宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2014年01月

椅子を置いてみる・・・宿坊の楽しみ。

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今日は椅子を見に出かけた。

僕は椅子が好きなのだと思う。
宿坊や本堂のあちこちにいろんな椅子を置いている。

椅子を見るだけでも意外と楽しみです。
何でこんなに椅子があるのかなと思う人もいるだろう。

でも椅子って安らぎと意外性には欠かせないものです。

お店で気になったら、つい見入ってしまう。
そして考える。
手に入れるかどうか、もし手に入れたらどこに置くのかを。

たくさん椅子やソファーはあるけど、高価なものは少ない。
椅子って気に入るものは中古ショップにあることが多いから。

新品だとお寺や宿坊になじまないのだ。
デザイン的にも価格的にも魅力的なものは、やはり中古ショップにある。
そして掘り出し物がある、なんでこんな価格なのってことが多いのです。

今日は気になっていた一人掛けのソファーとテーブルを見に行った。
ところがお目当てのものはもう売れていた。

店をうろうろしてると、この茶色の椅子が目に付いた。
結構いい感じ、おまけに安い。
さっそく手に入れて廊下に置いてみた。
思った以上にいい感じ、納得ですね。

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そして最近手に入れた椅子がある。
白い椅子です。
それは露天風呂の洗面兼脱衣所に置いている。
こちらも思った以上にしっくりくる。

宿坊をやっていての楽しみは自分の趣味を生かせることもある。
私のお寺は古さと新しさが同居している感じにしている。
それはただ思ったままに。

その方がお客さんも自然な感じがするかな。
ただ古さを求めて来られている訳ではないだろう。
自然の安らぎと、肩の凝らない雰囲気が大切だと思っている。

それに気を付けているのが清潔感です。
近代的でなくても、清潔感がやはり一番大切。
あとは、思いがけない物があると、それだけで心が楽しくなります。

そんなことを考えながら、思いつくままに庫裡のレイアウトをして行く。
多分これは一生かかってゆっくり作り上げて行くものだと思う。
10年後はまた全く違う顔になっているだろう。

それを想像するだけでも楽しいのです。
家と旅は、それを十分に楽しませてくれます。

どちらも決してお金を掛けたって良いものには出会えない。
ゆっくりと気に入った物だけ、そして意外性が楽しみを倍増させます。


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仏教にとって大切な事、それは「気づき」である。

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仏教にとって大切なのは「気づき」である。

何に気づくかといえば、やはり法である真理の言葉です。

ブッダが説いたこの真理に出遇うこと。

真理に出遇えたなら、心の持ち方が変わってくる。

心の持ち方が変われば、行動が変わる。

行動が変われば生き方が変わる。

生き方が変われば人生が変わって行くのです。

それが仏教と言うものではないかと考える。

仏教は因果律によって成り立つが、果から因を見つめて行く。
真理から今の私を見つめて行くのだ。

私にとって因とは、常に今の自分である。
つまり今の因が先の私の果となって顕れてくるのだ。

欲望は果てしなく続いて行く。

欲望を追うものに終着点はないのだ。

たとえばそのことに気づけば、生きる意味を問うことになる。

一体私と言う存在は何なんだろうか、どうしてここに私は存在するのか。

私はどこから来て、どこへ向かっているのか。

そこに生死を超えた道がある。

そのことに気づくこと。

浄土真宗の求めるものはその道であるだろう。

私を私として存在足らしめるもの。

そして私と言う存在が、何によって支えられているのか。

そのことに気づけば、私の生きる意味がある。



大寒の雪景色・・・若桜鉄道沿線の冬の楽しみ。

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現在は二十四節気の大寒である。

大寒とは字の如く、一年で最も寒い時期ということになる。
ただ今年の冬は、雪が少ない。
そして一月の山陰にしては好天の日が多い。

僕が子どもの頃は、1月~2月は晴れてもせいぜい一月に1~2日程度だった。
そして周りは冬中、雪に覆われていたのです。

でも今は雪はない、今日の気温は10℃を上回っているだろう。
それはそれで生活の上ではとても助かります。
ただ冬は寒くて雪があった方が良いという方も多いだろう。
それが商売であるなら、尚更である。

要は、雪が降っても寒くても、冬が楽しく過ごせれば良いのだと思う。
そんなことを昨年の冬からずっと考えている。
何となくその感覚が見えてきた、ただそれにはまだまだ時間がかかりそうである。

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冬の景色はとても美しいのです。
雪が降らない地方も多い、そして降り過ぎて大変だという地方もまた多い。
鳥取の若桜鉄道沿線は、十二月に必ず雪は降りますが、豪雪と言うほどでは
ない。
でも近くにはスキー場もあります。

そう言った面では、この雪を活かした方がいい。
都会の方にとって雪景色は楽しいもので美しく感じるでしょう。

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厳冬の雪景色の朝を散策するのもまたいいかもしれないな。
生活には不要でも、観光にはやはり雪があった方がいい。

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先日、鳥取市内から宿坊へ帰る途中。
夕方から雪になった。

雪が降るときは、標高や谷によって雨から雪に変わることがあります。
国道29号線の途中、山を見ると雪の境があった。
こんなこともあったりするので、この季節を味わうにはやはり一冬過ごしてみる
のもいい。

やっぱり冬には冬の楽しみがあるのだ。


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「男の隠れ家」の最新号はローカル線特集・・・宿坊光澤寺が紹介されました!

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ローカル線は全国各地にある。
元々は不採算路線でJRから切り離されたり、基本的には経営難の路線が
多いだろう。

私のお寺の近く、つまり宿坊の近くを、あるローカル線が走っている。
その鉄道を若桜鉄道と言う。
やはり元々はJRであったが、国鉄民営化のときに第三セクターになった。
万年赤字路線で、いつも廃止の危機にあった。

鉄道としても風景としても特長のない、忘れ去られたローカル線。
その分、線路や鉄橋そして駅舎は改修もされず手つかずで残っていた。
そして時代が過ぎると何と若桜鉄道のその線路と鉄橋と駅舎が有形文化財
に登録されたのです。
経営もメンテナンスと運行が別経営となり若桜鉄道は注目を浴びる。

昔から鉄道ファンは多いが、現在はローカル線ブームでもある。
地方の町おこしとしても、ローカル線は注目を浴びる。

昨年末、「男の隠れ家」という全国紙の雑誌社の方が宿坊光澤寺に取材に
来られました。
元々は、若桜鉄道の取材ですが、沿線にある宿坊ですし、若桜鉄道のイベ
ントでも宿坊で協力させていただいたご縁もあって、その中でご紹介します
とのことでした。

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ローカル線が注目を浴びても、それだけではやはり盛り上がらない。
関係する町が一緒になり、その沿線に魅力があってこそ、そのローカル線
も人を集める力ができる。

私は宿坊ですが、宿泊施設とイタリアン精進料理を提供しています。
今回の紹介がきっかけとなって、宿坊に泊まって若桜鉄道沿線を楽しむと
言う流れを作って行きたいと思う。

山里の原風景が残り、郷愁を誘う鉄道、そして宿坊に泊まってゆっくりと心
と身体を癒す、そんな旅がこれからは人気を集めるだろう。
豪華さと景色を売りにする高価な旅館やホテルもあるが、そうではない旅
もいい。

昔ながらの自然と鉄道とお寺。
実はこれが最強の観光資源である。
都会の方も、そんな場所に行きたいと思っておられるだろう。

私は若桜鉄道沿線を「やずブータン村」として、安らぎの空間を作って行き
たいと思っています。
おそらく10年後には、全国からたくさんの方々が訪れるようになっている。

今年は春から、光澤寺うどんも始めます。
みんながそこに行って食べたいと思う様な味にしたいですね。

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「法灯明 自灯明」連研補講に想う・・・。

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本日は、鳥取因幡組の第七期連研の補講でした。

必修科目を受講できなかった方へのフォロー研修ですが、それ以外にも
ご出席された方々もいらっしゃり、勉強熱心さに頭が下がります。

今日の研修は、「靖國」と「仏教」の二つのテーマで開催し、私は「仏教と
浄土真宗」というテーマで第二部を受け持ちました。

あまりにも大きなテーマですし、約45分間と言う時間でもありましたので、
仏教の基本的な考え方をお話ししました。
やはり基本的な仏教の立ち位置を確認しておくことは大切かなといつも
思っています。

そしてお釈迦様と阿弥陀如来の関係や、縁起と浄土真宗の関係など、
手短にお話ししましたが、少しでも頭に残ってくれたらいいなと思うことです。

写真のシーンは、お釈迦様が従者のアーナンダへの遺言のお話しです。
日本では「法灯明 自灯明」として語られることが多いものですが、やはり
ブッダとなられたとはいえお釈迦様も人間、いつか必ずこの世を去るとき
が来るのです。
それを嘆くアーナンダに対して、お釈迦様は優しく語りかけます。
「いつも私が話してきたじゃないか、いのちあるものは必ず終わりを迎え
るときが来る。」
「私は十分に教えを説いてきた、これからはその教え(法)を島として、そし
て自らを島として歩んで行くのだ。」

漢字では灯明と翻訳されていますが、原文では島となるようです。
インドで島と言えば、雨季の洪水のときでも、動物や人々のより所となって
決して流されることのないものとして、島の譬えが使われています。
決して流されることなく、法と自分を頼りに歩んで行けとお釈迦様は仰られ
ています。

僧侶にとって、この言葉はいつも自分を振り返るときに思う言葉であります。

補講の講師役をしながらも、いつも私自身が教えられているなと思うのです。
それはいったい誰にだろうか・・・。

お釈迦様か親鸞聖人か、多くの先達か・・・、やはり縁起の中に生きています。

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隣町、若桜町の町おこしで考える。

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昨日、私の宿坊のある隣町、若桜町の町おこし講演会に行って参りました。

午後三時からでしたが、40~50人くらいの方が集まっておられた。
若桜町おこし評議会の方々が中心となって開催された講演会です。

ご講師は、鳥取県日野町で「たたら」を中心に町おこしをされている杉原さん
と、そのたたらをテーマに「TATARA」という本を執筆された松本薫さんです。

現在、全国中の市町村で町おこしが盛んである。
何か町おこしの題材を見つけては、何とか中山間地の復興を果たそうとして
います。

この若桜町は、市町村合併のとき単独で生き残る道を選んだ。
鳥取県と兵庫県の県境にある雪深い町である。
昔は宿場町と杉の名産地として栄え、氷ノ山スキー場もある。
いわば豊かな山村であったのです、それが現在は人口も3700人くらいまで
減り、高齢化率も非常に高い。
スギ材も不景気でスキー場もブームが去って来客数が減っている。

ただこの若桜町には町おこしの材料は多い。
ご講師の方々も、若桜町にはいろんなものがあるなと驚かれてた。
その中心は何といっても若桜鉄道です。
そして宿場町やスキー場、棚田百選に選ばれた棚田、そして岩屋堂など。

町の存続を賭けて、皆が頑張っている。
でもたとえば材料がたくさんあって、逆にまとまることがないのだそうだ。
意識は何とかしなくてはということで一致している。
でもそれぞれの考えることが様々で、これということに一本にならないそう。

町おこしの難しさもまた改めて感じた次第です。

私の宿坊は隣の八頭町にあります。
また八頭町とは温度差があります。
そして八頭町事体は若桜町ほど危機感のない町でもあります。

私は若桜町と八頭町が一体となって沿線の町おこしをして行くのが良い
だろうと思う。
町単独ではやはり無理があるし、観光客をつなぎとめることが難しい。
もっと大局的に俯瞰した方が面白い発想ができるのではないかと・・・。

隣町の町おこしに接することでいろんなことを学ばせていただき、また感じ
ることができた一日でした。

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講演会の後は、皆で夜なべ談義。
この時も皆さんとても盛り上がっていました。
田舎の良さでもあるでしょう。

確かにこのときも皆さんがいろんな話しをされていた。
でも皆さんお考えがいろいろあり過ぎて、どこが中心か分かりづらい点も
ありますね。

逆に考えると、それだけ皆さんが熱心だと言うことなのでしょう。
中心となる方がいない町は困る、でも中心となる方が多い町にはその町
ならではの悩みもあるのかも知れない。



次の日曜日は連研の補講を開催します。

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            (第7期連研修了式 私のちょっとした失敗の写真)
今度の日曜日。

連研の補講を開催します。

鳥取因幡組の連研は、毎月一回(最終日曜日)で十二か月連続で
開催しています。
この十二回をワンクールにして、受講時間が本山の規定の36時間
をクリアしていれば終了となります。

その中で受講時間が足りない方、もしくは必修科目を受講されてい
ない方、もう少し講義を聞いてみたい方のために補講を実施してい
ます。

今回の補講は二科目で実施、その中で私はおさらいとして仏教全般
を中心に浄土真宗への流れを講義します。
あまりに大きなテーマですし、講義時間は1時間未満ですから、よほ
どテーマを絞るかサッと流すかのどちらかですね。
私は、テーマを絞ってサッと流すと言う両方のやり方でトライします。

仏教ですから縁起を話さないといけません。
その縁起の本質から、お釈迦さまから阿弥陀如来へと仏教の流れ
えおお話しし、それが浄土教へとつながり親鸞聖人の他力の教え
へとつなげて行きます。

歴史にして1700年、インドから日本へと、背景は壮大ですが話しは
コンパクトにと考えています。

やはり宗教を考える上では、その基盤となっている立ち位置を明確
に知っておく必要があります。
そのことを押さえた上で教義へと入って行った方が良い、そう感じて
います。

今年の7月からは、新しく第8期に入ります。
鳥取因幡組も若い世代の僧侶がいらっしゃるので、そろそろバトン
タッチの時期かなとも思います。

これからも連研が続きますように。



今年は名物「光澤寺うどん」を創る!

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今日の夜はゆっくりしていました。

そして借りてきていたビデオ「UDON」を見ていました。

では、その「UDON」に触発されて、うどんを創ろうと思たったかと言うと、
そうではない。
今年の四月で宿坊も三年目に入る、そう基礎作りの最後の年です。
私は宿坊を始めるとき、とにかく三年は頑張ってみようと考えた。

お客さんが来るかどうかは分からない、でも三年間とにかくやってみようと。
今までの約二年間は試行錯誤、でも一歩づつ前に進んでおこうと思った。

宿坊を始めるためにと言うよりも、お寺に入ったとき庫裡がとても傷んで
いた。
廊下をなおしたり屋根を修理したり、部屋も修理と片付けの連続でした。
何とか住めるようになったとき、宿坊を始めることにした。
各部屋の電器もすべて取り換えました、そしてカーテンンを付けたり、家具
を少しづつ揃えたり、エアコンも数台新たに取り付けた。
昨年は春に露天風呂を造った、これもかなり手作業で設計図もなかった。
そうお客さんからいただく宿代はすべて宿坊の投資に消えて行った。
それでもお寺と庫裏が多少でも居心地がよくなるようにとの願いからです。

では三年目は何をしようかと考えていた。
昨年の今ごろは実現性のない露天風呂のことばかり話していた。
今年は設備ではなく、新しい名物料理にすることにしたのです。

うどんはお寺に良く似合う、そして子供から年配の方まですべての人が好き
な食べ物です。
そして一年を通して食べられるから。

今までは、イタリアン精進料理が皆さんに好評でした。
季節毎に内容を変えることで季節のイタリアン精進料理とした。
次にはやはり名物の料理を創りたい。
それも手の込んだものではなくシンプルなもので極める。

行き着いたのが、私も好きなうどんでした。

名づけて「光澤寺うどん」。
ネーミングも意外としっくりくる。

それで話題は最初に戻って、ビデオの「UDON」をあらためて見直したと言う
わけなのです。
以前に面白かったので数回見た記憶があります、でも今回見直すとまた改め
て面白かった。
やはり重ねた歳と経験、そして思いによって感じ方は変わってくるんだな。

二月か三月には、本場の讃岐に行って、うどんの試食をしてくる予定。
本当は修行すれば良いのでしょうが、麺とだしをある程度決めてから、自分
で創りだして行こうと考えている。

メニューもシンプルに数品に絞り込むことにしています。

できれば今年の春から宿坊のメニューにうどんを加えて行きたい。
体験でのお昼も、イタリアン精進料理か光澤寺うどんセットから選んでいただ
ける様にします。

いつか、あの時食べた光澤寺うどんを食べに行きたいと思ってもらえる様な
味にしたい、ふるさとの味である。

今日見たビデオの「UDON」にもそんなことを話すシーンがあった。
今はなき宇高連絡船のデッキにあるうどん屋の話しです。
実は、宇高連絡船が廃止になる頃、僕は営業で四国を担当していました。
そして確かにフェリーに乗るとデッキに出てうどんを食べた。
瀬戸内海を見ながら食べるうどんは格別であった。
味と言うよりもその雰囲気と郷愁って感じだったのでしょう。

映画の中のその話は僕にはよく分かる。

最後のときにはドラを大きく打ち鳴らしていたのが思い出される。

もちろん味にもこだわりたいけど、やはりお寺や宿坊をイメージさせる感覚
が大切だな。

そんなことを考えながら、名物光澤寺うどんを世に送り出すぞ。
と心を奮い立たせるのです。

どうぞ皆さん楽しみにしていてください。

ご宿泊の方には、翌日のお昼に食べてもらうといいかも知れません。
宿坊でゆっくり過ごし、お昼を食べて出かけるのがいいかも知れませんね。

やっぱり宿坊光澤寺は、「心と身体に栄養を」ですから。


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冬の旅先では雪景色がいい・・・厳しさの中に美しさがある。

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                               (宿坊周辺の雪景色)
日本の冬を旅する。

そんなとき、やっぱり雪景色を見たくなるものだ。

宿坊の周辺は、山陰地区でも雪の多い場所です。

この時期は雪景色に覆われることが多い。

普段見慣れている僕でも、いまだにハッとさせられる美しい景色に出遇う。

そんなときは、やはり雪景色である。

厳しさの中に美しさがあるのです。

宿坊も寒いけれど、多少の寒さの中で過ごしてみるのもたまにはいい。

しんと静まり冷え込んだ本堂で読経をする。

ストーブにあたりながら写経や瞑想をしてみる。

コタツに入って、ゆっくり本を読んでみる。

冬用にシートで覆っている露天風呂でほっこりと温まる。

冬のお寺もまた捨てがたいものです。

寝るときには湯たんぽをあらかじめ布団に入れておきます。

自然の暖かさの中で眠ることができる。

今年の冬は、宿坊も少しは冬を楽しめるようになってきた。

そんな気がします。

皆さんも冬の宿坊に行ってみませんか。


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ベタ踏み坂を行く! 観光名所と町おこし。

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鳥取県と島根県の境に中海がある。

その中海にある島、島根県八束町の島を大根島と言う。
ここに中村元記念館があるのだが、そこを抜けて鳥取県側に入るとき、そこ
には橋が架かっている。

その橋は、短い距離で高低差を出すために急激な上り坂になっているのだ。
この橋の坂を、通称「ベタ踏み坂」と言うのだそうだ。

最近、ダイハツのタントのCMで一躍脚光を浴びていて、皆さんココを通りた
がる。
豊川悦治が、ドライバーに「どうだ、ベタ踏みだろ?」と聞くCMです。

以前に会社員をしていたとき松江にいたことがある。
そのときはまだこの橋はありませんでした。

この橋の下は、中海になっていて、境港を通って日本海に抜ける船が通る。
その為、以前は船が通るたびに橋がゆっくりと真中で割れる様に、跳ねて
いました。
跳ね橋だったのです。
船が通ると30分くらい待つこともあった、松江から境港への近道なのだが、
営業で急いでいるときなどは、とにかく船が通らないことを祈っていた。

今ではこの橋があるので、心配しなくていい。
おまけに観光名所の一つにさえなっているのだ。

この橋を渡って5分も走ると、そこには「水木しげるロード」がある。
そう言った面では、この橋も面白い存在になっているのだ。

もしかすると完成したときには、地元から批判があったかも知れない。
もちろん観光名所になるなどとは思ってもみなかったでしょう。

世の中何が幸いするか分からないものである。

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境港の街中に水木しげるロードがある。
平日の午前中、観光客もまばら、土産物店の店員が手持無沙汰って感じ。

歩いてると、目玉おやじの像があった。
ちょうど雨上がり、本当にお湯に浸かってるって雰囲気でした。

ゲゲゲの鬼太郎って、主人公の鬼太郎よりも、ねずみ男や目玉おやじを
中心とした脇役に人気がある。
後は一反もめんとか・・・。
それが人気が長続きしてる理由でしょう。

町おこしや寺おこし、やっぱり他の真似をしたり、同じパターンでやっても
ダメだろうって思う。
意識しないでゆっくりとゆっくと作り上げていくことが大切だ。

水木しげるロードもできてから20年以上経つのである。
最初の頃は、近くにある飲み屋街で飲んだ人が酔っぱらってよく像を壊し
たってニュースによく出ていたことを思います。

いろんな紆余曲折があって、辛抱強く続けた結果が今になっているのです。

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目玉おやじさんも、いい湯だなって!


中村元記念館に行ってきました。

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昨日は江津市で研修会に出席した。
その夜はさすがに一気に鳥取まで戻るのはしんどかったので、松江に一泊
することにした。

そして21日は、松江から大根島を通って境港に抜けることに。
松江は以前会社員をしていたとき、支店長として4年間暮らしたことがある。
懐かしさもあるが、夜の松江を歩いていると、街の感じは変わったような気
がします。

朝、八束町の通称大根島を抜けるとき、中村元記念館の横を通る。
私は気づかずに通り過ぎようとしたのだが、一緒に乗っていた坊守が、中村
元記念館があったと言った。
山陰教区の寺族婦人会の研修でここに来る予定があり、それで名前を知っ
ていたのです。
僕は、前から中村元記念館ができたことを知っていて、いつか行きたいと
思っていたのですが、実は松江市内にあるものと思い違いをしていた。

中村元氏は島根県の松江市のご出身である。
島根県からは仏教や浄土真宗に関わる方が出られる土地柄なのでしょうか。

えっと驚いて、あわててUターンをしました。

記念館は、旧八束町役場の二階にあった。
それほど規模は大きくはなく展示品も少ない。
ただ、中村元氏といえば日本の近代の仏教界においての巨星である。
日本の仏教史や仏教学は中村氏から大きく変わって行ったのです。
それほどの影響力のある方の記念館としては、やや質素である。

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でも仏教学やインド仏教史に興味のある私にとっては、そんな質素な記念館
でもとても興味深いのです。

入場料も無料でした。

なんとなくその空気に触れるだけでも楽しい時間でした。
ただ、あまり仏教に詳しくない方や興味のない方にとっては、何の感想もない
記念館であるでしょう。

館内ではビデオの上映もされていた。
そこで中村氏が仏教のことを話されていましたが、私がいつも宿坊に来られた
方にお話ししている仏教の話しとほぼ同じような内容を語っておられた。
そんなときに自分自身の仏教の見方を確認できるのも有り難いのです。
自分自身の考えをお話しするのだが、中村先生のお話しと同じであれば、私
の話すことも間違いないなと思うのです。

入場料の代わりとして、中村元氏の著書を二冊買ってみた。
またゆっくり読んでみます。

私が仏教の空を学ぶとき、じっくり読んだのが中村元氏が中心となって編纂
された「ナーガールジュナ」でした。
結構難しい内容でしたが、当時のインドにおける中観派の流れや日本におけ
る空と釈尊の縁起の違い等大変参考になったのを覚えています。

とにかくインド仏教を学ぶには中村元氏の著作は欠かせないものですね。

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江津組実践運動研修会の講師を!

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先週のある日の朝電話があり、来週の20日に島根県の江津市の
研修会に講師として行ってほしいとの連絡がありました。

もう一週間もないのだが、予定していた講師が都合がどうしてもつか
なくなったとのことで、ピンチヒッターとしてでした。
せっかく私にご連絡をいただいたのだからと、「はい、いいですよ」と
とりあえず返事をした。

研修の内容は西本願寺で推進している「実践運動」についてというこ
とでした。
私は実践運動の推進役をしている訳ではありませんが、私に講師を
ということですから、現在お寺で行っている活動を中心に、お寺が抱え
ている問題にどう取り組んで行くかということを話すしかないと考えた。

前日までに資料を作成し、20日の朝は7時にお寺を出た。
同じ山陰教区とは言え、距離で言えばおそらく250km以上はあるで
しょう。
ただどちらも過疎化と高齢化という同じ問題を抱えていると考えた。

研修会は1時半からでしたが、1時前に会場の寺院に到着。
とても立派なお寺さんです。
今回の研修の参加者は江津組の寺院のご住職の方々だという。
私の様に住職になってまだ3年も経っていない若輩が、諸先輩方へ
お話しするのですから、逆に僧侶として経験の浅い分、自分が僧侶
の道を選ぶきっかけや、お寺で現在活動していること、そしてこれから
お寺が目指していることをそのまま話しました。

70分程度の講義と、休憩をはさんで約1時間くらい感想や質疑応答
となりました。
普段の研修会は、難しい教義や本山からの堅い話しが多いのでしょう。
私の話しは身近であり、新しい取り組みと感じられたのでしょうか、皆さ
ん暖かい雰囲気で聞いてくださいました。

ピンチヒッターと言うこともあって、当初の目的とは少し違う内容になった
と思いますが、感想や質疑応答も次から次へと続きました。
これほど質疑応答の多い研修会もなかった。

お寺としてこれから取り組んで行かなくてはならない、身近な問題が実は
実践運動につながって行くのだと改めて感じたことです。

今回の研修会は、ご門徒さん向けではなく住職の方々へという大変貴重
な経験をさせていただきました。

江津組の諸先輩のご住職方々に深く御礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

会場の寺院の手前に道の駅があります。
その道の駅で情報収集も少しして行きました。
すると、江津市は亡くなられた映画監督の松林宗恵さんのご出身地で、
記念館もあるそうだ。

私が30代のとき、浄土真宗に興味を覚えるきっかけとなったことに、当時
プレジデントという雑誌の対談がありました。
その対談は、松林宗恵さんと当時龍谷大学の学長であった千葉乗隆先生
でした。
千葉先生は作家の五木寛之さんの師でもあります。
その雑誌のそのときの特集は親鸞聖人でした。
五木寛之さんもそのとき文章を載せておられました、その頃より親鸞聖人
に関する本をたくさん出されるのです。
そんな記憶もよみがえり、そのことから今回の研修の話しを始めることが
できました。

その対談の中でお二人が浄土真宗の信心についてお話しされる場所が
あります。
千葉先生は、浄土真宗の信心について、柿が熟す様なものだと仰られて
いました。
柿はいつ熟して甘くなるのかは行く分らない、でも少しづつ少しづつ熟して
行くのだと仰られていた。
松林監督は、ご自分の経験を踏まえて、親鸞聖人の教えはブーメランの
様なものだと譬えられていた。
自分では遠くに遠ざかっているように思えるときもある、でもまたその教え
に戻ってきていたと気づくのだと・・・。

このお二人のお話しは、私の経験を通してみても、なるほどなあと思える
のです。

私もその様な歳になってきたのかなと感じることもあります。

尊いご縁、有り難くも大切にして行きたいと思うことでもあります。

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さあ出発、早朝の光澤寺周辺-3℃、凍てついています。


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宿坊のステンドグラスにも雪が・・・。

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宿坊の窓の二ヶ所にステンドグラスをはめています。

どちらの窓も、いつもはあまり雨や雪が当たらない場所です。
でも昨晩の雪は多少吹雪いたのでしょう。

ステンドグラスの窓に雪が積もっていた。

気温もかなり下がっていて、今年一番の冷え込みだったかもしれない。
雷もかなり鳴っていた。

鳥取ではこの雷を、「雪おこし」と呼びます。
冬の気圧が不安定な時に雷が鳴ります。
そうすると大雪になる可能性があるのです。

幸い、今朝はお寺の周辺の積雪は20cm強と言った感じ。
大雪にならずにすみました。

この周辺で大雪と言うと、やはり50cm以上積もったときだろうか。

日曜日は、姪のピアノコンクールの日です。
発表を見に来てほしいと言われています。

除雪作業と、カチカチに凍った車をとにかく出さないといけない。
雪で行けなかったとは言えないのです。

とにかく朝早く、車を動かすことに専念。

何とかお寺の前を出発しました。
道まで出ると、そこはすべて除雪してあるので、心配は要りません。
でもさすがに国道も、道路は凍結していました。

こんなときは、とにかくブレーキを踏まない事だけが全てです。
どんな状況になっても車を止められるスピードと車間距離をとることですね。

無事に到着し、姪のピアノの発表をゆっくりと鑑賞することができました。

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雪の年忌法要・・・過ぎて行く季節に心を落ち着かせる。

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昼過ぎまでは雨だった。

2時からお参りの方の準備をしていると、少し冷え込んできたのが分かった。
ちょうどお参りに来られた頃には、みぞれから雪に変わった。

今日明日と、この周辺には暴風雪の予報です。

お参りに来られた方は県外から戻られた方の様です。
年忌法要のご確認をさせていただいたとき、「平成二年だとどうなりますか?」
とお話しがあった。
持たれていたネットで調べられた資料には、二十三回忌と二十七回忌とあった。

浄土真宗では一般的に、二十五回忌になりますよ。
平成二年だと今年が丁度その歳になります、とお話しさせていただいた。
命日まで二週間ほどでしたので、ご縁がつながりました。

お義母さんの三回忌、そしてご主人の二十五回忌。
お二人の法要をお勤めさせていただくことになった。

お寺や宗派によって年忌法要の年数が変わることがある。
どちらが正しいと言うことはありませんが、浄土真宗では一般的に、一周忌・
三回忌・七回忌・十三回忌・十七回忌・二十五回忌・三十三回忌・五十回忌と
することが多いです。
他の宗派より年忌法要は少ないと思います。
ただこの辺りの他宗派のお寺さんは、三回忌か七回忌くらいすると後の法要は
もうしないと言ったところもあります。
いくら年忌法要の回数が多くても、それをお勤めしないなら意味がないなとも思っ
たりします。
ただお墓に立てる塔婆があるのでそれでいいと友人は言っていた。
さてお墓に立てる塔婆だけで一体何の意味があるのか・・・な。

「仏説無量寿経」、「仏説観無量寿経」、「仏説阿弥陀経」
浄土三部経を読誦させていただいた。
本堂は冷え込んで底冷えしていたが、ストーブを二つご用意した。
お参りの方には膝掛もあるので、それほど寒くはなかったかな。

少し長い読経でしたが、三回忌を終えると少し時間が空きます。

心を落ちかせてゆっくりと時間が過ぎる。

仏さまとのご縁がつながる時間。

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お参りの方が帰られてから少し経つと、境内にも雪が薄らと積もっていた。
雷の音も時々聞こえる。

今日はまだ積雪もなかったので、お参りには問題ありませんでした。

もう少し春まではかかるかな、でもあと一か月もすると春の香りがするだろう。
これから大寒を迎えるが、それでも過ぎて行く冬も感じます。

そして私も少し歳を重ねているのだ。

浄土真宗と実践運動

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現在、浄土真宗の本願寺派では実践運動を展開しています。
教区や組、そして各寺院でそれぞれ目標を決めて実践するのです。

特に本願寺派では、実践ということが重要視されているのでしょうか。
たとえば龍谷大学の大学院にも、実践真宗学という専門課程がある。
ここ数年の間にできた新しい学科である。

仏教においては、従来どちらかと言うと実践と言う意識が少なかった。
これは檀家制度において、葬儀と法事などが重要視されていたから
だと思われます。
と言うよりも、それさえやっておればお寺は運営できたからでしょう。

寺院活動においても、お寺と言うよりも教区や組の活動が中心と言っ
た面もあったかも知れません。

浄土真宗においては、その教義の中心が他力であるため、なおさら
実践と言うことに遠ざかっていたのかも知れません。

ところで、宗派や寺院にとって実践とは何なのでしょうか。
私が思うところでは、現代社会の問題に取り組むことであろうと考え
ています。
それも寺院や僧侶が直接かかわる問題、もしくは関わらなくてはいけ
ない問題。
それには、いのちの問題、ターミナルケア、少子高齢化における高齢者
の独居化、介護、子どもの健全な育成など思いつくだけでもたくさんあり
ます。
また社会的には精神的なダメージを受ける場合もある。
そして災害などのボランティア活動もそうでしょう。
それらに対して何か僧侶ができることはあるのか。
ただ本来は、それらはお寺ですでにやっていると言うところもあるでしょう。
それとは別に、お寺にはそんなことを期待していないと言うこともある。

現代は、表面上では葬儀やお寺離れが進んでいると言われることが多い。
その様な危機感の中で、お寺や僧侶がこれからどう取り組んで行くのかが
試されているのでしょう。

社会との接点を見出して行く、それが実践運動だと考えます。

これは本山の推進と言うよりも、個々の寺院や僧侶が真剣に取り組んで
行かなくてはならないことでしょう。
それには、先ず動き出すことが何よりも大切だと思います。

それぞれのお寺、それぞれの僧侶によって、その目標はすべて変わるはず
です。
他の成功事例などまったく当てにならない。
とにかく自分で考えるしかありません。




浄土真宗の僧侶になるには14・・・僧侶になるためのルート選択

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一月も中旬になった。
この時期は今後の進路を決める時期でもある。

僧侶になることも視野に入れておられる方もいるかも知れない。

そんなとき浄土真宗の僧侶なら簡単になれるのではと考えておられる方が
いらっしゃるかも知れません。

でも一概に僧侶になると言っても、様々な僧侶がいます。

もし僧侶になりたいとお思いであれば、そのときにどんな僧侶になりたいか
を考えてから進路を決めた方が良い。
でなければ、必ずあとで後悔することとなります。

現在、浄土真宗の本願寺派(通称:西本願寺)の僧侶のハードルは高くなり
つつあります。
そして本願寺派には様々な資格があるので、その資格を取得して行くことも
大変な作業になります。
これから数年のうちにさらにそのハードルは高くなるでしょう。

たとえば、高校を卒業して、もしくは一般の大学を卒業して僧侶の道を目指
すとする。
もしその目指す目標が高いとすると、相当な年数とそれにかかわるお金も
かなりの金額になります。

もしあなたが浄土真宗の僧侶になろうと考えるなら、以下のルートがある。

①龍谷大学に進学し、仏教学科や真宗学科に入る。
②中央仏教学院に進む。
③行信教校に進む。
④広島仏教学院や東京仏教学院に進む。
⑤中央仏教学院の通信教育で専修課程を受講する。

以上が一般的なルートですね。
もちろんそれ以外にもありますが、本格的な僧侶を目指すのでしたら、この
いづれかのルートを選択することになります。

それぞれに得意分野があったり、学費や年数に違いがあるので、どこが良い
かはそれぞれの状況に寄ります。

もし費用的な問題であれば、④のうちの広島仏教学院が良いと思います。
この広島には真宗学寮もあるので、徹底的に浄土真宗の教義が学べるうえ
に、費用的な面では一番安いのではないかと思います。
ただ本当に勉強するつもりがなければ、かなりしんどいとは思いますが。

それ以外にも様々なクリアしておくべき問題がありますので、もし浄土真宗の
僧侶になりたいのでしたら、たくさん情報を集めて進路をしっかりと見据えて
置いた方が絶対に良いですね。

僧侶は決してもうかるものではありません。
そして決して楽な道でもないと思います。

もしご相談等があれば下記のHPからお問合せいただければ、私の分かる
範囲でお答えいたします。

光澤寺のHPはこちら!


ときにはふっと旅に出たくなる・・・そんなときは宿坊光澤寺がいい。

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人はときどき、ふっと旅に出てみたいと思うときがある。

そんなときは、何かを心が求めているのかも知れない。

とりあえず一人で旅に出る。

当てがある様なない様な、そんな感じではないか。

どこかに行ってみたい。

何かを食べてみたい。

誰かに会ってみたい。

あまり近すぎず、でも遠すぎても行けない。

そんなときは宿坊に泊まってみるのがいい。

宿坊光澤寺は女性も男性も、一人旅の方が多く訪れます。

街中の喧騒を離れてみる。

でも誰も住んでいないような寂しい場所だと、ちょっと孤独が増す。

宿坊でも、ただの旅館の延長ではつまらない。

体験ができたり読経したり。

少し心を解き放ち、整えて行くことができる場所。

普段は読まない様な本を読んでみる、誰にも気兼ねせずに。

そして自然の中に身と心を置いてみる。

そんなとき、さっと心の中を何かが通り抜ける。

今までこだわっていたものが、心を吹き抜けて行く。

そんな感じがするかもしれない。

一人旅でも、誰とも触れ合わないのはちょっと寂しい。

宿坊光澤寺なら、ゆっくりと話しができます。

いつもなら話さない事でも気軽に話すことができる。

そしてまた日常へと戻って行く。

心にも休息と栄養が必要なんだな、そう感じる。

ちょっと心を休めたいとき、そんなときに丁度いい。

宿坊光澤寺はそんな場所を目指しています。

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宿坊光澤寺のHPはこちら!

心のコンパス・・・いつも人生は未知との遭遇

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生きてるだけでいいじゃない。

今、生きてるってことが分れば。

でも生きてるときはそれを感じていないんだ。

だから生きてることに気づけばそれでいい。

じゃあ生きるってどんなこと。

それはいのちが生まれて死ぬまでの時間。

そう、いつか死ぬいのちを生きている。

それは限りあるいのち。

限りあるいのちに気づくことが、生きているということを僕に教えてくれる。

今のいのちを知ることは今生きているってこと。

だったら、そのいのちをどう生きて行くのか。

それを決めるのは今の自分。

いつもそう、それを決めるのはいつも今の自分なのだ。

じゃあどっちを向いて生きて行くのか。

何を頼りに生きて行くのか。

それを決めるのは、すべて心だ。

ではその心をどう整えて行くのか。

その答えは宗教にある。

そして仏教ある。

私にはお釈迦様と親鸞聖人がいる。

宗教とはそんなものなのかな。

この前見た映画でこんなことを言っていた。

「心のコンパス」ってこと。

それに対して、コンパスは方向は指し示してくれる。
でも途中にある、沼や谷や崖のことは教えてくれない。

沼や谷や崖をどう乗り越えて行くのか。

そこに宗教の意味があるのかも知れない。

いつも人生は未知との遭遇であるのです。

なぜなら、今のいのちは一度しかないから。

じっと春を待つ・・・金魚の気持ち

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今朝は薄日が差していた。
池の水も凍ってはいるが、冷え込みは昨日よりは厳しくない様に感じる。

池の氷の下では金魚がじっとしていた。
ふと、金魚は夏と冬とどっちが好きなんだろうかと考えた。

夏は元気よく泳いでいるし、食欲も旺盛である。
エサを与えると皆が一斉に集まって来る。

逆に冬はエサもほとんど食べない。
動きもほとんどなく半分冬眠をしているようでもある。
基本、動物は暑いときが好きなんだろうと想像するのだけど、実はそう
でなかったりするかも知れない。
冬は動きが無い分、競争も少ないのです。

金魚の様にエサもあまり食べなくて良ければ、安全な冬が好きなものも
いるかも知れないな。

ただ氷の下でじっとしている金魚はい如何にも寒そうである。
ただじっと春が来るのを待っているのかも知れない。

お寺に戻ってから池に金魚を入れてからまる3年になるかな。
でも寒さで死ぬ金魚はほとんどいない、きっと寒さには強いのだろう。

今年の五月ころにはまたたくさんの稚魚が生れる。
池もますます賑やかになる。

そして宿坊へ来られる方の癒しの存在でもあるのです。


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「幸せについて考える」・・・やずブータン村

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今年の「やずブータン村」のテーマは、幸せについて考える。

そんなことを思っています。

一昨年の秋に「やずブータン村」発足をした。
そして昨年秋には「第一回やずブータン村まつり」を開催。

ただ、具体的に何を活動しているかと言うと、まだ何も始まっていない
のです。
それは、八頭と言うエリアを幸せな場所にしたいとの思いで始めたの
だけど、具体的に何かを始めるというスタートではなかったからです。
実はNPOを始めるとき、何かをテーマにすることが多いと思います。
もちろん目的が明確なら良いですが、逆にそのテーマに枠をはめられ
てしまうと言うことがあるとも思っています。

特に幸せということは人によってその捉え方が違う。
だからスタートはあまり枠をはめないで、どうしたら幸せになれるのかを
模索している最中なのだと言うことです。

そんな中で一番の思いは、日本の山里の原風景を目指すこと。
特別な自然ではなく、普通の中に豊かな自然を感じられる場所がいい。

そこで何ができるのか。

今年は、「幸せについて」いろいろと話しをして行きたいと思っています。

ブータンGNHの様な基準はないけれど、とにかく自分たちの幸せを考え
てみようということ。
そこから今年の「やずブータン村」は始まります。

それぞれ一人一人の幸せを聞いてみる。
枠がないので、それぞれの幸せを実現して行くことができるのでは。

バラバラの様で、でもその先にある幸せはいつか共有できるものがある
んじゃないかとも思っています。

1月~2月は鳥取は雪国です。
でも雪国の良さは、その期間はゆっくり考えることができる時間でもあり
ます。
経済活動は続いていても、ちょっとした休息期間でもあるのです。

3月の雪融けを心待ちにしながらも、大切な時間でもあるのです。

親鸞聖人も越後の冬は、そんな時間ではなかったのかな。

雪深い中で農作業のない時間。

ゆっくりと考え、ゆっくりと話し合う。

冬の厳しい日本海を見ることもあったでしょう。

その眼の先に見えていたのは、きっとすべての人々の救いだったのです。



宿坊での出遇いに感謝し、また次へと進める・・・。

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このブログを始めたのは、今からちょうど二年前です。

会社員を辞めると決めお寺に戻ることを決意した。
今から10年くらい前のことです。
そのころ東京では仏教の新しい動きが始まっていた。
お寺に戻る以上は、従来のお寺ではない何かを始めたいと考えていた。

地方の過疎化の進む地域では予想外に厳しい現実があった。
お寺の将来はおろか、自分の生活でさえ先が見えない状況でした。
これは地域や檀家さんの支えとなることは、とても難しいと・・・。

先ずはできるだけ僧侶としての自分を磨くことを考えた。
何よりもそれが基本である。
そして先ず最初に始めたことは、当時荒れ果てて檀家さんも寄りつか
無くなっていたお寺を片づけることからでした。
本堂も境内も庫裡もまさにゴミ屋敷と化していた。
とにかく徹底的に片づけた、最初の一年間はそのことに費やすくらい。

そして住職を継職することが決まったとき、宿坊を始めようと思い立つ。
まったく根拠もなく、準備も何もどうして良いか分からないけど、とにかく
宿坊を始めると言うことだけが頭にありました。

でもこんな何もない山の中のお寺で、まったく知られていないどころか、
檀家さんでさえ寄り付かないお寺に、果たして誰か来てくれるのだろうか。
でも何かを始めなければ何も変わらない。

宿坊を始めることだけを決めると、まず最初に取り組んだのがホーム
ページでした。
でもいくらホームページを作っても、誰も訪問してくれなければ意味がない。
すこしでも多くの人に来ていただきたいと、ブログも少しだけ遅れて書き
始めた。

まったく宣伝もせず、まったく誰も知らないというところから始まった。
檀家さんには事前に伝えましたが、誰も無関心でした。
おそらく何のことかさっぱり分からない、もし分かる方がいても、そんな
ことしても誰も来ないだろうと思っていたと思います。

旅館でもなく宿坊がやはり正解でした。
観光地ではないので、毎日人が訪れると言うことはない。
でも、この宿坊を探し出して、この宿坊に来られる事だけを目的にされ
ている人が多い。

女性の一人旅が一番多いです。
でも最近は男性の一人旅の方も増えてきました。
ご夫婦で来られたり、ご家族やグループで来られたり。
そして団体の方を受け入れることも年に数回あります。
この年末年始には、コロンビアの方々も。
外国人の方だけで来られたのは初めてのことでした。

そして皆さんが体験をされ、お経も一緒に唱えられることが多い。

心の安らぎや心を整えると言った感じでしょうか。

自分自身にスイッチを入れるため、そして悩みの相談もあったりします。

この宿坊に来られた女性の方で、最近結婚されたり決まった方がかなり
いらっしゃいます。
縁結びで来られたわけではないですが、心を後押しするものがあるのか
も知れません。
それは私にとってもとても嬉しいことです。
そしてこの宿坊に来られた方は、その後活躍されている方も多いですね。
それはこの宿坊と言うよりも、ここに来られて何かを感じ取ろうとされてい
る心がそうさせているのだと思います。

昨年は鳥取の方の日帰り体験にもたくさんの方々がおいで下さいました。

お一人お一人、とても印象深く心に残っています。
そんなとき宿坊を始めて良かったなと思えるときです。

昨年は露天風呂を造り、たくさんの方に入っていただいた。

さて、今年もさらに宿坊の魅力を高めて行くために・・・。

名物料理もちょっと考えています。
あの宿坊に行けば食べられるというのも、ちょっとした魅力になります。

ぜひ今年の宿坊光澤寺においで下さい、心より歓迎いたします。


宿坊光澤寺のHPはこちら!


報恩講が終わりました

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浄土真宗にとって一番大切な法要、それは何といっても報恩講です。

宗祖親鸞聖人の恩に感謝をする大切な法要です。

西本願寺と東本願寺では報恩講の御正忌の日にちが違います。
西は1月16日、東は11月29日である。

御正忌とは親鸞聖人のご命日ですから、本来は日にちが違うと言うことは
ありえないのですが、長年の慣習でそうなっている。

要は、旧暦と新暦で日にちを違えていると言うこと。

本当のご命日は1月16日の寒い冬である。

私のお寺では、ご門徒さんの宅参りは報恩講だけです。
お盆はすべてのお宅にお参りすると言うことはない。

1月16日に向けて、11月に入った頃から順にお宅にお参りする。
報恩講と先祖の経を一緒にお勤めされる家も多い。

毎年のことですが、11月の最初の頃はまだ始まったばかり。
先は長いと思うのだが、1月になるともう件数は多くない。

そして今日、おそらく最後になるお宅にお参りした。
最近は報恩講をお勤めされない家もあります。

これから雪国の鳥取では、1月~3月の彼岸の頃まではゆっくりとした
時間が過ぎて行きます。

寒さも厳しくなり雪も積もる。

今年は宿坊を始めてから3年目を4月に迎える。
こちらも次の段階へと進んで行かなくてはならないと思っています。

昨年の今ごろは露天風呂を造ろうと思っていた。
まだ計画だけの段階で先は見えなかった。
でもとにかく造ると決めていた。
周りは半信半疑でしたが・・・。

毎年少しづつでも前に進んでおくことが大切だなと、あらためて新年に
思うことです。


たしきたかじんさん往く!

今日初めて知りました。
たかんじんさんが亡くなったと。

僧侶としていろんな方の葬儀を見てきましたが、全く関係のない方の
ことを感じることは少ない。

今から約32年前くらいでしょうか。
学生時代に友人からコンサート行かへんと誘われた。
誰の?って聞いた覚えがあります。

「やしきたかじん」って言うらしいで。

「知らんなあ!」

友人は機動戦士ガンダムのファンでプラモデルを探しては買っていた。
押入れにはそのプラモデルがいっぱいだった。

機動戦士ガンダムの劇場版の主題歌を歌ってんねん。
それは「砂の十字架」だった。
ご本人は汚点だと言っていたらしい。

会場は大阪の御堂会館。
実は友人の知り合いに、チケットが捌けないので、無料でもいいから来て
下さいと頼まれたのです。
今から考えれば贅沢な話しでした。

たかじんさんは龍谷大学中退だと言う。
学生時代に祇園のクラブで歌い始めたとか。

会社員時代は、カラオケでは「あんた」と「やっぱすきやねん」が定番でした。
20代のとき、恋の告白で歌ったこともありました。

30代、転職後の転勤先で「東京」と言う歌を知りました。
なぜか東京。

関西を代表するとき、この「東京」というフレーズが出てくる。
「大阪で生まれた女」にも。
東京へはようついて行かん・・・。
大阪って東京を意識してるんやけど、やっぱり大阪が好きって思ってる。
でも成功するんやったら東京にいかなアカン。
「王将」でもそうだった。

コンサートに誘ってくれた友人も、関西の最大手のアパレル会社に就職し
てた。
でも30代のとき転職し、今は東京で今を時めくアパレル企業の役員とな
っている。
転職するときヘッドハンティングされていた、そして「これからはアパレル
も時代が変わる」とも言っていた。
そのときのその企業は、まだ地方企業の色が濃かった頃。
実際に、それからその会社は一気に上り詰めて行き、いまでは世界的な
マーケット戦略を展開している。
ストックオプションも相当なものになっているだろうな。

あれから20年経った。

早かった、時代も大きく変わった気がする。

学生時代と会社員時代を合わせて10年くらい関西に住んだことがある。

やしきたかじんさんという方は関西の宝というのは分かる気がします。

今日TVの情報番組を見ていたら、皆さんがご冥福を祈られていました。

私はコンサートを一度見に行っただけで、面識はありません。

でも浄土真宗なら、「いつかまたお浄土で」となるのかな。
冥福と言う言葉は使いませんから。

人ってやっぱりいつか死ぬんやな。

そう感じさせられた・・・。

みんないつか・・・、間違いなく・・・、早いか遅いか。

だからこそ、そこからの世界が開けているかどうかって、大切な問題なの
です。

また、いつか・・・、必ず。


合掌


国旗について感じたこと

先日コロンビアの方々が宿坊に来られたとき、国の紹介をされた。
国のことをいろいろ聞いて行く中で、国旗と国歌の話しをされた。
それぞれが、国旗と国歌のことを誇りに思われていた。
 コロンビアの国旗は三色である。
黄色と青と赤。黄色は黄金の色、コロンビアは黄金の国であるのだそうだ。
今でも、山中にある湖の深くに多くの黄金が眠ると言う伝説があると言う。
スペインが侵略した目的でもあった。
青は海の色、コロンビアは南米大陸の付け根に位置する。
東はカリブ海(大西洋)、西は太平洋に面している。パナマ運河は、元々は
コロンビア領であったそうである。
そして赤、それは血を意味する。スペインからの独立のときに流された人々
のt血であるのだそうだ。
それぞれの思いが国旗に込められている。
そして国家を歌うときは、皆の心が昂ぶるのである。

幸いにも日本は古くからの独立国であった。
その歴史は古く外国からの侵略もほとんど受けていない。
島国であり、極東に位置すると言う地政学的な面でも、恩恵を受けている。
その分、国家的な意識がどこか曖昧である。国旗も国歌も、その歴史の中で
いつのまにか決められていたと言った感がしないでもない。
私の記憶では、日本の国旗や国歌のいわれを学校でしっかりと学んだことは
ない。
何となく日の丸、何となく君が代なのだ。逆にそのことを避けてきているのかも
知れません。
何となく日本人には、国旗を見たり国歌を聞いたりして見ても高揚感がない。
 歌に関しては、君が代よりも「ふるさと」の方がなじみがあったりする。
このことは国家として、他の国ほど苦しみを受けていないことの表れなのか。
 そんなことを、話しを聞きながらつらつらと考えていた。
さてそんな日本は、これからどこへ進もうとしているのかな。

あるビジネスマンの年始の思い・・・仏教体験を通じて。

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お正月の宿坊に、あるビジネスマンの方がおいでになられた。

そして体験をしてみたいと仰られる。

着かれた当日は、夜寒い本堂で写経を体験されました。

本堂の冷え込みは厳しく、ストーブはありましたが、手は冷たく身体も冷えた
ことでしょう。
でも二時間以上かけて丁寧に書きあげられた。

寒くないですかと何度かお声もお掛けした、もしよければエアコンのある庫裡
でもできますよともお伝えした。

せっかくですから本堂で、そして寒さも自分の心を集中させるには丁度良い
機会ですとも・・・。

そして瞑想も初日と二日目に体験していただきました。

夜は、寒い夜、ちゃんこ鍋を囲んでゆっくりと談笑。
持って来られていた日本酒で、仕事や仏教、やずブータン村のお話しをした。

仕事に熱心に取り組んでおられる姿勢が清々しい。
そして心の持ち方にも興味がおありの様でした。

宿坊には時々、男性のビジネスマンの方が来られます。
私も東京で会社員をしていた経験があるので、仕事・仏教・体験など様々な
分野に話しが及ぶのです。
それが私にも刺激になったりします。

今回は、年始の仕事始めの前に、心身を整えるということでおいでになられて
いました。

これからは、男性ビジネスマンの方にも宿坊がおすすめかも知れませんね。




日本の文化に触れてみる・・・茶とある仏師のお話し。

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コロンビアの方々に日本文化に触れていただくことを考えた。

一つは、茶の世界に触れていただくこと。
「お・も・て・な・し」の世界観でもあります。

それは仏教に通じるものであり、「一期一会」という思いにつながる。
皆さんには、お茶を振る舞い作法を少し学んでいただく。
そして、その後はお一人お一人にもお茶を立てていただきました。

そして一期一会の意味を分かりやくお話ししてみました。

当日はお茶の先生と、そのお弟子さんで小学校六年生の男の子にお手伝い
をしていただきました。
皆さんは、小学校六年生でお茶をたてると言うことに驚かれていた。

そしてもう一つは、仏師を訪ねてみました。
仏師の矢山氏にはお正月から無理をお願いして、工房を開けていただきま
した。
皆さんは仏像彫刻にことのほか興味を持たれていました。

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矢山氏は35歳で、その若さにも驚かれていましたが、お話しを聞かれて
さらに興味深く感じられていた。

たとえば、仏師としての技術とその心の関係を深く質問されていたことが
印象に残っています。
矢山氏も、そ彫ると言う技術に対して、心をどう高めて行けるかが難しい
とお話しされていました。

そして、仏像を掘る木材に対して話しが進んだとき、皆から感嘆の声が聞
かれた。
外に用意している木材は、これから20年間寝かせて管理をした後でやっと
彫ることができる。
その話を聞いたとき、皆さんはその時間の感覚が理解できなかった様です。
私たちにはそんな時間の感覚はありませんと言われていた。
日本人の時間に対する感覚も驚きだったようです。

今回、仏師の所にご案内したときどのような反応になるのかよく分かりませ
んでしたが、予想外の反応でした。

お正月から協力していただいた皆さんにも大変感謝しています。
本当なら家でご家族とゆっくり過ごされていたかも知れないのです。
それを、元旦より石地蔵の作製、お茶、仏像彫刻と素晴らしい体験ができた
ことは、皆さんのご支援があったからできたことです。

このつながりが、このさきに「やずブータン村」となって行けばいいですね。

コロンビアの皆さんもおそらくその辺のことはご理解されていたと思います。

これもやっぱり「一期一会」ですね。

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2014年、コロンビアの方々と過ごす元旦。

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2014年元旦。

大晦日の除夜の鐘、盛り上がって遅くまで皆でお話ししていました。
元旦の朝は皆さんちょっと眠そうです。

でも朝ごはんに雑煮(鳥取の雑煮はぜんざいです)。
そして大切な元旦会のお勤め。
コロンビアの皆さんと一緒に『正信偈』をお唱えしました。
そして先生の通訳付きで法話です。
皆さんはいつも真剣に聞いてくださいますよ。
仏教と阿弥陀様のお話しを中心にお話ししています。

そしてその後は、近くの若桜町に在住の川上さんに石地蔵の指導をお願い
しました。
元旦にも関わらず快く引き受けて下さいました。
皆さんはもちろん初めての体験ですが、出来栄えはかなりのものです。
先生ももう完成の域ですと驚かれていました。
外国の方ならではのデザインもあって、先生も新境地も開かれたようです。

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元旦のお昼は、おせち料理。

これには皆さんも大喜び。
目で楽しんで、ゆっくりと味わっておられた。
坊守も作って良かったと安堵しておりました。

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お昼からは鳥取市内の宇部神社へ初詣です。

さあ出発というときにエンジンがかからない。
私の不注意でバッテリーがあがっていた様です。

何しろ元旦、コロンビアの方向けにワゴン車を借りていたのですが、お寺に
ある軽自動車ではエンジンがかかりません。
元旦でしかも初詣、こりゃあ困ったな・・・。

友人に電話しても誰もつながらない。
近所の方はいないかと歩いてると、買い物帰りのご夫婦が。
お話ししてみると、発電機を持参して下さるとのこと。
それでもなかなかかかりませんでしたが、遅れること1時間15分。
エンジンがかかって出発することができました。

今年は、たとえ困難があってもあきらめずに頑張れば、必ず良い結果となる。
そう思わせられたことです。

夕方4時過ぎに神社に到着したのですが、それでも参拝の方々でいっぱい。
今まであまり初詣はしたことがなかったので、ちょっとビックリ。

コロンビアの方は、おみくじを楽しみにしていた様です。
でも大吉は誰もなかった、これは今年はきっと良い歳になるな。






大晦日、掃除と除夜の鐘 ~ 思いはつながる。

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2013年大晦日。

29日から来られているコロンビアの方々のお手伝いで、境内や参道の
雪かきと本堂の大掃除。

皆さんからお手伝いしたいとの要望がありました。
学生さんたちは研修目的でもあるので、お正月準備を手伝わせたいのだ
そうです。

おかげで除夜の鐘と新年の準備が整いました。

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除夜の鐘は、近所の方々がたくさんお参りされました。
ご門徒さんが、豚汁と甘酒を作ってくださいました。

コロンビアの方々との交流も皆さん大喜びです。

新年になってもずっと話しが尽きませんでした。

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お参りされた方々にはコロンビアの方からプレゼントが・・。
若者も年配の方もすっごく喜んでいた。

これからもずっと交流が続けばいいな。

思いは、やずからブータンへ、そしてコロンビアまで。


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