宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2013年12月

冬の宿坊の楽しみ

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鳥取の山里の冬は雪が見える。

だから寒いのではと思っておられるかも知れません。

でも交通手段は列車やバスを使えば問題ないですね。
駅まで送迎しています。

雪の山里の雰囲気を味わうには、やっぱり宿坊がおすすめです。
朝の凛とした雰囲気、そして読経から始まる。

寝室はエアコンとファンヒーターがあるので暖かい。

毛布もヒートテック仕様で、湯たんぽがあります。
なぜか湯たんぽは心まで温まります。

普段はあまり使わないのでしょうが、宿坊の冬の名物です。

そして露天風呂。
冬は寒くては入れないと思う。
でもシートでカバーしているので予想外に気持ちいい。

雪のないコロンビアから来られた学生さんたちも、この露天風呂が大好き
です。
「パーフェクト!」って感想が聞けました。

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帰けむりがシートの間で暖かく包んでくれますよ。
でも露天風呂なのでのぼせることがありません。

脱衣所や洗面台はエアコンが効いていて、お風呂上りでも寒くありません。
そして何より、タイルのお風呂は湯冷めしにくいのです。
身体がずっと暖かい感じがします。

外は雪景色。

宿坊の中は暖か。

料理はご希望により、ちゃんこ鍋もご用意できます。

ぜひ、冬の宿坊をご体験してみて下さい。

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鳥取の冬を満喫・・・コロンビアの学生さんたち。

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冬の鳥取。

コロンビアでは雪を見ることがないそうです。
赤道直下の国ですが、首都ボゴタは標高が2650mなので常春の町。
最低気温も10℃くらいにしかならないそう。

日本での楽しみは雪を見ることもある。
天気も良かったので鳥取砂丘に行ってみることにしました。

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いつもは砂でいっぱいですが、今日は一面銀世界。
観光客の方もたくさんいらっしゃいました。

新雪の砂丘、とても不思議な感覚です。
コロンビアの方も大喜びです。

とにかく上まで登ろうと言うことになった。
そしてみんなで記念撮影。

雪の上に倒れ込みたかったのだそうです。

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みんなで雪に倒れ込んでいました。

生徒さんたちは中学から大大学生の10代の方々。
コロンビアでは18歳からが大人なのだそうです。

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砂丘の後は、みんなで鳥取名産の梨のアイスクリームを食べた。
大好評でした。

そして「砂の美術館」を鑑賞。

研修目的で来られていますので、真剣に見学していました。

ビデオも何度もじっくりと鑑賞していた。

鳥取の冬を満喫した一日になりました。


無宗教観について・・・日本人だけじゃないのかな。

外国人の方々と話していて最近ふと感じたことがある。

意外と宗教を決めていないとか無宗教って答える人が多いということ。
私は、キリスト教国の方々でしたら、クリスチャンだろうと思って話しを
してたりするのですが、意外とそうじゃないのです。

無宗教化であったり、宗教は分からないというのは日本人の特有の
感覚かなと思ってたりしました。
でも外国でも最近はそうなのかなと思ったりしています。

もしかすると、家に伝わった宗教と言う感覚は薄れてきていて、自分の
宗教は自分で決めるということがあるのかも知れません。

アメリカの寺院の僧侶の方と話しをしていて、ロスとかではいろんな宗教
の施設を周る人が多いと言うことを聞いたことがある。
その中で自分の気に行った宗教や施設を探しているのだそうだ。

NYの本願寺でも、アメリカ人の方が結婚式を挙げることもあるそうだ。
大きな事件や災害があったときは、宗教に関わらず近くの宗教施設に
集まって祈りを捧げる。

そういった意味では日本人の無宗教観とは違うかも知れません。
祈りとかの行為は大切にしている感じがします。

ただお寺離れとか宗教離れとか、日本で言われているようなことが外国
でもあるのでしょうか。
フランスでも若者のカトリック離れは深刻とも聞いた。

現在は各宗教の情報があふれていて、従来の様な家の宗教と言った
ものでは納得しないのかも知れません。

そう言った面では、世界的に仏教が注目を集めているのも分かるような
気がします。

日本も世界も含めて、宗教的な動きが起きているのかも知れない。

本当に自分にとって必要なもの。

自分が受け入れられるもの。

自分のスタイルに合うもの。

そんな感じでしょうか。

寒空の中、コロンビアの方々が到着しました!

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-2℃の冷え込んだ夜。

22:34分の郡家駅着の特急スーパーはくとで、コロンビアの方々が到着
されました。

何と、東北の仙台を午後2時過ぎに出発されたそうです。
郡山の近くでボランティアをされていたそうです。

お正月は日本の田舎で過ごしてみたいとのことで宿坊にいらっしゃいました。
それにしても仙台から来られるとは、日本人でしたら大変な移動です。
それも年末の帰省ラッシュのなかですから余計に。

どこまで行くの?
と聞かれて、鳥取までと言うと皆さんビックリされたようです。

それと寒さにもビックリされている様子。

明日から1月3日まで宿坊で過ごされます。

いろいろ体験をして頂こうと思っています。
さてどんな日本のお正月になるでしょうか?

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郡家駅に到着したところ。


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雪の若桜鉄道を走る

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降り積もった雪の中を若桜鉄道が走る。

この若桜鉄道は、八頭町の郡家駅から若桜町の若桜駅まで、二つの町
を走っている。

駅舎と線路や橋脚が有形文化財に指定されている。

四季の景色が彩る山里を抜けて走っている。

多少の雪では運休しない。

学生時代は雪で運休すると学校が休みになるので、いつも大雪になる
様に願っていたことがある。

今はできるだけ積もりませんようにと願う。
まあ人間の都合なんてそんなものかなと思っている。

最近はローカル線の話題がよく取り上げられていて、若桜鉄道も取材が
多い鉄道です。

この若桜鉄道を活かすには、その周辺の自然を大切にして行くことでしょ
う。
四季の自然がそのまま残って行けば、昭和の田舎の原風景がそのまま
そこにある。

でも地元の方々はあまり自然に興味がない。
というか、地元には何も誇れるものがない、ただの過疎化の進む田舎町
としてしか認識していない。

だからあえて開発はしても豊かな自然をどう残して行くかという議論には
ならないのでしょう。

本当に大切なものはそこにあるのだ。

それにほんの少しでも手を加えてあげると、おそらく見違えるようになる。

なぜなら、日本の四季がそのままある数少ないエリア。
それが八頭町なのですから。

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雪景色だってかなりのものです。




青と白の世界 ・・・ 山里の宿坊で四季をそのままに。

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青と白の世界。

夏も冬も、この青と白の世界はある。

夏はサンゴの白い砂と青い海。
冬なら白い雪と青い空。

宿坊の冬はまさに青空と白い雪に染まりました。

昨晩までの雪はやんで、今朝は気温もグッと冷え込みました。
雪はパウダースノーです。
さらさらのふわふわ。

吹けば飛んで行きますよ。

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これで年末年始は雪のお正月になりそうです。

今晩にはコロンビアの学生さんたちが、東北の仙台から新幹線を乗り継い
で宿坊に入って来られます。

この一面の銀世界を見て驚かれるかなあ?
なにしろ赤道直下の国ですから。

でも首都のボコタは標高が2700mあるので、一年中が春なのだそうです。
一年を通して花が咲くのです。
コロンビアは花の国。

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宿坊では日本らしいお正月を過ごしていただける様、いろいろ準備して
お待ちしています。

近くにはスキー場もあるし、雪の砂丘も見えるかな。

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冬には冬の楽しみがあるのも、この山里の良いところです。

一面城に染まった世界は、青空とのコントラストでとても美しく輝きます。

四季のままの自然がある場所。

まさにそれを実感する日々です。


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年末年始に向けて・・・お寺は一面の雪景色。

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昨日から本格的な雪になった。

天気予報では、明日も降り続きそうです。

お寺は一面の雪景色になりました。

さあこれから年末年始、除夜の鐘の準備や、明日から宿坊に宿泊される
コロンビアの方々を迎え入れる準備も最終段階。

寒さに慣れていないとのことですから、部屋を暖かくしておかなくてはなり
ません。
暖房や露天風呂の準備も完了しました。

明日は仙台から鳥取に入って来られるそうです。
これくらいの雪でしたら交通機関の乱れもないかなあと思っていますが、
明日も降り続いたら、遅くなられるかもしれない。

年末年始に向けて、再度気合を入れ直したところです。

日本のお正月を十分に楽しんでいただきたいものですね。

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体調を崩してみて思うこと・・・

ここ一週間ほど体調を崩していました。

7月後半から何かと行事や何かと忙しくして来たツケが来たような
感じが自分でもしていました。
そこに寒さと睡眠不足が続き、最後は法事でお酒が続いたことも
あったのかも知れません。
確かにここ数か月はお酒を飲んでも美味しいと思うことがなくなって
いました。
そんなときは、ちょっとした食事が負担になったりで、一気に身体が
変調をきたします。

報恩講の宅参りがまさに終わりという段階であったので、今週は一日
数件のお参りをこなし、かろうじて何とか法務には支障をきたさないで
すんだのが救いです。
風邪等ではないので、お参りに行っても迷惑をお掛けしないことも助か
りました。
報恩講の宅参りの時期は季節柄もあって、体調管理が大切なのです
が、もうそろそろ終わりという気の緩みもあったのでしょうか。
法事の後の食事でつい飲み過ぎてしまったのかも知れません。

普段は何も感じないことがとても苦しく、すべての気力が消え失せます。
身体も精神もグタグタでした。
そんなとき溜っていた作業をしようとしていて、PCに保存していたデー
タを消去してしまうという失態まで発生し、年内までに処理をしようとした
ことが無残にも。
やはりろくなことにはなりませんね。

ご年配の方々が、足腰が痛かったり病気になられていたり。
それをいつも見ていて大変だなと思っていました、それが自分が体調
を崩すととてもじゃないけど苦しい。
やはりその苦は周りから見ていたのでは分からないことも多いな。
他人事のように見ているつもりはないのだが、本音ではどうだったの
だろうか。

50歳を過ぎて来ると、無理がきかないようにも感じてきました。

「その悲しみはその悲しみを知る人にしか癒せない」という経典の一節
が身に降りかかってきます。
何となく使っている言葉のその意味を自分でもしっかりと感じて使って
いるだろうか。

でも、この世の終わりと感じていたことも、喉元過ぎればで、体調が戻れ
ばまたすぐに忘れてしまうのかなあ。
忘れることも大切なことですね、忘れないと人は生きていけないような気
もします。

人って、やっぱり四苦の中に生きて行くしかない存在なんだな・・・。

今年の最後もやっぱり反省の日々です。
ただ今回は、私もすごく考えさせられる部分がありました。
来年はそれを活かせるように、年内は反省し続けてみます。



露天風呂をシートで・・・コロンビアの学生さんも入れるかな。

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宿坊の露天風呂も11月くらいなら皆さん入っておられましたが、さすがに
12月に入るとちょっと寒いですね。

年末年始にコロンビアから学生さんたちがやって来られます。
近くの温泉とか行こうかなとも思いましたが、せっかくなので露天風呂に
入ってもらおうと、露天風呂をシートで覆ってみました。

なかなか思う様にはいかないけど、とりあえず雪や風は直接は入らない
ようにしてみました。

それでも赤道の国から来られるので、寒さには弱いそうです。
お寺、それも雪国の山里にあるお寺なので、ちょっと心配しておりました。

それでも部屋は、エアコンとコタツ、そしてファンヒーターを準備。

最大の問題はお風呂でした。

二人くらいなら内風呂でもいいけど、さすがに6人だと露天風呂を活用する
しかありません。

今晩のお寺は雪景色、かなり本格的に降っています。

シートを覆ったとは言え、露天風呂は部屋の外にあります。
でも脱衣所にはエアコンを設置しているので、風呂にお湯を貯めていれば、
意外と凍えるほどの寒さではありません。
シートがあることで湯気が暖かく感じます。

おっ、これなら冬でも露天風呂(でも外は見えませんが・・・)を楽しめるなと
思っています。
お風呂の外は真っ白な雪景色になりました。

コロンビアの方々も雪を見る機会はないでしょうから、丁度良いかも知れま
せん。

日本に一か月くらい滞在される中で、年末年始の6日間を宿坊で過ごされ
ます。
除夜の鐘もあり、おせちもあり、書初めもあり、石地蔵を描いたり、お茶を
体験したりと結構盛りだくさんです。

サッカーのワールでカップで対戦する国同士ですから、やっぱり友好と親善
は大切ですね。


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「いのちについて考える(生命倫理)」

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12月22日、年末も押し迫った日曜日。
鳥取県東部地方は朝から冷え込んでいました。

この日は鳥取因幡組の公開講座が開催されました。
テーマは「いのちについて考える(生命倫理)」です。

現代における最先端医療を仏教や浄土真宗的にみるとどう考えるのか。
という点を、その道の第一人者である龍谷大学教授の早島理先生をお招き
しての開催です。

この日は午前中は連研の修了式でした。
連研の記念講座としての企画ですが、今回のテーマを少しでも多くの方々に
聞いていただける様にと、総代会の門信徒研修会と合同で開催することに
致しました。

当日は、あいにくの天候にも関わらず130名以上の参加者でした。
早島先生のお話しは、身近なテーマでありながらも、難しい問題を分かりやす
く、そして何より仏教的立場から見ると言う、大変興味深い内容でした。
皆さんもその話を真剣に聞かれておられた姿が印象的です。

最先端医療と言うと、ips細胞や臓器移植、新型出生前診断などです。
生きるために必要な医療ですが、そこには多くの問題が待ち受けている。
苦しみから逃れるとそこにまた新たな苦しみが生まれてくる。
そのことをどう考えて行くのか・・・。
人間の迷いは尽きることはないのですね。

それを医学の立場と仏教の立場でお話しされました。
私にとってはとても面白くまだまだ聞いていたいと思えるお話しでした。
先生も熱が入って、時間をオーバーしましたが、参加者の皆さんはまったく
意に介さず聞き続けておられた。

これほど南無阿弥陀仏の意味を実感された講座もなかったのではないで
しょうか。

なかなかその最先端医療について仏教的立場でお話しできる人は数少ない。
その中でも第一人者である早島先生のお話しを聞けるのは有り難いことです。

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これからは僧侶ももっと真剣に、いのちについて考えなくてはならないでしょう。
ただそれが一方的な話しや教義だけを持ち出していたのでは通用しない。

お釈迦様は常に対機で教えを説かれていた。
そのことを考えさせられる機会でもありました。
その苦を抱える人に言葉が届かなければ意味がないのです。

今回の講座は、テーマを決めてから、ご講師をお願いしました。
会場や日程も、報恩講と重ならないように配慮が必要です。
まして年末の年の瀬も迫った時期なので、天候も気にかかるところです。

講演を快く引き受けて下さった早島先生、また早島先生をご紹介くださった
西本願寺のビハーラ担当の秦さん。
会場をお引き受けいただき、大人数の講座の準備をしてくださった光輪寺さん、
プロジェクターや音声の準備をしてくださったり、講師をお迎えに行っていただ
いた執行部の皆さん。
また組長を始め共催を支援して下さった総代会の皆さん。
そして何より、寒い中をたくさんおいでいただいた門信徒の皆さん。
本当に多くの方々の思いが一つとなって今回の公開講座を開催することがで
きました。

また看板や幕の作製や設置を受け持っていただいたイナバ葬祭センターさんに
もお世話になりました。
山門の看板はお寺の雰囲気にとても合っていました、来場された方々もその雰
囲気を味わうことができたでしょう。

やはり自分の意志は、周りの多くの方々の縁によって導かれているということを
実感させられることです。

今は無事に終えられて少し安堵しているところです。

そこにはやはり、南無阿弥陀仏があるということなのですね。

第七期 連研が終了しました。

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浄土真宗本願寺派鳥取因幡組では連研を開催しています。
現在は第七期ですが、12月22日で十二回目を修了しました。

今回は28名の参加で、27名の方が修了されました。

連研は毎月一回で十二か月連続で行われます。
今回は1月から始まりましたので、12月が最終となります。
お盆があっても報恩講があっても、とにかく毎月あります。

参加される方々もそうですが、主催者側の僧侶も法務のやり繰りをしながら
になりますので、とにかくスケジュール調整に明け暮れます。
でも無事に終えるとなぜかその苦労が嬉しかったりします。

最終回は、参加者の方々お一人お一人の感想を述べてもらいます。
それぞれの思いが聞ける大切な時間です。
こちらの対応も十分でなかったとの思いがありますが、それでも感謝の言葉
が聞けると少しホロッとします。
そしてその後に修了証をお渡しします。

鳥取因幡組では毎月組内の各寺院を持ち回りで開催し、その会場となった
寺院の住職が講師を務めます。
講義のテーマや山間部の寺院もあるので季節も考えながら開催寺院を決め
て行きますが、結局はとにかくやってみようと言うことになります。

第七期は現代の問題にも近いテーマを入れてみました。
そして最終回は外部講師を招くと言うことにし、難しいテーマを選択しました。
テーマは「いのちについて考える(生命倫理)」です。

最先端医療を仏教や浄土真宗的見地から考えるということ。

連研参加者の皆さんも、この講義は聞き応えがあったと思います。

修了者の皆さんは、これから各寺院や鳥取因幡組の門信徒の中心となって
活動して下さる方々です。
これからもまた一緒に浄土真宗のみ教えを学んで行けることを楽しみにして
います。

来年は7月から第八期がスタートする予定です。
期を進める毎に参加者が少なくなるのではとの危惧もありますが、たとえ参
加者が少なくてもやって行こうとの話しになりました。

参加される方々は、周りから勧められたからと言われますが、参加してみる
と良かったとの感想が聞かれます。

これからもずっと連研が続いて行けばよいですね。
浄土真宗のみ教えの聞法は、やはり連研がとても重要であると思います。

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手紙

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今日、宿坊に手紙が届きました。

先日宿坊に来られた方からでした。

宿坊には御礼の手紙が届くことがあります。
ただ宿泊だけでしたらこの様な事は無いのかなとも思います。

たとえ一泊でも、いろんなお話しをしたり、体験をしたり。
それぞれに思いがあります。

そんなときお礼の手紙をいただくのは有り難いことです。

「仏教について少し理解を深められたこと、大変有益であったと思い
ます。日頃の喧騒について自分を見失いがちな時、ほっこりと静かな
時間を過ごすことができました。」

この様な内容のお手紙でした。

この宿坊には様々な方が訪ねて来られます。
20代~80代、お一人やお二人、ご家族やグループの方々。
それぞれに、それぞれの過ごし方をされています。

今回のお手紙は60代の男性の方からでした。

男性の60代と言うと、これからの人生をどう過ごして行くか、いろいろ
と考えるときでもあります。

そんなときに、宿坊や「やずブータン村」がお役に立てるように。
そんなことを考えています。


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水墨画の様な景色がある。

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今朝、お寺の前の山に薄らと雪が降っていた。

それを写真に撮ってみると、まるで水墨画の様な感じがした。

静寂とモノトーンの中に心に伝わって来るものがあるのだ。
そしてすこし張りつめた空気感。

以前、国立東京博物館で長谷川等伯の松林図を見たことがある。
そのときは本当に能登の松林の中に引き込まれていくような感覚があった。

まるで水墨画の様にという表現をしたが、実はこの風景を水墨画に写し
出しているのでしょう。

雪舟も等伯も禅宗の僧侶であるからか、その絵は厳しくスッとした感じが
します。

これからこの山里も雪の季節を迎える。

冬には冬の良さがあります。

雪景色を見ながらの写経もまたいい。


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先端医療を仏教的立場から見る・・・鳥取因幡組公開講座

今月の22日(日)、公開講座を開催します。

テーマは「いのちについて考える(生命倫理)」です。

ご講師は、龍谷大学教授で前滋賀医科大学教授であった早島理先生
です。

今回は最先端医療に対しての仏教的見地から死を見つめて行きます。

先生のお話しの中にこんな言葉があります。

あるお子さんが質問した・・・「お祖母ちゃんはなぜ死んだの?」

それに対してこう答えます。

(医者) 「それはね、悪性のガンだったから・・・。」

(釈迦) 「それはね、生まれてきたからだよ・・・。」

仏教者として、お釈迦様の答えから何を感じるだろうか。

仏教は「生・老・病・死」を四苦とし、そして最後の苦は「一切皆苦」です。

その苦を逃れるため、人類はひたすら医療の進化を目指してきた。

最先端医療は、私たちが思いのままにならないいのちを、その手中に
しようと努力を重ねている。

先生の言葉をお借りすれば、一つ解決したと思えば、また出口のない
新たな難問を自ら抱え込むことになる。
すなわち「一切皆苦」であり「さらなる皆苦」の連続なのだ。

たとえば「臓器移植」、「iPS細胞」、「新型出生前診断」など・・・。


12月22日の会場は、鳥取市鹿野町にある光輪寺さんです。

今回は公開講座ですが、案内は浄土真宗本願寺派の寺院とご門徒
さんにしかしておりません。

現代の最先端医療や問題に関しては、従来仏教者の発言が求められ
ることは少なかった。
倫理委員会でもそうです。
宗教者がいのちの問題において発言を求められないのは、やはり寂し
い気がします。
僧侶は死んでからで良いと言った感覚か、もしくは僧侶自身がいのちの
問題に向き合っていなかったからでしょうか。
そんな国は先進国と言えども日本くらいのものではないかと考える。

最先端医療や少子高齢化社会になり、仏教的概念が必要とされるとき
が来るのではないかと考えています。

この様な時代において、仏教的見地から先端医療を見つめて行くこと、
そしてその先にあるいのちを見つめて行くことは非常に重要なことであ
ると考えます。

今回の公開講座は、私が関わってきましたので、少しでも多くの方に
会場に足を運んでもらいたいものです。



幸せって何だろう。

今日新聞を見ていると、認知症の記事に目が留まった。

現在、高齢者の4人に一人が認知症なのだという。
それが将来には2人に一人になる可能性があると。

現在は病気になることを恐れる。
認知症も病気ではあるが、外見ではまったく分からない。
診断されるまでは本人も周りも分からないことが多い。

日本人が考える幸せの一番は健康であることだと思う。
事故もなく病気もしない事だ。
昔から不老長寿を望んできた国だったのです。

現在の日本は少子高齢化で人口減が続き、世代の人口構成が
いびつになっている。
そこに来て田舎では市町村合併もあって過疎化のスピードが速く
なっている。
私の住んでいる町では、先ず役場が無くなり、もうすぐ中学校と
保育所もなくなる。
そうなれば高齢化と過疎化はさらにそのスピードを上げる。
お一人暮らしの高齢者も多い。

そこにこの認知症の問題が見えて来る。

認知症は社会的な問題なのか、高齢化からくる避けられない問題
なのか。

最近、とても穏やかで優しい方が認知症になられた話しを聞いた。
今は常に怒っているのだそうだ。
その奥様は苦労され苦しんでおられるそうです、でもその奥様も
認知症になられる可能性は高いのです。

老老介護から認認介護の問題もある。

長生きしたいという人々の願いがずっと日本にはあった。
30年前くらいは平均寿命が延び、世界の中でも長寿大国になった。

医療の問題、介護の問題、社会の問題、経済の問題。
様々な問題がそこに横たわっている。

日本は本当に幸せになったのだろうか。
長寿になって皆幸せになったのだろうか。
医療が進歩し死ねない時代になった。
死ねないことが幸せなのだろうか。

医療保険に生命保険、迷いの道は延々と続く。

幸せって何だろうと考える。

いのちの尊さとは何なのだろうか。

また新しい保険サービスが開発されるでしょう。
そしてまたみんな余計に不安になってしまう。

日本人は保険と貯金が大好きです。
どちらもなくては困る。
でも行きつく先は見えてこない。

人は不安をあおられている様にも感じられなくもない。
災害・事故・病気・そして死。

あらためて生きると言うことを考えてみる。

それでも、その先にある「しあわせ」を僕は考えるのだ。
それが「やずブータン村」の原点なのだから。


「たとひ千年の寿を尽すとも・・・」

『教行信証』に親鸞聖人が引文されているお言葉である。

「たとひ千年の寿を尽すとも、法眼いまだかつて開けず」

これは善導大師の『観経疏』の言葉です。

私たち凡夫という存在のお心でしょうか。

私と言う存在、そして僧侶であるなら気づかなくてはならない事であると
感じています。

聴聞するしかない存在である私が、いつかいかにも悟ったような話しを
してはいまいか。
僧侶だからと言って、高みに上がってはいまいか。

800年前の比叡山になってはいまいか。

2000年前のインド仏教に戻ってはいまいか。

檀家制度や先祖供養と言う枠の中でしか物事を考えないということに
なってはいまいか。

なぜインドでは仏教が滅んでしまったのか。
なぜ鎌倉時代に多くの宗祖は比叡山を下りなければならなかったのか。

迷信や迷いを打ち破ると言いながら、迷信や迷いの世界に人々を引き込
んではいまいか。

たかが私の一生の中で何ができると言うのか。

であるなら、その限りあるいのちの中で私ができることは何か。

自問自答する、そして仏の原点へと心を向けるのだ。

愚かであると言う自分に気づかされるとき・・・。

でもそのことをすぐに忘れてしまう、困ったものです。

やっぱり迷いの中にしか生きられないなあ。


鳥取岩屋堂文化をつなぐ・・・ロングトレイルのルートに宿坊がある。

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鳥取には岩屋堂の文化があります。

一番有名なのは、国宝の投入堂です。
これは三徳山三仏寺というお寺の奥ノ院です。
山の中腹の急峻な岩壁にお堂が建てられています。
なぜ1000年以上も前にこの様な建築が可能だったのかというくらい
凄い場所にあります。

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もうひとつは若桜町にあって、こちらも岩穴にお堂が建てられている。
こちらはその名の通り、岩屋堂と言います。
重要文化財に指定されていますが、こちらはあまり訪れる人は少ない。

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そして実はもう一か所、隠れた名所があります。
こちらは知る人もほとんどいなく、行った人さえほとんどいないと言う。
八頭町の用呂と言う村にある神社です。
先日、宿坊に来られた方に、岩の中に神社があるそうですとお伝えしたら
興味を持たれて、帰りに行ってみますと言われていた。

実は話には聞いていましたが私は行ったことがなかったので、一度見てお
こうと思い立ち行ってみました。
村の氏子の神社がすぐ目についたので行ってみると、ただ村の中にある
普通の寂れた神社があった。
ここかなと思って村の人に聞いてみたら、違うと言う。
詳しく聞いてみると、歩いて行ったら二時間近くかかるだろうと言う。
この写真に写っている山の中腹にあるスギ林の奥なのだそうだ。

参道も木に覆われていて歩いて行くことはできないとも・・・。
その方もその神社に行ったのは子供の頃だと言われていた。
もう50年以上前のこと。

でも最近、村の方々が社を直しに神社まで登った人がいるということも分か
りました。
大きな岩があって、確かに社が建っていると言う。
その岩の下には大きな空間があり、そこで弁当を食べたそうです。

ここまで聞くと興味津々、これは一度は行ってみなくてはと思った。
この神社のことに詳しい方もいらっしゃるので、春の季節の良い時を待って
一度山登りのつもりで神社に行こうと決心しました。

そう言えば、この前に紹介した方はどうされたのかなと心配になった。

八頭や若桜の町おこしには、その魅力のポイントが必要です。
そのポイントとポイントをつなぎ合わせ、その周辺を魅力的な山里にすること
で、ウォーキングやトレッキングのコースを整備して行く。
そこに宿坊などの施設と若桜鉄道をドッキング。

いづれは、若桜の岩屋堂から用呂の神社を経由して、投入堂までのロング
トレイルのルートを整備すれば、日本でも珍しい聖地巡りのコースができあ
がります。
熊野古道とまではいきませんが、十分に魅力的なコースになるでしょう。
最終的には大山寺まで行けば100Kmのロングトレイルが楽しめる。

大山と三徳山と八頭には、それぞれに宿坊があります。


宿坊光澤寺のHPはこちら!


法事の後の楽しみですか・・・。

今日は鳥取地方は暴風雪の予報が出ていた。

朝8時の逮夜参りから始まり、9時・11時・夕方5時と法事が三件
続きました。
食事の席にも着きますから、滞在時間は勢い長くなりますね。

それでも、そのときに皆さんとお話しできることを楽しみにしてい
ます。
会社員時代の40代と比べたらお酒も飲めなくなりました。
元々強い方ではないのですが、会社員時代は飲めばいくらでも飲み
ました、そして決して酔いつぶれることはありませんでした。
やはり精神的な面でいくら飲んでも抑制できていたのでしょう。

法事の後の食事の席では、住職なので皆さんが注ぎに来られます。
そしてできる限り飲みます。

今日も皆さんといろんな話しをしました。
さすがに酔う訳にはいきませんが、ただ饒舌になり過ぎてしまったかな
と後で思うことも多々あります。

いろんな反省をしながらも、そこでしか話せないこともたくさんあるので、
凝りもせず談笑しております。

年齢的な面と健康面があるので、いつまで飲むかなとも思いますが、
法事の後の大切な時間でもあります。

明日も法事とお参りが続きます。
とにかく、私のこれからの思いを話し続ける日々は当分続くのかな。

家族で宿坊を愉しむのもいい。

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宿坊を家族で愉しむ。

これっていいですよ。

昨日、宿坊に家族連れでお越しになられた。
娘さんは大阪から、ご両親は島根県から。
鳥取駅で合流して宿坊に。

一組だけなので気兼ねなくゆっくりと過ごされていました。

いつもと同じ家族でも、場所が変わると心も変わります。
そしてお寺でお勤めやお話しができます。
もちろん体験もできる。

家でもできる、でも環境を変えるとそこに集中できます。
そんなときは宿坊がいいですね。

宿坊光澤寺は、時間を自分で決めることができます。
そして次の日もゆっくりと体験できる、それがポイントだったりします。
通常の宿坊は時間が決まっていたり、翌日のチェックアウトが早い。
でもせっかくくつろぎの時間を持たれるのなら、ゆっくりと過ごすのがいい。
そんなふうに思っています。

たまには非日常の空間で、ご家族でゆっくり過ごしてみる。

帰り際に、「食事がとても美味しかったです」と仰っていただいた。
坊守の喜ぶ顔が想像できます。
鳥取の家庭料理をお出しした、その家庭料理をご家庭の方からほめて
いただいたのだから。

ここは、ご家族の時間をご家族だけでゆっくりと過ごせる場所をご用意
しています。

いつもとは違ったご家族の姿がそこにあるのかな。



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お釈迦様に見る自力と他力の道。

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自力の道と他力の道。

日本の大乗仏教における悟りへの道である。
もう一つの流れとして、顕・蜜の流れもありますが。

たとえばお釈迦様がいらっしゃる。
お釈迦様は言い伝えでは80歳まで生きておられた。
29歳で出家され35歳で成道された、つまりブッダとなられた。
そしてその後45年間伝道に費やされます。

悟った内容は同じであっても、そこに人間として生きて行かれた
お釈迦様の足跡があります。
たとえばお釈迦様が50歳で入滅されていたなら、仏教は現在の
ものとは違った形になっていたかも知れませんね。
教団形成も違っていたでしょう。

たとえば悟りに至られたときのスタイルが禅や瞑想へと発展して
行きます。
でもお釈迦様は悟りを開かれてからは、ひたすら伝道に精を出さ
れています。
とにかく教えを説くこと、それで八万四千の法門と言われています。

では、お釈迦様が心から望まれたことは何なのか。
それは「天上天下唯我独尊」で伝わる、「すべての人々の心を安ん
ずるために・・・」という仏教宣言に集約されるのだ。
(正式には「天上天下唯我為尊」となります)

それは後に阿弥陀如来の十八願となって伝えられて行きます。
すなわち十方衆生のことを願われ、その人々を必ず救うと誓われ
たその願いに・・・。

お釈迦様が悟りを開かれたのは、すべての人々の心を救うため
なのです。
すなわち悟りを開くことが最終目的ではないということです。

現在の日本仏教では悟りを開くことが目的となっているのではと
思うことがあります。

お釈迦様の場合、悟りを開かれた35歳の瞑想に目的があるので
はなく、その後の45年間の伝道布教がその中心なのです。

親鸞聖人は35歳のお釈迦様ではなく、その悟りの目的と、その後
の45年間を見つめておられるのだと思います。
そう民衆へ方便を使って教えを説かれたそのスタイルにです。

方便とは真理である。
即ち真理へと導く仏の慈悲である。

浄土真宗では「色即是空」を直接説かないのはその為でもあるで
しょう。
その空と言う概念は教えの中で別の説かれ方をしています。
お釈迦様も救いを求めている人々に「色即是空」とは言わないで
すよね。
死を悲しむ人に「色即是空」と直接説いても通じない。
まずはその人の苦を受けとめる所から始まります。
そのときはその人に分かる様に方便を使うのです。
キサー・ゴータミーへの教えはまさにそのことを顕しています。
いくら真理の教えであっても、その人に届かなければ何も意味を
無さないのです。
お釈迦様はそのとき方便を用います。

親鸞聖人はお釈迦さまにはなれないと痛感しておられた。
自らが自力で仏になるとはもはや考えられない。
悟った風なのが一番厄介だと・・・。
それで比叡山を下りられたのかも知れません。

お釈迦様のどの時代を見つめて行くかで、宗祖のスタイルも変わっ
てくるのかなと感じています。
35歳までを見るか、35歳を見るか、それともそれ以降を見て行くか。
そんなことを考えています。
自力と他力の違いもその辺りにありそうです。

真の目的は、人々の救いなのです。
お釈迦様は決して山に籠ったり、寺院の奥深くににはいらっしゃい
ません。

因みに、道元禅師は53歳、親鸞聖人は90歳まで生きられています。
はたして道元禅師が90歳まで生きておられたなら、どうだったでしょう。

現代は高齢化社会であります。


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仏教の立ち位置について。

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「法を見るものは縁起を見る」

これは仏教の教えの根本を説いたものです。
法とは、仏の教えであり仏教的真理のこと。

つまり仏教の基本的な立ち位置は縁起に始まり縁起に終わる
ということです。

縁起の基本は、二つある。
一つには、「この世に常住不変な存在などない」ということ。
つまりすべてのものは変化して行くものであるということになり
ます。
それを人に当てはめると、人は生を受けたなら必ず死ぬのだと
いうことになります。
これが仏教で語られる「生~老~病~死」の四苦から、人は逃
れることはできないと知るということ。

もう一つは、「すべてのものはその関係性のみによって存在す
る」ということです。
これは、この世にその存在だけで成り立っているものはない。
ということです。
すべてのものは関係し合って初めて存在するのです。
ということは、ものごとには因があって初めて果がある。
因が無ければ果はないと言うことになります。
これは因果律につながるものであり、この世の存在について語ら
れています。

では仏教ではそこから何を導き出すのか。

それは、死を見つめ受けとめると言うことになります。
死を知ることで、今の生を知ることになります。
今生きているいのちに目覚めるということです。

将来が果であるとしたなら、今がまさに因となると言うことです。
つまり果から因を見つめて行くのが仏教であるなら、死をみつめ
ることで、今の因を生きると言うことになります。
限りあるいのちに気づかされ、残されたいのちを、あなたはどう
生きて行くのかと問うのが仏教のスタンスですね。

そしてそのいのちは、多くの周りの存在によって支えられているの
だと言うことに気づかされる。

そう気づかされたとき、あなたはどうその尊い命を生きて行くのか。
そう問われているのです。

そう感じたとき、あなたの気づきがあなたの将来の果となるのです
よ。

仏教の基本的な考えを今日は書いてみました。

この縁起から外れていたなら、それは仏教ではないと言うことです
ね。


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若桜鉄道周辺活性化 ・・・ 雑誌の取材がありました。

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今日はある雑誌のスタッフの方々が宿坊に取材に来られた。

その雑誌は全国紙でかなり有名です。
書店やコンビニでは必ず見かけます。
取材の内容は、若桜鉄道沿線の特集の様です。

現在、宿坊の周辺は有形文化財に指定されている若桜鉄道を使った
活性化が盛んなのです。
最近は宿坊も周辺散策でコラボすることが多くなりました。
取材も鳥取県や若桜町の支援もあって、いろんな媒体が来られている。

宿坊独自の活動だけでなく、やはり連携することで様々な出会いもあり
ます。
また、その広がりも可能になるので、地域密着も大切な要素になるなと
感じています。
その一環として宿坊光澤寺が協力できるのなら、それに越したことは
ありません。

いづれ若桜鉄道沿線の八頭町周辺は多くの人々が訪れる場所になる
だろうと僕は思っています。
その中心の一つに「やずブータン村」というコミュニティーを創りたいと考
えています。
それと、光澤寺を中心とした宗派を超えた仏教センター構築という夢が
あります。
そのとき若桜鉄道周辺が一緒に活性化できていたなら、日本の身近に
あって非日常を味わうことができる環境ができると思っています。

誰もが気軽に訪れることができ、体験を通じて心の安らぎを得られる所
として、この八頭町は最高の環境にあるのです。

今日、取材に来られた本のタイトルは、ある意味私が宿坊を始めようと
思ったときに、一つのコンセプトとしてあったものです。

そんなこともあって、なにか縁も感じることが出来ました。

3月号に掲載される特集の様ですので、若桜鉄道周辺が魅力的な場所
として紹介されるといいですね。

発売されたら、早速に購入して見てみたいと思います。

そして、若桜鉄道に来られる方は、どうぞ宿坊光澤寺にお泊り下さい。
旅の楽しみが二倍にも三倍にもなりますよ。


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冬には冬の楽しみがある、そんな場所に。

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陽だまり。

明日から冷え込みそうです。
お寺周辺も積雪があるかも知れない。

これから本格的な冬が来る。

冬でも日が当たると、そこは陽だまりの空間になる。

宿坊も冬の楽しみがある様にしたいと思っている。

山里に降る雪景色も実はとても美しいのです。

車だとやはりスノータイヤが必要かも知れません。
でも交通アクセスは、列車と高速バスがあるので、便利なのです。

本堂でのお勤めや体験は寒いでしょう。
でもストーブやファンヒーターを用意している。

コタツにあたってゆっくり本を読むのもいい。
スキー場も車で30分くらいで行けます。

もし雪景色なら、本当に日常から離れた空間を満喫できる。

冬には冬の宿坊の楽しみがある。

これからは冬の宿泊にも力を入れて行きたいと思っています。


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中庭の梅の蕾と、男性一人旅。

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今日は中庭の手入れを少し。

10月~11月は慌ただしい日が続いたので、午後のお客様をお迎えする
前に。

ふと目の前の梅の木に目が留まった。
あれもう蕾が出てるなあと思った。

梅が咲くのはいつも3月中旬くらいと思っていたので、蕾は少し早い様な
気がしました。
でももしかするといつもこんな時期だったのかも知れません。

11月の下旬に冷え込んでからは、暖かい日が続いていたので、梅も少し
季節を早めたのかな。
そんなことを感じていた。

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中庭には昼前には陽が当たって穏やかな陽気でした。
でも冬は一日で天候が変わります。

去年の同じ日は、次の日の朝起きたら雪が積もっていたと言う経験があり
ます。

今年はそうならないで欲しいなあ。
季節感はあった方がいいけど、やっぱり雪はまだ降らない方がいいなどと
勝手に思っているのです。

お昼には鳥取駅までお客さんを迎えに行きました。
今回は男性お一人。
これからは男性が少し増えて行くかも知れない。
というのも男性もやはり心落ち着けたいと思っておられる方が多いのです。
そして仏教を少し学んでみたいと。

今日は、浄土真宗のお経をお唱えしたあと、仏教のお話しをしました。
夕食時には、町おこしのことや日本の現代社会のこと、若者のことなどいろ
んなお話しを聞かせていただくことが出来ました。

人生の先輩の貴重なお話しを聞けることも、最近の宿坊の楽しみの一つに
なりました。


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なぜか宿坊はコロンビア・イヤーです!

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サッカーワールドカップの組み合わせが決まりました。

日本はC組で、コロンビア・ギリシャ・コートジボアールと同組に
なりました。

抽選前には、何となくコロンビアと対戦することになる様な気が
していました。

今年はなぜかコロンビアに縁があったからです。
年末年始にはコロンビアの方々が6名宿坊に来られます。
日本のお正月を宿坊で体験されたいとの希望からです。

先月は、今年コロンビアに行って来ましたと言う方も来られた。
今月宿泊された方もコロンビアに行かれたことがあると。
なぜか今年から来年にかけてコロンビア・イヤーって感じです。

今までは遠い国って感じでしたが、なぜか身近な国になってきま
した。
先日はTVでもコロンビアの特集をやっていましたし。

ワールドカップの対戦前なので、両国の友好にも協力しておき
たいと思っています。
お互いの健闘を誓って、両国が決勝トーナメントに進出できれば
いいですね。

コロンビアはFIFAランクで4位という強豪国です。
特に最近は黄金期を迎えようとしているそうです。

お正月の楽しみがまた増えました。
これからコロンビアの代表チームの勉強をしておこう。


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住職さん、写経マラソンに挑戦してみます!

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                        (宿坊光澤寺 写経風景①)
写経マラソン

今日、近くのご門徒さんがお寺を訪ねて来られた。
この方は写経が大好きなのです、けれどお寺で写経されない。
いつもご自宅でされています。

昨年は『阿弥陀経』をずっと何巻も書かれていました。
この前は『正信偈』です。

趣味はマラソン。
地元の走ろう会にも入っている。

お寺に来られたときこんなことを言われた。
私は自分のやっている写経を、「写経マラソン」と名づけました。
もうずっと書き続けておられるので、マラソンの様だと感じられたのかも
知れません。

そして『阿弥陀経』は何度も書いたので、浄土三部経に挑戦してみよう
と思うと仰られた。

以前に私が作った『観無量寿経』の経本を持って来られ、これを書いたら
良いかと聞かれた。

実は法要で唱えられる『観無量寿経』や『無量寿経』は新制と言って、ある
部分が省略されています。
ある部分と言いましたが、『観無量寿経』に至っては、かなりの部分になる。
全巻を唱えると、それだけで一時間半~二時間くらいかかってしまうので、
法事用では大部分が省略されています。

そこで私は、省略されていない『浄土三部経』の経本をお持ちして、どうせ
書かれるなら、こちらを書いて見られたらどうですかとお勧めした。
これを写経マラソンに譬えるなら、いままで書いた阿弥陀経は1kmくらい
の試走になりますね。
といって経本の『阿弥陀経』の部分はこのくらいですとお伝えした。

今回はぜひフルマラソンに挑戦してください。

そうお伝えすると、その方は「分りました」と言われた。
春までこの経本を貸してくださいと・・・。

写経では『阿弥陀経』や『正信偈』でも大変です。
それを『浄土三部経』のフルマラソンです。

どの順番が良いですかと聞かれたので、親鸞聖人のお心を感じられたい
と思われるなら、①『観無量寿経』、②『阿弥陀経』、③「無量寿経」の順番
が良いと思いますとお応えした。
そこには絶対他力にたどり着かれた親鸞聖人の思いを窺うことができる
ので・・・。
そう「三願転入」の順番です。

「自力諸行往生」 ⇒ 「自力念仏往生」 ⇒ 「他力念仏往生」

その世界観をお味わいできます。

浄土真宗でも最近は写経を楽しまれる方が多くなってきました。
いろんなお経があるので、長いものや短いもの。
いろんな楽しみがありますよ。

春に書きあがるのが楽しみになりました。

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                                                                (宿坊光澤寺 写経風景②)


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鳥取環境大学の学生たちが光澤寺で課外研修を。

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この秋、「やずブータン村まつり」であるひとつの縁があった。

その縁によって、鳥取環境大学の学生さんたちが光澤寺に課外研修に
来られました。
研修時間の一コマを使っての研修です。

テーマは「幸福度」の研究です。

「やずブータン村」の考えることを約1時間お話しさせていただいた。

中山間地域の現状をお話しし、これからどの様に幸せな街つくりをして
行くのか。

私が最近感じることは、市町村合併から一段と中山間地の過疎化と高齢
化、そして独居化が加速していると言うことです。

これでは中山間地はあと20年もすれば、本当に高齢者しかいない町に
なってしまうだろう。

それなら、高齢者が幸せに生きて行ける町にしなくてはいけない。

そこにこれからの町作りがある様な気がしています。

学生さんたちの思いとは少し違った話になったかなあ、そんな感じもしま
した。

もっと希望があって、ブータンのGNHの指標の様に広く知られているもの
があればいいのかも知れません。

「やずブータン村」をどう軌道に乗せて行くかは、これからの運営にかかっ
ています。

その中で自ら掲げる理念としての「幸福度」の指標が必要になってくるで
しょう。

今年もあと1ヶ月、この冬はお寺に籠って、来年度に向けて戦略を立てて
行こう。

そして「幸福度」の指標をもっと明確にして行かなくてはならない。
そしてそれを具体的な計画を立て行動して行く。

今日お話ししていて、そんなことを感じました。


明日は大学の学生さんがお寺に・・・。

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明日はお寺に大学の学生さんたちがお寺にやって来ます。

今晩はその会場準備を本堂でしておりました。

テーマは「幸福度」について。

「やずブータン村」の考える幸せとは・・・・。

そんなことを中心にお話ししようと思っています。

現在の学生さんたちは、福祉関係や環境問題、そして町おこしやボランティア
など、社会活動に関する研究テーマを持っています。

その研究の課外活動として来られます。

「やずブータン村まつり」のご縁で先生と接点ができました。

私の学生時代は30年前、世はバブル前夜と言う感じで、あまり社会問題の
ことを話す機会はなかったな。

先ず遊び、そしてバイト、サークル活動くらいだったかな。
学生には麻雀も流行ってたし、レンタルレコード屋が新しくできた時代。
まだ街にはコンビニさえない時代でした。

あれから30年、日本はどう変わったのでしょうか。

明日は、現代の大学生の方々の話しもいろいろ聞いてみたいと思っています。

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報恩講は心を大切にし、生活を整えて行くこと。

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私がご門徒さん宅に報恩講にお参りしたときは、こんな感じでお勤めします。

焼香 ~ 合掌 ~ 礼拝

鏧二音

「礼讃文」

『正信偈・念仏和讃六首引』

「御文章 聖人一流章」

「恩徳讃」

合掌 ~ 礼拝

これが光澤寺がご門徒さん宅でお勤めする報恩講式です。

すべてセットでおよそ30分かかります。
今まで一日で一番多かったときは10数件ありました。
おそらく『正信偈 念仏和讃六首引』を唱えたのは、一日16回が最高
だった様に記憶しています。

報恩講のときに、先祖のお経もお願いします。
と言われるお宅も結構あります。

そうすると、これに『阿弥陀経』がプラスされるので、お勤めは45分と
なります。

でも年に一度のことですから、できればゆっくりとお勤めしていただ
きたいと思っている。

浄土真宗のお宅では、報恩講をお勤めしなければ、お仏壇を置いて
いる意味がありません。
お盆やお彼岸には、浄土真宗はお勤めしなくても構いません。
でも報恩講は絶対なのですよ。

ご門徒さん宅で、報恩講をお勤めされない家もあります。
あまり先祖やお仏壇を大切にされなくなるのです。

でも、たとえ生活が苦しくても、年一回はお勤めをした方が良いです。
それは、生活を整えて行く最低限のことになるのです。

先祖やお仏壇を大切にされなくなった家は、やはり寂しくなって行く
事が多いと感じる。

それさえしなくなるとき、心の一線が崩れて行くのです。

絶対必要な生活の基盤であるのだと痛感しています。
そのとき良ければ良いと言った感覚では、もうその家の中心が無くなり、
家族の気持ちも離れて行くことになってしまう。

たとえお一人になられても、最後まで生き抜くことが大切なのです。
そして自分が見守られていると感じ、そしてそのことに感謝をする。

心の安らぐときです。

光澤寺のHPはこちら!






たまには家で赤ワインとディナーを楽しむ。

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今日は昼間に鳥取市内に出かけたので、ときどきワインを買いに寄る
酒屋さんを覗いてみました。

昨晩、今日の夕食を決めていた。
料理は僕が作る様になっていた。

シンプルだけどしっかり食べたい。
そしてたまには趣向を凝らしてワインを中心に料理を決めて行った。

ポイントは、レストランのまかない料理です。

僕が学生時代にバイトに行った、神戸の夜景の綺麗な六甲山のホテル。
そこでは仕事が終わると料理長がまかないで食事を出してくれた。

お客さんが帰り、すべてが終わると窓際の夜景の綺麗なテーブルに料理
を出してくれた。
そのときの肉と野菜を炒めてくれた料理を思い出した。

そこでワインの赤のフルボディ、カヴェルネにしよう。

あとはカニサラダ、コーンポタージュ、パンにチーズ。
そんな感じで食材を買ってくるように話した。

僕の担当はワイン。
お店に行くと、チリ産の良いワインがあった。
チリ産にしてはちょっと高級である。

牛肉はステーキ用を買ってきて、野菜はアスパラ・玉ねぎ・パプリカをニンニク
で炒める。
何となく、ホテルのまかない料理に似た味付けになった。

今日は自家製ではありますが、美味しいディナーになりました。

ワインもかなりいけました。

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ブータンのGNHから「やずブータン村」を考える。

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                           (少し前の写真です)
国民総幸福量の指標、GNH。

ブータン王国における指標である。

経済大国ではGDPと言われる国民総生産が一つの指標として
使われることが多い。

ある意味では、物質的な指標か心の豊かさの指標かと言った
ところでしょうか。

GDPでは日本が中国に超されたと言うことで話題になったことは
あるが、本当はそんなことはどうでもよい筈です。
国民の人口自体に大きなかい離があるし、現在は東南アジアの
経済発展が目覚ましい。
そんな中では、最終的にはGDPは人口によるものも大きな要因
になる。
たとえば韓国が発展したといっても、人口では日本とは大きく違い
ます。
いきおい海外にその活路を求めるしかないのですが、それは継続
できるものではありません。
そして国内には明確な格差が生じてしまうのです。
一部企業のエリートかスポーツ選手となって活躍するか、もしくは
芸能界に入るかといった選択になるでしょう。
そこには格差による国内問題が噴出します。
国内問題が噴出すると、政府は海外に敵を作るしか国民の目を
逸らす方法はありません。
まさに現在の中国や韓国の状態はそう言った面が強いのでしょう。

幸い日本は1億人を超える人口がいるため、内需比率が非常に
高い。
それが海外戦略で、中国や韓国に後れをとった最大要因でしょう。

それが少子高齢化によって日本の人口は急激に減少して行きます。
それは結果的に国力の低下を招くことになります。
現在の日本企業が、内需での競争激化に巻き込まれます。
結果、中国や韓国以外のアジアの国々に進出して行くことになります。

そんなとき、日本にとって有利なのは、やはり仏教国であるということ
です。
宗教的に仏教は宗教によって他国に侵略したことはほとんどありま
せん。
これが現在世界的に仏教が注目をあびている大きな要因です。
キリスト教やイスラームとの大きな違いはそこにあるのではと感じま
す。
そして東南アジアの国々は仏教国が多いのです。
タイ・スリランカ・ミャンマー・ラオス・ブータン・チベットなど。
そこには仏教が大きな精神的な支柱となっている。
そしてインドは宗教に寛容な国である。
インドのヒンドゥー教は日本の神道に少し似ています。
民族宗教であり、たくさんの神々がいると言うことではありますが。
そんなところにも日本が受け入れられやすい環境にあるでしょう。

たまたま日本には格差が少ない社会が形成されています。
そして誰にでもチャンスがある数少ない国家でしょう。

ただこれからの日本は大きく変わって行きます。
混とんとして行く社会に対して、GDPだけではない価値観の創出が
必要になって来るのです。

やずブータン村はそんなことを目指しています。
名前の由来はそこから来ています。

そんなとき、ある大学の先生から、その幸福度に関するお話しを聞く
ことができました。
東京都のある区ではその作業が進んでいるのだそうです。

これからもお話しを聞かせていただきながら、新しい社会の仕組みと
幸福度を考えて行けたらいいですね。

ブータン~東京~八頭。
そんな流れもいいかなあ。

国民の幸福度は都会も田舎も含めてのことでなければ進まない。

そしてブータン王国でもすべてが幸せと言うことではないと思います。
ただ国民を正しい幸せの道へと導くための指標であると思っています。
大切なものを忘れないためのものでしょう。

それは今の日本に通じる部分もたくさんあると思います。
そこにはやはりブータンの様に意志が必要なのでしょう。
多様な価値観の中でも・・・。

そんなことを師走になった、山里の八頭の地で思いめぐらせる。

報恩講で宅参りをしていて、その田舎の高齢者の方々と接していると
やっぱり皆さんには幸せに暮らしてもらいたいなあと思うのです。

もちろん私自身がこれから高齢者になって行くことも併せて。



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