感じ。

それが日曜日、試合が終わって子どもたちが車に乗り込んだあと、
急に土砂降りになった。

雨だけど、天気は絶妙のタイミングでした。

子どもたちの夏休みの良い思い出になったらいいな。
そして来年もまたこの宿坊に来ていただけたらと思います。

そして宿坊で過ごした夏休みを・・・。

そしてお母さん方もご苦労様でした、もちろんお父さんや関係者の
方々も。

やっぱり夏は仁徳ヤンガースですね。

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夏だ仁徳ヤンガースがやって来た!

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ある夏の日、大阪の少年野球チームが宿坊にやってくる。

あるといっても毎年8月の第一週と決まっています。
それは鳥取県の八頭町で開催される「やずカップ」という大会が
毎年あるから。

宿坊に来られるのは堺市の仁徳ヤンガースです。
このチームは5年生だけで編成されています、6年生は別の大会に
参加しているのだそうです。

相手は6年生のチーム、でも堺市のチームだけあって強豪で、過去
には優勝したこともあります。
県内外の強豪チームが参加する中ですから大したものです。

今朝は、出発の前に本堂でお勤めをしました。
キャプテンがお勤めを頼みに来られます。
もちろん快く受けます。

必勝祈願ではないのですが、昨年朝のお勤めをしたら勝ち進んだ。
でも子どもたちは一生懸命にお勤めをします。
保護者の方々も普段の姿と違うと驚かれます。

これも仏様のご縁だなと感じています。

これからいろんなことがあっても、決して負けないで頑張って欲しい
なと思いながら、お勤めの後のお話しをします。

またこれからもご縁があれば宿坊光澤寺においでいただきたいと
思っています。
できるだけ楽しんでいただける様に、お待ちしています。

親子ともに良い思い出を作って行って下さい。

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宿坊光澤寺 ・・・ 日本海テレビのロケがありました。

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今日は午前より、日本海テレビのロケが宿坊であった。

テーマは「夏の穴場情報」です。

放送は来週の火曜日(8月6日)の18:15~の、ニュースEVERY日本海
の時間帯となるそうです。

紹介いただくのは、日本海テレビアナウンサーでイチオシ(私の独断)の
岡﨑アナウンサーです。
とても美人で、次々にアイデアやトークがでてくるのはさすがです。
今日はカメラ担当の方とお二人でお見えになりました。

確かにこの宿坊は穴場です。
まだまだ知る人ぞ知るといった感じ、宣伝不足ですが僕はじわじわと広が
って行けば良いと思っています。

どちらにしろ、観光地でも有名寺院でもないので、この宿坊を目的に来ら
れるたかがほとんどです。
これからもこの宿坊を目指して来てもらいたいのです。

今日は岡﨑アナが宿坊でできる体験を紹介してくださいます。
写経、座禅と瞑想、そしてイタリアン精進料理と厨房。
宿坊内もご案内してくれます。

「夏の穴場情報」は、来週の月曜日~金曜日まで、5人のアナウンサーが
それぞれ山陰の穴場を紹介する特集だそう。
宿坊光澤寺もイチオシだったらいいですね。

宿坊をやってみて思うこと。
今の時代って求めるものがそこにあるって思う。
人とのつながりであったり、心の安らぎであったり、求める道を聞くとか。
そんなときは、宿坊光澤寺がいい。
何かあったら宿坊光澤寺に行ったらいい、と言われる様にこれからも精進
して行きますよ。

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愛別離苦と倶会一処

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四苦八苦。

人は生まれてから死ぬまで、その苦からは逃れることはできない。

八苦の中に愛別離苦という苦しみがある。

愛する人と別れなくてはならない苦しみである。

愛とはやはり執着なのである、執着である限り苦となる。

愛する人だったり、恋人だったり、連れ合いだったり、家族だったり。
友人であったり同僚であったり。

でもやはり人が人である限り、命あるものであるかぎり、必ずや別れ
のときはやって来る。

でも、その別れのときが、いつか出会うためのものであるなら、それ
は愛別離苦ではなくなるのかも知れない。

阿弥陀様の願いによって、私たちは浄土に生れ、そして仏として
この世に残してきた有縁の方々を導くという役割を持つ。

阿弥陀如来は、いのちの仏さまです。

そして、いつかまた浄土で出会うことができるのです、それも仏として
お互いに迷いのないものとして出会う。

それを『倶会一処』(くえいっしょ)と言う。

今朝お寺の納骨堂に、母親と娘さん二人がお参りに来られた。
お父さんの納骨をしておられるのだ。

お盆が近いので、今日は納骨壇の前でお経を唱えした。
三人が納骨壇の前で経本を読み、焼香をされた。
そして少しお話しをしました。

お供えをして手を合わせて帰られる予定だったのでしょう。
それを引き留めてのことでした。
娘さんお二人はうれしそうでした。

帰られたあとまた少しして娘さんお二人が来られた。
手にはお布施とビールケースを持たれていた。
生活が苦しいとお伺いしていたし、今日のことは私が言ったこと
だったのでお布施のことなどは考えていませんでした。

娘さんたちはこう言われた、「父が喜んでいると感じました・・・」と。

僕も喜んでおられるのだろうと感じていたので、嬉しくなりました。

仏さまに導かれ、そしていつかまた会える。

それで救われる思いもあるのです。

お参りやお勤めには、そんな縁を感じられる大切な心があるの
だと感じます。

お盆も近い。


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