宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2014年07月

若桜鉄道に乗って日帰り夏休み体験!

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今日の鳥取は猛暑でした。

その熱気の中、鳥取市の日進校区の公民館活動の皆さんが、宿坊に日帰り
体験で来られました。

交通手段は若桜鉄道、普段は地元の方でも滅多に乗ることがありません。

駅からはゆっくり歩かれても徒歩10分です。

エアコンの無い本堂で、法話と写経を体験されました。
みなさん熱心に書かれていて、願い事もしっかりと。
法話のとき、このお寺では願い事が叶うんですよとお話ししたからでしょうか。

イタリアン精進料理の後、レコードを聞かれたり絵手紙体験をされたり。
皆さま思い思いに過ごされました。

山里の自然たっぷりの風景や、お寺の雰囲気を楽しまれていたご様子でした。

鳥取市から日帰りでも、日常とは違った夏休みを過ごすことができます。
大人も子どもも一緒になって楽しめる。

法話の後、「久しぶりに法話を聞けてよかった」とのお言葉もいただきました。

みなさん、思い出に残る一日夏休み体験になられたことでしょう。

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これは、公民館の担当の方々が工夫を凝らされてのことです。
若桜鉄道に乗って、片道約1時間の旅。

事前にはプライベートで体験にも来られたり、一所懸命に考えられてのこと。
今日はそのご苦労に応えねばと思ったものです。

若桜鉄道に乗られたことも楽しかった様です。
記念写真のときも、みなさん笑顔でした。

こんな夏休みなら、僕も参加してみたいですね。


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日本仏教新時代か・・・瞑想ブームと仏教3.0

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従来の日本仏教とは何なのか。

簡単に言えば先祖供養教である。
本来の仏教とは遠く離れていて、宗派単位に輪切りにされたもの。
ただ共通するのは、葬儀を執り行い、墓を作り、法事を勤めること。

檀家制度が明治以降も残ったため、お寺は檀家で成り立つと言う構図ができ
あがっている。

それぞれの宗派によっては、仏教本来の教えと遠くかけ離れたことをしていて
も、さもそれが当たり前のように振る舞ってきた。
それは檀家に本当の仏教を話さなければ分からないからです。

この辺りでもそうです、仏教や宗派の教義を学ぶことはなく、ただお寺や先祖
のことだけ話しをするお寺が多いのです。
そして檀家さんはそれが仏教だと思っている。
まあ、そう言った意味ではどっちもどっちである、檀家さんもお寺にそれ以上
のものは求めていないからです。

そんな中で、日本の仏教にも変化が出てきた。
その第一の原因は、人口の都市集中と地方の過疎化、さらには核家族化と
少子高齢化と言う、日本の過去にまったく例のない社会環境の変化です。

そして第二番目は、高度成長期が終わってもその残像を追い求め、新たな
価値観の創出に失敗したこと。
そこにオウム真理教が出てきたのです、心の置き場所や行き場所を失った
若者たちがそこを目指した。
そして社会に大きな衝撃を与えながらも、それに対して全く発言せず、対応
も取れなかった日本の伝統仏教への不信感。

三番目は、阪神大震災から決定的な東日本大震災が起こったこと。
これによって日本人の心は大きく揺らぐこととなった。
人は心を問題にし、心の在り方を問うようになった。
そして無宗教であった日本人的感覚に、宗教と言うものを見直すきっかけ
が生れたのです。

実は二番目の問題の後、日本に東南アジアからテーラワーダ仏教が入って
きたのです。
従来は東南アジアの仏教は、日本の大乗仏教に対し小乗仏教と言われ、
どちらかといえば原始的な仏教で、遅れた仏教だと認識されていたのです。

日本の宗派仏教は鎌倉時代にそのほとんどが生まれ、そこから全く進歩し
ないで現代まで続いてきています。
つまりそれぞれの宗祖の教えを顧みることだけが教学であり、そこから何も
新しいものは生まれていないという現実があったのです。

そこに劣っていると思っていた、東南アジアの仏教、すなわちテーラワーダ
仏教が浸透して行き、そこに本来の仏教を見る人々が出てきはじめた。
スリランカやミャンマーの有力な僧たちが来日し、積極的に布教活動を行っ
たのです。

従来の禅で行き詰まっていた禅僧たちが、テーラワーダの瞑想に取り組む
方々も出始めた。
そして世界的に、特にアメリカで先進的に取り組まれてきた瞑想にやっと
日本も気づき始めたのです。

日本の僧は、日本が仏教の先進国だと少し前までは思い込んでいた。
でも実際は、スリランカやミャンマーという東南アジアの仏教、そしてダライ
=ラマを擁するチベット仏教の後塵を拝しているのです。

これらのテーラワーダ仏教の流れとほぼ時を同じくして、日本の仏教を再興
しようという動きも出てきた。
おかしいと言われながらも、先祖供養教としてその存在をアピールしている
日本仏教の流れを変えて行こうとする動きです。

これは新しい仏教と言うよりも、仏教本来の姿を目指す運動と言った方が
良いかも知れません。
これは一部の僧侶がそういった流れを作り始めた。
その流れを待っていたかのように、仏教ルネッサンス塾が始まった。
これは東工大の上田紀行先生が始めた流れです。
そのとき、現在「未来の住職塾」を主宰しておられる、松本紹圭氏も僧侶と
してその活動を始めた頃。
そして今では30代前後の若手僧侶たちが、積極的な活動を行っている。

これらの動きには、結構浄土真宗の僧侶が多く絡んでいます。
それは宗派の教義的な縛りが少なく、自由な活動がしやすい環境にあった
せいではないかと考えます。

そして現在は、禅と瞑想、すなわち大乗仏教とテーラワーダの融合を目指
している仏教3.0という動きも出始めている。
これはどちらかと言うと、瞑想を中心とした動きであるのだが、こうなると、
この仏教3.0の世界には、修行と言う概念がない浄土真宗は入って行く
余地が無い様にも感じられます。
もちろん禅宗であっても、従来の枠を超えられないので、余計に苦しい状
況かも知れませんが。
実際にここで積極的に活動されている人は、宗派の枠ではない方が多い。

少しブームになっていた小池龍之介氏の場合も、この両方のカテゴリーに
なるのかも知れません。
氏は元々浄土真宗の僧侶であったと言う、でも今は独自路線ですね。

新しい仏教の動きをしようとすると、どうしても宗派の枠の中では活動でき
ません。
なぜなら宗派仏教は、新しいものを否定する教義だからです。
独自判断は許されない。

ただ東本願寺などは、途中で異端とされたものが、のちに主流となったり
していることもあるようです。
それでも基本は、その教義の範疇の中のことである。

現代は心の時代と言われている。
多くの方々が、その依り所を求めているのは確かです。
でもそれは、従来のお寺や宗派仏教ではないことがよく分かります。

それとは違う仏教を求めているのかも知れません。

その中で、葬儀離れやお寺離れ、少子高齢化に過疎化、核家族化による
世代間の断絶、これらによって従来の寺院と言うものも崩れ去ろうとして
います。

この混沌の中で、日本の仏教がこれからどこに向かって行こうとしている
のか。

これから20年間は、日本の仏教が面白い時代に入ったと思います。
従来の価値観が全く崩れ去るのでしょうか、それとも生き残って行くのか。

少なくとも40代以下の方々は、従来の仏教や寺院ではないものを、求め
ているかも知れません。

そのとき寺院と僧侶は選別されることになるでしょう。

家族や先祖、お墓と言ったものの価値観が大きく変わって行くときだから。
今までつなぎとめていたのが、崩壊しているのです。

つまり本来の仏教を目指すと困るお寺が多いと言うことになります。
これが日本仏教の進歩を阻んだ一番の原因かもしれません。

でも大乗仏教運動は、そうした背景から生まれた運動であるとも言えるの
です。
高踏的になり、庶民を顧みず、自らの教えにだけ没頭する。
そんな仏教ではない自らの仏教を求めた運動、それが大乗仏教運動で
あったと思います。
そして自ら偈頌を読誦し、礼拝をする。
そこに様々な仏が生み出されていったのです。
永遠のお釈迦様を求めた、そこにいた僧ではなく。

もちろん、葬儀やお墓と言ったものも大きく変わって行くでしょう。
これらが変わると、お寺の経営の根幹が変わって行くことになる。

寺院や僧侶側は、それに対して、それは困ると言ったことではないのです。
それに対して、自らはどの方向に向かって行くのかを問うことが大切、舵
取りはすでに始まっているのですから。

仏教3.0がどうかは分りません。
ただこれは現在の日本仏教を中心に見たものであると思います。
仏教ってそうではないですよね、お釈迦様から見てどうなのかということ。

ではお釈迦様はver.何になるのでしょうか。
ある意味、お釈迦様と宗祖の立ち位置が、ver.3.0であると言うことなの
かも知れませんが。

言葉の一人歩きになりませんように・・・。

でも私は、仏教3.0には期待しています。
新しい日本の仏教の幕開けの一つとなりますように。

これはある意味、浄土真宗にとっても大切なことだと思います。

松ぼっくりのオブジェ

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今朝、電話がかかってきました。
「ご住職、これからお寺にお伺いしても良いですか」

電話は、先日仏師の矢山氏のところに一緒にお伺いした日笠氏でした。

「宿坊に置くオブジェができあがりましたので・・・。」

そして、お持ちになられたのが、この松ぼっくりのオブジェです。

何所に置こうかな、などと話しをしながら本堂から庫裡の宿坊へ。

ふと目に着いた、書院の飾り床に置いてみると、妙に合っていました。
日笠氏も「ここがいいな」と言われている。

敷物のシルバーの色も丁度いい、まるでここに置かれるのを待っていたかの様
です。

これは日笠氏が、自宅のディスプレイ用に作られていたものの姉妹作品です。
それは松ぼっくりがシルバーに塗られていました。

今回はお寺の宿坊用に、金色に仕上げて下さいました。

この松ぼっくり、写真では分りませんが特別大きなものなのです。

鳥取県でもこの松ぼっくりが取れる松は、県立博物館の裏にある松しかないそう
です。

日笠氏が県立博物館の学芸員をされていたとき、いつかこの松ぼっくりで何か
作りたいと思われていたそう。
ご自宅に飾ってあったので、宿坊にもお願いしますと頼んでいました。

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和の雰囲気に融けこんで、とても落ち着きのあるオブジェです。
金色も書院に映えますね。

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宿坊に来られたら、このオブジェに会えます。

簡単そうに見えて、素材選びからとても手間のかかった作品です。

日笠氏は美大の油絵学科を出られています。
でも造形などもとても興味をお持ちなので、いつかお寺の境内にオブジェを
お願いしたいものです。

一応、今日そんなことを頼んでみましたが・・・。

やはりお寺には、そのお寺に縁のあるものを置きたいものです。
それでまた、お寺に味わいが深まる。


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仏師と芸術家の出会い

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昨日、鳥取県の元学芸員をされていた方と、宿坊から近くにある若き仏師の工
房「矢山彫刻」を訪ねた。

元学芸員をされていた方も、自ら筆を持つ芸術家でもあります。

レコードコンサートでお世話になっており、たまたま近くに仏師がいらっしゃると、
お話ししたところ、とても興味を持たれ、早速に訪ねることとなりました。

先ずは展示室でその作品を見ながら話す、そして作業室でお茶を飲みながら。

お二人の話しはとても深い、私も興味深く話しを聞かせていただいた。
とても私が入り込めるような内容ではない。

学芸員をされていた方は、日笠氏と仰られます。
その芸術的な観点から鋭い話しをされてる、それに矢山氏も真剣に応えておら
れたのが印象的でした。

私は失礼とは思いながらも、お二人を写真に撮らせていただいた。
お二人のそれぞれの表情が出ています。

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日笠氏は油絵が専門ですが、美大を出ておられますので、工芸や彫刻にも、
もちろん造詣が深い。
学芸員をされていたときは、全国中を周られていたそうだ。

地元のそれもこんな近くに仏師がいるとは・・、と驚かれていた。

その眼差しは鋭くも、とても優しい。

矢山氏はとにかくまっすぐに進まれていると言った感じです。
その表情は、若き日の空也上人の様でもある。
目を閉じていると、思わず口から南無阿弥陀仏と出てきそうでもあった。

帰り際、矢山氏に「やずブータン村まつり」での仏像の展示とパネル展示をお願
いしました。
日笠氏も「私がいるから運搬も問題ありません」と言っていただいた。

これで、やずブータン村まつりの楽しみが増えました。
尚、写真は工房の展示室のものであり、実際の展示はまだ分りません。

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第8期連研始まる

鳥取因幡組では本日より、第8期の連研が始まりました。

これから毎月一回、十二ケ月連続での研修会です。

私は今日は法務が入っておりました為、午後二時を過ぎてから参加
致しました。
最後の方でしたから、今回の連研の様子はよくわかりませんでしたが、
最後の方に、皆さんが質問をされていましたので、今回の参加者の
皆さんは積極的な方が多いのかも知れません。

その中で最後にこんな質問がありました。

ある方が、朝お勤めのときに唱えるお経は、「正信偈」と「讃仏偈」の
どちらがよろしいのですか、と聞かれていました。

回答は、次回の研修が浄土真宗のお経とと言うテーマですから、その
ときに詳しく話されると思います、というものでした。

質問さえれた方はどの様に受けとめられたかは分りませんが、まあ
それ以上のことにはなりませんでした。

回答としては問題ないでしょうが、ただここで一点考えることがありま
す。
それは仏教を学ぶときのこと、「仏法を学ぶに明日はない」ということ
です。

私たち自らが実践しておきながら、その質問に対して答えを先延ばし
にするのはどうでしょうか。
もちろん、これは質問の内容にもよります。
お釈迦さまも、質問の内容によっては無記、すなわち答える意味が
ないと判断されることもあります。

ただここは連研の場です、できる限りその場で答えることが大切だと
思います、そのために複数の僧侶がいるのでしょう。
それはよく分からないので今度までに調べておきます、ということも
ありますが、それだと学校の先生と同じになってしまいます。

「仏法を学ぶに明日と言う日はない」ということを僧侶も肝に銘じてお
くことも大切だと思います。

さて、今回の質問に私ならこう答えています。

結論から言えば、要はどちらでも良いと言うことです。

本願寺では朝のお勤めは「正信偈」と「讃仏偈」の両方が唱えられま
すね。
もちろん両方を唱えられたら良いのですが、別にどちらかでも構いま
せん。
たとえば法事などでも、どの経を唱えるかは決まっていません。
そのときそのときに、僧侶が決めれば良いことです。
ただし、その宗派の教えに沿った経典であるべきでしょう。

「正信偈」が好きな方はそれを唱えれば良い、「讃仏偈」が好きならそ
れでいい。
交互に唱えたって良い、たとえば時間に余裕があれば「正信偈」とか。
そういうことです。

「正信偈」は親鸞聖人の『教行信証』で説かれたもの、「讃仏偈」は浄
土三部経の中心である『仏説無量寿経』で説かれたものです。
どちらも浄土真宗にとっては欠かせないものですから、どちらという
判断はないのです。

僧侶研修などでは、朝や会のはじまりは、ほぼ「讃仏偈」を唱えます。
お夕事は「重誓偈」です。
研修会や会の最初に「重誓偈」を唱えることはほぼありません。
もしあるとしたなら、それは短いからという理由であります。

それぞれ阿弥陀如来が法蔵菩薩のとき、本願を立てる決意をされた
ときと、本願を立てられたときというシーンが説かれています。
なので、その場にふさわしい内容を選んでいると言うことです。


酷暑の中、体験に女性お二人がお見えになりました。

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今日は猛暑と言うより酷暑でしょうか。
朝6時くらいからすでに30度くらいあったのではないでしょうか。

そんな真夏のお昼とき、女性お二人が宿坊にお見えになりました。

日本と韓国のお友だちのお二人です。

イタリアン精進料理を召し上がっていただき、午後は写経を体験されました。
ゆっくりと写経をされ、お二人の笑い声が聞こえていました。

さすがに今日は、本堂ではなく庫裡の和室で写経をされました。
その合間には聞いたことのないレコードもおかけし、山里の真夏の宿坊を
味わって行かれました。

写経のとき、般若心経では願い事を書かれる方が多いです。
お二人のご希望が適いますように。

そんなことを感じていました。

お二人の知り合いの方が、泊まりに来られていたことをお話しすると、驚い
ていらっしゃいました。
仲の良かったそうです。

いろんな出会いがある。

お二人といろんナお話しをシマシタ。

女性お二人の休日、とにかくゆっくりされて行かれました。
またひとつ、何かがつながったかも知れません。




猛暑の中で写経をする・・・それもまた楽しい。

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今日の鳥取地方は猛暑でした。

梅雨明け以降は、各地で一気に猛暑。
おそらく最高気温は35度を超えています。

そんな中、鳥取市の社会ボランティアを行っている女性グループの方々が、宿坊
にやって来られました。

本当は9月の予定でしたが、バスの手配の関係で今日に繰り上げ。
一年で一番暑いときですから、写経はどうしようと考えました。
でも、やはり本堂を会場にしました。

本堂はそれでも風通しは良いのですが、猛暑であれば関係ありませんね。

少しご法話をさせていただいた後、写経をしていただきました。
初めての方もいらっしゃったりで、暑い中でもみなさん真剣に、そして楽しんでおら
れたのが印象的です。

写経の後はエアコンの効いた庫裡で、イタリアン精進料理を召し上がられました。
食欲も落ちそうな暑さでしたが、皆さん完食されてとてもお元気です。

やはり社会貢献されているせいか、いききとされていらっしゃいますね。

女性グループの方々が宿坊に体験に来られるとき、その幹事さんは何かと気を
使われると思います。
皆さんに喜んでもらえるかどうかが気になるところでしょう。

そんな思いもおありだと思うので、迎える側としてもできるだけ心を込めて準備を
します。

帰られるとき、元気で笑顔で帰っていただける様に。

今日は最後にご挨拶をさせていただいた、話し終わった後みなさんから拍手が
ありました。

バスをお見送りするときは、最後まで手を振って下さり、それも嬉しかったですね。
幹事の方ご苦労様でした、こちらも楽しい時間を過ごさせていただきました。

今日もまた、宿坊をやっていて良かったなと思える瞬間、出会いのひとときです。

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「アナと雪の女王」をレンタルで見てみました。

とても評判で大ヒット映画の上に、テーマ曲でもある「Let it go」も大ヒット。

でも鳥取県東部では映画館で上映していないので、ほとんど誰も見ていない。
また自虐ネタですね。
でも平井知事は、この歌でTVに登場のときは自虐ネタはなかったなあ。
期待していたのですが・・・、残念。

TVで何かと話題だったので、DVDがレンタルされると早速に坊守が借りて
きました。
まだ映画上映してる所があるのに、最近は早いですね。

話題性のあるうちにDVDを発売するのが最近の常識です。
流行りの話題ってすぐに変わってしまうから・・・、DVDでも稼がないとって
ことですね。

ところで、「ありの~ままで~」、と歌うのはどんなシーンなのかなと思ってい
た。
同じ曲だけど、シーンによって歌詞が違うから。

「Let it go」も訳すと、「手放す、とか諦める」とか、そんな意味。
「ありのまま」という翻訳もそうだけど、これってすべて仏教的な感覚です。

おっ、ついにディズニーも仏教的感覚を入れ込んだのかな、と思ったりして
いました。
たとえばシーンによって歌詞が違うところも、お釈迦様が双樹の菩提樹の
下で悟りを開かれるときと似てる。

同じ様に、同じ場所に、同じときに座っていても、座ったときと立ち上がる前
では、お釈迦様も違うのですよ。

座ったときは、まだゴータマです。
でも立ち上がるときは、ブッダとなっているのですから。
それまではまだブッダではなかったのです。
釈迦族の王子であったからお釈迦様だったかも知れませんが、悟りを開い
たあとは釈尊となる。

つまり、感覚的には、坐ったときはテーラワーダの瞑想で、立ちあがる直前
は、大乗仏教の禅と言うことになります。
なので、瞑想にはメソッドがあるのですね、つまり禅にはメソッドはない。

僕は映画を見る前は、実はアナが主人公だと思い込んでいました。
歌もアナの心の状態だとばかり・・・。

でも本当の主人公は、雪の女王だったのですね。
「Let it go」も、雪の女王の心の状態でした。
これはさすがに勘違いしていました。

そうか、雪や氷って閉ざされた心の象徴なのか。
その自分で閉ざしていた心を解き放ったとき、つまり、自分はこうだと固く握
りしめていたものを手放したとき、その雪と氷は融けて行く。

まあ、まんざら仏教的感覚がないわけではないな。
この映画には宗教者は出てこない、つまりキリスト教的な感覚はない。
ただ真実の愛に目覚めたときということはあるが、これもどちらかと言え、
真理に目覚めるって感覚に近い。

最近はアメリカでは仏教ブームですから、そんな点も考慮されているのかも
知れませんね。

とても単純な映画で、特に面白かったとかそんな印象はないのですが、時間
が過ぎるのは早かったです。

ただ私は、常にストーリーを別の視点で見ていたせいかも知れません。

でも最近は単純な映画でなければ流行らないのかな。
日本映画って、最近の流行りはバイオレンスや殺人、それと重いものが多い
ので、見るのに疲れることがあります。

そうではない世界が、ディズニーやジブリなのでしょうね、ある意味対極。
だからこれらの映画がヒットするのかも知れませんね。

NHKの朝の連続ドラマが人気なのも、そう言ったところにある。
つまり、正統派で安心してみてられるって所、安心感の王道です。


「やずブータン村まつり」準備中・・・間に合うかな?

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昨晩は、第二回「やずブータン村まつり」のチラシの原版を作成。

イベント用ですが、できることは自前でやらないと、とても予算が足りません。
足りないと言うか、元々予算がないところでやっているので、経費削減ですね。

7月には、鳥取県が推進している、鳥取力創造運動補助金の交付が決まって、
ホッとしているところです。
それでも自前で賄わないといけないので、できる限り低予算で乗り切ります。

ポスターやチラシの原版は自分で作り、印刷はネットで発注。
できる限り地元でやりたいのですが、手間とコストを考えると難しいですね。
枚数もそれほど刷らないので・・・。

ポスターの原版はすでに作っていたので、これで印刷物の原版作りは終了です。
あとは出席者の皆さんに了解をいただくことも大切なことですね。

準備の稼働は8月に入ってからとなりますが、今はその下準備って感じです。

でも開催まで、もう2か月くらいしかないので、これから一気に詰めて行かなけれ
ばいけません。

今回は二回目ではありますが、一昨年秋の設立記念イベントも含めると、実質的
には三回目となります。
そろそろ、これからの活動につなげて行かなくてはありません。

町おこしや村おこしのことで、気が付いたことを書いたりしていますが、これは自分
自身への警鐘でもあると思っています。
常に意識をしながら、そして「常に我が身を振り返る」ってことでしょうか。

「やずブータン村」構想は、いますぐ何かをしようと言うことではなく、少しづつ、
でもしっかりと先を見据えて進めて行こうと言う計画です。

先に枠を決めてしまうと、その枠に捉われてしまうことがあります。
そうならないように、変化の早い社会の中で、必要なものを自分たちで感じ取るこ
と、そしてゆるやかな連携を模索して行くのが良いと思っている。

人も強引に集めず、何となく思いを同じくする人たちと出会って行きたいと言うのが
本音です。

無理をすると、NPOや任意団体はすぐに立ち行かなくなるでしょう。

さあ、8月に入ったら一斉に動き出さなくてはなりません。
参加者の皆さんに楽しんでもらい、そして感じてもらうために。


やずブータン村のHPはこちら!



人災としか言えないことが有力企業でなぜ・・・?

先日、顧客情報の流出事件が起こったばかりです。

そして今回は大手ハンバーガーチェーン店での、期限切れ食肉使用の
問題が発覚した。

この二つのことに関してみると、共通点があると思います。

それは企業側の管理の甘さではないでしょうか。
一見、それぞれの企業が被害者に見えるところも共通しています。

そして、その対応が世論の反撃によって、くるくる変わってしまう。
その対応次第では、企業の命運がかかると言うくらいのものですが、
最初は対応を甘く見ていたのが分かる。

この手の問題ではよくあることですね、あとで必死に取り繕う。

たとえば顧客情報は、今回の企業にとって一番重要なもの。
食肉も、ハンバーガーチェーンにとっては、まさに一番大切なものでし
ょう。

その信用がいとも簡単に崩れてしまうのです。
取引先を信用していたとかでは、周りの人たちは納得しない。
自分たちが被害者だと言った感覚もズレています。

どちらの企業にも言えることは、業績が思う様に上がっていなかった
ことにもあります。
勢い業績中心の対応になり、一番重要なポイントが疎かになる。

顧客情報流出事件については、素人から見てもあまりにお粗末な管理
をしていたのがよく分かりました。
一番重要な顧客情報が、数か月に渡ってそれもPCからデータで抜き取
られていたなどは、情報管理を一切やっていないのと一緒です。
普通の企業であれば絶対にありえないというレベルでしょう。

食にの件についてもそう。
中国の企業に委託していたのなら、生産拠点を徹底的に管理していな
ければ、今回のことのようなことが起こる。

この企業も業績不振であった、そのことによる営業施策とコストの削減
が今回の問題の原因になっていたのかも知れません。

中国の感覚と日本やアメリカでの感覚は根本的に違うということを、知っ
ていた上で、今回の問題が起きているのです。
そうであれば、その食肉は期限だけでなく何が混在しているのか分かり
ません。
その店の商品は、とても怖くて食べることはできないと感じます。
もちろんこの様な問題は、中国だけでなく日本でも起き得ることですが。

どちらも少子高齢化の影響が業績に反映してくる企業です。
日本では、今後も起こり得るかも知れない問題です。

少子高齢化社会が問題となっているにも関わらず、業績は常に上を目指
すと言うやり方は、もう時代にそぐわないでしょう。
売上や規模を追うのではなく、少子化社会に向けた態勢を組み込むとき
なのかも知れません。
特に国内市場を中心とした業界では、そうならざるを得ない。

今回の問題は、日本を代表する企業で起きたものです。
それも少し前までは、日本の名経営企業として、もてはやされていた。

それが少しの間に変わってしまいます。

これは現在の日本の危うさでもあります。
社会構造が大きく変わろうとしているのに、それを動かしている人たちは、
バブルを経験している人たちです、常に上昇志向。
どうしても、従来のその感覚から抜け出せない。

これは今、日本中で行われている、町おこしや村おこしでも同じでしょうか。
従来の感覚から抜け出せない。
だからすべて横並び、誰かがやればそれと同じことをする。

過疎化や少子高齢化は変わらないのに・・・。

自分の町だけが人口や子どもが増える訳はないのです。
でも多額の予算を投じて、町おこしをやっている。
結局は何も変わらないと言うことを後で知る、でもその人はもう関係ない
と言ったことです。

人口減少にはそれだけの理由があるし、UターンやIターンをする方々に
は、それだけの理由があってのことです。
世の中の動き全体がそうなることはない。
それを知った上で考えなければ、大切なものを見過ごしてしまう。
数軒の若い世代のIターンを、さも成功事例の様にTVまでが放送する。
若者が頑張っていると・・・。
そのIターンの家族も、また数年すると別の場所に行くこともある。
でもその数十倍の人口が減っていることには触れない。

であれば、それを見越した村おこしや町おこしがあると思う。
少子高齢化や人口減少の中で、どう暮らしやすい町つくりをするかです。

古民家再生や歴史を発掘したところで、その町の暮らしは変わらない。
ましてそんなことは日本中どこでもやっているので、別に珍しくもなんとも
ないのです。
でも誰もが同じことをやっている、なぜか・・・、それはそこに予算がある
からですね。
そこに何か関連性がなければ、それだけで終わってしまう。
まして古民家を再生しても、歴史を発掘しても、町の暮らしは何も変わる
ことはない。
決して無駄とは言わないけど、何につなげるか、町にどんな好影響をも
たらしたのかが大切。
ただの予算消化と当事者だけの満足では・・・。

この前、北海道で町おこしを企画してる、ある大学教授の記事を見た。
従来のやり方と全く変わっていないと私が意見を書くと、ご自分の正当性
を述べられていた。
さびれた商店街の活性化である、昔の歴史を掘り起こして観光につなげ
るのだという。
「何をかいわんや」である。

これもバブル世代のなせる業でしょうか。
時代が変わっていることを、もっと感じた方が良いのではないでしょうか。

高度成長期の面影を追っていると、それが幻影であることにさえ気づか
ないのかも知れません。

何となく視点を変えて行った方が良いのではないかと思うのです。

昔は賑やかだった、昔は良かった、昔は小学校も児童が多かった。
だいたい皆、発想はこんなところです。
そこからスタートするものは、何も生み出さないと言うことを、知っておい
たほうがいい。

企業も町おこしも、そしてお寺も同じではないかと思うのです。

全国のお寺も、確実に檀家数が減少しているのは間違いない。
あっという間に変わってしまうでしょう。



日常と非日常の絶妙な空間・・・それがこの宿坊です。

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何の変哲もなく威容も感じることはない、ただの田舎のお寺の山門。
山里のお寺に来たのは間違いないと思う。

その門をくぐるのに、それほどの抵抗は感じない。
ただ、普段とは違う感覚は残るが、観光やお参りに行くと言う感覚とも違う。

何となく、スッと入って行けるように思う。

でも入った瞬間、そこは非日常の空間だと思える。
やはりお寺という空間は、日常と非日常を分ける、それはやはり山門なのだな。

でも南の島やリゾート、そして観光地とは全く違う感覚です。
非日常と日常が隣り合わせで一体となっている。

日常との格差はない、でも日常ではない空間を感じ取れる。
それがこの宿坊の持つ雰囲気ではないかと最近感じます。

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山門を入ると、そこからはお寺の境内です。
本堂が正面に見える。

境内はあまり余計なものはなく、その空間に圧迫感はなく広がりを感じる。
外側から見てると、それほど大きさを感じないのだが、山門を入ると本堂が大きい
ことに気づく。
それがちょっと不思議な気分に誘うのだ。

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境内から宿坊のある庫裡に向かう。
なぜか境内に入ると、外の音が聞こえない。

夏であれば、蝉の鳴き声と風鈴の音くらいである。
車の音や人の声が聞こえてこない、静かな空気の流れだけを感じる。

周りに民家や田畑が広がっているから、秘境に来たわけではない。
それも妙に安心感がある。

お寺の雰囲気も、田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たような感じもする。
とにかくどう表現すればいいのか分からないが、全く場違いな感覚ではないこと
が、心を楽にさせるのだ。

もしかして、ここは何か自分と関係があるのでは、と言った安心感。

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玄関を入ると、「ただいま!」って言ってしまう様な気もする。

そこには自分の居場所がちゃんとあるって気がします。

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本堂からは、山なみが広がって見える、これも解放感と自然を思い切り身体に
感じることができる。

この場所は、間違いなく非日常の空間ですが、日常との接点がある。

体験をしたり話しをしたり、心を落ち着かせて整えて行く。

そして無理をせずに日常へと戻って行ける。

それがまた良かったりするのだ。

格差がありすぎると、また日常に戻って行くのが辛かったり、面倒だったりする。
ここではそんな心配はあまりしないでいい、無理をせずに日常に戻って行ける。

なぜなら心と身体を整えているからです。

「また明日から元気に、でも無理をせず気楽に頑張ってみようかな」、などと思っ
てしまう。

そんな場所が日本にあります。


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大人も夏休み! ・・・宿坊に行ってみよう。

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もうすぐ学校は夏休みに入る。

今日はその前の3連休の海の日、もう心は夏休みです。

夏休みは子どもたちの一番の楽しみ、思い出がいっぱいになる。
でも夏休みって、子どもたちだけの楽しみにしておくのはもったいない。

学校でなくても仕事をしていたり、家にいたり、ときには夏休み気分で出かけて
みよう。
心も身体もリフレッシュです!

大人だって、夏休みと聞けば心がウキウキしてくる。
それは自分のための夏休みです。

普段はしない様なことを体験したり、行かない様な所に行ってみたり。
ヤッパリ少しは夏休み研究も課題提出も考える。

そんなときは宿坊体験が妙にはまりますよ。

朝晩にお勤めをしてお経を唱えてみる。
写経や瞑想をしてみる、写経は課題提出にはもってこい。

ついでに絵手紙もしたら図工も終了です。

あとは自然の中で、カエルとセミの鳴き声を聴く、うーーーん、やっぱり夏だ!

たまの学習会は、仏教について学ぶのもいい。

泊まるところはお寺なので、林間学校のようでもある。

宿坊って、こんなにすべてが揃っていますよ。

今年は皆さんも、「大人の夏休み」に出かけてみましょう!

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何となく、お寺Cafe!

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光澤寺では、何となくお寺cafeを始めています。

何となくと言うのは、お寺や宿坊に来られる方に、お茶やお菓子をお出しして
いたからです。

お寺にいろんな方が来られる様になって、本堂のテーブルにお出しすることも
増えました。

たまたまレコードを掛けるようにもなって、まるでBGMのようになった。

本堂の仏様の前でゆっくりと過ごす。

お寺に気軽に来てもらいたい、というのではなく、何となく人が来られる様にな
ったので、まるでお寺cafeみたいになったなあと感じただけです。

本堂の前に広がる遠見山を背景に、自然の中そして広い本堂でくつろぐのは、
とても気持ちのいいものです。

まあこうしてみると、本堂もいろんなことに使えるなと思います。

確かに法要や法座で使うことが望ましいでしょう。
でも、光澤寺はほとんどお参りも来客もないお寺でした。
報恩講の法座でも10人集まらなかったでしょう、お参りもない。
ご講師もほとんど呼ばなくなっていました。
そう言えば、僕がお寺に関わる様になった4年前、最初にお呼びしたのが、
「やなせなな」さんだった。

何も使わないでそのまま放置していると、掃除もしなくなるので、ますます人の
足は遠のいて行きます。
私が住職となった3年前までは、荒れ果てたお寺になっていたのです。
ガランドーというよりは、ゴミ置き場の様でもありました。
檀家さんも、お寺を見るのが偲びなかったと思います。

今では、研修でもたくさんの方が訪れる様になりました。
お寺に直接関係ない研修だけでも年間に10回くらいあります。
そこに、日帰り体験や宿泊者の方が来られ、レコードコンサートも定期的に開
催する様になりました。
あと、やずブータン村関連のイベントもあります。

保育園児から小学生・中学生・大学生・少年野球のチーム、保護者会や保育
所の先生、婦人会や老人会、公民館活動から図書館活動や福祉協議会。
研修だけでも様々な方が来られます、もちろん浄土真宗の関係の団体の方々
も。

お寺cafeは、お参りに来られる方に、せめてお茶だけでも飲んで、ゆっくりして
いただこうとの思いです。

お寺でcafeはブームかも、でもわざわざかしこまらなくても、普通にしていたら
そうなるなって感じかもしれません。
お寺も活動を始めたら、いろんなものが複合的に展開して行く様になります。

今日は午前中、近所の方が遊びに来られていました。
今日のBGMは「かぐや姫LIVE!」です。

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本堂の中を爽やかな風が通り過ぎて行きました。

お寺なので料金は必要ありませんよ。

その中で、オープンなお寺、人の中に入って行くお寺とはどんなお寺だろうと、
いつも考えている。

お釈迦様も親鸞聖人も、お寺を持たずに伝道布教を続けられたのです。

であるなら、お寺という感覚をもっともっと広げて行けばいい。

何か今日は、お寺cafeのお話しから、かなり飛躍してしまいました。
ただ目指していることは、ある意味原点回帰だけですね。


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宿坊に看板ができることになりました

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宿坊を始めて2年と3ヶ月が過ぎました。

まだまだ軌道に乗っているとは、とても言えない状況ですが、開業以来ずっと
作りたいと思っていた、「宿坊光澤寺」と「やずブータン村」の看板。

その看板を作ってくださると言う方が現れました。
そのお話しがあったとき、それは有り難いなと思ったのですが、早いことに今日
その看板用の板を持って下見に来てくださいました。

持って来ていただいたのは栗の板です。
厚さもあり、そこに篆刻や刻書をやっておられる方が、文字を彫って下さること
になりました。

それぞれが縁でつながったことで実現することでした。

お寺もいろんな活動をすることで、そこに協力して下さる方々が出てくるのです。
思いがけないことでもあり、もったいないことと思いながらも、その好意を有り難
く受けとめさせていただく。

実は今回のことは、お寺の檀家さんではない方々の協力です。
お寺って檀家さんに支えられているのですが、お寺だけではない活動をすること
で、オープンな存在になって行くことも、これからの時代には大切なことだと感じ
ています。

さて、1年後にお寺や宿坊、そして「やずブータン村」がどの様になっているのか、
自分自身でも見てみたいと感じる様になりました。

宿坊をやっていると、そんな楽しみもあります。


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臨時執行部会で話したこと

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昨日は、鳥取市内の中心部、花見橋のたもとにあるお寺さんで、臨時執行部会
が開かれました。

普段はあまり臨時はないのですが、今年度はこれから臨時の会が増える。
それは私が執行部を務める、鳥取因幡組の年度予算が厳しい状況にあるから
です。

ここ2年~3年の間に組の会計が徐々に厳しくなってきています。
私が執行部になり会計を担当したときから、厳しくなると言い続けてきています。
なので各寺院や教化団体の方々も、そのことは承知されていることです。

今年度までは何とかやり繰りできそうですが、来年度は予算を大幅に見直さな
くてはいけなくなります。
なので、今年度の活動状況や来年度の計画も含めて、教化団体の予算をどう
して行くのかを、皆さんに説明しなくてはなりません。

なぜ予算が厳しくなったかと言うと、本山から各組へ還付される教化助成費の
関係があります。
期限内に所属する全寺院が、期限内に本山にお金を納めないと強化助成費が
還付されません。
全ての寺院が問題なければよいのですが、一ヶ寺でも足並みが揃わなければ、
一円たりとも入って来ないと言う、前時代的な運用が今でもなされています。
一ヶ寺が全体に及ぼす影響もあり、逆に全体が一ヶ寺を批判することにさえ
なりかねません。
さいわい、私のところではその様な事はありませんが、これほど寺院を取巻く
環境が変化する中で、かなり疲弊した制度であると思います。

以前は何とか組内でやり繰りをしておりましたが、それももうできません。
助成費がなくなると組の運営は厳しくなりますので、教化団体への助成もでき
なくなると言うこと、つまりいづれは活動が衰退して行くことになります。
なぜこのような前時代的なことをやっているのか、理解に苦しみます。
組の連帯責任制では、お寺はますます厳しい状況に追いやられますね。

でき得れば本山もそろそろ一考の余地はあると思いますが、どうでしょうか。

これから来季に向けての話し合いが続いて行きます。

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宿坊でゆっくり過ごす・・・胎教にもきっといい。

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宿坊に女性の方がお一人でお見えになられました。

ご希望をお伺いすると、普段できない体験をしてみたいと、2泊の予定でお越し
になられました。

現在、妊娠8か月になられると言う、9月が出産予定日。

妊婦さんが宿坊に来られるのは初めてですが、ご本人が良ければ宿泊してい
ただくのは問題ありません。
住職と坊守がいるので安心して過ごしていただける。
一日一組で宿泊できるので、周りを気にする必要もありません。

家にいるだけよりも、出かけてみるのも身分転換に良いでしょう。
そんなときは宿坊って良いかも知れませんね。
この宿坊には、いろんな方が来られるので、その都度その方に応じてこちらも
対応しています。
3年目に入ったので、その準備もいろいろご希望に合わせることができる様に
なって来ています。

観光や仕事での宿泊の方ではないので、お一人お一人の希望に合わせて、
体験や食事も決めています。
なので遠慮なく何でも希望を伝えていただければ良いですね。

体調もとても良いそうなので、2泊3日の体験のスケジュールを組みました。
ゆっくりといろんなお話しをし、初日は写経を体験していただきました。
とても丁寧に書かれていた姿が印象的でした、字もとても綺麗でした。

二日目は瞑想をしていただこうと思っていました。
先ずは本堂にあるオーディオセットで音楽を聴いていただこうと準備をしている
と、何故か音が上手く出ない。
レコードコンサートの後だったので、どこかセッティングがおかしいのかな、僕で
は分からないので、レコードコンサートを運営しているミュージック・フレンド45
の方に連絡すると、すぐ来てくれることになった。

セッティングを変えると、音が出る様になったので、一緒に音楽を聴いていた。
するともう一人が、レコードプレイヤーとアンプを持参して来られた。
鳥取市のお寺さんから譲り受けていたスピーカーにそれらを接続して、そこで
即興のレコードコンサートが始まった。

大型のスピーカーで本堂で聴く音楽は、それはまた格別なものがあります。
彼女もこの様な経験は他ではできないでしょう、お腹の子どもの胎教にもきっと
いいでしょう。

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お昼は、ミュージック・フレンド45の方のご自宅でパスタとデザートをご馳走に
なることに。
宿坊に来られて、初めて出会った方のご自宅で昼食をごちそうになり、さらに
その方自慢のオーディオセットでDVDやCDを聴かせていただく。
こんなことって普通ではありえませんね、彼女もきっと不思議な感覚だったで
しょう。

朝晩は、読経をして少しお話をする、そして夕食は一緒にいただき、いろんな
お話しをしました。

体験は瞑想と絵手紙も。
途中時間があるときは、ソファーに座って本をよまれていました。

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ずっとお腹のお子さんと、一緒に体験されているんだろうなと感じた、宿坊では
とても穏やかな表情をされていました。

ここでは自然の中で静かに、そしてゆっくりと過ごすことができる。
この宿坊は妊婦さんにもとても良さそうだなあと、僕自身が感じていました。

また今度は、お子さんと一緒においでいただけると嬉しいですね。

仏様にずっと見守られての3日間でした。
心も身体も落ち着きますね。


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宿坊を楽しむ・・・音楽を本堂で聴く楽しみもある。

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つい先日のこと。

鳥取市内のお寺さんが、「光澤寺さん、スピーカー持って帰る?」と言われた。
「今、倉庫整理してて、もう置くお所がないから・・・」

最近お寺ではレコードコンサートを開催している、とにかくマイカーである軽自動
車に積み込んでお寺に持って帰っていた。

すると今日、レコードコンサートを運営している、ミュージック・フレンド45の方々
が、レコードプレーヤーとアンプを持参され、そのスピーカーに繋いでくれた。

スピーカーは茶色の40年前のコーラルのスピーカーです。
接続してレコードを掛けると、しっかりと音が出た。
JBLの迫力あるスピーカーとまでは行きませんが、それでも味わいのある音が
聞こえてくる。

「このスピーカーは掛けるほどに、まろやかないい音になってきますよ」、戸言わ
れていた。
これって法話と同じだなとそのとき思った。
時代と歳を重ねることで、法話にも味わいが出て来るだろう、特に浄土真宗では
その味わいが大切だと言われるのです。

僕もいつかこのスピーカーの様に、味わいのある話しができる様になればと思う。

現在、本堂には2セットのオーディオセットがあります。
一つは、CD用にアンプとJBLの大型スピーカーのセット、もう一つは、レコードプ
レーヤーとアンプとコーラルのスピーカーセット。
レコードとCDをそれぞれのセットで聴くことができます。

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瞑想や写経などには、CDを掛け、JBLのスピーカーでゆったりとした音を流す。
そしてレコードでは、懐かしい曲を聞くことができます。

心と体を休める、そんなとき、ゆっくりと音楽を聞いてみる。
普段家ではとても聞けない様な音を、本堂でゆったりと聴くことができる。

宿坊光澤寺には、そんな楽しみもあります。

もし聞きたいCDやレコードをお持ちいただけたら、そこがレコードコンサートの
会場にすぐに早変わりします。



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友遠来より来る

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お寺でレコードコンサートが開かれた日曜日。

友人が出張の帰りに宿坊に寄ってくれた。
帰りと言ってもかなりの回り道であり、ついでと言う感覚ではない。

学生時代からの付き合いである、もう35年くらいも経つのか。
とてもそんな長い時間が経ったとは、とても感じられない。
過ぎ去った時間は、自分の感覚よりはるかに早い。

そう言えば僕も50歳を過ぎているのだ。

最近はFBもあったりで、お互いの日常のことは結構知っていたりする。
だから久しぶりと言った感情は、それほど感じなくなっている。

お互いに年を重ねて行く上で、様々なことがあった。
楽しさや喜びもある反面、苦しかったこともたくさんあったと思う。

今はお互いに何とかやってるって感じだろうか。
これから歳をさらに重ねて行くのだから、厳しい場面にも遭遇するであろう。

でもまだお互いに夢の半ばでしかないのも事実。

たぶん死ぬまでその夢を追い続けるのだと思う。

生きるってことは、自分の生きる意味を問い続けることなのだから。

また次の再会を待ち望むのだ。
それもまた、生きる楽しみの一つである。


お寺でレコードコンサート!

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今日はお寺でレコードコンサートを開催しました。

今回の主催は、丹比公民館さんです。
ミュージック・フレンド45さんと丹比公民館さん、そして会場である宿坊
光澤寺がそれぞれ役割を担当して、開催することができました。

朝から雨模様の天候、特にお昼前には土砂降りとなりました。
どのくらい来られるかなと思いましたが、とりあえず約30人くらいの椅子
席を準備して、来場をお待ちしておりました。

会場10分前には20人くらいでした。
いつもこのくらいとお伺いしていましたので、いい感じかなあと思っていた
のですが、開始の頃には来場の方が一気に増え、最終的には50人の方
がお越しになられました。
椅子席をどんどん足して行き、皆さんに無理なく座っていただけました。
多少湿度は高かったのですが、気温はさほど高くならなかったのも幸い。

公民館活動の一環ということで、町内放送を何度かされたことが、集客の
ポイントだったのでしょう。
そしてこの企画を知っておられた方も増えてきていたということ。

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今回は、曲目リストを予め用意していません。
これは次にどんな曲がかかるか、皆さんに興味津々になってもらいたい
という趣向です。
一曲目は松田聖子の「青い珊瑚礁」から始まった、そう今回の選曲は夏
バージョンです。
夏にちなんだ曲を、ミュージック・フレンド45の方々が用意されました。

歌謡曲とポップスと洋楽を取り混ぜて、合計20曲。
今日の前には、いつもの田中さんの解説が入り、曲が終わるとみなさん
拍手されます。

最後までゆっくりと聞いておられた方が多かったですね。
夏の日曜日の午後、懐かしい昭和の歌を聞きながら、30年から40年の
時間を一気に遡ることができます。

終了後にはレコードコンサートなのにアンコールがありました。
MCの田中さんもお喜びの様子、2曲が用意されていました。

このレコードコンサート、簡単にできるようで、すぐに誰でもできるという
訳ではありません。

かなり手が込んでおり、さらには多くの環境が整って初めて開催できるの
です。
終了後はスタッフの方々を中心に座談会も自然に始まっていました。

この企画は、町おこしに有効だと思います。
Uターン・Iターンの方々も無理なくこの集まりに参加できるし、楽しい時間
を過ごすことができます。
開催するのも、ミュージック・フレンド45の方々がいるので、難しくはあり
ません。
これを八頭町の名物企画として、継続して開催できるように願っています。
これは実は、八頭町の大きな宝物であると言うことに気づいて欲しいと思
います。

今日の関係者の皆さん、ご苦労様でした。
そしてご来場されたお一人お一人の方々の思いも、大切にし感謝したい
ですね。

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休みを合わせて宿坊でゆっくりと過ごす休日もいい

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大型台風が日本列島に上陸するとき、お二人は関東からやって来られました。
予約をいただいていて、台風が直撃するので飛行機が飛ばないのでは、と心配
していた。

連絡があって、無事に山陰に到着したので、宿坊には泊まりますとのことでした。
それから山陰方面は台風の影響もあまりなく、逆に天候に恵まれた旅行になった
ようです。

「私雨女です」と言われていたけど、どうしてどうして、この台風直撃の中誰もが
厳しいと思っていた中ですから、強運かも知れませんね。

宿坊に到着されてからは、ゆっくり、そしてのんびり過ごされていました。
自然の中、そして静かな中でゆっくりと。

普段できない体験をしてみたいとのご希望でした。
お寺に泊まるってこともなかなかできないでしょう、そしてもちろん体験も。

お経を唱え、仏教のお話しもし、作法も少し。
写経や瞑想も体験して行かれました。

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宿泊もお二人なので、気がねすることもなく、お風呂にもゆっくり入れるし、食事
もゆったりです。

体験の時間もお二人の予定に合わせて。

こんな宿泊施設は、全国を探してもおそらく見つからないでしょう。
出発もチェックアウトが12時なので、体験もしっかりとできるのです。

お二人はお仕事の休日を合わせて旅行に行かれるそうです。
楽しそうに話しておられる姿を見ていると、うらやましいなと思いました。
こんな風にでかける旅行もいいなと・・・。

でもこんなにゆっくりとできる宿泊施設はないだろうなとも。

ここにしかない、そしてここでしかできない場所、そんなところが宿坊光澤寺の
目指すところです。

特に観光地でもないので、この宿坊を目指して来られる方がほとんど。

東京や関東方面から来られる方も多いですね。

今年の夏は、一度宿坊体験をして見られてはどうでしょう。

きっと思い出深い夏になると思います。


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イスラーム腕時計に続いて仏教徒腕時計はないの?

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イスラームの民、いわゆるムスリム(イスラム教徒)。

ムスリムのための腕時計が、日本のカシオから発売されている。
いまアラブではこの時計が大ヒットしているらしい。

ムスリムには五行が課せられている。
それを守ることがムスリムの証でもある、コーランで説かれていること
なので、絶対でもある。

その中でも一日五回の礼拝は、日々のとこですから大変になってくる。
世界中どこにいても、必ずメッカのカーバ神殿を向いて礼拝しなくては
ならないのです。
この方角のことをキブラといいます。

方角を間違ったら意味がない、モスクでは必ずこのキブラを向いて礼拝
する様にできているが、海の上とか知らない町とかでは方角が分から
ない。
その為のコンパスは必需品であろうが、時間は太陽によって違うので、
その季節によって礼拝の時間が変わる、これでは世界中で正確に把握
するのが困難だということでしょう。

そこにこのカシオの腕時計が発売された、それはヒットすることが約束
された製品でもあるのです。

ラマダン(断食)も分ったりで、ムスリムにとってはこの時計が必需品と
なるのでしょう、特に旅をする人にとっては。
礼拝の時間と方角が見れば分かるのですから。

もちろん日付も、イスラム歴が分かるようになっているそうです。
イスラム社会ではキリストの西暦ではなくイスラム歴が重要なのは察し
がつきます。

これらの機能には、かなり高度が技術が使われている。
カシオでなければ作れなかったでしょう。

この時計を見てうらやましく思いました。
仏教徒にはこんな時計はないなあ。
世界共通の礼拝とか儀礼とか行がないから、必要ないといえばそれま
でですが、何か仏教徒向けの時計がないかと考える。

暦は仏歴があります、でも仏歴は国によってまちまちで、これも統一さ
れていない。
朝のお勤めの時間もお寺や僧によって違うでしょう。

せめてお釈迦様の記念日が分かるような、後は何か仏教的なものを
取り込めると、意外と買う人がいるかも知れない。

そんなことを、この時計を見ながら感じたのです。

顧客データ流出について考える

個人情報管理、これって会社にとっての生命線であるはずだ。

金融機関・保険会社・通信事業者・通販会社。

どれもが顧客情報によって成り立っている会社である。

でもすべての業種で顧客情報が流出している、それも日本を代表する
企業であるのだ。

その生命線である顧客情報を流出してしまう原因は何か。
それは営業的側面と経費削減、そしてその結果生まれる外部委託で
ある。

今回の流出事件もそうである。
顧客データの委託と再委託である。

この企業のの顧客情報は価値が高いでしょう。
売り上げ確保のために、様々な販売促進策が練られる。
時代は少子高齢化、企業ににとっては向かい風です、でも業績を下げ
る訳にはいかない。

勢い、外部に委託し様々な販促策が実施され情報流出の危機が高まる。
顧客情報が欲しい企業はたくさんある。

今回の件でも、購入した企業がどこの情報か分からなかったと言ってい
た。

そんな訳はありません。
大企業が大金を出して顧客情報を買うのです、それも同業者がです。
相当な社内決裁が必要です、だったら担当者は何と説明するのでしょうか。
何所の情報か知らないで売るわけもないし、買う訳もないです。
企業の担当者なら、そんなことは当然当たり前のことだ。
「一切知らなかった」というのは、世間の風当たりを避けるためだけです。
このときの一切は、上層部はという言い訳ですね。

そしてその企業の専用コードまで印刷して、それを使ってしまうということ。
膨大なデータを使って販促をするとき、データの加工まではなかなか手を
つけられないので、そのまま使ってしまう。
もちろんすべてコスト削減で外部委託。
購入する側も外部委託なので扱いはいい加減なものである、担当者は知
っていても上層部はそこまでタッチしないし、そこまでの情報も上がってい
ない、ただ数字を見ているだけなのです。

今回の教訓は、流出した側も手に入れた側も、どちらにも良い結果とは
ならないと言うことだ。

外部の人間を信用するしかない。
こう言っている限りは、この手の事件は必ず起こります。
なぜなら、もう数十年も同じことを繰り返しているのに、この手のことは
なくならないから。

これほどの企業であれば、当然それ相当の防衛策を講じておくべきであ
ったと思う。

顧客無視の業績至上主義と、グループ会社の上下関係となあなあ主義、
管理の甘さが重なった、起こるべくして起こった当然の結果でしかない。

顧客データの管理には、外部の人間を信用していたなどでは言い訳に
ならない。
それを起こさないためにするのが顧客データ管理です。
顧客データ管理は難しいと言った時点で、その企業はアウトなのです。

おそらく顧客データが適当に扱われていたのでしょう。
経営者としては、「なんでそんなことをした!」と思うでしょうが、それが
その企業のモラルであるので、経営者の責任として受け止めなくては
なりません。
私も企業に勤めていたことがありますが、今回の場合最前線の現場を上
が理解していないということも大きな問題だと思います。
こうしろと言うだけで、現場理解がなければ負荷ばかり高まります。
結局外部委託依存の社内体制になってしまいます。
アウトソーシングがブームでしたが、それが今回の弊害となったのです。
アウトソーシングした部門は、もう社内では誰も対応できなくなっている
から、だからそこで起こっていることを誰も知らないのです。

その企業にとって何が重要かを理解し、その問題点を徹底的に洗い出
しておかないと、この様なケースになります。
今回の件では、その企業にとって顧客データは最重要課題だったはず
ですが、アウトソーシングしていて何も対応されていなかったのです。
皆が信用していた企業だけに、厳しい判断が下されるでしょう、今後の
対応がどうなるのか見て行きたいですね。

ただ幸いなのは、直前に経営トップが交代していたことでしょうか。
会社内への突破口がグッと深まりましたので、その経営力がまさに試さ
れることとなりました。

今回の件に限らず、企業秘密だって外国の産業スパイにとっては、日本
は楽な国だと思ってしまうでしょう。
まして日本の顧客情報は取り放題です。

流出した顧客側こそ被害者であるのです、その代償は限りなく重い。


人生が二度あれば・・・

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「人生が二度あれば・・・」

このフレーズを聞いて、曲を思い浮かべる人は50代以上の人かも知れない。

私が高校生の頃に聞いた歌だ、そのころの井上陽水はスーパースターだった。
フォーク世代の最後の巨人だったのかも知れません。

この後は一気に、アリスとかユーミンとかニューミュージック系、と松田聖子など
のアイドル系が主流となって行く。
そういえばサザン・オール・スターズがデビューしたのもこの頃だ。

この歌を聞いてたら、65歳の父と64歳の母のことを思って歌っているのが分り
ます。
その中に・・・、年老いた父というシーンがある。

この歌は35年くらい前の歌。
その頃は60過ぎたら老齢の域に入っていたのかも知れない、やけに人生の
哀愁を感じさせる歌なのだ。

今の時代、男性が65歳ならまだまだこれからと言ったとき。
女性の64歳に至っては、これから人生を楽しむぞって感じ、女子会花盛りです。
ほんの少し前の時代と今でもこれだけ違うんだなと、あらためて感じた。

昔はもう一度人生をやり直したいって言う人が多かったように思う。
この歌でもそう。
でも人生は一度きりである、少なくともこの生に於いては。

最近ときどき聞くことは、もう一度若い頃に戻りたいですか?
そう聞くと、意外と「もういい」って言う人が増えた様に思う。

それって、生きて行くのが大変、学校・仕事・結婚・子育て。
もう十分ってことでしょうか。

それとも、楽しい人生だった、いろんなことがあり過ぎて、もう十分ってことなので
しょうか。
今は自由な時代なのです。

チベット仏教だったら、また生まれ変わるんだから別にどうでもいいと思うのかも
知れないな。

時代と社会、国と環境によっても、それぞれ思いが違うのでしょう。

今の日本は平和なのは間違いない。

何にしても、もう十分って感じなのではないでしょうか。



鳥取因幡組第8期連研の準備作業

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浄土真宗本願寺派で活動のバロメーターと言えば、やはり連研(れんけん)で
あるだろう。

この活動は、各組(浄土真宗本願寺派寺院の単位地域)ごとに実施されている。
全国の中では、連研を実施していない組もありますが、この活動を推進していな
い地域は厳しいのではないでしょうか。

鳥取因幡組では、今回第8期を迎えます。
毎月一回、それを連続12ヶ月で一期となり、修了すると本山で行われる中央教
修への参加資格が与えられます。

結構厳しいスケジュールの様に思われますが、私が連研担当となった第6期と
第7期は、ほとんどの方が欠席もされずに終了されました。

この連研に参加していると、仏教や浄土真宗、そして作法や経典などの基礎知識
が得られるだけでなく、会場が毎月変わりますから12ヶ寺を訪れることができる
のも魅力の一つです。
自分のお寺だけではなく、いろんなお寺を見てみるのも楽しいものです。

研修は、午前10時~午後3時まで。
この中に、参加者が班別に分かれて話し合う、話し合い法座もある。
これがみなさんとても参考になって楽しい様です。

私が連研を担当して3期目ですが、他の寺院のご門徒さんとも顔見知りになれる
ので、私としてはそれも楽しみだったりします。

そしてなにより、この連研に参加された方々は、お寺に熱心になられます。
お寺のことを理解され、そして基礎知識が学べ、自身が付くことも大きいでしょう。

結果は、すべて各寺院の活動に反映されるのです。

今回も人数の心配をしておりましたが、予想を超える方が参加され、うれしい結果
となりました。

今月から第8期が始まります。

その資料に準備を鳥取市の養源寺さんで行いました。
執行部のご住職の皆さんが、一所懸命に製本作業をします。

参加される皆さんへの思いを込めるのです。

さあ、みなさんもぜひ連研に参加してみましょう!



「しあわせについて語ろう」・・・本当の幸せとは

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「しあわせについて語ろう」

こんなテーマでパネルディスカッションを開催します。

しあわせって、心の持ち方で変わる。
でもこの心は、社会環境によって、教育によって、変えられていくのだとも
感じています。

しあわせは人それぞれに違う。
でも社会がある価値観を共有できたなら、その社会の幸せ感はまた違う
ものになるのではないだろうか。

そんなことをブータン王国から思ったりした。
ブータンって、決して豊かな国ではないと思います、でも幸せと感じる割合
が高いと言う。

日本ほど、経済的にも、物質的にも恵まれている国はないかも知れない。
社会福祉も、この数十年で急速に展開している。
介護も10年前に比べると大きく進化している。
だけど幸せ感が少ないのです、いつも何かを求め続けているからかも知
れない。

つまり物質的な要求や、個人的な要求を幸せの尺度としてしまう心があっ
たなら、幸せではなくなってしまうだろう。
それは、常に周りと自分との比較になり、そしてない物ねだりになるからで
ある。

介護保険がないときは、介護保険が充実すれば幸せになると思っていた。
でもそれが進むと、今度はそれが苦しみになってきたりするのです。

日本全国が同じ幸せ感を共有する必要はない。
ただ、どこかに自分にあった幸せのある場所があればいい。

「やずブータン村」はそんな発想から始まっています。

そこでしあわせをもう一度考えてみてはどうかと思ったのです。

いろんな方のしあわせの考え方、いろんな視点からの幸せ。

そんな4人のパネリストをお願いしてみました。

この4人のパネリストの方と一緒に、「しあわせについて」一緒に考えて
見て下さい。


そんな場所を、宿坊光澤寺にご用意致します。


宿坊光澤寺のHPはこちら!

研修会が増えた・・・お寺の間口はどんどん広がって行く。

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今日は午後から、地元の保育所の先生方が研修に来られました。
人数は10人くらいです。

住職となって3年、宿坊を始めてから2年経つ。
少しづつですが、研修をお引き受けする機会が増えてきました。

研修の内容は本当に様々です。

宿坊を始め様と思ったきっかけは、お寺を解放しようと考えたから。
せっかくある本堂を使って、何かできることはないかと考えていた。

宿坊を始める前は、檀家さんの老人会や婦人会の方々が来られていた。
ときどき地域交流等でお寺でお話しを聞きたいという依頼もありました。

ただ宿坊を始めてからの方が、依頼は圧倒的に多くなりました。
お寺の間口を広げると言う思いが徐々に浸透してきたこと、宿坊に興味を持た
れたこと、仏教の話しや体験をしたいと言う社会的な要求もあると思う。

保育所の先生、小学生の学習会や体験、中学生の地域交流、保護者会、そし
て今年は地元の大学の新入学生の環境フィールドワークと、学校関係は非常
に多くなりました。
それ以外にも、行政関係や公民館や図書館などの課外活動も。
もちろん、お寺関係では、仏教婦人会や寺族婦人会なども来られます。
平均すると、月一回ペースくらいで何らかの研修があります。
こちらから出かけて行くこともあるので、それも含めると機会が増えて行く。

私もそのときの人数や内容に合わせて、本堂のセッティングをする。
テーブル・椅子・座布団・音響・お茶やお菓子など、普通に準備している。
日頃から、宿泊の方や日帰り体験の方、そしてなによりお参りの方が毎日の
様に来られるようになったので、本堂や庫裏、境内の掃除も準備できているの
も、大きな効果かも知れません。

研修等の依頼があれば、私は必ず受ける様にしています。
内容も基本的には問いません、要望に応じて何でもお話しするようにしている。
宿泊の方はほとんどが県外の方ですが、研修は逆に地元の方がほとんど。
やはり地元の人たちに来てもらえるのはとても有り難い、なぜなら、田舎では他
の寺院に行く機会はほとんどないからです。

そして、地元の方々が来られるお寺であれば、宿坊に来られる方も安心して行
くことができると思う。

とにかくお寺に行ってみようと思っていただければ、それでいい。
必ずそこでつながる縁もあるし、お寺ってこんなところだったのって感じてもらえ
るだけでいい。

そんなこともあってか、一度行ってみようと、気安さを感じてもらえているのかも
知れない。

そこには、イタリアン精進料理や手打ちうどんなどの楽しみも加えています。

もちろん、お話の内容や体験など、私自身がもっと様々なことにお応えできるよ
うにならないと、ともいつも感じています。

今はまだ珍しさもあって来られている方が多いだろう、でも何かを感じていただ
けたなら、次もまた来ていただけるかも知れません。

継続して来ていただくために、私自身ももっと変わって行かなくてはいけません。
そして来るものを拒まず、一回一回真摯に対応して行くこと、そして準備を怠ら
ないということを心がけています。


宿坊光澤寺のHPはこちら!




お寺の名物創り・・・光澤寺うどん試食会での評価!

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今日はお参りの方と、光澤寺うどんの試食会をした。
その方はかなりグルメであり、さらにはお世辞を一切言わない方です。
なので、うどんをときどき試食していただき、その評価を聞いています。

今日の評価は、「とっても美味しい!」でした。
僕も過去最高の出来だと感じたし、坊守も同じだった。
おそらく自己評価では、鳥取県内で一番美味しい「きつねうどん」だと思います。

今年のお正月、お寺の名物を作ると決意した。
お参りに来られた方や、宿坊に来られる方の楽しみが増える様に。

お寺だからと言って、お参りや体験や法話だけではない楽しみがあっっても良い
と考えたのです。

お寺と言えば蕎麦ってイメージもありますが、うどんが嫌いって人はあまり聞いた
ことがない。
そこで私は、光澤寺名物をうどんにすることにした。

2月末の平日に1泊2日で、坊守と一緒にうどん行脚に讃岐に出かけた。
名店と言われている店を約10店舗周り、それぞれの特徴を調べた。

4月には大阪に行って、きつねうどん発祥の店で、きつねうどんも食べた。
昨年ですが、浪速の肉うどんの名店と言われる千歳にも行った。
鳥取県内の、うどんが美味しいと言われる店もすべて周った。

そして4月から手打ちうどんを打ち始め、やっと3ヶ月を過ぎたところです。

材料にこだわると言っても何も分からない、とにかく何でもいいから始めようと、
うどん用の小麦粉を讃岐からネットで購入した、100%国内讃岐産です。

アゲもいろいろ試しましたが、今日の試食で使ったアゲが一番美味しい。
地元八頭の「さじ谷豆腐」のアゲがぴったり、アゲはこれに決定した。

出汁やアゲの決め手となる醤油は、宿坊の料理に使っている、青谷町のイナサ
醤油の淡口醤油にこだわっている。

出汁は、昆布・煮干し・粗節・カツオ節を使い、すべて国産です。

材料はできる限り国産、そしてできれば地元にこだわる。
材料もほぼ決まり、安定した味が出せる様になりました。

出汁とアゲは、前の晩から仕込みます。
出汁は昆布と煮干しを一晩水に浸し、先ずは水で出汁を取って行く。
アゲはその名の通り油分が多いので、前の晩から水で煮込み油抜きをして行き
ます、そうすると柔らかくマイルドなアゲが出来上がります。

麺はその日の状況によって決める、前の晩から仕込むこともありますが、朝から
仕込むこともある。
季節や温度で水や塩分を調整する、こちらもほぼ安定した麺になってきました。

特に今日の麺は、モチモチ感、喉越し、太さ、コシ、どれをとっても有名店の麺に
は負けていないと感じた。

まだ一般には出していないので、光澤寺にお参りに来られた方か、宿坊に来られ
た方で、希望があったときのみ作ることにしています。

うどん好きの方、一度光澤寺うどんを食べにきてみんさい。


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「今度インドで写経会を開きます」・・・それはいいですね。

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                   (住職の写経・・・選択集の書写中です)

先日宿坊に来られたお客様。

ご主人のインド駐在にお子さんと一緒に、同伴しておられるそうだ。
年に2回、日本の実家に里帰りされている中での訪問でした。

いろんなお話しをお伺いし、驚くことやら興味深いことがたくさん。
いろんな意味で、インドは興味深いなあと、あらためて感じた。

宿坊では写経を体験された。
お話しが続いたので、お子さんを迎えに行くのに、時間が無くなってしまい、
途中で終了することになった。

でも、「写経はどの様にするのか、分かればいいです」と言われる。

「私、7月にはインドに戻りますが、インドで写経会を開きたいと思っています」

「エーッ!そうなんですか?」
驚きと言うか、感動と言うか、いろんな思いがそこにはあった。

「それはいいですね!」

そう言えば、光澤寺においでいただいた英月さんもそんなことを言ってたような。
着の身着のままで渡ったサンフランシスコで写経会を立ち上げられていた。

思わず、「ぜひ頑張ってください」と言いました。

いろんな事情があったけど、ご主人に付いてインドに渡られた。
そこで逞しく生き、そして写経会を立ち上げられる。

「今度は11月に日本に帰ってくるので、そのときにまた来ます」と言われて宿坊
を後にされた。

そのとき、またいろんなお話しを聞けたらいいですね。
楽しみに待つことにしましょう。

もしインドにいらっしゃって写経をご希望の方は、ぜひ行ってみられたらいいと
思う。
きっと、とても素晴らしい写経会になっておられるはずです。

この宿坊は、女性が何かスタートされるとき、今までの生き方を見つめ直すとき、
そんなときに来られる方が本当に多いのです。
みなさん、本当に笑顔で帰られて行く。

この宿坊はきっと女性の力になってくれる仏様なんだな。
そんなことをときどき思ったりするのです。

私もときどき写経をします。
写経と言っても、法然上人の『選択集』だったりします。
これは正確には写経ではなく、書写になるでしょうか。

親鸞聖人が法然上人から許されたと言う、法然上人のご書物である。
その心を感じながら・・・、そんな感じです。

みんなの思いが応援しているのかも知れませんね。


ご家族で絵手紙・・・夏休みは家族で宿坊に!

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今日はご家族4人で宿坊に日帰り体験。

月曜日でしたが、ご家族がお休みを合わせられたそうです。
ゆっくりと本堂で絵手紙を。

お昼は、もちろんイタリアン精進料理。

絵手紙は初めてだそうです、皆さんがそれぞれの思いを。

でも家族だけでゆっくりと過ごすのも宿坊の楽しみです。

自宅にいるときとはまた違った感覚を味わえる。

何より家だと、誰かが忙しくしてたりします。

でもここなら、全員がゆっくりと同じことができ、食事もみんなで食べられる。
お母さんも一緒に楽しめるのです。

お寺なので、希望すればお勤めもできるし、その他の体験もできる。
仏教のお話しから作法まで。

実は宿坊は、家族にとっても最適な場所なのです。

これから夏休みに入ります。
たとえば宿坊に泊まって、家族で過ごす夏休みもいい。

家族のコミュニケーションがゆっくり、体験も様々、仏教のことも学べる。
瞑想し、写経や絵手紙は夏休みの課題にもなるかも。

ここは仏教の基本と、仏教の最先端の両方が体験できる場所。

お母さんも、ここではゆっくりと家族と一緒に過ごせます。
一日一組なら、周りを気にせず家族だけでお過ごしいただけます。

今年の夏は、ご家族で宿坊体験をされてみては!


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鳥取因幡組連研、第8期が始まります。


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                            (第7期連研修了式)

浄土真宗本願寺派では、連研(連続研修会)を推進している。

推進は、組と呼ばれる地域単位毎に行われていて、鳥取因幡組では、
7月より第8期が始まります。

各地によって推進方法は違いますが、鳥取因幡組では毎月一回で、
12ヶ月連続で開催しており、第8期は、2014年7月~2015年6月ま
でとなります。

会場は鳥取因幡組の各寺院を巡回しますので、期間中に12ヶ寺を訪
れることができます。
普段はあまりお参りする機会の無い他寺院に行けるのも、鳥取因幡組
の連研の楽しみでもあります。
講義は会場寺院住職が担当しますので、各寺院の住職の話しも聞く
ことができるのです。

同じ宗派で同じ地域であっても、お寺によって違いはたくさんあります。
他の寺院の良いところを見ることもでき、参考になります。

テーマも毎回違い、参加者の方が班別に分かれての話し合い法座も
あって、皆さんが自分の思いを話しこともできるし、また他の人の考え
を聞くこともできるのです。

時間は午前10時~午後3時までですから、結構長丁場です。
でもほとんどの方が、途中で辞めることなく修了されます。
やはりたくさんお出会いや、浄土真宗のことを学べますから、行き出す
と楽しいのではないかと思うのです。

参加された方は、それ以降、とてもお寺の活動に熱心になられる方が
多い。
自信がつくこともあるでしょう、またリーダー的な意識ができるのかも
知れません。
これは各寺院にとっても、とても有り難いことなのです。

私は連研担当をしており、今回のテーマも企画しています。
この連研の活動状況が、浄土真宗の活動のバロメーターと言っても
過言ではありません。
これからも、できる限り継続して行きたいですね。

今回は、光澤寺は最終の12回目、修了式と公開講座となります。
来年6月ですが、ご講師は未来の住職塾の松本紹圭氏にお願いして
います。
そのときどんな話しが聞けるか、とても楽しみです。


研修会の講師をして感じたこと。

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昨晩は、鳥取市鹿野町にある光輪寺さんの研修会に出講させていただきました。

仏教壮年会・仏教婦人会・若婦人の会の合同研修会で、夜7時からの開始でし
たが、さすが鳥取因幡組で活動が一番熱心なお寺さんです。
多くの方々が参加されました。

これは長年の積み重ねによって初めてできることだなと感じた。
念仏のご相続がしっかりと伝わっているのです。

担当の方々はしっかりと対応されていて、素晴らしいものでした。
私のお寺も見習うべき点は多いのですが、一朝一夕にできるものではないという
ことも痛感したことでした。

テーマは、「死んだらどこへ行くの?」
なかなか難しいテーマです。

浄土真宗ですから、極楽浄土と言ってしまえばそれまでですが、今生を生きてい
る方々に、その思いをどの様に伝えるか。
教義一辺倒では言葉だけになってしまう、でも教義に基づいていなければ、ただ
の世間話になってしまう。

そんなことを考えながら準備して行きましたが、思った様には話せなかったかも
知れない。
ただ皆さんの熱心な姿勢に、こちらも真剣にお話しを致しました。
今回は法座ではなく研修なので、その辺りも踏まえたものです。

寺院様とご門徒さんの関係が、しっかりと築かれていることに助けられた研修会
でした。

私自身、ご縁を感じさせていただきながらも、お育てに遇っていることへの感謝の
気持ちで、お寺を後にしました。

玄関を出て車まで移動するとき、ご住職と担当の若婦の方が傘を持って見送っ
て下さいました。
本当に有り難い気持ちになったものです。

夜8時半頃にお寺を後にした。

「遠く宿縁を慶べ」という思いが、小雨降り注ぐ中、心に沁み込むな。




意識不明のとき・・・「あんた、そのとき何を見とったかね?」

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ある方から聞いたことです。

その方は、ある日突然、心筋梗塞で倒れた。
そこからは意識不明の状態が7時間続いたと言う。
そしてやがて意識が戻った。

そのとき、医者から「あんた、何を見とったかね?」と聞かれたと言う。
その方は、ずっと人生を遡っておられたそうです。
いわゆる「走馬灯」といわれる心の現象である。
意識不明ではあるが、心の中の意識はあるのだ。

そう言ったら、医者は「おお、だからあんたは帰って来れたんだ」と話し
たという。
意識不明のとき、心の中でよく見るものが三つあるのだと。
一つは、「走馬灯」人生をずっと遡る。
もう一つは、「夢」。
そしてもう一つは、「花畑」だそうだ。

「夢」は普段でも見るので、この場合はほぼ意識は戻るそうです。
通常の状態とそれほど変わらないと言うこと。
「走馬灯」も、意識の中でのことなので、帰って来られる。

いちばん危ないのは、最後の「花畑」なのだそうです。

たとえば小川が流れている、その向こうに花畑が広がる。
あっちへ行ってみたい、その衝動に駆られるのでしょうか。
もしかしたら、向こう側から誰か手招きをして呼んでいるのかも知れま
せん。
このとき、向こう側に行くともう帰ってこない、ということなのかな。

よく意識不明の状態になられた方に、後から話しを聞いたとき、いろん
なことを感じておられたことが分かります。

花畑の誘惑は捨てがたいなと思った。
もしかしたら、本当にそんな場所があるのかなと。

戻ったこの世が地獄ってこともあるかの知れません。

でも戻って来られたら、心の価値観が変わっていることもあります。
一度死んだいのちなら、このあとは悔いなきように生きようと。

だからこそ、仏様の存在って必要なのかなとも感じます。
誰もが行ったことのない世界だから、仏さまに導かれる安心感は何物
にも替えがたいでしょう。

誰も知らない、初めてのところに行くのは、やっぱり不安です。

その話しを聞きながら、そんなことを思っていた。


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「アナと雪の女王」と阿弥陀如来

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私の住んでいる鳥取県の東部には、県庁所在地の鳥取市があるのだが、映画
館が少ない町でもある。

映画館が1館しかないので、人気の映画でも見えないことが多い。

現在「アナと雪の女王」が大ヒット中だと言う。
その主題歌である「Let it go」も大ヒットしているらしい。
でも鳥取市では上映している映画館はない。
おそらく全都道府県で、この映画を見た割合が一番少ない県であろう。

平井知事は自虐ネタがお好きなので、このネタも何か出るかなとは思ってるので
すが・・・。
有名なネタとしては、スターバックスが県内に一店舗もないのは鳥取県だけにな
ったとき、「鳥取にはスタバはないけど、砂場はある」と言われたのです。
つまり鳥取砂丘という大きな砂場が。
それがきっかけで、「スナバコーヒー」というお店ができたり・・・。

そう言ったわけで、私はこの映画を見ていない、あくまでもTV情報でしかありま
せん。

今日TVを見てると、この主題歌が劇中とエンディングに2回流れるのだと話して
いました。
でもその歌は同じ「Let it go」と言う歌でも、内容がちがっているのだそうだ。
それ主人公のアナの心の成長によっているからということだった。

まだ悩みの中で自分をこれから解き放って行こうと決意したときと、実際に解き放
たれて、「ありのままで」の自分になれたときの状態。
だから同じ歌でも内容に差が出てくるのだという。

これを聞いて、さすがディズニーだなと思った。
これはヒットすると思えるのです。
良く考えられたストーリー、現代社会が何を求めているかしっかりとリサーチでき
ている。
そしてその脚本や歌までしっかりと考えられている。

そしてこの歌の背景を聞いたとき、さすがヒットするところをきちんと押さえている
なと思ったのです。

実はこれ、全く関係ないけど、「仏説無量寿経」のパターンなのです。
阿弥陀如来は人生の苦を取り除こうと出家します。
出家したときの名は法蔵菩薩、つまりまだ菩薩という修行の身。
でもそのときに誓いを立てるのです、すべての人々の苦を取り除こうと。
それが「本願」なのです。

でもこの「本願」と誓う文が実は二つあります。
それは「本願文」と「本願成就文」です、同じ本願文でも、内容が変わって来るの
です。

つまり、菩薩と言う修行の身であるときに願いを立てる、そしてその願いを成就し
て如来となる。
誓いを建てたときと、その誓いを成就したとき。
だからこの「本願文」も、「アナと雪の女王」のようにそれぞれその心の状況が違う
と言うこと、だからその内容も変わってくる。

歌のエピソードを聞きながら、なるほどと思った。

うーーーん、やっぱりよくできてるものだと。

全然関係ないのですが、僕はそこに共通点を感じたのです。

今回のディズニーのテーマは、仏教だったのかも知れませんね。
そう思います、見ていないけれど。


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大学生のフィールドワークを終えて思うこと。

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6月17日から毎週火曜日、3週に渡って鳥取環境大学の環境学部の新入学生
さんたちのフィールド演習が光澤寺で開催されました。

それがどんな意味を持つのか、自分なりに考えてきました。
10代もしくは20代前半の方々であろう、その方たちが果たして仏教やお寺に
興味があるのだろうか。

宿坊を始めてから、20代の方々も多く宿坊を訪れてくれている。
そして従来の宗派仏教の枠ではない、仏教と心のエクササイズである瞑想を中
心にお話しをすることにした。
ただお寺に行って僧侶の話しを聞くと言うことではないアプローチをしようと考え
たのです。

3回のフィールドワークでは、それぞれ違った話しをしました。
もちろん仏教の話しなので、似ている部分もあるのですが、ちょっと気合が入っ
たときは、話しがバラバラになったりする。
今回もそんなことがありました、法話を何度も重ねていても、やはり思った様に
はいかないものだと、つくづく感じたことでもありました。
興味を持ってもらおうと意識しすぎても、それも逆の結果になったりする。
それぞれ1時間という中で、どう感じてもらえるか、まだまだ精進が必要だな。

日頃は大学生の方々との接点はあまりありません。
それが毎回50人の方にお話しをする機会を得ることができたのは、私にとって
とても貴重な経験でした。

仏教の話しに興味があるのか、瞑想体験をどう感じてくれるのか、どんな内容
の話しをしようか。
あまり宗教的な話しではまずいのだろうか・・・、などなど。

3回目の今日は、前回の反省から、仏教のお話しと瞑想だけに絞った内容にし
た。
瞑想も少し時間を多めにとり、体験をしていただくことを中心にした。

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学生さんたちは、3回とも真面目に受講されていたという印象、礼儀も正しかっ
たですね。
これは引率の浅川先生や担当の方々の指導によるものですが、それでも学生
のイメージは伝わってきました。

宿坊を始めて3年目に入りました。
毎年思いがけないことがあります、今年はやはり何と言っても、このフィールドワ
ークを開催したことですね。

宿坊をやっていなければ、こんな機会はなかったでしょう。
もちろん一人一人との出会いもなく、様々なイベントや行事もなかった。

宿坊でのことは、お寺にとっては、その全てが様々な実践活動になるのです。
そして情報発信につながり、そのネットワークが少しづつ広がってくる。
やはり通常のお寺の運営だけではなかったことです。

それは私にとって想像以上かも知れない、もしくはこんな風になったらいいと考
えていた以上になるのです。

この一つ一つの出会いと縁を自分の糧として、これからのお寺と宿坊を、未来の
お寺へとつなげて行きたい。
思いはただそれだけです。

鳥取環境大学の浅川先生を始めとした、関係者の皆さまこの度は大変お世話に
なりました。
心から感謝しております。

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宿坊で誕生日を迎える・・・心を休めまた一歩踏み出す。

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宿坊に来られた次の日の朝、とても晴れ晴れとした表情です。

この日は誕生日です、朝のお勤めのとき、「誕生日おめでとうございます」とお声
をお掛けしました。

ここ数年お仕事が忙しく、慌ただしい日々を送られていたそうです。
少し一段落したので、宿坊に行ってみようと思い立った。
誕生日に合わせて丁度休みが取れたとのこので、宿坊光澤寺に来られました。

特急停車駅のJR郡家駅までお迎えに行きましたが、昨日と今日はとても良い
天気でした。
山門をくぐると、なぜか周囲の音が何も聞こえなくなります。
聞こえてくるのは、鳥の鳴き声と夕方からのカエルの声だけです。
ゆっくりと自然に囲まれた宿坊で過ごす休日。

宿坊に着かれたら、「日常から離れてみたかった」と仰られた。
忙しいときや慌ただしいとき、そんなとき心を落ち着かせるには、非日常がいい。
でも海外だと日数やお金がかかるし、余計に疲れることもある。
何よりも危険なこともあるのと言葉が通じないと言うことも。

やはり心を落ち着かせるためには、日本国内の方が良いと思います。
そしてここには、そんな非日常の空間があります。
海外まで出かけなくても、心を落ち着かせられます。

その日は、たくさんお話しを致しました、そしてお食事も一緒に話しながら、翌日
は写経と瞑想体験。
心を休め、身体に栄養を摂り、お話しをたくさんして自分自身のことを再確認。
心を落ち着けたなら、また明日から新たな気持ちで一歩踏み出せます。

宿坊光澤寺って、そんなところです。
宿坊で誕生日を迎えられる方は、意外といらっしゃいますよ。
特に30歳前後の方が多いですね。

やはりこれからの自分への期待を込めてスイッチを入れに来られると言う感じ
がします。

今日のこの笑顔に出会えたなら、しっかりと休められたなって思います。

「今度来るときは友だちと来ようかな」、そう仰られていた。

またぜひ、お待ちしています。




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話題の『月刊住職』で、宿坊光澤寺をご紹介いただきました。

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今、話題の『月刊住職』の最新号で、宿坊光澤寺をご紹介いただきました。

本の最後のページの最後に、記事が掲載されています。
内容は、過疎地の宿坊が頑張っているといった感じです。

確かに、現在過疎地の寺院は、その存続の危機が訪れていると言っても過言で
はない。
誰もがこれからどうするか、といった話しも徐々に出始めています。
でも実際は、お寺はすぐには変われません、変化するためにはハードルがいく
つもあります。
そのハードルをやっと越えられるかといったときには、すでに時代は次の段階に
入っていることでしょう。

そんな中で、過疎地の寺院で宿坊を始めたと言うことで、光澤寺に興味を持って
いただいたのでしょう。

記事にある様に、大人気かどうかは周りの判断に任せるとして、実際に山里の
観光地でもない普通のお寺に誰か来てくれるのか、といった問題は最初からあり
ました。

でも考えてみれば簡単です、もし来なくても失うことは何もないということ。
ただそれだけです、じゃあやらないよりやってみた方が何かが残る。
たとえ失敗しても、また次何か考えればいいのです。

お寺って、失敗することを恐れたら何もできません。
変わらないことを目指すのは、変わらないでもやっていけるお寺だけだ。
少なくとも、これからお寺の存続が危ぶまれる寺院は、現在の状況から変わって
行くしか生き残る方法はないのだから。

宿坊を始めたことが成功だったかどうかは、まだ全然分りません。
でも、多くの方々がお寺に心の安らぎを求めに来る、そして体験も大人気である
ことは分りました。
これからのお寺って何だろうと、実際に考えることには十分につながっています。
お一人お一人との出会いはすごく濃く、そして思いに深く刻まれています。
僧侶としてこれほど貴重な体験は中々できないのですから。

そう言った面では、宿坊を始めたことは私にとっては大正解でした。
私が宿坊を始めるときに、考えたこと以上のことになっているのは間違いありま
せん。

この最新号には、松本紹圭氏と井出悦郎氏の未来の住職塾のお二人の対談も
始まっています。

さあお寺はこれからどうなるのか、「悩むことなかれ、どうせいつかは死ぬのだ、
だったら前にまっすぐ歩いて行くしかないでしょう」。


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