宿坊光澤寺日記・・ひとりばなしのつづき。

光澤寺&宿坊光澤寺&やずブータン村。 山里のお寺で繰り広げる「こころのふる里」作りとお寺復興プロジェクトや、宿坊に来られた方々との出会いも語ります。

2016年03月

やずブータン村文化遺産プロジェクト・・・ブログ開始しました!

やずブータン村文化遺産プロジェクト。

新しいお墓と葬儀のスタイルを提案するプロジェクト。

今までのお墓や葬儀のイメージを、まったく違ったコンセプトで。

お墓や葬儀って、お寺やお墓業者側からの一方通行だった。

それが当たり前と思ってた。

でもそんなことはない・・・。

僕はそう感じている。

これからは、マイ寺院、マイ僧侶、マイお墓。

自分だけのカスタマイズができるのも魅力だ。

これからお墓や葬儀を考えている方に提案します。

今検討してることは、ぜんぶクリアにして私たちの提案を待った方が良いです。

なぜなら5年後には社会が求めるお墓や葬儀が変わっているからです。

お墓もただのお墓ではありません。

オープンカフェスタイルの四季の自然に囲まれた中に、ガラスの扉の部屋に
カラフルなBOXに収まった納骨スペース。

外では自然の草花に囲まれて、柔らかな日差しの中、コーヒーを飲む。

そう、ここは生きてるうちに楽しむお墓でもあるのです。

今までのお寺のイメージを一新して行きます。

プロジェクトのブログを新しく公開しました。
ぜひ一度お読み下さい。


http://blog.livedoor.jp/sakurasakukoutakuji-bunkaisan/


 

日蓮宗の皆さまが宿坊に!

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日蓮宗の広島で教化事業の活動をされておられる皆さま。

宿坊に研修にお越しになられました。

わざわざ鳥取までお越しいただいたこと、感謝しております。

普段は他宗派の方との接点は少ない。

また同宗派でも、お寺の活動を共有することはほとんどありません。

そんな中で他宗派の方と接点を持てるのは、宿坊をやっていることのメリット
だと感じます。

宿坊のメリットは、ただお寺の事業としてだけではありません。

自分自身が多くの方と出会うことができること。
そして、その方々といろんな思いを共有できることにもあります。

今回は一日でしたが、宿坊を感じていただくことができました。

次の日の朝は、宿坊の体験メニュー「こころソリューション」を一部体験して
いただきました。

宿坊で経験してきたことを、皆さんにお話した。

皆さん、熱心にお話を聞いていただき感謝しています。
というのも、自分自身の考えや実践を、他の宗派の僧侶の方に聞いていただく
のは、とても重要なことだと思っている。

仏教を通して、私が実践していることの検証作業にもなるからです。

もしオカシイところや間違ったところがあると、それを指摘していただけることも
あるかも知れない。

朝7時前に朝のお勤めをし、朝食をお摂利いただいた後、8時くらいから体験
をしていただきました。

何やかやと時間が過ぎ、終わってみれば11時を過ぎていた。
おそらく最初のイメージでは9時半くらい予定。

最後に、最近日蓮宗で厳しい修行をされた若手の僧侶の方に、「何かない?」
と先輩の僧侶の方が一言。

その方は、厳しい修行を終えられたばかり。
少しだけお話を聞くと、100日間の修行中3時間毎に水行があるのだという。

日蓮宗では皆さんされるのかと、ちょっと驚きましたが、そうではないと聞き、
少しだけホットしました。

浄土真宗ではまったく感じられないところですから。

そして、「私が5年間かかってたどり着いたことを、分かりやすく話していただ
いた」と仰っておられた。

もちろん、それぞれの思いはあると思います。
宗派の違いもあるでしょう。

ただ、他の宗派の僧侶の方にお話をさせていただく機会は貴重です。

私自身も気づきがあります。

お越しいただいた皆様、本当にありがとうございました。


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西本願寺はビハーラ活動がある・・・もうすぐ26期!

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本願寺派(西本願寺)にはビハーラ活動があります。

今年度は第26期、もう30年以上続いている活動です。

お寺や僧侶が、社会との接点を持つ重要な活動です。

私自身は、いのちを支える活動であると思っています。

ターミナルケアであったり、心のケアであったり、福祉活動であったり。

今のカリキュラムの中心は、カウンセリング・医療や介護・高齢化社会の対応、
なども含まれています。

もちろんそこに、仏教や浄土真宗の視点もあります。

こんなトータル的なカリキュラムはないでしょう。
この点では、西本願寺はいち早く取り組んでいる教団と言えるでしょう。

私も第21期生として参加したことがあります。

この活動には、住職の無関心さが一番問題となるところです。
まあそれは副住職や坊守や仏教婦人会に任せておけばいい的な発想。

お寺として一番重要な研修会であるにも拘らずです。

何ともったいないことかといつも思います。
本当は一番勉強しなくちゃいけない人たちなのに・・・。

だから感覚が世間とずれてるんだろうなと思います。

現在、第26期生を募集中です。

浄土真宗本願寺派のお寺であれば、募集に関して詳しく教えてくれると
思います。

多宗派にはこのような体系的な研修はないので、一般的な臨床宗教師とか
臨床仏教師というセミナーに参加するしかないのです。

こちらは、それよりもいち早く取り組んでいて、さらには内容も濃いですね。

何よりも、実践に勝るものはないですから。

私は、第25期に続いて、第26期も講師として参加させていただくことになり
ました。

「寺院ビハーラ論② 寺院の社会的使命と活動報告」というテーマです。

その中での発題者として参加致します。

もし参加される方がいらっしゃいましたら、そのときにお会いしましょう!


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お寺が生き残る方法って?

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                       (京都 佛光寺)
過疎地のお寺が生き残る方法。

それはとても難しいこと。

檀家減少、寺離れ、葬儀離れと、お寺を取り巻く環境は厳しい。

なのでお寺に人を集めようと、いろいろ考えている。

最近、ふと思ったこと。

寺はなぜ、そこで思考停止になるのか? 

それは現在のお寺が、檀家制度に乗っかっているからではないのか?

檀家があると思えば、そこに依存する。
そしてそこを何とか維持しようとするのです。

でも原点に返れば、お寺って葬儀や法事の場ではない。
であれば、そこからの視点を離れるということが大事なのではないのか。

檀家に頼らず、葬儀に依存しないお寺を作れば、それが本当のお寺の
生き残り策になる。

寺院葬だとか永代供養墓とか、そんな流行に左右されないで済みます。

では、檀家にも葬儀にも依存しないお寺とは、どんなお寺なのか?

それはそれぞれで考えるしかない。

ただ発想というものはそういうことだと思う。

何かに依存している限り、そこに自由で本質的な発想は出て来はしない。

それを捨ててみて、初めて見えてくるものがあるのだろう。

もちろん、葬儀やお墓をすべて捨て去れというわけではありません。

でもそこから視点を外すことで、新しい何かが必ず見えてくるはずです。

今、僕が考えているのは、その視点を外すという作業です。

そうすると、少しだけ見えてくるものがある。

そんな風に思うと、何となくイメージが浮かんでくる。

そうすると、なんだ当たり前のことじゃないと分かる。
仏教で捉えると、今までの日本のお寺が異常だったんだと・・・。

実現可能かどうかなんて分からない。

ただ、たとえ失敗したとしても、やらないときと同じ結果。
つまりお寺は消滅するということ。

であればやってみるしかないのです。

もし失敗したとしても、それはその時にどうするか考えるしかない。

どちらにしても、一度だけの人生。
さらにはお寺を任されるという経験。
宗教法人という、世間からは垂涎の枠組み。

このとき意識するのは、宗教法人は公益法人であるということ。
だから法人税を減免されているということを忘れてはいけない。

これを考えたら、やるしかないでしょって感じです。

それはいつやるの?

そりゃあ今しかないでしょ!


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九州から来られた男性、宿坊を愉しむ。

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九州から来られた男性。

急行停車駅の最寄り駅である郡家駅で降りられた。

お迎えに行くこともできたのだが、連絡があってヒッチハイクで行きますと
のこと。

それを聞いた私は、ヒッチハイク?
歩いて来られるのかなと一瞬思ったのですが、車に乗せてもらうものでした。

さすがに宿坊にヒッチハイクで来られた方は初めてです。

何台目かに聞かれた車が、たまたま私の同級生の息子さんだったという。

「乗せてください」という前にドアが開いて、「乗って行きますか?」と言われ
たそうです。

「それは良かったですね」と思わず・・・。

田舎ですので、宿坊を知っていている人なら、乗せてくれるかも知れません。
でも皆さんヒッチハイクに慣れていないのと、シャイなところもあって、抵抗が
あるのだろうとも思います。

この方は、宗派は違うけど同じ僧侶の方です。

宿坊に興味があったという。

昨日は途中に法事があったり、今日はお寺で門信徒会の総会があったりで、
多少あわただしくしていたのですが、たくさんいろんな話をすることができま
した。

わざわざ九州から鳥取までお越しいただいた。

お寺のこれからの事、宿坊の事、永代供養墓のこと、仏教の事、浄土真宗の事、
話しの話題はいろんなところへ飛んで行く。

私が話を広げすぎたかもしれませんね。

仏教の話は普段はあまりすることがないのです。
もちろん法事や体験で法話をすることは多いのですが、私の方が一方的にお話
しするというパターン。

双方向でとうことになると、寺院同士でもそんな話になることは少ない。

ご希望に添えたかどうかはわかりませんが、ごゆっくりしていただけたと思います。

宿坊を始めるとき、その名前をどうしようかと思ったお話もしました。

結果的に、一番ベタな宿坊光澤寺という名前にしたのですが、結果的にそれは
一番良かったと今は思います。

そんなことも・・・。

それぞれに目指すところは違うかも知れませんが、お互いにこれからのお寺を
目指して行きたいですね。

宿坊同志として、これからの日本のお寺を作って行けたらと思いました。


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三月の宿坊

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春休み、宿坊で家族で過ごす。

一日一組なので、周りに気を使う必要はない。

のんびり、ゆっくりと思い思いに過ごす。

瞑想をしたり、その隣で子供たちは絵手紙を書いている。

この三月は、遠くからこの宿坊に来られた方が多かった。

遠くは青森から。

そして東京からもたくさん。

関東圏や関西、岡山そして九州。

さらにはロシアからも交流団の皆さんが。

お一人の方もいらっしゃり、ご家族やグループの方も様々。

今までは一月から三月までの寒い時期は、お客さんも少なかった。
ただ今年は春休みを中心に、たくさんお客様が来られました。

今年の春休みは、若桜鉄道のイベントもあったりで、山陰方面へ向かう人が
多かったのかも知れませんね。

そこに宿坊があるので、足を延ばしてみる。

ほんの少しは、鳥取へ来る人を増やしているのかも知れませんね。

いよいよ、宿坊を開業して5年目に入ります。

今年はもっと、宿坊を魅力的にして行きたいですね。


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月をさす指

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月をさす指

これは仏教で使われる、譬えの話し。

仏教の真理を月だとする。

その真理に導くために教えを説いている場面。

教えを説くものは、その指で月をさす。

それを聞くものは、月を見ていると思いきや・・・。

月ではなく、そのさす指を一所懸命見ている。

それでは真理はいつまでたっても見えないのです。

指が大切だと思い込んでいる。

これは仏教の世界ではよくあること。
特に宗派仏教はほとんど、このパターンに陥っているのです。

でも誰もそのことに気づいていない。

なぜなら宗派仏教は宗派に閉じているため、月を見る必要がないからです。
さらには月を見なくたって、葬儀と法事に精を出してれば良いだけだから。

私の所属する宗派でもそんなことを感じます。

自らも、このことを感じていなくてはいけないと思う。

月を見ているだろうか・・・。

基本的に、宗派の法話で月の話をしていることを聞いたことはほとんどない。

つまり小手先のことばかりし終始しているような気がします。


しあわせの原点をしることで、人は皆幸せになれる・・・幸せの思考回路。

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青空の上に白い雲が乗っかっている。

このまっすぐに伸びる線路。

皆さんが思っている自分の心とは、実は実体のないこの白い雲。

雲は流れて行くもの、心も同じようにひと時として同じものはなく、そして流れ
去って行く。

自分を喜ばすのも、苦しませるのも、悩ませるのも、この雲がその正体なの
です。

白い雲がぽっかりと青空に浮かんでいる。

これはまだ心が楽しかったり、悩みが無かったりする状態。

でも人の心と一緒、あっという間に曇り空になるり、雨雲が覆いつくしてしまう。
雨雲が覆いつくすと、これからずっとその雨雲が心を覆ってしまうという気持ち
になったりする。

でも絶対にそんなことはないのです・・・。

必ず流れて行く、流れなくさせているのは、実は自分自身の思考なのですよ。

そんな心を自分自身で変化させてゆくことができます。

要は私たちが思っている心は思考回路でできている。
その思考回路を、幸せの思考回路に変えて往けば良いのです。

私たちは、しばしば幸せを勘違いする。

それは条件や環境に幸せを求めて行くということ。

そこに幸せを求めて行く限り、本当の幸せにには行き着かない。

それは、条件や環境に満足ということはなく、常に先を求めてしまうから。
そしてそれを手にしたからと言って、それが幸せではなかったということに気づ
くだけです。

そう、本当の幸せはそんなところにはない、と気づけばよいだけなのです。

気づくと、心は新しい思考回路を通ります。

そうすると、心は少しづつ幸せの思考回路が積み重なって、いつかそれが本当
の幸せへとつながって行くのです。

では、幸せの原点とは何でしょうか?

それはすべての人に共通することでなくてはならない。

でなければ、最初から幸せの人そうではない人ができてしまう。
それは本当の幸せではない。

自分だけが幸せでも、それは真の幸せとは言えない。

本当の幸せとは・・・。

それは、「生まれたこと、この世にいのちを恵まれたこと」。
ただそれだけ。

いのちとは誕生によって宇宙に出現する。

それで、命は完結しているのです。

後は日常のことであり、それがどう生きたって、その命の価値に関係ない。

そのことに気づいたとき、すべての人は幸せになれる可能性が広がるのです。

自分の心がその当たり前に事に気づき、そのいのちを生ききる。

心が幸せになれるなら、その心を元に次の思考が生まれ、その思考によって、
行動が起こされるのです。

人が生きるってことは、ただそれだけでしかないのです。

心が幸せになれば、行動が変わる。

そして周りにその幸せを振り向けることができるのです。

それが仏ということなのですよ。


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春休みの宿坊・・・これからもさらにバージョンアップして行く。

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三月は春休みがある。

宿坊も昨年までは、三月はあまりお客さんが来られない月でした。
やはり1月~3月の冬場は、あまり動きがないのだろう。
雪の心配もあったりします。

でも今年の三月は、春休み前から宿坊に来られる方が多い。

お一人で来られる方、グループで来られる方、家族で来られる方。
そしてロシアの交流団の方々も来られた。

これからも月末まで、ご家族や他宗派の僧侶グループの方も・・・。
県内や遠くは青森、そしてこの宿坊は東京圏から来られる方も多いのです。
この三月もそうでした。

いかにも春休みって感じがします。

お寺の方はそれほど忙しくないので、お客様が来られるのは有り難い。

これも今年はたまたまなのかも知れませんね。

これからも魅力を高めて行こうと思っていますが、四月以降は体験を新たに
増やして行く予定。

今でも体験の種類は多いと思っています。
でも新たに、消しゴムハンコ作りや念珠編み体験も加えて行こう。
さらに写仏も・・・。

そして「こころソリューション」の内容をもっと具体的にアップして行きたいです
ね。
これはやはり、宿坊のメインメニューになると思っています。

それに加えて設備ももっと整えて行くことが大切。
常に何かを加えてさらに快適に、そして独自の宿坊のスタイルを創り出す。
全国中探しても、ここにしかないもの。

これって永遠に求めて行くものだと思っています。

70歳になったときの宿坊を今から楽しみにしているのです。

結局、お寺と宿坊は私の本業ですが、趣味であり生きがいなのでしょう。
そうするとそれが自分の生きる意味になってくる。

ただ、宿坊を運営するという事は楽しいばかりではありません。

グループのお客様が続くという事は、実は洗濯物が膨大になるということでも
あります。

布団カバーや敷きパッド、枕カバーや毛布にタオル類。
作務衣にパジャマに、トイレやバスマットまで、毎日が洗濯の山なのです。

昨日は、11名のグループでしたので、さすがに洗濯機では対応できないので、
コインランドリーに走ることになります。
雨が続くと、結構困ったりもします。

宿坊には、心を休めに来られる方が多い。
その方にゆっくり過ごしてもらうためには、やはり清潔感が一番大事。
設備などは高級ホテルや旅館にはかなわない、でも居心地や過ごしやすさは
負けないように最大限努力します。

お客様が帰られたら、すべて洗濯をして行く。

掃除と洗濯と、食事。

これらが宿坊にとっての原点でもあります。

始めたころに比べると、シーツやカバーや毛布や布団がかなり増えました。
人数に対応するためと、グループのお客様が続いたとき、洗濯していても
間に合う様に。

最近では、これらのものや食器、さらには様々な小物が豊富になった。
高いものは買えないけど、何とか手ごろで気に入ったものだけを。
お店で気になれば必ず買っておくようにします。

4月からは宿坊も5年目になる。

もっともっと宿坊のバージョンアップを目指して行きます。

もちろんこれには、私自身のベージョンアップが伴っていることが前提です。
体験や法話、さらにはお話まで・・・。

そして料理も日々進化しています。

来るたびに懐かしく、でも新しい宿坊を目指して!


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ロシア交流団の皆さんが宿坊に・・・宿坊体験で盛り上がる!

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今日は宿坊に、鳥取県が主催するロシア交流団の皆さんが来られました。

ロシアの方が来られるのは、これで3回目。
いつも思うことだけど、ロシアの方って本当に親日家の方が多いです。
逆に日本はロシアのことをあまり知らないのでは・・・。

皆さん本当にまじめで優しい方が多いですね。

今回は、ウラジオストクとハバロフスクから来られた皆さん。

宿坊に来られる前、同じ八頭町の大江の郷のパンケーキを食べられたそう。
お腹いっぱいの様でした。

そこで宿坊体験に時間を多くとることにしました。

先ずは仏教のお話しと心のことをお話しする。
それから瞑想に入ります。

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これはちょっと難しかったかも知れませんが、分かりやすかったですと仰って
いただきました。

その後は写経です。

外国の方でも書きやすい様に手本を準備します。
皆さん日本に興味をお持ちの方々なので、書道はとてもお好きなようです。

熱心に練習をされて、短冊と扇子に本番を書いて頂きました。
楽しそうに時間が過ぎるのを忘れられているかのようでした。

でも夕食もお出ししなくては・・・。

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準備したのは、タコ焼きと串カツと手巻き寿司。
さらに唐揚げやポテトサラダなど、日本の料理を楽しんでいただきました。
皆さんとてもお腹いっぱいになったようです。

実は外国の方は、タコ焼きが大好きなのです。
それも自分で焼くのがとても嬉しいのです。

締めは、イチゴ大福。
これはとても評判が良かったですね。

せっかく鳥取に来られて宿坊においでになられたのですから、できるだけ
楽しんでいただきたいと準備しました。

部屋も暖かくして、日本の田舎を楽しんでもらえたら嬉しいです。

こんなことも宿坊をやっている楽しみの一つなのです。

夜は、プロテスタントの方がいらっしゃって、いろいろお寺のことや宿坊のこと
を質問を受けました。

とても興味深かった様です。
こちらもいろいろと勉強になりました。

どうぞ日本と鳥取を好きになってください。


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仏教の目的は、こころソリューションなのです!

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「こころソリューション」ということを、私は今年のテーマにしています。

ではこの、こころソリューションとはいったい何だろうと思われるかも知れま
せん。

ソリューション、それは問題解決ということ。
人が生きて行くうえで大切なもの、それは心です。
心が幸せを決め、苦しみの元となり、行動の原点ともなる。

日常の中で、人は心を離れて生きるということはない。
でも、その心のことを何も知らないし、日本のお寺はそれを分かりやすく
教えてくれない。
それは、僧侶がそのことを知らないからだけなのです。
日本の僧侶の大半は、仏教が心の問題を説くことだと気づいていないし、
その問題解決のために教えがあるとも思っていない。

それは、葬儀や法事にばかり心を捕らわれているからです。

ズバリ言うと、仏教とは本来は心のソリューションということなのです。

「えっ、どういうこと?」と思われるかも知れません。

本来仏教に、葬儀や祈祷やお祓い、先祖供養などというものはない。
もちろん戒名を付け、そこに差があるなんてありえない。
そこに至ってはハッキリ言うと、お釈迦さまや各宗派の宗祖をないがしろに
している行為でもあるのです。

でもそれが、お寺の役割じゃないの? 

いえ、まったく違います。

仏教は心の問題を説く教えであって、それ以外のことは全くない。
つまり、現在の日本のお寺がやっていることは、仏教に関係ないことばかり。
でも檀家制度によって、仏教の意味が大きくはき違えられている。

つまり全日本仏教会がamazonの僧侶派遣にクレームを付けたが、本来は
筋違い。
葬儀や法事が仏教の宗教行為であると言ったなら、日本の仏教会が仏教を
間違った方向に進めていることになります。

もしクレームをつけるとしたなら、仏教ではそのような行為は宗教行為とは
認められません。
そう発言したのなら、それは筋が通っているということになるでしょう。

元々、お寺や僧侶が葬儀や法事や戒名、祈祷やお祓いを商売としてきた
ことによるもので、本来仏教の持つ本質的な宗教行為ではない。
さらには現行の戒名制度や祈祷やお祓いは、ヒンドゥーや道教の宗教儀礼
であって、仏教ではありません。
さらには儒教の先祖崇拝もそこに加わった。
要は日本の神道の範疇に属するものが多いのです。
もちろん護摩行もそうです、これはヒンドゥー教とゾロアスター教の影響で
しょうか?
中国でそれが仏教だと言われたので、日本はそのまま輸入しちゃった!
ってことくらい。

葬式教や先祖供養教と名乗っていれば問題ないでしょうが・・・。
それは仏教ではないということです。

もちろんグリーフケアということを含めると、そこに意味を見出すことはでき
ますが、ただ衣を着てお経を唱え戒名を付けてそれを対価とするならば、
そこに意味を見出すのは難しい。

お釈迦様が説かれた教えは、まさに「こころソリューション」なのです。

つまり、心の問題解決をしようということ、これに尽きます。
生きているとき、そこにある心の問いに応えるのが仏教ということなのです。
グリーフケアもここに入りますね。

葬儀や法事にも、そういった意味で大きな役割を果たします。
でもそこに、戒名やお布施という問題が入ってくると、それはどうかと思い
ます。
宗教行為ではなくサービス行為になっているのではないでしょうか?
サービスであれば税金対象にさえなりかねません。
その本質を僧侶や教団はどう問うのでしょうか。
従来のところ、そこはまったくスルーされています。
日本全体が、葬儀や法事のことだけで宗教行為と思っているからでしょう。
さらには教団を形成している主要な寺院や僧侶は、それで莫大な収益を
上げているからですね。
それがなければ、日本の寺院や教団は成り立たない。

もしかすると、日本の仏教が衰退し消滅する可能性すらあります。

まさに末法の世。

でもインドではすでに一度、仏教は衰退し滅亡さえしているのです。

これをお釈迦さまはどう感じられるでしょう。
間違った仏教をスルーすること、それこそがまさに末法だと言われるかも
知れません。
日本の仏教は、まさにそれを問われようとしているのではないかと思い
ます。

法が真理であれば、その教えは引き継がれてゆく。
ただ、世間ではそうばかりではないでしょう。

そのことをお釈迦さまは何とも思われないでしょう。
人々に教えを説くことにはすべてを尽くした。

必要であればそれでよいし、そう思わなければそれでよい。
そんな感じではないでしょうか。

悟りの目的は、自分自身の心の解決が先にある。
そしてその教えを伝え、人々を導くこと。
それが生きる意味であったのではないでしょうか。

「こころソリューション」

実は、これは現在の日本の仏教に必要なキーワードかも知れないのです。
仏教を今生きている人に届ける。

その日常で苦しんでいる方々の心を救って行く。

涅槃は死んだところにあるのではなく、生きている心の中にあるもの。

教義や教えを例え話や有り難い話に置き換えて、本来の仏教の持つ意味
を分かりづらくさせている。
私が所属する浄土真宗ではこの傾向が強い。
多宗派では、祈祷やお祓い護摩など、お釈迦様が否定したことを平気で
行う。
それは日本に仏教が入ってきたときそうだったという事です。
まあそれはそれで、日本の宗派仏教の限界というところでしょう。

先祖を大切にとばかり言う僧侶は、僧侶の衣を着た偽僧侶であるのは
間違いない。
大切にすることの意味をしっかりと伝える、それが大事なのです。

お釈迦さまは亡くなられる前に、こう言われたという。
「私の死にかかわるな、お前たちは修行を続けよ」・・・。

それは人々に教えを説き続けよとの意味でもあります。

「こころソリューション」ができて、日本の仏教は甦って行くでしょう。
もしそれでダメなら、今の日本に仏教は必要ないということかも知れない。

「それはそれ」ということなのだと思います、なぜならそれが仏教・・・。

この世のことは、諸行無常なのです。


さて、これを読まれた皆さんは、どう感じられるでしょうか?

書かなくてよい、余計なことを書いてみた。
日本中の僧侶を敵に回したかもしれませんね。

「では、お前はどうなんだ!」

と聞かれると、「それができない迷いの中にいます」。
これが実態ですね。

葬儀と法事と納骨が主たるお寺財政、それで生活させていただいている。
もちろん、それだけではない道を毎日模索してもいます。

宿坊でお一人お一人と向き合って行くこと、そしてお一人お一人に仏教の
お話しをしながら、心のことに向き合って行く。

それでもまだ批判される対象だと思います。

ただその中でも、仏教的な「こころソリューション」を目指して行きたい。
そう思います。

人々の心の苦を解き放つこと、それが仏教の目的だから・・・。

そして、それがあって初めて葬儀や法事の意味も浮かび上がってくると・・・。

すべての人は、お寺に望むものは違うでしょう。
だから、このお寺はこのお寺としての役割を持って行くこと。
それぞれのお寺が、それぞれの役割を果たせばよいのだと思います。

お寺や僧侶が、葬儀や法事の呪縛から解き放たれたとき、日本の仏教は本物
の仏教として甦るかも知れないのです。
何が本物かは、これからその振り返りが必要となりますが。

「自らを島として 法を島として」 「ただ犀の角のごとく歩め」
それが私の生きる意味だと思っています。


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母と娘、それぞれの思い。

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母娘の通過点。

三月のある日、宿坊に母と娘二人が来られた。

それぞれにそれぞれに思いがある。

そして、それぞれが新しいスタートでもある。

お一人は、この春に大学院を修了し独立されるという。
もうお一人は結婚されていて遠くに行かれている。

旅立ってゆく娘を頼もしく思ったり心配したりと、心は休まるときはないで
しょう。

もちろん娘さん二人にも不安はあるし、お母さんのことも気にかかる。
そんな風に人生って過ぎて行く。

三人そろって旅をする。
旅行中はずっと三人一緒、近くに感じることができます。
とても大切な時間になる。

一緒の時間を大切にする、そしてそれぞれの卒業旅行。

そういえば昨年も母と娘の卒業旅行に来られた方がいらっしゃった。
その時感じたことは、それはお母さんにとっても大切な卒業旅行だったとい
うことでした。

宿坊に来られる方、そこにいろんな思いを感じることができる。

それは宿坊が一日一組ということにあると思います。

だからその思いに触れることができるのです。

二組以上であれば、それはもう感じられないことだと思います。

一組もしくは一人のお客さんとお話しし、体験をし、食事も一緒にさせていた
だくことも多い。

山里の何もないお寺という環境も、心を解きほぐしてくれる。

今日の三人の方も、「本当に良い場所ですね」と仰られていた。

何もない場所、お寺、普段とは違う環境、そこには他に誰もいない。
でも寂しい場所ではないのです。
なぜなら、私たちはおその方とだけ向き合っているからです。

適当な距離感もあるし、ずっと話が尽きないこともあります。

もしかすると、本当にそんな場所は日本中でここにしかないのかも知れない。

今までそんな話を聞いたことも見たこともない。

私自身でもときどき不思議に感じることがあります。
ここって一体どんな空間になっているのかなと・・・。

お客様一人一人の思いが、この宿坊の空間を作っているのかも知れません。

ここに来られたある方が言われていたこと。

「ここはとても素晴らしい空気感のある場所です。これからも利益を追求しな
ければ、ここはさらに魅力的な場所になるでしょう。」

そんなお話を聞きました。

なるほど・・・、そういうことなのかな。

この場所をどんな場所にして行きたいのか。

これからも問い続けて行くのでしょう。


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今日はお寺でヨガ・・・これから始まる心と身体のリトリート!

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今日はヨガを宿坊で開催。

最近は、いろんなお寺でヨガをやるのがブーム。

お寺 de  YOGA って感じです。

今回は、お寺でヨガをやろうって思った訳ではありません。

宿坊をやって、体験を始めるとお寺に様々な方がやって来られます。
そこからいろんな縁がつながって行くのです。

今回は、宿坊に体験に来られた方が、ヨガ教室に行かれていた。
その方が、ヨガの先生にお話しされたそうです・・・、「宿坊良かったよ!」と。

ヨガの先生である、ニシダ マイさんは宿坊から車で5分の所に住んでる。
意外と近いところにいらっしゃるのです。

こんな田舎にと思うけど、別にそれも不思議じゃないな・・・。
でも、たまたま近いのも何かの縁。

そんな感じでつながりができた。

「お寺でヨガやってるところ多いですよ」なんて話から、「とりあえず今度行き
ます」って感じで、私は何もすることなく今日のヨガになったと言う次第です。

今日はまさしく春の日差しが差し込む暖かい一日。

昼間に本堂でやるヨガはとても気持ちよさそう。
何時間でもできそうって感じでした。

参加された皆さんも、仏様の前でのヨガは心が落ち着くそうです。

過疎地の寺院だからこそできることもあります。

なぜなら、「ヨガやってて聞こえるのは、ニワトリと野鳥の鳴き声だけ」って
話されてました。

ゆっくりと心と身体を解き放つ、そんな環境がここにはあります。

仕事や日常のストレスや運動不足も、ここでならストレスなしにできます。
それは環境が大事なのだと思う。

今日はヨガの後は、イタリアン精進料理、そしてお昼からは写経。
平日の昼間にこれだけ楽しめるところは、そうそうないでしょう。

さらにどれもが本格的なもの。

いつか、ヨガと瞑想とこころソリューションをセットにした宿坊リトリートを
やってみたいですね。

心も身体も一緒に整える。

日常で疲れた心と身体、それを一緒に解き放てるのです。

一泊二日くらいでできるといいですね。

そんな企画はどうでしょうか?

もちろん食事は、イタリアン精進料理でベジタリアン。

こんな山里の過疎地のお寺で、それができるのです。
面白くないですか?

ヨガだって、瞑想だって、心のソリューションだって、すべてが揃って、さらに
それが都会でも手に入らないものだとしたら・・・。

そう、こんなことができる所は、全国にここしかないのです。
信じられないでしょうが・・・。

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どこにもできないものが、ここにはあるのです。

写真はイタリアン精進料理、これにパスタが付きます。
今日は、菜の花と梅干のパスタ、季節感たっぷりです。

このパスタは、ハライチの澤部さんがロケのとき食べたパスタです。
とても気に入っておられました。

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こんな贅沢なリトリートがあったら、みなさん参加してみたくないですか?

そして、ここは日常から離れた非日常の空間だけど、日常にスンナリと元気に
帰って行ける場所でもあるのです。

いくらリフレッシュしても、日常で生かされなくては意味がないからです。

ここはリフレッシュだけでなく心と身体を整え、日常に戻って行くためにもあり
ます。


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すでに何かが始まっている・・・、宿坊でスタートする。

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今日、宿坊に来られた男性お二人。

そこにどんな思いがあったのかは分かりません。
いろんな話をさせていただいた。

自分自身でも分からないことってたくさんあるでしょう。

何をどう話してよいか分からないこともある。

それでよいのだと思う。

それは、この宿坊に来るということで、すでに心は動いているからです。

この宿坊ってそんな場所なんだと感じています。

ここに来るという思いを持つ、そして行ってみようと思ったことが大切。

そして来るという行動で、すでに今までと違った自分が動き出しているのです。

思いが起こり、何かが動き出す。

結果がすべてではない。

いつが自分にとってのピークということはないです。

心に思う、そして動き出すということで、その目的の半分は達している。

原因と結果の因は始まっている。

さあスタートしてみよう!


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グループでも宿坊がいい!

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6人グループで宿坊に来られた皆さん。

お一人は仕事のため、朝早く出発されました。

朝食をゆっくり摂られてから本堂に移動。

今日はお彼岸の中日でした。
お経を唱えてみる、たまにはそんな朝も良いかもしれない。
気分が何となく落ち着くのです。

お経のお話を少しだけする。

そのあと瞑想体験を少し。

時間があまりありませんでしたが、こころソリューションのお話をしてみる。
そしてその後、瞑想をする。

ただいきなり座るだけより、心のことを話してから瞑想をする方が入りやすい。

こんな休日も良いと思います。

宿坊は一日一組なので、グループにも丁度いい。
自分たちだけで好きに過ごせます。

今回お越しになられた皆さんは、後で分かったのですが鳥取県で地方創生監
をお努めされていらっしゃる方の同僚の方々。

日本の将来を見据えられるエリートの皆さんでした。
宿坊での休日をゆっくりとお過ごしされたと思います。

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ちなみに今朝の朝食はこんな感じ。

宿坊の朝食は、パンバージョンとお粥バージョン。

一泊の時はほとんどが、こちらのバージョンですね。
二泊のときは、それぞれ。

もちろんご希望があれば、できるかぎりお応えするようにしています。

ホテルもいいけど、たまにはグループで宿坊に泊まってみるのもいい。

一人でもグループでも、一度宿坊言って見られたらどうでしょう。

でもこの宿坊は、他の宿坊とは全く違うスタイルです。

それはいつかご自身で感じてみてください。



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若者グループへの思い

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今日は宿坊に若者グループが来られました。

東京や大阪など各地から集まられて、鳥取で合流。
同じ職場の仲間だそうです。

久しぶりに会う仲間、皆さんとても楽しそうにしておられ、話は尽きない様です。

僕にもこんな時代があったかなあと思ったり。
若いときには若いなりの思いがあったのでしょう。

そんな懐かしさも覚えながら・・・。

明日は若桜鉄道のラッピング列車のパレードを見に行くそうです。
鳥取砂丘も見たいと言われていました。
明日の若桜鉄道、きっと大変な賑わいになることでしょう。

それぞれの思い、それぞれの人生、これから道は開かれている。

ときには仲間と合って、思いをぶつけたりストレスを発散したり。

明日朝は体験をして行かれる予定です。

楽しい週末を過ごして欲しいですね。

一つ一つが大切な思い出になることでしょう。

これから仕事もいろいろ大変になって来る。

そのときの心の支えになればいい。


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美保南地区公民館の皆さまと・・・法話で思うこと。

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3月18日、宿坊の日帰り体験。

鳥取市から美保南地区公民館の皆さんがお越しになられました。
鳥取から来られるので、ここまでの交通手段が問題になります。

市の福祉バスや民間のバスやジャンボタクシーを手配して来られます。
なので募集の人数も定員になるようです。

今日は18名の皆さん。

午前中は、「こころソリューション」。
今年から宿坊で始め様と思っている体験。

まだこれからの体験ですが、実は以前の体験や法話で話してきたことを、
一つの形にしたもの。

ですから、何も新しいものではありません。

ただ、この体験は積み上げてきたものですから、日々進化しているのも事実。
同じようで同じものはないですね。

予定時間を10分ほどオーバー。

一回として同じ話はないので、その時のお客さんの状況や表情で内容は変わ
ってくる。

こちらとしても、一回一回が真剣勝負のような感じ。
上手くいった様に感じることもあれば、もう一つだった様に思う時もある。

でも一年前や二年前とは違っているのは確か。

人にとって同じ時間というものはないのです。

であれば、法話や体験も上手くいったからと言って、同じところにとどまってい
てはならないと思う。

同じ話を磨き上げる落語とは根本的に違うと思うところ。
法話を磨き上げるというのは、私はそれは違うのではないかと思うのです。

だから他の人の法話は聞く意味がないし、聞いても気づきはない。
だから聞かないことにしています。

それならお釈迦さまや親鸞聖人と向き合っている方がいいに決まっています。


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NHK鳥取放送局のラジオ番組「やしろ荘でごにょごにょ」in光澤寺がNHKホームページで聞けます!

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2016年1月24日、全国中が数十年に一度という大寒波に見舞われた日。

光澤寺でNHK鳥取放送局のラジオ番組「やしろ荘でごにょごにょ」の公開
収録が行われました。

放送は2月16日鳥取県内向けでした。

でも、NHK鳥取放送局のホームページで番組を聞くことができます。
ホームページなので、全国どこからでも聞くことができると思います。

ホストのマンボウやしろさん、NHKの田村アナウンサーと上田アナウンサー、
さらには悪天候でやしろさんが来られなかった時のために呼ばれていた、
ほのまるのお二人、ずいぶんにぎやかな収録となりました。

ここでとやかく言うより、聞いていただいた方が早いですね。

上田アナウンサーの絶妙?のトークがいいですね。
結構面白く仕上がっています。

番組はこちらから聞くことができます。
      ↓
http://www.nhk.or.jp/tottori/yashirosou/

自分自身を解き放つキーワード

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今日は、ときどき食事をご一緒するご年配の方と食事に行きました。

その方のご親族の方と三人で、お昼ご飯をゆっくりと食べることができた。

お店は、河原町のある「きくの家」さん。
鮎料理で有名なお店です。

今日の料理は、うなぎのひつまぶし。
鳥取ではなかなか、ひつまぶしを食べられるところはないので、 うなぎを
堪能することができました。

その方と食事をするときは、お身体のことや社会のこと。
さらには生きるということなどに関連する話題が多いが、世代や年齢の違い。
さらには生きてきた時代の違いがある。

そこことを感じながら話をするのです。
その方の思いや考えを感じること、それは私自身の考えを修正したり、深めて
行くことにつながっているかもしれないからです。

自分の価値観や感覚だけに頼ってはいけないということだ。
特に、年配の方のことについては、自分の思い込みが一番よくないだろうと。

そんな中で、日ごろ感じていることがあったので、その話をする機会があった。

私が感じていることはこう・・・。

日本人の価値観は、時間に正確だということ。
時間に正確なことが正しいことという価値観の上に成り立っている社会。
時にそれは、自己犠牲を伴っているにもかかわらず。

それが正とされると、効率が良くまじめな社会が基準となる。

でもそれが他のことにも影響を及ぼし、その枠から外れると徹底的に批判を
受けるということにつながって行くかもしれない。

日本人はとにかく同じ価値観を共有することが大好きなのです。
それがときに、心が苦しめることがあるのではないかと思う。

世界の中で、日本人ほど時間に正確な人々はいないかも知れない。
電車の時間が数分遅れてクレームになる国かも知れない。

そして遅れた人間を責める。

人口の多い、インドや中国やインドネシア、さらにはアメリカやロシアはどうか?
アラブの国々は、アジアやアフリカの国々は・・・。

そう考えると、列車が1分も遅れずに到着すると思っている割合は何%の人々
だろうか。

こんな話を聞いたことがある。

アラブの国で待ち合わせていた時の事。
30分や1時間遅れるのは当たり前だという。
下手をすれば、待ち合わせ場所に来ないことも・・・。

そして遅れてきた人は「インシャアッラー!」といって終わりだという。
それがたまたまなのかどうか分からないし、それで良いのかどうかも分かり
ません。

でも、その言葉があれば遅れてきた人が責められることもなく、悪いと思うこと
もない。

心がその言葉によって解き放たれるのだ。
もちろん何かで死ぬこともある、それも「インシャアッラー!」だ。

すべてが思い通りになることなどない、それが生きるということ。

そのときに自分の心を慰め解き放つことのできる言葉があるということは大切
なのだと感じる。

宗教で使われる言葉には、心を解き放つキーワードがある。
宗教だけではない、生きる上でのキーワードもある。

そのキーワードを受け止められるかどうかが信仰ということにもなります。
そして悲しみや苦しみの中で、その命を支えることにつながるのだろう。

イスラームで使われる「インシャアッラー」もそうだ。
キリスト教などにもある。

「神の思し召し」

「神の御心のままに」

「アーメン」

自分の思い通りにならないこと、そのとき何もできない自分という心を解き放つ。

そこには自分の意志というものは入り込めないのだ。

たとえば、

「南無阿弥陀仏」

これも本来は、自分の意志が入り込む余地はない。

生きるということに関しては、

「ケセラ・セラ」

「Tomorrow is another day」

「それでいいのだ!」

そしてインドでよく使われるという言葉。

「No hurry!  No worry!  Eat curry!」

まあそんなに急がなくてもいいじゃないか、とりあえずカレーでも食べて行け。
といった感じでしょうか。

これらの言葉は、神や仏からではないが、思い通りにならないことを受け止める
ための言葉だ。

それを受け止められたなら、心は解き放たれる。
しかしそれを信じられないと、心は苦しみの中にあるということ。

信じれば救われるということは何か、それは自分自身の心を解き放つということ。
自分自身を受け止めること。

そのときに、自分自身の行為や思考が入らない方が良いのだろう。

話しながら、そんなことを感じた。


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今年の「やずブータン村まつり」は結構すごい!

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今年は、ブータンと日本の国交樹立30周年。

さらにブータン国王夫妻に第一子がご誕生になられた。

どちらも記念すべき年、やずブータン村を名乗っている私どもとしては、ただ
指をくわえている訳にはいかない。

そんなとき、やずブータン村名誉村長であるブータン写真家の関健作氏から
「何かしたいですよね・・・」と一報が入った。

「そうだ、何かしなくちゃ!」ということで、そこから思案が始まったが、何をど
うしようかプランはなし。

やずブータン村もまだ全国的な知名度はないので、ワンチュク国王をお呼び
することはできない。

それで考えたのが、、やずブータン村まつりでお世話になった方々に声を掛
てみようということ。

先ずは、何といってもブータン写真家でやずブータン村村長である関健作氏。
この人がいなくては始まらない。
 
第二回やずブータン村に登場願ったが、その優しさと純粋な人柄に、皆さん
惚れていましたね。

そして昨年の第三回やずブータン村でイスラーム文化を熱く語って頂いた、
冒険家で自称ラクダ使いの中尾和則氏。

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20代の時には、浄土真宗の本願寺派の大谷探検隊が踏破したタクラマカン
砂漠をラクダで踏破。
それからも世界100か国以上を旅している、永遠の旅人でもある。

そして今回、どうしても声を掛けたかったのが、3年前の冬に宿坊にお越しに
なられた方。
宿坊に来られた一週間後にブータンに赴任された、朝熊由美子氏。
現在は、JICAブータン日本事務所所長をお努めされている。

3年前、帰国されたらまたここに来て、お話をお伺いしていただくことになって
いた。
でもまだブータンにいらっしゃる、難しいけど日本に帰られるときもあるだろう。
そのときにやずブータン村にお越しいただくことができたらと考えた。

そんなとき、関さんがブータンに旅立つという。
よしっ!
関さんから朝熊さんにメッセージを託そう!

ブータンに到着された関さんから、連絡があった。

朝熊氏にお会いすることができたそう。
さらには、やずブータン村まつりにおいでいただけるかも知れないとの返事。

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この三人が集まることができたなら、それはかなり面白い話になると思います。

私自身がすごく楽しみです。

できるなら、ブータン王国の話を中心に、三人の方にフリートークをしていただ
くのが一番よさそうです。

関さんのブータン写真展、さらにはブータン料理を作ろう。

関さん曰く、宿坊のブータン料理はブータンより美味しい!

スケジュールや内容は、まだ何も決まっていません。

おそらく秋頃になるだろうと思っています。

これから早めにご案内させていただきますので、どうぞ楽しみにしてください。

今年もやずブータン村まつりは盛り上がります!


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悲しみは悲しみによって癒される・・・

悲しみの中にあって、宿坊を訪ねて来られる方もいる。

いろんな悲しみがある。

経典の中にこんな言葉がある・・・

「悲しみはその悲しみを知る人にしか癒せない」

最初にこの言葉に出会ったときは、「そうなのかな」と感じていた。

ただ特に実感はなかった。

それなら、悲しみに打ちひしがれた人が癒されるということが少ない
のではと感じたから。

逆に、その悲しみを知らないと、悲しみの中にいる人を癒せないのか。

今までで感じたことはこんなこと。

宿坊でいろんな話を聞いた。

そこで感じたことは、悲しみはその悲しみ、ということ。
それは、その悲しみを経験したということではないのだと思います。

その悲しみを自分の悲しみとして感じられるということ。

自分の悲しみとして感じられるのなら、聞くことも話すこともそこを基準として
心が作られる。

心が作られたなら、悲しみの話を聞いて他人事とは思わない。

他人事と思わないようにするとか、共感するということではないのです。

その人と同じ感覚、同じ空気感になるということなのだと思います。

共感するということは、そこに意識が働いていると思う。

思考回路が共感モードになっているだけで、その悲しみをやはり他人事と
いう感覚がそこにはある。

大事なのは、その人との空気感なのだろうか。
それはどう説明してよいか分からない。

共感しようとすると、そこにその思考回路が回ってしまう。
それだと、共感モードで話を聞く人にその空気感が出る。

話す側と聞く側になってしまう。
双方向ではなくなっているということ。

やはり、その悲しみを知るということは、双方向の空気感に成れることか
も知れない。

同じ空気感の中にいるから、共感するばかりではなく、こちらからも話し
かけてゆく。
これが実は重要なのではないだろうか?
悲しみの中にいたり悩んでいたり苦しんでいたりすると、自分の心をうまく
表現できないし、出せないことが多いから。

阿弥陀如来の経典にこんなことがある。
「あなたの悲しみを我が悲しみとして、あなたの苦しみを我がくるしみとして」

教義の細かな部分をあれこれというよりも、大乗仏教経典を読み解くとき、
そんなところの意味を感じてみることが大切なのかな。

教義にこだわるのではなく、そこに書いてあることを素直に読み取ることが
教義理解の近道であり、教義を現代社会に生かすことになる。

カウンセリングとか、ターミナルケアとか、もっと経典を生かした方がよいの
かも知れませんね。

特に浄土真宗にはそう思う。
教義を難しく捉え、それを分かりやすくといいながら、有り難い話に置き換え
ようとしている。
正直言って、法座とか回りくどく面倒に感じることが多い。
さらにはその本質が違っているようにも感じる。

他力だからと言って、すべてが有り難く受け身であるというのはおかしい。

でもそれでは、その悲しみにいる人には通じる機会は少ないし、話が回り
くどいし、有り難いだけの話になりやすい。
40代以下の世代には通用しない手法になる。


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「こころのソリューション」・・・新しい宿坊体験が始まる!

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「こころのソリューション」

宿坊を始めてから、この3月で丸四年が経ちます。
その間、たくさんの方においでいただきました。

私自身が思った以上に、深い思いに触れることができました。
お一人お一人と向き合ってきたことがすべてでした。

この宿坊は、他の宿坊とは違うものにしたいと思っていた。

でもそれは暗中模索、何も見えない中での作業でした。
それが、宿坊に来られた方々の思いに触れることで、進んで行くことができた。

「その場を開くことで その場が磨かれる」
という言葉を、宿坊研究会の堀内克彦さんが語っていた。

それを私はこの四年間で実感しました。
お客様と向き合うことで、宿坊そのものと私自身が磨かれてきたのです。

そしてお一人お一人と話をしてきた内容が、すべてが深い話でした。
喜び・悲しみ・苦しみ、すべてが違う。
カウンセリングとは、その人一人と向き合うことだと実感した。

ただ利益を求め、そのための宿泊施設としていたなら、私自身が磨かれる
ことは全くなかっただろう。

すべてのお客様に感謝しています。

そんな中で私が感じた事。

それは3月に東京に研修で出かけた三日間のことだった。

電車に乗りビル街を歩く。
夜の居酒屋で飲み、研修会では多くの僧侶の話を聞く。
さらには築地本願寺のお朝事にお参りする。

すべてが空虚だった。
リアルだと思っているその世界は、まったくリアルではないのです。
その空虚な空間をリアルだと感じながらみな生きてるんだなと・・・。

この社会には、何かが欠けていると実感したのです。

それは「こころ」じゃないかな・・・。

築地本願寺では、サラリーマンやOLへのアプローチが必要だと話した。
でも教団や寺院や僧侶にはその視点がないということも分かった。
要は僧侶はそれに対応できないという現実もそこにはあるだろう。

自らの経験と、お一人お一人と向かいあうことでしか磨かれない実践。
そして体験を通してしか組み立てることができない、心の授業。
そんなお寺も僧侶もいないことが分かった。

一番重要な問題を避けているのだから・・・。
虐待や自死の問題もそこに入っていかなければ、解決はできないだろう。
そう、すべては一対一で向き合うこと、そこからすべてが始まるのです。

世間話しの延長であれば、その時の楽しさだけで終わってしまう。
さらには絶対に、心の中など出ることはない。

今の日本には、「こころのソリューション」が必要なんだ。

ソリューションとは、問題解決するということ、つまり心の問題を解決すると
いうことです。

日常で感じるストレスや悩みを一緒に解決できないかという思いから始まっ
ています。

今の自分をしっかりと感じること。

心の仕組みを知ること。

生きる意味を知り、命の本質を知る。

ストレスを取り除き、過去を振り返らない生き方に気づく。

自分のすべてを受け止めること。

未来の自分ということを考えてみる。

この世の実体について考える。

本当の仏教に触れてみる。

自分とは何かということを知ってみる。

肩の力を抜き、リラックスする。

現在抱えている問題や、考えていることを整理して行く。

心を綺麗にしてみる。

そして、そこに様々な体験を組み込んで行く。

「こころのソリューション」・・・とは。

ソリューションとは、簡単に言うと、問題解決ということ。
つまり心のことを解決しましょうといった意味です。

ビジネスマン・OL・主婦・学生・公務員・教師・看護師・介護士・医師・
そういった方々には大切なことだと思います。

実際に、そのような方々が宿坊に来られ、この四年間で500人以上の方と
一対一で向き合い、いろんな話をしてきました。
そのすべての積み重ねが、「こころのソリューション」です。

比べるべくもないが、お釈迦様のスタイルは一対一で向き合うこの手法が
取られていると気づく。

定型なものではなく、一人ひとり、その方に応じたものになります。
ソリューションとは、それぞれ違った問題に対して、それぞれの解決
方法を見出すということなのです。
お釈迦様が対機説法で駆使された方便、それこそが現代の仏教に必要と
されるものでしょう。

この体験は、最低でも一泊二日必要になります。
二泊三日でも対応可能です。

最初にお話をお伺いしたうえで、内容を作り出します。

もしご希望があれば、ヨガ体験をセットすることもできる(別途実費必要)。
これは私が指導はしないです。

たとえば、二泊三日であれば、温泉に行ったりパンケーキを食べに
行ったり、ローカル線の若桜鉄道に乗ったり、ということで気分を変えると
いうこともあります。

これってかなり贅沢な心の静養プランだと思います。

東京などで同じメニューをやれば、おそらく二泊三日で最低10万円以上は
する内容でしょう。
一対一なら、もしかすると15万円でなければ採算が合わないでしょう。

それが宿坊光澤寺では、宿泊料だけで収まります。
別途実費が必要なときは、事前にお話をしたうえでご希望があったときのみ
行います。

セミナーなどに参加するより、自分を見つめなおすという作業は、これで十分
でしょう。
そして、日常に戻りまた一歩進むため。

あなたも、この贅沢な体験をしてみませんか?
おそらくこんな体験は、全国のどんなお寺もできません。
なぜならすべての寺院や僧侶に、こんな実践をしているところはないからです。

もちろんどんなセミナーでも、一対一で対応できるところなどありません。
そしてここは普通のお寺なので、心配いらないということです。

イベントやセミナーでは、本当の自分を見つめることはできない。
禅などの体験で自分が変わることなどありません。
なぜなら禅はそれ自体にそんな目的がないから・・・です。

そしてここには、やさしい食事が付いています。
食事も心を休めるためには大切なこと。

今回、東京に行ったことで、私はこのことの大切さに気付くことができた。

そして2月~3月に来られたお客様との話の中で、体験プランを作ろうと
考えたのです。

そう感じたので、この体験プランを始めることにしました。

ただ今まで来られた方は、かなりこれに近い体験をされている方も多いので、
特別に新しいものと言うわけではありません

四年間の実践での積み重ねによるものです。

築地本願寺でそんな話をしましたが、よく考えれば宿坊光澤寺で始めれば良い
と思ったのです。

そうか・・・、それだけのことだった。

地元の保育所から高校まで、関西での大学生活、会社員になって14回の転勤、
さらにはその間の転職。
東京での本社勤務、その会社は本社ビルに6,000人いた。
その中でのマネージャー経験もした。

パワハラって、受ける側だけじゃなく加える側の立場の視点も必要なのです。
そうでなければ、パワハラに同情はしてもそのものの解決はできないから。
一方的な視点からだけでは、何の解決にもならない。

高度成長期前の日本から、高度成長期とバブルとバブルの崩壊。
経済の低迷を経て、僧侶生活と宿坊の開始。

なぜこの体験講座が他ではできないのか?

それは、昭和の時代から現在までの時間の経過の経験。
22年間ビジネス業界に身を置いてきたということ。
さらには仏教を学び、仏教という視点から社会を見てきたこと。
そこに仏教体験を積み重ねてきた。

一番重要なポイントは、4年間で500人以上の方と、一対一で向き合ってきた
ということです。

お一人お一人と向き合ってきた時間は、おそらく平均すると10時間以上になる
でしょう。
つまり5,000時間~10,000時間のの実践が「こころソリューション」の一番の
中心になります。

どんな理論であっても、この向き合うということが一番重要なポイントなので、
他では絶対にできないということなのです。

そしてここには、一切の利害が絡まないという絶対的な安心感があります。

心配であれば、ホームページを見ていただくと分かりやすいでしょう。
全国から年齢や性別、さらには立場がバラバラの方が来られている。

写真はご本人の許可をいただいて撮影し掲載しているもの。
もちろん掲載していない方もいらっしゃいます。

ここは、ただの田舎の普通のお寺でしかないのです。


宿坊光澤寺「こころソリューション」のHPはこちら!


 

築地本願寺が今やることは・・・「心のソリューション」が良いと思う。

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その日の朝、築地本願寺は霧に煙っていた。

この、晴れて太陽の日差しの中なのに霧で建物が霞んで見える。

このときはそれ以上何も感じなかったのだが、あとで羽田空港が飛行機が
着陸できず大変だったことを知った。

今回の東京で感じた事。

それは高層ビルが乱立し、さらに発展してゆく姿。
東京オリンピックが近い、ホテルも建設ラッシュが続く。

ただ全体的に幸せ感がない街だ。

電車に乗ってそれは痛切に感じる。

東京って住みやすい街なのだろうか?

過疎化が進む地方は住みにくいのだろうか。

それはどちらでもない、ただ違いは仕事があるかないか、ただそれだけ。

地方に仕事があれば、そりゃあ地方がいいに決まってる。
東京はたまに来るから面白いのだと・・・。

定年後まで東京に住みたいとは思わない。

若さというエネルギーか、時間と引き換えに得た給料という報酬か、もし
くは事業で成功するか。
それがなければ、逆に厳しいだけの街なのだろう。

築地本願寺は、東京の開教の中心、そこで朝の勤行に参拝する。
東京に来たときは、毎回必ずお参りするのだ。

ただいつも思うこと、その儀礼と法話はまったく力がないと感じた。
心に響かないルーティンワーク、建物を除けば魅力を感じない。

その中で、本願寺から異動されて築地に来られた方を訪ねてみた。
約束はしていませんでしたが、お会いすることができました。

久しぶりにお会いする。

東京で築地本願寺は何を目指すのか。

私はそんな話をしてみた。

東京はサラリーマンとOLであふれている。

そこには心の置き場所がなく、揺れ動く人がたくさんいるのだ。
街を歩き電車に乗れば、それは良く分かる。

東京に住み、東京の当事者であればそのことの重大さに気づかないの
かも知れない。

社会的弱者、たとえば児童虐待や自死の問題。
たしかにメディアではよく取り上げられ、日本社会の問題点といわれる。
それはそれで取り組めばよい。
ただ自死の問題は、心の電話や自死防止センターで解決できることは
少ないだろう。

もっと手前にセーフティーネットを張らなくてはいけない感じる。

みんな心を受け止めてくれる場所、そしてストレスを取り除く方法を求め
ているのです。

仏教は本来、心のことを解決するつまり、心のソリューションがテーマの
宗教だったはず。

この東京で、サラリーマンやOLを支えることは、現代社会の日本を支える
ことになるのだと思う。

都市開教の本質はここにある。

心の問題を解決できない仏教は、それは仏教とは言わないだろう。

そこに求める人がいて、そこに仏教がある。

ただ、いかんせん。
どの宗派も一番弱いところです。

高齢者と子供の対応に精を出すのは良いが、一番苦手なところには一切
手を伸ばそうとはしない。

そりゃあそうだ、僧侶って社会性のない人がほとんど、ビジネス経験など
ないのだ。

一方的に話すことはできるが、社会の問題を受け止めることができない。
ビジネスの現場で悩んでいる人の苦悩に寄り添うことなどできないだろう。

でも、この鳥取の山の中の宿坊に、東京からビジネスマンやOLが訪れて
来られるのです。
そこに問題がある、のであれば築地本願寺が目指すものが自ずと分かる
だろう。

全国でビジネスの第一線で活動し、それなりのポジションにいた僧侶で、
「心のソリューション」プロジェクトを始めるのだ。

もちろんカウンセリングを実践できる僧侶でなければ意味がない。
さらには、仏教や浄土真宗の専門用語を一切使わない、教えを押し付け
ないということは絶対条件。
そのうえで教えもしっかりと内容に込められることが大切。

そんなことできるの?
と思われるかも知れないが、宿坊では日々この実践を行っている。

OL・ビジネスマン・看護師・介護士・教師・公務員・主婦・学生等々。
様々な立ち場の方が、仏教を聞き心を休めにやって来られるのです。
そこには、同じ問題や悩みなどない、それぞれにそれぞれの対応がある。

心ソリューションの講座とワークショップ、さらには実践カウンセリング。

ポジションが必要なのは、パワハラの立場にいるものでなければ、その
パワハラの問題点を理解できないからです。

リクエストさえあれば、来月からでもスタートできる。
かかわる人数は少ないほうが良い。

こんなことはどの宗派もやっていません。

これをやれば、マスコミも興味を持つでしょう。
一番気になるところだし、訴求力がある。

築地本願寺ができないのであれば、個人的に動くしかないか・・・。

だって東京はこの問題があふれてる、おまけに受け皿にない中でストレス
チェックが始まった。


宿坊光澤寺のHPはこちら!




 

坊主モスクへ行く!

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雨模様の東京。

昨日は、神谷町で第四回お寺の未来フォーラムが開催された。

そして今日は、その参加者たちが代々木上原にあるモスクに集結。

私はモスクの中に入るのは初めてである。
今まで、たまたま行く機会が無かったから。

モスクは、東京ジャーミー・トルコ文化センターという。
日本最大級のモスクであり、建設も100年前と歴史もある。

今日は、そこで下山さんのお話を聞くことができた。

とても熱い語りだった。

私のお寺でも、昨年「お寺でイスラムを知る!」というイベントを行ったばかり。
イスラムの話題はテロや紛争ばかり、でもそれが本当のイスラムの姿を間違
って理解していることにつながっている。

そんなときこそ、イスラムのことを知ろうということだった。

下山さんの話を聞いていると、ある部分は浄土真宗によく似ていると感じる
ところが多かった。

ただ、それは日本の浄土真宗が形骸しているが、イスラムではそれが今でも
当たり前のように行われているということ。

約1300年のイスラムの歴史を考えると、すごいことだとも感じる。

宗教が組織や教団化によって、大きく変節していることは、明らかなのです。
これは、クルアーンで様々なことが規定されていることと、クルアーンが絶対
であるということに起因しているのかも知れません。

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私は、世界にある宗教が宥和できる場所は、もしかすると日本ではないかと
感じています。

そんな場所を日本に実現したいものですね。
世界中の宗教者が集まりともに語り、共に学べる場所。

さらにそこに、世界中から教えを求めて人が集まるような場所。

大きな夢ですね!


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東京聖地巡礼物語

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研修で東京に行く機会があった。

今回は、東京にある聖地を巡ってみようと思った。
人は何かを始めようとするとき、何かにけじめをつけたいとき、聖地に行って
見たくなるのかも知れない。

東京に着いた日、東京は雨。
ときどき強い雨になる。
最初に訪れた浅草、東京スカイツリーも霧でほとんど霞んで見えないくらい。

浅草寺にお参りする。

雨の平日でも沢山の人がお参りしている人気のスポットだ。
外国人観光客も多い。

おそらく東京で一番観光客が多いお寺。

仲見世や周辺にあるお店も含めての観光寺院、線香の煙が余計にその
雰囲気を盛り上げている。

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雨の浅草の街を歩く。

そこに東本願寺があった。
ここにお参りするのは初めてだった。

浅草に本願寺があるのは知っていたが、ちょっと繁華街から外れているので、
なかなか訪れる機会がないのです。

浅草寺とは違って、境内に参拝客はいない。
天候もあってか、寂しい感じはする。

本堂に入って、お経を唱える。
宗派は違っても同じ浄土真宗、お経は同じなのです。

浄土真宗には巡礼寺院はない、つまり観光寺院ではないということ。
世間的な御利益は説かないし、祈祷もしなければ御守りも販売しない。

京都にある西本願寺は、世界遺産ということもあって観光客や修学旅行の
学生も訪れるが、他の観光人とはやはり違います。

この東本願寺は、以前は浅草本願寺といわれていたと思う。
ややこしいのだが、京都の東本願寺を本山とする大谷派の東京別院だった
のでしょう。
ちなみに西本願寺の本願寺派の東京別院は、築地本願寺である。

大谷派で内部紛争があって、浅草本願寺は独立して東本願寺を名乗った。
京都にある東本願寺は通称であって、正式名称を真宗本廟という。
そんなこともあって、宗派名と通称と、東京にある東本願寺がこんがらがる。

築地本願寺も元々は浅草にあったと聞いている。
ただ江戸の町が大火になったとき焼失したが、西本願寺のお寺は浅草の
地に再建を許されなかった。
東本願寺は江戸幕府寄りであり、西本願寺は反幕府と見なされていた。
ただその分、幕府への寄進は相当額だった様です。

西本願寺のお寺は、当時江戸前の海だった所に再建が許されたそう。
嫌がらせの様にも思えるが、当時大阪から佃島に移住していた、佃島門徒
の方々が、その海を埋め立てて(築地)本願寺を再建したそうです。

それが今では浅草本願寺は大谷派を離れて独立し、築地本願寺は銀座
近くの一等地になって、西本願寺の東京の拠点としての存在を示している。

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築地本願寺のその姿は、日本の寺院とは全く思えない。
とても不思議な建物、近くには築地市場もあるし、その地の利から有名人
の葬儀が多いことでも知られている。

そして今回、最後に巡った聖地は、東京ジャーミー・トルコ文化センターと
いうモスクです。

研修の一環として訪れたのですが、とても興味深いモスクでした。
普段はなかなか訪れる機会がない。

場所は代々木上原の駅から歩いて10分かからないところにある。

イスラムには僧侶はいない。
ここは日本でも最大級のモスクで、一般にも広く開放されている。
一度行ってみると、イスラムのことがよくわかると思います。

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観光としてではなく、イスラムを知るという目的だと、とても興味深いと思い
ます。

今回東京で回ったのは、この四つの寺院。

東京ならではで、いろんな聖地を訪ねることができる。

違った顔を持つ寺院を、それぞれに感じ学ぶことができるのです。

これからのお寺を考えるとき、様々な宗派や宗教の寺院を知っておくことは
大切になるでしょう。
自分の宗派のことだけ知っていても、それでは足りないでしょう。
知識的にもそれはこれからのポイントとなると感じている。

たまにはこんな旅もいいものです。


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ある東京の夜。

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東京に研修に行った。

その前の夜、あるメンバーが集まることに。
といっても、私が声を掛けたのです。

50代の男三人。

サラリーマンで混み合う町、そこで仕事帰りの二人を待ちました。

入った店は、皆初めてだった。

すぐに満席になる人気の店、安くて旨い。

さすが東京だ、いろんなものをその内側に抱えている。

高層ビルにあるオシャレなお店も、そしてこの町の様に、仕事帰りの多くの
サラリーマンを受け入れる町も。

話しは他愛もない話しが続く。

でも実は、その四方山話しの中で、様々なことを感じ取っているのかも知れ
ない。

ついつい飲みすぎてしまったりするのだが、それもいいか・・・。

楽しい飲みでした。

お互いに無理のない付き合いです。

55歳を過ぎると、そこからは人との関係は重要になってくる。

それは絶対的な信頼関係。

たまにしか会えない関係だけど、強力な支えでもある。

次はいつか分からないけれど、それでいい。

それまでに、また自分が頑張っていられるから。











うれしかったこと!

宿坊をやっていて、良かったなと思うことがあります。

お一人お一人との出会いがあるので、それぞれに思いがある
のです。

そんな中で、今日東京研修から帰ってみるとメールが入っていた。

「大学に合格しました」というメール。

国公立の発表が先週末にあるよと、ある大学の先生から聞いていた。

それは僕にとって気になることだった。

昨年、受験生の方が宿坊に来られたことがありました。

そのとき、いろんなお話を聞きました。

そして僕の思いをお話しさせていただいた。

そして今回の発表。

自分の道を進む、それって大変なことだったりします。

もちろんうまく行くことばかりではない。

それでも信じること。

一人一人に人生がある。

喜びも悲しみも・・・。

そこに寄り添うことができたら、思いはただそれだけです。

この前も、宿坊に泊まられて本当に良かったというメールをいただいたり。

宿坊ってそんな出会いが沢山あります。

今日、ある方からこんなことも、「生きてるお寺ですね!」と。

自分ではそんなこと思っていなかったけど、そう感じていただいている
人もいるんだな・・・。


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気づき!

人の思考回路って、パターンがある。

好きなもの嫌いなものとか。

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚など。

それが思考回路につながっている。

そこに興味があるかどうか。

その興味は、時とともに移ろう。

たとえば今まであまり興味がなかったことに、なぜか興味を持った
とする。

すると、人にはアンテナが立つ。

アンテナが立つと、今まで気づかなかったことやスルーしてたことが、
突然思考回路に飛び込んでくるようになる。

そして新しい思考回路が通じて行くのだ。

思考回路が通じると、その回路が使われるようになる。

するといろんなことが違って見えてきたりするのです。

人生ではこんなことがある。

でも、心に壁を作ったままだと、アンテナが立つことはない。
すると同じ思考回路しか通らないことになる。

やっぱり、人って気づきが大切なのは、そんなことからかも知れない。

もちろん、その気づきもいろいろ。

なので心を整えておくことが必要なのです。

大切なことも、悲しみや苦しみの時にも。

その気づきで人はその感覚の角度が広がる。

広がれば、今までの自分とは違う自分がそこにいるのです。

そんなことを、気づきと言うことから考えてみた。


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お寺は何のためにある?・・・全日本仏教会とamazon

全日本仏教会が正式にamazonの僧侶派遣に対して抗議文書を出し
たと言う記事を見ました。

なぜこんなことが起こるのか?

それは寺院や僧侶が社会に信用されていないからでしょう。

葬儀や戒名に対する不満があるのは間違いない。

それを問題と思っていない方も多いのでしょう。
でも中には、高額なお布施を請求されて困惑されているという話しも
聞きます。

お寺が社会から本当に必要とされているのだろうか?

そんな問題もはらんでいる。

高額なお布施をもらっている寺院の意向によって全日本仏教会が
動いているとしたら、本末転倒である。
先に寺院や僧侶を指導しろということにもなるでしょう。

それは宗教行為ということを前面に出して、文書を出したのであるの
なら。

宗教行為に確かに決まった価格はないのは分かる。

でも檀家制度を前提とした現在の日本仏教であれば、それはおかしい。

さらには、お布施をしっかりもらっている寺院や、檀家がしっかりして
いる寺院であれば、amazonの僧侶派遣は認められないでしょう。

でも世の中の寺院の多くは存続の危機に瀕している。

amazonでなくても、これからは日本の僧侶側からの改革が始まる
かも知れません。

そうなったとき全日本仏教会はどのような対応を取るのでしょうか。

全日本仏教会が先ずやることは、現在の危機に瀕した寺院対策であろう。
そこに全く対策を取らないで、こんな対応ばかりしていたら、その存在は
全く意味のないものになるでしょう。



春の若桜鉄道・・・観光ガイドで行こう!

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宿坊に来られた方は、若桜鉄道に乗られる方も多い。

このホームの風景も懐かしく思われる方もいらっしゃるだろう。

何もないホーム、だけど何となく懐かしい、そんな駅だ。

今日は三月最初の土曜日、私は観光ガイドに行く。

朝から気温が高く、日中は20度を超えたようだ。
冬服を着て行くと、列車の中ではちょっと暑いくらい。

今年の冬は雪景色の少ない若桜鉄道沿線だった。

今日のお客様は、ほとんどが地元の方。
乗った日によって、県外の方が多い時もあるし、地元の方が多いときもある。

八頭町の男女参画事業のグループの方々も乗っておられて、列車内は賑や
かでした。

地元の方々も、若桜鉄道に乗られるのは滅多にない方も多い。
地元の方も若桜鉄道を楽しんでおられるのだ。

地元の方にも若桜鉄道を楽しんで欲しい。

どこから来られたか、年代は、男性か女性か、今日の天候と景色は?

そんなことを見計らってガイドをします。
同じ話しでも、トーンが違ったり振りが違ったり。
そんな工夫も大切です。

もちろん思った通りになることはない。

「今日はとても楽しかったです、また友達と乗りに来たい!」とのメッセージも
いただいたりで、ガイドとしてはうれしいものです。

上手く行くときもある、そうでないときもある。
その中でも少しづつ工夫をして行く。
そこに楽しみもある。

ガイドのポイントは、その沿線のことをしっかりと勉強すること。
でもそれをそのまま話せば良いということではない。
駅ごとにポイントを絞り、お客さんの興味がありそうなことを選ぶ。
そしてお客さんを車窓に向けてもらえるように・・・。

そんな細かい心遣いが大切なのでしょう。

ローカル線の観光ガイドでも、いろいろ面白いのですよ。

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ぜひ一度、若桜鉄道に乗りに来てください!

日本で唯一、ローカル線住職ガイドに会えるかもしれません。
まあ、それは私ですが・・・。


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マインドフルネスの本が届く。

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マインドフルネスが今とても流行してきていると感じる。

私がマインドフルネス、つまり東南アジアに伝わるテーラワーダ仏教の瞑想
である。
その瞑想をヴィパッサナー瞑想と言う。

瞑想はアメリカに伝わり、アップルやグーグルというIT企業にも取り入れられ
ていることから、アメリカではセラピーや心理療法の有効手段として認識され
ている。

その瞑想が日本に本格的に入ってきたのは1990年代。

オウム真理教の事件等があって、瞑想やヨガが一時敬遠されたことがある。

それが、スリランカやミャンマーの僧侶が来日し熱心に伝導したことから、
日本にも瞑想が根付いてきた。

それが現在の日本の心の問題等もあるのか、急速に認知されてきている。

一般的にはマインドフルネスといわれて、様々なセミナーが開催されてきた。

私がマインドフルネスに出会ったのは、今から10年ちょっと前。
東京で会社員をしていたとき、お寺に戻るかどうするかということを考えていた
とき。
様々な仏教講座を巡っていた、まさに心の巡礼状態。

そのとき近くの区民会館で、スマナサーラ長老の講演会があることを知った。
何も知識がないまま、その講演会に出かけた。

その講演での話しは私の中に残っていました。

その後お寺に戻り、瞑想が気になっていたので、スマナサーラ長老のセミナー
を探して瞑想会に出かけていた。

それが瞑想との出会い。

それから京都に行き、浄土真宗を中心とした仏教の勉強をし、龍谷大学の
図書館に通ったり、宗派の資格を取ったり、仏教に浸った3年間を過ごした。

お寺に戻った後、宿坊を始めるとき、新しい宿坊のスタイルを始めようと考え
たとき、体験を中心とした宿坊を始めることにした。

その体験の中心の一つに瞑想を取り入れることにしました。
4年前のことですから、まだ瞑想はそれほど知られておらず、普通のお寺で
体験できるところはほとんどなかった。

宿坊に来られる方は、瞑想を希望される方が多い。

瞑想って意外とみなさん興味があるのでしょう。
やはり心を整えたいという思いが強い。

今回は、マハーシ・サヤドー氏の瞑想の本。
その名もズバリ「ヴィパッサナー瞑想」です。

サドヤー師は有名な僧侶、瞑想をやっている人はほとんど知っているでしょう。

瞑想の本はいろいろ読みますが、スマナサーラ長老やティック・ナット・ハン師
のものなどが多い。

あとは日々の実践です。

それとやはり、その心の背景となるものは、仏教の本質を知っておくことも大切。
瞑想は元々が、お釈迦様が悟りを開いたときの心の動きである。

その前提としては、仏教を知っておくことも大切なことなのです。

宿坊では、瞑想をする前には「心の授業」をすることが多い。
仏教から見た心の動きの基本を知っていただいていた方が、瞑想に入りやすい。

そういった意味では、瞑想は日本の宗派仏教だけでは足りません。
本来の仏教的な視点が必要だからです。

宗派仏教にこだわっていると、本物の仏教に出会えなくなります。

とうてい仏教とは思えないようなことを実践している宗派も、日本にはたくさん
ありますから。

瞑想も、有名な師がいらっしゃり、その影響を受けていることも多い。
それぞれにスタイルがあるのでしょう。

それらを読みながら、瞑想の本質に近づくことができると良いと思う。
それには自分自身の実践が大切なのは言うまでもありません。

サヤドー師の瞑想も興味深いですね。


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青森から宿坊に・・・体験もいろいろと。

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お休みを利用して宿坊に来られた。

お話しを聞くと、青森から来られたそうです。

青森から鳥取って普段はあまり縁のない場所。
直接東北から宿坊に来られたのは、初めてです。

エリアとしては北海道から九州まで来られたことになります。
都道府県別では、これで36都道府県からお越しになられたことになる。

まだ来られていない県は、青森以外の東北5県、山梨県・長野県・静岡県・
富山県・福井県・徳島県です。

宿坊を始めてこの三月でまる四年経ちます。
鳥取の観光地でもないこの宿坊に、よくお越しいただけたものだと思います。

一番多い県はどこかと言うと、これが意外とどこと言うことがない。
関西や関東、中国地方など、まんべんなく来られていると言った感じです。

今回は、体験をできる限り、そして夕食は和風精進料理をご希望でした。

到着されたときは夕方でしたので、夕食をお出ししていろいろお話しをしま
した。

体験は、写経と「こころといのちの授業」、最期に瞑想をしていただきました。

帰りの便の関係もあり、昼食もご希望でした。

帰りにお伺いすると、「料理がとても美味しくて、それぞれに何が出てくるか、
とても楽しみでした」と仰っていただきました。

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写真はお出しした夕食の和風精進料理。
これに炊き込みご飯とみそ汁をお出ししました。

一泊でしたが、とてもゆっくりされたと思います。

遠くからお越しでしたが、宿坊を堪能されていました。

この宿坊は、いろんな過ごし方ができます。
こんな宿坊は、他にはないでしょう。

というよりも、他にはできない対応をさせていただいています。

それは、お一人お一人にゆっくりお過ごしいただきたいから。
そして心と身体を休める場所であって欲しいと願っているからです。

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本願寺派ビハーラ研修を往く!

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浄土真宗本願寺派研修道場。
京都の西、阪急桂駅から歩いて5分のところにあります。

ここでは、本願寺派の得度教習から教師教修が行われる場所。
浄土真宗の僧侶であれば、ここに来ないということはありません。

得度も教師もここで合宿状態で行われる。
途中で止めると0から再スタートでしたので、その期間は大変なのですが、
逆に楽しんでいるうちに終わるって人も多い。

お勤めや試験が続きますが、それも貴重な体験だったりするのです。

今回は、本願寺派が推進するビハーラ研修。
今年度で第25期なので、通算で30年以上前から続けられている研修会。
全国に1000人くらい修了者がいるでしょう。

お寺や僧侶が、葬儀や法事だけではなく、人に寄り添う存在になることを
目指す活動、それがビハーラ活動。

ただ、住職などの受講者が少なく、宗門の中に理解が進まない面もあると
思います。
ある意味で、現在の僧侶に求められる一番重要な研修なのだが、そこを
スルーする僧侶のなんと多いことか・・・。
これだけの講師陣とカリキュラムがある研修は、各宗派を見渡してもあまり
ないでしょう。

そしてこの研修の魅力は、僧侶だけでなく一般にも門戸を開いているという
ことです。

私は第21期を修了している。
そのときはお寺に戻ったばかり。
これからお寺をどうして行こうかという段階だった。

とても有意義な研修だったと思います。
そのときは聞く側だったのですが、今回は私が話しをさせていただく側です。

寺院ビハーラ論② 「寺院の社会的使命と活動報告」

私が講師になるのは今回が初めて。
このコマは、龍谷大学の先生が座長を務め、私ともう一人の方が事例を
発表し、そのあと研修生も含めたディスカッションを行う。

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今回は、座長の伊東さんが33歳。
もう一人の発表者、熊本の水俣市で児童養護施設を運営している堀さん
が44歳で、私が55歳でした。
なんとなく運がよさそうな取り合わせ。

堀さんのお話の後、私が「宿坊から感じるこれからのお寺」について話した。
その後は、質問を受けながらのディスカッション。

私は、資料を作っていたとき、いろいろと話したいことが浮かんできた。
この研修に来られた方々は、様々なお志を持たれた方ばかり。
とにかく私が感じていることを少しでも多く話せればよいと考えた。
たとえ途中で時間が来ても、どこでも話しを終れるように。

何か一つだけでも感じてもらえて、持ち帰ってもらえれば良いと。

思いが届いたかどうかは分かりません。
ただ終ったあと、何人かお話しをされに来られた。

私にとっても良い経験でした。

出講依頼があったときは、有り難いということ、そして「私でお役に立てるの
なら・・・」ということ。

私が宿坊を始めてから、感じたことや気づいたこと。
できるだけ伝えたいという思い。

お寺にはいろんな面があり、いろんな顔がある。

でも本質もしっかりと見つめて行かなければいけない。

その本質がお寺の使命へとつながっている。

ただ表面だけを見ていては気づかないこと。
それが現代のお寺で忘れられていることではないだろうか。
もしくは見ないようにしているのかも知れない。

それではこれからのお寺お使命は果たせない。

ビハーラ研修はその思いに触れる第一歩だと思います。

それが本願寺派で長くビハーラ研修が行われている理由でしょう。

来年度は26期になる、来年の講師依頼もありました。

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来年はどんな話ができるか、今から楽しみです。

研修を終えると、京都市内で中央仏教学院時代の恩師にお会いすることが
できました。
久しぶりにお会いするのですが、話しが盛りあがり結構時間が過ぎていた。

これも京都に来れたことへのご褒美でしょうか。

これからの自分に、まだまだ気合を入れていかなくてはならない。
それにはこれが欠かせないのです。


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春の京都・・・大行寺と佛光寺

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3月1日、京都に行きました。

西本願寺の研修道場に行くまでの時間、一度訪ねてみたかった大行寺。

光澤寺にもおいでいただいた、英月さんがご住職を務めるお寺さんです。

宿泊のホテルも近くに取りました。
高速バスで京都駅に着き、そこから地下鉄で四条駅へ。
南側の出口を出て、仏光寺通へ入ると、そこからまっすぐに300mくらい。

大行寺さんの向かいが佛光寺という環境。
四条通りから近いこの空間に、とても穏やかな雰囲気の漂う場所がある。

仏光寺通りには、気になるお店もあったりして、歩いていても楽しい。

佛光寺は、真宗佛光寺派の本山です。
同じ浄土真宗のお寺でありながら、今まで一度もお参りしたことはありま
せんでした。

それで、英月さんのお寺と佛光寺にお参りすることに。

着いたのが昼過ぎでしたので、佛光寺の境内にある食堂に行ってみよう!

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食堂はdd食堂。

山門を入ってすぐあります。

古い雰囲気ですが、ちょっと気になる場所。
宿坊をやっている身としても、雰囲気と料理は気になる。

店内はいっぱいでもないが空いてもいない。
でもゆっくりしてもいいって感じが広がっている。

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お店の料理と雰囲気はこんな感じ。

畳の部屋に低めの椅子とテーブル。
お仏壇も真ん中にあって、落ち着いた感じです。

食事の後は、御影堂と阿弥陀堂にお参り。
御影堂では讃仏偈、阿弥陀堂では重誓偈を唱えさせていただきました。

そのあとは、大行寺に向かう。
山門のインタホンを鳴らしましたが、返答はない。
できれば久しぶりにお会いしたかったですが、約束措定なかったので、手を
合わさせていただいた。

京都に来るのも久しぶりだな。
昨年の8月に、未来の住職塾の関西クラスに行って以来。

仏光寺通りを駅に向かい、とりあえずホテルにチェックイン。

その後すぐに、桂にある本願寺派研修道場に向かった。


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たまにはコタツで盛り上がる日帰り体験

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昨日は春の陽気。

お墓への納骨と法事をお勤めしましたが、穏やかな天気で皆さんも落ち着い
てお参りされていました。

一日経った今日は、一転真冬の気候に舞い戻り。

徐々に気温が下がってきたのが分かりました。

そんな中、鳥取市内から三人の女性が日帰り体験にお越しくださいました。
お一人の方は、以前にもおいでいただいています。

「また誰かを連れてきてあげたかった」とのお言葉。
とってもありがたい言葉です。

宿坊や日帰り体験をやっていて、ご紹介をいただくことって大切なこと。
ご本人が良く思われていなければ、絶対にご紹介いただけないでしょうから。

今日の体験のご希望は、心を落ち着ける瞑想でした。

ご到着されてから、先ずは談話室のコタツに入っていただいて、お茶をお出し
します。

そこで少しお話しをさせていただいてから、体験に移ります。

でも今日は、話しが盛り上がり、午前中はずっとお話しをすることに・・・。

お寺のこと、お墓や葬儀のことやこれからの自分のこと、いろいろ話しが続き
ました。
私もつい調子に乗って話してしまいました。

でもみなさんとても楽しかったようです。
普段は分からないことや、知らないことを聞けたことがあるかも知れません。

私はすべてを正直にお話しします。
中途半端なことをお話ししても、それはよくないと思うから。

イタリアン精進料理をお出しし、そのあとはコーヒーと和菓子。

ゆっくりと過ごされました。

お帰り際に、宿坊の玄関で記念撮影を。

皆さんの笑顔、とても素敵でした。

「瞑想は次来たときの楽しみにしときます!」

はい、またお待ちしております。


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