宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2015年01月

ロシア交流団の方々が宿坊に・・・

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ロシア交流団の方々が宿坊にお越しになられました。

ロシアの方々が来られるのは、昨年10月に続いて2回目です。
鳥取県は、環日本海交流を推進していて、ロシアとの交流を推進している。

その交流の途中に、宿坊に来ていただけるのは有り難いことですね。

ロシアでは仏教に触れる機会はほとんどありません。
もちろんお寺に行くこともないでしょう。

ウラジオストクには、以前に本願寺があったそうですが、共産主義になって
からは、宗教が認められなかったので、そのお寺も無くなったそうです。

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到着してから、お茶と和菓子でゆっくりしていただいた。
その後は、皆さんに写経を体験していただきました。

皆さん日本語を学んでいらっしゃるし、難しい漢字を書かれる方もいました。
楽しそうに書かれていたので、僕もちょっと一安心。

写真は、割り箸での写経風景。
割り箸は筆よりもはっきりと、字に特長が出てきます。
外国の方の方が、とても趣のある字になることが多いので、面白いです。

その後は、本堂でお寺の拝観と読経、そして仏教のお話しをしました。
仏教のことを分かりやすくお話ししていると、なんとなく理解していただいた
様な感じでした。

かなり深い質問もあったりで、寒い本堂でも盛り上がった。
中には、禅の竟地とは何か?という質問も。
通訳の方にどうしたら分りやすく、でも適切に伝えてもらえるかを考えながら
お話しした。

縁起や四苦八苦のこと、仏教が求めるものなど、一通りお話しすると、意外
と理解してくれたようです。

ロシアの方に仏教は合うのかも知れません。

夕食のときや、その後でもゆっくりとお話ししました。

ロシア人は親日派が多いと言うことも分りました。
ただ、日本人はそのことをあまり知らないのだそうです。
こんなに近い国なのに、日露戦争や北方領土、また戦後のことなどのイメー
ジが強いのかも知れません。

でも、そんな話しを聞くと、日本ももっとロシアと交流すべきだなと改めて感じ
ることができました。

こんなときも、宿坊をやってて良かったなと思えるとき。

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皆さんとても友好的で、優しい方たちでした。
最近、ロシアとの交流が続きました。

なんとなくロシアを身近に感じる様になってきた。
宿坊が、これからも交流の拠点になれたらいいですね。


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仏教はFREEだ!

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おそらく日本ほど宗教に寛容な国はないと思う。

なぜなら日本人は宗教に対して警戒心はあるけど、宗教に対してこだわりは
ないだろうから。

基本的に、Non-Policyだから。

これって悪いように感じるけど、実はけっこういい感じだと思います。

宗教間の対立はあるけど、日本人にはそれは理解できない。

その理解できないってことが大切だって、最近はつくづく思う。

理解できないってことは、相手が何物であっても関係ないということ。

そこに、イスラームとかキリスト教とか仏教とかの壁がないのです。

今、日本だからこそできる事ってあると感じます。

さあ、これから何を始めようか・・・。

そんなことさえ思うのです。

その上に、仏教はFREEなのです。

これ以上の環境は、世界のどこを探しても、日本以外にない。



「眞宗教証興片州 選択本願弘悪世」

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「眞宗教証興片州 選択本願弘悪世」

約800年近く前になるだろうか。

この言葉が、ある書に記された。

「お釈迦様がいらっしゃったころのインド、そこから時を経て遠く離れたアジア
の片隅に、今まさに眞宗の教えと悟りの道がまさに起こされたのだ。
この迷いに満ちた世に、本願を選び取った、それを世の人々に伝えるのだ」

日本の鎌倉時代、でもその眼はしっかりと世界を見つめている。
すべての人々のために、この教えはある。

この書は、『顕浄土真実教行証文類』すなわち「教行信証」である。

親鸞聖人直筆の書として残されている。

思いはそこに結実しているのです。

今、日本を含めた世界を見渡す。
まさにいつの時代も、迷いに満ちているのだろう。

時代や環境は変わっても、人の心はさして変わりはしない。
迷い悲しみ深く、苦しみ絶えることなく続く。
そのことに気づかない。

なぜなら、人はいつも初めての命を生きるからだ。

現代は情報化社会、様々なニュースがオンタイムで飛び込んでくる。

そこにもたくさんの悲しみや苦しみがある。

その教えは現代に通じていると感じるのです。

800年経っても色褪せることなく、さらにその時代に必要となる。

そんな感じがする。

すべての存在が、その心の置き場所を求める。

そこに眞宗の教えが示される。

人々の心を包み込む、そこには何のためらいもなく、すべての人々を。










今年も花粉症が始まりました!

ちょっと最近おかしいなと思ってたのですが、いよいよ今日から本格的に
花粉症が始まりました。

春が待ち遠しいなあ、なんて思ってたら、花粉症のことすっかり忘れてい
ました。

鼻水と喉がおかしいなあ、と思ってたら、目の方にも一日でやって来た。
夜にはクシャミも始まった。

今年の冬は、12月から1月初旬にかけて厳しい寒さだったのですが、
寒の入りの頃から穏やかな天候になっていた。

そのせいか、いつもの年より花粉症が早い。

これからGW頃までのお付き合いです。

花粉症になってから、かれこれ20年近く経ちます。

でも一向に良くはなりません。

毎年かなりの重症なので、頭も重くなったりします。

花粉症にならない方法はあるかな?

これからは、妻にフトンと洗濯物のお願いをしなければ・・・。

外に干さないでと。

いつか花粉症が無くなるときが来るのだろうか?

ちょっと憂鬱だったりします。







大寒の中、穏やかな日曜日

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今日は大寒の中にあって、とても穏やかで温かい日曜日になりました。

今年の冬は、12月の頭から急激に冷え込み、大雪が降りました。
年初も大雪になり、今年はとても雪の多い年でした。

でも、大寒に入ると穏やかな日が続いている。
寒さもちょっと一段落と言う感じです。

庭では蝋梅の蕾が出ている。
普段の年は雪があって目立たないのですが、今年はすっかり雪も消え、その
愛らしい蕾がよく見える。

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メダカも寒い冬は半冬眠状態の様に、鉢の下でじっとしていて、滅多に浮か
んでこないのですが、さすがに今日は温かく、水面に姿をみせていました。

坊守がエサを与えると、たくさんおメダカが一気に食べに来た。

やっぱりお腹は空いてるんだな。

もちろん、このまま春になることはなく、また冷え込み雪が降るでしょう。

でも1月でこんなに穏やかな日があるのは、本当に珍しい。

今までが寒かったせいか、これくらいの気温でも、とっても温かく感じます。

やっぱり四季っていいなと、あらためて感じたのです。

ブラジルからのお客様

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一昨日から二日間、ブラジルの交流団のメンバーのお二人がホームステイ
で宿坊に来られました。

私の兄が、以前にブラジルに行ってお世話になっているので、日本側でも
二年に一度の来日の時には、鳥取県もお世話しているのだとか。
宿坊をしていることもあって、泊まりはこちらに来ていただきました。

一年前に来られたコロンビアの学生さんもそうでしたが、ブラジルの学生さん
も、ダブルスクールと言って、通常の学校とは別に日本学校に行っている。

日本学校では、日本語を学ぶことはもちろん、日本文化も学んでいる様です。
世話人の方は、日本人の学生たちより、日本人らしい心を持っていると言って
いました。
もちろんお二人とも、日系ブラジル人です。

挨拶も礼儀も正しかったですね。
でもそこはもちろん、まだ16歳。
かわいらしいところも、あどけなさも残っています。

50日間で日本を周って行くとのこと、でも疲れた表情は見せない。
若いのだからと、夕食は二日間ともボリュームたっぷりにしました。

二日目は、自分でたこ焼きを焼いてもらった。
とっても嬉しそうに食べてましたね。

二日間とも、たくさんの料理を、残さずに食べていた。

普段はポルトガル語なので、片言の英語と日本語でのやり取り。
あまり日本語を使わなくても、こちらの言ってることは分ってることも多かった。

日本で好きな場所はどこですかって聞いたら、一人は秋葉原、もう一人は奈良
と答えました。

でやはりカナリア軍団の国、二人ともサッカーが好きだそうです。
で、一番好きな選手はネイマール。

宿坊で、ブラジルの方は初めてです。
これで宿坊に来られた外国の方は、9か国となりました。

今月は、もう一グループ、ロシアからの交流団が宿坊に来られる予定です。

皆さんに日本の好きになっていただけるよう、宿坊でも準備をしてお待ちします。


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「若桜鉄道恋物語」・・・日本海新聞コラム「潮流」に寄稿

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2015年1月23日、日本海新聞のコラム「潮流」

今回は、私の4回目の寄稿になります。
毎月一回、23日に掲載されていて、毎回テーマを変えて一回毎に内容を変え
ている。

今回のテーマは、「若桜鉄道恋物語」です。
ローカル線の若桜鉄道、そこで11月より観光ガイドをやっている。
そのとき感じたことをコラムにしました。

私の思いとしては、若桜鉄道に何か物語があったらいいなと思っていた。
それを、駅や列車やホームにまつわる歌をイメージしています。

恋も、恋愛成就型ではなくて、人の思いを流して行く。
そして終着駅の若桜駅が、帰りは始発駅として新たなスタートを切る場所とな
っています。

「改札口を出るころには 雨もやみかけたこの町に ありふれた夜がやってくる」
竹内まりやの「駅」のフレーズ。

「動き始めた汽車の窓に顔をつけて 君は何か言おうとしている
 君が去ったホームに残り 落ちては溶ける雪を見ていた」
これはイルカの「なごり雪」

「あれは三年前、とめるあなた駅に残し 動き始めた汽車に、一人飛び乗った」
ちあきなおみの「喝采」である。

「最終列車が着く頃に よく似た女が降りてくる そして今日も一人 明日も一人
 涙を捨てに来る」
奥村チヨの「終着駅」です。

意外と、駅や列車の歌は悲しい別れの歌が多いのです。

でもそこには、思いを流して新たなスタートを切るという思いも込められている。

若桜鉄道は営業距離が19.2km、古びた駅舎があったり田んぼの中にポツン
と駅があったり。
沿線の風景も、何の変哲もない田舎の山里の風景、それがまた心に沁みる。

そこに物語がある。

そんな鉄道になったらいいなとの思いを込めて書きました。

今回の「潮流」は、今までとはちょっと違った切り口となりました。




「利他主義と宗教」

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「利他主義と宗教」

稲場圭信大阪大学准教授の書籍です。
一昨日の應典院のセッションに出ておられた先生ですが、四人の中でただ
一人僧侶ではありませんでした。

東日本大震災後、避難所と宗教施設のデータを集積され、これからの共生
災害救援マップを作成もされています。

災害時に宗教施設はどの様な支援ができるのか。

確かにこれからのお寺にとって、その存在意義の一つとなるテーマでしょう。
地域や環境、施設によってその役割は違ってくるでしょうが、各宗派もその
あたりを整備しておく必要があるでしょう。

避難所にもなるし、炊き出し等の支援場所にもなる。
広い境内があれば、そこには様々な可能性が広がる。
でも、その宗教施設の人にその意識がなければ、何もできないということに
なります。

幸い、私のお寺は宿坊を兼ねているので、いざというとき、その様な運営は
可能です。

公益法人であるならば、災害時に支援場所としての役割を果たすのは当り
前である。
そのとき宗教施設は、人々の拠り所となるのです。

その様な研究をされている先生が、利他主義に関しても言及している。

利他主義とは、仏教の概念だと思っていましたが、他宗教の説く利他主義と
はどういうものか興味があったので購入してみました。

東北大震災で人々は利他主義を実践した。
その背景にあるもの、どの様な活動だったのか。

また海外の他宗教についても、その利他主義を実地でのヒアリングを元に
解説しています。

仏教と他宗教の利他主義を一緒にとらえている様にも感じますが、それぞれ
の立場を知る上でも面白いかも知れませんね。

まだ読み始めたばかりですが、もし心に留めることがあれば、またお話しして
みようと思います。


イスラム国に思う・・・。

イスラム国と言う名を知ったのは、最近のことです。

アラブ諸国の中で、知らない内に力をつけ、その影響力を大きくして
いる。

宗教は、本来人々に平和をもたらすものであるということ。
これは幻想にすぎないと私は思っています。

宗教って、本来わがままなものではないでしょうか。
それは何故かと言うと、神や仏がいても、それを使うのは人だから
です。
人の手にかかると、さらにそれを組織が運用するとなると、ということ
です。
人や地域や言葉や習慣によって、その宗教観も変わってくる。
それが権力や国と重なるとさらにである。

世界で一番の平和主義者であるとも言える、ダライ=ラマ猊下でさえ、
中国と言う国との問題を、ただ平和的に解決できることもない。

これは、宗教と言っても個人個人ではなく、教団や組織という存在が
あり、そこに他の組織と軋轢や利害関係が発生するから。

そうなると、宗教は決して平和の使者ではないと言うことが分かります。
キリスト教徒にとって正義の様に語られる十字軍も、立場が変われば
見方も変わる。
その背景にあるのは、実際は正義でも何でもない。
南米では神の名のもとに、侵略と殺戮があって、キリスト教国になって
いるという現実。

平和な日本では、宗教と言えば怪しいものくらいにしか感じられません。
もしかすると必要ないもの、その程度でしょう。

でもところが変わると、宗教は生きる意味そのものであり、アイデンティ
ティーそのものになることもあります。

また、宗教は民族で変わることが多く、民族間の対立が、さも宗教間の
争いの様に見えることもあるでしょう。

世界には不合理なことが多くあり、国や地域や人々の格差も大きい。
金持ちや利権を持っているものと、そうでないものとの争いは続く。

そこに、ロシアや中国など、資本主義社会とは一線を画す国もある。
思惑が大きく違うし価値観も違う。

さらにそこに、石油や武器と言う資本主義社会から持ち込まれた利権
によって、対立がさらに激化して行くのです。

9.11の問題、結局そこにイラクは関係なかった。
化学兵器も一切発見されなかった。

一つの国の政権を、あっさりと葬り去った結果が、この事態を招いてい
る。
一つを取り除けば、そこに新たな勢力が出て来るだけのこと。
一つの国や組織を責めること、ただそれだけでは問題は解決しない。

イスラム国を擁護するつもりはありません、でもそこに根差す問題を考
えなくては、同じことは繰り返されるでしょう。

持つ者と持たざる者。

もちろんそこに宗教的な背景も当然あります。

どの宗教にしても、教団と言う組織ができた段階で、内部矛盾を抱えて
いる。

誰が善で誰が悪か?

そんな問題ではないように思うのです。

情報化社会によって、テロや戦争も新時代に突入した。

正義だと思っていたことが、一瞬にしてバッシングを浴びることもある。

宗教も、どれが良い宗教で、どれが悪い宗教と言うこともない。
本来は、ただそこに教えがあるだけなのです。

日本においても、この20年でイスラム教徒は2倍に増えていると言う。
キリスト教徒は決して増えてはいないのに。

それでも、今回拘束されている、日本人ジャーナリストの二人は、何とか
無事に帰ってきてほしいものです。

それだけは宗教者として、私は願っています。
少なくとも、宗教は本来戦いのためのものではないと思っています。



「1995 - 2015 ニッポン宗教、死と再生の20年」の参加して

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1月20日、大阪にある應典院で開催されたセッション。

1995年とは、どんな年であったのか。
1月には阪神淡路大震災が起こった、そして3月には地下鉄サリン事件が
あった年。

それから今年で20年経つ、それで2015年。

その間、日本の宗教そして仏教はどうなったのかを検証するセッションだった。

セッションに参加したのは、会場である應典院の住職、秋田光彦氏。
そして、現在の日本仏教界において論客である釈徹宗相愛大学教授。
災害における宗教の役割を考える、稲場圭信大阪大学准教授。
そして、浄土宗総合研究所副所長の今岡達雄氏の4名の方々。

1995年は山折氏曰く、「日本の仏教が死んだ日」。
日本仏教界が、オウム真理教に対して思考停止状態になった。
そう、何も発言できなかったのです。

この20年間には、阪神淡路大震災と東日本大震災という、未曽有の大災害が
2度も起こった。
そのとき宗教者は、仏教者は何をしたか、何ができたか。

そして、これからの日本仏教、お寺、僧侶はどこへ進んで行くのか。

そんな感じだったと思います。

会場は、應典院のホール、約90名の方々がいた。
その中には、僧侶と思しき方々も多く、仏教関係の新聞社や出版社関係の人
も多かった様です。

その中で、思い通りの発言はできないでしょう、内容も内容だけに・・・。
午後1時から5時までと言う長丁場でしたが、最後まで「おっ!」という発言は
ありませんでした。

セッションの中で出てきたキーワードを紙に書いて貼りだしていましたが、それ
を見ても、まあありきたり程度のキーワードです。
NHKのトーク番組程度でした。

でも仕方がなかったかなとも感じました。
それでも、それぞれの方々の発言の、語感とか間合いの中で、いろいろ感じる
ことはできました。

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この20年で、私自身も変わってきました。
もし10年前の私だったとしたなら、今回のセッションの内容を十分に理解する
ことはできなかったでしょう。

今回は、物足りなさの中にも、自分自身の方向性でずれているものは無いと
いうことも感じられた。

ただ、ある部分で仏教界として、遅々として進まない部分があるのも分かる。

でも若者を中心に、日本仏教は大きなうねりの中にもあるのは事実。

私自身も、これから再生して行かなくてはならない。

今回は、私自身の再生のために参加した。
だから、今回は内容よりも、私自身がそこにいるということが大切だったのです。

会場では、宿坊に来られた方とお会いすることができました。
こんなことも、宿坊をやってることでの縁です。

セッションの後は、その方とご一緒して、日本橋あたりのイタリアン料理の店に
行きました。

適当に入ったお店でしたが、これがまた大正解。
とっても美味しいお店でした。

また行きたいですね・・・。




丹波市にある「みんなの村」の仲間が宿坊に!

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兵庫県丹波市にある「みんなの村」の仲間たちが、5人で宿坊に来られた。

宿坊においでいただいたことのある方のご縁です。

当日は雪で冷え込んでいましたが、無事に到着。

「みんなの村」は株式会社、でもその活動は、地域の課題解決、つまり地域
ソリューション活動です。

Iターンの方向けのシェアハウスを作ったり、学習塾やcefeを展開したり。
でも、会社の本業は、木酢液の製造販売だそうです。

皆さんとても明るく、夜は鍋を囲みながらゆっくりと話しをしました。

さすが会社経営をされているだけあって、その展開や経営についても真剣に
取り組んでいる。

地域や環境、そしてアプローチ方法は違っても、基本的な考え方は似ている
と感じるところもある。
地域おこしをNPOではなく、会社として取り組んでいるところも面白いですね。
やはりNPOだと経営面が甘くなったり、助成金頼りになる傾向にある。
会社と言うことで、そこにまた違った切り口があるのだと思う。

また、何といっても「みんなの村」というネーミングが興味を惹く。

でも、実際は何かと苦労が多いのだと思いますが、皆さん若いだけあって、
元気もあるし、メゲてないって感じがしました。
もちろん経営についても真剣に取り組んでいるのが分ります。

夜も更けた頃、皆さんお休みになられましたが、先週ベッドを導入したところ。
5人の方全員がベッドでお休みになられました。
夜中は冷え込んだと思いますが、「湯たんぽを抱いて寝たので、温ったかった」
と仰っしゃられていた。

朝起きると、昨日とは打って変わって、晴れ上がった日。
とても気持ちの良い一日でした。

全国中で、いろんな若者が頑張ってるんだろうな。

今は地域おこしやIターン支援など、様々な取り組みをしている。
その中でも注目を浴びる存在が出てくるに違いない。

これからもっと面白くなる、町おこしが。









八東日赤奉仕団の方々の研修会が宿坊で・・・お寺の可能性!

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今日、宿坊で八東日赤奉仕団の研修会が開催されました。

地元旧八東町の皆さんなので、良い機会と思い若桜鉄道の山田社長のお話し
を聞く機会を設けました。

ローカル鉄道は、地元住民の理解が一番大切だと考えています。
そこから、地域活性化も始まるのだろうと。
それには直接話を聞くのが良い。

さすがに皆さんも、日赤奉仕団の方々だけに、問題意識も高く、熱い講演でした。
今日は総勢26人の方々がいらっしゃった。

普通だと、この様な研修会がお寺で開催されることはないでしょう。
でも、お寺は本来様々な人が集まる場所であったはず。
そんな思いで始めた宿坊。

様々な方々や団体の方が、研修に訪れて下さる様になった。
これは宿坊を始めたことによる、思いがけない効果だった。

私自身は、そうあることを願ってはいたが、実際においでいただくまでは、分から
ないことです。

各地の婦人会や老人会、小学生から大学生、公民館活動から。
さらには海外からの研修生も来られる。

お寺の新しいカタチに少しでも近づけただろうか。
いろいろと思いを巡らす。

空回りかも知れない、でも始めなければ何も変わらない。

今日は、午前中に山田社長の地方交通の、これからのポイントをお伺いした。
なるほどと納得する。

これから日本全国高齢化社会に突入する。
地方は、その交通ネットワークの整備が急務だが、統一感がないまま進んでいる。
今年の地方創世に対して、従来の発想から抜け出して行くことが大切です。
そうすれば、この八頭町や若桜町は、全国でも先進的な町になる。

講演の前の時間を使って、山田社長が若桜鉄道のグッズの販売をされた。
すると、皆さんのご協力があって、ほぼ完売してしまったのです。

「ローカル鉄道のグッズを買うことは、鉄道ファンにとってお布施の様なものです」
と言われていた、山田社長の言葉が何となく分かった気がした。

みんな思いで動くのだ、その思いが一つの方向に向かって行けば大きな流れに
なります。

お寺も一緒です、お寺だけが、住職だけが頑張ってもたかが知れている。

でも、そこに思いが加われば、また違った動きになるでしょう。

イタリアン精進料理の昼食を終えてから、午後は私の法話の時間でした。
つい話し過ぎてしまい、1時間半という時間になってしまいました。
それでも、皆さんが熱心に聞いてくださいました、有り難いことです。

今日も、尊いご縁の中に生きさせていただいたな。
そう感じた。


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明日の研修会の準備をしています・・・山田社長のお話しもある。

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明日は、地元の社会奉仕の団体さんを受け入れ致します。

多くの方々なので、本当は本堂を使いたかったのですが、さすがにこの寒さの
中で1時間以上過ごすのは厳しい。

そこで、研修会も庫裡の和室を使うことにしました。

午前の部と、昼食をはさんで午後の部との、二部構成となっている。

せっかく地元の方々がお集まりになられるので、今話題の若桜鉄道の山田社長
にお越しいただくことになりました。

若桜鉄道も、今年一年が正念場でもあります。
ローカル鉄道で一番大切なことは何か、私が思うのは地元住民の理解だと思っ
ています。

団体の方にご提案をすると、「せっかくの機会ですから」とのご返事。
山田社長には、お忙しいところ、ご無理を言いました。
お昼には鳥取市で講演をなさるとか、引っ張りだこですね。

でも、若桜鉄道は、今はそれが一番大事なときだと思います。
伝道使となって、地元の活性化を推進しておられる姿には、頭が下がる。

逆に言えば、現在は地元が試されているときでもあります。
せっかく点けた若桜鉄道の光を、消してはいけないし、それをきっかけにして、
大きく燃やして行かなくてはとも感じます。

もちろん、その沿線にある宿泊施設として、宿坊もその支援体制を整えている。

そして、それは若桜鉄道に頼るのではなく、宿坊が少しでも個性を発揮して、
全国から人が来られれば、若桜鉄道にとっても相乗効果になるでしょう。

お互いが独自性を出す、そしてそれぞれが力を発揮すれば、それだけ八頭町
が活性化して行くでしょう。

私は宿坊も、大きな可能性を秘めていると思っています。

研修会や会議など、宿坊を活用していただけると有り難い。
お寺や宿坊は、様々な活用方法があるのです。

そして宿坊には、昼食もご用意できる。

イタリアン精進料理か手打ちうどんのセット(おにぎり・卵焼き・焼魚)から、お選
びいただけます。

法話や体験もご自由にお選びいただけます。

たまには、山里の宿坊で、ゆっくりと過ごされてはいかがでしょう。


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喪失感

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ある方から、お手紙をいただいた。

そこには、その方の思いが書いてあった。

人生とは、ある時は幸せだった、でも時を経るとこんなはずでは、
と思うことがある。

大きな出来事があったときは、その衝撃も大きい。
でも徐々に来る喪失感も、実はとても心に重くのしかかってくる。

たとえば、50代以上になって来ると、この喪失感が大変だと感じ
てきます。

若ければ、何とか頑張って行こうと思うことがある。
身体にまだ自由が効くのです。

でも50代以上になって来ると、そうもいかなくなってくる。

その負担が、徐々に心に響いてくるのでしょう。

「こんなはずでは・・・」ということ。

何かをきっかけに、そんな思いになってしまう。
そこから抜け出すことが難しいのです。

自分でもどうしてよいのか分からない。

周りから見ると、決して不幸には見えない。
逆に、あの家はちゃんとしているから、と思われていたりする。
だから余計に自分の本音を漏らすことができない。

そんなプレッシャーを、自分でも知らない内に自分に掛けている。
気づいたときには、埋めようのない空間が、ポッカリと心にできている。

まだ元気だから・・・。

そう思っていても、話しかけてみる方がいい。
ゆっくりと話しを聞くことが大切だ。

宿坊には、そんな方も来られます。

どなたでもそうですが、ゆっくりと話しをお聞きする。
その方の思いをできるだけ話してもらうのだ。

その中で、私が感じることもお話しする。

その方と、少しでもつながっていることが大切だと思う。

繋がることで、その方の心は少しホッとする。

そして、ご自分の幸せを願うことが大切。

喪失感を持たれた方は厳しいのです。

話しができる所が必要です。

ここは、誰にも気兼ねせず、ゆっくりと過ごすことができます。

一日、仏様の前に座っておられる方もいらっしゃいます。

自由に、そして気兼ねせずに。

写経をしたり、瞑想をしたり、話しをしたり、のんびりしたり。

でも適度に人が近くにいる安心感も同時にあります。

この宿坊はそんなところでもあります。


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宿坊の客室・・・春に向けて準備中!

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宿坊のメインの客室のベッドを入れ替えました。

今日、一台入ったので、これで二台とも入れ替えることができた。

今回は、それぞれ気に入った物をバラバラで揃えたので、二台の高さも違い
ます。

ただ、色は客室のイメージカラーである、ダークブラウンに統一しています。

どちらもシンプルで落ち着いたイメージを重視、お気に入りの二台を揃える事
ができた。

今日入ったベッドはフランスベッドで、クッションの高さもかなり高い。
一方のベッドはカリモク家具で、低くてとても落ち着いたイメージです。

お一人でお泊りの時は、好きな方を選んでいただくことができます。
お二人の時は、話し合って決めていただくことになります。

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従来あったベッドは、今回のレイアウト変更で、二階の客室に移動させた。
こちらは、シモンズのベッドも新たに増やして、5名まで対応できるようにしま
した。

この客室からは、目の前に遠見山が一望でき、周辺の景色も合わせて、四季
をそのままに楽し務ことができます。

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部屋の中には間仕切りもあって、二人と三人に分かれることもできる。
こちらの部屋は、お一人から五人まで対応できます。

今年は、若桜鉄道も観光に力を入れているので、少しでもお役に立てれば
との思いもあって、今回のレイアウト変更になっています。

もちろん、それだけではなく、宿坊も次世代の宿坊を目指しています。
1年~3年までは、先ずは基礎固めでした。

今年の4月から4年目を迎えるにあたって、次の段階へ移行したいと考えて
います。

宿坊のコピーは「心と身体に栄養を」ですから、身体もしっかりと
休めていただきたいと思っています。

仏教体験で心を整えて行く、そして地元の素材を使った料理で身体栄養を
付ける。
そして自然の山里の環境で心を癒し、ゆっくりとベッドで休む。

宿坊10年計画の第一段階である、3年が過ぎました。
これから第二段階へと入って行きます、その為の準備でもあります。

10年計画もあと7年少々、私の描いた絵の通りには中々進まないでしょうが、
それでも絵を描き続けることが、今の私にできる事。

遅々として進まないように感じるが、それでも思い描いていれば、その方向に
ブレずに進んで行きます。

最後は、一大宗教タウンの建設ですから、夢は壮大です。
それも世界からここを目指して、たくさんの、それもすべての宗教の方々が
来られることを夢に見ています。

それまで、あと7年かあ!

まあ行けるところまで、行ってみましょう。


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もうすぐ3年、さらなる空間を目指して宿坊も少しずつ変化する。

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宿坊を始めて、この3月で丸3年になります。

早いものだと思うけど、それでもこんな山の中の宿坊に遠くからもたくさんの
方々がお越しになられた。

一昨年からは、日帰り体験の方々も加わって、寂しいお寺が賑やかになった。

宿坊も3年で一区切り、4年目から10年目に向けて、さらに進化させていと
思っています。
宿坊の設備も、亀の様にゆっくりとして行くしかない。
お金があれば、一気にそれらしくできるのかも知れない。
だけどひとつずつ、ゆっくりと進むことも実は大切な様な気がしています。

家具や置き物、設備を揃えたりレイアウト変更したり。
ときにはリサイクルショップに行って、自分の気に入った物を探す。
特に家具類は、新しい物のデザインが宿坊の雰囲気に合わなかったりする。

年を開けてから、4月に向けて、宿坊のベッドを増やして行こうと考えた。
現在は、お客様用のベッドは最初に揃えた二つしかなかった。
あとは、そのときの人数に応じて部屋を増やし、フトンを敷いていた。

今回は、二組の方々が来られてても、それぞれのお部屋でゆっくりしていた
だける様にと思い立つ。
さらには、和室の客室のベッドは、その雰囲気に合ったものを選ぶと言う事
も同時に考えたのです。

カリモク製のシンプルなデザインのベッドを入れてみました。

今までは、グループの時は、フローリングに布団を敷いていましたが、二階
にもベッドを置き、そこでもゆっくり過ごしていただける様にします。

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そちらには、シモンズのベッドを二つ加え、ここにも一人~二人の方がゆっく
り過ごせる部屋にしました。
間仕切りを開けると、合計5台のベッドルームにもなります。

今年は若桜鉄道が活性化して、様々な旅行企画が立ち上がるでしょう。
そんなとき、宿坊も協力できればと考えている。

お一人でも一日一組、それが宿坊の基本だと考えている。
でも、たとえ二組になっても、宿坊でゆっくり過ごし、体験していただける様に
したかったのです。

一階の和の基本デザインは、ダークブラウンの家具。

二階のフローリングの部屋は、すこし明るめの木目調です。
この部屋からは南側の山が一望できます。

さらに、作務衣も20枚程度増強し、合計30枚程度になりました。
これで、大人数でも対応でき、またお一人でもお好きな作務衣を選んでいただ
けるようにしました。

体験の更なる充実と、宿坊でゆっくりしていただける空気感をさらに目指して。

こんな山里にある、宿坊光澤寺に、ぜひ一度おいで下さい。


宿坊光澤寺のHPはこちら!



中庭の池に糸を張る・・・金魚といのち。

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雪の積もった中庭。

その中庭にある池に糸を張っている。

それは、昨年末のことでした。
お昼過ぎ、知人が訪ねて来た時、池から白鷺が飛び立ったのだそうだ。
そして夕方、本堂の扉を閉めようと中庭を通った。

そのとき、また池から白鷺が飛び立ったのです。

一日に分っているだけで二度。
これはまずい、池の金魚が食べられたかも知れないと思った。

いつもは池に散らばって泳いでいる金魚も、あまり姿が見えなかった。
もしかして、かなり食べられたのかなあ・・・。

その日の夕方、もうかなり暗くなっていたのだが、とりあえず池に糸を張ること
にしました。

次の日、池を見ても金魚の姿は、以前より少なくなっている様にも感じる。

そんなとき、白い金魚が見えた。
白い金魚は生きてたんだなと、少しだけ安心した。
と言うのも、他の金魚は同じ色なので、なかなか区別ができないのです。

やはり、この辺りの池には白鷺やアオサギがやって来る。
一度味をしめたら、何度もそこには来るのだと聞いたことがある。

白鷺も冬場はエサが少ないのでしょう。
この池には、滅多に来なかったのだが、知られてしまったかな。

白鷺のエサのために飼っている訳ではないので、当分の間は、池に糸を張っ
ておくことにしました。

これで鳥が来なくなるかどうか分りませんが、鳥は羽を傷めると飛べなくなる
ので、用心深いはずです。

宿坊に泊まりに来られた方は、金魚を見て癒される方も多いのです。

冬場は雪や氷の下でじっとして、春を待っています。

やはり野生で生きて行くには大変だなとも思った。

冬の若桜鉄道19.2kmの旅・・・、今日は観光ガイドです。

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今日は、若桜鉄道観光号のガイドデーです。

私は、今年初めての乗車となりました。
前日の雪もあって、朝はまだ道路は凍っていました。

鳥取発9:45発の観光号ですが、私は若桜から乗り込んで鳥取まで、先ず
行きます。

自分がガイドしているときは写真を撮れないので、若桜から鳥取までの間に
写真を撮ることにしました。

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若桜駅構内のSL、C12とディーゼルの機関車です。
若桜はかなり雪が多いですね。

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若桜駅を出発したところです、一面真っ白で、いかにも雪国って感じです。

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丹比駅のホーム。
駅舎の柱には、1911年のCARNEGIE社のレールが使われています。
これって、とっても珍しいのだそうです。
もしかして日本でここだけかもしれません。

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丹比駅を出て、徳丸駅を通過したところ。
レールがまっすぐに伸び、遠くには氷ノ山山系の山なみが見える、若桜鉄道
の見所の一つです。

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八東駅から安部駅の間です。
晴れ間ものぞき、雪の量もかなり少なくなってきた。

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安部駅のホームです。
ここは「男はつらいよ」のロケ地で、寅さんが旅立つシーンに使われました。

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若桜鉄道の魅力は、360度周りの風景が見えるところです。
運転席から見える景色も、一緒に見ることができる。
前にいると、とても楽しいですよ。

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船岡駅では、休日の学生さんたちが乗って来ました。
地元に密着してるって感じがします。

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船岡まで来ると晴れ上がり、雪もほとんどなくなります。
とても同じ町とは思えないくらいに、風景が違って見えます。

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船岡駅を出ると、八東川にかかる橋脚があります。
写真の通り、この橋脚はカーブを描いているのが分ります。
通常、列車の橋脚は直線なのが普通ですね、その方が安全でコストもかか
らないから。
カーブした橋脚は、とっても珍しい、これが目の前で見ることができます。

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郡家駅に到着です。
雪もほとんどなくなりました。

冬の若桜鉄道19.2kmの旅、いかがでしたか。

本当に一駅毎に景色が違ってくるのが、よく分かります。

これも冬の若桜鉄道の楽しみの一つなのです。

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ちなみに、こちらは私の今日のガイド風景です。
若桜鉄道さんのfbよりお借りいたしました。

僧侶としてではなく、参列者として葬儀を見ると・・・。

昨日、親戚の葬儀が岡山県でありました。

今回は、私は僧侶としてではなく、親族として葬儀に参列する。

普段とは見る風景が違うので、そのはそれで興味深くもあった。

同じ宗派のお寺さんによる葬儀だったので、自分との違いもよく分かる。

もちろん地域が違えば、葬儀の風習も違ってきます。

「こんなふうにやってるんだな」と感じることもあります。

ただ、客観的に葬儀をみることで、葬儀における僧侶の存在意義なども
考えたりしました。

もっとこうした方がいいのに、とか勝手に思ってしまうのも、職業病かな。
一般の参列者の方々は、そこまで考えないでしょう。

故人は、私も若い頃にお世話になった方です。

いろんな感情も交じりながらも、僧侶的な観点から見てしまうということ
もありました。

会館での葬儀のありかたや、僧侶の在り方。
いろいろ考えさせられる部分もあった。

ただ今回は、久しぶりにお会いする親戚の方も多かったですね。
近況をあまり知らなかったので、皆さんがどうされているのかが分って、
葬儀には参列できなかった母に、帰りに寄ってみんなの話しをしました。

故人への追悼もありますが、親戚の確認の場にもなります。

普段の付き合いが疎遠になっていることでもある。



ベトナムのベストセラー、「トゥイーの日記」の映画自主上映会を

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「トゥイーの日記」

これは、ベトナムのベストセラーです。
40数年前にベトナム戦争で亡くなった、従軍医師であった女性の日記。
それを、アメリカ軍兵士だった方が大切に持ち帰って、その家族を探していた。

それが2004年、35年後にその母の元に帰って来た。

親戚の葬儀に参列するために、岡山に行っていた。
その葬儀の前日に、別の親戚の家に泊めていただきました。

とても忙しくされているのですが、無理を聞いていただき、歓迎していただき
ました。

その親戚の奥様は、ベトナム語の通訳や翻訳をされています。
そしてその翻訳された本が、この「トゥイーの日記」です。

ベトナムではとても有名な話しであり、若者たちもこの本を読んで、ベトナム戦争
を考えるきっかけとなっている。

そして昨年、奥様とご主人の長年の懸案であった、この本の映画「DON’T BU
RN」の日本語字幕版が出来上がった。

今回そのお話しをお伺いし、ぜひ私のお寺で上映会を開催しようと思った。

そのときは、翻訳をされた奥様とご主人にもおいでいただき、ベトナムのお話し
や、本や映画のことなど、トークショーも一緒にと考えている。

私たちの記憶から遠ざかったベトナム戦争、それはベトナムでもそうだ。

1970年のある出来事からこの日記は始まる。

映画上映会は今年の5月くらいを考えています。

ゆっくりとお話ししていただき、映画を鑑賞していただく。

5月の新緑のかおる頃。

この日本語字幕版は、日本とベトナムの国交樹立40周年記念です。

ベトナム戦争を知らない、若い方にもぜひ見ていただきたい映画ですね。

生きるということを問うのです。










若桜町には銘酒「辨天娘」がある。

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地元にあるものを、しっかりと味わう。

そんなことが大切なのだと感じます。

私の住む八頭町は、鳥取県東部の山間地にあります。
若桜谷とも総称されますが、八頭町と若桜町で構成されていて、そこをロー
カル線の若桜鉄道が走っている。

昨年秋くらいから、若桜鉄道も注目を浴びる様になってきました。

その中で地域を見直す作業が起きています。

その中の逸品として、若桜町に「辨天娘」というお酒があります。

若桜谷に唯一残る、日本酒の醸造元でもある太田酒造が造っている。

お正月明け早々、ちょっとした問題が発生、そのことでお世話になった方に、
辨天娘をお届けした。

お店まで行き、写真の強力の山廃仕込みを買ってきました。
お値段は、3,800円です。

お正月にふさわしい、優雅な魅力を醸し出している。

お店は、実はその日お通夜を営まれるところ、その少し前でした。
入っていいのかなと思いましたが、お店は開いていたので声を掛けてみた。

すると、「いいですよ」とのお返事。
お店の看板娘といった感じの方が出て来られる。

簡潔だけど丁寧な対応です、さすがだなって感じた。

実はこの店のお嬢さんは、あのマッサンで有名な広島の竹鶴酒造に嫁が
れていらっしゃると聞いたことがある。

お店も決して大きくはないのだが、それらしき雰囲気のあるお店であった。

今年は、若桜鉄道の話題と相まって、「辨天娘」の人気も上がるだろう。

そのとき、お酒が本物であれば、一時だけでは終わらない。

実はそれが大事なのだと思っている。

志がなければ、ただの話題性だけで終わってしまう。

地域創世の重要なポイントは、そこにあると思っている。





縁側の同志かな、お正月の宿坊で。

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お正月、帰省に合わせて宿坊においでいただきました。

会社員時代の後輩、結婚を機に退職され、もう20年くらい経ったかな。

ゆっくりと話しをするのは、それ以来かも知れない。
お互いに過ぎてきた時間がある、そして今と言う時間があり、これから過ぎて
行く時間もあるだろう。

そんなことをたくさん話した。

OLのときから、しっかりとした方だと感じていた。
それは、今会っても、全く変わらない。
でも、その過ぎてきた時間の中に、いろんな思いがあったのだと知る。

そんな話しの中で、私自身が気づかされることもたくさんあった。

私が僧侶であるからだろう、宗教や仏教の話題にも、話しは広がって行く。

仏教って、生きて行くことと向き合って行く教えだと、あらためて感じることも。
その人生を真剣に生きてきた人には、仏教の理解は深いのです。

仏教的アプローチとキリスト教的アプローチの違いもある。

生きるということを仏教的にどう捉えて行くのか。

話しをしている間にも、様々な気づきがある。

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大雪の朝だった。

でも、来られたときは晴れ上がっていました。

これからどんなふうに人生を過ごして行くのかな。
そんなことも興味深い。

様々な思いの上に今の自分があり、そしてまた一歩踏み出して行く。

思い通りにならないこともある、だけどそれが自分のためであったことにも
気づかされたり。

仏教で言う「空」とは、すべての存在は移り変わって行くということ。
決して「無」という意味ではあり得ない。

空とは無限性を感じることではないかと思う。

そのいのちは、無限に広がって行くのだろう。

そう感じることができたとき、人の心は解き放たれる。

人はどんなことがあっても、自己中心的でしかないということも、同時に知る。

それが人として生きるということなのだと。

であれば、今の自分のいのちをどう生きるか、それも自分次第ということだ。

思いのままに生きる、なのかな。

今回、お話しをする機会があって、先輩後輩と言うよりも、同志だなって思っ
た。
勝手に同士にされても迷惑でしょうが、いずれ歳を取ったとき、縁側の茶飲み
友だちでもある。

だったら縁側の同志として。


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ときには厳しさに身を置いてみる

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今年は正月から大雪になった。

宿泊の方は大丈夫かな、ちょっと心配していました。

お車でお越し、峠はどうかなと・・・。

でも無事に予定のお時間にお着きになられた。

昨年も、新年に宿坊に来られている。
そして仕事始めに向けて、心を整え集中力を高めて行く。
そんな心で来られていました。

真冬の本堂は寒い、暖房もそれほどは効かない。

「写経は本堂で」、昨年はそう仰られていた。

「今年はどうされますか?」とお伺いする。

すると、「もちろん本堂で、その為に来ていますから」。

今年の本堂は特に寒かった、外は吹雪になっていて、おそらく室温は0℃以下
ではないかと感じる。

ストーブを点けていますが、手足は寒かっただろうと思います。
でも写経を終えられると、満足そうでした。

節目節目に、ときには厳しさに身を置いてみる。
そんなことも、たまにはいいと思う。

ゆっくりと自分と向き合う時間でもある。

夜は、この一年間の出来事など話しをしながら、一緒に食事をする。

お持ちになられていた焼酎を、お湯割りでいただく。

また、来年のお正月も、お待ちしています。

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雪の新年、その景色に心癒される。

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新年を迎えました。

大晦日の夜、雨から雪に変わって、雪の新年を迎えました。
これで雪も終わったのかと思いきや、元旦の午後から本格的な雪になった。

これは積もるなと思っていたら、朝起きると大雪になっていた。

お寺は村の外れにあって、表の道路まで車を出すようにしなくてはいけない。

ここにも、過疎化と高齢化と独居化の波が押し寄せていて、お寺から表の
道路まで100m以上、雪かきをしなくてはなりません。
これがまた一苦労なのです。

朝、お参りが入っていると、それまでに除雪を終えなくてはいけない。

今回の雪は水分も多く、重い雪だった。
なかなか進まず、車を出せないままお参りの時間になった。

とりあえずそのままにして、長靴を履いて歩いてお参りに出かけた。

この一帯は、山陰では豪雪地帯。
でも最近は積雪も少なくなっている。

それでも時々は、除雪をしなくてはいけない。

雪の大晦日から、雪の新年となった。

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でも新雪が積もり、晴れ上がった朝の景色は格別です。
この景色を見ると、日常のことなど吹き飛んでしまいます。

雪は人の心をワクワクさせる、そして心もキレイにさせてしまう。

地元に暮らす人たちは、雪が好きではありません。
除雪の苦労があるし、寒さを一層際立たせるから。

まして山陰の冬は暗いイメージである。

でも、できるなら雪を楽しめたらいい。

たとえば、出勤しないで雪景色の中で部屋が暖かかったら、それはまた、格別
な一日を過ごせます。

雪の八頭も決して捨てがたいと思う。

これだけ便利になった世の中、リタイア後はこんな場所に住むのもいい。

四季がこれほどはっきりした場所は、他にはないでしょう。

卒業式から入学式の間には、必ず桜が咲きます。

今日は、お昼からお客様が来られます。
きっと雪景色に感激されることでしょう。

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