
今日は三回忌の法要でした。
朝、先ずお墓に皆さんとお参りし、「讃仏偈」と「重誓偈」をお唱えする。
そしてご自宅に戻り、「無量寿経」「阿弥陀経」「正信偈」を唱える。
頼りにしていた息子さんを亡くされている、なかなかその心は癒されること
はない。
いつものことではあるが、読経は心を込めて一心に唱える。
仏さまからの思いを受けとめさせていただく、大切な言葉であるのだから。
ご両親もいつも一緒にお唱えされている。
法話を終え、御文章を読み、最後に「しんらんさま」を皆で歌います。
この「しんらんさま」のとき、涙が出てくるとご主人が話されていた。
今日の法話は、この三回忌のご縁についての話しをしました。
癒えることのないこの悲しみを、どう受けとめさせていただくのか。
言葉だけで通じるものではないが、一回一回の法要を終えて行くことで、
心に通じるものが少しでもあればいいと思う。
今日、お経を唱えるとき。
リズムが良い人の読経について行くときは、とても唱えやすいものだ。
もちろん私が読経するのであるが、今日は仏様が私をリードしてくれて
いると感じたのです。
だから私が唱えていても、もう私ではないなと感じていた。
あくまでも仏さまからの導きであったのだ。
そしてそのお経を受けとめる。
お参りのみなさんにも、その思いはきっと通じたはずだ。
そのお話をすると、皆さんも頷いておられた。
ご主人も久しぶりにお酒を少しだけ飲まれた。
「うまいなあ!」と呟かれていた。
心がそう思えないと、いくら飲んでも味がしないものだ。
少しだけ、三回お注ぎした。
「三回忌ですから・・・」と、僕が言う。
少しづつ、少しづつ、生きる意味を感じて行くのだと思った。
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