宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2014年02月

光澤寺うどん巡礼記 2・・・イザ行かん、本場讃岐へ。

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ちょっと春らしい感じになってきた。

中庭の紅梅も蕾が大きくなってきました。
でも山里ではまだ咲くのは少し先かな。

もう二月も終わり、僕にとっては花粉症の季節が始まります。
春が来るのは嬉しいけど、春が来れば思い出す。

ところで、春が来る前に、香川県に行く計画を立てていた。
春になると季節に誘われて全国からうどんを食べに来るだろうな、となると
お店が混んでなかなか食べられないかも。
なら二月の平日に周った方が良いのでは、という発想。
おまけに天気も悪いので人も少ないだろうという予測も。

で、明日から二日間で香川のうどん屋を周ってくる予定です。
ユースケ・サンタマリアの「UDON」も見直したし、ガイドブックでうどんの名店
もリストアップした。

ただ如何せん、うどんの名店は閉まるのが早いのが難点。
それともう一つ、便利な所にはないということだ。
だからこそ皆が行くのでしょう、確かに八十八カ所の巡礼と同じだな。

不便さもある意味、観光の大きなポイントでもある。
そこに不便さを超える魅力があれば、不便さもプラスになるのだ。

でもできるだけ経費節減をしなくてはいけない、そしてできるだけ多く周る。
その為には、うどんの玉も小にして、トッピングは極力食べない。
これぞと言うメニューに絞る。

それでルートと味を吟味した結果、13店舗を周る計画を立てた。
二日間なので遠くのお店には行けない。

ポイントは、麺と出汁、それとトッピングとメニュー、それと店の雰囲気。
何せ宿坊で出すと言っても、お寺の境内で食べるのです、自然の景色の中
で・・・。
そう言った意味では、香川のうどんの名店は非常に参考になりそうだ。
何も飾り気のないのがいい。

うどんの名前は「光澤寺うどん」にすることにした。
でもメニューにある訳ではない、ただ光澤寺で出すうどんだからというだけ
の意味、メニューは絞り込んで数種類だけにしようと思っている。
あくまでもお寺にお参りに来られた方々への感謝の思いです。

とりあえず昨日お参りのとき、お婆ちゃんたちに四月には試食会をしますと
伝えたら、お婆ちゃんたち、私も四国に連れてってと言った。
さすがにスケジュール的に無理なのだが、美味しいうどんを創りたいなあ。

めざすは、ときどき懐かしくなって、どうしても食べたくなる味。
遠く記憶を呼び戻すような感覚。

お参りが先じゃなくても、うどんを食べてついでにお参りしようでいい。

新しさを求める必要はない、懐かしい味をつくれたら、それが若い方たちに
とっては新しい味なのです。

懐かしさとほのぼの感、「やずブータン村」のコンセプトでもあります。



男も愚痴を言うには宿坊がいい。

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宿坊を初めてもうすぐで2年になる。

来られる方は本当に様々な方々です。
若い方から年配の方まで、そして学生さんからOL、会社員、ご家族やご夫婦。
グループだったり先生や教授の方も。

仏教体験や講座を希望される方、のんびりと過ごされる方。
過ごし方もいろいろです、たくさんお話しをされる方も。

そしてときには悩み相談になることもあります。
お話しをしてると、何となくそんな話につながることもある。
悩みだけじゃなく、自分の進む道を話される方も多い。

そう、人は生きてる限りいろんな悩みや苦しみと向き合わざるを得ない。
でもなかなか人に話せることではない。
自分のこれからを考えたりすることもある。

そんなときは誰かに話しを聞いてもらうのが一番いい。
それも利害関係のないと言うことが大切です。

友人や会社の同僚だったり、たとえば親であったとしても、それは思わぬ方向
に行ったり、あとあと話さなければ良かったと余計に悩むことになりかねない。
やはり話しをするときは、利害関係がない人がいいのです。

男性は普段は勤務先の方々とお酒を飲みに行ったりする。
そこで発散したりするのだが、本音をどこまで言えるかは分からない。
そして愚痴をこぼすのが必ずしも良い結果とならない、お酒を飲んでいるから
余計である。

宿坊に来られる方は圧倒的に女性が多い。
でも最近男性の一人旅の方も増えてきました。

男性も愚痴をこぼしたり悩みを話すのには宿坊って丁度いいと思います。
お寺だから他に漏れることを心配しなくていい、そして利害関係もない。
仏教を体験したりすることもできる。

ときには男性も心おきなく愚痴をこぼせる場所が必要なのです。

そうすると少しだけ心が軽くなるかも知れません。
そして宿坊なのでお寺で修行してきたと言えば、周りの方も「いいね!」となる
かも知れません。

そんな魅力がこの宿坊にはあります。


宿坊光澤寺のHPはこちら!

夢を希望に・・・モンゴル留学生が神戸を往く!

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モンゴルの大学生をホームステイで受け入れることになった。

JICE(日本国際協力センター)の海外青少年受入のプログラムの一環です。

予定は二泊三日、そして二日目の2月22日はフリーデイである。
スケジュールを見てみると、鳥取での行動が多かった。
東京では浅草とか両国に行っているが、昔の日本を味わうと言った感じ
の訪問がメインのようである。

モンゴルから今回は総勢85名、そして今回は3名の方たちを受け入れる。
彼らは国立大学の理数系の学生、医師や教師や技術者の卵です。
お寺でゆっくりするのもいいけど、日本をいろいろ見て行って欲しいと考え
た。

鳥取からは離れるが、距離的に近い神戸に行こう!

もちろん一緒に行く僕たちも楽しみたい。

そしてプラニング、彼らの好奇心を掻き立てる場所はどこか。
神戸を選んだ理由の一つに、モンゴルには海がないということがあった。
港町を見せてあげたい、そして科学技術的な背景にも触れて欲しい。

自分がそれを知って初めて夢が希望になるのだから。

自然や古き時代もいいけど、それは新しいものや見たことがないものに
触れることが合って、初めて古きものの良さにも気づけるのだ。
鳥取の田舎に育った私の感覚でもある。
ただし、彼らはモンゴルでも首都のウランバートルに住んでいる。
都会っ子である、でも今の日本にも触れて欲しい。
20年前に大震災の被害に遭った街でもある、その街を知って欲しい。
彼らにはそのことは伝えなかったが、いつか知るときが来るかもしれない。

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朝早くに起きて、先ずはお寺でお勤めをする。
そして神戸へと出かけた。

最初はキリンビールの神戸工場見学。
これは日本の企業の一面を見て欲しかったから。
僕も工場見学が大好きだし、彼らに企業活動をイメージして欲しいと思った。
将来先生になるであろう人もいる、そのとき子どもたちに伝えて欲しい。

ちなみに彼らはアルコールは一切口にしません。
もちろん僕も運転手なのでノンアルコールしか飲めない。
帰りに一本もらえるドリンクではビールを頼んでいた、それは家に帰ってから
僕と妻にプレゼントしたいからだった。
彼らはとにかくとても優しい心の持ち主なのです。

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工場見学の次は明石大橋へ。

彼らには橋を見に行くと伝えていたが、なぜ橋なのかはよく分からないと
いった感じでした。
週末の渋滞の中、橋に到着すると、彼らは驚いていた。
目が輝いていた。
それは海を間近に見ることができたから、そしてその海に橋が架かってい
たからでしょう。

とても興味深そうに、そしてはしゃぎながら写真をたくさん撮っていた。
真下に海が見える丸太の上での嬉しそうな表情が見える。
僕の拙い英語の説明にも熱心に聞き入ってくれるのだ。
いろんな質問が飛んでくる。

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明石大橋の後は、ハーバーランド周辺とカワサキワールドへ。

技術者の卵もいるので行ってみた。
新幹線にも興味があるようだったし、バイクも好きだと言っていた。
そして港町の雰囲気も楽しめる。

普段はなかなか目にすることのできない大型バイクにも跨った。
そして大型船や新幹線の製造工程をビデオで鑑賞する。
カワサキワールドは川崎重工業の展示館で、興味深いものがたくさんあり
ます。
日本にずっと住んでても知らないことが多く、僕も十分に楽しめた。

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そして最後は神戸の夜景を見に行く。

日没前に到着したかったのだが、道を間違えて日没後になった。
でもまだ薄暗い状態で。海が分かる。
実は夜景が一番美しいのは、日没前後の海が見える状態のときです。

この日の六甲山は冷え込みが厳しく、道には雪が残っていた。
目的地近くはアイスバーンになっていて、到着するのに一苦労。
アイスバーンの坂を歩いて行ったけど、結構大変でした。

昨晩は、ウランバートルの夜景をスマホで見せてもらった。
ウランバートルの夜景もとても綺麗でした。
ここは日本でもトップクラスの夜景、摩耶山の掬星台。
摩耶山の名前を聞かれたとき、山の名前はブッダのお母さんの名前
だよと言うと、皆大きく頷いた。
やっぱりちゃんと知ってるんだな。

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ランチは神戸のマクドナルドへ。
夕食は鳥取に着いてからラーメン屋に行きました。

どちらも楽しそうに食べていた。

ホームステイだから、家やその周辺でゆっくりするのが良いのかも知れない。
だけど彼らは若い、まだ滅多に外国に行けない。
だからできるだけたくさんのものを見せてあげたいと思った。

そしてそこから何かを感じてもらえたら嬉しい。

彼らは将来モンゴルを背負うことになる若者たちなのです。

彼らに帰りに聞いた。
今日はどこが良かったか・・・。

何と一番は、明石大橋だった。
そして二番目は、摩耶山の夜景。

違う答えを想像していたのでちょっとビックリ。

お別れ会には行けなかったのだが、あとで妻に聞くと、テーブルにキリン
のペットボトルのお茶が並べてあったそうです。
妻は気づかなかったけど、彼らの一人が「キリン」と気づいた。
三人でキリンと言って喜んでいたそうです。

今回の計画は、若い彼らにいろんなことを肌で感じてもらいたかった。

またいつか会えるかな・・・。

モンゴルにも行ってみたくなった。

とても優しく、ちょっとシャイな3人でした。




モンゴルの大学生のホームステイをお寺で。

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モンゴルの理数系大学生のホームステイをお受けしました。

これはJICE(日本国際協力センター)が行っているプログラムで、今回は
ご縁があって、モンゴルの学生さんたち3名がお寺に来られました。

二泊三日のホームステイ。

それぞれ国立大学の理数系の学部にいらっしゃる方々。
おそらく本国ではエリートの学生さんたちなのでしょう。

お伺いすると、皆さん仏教徒だそうです。

モンゴルは元々チベット密教の信仰が篤い国ですね、イスラム教徒の方
も少数いらっしゃる様です。

なので、朝は早起きしていただいて本堂でお勤めをしました。

礼拝を丁寧にされます。

そして読経。

その後は、本尊である阿弥陀如来と南無阿弥陀仏についてちょっとだけ
お話しをしました。

お互い言葉は通じませんが、気は心で行くしかありません。

阿弥陀様はモンゴルでもよく知っておられます。

そして、南無阿弥陀仏は、ナム(ナマス)・アミータ・ブッダの展開でお話し
しました。

同じ仏教徒ということで、多少の親近感はあったかも知れませんね。

せっかく日本に来られたのだから、短い時間でも、濃い時間にしたいと
思っています。

2日目はフリーデイなので、ちょっと遠出をしようと企画しています。

鳥取県には2日前に入られていて、ほとんど周っておられる様でした。

皆さんは僕の企画にOKしてくれるでしょうか?

ご報告は次回に・・・。

そこから始まる・・・

苦しみを苦しみと受け止めたときから、新たな人生が始まる。

そう、そこから始まるのです。

人は様々な苦しみの中にあります。

苦しみのとき、その苦を受けとめられない。
願いが適わない。

それが苦となる。
苦とは、その人の心が作りだすものです。

人生は思い通りに行かないものです。

でもそれを知ったとき、その人の新たな人生が始まるのです。

その心の転換が、その人のそれからの人生を変えて行く。

苦しみを知ってこそ、本当のいのちを生きることになるのだと思います。

過去は変えることはできないけれど、これからのことはたった今の自分
が常に因となるのです。

現在が常に因であるのなら、その因を自分でどう生きるのかを決める
ことができるのです。

明日もしあなたが死ぬとしたなら、今やっていることをあなたは選びますか。

悔いなき人生を送るとしたら、一瞬一瞬を生きると言うことになる。

一瞬とは常に移り変わって行く、今のこと。

変えることのできない過去を想うより、今の自分に集中する。

そして今の自分が、これからの自分を決めることになる。

その心は、すべてを受けとめ受け入れる覚悟があればいい。


ただそれだけだ・・・。





有頂天とは・・・

その先を見つめること。

目標を持って努力している姿は美しい。

でもそれを手に入れてしまったとき、それはすでに色褪せているのだ。
それは周りからではなく自分自身の心の中でのことです。

そのことに気づくいておくことが大切です。

有頂天と言う場所がある。

地獄~餓鬼~畜生~修羅~人~天

天でも最上位だ。

人はそこを目指す。

そこまでは先の道のりがある。
まだまだ先がある。
そのときは、そこを見ていれば良い。
そこにたどり着ける人はごく限られた人でしかない。

だからそのときは、そこだけ見ている。
でも有頂天に立ってみると、それを維持することに執着が生まれる。

すべては過ぎ去って行くものだ。

有頂天の持つ意味は、その先は堕ちるしかない場所であると言う
ことでもある。

堕ちることへの恐怖が心の隙間に入り込む。
その先は・・・。

プライドが見栄になる。
そのとき心は決して良い状態ではないのです。

そして次々に違うものを求めて行く。
それはたとえ手にしても、また違うものを。

ゴーストライターのいた作曲家もそんな感じであった。
そこから抜け出せない。

それは執着となる。
そして執着はいずれ苦となる。

仏教はそれを説く。

執着する心とそれを手離す心のバランスが大切なのだ。

人はいつか必ず死ぬときが来る。
人が意識しなくてはならないのはそのときのことです。

その死から今の生を見つめて行くこと。
そこにいつも立ち返らなくてはならない。

そうすることで今のいのちを生きて行くのだ。

そうすると有頂天の状態がいつまでも続くものではないことに気づく。

それが最終地点でないことも分かります。

それからもずっと歩き続けて行くのです。

もちろん人生に目標を持つことは大切だと思う。
けれど目標達成は終着点ではない。

あると思っているものが実は幻想でしかないこともある。

そこからも歩き続けて行かなくてはならない。

その人のいのちが終わるとき、それがいのちの完成のときなのです。

そしてその後に続くいのちがあるのです、きっと・・・。




光澤寺うどん巡礼記 1.・・・ 光澤寺うどんを創る。

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今年の宿坊の目標の一つに、新しい食べ物を創ると言うことがあります。

何にするかは決まっていました。
それは「うどん」です。

うどんは年代や性別にかかわらず、ほとんど誰でも食べる。
でもそんなうどんですが、本当に美味しいうどん屋さんは意外と少ない。

最近はセルフのうどん屋さんが多いけど、味はちょっと合わないと感じて
いました。

では、自分で作ってみよう。
それも手打ちで、そしてダシは自前で。

お寺と宿坊、つまりお参りに来られた方と宿泊に来られた方にうどんを
お出ししてみようかなと考えている。
やはり、お寺には名物の料理があった方がいい。
そして、うどんはお寺に馴染みますね。

光澤寺にお参りしたら、「あのうどんを食べたい」とか、あのうどんを食べ
るために光澤寺にお参りしようとか、そんな感じがいいな。
お寺の境内で食べるうどんは、それだけで美味いでしょう。

名物「光澤寺うどん」というブランドは考えています。
僕はどちらかと言えば、名前からイメージして行くタイプかな。
名前を考え、そこからいろいろ展開して行きます。

そう言えば、「やずブータン村」もそんな感じでした。

でもやる以上は、味は山陰一を目指します。
若桜鉄道沿線の活性化にも、うどんがいい。
若桜鉄道に乗って、うどんを食べに行くのが。

ところで、今までたくさんのうどん屋さんに行ったけど、正直あまり覚えて
いない。
意識していなかったので、食べられたらいいかって感覚。
やはり自分でうどんを打つ前に、うどん屋さんに行ってみようと考えた。

と言うことで、先ずは地元鳥取市にある「はなしょう」さんへ。

ここは今まで知らなかったけど、鳥取のうどん屋さんでは名店だという。
知り合いの方から教えていただきました。

鳥取城前の桜並木を西に行った住宅街の中にある。
お店の雰囲気はかなりいい感じ、駐車場も10台くらいとめられます。

入口には「ようこそ ようこそ」と石碑があった。
これは浄土真宗の妙好人で有名な因幡の源左さんの有名なことばです。
鳥取のお店には、この言葉がよく使ってありますね。

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今日は坊守と一緒に出掛けた。
今年の春から宿坊が三年目に入るので、新しい企画です。
イタリアン精進料理に続き、今度は「光澤寺うどん」。
うどんは私が全面的に創ることになります。

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今日頼んだのは、僕がきつねうどん、坊守は肉うどん。
どちらも光澤寺うどんのメニューに入るものです。

なかなかさっぱりとしたお味でした。
最近はセルフのチェーン店で食べることが多かったので、やはり新鮮な
感じがします。

お昼過ぎくらいでしたが、お客さんで混んでいました。

さて今月末には、いよいよ手打ちうどんの本場、香川県にうどん巡礼に
参ります。

1泊2日で、有名店を10軒くらい巡る予定です。
つまり二日間でうどんを10杯食べることになります。
今はその工程表を作ってる最中。

いざ行かん、うどん巡礼へ。

3月には試食会を行います。


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オリンピックと瞑想について。

オリンピックの真っ最中です。

日本人選手も活躍している。
いろんな意味で最年少や最年長記録が続いている。

こんなとき日本のスポーツもかなり成熟してきたなと思う。
決して国のために戦っている訳じゃない。
でも日本のためにも頑張っていると言う感覚。

しいてあげれば、日本のマスコミがもう少し成熟してくれたらいいなと
思うことはありますが・・・。

ところで、羽生選手の言葉にこんな言葉があった。
ショートプログラムを終えたときのこと。
ジャンプをしているとき、少し離れたところから、跳んでいる自分を冷静
に見つめられていたと。
そのときの羽入選手のジャンプは完璧だったのです。

少し離れて自分を冷静に見つめることができるとき、それは好調のとき
でしょう。
オリンピックは、とてつもない緊張感との闘いです。
4年間の努力が一瞬で決まる。
多くの応援してくれた人への思いもある。

この言葉を聞いたとき、瞑想の感覚に近いなと感じた。
瞑想は自分を観察することから始まります。
観察して自分を冷静に見つめるのです。

つまり羽生選手が感じていた状態を自分で感じて行くトレーニングする
と言った感覚です。
それを続けて行くと、自分の心が整い落ち着くことができるようになる。

もちろんオリンピックでのような緊張感が日常的にある訳ではない。
ただ日常の生活の中で、常に自分自身を観察することができる様にな
ることができる。

その最終形は、すべての物事を「あるがまま」に受け入れることができ
るということ。
たとえば、それがオリンピックで失敗したときであっても、それを受け入
れる。
人は何かを受け入れられないときに苦しみになるのです。

心とはそういうもの。

オリンピックを見ながら、選手の活躍と失敗の中でいろいろ感じること
があります。

仏教的な感覚は、生きて行く上で大切なことだとも。


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四季を楽しむように人生を生きる。

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今年の冬は結構寒い日が多い。
でも雪は少ないですね。

ここ最近は山陰よりも太平洋側に雪が多くなっている。

今日の鳥取は雨まじり、雪もほとんどなくなってしまいました。

適当に積もるので雪景色は楽しめます。
でも雪かきをするほどではない。

我がままかも知れないが、このくらいの冬がいいな。

やはり雪景色のない冬では物足りない。

寒さだけなら、対策はとれる。

今年は外部から入って来る隙間風を防ぐ対策をしてみた。

そうするとかなり感覚が変わります。

これからは毎年少しずつ寒さ対策をして行けば、冬も楽しみになってくる
だろう。

やはり一番厳しいとかつらいことへの対策が必要ですね。

それが楽しみになればいいのです。
少なくとも苦と感じなければ良い。

たとえば対人関係、敵か味方か。
そして生老病死。

生きて行く上で苦しいもの、それをしっかりと見つめて受けとめる。

それが苦ではなくなる感覚がある。

では、どうして生きて行こうかと考える。

それを受けとめられたなら、きっとそれからの生き方が変わって来るのだ
ろう。

四季を楽しむように人生を生きて行けたらいい。

それが生きるコツかも知れません。

仏教ってそんなところもありますね。

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経は波動となって心に響く・・・日帰り体験での感覚。

本堂内陣

今日、宿坊に日帰り体験の方が来られた。

そこでたくさんのお話しをさせていただくことができた。
仏教のこと、浄土宗や浄土真宗のこと。

仏教についても知識をお持ちでしたので、私もいろんな角度から仏教の
お話しをさせていただきました。

そして読経と写経を体験された。

その中で印象に残った話しがあった。

今日は、浄土真宗の短いお経を唱えた。
「讃仏偈」と「重誓偈」である。

この二つのお経は、『仏説無量寿経』の中にある偈であり、浄土真宗に
とっては大変重要な経典です。

「讃仏偈」は阿弥陀如来が法蔵菩薩であったとき、願いを建てるときの
場面の経である。
そして「重誓偈」は、その願を建てたとき、必ずその願を成就すると重ね
て誓ったときの経です。

そんな意味から、「讃仏偈」は朝のお勤めや行事の際の始まりのときに
唱えることが多い。
また「重誓偈」は、夕のお勤めや行事の終わりに唱えることが多い。

その方はどちらの経も始めて聞かれるものでした。
大切な経ですが、法事等ではあまり唱えることのない経でもあります。
私は命日経や逮夜のお勤め等で、『阿弥陀経』や『正信偈』と一緒に唱え
ることがい多いですが。

その経を唱えたときのこと、「讃仏偈」がとても心地よかったと言われた。
二つの経から受け取る感覚が違ったそうです。
もちろん経のイメージが違うのですが、今まであまりそう言われたことは
ありませんでした。

お経を唱えることや目で追うことはしないで、読経に心を澄ませていた。
心に響いてくるものがあったそうです。
「とても好きなお経です」と仰られていた。
意味は分からなくとも、その響きから感じるものがありました。
その様なお話しだったと思います。

「重誓偈」については、深くしっかりとした経であると言われていた。

お経にはそれぞれ、その経典が成立した背景や、持つ意味がある。
それが中国で漢字に翻訳されている。
お経を読んだだけでは伝わらない感覚が、読経を通してそのイメージが
心に届くのです。

私もお経を唱えるときは、必ずその思い、つまり仏様やその経典を伝え
て来られた方々、そしてそれをここに届けて下さった仏さまのことを思い、
それがお参りの方に届きますようにと感じながら唱えています。

お経は波動となって人の心に届けられるのです。

その方は、「人は水でできている、その水に波動が届くのでしょう。」
そう話されていました。

理論だけでお経を考え唱えるのと、その思いを受けて感覚、つまり心で
唱えるのではお経のイメージは変わってくる。
それは波動となって伝わるのだと感じます。

そのことがお経を唱えるうえで大切なことではないかと思います。

宿坊に体験に来られる方々といろんな話をする。
そこで逆に私が教えられたり気づかされたりすることが多いですね。
やはり仏教は双方向であることが大切だな。

一方的な方向では、本当の教えは伝わらないのだ。

そう改めて感じさせられ、教えていただいた一日であった。

相手に伝えることで、それが私の気づきにもなるのです。

そんなお話しをしたあと「写経」をされた。

経の写経は「重誓偈」でした。


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野鳥を保護する・・・境内の池での出来事。

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午後4時すぎくらい。

中庭にある池をふと見ると、池の中に大きな鳥が立っていた。

やばいっ!

瞬間そう感じた、池の金魚を食べに来たのだ。

池の中を見ると、金魚はそれほど慌てた感じではない。

とりあえず追い払おうとすると、何か弱々しい。
追って行くと池の端まできて飛び立とうとする。

羽を2~3回ばたつかせたが、飛び上れない。

もしかしたら池に降りてきたとき羽を傷めたのかもしれないなと思った。
念のためもう一度追い払おうとしたが、もう動かずにその場でじっとして
いた。
歩くこともせず、ただその場にうずくまった。

どうすればいいか分からない。
たまたまそのときに友人から電話がかかってきた。
どうしたもんかなあと聞いたら、連絡すればちゃんと保護に来てくれると
言っていた。

このまま何もせずにいれば鳥は死んでしまうだろう。
かといって捕まえて河原に話す訳にもいかない。
夜の間には猫や犬が来るかもしれない。

とりあえず野鳥保護の会をHPで探して電話した。
すると県の方が担当だと言う、何回か確認の電話をすると、鳥取県の
生活安全課に行き着きました。

担当者の方は、保護しますと仰ってくれた。
ただ連絡がついたのがもう5時を回っていた。

心の中では今日来てくれないかなあと思っていた。
でも暗くなってるし難しいかなあとも・・・。

とりあえず何とか車を手配して、今日のうちに来てくれることになりました。

鳥を見といてくださいとのこと。
ケガをしてると連絡があっても、行ってみたら逃げた後ということがよくあ
るのだそうだ。

電気を点けてちょくちょく見る。

「いるかなあ・・・、」

そうしているうちに担当の方が二人来られて、無事保護してもらいました。
一瞬逃げようとするが、やはり飛び立てない。

網で捕まえて、車に乗せるまで約5分。
あっという間の出来事でした。

これから動物病院に連れて行く、そしてケガを治してまた放つのでしょう。

怪我が治っても、もうこの池には来ないでね・・・、そう願う。

でも先ずは助かってよかったな。

保護した鳥は、アオサギだそうだ。

池の魚をよく食べにくる鳥、でもケガをしてると可哀そうと思う。

ときには憎き敵となり、ときには保護してやらないとと思う。

立場によって人の心は揺れ動くものだな。

ある村の年頭法要に思う。

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2月の日曜日。

ご門徒さんのいらっしゃる村で年頭の法要をお勤めした。
毎年の恒例行事ですが、この様な村での法要は歳とともになくなって
しまうことが多いのです。

でもこの村ではまだ続いています。

村にある公会堂、と言ってもかなり古くなってはいますが、そこにお仏壇
がある。
世話方が準備をして、村の人が集まって来る。
今年は10数人がお参りでした。

お経を唱え、そして少しお話をする。
時間にすると1時間くらいでしょうか。

若い人が参られることはないが、村の皆さんにお会いできるのが楽しみ
なのです。

少子高齢化の中で、お寺として何ができるのかをずっと考え続けていま
す。
でも、お元気そうな顔に出会えることが、最近の僕の楽しみでもあります。

法事や法要でお会いできるご縁が嬉しいのです。
皆さんに長生きしてほしいなと思うとき。
また来年も元気なお姿に会いたいから。

私が住職をしているときは続いて欲しいなと思う。
もちろんそれ以降も続いて行く様にして行きたいですね。

100年以上続けば伝統にもなるでしょう。

この村にも前には熱心なお同行さんがいらっしゃった。

その土地その土地にそんな方々がいらっしゃる。
そして親鸞聖人のみ教えを伝えて行かれていた。

決してみ教えを伝えてきたのはお寺や僧侶だけではない。
浄土真宗の強さの本質はやはりそこにあるのじゃないかと思います。

親鸞聖人が過ごされた越後の冬を思いながら、いろんなことを考える
のであります。

自分には嘘をつけないからこそ苦しむ。

「人の嘘は見破ることは難しい。」
でも、「自分の嘘は自分で分かってしまう。」

そう、人は自分に嘘はつくことができないのです。


昨日ワイドショーで記者会見を見ていた。

新垣さんの記者会見である。

何故この時期に公表するのかと言った質問もあった。

おそらく、最初はちょっといい話であったのでしょう。
小遣い稼ぎくらいの感覚、それがあれよと言う間に世間の評判になり、
そして一大ブームになる。

これはある意味、これに関係した二人の協業があって初めて成り立つ
ものなのでしょう。

一つには佐村河内氏と言う人の存在。
自分にはできない才能を他に依存する代わりに、自分という存在を
プロデュースし、架空の人間を演じ切ると言うこと。

そしてそれを作曲と言う作業の中で、自分の才能を世に出せると言う、
新垣氏と言う人の存在。

この二つがこれほどマッチすることは何だろうと思う。
ある意味、意図的に作られた企画であれば大成功のはずだった。
ただストーリーは、佐村河内氏によって思わぬ方向へ進んでしまう。
佐村河内氏は現代のベートーヴェンとまで称されてしまう。
この感覚の中ではもう後へは戻れない。

そこで新垣氏の葛藤が始まるのでしょう。

佐村河内氏の独壇場である時は良かった。
ただそこに義手のヴァイオリニストとオリンピックの高橋大輔選手が関
わることになる。
やはり公表するのは、オリンピック後ではさらに問題が大きくなったと
思う。
まして高橋選手がメダルを獲ったあとなら、そのメダルを貶めることに
さえ発展しかねないのだから。

どこかの段階で、新垣氏は背中を押されたのだと思う。
それは誰だったのか、そして自分自身と。

人は他人に対して嘘はつき続けることができる。
墓場にさえ持って行くのだ。

でも自分で自分に嘘はつけない。
なぜなら自分はすべてを知っているからです。
ここで問題なのは、それを自分が許せるか許せないかです。

中には嘘をついてもまったく気にしない人もいる。
というより嘘の世界と現実の世界の価値観は変わらないと言う人。
嘘の世界もその人にとっては現実の世界と思えてしまう。
その人なら罪悪感はない、佐村河内氏はどちらかというとこのタイプかも
知れません。

その対極にいるのが新垣氏ではなかったのか。
いつの間にか、嘘の世界の側に自分がいることに気づく。

自分で自分を責めるときは厳しい。
自分の心の中でくるくる回って行くのです、それも誰にも言えないこと。

そんなとき、どこかでその心を解き放ってあげる必要があります。
もしかすると世の中すべてが敵に回るかも知れない。
でも自分に嘘をつき続けるよりはいい。

こんなこともあります。
あるとき自分の中にこんな心があったのかと気づくとき。
その心を自分自身が受け入れられなかったとき。
それは苦しみに変わります。
その心を知ってしまった自分に気づくと、自分自身の良心の呵責に耐え
切れなくなるのです。

やはり自分の心を解き放ってあげる必要があります。

そして自分自身を自分自身で受け止めてあげなくてはなりません。
なぜなら自分を本当に許すことが必要なのは、自分自身であるからなの
です。

そのときに支えてくれる存在があれば助かります。

もちろんそれは誰か、自分のことを冷静に見てくれる人。
そして受け止めてくれる人。

宗教的に見て、仏教的に見て、その感覚が強くあるのは浄土真宗かな
と感じています。
自分自身の内面を見つめて行く、それは仏教的な側面がある。
その中でどうしようもない自分自身に気づかされる。

それを解き放つのは親鸞聖人の教えかも知れない。

苦しみの中で自分を見つめ、そして光に出遇うのだ。

その光は、やはり他力なのだと感じます。
それが本願他力なのかな。

そこに心の解放がある。

心を解き放つのが仏教なのです。

何かあれば行ける場所もあった方がいい。
そんなときは、心が弱っているので、信頼と安心のある場所でなくては
いけない。
そんなことにつけ込む方々は本当に多いから。

安心のできる場所、宿坊光澤寺はそんな場所だったりもします。

あなたがそれを望むなら。


お寺を彩る・・・ステンドグラスと雪景色

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今日は外は雪景色。

かなり冷え込んでいる。

こんなとき日本はやはり縦に連なった国なのだとあたらめて感じる。

北海道の内陸部と沖縄の島では気温が大きく違うのだ。
日本は決して広い国ではない。

お寺の窓から外を眺める。
そこには真っ白な雪が見える。

雪見障子が日本にはあるが、ここではステンドグラスです。

ステンドグラスの透明なガラスから見える景色。
それもまた雰囲気を醸し出す。

ステンドグラスはイングランドの古い田舎家のもの。
いまから100年くらい前のものだそうだ。

それを宿坊を始める前に二つ仕入れていた。
特に目的はなく、とりあえず置いておこうと思った。
それを宿坊を始めてからどの窓に入れて行こうか考えた。

一つ目は、この本堂を見える場所にと考えた。
玄関を上がって客室に向かうとき最初にここを通る。
また本堂にお参りに来られたとき分かりやすい。

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もう一つは、なかなか使えなかったのだが、昨年に露天風呂を作ったとき、
その露天風呂に行くときに通る窓にはめてみた。

ちょっと暗かった窓が明るくなった。

普段は何気なくあるので、気づかないこともあるくらい控えめだ。
でも宿坊やお寺の雰囲気を乱すことなく静かだが、それでいて存在感が
あります。

日本の新しいステンドグラスではこのデザインと味わいは出ない。

イングランドの田舎家も、この山里の宿坊も相性が良いのだろう。

いつもさりげなく楽しませてくれるもの。

そんなものがいいなと思ったりする。

これから死ぬまでの時間、心落ち着くものと一緒に過ごしたいものです。
それまで宿坊や庫裏は少しずつ変わって行くのだろう。

僕が死ぬときにはどんなふうになっているのか、それも楽しみ。
そしてそれを一緒に楽しみにしてくれる人がいれば尚更いい。

宿坊に来られるリピーターの方の楽しみでもある。
お参りに来られる人もそう。

やっぱりお寺は楽しみとサプライズがあった方がいい。

そしていつもそこにあると言う安心感。

その二つがあって、お寺はその存在感を増して行く。


宿坊光澤寺のHPはこちら!

因州和紙で手書きの名刺を作ってみた。

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鳥取市青谷町に「あおや和紙工房」があります。

近くにある妙好人、因幡の源左のお寺で有名な願正寺さんには時々行き
ますが、この工房には来たことがなかった。

ここで、3月23日まで因州和紙あかり展が開催されている。
因州和紙を使ったあかりがたくさん展示されているのです。

宿坊のあかりを和紙を使ったものにしてみたいと思ったので、今回初めて
行ってみることにしました。

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因州和紙は有名です。
その雰囲気のある灯りができたらいいなと思う。

たくさんの種類の和紙を販売しています。

色鮮やかに、そしてやはり和の雰囲気が漂っている。

できれば今年は、宿坊で和紙を使ったシェードを作ってみれば面白いとも
考えている。
やはり地元の素材を使って何か作ってみるのは面白い。

今年は、念珠作りと和紙のあかりにしようかな。

それぞれ作品がどんなふうに作ってあるのか、とても興味があるところです。

作品を見ていると、それぞれに味わいがある。
その中で宿坊に合いそうなデザインや僕でも作れそうなものを探す。

もう一度行ってみることにしよう。

売店でもいろいろ眺めてみる、そして和紙の名刺を買ってみました。
印刷は自分でしないといけませんが、せっかくなので手書きで名刺を作る
ことにしました。

極細のペンで細かい字を書いて行きます。
結構疲れるし、レイアウトがなかなかうまくまとまらない。

それでも20数枚書いてみました。
刻印も版画消しゴムで、光澤寺の紋である「花菱」を作ってみました。

今までさすがに手書き名刺は見たことがない。
和紙の雰囲気と合ってるかなあ。

皆さんも宿坊に来られたら、手書き名刺を作ってはいかがですか。

春頃に宿坊に来られたら、僕の手作りの和紙のあかりもあると思います。
お楽しみに・・・。

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宿坊光澤寺のHPはこちら!

季節外れのカレンダー ・・・ 若桜鉄道

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そう言えば、若桜鉄道のカレンダーを宿坊に欲しいと思った。

でももう二月に入っている、さすがにカレンダーはもう売ってないだろうなと
思ったが、若桜鉄道の会社がある若桜駅に行ってみることにした。

若桜駅には売店があるのだ。
一昨日までは暖かい四月の気候だった、積もっていた雪もほとんど消えて、
気温は20℃まで上がった。

ところが一転して真冬に気候に逆戻りした。
若桜駅も雪が降り始めていた。

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「男の隠れ家」で特集されたとは言え、観光客も少ないローカル線。
雪が舞う駅は物悲しげでもある。
でも僕にとってはその雰囲気もまた好きな風景です。

売店をのぞく、カレンダーはまだ置いてるかな?

そう思った矢先、棚におそらく売れ残ったカレンダーがまだ沢山あった。
それもまだ定価販売してる。

早速一部を購入した。

ローカル線はファンが多いので、もしかすると売り切れるまで販売する
のかも知れない。
カレンダーとしての要素より、お土産として買って行くものなのかな。

宿坊の壁にカレンダーを掛けた。

一回も使わない一月をめくって・・・。

なんとなく味があるな。

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この写真はカレンダーのものではありません。
僕が12月に撮影したものです。

いかにも冬のローカル線って感じかなと思っています。
来年のカレンダーに採用して欲しいものです。

どなたか関係者の方が見られていましたら、候補に・・・。






お寺のある風景・・・町おこしと寺おこし。

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お寺を裏側から撮影してみた。

普段はいつも正面から取ることが多いが、ふと裏側から撮ってみようと思った。
お寺は周りを山に囲まれた平地に建てられている。

それは明治初期に鳥取市内から移転してきたことにも由来します。
なぜなら山間部のお寺は山側に建てられていることが多い。

近くを国道29号線と若桜鉄道が通っている。
そこから下ったところにあるので、実は近くの人もここにお寺があることを知ら
なかったりするのです。

国道からも鉄道からもお寺は見えない。
田舎では、自分のお寺以外に行くことはほとんどない。
まして普段通らない道だとその存在さえ知らない。

寺の檀家さんさえあまり来ないお寺。
そんなお寺の、寺おこしをするにはどうするか。
最初は近くの人に来てもらおうとするよりも、遠くからわざわざこのお寺を訪ね
て来る人がいたほうが良いと考えて宿坊を始めた。

近くの方は、気になってもすぐには来られない。
宿坊を始めた一年目はそんな感じでした。
でも二年目に入ると、日帰り体験で地元の方々がたくさん来られた。
もちろん檀家さん以外の方々です。
おそらく田舎の檀家のあるお寺ではとても珍しいと思います。
昨年は宿泊と日帰り体験、そしてイベントや研修会を含めると500人以上の
檀家さん以外の方々が来られた。

年末年始にはコロンビアの方々も来られたが、外国の方々を受け入れるのは
韓国の交流グループを含めて2組目でした。
外国の方々にはやはり口コミが大切でしょうから、まだまだ積み重ねが大切で
すね。

最近、町おこしを新聞や雑誌で見ることが多くなりました。
全国中で町おこしをやっている。
町おこしが必要と言うことは、そこにあるお寺も、寺おこしが必要と言うことです。
なぜならそこは過疎化と少子高齢化がスピードアップしているからです。

全国の町と全国の寺。
どちらにも共通したものがあると言うことです。
町の状況の縮図がお寺になります。
もちろん全国中の町がそれぞれ違うように、お寺も一か寺毎に環境が違う。
住民人口と檀家数、観光地に恵まれているか何もないか、立地条件や周辺の
環境などです。

たとえば町おこし。
自然を生かす、そこにある財産を掘り起こす。
そこに住んでいると気づかない貴重なものがたくさんあると言う。

町おこし講演会を聞いていると、ほとんどがそのパターンです。
何かその町の古いものを掘り起こす。
町屋だったり、藁ぶき屋根の家だったり、古いものを掘り起こす。

でも最近感じることがあります。
それでは町おこしにならない、ただ助成金をもらうために何かが必要というだけ
ではないかと思います。
また特産品もそう、何か地元の名物を特産品にしなくてはならない。

そこに助成金が出るだけの話しです。
そんなことでは町おこしはできないでしょう。
全国、北海道から沖縄まですべての市町村が町おこしをし、そして特産品を作る。
まして民間企業はそれ以上に一所懸命にやっているのですから。

現代社会は商品サイクルも早い。
一度ヒットした方と言って、それが何年も続くわけではない。
一瞬で忘れ去られてしまうのです。

農家民泊もそう、全国中一緒です。
Uターン・Iターンも成功事例としてよく取り上げられるが、実際には厳しい現状が
ある。
そしてその人の何倍もの人が流出しているという現実も。

それが悪いと言う訳では、もちろんありません。
結局はみんな一緒でしかないと言うこと、それは国や地方自治体が主導している
から、成功もしていないのに成功事例として取り上げられる。
それを全国横並びで推進する、そしてそこに助成金や補助金を出す。
ただお金を出すシステムにしているだけのこと、要は予算消化の町おこしでしか
ないと言うことなのですね。

最近はそれが映画でも目立つようになってきました。

イベントもするかしないかではなく、その先に何があるかを考えていくことが必要
だと感じます。
これはお寺でのイベントも同じ。

つまり町おこしと寺おこしは、視点がかなり近い。
住民や檀家がすべて、でもたくさん人に来てほしい。
そしてさらに似ているのが、行政もお寺の住職も先のことは考えていない。
少し前のお寺の住職は、この先もお寺は安泰だと思っていた、もしくは自分の
ときさえよければ先のことは考えない。
それでお寺が衰退していることに気づかないふりをして来た。
お寺が本来やるべきことも考えずに来ていた。
おそらくそんなお寺が多かったのではないか。

さて10年後、田舎のお寺はどれだけ残っているでしょうか。

お寺も本山が推進する活動をやっていたのでは寺おこしはできません。
それはそれとして、自分の寺のおかれた環境を徹底的に見つめ、そこで何が
できるのかを考える。
有力寺院の真似をしていたのでは根本的に間違った方向に行ってしまう。

そこで重要なのは地政学的なものも。
そして最後はやはり人になります、お寺を魅力的にするかどうかはやはりそこに
いる住職や坊守の人によるところが大きいと思います。
そう言った面では、私と坊守の力にもよると言うことです。
私の責任も重いなあ、でお責任を取る覚悟をすることが、先ずお寺おこしの原点
でもあるのです。
意外とこのことに気づかないことが実際は多いのです。

そこにあるものやあったものを有効活用することにばかり気を取られていたので
は、本当の町おこしや寺おこしはできない。
そこに何か新しいものを生み出すことが本当の町おこしになる。
昔に町がそこにできた理由を考えても分かることです、必然性がなければ誰も
そこに来ないし、そこに住まないのです。
何を生み出すか、それが人とノウハウですね。

町もそうです、みんなが町おこしをし、お金を使った後に一体何が残っているのか。
おそらくその頃には、それを推進した人たちは誰もいないだろう。

何が残っているだろうか。

お寺も同じです。

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お寺の裏側から見た風景。

遠くに見える山は扇の山。
この一帯は、扇の山の伏流水に恵まれています。


光澤寺のHPはこちら!



春の装いを少しずつ・・・。

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日曜日、午前中お参りを済ませた後、買い物に寄りました。
春の日差しに誘われて、この前始めて行った古美術商に行ってみた。


何となく、このウォーターベースが気になっていたのですが値段がよく分からな
かったのです。

今日改めて聞いてみると、これは骨董ではなくて新品なのだそうです。
雰囲気は骨董ぽかったのですが、確かにガラスは綺麗なままで使用感がない。

でもこのデザインなら宿坊の玄関周りに置いてみたらいいかなと思った。

春にはメダカを入れてみてもいいし、花を浮かべても良さそう。

宿坊も毎年少しずつ装いを変えてみるのも楽しみの一つです。

お客様は初めてでも、僕たちはいつもいるので、自分たちの心も変えて行く方
がいい。

現在は、この春に向けて宿坊内を少しずつ変えています。
この前は椅子で、今回はウォーターベース。

こんな小物でも雰囲気が違って見えるのです。

現在は、春に向けて新メニューの「光澤寺うどん」をプラニング中。
予算はかけられないので、宿坊に宿泊や日帰り体験に来られた方向けにと
考えています。
軌道に乗れば、宿坊の名物にして行きたいですね。
まだまだ先のことなので、器とか食器類を見て周っています。

春には春の装いを感じられる宿坊に・・・。

季節を感じられるお寺と宿坊にしたい。

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宿坊光澤寺のHPはこちら!

西本願寺の連研について

今日、西本願寺が発行している本願寺新報が届いた。

今日の一面のトップは、連研についての記事でした。
連研とは連続研修会の略称で、全国各地で独自にそれぞれ開催されて
います。

各地でと言いましたが、本願寺派(西本願寺)の各地区の寺院の単位は、
組(そ)と言う単位になっていて、その組単位で連研が開催されています。
それぞれの運営方法やテーマや内容は、それぞれが決めて行きます。
そして各地域の連研を修了された方は、本山で中央教修を受講すること
ができるのです。
中央教修を受けると、門徒推進員となり、所属寺院や組において門徒の
中心として活動することになります。

これは浄土真宗に熱心な地域やご門徒さんが多い地域とそうでない地域
とで温度差があるのでしょう。
私が所属する鳥取因幡組は連研を継続して開催しており、昨年の十二月
で第七期を修了したところです。
これから第八期の準備にかかるところで、予定では7月~来年の6月まで
毎月連続の十二回の開催となります。

その連研の内容については、本山で準備をしている冊子があります。
それが来期に向けて新しく改訂されるのだと言う。
その新しく改訂される連研ノートの内容が、本願寺新報に掲載されていた
のです。

実は第七期を準備しているとき、どの様なテーマで開催するかを検討して
いました。
内容は、やはり組の住職や門徒推進員、そして参加者の意識レベルに
よっても多少は調整が必要ですが、ただやはり本山の方向性にも合わせ
ておかなくてはなりません。
それで、今回改訂される内容を事前に聞いていたので、第七期にはそれ
を多少意識したテーマ選定にしていました。

鳥取因幡組でも新しい取り組みでしたのですが、終了してみると皆さん熱
心に聴講されていた様に感じました。

2月は第八期の検討会があります。
十二個のテーマを決めて行かなければなりません。
本山の内容を少しアレンジして行かなくてはならないと思っています。

第八期に向けては、やはりさらに一歩進めて、さらに社会との接点を考え
て行くことが必要かな。
でもその根底には、仏教として、浄土真宗としてのみ教えが必要です。

また執行部と門徒推進員の方々との話し合いで決められて行きます。

浄土真宗の各教化団体を横でつなぐ糸の役割も、この連研は果たして
いると思います。
もっともっと縦の糸と横の糸がつながりあって、浄土真宗のみ教えは相続
されて行くのです。

お寺離れや葬儀離れが言われる今日、大切な活動となってきています。

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