宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2013年09月

三業惑乱とその後・・・、そして尾崎翠「第七官界の彷徨」。

DSC_0004 (2)

本願寺派(西本願寺)で江戸時代に教義論争があった。
その論争を「三業惑乱」という。

「三業惑乱」は宗門として厳しい結果となる。
なぜなら、あまりにも混乱をきたしたため、江戸幕府に裁定を仰ぐ
という結果になったのです。

宗派が二つに分かれて大論争を繰り広げた。
本山の学林と、安芸を中心とした学僧によって論争が続き、宗派内
では解決できないほどであった。

裁定の結果は何と、本山側が間違いとされた。
本山側は「三業帰命説」を唱えたが、それは間違いとされる。
人は自らが行う行為、たとえば「心から願い」・「口に出して称え」・
「合掌礼拝する」ということを持って仏に祈願請求すること。
三業に意味をもたせることを説いたのである。

結果、本山側は大打撃を受けるが、勝った方もそれ相応の覚悟が
求められるのです。
喧嘩両成敗的なこととなります、そしてご門主は蟄居閉門となるので
す。
浄土真宗の教義について幕府の介入を許し、そして教義について
裁定を委ね、結果はご門主の蟄居閉門、関係者は自害した僧も多々
いるのです。

今日、連研で訪れた寺院において、江戸時代に三業惑乱に関わった
住職がいらっしゃるのだという、立場としては本山側であった。
惑乱後に許されて本願寺派に戻ることが許されるのだが、その後に
自害をされた。
その思いは幾ばくであったであろうか、遺言書には辞世の句が・・・。
そこには「法を開き 身命を捨てん 云々・・・」とあるそうです。

本願寺派ではその当時惑乱に参加した寺院で、本願寺派から分か
れ独立した寺院が少なからずある、それは現在でもそのままの所が。

この事件以降、本願寺派の教義は非常に厳しく取り締まられる。
つまり安心と異安心を見極めることが、教義において重要なことと
なるのです。
本願寺派の教義は決してその枠を出ることは許されない。

明治期以降、大谷派(東本願寺)では学僧が輩出したが、本願寺派
では有名な学僧は出ていない。
これはこの三業惑乱を契機とした教義のとらえ方によるものでしょう。
こう書くと、本願寺派の教義はガンジガラメと言った感じになるかも
知れませんがそうではない。

実は基本さえ押さえるなら、そこからは親鸞聖人のみ教えをしっかり
聞くことができる、つまり果てしなく広がる世界がある。
逆に大谷派は有力な学僧を輩出したことで、明治期以降のその学説
に縛られることになっているように見受けられなくもない。
でもそれはある学僧の説であって、親鸞聖人のみ教えとは限らない。

本願寺派はあくまでも親鸞聖人のみ教えを聞くことだけに専念する。
つまり『教行信証』に常に聞いて行くのです、そして『浄土三部経』を。
なので途中の有力な学説にあまり左右されることはない。
もちろん本願寺派でも有力な教義の流れはあるが、決してそれだけ
に捉われることはないのです。

そんなふうに感じているのですが、本当はまだよく分かりません。

そんな三業惑乱のお話しをご住職からお伺いした。
でもそのお寺は、なんとあの女流作家として有名な「尾崎翠」さんの
生誕のお寺さんだそうです。

尾崎翠さんは「第七官界彷徨」の著作で知られています。
林芙美子さんとも交流があったと聞く。

やはりそれだけの情念が脈々とこのお寺に受け継がれてきたので
しょう。

「身命を捨てん・・・」

私には到底たどり着くことのできない竟地であるだろう。

DSC_0015

なお、尾崎翠のお墓は、鳥取市内の養源寺というお寺さんにあります。
一度訪れてみてはいかがでしょう。

「第七官界彷徨」を読まれた後に、生誕の地とお墓を訪ねられたら、
また違った風景が見えるかも知れません。

どちらも浄土真宗本願寺派のお寺さんです。












今日は連研でした ・・・ テーマは「差別ってなぜあるの」。

DSC_0011 (2)

今日は鳥取因幡組の連研でした。

秋晴れで少し暑さが残る一日、でも山間のお寺には涼しい風も吹いていた。
会場の寺院は、岩井温泉にあって近くには日帰り湯もあります。

温泉にも入りたいところですが、今日はそれどころではない。
会場への道を急ぎました。

今日は連研の第9回目、今回は一月から始まったのですがもう秋になったな。
最終回は十二月なので、雪の中の研修になる可能性が高い。

さて今日のテーマは「差別」について。
私の問題提起は「差別ってなぜあるの?」です。

差別については、学校や地域、行政などでたくさん人権学習が行われている。
なので切り口は、仏教そして浄土真宗的立場から見た差別という視点です。

結論はないと参加者の皆さんはお考えであった様です。
まさにその通り、差別の問題に結論はないが、それを他人事だとか他人事と
思ってしまっては解決しないということが大切です。

私たちがそれをどう見つめ、どのように自分の中で解決して行くのかが問わ
れているのです。

お釈迦様の原点は、「人は生まれによって尊いのではない、その行いによって
のみ尊い」と言われたこと。
そのみ教えを親鸞聖人はしっかり受け継がれている。
日本の仏教はすでにその原点をずっと外れっぱなしだったのです。
今でもそうでしょう、ほとんどの宗派はその生き残りのためにその原点を逸脱
しているのですから。

そこをしっかりと見つめて行かなければならない。

仏教は「縁起」という立場にある、その原点をしっかりと押さえておかなくては
ならないのです。

バラモンのカーストや輪廻と言う迷いから解き放つという、カウンターから始ま
った宗教です。
護摩や祈祷と言う迷いや、風水などの迷信から人々を解き放つのが仏教。
そして亡くなるときの戒名、そんなものの字数なんて仏教には関係ありません。

仏教は神秘的ではなく、霊は説かない、そしてすべての平等を求める世界です。
現代的なスピリチュアルなものとは一線を画すものです。
でもそっちの方がお金になるし、、皆も来るし、って感じでしょうか。

皆さんのお寺はどうですか?


光澤寺HPはこちら!

降臨  光輪

DSC_0083

今日はご年配の女性二人と坊守と私、四人で鳥取ジオパークをドライブ。

夕方に鳥取砂丘に立ち寄りました。

そこには沈みゆく太陽の光が雲の合間から降り注いでいた。

そのときの気持ちは、降臨ってこんな感じなのかなと思っていた。

自然の創り出す光景はときに人のこころを圧倒する。

その力にただ感謝したくなると言ったことがあるのだろう。
そこに言葉はないのだ。

DSC_0077

空の青、太陽光線、吹すさぶ風に舞う砂。

どれもが混ざり合い融け合い、ひとつのシーンを生み出す。
そして次の瞬間にはもう違うシーンとなっている。

ただ写真だけがその瞬間を切り取るのだ。

DSC_0080

ある人はそこに神を見るのかも知れない。

あるときは阿弥陀如来の光を感じるのだ。

そこには、たとえ自分は毒の中に身を沈めようとも、人々を救済する
という意志があるのだ。

DSC_0075

今日の砂丘でのその姿にただじっと見つめるしかない私がいた。


光澤寺HPはこちら!

連研の問題提起 ・・・ 「差別について」と「葬儀と法事」です。

DSC_0002 (7)
                    (夕陽の本堂が池に映っています)
今月と来月の鳥取因幡組の連研で問題提起をすることに。
今月は元々私でしたが、来月はピンチヒッターです。

秋は法事が多くなる時期ですし、突然の法務も入るので、スケ
ジュール調整が大変なのも分かります。
私のお寺は暇な方かな、でもスケジュールのやり繰りは必要
になる。
連研担当でもありますので、何とかしなくちゃって思いです。

今月のテーマは「差別について」。
来月は「葬儀や法事って本当に必要か」。

どちらも僧侶にとって避けては通れないテーマです。
でもなかなか語られると言うことはない。
ある意味、僧侶にとっても苦手なテーマでしょうか。

本来は僧侶として、どちらもちゃんと語れないとおかしいのです。
それは仏教的にも、もちろん浄土真宗的にも。
それぞれ教義に基づき、そして自らの立場としてです。

どちらもダイレクトなテーマなので、変化球ってことはありません。
でもストレートすぎると逃げ場のない話し合いになる。
問題提起の後は、参加者が班別に分かれて話合い法座になり
ますから。
そして僧侶の側だけの立場だと、話し合いをすることもない。
皆さんがそれぞれの思いを話しあうことが大切だと思う。

そんなことをつらつらと考えている。

お寺と言うことで、地元の婦人会や保育士さんなどの人権学習
の講師役を務めることもあります。
そのときはできるだけ宗教色を出さないで、出すとしても仏教的な
お話しにとどめるようにしています。
でも連研は、浄土真宗のご門徒さん方なので、やはりお釈迦様と
親鸞聖人の両方の視点からお話しをすることになります。

でも実はお釈迦様と親鸞聖人の教えにはほとんど差がないので
この点は結構楽ですね。
差がないと言うよりも、親鸞聖人はお釈迦様をしっかり捉えて離さ
ないと言った感覚がします。
常にそこに焦点を置いて思惟を重ねられていると。

その当時の日本の仏教観や仏教書からすると大変なことだった
だろうと思うことです。

その延長線上に自らの立場があるのは誠に有り難い。


光澤寺のHPはこちら!




迷いを迷いのままに・・・

DSC_0018 (2)

迷いを迷いのままに受け止める。

それがお釈迦様のスタイルです。

今目の前に苦しんでいる人に難しいお話しをしても通じない。

阿弥陀如来の願いと同じなのです。

迷っている人は、まず自分を受けとめて欲しいのではないか。
たとえそれが常識とは違っていても。
違うと分かっていたなら、その迷いはないのかも知れない。
自分で判断できないから迷いの中にいるのでしょう。

そこでたとえ真理であっても、真理をそのままお話ししたので
は解決にならない。

だからお釈迦様は方便を使います。

方便とは迷いの人々を悟りへと導くための仏さまの慈悲のこ
とを言います。

私たち僧侶が気を付けないといけないのは、常識にとらわれ
ないと言うことでしょう。

そのままを受けとめる。
受けとめてから、またお話しが始まるのです。
受けとめなければ、話しはそこで尽きてしまうかもしれない。
でもこちらから話すのではない、ずっと話しを聞いて行く。

そんなことが大事なのかなあ。

もし問いが発せられたなら、その問いを一緒に考える。

判断を求められたなら、そのときゆっくりと話せばいい。

ずっとずっとお話しするしかないのです。
こちらが解決できることはそれほどはない、でも話しを聞くこ
とはできる、そして道を考えることはできます。
私も迷っている人なのです、でも少し客観的に考えることが
できる。
そして少しだけ仏の道を学んでいる。

そのうちに心が落ち着いてきます、そして時間も経過する。

逃げるのではありません、真剣にお話しに向き合う。

もしかすると仏法もそうなのかな。

仏さまは静かなままだ。


宿坊光澤寺のHPはこちら!



彼岸の出来事

DSC_0005

今日はお彼岸の中日。

太陽が真西に沈む頃、人は先祖をそこに想うのだ。

お墓は先祖や故人の思いを残すところ、残された側の心がある。

お参りをしたあと、今日は島根県松江市から日帰り仏教体験の方々が
来られたので、仏教のお話しと写経の対応をしていました。

そんなお昼過ぎ、あるご門徒さんからお電話があった。
「今から行きます」とだけ・・・。
お参りかな、それとも何かご相談でもあるのかな、いつも言葉少ない方です。

お昼からの彼岸法要までは少し時間があるので大丈夫だろうと思っていま
した。
お姿が見えたので、こんにちはとご挨拶をすると、「今日は石のベンチを持
って来ました。」と仰る。

突然のことで要領をすぐに得ないが、境内に置くベンチのようである。
お参りの方が休める様に。
そう言えば境内には座るところがないなとすぐに思った。

石のベンチをどうやって運ぼうか思案をされていたが、トラックを近くの道
まで移動して、何とか下ろすと言うことになった。

私も衣のままお手伝いをさせていただいた。
そして写真の様に、本堂への通路の横に置かせていただいた。
『やずブータン村まつり』までに何とか届けたかったと言われていた。

その思いがとても嬉しかったのです。
突然のことでしたが、お彼岸のご縁に感謝いたします。

石のベンチを置くことで境内も何か少し違う景色になった。
人の思いを受けてお寺って変わって行くんだなと思う。

こらから沢山の人たちの安らぎの場になることでしょう。

本当に有り難うございました。

光澤寺に来られたらぜひ座って景色を眺めて下さい。

夕方には雨が降った、でも石なので何の心配もないですね。

DSC_0007

DSC_0012


光澤寺のHPはこちら!

彼岸の夕陽を見て

DSC_0007 (4)

明日は彼岸の中日です。

彼岸とは、私たちが住む俗世ではない世界。
つまり悟りの世界である。

それが浄土であると認識しているのか。
彼岸は真西に陽が沈むとき、そのとき浄土と俗世である此岸がつながる
とする。
なので彼岸には浄土にいらっしゃる先祖が帰って来られる。
そんなところから墓参りをする習慣ができたのでしょう。

西方にあるのは極楽浄土である。
であるならすべての仏ではないのだから、日本中が墓参りをするのは本来
おかしいのかも知れません。
本来は浄土思想に基づくものであるため、それ以外の宗派には関係ないと
いうことなのですが。
でも日本人の性格は右へ習へということかな。

彼岸の習慣は他の仏教国にはないと言う。
ですから本来は仏事ではないのでしょう、季節の変わりを告げる役割が
あるのかもしれない。

春分と秋分と言う日本人の季節感に合っているのだと思う。

日本人にとって四季がはっきりしている国だから、その四季の移り変わりを
感じ、農業の基準となっている。

でも、確かに夕陽を見ていると、自分の人生と重ね合わせていのちを感じ、
その行く末を感じ取るという感覚がある。

私も夕陽は好きなのです。








ある仏師との出遇い ・・・ 矢山裕二氏の場合。

DSC_0004

今日ある若手の仏師にお会いすることができた。

お名前は矢山裕二さんと言う。

宿坊から車で5分、すぐ近くに工房がある。
名前は以前から知っていたが、なかなかお伺いできないでいました。

工房を見させていただくと、大きくはないが本格的なものでした。
まだ若手であるが仕事は先まで埋まっているとのこと、その話に僕は
正直驚きました。
仏師と言うのは難しい仕事だろうなと想像していたから。

いろんな話しをさせていただいた。
仏師になろうと思った経緯はやはり気になる、そしてどの様にして仏師に
なったのか興味は尽きない。

仏師になろうと思われたきっかけは、奈良のあるお寺の大日如来との出
遇いからだったと言う。
その大日如来に魅せられてこの道に入ろうと決心された。
もちろんそれからの道も長い、でも着実に進んでおられます。

宿坊からこんな近くに、これほどの仏師がいらっしゃったのは驚きである。
でもお会いするタイミングは今日だったなとも感じた。
早くても遅くても今日の感覚にはならなかっただろう。

工房の展示室には、大日如来坐像・聖観音菩薩立像・阿弥陀如来坐像
など数点の仏像やお面や目付などを見ることができます。

優しそうな人柄ですが、仏像彫刻に賭ける情熱とその思いは、お話しして
いると十分に伝わってくる。
思いの作品である大日如来坐像の話しを聞かせていただいたとき、やはり
すごいなと思わず唸ってしまう。
そこに込められた思いはすごいのです。

他県からの注文も多いと聞く、また獅子舞の獅子頭の注文も多いのだとか。
そんな話しの一つ一つが面白い。

今日の出遇いは私にとっても楽しいことでした。

宿坊に来られましたら、興味のある方は工房にお連れ致します。
本物の仏師のお話しを聞きながら仏像に見入るのもいい。

いつの日か、私も彫ってもらいたいものです。

DSC_0010 (3)

DSC_0012

DSC_0014 (2)

DSC_0006 (3)



宿坊光澤寺のHPはこちら!





「石地蔵」 ・・・ 10月5日『やずブータン村まつり』で会えますよ!

DSC_0002 (2)

鳥取に若桜と言う町があります。

ちょっと有名、それは有形文化財に指定されている「若桜鉄道」があるから。

その若桜で最近少し人気のものがあります、それは写真の「石地蔵」です。

川上巧さんという方が手書きで石にお地蔵さんの絵を描いている。
それがとても可愛いと評判をよんでいます。

テレビや新聞で紹介されたり、各地で展示会が開催されているそうです。
きっかけはご自分の病気だったそうです。
この石に地蔵の絵を描くことで喜んでくれる人がいる、南三陸町にもこの
石地蔵を送っているそうです。

若桜駅の近くに道の駅があります、そこのお土産コーナーの人気商品に
なっているとか。

今度、宿坊光澤寺で開催される『やずブータン村まつり』に、川上巧さん
においでいただくことになりました。

せっかく八頭の紹介をさせていただくので、ご縁があればとお願いした。
すると快く引き受けて下さいました。

展示と実演もしていただける予定です。

10月5日『やずブータンまつり』においでいただくと、この「石地蔵」に会う
事が出来ますよ。


宿坊光澤寺のHPはこちら!


赤とんぼ

DSC_0002 (5)

お寺の中庭に赤とんぼがやって来た。

金魚をながめてたら、そこにやってきて周りをグルグル。
そして干してあったシーツの上に止まった。

カメラを持って来て撮影していても逃げる様子がない。
警戒心が少ないのかな。

お盆過ぎから田んぼの上を飛び交うようになる。
飛んでる所を見てると何となく赤いけど、赤とんぼって程じゃないなと
思ってた。
でも写真に撮ってみると真っ赤な色をしている。
本当に陽に当たって赤く染まるのだろうか、などと考えていた。

秋の風が少し吹く頃にやって来る、そして秋の深まりとともにまたいなく
なるのだ。

本当にこの辺りは、日本の四季の通りに季節が変わって行く。
彼岸が過ぎると秋が深まって行くのです。

季節の移り変わりを感じるのは生きてるって感じる。

そしてそのはかなさも・・・。

四七日の旅 

DSC_0006

昨晩、四七日をお勤めしました。

近所や親戚の方を合わせて20~30人くらいいらっしゃる。

そろそろ一月が経とうとしていますね。
それでも故人とのお話しは尽きないでしょう、お経を唱えながら、
そして聞きながらゆっくりと時間をお過ごしください。
そうお話ししてお勤めに入った。
今日は『重誓偈』と『正信偈』続いて「御文章」と最後に「しんらんさま」
を合唱する。

最新はご家族と近い親族の方だけでの逮夜参りが多いが、熱心な
方でしたので多くの方がお参りされている。

『正信偈』を唱え始めると、皆さんがご一緒に唱え始められる。
大きな一つの思いとなって届けられる。
その中に小さなお子さんの大きな声もあった。
おそらく5歳くらいのお子さんだと思う。

するとまた皆さんがさらに大きな声で唱えられる、子どもの力って
大きい、とくに仏様のことになると効果は絶大だ。
ずっと最後の方まで声が聞こえていた。

お勤めが終わりお茶を飲む、その後に法話となる。

逮夜参りの法話は10分間くらいと決めています。
皆さんの大きな声が故人にしっかりと届きましたね、きっとすごく
喜んでおられるでしょう、何か写真の顔がより輝いて見えますね。

とお話しすると、皆さんが写真を見つめて頷いていらっしゃる。
そう、こちらの気持ちが晴れやかだと、その気持ちが伝わるのだ。
人のこころは自分の心の持ち方で変わってきます。
お経を唱えるとそんな気持ちになります。

そんなお話しをしながら、『信じる力』についてお話をした。

四七日、心を安らかにし、故人を想い、そして我が身を思う。
そんな一時間の旅でした。


光澤寺のHPはこちら!




お寺と宿坊とステンドグラスと・・・。

DSC_0032 (2)

宿坊の廊下の窓をステンドグラスにしてみた。

ここは露天風呂と脱衣所兼洗面所に向かう廊下です。
全体が薄桃色の色彩でイメージを明るくしています。
そこに前から準備していたステンドグラスをはめてみました。

お寺とステンドグラスって意外と合う。
すでに玄関の横の廊下にもステンドグラスをはめています。
これでやっと当初の思い通り二ヶ所に設置することが出来ました。

どちらもイギリスの民家で100年くらい前に使われていた物です。
なのでそのデザインと風合いがちょうどお寺や宿坊に合うのだと思う。
新しい物だったら、おそらく違和感があるのでは・・・。

DSC_0010 (2)

こちらが前にはめていた物。
それぞれが落ち着いた雰囲気の中に華やかさを感じさせます。

宿坊に来られた時の楽しみの一つとしてぜひ見て行ってください。

お寺と宿坊とステンドグラス。

最初は僕もどこに設置しようか中々イメージがつきませんでした。
でも最終的に思い通りのものができた。


宿坊光澤寺のHPはこちら!


関西Walkerで宿坊光澤寺の紹介が・・・。

DSC_0001 (4)

おそらく今日発売の「関西Walker」。

今回は「今月のNEWSなお宿」の特集は宿坊でした。
そこの歴史ある立派な宿坊の中に、昨年開業した宿坊光澤寺も紹介して
いただきました。

DSC_0004 (2)

お寺だとよほどの観光寺院でなければこの様な雑誌に取り上げられる事
はないでしょうが、現在は宿坊や体験がブームになりつつあります。
お寺もただお参りするだけでなく、その意味を聞いたり仏教体験をされる
方が確実に増えていると感じます。

宿坊光澤寺もTVや新聞、雑誌に取り上げられる機会が増えました。
開業して1年半しか経っていなくて、その知名度が低いにも関わらずです。

まして鳥取の山間部にあって、観光地でも有名でもない普通のお寺です。
宿坊でのたくさんの方々との出会いのおかげであると感じています。

来月は、「やずブータン祭り」が10月4日~5日。
4日は夕方6時過ぎから、たそがれコンサートも開催します。
デューク・エイセスの大須賀ひできさんとギターの玉木孝治さんの、大人の
歌声と音色を夕暮れの本堂でゆっくり聞いていただけます。

そして10月13日~14日は「宿坊で語らうガン患者の集い」を開催。
同じ思いを持つ方々が一泊でゆっくり語り合うことを目的としています。

お寺や宿坊が持つ意味や魅力を徹底してこれからも問い続けて行きたい。
そしてすべての方々に安らぎを提供できる場所でありたいと・・・。

そう願っています。


宿坊光澤寺のHPはこちら!



宿坊の秋

DSC_0008 (2)

今日は台風一過。

昨日までの台風は列島各地に被害をもたらしている。
ここ数日、宿坊にお泊りいただいていましたが、天候は問題あり
ませんでした。

東京から来られていた方も台風の間でしたが、昨日の最終便の
羽田行きの乗れました。
昨日の東京行きは最終便のみ運行で、それ以外はすべて欠航。
空港までのお見送りのときは、まさに秋晴れの山里を見ていた
だくことが出来ました。

宿坊の周りも台風と集中豪雨が過ぎ去ってすっかり秋の景色が
濃くなりました。

DSC_0010

真っ青な空と黄金色の稲穂、そして彼岸華。
そのコントラストが鮮やかです。

こんなところを散策されたなら、都会の方なら心休まるでしょう。
宿坊の周辺にはまだこんな景色が残っています。

DSC_0016

本堂の空も鮮やかですね。

これから宿坊は行事が続きます。
10月4日~5日は「やずブータン祭り」で、4日はたそがれ時にコンサート
があります。
10月13日~14日は「宿坊で語るガン患者の集い」です。

どちらも初めての取り組みですが、お寺と宿坊の新しいスタイルを考えて
スタートします。

いまお寺に求められているものは何かを追い求めて・・・。


宿坊光澤寺のHPはこちら!

宿坊のしごと・・・露天風呂掃除

DSC_0009

宿坊を始めると通常のお寺とは違う仕事が増えます。
たとえば今年造った露天風呂の掃除。

湯船と床はタイル貼り、外に面してるのでお客さんが帰るとタイル磨きが
あります。
でも結構これが面白かったりする、気分転換になるのだ。
水をかけたりタイルを磨いたり。

銭湯やプールだと重労働だと思うけど、宿坊の露天風呂なら全部磨いても
10分もあれば終了です。
やはり家はメンテナンスが重要、手入れをしないとすぐに朽ちてしまう。

この露天風呂できれば50年くらいもってほしいと願う、そうすると二世代
後まで使えます。
タイル風呂って最近の家では珍しいのですが、入ってると気分がいい。
でもひび割れとかタイルの剥がれとかをよく見ておかないといけません。
ユニットと違って漏れることになります。

DSC_0001

そして脱衣所に最近仲間が増えました。
なんとキリンさんです。
坊守が気に入って連れて帰って来ました。
ちょっとした気分転換には動物がいいかも。
露天風呂から夕陽をながめるとアフリカのサバンナって感じもします。

このキリンさんも、遠く故郷を思ってるのかなあ。

DSC_0007 (2)


宿坊光澤寺のHPはこちら!







私を私として存在たらしめるもの

DSC_0002 (3)

私の存在を存在たらしめるものは何か。

この世の存在はすべて無常である、唯一絶対の存在はない。
これは仏教的真理であるのだから例外は一切ない。
真理とは一個たりとも例外がない物でなくてはならない。

「火の無いところに煙は立たず」という。
さてこれは真理であろうか?

その無常の存在である私を存在たらしめるもの、それが仏という
存在かなと感じた。
昨晩三七日のお参りをしたときのこと、最近では田舎でも珍しく村
の方々もお参りされている。

私はなぜここにいるのか、何のために生きているのか。
直接つながりが無くとも、私を私と存在させている様に思う。

多くのいのちの流れの中に私のいのちがある。
そこに様々な縁があるのだ、その縁によってのみ私が存在している。
そしてその無常のいのちを包み込む存在に気づくのである。
気づくと言うことは、実は気づかされること。

なぜなら真理はすでにそこに存在し、その真理の中に私の存在が
あるのだ。
そのことに気づくと言うことは、すでにあるものに気づかされるという
ことなのです。
気づきは気づかされるということ。

その気づきによって人の心は転換して行くのでしょう。

それが南無阿弥陀仏と言うことなのかも知れないなあ。

思わずお経を唱えながら、ありがとうございます、という言葉が。

人の生きる目的はお金でも名誉でもないのだ。
ただそこに生きること、存在すること、身をまかせること。
何か私を衝き動かすものがあるのです。


光澤寺のHPはこちら!




お寺を取巻く環境の変化のスピードは相当速い!

DSC_0005 (4)

今日は同じ浄土真宗本願寺派のある組の坊守研修会が光澤寺で開催
されました。

日中はちょっと暑くなりましたが、みなさんこれからのお寺をどうするか
ということに熱心でした。

ちょっと私の話しが回りくどくなったので、十分お話しができたとは言えま
せんが、宿坊で食事をされその後に宿坊内を見学して行かれました。

教区も組も違う方々、それも坊守さんにお話しする機会は少ないので、
今日は私自身も勉強になった。
やはりお寺はそれぞれに環境が違う、それにもましてエリアも違えばいろ
んな面で大きく違うでしょう。
でも何かをしなくてはいけないという危機感は一緒だと思います。

今はお寺の危機感はかなり急速に進んでいると実感しています。
おそらくこれからは成り立たないお寺が一気に増える。
ではどうするか、何をどうして良いか分からない、なぜならお寺も高齢化
しているからです。
何かをしようにもどうしようもない、後継ぎもいなかったりお寺を継いでも
食べて行けなかったり。

それでも何かを始めなければ何も変わりません。
ただ衰退を待つのみと言うことになってしまう。
これからは広域的にお寺を維持する方法を考えなくてはどうしようもない。
そのときは本山が主体となって動くのが良いのだが、いかんせん本山は
その様な仕組みにもなっておらずその力もない。

ではどうするか、僧侶がそれぞれネットワークを作って行くしかないのです。
教区や組という保守的で体制ばかり重んじる組織から一歩踏み出す。
別に今ある組織を離脱すると言うことではない、活動やネットワークを広げ
るということです。
そこには必ず活路がある、ただし自らが変わろうと言う主体的な意識と、こ
れからの求められているお寺や僧侶になろうと言う覚悟があるかということ
です。
待っていても何も変わらない、さあどうするか。

今日はもっと切り込んだ話しをするべきだったと思いましたが、いかんせん
時間が少ないのと、それぞれの状況が分からないので、思い切った話しが
できませんでした、そこが反省点です。

よしこれからはお寺再生計画をプランニングして、皆さまの要望にお応え
できる準備をして行こう。
今までは自分のお寺のことばかりでしたが、ちょっと違う方向性も持って
いた方が良いとも感じました、それが今日の収穫。

檀家制度が否がおうにも崩壊して行くときは近い、今日はそれを実感しま
した。
そしてその準備を今からしておくことが必要と言うことです。
お寺にお参りしていただくことは重要、そして葬儀や法事を大切にすること
も。
でもそれだけではどうにもならない、視点を変えてみることが必要なのです。
もう勝負は始まっていると痛感する日々です、私が思っている以上にその
スピードは速い。
私もそろそろギアチェンジをして、次のステージに行かなくては・・・。

お寺を何とかしたいと思われている方々に、宿坊においでいただける様に
準備を整えておきます。


光澤寺のHPはこちら!






秋は果実酒で甘く爽やかに。

DSC_0001 (12)

今日は一日、『やずブータン村まつり』のポスター&チラシ配布に精を出して
ました。

久しぶりに秋晴れの爽やか(ちょっと暑いくらい)の一日。
途中、おなじみの鳥取市にある谷本酒店に・・・。

ここはお店の外側の壁にポスターを貼れるようにしてくださっています。
ここにポスターをお願いするのと、実は今日は坊守の誕生日。
シャンパンにしようかなと思ったのですが、お店に入ると何やら美味しそうな
スパークリングの果実酒が。

それも梨とマンゴー。
ちょっと気になる。

いつもなら脇目も振らずワインを選ぶのだけど、甘いお酒そしてスパークリ
ング、どちらも坊守の好みなのです。
ちょっと高めでしたが二本仕入れてきました。
日頃の心遣いに感謝を込めてって感じですね。

秋には果実酒が美味しそう、料理にも合いそうです。

梨と言えば鳥取、かなと思ったら醸造所はお隣の兵庫県でした。
でも鳥取のイメージに合うなと選択。

国内のワイン醸造所巡りをすること、40代のとき将来の趣味はこれにしよう
と思っていた。
いつからこの趣味に入れるかなあ・・・。
美味しいワインの産地には美味しい料理あり、おいしいチーズあり。

やっぱり60代以降って感じですね。

宿坊でワインと地酒とこだわりビール、そしてとっておきの食事。
60代にはそんな宿坊を目指しています。
鳥取には谷本酒店があるので、相談してみようかな。

宿坊でワインの会、地酒の会、こだわり焼酎の会。

60代を迎える楽しみを作っておかないと、そして宿坊の展開も。


宿坊光澤寺のHPはこちら!






『ほーりーの旅ブログ』から・・・広がって行く僕の夢。

DSC_0015

堀内克彦氏   通称、「ほーりー」。

寺社旅行研究家という肩書、そして宿坊研究会や寺社コンを企画運営
している。

今や各地のお寺や各宗派の本山から講演要請が目白押し。
お寺復興というテーマにおいては、注目の的ですね。
日蓮宗や浄土宗などから次々にお呼びがかかっているし、各雑誌など
の企画もされています。

そんな「ほーりー」さんが書いているブログ。
『宿坊研究会 ほーりーの旅ブログ』に宿坊光澤寺が取り上げてあった。
おっ! と思い読んでみると、何と行ってみたい宿坊ランキング1位の
秩父の山奥にある大陽寺と光澤寺が並んで書いてあった。

宿坊を始めたころの私の目標は、宿坊として東の大陽寺そして西の
光澤寺と呼ばれる様になることでした。
現在ではまだまだ比べるべくもないですが、ほーりーさんがその様に
取り上げてくれるとは思ってもいなかったので、ただただ感涙に浸る
ばかりです。

昨年春に宿坊を始めてみようと思った。
とりあえず何しようか、誰かに知ってもらう必要がある。
やっぱりホームページを作らないとと、知人に相談しながら作成しアップ
してみました。
もちろん誰も見る人はほとんどいない、ホームページを作っただけでは
誰にも見てもらえないのです。
とりあえずホームページを作ればというのは私の素人考えである。

そんなとき最初にメッセージをいただいたのが、宿坊研究会のほーりー
さんでした。
宿坊を始めるとき、宿坊研究会が出している宿坊雑誌を買っていた。
ただ私のお寺と本に載っているお寺の違いがあり過ぎてとても勝負には
ならないなとも感じていました。
歴史も風格も違い、そして観光地でもなく、ただの過疎地の山里の寺。
「誰もこんなところに来ないわなー」と友人たちは言っていた。
でもさすがに情報収集力は凄いなと思った、まだオープンしていなくホー
ムページを作ったばかり、なのにもうアプローチがあったのです。
そして宿坊研究会のホームページに載せてくれるというではないか。
まさに天の助けであった。

宿坊を開業してから、それでもポチポチと人が訪れてくれました。
月に1組~2組、最初はドキドキ今でもドキドキです、そして気合の空
まわり、でも夏過ぎからポチポチからボチボチ程度になった。

そしてほーりーにも一度宿坊に来てもらいたいと思い立つ。
でも東京から鳥取に来るだけでも大変である、そうなると何か企画し
なくてはと考え、寺社コンと町おこし講演会を開催し、コーディネーター
兼講師としてお呼びしたらどうかとアイデアが。
早速連絡するとOKの返事があった、で中国四国九州地区で最初の
寺社コン、光澤寺宿坊コンを開催した。
そして宿坊で町おこしと題して講演会も開催、県外からも多くの参加者
が訪れててくれました。

そんなことしてると、NHKが取材に来てくれたり新たな宿坊雑誌が発刊
されたりで、意外と宿坊が注目されていることに気づいた。
世の中はお寺離れだけど、仏教体験ブームなのだ。

そういってもこんな山間部のお寺、そうそうたくさんの人が来てくれる訳
じゃない。
でもそれなりに特長を出して行くこと、そして来てよかったと思ってもら
える宿坊にしたいと日々進化して行くことを目指しています。
体験を充実させ、一日一組に限定することでゆっくり自由に過ごしてい
ただく、そして料理にも工夫を凝らす。
今年は露天風呂も作ってみた、あちこちに宿坊のサプライズも必要。
そして住職と坊守とゆっくり話して過ごせること。
他の宿坊にはないものを提供して行くこと、そして本当の仏教にも触れ
てもらうこと、講座やお勤め作法にも力を入れた。

ほーりーさんの旅ブログを読んでみて、そうだ新しいお寺のカタチを創り
出すのだとその意を強くした。

私の究極的な目標は、お寺と宿坊を中心にした仏教センターを作ること。
そこにはいつも仏教の体験ができる場所、お勤め・瞑想・座禅・写経・
仏教講座・ヨガ・など何でも希望するものが体験できる。
そしてリトリートを開催して、誰でも自由に泊まれる場所にする。
全国からお寺や仏教に関心のある方々が来てくれる様な場所、従来の
宗派の枠にとらわれない仏教空間の創出。
もちろん法事や葬儀、納骨も希望に応じられるようにする。
そしてその仏教センターを中心にした宗教タウンを作って行きたいのです。
高野山や身延山、そして京都や奈良などの宗教空間はあるが、それの
どれとも違う穏やかな仏教タウンです。

僕の夢はそんなことです、それを目指して進んで行く。
もちろんかなわない夢かもしれないが、日本に本当の意味での仏教的な
宗教タウンを創り出したい。
その地が『やずブータン村』でもあるのです。

人々の平和と安らぎの場所、そして既成仏教教団にとらわれない本物の
仏教を体験できる場所にしたい。

ほーりーさんのブログを読みながら僕の夢は大きく膨らんで行くのです。
ほーりーさん、ありがとう。
僕もまだ夢を見ることが出来そうです。


宿坊光澤寺のHPはこちらです!












『第一回 やずブータン村まつりin宿坊光澤寺』開催します!

DSC_0004 (2)

『第一回 やずブータン村まつり』

10月4日(金)夕方6時すぎより開幕です。
オープニングは「たそがれコンサート」
秋の夕べにプロの大人の歌声とギターの音色に酔いしれるとき。

デュークエイセス(トップテナー) 大須賀ひでき
ギター 玉木孝治

入場無料、駐車場も十分にご用意しています。

10月5日は「ブータン料理とパネル展」

ブータン料理を二種類ご用意、本堂でブータンの映像を見て、八頭と
ブータンの風景をパネル展で。
ブータンと八頭の魅力に触れて下さい。

どちらも無料で、どなたでもご来場いただけます。

秋の八頭路を楽しんでください。

みなさまのご来場を心よりお待ちしています。

尚、当日は宿坊光澤寺を自由にご覧いただけます。

「やずブータン村」町おこし企画第二弾。
昨年の寺社コン&町おこし講演会に続くものですが、まつりとしては
今回が初めてなので第一回としています。

これからも八頭の町おこしに積極的に関わって行きます。
5日の会場でご協力いただける方、八頭郡や鳥取県東部の方で出展
希望の方はお気軽にお問合せ下さい。
もちろん出展は無料ですが、それぞれの責任にてご出展下さい。


宿坊光澤寺のHPはこちら!

ときには日常を離れてみることの大切さを感じる。

DSC_0023

ときには日常を離れてみる。

それってとても大切なことだと思う。

仕事・人間関係・PC・スマホ、etc・・・。
人はいろんなものに縛られている、その縛りからときに開放してあげる。

あまりにもいろんなことに気を取られている。
どれが自分にとって大切な事か分からなくなる。
いろんなものに追われてしまう。

そんな心を、ときには解き放ってあげることが大切ですね。

私が会社員をしていたときは、南の島で海をみながらのんびりしたい。
そんなことをよく考えていた。

でももっと、身近に日常を離れられる場所があります。

宿坊ってそんな場所。
本堂があり、仏様の近くですごしてみる。
一日一組なので、周りを気にせずゆっくり過ごすことができる。

そう言えば、この夏に宿坊に来られた方々。
夏休みに何所に行こうか、東南アジアや屋久島か、宿坊光澤寺か。
そんな方が多かったですね。

たまには国内でゆっくりと日常から離れてみる。
そんなときもあってもいいかな。

お寺の門をくぐった瞬間、日常から離れられる。
でもお寺って人がいるので、全然寂しくありません。
そして、あなたのためだけの空間と時間が始まります。

宿坊光澤寺は二日目もしっかりと楽しめます。
普通は朝9時や10時にチェックアウトしなくてはならない。
なので翌朝は朝食を摂ったら帰り支度。

でもここなら、お勤めし朝食の後、ゆっくりと体験をして行かれる方が
多いです。
瞑想や写経、お話しなど・・・。
お昼を食べて行かれる方も、そうなると24時間くらいお寺で過ごされ
ますよ。

たくさん仏様と仏教に浸り、たくさんお話しをして行かれる。

お寺は山門をくぐったとき、どんなお寺か分かる。
入りやすいか入りにくいか。

光澤寺ではあなたをゆっくりとお迎えします。


宿坊光澤寺のHPはこちら!

いろんな方にお会いできるご縁がある。

今日お昼前に日帰り体験の方々と仏教のお話しをしてた。

するとそこにお婆ちゃんお二人をお連れした女性がお参りに来られた。
あれっ、もしかしてお伺いしていたのかなと一瞬、汗・・・!

近くまで来たので寄ってみましたとのこと。

「ようこそお参りくださいました」とご案内する。

日帰り体験の方に良いですか、とご確認すると「どうぞ・・」と優しいお言葉。

「ではどうぞお上がりください」。

するとご親族の方々が7名で来られていました。

ご門徒さんではない方がお寺にお参りに来られるのは有り難いことです。

何かのご縁かなと思っていると、「いつもブログ読んでいます」とのこと。
うれしくもあり、でもちょっと恥ずかしくもあり。
中央仏教学院にも入学されたそうで、私が念仏奉仕団に行ってたときに、
同じく本願寺にいらっしゃってたそうです。
朝のお参りのときすれ違っていたのかも知れないな。

「袖振り合うも多生の縁」ということかな。

縁がつながって行くことのありがたさもあります。
それもお寺でつながるご縁。

焼香の作法を簡単にご案内したあと、『讃仏偈』をご一緒にお唱えする。

日帰り体験の方々には少しお待ちいただいておりました。
イタリアン精進料理をお召し上がりいただき、宿坊をご案内する。
お昼からは写経も体験していただきました。

そして夕方には宿泊の方をお迎えする。

何となくいろんな方にお会いできる貴重な一日となりました。

今日も一日、阿弥陀様に感謝です。


宿坊光澤寺のHPはこちら!



「寺ガール」と「住職系女子」、時代は仏教を求めてる、かな。

DSC_0028

「寺ガール」と「住職系女子」。

それぞれ昨年に発刊された女子系マンガです。
宿坊に泊まりに来られた方がプレゼントしてくださいました。
宿坊の本棚のマンガコーナーに置かせていただいています。

女子目線でお寺を見る。

やっぱり女子ってお寺が好きなのかな。
宿坊に来られる方々は、二十代~三十代の女性が多いな。
と言うより、このマンガを見られて宿坊に行こうと思われたのかも知れない。

内容は結構お寺のこと詳しく書いてあるので、どちらもお寺の娘さんなのか
なと思った。
ただどちらも宗派が違うので、すべてがと言う訳ではないけど。

このような本が出ると言うことは、やはり世の中仏教ブームなのでしょう。
でもお寺の実態はお寺離れ、現実社会が求めるものとお寺側の考えに違
いがあるのかな。
僧侶って見てると意外と自己中心な人が多い、人には自己中心ではない
世界を説くわりには・・・。

そんな社会と仏教の世界の接点を見つけて行かなくちゃと思うこともある。
だけどそれも人それぞれ、仏教に求めるものも違う。

そんな中、この宿坊もこのマンガが出た2012年に始めた。
昨年は仏教ブームだったのかも、自分では気づかなかったけど、後で気づ
いたら日本の仏教の転換期になっているのかも知れない。

テレビや新聞、雑誌もこの一年半の間にたくさん取材に来ていただきました。
うーーーん、仏教って求められてるな、日本人ってやっぱり仏教が好き。
そう感じることが多い、体験も好きです。

さてこれからどうなって行くのかな。
新しい仏教のカタチが見えて来ると面白いな。

ちょっと期待してる、でも実は自分から仕掛けたいって思っています。


宿坊光澤寺のHPはこちら!







宿坊を満喫する・・・「週刊・ヤッホー!」が放送されました。

DSC_0021

今日は山陰中央テレビの情報番組「週刊・ヤッホー!」の放映の日でした。

山陰両県の皆さんは見られたでしょうか。
特集は「心も身体もリフレッシュ 癒しグルメ」ということで料理の紹介を中心
です。
宿坊光澤寺は最後のトリで宿坊と写経体験、そしてイタリアン精進料理の
紹介がありました。

DSC_0003

DSC_0025

今回は宿坊の客室や露天風呂も映ってました。
でも中心は癒し系グルメということで、宿坊光澤寺の名物イタリアン精進
料理がしっかりと紹介されていました。

DSC_0007 (2)

宿坊の楽しみってたくさんあります。

①お寺と言う非日常の空間に身をおくことができる。
②写経や瞑想などの体験ができる。
③お勤めや作法、読経なども体験できる。
④仏教のことや、仏事のこと何でも聞けます。
⑤一日一組なので、広い空間で自由に過ごせる。
⑥住職とゆっくりいろんな話しができる、これってなかなかありませんよ。
 もちろん悩みなどの相談も心ゆくまでできます。
⑦露天風呂に入って自然のなかで夕陽や星を見ながら心を解き放つ。
⑧そして最後はやっぱり食事、家庭料理・和の精進料理、イタリアン精進
 料理のなかからお好きな物を選べます。
 やっぱり食事も宿坊に泊まる大きな楽しみの一つです。

DSC_0004 (2)

DSC_0023

宿坊って、ただ泊まるだけじゃない。
いろんなところに、いろんな楽しみがたくさんあります。

一度ぜひ宿坊を体験してみて下さい。
宿坊光澤寺にはサプライズがたくさんありますよ。
でも宿坊の良さもたくさん。

泊まることと食べること、そして体験が一か所にすべて揃っています。

番組の最後に、和尚さんといろんな話しができるって紹介がありました。
坂西アナもちょっとお話ししてきたと・・・、でも内容は秘密ですよ。


宿坊光澤寺のHPはこちら!




秋の夜長は本を読んで過ごす・・・宿坊の本棚

DSC_0001 (3)

大雨のあと今日はすこしひんやりとした一日になった。

秋が進んでる、そんな夜は本棚の本を入れ替えてみた。

エネルギーいっぱいの夏、そしてうだるような暑さもあった。
秋はゆっくり本を読んだり、話しをしたり。

そんな宿坊の過ごし方をご提案。

宿坊にはお客が読める様に、談話室が二ヶ所あります。
それぞれに本棚を置いています。

今まではお客が手に取りやすい本棚に仏教や浄土真宗の本をたくさん
置いていました。
でももっと読みやすい本をそっちに置いた方がいいかなと考えた。
宿坊の秋バージョンに合わせて本棚の本を入れ替えようと思ったのです。

DSC_0003 (4)

これは本を入れ替えた後。
客室にある談話室の本棚に読みやすそうな本を置いてみた。
ここには雑誌も置いてる。
コーヒーやお茶を飲みながら本をめくってみるのもいいかも知れない。

もう一か所の本棚は和室の談話室にある。
こちらには宗教関係の本を中心に置いてみました。

でも実は下段にはマンガの本も結構置いている。
マンガ好きの方も時々いらっしゃいますから。

DSC_0001 (4)


浄土真宗を学ぶ・・Ⅴ.「浄土真宗の宗派ってどうなってる」

DSC_0046

日本の各宗派にはまたそれぞれに宗派が分かれて行きます。

最近では正式に宗派と認められているものから、勝手に名乗るものまで
たくさんあります。
浄土真宗も同じで最近は聞いたことがないものまでたくさん出現している。

一応、浄土真宗では真宗連合という括りがあって、そこでは真宗十派と
なっています。
これらは歴史的に以前より真宗の宗派としての教団があります。
なぜ真宗というかと言えば、浄土真宗と名乗れるのは本願寺派だけしか
ないということに起因しているのでしょう。
それ以外の宗派はすべて真宗ということになります。
最近の新興教団では浄土真宗と名乗るところも出てきていますが・・・。
それで話しをややこしくしていることも少なくありません。

一応真宗十派とは以下の通りです。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)
真宗大谷派(東本願寺)
真宗高田派(専修寺)
真宗佛光寺派(佛光寺)
真宗興正寺派(興正寺)
真宗木辺派金織寺派(金織寺)
真宗出雲寺派(毫摂寺)
真宗誠照寺派(誠照寺)
真宗三門徒派(専照寺)
真宗山元派(證誠寺)

この通りになります、これらの宗派は歴史を重ね今に続いています。
これ以外の宗派は、近年にできた宗派で新興の浄土真宗の宗派という
ことになるかも知れません。

これらの宗派の背景には様々な要因があります。

先ずは、親鸞聖人からの血縁での相続と、教えである法縁による相続。
血縁はというと、西本願寺と東本願寺になります。
法縁は親鸞聖人は布教された関東の弟子の流れを汲むと言うことに
なります。
実は本願寺も設立当時は勢力は弱く、関東の弟子の流れを汲む宗派
の方の勢力が元々は圧倒していました。
ですから親鸞聖人の真蹟の書なども法縁の方に宗派に残っていること
も多いのです。
法縁の宗派は、何と言っても高田派の専修寺で、現在は三重県ですが
元々は関東にありました。親鸞聖人の門弟である真仏の元に興った
高田門徒の中心寺院です。
あと同じ高田派を源流としその京都の布教の中心となっていたのが、
佛光寺派です。京都では本願寺など足許にも及ばないくらい隆盛を誇
っていたと言われています。
西本願寺の隣にある興正寺も高田派の流れを汲みます、途中本願寺
に転じ江戸時代までは西本願寺の筆頭寺院でしたが、明治以降再度
独立をしています。
この興正寺には本願寺の血縁も入っています、四国の香川県において
は一番浄土真宗の中で勢力が強いですね。
他に他宗から縁あって転じたりするなどいろいろな形で浄土真宗の各
宗派を形成し本山となっています。

すべての宗派において共通するのは、親鸞聖人のみ教えを聞く教団で
あると言うことです。それ以外は別のことが多い、たとえば本願寺では
八代目蓮如上人は中興の祖として厚く敬われていますが、他宗派では
逆に自分たちの末寺を本願寺に奪っていった人物との評価になります。
ですからこれらの宗派では、蓮如上人の御文章を唱えることなどありま
せんね。
作法やお経の唱え方、仏壇の飾りなども違ってきます。

因みに三門徒派は、親鸞聖人の和讃を大切に称えたので「讃門徒」と
呼ばれたことで宗派名になったとも言われています。

もちろん教団連合だからと言ってすべて仲が良いと言うことはありません。
そしてほとんど教団同士の連携もありません、皆それぞれ。
ただ最近は若手を中心にそれぞれ真宗の宗派を超えて連携することも
出来てきたような感じもします。

また、大学は本願寺派の龍谷大学と、東本願寺の大谷大学が教学の
中心であったり、勤式作法は西本願寺の中央仏教学院が中心ですので、
他宗派の方もそこに学ぶことが多いということも要因かもしれませんね。

ここ以外の真宗系の宗派は近年にできた教団です。
たとえば元々大谷派の東京の拠点だった浅草本願寺が大谷派から
お家騒動で昭和57年に独立した東本願寺派があります。

また最近では北本願寺派とかという名前をネットで見ますし、それ以外
にもいろんな名称を目にする様になりました。

あと有名なところでは、浄土真宗親鸞会という組織もあります。
ネットで親鸞聖人のことや浄土真宗の教えを検索すると、こちらのサイト
に行くことが多いので、その点では新しい教団らしい布教方法にに力を
入れているのかも知れません。

いろんな解釈があって、浄土真宗は活性化して行くのかも知れませんね。
動きのない宗派は逆に誰にもその教えが伝わらないと言うことにもなり
ますから。

親鸞聖人は多くの書物を著されておられ、その教義の解釈を細かく説か
かれていますが、時代の流れやそれを解釈する上でそれぞれの都合で
解釈してしまうこともあります。
また念仏が弾圧されたり、江戸時代は真宗が禁制だった藩などもあって
それぞれ真宗の教えを伝えて行く上で、いろんな解釈が出てきたことも
否めないと思います。
また近年では、本山の運営など保守的だったり高圧的だったり押し付け
的であったことが明治から戦中、そして戦後にあったので、それに反発
する寺院や僧侶がいたこともあったと思います。

本願寺が親鸞聖人のみ教えの中心と言うことはありません。
それぞれにその思いがあることでしょう。
ただ、最近は西本願寺の龍谷学園グループの力や影響力が大きくなって
いますから、教義研究から大きく仏教研究までが日本仏教研究の中心的
存在になりつつあるのも事実です。
奈良にある歴史的な大寺院の僧侶も龍谷大学で仏教学を学ぶことが現在
では普通になったりしています。
特に私が感じるのは龍谷大学は保守的ではありますが仏教研究ではと
てもリベラルな感じを受けます、大谷探検隊を出したような校風が今の
時代にも息づいているのでしょうか。
念仏弾圧の頃からみると考えられなかったことでしょう。

これらからも、仏教も時代とともに移り変わって行くのではないかと改めて
感じます、それも諸行無常ですね。




悲しみを悲しみのままに・・・二七日のお参り。

DSC_0002 (3)

昨晩は逮夜のお参り、二七日でした。

昨日は鳥取地方は集中豪雨、近くの川は水位も上がっていた。
八頭町内や鳥取市内では避難勧告も出ていたが、夕方にはすべて
解除になり晴れ間も出てきていました。

そんな中、夜七時からのお勤めでした。
「讃仏偈」と「正信偈」をゆっくりお勤めしたあと、お茶をいただき法話
をしました。

こんな日は皆さん、おかげさんで・・・という言葉が出ますね。
今日は特に大きな被害もなかったので、挨拶がおかげさんで良かった。
鳥取県は最近は、大雨でも洪水や土砂崩れはない。
私も、ついおかげさんでという言葉を遣うことがあります。

故人はいつも自分より人のことを心配される方でした。

自分が「おかげさんで・・・」と言うとき、その反対側には悲しみや苦しみ
に遭っている人がいることが多いのだ。
地震や集中豪雨、水不足や豪雪、日本でもいろんな災害がある。

金子みすゞ という方の詩を思い出した。
「大漁」という詩だったと思う。

陸に住んでいる人間は、鰯の大漁に浜は大賑わい。
でも海の中では鰯たちが何万という弔いをしているのだろうな。
そんな詩だった。

視点や立場が変われば思うことも違う。
金子みすゞなら、「おかげさまで・・・」という思いは出てこないかも知れ
ない。
そのとき別の場所で誰かが泣いているかも知れないから。

そんな人のことを気遣う。
お嫁に来られいろんな苦労をされ、息子さんや娘さんを先に亡くされ
たこともありました。
悲しみも苦しみも、でも多くの喜びもあったいのちだったのでしょう。
だからいつも他の人のことを気遣う、そして先祖や仏様を大切にされ
ていた。

毎朝唱えられていた「阿弥陀経」や「正信偈」。
お経で癒される心もあります、悲しみをお経が受け止めてくれるのだ。
お経を聞きそして唱える、そのとき涙があふれ出す。

普段は気丈だったり、頑張っている。
でもお経が始まると涙があふれ出す。
お経がその悲しみを受けとめてくれる。

悲しみをその悲しみのままに、苦しみをその苦しみのままに。
お経にはそんな力があるのだなって思う。

お経だけが癒してくれる心もあります。

そんなことを感じさせていただいた、二七日のお参りでした。



光澤寺のHPはこちら!




写経で非日常な時を過ごす。

DSC_0004

ゆっくりと写経をされています。

本堂に静かに時が流れ、筆に集中する。

心を穏やかに、でもかなりハード。

身体と頭は結構疲れますが、逆に心は軽くなって行きます。

それが写経。

たまにはこんな時間を過ごしてみるのもいい。

仏さまに向き合い、そしてお経の言葉に向き合う。

写経の前と、書き終わった後はお経を唱えます。

日頃はできないこと、非日常の中に自分を置くことの大切さを感じます。

その空間はどこでも良いわけではない。

それにはそれに適した空間があるのだと思います。

宿坊光澤寺はそんな空間をご用意してお待ちしています。

もちろん写経の後はイタリアン精進料理とコーヒーと和菓子で身体にも
栄養を。


宿坊光澤寺のHPはこちら!


西本願寺に行く楽しみを少し・・・。

DSC_0063

西本願寺に行かれるとき、知っているとちょっと楽しみができます。

実は西本願寺のお堂の広縁にはちょっとした面白い細工がある。

上の写真は像が模様が組み込まれています。

他にもいろいろあります。
たとえば富士山とか羽子板とか。

DSC_0064

DSC_0067

中には何の模様か分からないものもたくさん。

普段は通り過ぎる場所なので、こんな細工が施されているとこに気づきま
せんね。
念仏奉仕団で拭き掃除をしていて教えていただきました。

西本願寺にお参りされる際に、ちょっと探してみて下さい。

可愛くて写真に撮りたくなっちゃいます。

実はこれ、フシとかが痛んだときの修善の痕だそうです、でも大工さんも
粋なはからいをするのですね。

DSC_0083

そして修学旅行生のグループにも会えます。

男女の5人のグループがご本尊の前で正座しています。
皆さん礼儀正しく背筋も伸ばして。

西本願寺は国宝であったり世界遺産にも指定されています。
それが拝観料無料で見ることができるのです。

西本願寺に行ったときの楽しみに・・・。



西本願寺念仏奉仕団に往く!

DSC_0031

9月2日~3日にかけて、西本願寺の念仏奉仕団に参加しました。

念仏奉仕団は西本願寺名物というか、伝統の奉仕活動ですね。
やはり一度は行っておきたいと思われるご門徒さんも多いのでは
ないでしょうか。

白の割烹着のスタイルが念仏奉仕団の名物ですね!
念仏奉仕団キティちゃんストラップも、やっぱり割烹着をきています。

DSC_0011

全国からたくさんのご門徒さんが参加されていて、今年度は21回目
になります。
夏休みには児童念仏奉仕団も組まれています。
こうして西本願寺とご門徒さんたちの結びつきができて行くのでしょう。

毎年延べ6000人以上が参加しているでしょう。
今回の参加者には、30回参加表彰の方もいらっしゃいました。

写真は、御影堂の畳を拭いている所です。
畳や縁を拭き掃除したり、境内を掃いたりと言った簡単な作業です。
時間も二日間で二時間程度、途中からは皆さん記念撮影などをされて
和気あいあいといった雰囲気ですね。

御門主様との記念撮影や、国宝の書院での抹茶接待など、奉仕と
言うよりも本山がご門徒さんを接待すると言った感じでしょうか。
参加した皆さんも楽しそうでした。

我が光澤寺も初めての念仏奉仕団参加です。
団旗授与もあり、何とか参加したなって気分になりました。

参加してみれば意外と楽しい雰囲気ですが、参加してみるまでは内容
が分からないので、どんな感じなのかなあと思っていました。

これからもご門徒さんに声を掛けて毎年一回くらいは行きたいものです。

DSC_0048





鳥取ブロック仏教壮年会で講師を務めさせていただきました。

DSC_0005

今日は浄土真宗山陰教区鳥取ブロック仏教壮年会の研修会でした。
開場は鳥取市内の中心にある淨宗寺さんでした。

雨の中でしたが、鳥取県内から60名の方々が集まって、お寺のこれから
について話し合いました。

今日は私が講師。
皆さん活動的なお寺の壮年部の方々、私が講師とはおこがましいですが、
逆に知らない強みを生かしてお話しさせていただきました。

テーマは、「お寺の可能性に迫る」“これからはお寺が面白い”です。
何気なく考えたテーマでしたが、そのテーマに沿ってお寺が置かれている
現状や社会環境を踏まえて、私のお寺の取り組みをお話ししました。

プロジェクターを使っての進行で、難しい教義の話しはなるべく避けて、で
きるだけ現在のお寺と仏教壮年会の役割について進めて行きます。

興味を持っていただけたら、そしてこれからのお寺のことに関わってゆく
という姿勢を持っていただけたなら有り難いことです。

宿坊の話しは、すべてのお寺に当てはまると言うことはありませんが、これ
から先のことを考えて取り組まなくてはならないと感じていただけた様です。
そのお寺にはそのお寺に合った取り組みがあると思います。
分散会も答えを出すものではなく、皆で一緒に考える場所としました。

地方の寺院の10年後~20年後はみんな厳しい状況だと思われている。
それにどう取り組むのか。
そのきっかけとなり、そしてヒントになったらいい。
とにかく何かにチャレンジしていただけたなら。

会場設営された寺院関係者の皆さま、山陰教区の皆さま、鳥取因幡組の
皆さまには大変お世話になりました。

この様な会で講師を務めさせていただいたことは、今後に生かせると思い
ます。

やはりたくさんの方々のおかげだな、と考えさせられた一日となりました。

image[3][1]

DSC_0006 (2)


光澤寺のHPはこちら!

残り時間を見ながら生きる ・・・ 宮本直治氏の場合

DSC_0001

宮本直治氏

宿坊光澤寺で10月13~14日に開催される「宿坊で語り合うガン患者の集い」
のコーディネーターである。

本日の本願寺新報の「ひと」欄に紹介されていた。
本業は大阪北野病院の薬剤師である、そして自らもガン患者だ。

ガンの宣告を受けたとき、導かれる様に僧侶の道を歩まれる。
そして得度を受けるとき、それをすぐに受け止められた住職もいた。
同じ鳥取因幡組で活動されているご住職です。

西本願寺で得度を受け、本山の親鸞聖人の前に座ったとき『やっときかた』と
声が聞こえたという。

それは自らへの思いでもあったでしょう。

「すべては、ただここに座るためにあったんだ・・・」

そんな宮本氏と出会い、宿坊でがん患者の方々の支援の会を開催することに
なった。
先ずはやってみる、そしてまた考える。

西本願寺で実践している「ビハーラ活動」の取り組みでもあります。

宮本氏は現在、神戸でがん患者支援の会「ゆずりは」を主宰され、また「あそか
ビハーラクリニック」でビハーラ僧の研修をされています。

ご自身の、残り時間を見ながら・・・。


宿坊光澤寺、「宿坊で語るがん患者の集い」はこちらへ!

記事検索
プロフィール

sakurasakukoutakuj...

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ